工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

冬の海 

2016/02/09
Tue. 21:44

工場の昼休みを兼ねて日本海へ出た。
こうしてゆっくりと日本海を見たのはもう何ヶ月ぶりだろう。
海とは全く縁のない島根県のてっぺんの中国山地の山寺で暮していたから、無性に海が見たくなっていつもの海岸へ結界君を走らせた。
ハンドルが取られるほど北風の強風が凄かった。
いつもは彫刻のパーツを探してビーチコーマーをするのに、とてもそれどころではないほど漂着物が溜まっていた。
こういう時に無理をして踏み込むと、医療廃棄物の注射針を踏んでしまったりする。
ハングル文字がほとんどであとは内陸河川から流出した流木が集まってくる。
大荒れが納まるたびに地元有志の皆さんがセッセと海岸のゴミを片づけていらっしゃる。
年に何回か、海岸へ重機が入って大きなゴミを回収し、それが集まったところで行政予算を使って撤去してもらう。
ここでは、毎年こうしてコツコツと海岸の自然を護りながら汚染が深刻にならない程度の現状を維持している。
数年前には、その海岸へ注ぐ地域河川への天然ウナギの仔魚の遡上も観測されたそうだ。
こういう地域の力でギリギリのところで環境の保護が維持できている様子に接しながら、自分の仕事の材料収拾や、気持ちの整理で助けてもらっている。
この海岸へ立ち寄るたびに、恵まれた環境で彫刻をつくらせてもらっているということが実感できる。
それで次にやる気に繋がって、自分の折れそうになる気持ちを支えてもらっている。

ワイフは帰りが遅いようなことをいっていた。
夕方になって仕事のキリが良いところで石見銀山へ引きあげた。
焚き付けの小割りが少ないので玄関先に道具を引き出して杉の丸太から小割りをつくることにした。
杉の香りが土間に広がる。
ナラの木のようなフルーティーな香ではないが、それでもそこそこそれなりにマイナスイオンを感じる。
針葉樹は木目の通りが単純だから縦割りがしやすいし、ヤニも脂っこいから生木でも簡単に着火する。
そのかわり、タールが多いので煙突の具合を注意しておかないとある時突然火柱が立ち上る。
この冬のシーズンは、ほとんどワイフが一人でストーブを使っていたから、そろそろ煙突の状態が心配でもある。
今度晴れたら一度屋根に上がってみようと思っている。

ワイフが帰宅した時には部屋が適度にほの暖かい程度にストーブの暖房が広がっていた。
ネコチャンズは都合よく暖かいところを見つけてストーブのまわりでゴロゴロしている。
ボクの癒しを引き寄せてしばらく自分の世界に浸っていたら、赤貝の煮物と寄せ鍋がテーブルに並んだ。

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保賀の谷 

2016/01/05
Tue. 20:51

あれは昨日のこと・・・
正月早々朝から寺の寺務を続けていて、昼食もなんとなく曖昧なまま終わらせて、食後の散歩に出かけてみると・・・保賀の谷の何処かで焚き火でもしているのかと錯覚するほど視界が煙っぽく悪い。
振り向くとすぐ後ろの琴引山の山並みも白っぽくガスっている。
保賀の谷の中央を分断して走る国道54号から先も白々しくガスっている。
だいたいに、1月早々のこの時期に雪が全く無いということそのものが前代未聞の珍しさだから、世間の気象条件がどうなってしまったのか素人には見当がつかない。それに気温も高くてポカポカ陽気だし、春先の春霞くらいの感じなのかもしれないと思うことにしてサンダル履きのまま寺の参道を下って保賀の谷をひと回りした。
4年ほど前には老犬のシェパ君がいたから雪の中を一緒に散歩していて、それはそれなりに寺暮らしの気晴らしにもなって楽しかった。
どちらかというと、一人の孤独には慣れている方だが、非常に中途半端におかみさんとの二人暮らしだったりすると、何処かしら気ままで自由な孤独になりきれない所もあって、かえってイライラしてストレスが溜まる。
こういう時こそ、心の癒しで犬や猫が近くにいてくれたらどれだけ助かることか・・
少しハイペースで保賀川を渡って農道を歩いていたら、突然カラスが「カァー!」と鳴いた。それに、少し♯がかった「カァー!」が応えた。
あの、保賀の谷で暮すカラスの夫婦だった。目が合っても逃げようとしない。
きっと、寺の参道を降りていた頃から私のことを気にかけていたのだろう。彼等には心の準備が出来ていたわけだ。
なんとなく、勝手に気持ちが和んだ。
「久しぶり!コンニチワ!」
一応、挨拶を返しておいた。

日が暮れて、参道の街灯が夜霧ににじむ頃になって、空には月が、これもにじんでいる。
「きっと、明日は雨でも降るだろうなぁ」と予測した。
夕食が終わって残りの寺務をしようと即席書斎の3畳へ引きあげて、例の如く一日のおさらいでウエブニュースをチェックしていたら、中国の光化学スモッグが九州までやってきたとあった。あの、保賀の谷の視界の悪さは、きっとそのスモッグの一部だったのだろう。
40年ほど前に上京した頃は東京上空にもまだスモッグが残っていた。
それからしばらくして、東京の環境が見る見る改善されて、あのドブ川のような神田川も年々キレイになった。
井の頭公園の池も鯉の泳ぐ様子が見えるようになったし、石神井川にもマガモの夫婦が帰ってきた。
あの頃の保賀川には、ヤマベやハエンゴが群れで泳いでいた。用水路にはメダカもいた。
そして、今の保賀川にはそれらの魚が全て消えた。
田舎の農業はまだまだドップリと農薬に浸かって保賀川の生物が消えた。
そして、そして、こうして空には中国からスモッグがやって来る。
人間の醜いエゴイズムは確実に自然を破壊していると実感した。

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雨の日曜日 

2015/09/06
Sun. 21:21

朝から1日中雨だった。
彫刻家の吉田は、2メートル以上の彫刻制作にとりかかったら、完成までのほとんど3分の2は野外で制作している。
これを作家的にカッコよく言うと、「ボクは彫刻のほとんどを野外へ設置することにしているんだ。だから、制作する時もできるだけ野外で作業をするんだ。何故かって?そんなのあたりまえじゃないか!野外に展示しようとする彫刻を屋根付きの工場で制作しても意味無いじゃないか!最初から狂ってしまっているスケールの彫刻をつくったりしてどうするんだい??」って感じかな。
でもその実態は、「ボクの彫刻制作の工場は6畳くらいの広さしかないんだ。それに天井も低いし、入口も狭いから、大きな彫刻は野外でつくるしかないんだ・・・まぁ、ようするに天井の無い青空工房というやつさ・・」ってこと。
そういうわけで、雨が降ったら制作の仕事も出来なくなってお手上げ状態。
変に雨の中で無理すると、時々人間アースになって指先がビリッと感電したりする。
溶接の感電事故で御陀仏になったりすると笑い話にもならないし、まわりに大迷惑をかけてしまう。まぁ、本人は好きな彫刻をつくっている間にコロッといって本望かも知れないけど・・・そのあたりの解釈は微妙なところだね。

雨のやみ間を見計らってとみやまをひと回りしてきた。
本当は「雨のやみ間を見計らって制作に励んだから結構作業がはかどった!」というふうにしたかったのだけど、アレコレの事情もあってこの度はとみやまの取材を優先することにした。
富山町のこの一週間は早稲の稲刈りが最盛期で、田んぼのアチコチに人の姿が見受けられる。これは1年で希にしか見られない農耕地の風景だ。
特にこの近年は農作業の近代化と機械化が急速に進化して、稲の刈入れもアッという間に終わってしまう。
兼業農家や営農組合が主流になっているから、よけいに農作業がスピードアップする。
週末から土日にそれらがいっきにいっせいに進められるから、その素材を記録しようとすると、土地の事情に併せて行動するしかない。
それで結局、この2日間は富山町をアチコチ徘徊することになった。

結論から言うと、あまりいい素材を確保することができなかった。
まずは、昔ながらの稻ハデが極端に少ない。
刈り取った稲を天日干しして乾燥させた米は、甘くもっちりして味にまるみが加わる。
昔は普通にあたりまえのようにそんな米を炊いていたのだが、最近は全く口にすることもできなくなった。
島根の過疎地の田舎に住んでいてもそういう状態だから、日本の稲作も先行きが心配になってしまう。
その上、最近流行の減農薬の田んぼには、稗や粟がはびこって、稲穂の色付きが確認できないくらいに荒れた田になっている。そういう田園風景は記録してもしょうがないし、富山の棚田の景観が消える時もすぐ其処まで来ているような気がした。

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吉田家裏庭事情 

2015/09/05
Sat. 21:00

工場を少し早めに切り上げて、荒れ放題の吉田家裏庭の草刈りをした。
春に萌黄の若芽が芽吹きはじめたことはなんとなく記憶しているが、それ以降はお盆過ぎに吉田家へ落ち着くまでその後の様子を見る余裕も全くなかった。
春の雑草が伸びて絶えて、梅雨の雑草が伸びて絶えて、夏の雑草が伸びてそろそろ絶える時期になっていた。このままほったらかしておいたら秋の雑草に変って、それでもほったらかしておいたら冬になってそれも枯れる。別に気にならなければそうやってほったらかしてしまえばすむことなのだが、やはりそうなってしまうと人の暮しが自然に乗っ取られてしまいそうな危機感で夜も眠れなくなってしまう!(とは、少々大袈裟・・)

とにかく、日が短くなってめっきり秋らしくなったことでもあるし(・・って、特に草刈りと深い関係があるわけでもないけど)延々2時間ほど草刈り機を振り回して、ひとまず地面が見えるまでにはなった。
銀山川の向こうの新道から橋を渡って吉田家裏口までの近道ルートが、ほぼ半年ブリに開通した。
混合油を少し余分に使って、切り倒した草をそのままその場所でできるだけ微塵に粉砕しておいた。
あれだけの量をひとまとめに積み上げたら、立派な堆肥になってしまって、地べたに来年の雑草の肥やしを提供してしまうことになる。
こうして微塵にしておけば秋の日差しで乾燥して堆肥になるまでにはならないですむ。

スモモが巨大化して隣の土地まではり出している。
ワイフが植えたミカンの木もたわわに緑の実がなってこれも隣にはみ出している。
小梅の木は葛に巻き付かれて瀕死状態。
薔薇の木ははびこったオノレ生えの雑木に押されて真横に延び広がりつつある。
ジャングルで勢いづいたキウイが巨大なブドウのように鈴なりになっている。
ウサギのグレーちゃんと犬のシェパくんの墓も久々に見ることができて、お盆はすぎたが墓参りもできた。

裏庭から見る吉田家は、まるで廃屋のようだ。
種から芽吹いた藤がトタン屋根に這い上がり、一株の鉢植えから広がったハートカズラと絡み合って悶え伸びている。
「石見銀山は伝統的な建築を保存しなければいけないことになっていますので、トタン屋根はチョット何とかしてもらわないと・・・新道から丸見えですからねぇ〜」
吉田家増改築の時に市の職員が渋い顔でそんなことを言っていたことを思い出した。
たった20年で裏庭は巨大化したスモモに占領され、トタン屋根は目一杯葛がはびこって、新道からは吉田家の大屋根が骨折ってチラリと見える程度。
あの時の職員さんが今の状態を見たらどう思うんだろう?
「世界遺産の町でもあるんですから、もう少し裏庭をキレイにしてもらわないと困りますねぇ〜。新道からでも町並みの景観を見てもらっているわけですから・・」
なんて言われたりして・・・

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蔦の壁 

2015/09/04
Fri. 21:59

石見銀山の暮しが再開してから、フル稼働の毎日が続いている。
新企画の準備もあと1週間が正念場というところ。
彫刻制作の方は、今年の前半休止していたツケをいっきに取り返す必要に迫られている。
寺の方も、七日務めが11月まで続き、その間に教区の護持会や憲正さんの百か日やお彼岸にお地蔵さん供養と絶え間がない。
普通だと、身体がいくつあっても足らないほどの忙しさなのだが、それを10年ほど前と同じようにフルパワーで乗り切ろうとすると、それこそ身体がバラバラに壊れてしまう。
歳相応にノラリと乗り切る術を駆使しながらそれなりにユルイ毎日を乗り切っている。

吉田家の営繕も思い起こせば半年ほど手付かずのままになっている。
駐車場には、ワイフのカーゴが伸び切った草むらへ突っ込むように停まっている。
私の結界君も、運転席へ乗り込むまでに雑草に溜まった朝露で雪駄がビッショリと濡れる。
裏庭はジャングル状態で足を踏み込むことも難しい。
まがりなりにも家長である私が留守の間、ワイフが1人で家計を切り盛りしながら暮していたわけだから、こういう状態を咎めることはできない。

秋雨前線がしつこくて、なかなか思うように晴れてくれない。
この数日は、トタン屋根を叩く激しい雨音で深夜に目覚めてしまう。
しばらくしてウトウトすると夜行性のクロが鳴き始める。
またしばらくしてウトウトしはじめると隣のキーポンがシュラフを横取りしはじめる。
だいたい夜が白むまでそういう状態がくり返されるから、このところ慢性の寝不足で四六時中眠たい。
真夜中にYouTubeをチェックしたり整理したりして暇つぶしをしながら翌日のスケジュールを固めたりしている。

自分の仕事は自分の都合でいくらでも調整できるから、まず最優先は吉田家営繕に尽きるだろう。
草木の方は人の都合を待ってくれないから、見過ごすことはできない。
昼の用事を切りの良いところで片づけて、まずは駐車場で草刈り機を振り回した。
砂利石が跳ねて容赦なくスネを打つ。予測して長めの長靴を履いたがなんの役にもたたなかった。日が落ちて手元が見えなくなる頃には、スネからフトモモニかけて無数の赤い斑点ができた。
風呂に入るとその斑点が滲みる。
しばらくするとひとまずは慣れるが、石鹸を使いはじめるとまた滲みる。

駐車場ののり面にビッシリと張り付いた葛や蔦の葉が形状本来のディテールをスッポリと包み込んで圧倒する。始末の悪い雑草も、こうして伸び伸びはびこるとそれなりに美的に見えるところに自然の奥深さを感じる。
その日の労働の痕跡を身体で感じつつ、ゆっくりと湯に浸かりながらそんなことを思い出した。

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棚田の情景 

2015/08/24
Mon. 12:09

富山の棚田の一角に巨大な椎の木がある。
1993年に大田市の天然記念物に指定されたようだ。
元は地元の氏神かなにかの祠のご神木であったのだろう。
周辺一面棚田のそこだけが手付かずの小山のようになっていて、そのてっぺんの平地いっぱいに椎の木が枝を広げている。
整備すればけっこう遠望の姿も雄大に見えて、富山集落のそれなりの憩いの名所にもなる気がするが、今の世の中のことだから身銭を切ってまで勤労奉仕で整備するような有志も集まらないだろう。

富山と書いて(とみやま)と読む・・・とは、ずいぶん前にも何度か書いた気がする。
山あり谷ありのアップダウンが激しい土地で、現在の大田市行政で区分けされた富山町はとても広い。
だだっ広いだけの平地ではないから、平らに延ばした渓谷の表面積はかなりのものだと思う。
棚田の方は、昭和から平成の農地改革で耕作しやすいようにそれなりに几帳面に区画整備されているものの、昔ながらの畦道をどうにも手のつけようがないまま放置されてしまった場所もけっこうアチコチに残っている。

秋雨前線の勢いが弱まって晴れ間が覗きはじめたある日、富山町をひと回りして取材した。
お盆のあいだは、万善寺に缶詰め状態だったから、身も心も開放されて時間の過ぎるのが早く感じた。
不覚にも坊主の白鼻緒の雪駄を履いてそのまま出かけたものだから、あまり茂みの奥まで立ち入る事も出来なかったが、それでも富山の景観を確認する事くらいは十分にできた。

見渡した限り、この富山の棚田は、このまま稲作を続けるとしたらせいぜい50年が限界に思う。それほど耕作放棄地が点在している。
個人農業従事者の組織化が難しいということがひと目で理解出来る。
耕作農家がひとつになって我が土地の活用を目指さないと、結局国や行政からの補助金にすがった年間収入に頼るしかなくなってしまう。
怪しげな彫刻家だったり、なまぐさい坊主ごときが偉そうにこんなことを言っても何も変るわけもないが、それでも何かこの今の豊かさの残る景観が、もう一歩でも情景に踏み込めるまでのきっかけをつくれたらどんなにステキな事だろうと思ってしまう。

空の青に秋の深さが増してきた。
早稲の棚田には、そろそろ稲穂が頭を垂れはじめている。
谷からの上昇気流でホバリングしている鳶がやたらと大きく感じる。
一帯の棚田に人影はない。
ついさっきまでバイパスの拡幅工事でユンボが絶え間なく動いていた。
平日の昼間から首にカメラをぶら下げてプラプラと雪駄で歩く坊主頭は、きっと強烈に怪しいヤツに見えているのだろうなぁ・・・

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晩夏の棚田 

2015/08/22
Sat. 22:25

四畳半は留守のあいだにかなり乱れていた・・・というより、荒れていた。
おとうさんのいないあいだにキーポンが自由に使いたい放題に使っていて、もう愛すべきオヤジの書斎の世界は見事に完全に破壊されていた。

8月のはじめにやっと学校が休みになったキーポンが石見銀山の自宅へ帰省した時は、すでにオヤジは寺暮らしが普通になっていて、そのあいだにささやかながら自分の世界に閉じこもることが出来ていたオヤジの四畳半はネコチャンズの遊び場とくつろぎの部屋になっていた。
そこへ、キーポンが合流して、時々ワイフの昼寝部屋になってしまったものだから、夏の3週間足らずのあいだに見事に荒れまくって復元不能になってしまっていた。
先日無住職の通勤坊主になると決めて久々に万善寺を引きあげて石見銀山へ帰った時は、それほどひどく荒れているとも感じなかったのに、その後2日ほど現実を客観的に直視していたら、たった四畳半だけのことなのにやはり何処かしら微妙に自分の安らぎの位置関係がズレていて居心地が悪い。
部屋のアチコチへキーポングッズが散乱していて、いちばん新しいデスクトップのモニターは、静電気に集まった部屋中の埃で薄白く曇っている。

あいかわらず四畳半にはキーポンが居着いている。
シングルサイズの敷布団はほとんど3分の2をキーポンが占領していて、オヤジは窮屈この上ない。ウトウトして深夜に気が付くと、私のメタボ腹がキーポンの枕になっている。
そのまま週末になった朝に目覚めたら、四畳半には私が寺から移動した荷物が平置きになったままになっていた。毎日の暮しをしっかり意識しているように見えて、実はまったく落ち着かないまま数日が過ぎていた。

Mac Musicを聴きながらコロコロや掃除用のウエットペーパーなどを駆使して掃除すること1時間半。だいたい大物が片づいて四畳半なりの広さが戻った。
物置になっていた炬燵テーブルも片づけた。

それから、約束の時間に遅刻しないように大田市富山町の待ち合わせ場所へ移動した。
Iターンのお兄さんがせっかくの休日の大事な時間をずいぶん延長して富山町内を隅から隅まで案内してくれた。
やはり、東西南北、上下左右何処から見ても棚田がとてもキレイだった。
今企画しているイベントの開催は稲の刈入れが終わった秋の真っ最中。
今の夏の名残の棚田は広報印刷物のネタで使うことは出来ない。
やっぱりこの絶景をもとにして、あとは豊かな秋の里山の様子を絵に置換えた方がいいと思っている。彫刻家の吉田でも絵を描くことは出来るが、やはり世間の埃で汚れ切ったオヤジの目で見た風景が絵になるよりは、もっと新鮮な若い目の感性に期待したい。
写真資料をいっぱい用意したし、近いうちに、近所の絵描きさんを説得しようと思っている。
そのおねえさん・・年増オヤジがおごった晩飯の一杯くらいでは「ウン!」といってくれないかなぁ〜

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雑草は年中生きている! 

2015/05/19
Tue. 23:08

朝、石見銀山を出発して万善寺へ向かった。
本当はもう少し自宅でゆっくりしようと思っていたのだが、おかみさんから電話がかかったからいそいで早く出発したのだ。
早朝だったのでワイフが話を聞いてくれて、どうやら、パーマ屋のおかみさんが突然死したらしい。
その香典を持っていけと云う事だったらしいが、おかみさんとの付き合いに未熟なワイフは、長話の主たるテーマを分析できないまま私に現状を報告してしまったものだから、結局無駄に早くに自宅を出発するはめになったわけだ。

大急ぎで寺へ着いたら、あいかわらずおかみさんのエンドレス話が始まった。
それを聞きながしながらドタバタと改良衣の片づけなどしていたら、熨斗封筒とヨレヨレの千円札を持って本堂まで這ってきた。
意味も解らないまま長話のポイントを整理すると、「お前が香典を持っていけ!」と云いたいことがわかった。
自分から葬儀に参列する気は最初から全く考えてもいなかった事だったらしい。
なんで、知りもしないおばあさんの香典をおかみさんの代わりに届けないといけないのか判断に苦しみつつ、喪主さんに悔やみを言って帳場へ熨斗封筒を預けておいた。

その後、お昼ご飯のことで小規模なバトルがあって、それが和平交渉出来ないままおかみさんを老僧の待つ病院へ連れて行った。
痩せたなりに落ち着いている老僧を見て、早速おかみさんが長話しを始めたものだから、それ幸いにおかみさんを病室に残して、自分の用事で2時間近く結界君を走らせた。
島根の東の端に近い広島県の県境あたりへ用事があったので、半日ほど老僧をおかみさんへ任せて出かけた訳だ。
今度の彫刻展のワークショップを煮詰めるための用事だったが比較的楽に会話が進んで、今後必要な資料をこれから随時作ってもらう事で大切な話し合いは終わった。

夕方になって病室へ帰ったら、それまで静かにおとなしくしていたおかみさんが老僧へ向かって急にエンドレスでシャベリはじめた。
今度の入院で思考回路が一気にショートし始めていた上に、断食で体力が消耗して一人で起き上がる事も難しくなってきた老僧を相手に、とにかく鬱陶しいくらいおかみさんがからみ続けている。

夕日はすでに沈んでいるのに夕暮れの景色はまだまだ美しく絢爛に輝いている。晩年に際しては、この夕日のような生き方をしたいものだ!・・・と古人は書き残している。
なかなか俗のしがらみにしがみついているうちは、そのような心境に平然としてすごす事も至難の業だ。

石見銀山の吉田家の玄関先には、もうかれこれ10年以上前に造った限りなく彫刻的なプランターがある。
最初から植栽のネライがあって造ったもので、根付いているのは寺の境内の端ではびこっていた雑草を根分けしたものだ。
毎年、黄ばんで薄汚れた秋の状態を見ると、いつも「今年で最後かな」と勝手に想像してしまうところもあるのだが、あの過酷な冬を乗り越えて春になると普通に新芽が伸びで古い葉が落ちて生まれ変わる。
1年が寿命の我が家の玄関先の雑草だって、根までは枯れる事もなく新しい年の水とミネラルを吸って世代交代して生まれ変わっている。
人間もいつまでもしぶとく自分の代にしがみつかないで、サッサと次の代に世代交代した方がずっと新鮮で瑞々しい世界が開けるだろうに・・・
個人のチッポケなエゴも度をすぎると厄介なお荷物にしかならないね。

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絶景 

2014/06/01
Sun. 04:16

手間替えの大般若会があって島根県最高峰三瓶山を山越えした。
結界君はさすがに急勾配の山道がきつそうだったが、それなりにがんばって走ってくれた。
道中の温度計は32度になっている。
三瓶高原でこの高温だから身体がついていかない。
やっと5月が終わろうとして所々のアヤメがきれいに咲いているこの時期でこの暑さは身体にこたえる。
大衣に袈裟はまだ衣替え前の冬物が本当なのだが、軟弱坊主にはそれがとても我慢できないので夏物を用意した。
厳しい和尚さんに見とがめられて叱られるかと思ったが、結局みんな同じ思いだったようで、打ち合わせがあったように何事もなく夏衣になっていた。

それにしても暑かった。
帰りに、また三瓶山の山越えが終わったところでワイフが教えてくれた絶景スポットのことを思い出した。
もう何年も前にお世話になっていた中学校の校長先生から教えてもらったのだそうだ。
少しでも高いところへいったら吹く風も違って気持ちが良いかもしれないと期待もあって寄り道をした。
結界君を降りて展望台に出てみたら、やっぱり暑かった。
それに、期待が過ぎたのか雄大な展望は望めなかった。
たぶん長い年月のうちに山肌の雑木が伸びたせいだろう。
マメに管理をすることも難しいだろうからしかたのないことかもしれないが少しガッカリした。

石見銀山には山吹城といわれていた城跡の山があって、地元の消防団や史跡保存会のみなさんがマメに草刈りなどの営繕をして管理していらっしゃる。
町並みの通りから見上げても山頂の平地の形状や桜の枝ぶりが望める。
ということは、山頂からの眺めはその逆で石見銀山の町並みどころか、条件が良ければ遠くは日本海や出雲大社のあたりまで見渡せるし、もちろん三瓶山の勇姿も望める。

石見銀山の谷をはさんで山吹山の反対に銀の採掘鉱山の仙ノ山がある。
この山の頂上あたり一帯が昔は鉱山で働く人たちの住居や今で言う役所や管理棟や精練所などが集まった集落になっていた。
その場所へ登る林道の途中に展望の良い物見の場所があって、20年ほど前は家族で時々登ったりしていた。
あのころは見晴らしもよかったが、つい5・6年前にその場所まで行ったら、三瓶山の展望台と同じで斜面に植林されたスギの木が伸びて見通しが悪くなっていた。
それからまた数年して登ってみると、なんと足場パイプを組み立てて展望やぐらが出来ていた。
伸びたスギを切るわけにはいかないから、誰かの発案が採用されたのだろう。

その後、現在まで登ることがないから今どうなっているか知らないが、ヒョッとしたら展望やぐらがもう1段高くなっているかもしれない。
絶景を維持することもなかなか骨の折れることだ。IMG_1185.jpg

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朝の石見銀山 

2014/05/29
Thu. 07:44

暑い1日が去り・・といっても今日も暑くなるかもしれないけど・・
ひとまず、今の石見銀山はとても清々しい快晴の朝を向かえています。

この時間の町並みは、20年ほど前に移り住んだ頃の雰囲気が漂っていて、本当はあの頃とほとんど変わっていないんだなぁと改めて気づかされる。
それにしても、石見銀山が世界遺産に登録される前後はすごかった。
大型観光バスが長蛇の列で、町並みにはマイカーが氾濫し、路線バスは増便して1日中ひっきりなしに狭い石見銀山の谷を往復していた。
ベルトコンベアーで出来上がった製品が押し出されるように観光客がゾロゾロと狭い町並みを道いっぱいに広がっていた。
町民は日常の暮らしが出来なくなって、独居老人の引きこもり現象が加速した。
町並みに面している吉田家も、玄関からの出入りが難しくなって裏口から裏庭を通って銀山川を渡って新道へ出るようなことをしていた。

今は世界遺産ブームも落ち着いて観光客の入り数も半減して住民の暮しも少し落ち着いた。
雨後の筍のように町内の空き家を借りたり改造したりして出店した町外の商売業者も、冬シーズンの閑古鳥にねを上げて2~3年は辛抱したがそのうち蜘蛛の子を散らすように去っていった。
行政も町並みの改修工事が間に合わなくて、当分の間生活道の通行止めが続いた。

色々あったけど、世界遺産登録になって5年が過ぎ10年が近づく頃になってやっと平穏な日常が戻ったような気がする。
さて、住民としてはそれでいいかどうか悲喜こもごも色々あるようだ。
それに最近は、今までに経験したことのないようなゲリラ豪雨や、数十年に1度あるかどうかの豪雪などの自然災害も増えてきて、そちらの方も気が抜けない。
吉田家裏を流れる銀山川も危険水位ギリギリを何度か繰り返しているし、川に面したのり面の石垣もその度に削り取られて、数にすると片手くらいになるだろうか?大きな石が川に転がり落ちてそのままになっている。

そんな状態の石見銀山で始めた現代彫刻小品展も、気がつけば早いもので5年目を迎えた。
今まで7月に行っていた展覧会が、今年は10月に変わった。
最近借りている会場が、秋口まで数ヶ月にわたって石見神楽のイベントでおさえられたからだ。
こればかりは早い者勝ちだから仕方がないので、色々思案した揚げ句に、いっそのこと気候のいい10月にずらすことにした。
ちょうど稲刈りも終わったくらいの時期だし、紅葉には少し早いがそれなりに気楽に出かけやすいかもしれないと都合よく思っている。
心配なのは、お手伝いをしてもらえるかどうかということと、秋の長雨に台風。
これを乗り切ればなんとかなるだろう・・・
もっとも、その前に彫刻が集まるかどうか?それが一番心配だったりするんだけど・・・

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秋晴れ 

2013/11/05
Tue. 07:46

このところめまぐるしく天気が変わって、晴れの日が続かない島根県です。
秋も深まってきた感じの日本海は、このまま冬になって行くのかなぁ・・と思っていたら、今日は珍しく快晴の予報。
薪作りにピッタリの天気になりそうです。

吉田家は2〜3日前から夜の夕食時にかけてストーブを焚き始めました。
まだ世間はそれほど寒いわけではないので、古新聞を丸めて焚き付けにして、昨シーズンの残りの薪を二つ三つ放り込んでおけば、その程度で結構部屋が暖まります。

久々の法事が終わったお斎の席で、カメムシの話題が出ました。
今年の万善寺のあたりはカメムシが例年より多いそうです。
そういえば、工場の倉庫で保管している彫刻の梱包材料にも、結構潜り込んでいて、移動の度に彫刻がカメムシ臭くなってなんとも厄介な搬出だったことを思い出します。
カメムシが大量発生した年は大雪が降るのだとか・・法事の席で地元の古老がおっしゃっていました。
そろそろ、スタッドレスの心配もしなければいけません。
季節の巡るのは実にはやいものです。
せっかくの晴れ空が続きそうですから、しっかりと薪作りにせいを出して、一冬に備えたいと思います。

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オヤジ引きこもり計画 

2013/07/11
Thu. 07:22

久々に朝からくつろいでいます。
ワイフがキーポンを送ってくれるというし、少し落ち着いてメール整理などしようと思っています。

昨日は、例のごとくおかみさんをかわしつつ草刈り。
日中の3時間ほどは、暑くて仕事にならないので休息。
朝夕の数時間あまりで万善寺周辺の半分ほど終わらせることが出来ました。

このところ昼のうちに在宅していることがないので、ネコチャンズが若干ストレス気味じゃないかと心配。
少しは遊んでやらないと可哀想と思いつつ、やはり自分の用事を優先してしまいます。

彫刻展の報告書作成の準備(何かややこしいけど・・)を、草刈りしながら頭の中で組み立てています。
とにかく、記憶が薄れないうちにコアなスタッフとミーティングをする必要を感じます。
浜田の巡回彫刻展も、おおよそ文字データがそろいました。
しばらく外仕事が続いたし、ポスター原稿の作成もあるし、自分の彫刻搬出のスケジュール調整もあるし・・・久々にデスクワークで書斎に篭ろうかと考えているところです。

その書斎も、ヌシがいない時はネコチャンズの寝場所になっているようです。
まぁ、のびきった奴らを見ていると、無駄にストレスの心配などする必要もないようで・・彼らの気楽さが若干うらやましかったりもします。

あぁ〜〜、でもやっぱり・・日がな一日書斎に引きこもるより、いくら暑くても外で汗流してたほうがいいなぁ・・シャワーのあとの一杯も旨いし・・

写真

写真-2

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暑い朝 

2013/06/16
Sun. 06:46

島根県は干上がっています。

暑い日が続いているせいでしょうか?
まだ6月だというのに結構立派なスズメバチが家の中に迷い込んできます。
今はビッシリ葉を付けて、陽の光を遮っているスモモの木にはアシナガバチがセッセと巣作りをしています。
玄関口では軒先でツバメが子育てをしています。
吉田家にはもう20年ばかりアオダイショウがヌシで住み着いていて、そのせいかムカデもほとんど出ないし、散らかしているわりにはネズミもゴキブリも少なかったりして、時々「あぁ〜、アオダイショウが守ってくれているんだなぁ〜」と思い出しています。
そのアオダイショウが、ツバメの卵やヒナを飲み込んでしまうのも、もうそろそろ。
毎年、この時期になると、吉田家の玄関先では自然の摂理に逆らえない惨劇が発生します。
さて、今年はどうなる事でしょう・・
朝からジンジン暑さが増す中、モンシロチョウが優雅にヒラヒラ飛んでいました。
久々にゆっくりとチョウチョを見たような気がします。
さて、これから取残しの梅でも収穫しましょうかねぇ・・

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在りし日の勇姿 

2013/05/21
Tue. 04:40

ポンコツ君のクラッシュで、現在安い中古車を検索中。
気がつくとすでに夜明けになりつつあります。

こうして久しぶりに市場を見ていると、中古車も結構高くなっているような気がします。
世間の景気がこのようなところでも影響しているのでしょうか?

一方・・・万善寺のほうは・・・
昨夜が通夜で今日が葬儀。
久々の3仏(坊主3人)の葬儀は、超ベテランの和尚さんにはさまれて、真ん中のチキン導師は小さくなっています。
事故処理の合間を縫って書き上げた引導も、まだ数回しか読み返していないし、法式の次第もどこまで頭に入っているやら曖昧なまま本番に望むことになりそうです。
もっとも、ベテラン和尚さん方のアドリブもなかなかのものなので、あまりキッチリと次第を覚え込まないでおいたほうが良いのかも知れません。
それに、アドリブの方は元気だった頃の万善寺老師に散々鍛えられているので、何とかなるだろうと気楽に考えるようにしています。

枕経から仮通夜と、故人のご親族さんへ密かにお経指導をしておいたせいか、昨夜のお通夜の親族席からは、とても大きなお経声が聞こえてきて、久々に気持ち良く(??)お経を読むことが出来ました。
100歳を越えて大往生のおばあさんもさぞかし喜んでいただけたことでしょう。

いずれにしても、あれだけのクラッシュ事故のあとで、無傷のままこうしてスケジュールの大きな狂いもなく仕事が出来ているのは、万善寺ご本尊の観音様の御陰と思っています。
昨日は、塔婆書きなどの葬儀法務の合間を縫って、事故現場のお清めに行ってきました。
精いっぱいの大きな声で般若心経や観音様の御真言を読み上げると、何となく自分の心の乱れも薄れたような気がします。
何時何処で何が起きるか見当もつかない毎日で、ことの運不運は本当に紙一重の世界だということを実感しました。
頂いた命を大切にして、残りの人生を悔いなく全うしたいものです。

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和尚走る 

2013/04/16
Tue. 06:55

万善寺は、島根県と広島県の県境あたりに位置する末寺で、そこの住職を務める私は、まさに山寺の和尚さん。

その山寺から車で片道30分チョットの広島県の町まで七日勤めが始まったのが先週のこと。
葬儀の朝は雪が降ったりしてビビリ上がった私も、初七日はポカポカ陽気で絶好のドライブ日和。
ポンコツ君も気持ち良さそうで走りも快調。

施主さんご自宅には、葬祭場から用意された三つ具足などの仏具がそろった仮の祭壇も出来ていて、仏事に縁のなかった施主さんへ色々今後の流れをお話してからお経を読んで帰路につくまで1時間。

現代彫刻小品展の後援やら協賛などの依頼書類を作成したり、各所にお願いしてまわったりしないといけない時期になっているのでそちらの方も気になるし、週明けの予定を考えると、帰りは直接石見銀山へ向かうことが得策。

広島県のその町から日本海にそそぐ江の川の岸に沿ってひたすら自宅をめざして北上。
周囲の山々に広がる新緑の萌黄がとてもキレイでした。

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桜満開 

2013/04/02
Tue. 09:48

早いもので既に4月。
毎月恒例の東堂老師さん通院が早々から入って、予約時間の30分前に万善寺庫裡玄関へ横付けしかけてたら、東堂さんの方からヨチヨチ車まで歩いて来ています。
思えば、昨年の夏は食事もまともにとれないほど弱っていたのに、ずいぶんんと元気を取り戻したものです。
私の方は午後からはお墓の移転撥遣のおつとめが入っていたので、少しでも早く寺へ帰りたかったのですが、結局薬をもらったりしてあれこれ用事をすませていたら軽くお昼を回ってしまって焦り気味。
いずれにしても、年相応それなりに元気になったことは目出度いことでありますが、こちらとしても、年金暮らしの老夫婦を支えるだけの体力が無い上に、我が子の面倒もまだまだ残っている状態で、日常の暮らしもなかなか厳しいものがあります。
思い出すと東堂さんの最初の発病が50歳を過ぎたあたりで、その頃の私は東京暮らしがはじまってやっと3年目。
当時のことですから、東堂さんも結局生命保険に入る資格を失ってそのまま現在に至る。
島根に帰った私がやっと石見銀山へ落ち着いた頃になって、今度はおかみさんが倒れて救急搬送さわぎ。ほぼ1日近くかかった大手術を乗り越えて、今は拒絶反応もないまま馬の心臓が動いています。
そんな二人の老後の暮らしを支えているのが、何とも不甲斐なく頼りない私なのであります。

まぁ、愚痴にもならないようなことをつらつら考えつつ銀山街道の復路を走らせていたら、往路では気付きもしなかった「さくら街道」ののぼり旗が道の両脇ではためき、九日市の町筋には立派なしだれ桜が満開に咲き乱れています。
せっかくだからと、わざわざ車を止めてしばし桜見物。
色々あっても、満開の桜が目に入っただけで元気になれたような気がします。
今日の石見銀山は朝から雨模様。
あの満開の桜も、昨日あたりが最後の見頃だったのかも知れません。

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粉雪舞う 

2013/02/08
Fri. 09:45

久々のアイスバーン走行に、結構緊張しました。
キーポンの風邪が入ったのか、今一つ調子が出ないで体調不良のまま、このところ2日間続けて通勤坊主・・といっても、用事は寺と関係ないし、私の体調不良が年寄りに移ったりすると厄介なので、寺へ寄らないまま、用事だけすませて石見銀山へ帰宅しているところです。
石見銀山では乾いていた路面も、赤名高原では断続的に粉雪が舞っていて、「これは夜のうちに降るかも知れないなぁ」と思いつつ日が暮れてから帰宅したところですが、案の定一夜明けるとうっすら雪景色。
ほぼ年中素足にサンダルか雪駄履きの私でも、今朝の雪は結構冷たく感じました。
学校まで送った帰りには、高価な黒い電気自動車が畑へ突っ込んでいました。
もちろん、路面はピカピカ。
ポンコツ君も、交差点を曲がる度に2・3度お尻を振って、やっと自宅までたどり着いたところです。
まぁ、この時期、もう少しドッサリと雪でも降らないと、夏の水不足に悩まされることになるし・・
降ったら降ったで厄介だし、降らなきゃ降らないで先行き心配だし・・・
自然のお陰で暮させてもらっているチッポケな自分に気付かされるこの頃です。

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雪事情 

2013/01/28
Mon. 06:53

どちらかというと、冬とか雪は好きなほうです。
朝目覚めて、部屋の空気がヒンヤリしていると、「ヒョッとして昨夜は雪だったかな?」と期待したりしている自分に気がつきます。
島根の方でも、このところ大雪に注意を呼びかけているようですが、石見銀山は、そこまで大騒ぎすることもないほどの雪景色。
万善寺の方も、大屋根からの雪ずりの山も申し訳程度。
この程度の雪だと、まだ、裸足に雪駄でうろついていたりして、ワイフにだらしないと叱られています。
やはり予想のとおり、大寒から一気に冷え込んできたし、立春あたりにもうひと山あるかどうか・・

雪が降った次の朝は、デジカメもってイソイソと出かけることもしばしばです。
降り積もった雪のお陰で、明暗のコントラストや切り取ったフレームの面積比がとてもキレイなので、私の写真ライブラリーには、雪景色がかなりたくさん集まっています。

何れにしても、近年に珍しく今年の冬は、雪の少ない過ごしやすい日々が続いています。

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春めく 

2013/01/13
Sun. 08:27

やりかけの仕事をまとめて荷物にして、さしあたって必要な身の回りのものを揃えて、夕方近くになってから石見銀山の自宅を出発して寺へ移動。
キーポンはピアノの発表会に向けて最後の練習日にもなるし、本当は付き合ってやりたいのですが、寺のことも無視出来ません。

さいわいこのところの好天に恵まれて、雪解けも進み、移動中の緊張は和らぎました。
谷間の川沿いの道を上り続けて赤名高原の国道へ出ると、急にあたり一面が夕日に照らされてオレンジ色に染まっています。
日本海に沈む夕日もきれいですが、こうして残雪がオレンジ色に輝いているのもなかなか見ごたえがあります。

寺へ到着して、狭い境内をふさいだ雪ずりの山を、ポンコツ君の馬力で無理やりかき分けて、久々に庫裏の縁側へ横付けして荷物を下ろしたあと、夕焼けに染まる参道や、雪の残ったあぜ道を、しばし散歩。

昨年の今ごろは、まだ吉田家長老のジジイ犬も生きていて、ヨタヨタとこのあたりを散歩していたなぁと思い出したりして勝手に感傷にふけりつつ、一方で、このまま東堂さん夫婦の日常生活のひねくれた現実に引きずり込まれようとするタイミングを出来るだけ引き伸ばそうと、無駄な努力をしたりしている自分に気がつきます。

雪の下からのぞく枯れ草の乾いた香りと、湿り気を帯びた腐葉土の香りと、季節を間違えて緩みはじめた若芽の青臭い萌えの香りが混ざって、風に乗って漂ってきます。
何とも春めいた1月中旬の1日が終わろうとしています。

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初夕日 

2013/01/12
Sat. 07:37

自分の周辺だけかも知れませんが・・・
今年の島根は、雪もほとんど降らなくて、おおむね過ごしやすい日々が続いています。
だからといって、気を許してしまうと、大雪になった時にグッタリと疲れてしまうので、それなりに緊張の日々であったりもします。

そうこうしているうちに、そろそろ大寒がやってきます。
普通だと、この頃からもうひと荒れあって、立春を迎える頃にもうひと山あって、それが過ぎると少しずつ空気がぬるんできて、春めいて来る予定です。
ところがこの数年間は、その常識も少しずつ狂いはじめて、4月になってもやたら寒い日が続いたりして、老化が進行している私の身体には、結構厳しいものがあったりします。

この1週間ほど、キーポンの送り迎えをしながら、万善寺への通勤坊主に生活を切り替えていますが、書類と一緒の移動の気疲ればかりで、思ったようにはかどらない仕事に、余計疲労感が増してきます。
今度の3連休を区切りにして、ひとまず石見銀山の暮らしに切り替えようと、心に決めているところです。

彫刻絡みで1月末に一仕事頂いて、その打ち合わせがてら、寺の消耗品を買い出しに行ってきました。
本堂で使う線香も、ホームセンターにあるような安いものではどうも体裁が悪いので、1束数千円ほどの、それなりのものを用意していますが、私の知らない間に、東堂さんが気前よくパッパと使っていくので、気が気ではありません。
日常の本堂務めは、出来るだけ東堂さん夫婦にゆだねるように気を付けていて、延々60余年続いていいる毎日の用事を彼らから奪ってしまわないほうが良いように思っているのですが、それもいささか限界を感じているところです。

まぁ、いずれにしても久々に気晴らしも兼ねた長距離をぐるっと一回りして、9号線を西へ向かっていると、この時期には珍しいほどの良い天気で、時間的に海に沈む夕日が見れそうだったので、ひそかに決めている夕日スポットへ急ぎました。
冬の太陽は、昼を過ぎると、どんどん斜めに傾いて、陸の方へ沈んでしまうので、私の行動圏内では、島根県の沿岸でも海に沈む夕日を普通に見ることが出来にくくなります。
この度も、ギリギリセーフで間に合ったところ。

色々複雑な心境ではありますが、今年はじめての、初日の出ならぬ初夕日となった、記念すべき1日となりました。

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2017-10