工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

さまざまな付き合い 

2018/04/20
Fri. 23:58

ウエブ情報によると週末は夏のように暑くなるらしい。
吉田家や万善寺にいても、家の中は結構ヒンヤリしているし、今のところまわりが大騒ぎするほど暑くなるような気配を感じない。

少し前に、ネコチャンズ用の猫草栽培を復活した。
吉田家のネコチャンズは、基本的に室内で暮らす箱入り猫だから、体調が悪かったり胃の具合が思わしくなかったりするとそのあたりの草を食べて消化器系を洗浄するような野生の行動がとりにくい。
クロはまだ小さい時から胃の中のものをよく吐き出していて、もうそれが癖になっているようなところもある。彼は時々上手に脱走を成功させて、その後に帰宅するとしばらくのあいだは吉田家のいたる所でゲェーゲェーやっていたりする。
シロはクロほど吐くことがなくて、時々突然ゲェーゲェーやり始めたりすると、誰よりも自分がそのことにビックリしてしばらくのあいだそれで落ち込んで何処かへ潜り込んでしまったりする。
ネコチャンズは、これから世間が暖かくなると抜け毛が激しくなって吉田家のアチコチで彼等の抜け毛が集まって荒野の根無し草のようにコロコロと隙間風に誘導されながら家具の下や部屋の隅の方へ吹き溜まっていく。それだけではすまなくて、起きているとだいたい自分で自分を身繕いしているから、かなりの量の抜け毛を飲みこんで、ウンチと一緒に出てしまうものもあれば、胃の中で消化されないまま毛玉になってしまうことも多くて、そろそろそれを吐き出す時期になった。

冬の間はネコチャンズの様子を見て、少しずつ時間差で猫草の種をまいていたが、やはり世間が寒いと成長も遅くて芽が出るまでにかなりの日数が必要だった。これからはそれも短縮されて一度芽が出ると成長も早いから、一回の必要量を調整しながら種を蒔いて、セッセとこまめに水を補充したりしていたら、2日ほど前からモリモリと芽が出て成長をはじめて葉も開き始めたので彼等が食べやすいように床へ降ろしてやったら、早速クロがぱくついていた。
特にあらたまって猫の世話をしているわけでもないのだが、こうして付かず離れず同居していると、人間としてそれなりの責任や自覚を持って猫とつき合う必要もあるわけで、そういう付き合いを面倒に思ってしまうと、どこかしら彼等との良好な信頼関係が崩れてしまって厄介なことになる。ワイフにはワイフの役割があるから、彼女の領域へ踏み込み過ぎないようにしながら自分に出来ることを続けることが大事と思っている。

麗らかな春の日差しに包まれて猫草をいじっていたら、高校時代の同級生から電話が入った。自分にとっての高校生活は不毛の3年間だったから、いい思い出もあまりないし、親しく付き合う友人もいないのだが、彼ともう一人広島にいるヤツはまだ付き合いのある方で例外といえるだろう。その彼の電話が何だったかというと、学校のグランドの草取り機制作依頼だった。彼が校長時代に頼まれて一つ造った。まんざら知らない仲でもないから材料代程度で引き受けたのだが、それがいけなかった。やはり商売と温情は切り離さないといけないな。結局引き受けることにしたが、制作費はずいぶん足元を見られた・・・

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麗らかな春 

2018/04/17
Tue. 23:32

ボクは雨男だと思う。
ボクが何かしようと決めるとなぜがその日が雨になる。

たとえば今にしても、大事で真面目な用事だから特にこれと言って強い文句もないけど、どちらかといえば、「どうせ降るならこういう日に降ってほしいよね・・・」と、思っていると、そういう時に限ってとってもいい天気になって、「あぁ~~、こんなにいい天気になるんだったら予定を変更しておけばよかった・・・」などと、天気を相手に意味もなくイラツイてしまったりする。
このところ、そういう状況が絶え間なく続いていて、まさに本日がその典型。
昨日まで愚図ついてシトシト春の雨が降って肌寒かったのに、ワイフの用事にドライバーで付き合って時間つぶしくらいしかすることのない時に限って、見る見る天気が良くなって気温も上がって麗らかな春の日差しが降り注いでいるという、なんとも釈然としない状態になっている。
せめてもの慰めというと、このところ体調不良が続いていて、身体を休めるには「ちょうどいい感じかな?」と口実を付けることが出来るくらい。

先日のこと・・・
琴引山のてっぺんまであと少し登るだけという、万善寺のお檀家さんで一二を争う僻地の不便なところで暮らしていらっしゃるお宅へお邪魔して、33回忌の法事を一つ済ませてきた。
そのお宅から先はひとが歩く山道も絶えて無い。
昔は、炭焼き窯やたたら製鉄の遺構があったようだが、農地整理の工事で壊されてしまったらしい。そういうところだから、琴引山の豊富な地下水を汲み上げた綺麗な水がその辺り一帯の飲料水になていて、ステンレスで作られた立方体状の貯水を兼ねたポンプ施設がそのお宅から少し下った砂防ダムの近くに近年建設された。結局ポンプ施設より高地にあるそのお檀家さん宅では上水道の施設がすぐ下にみえるのにその恩恵に預からないままいまだに自力の間歩水で生活していらっしゃる。
40歳を過ぎて独身の息子さんは、長い間その家から近くの職場へ通って仕事をしていたが、数年前に転職されて今は出雲のアパートで一人暮らしになった。母子が離れて暮らすようになってから、高齢のお母さんが立て続けにアチコチを骨折されて何回か手術をされた。そういう生活の心配もあって最近は、1週間に半分くらいは昼の間ほど息子さんのアパートに引き取られて暮らしていらっしゃる。
「やっぱりねぇ〜、不便なようでも自分の家が良いんよぉ〜・・ここだと外仕事もあって退屈もないし、犬もいてくれて寂しくないし・・・アパートは退屈で退屈で・・・」
80歳は過ぎていても身体の不自由を注意して気をつけながらゆっくり暮せば、まだまだ十分に一人で生活できるほどしっかりしていらっしゃる。

時々、寺のお知らせを持ってそのお宅を訪問するが、最近はほとんど留守ばかりで、土間につながれた犬も寂しそうで鳴くこともしない。少し前には、同居していた猫が死んだそうだ。本当の豊かで幸せな暮らしというのはいったいどういうことなのだろう。

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自分の時間 

2018/04/16
Mon. 23:51

少し前、4月に入ってすぐの頃、保賀の自治会から訃報が入った。
一人暮らしだったその人は、数年前から闘病の生活だったが今年に入って病状が一気に悪化して、2月の半ばに再入院してから退院できないまま永眠された。後を引き継ぐ親族も無く、このまま家が絶えてしまうことになった。私が万善寺住職を引き継いでからこの数年の間に保賀の自治会から6軒が空き家になった。過疎地の地域事情は何処もだいたい似たようなものだと思う。万善寺もひとごとでない現実が目前に迫っていて、私もそろそろ次のことを具体的に考える時期が来ていると感じる。

体調が完全でないまま納骨法要前の墓掃除をすませた。
島根県はこのところ愚図ついた天気が続いていて、お墓までの足元の悪くなった急勾配の参道往復が膝にこたえる。箒や熊手を杖代わりにしたりしながら慎重に注意しながら登り降りしていたのだが、参道に露出した桧の根っこに足を取られて右足を痛めてしまったのが前日のこと・・・
朝から納骨が控えていて法要を休むわけにもいかないので、そのまま痛い足をダマシダマシお経を読んで、墓参をした。
お昼過ぎには全て修了して、それから本堂を片付けたりしたのだが、そうする間に右足の足首から先が腫れて来始めていよいよ痛くなって歩きにくくなってきた。午後からは出雲に用事があったので、痛い足を我慢しながらアクセルとブレーキを踏み続けて、夕方石見銀山へ帰った時は、まともに歩けないほどになっていた。あまり渋い顔ばかりしているとワイフが心配するので、彼女の前では何気なく普通を装ってすませた。

4月に入ってから良いことがひとつもなくて滅入っていたところへ、フロリダのノッチが久しぶりに元気そうな写真を送ってくれた。
職場の友人とワシントンDCへ行ったらしい。
アメリカドラマや映画でよく見る風景で、あちらの方はちょうど桜が満開の時期のようだ。ワシントンDCは日本でいうと東北あたりだったと思うから、今くらいが桜の見頃なのかもしれない。
ノッチは、今年の秋に帰国するはずだ。
「もう国外はコレが最後だよ!」と、そう宣言していたことを思い出した。
私は、物心ついた頃から万善寺の小坊主で節目節目の法要行事には住職の侍者をしていたから、学生で島根を離れて暮らしていた時も、盆正月は欠かさず帰省して寺の勤めを続けていた。まわりのみんなのように、民族の大移動のごとく長期休業や祝祭日を旅行や行楽で過ごすようなことも皆無だった。こういうことは、坊主という職業に限ったことでもないと思うが、とにかく、我が子にだけは人並みに堂々と自分の意志で自分の自由に自分の時間を使ってもらいたいと思い続けていたことだけは確かだ。
今は、両親も死んで万善寺の一人暮らしや通勤坊主で、だいたい自分の思うように乗り切っているから副住職ほどの気楽さが無い代わりに、それ程きついストレスを感じることもなくなった。これから先、寺の運営は厳しくなる一方だと思うが、自分の代をなんとか乗り切ることができればそれで御の字だ。
この度の納骨で、また1軒お檀家さんの付き合いが一気に遠のいていった。

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気楽に慣れた 

2018/03/19
Mon. 23:13

この様子だと、今年のお彼岸は雨だな!・・・きっと・・・
いつもは、この時期まだ庭に雪が残っていることもあるから、それよりはマシだと思うけど、結局雨がやまないから庭掃きもできないしお墓掃除も出来ないまま、お彼岸が来てしまいそうだ。地球の自然を相手に芥子粒以下のチッポケなオヤジがドタバタしてもどうなるわけでもないから、見た目よりは信心の気持ち優先ということで、乗り切るしかない。

世間は3月末の年度末に向かって大きく動いている時期だろうから、お寺の仏事で大事な時間をつぶすのも難しいだろう。
ウエブのニュースというか、書込みを見ていたら、1日に15時間以上の労働を毎日続けてそれでも仕事が終わらなくてサービス残業までしているわけだから今の週休2日ではとても休日が足らない。これからは週休3日を本気になって検討すべきだ・・というような記事が載っていた。
四六時中、のんびりとヒマに暮らしているボクには、まったく無縁の悩みだ。
・・・といって、毎日が休日というわけでもなく、自分に関係する仕事らしき用事とまったく縁を切って、フラリと何処かへ温泉旅行でもしようとか、一日中自宅に引きこもって布団の中でゴロゴロするとか・・と云うような休日を過ごすこともない。どちらかといえば、前回いつ休日らしき日を過ごしたか、まったく覚えがないほど毎日ダラダラとだらしなく何かしらの用事を片付けていて曜日の感覚が欠落している。
フロリダにいるノッチが、今年の夏まで1年契約の仕事をして秋には帰国する。
「私がこちらにいる間に遊びにいらっしゃいよ!今度帰国したらもう外国へ行くこともないだろうし、今のうちだよ!」と、再三誘ってくれる。とても嬉しいし、自分としてはなんとかしてアメリカへ行ってみたいと思うし、かなり前向きに検討している。ところが、なかなか自分の思うように上手く都合が合わなくて、現在3度めの仕切り直しに入っているところだ。
これで、普通に給料取りの暮らしをしていたらもっとしっかりしたスケジュールが組立つはずだ。今の自分が自営業というか自由業というか、そういう状態だから、一見主体的に能動的に働いているようで、実は世間周囲の事情に併せて微妙にフラフラとゆらぎながら受動的な立場で働くことのほうがずっと多くなっている。自分のライフワークだと確信している彫刻の制作にしても、気がつくと、その他の数々の目先の用事を順番に片付けている間に結局彫刻制作が一番後回しになっていたりする。
こうみえても、10年前まではちゃんとした月給をもらって吉田家のワイフや子どもたちを養っていたから、当時と現在の日常生活の違いがよく分かる。フリーになった当初は、身体が休日を覚えていて、気持ちの切り替えが出来なくて、土日祭日になると全く働く気に慣れなくてかなり苦労した。本気になって「何でみんなが休んで遊んでいるのにボクだけ働かなきゃいけないんだよ!」と思っていたし、それでかなりイライラしていた。
それから、今のように気楽に慣れるまで2〜3年はかかったかもしれない。
いつの間にか少しずつ昔の暮らしを忘れて、土日はないけど今の暮らしに馴染んできた。

強烈だった凍結で風呂のカランが壊れて修理を依頼していたのが、お彼岸前にやっと半分ほど修繕工事が終わった。今夜は1ヶ月ぶりにシャワーで坊主頭が洗える!

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荼枳尼尊天様の御蔭 

2018/03/04
Sun. 23:16

夜中に暑くて目が覚めた。
3月3日のおひな様から一気に春めいて、暖かくなった。
万善寺は今まで、昼も夜も一日中暖房器具を総動員しないと寒くてしょうがなかったのに・・・地球の自然相手に人間は良いように翻弄されている。
そういえば、夜明けが早くなった。
少し前は、7時を過ぎてからやっと窓の外が明るくなりはじめていたのに、今では6時半の町内一斉放送が始まる頃にはもう明るくなっていて、今朝のように良い天気だと保賀の谷の鳥たちがアチコチで鳴きはじめている。
雪解けも一気に進んで、ほんの1週間前まで毎晩氷点下まで気温が下がっていたのがウソのようだ。

本堂の東側にある豊川稲荷のお堂前の灯籠が雪に押されて倒れた。
冬の間、屋根からずり落ちた雪に押されて傾いていたのを、古タイヤを積むなどして何とか支えていたのだが、結局それも気休め程度のことになって、見事に一対バラバラになって見る影もない。数年前にも片方の灯籠が雪吊りの直撃を受けて倒れたが、その時は今度のシーズンより雪が多かったからその雪がクッションの代わりになって灯籠のパーツも欠けること無く無事だった。
今回の倒壊はあの時より被害も大きくて、パーツの接着が全て取れた。このまま同じ場所に再建しても、上に上に乗せて積み重ねただけでは毎年同じように倒れてしまうから、この際、雪が消えて結界君も境内で自由に動けるようになって道具が使えるようになったら、本堂の軒下の雪の影響があまりない安全な場所へ移動しようと思っている。
せっかく好意で寄進していただいたものだから、粗末には出来ない。

それにしても、倒壊の状況を改めてよく見ると、応急処置で支えにしておいた古タイヤがなかなか良い働きをして被害を最小限に食い止めてくれていた。それも、豊川稲荷ご本尊の荼枳尼(ダキニ)尊天様の御蔭と確信している。そもそも、信心とはそういうものだと思う。
自分の気持の問題というか、思い願いの先に、ナニを求めるかで自分に返ってくる信心の効果が違ってくる。
何かの不安や不幸が自分に降り掛かって、それを自分の力で避けきれない時、どれだけポジティブにプラス思考に受け止めて前向きに向き合うことが事ができるかで、気持ちの楽さ加減が大きく変わってくる。やはり、信心のポイントはソコだと思う。
やがて消えて無くなる雪ではあるが、降り積もる雪の脅威は人間の力でどうなるものでもない。無駄な抵抗をしないで、ジッと耐えて好転の時を待つしかない。
雪で倒壊した灯籠も、一方で降り積もった雪の御陰で被害が最小限で済んでいる!・・
雪の降りしきる中、除雪作業を早々と諦めて古タイヤを積み重ねるくらいのことで終わらせた自分の弱さも、一方で自分がそのとき出来る限りのことをしておいたから被害が最小限で済んでいる!・・
そういう、結果の客観的把握を、「荼枳尼尊天様の御蔭」に置き換えることで、自然の脅威も自分の不甲斐なさも一括受け止めて「ホッ・・」とできるのだ。

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伝統の醍醐味 

2018/02/19
Mon. 23:30

しばらく前から右の奥歯というか歯茎というか顎というか、ハッキリと「ココだ!」と限定できないままなんとなく「痛いなぁ・・」と気になっていて、いつもは忘れているのだが食事の時に少し硬いものを食べるとそのことをまた思い出してしまうということが続いている。
そもそも、自分はすきっ歯で歯並びも悪いから、小学校の時はよく歯医者さんのお世話になっていて、今は亡きドクターから「あなたは歯の数が普通より少ない上に歯並びも悪いから歯磨き怠けるとすぐ虫歯になりますよ!」と治療の度・・とまではいかないものの、それに近いくらいリューターでウインウインやりながら耳元でささやかれ続けてきた。そのトラウマが功を奏してか、こう見えても歯のことは大事に思っていて、その小学校の時にあのドクターに銀歯をかぶせてもらってから後は虫歯知らずで今に至っている。
歯磨きをしながら大口開けて見える範囲のチェックはしているのだが、痛みの元が特定できないまましばらくするとまたモヤァ〜っと疼きはじめてそれが気になる。
このままだと「歯医者へ行くしかない」とその気になり始めた時、そう云えば近年お世話になっているF歯科のドクター(現在の歯医者さん)が一本抜いた歯は「根本の方で折れていてそれが周囲の神経を刺激していたのだった!」ことを思い出した。レントゲンでそのことがわかった時に、「あなた、歯ぎしりしませんか?」と聞かれたが、夜に寝ているときのことはよくわからないのでなんとも答えようがなかったものの、歯が折れた原因は「たぶんその歯ぎしりかそれに等しいなにか歯を食いしばるような行為というか癖のようなことがあるからだろう」ということだった。
今回の歯痛も、なんとなくあの時の症状に似ているようなところがあったので、通勤坊主の道中で、結界君を運転しながら「何かの原因があるはずだ!」と思い巡らせていたら・・・「ありました!!」
銀山街道から出雲街道の往復で毎日のように雪道のアイスバーンを走る緊張感は並大抵のことでない。常に心身ともに力んでいて疲労が激しい。
今朝も、お地蔵さん横の参道を登ろうとしたら後輪がスリップしてアクセルを踏み込んでいるのに後ろへ下がってしまった。お地蔵さんの真ん前で結界君と一緒にフリーズしたまま一瞬パニックになったのだが、その時に、右の奥歯にズキリと衝撃が走った。
気がつくと、無意識のうちに右の歯を思いっきり強くグイグイ噛み締めていた。
歯痛の原因はまさにコレだった。F歯科のドクターはなかなかの名医だ。

最近、お寺に到着しただけでぐったり疲れて、暫らく何もする気になれないでいる。一杯の珈琲をゆっくり飲みながら、その間メールチエックをしたりウエブニュースを読んだりiTunesのアルバムを垂れ流したりして少しずつ気持ちを切り替える。
冬の間気持ちの滅入ることが続くから、無条件に楽しめる音楽を本気で探していた。
幾つか見つかった中で、今は日本のビッグバンドGENTLE FOREST JAZZ BANDと、ニューヨーク拠点のAVALON JAZZ BANDが気にっている。どちらのバンドも、1940〜50年台を中心とした色々なタイプのJAZZ文化研究をベースにリスペクトされたオリジナルの楽曲をライブ構成しながら活動を続けている若いミュージシャンたちだ。
時代の変化の中で世代を超えて絶えることなく常に新しく紡がれ続ける伝統の醍醐味というか、そういうダイナミックな娯楽性に感動して元気をもらっている。

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寒気の夜 

2018/01/22
Mon. 20:14

万善寺は夜明け前から絶え間なく雪が降り続けている。
昨日のうちに移動しておいて大正解だった。

今度の雪は、水分をタップリ含んでいて除雪用のプラスチックスコップが雪の重みでフニャフニャと使い物にならないほど重たい。
こういう雪が一気に大量に積もると、家屋のダメージが大きくなるので気が抜けない。
自然を相手に人間の出来ることなどたかが知れているから、運を天に任せて「神頼み」ならぬ「仏様頼み」で寒波を乗り切るしかない。

雪のことが気になってチラチラと窓の外の様子を眺めながらデスクワークをしているが、やはりこういう時にはなかなか一つ事に集中できなくて、ウエブニュースを見たり、読みかけの文庫本を開いたりして、どうしても休憩しているほうが多くなってしまう。
文庫本のように、自分の趣味や主観的系統の選択肢で抽出した表現媒体は、その内容に毒があったり否定的なものであったりしても、それをチョイスした自分の自己責任で良し悪しとか賛否を乗り切るしか無いが、不特定多数を対象にしたニュースやコメントは、自分の価値観を越えたところで物事が飛び交ってしまって、そういうことにいちいち反応し始めたらキリがないし、不快でたまらないし、気持ちの平静を維持することも難しくなってしまうから、私のようなワガママ者は面倒臭い現実からできるだけ遠い所へ逃避しようと、そういうことばかり思いながら毎日を過ごしているようなところがある。
最近のメディアは、表現の自由とかフェミニズムとかピューリタニズムとか、そういうものがあまりにも過激に暴走しすぎている気がする。
どこかしら、あえて波風を大きくすることで自分の存在を誇示することに喜びを感じるようなチープなエゴイズムがすぎる。

ハリウッドのプロデューサーのことで大騒ぎになっているところへ、先ごろフランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴさんがメチャクチャかっこ良く一石を投じてくれたと、私は思っている。今のところ、内容はあまり支持されていないようだが、吉田的にはとても共感できる発言だし、立場や価値観の違いで解釈も大きく変わることだから、ドヌーヴさんの発言も一つの正論として、もっと議論されて良いと思っているところへ、今度はブリジット・バルドーさんもニュアンスは違うようだが似たようなお話をされたようだし、とっても久しぶりに、フランスの女優さんの元気な姿が拝見できて、自分の青春を思い出してしまった。もう死んじゃったけど、ミレーユ・ダルクさんは、スクリーンに掲載された写真を見て何度もデッサンしたし、ミレーヌ・ドモンジョさんは、もうメチャクチャ綺麗すぎてセミヌードの写真は直視できなかった。あのヤッターマンの「ドロンジョ」さまはドモンジョさんの名前を拝借したらしい。イタリアのジーナ・ロロブリジーダさんもキレイだし、ダニエラ・ビアンキさんは、007映画でトップワンのボンドガールだと今でも思っている。高校生の時は彼女を見るために何度も封切りの映画館へ行って貴重な生活費を使い果たした。
私の身勝手な思い込みだけかもしれないが、ヨーロッパの女優さんは、女性としての魅力を正しく自覚し理解し区別しながらフェミニズムを認識できている気がする。

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冬の悩み 

2018/01/16
Tue. 18:53

お肌の弱いボクは、冬を乗り越えるのに一苦労する。
冬そのものはキライではないし、雪がいっぱい降って湿度も100%に近い状態が続いて、極端に乾燥することもないのに、水仕事をするとアカギレになるし、雪かきをして肌がカサカサになるし、鼻の粘膜もやられて鼻血が出るし・・・とにかく、お肌へのダメージが避けられない。
もう何年も、アトリックスとかニベアとかオロナインH軟膏とかを頭から足の先まで全身塗りまくって冬を乗り切っていたが、ワイフがそういうシーンを見咎めて、「アレはハンドクリームだから顔はダメだ!」とか、「そんなにいっぱい塗っても効果は一緒だ!」とか、どうも指摘が細かくてうるさいから、そのうち、影に隠れてコソコソとスキンケアをすることになって、それはそれで肉体的というより精神的ダメージが蓄積されてどうも良くないし・・・そういうことが冬シーズンの悩みの一つになっていた。

雪が降り続く万善寺で眠れない夜を過ごしていた時、それこそ、徳用のニベアかなんかを万善寺用に買っておこうかと思ってAmazonをチェックしていたら、「スキンケアオイル」なるものを見つけた。
探していくうちに、「オイル」という検索項目で山のようにヒットしはじめてえらいことになった。
効能や成分を見ると、スキンオイルをフライパンへ移して野菜炒めくらいできそうな感じだし、普通に食べるものに使うようなオイルだったらお肌にも良いかもしれないと思って、試しに日清食品系列で販売しているオイルをポチッとしてみた。
すぐに届いて、早速寺の風呂上がりにそれを使ってみたら、ボクのお肌にシックリ馴染んで、伸びもいいし、なかなかいい感じだ。
あれから、洗濯や食器洗いなどの水仕事の後にはだいたいそれを少量使うようにしている。その効果が出てきたのか、最近はアカギレも出ないし、お肌のカサカサも若干和らいでいるように思う。お風呂上がりのチョットした贅沢だと思えば、それなりに納得してしまうものの、そろそろ先が見えているクタビレオヤジが「今更オシャレぶってスキンオイルでもないだろう・・」とも思うし、日常は、サラダ油とかベニバナ油くらいで済ませて、チョットお出かけの時は「オリーブオイルにでもしてみようかな?」と、フライパンを使いながらそんなことを結構真面目に考えたりしている。
とにかく、お寺のことで、台所の調味料はいただきもののストックがたくさんあるから、その中からオイルボトルを1本洗面所へ置いてみても良いかもしれない。一度は試してみる価値はあるな!

強い寒気が去って、飯南高原も気温がグングン上昇している。
早朝は、前日に溶けた雪が凍ってお地蔵さん前の参道を登ることが出来なくて大変な思いをしたが、お昼前にはそのあたりを滝のように雪解け水が流れ下っていた。雪はどれほどたくさん降り積もっても、いずれ消えて無くなることはわかっているし、無理をして参道や境内の除雪をすることもないと、私はそういう考えで冬の寺暮らしを続けている。
和紙が指先に張り付かなくて苦労しながら今年分の「立春大吉」が刷り上がった。
もう節分が近い。

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西方浄土 

2018/01/12
Fri. 18:17

雪深い万善寺のトイレ読書で村上春樹さんの文庫本をペラペラめくっていたら、ボブ・ディランの「I Shall Be Released」を思い出した。
そういえば、何日か前に「チョコレートドーナツ」の映画の事を考えていたから、たぶん頭の何処かにその記憶が残っていたことが影響していたのだろう。

ボブ・ディランといえば、最近はノーベル文学賞を受賞したことで話題になっていたが、私にとっては多感な10代の思い出の中でラジオから流れる彼の歌の方が強く記憶に残っている。
それから上京してはじめて遅ればせながら彼の顔を知った。もう少し小奇麗にしていれば「けっこういい男だろうに・・」と思ったが、あの頃は、あぁ云う格好が流行っていたし、私もひとの迷惑を無視して似たような格好でいた。

デッサンなどの勉強をしていて、それに疲れると音楽雑誌に載っている英語の歌詞を和訳したりして暇をつぶしてた。どちらかといえば、インドア派の引きこもりに近い暮らしをしていて、アルバイトが休みの時は一晩中TEACに録音したカセットを回しながら、ビートルズとかギルバート・オサリヴァンとかイーグルスとかなどと一緒に、ボブ・ディランの詞も単語一つずつ辞書から抜き出していた。
デッサンなどの時間を削ってそちらの方へ気持ちが傾いていたら、もっと英語が好きになっていたかもしれないと、今になって思う。そういう、私の中のもう一人の自分が吉田家次女のノッチへ引き継がれていたのかもしれない。現在の彼女は、日常会話レベルの英語は普通に喋って、それなりに不自由なくフロリダで暮らしている。
単語を和訳していると、ボブ・ディランの歌詞はどうもうまく日本語にならなくて、ピンとこないままでいることがほとんどだった。あのI Shall Be Releasedもその1つで、歌詞の途中に西とか東とか出てきて、「From the west unto the east」のところがどうにも意味がつかめなくて、あの頃は、それで余計にその曲が忘れられないでいた。
半世紀も過ぎた今頃になって「チョコレートドーナツ」のおかげで、またあの頃を思い出して、それがノーベル賞に結びついて、それが村上春樹へ結びついて、たまたまトイレでそれらのキーワードが逆連鎖になってFrom the west unto the eastに行き着いたのだと思う。
もう、還暦を過ぎて人生が一巡した今になって、思いついて改めて日本語を当てはめても、やはりチンプンカンプンであの頃と変わりなく、ボブ・ディランの歌詞は私のような凡人には難解のままだった。
雪に埋もれた万善寺で、見つけた和訳がなかなかいい感じだった。

http://blogs.yahoo.co.jp/hotel_zihuatanejo/30437465.html
最近は、Googleさんがイザという時、ボクの強い味方になってくれる。
そして、坊主的に拡大解釈すれば、西方浄土の阿弥陀さんが、未来を司る如来さんであるということに思い当たった。
まぁ、あの頃も今もボブ・ディランが仏教を信仰しているということはまずありえないことだろうが、どんな宗教も結局は「ある根本」へ行き着くと云えなくもないしねぇ〜・・

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両忘 

2017/12/23
Sat. 20:08

両忘~りょうぼう~
この世には、数え切れないほどの相対がある
富と貧、生と死、美と醜、多と少、濃と希、有と無・・・
YES!があってNO!があって・・
気づかないまま相対を用意して自分を慰めている自分がいる
どちらでもない難しさ厳しさ、そしてその素晴らしさに気づきましょう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
例のごとく、石見銀山の自宅を出発する時に、
「まちづくりセンターでクリスマス会だから・・」
ワイフにそう云われて、「もうクリスマスのシーズンなんだ」と気づいた。
欧米では、最近クリスマスと言わないで「HAPPY HOLIDAYS」と言うことが多いらしい。
元々は、異人種の集合体であるUSAで宗教を限定したような言い回しは避けようということで言い換えられたようだが、良いことだと思う。
この言い回しは、ある映画を見ていて教わった・・というより気付かされた。

宗門というより、万善寺ではクリスマスシーズンになると宗教の違いがドォーのコォーのとめんどくさいことは一切言わないで、憲正さんが裏山へ柊を取りに出かけたり、イチゴのショートケーキを買ってくれたり、もちろんサンタさんもやってきてクリスマスプレゼントを置いていってくれたりした。
結局は万善寺の山風だということだったのかもしれないが、そもそも仏教には普通に拡大解釈をして上手に諸々飲みこんでしまうようなところもあるから、私も師匠の教えに従って都合よくこのシーズンを乗り切っている。
近所の別宗派の寺院では、家族一家揃ってクリスマス行事を一切無視している生粋の仏教宗教家もいらっしゃるから、どちらが良いとか悪いとか、白黒はっきりさせようなどとは思ってもいない。

仏教の坊主をしていると、殆ど漢字で書かれたお経を読みながら、仏教的意味合いとは全く違ったところで現代社会の常識で使われている一句に遭遇することがよくある。
仏教はお釈迦様以来2600年近くの長い間継承されてきた宗教であるから、その時時やその土地土地の一般の常識とか解釈に都合よく転化されて今に至ったためであろう。

両忘とは、両方を忘れると解釈すればいいと思っている。
「両方」は、時と場合に応じてさまざまに置き換えることが出来るだろう。要するに中道であることを自覚し意識することであり、日常の暮らしの中で常にそういう立場を維持し、さり気なく両方へ伝えることを務めとすると言っていいだろう。これは、なかなか出来ることではなくてとてもむずかしいことだと思う。特に私のようにいつもフラフラと適当に生きているチキンオヤジにとっては死ぬまで越えることのできない高い壁のようなものだ。そういうことを解っていて、それでも「やっぱり、大事なことだよなぁ・・」と思っている・・・オット!その「大事」も「仏教的大事!」がありましたよ・・・

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如愚 

2017/12/21
Thu. 20:41

如愚~ぐのごとし~
有能であり利口であることが目指す先であれば、それは楽なこと
あたりまえのことがあたりまえにできること
それは、誰かのためにでなく自分のためになること
コツコツと精一杯のおこないの継続は難しい
何に対してもどんな時も、常にベストを尽くす先に真の結果がみえる
~~~~~~~~~~~~
2018年の4~6月カレンダーの言葉。
万善寺では、朝課やお正月三ヶ日のおつとめなどに「宝鏡三昧」というお経を読む。
そのお経の最後の方に、「如愚如魯」の一句がある。
「愚」も「魯」も似たような意味で、それを二つ続けてあるところに、ことの重大さがうかがえる。

万善寺の毎日は、だいたい似たようなことを続けながら過ぎていく。
小さな山寺であっても、年末の今の時期は1日に何回か宅急便が届くこともあるから、こちらの都合で寺を離れることが出来ない・・・というより、出来る限り寺にいるようにする。お正月の1ヶ月も年始のお参りがあったりするから同じような寺暮らしが続く。
ザックリと云ってしまえば、寺に居ることが坊主の仕事ということだ。
私も最近になってやっと「住職(じゅうしょく)」と呼ばれることが増えてきた。
この住職はつまり、「住む職業」であるというわけで、坊主であるなら、「フラフラとアチコチ出歩かないで、日々修行に励みつつ、御本尊様を守り寺の維持管理に励みなさい!」といわれているようなものだ。
私の場合は、檀家も少ないし彫刻を造ったりもしているから素直に粛々と住職暮らしを続けることにはならないが、お檀家さんからの法事収入で家計を賄えるほどの住職なら、それも可能になるというわけだ。いずれにしても、コツコツと実直に仏道修行に励むということが大事なことだと、宝鏡三昧で教えていただいていることになる。

こういう教えは、坊主である以前にひとりの人間として、とても重要な生き方の指針であると思っている。
彫刻に向かい彫刻を造る姿勢もそうでなければいけないと思っている。
ただ闇雲に気持ちの動くまま身体の動くまま、造りたいものをひたすら造り続けているだけで良いのか?
自分の個人的感情とか主観の塊の自己満足で彫刻を造り続けていて良いのか?
誰でも一つ事をそれなりに長く続けていればそれなりの技術や技巧も身につくし、上達もする。だいたいの制作の方向性が決まったら、それほど苦労することもなく技術や技巧を駆使してそれなりの完成度を保つ彫刻を造ることも出来るようになるだろう。
・・・それで良いのか??
ある程度の熟練の彫刻家がそういう安直な思考で彫刻を造っていてそれで良いのか?
自分にできる表現の原点で造形の提案であったりするものが、彫刻という表現形態を借りてひとの感動を刺激し気持ちのゆらぎを引き出すほどに昇華したいなぁ〜と思うけど・・・

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福不可受尽 

2017/12/20
Wed. 18:37

勢不可使尽~いきおい、つかいつくすべからず~
調子よく物事がうまくいっているときこそ、自分の立ち位置をシッカリ確かめて盤石なものにしていくことが大事。
だいたいにおいて、人の暮らしは順風満帆であるばかりではない。
いいときもあれば、どうしようもなくうまくいかないときもある。
ムリヤリ無理を通しして無理しすぎると、そのうち力尽きておしまい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
上記は、2017年1月から3月までのカレンダーへ書いた言葉で、中国宋代の偉い偉い高僧のお言葉をいただいたもの。
1年経って改めて読み直すと、自分自身はそれほど調子よく物事が上手くいかないことがほとんどだった。それでも、先の言葉を戒めにしておいたおかげでそれなりに納得できる事も多々あったし、それでよかったと今は思っている。
その高僧曰く、この言葉に「福不可受尽」と続く。
だいたい意味はわかると思うが、そういう、「勢」とか「福」の限界を見失うというか、見極め損なうというか、今の世間はそういうことが普通になっている気がしてならない。
分相応の謙虚な気持ちが何処かに忘れられて、驕り高ぶり慢心や場をわきまえないプライドであふれ、簡単に妥協し諦め納得し限界を認めたりする。
個々人のレベルに留まればそれでいいが、それが公共に蔓延してしまうと収集がつかない。
自分の慢心を振り返って反省するほどの余裕が大事だと思う。

先日、島大を卒業(在学中もいた)した若い彫刻家4人と一緒に周藤さんやタケちゃんも加わって飲んだ・・・といっても、飲んだのはオヤジたちばかりだったけど・・
私は、飲むと自分を見失って説教臭いことばかり喋り始めるところがあるから、これから将来のある若い人たちの爽やかに伸び続ける芽を摘む訳にいかないと、そういう使命のもとにひたすら飲み続けて説教する前に酔った。
自分が彼等くらいの年齢だった時はもっとイキガッてもっとナマイキに世間を見下していたように覚えている。もちろん、彫刻で自分自身それなりのジレンマや悩みを持っていたし、不安もあって自信などかけらもないまま、口先だけで我身の無能を必死になって取り繕っていたことも自覚している。そういう自分と比較できるわけもないが、彼等若い彫刻家を見て、本当に謙虚に慎ましく生きているなぁと思った。
彫刻を制作するような者は、どこかしら狂気を秘め正常でないものを持つことも必要なことだと思う。そういうものがあるから、それが制作のエネルギーやテーマの方向性につながる基盤になる。
彼等は、「SHIMANE創刻」という若い彫刻集団を立ち上げた。これからその4人がコアなメンバーとなって島根に根付いた彫刻主体の色々な事業を企画実践することになるはずだ。
私など、この歳になってもいまだに一人で体制に向かってギャァギャァわめき騒いでばかりいる程度だから、彼等のクールに且つ、内に秘めた熱いエネルギーを爆発させようという試みに感銘するし尊敬してしまう。

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玄妙とは・・ 

2017/12/19
Tue. 23:22

用語解説をチェックすると、「玄妙(げんみょう)」とは、「道理や技芸のさえが、奥深く(=玄)すぐれている(=妙)こと」とか、「趣が深くすぐれていること。また、そのさま」とあり、単純でなく、容易でなく、素晴らしいこととある。
「玄」を手繰ると、中国の老荘思想では万物の根本であるとされ、俗な解説には、お坊さん・・つまり僧侶の俗称になっていて、その筋の夜遊びスポットあたりでは「玄さまぁ〜〜♡!」と呼ばれていたりしていたようだ。
「妙」とは、優れているとか、巧みであるとか、素晴らしいとか、そういう解釈が妥当であるようだが、いっぽうで、坊主的に解釈すると「妙」は「女」と「少」を分けると「少女」になるから、「坊主と極めて仲良くしている女性」という裏の意味も隠されていて面白い。
日常の私など、さしずめ「玄さまぁ~」などと妖艶な女性に呼ばれて鼻の下が伸び切っているようなだらしないナンチャッテ坊主だったりする気がしないでもないが、本人は極めて真面目に「玄妙のひと」でありたいと願っているのだ!

来年の万善寺カレンダーを制作中だ。
万善寺のオリジナルカレンダーを造りはじめて数年経って、やっとアチコチからなんとなく好意的に解釈できるような反応が返るようになって、それが少しずつ増えてきた。
カレンダーには、書道とは程遠いが、一応硯ですった墨でレタリングを書いている。
自分のことを棚に上げて偉そうなことを喋れるほどの度胸はないから、せめて1年に一度くらいは、密かに心の隅に仕舞い込んで温めている自分への戒めを整理しておくことも大事なことかもしれないと思って始めたことだ。
基本的にはお釈迦様以来現在に至る仏教の教典をベースにして、禅宗の禅語から引き出した自分なりの解釈を書かせてもらっているから、世間の仏教思想家や研究者の皆さんの高尚で正確な解説とは程遠いものになっているだろうことを自覚しつつ、年頭の挨拶代わりであったりする気持ちも込めて乗り切っている。
「玄妙」は、1月から3月までのページに用意しようと思っている。
前記のように、表の意味はなかなか奥深いものを感じていて、最近自分の中で気になっている言葉だ。ついでに、裏の意味もなかなかうなずけたりしてニヤケてしまうが、カレンダーの解説では伏せておくつもりだ。
周知のごとく、ひとりの人間が坊主であり彫刻家であるから、在家坊主も彫刻家も分けること無く微妙に関連しながら日々務めているつもりだ。

今年は、坊主である自分の身近な周囲で何時になく沢山のひとが死に沢山の年忌法要があった。母親の死亡、父親の三回忌、法類寺東堂さんの死亡、組寺住職さん夫妻の死亡などなど・・・そういう状態で、彫刻の制作スケジュールを組み込むことはかなりの試練だったと、今更に思う。
宗門の方丈は、毎年正月にその年の遺偈(弟子に残す遺言)を作成する習わしがある。
「オレは坊主の弟子はとらないが、彫刻の弟子はとるよ!」と常々公言しているから、別に自分の遺偈をしたためる責任もないが、それはそれとして、そろそろ宗門の伝承決まりに沿った書き置きでもしておこうかと思い始めている。

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忙しい 

2017/10/24
Tue. 23:06

台風前からスッキリしない天気が続いていて、富山の野外彫刻周辺が整備できないままでいる。
万善寺への通勤坊主も、やっと以前のように日常化して吉田家の出発時間も少しずつ早くなってきた。何もなければ、片道40分から45分くらいで移動できるが、銀山街道の難所が幾つかあって、そのあたりの拡幅整備工事が何年も前から続いているから、停止信号の事情で運が悪いと1時間近くかかることもある。市街地や都会ほどでもないが、朝夕の通勤時間帯には1つの信号で2回くらい捕まることもあって厄介だから、そういう時間帯の移動は避けるようにしている。

再開したブログで六本木の野外彫刻が「台風で大丈夫だろうか?」と書いておいたら、彫刻部委員のHさんが、「大丈夫だったよ!」とSNSを送ってくれた。会の組織委員ともなると自分のこと以上に全体の不具合を気にしておかないといけないこともたくさんあって気が抜けないことだろう。
「台風なんて来るものは来るんだから、家で酒飲みながら彫刻の心配してたってしょうがないじゃない!」
ヘナチョコなチキンオヤジが、ワイフ相手に煮えきらないことを云っていたら、ガツンと叱られた。正にごもっともなことで言い返すことも出来ないし、気を使ってくれたHさんに悪いことをしてしまった。

毎年この時期は彫刻のことで2度ほど東京往復をするし、3年前からは富山の彫刻イベントも始めてしまったから、こうして文字に置き換えるとソコソコ忙し気に思われるだろうが、自分としては特別そう思うこともないし、それなりに暇な時間もあってノンビリと過ごしていられる。それでも、この度のように、2・3日前になって檀家さんから法事の依頼が入ったりすると若干時間調整に苦労することもある。
そもそも、「忙しい」という概念そのものに個人差もあって、その人の職業や環境や経験値など様々な状況を総合してまことに抽象的な感覚に寄りすがって「忙しいのだ!」と認識してしまっているにすぎないのではないかと思うことがある。
自分の場合は、周辺の環境に我身を投じてそれを「ゴクリ!」と飲み込んでしまっているようなところもあるから、そういう状況においては、「忙しくてしょうがない!」と感じることがあまり多くないだけのことだ。
たとえば、こうして毎日通勤坊主をしていても、結界君で往復の2時間弱は惰性で運転しているだけのことでけっこうボォ〜〜っとして過ごしているし、彫刻のことでアレコレととろけた脳味噌にドローイングをしたりしてなかなか有意義だったりする。
境内の庭掃きをしていても熊手や箒で造る真砂土の形状を工夫していたり、草刈り機を振り回していても土地の起伏や稜線の面白い変化に気付いたりして、なにかしら彫刻のことにつながってしまうようなことも多い。

夕食が終わったところで、ワイフが「アナタに私からのプレゼント♡!」と低反発の敷布団マットレスを手渡してくれた。
今夜は良い夢でも見られるかな??・・・と、気がつくとまた雨が降っている・・・

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道楽を極める者 

2017/10/14
Sat. 23:06

「そろそろ、道楽もたいがいにしてお寺のことで頑張ってもらわないといけませんがねぇ〜」
今に始まったことでもないが、何かにつけて前々からそのようなことを檀家さんに言われながら、結局は住職交代もして、「寺を守らにゃぁいけんけぇ〜」が口癖の母親が死んでからは万善寺を1週間と連続して留守にしたことがない。
それこそ、名実ともに「住職」を務めていることが増えたが、だからといって母親のように寺の庫裏の一部屋へ根が生えたように引きこもっているわけでもなく、昼の間は坊主家業で留守がちの「無住職」だし、夜は彫刻家の吉田に変身して石見銀山を拠点にすることも多いから、どちらかといえば「通勤坊主」の暮らしが常態といっていい。
たぶん、私のそのような居所の定まらない暮らしぶりを見るか聞くかして、自分の意に沿わない不満が「道楽」のひと言に集約されているのだろう。

そもそも、「道楽」とは、仏教に語源があって、今で言う世間的な意味合いとは解釈も違ってなかなか高尚で有難く、仏門にある私などはそれを目指すべきこととして大事に思わないといけない生涯の目標とか指針のようなものであったりする。
いちいち理屈をこねてそのようなことを反論しても、正しいとか正しくないとか、対立のもとになって、これも私としてはよろしくないところに結論が落ち着きそうだったりして都合が悪い。
まぁだいたいが、モゴモゴと口の中の曖昧な言葉をツバと一緒に飲み込みつつ、ニコニコと笑顔で首を縦でもなく横でもなく微妙に曖昧に振って切り抜けることにしている。

ついでだが、「極道」も仏教用語で時代時々の高僧は「極道者」と賞賛され崇められたりされるときにもちいられたという、ありがたいお言葉であったのだ。
世の中が変わって、時代の流行や風習の変化にともなって、本来の大事な意味を持ついろいろな物事がねじれ曲がってしまうと、なかなか元に戻れなくなってしまうということは、とても悲しいことだと思う。
現在の私など、「道楽を極める者」と言われているようなもので、身に余るほどの光栄なお言葉をいただいて、ナンチャッテ坊主のヨレヨレオヤジは幸せ者であるのだ!

秋らしく爽やかに澄みきった雨後の半日ほど夕暮れまでそのような都合の良いことを思い巡らしながら、今年最後(・・にしたい)の万善寺草刈りを続けた。
オヤジの一人飯で湯豆腐と残り物のアレコレをツマミに一杯やったあと、インターネットラジで見つけたアラブ音楽を聞きながら「とみ山彫刻 field art work」の回覧チラシをまとめた。アラブ音楽はけっこうマイナー・コードが多くてどこかしら意外だった。やはりシルクロードは東の果ての日本まで続いているのだ。
チラシの草案は余裕をもって完成していたのだが、その後、出品するとかしないとかの作家とのやりとりが手こずって、島根の若い木彫作家グループが最後まで揺れた。
若い作家には、こういう造形とか制作とか発表とかの活動に優柔不断なほどの曖昧さがあることは大事なことだと思う。あまり早うちから自分の世界が固まってしまうのもつまらない。

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文化とは・・・ 

2017/10/13
Fri. 12:50

11月3日は国民の祝日「文化の日」で、手持ちの辞書で定義を検索したら「自由と平和を愛し,文化をすすめることを趣旨とする」とあった。
それじゃぁ、そもそも「文化」とは何かと検索をしたら、限りないほどたくさんの「文化〜」とか「〜文化」とか項目が際限なくなって、めんどくさくなって検索をヤメた。

「とみ山彫刻 field art work」のメインタイトルで企画を練り上げて具体的に開催できたのは2015年だった。
この企画を考えて事業計画を起案して予算を落とし込んで助成金の申請をするまでには、2〜3年かかっていて、まだ石見銀山で現代彫刻小品展を開催できていた頃だった。

大田市で暮らし始めてから30年ほどになって、石見銀山の暮らしも20年は過ぎた。
生まれ育った万善寺の暮らしは15歳で一人暮らしを始めるまでだから、いつの間にかその2倍ほどを大田市の行政区で過ごしていることになる。
自分が住み暮らす地域に根付く文化活動をしようと自覚と責任を持って決めたのは大田市へ引っ越してすぐの頃だった。
自治会名は大田市天神町といって、天神さんのお祭りの時は、境内に屋台が並んで特設の大きなスクリーンには子供相手の映画が映し出されて、まだじゅん君やなっちゃんも小さくて生まれて間もないころのノッチも一緒に家族でひと時を楽しんだ。
その後、仕事の関係で引っ越しをすることになって、石見銀山へ家族の生活の拠点を移した。それから今までの間に4人の子供たちは地域の小学校と中学校を卒業してそれぞれの高校へ進学し、バラバラの大学を経て仕事について今に至っている。

そもそも、「地域に根付く文化活動」とはどういうことなのかと改めて思うに、自分にできることというと彫刻を中心にした美術造形に絡むイベントくらいしか思いつかない。
現在主にお世話になっている助成金母体はしまね文化ファンドさんだが、その事務局担当さんは、美術関連部門の助成金申請が少ないのでその掘り起こしに苦労していらっしゃる様子。結局は、島根県の場合は祭りや神楽や音楽関連の文化活動への助成に偏りすぎているとの誤解もチラホラあるようだ。
そういえば、吉田家の4人の子供たちは全員吹奏楽を経験し、ワイフのお粗末なピアノと、私の吹くホラ?!を併せて家族セッションが出来るまでに音楽漬けの学生生活を送っていた。近所の小さな子が地域の子供神楽団に属していたり、ある意味でその類の文化活動が島根の長い歴史の中で自然に育まれ受け入れられやすい風習を築いてきたのだろう。

彫刻絡みの文化活動といっても、スタートは個人の個展だったり同好の士が集まったグループ展だったりするところがせいぜいで、現代彫刻小品展でやっと10年続いたくらいのことだ。後援依頼や、会場使用申請や広報活動の回覧手続きで教育委員会を中心に市役所へ日参しているが、そこでの指摘というか論点というか、そもそもそのあたりで文化活動の振興啓蒙とは程遠い事務的な内容に揉めることもシバシバだ。
行政マン諸氏にとっては、事業の内容より、書類の不備や費用計算のほうが大事なことであって、文化活動の趣旨とか事業効果とか実績とかには興味が無いようだ。

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今の自分 

2017/07/13
Thu. 23:26

週末から万善寺の一人暮らしに戻る。
石見銀山の吉田家からだと結界君で40分もあれば飯南高原の万善寺へ到着するから、通勤坊主でもなんとかなるのだが、やはり法事の仏事が連続すると往復の時間ロスもあるし、なによりジジイに近いオヤジの体力が徐々に奪われてしまって集中力も続かなくなる。春からはじまった一人暮らしも次第に慣れてきたし、自分の食事の世話を面倒がらなければ経費削減にもなるし、それに面倒臭いお荷物オヤジの世話が減るだけでもワイフの家事負担軽減につながるだろうと恐妻家・・・オット失礼!「愛妻家!!」のボクの愛情でもあるのだ。

この3連休で法事や塔婆回向が続く。
塔婆回向は、長い間続いている地域の弘法大師様の大師講で、お大師様の供養法要の後、参列各家先祖代々供養などの塔婆を一枚一枚和讃で読み上げる。憲正さんからの口伝だが、最近になって少しずつマイオリジナルの節回しが安定するようになって少し気が楽になった。
その、塔婆回向用の塔婆を20枚チョット書き続けて、墨を擦ったついでに連休中の法事の塔婆も4枚書き上げた。筆を使って一文字ずつ書き上げることの大事さは分かっているつもりだが、やはりワープロのキーボード操作に慣れてしまうと、塔婆1枚表裏書き上げるのもナカナカの重労働に思えてしまう。
例のごとく、塔婆の裏書きで使う禅語を幾つか思いつく順に絞り出した。
その1枚に「結果自然成」と書いた。これは昨年の万善寺カレンダーでも書いた。
今の自分をもう一度見直す良い頃合いだろうと思ったからだ。
以下は、そのカレンダーの禅語解説の抜粋。文責はナンチャッテ坊主の私自身である。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「結果自然成」は、「けっかじねんになる」とでも読めばいいかと思います。
この言葉は解釈によっていろいろな意味が考えられます。「成」とは成功を意味したりもしますが、そうすると、「結果的には何をやってもまぁそこそこ成功するものさ!」というように、楽観的な解釈もあるでしょう。さて、どうでしょうか?
私は万善寺住職を引き継いだあとも彫刻を造り続けています。
方丈さんが彫刻を造っているのか、彫刻家が寺の住職を務めているのか、そのあたりの解釈は人それぞれでしょうが、私自身としては、坊さんでも彫刻家でもどちらでもなく、只の一人の人間がそこにいて、それぞれの役割を果たしているということなのです。
万善寺の日常は、そこで彫刻の制作をしていないという只それだけです。
工場で彫刻の仕事をしている時は、自身の修行と寺の作務を重ねあわせて過ごしたりしています。
島根県で小さな彫刻展を企画して開催している時は、これも布教活動だと確信して働いています。
それぞれ何をやっても成功の実感を持つことはありません。
むしろ、今の自分が何をしてきたのか、自分に何が出来るのか、そういうことが大事であって、それが目標になって頑張ることも出来て、結果はそのズゥ~~っと先にあって、自分の行為についてきているだけのことなのです。
ようするに、何もしなければ結果もないということです。
失敗を繰り返しても、それを恐れてなにもしないでいるよりはずっと良いことで、ひょっとしたらいつの間にかそれが人生の生きがいになっているかもしれません。
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ジタバタ 

2017/07/12
Wed. 23:26

不甲斐ない住職のボクはとっくの昔に万善寺の御本尊様から見放されてしまったのだろうなぁ〜・・と、最近のヒマな坊主暮らしをしながらそう思っていたら、こんどの3連休前になって次々と法事やお大師様供養が入って、7月の無収入はなんとか回避できそうな感じになった。
延々と続く万善寺赤字財政に変化はないが、それでも、もらい物の夏野菜に豆腐一丁プラスくらいの贅沢はできそうでありがたい。
吉田家の食卓はワイフの収入にすがってばかりだから、せめて万善寺の一人暮らしくらいは坊主稼ぎでなんとかまかなおうと踏ん張っているところだ。

最近は、坊主暮らしの日常の其処此処で、「息子さんは何歳になられましたね?」とか、「跡継ぎの心配はしとられますかね?」とか、「息子さん得度は済んどったかいネ?」とか、やたらにじゅん君が話題へ登るようになってきた。
誰がどう考えても近未来の発展的展望が皆無の万善寺を次の代へ譲るとか引き継ぐとか、そういう夢の如き話題などいい加減聞き飽きてしまった。
「彫刻の弟子は受付けますが、坊主の弟子はとらないことに決めてますので・・」
その手の話題を振られた時は、だいたいそのように回答することにしている。
やはり、自分の発言にはそれなりの説得力と具体的証明が必要でもあるから、特に彫刻へこだわることもなく、何かしらクリエイティブな路線で気になる周辺の若い人材はできるだけ見逃さないようにして声をかけるようにしている。
末寺坊主と美術を秤にかけると、やはり近未来の発展が望めるのは美術のほうだと思っている。それに何より、自分の苦悩や努力がキチンと正直な結果になって自分に返ってくるところに魅力を感じるし、生きる目標にもなる。

なんとなくノリと勢いで万善寺へ寄宿することになった彫刻家のタマゴちゃんも、早いものでそろそろ住み込みをはじめて1ヶ月が過ぎた。
今は、地元山陰のグループ展へ出品を目標に、木彫を制作している。
それとなくさりげなく、制作の様子を見ていると、この2週間は制作の手が止まって悩み続けているふうに感じる。1作1作、1点1点を大事にすることは良いことだが、それにハマりすぎてコダワリすぎるのも良くない。作家歴の若い頃は抜け出せない制作のラビリンスに迷い込むことがよくある。それも、自分の造形の成長でもあるのだが、自分で気が付かないまま制作の泥沼にハマってしまうと、其処から抜け出すのに相当のエネルギーが必要になる。
今の彼女には、とことんジタバタしてほしいと思っている。

万善寺の庫裏玄関を解錠したら、入り口の土間へノミ跡が残る制作中の木彫があった。
材料の元は、私がストーブの焚付にしようともらって来た杉の丸太。
決して木彫として上等の材料ではないが、その節や木目を工夫しながら粘り強く彫り続けた過程に味があって面白くなりそうだ。
表現のテーマがブレなければ、技術や完成度はついてくるものだ。
今は、ひらめきの積み重ねを素直にかたちの連続へ置き換える作業が大事な時だと思う。

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生き残りの条件 

2017/07/09
Sun. 23:26

ほぼ1日中雨が降り続き、時折猛烈な豪雨になったりして、万善寺の裏庭に溢れた行き場の無い雨水が庫裏の周囲の低地を探して流れ始めるまでになった。
殆どの雨は、そのまま地面の地下に吸い込まれて庭が池のようになるまであふれるようなことなど無いのだが、今日の1日は、完全に地面の許容を越えていた。

境内周辺の草刈りが残っているし、それを終わらせようを、雨のやみ間を待っていたが、とてもやみそうにない状態が続くし、裏山の土砂崩れも心配だから、石見銀山の吉田家へ避難することにした。
この近年の島根県は確実に雨の振り方が変わった。
昔のような夕立程度の降りようではなくなって、排水の処理などどうしようもなくなって、手のつけようがない。
結局は、そういう状況を呆然の眺めていることぐらいしか出来なくて、水の流れる方向や、水の行き場が無くて溜まってしまうしかないところなど確認して、雨が止んで水がひいてから、セッセと真砂土を運んで埋め立てたり水の道を作ってやったりするしか方法が見当たらない。

出雲街道から銀山街道を経由して石見銀山へ向かう間も、局地的集中豪雨に何度か遭遇して、そのたびに結界君を道の脇へ止めて大降りをやり過ごした。
ワイパーの役目などまったく頼りなくて、水中を走っているような感じだ。
江の川の支流もアチコチで増水が確認できたが、断続的な短時間の豪雨なので、なんとか許容の範囲で踏みとどまって濁流を阻止している。
この程度のことだと、江の川の増水もそれほど心配することもないだろうが、それにしても、短時間の降雨量が非常識なほどすごいことになっている。
チキンオヤジは、チンチンも縮み上がるおもいで街道の様子にビビりながら吉田家へたどり着いた。
石見銀山の町並みへ入る頃は、殆ど雨も上がって傘が必要にないほどだった。
こんなことなら、万善寺の出発をもう少し遅らせておけばよかったとも思ったが、あのAppleWatchでも局地的な豪雨は予測不能だし、地球の自然相手にジタバタしてもしょうがないし、今の自分にはせいぜい観音様に手を合わせるくらいしかヤルこともない・・

吉田家は、いつもと変わりなく平静だった。シロの具合が良くなくて、食欲もなくてぐったりしている。それ以外は、特に変わったこともなくてやたらに蒸し暑く不快だった。
動物は本当に正直で嘘がつけない。
調子の悪いシロをクロが極度に警戒している。
自分にとって不易な条件を本能的に排除しようとしているみたいで、そうすることで、自分の生き残りの条件を確保しようとしている感じだ。
まだ小さくて幼いころはそういうこともなかったが、成長して色々な猫なりの知恵もついて脱走も経験して場数も踏んで、身につけた自分なりの生存の手段なのかもしれない。
自然の猛威に抵抗の術もなく、ビクつきながら観音様にすがっているナンチャッテ坊主は、クロの生存に執着する非情な強さに生きる力の具体を教えられた気がする。

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今を生きる 

2017/07/08
Sat. 23:31

〜「“禅的な生き方とは何か”と考えてみると、それはつまり、“今を生きる”ことではないかと思うんです」〜

ダイアン・レイン・・・知ってますか?
吉田よりだいたい10歳くらい若いアメリカの女優さん。
彼女がまだ10代のときだったと思うが、「アウトサイダー」で始めてみた。
おっぱいが大きくて、可愛くてエロチックで・・・そういうことばかり目についた。
よく覚えていないが、ワイフと結婚して島根に帰ってすぐくらいの映画だったと思う。
あの頃は、まだ自分も世間的には「若者だ!」と思っていたから、違和感なくすんなりと映画の世界へ入ることが出来た。
とてもシンプルで、先の読める、ある意味安心して観れる古いタイプの作りが少し物足らない気もしたが、何かとひねくり回した難しい映画も多かった頃だったし、島根県に帰ってから、簡単に軽いノリで娯楽に走ることも難しい時だったから、そこそこ強く印象に残っている。

久しぶりに観た彼女は、美しい熟女になっていて、あのおっぱいも健在で、益々色気が増していた。
華のある女優さんが、まさか「禅」を語るとは想像もしなかった。
色々な役に出逢う中で、自分を捨てて役にハマることの難しさから、精神の平静を保つことは大変なことで、時には自分を見失ってしばらく立ち直れなくなってしまうこともあるようだ。
役者というのはよっぽど強い理性を持っておかないと務まらないのだなぁと思った。
そういう職業だから、よけいに「禅」の世界に救われてきたのかもしれない。
前記の彼女の言葉には、坊主である私がいつも大事に思っていることが実にすんなりと自然にシンプルに表現されていると思う。

正確な所作や、上手なお経や説教が出来ることも大事なことであるのだろうが、もっとそれ以前に飾りのない素直でシンプルな宗教家としての自分の存在を明確に示し伝えることも大事だと思う。
私のように、生まれたときからお寺の境内の中で大きくなって、そのまま惰性で坊主になって、何の疑いもなく当然のように住職にまで決められたルートを手繰り、なにも考えないで、なにも疑問を持たないで、宗教家としての自覚も希薄で、世間の常識を疑うこともなく、坊主としての技量を研鑽するでもなく、毎日を平穏に暮らし通しているような坊さんもけっこう沢山いるようなきがする。

「◯◯寺は、外人の坊さんがいっぱい修行をしている」・・・というような坊主どおしの会話を聞いた。
「僧侶」という職に、人種の違いなど関係ないだろう・・・
大事なのは、修行の積み重ねでナニを求めナニを掴みナニに気づきナニを伝えるか・・そういうあたりのことのような気もしている。

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2018-04