工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

石見銀山群言堂辺り 

2016/09/09
Fri. 22:20

島根は・・というか、石見銀山や飯南高原は残暑が結構厳しい。
ワイフの時間講師が日程変更で休みになったから、温泉にでも出かけて疲れを癒やそうと相談していたら、万善寺絡みの電話が立て続けに2箇所からかかってきて、計画は露と消えた。
こういう突然の仏事依頼も、弱小末寺としてはありがたいことだし特に断る理由もないから、時間の前後を調整して改良衣に着替えて結界くんへ乗り込んだ。
街道沿いの川が水かさを増して濁流になっている。夜のうちに降り続いていた雨は結構な量だったようだ。

少しの修繕でお墓をイジることになったから、お先祖様に叱られても大変だし、お経を一つ読んでおいてもらえば気持ちも楽になるからと依頼のあった施主さんは、ピオーネを作っている農家でもある。電話がかかってきた時は、てっきりその葡萄のことかと勘違いしてしまった。
飯南高原では毎年今頃になると葡萄の収穫が最盛期を迎える。今年は雨も少なくて暑い日が続いたから葡萄にとっては良かったという話を聞いていたので、お墓のおつとめが終わって、お茶をいただきながらそんな話をしながら「ところで、今日は葡萄の出荷は終わったんですか?」と聞いてみたら、昨日のうちに道の駅まで持って行ったから今朝は残り物しか無いとのことだった。在庫があったら幾つか買って帰ろうと期待していたのにそういうことで落胆していたら、あまり良いものでもないがそれで良ければ少しあるということで、それにパクリと食いついて2パックほど格安でもらった。

もう一軒は観音さんの供養。
もう随分長い間なにもしないでほったらかしにされてあった。家の事情も色いろあるだろが、私が代替わりしてから後すでに10年近くは経っているし、その間何も観音さんのことなど聞くこともなかった。その年月の埋め合わせにもならないだろうが、とにかく、小雨の降るなか、道端の観音堂の前で傘をさしながら携帯用の木魚を叩き続けた。

お昼を少し過ぎてから石見銀山へ帰宅したら、ワイフが昼食を作ってくれていた。
久しぶりに石見銀山の自宅に落ち着いて2日目になる。
ワイフも休みで、せっかくだから近所のお店でお茶でも飲もうと決めた。昼間からのんびりと町並みへ出かけるのも今年になってはじめてのことかも知れない。
ついでに、その店の2階で始まっている「モッタイナイス展」も観ておくことにした。会場には、展覧会初日の早朝になってお店の入り口へ搬入しておいた私の椅子がワイフの椅子と並んで展示してあった。出品者の半分くらいは前から知っている。
いつも彫刻展の企画でお世話になっている棟梁が作った椅子もあった。昔少しほど付き合いのあった木工の家具職人さんも手の込んだ力作を出品していた。ディスプレイ作家のお姉さんやエスニック料理店の店長さんも造っていた。
売る気満々の出店者もあって、展覧会コンセプトがいかにも雑貨屋企画というところが面白いといえばそう言えるのかもしれない。
自分で言うのも嫌らしいことだが、吉田夫婦の椅子は会場で異彩を放っていた。

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猫騒動 

2015/06/23
Tue. 23:20

石見銀山では、駒の足自治会に吉田家がある。
全戸で二十数件の自治会だが、独居老人のお宅や、独身社宅の共同生活や、昼間だけの商店もあって、島根県の過疎地事情がそのまま駒の足自治会の事情にシンクロしている。
先ほどまで、その自治会の常会へ出席していた。
私は今年初めての出席になる。
それほど、吉田家の運営はワイフに任せっきりという訳だ。

いくつかあった議題のメインは恒例の史跡清掃のことだった。
先日、石見銀山の山に入って史跡巡りをしていた一般の観光さんが、落石の下敷きになって死亡する事故が起きた。そのこともあって、急きょ島根県と大田市の関係機関担当者から今後の対策説明を受けたことの報告があった。
レンタサイクルの交通障害も問題になっているようだ。観光さんの自転車マナーが悪いことが原因らしい。最近ブームが再熱しているツーリングバイクも石見銀山の町並みへ入り込んでくることが増えた。
梅雨に入って、集中豪雨などの水害や災害が増える時期にもなって、町民の間にはなにかと不安が広がっている。
自治会長さんを中心に、そういう色々な不具合の報告を受けて皆さんそれぞれに重く受け止めて表情も何となく暗い感じのまま時間が過ぎた。

予定の議題も終わって散会の間際に、野良猫や飼い猫のわるさのことが苦情として報告された。
たしかに、石見銀山のこの近年は、常軌を逸するほどのスピードで猫が増えた。町並みの約2kmの間で、猫屋敷が4箇所ほど確認されている。一箇所は無住の民家で繁殖してしまったらしいが、あとはすべて飼い主がいて躾もないまま放し飼いになっているらしい。
その1軒が駒の足自治会にある。だいたいに、飼い主が終日自宅にいないで、夜遅くに帰宅する生活をしているから、そこで暮す猫達は自由きわまりなく活動して、隣近所のお宅へ迷惑をかけてしまっているようだ。
猫を飼わない家からすると、猫のかわいさなどわかるはずもなく、ましてや猫の取り扱いなど知らないまま猫達の気ままで自由な行動に翻弄されるばかりで始末が悪いし我慢も限界に達している。
吉田家のネコチャンズは時々人間の不注意で脱走する程度で、1年のほとんどを家猫のまま気楽に寝て過ごしている。
常会出席の皆さんの話を総合して整理してわかったことだが、駒の足には2匹の野良猫が入り浸っているらしい。お目当ては避妊をしていないフェロモン垂れ流しでウロウロしているその猫屋敷の猫達。
家猫野良猫入り乱れてアチコチで悪さをしているらしいから、これは猫の同居人としては知らんフリの聞かないフリで無視する訳にもいかない。
せめて飼い主として避妊とトイレの躾だけでも最低限のマナーとして理解してもらいたいものだ。かわいいだけでは猫はまともに育たない。
もっとも、人間の子供だって同じことだけどね。

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吉田家の歴史 

2014/06/08
Sun. 07:31

吉田家が石見銀山で暮すようになって20年は過ぎていると思う。
最初は大森小学校のすぐ近くの銀山地内に住んでいた。
彫刻の工場というか作業場というか、自宅裏の畑をつぶして彫刻が制作できる機械やガスや工具などをならべてブルーシートでテントを造って、そういうところで仕事をしていた。

その頃は、石見銀山も今のように賑やかではなくて、夕方になると人影が絶え、あとは獣達の世界に変わっていた。
「吉田さん狸飼ってるの?」と聞かれたこともある。
じゅん君が1年生で大森小学校へ通いはじめていて、友達が代官所前の駐車場をうろついていた野良の子犬を捕獲して、じゅん君をたよりに連れてきて、結局シェパと命名して吉田家の飼い犬になったばかりだった。
まだ子犬のシェパが狸にビビっておとなしかったのかどうか分からないが、狸の方は犬の餌を狙って出没していたのだろう。

テントを張って工場にする少し前には、裏の濡れ縁で漁師が猟銃を持って悪さをする猿の集団を待ちかまえていたこともあった。
まだ若くて元気だった寺のおかみさんが、孫の子守りに来てくれていた時のことで、その後当分の間その時の話題がおかみさんのネタ話になってリピートされていた。
私は仕事、ワイフは次女の出産などでバタバタしていたから、射殺される猿を見たのはおかみさんだけだった。
そのうち工場を自宅裏に造って、夜遅くまでグラインダーなど伝いはじめたら、獣達も少しずつ出没が減って、銀山地内の住民の皆さんから喜ばれた。

石見銀山の暮らしがそんな感じでスタートしたのだが、私が貸家の自宅をどんどん改造することに驚異を感じた大家さんが「来月出ていってくれるかね!」と急に言ってきて大騒ぎになった。
それで本気になって次の住処を物色していたら、親しい飲み友達が今住んでいる吉田家を世話しくれた。
彼は地元の名士で色々顔が広いから助かったものの、これから住もうとする家は、玄関を入ると大屋根の棟の辺りが抜け落ちて青空が見えていた。
すぐに住める状態でなかったから、大家さんにお願いして引っ越しを1年ほど待ってもらって、その間は彫刻の仕事も出来るだけ音をたてないようにおとなしくしていた。

すでに石見銀山は伝統的建築群保存指定地域になっていたので改築の申請が手間取った。
それでもなんとか住めるまでになって引っ越しをすませたのが今からかれこれ15〜6年前のことになる。
銀山地内に暮しはじめて飼いはじめたシェパが、現在の自宅へ移り住んで今から2年前に大往生した。
それから2ヶ月後にクロが来てその2ヶ月後にシロが来た。
そして今度の14日でシロの2歳の誕生日を迎える。
思えば時の過ぎるのは早いものだ。

現在の吉田家の改修検査の時に、江戸中期の建造物で石見銀山の大火を免れた貴重な町家家屋だということがわかって、築250年以上だと教えられた。
だからそろそろ築300年も間近ということで、時代の流れというより歴史の流れを感じる。
時々猫の遊び場になっている屋根裏には当時の竹がそのまま使われて今に至っている。

写真 2

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おきどまり 

2014/03/17
Mon. 07:23

徳島のMさんたちとしこたま飲んだ翌日は、JRの列車の出発時間まで世界遺産石見銀山の観光をしました。
風がちょっと冷たかったけど、本当に久々のことで、案内の自分も結構楽しめてしまって、やはり、たまには世界遺産巡りをしないといけないなと思ったところです。
世界遺産のど真中に暮らしているのに、まだまだ知らないところが多いし、四季折々の風景の変化を見ることもないし・・・知っているつもりで偉そうなことは言えないと反省したところです。

丁度山陰道の無料区間が5kmばかり完成してそれが開通したところに遭遇して、気の早いドライバーがどこからとも無く沸き出して、いつもの国道9号線は観光シーズンのような混雑。
人のことは言えないケド、暇なヤツラが多いなぁとウンザリしつつ、滑り込みセーフでJRの出発時間に間に合いました。

島根県も、少しずつ自動車道が延びていて、県庁のある松江を中心に時間地図が変形してきています。
一方で、高齢化と過疎化の進行には歯止めがかからないし、この山陰道が全線開通するころには、誰がその道を走っているんだろうと、いらない心配をしたりします。
先日、3月最後の雪が降った時、万善寺の用事でウロウロしていたら、何時になく54号線が混雑していて、久々にトラックの列を見ました。
尾道から松江までの松江道がほぼ90%完成してからは、寺の辺りの赤名高原は、車の通行量が激減していて、国道を横断するのも楽になって、賛否色々あるものの、狭い範囲で慎ましく暮らす者にとっては、なかなか暮らしやすくなったりもして、おおむね良かったのではないかと思って、少しずつそのような現状に慣れていた頃だったので、突然昔を思い出したように長距離トラックが沸き出してきてびっくりしたところです。
「雪が降ると松江道が通行止めになるけぇねぇ・・」
「はぁ、そぉなんですかぁ・・」
「中国山地の高いところ走っとるけぇ、しかたないがね。冬はたいして役にたっとらんねぇ。大金つこぉてねぇ・・」
確かに、日本の物流は改善するかもしれないけど、そこまでして、これから地方経済がどれだけ発展するか微妙な気もします。
ものが大きく動く一方で、地域密着型弱小産業は、廃業を迫られてこれからどんどん淘汰が進むんでしょうねぇ・・
自由経済の偽善的志向性がチラツイて見えてきます。

世界遺産の地域内にある櫛島から銀の積出港の一つ、沖止まりの港へよってみました。
この天然の良港から積み出された銀は、日本海からシナ海や太平洋を経由して世界に流通していた時代があったのです。
色々考えさせられる1日でありました。

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ぼた雪 

2014/01/10
Fri. 10:22

雪の朝は、アッという間に時が過ぎます。
石見銀山は、久々の豪雪です。
そして、気がつけば朝のティータイム・・
まずは、きのうの残り物のクールに冷えたコーヒー。
それがなくなったら、ワイフの入れてくれた愛情タップリの熱いコーヒー。
これで、雪かきの疲れもとれそうです。

島根県のこの冬シーズンは、昨年末から今年にかけて2度ほど大雪が降っています。
1度目は、赤名高原の万善寺あたりが大雪。
2度目は、石見銀山周辺が狙ったようにピンポイントで大雪。
どちらも、水分をタップリ含んだぼた雪で、ベタベタしぶとく張り付いて、非情に厄介なタイプの雪です。
島根に限ったことかもしれませんが、このぼた雪は、比較的冬の終わりや桃の節句あたりにかけて降ることが多くて、その時期のなると降雪量もそれほど多くないので、ソコソコ降っても重大な被害を受けることがありません。
しかし、それがまだ冬の初めや真っ最中にドカッと降ったりすると、日常の暮らしに支障が出るほどの雪害が続出します。
昨夜も石見銀山では何度か停電があって、最近の電気に頼りっぱなしの暮らしが危ぶまれるほどでした。

そんなわけで、今朝はキーポンを学校まで送り届けるのに、家の前の雪かきからはじまって、いつもの2倍以上の時間がかかってしまいました。
道中、大木が折れて電線に乗っていたり、車道を塞いでいたりして、復旧までにはかなり時間がかかりそうな様子です。

こうして、きまぐれな天の神様を相手に野外彫刻など造って暮らしていると、やはりトータルして助けられていることの方が多いかなと思ったりします。
先日田んぼで彫刻移動したときも、冬には珍しい快晴で、ひと仕事の終わる頃には、じんわり汗ばむほどでした。
その後、道具を全て回収出来ないまま雨が降りはじめ、それが雪に変わって今に至る・・って感じ。
東堂さんの通院騒ぎで遅れてしまった万善寺の年始回りも、本当なら今の時期雪深くて踏み込めないほどの山道を、難なく乗り切ることが出来ました。
その足で石見銀山へ帰ると、町の入り口からドカッと大雪になっていてそのまま今に至る・・って感じ。
結局は、たまたま偶然に運が良かっただけかもしれませんが、それも気持ちの持ちようで気楽になれたりします。

人生百年 昼夜各分・・・って感じですかねぇ・・・
厳しい冬もいつまで続くわけではないし、やがて春が来ます。
1年中雪が降らないところで暮らしたことはありませんが、こうして冬になると必ず雪が降ることが当たり前になっていることも、それはそれで良いものだと思っている今日この頃です。

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重たい雪 

2013/12/28
Sat. 08:49

昨日から降り始めた雪が本格的になって、一晩明けた石見銀山は湿った重たい雪に一面覆われています。
何年か前にも、このような重たい雪が年内にドッサリ降って、その時は寺の庫裡の大屋根の垂木が雪の重みで半分くらい折れてしまいました。
このたびも、寺の様子が心配ですが、12月に入ってからの東堂さんの一件で、予定の仕事に随分と遅れが出てしまって、いまだに自宅の書斎へこもっている状態です。

今日は1日かけてお札の木版刷りを終わらせるつもりです。
寺の年賀状を優先していたら、吉田家の年賀状が手つかずで残ってしまいました。
これも何とか片付けないといけないし、なかなか先が思いやられます。
そうこうしているうちに、プリンタのインクが無くなってしまいました。
ここにきて焦ってもしょうがないし、コツコツ続ければ終わらない事もないし、気持ちを切り替えてこの年末を乗り切るつもりです。

2013年もそろそろ終わろうとしている今になって、日本国は豪雪の気配も感じられ、それに加えてかどうか・・どことなく不穏な空気が漂ってきはじめているし、なかなか予断を許さない年越しになりそうです。

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大森小学校収穫祭 

2013/12/26
Thu. 08:49

何日ぶりかで少しばかり冬の青空が見えて、それだけのことなのに、なんとなく気持ちがウキウキして外に出る事が苦にならなくなります。
これから春が来るまで当分の間、こんな感じの毎日が続くのだろうなぁ・・と思いつつ、大森小学校の終業式へ出かけてきました。

世界遺産石見銀山のほぼ中心と云っても良い場所にある大森小学校は、現在児童数20人。
今年の4月に新学期が始まった時は、親の転出で児童数も減っていたのですが、その後逆に転入があって、色々めまぐるしく入れ替わりが続きながら、結局1年が終わる頃には元の20人をキープ出来るほどになりました。

この、全校児童20人とその保護者の皆さんに先生方が、アットホームでゆるやかな連携を保ちながら小学校を守り育てていらっしゃる訳です。
そのようなところへ、私など首を突っ込んで良いものなのかどうか・・はなはだ疑問である訳ですが、何故か年に何回かこのような小学校の節目の行事に声をかけていただいていて、イソイソと出かけてしまいます。

今度の校長先生は、野菜を育てる事に力を入れていて・・というより、ほとんどそれが趣味だったりすると私は勝手に解釈していますが・・1年を通して、子供たちや保護者の皆さんはもちろん、町内のお年寄りや有志の皆さんまで巻き込んで小学校農園を精力的に開拓していらっしゃいます。
ジャガイモにサツマイモはもちろん、キュウリやナスなどの夏野菜。
蕎麦に大根などなど、それはそれはものすごい収穫量です。
極めつけは、最近流行のグリーンカーテンまで野菜で作ってしまうほどです。

近年、2学期の終業式は、そのようなこともあって収穫祭を兼ねた・・というより、収穫祭に終業式がくっついた・・と云う感じの楽しい1日になっています。
何年か前の収穫祭に、大人の人手が足らなくて校長先生自ら大汗かいてそば打ちなどしていらっしゃったのをたまたま手伝うことがあって、それ以来、私はそばうち要員になっているようで、招待状が届くのも、ひょっとしたらそのあたりの下心があったりするのかもしれないと勘ぐったりしつつ、それはそれで嬉しかったりもします。

そんな訳で、今年も痛い腰をだましつつキッチリと延べ棒をふるってきました。
収穫祭の献立は・・・小学校の石臼で摺りおろしたお蕎麦、ふろふき大根、ポテトサラダ、大根の自家製お漬け物、薬味のネギやゆずまでほぼ80%が大森小学校産大森小学校消。
大森小学校版の地産地消というやつです。

こんな小学校は、滅多にないでしょう。
勉強ばかり一生懸命になって偉い人になる事もいいかもしれませんが、10人が10人とも社会のお手本になる立派な人物になる事も夢のようなお話で、そりよりむしろ心身共に健康で、痛みのわかる心優しい平凡な人物を育てる事も大切なような気がします。
大森小学校を卒業した4人の我が子も含め、みんなそれなりに立派に育ってくれています。
現在20人の子供たちのお母さんたちの中にも大森小学校卒業生がチラホラいらっしゃいます。
ひと昔前は当たり前のような光景が、今では珍しくなってしまった・・・そんな時代になったんだなぁ・・・

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雷神さん 

2013/11/19
Tue. 08:42

島根県は例年より十何日か早い雪を確認したそうです。
どうりで寒いはずだ・・
吉田家の車達はまだ冬タイヤに交換していないし、毎日キーポンの送迎もあるし、チョットあせっています。
今年は、カメムシもやたら多いので、地元の人々は「今年ゃぁ〜、大雪になるでぇ〜」と口々に言い合っています。

昨夜は雷がアチコチで鳴り響いて、みぞれが降ったかと思うとお月さまが出てきたり、またまた雷が鳴ったりしてどしゃ降りになったり、何とも目まぐるしい状況の変化の中、キーポンを迎えに行ったりしたところです。

そのキーポンのline情報によると、友達の家の近所では「木が燃えているんだって」
東京生まれで東京育ちのワイフまで「そりゃぁたいへんだ!雷が落ちたのよ。きっと雪起こしの雷よ」
母娘の会話に割り込んで「吉田家はストーブで木が燃えてるぞ」
「・・・・」
二人から凍るような視線が飛んできて、後は何事もなかったように無視。
何となく部屋の空気が寒くなって、あわてて薪をつぎ足したりしたところです。

石見銀山は、確実に冬が近づいています。

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島根に暮らす 

2013/11/12
Tue. 07:29

島根の石見銀山周辺は冬になったような天気になっています。
こうやって毎日日記を書いていても、さすがに悪天候が連日になると気分も滅入ってしまいます。
思い返すと、どうも今年はいつもの日本ぽくないというか、いつもの島根県じゃないというか、どこか違う国で暮らしているような気もしてきます。
たぶんこういうのを異常気象というのかもしれません。
せっかくの秋の紅葉も、このままだと期待出来そうにありません。

そんな毎日が続いていて、なかなか外仕事が手につかない状態です。
今週にはスタートさせようと思っている田んぼ彫刻の展覧会も、その雨の関係で準備がどんどん遅れています。

さて、吉田正純にとっては過酷な島根県になっているわけですが、まったく関係のないところで盛り上がっている島根県もあるようです。
以下、共同通信からの転記

〜〜〜〜〜〜〜〜
化粧品会社のポーラは11日、女性の肌の美しさを47都道府県で順位付けした「美肌県グランプリ」の結果を発表し、島根県が昨年に続いて1位に輝いた。
ポーラの担当者は「島根県は空気中の水蒸気密度が高いなど美しい肌を保つ環境が整っている」と指摘。
2位は石川県、3位は高知県、4位は富山県、5位は山形県だった。
 全国の店舗などで集めたデータに基づいて6部門で各地の点数を決め、その合計から「美肌偏差値」を算出。島根県は「角層細胞が整っている」「肌が潤っている」「きめが整っている」の3部門で3位以上に入った。
〜〜〜〜〜〜〜〜
そういえば吉田家3姉妹、長女のなっちゃんも歳のわりにはなかなかのもち肌だし、化粧の濃いノッチも素顔はそれなりにツルッとしているし、現在のキーポンはお肌が曲がる気配など皆無だし・・・
もっとも、上二人は現在東京暮らしだから、質が下がっているかもね。

まぁ、島根県も吉田家も総合的にみると、悪いこともあれば良いこともある・・ということで、それなりにバランスがとれているということなのかなぁ・・・

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帰宅 

2013/08/22
Thu. 07:31

あぁ〜〜・・・、この何ともマッタリとした解放感!
ほぼ20日ぶりに石見銀山の我が家へ帰ってきました。

ワイフやネコチャンズとの感動的な再開を期待していたら、何の事もない・・
「帰ったよ!」と、声をかけると、「あら、思ったより早かったわねぇ」・・とワイフ。
実にクールに横目でチラとご主人様を確認してそのまま何事もなかったように昼寝・・とネコチャンズ
・・・それで終わり。

なんともサッパリとした久々の再会。
それでも、そこかしこに漂うネコチャンズのオシッコの臭いと、蚊取り線香の残り香・・懐かしい吉田家の暮らしぶりが一瞬で甦ってきました。

デッキバンいっぱいに積み込んだ荷物を下ろし、留守の間キーポンに占拠されていた四畳半の書斎を片づけ、丁寧に掃除機をかけ、若干模様替えをしつつデスクワークセットをセッティングし、各種動作確認を終わったところで本当に久々のワイフ手づくりの昼食は塩鯖と夏野菜のサラダ。それに、お檀家さんから頂いたヱビスビールをプシュッ!

残暑の続く石見銀山の町並みは、絶え間なく往来の観光さんでにぎわっています。
二番子が育ったのか、雑踏に混じってツバメが賑やかに鳴いています。
近所のお土産さん目当ての理不尽な車のエンジン音がもう2時間近く続いています。
時々世間の音が遠ざかって耳鳴りが音量を上げます。
貸自転車のベルの音で一瞬蝉の声が消えます。
それにオヤジをやさしく包み込むヱビスビールのほろ酔い感・・・

ウツラウツラしていると・・・
「ごめんくださぁ〜い」・・・・「ごめんくださぁ~い」・・・・「ごめんくださぁ~い」
どこか遠くの方で聞こえる青年の声。
しだいに覚醒して、「あれれっ??自宅(うち)かぁ??」
「ごめんくださぁ~い!」
「はぁ〜い、はぁ~い、はぁ~い、はぁ~い、はい!」
返事をしながらドタドタと土間へ出てみると、
「あのぉ〜、吉田正純さんでしょうか?」とフルネームの問いかけ。
何と、この前終了した現代彫刻小品展の出品作家渡部直(わたなべすなお)氏が作品の引き取りに来てくれたのです。
出身は島根県出雲市。
現在茨城在住で勉学に励む若き木彫家。
この度初出品が、かわいらしいオランウータン。
会期中、1・2を争うほどお客さんの受けも良かった彫刻です。
私の方も、行く先々で彼の好人物ぶりを聞くたびに、一度逢いたいものだと期待の人。
そのご本人が訪ねてきてくれました。
何ともgood timingなことでしょう。
とても感動して、とめどなくオヤジの長話がはじまって、きっと面倒だったろうに最後まで聞いてくれて、自作の木彫を持って、夕方近くの石見銀山の町並みへ消えていきました。

久々の帰宅で、忘れかけていた彫刻家の暮らしが見事に再生しました。

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残痕 

2013/08/12
Mon. 06:38

毎日暑い日が続いている島根県です。
このところ暮し続けている万善寺あたりの高原は、それでもせいぜい32度程度。
私が少年時代は夏休みを通して30度を越える日など5日となかったはずです。
何故、断言できるかというと・・・まぁ、真面目な秀才であった私は、毎日の日記をはじめとして、夏休みの宿題や自由研究などを怠っていなかったからです!

お盆の月は毎日棚行が続くので、どうしても外せないご法事は午後からにしてもらっています。
それで、昨日も午後からスタート。
斎膳も出て、坊主もおよばれして、だいたい2時間で坊主はおいとまして終了。
ご親族は延々とエンドレス。
その後改良衣のまま、彫刻展の搬出準備をしておこうと石見銀山へ。
観光さんのそぞろあるきにはばまれて、町並みにある吉田家へたどり着くまでとっても時間がかかりました。
石見銀山は近年にないほどの人出です。

先日、寂しく寺のロフトでくすぶっているオヤジのなぐさめに送ってくれた吉田家ネコチャンズ写真集の中に、「玄関障子引っ掻きの図」なるものが入っていて、一人夜中にニヤついていたのですが、その現物をやっと見ることが出来ました。
なかなか「和風のContemporary art??」になっていて、戸口の外でしばし鑑賞。
「怪しげな改良衣姿の坊主が、石見銀山町並みの民家の入口にたたずんでネコの引っ掻いた障子を見てニヤつくの図」・・・を、町並み見物の観光さん達にはどのように見えたのでしょう?

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人それぞれ 

2013/07/16
Tue. 08:00

このところ塔婆の裏書きによく使っているのが、「風過而竹不留声」・・その前にくるのが「風来疎竹」

石見銀山はとても竹の種類が多くて、一説には、そのほとんどが植林とのこと。
もちろん観賞用でもなく、造園用でもなく、食用のタケノコ栽培でもない。
その全てが、銀山の間歩の足場や道具、それに建材など、適材適所に使う為の必需品だったのだそうです。
今では、管理の手も行き届かなくて荒れるに任せた竹林ばかりですが、それでもそれなりに石見銀山の四季それぞれの趣をそこはかとなく醸し出していて、何気なく見渡す風景の要素の一つには役立っているようにも思えます。

そんな状態ですから、とても「カゼソチクニキタル」なんて雰囲気ではありません。
だから「カゼスギテタケハコエヲトドメズ」なんてのも現実ではありません。
でも、何となくその風景がまぶたに浮かんでくるようでもあって、結構好んで使わせてもらっています。
出典は、私の愛読書「菜根譚」・・・中国明時代の洪自誠さんの随筆のようなものです。
「菜」の字は長女のなっちゃんの一字にも使わせてもらいました。
彼女の就職が決まった時は、確かハードカバーの本をプレゼントしたと思いますが、今では枕代わりにもなっていない様子。

意味は・・まぁ、読んだ通り
解釈は・・まぁ、人それぞれ
坊主は・・話しのネタの一つで使ったりします
ワタシは・・ともすれば見失いがちの自分へのイマシメで時々思い出すようにしています。

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吉田家書斎四畳半ワールド 

2013/07/12
Fri. 04:17

久々に四畳半の書斎に籠って彫刻展の事務整理をしていたら、まだまだやり残していた仕事がたくさんあることに気がついて冷や汗。

優先順位を決めて、その3つ位をメモに書き起こし、お昼までに片付けようと外出。
デッキバンのお尻には草刈り機が直立し、カーゴズペースには未整理のペットボトルやら空き缶やらが山積み。
「あぁ〜そぉ〜だった・・」
万善寺の不燃ゴミを積み込んでそのままだったことを思い出し、工場の物置へ投込んでいた彫刻展のゴミ処理も一気にすませてしまおうと、急きょ計画変更。

そんな感じでドタバタして気がつくとすでにお昼前。
朝方用意していた優先順位を思い出し、早速行動再会。
まずは、ワークショップの記録写真をお願いして、大量のデータを残してもらった写真館のFさんへお礼を支払い、それから・・・何気なくいつものノリで世間話をしていたら・・いつの間にかあとの用事をすっかり忘れてそのまま帰宅。
ウダリかえる暑さに、アナログハードディスクが若干クラッシュ気味です。

サッとシャワーを浴びて心機一転。
石見銀山の彫刻展の図録もどき作成や、浜田の彫刻展のポスター原案をまとめはじめていると、約束しておいた印刷屋のいつものおにいさん(??)がお土産持参でやってきて、アレコレ打ち合わせも一段落。
またまたいつものノリで世間話。
「やっぱり出雲そばは一福でしょう!」とか、「何といってもお勧めは千原温泉だね!」とか、話題がアチコチへワープしていたら、保険のお姉さんが途中から加わって、「胃ガンの犬が小康状態で・・」なんて話になって、保険のきかない治療費稼ぎで「犬の闘病記録を本にしよう!」などともりあがり、彫刻とは関係のない印刷の話題になったりして支離滅裂。

気がつけば、暑い日差しも西に傾き、石見銀山の町並みに長い影。
午後のひととき、吉田家書斎四畳半ワールドは、まったりと過ぎたのでありました。

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暑い石見銀山 

2013/06/15
Sat. 07:25

梅雨の晴れ間どころか、雨の降る気配すらない日々の続く石見銀山です。
チョット前までは、「雨が降る前に草刈しとかなきゃ・・」とざわめいていた心も、ここまでテンキが続くと、しだいになまぬるくダレきってしまいます。
それでも、このままほったらかすと次々雑草が増えていくし、足の踏み場も無くなるし、7月に入ったら史跡掃除の一斉清掃もあるし、色々な状況を考慮して、一気に草刈り機を回したところです。
裏庭は草刈り機を使っていると、土ぼこりが舞い立つほど乾燥しています。
吉田家歴代ペットの墓の隣に移植した椿の苗木が乾燥でひん死の状態。
このたびは移植時期を間違えてしまったようです。
何時になったら、雨が降るのでしょう?
島根県は干上がっています。

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石見銀山の朝ー5月1日 

2013/05/01
Wed. 07:09

早いもので5月ですねぇ・・・
吉田の5月は通院から始まりです。
「連休の狭間ですからねぇ〜。こぉ〜見ると予約で一杯なので混んでると思いますから。とりあえず9時半で予約入れておきましょう」
最近のドクターは、患者さんじゃなくてパソコンのモニター画面と話していらっしゃいます。
なんか、こっちもつられてモニター画面のぞき込んでしまったりして、気がつくと看護士さんの鋭い視線が突き刺さったりしていたりして・・

昨日は そんな感じでMRI検査が終わったらそのまま益田へ直行。
ギリギリ午後3時に間に合って、約1時間ばかりお話をさせていただきました。
とても真面目な方で、チャランポランなオヤジとのギャップを埋めるのに若干苦戦しましたが、ひとまず話が前向きに進んでメデタシメデタシ。

国道は、連休中の渋滞もなくいつもの静けさ。
石見銀山へ到着すると、人影もなくいつもの静けさ。
世界遺産の観光地のはずなのに、連休の人出は期待できないようです。
といっても、昼間の石見銀山を見ていませんから何ともいいかげんな感想ですが・・

さて、連休後半はどこまで盛り返すことが出来るでしょう・・
世界遺産登録から5年目。
そろそろ、観光商工資源に頼るだけの施策を見直す時期だと思うのですが・・
そんなことも思ったりしつつ、地道に現代彫刻小品展を続けて今年で4年目。
地味な文化活動だとは思いますが、何とか結果を出したいものです。

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大森小学校入学式 

2013/04/10
Wed. 06:54

現代彫刻小品展の準備も本格的に始まったばかりではりきっていたら、万善寺の組内にお葬式が出来てそのお手伝いで2日間彫刻展業務中断。
夜伽や通夜に告別式と続く葬送次第の間隙を縫って大森小学校入学式へ出かけてきました。
1年を通してほとんど袖を通すことのない礼服が、略儀仕様であってもそれなりに慶弔ごとで大活躍して、何ともあわただしい毎日が過ぎています。

大森幼稚園を卒園したかわいい3人がそのまま揃って新1年生になって大森小学校入学することになりました。
今年で在職4年目を迎え、石見銀山の暮らしにすっかり溶け込んだ校長先生をはじめ、新旧の大森小学校職員のみなさん大はりきりで、祝辞やら教科書贈呈やら校歌斉唱やらトントンと調子よく進行し、とても微笑ましい入学式になりました。

3人の入学式に来賓13人はいつものノリ。
石見銀山の地域を上げて小学校を守り育てている様子がとてもよく伝わってきます。

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裏庭の桃の木 

2013/04/01
Mon. 07:43

吉田家が現在の家へ引っ越しする前から枝を広げていた桃の木がどうやら枯れてしまったようです。
今年の春は、お彼岸のあたりから急に冷え込んで、朝霜が降りたりする日も多かったので、せっかくの花芽がダメージを受けたのじゃないかと心配していましたが予想は的中で、石見銀山の桜はほぼ全滅状態でガッカリ。
桃の木も最初はそんなところだろうと、少し注意深く眺めていたのですが、枝先の変化がないことに気がついて確かめてみると、もうカラカラに乾いた枯れ木状態。
申し訳程度に水を吸い上げた数本の枝木の先の方で桃色のつぼみが膨らみ始めているくらいで、何となく寂しい春になってしまいました。
思えば昨年の夏は、町の古老も経験しないほどの猛暑が続きました。
それでも緑の葉が茂り、秋になって落葉し、いつもと同じ冬を迎えていたとばかり思っていたのですが、残念です。
吉田家にとってはとても大切な思い出の木の一つですから、何とか再生して生きながらえてほしいものです。

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お隣さん 

2013/03/28
Thu. 09:06

思い返してみると、半年くらいになるだろう去年の秋口に着工した下隣の家も、3月に入ってから外壁の土壁が塗り上がって、少しずつ土色も水気が抜け始めて、当初のみすぼらしい外観から一変して、とても立派な感じに仕上がってきました。
隣の吉田家のトタン屋根が何とも安っぽく感じて、これが世界遺産の保存指定地域でなければ、いっそのこと真っ赤なペンキでも塗ってしまいたいくらいの衝動にかられたりしています。
この下隣の家が完成すると、町内の駒の足自治会家屋の外観だけは全て更新されたことになります。
私が現在の家に入居する時、屋根の一部が抜け落ちて青空が見えていた家を改修したのが20年ほど前のことになりますから、おおよそ300メートルほど続く自治会の家並みも、あの頃から比べるとずいぶん見た目が変わったなぁと思います。
これで、本当は外観修理で終わらないで、全ての家に暮らしが戻ってきたりするともっと良いのですが、なかなか現実はそううまくいかないようです。
現在、駒の足の自治会だけでも空き家が4〜5軒あるし、昼間だけのお店も6〜7軒あって、それらが店じまいする夕方からは、静かで寂しくて暗い町並みに戻ってしまいます。
これから温かくなって、観光さんの増える時期になりますが、なかなか外からだけでは、このような現実の実態は見えにくいものですね。

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春ですなぁ・・ 

2013/03/23
Sat. 07:56

気がつけば3月も終わりに近づいています。
この時期、良い天気が続くと朝方の放射冷却が厳しくて、あたり一面が霜で白く染まったりしています。
そろそろ春の温かさに慣れはじめたオヤジの身体は、急激な温度変化についていけなくて悲鳴をあげています。

お彼岸の中日が過ぎてこの3日間、ホームページのデータつくりもスラスラ順調にはかどっています。
何とか3月中に最新版の現代彫刻小品展告知や、出品彫刻のウエブギャラリーなどを完成させて、4月からの広報準備に弾みをつけたいと思っています。

冬の間店じまいをしていた石見銀山町内のお店も営業が再開されはじめ、観光さんもしだいに増えてきました。
梅も満開になり、桜の芽もほころびはじめました。
吉田家裏庭もあちこちで春の花が咲きはじめ、華やいできました。
毎年のことながら、何となくこの時期ウキウキしてしまうのは、オヤジだけでしょうか?

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3年ぶりの卒業式 

2013/03/20
Wed. 08:55

吉田家のキーポンが小学校を卒業した時は、同級生と二人。
その次の年から3年間、小学校の卒業式が無いまま今年まで続き、久々に3人の大森っ子が卒業しました。
彼女が小学校へ通っている間が、大森小学校140年の歴史の中で一番児童の少ない時代だったようです。
少人数の共同生活は、隣近所や年の差関係なく兄弟姉妹のような暮らしぶりで、それはそれで我慢もいっぱいしつつ、我が侭もいいあって、皆の顔や性格がキッチリ頭に入って、おまけにお父さんやお母さんの顔まで覚えられ、町ぐるみで小学校に通う子供たちを育てているような、今どきあり得ないような環境の中で子供たちはスクスクと育っていたのだと思います。
3人の卒業式に、集まった来賓が17人。
校長先生も、転入して以来はじめての卒業式とあって感慨もひとしお。
ビックリするほどの大きな子供たちの歌声が古びた体育館に響きわたり、送るほうも送られるほうも、涙を流しながら必死で歌い上げた大森小学校オリジナルソング。
最近、めっきり涙もろくなったオヤジは、校歌を歌う声が裏返ったりしてプチ醜態をみせたりしてしまいました。
どんなに小さな学校でも、それが町に一つあるだけで1年の節目が潤って瑞々しくあり続けられることを実感した1日でした。

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2017-08