工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

海街diary 

2017/06/18
Sun. 23:32

万善寺の・・というより、吉田家の法事が終わったので、久しぶりに石見銀山の吉田家で寝る。
こうして、1日中吉田家に居るのは久しぶりのことだ。

1年に1度の石見銀山町内一斉清掃の史跡掃除があったので、朝の5時起きで万善寺を出た。
いつものことだが、早朝と夜の銀山街道は、殆どの信号が黄色と赤の点滅に変わるので、40分足らずで移動できる。集合時間の6時半に余裕で間に合って、自治会長さんの挨拶の後、駒の足自治会の受け持つ清掃場所へみんなが散らばった。
約1時間ほど草刈機を回して、支給された朝食代わりのパンと飲み物をもらって、帰宅した。
吉田家前の駐車場にはじゅん君が借りたレンタカーがあった。
だいたい土間へ入ると出迎えてくれるクロがいなくてガッカリした。
ワイフは朝シャワーの最中。じゅん君はまだ私の寝床を占領して寝ている。
吉田家家長のオヤジが朝のひと仕事を終わらせて久しぶりに帰宅したと云うのに、あまりにも普通過ぎる出迎えで拍子抜けした。
「アッ、おかえり。早速で悪いんだけど、ネコチャズのゲージ倉庫から持って来てくれない?ミワちゃんが欲しいって、それで受取に来ることになってるの」
5時おきのオヤジがひと仕事終わってグッタリ疲れて帰宅して最初の挨拶にも会話にもならないひと言がそれだった。

そんなこんなで、午前中の半日が虚しく消えた。
昼食には、ワイフが肉そばを作ってくれて、それで少しほど気持ちが落ち着いた。
1日シッカリ静養しようと決めていたから、麦とホップをプシュッとやった。
それから80インチのスクリーンで「海街diary」を観た。
原作は漫画らしいがよく知らない。
長澤まさみサマは、ロボコンの頃から好きだが、あの頃に比べると随分大人になって色気も出てシッカリしたいい女になっていた。もっとも、映画の中での佳乃が・・だけどね。
綾瀬はるかさんも広瀬すずちゃんもつくり過ぎない自然な雰囲気がいい感じだったが、何故かボクにとっては、夏帆さんの普通過ぎる存在感の薄い「普通さ」が強く印象に残った。ある意味、夏帆さんのシーンがそっくりなくなってもストーリーにそれほど大きな影響もないくらいの存在に思えたし、原作の人物の頭合わせくらいにしか感じないほどの存在にも思えたが、彼女の何とも言えない浮遊感漂う演技を感じさせない演技がとても強く印象に残った。「あれは一体何なんだろう?・・・」ストーリーを追いかけながら、ズゥ〜っとモヤッとしていたが、終わりの頃の海のシーンになって、「五目そばの片栗って感じだな・・」と、何やらそんなふうに思えた。五目そばには片栗が外せないと思っていて、それがあるから最後まで熱々スープで麺も冷えないでいてくれる。
「彼女が一番演技に苦労したんじゃないかな?・・」と、勝手にそう思った。

それから、とにかく次々色々映画を見漁った。こんな1日はもう何年も遠ざかっていた。

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♫Can't help falling in love with you♫♫♫ 

2017/03/29
Wed. 15:31

月額1000円弱で、世界の音楽聴き放題!・・・というのは、高校生の頃からのエア・チェック派としてはヨダレが出るほど美味しいサービスだ。
延々とこもりっぱなしでデスクワークをしている時など、時々の気持ちの振り幅で聴きたい楽曲選り取り見取りというのがとてもありがたい。

特別本気になってマニアックに何かとか誰かとかを追いかけているわけでもないが、気になる曲が巡ってくると、フッと我に返って集中していたデスクワークが一瞬で遠ざかっていく。
かえって、そのくらいの方が自分のミスに気づいたり、物事の整合性がチェックできたりして、随分助かっていることも多い。
その、気になる曲が流れている間は、固まった身体をほぐしたり、冷え切ったコーヒーをすすったりして小休止する。
年中こういうことを繰り返しているわけでもないが、この度のように、なにかの申請書や報告書を作成したり、つい数週間前のように確定申告をしていたりする時は、まぁ、似たり寄ったり音楽漬けの暮らしが続いている。

先日も、2晩くらい使って約1時間位のキース・ジャレット絡みのオリジナルジャズアルバムをプレイリストに仕立てた。
キース・ジャレットは、クラシックのアルバムも幾つかリリースしているから、今度ヒマができたらそちらもチェックしてみようと、今のところそう思っているが、時間が経てば日常の慌ただしさに紛れてそのうちそんなことも忘れてしまうのだろう。

そんなわけで、今少し気になっているのは・・・
たとえば、ショーン・メンデス。彼はキーポンも気に入っているようで、何かの用事で移動している時にしばらく一緒に聴いていた。
その少し前(といっても、もう1年くらい前からだと思うが・・)は、チャーリー・プース。比較的飽きもこないし、かるく聞き流せるので、少し間を置いては何度も繰り返しながらアルバムを聴いている。彼はノッチも好きなようで、彼女もアルバムをiPhoneへしまっているらしい。次のアルバムが楽しみだ・・が、コケなければいいけどなぁ〜・・
それこそ、1ヶ月ほど前の確定申告の最中に再発見したのがピンク。彼女の楽曲はやたらとCoverされていて、ひところはそちらのイロイロなアレンジで聴くほうが多かったが、改めてオリジナルのアルバムを何枚か聴いてみると、これが最近のオヤジにハマった。
変わったところで云うと(・・というと叱られそうだけど)Kiiara。EP1枚聴くと、もういいかと思ってしまうところもあるが、なんとなくキャッチーなところがあって耳につくので、時々思い出したように聴き返している。
Kina Grannisはネイティブかアジア圏の血が入っているような気もするキレイなオネイサンで、YouTubeで見つけた。あの、エルビス・プレスリーのCoverでCan't help falling in loveがなかなか良い感じで、最近のボクの癒しになっている。
〜・・・♫Can't help falling in love with you♫♫♫・・・〜
結界君を運転しながら、般若心経から引き続いて口ずさんだりしていたりする。

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ブックカバーの1冊 

2017/02/06
Mon. 14:47

写真のブックカバーは、私の愛する娘達(もちろん、長男もワイフもそれにネコチャンズも愛してますよ!)からの誕生日プレゼントである。
文庫本仕様だから単行本は今までのように何かの包装紙を裁断してカバーを作っている。

私の場合、読書時間の90%はゴロリと寝転んで片手の親指と小指でページを広げて、ほかの指で角度を調整しながら、肘を支えにして手首の調節で文字を追いかけている。
最近は、単行本が次第に重く感じるようになった。
特にハードカバー仕様はその重さと頑丈さが障害になって近年遠ざかっている。
それに、何年も前から新刊本を本屋さんで買うことも無くなった。
年に数回ほど古本屋さんで買いあさり、チェックを入れ、Amazonで検索して中古本が1円になることをひたすら待ち続ける。
読んだ中古本は、適度に溜まったところで下取り放出をする。
本によっては1円にもならないものもあるが、本棚の肥やしにしておいてもしょうがないから、そのまま処分してもらう。
まれに、何年か時が経ったあとで、昔読んだ同じ本を無性にもう一度読みたくなる時があるが、そういう時は、迷わずAmazonで1円の中古本を検索する。
時々そんなことを繰り返していたら、気がつくと吉田家の数カ所の本置き場へ同じ本が別々に並んでた・・ということもあったりする。
それでも、せいぜい合計500円にもならないから、「新刊本を1冊買うよりは安いのだ!」と、自分のミスを正当化してしまったりする。
読書好きだったり、文学に傾倒される諸氏にとっては、私のような読書システムなどもってのほかで憤懣おさまらないとこであろう。

そんなふうな、だらしない読書をしていても、一向に値段が下がらなかったり、むしろ中古本になって値が上がったりするような本もあったりする。
あれは、今から1年くらい前のことだったろうか?まだ2年までは過ぎていなと思うが・・私のスキな安西水丸氏絡みの本が新刊文庫本仕様になったことがある。タイトルが「雑文集」で村上春樹さんの本だ。確か、単行本が出た時は、まだ安西水丸さんはお元気だったと思うが、思い間違いかもしれない。
その「雑文集」なる本の文庫本化を心待ちにしていて今に至ったわけだ。
だいたい、文庫本など、発売されてブームが過ぎれば市場がこなれて1円価格で安定供給に入ったりすることが多いので、その雑文集もそれをひたすら待ち続けていたのになかなか1円にならない。そろそろ、安西水丸さんの4〜5回目の命日も近いし、出来たらそれまでに「あの本を読んでおきたいなぁ〜」という気持ちが次第に強くなって、その気持を抑えることができなくなってしまった。
そこで、遂に思い切って、今年に入って数十年ぶりに、栞もあるし帯もある新品の文庫本を買った。確か、800円はしたような気がする。
今、それにブックカバーしてチビチビ読んでいるが、なかなか勉強になっていたりする。
村上春樹さんのことは何処が良いのかどうもわからないこともあるが、安西水丸さんの引合せで村上春樹さんの知られざる奥深い一面に触れている気もする。

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趣味は読書!?? 

2017/01/19
Thu. 20:52

万善寺のウエブ環境の特に下りの方が良くないのは今に始まったことでもないが、最近になって上りもあまり思わしくなく、大事な事務連絡は、メールか場合によっては直接電話するかしないと安心できないほどになっている気がする。
少々神経質が過ぎるかもしれないが、用心に越したことはないし、少しばかりひと手間加わるくらいのことだから、だいたい暇にしている私にとってはそれほど気にすることでもない。
むしろ、インターネット回線の脆弱さのほうがずっと気になってイライラする。

お昼前になってようやく今日の1日分の仕事の準備ができたので、母親にその旨伝えて出かけようとしたら、またもや相変わらずのわがままが出て収集がつかないまま逃げるように寺を出た。
まったく、自分が住職をしているはずなのに、どこかしら遠慮しながら寺に住み暮らしているようなところがあってどうも釈然としない。

昨年末の金策がつまづいて遅れていた業者さんへの支払いをやっと済ますことが出来た。
それに合わせて幾つかの金融機関を巡回して、月末の残高をチェックしたが、新年早々、結構ヤバイ状態で、気が滅入った。
全て自分の見通しの甘さと営業の力不足なのだが、それにプラスして、万善寺の家計補助が余分に事業費を圧迫している。
もっと自由にノビノビと活動できれば、今の状態が少しばかり改善できる気もするが、高齢の母親を無視できないし、難しいところだ。

そんなこんなで、気がついたらもう午後のティータイムくらいの頃合いになっていた。今更これからお昼ごはんというのも気が乗らないまま、雪で孤立状態だった寺の食料補給をすることにした。
スーパーを回って、結界くんへ燃料も補給して、いろいろ動き回って、石見銀山の吉田家に寄った。
もちろんワイフは仕事で留守。ネコチャンズはいつものようにオヤジを無視。
テーブルの上はワイフの様々なグッズであふれていて、その中に紛れていた私宛の手紙などを探し出して整理していたら、1週間ほど前にAmazonへ注文していた中古本が2冊出てきた。
送料込み1冊258円也!
普通に買えば1冊1500円也!
2冊とも、新品と変わらないほどキレイ!
そろそろ10年ほど前の本になるから、自分で自分の我慢強さというかシブトサを褒めてあげたくなる。
最近、年々読む本が減ってきた気がする。小学生の頃からこの歳になるまで、絶えることなく本を読み続けているが、振り返ると、高校生から予備校生の頃がいちばん激しく読書していた。
昨年1年で、あの頃の1週間分も読まなかった気がする。
寿命もそろそろ先が見えてきたし、もうあの頃のような読書三昧は出来ないのだろうか?

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読書 

2016/05/06
Fri. 18:46

Bookoffが連休中特価価格になっていたので、中古本をドッサリ買った。
いつもだったら108円のところ、それより安くなっているから・・・程度のことだけどね。
我ながらケチクサイことだと思わなくもなかったが、どうせ中身に書いてあることは変らないわけだし、少々ページが汚れていたり本が水っぽくなってヨレヨレになっていたりしても、まったく気にならない。あわよくば、その108円の本を読み終わったらまたbookoffへ持って行ってやろうとドケチなことまで考えている。

それで、せっかくの連休だからノンビリと昼間からカウチにもたれながら読書三昧ができたかというと、そんなことなど全くなくて、毎日毎日入れ替わり立ち替わり、これでもかというほど周辺に色々なことが起こって、結局、トイレのブックスタンドへ投げ込んでおいたエッセーの一篇を読んだだけで終わってしまった。
あと2日ある休日を無理やり何とかして、せめて1冊だけでも読破したいものだと思っているが、さてどうなることやら・・・

私はどちらかというと本はよく読んでいる方だと思う。
生活の暇を見つけて読む程度のことだから、完全に趣味の延長だと云っていいだろう。
本を読むといっても、そこには色々な読み方があって、人によっては本を読むことそのものが自分の仕事や営業に直結している場合もあるだろう。
もう2~3年前のことだったと思うが、なっちゃんが「七つの習慣」とかいうビジネス本を読めと勧められたといってきたことがあって、それが自分の仕事に役立つのなら読んだ方がいいだろうということになって、それじゃぁオヤジが「暇を見つけて古本をチェックしてみるよ」と安請け合いをして色々とウエブ検索をしてみたら、これが、そのスジの方々にはバイブルのような本であるというような解説があったりしたものだから、そんなに立派なことが書いてあるのなら自分もひと通り読んでおこうかと、Amazonで中古本を購入した。
届いた本は目茶苦茶分厚くていっきに読む気が失せたが、それでも少しはオヤジのうんちくなどを添えてなっちゃんへ届けてやろうと思って、とにかく無理矢理読破した。結果、万年フリーターかニートに近い暮しのオヤジにはどうでも良いような内容だった。「こういう本を自分の仕事のバイブルとしてあがめたてまつっている職業人もいるんだなぁ~」くらいの感想しか浮かばなかった。時間の無駄・・とまではいかないまでも、まぁ、自分にとってはその程度のものだった。その後、その中古本にそんな感想を添えてなっちゃんへプレゼントしたが、彼女がその本を読んだかどうか・・・それは知らない。

私のバイブル的読書本はそれなりに何冊かあるが、その一冊が洪自生さんの「菜根譚」
これは、吉田家の四畳半や万善寺の三畳やロフトへ常備している。
そして、なっちゃんの就職祝いにプレゼントもした。
菜根譚の翻訳本は色々たくさん種類があるから、原本というか出典というか、その洪自生さんの原文は変らないが、著者や翻訳者や出版者などで微妙に解釈が違ったりしていて読み飽きない。
それに、あの何ともいえない自己中心的なゆるさが心地良い・・・と勝手に解釈している。
実は、なっちゃんの名前も菜根譚の「菜」の字が使いたかったという裏事情もあった。

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ボクの癒し 

2016/02/08
Mon. 22:34

2月も今頃になって、今年の石見銀山暮らしがスタートした記念すべき一日が終わりました!
思えば、昨年末からの寺暮らしは1ヶ月あまりで色々なことがありました。
いいかげんジジイに近いオヤジとしては、その色々なことでけっこう心のダメージが深刻化してどうやってそれを解消しようか悩んだ末に、「ボクの癒し」にすがるしかない・・と結論に達したわけです。

それで初午祭の当日に、その念願の癒しが石見銀山の自宅へ到着した。
急きょ寺暮らしを引きあげて帰ってきたのが昨日。
私が帰宅する前に、すでにワイフが吉田家の家族中へ写真付きのSNS連絡網を回していた。
それだから、大体そのスタイルがどんなだか想像がついてはいたが、実際に近くで見るとなかなか魅力的なプロポーション。
丁寧な包みを解いて早速ぎゅっと抱きしめて頬ずりをした。
首は細目で私の武骨な手には少し華奢な感じだが、胴はいい感じにフックラしていて、どちらかといえば小太りが好みのオヤジにピッタリ。
腰のくびれ具合もなかなかセクシーに良い感じで抱き心地も良いし、口の開き具合も適度な色気がある。
大事な調整もきちんとしつけられていてとても素直だがどちらかといえば少し固めに鳴っているあたりは今後の育て具合が面白くなりそうで楽しみなところ。
オヤジの未熟なテクニックでも文句一ついわないし、一日経ってもしっかり踏ん張って変調も少ない。
思った以上に魅力的で、久々に心ときめいている。

帰りは夕方7時くらいになるとワイフがいっていたから、それまでに部屋を暖めておこうと仕事を切り上げた。
このところどんどん日が長くなっていて、夕方の6時半を過ぎても西の空にはわずかに昼の明るさが残っている。春が少しずつ近づいている。
私が吉田家を留守にしている間に焚き付けの小割りが激減していた。
きっとワイフはダンナのいない夜の寒さをストーブにセッセと薪を焚き続けることでしのいでいたのかもしれない・・・などと、ありえない妄想をしながらストーブに火を起こしていたら、そのワイフが帰ってきた。
夕食が始まった頃にはそれなりに部屋も暖まっていて、しばらく遠ざかっていた石見銀山のまったりとした夜が帰ってきた感じだ。
そこで・・・
ストーブの前にくつろいで、ボクの癒しちゃんをチョットさわった。
シロはビビっているが、クロは無反応。
気がつくとワイフが迷惑そうにテレビを見ているからマズイと思って箱に戻した。
これから毎日少しずつ育てていこうと思っているし、早々とワイフに嫌われてしまったらそれも出来なくなっておしまいだ。
ネコチャンズにグッピー・・・それにボクの癒しが一つ増えた。

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モーニングコーヒー 

2015/09/02
Wed. 11:17

吉田家トイレの手づくりブックスタンドには文学界9月号が置きっ放しになっている。
ああみえて結構ミーハーなワイフが、又吉氏の芥川賞受賞につられて文芸春秋9月号と一緒に購入したものだ。
すでにワイフは自分が読みたいところだけを拾い読みが終わったらしく、その9月号はそのうち他の雑誌やカタログなどと一緒にゴミ収集で持って行かれる運命なのだろう。
このところ吉田家暮らしが落ち着きはじめた私は、トイレタイムの度にその文学界をパラパラめくって、書評などを読んでいる。

仕事をはじめたオヤジに朝からからみはじめて、そのオヤジの失敗を本気で嬉しがって大笑いしていたキーポンがバイトに出かけると、急に吉田家が静かになって、グッピーのブクブクのモーター音が耳にうるさく感じられるようになった。
久々のモーニングティータイム・・・本当に久々のモーニングティータイム。
iPadからMacMusicを呼び出して、マルーン5のアルバムをスピーカーへ飛ばす。
特に聴き飽きたわけでもないが、自分の中では彼らの楽曲も今年はもうそろそろ時期が過ぎたかなぁという感じだ。

トイレで読みかけていた文学界が気になっていたので、コーヒーでくつろぐ間その続きを読むことにした。
又吉氏はとにかく、純文学が好きでたまらない人なんだなぁということが良く解った。
確かに、人生のある1時期は何かしらひとつことにのめり込んで抜け出せなくなってしまうこともある気がするし、自分にもそういう時期があった。
又吉氏が偉いのは、それを自分の趣味のまま大切に暖め楽しむばかりにならないで、キッチリと自分の仕事に昇華してプロの実績を教化するところにある。
相当に冷静で客観的な思考を持たないとなかなかできることでないと思う。
私のような俗人は、死ぬまで一生自分のささやかな趣味のままで大切に楽しみ続けた方が良いと普通にそう思う・・・って、彼と比べてモノを考えてもショォ〜がないことだけどね。

昨夜のMさんとの久々の飲み会でかなり心の垢が取れた感じだ。
久々に朝から頭がクリアーで軽やかに回転している。
鉄板の材料も注文が終わってそれが手元へ届くまでは、ひたすら富山にハマろうと決めた。
あれほど停滞していたポスターやリーフレットの草案も、昨夜から急にキラキラとひらめきはじめた。
何処かのデザイナーみたいに、人のふんどしで相撲とるようなことはしたくないし、しようとも思わない。
罪の被せ合いをして自滅しはじめているヤツラがイモズル式にあぶり出されている。
ことの大小関係なく、自分で信念を持って悪事に手を染めるのなら、それはそれで自己完結するくらいの心意気が欲しい。
見栄やエゴやプライドだけで世間を笑って生きるヤツラが多すぎる。
そういうヤツラはきっと、そうめんのようなウンコばかりしてるんだろうね。

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米焼酎とクリント・イーストウッド 

2015/08/10
Mon. 22:26

やっぱり湿った気持ちを吹き飛ばすには、一杯の酒と痛快な映画しかないでしょう!
・・・ということで、九州の新進気鋭女流彫刻家が現代彫刻小品展出品の彫刻と一緒に送ってくれた焼酎の封を切った。
私と彼女との関係はなかなかあなどれないところがあって、キッチリ「ボクの好きな焼酎!!」を心得ていらっしゃるところがなかなか憎い。

だいたいは、酔っぱらうことが出来たら特に酒の種類にはこだわらないタイプの私なのだが、それなりにあえて贅沢を言わせてもらえば、日本酒は純米酒、ビールはエビス、ウイスキーは癖のあるラフロイグ、常用酒は麦とホップ、それに焼酎はやはり米!
せいぜい、あと10年も酒が旨いと思って呑めたら御の字だと思いつつ、ほぼ毎晩毎日何かしら酒との縁が切れない日々を過ごしている。

今年は私事で色々あって、それが落ち着かないままいまだに継続中で、なかなか自分に正直になれないで悶々とした日々を過ごしているが、九州のiさんが気を利かせて送ってくれた焼酎も、やっと気が付いて自分の目で確認できて、その心根の優しさに気持ちがグラッと揺れて年がいもなくドキドキしてしまったのはつい先日のことだった。
早速、結界君へ積み込んで寺まで運んで、マイ冷蔵庫の中身を整理して「純米焼酎川辺」を冷やしはじめて、それで今夜、十分に冷えたソレの封を切らせたもらった次第なのです。
口当たりがとても柔らかくて、正に米焼酎の醍醐味が十分!これは、そのまま何もしないでチビチビ呑み続けるのがいちばんだと確信した!
欲を言えば、この味を酒好きのみんなと一緒になって楽しみたい・・・といったところか。
寺暮らしの現状だとそれも叶わぬ夢だから、せめて一晩くらいは自分の趣味に浸ろうということでチョイスしたのが「荒鷲の要塞」・・・若い若いクリント・イーストウッドがカッコイイのですよ。こういう、痛快戦争映画を見て喜んでいるということが、今の時期に少々ヤバいかもしれないと、若干は現代日本に暮す大人の社会人として後ろめたいところもない訳ではないが、それはそれ!これはこれ!ということで、何処かの誰かが靖国参拝をするとかしないとかというレベルの過激さとは比べ物に出来ないほどのチッポケでささやかなことなのだと自分に言い聞かせつつ寺のロフトで一人酒をしている。

最近、気が付くと結界君が80kmくらいで走っている。
それほど急いでいる訳でもないし、田舎道のことだからあおってくる血の気の多いドライバーもいないのに、何故か気が付くとスピードが少々出過ぎている。
心の何処かに気持ちの余裕というものが無くなっているのかもしれない。
もう何年も前から何時もと同じお盆がやってきて、何時もと同じ慌ただしさがくり返されているだけのことなのに、憲正さんがいなくなったというそれだけで、ここまで自分の気持ちに落ち着きがなくなって荒んできているのかと思うと、自分の心の弱さにガッカリしてしまう。
結局は酒に逃避しているだけのことだと思うけど、それも出来なくなったらもう終りだね。
明日から、気持ちを切り替えてお盆に突入しようと強く念じつつ、米焼酎に酔いしれているところであります。

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小説の街 

2015/05/31
Sun. 23:36

坊主の手間替え大般若会へ出かけた。
さすがに、病院へ衣を着て出かけるのも気が引けて毎日地味なカジュアルで通していたから、久々に法衣を着た気がする。ようするに、5月の半月間は万善寺の坊主収入もないままほぼ毎日寺暮らしをしつつ老僧の病室へ通っていたということ。

固形物を食べなくなって点滴の水分補給のみで半月持ちこたえている老僧はなかなかの体力と感心すると同時に、現代医療の凄さを実感する。
私の方は、老僧のとなりに仕事を持ち込んでそれに没頭するのもどうかと思うから、彼の安静を気遣いながらジッとして時を過ごすしかない。さすがに何時間も瞑想にふけることも難しいから、ひたすら読書に励んでいる。最近は、だいたい200〜300ページくらいの単行本や文庫本を1日1冊ペースで読み倒している。

まだ東京で暮していた頃に買ったものを捨てないで島根まで持ち帰って、寺のロフトで埃にまみれていたものを再読しているから、昭和の50年代のものがほとんど。
今こうして読み返していると、あの頃の私の東京暮らしの様々な出来事がけっこう鮮明に思い出されて気がつくと小説の街と自分の暮していた街が入り乱れて混ざり合って不思議な世界にハマってしまっている。

10年で4回引っ越しをした。
まだ国電だった山手線や中央線や青梅線。
それに、小田急、京王、西武や地下鉄丸ノ内線に銀座線・・・
最寄り駅からアパートまでの商店街や町並みの様子。
何度も通い続けていたアチコチの2番館の椅子の感覚。
銭湯までの道のり。
入り浸っていた飲み屋。
授業をサボって出かけた小旅行。
新譜のアルバムを買っていたレコード店。
待ち合わせやたまり場にしていたジャズ喫茶やロック喫茶。

それになにより、買った本屋さんのブックカバーが懐かしい。その町の駅前の本屋さんの書店名やアドレスを見ると店内の様子までハッキリと思い出してしまう。
これも老僧が引き合わせてくれた何かの縁だと思う。
こうして特に介護の手をかけることもなく、毎日ただただ静かに病室で付添っているだけのことなのだが、そのおかげてこうして昔の本を再読している。こういうことでもないと、結局一回読んだ本は二度と同じページを開くことがないまま、寺のロフトで埃をかぶりネズミにカジられどんどん風化してやがて古紙で廃棄されるか焼却されておしまい。

5月の日差しが例年になく焼けつくように暑く感じる。
それでも病室に吹込むそよ風は山の冷気をはこんで心地良い。

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古本 

2015/05/22
Fri. 20:46

寺暮らしも長くなって、そろそろ好きな映画や海外ドラマに飢えて来はじめた。
2度目の老僧の入院は想定外だったから、事前に万全の準備をしないまま、なりゆきで寺のロフトで寝起きするようになった。
癒しのネタのネコチャンズもいないし夜の娯楽というものが乏しくて、結局寝酒を一杯ひっかけて寝るしかない。
遅れていた申請書類をひとつ終わらせて、残ったもう一つはホームページを観覧できる環境が必要なので石見銀山の自宅で用事をかたづけるしかない。

そんなわけで、今のところ時の流れに身を任せるしかないことになったから、ロフトで西陽に照らされて日焼けして紙くず同然に劣化して積年のほこりがタップリ積もった古本を引き出して読み返している。
昭和の頃の本ばかりだからかれこれ30年から40年も前の初版本だったりして、すでに1回は読んでいるはずなのにストーリーなど全く覚えていなくて、なかなか結構新鮮だったりする。
まだ10代から20代前半の頃の当時の流行を思い出す。
当時としてはずいぶん大人びた自分の好みもわかって他人事のように面白かったりする。
毎晩そうして同じようなくり返しで、もう4〜5冊は読み終わった。

高校を卒業して、島根の田舎から大都会東京へ上京して、家財道具といったら布団とスタンドとテーブル兼用の電気炬燵くらいしかなかった頃だから、それこそ娯楽といえば、映画館へ行くか、ロックやjazz喫茶でグダグダするか、四畳半で小説を読みあさるくらいの選択肢しかなかった。
その日暮らしの毎日で、銭湯の事や食事の買い出しの事や床屋のことや金融機関のことなど生活の基本パターンがおおよそ落ち着いた頃からアルバイトを探していたら、上京してすぐに知合った長崎出身の友達が紹介してくれたのがはじまりで、それから俗に云う水商売を渡り歩いた。
我が子にも言っている事だが、学生のアルバイトはやはり食べ物に関係する職種が諸々都合よく暮せると思ったのは、その当時の実体験に起因するところがある。
最初に務めたのは新宿三越の裏のビルの1階から3階までの大きなコーヒーパーラーだった。半月くらいの研修期間を終わってから、13席ある1階のフロアを任された。結構過酷な労働条件だったが、夜の10時に営業が終わると、先輩や正社員が夜食に誘ってくれて、場合によってはそれから飲み屋へ流れて、そういう時はほとんどおごってもらえた。まだ20歳前だったが、酒もタバコも人並みにつきあえるほどになっていたので、見聞の全てがとても新鮮で刺激的だった。

今読んでいる古本は、ちょうどその頃の自分の暮しぶりを見ているようで面白い。まだ20歳くらいの若造が読むには少々オヤジ臭い小説だが、水商売の面白いところがタップリと話されていて、それとなく親近感があったりしたのだろう。
田舎者のウブな私が、社会の機微に触れて人生の発見の連続だった時代のことでもあった。

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読後感 

2015/03/11
Wed. 08:07

この冬シーズンは、比較的楽に過ごすことができた・・・といっても、気候だけのことだが・・・
石見銀山も赤来高原も、昨年までのドカ雪もなく降っては消えてしばらくするとまた降っては消えることのくり返しだったから、大掛かりな除雪作業をすることもなかった。
日本は東北の方に厳しい冬の気候が偏ったふうに感じた。
だから万善寺始まって以来の連鎖する檀家さんや地域での葬儀やそのあとの七日務めも、それなりに雪の間隙を縫って滞りなく過ごすことができたし、結界君の4WDもせいぜい2〜3日程度の使用で終わった。

こういう楽な冬も珍しいことだと自分では思っているが、もう一度くり返すけど「気候だけのこと」だからね。
それ以外の色々な出来事は、鈍り切ったオヤジの身体にかなりのダメージで蓄積されてしまった。
特に、続いた仏事の正座で膝の故障を悪化させてしまったことが一番つらい。
もう若くない身体は、何処か一箇所の具合が悪くなると、それをかばおうとして身体のアチコチが悪化してくる。
いくらヒマとは言え、その度に病院通いをするほどヒマでもないし、結局あたらずさわらず気長に不具合と付き合いながら身体を慣らすのが一番だと思っている。
まぁ、簡単にいえば無理をしないこととストレスをためないことと美味いものを食べて一杯の酒でイヤなことを忘れてしまうということができていればそれで何とかなるだろうと思っている。

せっかくワイフが買ってくれた文芸春秋3月号も、なかなか落ち着いて読むことができないまま日が過ぎていたが、最近少し余裕が出来たので、膝の不具合をだましつつ申告作業の合間を見て芥川賞を読み切った。
この近年では「苦役列車」が一番強く印象に残っている。
なんとなく自分も似たような暮しぶりだったし、自然に風景や情景がイメージされてきたから余計心に残ったのかもしれない。
「九年前の祈り」は、光のキラキラとか漂う香りとかからみつく空気とか世間の騒めきとか、そのような感覚が伝わってくる不思議な印象だった。

「あんた、黒目がだんだん白くなってきたね。病院で診てもらった方がいいんじゃない?」
先日、私の目をのぞき込んでワイフがそういった。
たしかこれで2~3回はそういわれたと思う。
彫刻を造りながらもう何十年も酷使を続けている目だから仕方がないことだ。
耳鳴りはそろそろ10年近くつきあっているし、手足の痺れも年々ひどくなる。
指先の油はすっかり枯渇してお札1枚を財布から取り出せないで苦労する。
その前に、財布にお札を溜めることはもっと苦労しているけど・・・
こうやって歳とともに身体の感覚が鈍って退化して、ひとつずつできることが減っていくのだろう。

音も聞きとり難くなって好きな音楽から遠ざかり、目も見えなくなって文字から遠ざかり、指の感覚も鈍くなってキレイなオネエサンの柔肌の感覚を忘れ・・・そのうち、美味い酒の味もわからなくなって、生きる楽しみがひとつずつ消えて無くなってしまうのだろう。

以上、吉田家の個室にこもってウンウンうなりながら読み切った芥川賞の読後感でありました。

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雨やどり 

2014/11/15
Sat. 05:30

このところ七日務めが続いていて一週間がアッという間に回ってくる。
いつものように般若心経や修証義などをおつとめして、このたびは発願利生から布施・愛語・利行・同事のところを少しお話をさせてもらった。
喪主さんは、老僧の代から比較的親しくしてもらっていて、そのせいかどうも日常の付き合いの延長のような感じで緊張感というか信心というかそういうものが軽く滑ってしまうところがある。
それでも、一週間ごとにお話をさせてもらっていると、最近では少しずつ落ち着いて話を聞いてもらえるようになってきた。
坊主がなれなれしく世間付き合いしすぎるのも考えものだと、こういう時に思ってしまう。

改良衣のままホームセンターへよって寺の日常品を買い込んだ。
若い頃からほぼ半世紀以上家計を老僧へ任せっきりだったおかみさんが、最近になって家計の世話をするようになってきた。
代替わりの前後から老僧の事務能力が低下しはじめて、公私共に色々不具合が出始めてからやっとおかみさんが本気になりはじめた。
もともとが趣味もなく真面目に厳しく家事を切り盛りしているような性格の人だから、老僧の老化を素直に受け入れることができなくて毎日イライラしながら過ごしている。
微々たる年金で日常の暮らしを維持してもらわないといけないから、デイサービスの贅沢も本気に進めるわけにいかない。
訪問介護や通院に薬代と何かと出費が増えて、結局は吉田家の家計を圧迫している。
年寄りが長生きするのもなかなか厳しいものがある。

庫裏から本堂をひと回りして、灯油の世話やストーブの試運転や線香ロウソクの補充や・・・シッカリしているようでもどこかしら抜け落ちている老僧夫婦の日常の不具合を色々と点検してしばらくおかみさんの独り言に付き合う。
そのうち延々と同じ話がリピートされはじめるから、用事のあるフリをしてそろそろと動き始めてその場を取り繕う。
ロフトの書斎件寝室にある埃をかぶった本棚から昔の小説を引き出してしゃべり続けるおかみさん相手に暇つぶしをした。

崩れかけた本棚には、もうかれこれ40年近く前に読んだ本が並んでいる。
あのころは贅沢にもハードカバーの単行本を集めたりしていたことを思い出した。
積年の埃と日焼けで見る影もなく痛んでいるが、大洋堂書店と印刷されたブックカバーが懐かしかった。
まだノッチが町田の方で暮していた時に小田急線で大洋堂のあった梅ヶ丘を何回か通過した。
今ではそのあたりも高架橋になって梅ヶ丘公園もホームの壁に隠れて見えない。
駅前開発で大洋堂はどうなったのだろうか・・・
梅ヶ丘から代田方面へ10分ほど歩いたところのアパートに住んでいた。
国士舘が近くにあって学生がウロウロしていた。
荒木一郎が近くに住んでいて、時々流しの屋台ラーメンで一緒になった。
だいたいがロレツがまわらないくらいに酔っぱらっていたが、キレイなオネエサンと一緒だったりする時は無口にカッコよかったりして、屋台に寄ることもなかった。

懐かしい本の中から1冊抜き出して自宅へ持ち帰った。
もう夕方になっていたから、風呂掃除をしてお湯を溜めてからその本を持ち込んだ。
半身浴をしながら短編を一つ読んだ。
その本の話の舞台が新宿要町あたりで、当時入り浸っていた飲み屋のことを思い出した。

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読書癖 

2014/08/27
Wed. 09:48

学園祭の準備でいつもより1時間も早く登校するキーポンを学校まで送ってきた。
吉田家の中でダントツで寝起きの悪いキーポンが朝っぱらからプリプリしているし、ワイフもずいぶん早起きして険悪な雰囲気のまま弁当など作ったりしているから、なんとも形容のしがたい重たい空気が吉田家をつつんでいる。
それでなくても延々と降り続く梅雨に戻ったような長雨で家中がジメジメしているし、本当に朝から気が滅入る。
島根の赤来高原か石見銀山だけかもしれないが、8月の日照時間がここまで少ないことは記憶に無いほど希なことに思う。
先日の草刈りも、いつもだったら今頃は天日に干されてカラカラに乾いた雑草を集めて焼却しているはずなのに、今回は乾く間も無く腐ってしまってそのまま堆肥になってしまいそうだ。

石見銀山で開催する現代彫刻小品展のチラシやポスターをつくり始めているのだが、毎日雨続きでまともな写真データがそろわない。
10月の開催なので紅葉には早いものの、石見銀山の谷間とスカッとした秋の青空にポッカリ浮かんだ雲をスッキリと見せられたら良いなぁとなんとなくイメージしていたのだが、もうそろそろ引き延ばしも限界に近いし、さしあたってダミーなど使いながら文字の配置だけでも決めておこうとデスクトップにしがみついている。
ワークショップのことで講師のお願いにアチコチ電話をしたりメールしたりして一区切りつけたらもう朝のティータイムになっていた。

めずらしくワイフが在宅していてコーヒーをつくってくれていた。
それをズリズリすすりながらブログのキーボードをたたきはじめた。
なりゆきの惰性のような感じで毎日書き続けているから特別ドラマチックな内容などあるわけもないのだが、それにしても他愛ないままにネタがつきないものだ。

単身赴任して万善寺のロフト暮らしの間は、Wi-Fi環境も脆弱だったりしたからメールチェックぐらいしか出来ないまま毎日を過ごしていた。
気晴らしのインターネット配信海外ドラマも観れないので、昔読みあさっていた文庫本を引っ張り出した。
経年変化で黄ばんで色あせて老化してコシのなくなくなったページをめくっていると、忘れていたストーリーが少しずつ思い出されて、久々の読書へはまった。

石見銀山に帰ってからもなんとなく読書癖を引っ張って、一日の節目にAmazonやiBookをのぞいたりしていたら、もう何ヶ月もまともに本屋さんへ行っていないことを思い出した。
それで先日家族で出雲のゆめタウンへ行った時は、脇目もふらず今井書店を目指した。
本当に久しぶりの本屋さんには、新装や新刊の文庫本や単行本がいっぱい並んでいて飽きることが無かった。
古本の単行本を買って読んでいた「蜩ノ記」が文庫本になっていた。
最後の方でちょっと出典のバレる説教臭いところがあったが、久々に読みながら泣いた。
小泉堯史さんの監督で映画化もされたらしい。
小泉さんだから、きっと丁寧で濃密な映画になっているだろう。

夫婦割引適応の年齢にもなったし、ワイフを口説いて劇場へ行こうかと思いつつ、ワイフの隣でポロポロ泣いてしまうとわかっているからそれもどうかと思うし・・チョット悩むなぁ・・・

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月を追いかけて 

2014/04/27
Sun. 05:19

もう連休に入っているような気もするが、現代彫刻小品展の要項作成や作家宛発送などを急がなければいけないから、ほぼ1日中書斎にこもって原稿を書いて印刷ばかりしている。
背中や腰が固まって身体がギシギシ軋む。

夕方はキーポンのピアノ教室で送迎をした。
待ち時間に電子書籍のサンプル版をチェックしていたらアッという間に時が過ぎた。
少し前よりまた日が長くなった。

夜中に猫が騒ぐので目が覚めてしまった。
文字ばかり見ているから脳みそを使いすぎて気持ちが高ぶっているのかも知れない。
結局なかなか寝つけなくなってしまって、それにバックアップでスイッチの入ったハードディスクが変な音を出しはじめたりして、いろんな音が耳につきはじめてよけいに目が冴えてくるし、しばらく我慢して気を紛らわそうとしたが、それも無理だからあきらめて電気をつけた。

久々にDVDの映画を観た。
このところインターネット配信の映画やドラマが充実しているので、趣味の娯楽はほとんどそれで済ませている。
我が家の視聴覚ライブラリも2年以上前から増えないまま今に至っている。
手付かずで棚のディスプレィと仮しているからディスクにカビが生えているかも知れないと心配したが大丈夫だった。

スタンドバイミーは私が島根に帰って2・3年した頃にやたらと世間で流行っていた。
当時はまだレンタルビデオなど初期の頃だったが、定価30万円もしたHiFiステレオのベータデッキの中古を知合いが半額くらいで世話してくれて、それに飛びついたばかりの頃だったからなんでもが珍しくて、松江にあったレンタルビデオ店まで2日に1回は通っていた。
それから少しして出雲にもレンタルビデオ店が出来た。
丁度松江と出雲と同じくらいの距離にあるところに住んでいたから、ひと頃は毎晩のように松江と出雲を交互にいったりきたりしていた。
そのような暮らしが慣れてきてしばらく経った頃にスタンドバイミーがビデオになった。
評判がよかったから結構期待していたが、正直自分にはそれほど感動は伝わらなかった。

「月を追いかけて」という映画が、スタンドバイミーの2・3年前に出来ていて、たしかキネマ旬報の何処かでそれを知ったように記憶しているが定かでない。
とにかく、ショーン・ペンとニコラス・ケイジが出ているという事が気になって覚えている。
あの頃、ショーン・ペンはマドンナと結婚していたということで世間では有名だった。
ニコラス・ケイジはコッポラの親戚だということらしいが、私は彼を「バーディー」で始めてみた。
バーディーはマシュー・モディーンが主役だと思うが、ニコラス・ケイジのほうが絶対良いと思って見ていた。
その、「月を追いかけて」は結局日本では劇場で上演されなかったと思う。
待てど暮せどビデオにもならなくて、それから10年くらい経って忘れた頃にレンタルでやっと見る事が出来た。
自分にはとてもシックリ合って、何度も何度も見返した。
それからまた10年近く経過した、つい10年ほど前にDVDになっていることがわかって、すぐに飛びついた。
だから、現在は我が家の家宝・・というより、私の宝物になっている。

猫にたたき起こされたから、「月を追いかけて」を久々にパソコンのモニターで観た。
音はヘッドフォンで聴いた。
泣けた。
やっぱり不覚にも泣けた。

ストーリーは・・気になる方は、何処かで現物を探して自分でチェックしてください。
吉田はとてもいい映画だと思っている。
スタンドバイミーよりいい映画だと思っている。

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沈黙の声 

2013/06/08
Sat. 05:27

そろそろ自分の新作彫刻を造ろうと、少しずつメモをとっている所です。
とはいえ、彫刻展の事務処理があるので、落ち着いて集中出来ているわけではありませんが、かといって何も手つかずにしてそのままにするわけにもいかないので、何とか気持ちを切り替える手段を考えたりしてやりくりしています。
さいわい、昼のうちはワイフも仕事で留守になることが多いし、業者搬入の彫刻の到着を待ちながら進めている事務処理の休憩も兼ねて裏紙メモを描いていると結構集中出来て、少しずつ具体的な形が見え始めています。

肝心の彫刻展の方は、やっと出品者の集計に先が見えてきて、現在50人を超える彫刻家がそろい、出品の彫刻点数も80点に迫ろうとしています。
これから、データを整理して、キャプションや目録の作成印刷などの仕事が増えることになりますが、それも避けては通れないので、遺漏のないように気持ちを引き締めています。

業者搬入〆切り前後のこの数日・・・
集中の支えになっているのが、ワイフがつくってくれるポットいっぱいのコーヒーと、黒田京子さんの新譜。

かれこれ3週間ほど前に黒田さんから新譜発売お知らせの手紙が届いて、本当に本当に久しぶりに新品のCDを買ったところです。
黒田さんのピアノは坂田明さんのトリオではじめて聴きました。
繊細かつ大胆で、歯切れの良い痛快さもありつつ、いっぽうでとてもきれいな小川のせせらぎの如く流れるメロディー構成も心地よかったりして、彼女のアドリブソロの虜になってしまいました。
その後何枚かCDを聴くなかで、ヴァイオリンとチェロとピアノのトリオ「Do You Like B?」は、ずいぶんと長い間耳のおともで飽きずに聴かせてもらっていて、そして吉田にとっては久しぶりの今回の新譜となったわけです。
タイトルは「沈黙の声」・・・なんともハードな響きですが良い意味で裏切られた感じです。

最近は、耳元で黒田さんのピアノソロがエンドレスに流れています。
音楽は料理と一緒で人それぞれ好き嫌いのあるのも当然と思っていますが、だからといって食わず嫌いもどうかと思います。
まずはためしに、どこかで機会をみつけて視聴してみて下さい。

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クラシックに包まれて・・ 

2013/03/03
Sun. 09:28

毎週土曜日の夕方は、キーポンのピアノ教室が30分ほどあって、私かワイフのどちらかヒマなほうが送迎をしています。
どちらかといえば、私の方が多いかなぁ・・と思ったりもしますが、寺に暮したりすることもよくあるので、そのあたりは何とも曖昧です。

ピアノ練習の待ち時間は、私の貴重な読書タイムになります。
しばらく前から、文芸春秋の芥川賞にかじりついています。
今回の受賞作は、とても不思議な小説とも言えないような小説(なのかなぁ・・)で、すべて横書きで書かれています。
句読点も、コンマとピリオド。
何か、洋書の原文を読んでいるようなふうに思えてきます。
このような小説を選考された皆さんはとても苦労されたのだろうなぁと、常識的な感想も持ったりします。

ショスタコーヴィチのワルツ(正確な曲名は良く覚えていない・・)のノリのような雰囲気の文章で、読んでいると、なにかしら日本的だったり、牧歌的だったり、大陸的だったり、ゆったり流れる厚みのある曲調に、上手く溶け込みながら文字を追いかけたりしていられるようで、重苦しく堅苦しくもありつつ、心地よさを感じたりする何とも言えない感覚に落ち込んでしまいます。

そんな影響もあって、工場では、埃にまみれたアンプとスピーカーへiPodを繋いで大音量でクラシックなど垂れ流しながら仕事をしたりしています。
さぞかし、近所迷惑のことでしょうが、グラインダーなど電動工具を使っていると、そちらのノイズの方がもっとうるさいでしょうし、今のところ苦情も出ていないので、しばらくはこんな雰囲気で仕事を続けるつもりです。
当面、春の彫刻展の〆切も近いし、本日中には何とか小品を1点完成させようと思っています。

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僕へのご褒美 

2012/10/06
Sat. 04:14

寺の東堂さんが少しずつ落ち着いてきはじめ、何となくひと山乗り切った感じです。

久しぶりに石見銀山の吉田家で連泊出来そうで、気持ちも華やいできます。
とはいえ、長い間留守にしていたツケが溜まっていて、1日がアッという間に過ぎてしまいます。
工場の方も彫刻制作の後片付けを終わらせ、次の制作に入る準備をしたところです。
そんなことでバタバタしていたら、近所のお百姓さんが持ってきた農機具の修理をすることになって、見事に半日つぶれました。
それでも2〜3000円にはなりそうなので、それで寺の1往復分の燃料が稼げます。
ありがたいことです。

石見銀山の自宅を空けていた間に、今は見違えるようにおとなしくおりこうになった、元チンピラのクロちゃんが、私愛用のヘッドフォンを2機噛みちぎってしまったおかげで、色々な場面のバックミュージックが途絶えて寂しい思いをしていました。

もうしばらくしたら、展覧会の展示作業で高速バスの往復も待っているし、夏のドタバタを何とか乗り切った「僕へのご褒美」ということで、新しいヘッドフォンを購入。

早速視聴していると、あの元チンピラがすっ飛んできました。アブナイアブナイ・・
それに、XSの極小ピースを装着しても何故か耳からズリ落ちる。
音は良いのに、どうもフィット感に欠ける感じ。
耳あかが溜まりすぎているのかなと掃除しても変化無し。
それでもと思ってワイフやキーポンのヘッドフォンを装着しても同じ。

どうも、私の耳が彫刻溶接の紫外線で乾燥耳になってしまったようです。
今度は、ワイフの乳液でも借りて試してみようと思います。

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マイ・シート 

2012/09/02
Sun. 04:04

おかみさんが見たら卒倒してひっくり返るだろうと思いつつ、万善寺唯一の2階ロフトを使いたい放題、自由に模様替えをしています。

何時もわがままを言いながらお世話になっている車屋さんに、廃車のシートを一つお願いしていたら、工場長さんから「スポーツタイプのシッカリしたのをとっておきましたよ!」と連絡が入りました。
「この助手席はほとんど座ってませんから、新品同様ですよ!」と、工場長さんの太鼓判。
廃車にするほど乗り回して、助手席にかわいい彼女も乗せられなかったオーナーの心情はどれほどのものだったのだろうと、身勝手に想像して同情までしてしまったのは、余計なおせっかいと分かりつつも、何かしら愛おしくなってしまった助手席をいただいて、早速大工仕事。
これが彫刻の制作工場だったら、鉄パイプか何かでかっこよく改造するのに、寺暮らしのままではそうもいかなくて、見た目を無視した実用重視のデスクワーク専用シートを作りました。

さすがに、車のシートは座り心地が良くて、長時間使用しても腰の調子が悪化することもなく、疲れたらシートを倒して仮眠もとれるし、なかなか快適です。

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古本のすすめ 

2012/03/09
Fri. 06:46

キーポンの受験も一段落して、吉田家は3人しかいないのに、なかなかにぎやかで騒がしい夜が増えました。

ワイフとキーポンはテレビが好きで、彼女たちがいるとだいたい寝るまでスイッチが入りっぱなし。
時代がデジタル化してテレビもケーブルや地デジ対応に変わったりして、そのあたりの更新投資に乗り遅れた感じの吉田家には、ひと昔前の14型ポータブルテレビが1台あるのみ。
あとは、使わなくなったビデオデッキが1台、アナログのアンプと年代物のスピーカーなど、まだまだ昭和が色濃く漂っています。

一方私の方は、テレビ番組の希薄な内容がなかなか趣味に合わなくて、自分からスイッチを入れることは数えるしかありません。
一身上の都合でフリーになってから、新聞は見ない、テレビは見ない、ラジオは電波が入らない・・・といった暮らしが続いています。
そのわりに世間の情報も過不足なく入り込んでくるのは、やはりテレビ好きの彼女たちが見ている番組からの情報が漏れ聞こえてきたりすることも影響していると思います。

そんな暮らしぶりですが、だからといって趣味が無いわけではなくて、どちらかというと、逆に趣味にはまっていると云った方が良いばかりのオヤジなのであります。
デスクワーク中は、もっぱらインターネットラジオの垂れ流しで好きな音楽に包まれ、夕食後のくつろぎタイムはこれもインターネット経由の映画鑑賞。布団に入って寝る前の読書。それに、例の個室に籠っての読書、時々坊主の戒を破って風呂で暖まりながら読書。ひどい時は、音楽を聴きながら読書。

つまり最近のオヤジには、しばらくぶりに「読書」が復活の兆しを見せているわけです。

学生の頃は1週間に1度は神保町を訪問していて、端から端まで約1kmの古本屋さんを戸別訪問していたものです。
それに、ほぼ毎日のように出入りしていたのが、新宿中央口から右回りに南口に向かって甲州街道のチョット手前にある「鈴木書店」。
マメに2~3ヶ月通い続けていると、だいたいお目当ての本が古本で安く手に入っていたので重宝していました。

古本が良いなぁと思うのは、自分の前に読んでいた人の痕跡が残っていることです。
書き込みがしてあったり、線が引いてあったり、ページの角が折ってあったり、時には手書きのメモが挟んであったり、チューインガムの袋がしおり代わりになっていたり、センベイの粉がつぶれていたり・・と、自分が読みたかった好きな作家の本を、何となく同じように好きで読んでいたのだろうもう一人の知らない誰かのことが伝わってきて、勝手に親近感を感じたりしてニヤついてしまう。

この間も、例の個室で安西水丸を完読して余韻に浸りつつページをめくっていたら、最後の索引のページのアチコチに○がしてあって、その本を持っていた誰かが、どの映画を見ていたのか全部分かって、とても楽しめたりしました。
2度美味しい思いをしたその本は手放すことが出来なくなってしまいました。

古本にはそんなバックヤードを垣間見ることがあって、何となくはまってしまうのです。

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ちょっとひとやすみ 

2012/02/26
Sun. 01:12

たぶんワイフに怒られるでしょうが、どうしても我慢できなくて買ってしまいました。ごめんなさい。

・・・というのも、あのロバート・アルトマンさんの「ナッシュビル」がDVD廉価版になって甦ったからです。

ナッシュビルというと、私がまだ学生だった頃、有楽町か新宿の映画館で見たように記憶しています。
とにかくあの当時の私にとっては、東京で見るロバート・アルトマンさんの初めての映画がこのナッシュビルだったので良く覚えているのです。

ロバート・アルトマンさんの映画を最初に見たのは、確か、まだ高校生の頃で、松江の天神町にあった映画館だったと思うのですが・・・封切りの「マッシュ」でした。
朝鮮戦争の頃の話で、軍医さんが世間話をしながら動脈から血がピュッピュ飛び出ている負傷兵を手術するシーンなんかが衝撃的で、音楽もとても良いと思って2回続けて見ました。
それと、女性の軍人さんがシャワーを浴びているテントに仕掛けを作って跳ね上げてしまうシーンが話題になっていて、そのシーンがやってくるのを高校生の私はドキドキしながら心待ちにしていたのです。
その監督の映画だというので、東京でも封切りを奮発したのです。

実は、ロバート・アルトマンさんは好きな映画監督の一人ですが、残念ながら既に他界されているのでもう新作を見ることは出来ません。
今度のナッシュビルもなかなかソフト化されなかったので、若かりし頃の思い出に記憶しておくしかないかとあきらめていたところ、ここにきて、やっと40年近くたって見ることができる訳です。

それで、早速特典の監督インタビューを見終わって、そのままモニターを切り替えてキーボードを打っているところです。
明日は・・といっても既に今日ですけど、朝から寺で年回の法要があるので本編はぐっと我慢です。
初午祭もあるし、しばらく仏事から遠ざかっていた万善寺なので、久々に仕事が出来て寺のおかみさんも張り切っています。
昼の間、塔婆を書いたり回向を考えたりしていると、チョコチョコおかみさんから電話が入ったりして、結局ナッシュビルを見そびれてしまいました。
彫刻小品展の印刷原稿も仕上げないといけないし、このままだと本編は3月に入らないと見れないような気もします。
楽しみは後にとっておいて、しっかり働け!・・ということなのでしょう。

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2017-06