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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

裏庭の桃の木 

2013/04/01
Mon. 07:43

吉田家が現在の家へ引っ越しする前から枝を広げていた桃の木がどうやら枯れてしまったようです。
今年の春は、お彼岸のあたりから急に冷え込んで、朝霜が降りたりする日も多かったので、せっかくの花芽がダメージを受けたのじゃないかと心配していましたが予想は的中で、石見銀山の桜はほぼ全滅状態でガッカリ。
桃の木も最初はそんなところだろうと、少し注意深く眺めていたのですが、枝先の変化がないことに気がついて確かめてみると、もうカラカラに乾いた枯れ木状態。
申し訳程度に水を吸い上げた数本の枝木の先の方で桃色のつぼみが膨らみ始めているくらいで、何となく寂しい春になってしまいました。
思えば昨年の夏は、町の古老も経験しないほどの猛暑が続きました。
それでも緑の葉が茂り、秋になって落葉し、いつもと同じ冬を迎えていたとばかり思っていたのですが、残念です。
吉田家にとってはとても大切な思い出の木の一つですから、何とか再生して生きながらえてほしいものです。

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お隣さん 

2013/03/28
Thu. 09:06

思い返してみると、半年くらいになるだろう去年の秋口に着工した下隣の家も、3月に入ってから外壁の土壁が塗り上がって、少しずつ土色も水気が抜け始めて、当初のみすぼらしい外観から一変して、とても立派な感じに仕上がってきました。
隣の吉田家のトタン屋根が何とも安っぽく感じて、これが世界遺産の保存指定地域でなければ、いっそのこと真っ赤なペンキでも塗ってしまいたいくらいの衝動にかられたりしています。
この下隣の家が完成すると、町内の駒の足自治会家屋の外観だけは全て更新されたことになります。
私が現在の家に入居する時、屋根の一部が抜け落ちて青空が見えていた家を改修したのが20年ほど前のことになりますから、おおよそ300メートルほど続く自治会の家並みも、あの頃から比べるとずいぶん見た目が変わったなぁと思います。
これで、本当は外観修理で終わらないで、全ての家に暮らしが戻ってきたりするともっと良いのですが、なかなか現実はそううまくいかないようです。
現在、駒の足の自治会だけでも空き家が4〜5軒あるし、昼間だけのお店も6〜7軒あって、それらが店じまいする夕方からは、静かで寂しくて暗い町並みに戻ってしまいます。
これから温かくなって、観光さんの増える時期になりますが、なかなか外からだけでは、このような現実の実態は見えにくいものですね。

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春ですなぁ・・ 

2013/03/23
Sat. 07:56

気がつけば3月も終わりに近づいています。
この時期、良い天気が続くと朝方の放射冷却が厳しくて、あたり一面が霜で白く染まったりしています。
そろそろ春の温かさに慣れはじめたオヤジの身体は、急激な温度変化についていけなくて悲鳴をあげています。

お彼岸の中日が過ぎてこの3日間、ホームページのデータつくりもスラスラ順調にはかどっています。
何とか3月中に最新版の現代彫刻小品展告知や、出品彫刻のウエブギャラリーなどを完成させて、4月からの広報準備に弾みをつけたいと思っています。

冬の間店じまいをしていた石見銀山町内のお店も営業が再開されはじめ、観光さんもしだいに増えてきました。
梅も満開になり、桜の芽もほころびはじめました。
吉田家裏庭もあちこちで春の花が咲きはじめ、華やいできました。
毎年のことながら、何となくこの時期ウキウキしてしまうのは、オヤジだけでしょうか?

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3年ぶりの卒業式 

2013/03/20
Wed. 08:55

吉田家のキーポンが小学校を卒業した時は、同級生と二人。
その次の年から3年間、小学校の卒業式が無いまま今年まで続き、久々に3人の大森っ子が卒業しました。
彼女が小学校へ通っている間が、大森小学校140年の歴史の中で一番児童の少ない時代だったようです。
少人数の共同生活は、隣近所や年の差関係なく兄弟姉妹のような暮らしぶりで、それはそれで我慢もいっぱいしつつ、我が侭もいいあって、皆の顔や性格がキッチリ頭に入って、おまけにお父さんやお母さんの顔まで覚えられ、町ぐるみで小学校に通う子供たちを育てているような、今どきあり得ないような環境の中で子供たちはスクスクと育っていたのだと思います。
3人の卒業式に、集まった来賓が17人。
校長先生も、転入して以来はじめての卒業式とあって感慨もひとしお。
ビックリするほどの大きな子供たちの歌声が古びた体育館に響きわたり、送るほうも送られるほうも、涙を流しながら必死で歌い上げた大森小学校オリジナルソング。
最近、めっきり涙もろくなったオヤジは、校歌を歌う声が裏返ったりしてプチ醜態をみせたりしてしまいました。
どんなに小さな学校でも、それが町に一つあるだけで1年の節目が潤って瑞々しくあり続けられることを実感した1日でした。

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強風 

2013/03/18
Mon. 07:57

今年も、裏庭のヒュウガミズキが満開に咲きました。
ついこの前は、まだつぼみも堅くて開花の気配などなかったのに、書斎に引きこもってデスクワークなどしている間に、いつの間にか細い小枝に黄色い小さな花がいっぱい。

夜も朝近くなって、ガタピシの吉田家があちこちで悲鳴をあげるようになって、何か何処か壊れたりしていないか、夜が明けてから見回ってきたところです。
石見銀山で、こんなに強風が吹き荒れるのは久々です。
山陰本線の列車は強風がやわらぐまで確実にストップして、何処かの駅で停まっているでしょう。

春一番にはあまりにも強すぎる風で、せっかく咲いたミズキが散ってしまわないかと心配。
昨日の初午さんとお彼岸のおつとめは、おだやかな春の日差しで包まれていたのに・・
自然の変化に一喜一憂する自分の小ささを自覚した朝でした。

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雪のない毎日 

2013/01/25
Fri. 11:04

天気予報では雪が降るようなことをいっていますが、石見銀山は朝方に申し訳程度の粉雪がパラついたくらい。
今年の冬は拍子抜けしたように過ごしやすい日々が続いています。

週末は、49日の法事が入っていて、今日はこれからその準備。
彫刻の試作はひとまず中断して、塔婆を書いたり、法衣を用意したり、法式の段取りをつくったり・・・
万善寺にとっては、1年に1回のお葬式だったので、そこまで期間が開くと覚えていた段取りもあやふやになって、結局はじめから作り直したほうが早かったりします。

・・そんな感じで、今週も1週間があわただしく過ぎていきます。
朝方の用事があったので、久しぶりにワイフのカーゴでキーポンを送ってきたところです。
こうして雪の無い毎日を過ごしていると、送迎の道筋に所々残る落葉の林が秋に逆戻りしたように錯覚してして見えて、不思議な気持ちになります。

東京暮らしの娘達の様子を聞くと、あちらの方は久々に大雪が降ったりして、雪に慣れない人たちの暮らしは結構大変な様子です。
個人的見解で、根拠の無い話ですが、東京で雪が降る年は、島根県は比較的過ごしやすい冬になっているようです。

私の10年の東京暮らしの間にも2〜3回は、雪で大騒ぎになっていたなぁと思い出したりします。
昔は、3月3日のお雛さまの日から国立の入学試験があって、だいたい東京ではその頃にシーズン最後のおさめ雪が降ることが多くて、受験生達の中には、大騒ぎして平常心が狂って日頃の実力を十分に発揮出来ないまま、浪人暮らしに入る・・・といった可哀想な連中が私の周辺にも結構いたものです。
私の場合は、日頃の実力通り、何の動揺もなく平常心で浪人暮らしに溶け込んでいったわけですが、当初の浪人暮らしの予定が繰り上がって1年早く滑り込み合格したのは、多分、その年のおさめ雪で滑って転んだ誰かの身代わりだったのだろうなぁ・・と、漠然とそのような結論で納得したりしていました。

東京のような大都会だと、日本全国から人々が集まってきているし、諸々最先端の暮らしが常に提供されている訳ですから、少々の雪くらいどうでもないだろうと思っていましたが、かえって、田舎のように何もなくて不便なくらいの方が、日頃から暮らしの応用力が身についてしぶとかったりするのかも知れません。
そんなことを思いながら、燃料代を節約して、ストーブに薪をくべながらヌクヌクしているところです。

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そろそろ大寒 

2013/01/17
Thu. 09:32

石見銀山は、降り続く雨が、どうやら雪に変わりそうな様子。

キーポンを学校まで送ってみると、高校周辺にシャーベット状の雪が残っています。
帰りがけには、スリップで対抗車線のノリ面へ乗り上げたワンボックスが、通り掛かりのドライバー達に救助されているところへ遭遇。
石見銀山町内までもどると、屋根に雪をタップリ積んだ軽自動車がすれ違います。

20日は大寒なので、そろそろひと荒れするかも知れないと思っていましたが、どうやらその予想も、当たらずといって遠からず・・・といったところでしょうか。

私の方は、石見銀山へ帰るとすぐに、ストーブ燃料の薪を補充したので、若干余裕。
寺で造りかけていた手乗り彫刻を再開し、一気に完成間近まで進んだところ。
仕事から帰ってきたワイフが、しきりに「おじょぉ〜ず」を連発。
自分のメインテーマからはチョット横道にそれたあたりの軽さで仕事をしているところへ、そのような言葉を投げ掛けられると、褒められているのか、けなされているのか、どうも解釈が難しくて、どう返事をして良いのか困ってしまいます。
それでも、1月になってはじめて頂いた彫刻の仕事ですから、準備も万全にしておきたいし、気持ちを引き締めて、丁寧に造り込んでいこうと思っています。

2013年の石見銀山暮らしが、ゆっくりスタートしはじめた感じです。

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石見銀山暮らし復活 

2013/01/15
Tue. 07:41

1週間が本当に早く感じる1月です。
つい少し前に改良衣に長靴という、何ともサマにならない坊主姿でお邪魔した七日務めですが、その5・7日当日がやってきました。

東京の方では、今年初めての大雪??になったとかで、結構大騒ぎの成人式になったようですが、島根の万善寺あたりも、とんど祭りの最中、水をタップリ含んだ、だらしない重たいだけの雪が断続的に降ったりして、雪解けの風景が、一晩1日で一面真っ白の冬景色に逆戻りしました。

東京暮らしのなっちゃんは、久々の雪に大はしゃぎだった様子。
インフルエンザが直ったばかりの病み上がりなのに、早くも完全復活しているようで、オヤジもチョット安心しました。

延々続く寺暮らしでは、年末最後のスーパーで、東堂さんが目の色を変えて、手当たり次第に買って帰った牛や豚の肉を解凍し、和風洋風つくり分けながら、オヤジ手料理の夕食でジジババ一緒に熱燗を一杯。
おおむね体調の回復した様子の東堂さんにひと安心。

そうこうしていると、キーポンから写真メールが届きました。
オヤジのいない留守を謳歌しているのか・・解釈が微妙でありますが・・
オシャレで上手そうな手づくりパン。
それに・・・
ピアノの発表会の慰労が大阪王将。
何のご褒美なのか意味不明のケンタッキー。
まったく、「このヤロー!」な暮らしぶりが漏れ聞こえてきます。

ジャンクフード大好きのオコチャマオヤジは、キーポン撮影の美味しそうな写真を見ながら指をくわえるしかありません。
そんなこともあって、疎外感でウツになりそうだし、東堂さんも落ち着いているし、ひとまず、寺暮らしを切り上げることにしました。
しばらくは、石見銀山暮らしが続く予定です!・・が・・、どうなることやら・・

写真

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火の用心 

2013/01/11
Fri. 09:30

「あれぇ〜、火の用心が新しくなってるぅ〜」
何時ものように、部活帰りのキーポンを学校でひろって石見銀山まで帰ってくると、すっかり日も落ちて、暗い町並みの暗い街灯の下にある消防の看板が更新されているのを、彼女が目ざとく見つけました。

安全運転のオヤジは、脇目もふらず前と後ろばかり見ていますから、全然気がつきませんでしたが、その後数日間、ずぅ〜っと気になっていて、明るいうちに見ておこうと思っていたのに、昼の間は寺に缶詰めですからそれもならず、キーポンを学校へ送り届けたあと、やっと本日確認することが出来ました。

まぁ、たかが看板ですから、そんなに気にする必要もないのですが、なんとなく今は無き昔の古ぼけてくすんだ看板が好きで、石見銀山の町並みを取材を兼ねた散歩の途中では、結構マメにチェックしていたポイントの一つだったのです。

特に、看板の好き嫌いとは関係のない話ですが・・・

石見銀山は寛政12年に、俗にいう「寛政の大火」があって、その時の風向きの関係で、町並みの大半を消失した苦い歴史があります。
それが元で、現在の町並みは、ほとんどが築200年チョットの古民家なのに、吉田家は、その大火の火元の風上にあった関係で、それより100年近く古い建築で、20年ほど前の改築の時も、市役所の教育委員会関係職員や保存修復の専門家などの調査がかなりしつこく続けられました。
専門家曰く、大火以降の建築物は、瓦屋根にすることを義務づけられたとか。
ソギ葺きが主流だった当時の民家を、火災予防のための瓦葺きに代えるくらいですから、当時の石見銀山がどれほど大切に守られていたかが偲ばれます。

そんな歴史のこともあってか、町内の消防団の皆さんは、ことあるごとに、とても熱心に防災の呼びかけをして回っていらっしゃいます。
町民みんなで町を守ることの大切さを、身をもって示していただいているようで頭が下がります。
きっと、この度の看板更新も、その現れの一つだったのでしょう。
そのような大儀の活動に、水を差すような発言は慎まなければいけません!・・・と思いつつ、やっぱり以前が気になって、写真資料の中から見つけ出した昔の看板を懐かしがったりしたところです。

IMG_6755.jpg新品の看板

IMG_0927.jpg昔の看板

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大森小学校収穫祭 

2012/12/22
Sat. 07:37

石見銀山のど真ん中にある大森小学校の収穫祭へ行ってきました。
その日は、二学期の終業式の日でもあります。

今の校長先生になってから、しだいになんともいえないアットホームなワイワイガヤガヤ終業式に変化して、いつのまにかこのようなパターンが定着しています。
校長先生が大森小学校へやってきてから、入学式がなかったり、卒業式がなかったりして、それほど極小規模の小学校だったのですが、それだからよけいに、他の一般の学校では出来ないこともいっぱいあって、先生方一人一人の工夫もあって、色々な家庭の事情を抱えている子供たちも、学校では生き生きと元気に暮すことが出来ています。

子供たちが少ないと、保護者も結構忙しくなります。
保護者も仕事や用事があって忙しかったりすると、私のような地域の暇人や、元気なお年寄りや、孫の面倒を見ているジジババがちょくちょく学校へ出かけたりします。
消防団は、時期になると大森小学校草刈り隊を結成します。
駐在所のお巡りさんは、雨の日も風の気も子供たちの登校を見守ってくれていて、そんな功労もあって、この間、警察関係の結構立派な授賞式がありました。
通学路のアチコチには、朝のゴミだしついでのお母さんやおばあちゃんが、登校の子供たちにおはようの声をかけます。

そんな感じで、我が町の木造小学校は、統合や廃校の波を、何度となく乗り切ってきました。
そして、このたびの収穫祭が出来ている訳です。
子供たちと、助っ人の働き者じいさんが育てた大根やじゃがいものたっぷり入ったおでんは、前日からお母さん達が集まってセッセとつくりました。
学校の隣のお寺の畑を借りて作った蕎麦は、お昼休み返上の子供たちが、石臼でひいた本格的な田舎蕎麦に仕上がりました。
大根の漬物は、校長先生の力作。
そして、当日の私は、ナンチャッテ蕎麦打ち職人。
鐘つきのバチを延べ棒に持ち替えて、久々に良い汗をかきました。
予定の時間を軽くオーバーした、とても楽しい収穫祭でした。

・・・ところで、肝心の終業式はちゃんと出来たのでしょうかねぇ・・・

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学年ごとに感謝の言葉発表
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校長先生自ら蕎麦打ち指導

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おおもりっ子発表会 

2012/12/19
Wed. 07:27

毎年楽しみにしていた大森っ子発表会を見ることが出来ませんでした。

大森幼稚園と大森小学校へ通う子供たち全員を見ることが出来るのは、この発表会と町民運動会の2回だけ。
今年の運動会は雨で流れたので、子供たちだけで体育館を使って競技をしたそうです。
そして、発表会の方は、私の寺の仏事が重なってしまいました。

我が子も一緒でしたが、中学校を卒業するまで、子供たちはものすごいスピードで成長するので、1年も見ないでいると、身体つきや顔つきがどんどん変わっていきます。
寝る前のひととき、ワイフが激写してくれた写真を見ながら、一人でニヤついていました。
吉田家のいたずらネコチャンズもかわいいのですが、やはり、人間の子供のかわいさは別格ですなぁ〜。

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石見銀山雪の朝 

2012/12/12
Wed. 06:00

昨日は東堂さんの通院の日だったので、朝から雪の様子などチェックしながら1日の予定を調整していたのですが、彼の現状と、寺の周辺事情をみると、無理をして外出しないほうが良いという結論に達し、私が代わりに検査結果を聞き取ることにして、ひとまず病院へ向かうことにしました。

道中、断続的な吹雪だったり、みぞれに変わったり、なかなか落ち着かないまま、めまぐるしく天候が変化していましたが、結局出雲に入るとそれらが嘘のように晴れ渡り、道も乾いた状態。

天気予報も「ところによって雪になるでしょう・・」などと曖昧に言葉を濁していましたが、まさに、そのような状態で、これではツッコミも入れられません。

結果、認知症の進行は足踏み状態で、どうやら薬が効いている様子。
「経過が良好なので、このまま様子を見ましょう!」ということになって、ホッと一安心。
年末も押し迫って、心配の種が一つ減ったところです。

一夜明けて、キーポンの送りがあるので雪の様子を見ると、石見銀山はやっぱり降っていました。
それでも、思ったより冷え込んでもいないし、風もないので、まぁ、このくらいだったら常識の圏内でしょう。

あとは、肝心のキーポンが、朝の用事をチャッチャッとすませてくれるだけです。
・・・が、それがいちばんやっかいかも・・

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石見銀山の月 

2012/12/01
Sat. 04:38

久々にお月さんを見たような気がします。

このところ、延々と現代彫刻小品展の要綱作成と要望書改定のやり取りで、日の目を見ることなく篭りっ放しの日々が続いています。
しばらく続いていた雨模様も、ひとまず改善した数日が続いたかと思うと、また天候が不安定になりはじめて、最近では目まぐるしく1日が変化して、またまた先の読めない毎日が続いています。

相手のある、待ちの日々が日課のようになってくると、自分のスケジュールなど無いに等しくなって、そんなもんだと軽く考えておかないと、イライラがつのるばかりです。

日も短くなった石見銀山は、アッという間に周辺が暗闇になって、衰えた視力を振り絞って真っ暗の町並みを歩いていると、なにやら世間が明るく見えて、若干視力を持ち直したのかな?と勘違いして空を見たら、雲の端からお月さまがポッカリ。

「なぁ〜んだ、お月さまが出てたのかぁ〜」

そういえば、このところ、のんびりと空を見上げることもなかったなぁ・・

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鍋じゃ鍋じゃ 

2012/11/23
Fri. 10:47

おはようございまぁ〜す!
・・って、すでにお昼前。

いやぁ〜、久々に爆睡しました。

・・・という訳で、昨夜は鍋で盛り上がりました。

アンコウ鍋・・・うまかったなぁ〜
はかた鍋・・・・肉団子絶品
鯖鍋・・・・・・癖になりそう・・
〆の雑炊も完食!

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発展性のないうちあげ話 

2012/11/22
Thu. 06:06

この前から、若干集中して次回現代彫刻小品展の事務処理をしているところです。
諸々の事情で、ホームページの制作が遅れているところへ、それをジャンプして次の展覧会の準備に入ったことになります。

11月から12月にかけては、万善寺の年回法事もなりをひそめ、あとは年末年始の作務を続けるだけの静かな毎日が続きます。
このような時に、彫刻関係の用事を入れておかないと、間際になって焦ってしまうことになります。
結構真剣に、そんなことも考えながら早めに取り掛かったデスクワークでしたが、まずは、予算獲得の段階でつまずいています。
自己資金が充実していたらこのようなことはないのですが、ふがいない話です。

そのような悶々とした1週間になろうなどとは、思ってもいなかった頃に、梅の店のハルちゃんと企画したのが鍋の会。
今年の現代彫刻小品展では、期間中毎日のように昼夜問わずお世話になった梅の店ですが、事後処理のドタバタで、そのお礼もまともに出来ていなかったのでフラリと立ち寄って、ついでにトントン拍子に話が盛り上がって鍋の会決行・・となったしだいです。

せいぜい15人ほどで満席になるお店スペースですが、その位の方がかえってアットホームな気楽さもあるので、ピッタリ吉田サイズでもあるわけです。
まずは手分けして隣近所に声をかけたら、アッという間に定員達成。

後出しチョンボのようなチラシポスターですが、今後のご参考までに(??)お見せしておきましょう。
100%裏メニュー・・ハルちゃんオリジナルの鍋が楽しめます。
そのうち、第2弾あたりが、あなたのお手元へ届くかも知れません。
まだ、現代彫刻小品展の事務処理でつまずく前の、比較的余裕をぶっこいていた頃の労作です。

ちなみにfacebookではひと足お先にお目見えのネタです。あしからず・・

先走り特別企画

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井戸神社の紅葉 

2012/11/19
Mon. 07:37

最近の高校生は休み無く毎日のように通学しています。
・・といっても、我が娘の事情しか分かりませんが・・

ということで、あいもかわらずワイフか私のどちらかでキーポンの送り迎えをしている分けですが、昨日の日曜日は、石見銀山の文化祭と重なって、ワイフはすでに7時前から会場へ出勤。
ジジイに近い私と三つ違いのワイフなのに、婦人会メンバーでは若手。
石見銀山の高齢化事情がつぶさに見えてきます。

とはいえ、ご意見番ぞろいのお姉さま方の叱咤をおそれて寄りつかない若奥様方も結構いっぱいいらっしゃって、彼女たちは、天下の無認可幼稚園のバザーなどでセッセと働いていらっしゃいます。

珍しくキーポンの部活が午前中で終わったので、父娘そろって、文化祭見学と、ワイフの表敬訪問。
その後、誕生日まであと10日に迫ったキーポンにプレゼントをせがまれて、町内にある石のお店でほぼ1時間。
・・まぁ、女性の買い物は時間がかかります。
オヤジの方は、アレコレ悩みながらお目当てを探し続けるキーポンのお付き合いに飽きて、それまで、お顔は知っているものの、会話のほとんど無かったお店のお姉さんと、時折オヤジギャグなどかましながら、とりとめのない会話を楽しんだりもしてひまつぶし。

昔は(といっても、私など石見銀山暮らし20年の歴史しかないわけですが・・)、町内にある井戸神社秋の例祭と併せて文化祭が行われていました。
その後、色々な事情で現在のような形で開催されるようになりました。
住民の人口減と高齢化は、そのまま手間数も減っていくことになるし、なかなか町内のお祭りごとも開催の維持継続が難しい状況です。

井戸神社に回ってみると、ひっそりと人影もない境内で、最近の悪天候に絶えたカエデが美しく紅葉していました。

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雨上がりの石見銀山 

2012/11/18
Sun. 07:06

貴重な雨上がりの1日、久々に石見銀山の町内を散策しました。

もう、この町へ移り暮して20年が過ぎます。
20年前の石見銀山は、世界遺産の話などカケラも出てこなくて、閑散としたゴーストタウンでした。

その頃からくらべると、「これが同じ町か?」と思うほど徹底的に人の手が入って、かくいう我が家もその1軒。
当時は、町内の有志が運動を起こして獲得した、重要伝統的建造物群保存地区(やたら長い)の指定がされてしばらくの頃で、「さて、これからこの町をどのように維持していこうか?」と、模索していた時期でもありました。
そのような状態ですから、まだ行政も本格的に動いて何をするわけでもなく、とにかく、地元有志が時折集まって、善後策を話しあう程度の動きがあったほどのことでした。
それでも、行政職員の一部で熱く燃えているメンバーがいて、彼らのネットワークを活かしながら、ささやかな補助金を元手に「視察」と称した観光旅行などをしつつ、地道に石見銀山の保存活用の方向性を具体化しはじめてもいました。

町並みには、住む人もいない空き家が点在し、次第に傾き、ある日突然倒壊が始まって手がつけられなくなってしまう・・という、維持限界の家が結構あって、吉田が住む前の家も、玄関先から天井を見上げると、屋根裏を通り越して空がチラチラ見えたりするような状態でした。
石見銀山の場合、10年落ちの中古車価格で購入出来るほどのあばら屋も、保存地区の網がかかって、修繕費用はかさむ一方。
結局気がつくとツー・バイ・フォーで新築したほうが安くついたりするようなことが常識になって、高齢化年金暮らしの集合体のような町は、そのような財力も気力もないまま元気なく停滞していたところへ、県知事の鶴の一声の石見銀山世界遺産登録発言。

そうやって保存修復が延々10年以上続いて、今年が世界遺産登録5周年を迎えたわけであります。
気がつけば、町並みからは電柱が消え、サッシが減り、瓦は来待の赤瓦に代わり、酸性雨で5年ともたない銅ぶきの雨どいが常識になり、観光ガイドさんとベロタクシーとレンタサイクルで、町並みをチラ見しながら足早に通過する観光さんたち・・・
そんな気ぜわしくにぎやかな町に変わっていました。

はたして、それで良かったのか・・・
観光さんたちに遠慮しながら暮している地元住民に、暮らしの安らぎはあるのか・・・
過ぎたことをむし返してもしょうがないし、先を見て生きるしかありません。
なかなか判断に苦しむところであります。

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石見銀山冬間近 

2012/11/17
Sat. 07:20

久々に晴れ渡った石見銀山の限りなく冬に近い秋の1日。
この好日を逃すまいと、朝から町内取材に出かけてきました。

石見銀山の吉田家と同じ自治会にある、曹洞宗の古刹栄泉寺歴代の住職は、期間の長短あるものの、それぞれにとても魅力のある僧侶が在職していて、江戸末期19世仏乗さんもその一人。
名僧と称された上に、画才も豊かで、数々の仏画を残し、好事家のあいだでは珍重され、軸物になって石見銀山をはじめ大田市各所の床の間を飾ったりしています。

来年の現代彫刻小品展では、仏乗さんの描き残した仏画の中から、達磨さんをとりあげて石彫に置き換えてみたらどうかと思っています。
栄泉寺にある達磨さんは、とても珍しい立ち姿。
おまけに、面壁九年で足も退化したといわれる達磨さんの両足まで描いてある珍品です。

朝も早くから住職さんを起こして、その軸を掛けてもらって、しばし仏乗談義。
そのうち、坊主家業の悲哀を吐露しあって、都市部の坊主の悪行を嘆き、田舎坊主の傷をなめあい、そんな大話で軽く小1時間が過ぎて、お互いふと現実に戻って、若干改まった挨拶を交わしておいとま。

その後、市役所の重職(今度は住職ではない)と、展覧会予算獲得の下話。
現代彫刻小品展に併せた何本かの企画を提案してみたものの、芸術文化の曖昧さに若干引きぎみの重職さんへ、ひとまず関係書類を手渡してそそくさとおいとま。

せっかくの良い天気なので、久々に石見銀山地内を一回りしてみると、知らない間にあちこちに新しい店などが開店していてビックリ。
そういえば、今年の観光シーズンは、ことごとく東堂さん絡みで万善寺暮らしばかりだったなぁと、記憶をふり返ってみたところです。

銀山地内の入口あたりにある大森小学校では、正面階段横の銀杏がザックリと大剪定されてみすぼらしくなっていました。
子供たちは、久々に雨のあがった放課後下校前のひとときを、変わらず元気に遊んで過ごしていました。

友達の少ないシャイな吉田ですが、それでも行く先々で町内の皆さんに声をかけてもらったりして、とりとめのない会話が、なりゆきで次第にもりあがって大話になったりして、何となく良い気持ちになって調子にのっていると、いつの間にか陽が傾いて肌寒くなっていたりして、あわてて帰宅したところです。

気持ちの良い1日が過ぎて一夜明けると、またもや冷たい雨。
石見銀山は確実に一歩ずつ冬に近づいています。

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雨じゃ雨じゃまた雨じゃ 

2012/11/15
Thu. 07:49

朝の目覚めは、また屋根を叩く雨音。
今日は、外仕事の日。
この様子だと、カッパで作業。
もう、気持ちを切り替えるしかありません。
・・・でも、濡れるのやだなぁ・・・

寝起きの悪いキーポンは、朝から機嫌が悪くてプリプリしているし・・
ネコチャンズは、雨音に負けないくらい朝っぱらからドタバタ大騒ぎで走り回るし・・
どちらかというと雨男で、そんなに嫌いでもない雨降りも、ここまでダラダラ毎日続くと、気分もしだいに湿ってしまいます。

本日の石見銀山は、終日雨模様のようです。
ケガしないように、気持ちを切り替えて乗り切ります!

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風神さん雷神さん 

2012/11/14
Wed. 08:47

このところワイフがお休みなのと、私の書類作成と、おまけに天気が悪いのが重なって、朝に焚き付けたストーブが、夜寝るまで燃え続けています。

石見銀山の昨日は、昼間からものすごい悪天候で、時折我が家の薄いトタン屋根を雹が叩きつけたり、煙突が倒れるのではないかと心配なほどの突風が過ぎていったり、夕方から夜になると空が光りはじめて、寝る前にはドカンとけたたましく雷が鳴りはじめたりと、まぁ、なんともにぎやかな1日でした。

パソコンのデスクワークも、常時通電しているデスクトップが心配で、それこそ太ももをデスク代わりに、ラップトップでプチプチキーボードを叩いたりしていました。

キーポンは今年に入って何回目かの貴重な休部だったのに、このような悪天候でしたから、さりげなく何気なく、適当に都合の良い言い訳をつけて、久々に私とワイフの間へ潜り込んで、
「風神さんと雷神さんが怒ってるよ!」
などと、しおらしいことをいっていました。
まったく、高校生にもなっても、何時までもオコチャマチキンです。
もっとも、酉年のワイフとチキンオヤジの子だから仕方ないのかも知れませんが・・

にぎやかな一夜が明けた石見銀山は、未だに時折思い出したように雨が落ちたりして、町全体がシットリとぬれています。
だらしない秋の紅葉も、昨夜の風神さんと雷神さんのおかげで、見る影もありません。
これから、今年最後の観光連休なのに、残念なことです。

さて、ネコチャンズの日課になっている朝の過激な運動会も治まったし、本日中に彫刻展関係の書類を完成させるべく、気持ちを切り替えましょう!

・・・と、その前にコーヒーを一杯。
それから、iTunesのPodcastをチェックして・・と・・

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2020-06