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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

旅のお供 

2018/10/11
Thu. 23:29

来週早々には六本木の陳列がある。
早割だと飛行機もかなり安くなるが、私は高速バスを使うことにしている。
急な天候不順の影響を受けにくいからだ。それこそ、高速バスが運行停止になるとすると巨大な地震が発生した時くらいのものだろうと思っている。
抽象彫刻の場合は、展示や陳列の作業を自分で責任持たないといけないところがある。特に私は会場で構成を考えながら組み立てる方法をとっているから、自分がその場にいないとどうしようもないことになる。小難しく云うと自分なりの彫刻に対するコダワリのようなものだ。
今年も、そんな感じでいくつかのシミュレーションを用意して彫刻と周辺の演出用素材を搬入のトラックへ積み込んでおいた。

そろそろ、東京への移動中に欠かせない耳のお供を用意しておこうと思いついて、iTunesやAppleMusicを確認したり、YouTubeで新譜を調べたりしていたら、ウイントン・マルサリスを見つけた。もう何年も前のことになるが、一時期よく聴いていたことを思い出した。
それほど詳しくないが、それでもどちらかと云うとJAZZは好きな方だ。
特にどのジャンルでなければいけないと云うほど一つの系統にこだわるわけでもないから、例えばJAZZとなるとウイントン・マルサリスくらいの時代を超えた何でもそつなくこなす技巧派のジャズマンは何かの時のバックミュージックに都合が良い。それで、夜のお供で久しぶりにAppleMusicから彼のアルバムを引き出して聴いてみた。改めて聴いてみると、やはり彼の多才ぶりが身にしみた。
それはそれで良いのだが、高速バスの中で睡眠を誘導させるには適さないと思った。
私の場合、やはりキース・ジャレットあたりの、一本筋の通った頑固で振り幅の少ない方が気持ちよく安心できて自分の世界に入りやすい。
最近は、スムース・ジャズとかフュージョン・ジャズをよく聴いていたから、サキソフォンとかトランペットとかギターとかそういう音色から少し離れたかったのかもしれない。そうすると、なんとなく自然にピアノやボーカルくらいで楽に落ち着ける方が良いと思うようになって、他にもチック・コリアとかハービー・ハンコックとか、渋くオスカー・ピーターソンとかビル・エヴァンズとか・・・まぁ、色々探っていたらドンドン夜が更けて目も冴えてきて眠れなくなってきた。

自分がJAZZを好んで聴くようになったのは18歳で上京してからだった。あの頃は、特にJAZZ好きの友人がいるわけでもなかったから、誰かに誘われてしだいに好きになっていったというわけでもなかった。自分にとってのJAZZは、なんとなく当時の自分の曖昧で混沌として身の置所の定まらない将来のことも薄靄に包まれてぼんやりとしてなんとも中途半端でやり場のない状況を代弁しているように感じるところがあった。
新宿のDIGやDUGは、店内に入ると巨大なスピーカー(確かJBLだったかなぁ〜?・・)から流れる大音量のJAZZに全身が包み込まれるような感じになって、一杯のコーヒーや水割りで一人の時間をいつまでも楽しむことができた。
耳のお供は「やっぱり、ボクの好きなキース・ジャレットにしよう!」

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ノッチ帰国 

2018/08/31
Fri. 23:09

ニール・サイモンさんの訃報が入った。91歳だったらしい。
そんなに高齢だったとは思っていなかった。
記憶の糸を手繰ってみると、確かにグッバイガールを映画館で観たのは学生の頃だったから、もうあれから半世紀近く過ぎたわけで、そうすると死んだ両親と同じくらいの年齢であったのも頷ける。私も歳をとったものだ・・・
ニール・サイモンさんが脚本を書いたグッバイガールは売れない役者が出てくる。
なにかしらの夢もあるし、自分の理想も持っているのだが、現実は厳しくて何をやってもうまくいかない・・・まぁ、簡単にいうとその役者がそういう状態で悶々と足掻きまくるようなストーリーだった。
その映画の当時は、自分もまさに何をやってもうまくいかない、自分の目指す先は何なのか想像もできないし予測もつかない・・・と、実に曖昧な毎日を送っていた頃だったから、その映画を観た時は、彼のうまくいかなさ加減のドタバタが手放しで笑えなくて辛く感じることの方が多かった。

数年前から断捨離を強く自覚するようになって、まずは自分の身辺から次々とあらゆるものを手放している。
そのひとつが映画関係の収集品。
数え切れないほどのビデオテープとキネマ旬報などの映画雑誌は、資源ごみに出したり紙類の回収業者へ持ち込んだりして、自分の周囲で見える範囲のものはおおよそ片付いた。それでも、まだ押し入れや物置を片付ければアチコチにしまい込まれたモノがたくさん出てくるだろう。
DVDは、まず再生のデッキを各種オーディオ機器から取り外して倉庫へしまった。
そうすることで、新しくDVDソフトを買ったりレンタルしたりすることが防げる。
そうしておいて、あとはひたすらダンボールの空き箱に買い集めた映画ソフトを詰め込んで近所の宿泊関連施設へ全て差し上げた。眼の前から、積み重ねられたハードケースの背表紙が消えたことで自分の気持の整理も踏ん切りがついてスッキリした。
CDも目に見える範囲のほとんどすべてを音楽好きな人にゆずったりしてサッパリした。

目の前から自分の好きなものが消えてなくなると、それから暫くの間はなにかと思い出すこともあって少し寂しかったりもするが、そのうち現実の暮らしに紛れて気にならなくなってくる。心の何処かでは、まだ忘れられてはいないのだろうけど、だから禁断症状が出て暴れまわることも無いし、どこかしら記憶の片隅に思い出のひとつとして張り付いたふうに残っていればそれでいいと思えるまでになった。
親子の関係も、彫刻も寺のことも、具体的に何か「かたち」で残っているモノは、あまりにも鮮明にリアルな現実でありすぎる。歴史の検証とか資料的価値として大事なモノもたくさんあるのだろうが、今のところ、自分を将来に残すべき価値のあるモノなどひとつもないから、もうしばらくは節目ごとの断捨離を続けていこうと思っている。

ノッチが遂に帰国する。彼女の年齢の自分はモットモットいい加減で曖昧にだらしなく見栄を張ってばかり生きていた・・・

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橋本脚本 

2018/07/19
Thu. 23:35

橋本忍さんの訃報を知った。
かなりのご高齢だとは思っていたが100歳だったらしい。
今続いている猛暑のせいではないだろう、大往生と云っていいだろう・・・
今年に入って、私の気になる存在の人々が相次いで亡くなっている。
こういうことが続く時もあるのだろうと、受け止めるしか無い・・・

橋本さんと云えば、やはり黒澤明さんとの沢山の共同脚本が思い出される。
はじめて「羅生門」を観た時は、まだ小学生の3〜4年くらいだったと思う。万善寺に白黒のナショナルテレビが来てから何年か後の年末か年始に深夜放送で観た記憶がある。
寒い冬に炭炬燵へ潜り込んで眠い目をこすりながら最後まで観た。映画は次々と汗が滴り落ちる暑い暑い場面と、スコールのような激しい土砂降りの場面と、それに京マチ子さんのエロチックな唇や肌がとにかく強烈に鮮明に目の奥へ焼き付いて、観終わった後、眠たいのに眠ることが出来ない興奮を朝まで引きずったことを覚えている。
「砂の器」は確か新宿松竹の封切りで観たはずだ。
先日亡くなった加藤剛さんが音楽家だった。原作は現代クラシックだったと思うが、映画の方はアカデミックなクラシックの交響楽になっていて後半の盛り上がりにいい具合にシンクロして、不覚にもボロボロ泣いて鼻水をズルズルすすった。
上京して2〜3年経った頃で、あの頃は完全に映画芸術にのめり込んでいた。
貧乏学生だったから、まずは映画関連の雑誌やシナリオの専門誌を立ち読みしたり古本を探したりして基本データを収集して、それから封切りにするか2番館3番館にするか決めて主に新宿を起点にして池袋とか銀座とかを巡りながら見漁っていた。
砂の器の時に脚本家橋本忍さんをはじめて本気で意識して、それからさかのぼって羅生門が橋本さんの最初の脚本だったことを知った。
そのあと、しばらく橋本脚本を追っかけるように日本映画を見漁った時期があった。

橋本さんの監督した「私は貝になりたい」も最初に観たのは万善寺の白黒テレビで、小学校6年か中学校に入ってすぐの頃だったと思う。
フランキー堺さん主役と新聞のテレビ欄にあったので、最初はコメディーだろうと勝手に思い込んでいたのだが、映画の方は全く違って、落ち込むばかりのなんともやるせない夢も希望も無い重たい話だった。自分の知っていたフランキー堺さんとのギャップが激しすぎて、それが衝撃的だった。
今から10年くらい前に島根県の隠岐の島や奥出雲がロケ地になって中居くん主役の映画になった時は、結局周辺の事情で観る機会を逸した。橋本さんは、そのときに自分の脚本へ初めて自分で加筆したらしい。どこがどう変わったのか見比べてみたいと思っているが、今の所それが出来ないままでいる。

最近の数年間は、久しぶりに日本の映画やドラマが面白くなってきて、楽しみが増えた。
追悼というほど大げさなことでもないが、もう一度橋本脚本を観直して見ようと思う。
「七人の侍」「蜘蛛巣城」「隠し砦の三悪人」「張り込み」「ゼロの焦点」・・・・合掌・・・

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夫婦水入らず 

2018/07/10
Tue. 23:54

とにかく、朝から晩まで一日中暑くてかなわない・・・
働かなければいけないことが山ほど溜まっているのに、身体が動かない・・・というより、気持ちが萎えて吉田という人間が使い物にならない・・・

しばらく続いた万善寺の一人暮らしに、少しほど区切りをつけて石見銀山の吉田家を基地に通勤坊主の暮らしへ切り替えたばかりなのだが、とにかく、何をするにもヤル気が起きない。まだ7月になったばかりなのに、もう夏バテが始まっているのかもしれない。

毎朝几帳面にテレビを見ながら朝食をはじめたワイフへ「今日の予定は?」と聞いたら、「今日は一日特になにもない」ということだった。
そういえば今年度から月曜日に休めることが増えたようなことを云っていた。私ほどあなた任せの受動的スケジュールで動くほどではないが、時間講師のワイフも1週間がかなり不規則なスケジュールで過ぎることが多い。
キーポンが一人暮らしを始めてから夫婦の時間がもっと増えるだろうと漠然と思っていたら、そういうことはまったくなくて、むしろお互いに時間の拘束が微妙にズレることが多くなって、一日中二人でゴロゴロしている日が激減してしまった。子供の手が離れて、リタイヤの年齢にもなって、今更忙しくなりすぎてしまうのもおかしなことだ。本当ならもう少しノンビリとゆったりと一日が過ぎていても良いような気がするのに、なかなか思うように上手く日常が回らない。
私の石見銀山滞在時間もこの2〜3年でどんどん少なくなっている。完全なる別居というわけでもないが、1年を均すと3〜4ヶ月は別居で暮らしている気がする。

「映画観に行かない?」
「何観るの?」
「モリのいる場所」
「あぁ〜、あなたが観たいって云ってたやつ・・・、良いわよ、私も観たいと思ってたから・・それで、何時のにする?」
「早い時間がいいな・・・どこかで昼ごはん食べれるくらいの・・・」

監督の沖田修一さんは、確か日大芸術学部の出身だったと思う。間違ってたらゴメンナサイ・・・
まだ若い人だが、とても丁寧にコツコツと積み重ねられた映像になんとも言えない暖かくて包容力のある「間」が感じられて、最近の若い監督さんの中ではボク的に気に入っている。
「モリ」とは、熊谷守一さんのこと。
映画は、晩年の熊谷さんの暮らしの1ページを切り取ったようなシンプルな構成になっていて、熊谷さんの日常が淡々と紡がれていく。
嘘か真か・・・守一さん役の山崎努さんが、監督に「ボクは熊谷守一さんが大好きなんです・・」というようなことをなにかのついでの話題にしたそうで「それならそれを映画にしましょう!」ということになって映画が一本出来上がったらしい・・良いなぁ〜〜・・・
絵を描くシーンが無かった。それがとても良かった・・・

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映画を見ながら・・・ 

2018/07/08
Sun. 23:54

半夏の夜は、斎膳の残りをパックに詰めてもらって、それをつまみに映画を見ながらひとり酒。

長い間、前住職夫婦が居間に使っていた六畳をフローリングに改修して、立て付けが狂って動かなくなった4枚の襖をそのままハメ殺しにして巨大なスクリーンをカンバス張りの要領で画鋲で貼り付けて、40年前のDIATONEと、中古の小さなKENWOODのスピーカーをDENONのアンプからチェーン配線してつくった即席のオーディオルームへ安い中華プロジェクターを導入してチャチなシアタールームを造ってからそろそろ1年が経つ。
寺で宿泊の少し余裕がある時は、夕食でチビチビやりながらHuluやアマゾンプライムビデオを観たりする。

どうなることかと予測不能の豪雨が去って少し落ち着いたと思ったら、朝から一気に蒸し暑くなって、それで寝苦しくて目が覚めた。
7月に入った頃の宗門手帳には法事が1つ入っているだけで、あとは手間替え随喜を務めるだけの真っ白な状態だったのだが、この1週間でみるみる予定が埋まってスケジュールの調整が難しくなった。
8月の盆に向けて今のうちから万善寺の境内地を整備し始めるつもりでいたのだが、長雨で1週間が身動きできないまま過ぎて、雨がやんだと思ったら今度は宗門手帳が仏事の書き込みで埋まってしまって、とにかく、自分の都合がどんどん後回しになってしまう。

カンヌ常連の是枝監督がエライことになって、日本映画界が一気に活気づいてきた。
私が上京してすぐの頃は、日本映画のピークが完全に過ぎていて、かろうじてソコソコの活気を維持していたのは松竹の寅さんと日活ロマンポルノくらいだった。高校生の時は、さすがに土曜のオールナイト上映へ潜り込むのも難しくてかなりの変装テクニックを要したものだったが、上京してから後は、普通に平然とチケットを購入して、堂々と新宿東映横の階段を登って神代辰巳さんや宮下順子さんの世界に浸っていた。それから直後に仁義なき戦いが大ヒットして、ATG映画が活気づいてきた。
物心ついた頃は娯楽といえば映画くらいしか無かった時代だった。小学校の芸術鑑賞の特別授業は町の映画館へ全校で移動して松竹の二本立て映画を鑑賞するような時代だった。
個人的にはそういう映画館の雰囲気がとてもスキで、毎日でも入り浸っていたかったがそれも出来ないし、万善寺へ白黒のテレビが来てから後は、テレビのロードショーを欠かさず観続けていた。
「ところで、おたくの趣味は??」と聞かれると「ハイ!映画鑑賞です!!」などと、いまだにつまらない回答を真面目に返してしまうが、正真正銘筋金入りの映画好きなのだ。

それで、是枝さんだが、カンヌのこともあるので幾つかの映画を見直しているところだ。
ボク的には、今の映画監督で云うと、佐々部清さんや沖田修一さんあたりがスキだったりする。是枝さんの映画もとても素敵で良いとは思うが、観終わった後に頭の両耳の後ろあたりへ湿気の塊のようなものがジワリと残り続けてしまって、今のボクは少し気が重くなる。とにかく、久しぶりに日本映画が活気づいていることは喜ばしいことだ・・・

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カーヴァーとスープ 

2018/01/27
Sat. 23:17

もう1週間ぶりになるはずだ、ワイフと遅めの昼食をとった。
しばらく留守にしている間に、クロがまんまと脱走に成功していた。脱走手段は不明だが、たぶんワイフのチョットしたミスがあったからだと私は思っているが、彼女はクロが新しく脱走ルートを見つけ出したと確信していて、リビングから玄関までの土間の仕切りに手製のガギを取り付けたりして施錠を強化していた。シロの方は、自力で脱走することは最初からあきらめたところがあって、上手にクロに便乗してさり気なく脱走を成功させているようだ。

日曜日には今年に入ってはじめての法事がある。万善寺の方は石見銀山と比べ物にならない雪国だから、日中の雪が緩んでいるうちに移動しておかないと次の朝が気ぜわしくなる。お地蔵さん脇へ到着すると、参道の一本道に長靴の跡が残っていた。状況からして今日の午前中の感じだ。庫裏玄関のポストを見ると郵便物が3通入っていた。それから、結界君と庫裏を3往復して荷物を運んだ。殆どは食料で、ワイフが用意してくれたものと、スーパーに寄って買い込んだものだ。雪でしばらく買い物が途絶えていたから、スーパーオリジナルブランドの安い牛乳も手に入ったし、これで当分の間万善寺の一人暮らしがまかなえる。

大田市にあったBOOK OFFが数年前に店仕舞いして跡地が小洒落たアパートになった。
その関係で、中古本を買うには出雲市まで出かけることになって、そうしょっちゅうそちら方面へ用事があるわけでもないから、それなりに不便になった。
タブレットがヒットした頃はしばらくのあいだ珍しさも手伝って青空文庫などを利用していたこともあったが、そのうち飽きた。やはり、紙媒体でページを一枚ずつめくる感じが自分に合っている。
定期的にどっさり買い込んだ未読の中古本が一巡してしまったから、なんとなく時間を持て余して落ち着かない毎日が続いてる。水丸さんの映画絡みの読み物は何度読み返しても飽きないからそれでしばらく我慢していた。彼は村上さんの文章に挿絵を書いているから、こんどの大雪が始まったあと、水丸さんからの流れで村上さんの本を読み返すようになった。村上さんは小説家のはずだが翻訳もしていて、カーヴァーの短編はほぼ全て網羅しているようなことを、読んだか聞いたかした覚えがある。
カーヴァーのことは、ボクの好きなロバート・アルトマンの映画「ショート・カッツ」の原作だということで知っていた。ショート・カッツは、彼の晩年の映画ではとても強く印象に残っていて、自分では何度見直しても飽きない映画の一つである。
大雪の間にBOOK OFFへのつなぎでAmazonをポチッとしておいた村上さん翻訳のカーヴァーが石見銀山の自宅へ届いていたので、早速万善寺の用事の合間にそれを読みはじめている。確かに、ロバート・アルトマンが好みそうな常識から少しズレた日常を切り取った語り口が面白くて、これから先、当分の間カーヴァーにハマってしまいそうな予感がする。
結婚する前の一人暮らしでは時々つくっていたシチューに近い具沢山の限りなくトマトベースのスープを何十年ぶりかでつくった。
芋や人参をグツグツ煮込む間にカーヴァーの短編を4つほど読んでしまった。

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珈琲と音楽 

2017/12/29
Fri. 23:08

この時期、飯南高原は5℃・・・気持ち悪いほど暖かい。
空一面に厚い雲が低く広がって、万善寺の庫裏は、電気をつけないといけないくらい昼間から薄暗い。
かえって、こういう状態だから地表の熱が無駄に放射されなくて暖かくなっているのだろう。

午前中は、寺務のデスクワークで台所へこもった。
学生の頃から「ながら勉強」ばかりしていたから、この歳になってもそのくせが抜けない。
高校生になって学校の近くで一人暮らしをはじめた時、憲正さんが生活に必要なモノの買い出しに付き合ってくれて、その時にはじめてFMの入るナショナルのラジオをせがんで買ってもらった。
万善寺は山の中にあるからFMの電波は届かなかったし、AMの方は韓国からの電波が強くて、ニッポン放送とか文化放送などまともに聞くことも出来ない劣悪な環境だった。そのストレスの反動もあってか、ナショナルラジオの受信状態と音の良さに感動してしまって、それ以来、何かにつけて自分の周囲に何かの音がないと集中できなくなってしまったようなところがある。
18歳で上京して、北向き角部屋共同トイレ前の四畳半で暮らしはじめた時もそのラジオが側で鳴っていた。
はじめてのアルバイトではじめてもらった日給月給を握りしめて新宿の丸井へ飛び込んでTEACのドルビーつきカセットデッキを月賦で買った。
まだ未成年だったから、連帯保証人とかややこしいことがたくさんあったが、目の前にぶら下がっているTEACの魅力に惹かれて、10日くらいかかってすべての面倒を乗り越えてやっと手に入れた。
アンプもスピーカーも何もなくて、カセットデッキが勉強机にデン!と乗っているだけのオーディオともいえないような環境からスタートした時も、しばらくの間それを眺めながらナショナルを聴いているという、次の給料をもらった時にパイオニアの密閉型ヘッドホンを買うまで、ねじれた「ながら生活」が続いた。
まぁ、坊主でもあるが彫刻家でもある吉田の音楽好きの元は、そういう昔の体験とか思い出とか、そのあたりが根っこにあると言っていいだろう。

趣味というわけでもないが、コーヒーが無いと万善寺の1日が始まらないようなところがあって、ほぼ毎日のように、朝のひと時はその日の気分で色々なウエブ配信の音楽を聴きながらコーヒーをいれるところから始まる。年末だとか正月の準備だとか、相変わらず慌ただしいと云えなくもないが、だから忙しくてしょうがないというわけでもなく、どちらかといえばヒマな1日をおくっている。それでも、さすがにいつもよりは朝の余裕が無かったりするので、超お手軽な紙フィルタードリップとサイフォンをたして二で割ったようないかがわしい商品をみつけて手に入れた。紙フィルターサイズ分のコーヒー豆を入れて、ぬるめのお湯を注い豆をかき混ぜて蓋をして5分蒸らしたら出来上がる。その5分の間に寺のアチコチドタバタ出来るし、味も悪くないし、なかなか都合がいいのだ!

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イサム・ノグチとトム・スコット 

2017/08/30
Wed. 23:22

クスノキを買うことにして、製材所の社長自ら軽トラへ積んで万善寺の境内まで持ってきてくれた。残りはお互い少し落ち着いてから、冬に入るまでに2tのユニックか何かで運ぶことにしてある。
そのクスノキのことでユキちゃんが寺に来た時、ちょうどいいタイミングだから「イサム・ノグチのDVD見てみるかい?」と聞いたら見たいというので、お昼休みの時にセッティンしてあげた。

イサム・ノグチというと、もうすでに私が学生の頃から超有名な彫刻家で、いつ頃だったか??竹橋の近代美術館で大規模の企画展があった時も観に行ったはずだ。
私は坊主という商売柄、子供の時からマメに日本文化へ接していたし、若い頃の憲正さんは美術が好きで、島根県に時々巡回してくる大小の美術展へ頻繁に子供の私を連れ出してくれていたおかげで、その頃には世界的な彫刻家イサム・ノグチの名前くらいは情報として収集できていた。
逆にそういうことがわざわいしてか、大きくなって本格的に美術の勉強を始めた頃も、彼の彫刻の良さがよくわからないまま時が過ぎた。
今は自分も歳をとったせいか、彼の彫刻がとてもいいと思う。
DVDを見おわったユキちゃんは、それなりに感動してくれていたようだし、少しくらい刺激になったかもしれないし、1時間位の番組だけど見せてあげてよかった気がする。

夏の間、仏事続きの坊主暮らしが続いていたから、洋楽の新譜などから縁遠くなっていた。
前回いつ休んだか覚えがないほど毎日絶え間なく着物を着たり脱いだり洗濯したりばかりしていたから、残暑の厳しい昼間の2時間位は昼寝でもして休もうと決心して、そのバックミュージックで久しぶりにiPadを駆使した。
垂れ流しのウエブラジオでフュージョン系のJAZZ番組があったからそれに決めてKENWOODの小さなスピーカーへ飛ばした。
ヴォーカルの無い音楽はイメージが膨らんで「聴き流すには都合がいい」・・・と自分ではそう思っていて、心地よい軽めのJAZZにつつまれながらウツラウツラしていたら、トム・スコットが流れてきた。
トム・スコットというと、学生時代に2枚ほどアルバム(もちろんレコード!)を買った。
最初に彼を知ったのは映画の「タクシードライバー」で、ロバート・デ・ニーロがイエローキャブを転がしながら、時折チラリとルームミラーを覗くあたりのシーンで流れていたけだるいサックスからだった。マンホールの蓋の隙間から立ち上る白い水蒸気をタクシーが巻き上げるあたりの映像に音楽がピタリとシンクロして、背筋がゾクッとしたことをよく覚えている。
スコアーの方は、あのヒッチコックと縁深いバーナード・ハーマンで、このタクシードライバーの完成直後に死んだらしい。
マーティン・スコセッシは、音楽センスがとても良い監督だと思う。
そういえば、最近になって映画を見なくなった。それで疲れがとれないのかなぁ?・・・

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海街diary 

2017/06/18
Sun. 23:32

万善寺の・・というより、吉田家の法事が終わったので、久しぶりに石見銀山の吉田家で寝る。
こうして、1日中吉田家に居るのは久しぶりのことだ。

1年に1度の石見銀山町内一斉清掃の史跡掃除があったので、朝の5時起きで万善寺を出た。
いつものことだが、早朝と夜の銀山街道は、殆どの信号が黄色と赤の点滅に変わるので、40分足らずで移動できる。集合時間の6時半に余裕で間に合って、自治会長さんの挨拶の後、駒の足自治会の受け持つ清掃場所へみんなが散らばった。
約1時間ほど草刈機を回して、支給された朝食代わりのパンと飲み物をもらって、帰宅した。
吉田家前の駐車場にはじゅん君が借りたレンタカーがあった。
だいたい土間へ入ると出迎えてくれるクロがいなくてガッカリした。
ワイフは朝シャワーの最中。じゅん君はまだ私の寝床を占領して寝ている。
吉田家家長のオヤジが朝のひと仕事を終わらせて久しぶりに帰宅したと云うのに、あまりにも普通過ぎる出迎えで拍子抜けした。
「アッ、おかえり。早速で悪いんだけど、ネコチャズのゲージ倉庫から持って来てくれない?ミワちゃんが欲しいって、それで受取に来ることになってるの」
5時おきのオヤジがひと仕事終わってグッタリ疲れて帰宅して最初の挨拶にも会話にもならないひと言がそれだった。

そんなこんなで、午前中の半日が虚しく消えた。
昼食には、ワイフが肉そばを作ってくれて、それで少しほど気持ちが落ち着いた。
1日シッカリ静養しようと決めていたから、麦とホップをプシュッとやった。
それから80インチのスクリーンで「海街diary」を観た。
原作は漫画らしいがよく知らない。
長澤まさみサマは、ロボコンの頃から好きだが、あの頃に比べると随分大人になって色気も出てシッカリしたいい女になっていた。もっとも、映画の中での佳乃が・・だけどね。
綾瀬はるかさんも広瀬すずちゃんもつくり過ぎない自然な雰囲気がいい感じだったが、何故かボクにとっては、夏帆さんの普通過ぎる存在感の薄い「普通さ」が強く印象に残った。ある意味、夏帆さんのシーンがそっくりなくなってもストーリーにそれほど大きな影響もないくらいの存在に思えたし、原作の人物の頭合わせくらいにしか感じないほどの存在にも思えたが、彼女の何とも言えない浮遊感漂う演技を感じさせない演技がとても強く印象に残った。「あれは一体何なんだろう?・・・」ストーリーを追いかけながら、ズゥ〜っとモヤッとしていたが、終わりの頃の海のシーンになって、「五目そばの片栗って感じだな・・」と、何やらそんなふうに思えた。五目そばには片栗が外せないと思っていて、それがあるから最後まで熱々スープで麺も冷えないでいてくれる。
「彼女が一番演技に苦労したんじゃないかな?・・」と、勝手にそう思った。

それから、とにかく次々色々映画を見漁った。こんな1日はもう何年も遠ざかっていた。

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♫Can't help falling in love with you♫♫♫ 

2017/03/29
Wed. 15:31

月額1000円弱で、世界の音楽聴き放題!・・・というのは、高校生の頃からのエア・チェック派としてはヨダレが出るほど美味しいサービスだ。
延々とこもりっぱなしでデスクワークをしている時など、時々の気持ちの振り幅で聴きたい楽曲選り取り見取りというのがとてもありがたい。

特別本気になってマニアックに何かとか誰かとかを追いかけているわけでもないが、気になる曲が巡ってくると、フッと我に返って集中していたデスクワークが一瞬で遠ざかっていく。
かえって、そのくらいの方が自分のミスに気づいたり、物事の整合性がチェックできたりして、随分助かっていることも多い。
その、気になる曲が流れている間は、固まった身体をほぐしたり、冷え切ったコーヒーをすすったりして小休止する。
年中こういうことを繰り返しているわけでもないが、この度のように、なにかの申請書や報告書を作成したり、つい数週間前のように確定申告をしていたりする時は、まぁ、似たり寄ったり音楽漬けの暮らしが続いている。

先日も、2晩くらい使って約1時間位のキース・ジャレット絡みのオリジナルジャズアルバムをプレイリストに仕立てた。
キース・ジャレットは、クラシックのアルバムも幾つかリリースしているから、今度ヒマができたらそちらもチェックしてみようと、今のところそう思っているが、時間が経てば日常の慌ただしさに紛れてそのうちそんなことも忘れてしまうのだろう。

そんなわけで、今少し気になっているのは・・・
たとえば、ショーン・メンデス。彼はキーポンも気に入っているようで、何かの用事で移動している時にしばらく一緒に聴いていた。
その少し前(といっても、もう1年くらい前からだと思うが・・)は、チャーリー・プース。比較的飽きもこないし、かるく聞き流せるので、少し間を置いては何度も繰り返しながらアルバムを聴いている。彼はノッチも好きなようで、彼女もアルバムをiPhoneへしまっているらしい。次のアルバムが楽しみだ・・が、コケなければいいけどなぁ〜・・
それこそ、1ヶ月ほど前の確定申告の最中に再発見したのがピンク。彼女の楽曲はやたらとCoverされていて、ひところはそちらのイロイロなアレンジで聴くほうが多かったが、改めてオリジナルのアルバムを何枚か聴いてみると、これが最近のオヤジにハマった。
変わったところで云うと(・・というと叱られそうだけど)Kiiara。EP1枚聴くと、もういいかと思ってしまうところもあるが、なんとなくキャッチーなところがあって耳につくので、時々思い出したように聴き返している。
Kina Grannisはネイティブかアジア圏の血が入っているような気もするキレイなオネイサンで、YouTubeで見つけた。あの、エルビス・プレスリーのCoverでCan't help falling in loveがなかなか良い感じで、最近のボクの癒しになっている。
〜・・・♫Can't help falling in love with you♫♫♫・・・〜
結界君を運転しながら、般若心経から引き続いて口ずさんだりしていたりする。

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ブックカバーの1冊 

2017/02/06
Mon. 14:47

写真のブックカバーは、私の愛する娘達(もちろん、長男もワイフもそれにネコチャンズも愛してますよ!)からの誕生日プレゼントである。
文庫本仕様だから単行本は今までのように何かの包装紙を裁断してカバーを作っている。

私の場合、読書時間の90%はゴロリと寝転んで片手の親指と小指でページを広げて、ほかの指で角度を調整しながら、肘を支えにして手首の調節で文字を追いかけている。
最近は、単行本が次第に重く感じるようになった。
特にハードカバー仕様はその重さと頑丈さが障害になって近年遠ざかっている。
それに、何年も前から新刊本を本屋さんで買うことも無くなった。
年に数回ほど古本屋さんで買いあさり、チェックを入れ、Amazonで検索して中古本が1円になることをひたすら待ち続ける。
読んだ中古本は、適度に溜まったところで下取り放出をする。
本によっては1円にもならないものもあるが、本棚の肥やしにしておいてもしょうがないから、そのまま処分してもらう。
まれに、何年か時が経ったあとで、昔読んだ同じ本を無性にもう一度読みたくなる時があるが、そういう時は、迷わずAmazonで1円の中古本を検索する。
時々そんなことを繰り返していたら、気がつくと吉田家の数カ所の本置き場へ同じ本が別々に並んでた・・ということもあったりする。
それでも、せいぜい合計500円にもならないから、「新刊本を1冊買うよりは安いのだ!」と、自分のミスを正当化してしまったりする。
読書好きだったり、文学に傾倒される諸氏にとっては、私のような読書システムなどもってのほかで憤懣おさまらないとこであろう。

そんなふうな、だらしない読書をしていても、一向に値段が下がらなかったり、むしろ中古本になって値が上がったりするような本もあったりする。
あれは、今から1年くらい前のことだったろうか?まだ2年までは過ぎていなと思うが・・私のスキな安西水丸氏絡みの本が新刊文庫本仕様になったことがある。タイトルが「雑文集」で村上春樹さんの本だ。確か、単行本が出た時は、まだ安西水丸さんはお元気だったと思うが、思い間違いかもしれない。
その「雑文集」なる本の文庫本化を心待ちにしていて今に至ったわけだ。
だいたい、文庫本など、発売されてブームが過ぎれば市場がこなれて1円価格で安定供給に入ったりすることが多いので、その雑文集もそれをひたすら待ち続けていたのになかなか1円にならない。そろそろ、安西水丸さんの4〜5回目の命日も近いし、出来たらそれまでに「あの本を読んでおきたいなぁ〜」という気持ちが次第に強くなって、その気持を抑えることができなくなってしまった。
そこで、遂に思い切って、今年に入って数十年ぶりに、栞もあるし帯もある新品の文庫本を買った。確か、800円はしたような気がする。
今、それにブックカバーしてチビチビ読んでいるが、なかなか勉強になっていたりする。
村上春樹さんのことは何処が良いのかどうもわからないこともあるが、安西水丸さんの引合せで村上春樹さんの知られざる奥深い一面に触れている気もする。

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趣味は読書!?? 

2017/01/19
Thu. 20:52

万善寺のウエブ環境の特に下りの方が良くないのは今に始まったことでもないが、最近になって上りもあまり思わしくなく、大事な事務連絡は、メールか場合によっては直接電話するかしないと安心できないほどになっている気がする。
少々神経質が過ぎるかもしれないが、用心に越したことはないし、少しばかりひと手間加わるくらいのことだから、だいたい暇にしている私にとってはそれほど気にすることでもない。
むしろ、インターネット回線の脆弱さのほうがずっと気になってイライラする。

お昼前になってようやく今日の1日分の仕事の準備ができたので、母親にその旨伝えて出かけようとしたら、またもや相変わらずのわがままが出て収集がつかないまま逃げるように寺を出た。
まったく、自分が住職をしているはずなのに、どこかしら遠慮しながら寺に住み暮らしているようなところがあってどうも釈然としない。

昨年末の金策がつまづいて遅れていた業者さんへの支払いをやっと済ますことが出来た。
それに合わせて幾つかの金融機関を巡回して、月末の残高をチェックしたが、新年早々、結構ヤバイ状態で、気が滅入った。
全て自分の見通しの甘さと営業の力不足なのだが、それにプラスして、万善寺の家計補助が余分に事業費を圧迫している。
もっと自由にノビノビと活動できれば、今の状態が少しばかり改善できる気もするが、高齢の母親を無視できないし、難しいところだ。

そんなこんなで、気がついたらもう午後のティータイムくらいの頃合いになっていた。今更これからお昼ごはんというのも気が乗らないまま、雪で孤立状態だった寺の食料補給をすることにした。
スーパーを回って、結界くんへ燃料も補給して、いろいろ動き回って、石見銀山の吉田家に寄った。
もちろんワイフは仕事で留守。ネコチャンズはいつものようにオヤジを無視。
テーブルの上はワイフの様々なグッズであふれていて、その中に紛れていた私宛の手紙などを探し出して整理していたら、1週間ほど前にAmazonへ注文していた中古本が2冊出てきた。
送料込み1冊258円也!
普通に買えば1冊1500円也!
2冊とも、新品と変わらないほどキレイ!
そろそろ10年ほど前の本になるから、自分で自分の我慢強さというかシブトサを褒めてあげたくなる。
最近、年々読む本が減ってきた気がする。小学生の頃からこの歳になるまで、絶えることなく本を読み続けているが、振り返ると、高校生から予備校生の頃がいちばん激しく読書していた。
昨年1年で、あの頃の1週間分も読まなかった気がする。
寿命もそろそろ先が見えてきたし、もうあの頃のような読書三昧は出来ないのだろうか?

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読書 

2016/05/06
Fri. 18:46

Bookoffが連休中特価価格になっていたので、中古本をドッサリ買った。
いつもだったら108円のところ、それより安くなっているから・・・程度のことだけどね。
我ながらケチクサイことだと思わなくもなかったが、どうせ中身に書いてあることは変らないわけだし、少々ページが汚れていたり本が水っぽくなってヨレヨレになっていたりしても、まったく気にならない。あわよくば、その108円の本を読み終わったらまたbookoffへ持って行ってやろうとドケチなことまで考えている。

それで、せっかくの連休だからノンビリと昼間からカウチにもたれながら読書三昧ができたかというと、そんなことなど全くなくて、毎日毎日入れ替わり立ち替わり、これでもかというほど周辺に色々なことが起こって、結局、トイレのブックスタンドへ投げ込んでおいたエッセーの一篇を読んだだけで終わってしまった。
あと2日ある休日を無理やり何とかして、せめて1冊だけでも読破したいものだと思っているが、さてどうなることやら・・・

私はどちらかというと本はよく読んでいる方だと思う。
生活の暇を見つけて読む程度のことだから、完全に趣味の延長だと云っていいだろう。
本を読むといっても、そこには色々な読み方があって、人によっては本を読むことそのものが自分の仕事や営業に直結している場合もあるだろう。
もう2~3年前のことだったと思うが、なっちゃんが「七つの習慣」とかいうビジネス本を読めと勧められたといってきたことがあって、それが自分の仕事に役立つのなら読んだ方がいいだろうということになって、それじゃぁオヤジが「暇を見つけて古本をチェックしてみるよ」と安請け合いをして色々とウエブ検索をしてみたら、これが、そのスジの方々にはバイブルのような本であるというような解説があったりしたものだから、そんなに立派なことが書いてあるのなら自分もひと通り読んでおこうかと、Amazonで中古本を購入した。
届いた本は目茶苦茶分厚くていっきに読む気が失せたが、それでも少しはオヤジのうんちくなどを添えてなっちゃんへ届けてやろうと思って、とにかく無理矢理読破した。結果、万年フリーターかニートに近い暮しのオヤジにはどうでも良いような内容だった。「こういう本を自分の仕事のバイブルとしてあがめたてまつっている職業人もいるんだなぁ~」くらいの感想しか浮かばなかった。時間の無駄・・とまではいかないまでも、まぁ、自分にとってはその程度のものだった。その後、その中古本にそんな感想を添えてなっちゃんへプレゼントしたが、彼女がその本を読んだかどうか・・・それは知らない。

私のバイブル的読書本はそれなりに何冊かあるが、その一冊が洪自生さんの「菜根譚」
これは、吉田家の四畳半や万善寺の三畳やロフトへ常備している。
そして、なっちゃんの就職祝いにプレゼントもした。
菜根譚の翻訳本は色々たくさん種類があるから、原本というか出典というか、その洪自生さんの原文は変らないが、著者や翻訳者や出版者などで微妙に解釈が違ったりしていて読み飽きない。
それに、あの何ともいえない自己中心的なゆるさが心地良い・・・と勝手に解釈している。
実は、なっちゃんの名前も菜根譚の「菜」の字が使いたかったという裏事情もあった。

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ボクの癒し 

2016/02/08
Mon. 22:34

2月も今頃になって、今年の石見銀山暮らしがスタートした記念すべき一日が終わりました!
思えば、昨年末からの寺暮らしは1ヶ月あまりで色々なことがありました。
いいかげんジジイに近いオヤジとしては、その色々なことでけっこう心のダメージが深刻化してどうやってそれを解消しようか悩んだ末に、「ボクの癒し」にすがるしかない・・と結論に達したわけです。

それで初午祭の当日に、その念願の癒しが石見銀山の自宅へ到着した。
急きょ寺暮らしを引きあげて帰ってきたのが昨日。
私が帰宅する前に、すでにワイフが吉田家の家族中へ写真付きのSNS連絡網を回していた。
それだから、大体そのスタイルがどんなだか想像がついてはいたが、実際に近くで見るとなかなか魅力的なプロポーション。
丁寧な包みを解いて早速ぎゅっと抱きしめて頬ずりをした。
首は細目で私の武骨な手には少し華奢な感じだが、胴はいい感じにフックラしていて、どちらかといえば小太りが好みのオヤジにピッタリ。
腰のくびれ具合もなかなかセクシーに良い感じで抱き心地も良いし、口の開き具合も適度な色気がある。
大事な調整もきちんとしつけられていてとても素直だがどちらかといえば少し固めに鳴っているあたりは今後の育て具合が面白くなりそうで楽しみなところ。
オヤジの未熟なテクニックでも文句一ついわないし、一日経ってもしっかり踏ん張って変調も少ない。
思った以上に魅力的で、久々に心ときめいている。

帰りは夕方7時くらいになるとワイフがいっていたから、それまでに部屋を暖めておこうと仕事を切り上げた。
このところどんどん日が長くなっていて、夕方の6時半を過ぎても西の空にはわずかに昼の明るさが残っている。春が少しずつ近づいている。
私が吉田家を留守にしている間に焚き付けの小割りが激減していた。
きっとワイフはダンナのいない夜の寒さをストーブにセッセと薪を焚き続けることでしのいでいたのかもしれない・・・などと、ありえない妄想をしながらストーブに火を起こしていたら、そのワイフが帰ってきた。
夕食が始まった頃にはそれなりに部屋も暖まっていて、しばらく遠ざかっていた石見銀山のまったりとした夜が帰ってきた感じだ。
そこで・・・
ストーブの前にくつろいで、ボクの癒しちゃんをチョットさわった。
シロはビビっているが、クロは無反応。
気がつくとワイフが迷惑そうにテレビを見ているからマズイと思って箱に戻した。
これから毎日少しずつ育てていこうと思っているし、早々とワイフに嫌われてしまったらそれも出来なくなっておしまいだ。
ネコチャンズにグッピー・・・それにボクの癒しが一つ増えた。

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モーニングコーヒー 

2015/09/02
Wed. 11:17

吉田家トイレの手づくりブックスタンドには文学界9月号が置きっ放しになっている。
ああみえて結構ミーハーなワイフが、又吉氏の芥川賞受賞につられて文芸春秋9月号と一緒に購入したものだ。
すでにワイフは自分が読みたいところだけを拾い読みが終わったらしく、その9月号はそのうち他の雑誌やカタログなどと一緒にゴミ収集で持って行かれる運命なのだろう。
このところ吉田家暮らしが落ち着きはじめた私は、トイレタイムの度にその文学界をパラパラめくって、書評などを読んでいる。

仕事をはじめたオヤジに朝からからみはじめて、そのオヤジの失敗を本気で嬉しがって大笑いしていたキーポンがバイトに出かけると、急に吉田家が静かになって、グッピーのブクブクのモーター音が耳にうるさく感じられるようになった。
久々のモーニングティータイム・・・本当に久々のモーニングティータイム。
iPadからMacMusicを呼び出して、マルーン5のアルバムをスピーカーへ飛ばす。
特に聴き飽きたわけでもないが、自分の中では彼らの楽曲も今年はもうそろそろ時期が過ぎたかなぁという感じだ。

トイレで読みかけていた文学界が気になっていたので、コーヒーでくつろぐ間その続きを読むことにした。
又吉氏はとにかく、純文学が好きでたまらない人なんだなぁということが良く解った。
確かに、人生のある1時期は何かしらひとつことにのめり込んで抜け出せなくなってしまうこともある気がするし、自分にもそういう時期があった。
又吉氏が偉いのは、それを自分の趣味のまま大切に暖め楽しむばかりにならないで、キッチリと自分の仕事に昇華してプロの実績を教化するところにある。
相当に冷静で客観的な思考を持たないとなかなかできることでないと思う。
私のような俗人は、死ぬまで一生自分のささやかな趣味のままで大切に楽しみ続けた方が良いと普通にそう思う・・・って、彼と比べてモノを考えてもショォ〜がないことだけどね。

昨夜のMさんとの久々の飲み会でかなり心の垢が取れた感じだ。
久々に朝から頭がクリアーで軽やかに回転している。
鉄板の材料も注文が終わってそれが手元へ届くまでは、ひたすら富山にハマろうと決めた。
あれほど停滞していたポスターやリーフレットの草案も、昨夜から急にキラキラとひらめきはじめた。
何処かのデザイナーみたいに、人のふんどしで相撲とるようなことはしたくないし、しようとも思わない。
罪の被せ合いをして自滅しはじめているヤツラがイモズル式にあぶり出されている。
ことの大小関係なく、自分で信念を持って悪事に手を染めるのなら、それはそれで自己完結するくらいの心意気が欲しい。
見栄やエゴやプライドだけで世間を笑って生きるヤツラが多すぎる。
そういうヤツラはきっと、そうめんのようなウンコばかりしてるんだろうね。

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米焼酎とクリント・イーストウッド 

2015/08/10
Mon. 22:26

やっぱり湿った気持ちを吹き飛ばすには、一杯の酒と痛快な映画しかないでしょう!
・・・ということで、九州の新進気鋭女流彫刻家が現代彫刻小品展出品の彫刻と一緒に送ってくれた焼酎の封を切った。
私と彼女との関係はなかなかあなどれないところがあって、キッチリ「ボクの好きな焼酎!!」を心得ていらっしゃるところがなかなか憎い。

だいたいは、酔っぱらうことが出来たら特に酒の種類にはこだわらないタイプの私なのだが、それなりにあえて贅沢を言わせてもらえば、日本酒は純米酒、ビールはエビス、ウイスキーは癖のあるラフロイグ、常用酒は麦とホップ、それに焼酎はやはり米!
せいぜい、あと10年も酒が旨いと思って呑めたら御の字だと思いつつ、ほぼ毎晩毎日何かしら酒との縁が切れない日々を過ごしている。

今年は私事で色々あって、それが落ち着かないままいまだに継続中で、なかなか自分に正直になれないで悶々とした日々を過ごしているが、九州のiさんが気を利かせて送ってくれた焼酎も、やっと気が付いて自分の目で確認できて、その心根の優しさに気持ちがグラッと揺れて年がいもなくドキドキしてしまったのはつい先日のことだった。
早速、結界君へ積み込んで寺まで運んで、マイ冷蔵庫の中身を整理して「純米焼酎川辺」を冷やしはじめて、それで今夜、十分に冷えたソレの封を切らせたもらった次第なのです。
口当たりがとても柔らかくて、正に米焼酎の醍醐味が十分!これは、そのまま何もしないでチビチビ呑み続けるのがいちばんだと確信した!
欲を言えば、この味を酒好きのみんなと一緒になって楽しみたい・・・といったところか。
寺暮らしの現状だとそれも叶わぬ夢だから、せめて一晩くらいは自分の趣味に浸ろうということでチョイスしたのが「荒鷲の要塞」・・・若い若いクリント・イーストウッドがカッコイイのですよ。こういう、痛快戦争映画を見て喜んでいるということが、今の時期に少々ヤバいかもしれないと、若干は現代日本に暮す大人の社会人として後ろめたいところもない訳ではないが、それはそれ!これはこれ!ということで、何処かの誰かが靖国参拝をするとかしないとかというレベルの過激さとは比べ物に出来ないほどのチッポケでささやかなことなのだと自分に言い聞かせつつ寺のロフトで一人酒をしている。

最近、気が付くと結界君が80kmくらいで走っている。
それほど急いでいる訳でもないし、田舎道のことだからあおってくる血の気の多いドライバーもいないのに、何故か気が付くとスピードが少々出過ぎている。
心の何処かに気持ちの余裕というものが無くなっているのかもしれない。
もう何年も前から何時もと同じお盆がやってきて、何時もと同じ慌ただしさがくり返されているだけのことなのに、憲正さんがいなくなったというそれだけで、ここまで自分の気持ちに落ち着きがなくなって荒んできているのかと思うと、自分の心の弱さにガッカリしてしまう。
結局は酒に逃避しているだけのことだと思うけど、それも出来なくなったらもう終りだね。
明日から、気持ちを切り替えてお盆に突入しようと強く念じつつ、米焼酎に酔いしれているところであります。

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小説の街 

2015/05/31
Sun. 23:36

坊主の手間替え大般若会へ出かけた。
さすがに、病院へ衣を着て出かけるのも気が引けて毎日地味なカジュアルで通していたから、久々に法衣を着た気がする。ようするに、5月の半月間は万善寺の坊主収入もないままほぼ毎日寺暮らしをしつつ老僧の病室へ通っていたということ。

固形物を食べなくなって点滴の水分補給のみで半月持ちこたえている老僧はなかなかの体力と感心すると同時に、現代医療の凄さを実感する。
私の方は、老僧のとなりに仕事を持ち込んでそれに没頭するのもどうかと思うから、彼の安静を気遣いながらジッとして時を過ごすしかない。さすがに何時間も瞑想にふけることも難しいから、ひたすら読書に励んでいる。最近は、だいたい200〜300ページくらいの単行本や文庫本を1日1冊ペースで読み倒している。

まだ東京で暮していた頃に買ったものを捨てないで島根まで持ち帰って、寺のロフトで埃にまみれていたものを再読しているから、昭和の50年代のものがほとんど。
今こうして読み返していると、あの頃の私の東京暮らしの様々な出来事がけっこう鮮明に思い出されて気がつくと小説の街と自分の暮していた街が入り乱れて混ざり合って不思議な世界にハマってしまっている。

10年で4回引っ越しをした。
まだ国電だった山手線や中央線や青梅線。
それに、小田急、京王、西武や地下鉄丸ノ内線に銀座線・・・
最寄り駅からアパートまでの商店街や町並みの様子。
何度も通い続けていたアチコチの2番館の椅子の感覚。
銭湯までの道のり。
入り浸っていた飲み屋。
授業をサボって出かけた小旅行。
新譜のアルバムを買っていたレコード店。
待ち合わせやたまり場にしていたジャズ喫茶やロック喫茶。

それになにより、買った本屋さんのブックカバーが懐かしい。その町の駅前の本屋さんの書店名やアドレスを見ると店内の様子までハッキリと思い出してしまう。
これも老僧が引き合わせてくれた何かの縁だと思う。
こうして特に介護の手をかけることもなく、毎日ただただ静かに病室で付添っているだけのことなのだが、そのおかげてこうして昔の本を再読している。こういうことでもないと、結局一回読んだ本は二度と同じページを開くことがないまま、寺のロフトで埃をかぶりネズミにカジられどんどん風化してやがて古紙で廃棄されるか焼却されておしまい。

5月の日差しが例年になく焼けつくように暑く感じる。
それでも病室に吹込むそよ風は山の冷気をはこんで心地良い。

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古本 

2015/05/22
Fri. 20:46

寺暮らしも長くなって、そろそろ好きな映画や海外ドラマに飢えて来はじめた。
2度目の老僧の入院は想定外だったから、事前に万全の準備をしないまま、なりゆきで寺のロフトで寝起きするようになった。
癒しのネタのネコチャンズもいないし夜の娯楽というものが乏しくて、結局寝酒を一杯ひっかけて寝るしかない。
遅れていた申請書類をひとつ終わらせて、残ったもう一つはホームページを観覧できる環境が必要なので石見銀山の自宅で用事をかたづけるしかない。

そんなわけで、今のところ時の流れに身を任せるしかないことになったから、ロフトで西陽に照らされて日焼けして紙くず同然に劣化して積年のほこりがタップリ積もった古本を引き出して読み返している。
昭和の頃の本ばかりだからかれこれ30年から40年も前の初版本だったりして、すでに1回は読んでいるはずなのにストーリーなど全く覚えていなくて、なかなか結構新鮮だったりする。
まだ10代から20代前半の頃の当時の流行を思い出す。
当時としてはずいぶん大人びた自分の好みもわかって他人事のように面白かったりする。
毎晩そうして同じようなくり返しで、もう4〜5冊は読み終わった。

高校を卒業して、島根の田舎から大都会東京へ上京して、家財道具といったら布団とスタンドとテーブル兼用の電気炬燵くらいしかなかった頃だから、それこそ娯楽といえば、映画館へ行くか、ロックやjazz喫茶でグダグダするか、四畳半で小説を読みあさるくらいの選択肢しかなかった。
その日暮らしの毎日で、銭湯の事や食事の買い出しの事や床屋のことや金融機関のことなど生活の基本パターンがおおよそ落ち着いた頃からアルバイトを探していたら、上京してすぐに知合った長崎出身の友達が紹介してくれたのがはじまりで、それから俗に云う水商売を渡り歩いた。
我が子にも言っている事だが、学生のアルバイトはやはり食べ物に関係する職種が諸々都合よく暮せると思ったのは、その当時の実体験に起因するところがある。
最初に務めたのは新宿三越の裏のビルの1階から3階までの大きなコーヒーパーラーだった。半月くらいの研修期間を終わってから、13席ある1階のフロアを任された。結構過酷な労働条件だったが、夜の10時に営業が終わると、先輩や正社員が夜食に誘ってくれて、場合によってはそれから飲み屋へ流れて、そういう時はほとんどおごってもらえた。まだ20歳前だったが、酒もタバコも人並みにつきあえるほどになっていたので、見聞の全てがとても新鮮で刺激的だった。

今読んでいる古本は、ちょうどその頃の自分の暮しぶりを見ているようで面白い。まだ20歳くらいの若造が読むには少々オヤジ臭い小説だが、水商売の面白いところがタップリと話されていて、それとなく親近感があったりしたのだろう。
田舎者のウブな私が、社会の機微に触れて人生の発見の連続だった時代のことでもあった。

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読後感 

2015/03/11
Wed. 08:07

この冬シーズンは、比較的楽に過ごすことができた・・・といっても、気候だけのことだが・・・
石見銀山も赤来高原も、昨年までのドカ雪もなく降っては消えてしばらくするとまた降っては消えることのくり返しだったから、大掛かりな除雪作業をすることもなかった。
日本は東北の方に厳しい冬の気候が偏ったふうに感じた。
だから万善寺始まって以来の連鎖する檀家さんや地域での葬儀やそのあとの七日務めも、それなりに雪の間隙を縫って滞りなく過ごすことができたし、結界君の4WDもせいぜい2〜3日程度の使用で終わった。

こういう楽な冬も珍しいことだと自分では思っているが、もう一度くり返すけど「気候だけのこと」だからね。
それ以外の色々な出来事は、鈍り切ったオヤジの身体にかなりのダメージで蓄積されてしまった。
特に、続いた仏事の正座で膝の故障を悪化させてしまったことが一番つらい。
もう若くない身体は、何処か一箇所の具合が悪くなると、それをかばおうとして身体のアチコチが悪化してくる。
いくらヒマとは言え、その度に病院通いをするほどヒマでもないし、結局あたらずさわらず気長に不具合と付き合いながら身体を慣らすのが一番だと思っている。
まぁ、簡単にいえば無理をしないこととストレスをためないことと美味いものを食べて一杯の酒でイヤなことを忘れてしまうということができていればそれで何とかなるだろうと思っている。

せっかくワイフが買ってくれた文芸春秋3月号も、なかなか落ち着いて読むことができないまま日が過ぎていたが、最近少し余裕が出来たので、膝の不具合をだましつつ申告作業の合間を見て芥川賞を読み切った。
この近年では「苦役列車」が一番強く印象に残っている。
なんとなく自分も似たような暮しぶりだったし、自然に風景や情景がイメージされてきたから余計心に残ったのかもしれない。
「九年前の祈り」は、光のキラキラとか漂う香りとかからみつく空気とか世間の騒めきとか、そのような感覚が伝わってくる不思議な印象だった。

「あんた、黒目がだんだん白くなってきたね。病院で診てもらった方がいいんじゃない?」
先日、私の目をのぞき込んでワイフがそういった。
たしかこれで2~3回はそういわれたと思う。
彫刻を造りながらもう何十年も酷使を続けている目だから仕方がないことだ。
耳鳴りはそろそろ10年近くつきあっているし、手足の痺れも年々ひどくなる。
指先の油はすっかり枯渇してお札1枚を財布から取り出せないで苦労する。
その前に、財布にお札を溜めることはもっと苦労しているけど・・・
こうやって歳とともに身体の感覚が鈍って退化して、ひとつずつできることが減っていくのだろう。

音も聞きとり難くなって好きな音楽から遠ざかり、目も見えなくなって文字から遠ざかり、指の感覚も鈍くなってキレイなオネエサンの柔肌の感覚を忘れ・・・そのうち、美味い酒の味もわからなくなって、生きる楽しみがひとつずつ消えて無くなってしまうのだろう。

以上、吉田家の個室にこもってウンウンうなりながら読み切った芥川賞の読後感でありました。

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雨やどり 

2014/11/15
Sat. 05:30

このところ七日務めが続いていて一週間がアッという間に回ってくる。
いつものように般若心経や修証義などをおつとめして、このたびは発願利生から布施・愛語・利行・同事のところを少しお話をさせてもらった。
喪主さんは、老僧の代から比較的親しくしてもらっていて、そのせいかどうも日常の付き合いの延長のような感じで緊張感というか信心というかそういうものが軽く滑ってしまうところがある。
それでも、一週間ごとにお話をさせてもらっていると、最近では少しずつ落ち着いて話を聞いてもらえるようになってきた。
坊主がなれなれしく世間付き合いしすぎるのも考えものだと、こういう時に思ってしまう。

改良衣のままホームセンターへよって寺の日常品を買い込んだ。
若い頃からほぼ半世紀以上家計を老僧へ任せっきりだったおかみさんが、最近になって家計の世話をするようになってきた。
代替わりの前後から老僧の事務能力が低下しはじめて、公私共に色々不具合が出始めてからやっとおかみさんが本気になりはじめた。
もともとが趣味もなく真面目に厳しく家事を切り盛りしているような性格の人だから、老僧の老化を素直に受け入れることができなくて毎日イライラしながら過ごしている。
微々たる年金で日常の暮らしを維持してもらわないといけないから、デイサービスの贅沢も本気に進めるわけにいかない。
訪問介護や通院に薬代と何かと出費が増えて、結局は吉田家の家計を圧迫している。
年寄りが長生きするのもなかなか厳しいものがある。

庫裏から本堂をひと回りして、灯油の世話やストーブの試運転や線香ロウソクの補充や・・・シッカリしているようでもどこかしら抜け落ちている老僧夫婦の日常の不具合を色々と点検してしばらくおかみさんの独り言に付き合う。
そのうち延々と同じ話がリピートされはじめるから、用事のあるフリをしてそろそろと動き始めてその場を取り繕う。
ロフトの書斎件寝室にある埃をかぶった本棚から昔の小説を引き出してしゃべり続けるおかみさん相手に暇つぶしをした。

崩れかけた本棚には、もうかれこれ40年近く前に読んだ本が並んでいる。
あのころは贅沢にもハードカバーの単行本を集めたりしていたことを思い出した。
積年の埃と日焼けで見る影もなく痛んでいるが、大洋堂書店と印刷されたブックカバーが懐かしかった。
まだノッチが町田の方で暮していた時に小田急線で大洋堂のあった梅ヶ丘を何回か通過した。
今ではそのあたりも高架橋になって梅ヶ丘公園もホームの壁に隠れて見えない。
駅前開発で大洋堂はどうなったのだろうか・・・
梅ヶ丘から代田方面へ10分ほど歩いたところのアパートに住んでいた。
国士舘が近くにあって学生がウロウロしていた。
荒木一郎が近くに住んでいて、時々流しの屋台ラーメンで一緒になった。
だいたいがロレツがまわらないくらいに酔っぱらっていたが、キレイなオネエサンと一緒だったりする時は無口にカッコよかったりして、屋台に寄ることもなかった。

懐かしい本の中から1冊抜き出して自宅へ持ち帰った。
もう夕方になっていたから、風呂掃除をしてお湯を溜めてからその本を持ち込んだ。
半身浴をしながら短編を一つ読んだ。
その本の話の舞台が新宿要町あたりで、当時入り浸っていた飲み屋のことを思い出した。

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2019-03