工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

保賀の谷 

2016/01/05
Tue. 20:51

あれは昨日のこと・・・
正月早々朝から寺の寺務を続けていて、昼食もなんとなく曖昧なまま終わらせて、食後の散歩に出かけてみると・・・保賀の谷の何処かで焚き火でもしているのかと錯覚するほど視界が煙っぽく悪い。
振り向くとすぐ後ろの琴引山の山並みも白っぽくガスっている。
保賀の谷の中央を分断して走る国道54号から先も白々しくガスっている。
だいたいに、1月早々のこの時期に雪が全く無いということそのものが前代未聞の珍しさだから、世間の気象条件がどうなってしまったのか素人には見当がつかない。それに気温も高くてポカポカ陽気だし、春先の春霞くらいの感じなのかもしれないと思うことにしてサンダル履きのまま寺の参道を下って保賀の谷をひと回りした。
4年ほど前には老犬のシェパ君がいたから雪の中を一緒に散歩していて、それはそれなりに寺暮らしの気晴らしにもなって楽しかった。
どちらかというと、一人の孤独には慣れている方だが、非常に中途半端におかみさんとの二人暮らしだったりすると、何処かしら気ままで自由な孤独になりきれない所もあって、かえってイライラしてストレスが溜まる。
こういう時こそ、心の癒しで犬や猫が近くにいてくれたらどれだけ助かることか・・
少しハイペースで保賀川を渡って農道を歩いていたら、突然カラスが「カァー!」と鳴いた。それに、少し♯がかった「カァー!」が応えた。
あの、保賀の谷で暮すカラスの夫婦だった。目が合っても逃げようとしない。
きっと、寺の参道を降りていた頃から私のことを気にかけていたのだろう。彼等には心の準備が出来ていたわけだ。
なんとなく、勝手に気持ちが和んだ。
「久しぶり!コンニチワ!」
一応、挨拶を返しておいた。

日が暮れて、参道の街灯が夜霧ににじむ頃になって、空には月が、これもにじんでいる。
「きっと、明日は雨でも降るだろうなぁ」と予測した。
夕食が終わって残りの寺務をしようと即席書斎の3畳へ引きあげて、例の如く一日のおさらいでウエブニュースをチェックしていたら、中国の光化学スモッグが九州までやってきたとあった。あの、保賀の谷の視界の悪さは、きっとそのスモッグの一部だったのだろう。
40年ほど前に上京した頃は東京上空にもまだスモッグが残っていた。
それからしばらくして、東京の環境が見る見る改善されて、あのドブ川のような神田川も年々キレイになった。
井の頭公園の池も鯉の泳ぐ様子が見えるようになったし、石神井川にもマガモの夫婦が帰ってきた。
あの頃の保賀川には、ヤマベやハエンゴが群れで泳いでいた。用水路にはメダカもいた。
そして、今の保賀川にはそれらの魚が全て消えた。
田舎の農業はまだまだドップリと農薬に浸かって保賀川の生物が消えた。
そして、そして、こうして空には中国からスモッグがやって来る。
人間の醜いエゴイズムは確実に自然を破壊していると実感した。

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吉田家裏庭事情 

2015/09/05
Sat. 21:00

工場を少し早めに切り上げて、荒れ放題の吉田家裏庭の草刈りをした。
春に萌黄の若芽が芽吹きはじめたことはなんとなく記憶しているが、それ以降はお盆過ぎに吉田家へ落ち着くまでその後の様子を見る余裕も全くなかった。
春の雑草が伸びて絶えて、梅雨の雑草が伸びて絶えて、夏の雑草が伸びてそろそろ絶える時期になっていた。このままほったらかしておいたら秋の雑草に変って、それでもほったらかしておいたら冬になってそれも枯れる。別に気にならなければそうやってほったらかしてしまえばすむことなのだが、やはりそうなってしまうと人の暮しが自然に乗っ取られてしまいそうな危機感で夜も眠れなくなってしまう!(とは、少々大袈裟・・)

とにかく、日が短くなってめっきり秋らしくなったことでもあるし(・・って、特に草刈りと深い関係があるわけでもないけど)延々2時間ほど草刈り機を振り回して、ひとまず地面が見えるまでにはなった。
銀山川の向こうの新道から橋を渡って吉田家裏口までの近道ルートが、ほぼ半年ブリに開通した。
混合油を少し余分に使って、切り倒した草をそのままその場所でできるだけ微塵に粉砕しておいた。
あれだけの量をひとまとめに積み上げたら、立派な堆肥になってしまって、地べたに来年の雑草の肥やしを提供してしまうことになる。
こうして微塵にしておけば秋の日差しで乾燥して堆肥になるまでにはならないですむ。

スモモが巨大化して隣の土地まではり出している。
ワイフが植えたミカンの木もたわわに緑の実がなってこれも隣にはみ出している。
小梅の木は葛に巻き付かれて瀕死状態。
薔薇の木ははびこったオノレ生えの雑木に押されて真横に延び広がりつつある。
ジャングルで勢いづいたキウイが巨大なブドウのように鈴なりになっている。
ウサギのグレーちゃんと犬のシェパくんの墓も久々に見ることができて、お盆はすぎたが墓参りもできた。

裏庭から見る吉田家は、まるで廃屋のようだ。
種から芽吹いた藤がトタン屋根に這い上がり、一株の鉢植えから広がったハートカズラと絡み合って悶え伸びている。
「石見銀山は伝統的な建築を保存しなければいけないことになっていますので、トタン屋根はチョット何とかしてもらわないと・・・新道から丸見えですからねぇ〜」
吉田家増改築の時に市の職員が渋い顔でそんなことを言っていたことを思い出した。
たった20年で裏庭は巨大化したスモモに占領され、トタン屋根は目一杯葛がはびこって、新道からは吉田家の大屋根が骨折ってチラリと見える程度。
あの時の職員さんが今の状態を見たらどう思うんだろう?
「世界遺産の町でもあるんですから、もう少し裏庭をキレイにしてもらわないと困りますねぇ〜。新道からでも町並みの景観を見てもらっているわけですから・・」
なんて言われたりして・・・

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蔦の壁 

2015/09/04
Fri. 21:59

石見銀山の暮しが再開してから、フル稼働の毎日が続いている。
新企画の準備もあと1週間が正念場というところ。
彫刻制作の方は、今年の前半休止していたツケをいっきに取り返す必要に迫られている。
寺の方も、七日務めが11月まで続き、その間に教区の護持会や憲正さんの百か日やお彼岸にお地蔵さん供養と絶え間がない。
普通だと、身体がいくつあっても足らないほどの忙しさなのだが、それを10年ほど前と同じようにフルパワーで乗り切ろうとすると、それこそ身体がバラバラに壊れてしまう。
歳相応にノラリと乗り切る術を駆使しながらそれなりにユルイ毎日を乗り切っている。

吉田家の営繕も思い起こせば半年ほど手付かずのままになっている。
駐車場には、ワイフのカーゴが伸び切った草むらへ突っ込むように停まっている。
私の結界君も、運転席へ乗り込むまでに雑草に溜まった朝露で雪駄がビッショリと濡れる。
裏庭はジャングル状態で足を踏み込むことも難しい。
まがりなりにも家長である私が留守の間、ワイフが1人で家計を切り盛りしながら暮していたわけだから、こういう状態を咎めることはできない。

秋雨前線がしつこくて、なかなか思うように晴れてくれない。
この数日は、トタン屋根を叩く激しい雨音で深夜に目覚めてしまう。
しばらくしてウトウトすると夜行性のクロが鳴き始める。
またしばらくしてウトウトしはじめると隣のキーポンがシュラフを横取りしはじめる。
だいたい夜が白むまでそういう状態がくり返されるから、このところ慢性の寝不足で四六時中眠たい。
真夜中にYouTubeをチェックしたり整理したりして暇つぶしをしながら翌日のスケジュールを固めたりしている。

自分の仕事は自分の都合でいくらでも調整できるから、まず最優先は吉田家営繕に尽きるだろう。
草木の方は人の都合を待ってくれないから、見過ごすことはできない。
昼の用事を切りの良いところで片づけて、まずは駐車場で草刈り機を振り回した。
砂利石が跳ねて容赦なくスネを打つ。予測して長めの長靴を履いたがなんの役にもたたなかった。日が落ちて手元が見えなくなる頃には、スネからフトモモニかけて無数の赤い斑点ができた。
風呂に入るとその斑点が滲みる。
しばらくするとひとまずは慣れるが、石鹸を使いはじめるとまた滲みる。

駐車場ののり面にビッシリと張り付いた葛や蔦の葉が形状本来のディテールをスッポリと包み込んで圧倒する。始末の悪い雑草も、こうして伸び伸びはびこるとそれなりに美的に見えるところに自然の奥深さを感じる。
その日の労働の痕跡を身体で感じつつ、ゆっくりと湯に浸かりながらそんなことを思い出した。

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雑草は年中生きている! 

2015/05/19
Tue. 23:08

朝、石見銀山を出発して万善寺へ向かった。
本当はもう少し自宅でゆっくりしようと思っていたのだが、おかみさんから電話がかかったからいそいで早く出発したのだ。
早朝だったのでワイフが話を聞いてくれて、どうやら、パーマ屋のおかみさんが突然死したらしい。
その香典を持っていけと云う事だったらしいが、おかみさんとの付き合いに未熟なワイフは、長話の主たるテーマを分析できないまま私に現状を報告してしまったものだから、結局無駄に早くに自宅を出発するはめになったわけだ。

大急ぎで寺へ着いたら、あいかわらずおかみさんのエンドレス話が始まった。
それを聞きながしながらドタバタと改良衣の片づけなどしていたら、熨斗封筒とヨレヨレの千円札を持って本堂まで這ってきた。
意味も解らないまま長話のポイントを整理すると、「お前が香典を持っていけ!」と云いたいことがわかった。
自分から葬儀に参列する気は最初から全く考えてもいなかった事だったらしい。
なんで、知りもしないおばあさんの香典をおかみさんの代わりに届けないといけないのか判断に苦しみつつ、喪主さんに悔やみを言って帳場へ熨斗封筒を預けておいた。

その後、お昼ご飯のことで小規模なバトルがあって、それが和平交渉出来ないままおかみさんを老僧の待つ病院へ連れて行った。
痩せたなりに落ち着いている老僧を見て、早速おかみさんが長話しを始めたものだから、それ幸いにおかみさんを病室に残して、自分の用事で2時間近く結界君を走らせた。
島根の東の端に近い広島県の県境あたりへ用事があったので、半日ほど老僧をおかみさんへ任せて出かけた訳だ。
今度の彫刻展のワークショップを煮詰めるための用事だったが比較的楽に会話が進んで、今後必要な資料をこれから随時作ってもらう事で大切な話し合いは終わった。

夕方になって病室へ帰ったら、それまで静かにおとなしくしていたおかみさんが老僧へ向かって急にエンドレスでシャベリはじめた。
今度の入院で思考回路が一気にショートし始めていた上に、断食で体力が消耗して一人で起き上がる事も難しくなってきた老僧を相手に、とにかく鬱陶しいくらいおかみさんがからみ続けている。

夕日はすでに沈んでいるのに夕暮れの景色はまだまだ美しく絢爛に輝いている。晩年に際しては、この夕日のような生き方をしたいものだ!・・・と古人は書き残している。
なかなか俗のしがらみにしがみついているうちは、そのような心境に平然としてすごす事も至難の業だ。

石見銀山の吉田家の玄関先には、もうかれこれ10年以上前に造った限りなく彫刻的なプランターがある。
最初から植栽のネライがあって造ったもので、根付いているのは寺の境内の端ではびこっていた雑草を根分けしたものだ。
毎年、黄ばんで薄汚れた秋の状態を見ると、いつも「今年で最後かな」と勝手に想像してしまうところもあるのだが、あの過酷な冬を乗り越えて春になると普通に新芽が伸びで古い葉が落ちて生まれ変わる。
1年が寿命の我が家の玄関先の雑草だって、根までは枯れる事もなく新しい年の水とミネラルを吸って世代交代して生まれ変わっている。
人間もいつまでもしぶとく自分の代にしがみつかないで、サッサと次の代に世代交代した方がずっと新鮮で瑞々しい世界が開けるだろうに・・・
個人のチッポケなエゴも度をすぎると厄介なお荷物にしかならないね。

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朝の石見銀山 

2014/05/29
Thu. 07:44

暑い1日が去り・・といっても今日も暑くなるかもしれないけど・・
ひとまず、今の石見銀山はとても清々しい快晴の朝を向かえています。

この時間の町並みは、20年ほど前に移り住んだ頃の雰囲気が漂っていて、本当はあの頃とほとんど変わっていないんだなぁと改めて気づかされる。
それにしても、石見銀山が世界遺産に登録される前後はすごかった。
大型観光バスが長蛇の列で、町並みにはマイカーが氾濫し、路線バスは増便して1日中ひっきりなしに狭い石見銀山の谷を往復していた。
ベルトコンベアーで出来上がった製品が押し出されるように観光客がゾロゾロと狭い町並みを道いっぱいに広がっていた。
町民は日常の暮らしが出来なくなって、独居老人の引きこもり現象が加速した。
町並みに面している吉田家も、玄関からの出入りが難しくなって裏口から裏庭を通って銀山川を渡って新道へ出るようなことをしていた。

今は世界遺産ブームも落ち着いて観光客の入り数も半減して住民の暮しも少し落ち着いた。
雨後の筍のように町内の空き家を借りたり改造したりして出店した町外の商売業者も、冬シーズンの閑古鳥にねを上げて2~3年は辛抱したがそのうち蜘蛛の子を散らすように去っていった。
行政も町並みの改修工事が間に合わなくて、当分の間生活道の通行止めが続いた。

色々あったけど、世界遺産登録になって5年が過ぎ10年が近づく頃になってやっと平穏な日常が戻ったような気がする。
さて、住民としてはそれでいいかどうか悲喜こもごも色々あるようだ。
それに最近は、今までに経験したことのないようなゲリラ豪雨や、数十年に1度あるかどうかの豪雪などの自然災害も増えてきて、そちらの方も気が抜けない。
吉田家裏を流れる銀山川も危険水位ギリギリを何度か繰り返しているし、川に面したのり面の石垣もその度に削り取られて、数にすると片手くらいになるだろうか?大きな石が川に転がり落ちてそのままになっている。

そんな状態の石見銀山で始めた現代彫刻小品展も、気がつけば早いもので5年目を迎えた。
今まで7月に行っていた展覧会が、今年は10月に変わった。
最近借りている会場が、秋口まで数ヶ月にわたって石見神楽のイベントでおさえられたからだ。
こればかりは早い者勝ちだから仕方がないので、色々思案した揚げ句に、いっそのこと気候のいい10月にずらすことにした。
ちょうど稲刈りも終わったくらいの時期だし、紅葉には少し早いがそれなりに気楽に出かけやすいかもしれないと都合よく思っている。
心配なのは、お手伝いをしてもらえるかどうかということと、秋の長雨に台風。
これを乗り切ればなんとかなるだろう・・・
もっとも、その前に彫刻が集まるかどうか?それが一番心配だったりするんだけど・・・

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オヤジ引きこもり計画 

2013/07/11
Thu. 07:22

久々に朝からくつろいでいます。
ワイフがキーポンを送ってくれるというし、少し落ち着いてメール整理などしようと思っています。

昨日は、例のごとくおかみさんをかわしつつ草刈り。
日中の3時間ほどは、暑くて仕事にならないので休息。
朝夕の数時間あまりで万善寺周辺の半分ほど終わらせることが出来ました。

このところ昼のうちに在宅していることがないので、ネコチャンズが若干ストレス気味じゃないかと心配。
少しは遊んでやらないと可哀想と思いつつ、やはり自分の用事を優先してしまいます。

彫刻展の報告書作成の準備(何かややこしいけど・・)を、草刈りしながら頭の中で組み立てています。
とにかく、記憶が薄れないうちにコアなスタッフとミーティングをする必要を感じます。
浜田の巡回彫刻展も、おおよそ文字データがそろいました。
しばらく外仕事が続いたし、ポスター原稿の作成もあるし、自分の彫刻搬出のスケジュール調整もあるし・・・久々にデスクワークで書斎に篭ろうかと考えているところです。

その書斎も、ヌシがいない時はネコチャンズの寝場所になっているようです。
まぁ、のびきった奴らを見ていると、無駄にストレスの心配などする必要もないようで・・彼らの気楽さが若干うらやましかったりもします。

あぁ〜〜、でもやっぱり・・日がな一日書斎に引きこもるより、いくら暑くても外で汗流してたほうがいいなぁ・・シャワーのあとの一杯も旨いし・・

写真

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暑い朝 

2013/06/16
Sun. 06:46

島根県は干上がっています。

暑い日が続いているせいでしょうか?
まだ6月だというのに結構立派なスズメバチが家の中に迷い込んできます。
今はビッシリ葉を付けて、陽の光を遮っているスモモの木にはアシナガバチがセッセと巣作りをしています。
玄関口では軒先でツバメが子育てをしています。
吉田家にはもう20年ばかりアオダイショウがヌシで住み着いていて、そのせいかムカデもほとんど出ないし、散らかしているわりにはネズミもゴキブリも少なかったりして、時々「あぁ〜、アオダイショウが守ってくれているんだなぁ〜」と思い出しています。
そのアオダイショウが、ツバメの卵やヒナを飲み込んでしまうのも、もうそろそろ。
毎年、この時期になると、吉田家の玄関先では自然の摂理に逆らえない惨劇が発生します。
さて、今年はどうなる事でしょう・・
朝からジンジン暑さが増す中、モンシロチョウが優雅にヒラヒラ飛んでいました。
久々にゆっくりとチョウチョを見たような気がします。
さて、これから取残しの梅でも収穫しましょうかねぇ・・

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在りし日の勇姿 

2013/05/21
Tue. 04:40

ポンコツ君のクラッシュで、現在安い中古車を検索中。
気がつくとすでに夜明けになりつつあります。

こうして久しぶりに市場を見ていると、中古車も結構高くなっているような気がします。
世間の景気がこのようなところでも影響しているのでしょうか?

一方・・・万善寺のほうは・・・
昨夜が通夜で今日が葬儀。
久々の3仏(坊主3人)の葬儀は、超ベテランの和尚さんにはさまれて、真ん中のチキン導師は小さくなっています。
事故処理の合間を縫って書き上げた引導も、まだ数回しか読み返していないし、法式の次第もどこまで頭に入っているやら曖昧なまま本番に望むことになりそうです。
もっとも、ベテラン和尚さん方のアドリブもなかなかのものなので、あまりキッチリと次第を覚え込まないでおいたほうが良いのかも知れません。
それに、アドリブの方は元気だった頃の万善寺老師に散々鍛えられているので、何とかなるだろうと気楽に考えるようにしています。

枕経から仮通夜と、故人のご親族さんへ密かにお経指導をしておいたせいか、昨夜のお通夜の親族席からは、とても大きなお経声が聞こえてきて、久々に気持ち良く(??)お経を読むことが出来ました。
100歳を越えて大往生のおばあさんもさぞかし喜んでいただけたことでしょう。

いずれにしても、あれだけのクラッシュ事故のあとで、無傷のままこうしてスケジュールの大きな狂いもなく仕事が出来ているのは、万善寺ご本尊の観音様の御陰と思っています。
昨日は、塔婆書きなどの葬儀法務の合間を縫って、事故現場のお清めに行ってきました。
精いっぱいの大きな声で般若心経や観音様の御真言を読み上げると、何となく自分の心の乱れも薄れたような気がします。
何時何処で何が起きるか見当もつかない毎日で、ことの運不運は本当に紙一重の世界だということを実感しました。
頂いた命を大切にして、残りの人生を悔いなく全うしたいものです。

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雪事情 

2013/01/28
Mon. 06:53

どちらかというと、冬とか雪は好きなほうです。
朝目覚めて、部屋の空気がヒンヤリしていると、「ヒョッとして昨夜は雪だったかな?」と期待したりしている自分に気がつきます。
島根の方でも、このところ大雪に注意を呼びかけているようですが、石見銀山は、そこまで大騒ぎすることもないほどの雪景色。
万善寺の方も、大屋根からの雪ずりの山も申し訳程度。
この程度の雪だと、まだ、裸足に雪駄でうろついていたりして、ワイフにだらしないと叱られています。
やはり予想のとおり、大寒から一気に冷え込んできたし、立春あたりにもうひと山あるかどうか・・

雪が降った次の朝は、デジカメもってイソイソと出かけることもしばしばです。
降り積もった雪のお陰で、明暗のコントラストや切り取ったフレームの面積比がとてもキレイなので、私の写真ライブラリーには、雪景色がかなりたくさん集まっています。

何れにしても、近年に珍しく今年の冬は、雪の少ない過ごしやすい日々が続いています。

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春めく 

2013/01/13
Sun. 08:27

やりかけの仕事をまとめて荷物にして、さしあたって必要な身の回りのものを揃えて、夕方近くになってから石見銀山の自宅を出発して寺へ移動。
キーポンはピアノの発表会に向けて最後の練習日にもなるし、本当は付き合ってやりたいのですが、寺のことも無視出来ません。

さいわいこのところの好天に恵まれて、雪解けも進み、移動中の緊張は和らぎました。
谷間の川沿いの道を上り続けて赤名高原の国道へ出ると、急にあたり一面が夕日に照らされてオレンジ色に染まっています。
日本海に沈む夕日もきれいですが、こうして残雪がオレンジ色に輝いているのもなかなか見ごたえがあります。

寺へ到着して、狭い境内をふさいだ雪ずりの山を、ポンコツ君の馬力で無理やりかき分けて、久々に庫裏の縁側へ横付けして荷物を下ろしたあと、夕焼けに染まる参道や、雪の残ったあぜ道を、しばし散歩。

昨年の今ごろは、まだ吉田家長老のジジイ犬も生きていて、ヨタヨタとこのあたりを散歩していたなぁと思い出したりして勝手に感傷にふけりつつ、一方で、このまま東堂さん夫婦の日常生活のひねくれた現実に引きずり込まれようとするタイミングを出来るだけ引き伸ばそうと、無駄な努力をしたりしている自分に気がつきます。

雪の下からのぞく枯れ草の乾いた香りと、湿り気を帯びた腐葉土の香りと、季節を間違えて緩みはじめた若芽の青臭い萌えの香りが混ざって、風に乗って漂ってきます。
何とも春めいた1月中旬の1日が終わろうとしています。

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雨上がりの銀山川 

2012/11/12
Mon. 05:57

なんかうるさいなぁ・・と雨音を聞きながらうつらうつら少しずつ覚醒していたら、耳のすぐ近くで突然けたたましい音楽が鳴りはじめて、ワイフのうなり声が聞こえてきて、今度は足下の方でまたデカイ音楽が鳴り響き、それが断続的に3回くらい続いて、そんな状況で睡眠をむさぼることも出来ず、にぎやかな目覚めの朝です。
自分一人だと、高血圧の助けもあって適当に目覚めると、ちょうど良い具合の時間になっていて、目覚ましなどまったく必要ないのに、吉田家の女性たちはそれが無理のようです。

珍しく週末から2日間続いていた好天が、日曜日の早朝にはまたどしゃぶりになって、こう度々雨ばかり降っていると、外に出るのもおっくうになってしまいます。
このまえからネコチャンズの様子を見ながら、ストーブを焚きはじめましたが、彼らも、ほぼ現状の変化を把握してきて、熱く焼けたストーブを警戒しつつ、好奇心で時々周辺をウロウロしています。

軟弱オヤジは、刈り込んだボーズ頭の地肌が雨で濡れるのを嫌って、1日中デスクワークに切り替えようと心に決めていたのに、突然のクロちゃんの体調不良で、朝から病院へ連れて行くことになってしまいました。
通院は東堂さんのお付き合いだけで十分なのに、結局どしゃ降りの中、猫の通院まで付き合うことになって、なかなか鍛えられます。

診断の結果、ネコ風邪と判明。
抗生剤を注射されたり、薬をもらったりして帰宅。
その頃になってやっと雨も上がりはじめた様子なので、銀山川のわきで途中下車。
雨上がりの川岸では、雑草だけが元気に瑞々しく青々と茂っておりました。
今年の石見銀山は、なまぬるい秋から紅葉も期待出来ないまま冬になってしまいそうです。

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秋の気配 

2012/10/04
Thu. 07:50

彫刻の島根搬入も終わって、1日半かけて東京は六本木まで移動し、本日、美術館搬入を向かえます。

私は、島根県待機で、島根の彫刻メンバーの松本さんが搬入作業で東京入りしています。
彫刻制作も、一人では出来ません。
仲間の協力があるから、こうして長い間出品を続けていられるのだと思っています。
私など、島根の仲間では最年長ですが、となりの鳥取では、その私のお父さんほどの年配の彫刻家がかくしゃくとして力作を出品したりしているので、まだまだ踏ん張らなければいけないと、励みになります。

さて、搬入作業が一段落したところで、私の方はさっそく寺へ移動することになりました。
しばらく、東堂さん夫婦をほったらかしにしていたこともあって、何かと彼らの不満がたまってきています。
ガス抜きも含めて、東堂さんを床屋さんまでつれていきました。
坊主に床屋など縁がないと思われるかも知れませんが、最近の東堂さんは、自分でカミソリをあてることが出来なくなりつつあって、あちこち切り傷がたえなくて、流血騒ぎが頻繁になってきたのです。

久々の外出で、気持ちも晴れ晴れしたのでしょう。
お昼からビールなど飲んで、とても上機嫌でした。

乾きはじめた真木の葉が擦れ合って山の波が寄せてきます。
名月を過ぎた秋の月が朝まで残って空に浮いています。
庫裏の脇の渋柿を見上げると、葉の中に色づきはじめた柿の実がのぞいています。

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刈入れ時 

2012/09/07
Fri. 07:52

寺暮らし再スタートの朝を迎えました。

やはり、間借り生活の不便さは色々な場面で感じられます。
仕事で不便なのは仕方のないことですが、何といっても通信速度が遅いのが最もイライラの元。
石見銀山も、そんなに早い訳ではありませんが、それでもまだ、お寺での通信環境よりは数段好条件。
定期的なホームページのメンテナンス回覧ひとつをこなすのも、やたらと時間がかかってしまいます。

食欲を無くして栄養失調中の東堂さんは、それでも私がいるとビールを一缶ペロッと飲んだりして、好き嫌いの我がままが定着しつつあります。
おかみさんの昔ながらの大鉢、どんぶり料理には手を付けなくなったので、オヤジの手料理とばかり、一品程度こまめに肉料理などを挟みながら、目先を変えて見たりもしています。
ワイフも手の込んだ料理の差し入れなどしてくれるのですが、よほど気が向かないと二箸目をつけることがありません。
残もの整理のそんなひと夏が続いたおかげで、私の方は体重も太る一方です。

お年寄りの暮らしは朝が早いですから、田舎の病院は、夜明けとともに満員になります。
結局、お昼前に支払いを済ませて、寺で一休みしたかと思ったら、また夕方の通院。
こんな状態で、彫刻の完成は大丈夫なのでしょうか?
などと、ひとごとのようにボォーッと思ったりしています。

寺の前の田んぼも、そろそろ刈入れです。
内輪事情のゴタゴタから、ひとつ外の世間に目を転じてみると、暑い暑い夏も終わり、降り癖のついた夕立にも慣れ、今年もいつもと変わらない毎日が流れています。

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大森小学校掲示板 

2012/07/24
Tue. 07:25

週も変わって、今週から寺のお盆準備に入ろうと思っているので、何とかして今のデスクワークを早めに切り上げなければいけません。
朝もキーポンの送りをワイフにお願いして書斎に篭っていたら、そのような時に限って訪問客が続いたりして、なかなか思うようにはかどりません。

お昼前に大森小学校の校長先生の訪問があって、1学期の学校行事をまとめたお知らせ通信を受け取ったところです。

石見銀山の町内には、吉田家にあるような大森小学校の掲示板が各所に設置されていて、町民をはじめ、石見銀山へやってきた観光さんも、ことあるごとに足を止めて、その掲示板に見入っている様子を再々見かけます。

その掲示板は、キーポンがまだ小学校へ通っていた頃に、当時の保護者や先生、地域の学校評価委員の皆さんなどが集まって話し合って設置することにしたものです。
全国的な少子化は、石見銀山でも変わりなく進行していて、それでなくても高齢者の多い町内で、小学校が廃校になったりして、子供たちの姿を見かけることがなくなったりすると、暮らしの励みもなくなってしまうからと、まだ石見銀山が世界遺産登録の前から何年にもわたって町民あげて大森小学校存続の活動を続けてきたその一環でもありました。

一時期は、教育委員会の強力な統合や廃校の指導が入って、町内の住民も、町民集会などを定期的に開いたりして、対抗の姿勢を強めたりしながら、騒然としていた時もありましたが、そのうち次第にピークも過ぎて、現在は水面下での調整が深く静かに進行しているだろう状況をキープしているところです。

吉田家の4人の子供たちは、すべて大森小学校を卒業していますが、長男の頃は、少ないといってもまだ1学年が二ケタだったりして、サッカーの試合が出来るほどにぎやかでした。
それが、キーポンが入学の時は1年生2人。複式学級が当たり前になるほど、児童数が激減していました。
いろいろ、それぞれの立場で考えや思いも様々でしょうが、私としては、大田市行政区域に1校だけ残った最後の木造校舎の大森小学校には、いつまでも元気な子供たちの声が絶えないでいてほしいと願っています。
同級生2人だけで卒業したキーポンも、何の問題もなく少しずつ世間が広がって、友達もたくさん出来ています。

小学校の時から同級生が80人を超えていてもなお、友達の少ないシャイなオヤジとはえらい違いです。
数字の数合わせだけで、学校が増えたり減ったりしてしまうのもどうかと思ったりします。

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つかの間の春 

2012/03/30
Fri. 07:00

小さなつぼみがなかなか大きくならないまま寒い日々をしのいでいた日向ミズキが、この2日間の春日和で一気に開花しました。
工場の近くの潮川には菜の花が満開で、小川の岸辺に黄色の絨毯を敷き詰めたようです。

やっと春が来たかな?・・・と思っていたら、これから週末にかけての島根県はまたまた冬に逆戻りの様子。
きっと寺の辺りは雪がちらつく事になるでしょう。

石見銀山は、周囲を山に囲まれてその真ん中の谷を流れる銀山川に沿って形成された谷底の町並みが約1kmほど続いて、その端からさらに2kmほど上流に上ると銀山の坑道が点在し始めて、そのうちの一つが観光用に公開する坑道になります。
このような地形の石見銀山の春の朝は、若干曇っている位がかえって暖かく感じたりして、もう何十年もこの土地で暮らしていると、からだが石見銀山の環境に慣れきってしまっています。

今の家に移り暮らして間もない頃、ワイフが裏口の軒先へ植えたのが日向ミズキ。
彫刻の野外展が宮崎の日向で毎年開催されていて、その頃は数年続けて毎年のように彫刻と一緒に日向へ出かけていたものです。
まだ子供たちも小さくて、長男が小学生の高学年くらいでした。
そのうちキーポンが生まれたので家族で日向まで旅行する機会もなくなりました。

日向にはそんな吉田家の思い出があって、ワイフがさりげなくその思い出を裏庭に残してくれたわけです。

2日間の晴天が終わって曇り空の朝、目覚めるとワイフが一足早く起きていて、セッセと現代彫刻小品展出品作品を制作中。
鉄のダイニングテーブルが、今朝は彫刻の作業台になっていました。
本日が現代彫刻小品展業者搬入の〆切り日。
これから、未到着の彫刻作家へ手紙を書いたりFAX送信したり慌ただしくなります。
さて、あと1週間で作品が全部揃うでしょうか?・・・チョット心配・・・

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凍った町 

2012/02/20
Mon. 09:15

石見銀山は凍ってます。

多分最後だろう寒波が過ぎたようで、夜半から雲が晴れて朝には吸い込まれるような青空。
こんな朝は、雲で包まれていた地表のぬくもりが一気に空へ吸い込まれて、急激に気温が下がっていきます。

前の日まで降っては消え降っては消えして表面が水っぽくなっていた雪も一気に凍り固まってガチガチ。
このような放射冷却状態が頻繁に続くと、次第に春が近づいているなぁと感じます。

最近はメタボが安定期に入って身体がどんどん重くなっているので、まだスリムだった昔のようなわけにはいかないでしょうが、私の少年時代はだいたいこの時期になると、例のごとくの放射冷却でガチガチに固まった雪の上を山越え谷越えひたすら無理矢理学校まで道なき道を直進していたものです。

キーポンを学校まで送って帰宅すると、自治会長のワイフは早朝から町内の配りものに出かけていて、帰ってきての第一声、
「長靴はいてたのにぃ~、滑って転んだわよぉ~!」
島根の暮らしも長くなったとはいえ、生まれも育ちも江戸っ子のワイフにとって、放射冷却の朝の恐ろしさにはまだ慣れていない様子です。このような朝には、雪も水もなんもかんも地面が固まって長靴も要らないくらいなのです。

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幽玄のデスクトップ 

2012/01/20
Fri. 08:37

せっかく好天だったのにさんざんな1日が過ぎて万善寺老夫婦の生活を補助するために買い物などしてほぼ1日を使い、なかなか落ち着いて仕事に集中出来ない2日間を使ってしまいました。

寺からの帰りに、気持ちを切り替えようと銀山街道沿いのアチコチをカメラ取材して、幾つか気に入った風景をゲットすることが出来ました。

そのうちの一つをさっそくデスクトップに入れ替えて気分一新です。

東京の方は初雪が降っているようですが、島根の寺や銀山街道の辺りはとっても暖かくて終日雨が雪に変わることはありませんでした。
このような冬の日は、街道の谷から立ち上るガスが山並みの植林や葉を落とした雑木林に巻き付いて、刻々と変化する美しい風景を見ることが出来ます。

何時もはなんの変哲もない谷間の田舎風景ですが、その気になって探してみるとたまには日本画の名画を見るような素晴らしい姿を見せてくれることがあります。
これからしばらくの間、居間の出入り口に仮設の書斎に籠って彫刻展広報第3弾の事務処理にとりかかります。
来週の半ばには出品協力の作家宛に書類が届くはずです。
関係の皆様、郵便物が届いたら状差しやゴミ箱に直行させないで封を切ってやって下さい。

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雪のクリスマス 

2011/12/24
Sat. 08:04

石見銀山ホワイトクリスマス・・・と言いたいところですが・・・

我が家の屋根を見上げると、雪が降るには降っていましたが、解け出したアイスのようなシャーベット状の雪がわずかに軒先のあたりへ張り付いていました。

さて、これから本格的な冬に突入の様子。
昨年はアッという間に降り積もった雪がそのまま根雪になって、久々に大変な思いをした冬でした。
今年はどんな冬になるのでしょう。

そんなことをボンヤリを思いながら我が家のクリスマスをチェックすると、
長男のじゅん君は、クリスマス目指してイソイソと彼女の元へ遠距離移動。
長女のなっちゃんは、浮いた話しもなくて仕事一筋。
次女のノッチはシェパ爺のオムツに大受けし、
末娘のキーポンは、サンタさんを一目見ようと夜も寝ないで朝寝をむさぼり、
ワイフはセッセと早朝からケーキ作り。
そして私は、夜通し鳴き続ける老犬に悩まされて睡眠不足。

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IMG_2114.jpg今夜のサンタさんはお忙しいことでしょう・・・

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さりげないクリスマス 

2011/12/22
Thu. 07:57

いつものようにキーポンを中学校まで送って帰ると、吉田家の家前がさりげなくクリスマスバージョンになっていました。
ワイフの気配りでしょう。

このシーズン、島根県内をアチコチ移動していると電飾で飾られた家や町並みをよく見かけます。
この間、日が暮れて工場から帰りに郵便局が電飾で飾られているのを見つけました。
何となくウキウキしてしまいます。
一応私は坊主ですが、あんまりかたっくるしいことは避けて通っている方なので、世界の宗教行事大歓迎のNo problem!

これからワイフとキーポンへのプレゼント何にしようか相談です。
サンタさんのプレゼントとバッティングしないように気をつけないといけません。
そのあたりのチョイスが難しいですねぇ。

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石見銀山雪景色 

2011/12/09
Fri. 08:26

雨風の音でなかなか眠れない夜が明けて駐車場まででると、車のフロントにうっすらとシャーベット状の雪。
何時も通りキーポンを中学校まで送っていくと、通学路の正面に見える石見銀山の仙丿山が雪で真っ白。

夜の間、世間がうるさかったのは寒気の流れ込みのせいだと分りました。

例年だと、石見銀山あたりも12月に入ってすぐに1回グッと冷え込んで雪が降ったりするものですが、今年は比較的暖かい日が続いていてストーブのお世話にならないですむ朝が多かっただけに、「やっと冬が来たかぁ」という感じです。
それでも、キーポンを送り届けて銀山の町並みまで帰ってくると雪が雨に変わっていました。まだまだ冬も序の口といったところです。

これから雨の中を冬タイヤに交換です。
韓国産の輸入タイヤは、たった1年のシーズンでかなり溝が浅くなりました。
日本の有名メーカーの3分の1の値段でしたが、性能もそんな感じで比例しているようです。
同じタイヤで1ヶ月後の車検が通るか心配です。
昨シーズンは絶え間なく降り続く大雪で、寺の辺りも石見銀山も日常の暮らしが乱れて大変でしたが、これからの冬はどのようなシーズンになるのでしょう。

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2017-08