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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

凍った町 

2012/02/20
Mon. 09:15

石見銀山は凍ってます。

多分最後だろう寒波が過ぎたようで、夜半から雲が晴れて朝には吸い込まれるような青空。
こんな朝は、雲で包まれていた地表のぬくもりが一気に空へ吸い込まれて、急激に気温が下がっていきます。

前の日まで降っては消え降っては消えして表面が水っぽくなっていた雪も一気に凍り固まってガチガチ。
このような放射冷却状態が頻繁に続くと、次第に春が近づいているなぁと感じます。

最近はメタボが安定期に入って身体がどんどん重くなっているので、まだスリムだった昔のようなわけにはいかないでしょうが、私の少年時代はだいたいこの時期になると、例のごとくの放射冷却でガチガチに固まった雪の上を山越え谷越えひたすら無理矢理学校まで道なき道を直進していたものです。

キーポンを学校まで送って帰宅すると、自治会長のワイフは早朝から町内の配りものに出かけていて、帰ってきての第一声、
「長靴はいてたのにぃ~、滑って転んだわよぉ~!」
島根の暮らしも長くなったとはいえ、生まれも育ちも江戸っ子のワイフにとって、放射冷却の朝の恐ろしさにはまだ慣れていない様子です。このような朝には、雪も水もなんもかんも地面が固まって長靴も要らないくらいなのです。

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幽玄のデスクトップ 

2012/01/20
Fri. 08:37

せっかく好天だったのにさんざんな1日が過ぎて万善寺老夫婦の生活を補助するために買い物などしてほぼ1日を使い、なかなか落ち着いて仕事に集中出来ない2日間を使ってしまいました。

寺からの帰りに、気持ちを切り替えようと銀山街道沿いのアチコチをカメラ取材して、幾つか気に入った風景をゲットすることが出来ました。

そのうちの一つをさっそくデスクトップに入れ替えて気分一新です。

東京の方は初雪が降っているようですが、島根の寺や銀山街道の辺りはとっても暖かくて終日雨が雪に変わることはありませんでした。
このような冬の日は、街道の谷から立ち上るガスが山並みの植林や葉を落とした雑木林に巻き付いて、刻々と変化する美しい風景を見ることが出来ます。

何時もはなんの変哲もない谷間の田舎風景ですが、その気になって探してみるとたまには日本画の名画を見るような素晴らしい姿を見せてくれることがあります。
これからしばらくの間、居間の出入り口に仮設の書斎に籠って彫刻展広報第3弾の事務処理にとりかかります。
来週の半ばには出品協力の作家宛に書類が届くはずです。
関係の皆様、郵便物が届いたら状差しやゴミ箱に直行させないで封を切ってやって下さい。

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雪のクリスマス 

2011/12/24
Sat. 08:04

石見銀山ホワイトクリスマス・・・と言いたいところですが・・・

我が家の屋根を見上げると、雪が降るには降っていましたが、解け出したアイスのようなシャーベット状の雪がわずかに軒先のあたりへ張り付いていました。

さて、これから本格的な冬に突入の様子。
昨年はアッという間に降り積もった雪がそのまま根雪になって、久々に大変な思いをした冬でした。
今年はどんな冬になるのでしょう。

そんなことをボンヤリを思いながら我が家のクリスマスをチェックすると、
長男のじゅん君は、クリスマス目指してイソイソと彼女の元へ遠距離移動。
長女のなっちゃんは、浮いた話しもなくて仕事一筋。
次女のノッチはシェパ爺のオムツに大受けし、
末娘のキーポンは、サンタさんを一目見ようと夜も寝ないで朝寝をむさぼり、
ワイフはセッセと早朝からケーキ作り。
そして私は、夜通し鳴き続ける老犬に悩まされて睡眠不足。

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IMG_2114.jpg今夜のサンタさんはお忙しいことでしょう・・・

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さりげないクリスマス 

2011/12/22
Thu. 07:57

いつものようにキーポンを中学校まで送って帰ると、吉田家の家前がさりげなくクリスマスバージョンになっていました。
ワイフの気配りでしょう。

このシーズン、島根県内をアチコチ移動していると電飾で飾られた家や町並みをよく見かけます。
この間、日が暮れて工場から帰りに郵便局が電飾で飾られているのを見つけました。
何となくウキウキしてしまいます。
一応私は坊主ですが、あんまりかたっくるしいことは避けて通っている方なので、世界の宗教行事大歓迎のNo problem!

これからワイフとキーポンへのプレゼント何にしようか相談です。
サンタさんのプレゼントとバッティングしないように気をつけないといけません。
そのあたりのチョイスが難しいですねぇ。

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石見銀山雪景色 

2011/12/09
Fri. 08:26

雨風の音でなかなか眠れない夜が明けて駐車場まででると、車のフロントにうっすらとシャーベット状の雪。
何時も通りキーポンを中学校まで送っていくと、通学路の正面に見える石見銀山の仙丿山が雪で真っ白。

夜の間、世間がうるさかったのは寒気の流れ込みのせいだと分りました。

例年だと、石見銀山あたりも12月に入ってすぐに1回グッと冷え込んで雪が降ったりするものですが、今年は比較的暖かい日が続いていてストーブのお世話にならないですむ朝が多かっただけに、「やっと冬が来たかぁ」という感じです。
それでも、キーポンを送り届けて銀山の町並みまで帰ってくると雪が雨に変わっていました。まだまだ冬も序の口といったところです。

これから雨の中を冬タイヤに交換です。
韓国産の輸入タイヤは、たった1年のシーズンでかなり溝が浅くなりました。
日本の有名メーカーの3分の1の値段でしたが、性能もそんな感じで比例しているようです。
同じタイヤで1ヶ月後の車検が通るか心配です。
昨シーズンは絶え間なく降り続く大雪で、寺の辺りも石見銀山も日常の暮らしが乱れて大変でしたが、これからの冬はどのようなシーズンになるのでしょう。

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朝の月 

2011/10/22
Sat. 04:33

石見銀山のほうは最近になって、やっと朝夕が少し肌寒くなってやっと秋らしくなってきたかなと感じはじめました。

キーポンを学校へ送り届けたあと久々に朝が少しノンビリできて、ワイフが出かけてから裏庭の夏の名残をチェックしていたら、うっそうと繁った庭の草木集団はまだまだ夏の装い。
雨避けに増設した張り出しの軒下を占領したハートカズラも青々と繁ってせっかくの日差しを遮ったまま。
今年は、なかなか昼夜の寒暖に差がつかないので、このままの気候が続くと石見銀山の紅葉はあまり期待できないかも知れません。

そんなことを思いながら空を見上げると、スッキリ晴れ渡った秋空に朝の月。

夏と秋が同居しているような何とも曖昧なある日の始まりでした。

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棚田風景 

2011/10/12
Wed. 05:14

東西に長い島根県でも私が暮らす石見銀山の周辺では、平成の時代に入る前後くらいから棚田風景が激減していて、植林の山と田んぼの境界辺りに葛やススキがはびこって、一気に原野に変わりつつあります。

同時に、葛の根っ子を目当てにイノシシが山から下りてきて、そのまま境界の原野から田んぼまで出没が頻繁になり、人々はバッテリーの電熱線を張り巡らせた内側で農作業を強いられている始末です。

この間、何年ぶりかで銀山街道の海路に通じるルートを通過することがあって、その棚田風景を久々に見ることが出来ました。
まえは、谷の隅から隅まで棚田が開けていて、春の頃は水田に移る空の青さが輝き、夏には一面緑の階段が広がり、秋にはそれが稲穂色に染まり、何時見ても美しい風景が広がっていました。

この度、ちょうど刈入れに遭遇した風景は、ほとんどの棚田がススキと荒地になっていて、ほんの申し訳程度が田んぼで残っている状態でした。

聞くところによると、最近の稲作はコンバインでの刈り取りが主流になって、小回りの利く稲刈り機の需要が激減しているとのこと。それに使い倒して老朽化した機械の部品調達が難しくなったことで、ちょっとした不具合の修理もままならない状態だとのことです。
大金を投資して機械を買い替えるか、このまま棚田を放置して荒地の原野に戻すか、どちらかしか選択肢が見当たらないと言うことでした。

見た目の風景の美しさに感傷しているだけでは、棚田風景を継続させることは出来ないという現実の厳しさに直面します。

加速する高齢化と過疎化の中で、ラビリンスの世界にはまりこんで抜け出せなくなってしまう日本の農村の将来を垣間見たように思います。

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秋日和 

2011/10/08
Sat. 02:38

彫刻制作のスケジュールを調整しながら、幾つかのクラフト小物や薪ストーブなどを造って生活していますが、以前に比べてめっきり仕事が減って、ワイフや子供に何かと迷惑をかけています。

そのような吉田事情を知ってもらっているのか、時々思い出したように単発稼ぎの用事を回してくれるありがたい施主さんから薪の調達を頼まれたので、このところ近所の山へ通っています。

一昨年くらいから島根県の山でもナラ枯れの被害が目立ちはじめ、紅葉前のこの時期、ムシが持ち込んだ菌糸がいっきに広がって、茶色に枯れ乾いた葉が落葉の気配もなく何時までも枝にくっついて、遠くからでもその状態がすぐに確認できます。

山の持ち主のおじさんと二人で、ムシの入り込んだ無数の穴と、パウダー状の粉がくっついた枯れ木を2本ばかり切り倒したのですが、頑固に枝をはり広げた枯れ木は近所の枝木に肩組みするようにからまって、なかなかすんなりと倒れてくれません。
半日かかってついにギブアップ。
そのままにしておくことも出来ないので、次の日1日は気持ちを切りかえて、地道な枝木の細断から手を付けることにしました。

そろそろ陽が傾きはじめてから、その1部を積み込んでの帰路、澄み渡った秋空のもと、色づきはじめた柿の木の向こうに稲ハデや、そのまた向こうに銀山街道から続く銀の積み出し港だったあたりの日本海が遠望され、その風景があまりにも素敵なので車の往来もほとんどない田舎道の端にポンコツ君を停めてしばし休憩。

あと2・3日もすれば展覧会が始まって六本木を歩いていることになりますが、どうも実感がわきません。
島根県石見銀山のあたりは、このところとても爽やかな秋日和が続いています。

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気がつけば夕暮れ 

2011/09/09
Fri. 08:06

久々に雲一つない青空を見たような気がします。

それほど忙しい訳でもないのに、幾つかの用事が重なったり少しづつスケジュールがずれたりしながら1日を過ごしていると、何となく気忙しい気持ちになって、何となく忙しいと思い込んだりして、何となくイライラしてしまっている自分に気がついたりします。

このところ、そんな1日があっという間に終わってしまいます。

朝から万善寺のデスクワークで檀家役員の事務方と連絡をとり合いながら仕事をしていると老僧から呼び出しの電話。
どうやら、検査通院の予約時間を忘れてしまっているらしく、朝食が終わるとすぐに出かける準備をして私の到着を待っていたようです。
この度の検査は午後の2時過ぎからなので、何と軽く4時間近く私の到着を待っていたことになります。
老僧でなくても、それほど待たされたらイライラのピークに達しています。
とても気まずい雰囲気が拭えないまま、送迎のおつき合いになりました。

気晴らしに、日頃使わないルートを開拓してみたりしたのですが、老僧には世間の景色も目に入らない様子。

考えようによっては、ちょっと前のこともすぐに忘れてしまうより、朝からのイライラを持続させていることの方がノーマルバージョンだったりして、それはそれで喜ばしいことでもあるのだと、気持ちを切り替えることにしました。

何か、1日中キーボードと道ばかり見ていたような気がします。
自宅前の駐車場に着いてふと気がつくと、すでに日暮れ時。
雲一つ無い空には半月が輝いていました。

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三江線 

2011/08/31
Wed. 03:38

三江線は、島根県の江津市と広島県の三次市を江の川沿いに結ぶ単線です。

私の生まれた地域、つまり万善寺のあたりは鉄道がないので、小さい頃は江の川沿いに走る路線バスに乗った時だけ線路と列車と小さな駅を見ることが出来ました。

もうずいぶん前のことになりますが、縁があって4年間だけこの三江線沿いの町で仕事をさせてもらったことがあって、毎日踏み切りを渡りながら通勤していました。
その町には、県下に幾つかある警察の本署があって、毎朝夕、朝礼と終礼のために管轄地域の交番や駐在所からお巡りさんがかけつけます。
月の月末になると、三江線の線路脇に踏み切りの一時停止違反を取り締まるネコちゃんも現れます。
それでなくても人口の少ない島根県で、その中でも1・2を争う過疎地域なのにお巡りさんの人口密度は比較的高かったりして、私なども何かにつけてあれこれとお世話になったことも多かったところでもありました。

この間、用事があって万善寺からこの三江線沿いを北上して日本海沿岸まで往復してきました。
めったに見かけることのない列車とたまたますれ違ったりして、久々の少年時代を思いだしたりして、ワクワクしながらのドライブになりました。

最近は、経費削減でほとんどが無人駅になったりして淋しくなる一方の路線ですが、地域の高齢者や学校に通う子供達の生活路線として欠かせない存在でもあります。

機会があって、私に元気があれば、この路線とホームを使った彫刻展をしてみたいと考えています。

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大森小学校発掘隊 

2011/06/30
Thu. 01:49

今年の梅雨はなんかあっけなく終わってしまいそうなほど暑苦しい天気のおかげで、銀山地区の遺跡発掘も順調にはかどっている様子です。

そんな中、大森小学校では、校長先生はじめ教職員の皆さんのネゴシエーションの成果で急きょ遺跡発掘隊が組織されました。
暑く照りつける午後の日差しも何のその、とても熱心に黙々と作業が進み、それなりの成果も上がって、みんな大満足の課外授業になりました。

一番熱心で盛り上がったのは、高学年担任の先生でした。

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IMG_3084.jpg陶器のかけらがたくさん発見されました。江戸の暮らしがしのばれます。

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びわほうさく 

2011/06/24
Fri. 05:39

通勤坊主が続いて燃料代で足が出続けている今日この頃。
観音堂の遷座撥遣は雨降りだと法要にならないので、梅雨の晴れ間を見計らって早朝から自宅を出発することにしました。

夏至もつい先日過ぎたばかり。
日の出の早い時期なので、強烈に寝相の悪いキーポンを横目で見ながらゴソゴソ起きだして久々の早朝の庭に出て見ると、まるでジャングル状態。

鈴なりに実を付けた枇杷は、早く採ってくれとお願いしているように大きく枝先を垂れ下げていました。

今年の枇杷は、久々に大豊作です。

あとは野鳥と先を争いながら、飛び回る蜂の奇襲を警戒しながらの収穫が待っています。

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今年も出現 

2011/06/16
Thu. 08:16

工事現場の防護シートの絵を大森小学校の子供達が描くことになって、小学校の方から途中状況を見てくれと、チョクチョク電話がかかってきます。

丁度このところ現代彫刻小品展がらみのデスクワークが続いていて、石見銀山滞在時間と座っている時間が増え続けていたところだし、長時間同じような姿勢を続けて身体が固まってくるし、息抜きとエネルギー燃焼効果を兼ねて小学校まで自転車を走らせています。

その途中に、何箇所か水田があって、今年も定位置にモリアオガエルのたまごが産み付けられていました。
水田のすぐ側を流れる銀山川の上流にはカジカも生息しています。
その銀山川から引き込まれた用水路から田んぼに水を引き込んだあたりには赤い腹のイモリ達がうごめいています。
泥亀も時々道を横断したりします。
この間は、銀山の谷を猿の群れが横断していました。

自動車だとこのような風景の変化を見分けることがありません。
自転車くらいのスピードだと色々なことに気がつきます。
小学校の子供達は毎日徒歩で登下校していますから、もっともっと色々な現象に気がついていることでしょう。

動体視力の鈍った私など、そろそろ自転車に乗り換えるくらいがちょうど良いのかもしれません。
車を運転しながらのんびりとよそ見ばかりしている訳にもいきません。
ゆっくりとした自然の変化に早過ぎるスピードがついていかなくなっているような気がします。

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石見銀山梅雨入り 

2011/06/01
Wed. 04:41

ほぼ1週間ぶりに梅雨入りした石見銀山へ帰ってきました。

この間から寺の用事を片づける一方で、「晴耕雨読」ならぬ「晴耕雨デスクワーク」をしつつ、数年前にNPO関連の仕事でお手伝いしたパネル展示の原稿にもう一度日の目を当ててあげようとコツコツ資料整理していたら、石見銀山の町並み風景の写真データがたくさん出てきて、懐かしくなって思わずしばし見入ってしまいました。

あの頃は、今のように電柱が地中化する前で、町並みの狭い通りの両脇にはズラリとコンクリート電柱が立ち並んで蜘蛛の糸のように電線が町内を縦横していました。

人の五感と記憶は都合の良いもので、町内から電柱が消えてなくなった当初は、どうも視覚的な違和感が残って、狭い道を走り慣れたポンコツ君の取り回しに目印がなくなったりして、ちょっとした動きもなんとなくぎこちなかったりしたものですが、今ではそのような状態であったこともすっかり忘れてしまっていました。

電柱が無くなった時は、「昭和の原風景が消えてしまった・・・」などと感傷にふけったりしていたことが記憶に甦って、またまたその写真データを見ながら感傷にふけったりする様子などを冷静にチェックすると、自分の老込み具合を発見したりしてしまいます。
そういえば、近所の民家が町並み保存の条例に従って改修された時も、それまでのガラス窓から昔ながらの格子窓に変わる様子を見て、「ガラス窓は昭和の暮らしの象徴だったのに・・」と秘かに見た目の変化に悲哀を感じたりしていたこともありました。

昨年の梅雨は、スコール状態の集中豪雨で側溝をあふれた水の処理に何度か悩まされたりして、大騒ぎもしました。今年は、どのような梅雨になるのでしょうか。


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心を配る 

2011/05/31
Tue. 03:18

今年の五月はとにかくいろいろありました。
といっても、そのほとんどは万善寺関係に絞られます。
自分の仕事を見直す1ヶ月でもありました。

世間の常識だと、仕事というとやはり生活と密接に関係してくると思います。
ようするに、自分や家族が不自由なく暮らしていくための糧を得るための「仕事」をするということが世間の常識になっているということである訳です。
何をあたりまえのことを小難しくひねくって言い回しているのかと思われるでしょうが、最近の私は、どうもそのようにひねくり回された解釈でもしないと平静が保てないほどの身辺変化に遭遇している状態のようです。

うすうす、このような状態を予測していましたが、来るものがキタか!という感じです。

出典は定かではありませんが、「心配はおおいにせよ。心痛はするな」・・の一説をずいぶん前に聞いたか読んだかの覚えがあって、何かにつけ思いだしながら今日に至っています。

万善寺の老住職夫婦と寝食を共にすると、そのことが痛切に現実味を帯びて感じます。
今、彼等老夫婦は身をもって自らの老苦と必死で戦っております。
日常の暮らしのことごとくにイライラが増幅して解消する術を見失いつつあるのです。
仏門の末席に60年以上も居続けながら、それでも此岸に暮らす者の心の弱さを引きずっているのです。

日に日に強まっていきそうな勢いの彼等の我執に、はたして何時までさりげなくお付き合い出きるでしょうか?
予測の出来ない大仕事に取りかかりはじめた気のする今日この頃です。

久々に帰宅して、久々に聞くワイフの苦言でリフレッシュして、またこれからしばらく万善寺暮らしに戻ります。

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東京記事 

2011/05/27
Fri. 08:09

吉田家の長女はちゃんとマジメに働いているのでしょうか?

チョット心配ですが、またまた面白い写真がメール添付で届きました。
ブログネタでボツにするには忍びないので、忘れないうちに掲載しておきます。

オヤジとしては、このまま腕を上げてあの最近ご無沙汰「ジローキー」氏に迫るくらいになってほしいと秘かに願っている次第です。

何れにしても、ちょっとしたきっかけで日頃見過ごしている些細なものが、ある時から急に自分の感性を刺激するようになったりすることもたまにあったりします。
そんなことを感じたら、失敗を恐れないで、面倒がらないで、あまりがんばりすぎないで、ひとまず息切れするまで続けることがよろしいと思います。

「度一切苦厄(どいっさいくやく)」・・・という感じでしょうか?
一切の自我やこだわりを取り去ってみましょう。そのようになって対象を見れば、思いもしなかった次の発見があるかも知れない。
対象は、自然であったり身近な風景であったり、人であったりものであったり様々です。

次回激写を待っております。・・・という事で、チョットバレバレダケド、オヤジニハウケマシタ。

↓↓↓↓↓↓

にゃん太はどこでしょーか?♪

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風景が変わった 

2011/05/25
Wed. 05:07

周辺の水田はすっかり田植えも終って、カエルが張切って鳴き叫んでいますが、今年の万善寺はいたって静かです。
というのも、隣のKさん家の田んぼが水田にならなかったからです。
私もそろそろ60歳になろうとしていますが、この年になってはじめて見る五月小満の光景です。

Kさんは老師と同じ年の同級生です。
若い頃は奥さん共々和牛の飼育もしながら田んぼも造って、その上林業会社へも勤め、大型トラックの免許も取って長距離運転手もして、山から引き出した材木を、東京の木場まで運んだりするなど、とても働き者でした。
二人のお子さんを立派に育て、ご長男のターちゃんは関西の方で校長まで勤め上げて数年前に退職。その後引き続いて何処かの関係職に横滑りして働いていらっしゃいます。

コツコツと絶え間なく働いていらっしゃった御陰で、数年前から農業の方も引退されて、ご夫婦で悠々自適の隠居生活を送っていらっしゃいます。
田んぼの方は、そんな訳で私設の農業組合に耕作を依頼されていて、ご自分は立派な大型草刈り機を購入され、運動がてらの草刈りに励んでいらっしゃいます。

その田んぼは今年から連作を避けるために何年かで転作をしながら大豆の耕作地になるそうです。

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農繁期で太った 

2011/05/22
Sun. 03:26

寺の仕事といっても仏事だけでは無くて、会計事務から農作業まで様々です。
といっても、万善寺のような田舎の末寺の場合のことですが・・・

最近は寺も「プチ農繁期」で、おかみさんの畑仕事を中心に、周辺の草刈りや精進料理の保存食用の山菜採りなどで汗を流しています。
このところ、いつもは金鎚をにぎる手が、木魚のバチや電動草刈り機ばかりにぎる毎日に変わって、一日がすぐに過ぎてしまいます。

寺の周辺は集落の全てが農家で、どの家も水田や畑を作っていますが、実は明治政府の排仏毀釈政策で寺領の田畑を当時の小作農家に無償払い下げを行うまでは、集落一帯全てが万善寺の所有地でした。
なんでも、払い下げにあたっては寺の意向ではなく、小作だった農家の自己申告を優先した農家同士の話しあいで土地の仕分けが決まったそうです。
そんなこともあって、万善寺所有の農地は山手の日陰に少々と、当時水回りの一番悪かった小さな場所が割り当てられて現在に至っています。

その後、昭和の農地改革でまたまたそのチッポケな万善寺の農地が問題になって、現在の老師が一人で農業政策に対応するも周辺農家の数で押し切られ、土地の作つけ地所改良工事の受益者負担金まで支払うことになり、その分割納付が代替わりの現在まで続いています。

なかなか厳しい状況が続いていますが、老夫婦は世間への不満はひとつも洩らさないで、高齢の身体をムチ打ってわずかばかりの畑にしがみついています。
そのはけぐちが怒濤の如く私に押寄せてきます。

三度の食事は小言のおかずを満腹になるまで頂いています。
おかげさまで、とっても太ってメタボばく進中です。
世間ではこういう状態をストレス太り・・と言うのでしょうか?

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しろかき 

2011/05/18
Wed. 07:05

鉱山の町だった石見銀山には、水田があまりありません。

銀が採れなくなると住民の転出移動などで少しずつ空き地が増えて、その結果、山の尾根から斜面にかけては段々畑が、銀山川の川筋に沿ったひら地は水田が増えてきて、町に残った人々は農作業をしながら生活するようになりました。

その後、石見銀山の観光地化を目指し、町内の水田を整地して駐車場にしたり、生活道路や街道を拡張したりして水田の面積も少なくなってきましたが、それでも残ってきた水田が各所に点在していて、現在、しろかきの真っ最中。

大森小学校もその数少ない水田の一部を借りて、毎年田植えと稲刈りを繰り返し、住民参観日などに併せて、出来たお米で「掘り子結び」やカレーライスなどをみんなで造って食べたりしています。
その小学校の田んぼにもしろかきが入って、後は田植えをするだけになりました。

私も、ほとんど毎年田植えや稲刈りのお手伝いをしていたのですが、今年は老僧のお伴の検査通院が重なってそれも出来なくなりました。
末娘のキーポンも気がつくとすでに中学校を卒業する年になって、地域の小学校との縁も次第に薄れてきました。
その、しろかきですが、今年はいつもお願いしてるおじさんの息子さんが手伝ってくれています。
息子さんも大森小学校卒業生。

何かと時の流れを実感してしまいます。
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梅雨 

2011/05/17
Tue. 08:25

石見銀山の朝をむかえました。
本日からしばらくは万善寺の生活が続きます。
仏事ではなくて、作務と老師の検査通院のためです。

このところ2重暮らしが増えた吉田ですが、石見銀山の吉田家も放っておく訳にはいかないので、あれこれ時期の作業を済ませなければいけません。
まずは庭の草刈り。
今の時期は葛の蔓が一気に延びる頃なので、それを阻止する必要があります。
桃の実の間引き。
これをしておかないと、大きな実になりません。
冬に剪定した庭木の片づけ。
下草が伸びる前に片づけておかないと草刈りが出来なくなってしまいます。ちなみに、片づけた枝木はストーブの焚きつけになります。
そして、この間の風雨で落ちた梅の実の片づけ。
一風吹くと打楽器の連打のようにウッドデッキを叩きながら落ちてくる梅の実は、正に「梅雨」そのものでした。

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2020-08