工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

銀座で一杯 

2018/03/27
Tue. 23:02

キーポンの部屋へ鍵をかけて、最寄り駅まで7〜8分歩いて、電車に乗って、1回乗り換えて、有楽町駅から10分位歩くと、彫刻のグループ展会場へ到着する。帰りは、キーポンの部屋までだいたいその逆をたどっているが、時には新宿で夕食をしたり、最寄り駅で軽くいっぱい飲んだりすることもある。
展覧会が日曜日からはじまって、毎日そういう生活をしているが、とにかく、東京の人は早く歩く。田舎オヤジはなかなかそういうペースについていけなくて、今朝、駅まであるきはじめてしばらくしたら、右足の小指が靴ずれで痛くなってきた。もう1年以上履き続けている靴なのに、今になってどうも収まりが悪くなってしまった。1日会場の受付をしていると、夕方には足がむくんでいる。靴ずれはそのせいもあるかもしれない。

上野の都立美術館で東京二紀や独立の春展をやっていて、せっかくだからそちらへも回ろうと思っていたのだが、受付のタイミングがうまくあわなくて今日になってしまった。
朝に画廊を開けてすぐに彫刻出品のメンバーが来てくれたので、2時間ほどヒマをもらって痛い足を引きずりながら上野まで行ってきた。
このところの陽気で満開の盛りは過ぎた様子だが、まだ十分にきれいな上野の桜を横目で見ながら美術館へ急いだ。ずいぶん昔、8年間ほど通い慣れた上野公園も、あの頃の面影を探すのが難しいほど様変わりした。知らない別の町の似たような雰囲気の公園を見ている感じだ。

展覧会の絵画や彫刻はどれも力作ぞろいで見応えがあった。
作家の個展形式の部屋が5つくらいあって、美術館の高い天井も開放感があるし作品の統一された部屋の雰囲気が良かった。
広島出身の彫刻家が、結婚して東京に住んでいて、東京二紀の展覧会へ出品している。とても真面目で丁寧な彫刻で、自分にはああ云う制作の仕事をすることは「絶対にできない!」といつも思っている。
今回も、テラコッタの首像を始めとして幾つか出品していた。昼間は銀座の画廊から5分位のところで仕事をしていて、DMを送っておいたら2日続けて職場の昼休みを使って差し入れをしてくれた。
短時間だけど、彫刻の感想を話した。メシの糧を稼ぎながら時間を調整して彫刻を造り続けることそのものが、ナカナカ普通にできることではない。自分もそれでこの年齢まで乗り切っているからひとごとに思えなくて気になって、言わなくても良い余計なことまで言ってしまった。
継続して彫刻を造るだけでオオゴトなのに、その先のことまでオセッカイがすぎると、それこそ本人には大きな迷惑だ。
頂いた差し入れをほうばりながら反省した。

週が変わって今日になってはじめてキーポンの勤務が早く上がる。彼女はまだ銀座の画廊を見ていないから、LINEで地図を送っておいた。
夕方になって合流して、会場のクローズを見届けて、その広島出身の彫刻家と銀座の何処かで余計なことは言わないで楽しく一杯飲もうと思う。

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島大卒業制作展 

2018/03/03
Sat. 21:19

一週間がアッという間に過ぎてしまう。
1〜2月はどうしようもないほど光熱水費が無駄になったから口座引き落としの支払いがうまくいったか気になってしょうがないので、昨日は昼過ぎから金融機関を一巡した。
松江と広島を結ぶ国道54号線に点在する小さな町の金融機関は、今では郵便局だけ残った。地方銀行は何年も前から早々と撤退してATMの数も少ないし、JA銀行は行政区域の統廃合前から農協独自の裁量で店舗数を縮小した。
先代住職は農協の口座をメインに利用していて、お檀家さんもほとんどが農業従事者だからそれが今でも便利に引き継がれている。住職を引き継いだ方の私は全く農協と縁がないから何のメリットもなくて不便極まりない。なんとかして早く農協と縁を切りたいと思っているのだが、飯南高原一帯が農村地帯だし隣近所の付き合いもあって、自治会の集金とか会計とかが絡んで簡単に抜け出せそうにない。
決して田舎暮らしを否定するわけでもないし、むしろ慌ただしく落ち着かない市街地の暮らしを思うと、少々の不便も気にならないほどマイペースにのんびりとできて、そういうゆったりとした田舎なりの時の流れが気に入っている。それでも、現代社会の日常は田舎も街場も変わりなく同じシステムが導入されてコトが進んでいくから、金融機関の利便性ひとつとっても不便極まりない。私など今のうちは老体を鞭打ってダマシダマシ動いているが、そのうち近い将来それも難しくなるだろうし、田舎で暮らす高齢者にとっては生活の基盤が崩壊する事態がすぐ近くまで迫っている。
金融機関のことで大げさに思うかもしれないが、今の自分にとってはとても重要なことだと感じている。

国道に沿って幾つかの用事を片付けながら北上して松江の県立美術館へ向かった。
ちょうど島大の卒業制作展の会期中で、石見銀山の近所の大田市出身のK君が木彫の作品を展示していて、それがお目当てだった。
近年の少子化も影響しているのだろうが、今年の卒業生は6人だった。そのうち彫刻の専攻が2人で、もう一人は粘土の焼締めというかテラコッタというか、比較的工芸よりの作品だった。
K君の木彫は、制作の方向性がシンプルにダイレクトに伝わって好感が持てた。
若いうちは、色々考えるし悩むし迷うし、なかなか自分の思いが素直に形になってくれないところもある。彼の場合は、自分が今何をしたいのか、今の自分に何が出来るのか、そのあたりの気持ちのブレが少ない説得力のある彫刻に仕上がっていた。
造形の厳しさとか緊張感とか構成力とか、そういうものはこれから少しずつ場数を踏んで確かめていけば良いことで、誰でも最初からなんでもわかって出来上がるものでもない。願わくば、卒業制作を彫刻の着地点に思わないで、今後のさらなる展開をにらんだ出発点と意識してもらいたい。
一般社会での制作環境は、素材とか技法とか道具や機材など、学生が研究室で制作しているレベルとは全く違ってくる。彫刻制作は一人で一部屋にこもって何とかなるものでもない。周囲の様々な協力や理解がないと出来るものではない。彼の就職先は、私の鉄工場からそれほど遠くないし、島根県中央部の工業地帯にも近い。彼は、どちらかといえば人懐っこいところもあるし、うまくいけば良い彫刻の芽が育つかもしれない。

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本池文乃インスタレーション 

2017/12/05
Tue. 21:08

石見銀山の町並みに雪が舞っていた。
今年は11月に既にチラリとぱらついていたから初雪とは云えないが、これだけ冷え込んだ朝は今までになかったから、本格的な冬に入ったと認識していいだろう。
ワイフの勤務先と万善寺の方向が一緒だったから、珍しく二人一緒に自宅を出発した。
ワイフは途中から三瓶山へ上っていく。
私はいつものように三瓶山を迂回して銀山街道を飯南高原へ向かう。
海抜は450mくらいだと思うから、石見銀山よりは確実に雪が多いはずだと覚悟していたが、路面が白くなるほどでもなく4WDも使う必要も無くて助かった。それでも、寺の境内には屋根からの雪吊りが溜まっている。

12月の3日は富山でクリスマスイベントを兼ねた「富山カフェ」があった。
私は大牟田へ彫刻の搬送があったから、当日のワークショップはノリちゃんにお願いしておいた。その様子を写真などに撮ってこまめにメール送信で報告してくれた。ムサ苦しいオヤジが愛想もないワークショップをするのと比べ物にならないほど大盛況だったようだ。写真の様子を見ていて、いっそのこと、教室展示を12月まで引っ張っても良かったかなと気付いた。とみ山彫刻フィールドアートワークも3年目を向かえて、少しずつ地域に定着しつつあるように思うが、やはり大事な情報が抜け落ちていることも多くて、ネットワークの甘さを感じる。

その教室展示も年々内容が充実して、少しずつ美術芸術のレベルが上がっているふうに思う。個展をお願いする時も、富山のような地域立地条件が活かせるように工夫するなら、単発で毎年作家が入れ替わるより、地元密着型の展覧会を組み立てて、作家の定着や個展の継続があったほうが良いようにも思う。
第一線で活躍する造形のプロが提案する堅牢な個展も良いが、作品の方向性を模索しつつ研究と検証を繰り返す若い作家の継続的な個展があっていい。

昨年から2回連続個展になる本池さんのインスタレーションも、そういう意味で造形の方向性を探る実験的展示になっているようだ。一つの教室を一人の作家が継続して使用できる環境の利点が活かせる提案を提供することも大事なことだと思っている。
インスタレーションは、一年1回、二年でたった2回だけの発表で、その真価を左右できるものでもない。たくさんのドローイングと、シミュレーションを繰り返し、それを実在に置き換え、具体的な実践を繰り返すことで、少しずつ表現の方向性が見えてきて空間構成がかたちになっていくところに造形の広がりや深みが出て作品の完成度が高まる。
彼女はまだ自分のセンスを自分の自由に操作表現できないでいるジレンマを持っているふうに感じる。素材の選択肢とか構成表現の工夫とか、そのあたりのボキャブラリーが熟れるまでには、まだもう少し時間が必要な気がする。今のところ彼女のベースに平面への指向性を強く感じる。空間構成はある意味で立体的造形要素を機能させることも大事なことであるし、構造上の工法や展示上の安全性とか、絵画的要素の枠を越えたところで無視できない制作上のさまざまな問題を一つずつクリアーしながら作品のレベルアップを目指して欲しい。次の展開が楽しみな作家の一人だ。

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井形さんの教室個展 

2017/11/24
Fri. 10:00

珍しく一日中晴れてくれた。
雲は多かったが、久しぶりに青空を見る気がした。
ちょうど、富山の彫刻展会場から展示台を搬出して倉庫へ移動することにしていたので、恵みの晴れになった。

朝から会場の復元をしていたらユキちゃんが手伝いに来てくれた。それからしばらくして周藤さんも来てくれた。
2階の会場と1階を何度も往復しているうちに、調子の悪い膝がシクシクと痛くなりはじめた頃だったので、2人の応援はとても助かった。
1日かかると思っていた搬出作業は、2人のおかげでお昼過ぎに終了した。工場近くのレストランでお昼ごはんを食べて、そのまま別れるのも味気ない気もするし、ささやかな中間の打ち上げをしようということになった。その会場はノリちゃんの旦那のお店。
夕方から飲みはじめて夜になって気がつけば午前0時が近づいていた。周藤さんと一緒だとどこかしら気持ちが華やいでツイツイ飲みすぎてしまう。どうやって自宅へたどり着いたのか記憶がなくて、気がつけば朝になっていた。

井形さんの彫刻は12月に入ってから搬出することにしていて、それまでに梱包を済ませることになる。
10年位前に福岡の彼女の自宅を訪ねたことがあるから、こんどの彫刻返送移動が楽しみだ。
彼女はタケちゃんと大学が一緒で会期中には学生時代の話で盛り上がっていた。
彫刻の方は、二紀会の彫刻部に出品を続けていて、長い間揺れていたテーマが数年前に落ち着いて固まって、それからすぐ会員になった。
福岡には木彫の馬場さんとか新庄さんとか、スケールの大きな彫刻を造る作家がいるし、宮崎では石彫の田中等さんが精力的に地元地域に根付いた彫刻イベントを仕立てているし、他にも九州には元気の良い彫刻家がたくさんいてとても刺激になる。
井形さんも最近彫刻の展開が面白くなっていたから、富山小学校の教室個展で今のシリーズを一気に集めると「素敵だろうなぁ〜」と思うようになって誘ったら、少し間があってから承諾してくれた。
彼女はとみ山彫刻フィールドアートワークが始まってから島根へ移動して会期中会場当番を手伝ってくれた。やはり、出品の作家が会場にいるだけで場が締まる。
聞くところによると、彼女の彫刻家人生で個展をするのは初めてだったらしい。
ちゃんとした美術館の展示室でもない廃校の小学校の教室が初個展の会場になってしまったわけだが、はたしてそれでよかったのかどうか?・・・私自身は、とても良い見ごたえのある個展になった気がする。これを機会に、もっと精力的に発表活動を展開して欲しい。

若干二日酔い気味でこたつに潜り込んでキーボードをプチプチ叩いていたら、クロがノシノシと私の上へ乗ってきた。珍しいこともあるものだが、それにしても重くて息苦しい。
結局晴れたのは1日だけで、今朝は一気に冷え込んで雪が舞っている。

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竹田茂教室個展 

2017/11/22
Wed. 23:32

石見銀山の町並みは、昨夜の雨でしっとり濡れていた。
このところ、連日雨が続いていて、晴れたかと思うとほんの数時間後には雲が広がってそのうち小雨が降り始める。
山陰の晩秋から初冬はだいたいこんな感じを繰り返しながら少しずつ本格的な冬になっていく。

富山の彫刻イベントが終わってから、会場の後片付けや復元整理などの仕事があるので、朝から富山小学校へこもることにした。
工場へ寄って搬出作業に必要なモノを結界君へ積み込んで日本海沿いの国道を走っていたら途中からまた雨になった。結界君のリヤデッキには濡れてほしくないものを積み込んでいたが仕方がない。早朝の通勤時間は田舎道でも車が混み合っている。焦ってもしょうがないから車列の流れに身を任せるしかない。こういう時に限って信号の運が悪くて、ことごとく赤に引っかかってしまう。iPhoneからカーステレオのAUX端子へ繋いで気の晴れるような何かを探した。マイリー・サイラスが珍しくカントリーがかった新しいアルバムを出していて、耳に心地良からそれにした。彼女のことは世間では音楽活動以外のところで何かと話題になることが多い。とても良い音楽センスを持っていると思うし、リバイバルのカバーも吉田のようなオヤジ世代の心をくすぐるのが上手い。

竹田茂氏とは古い付き合いで、周藤さんより長い。
昔から「タケちゃん!」とよんでいて、それぞれの子供が小さかった頃はよく一緒にキャンプをしていた。
制作の方は絵画中心で発表を続けているが、たとえば現代彫刻小品展のような島根県内での展覧会には抽象や具象の彫刻を造って出品してくれる。もともとは、確かインダストリアルデザインを勉強していたと思うから、立体のことも詳しいし、そういう方面への興味もあるのだと思う。絵画作品でもレリーフを強く意識した立体感の強い仕事を長く続けているから、どこかしら立体的造形感のようなものが捨てがたいままでいるのだろう。
富山の企画が始まった時に、教室個展にタケちゃんを誘ってみるのもいいなぁと思っていたが、もともとが小学校の教室で便利よく使われていたわけだから平面の展示には不向きな環境でもあって、個展のことを言い出しにくいまま別の若い平面作家で試してみることにして1年が過ぎた。彼なりに、今までの制作の方向性を振り返ってみるのもいい時期だし、次の方向性を試すにも適当な会場だろうと思って個展の話をふったら、さり気なくパクリと食いついてきてくれた・・・というわけで、今回連続2回目の「竹田茂教室個展」になった。

やはり、タケちゃんは絵を描くことがスキなんだなぁと、改めてそう思った。半立体の絵画にこだわりすぎるのもどうかと思って観るようになった。最近では、平面とか立体とかそういうシンプルなククリで造形の認識を区別できることが難しくなっている。自己表現の多様化が進んでいるということだろうから、そういう世間では自分の方向性を整理してあまり複雑にしないほうが良いと私は思っている。もちろん、彼くらいのベテランになるとなかなか捨てがたい彼なりのコダワリもあるのだろうけどね・・・

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とみ山彫刻フィールドアートワーク前夜 

2017/11/07
Tue. 15:19

六本木での彫刻搬出は、ドライバーさんの動きが良くてとても助かった。
それでも終了は夕方5時少し前になった。
気がつけば、石川の小尾さん夫婦と山陰のチャーター便だけが野外搬出口に残っていて、来年の再会を約束しながら小尾さんたちとハグして別れた。

数時間の労働の間に調子の悪い膝が少しずつ痛みはじめて、移動の地下鉄の階段がつらかった。
新宿バスタから出発の高速バスには十分間に合う。
近くのマクドナルドへ寄って、夕食代わりのセットとコーヒーのMサイズを余分に買って待ち合わせの時間調整でラップトップを開いた。
1時間ほどの余裕があったからブログを1つ書いた。
周囲のざわめきが適度な意識の壁になって、キーボードに集中することが出来た。
島根に帰ったあと、とみ山彫刻フィールドアートワークの準備から終了まで、脆弱なインターネット環境の暮らしが続く。iPhoneがあれば、メールやデータの確認くらいは出来るから、パソコン絡みの事務機器は持って歩かないことにした。昨年まではプリンターまで行く先々へ運んでデスクワークをしていたが、会場配布の目録やチラシなどの枚数も過去のデータでだいたい予測できるし、出来るだけシンプルに会期中の毎日を乗り切ることにした。
ブログを書いたあと、そういうスケジュールの最新版をつくったりして切りの良いところでラップトップを閉じた。

少し早いと思ったが、バスタの指定場所へ移動して高速バスの到着を待っていると、予定の時間が来てもバスがやってこない。今までにそういうことなど無かったから少し心配になった。それから30分ほど過ぎたくらいに交通渋滞に巻き込まれたとアナウンスがあった。夕方の混雑する時間帯だから仕方がないとあきらめて、旅のお供で鞄に忍ばせておいた文庫本を取り出した。
短編のタイトル1つ分読んだ頃にまたアナウンスがあった。回送の途中で起きた交通事故に巻き込まれて身動きができないでいたが、別のルートへ迂回出来ることになってそちらへ動きはじめたということだった。結局バスタの指定場所へ高速バスが到着したのは出発予定時間から1時間半を過ぎた頃だった。
出雲の駅前に着いた時は、定刻より1時間ほど過ぎた頃だった。高速道を一晩走っている間に時間の遅れを30分ほど稼いだことになる。さすがプロの根性と感心しながらドライバーさんへ礼を言って別れた。

石見銀山の自宅に帰るとワイフは仕事で留守にしていた。旅の服を着替えたかったが、あとのこともあるし、必要なモノの出し入れで結界君と自宅を数回往復して、そのまま万善寺へ向かった。
寺にあるポットやカセットコンロや小さな冷蔵庫など、会期中富山で必要な備品を整理して結界君へ積み込んだところで体力がつきた・・・というわけで、10月29日夜車中泊、30日夜車中泊で、31日夜は万善寺の庫裏でダウンしたのでありました・・・

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ヒョロリくんの彫刻ー「かたち2」 

2017/09/23
Sat. 21:00

最近の島根県は・・・というより、石見銀山とか飯南高原とか奥出雲とか、私がウロウロと行動しているあたりは、雲の多い日が続いている。
今朝も、うろこ雲の向こうに朝日が出ていた。
うろこ雲が広がると近いうちに雨になると云う。少年時代の自由研究で夏休みの1ヶ月間ほど雲の観測をした時も、かなりの確率で次の日が雨になった。
万善寺の営繕でお世話になっていた近所のおじさんは、若い頃山に入って林業に従事していて、山の天気のことをとても良く知っていた。そのおじさんが、ある時うろこ雲と雨の関係を話してくれたことがあって、それを聞いた時は「ほんとうかなぁ〜〜?」と、どうも眉唾っぽくて子供ながらにすぐには信じがたかったから、それで逆に忘れないでよく覚えていた・・・そんなことを思い出しながら結界君を運転して早朝の万善寺へ着いた。

土蔵の前のユキちゃんの彫刻は、昨日とほとんど変化していなかった。
少し心配になったが、時には作業の手が止まることもたまにはあるし、ひとまずは見て見ぬふりですませておくことにした。
ユキちゃんが卒業した島根大学の教育学部には彫刻の研究室があって、木彫が専門の藤田英樹氏が学生の指導にあたっている。
彼は国展の審査もしているから、彫刻に興味を持って制作を続ける学生は卒業すると国展へ彫刻を出品して若いうちから受賞したりしている。田舎から大きな彫刻を公募団体展の本展へ出品するとなると、搬入搬出など、様々に経費がかかって出費も増える。よほどの財力とヤル気がないと毎年制作を継続して展覧会へ出品を続けることができない。まぁ、かなりの覚悟が必要だ。あらかじめ藤田さんのようなルートが出来上がっていると、そういう制作に付随する幾つかの実務や経費が削減できるから、若い作家には都合がいい。

ユキちゃんと仲の良いヒョロリテツヤは島大附属中学校で美術の先生をしているらしい。
彼も藤田さんを慕って国展へ彫刻を出品しているようだ。こういう若い彫刻家が元気の良い彫刻を制作してくれると展覧会も華やいで賑わいが増す。
現代彫刻小品展も大作を制作するための手がかりとして有効に利用してもらえたら良い。
今のヒョロリテツヤは、ねじれるかたちに興味があるようなことを云っていた。
制作の目標がなにも無くて定まらないままでは彫刻としてかたちにすることが出来ない。
まずは何かの手がかりを用意しなければいけないわけだが、彼のように気になる形とか現象を追いかけるところから彫刻に結びついていくのもいい。
研究室が木彫だから、卒業の若い作家はみんな木彫の制作になっているが、もう少し緩やかに広い目で彫刻を見ることが出来るようになれば、素材の枠を超えていろいろ自由な彫刻がつくられるようになるはずだ。自分の好きな形とか目指すテーマとか形態が、もっとも素直に表現できる素材に出会うことが出来たら制作の楽しみも膨らんでくると思うし、あまり若いうちから変に強いコダワリを持たないでおいたほうが良いと思っている。
私など、初期の彫刻は自分の身の回りにあるいろんな材料を手当たり次第使いまわしていた。そうすることで、そのうち素材の好き嫌いや向き不向きが解ってきて、少しずつ自分の彫刻と素材の関係が親密になってきて、今は鉄が大好きだから鉄の彫刻ばかりつくるようになった。まぁ、それも、ナントカの一つ覚えで発展性のないことだけどね・・・

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ノリちゃんの彫刻ー「ノビルーざわざわ」 

2017/09/22
Fri. 11:17

いつもより30分ほど早く展覧会場へ着いた。
いつものようにコンビニで買物をした。
街道脇に設置された温度計は16℃だった。
だいたいこんなもんなのだろうが、いつもより肌寒く感じる。
数日前から交通安全の桃太郎旗が林立するようになった。
今までにあちこちでそれなりの寄付をしてきたから、そろそろ信号機の1基くらい更新できたかもしれないし、もう十分だろうと思っていて、結界君と相談しながらできるだけ法定速度を守るようにしている。

会場受付の準備をして、本日の内職の店をひろげ、バックミュージックにビル・エバンスを流した。
「朝からビル・エバンスねぇ〜・・」
なんとなく場違いな感じもしたが、「ビル・エバンスは夜でなければいけない!」という決まり事があるわけでもないし、ウイスキーのオン・ザ・ロックでも、コンビニコーヒーでも、それなりに心地よい時が過ぎればそれでいい。

彫刻の写真撮影もおおよそ終わって、残りわずかになった頃、ノリちゃんが会場へ来てくれた。
特にスケジュールを伝えておいたわけでもないが、自主的に自分の時間をやりくりして気にかけてくれる。
搬入の時は、お葬式の坊主家業と重なってスケジュールの修正をしたりいつもの棟梁へ泣きついたりして苦労したが、個人搬入のノリちゃんがそのまま展示台の移動も手伝ってくれて、随分助かった。
そもそも、坊主という職業は予定があってないようなもので、相手の都合に合わせることが出来て当然だったりするから、スケジュールを事前にガチガチに固めすぎてしまうと、かえって周りが迷惑することにもなりかねないし、自分で出来ることは出来るだけ自分の都合で乗り切るようにしている。
写真も、このままのペースだとあと1日くらいかかるだろうと覚悟していたが、ノリちゃんのおかげてずいぶん早く終わらせることが出来た。

ノリちゃんは、現代彫刻小品展が始まったときから、欠かさず作品を制作して出品してくれている。
秋の彫刻展は子育てなどでしばらく不出品を続けていたが、この小品展へ出品するようになってからまた大作を制作するようになって、最近はコンスタントに毎年連続出品できるまでになっている。彼女はまだ10代の頃から知っていて、もともとセンスのある娘だった。その時々のひらめきや思いつきが楽にかたちになってくれるようなところがあるのは良いが、今の彼女の彫刻に、もう少し頑強な造形力の裏付けが備わると、もっともっと伸びていく程の素質を持っているはずだ。だいたいなんでも出来て器用貧乏なところもあるから、それで忙しくしすぎて彫刻制作が甘くなることもあって少々残念だ。
もう少し制作時間をタップリとって完成度をより高めて欲しい。

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グッチャンの彫刻「life」 

2017/09/21
Thu. 15:20

様子が見えてうれしいですが、更新しすぎです(笑汗)気休めですが無理なさらぬように…。
・・・・・東京のグッチャンからブログ宛のメールが届いた。

結界君の燃料が見る見る減っていくのを確認しながら山越えの近道を毎日奥出雲まで移動して、途中のコンビニで朝食と昼食とコーヒーを調達して現代彫刻小品展の展覧会場へ向かう。
会場受付をしながら彫刻の写真撮影をしたりしている。
今年から助成金がカットになったので支出を控えなければいけないし、自分でできることはできるだけ他人(ひと)に頼らないようにしている。
奥出雲での展覧会は、町内に回覧配布する800枚のチラシと、告知放送と、地元ケーブルテレビの情報で広報宣伝している。もっと大々的に宣伝すればそれなりの効果も期待できるのだろうが、今の吉田に出来ることは限界があるから、地域の皆様の「くちこみネットワーク」に期待することにしている。会場を訪れた皆さんには、口々に「来てよかった!」とか、「面白かった!」とか、好意的な感想を残していただいているので、展覧会の企画内容そのものは決して質の悪いものでないと思っている。あとは、展覧会の認知度を上げることに工夫をする必要があるということだが、やはり一人で広報活動のすべてをまかなうことに限界があるからそれなりの協力とそのための経費計上が大事になる。小品彫刻の方は県内の巡回をすることにしているし、それらの結果を総合して集計すると、それなりの成果が期待できると予測している。
とにかく、展覧会の継続がいちばん大事な島根県の彫刻振興につながると思っていて、実際、少しずつだが確実に県内から若い作家の彫刻出品も増えている。

まぁ、そんな感じで全国から集った彫刻に囲まれて、あまり無理をしないようにノンビリと会場事務を続けている。
だから、自分としては展覧会業務に脇目も振らずガツガツと汗を流してばかりいるわけでもない。
延々と彫刻の撮影を続けていても疲れるばかりで集中力も切れて、作家の大事な彫刻を壊してしまったりするとそれこそおおごとだから、時々休憩して文庫本を流し読みしたり、音楽を聴いたり、居眠りをしたり、こうしてブログを書いて暇つぶしをしたりしているわけで、無理をしているわけでもなんでもないのですよ・・グッチャン・・・
むしろ、ダラダラとだらしなく文字を並べている程度のブログを飽きもしないで丁寧に読み続けている方が大変なことなのではないかと、こちらの方が恐縮して気を使ってしまうほどなのです・・

そのグッチャンの今年の彫刻は、これまでのアカデミックな具象と違って今の興味や感動が正直にシンプルに伝わってくるようなところがあっていいと思った。
彫刻は大きければ良いというものでもないし、素材や形態へ真摯に向き合ってコツコツと丁寧にその時の感動をかたちに置き換え続けることが大事なことだと思う。
君の気遣い・・・とっても嬉しかったよ!

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ユキちゃんの彫刻「剪定」 

2017/09/21
Thu. 11:36

「風呂は夜派?朝派?」
「私は夜ですね。家族はほとんど朝かなぁ〜・・夕方に熱いお湯入れても結局その夜にだれも入らなかったりして、次の朝にシャワーですませたりして・・・そういうの無駄だと思うんですけど・・・」
「オレも夜派だなぁ・・それも、外から帰ってすぐ!夕食の前に風呂に入って一日の汚れた身体をキレイにしてそれから落ち着いて一杯!ってやつが最高だなぁ〜」

最近、万善寺で寄宿暮らしのユキちゃんと共同生活が続いている。
春の連休の頃からすると、奇妙な二人暮らしも随分こなれてきた。
やはり、どこかしら緊張している様子がうかがえるし、彫刻見習いの立場とはいえ、異性のことだから自分もそれなりに気を使う。
まぁ、最初の出会いなどだいたいそういうものなのだろうが、あれからユキちゃんも数ヶ月の間に3つの展覧会へ彫刻を造って出品しているうちに、少しずつお互いの壁が低くなって来たように思う。
そもそも、「彫刻」が媒体になってお互いの価値観がその1点に集約されていることが揺るがないわけだから、惰性の馴れ合いで共同生活を送っているわけではない。
お互いにお互いを気遣って思いやりながら持ちつ持たれつのゆるやかな関係が続けられたら、少々の性格の違いや価値観の相違など大した問題ではない。

前々からなんとなく思っていたことだが、ユキちゃんは自分の家族のことになると饒舌になる。
私もこうしてブログの中で、かなりの確率で家族ネタを垂れ流す。
他人のことや、よくわからない社会情勢や、もちろん彫刻家諸氏の丹精込めた彫刻の批評など偉そうに語る柄でもないし、ソコソコ自己責任で語れるコトというとそれほどたくさんのネタがあるわけでもなく、毎日の備忘録的扱いを崩さない限り、やはり身近な日々時々のコトを正直に伝えるほうがストレスもない。
そこで最近は、現代彫刻小品展のコトが中心になって毎日が過ぎているから、必然的に万善寺暮らしが増えるし、展覧会絡みでユキちゃんに甘えることも増えて、公私共に親密度が増すことになって、結局気がつくとユキちゃんが吉田家家族の延長的存在になりつつあったりして、そうなると、このブログの登場回数も増えてくるということになるわけだ。

このところ、奥出雲の帰りが遅くなるものだから、頃合いを見計らって風呂を用意してくれている。ユキちゃんの気配りに感謝しつつ先程の風呂の話題になった。
その風呂のコトが呼び水になって彼女自ら家族の話題がタップリ詰まった抽斗を開けた。
プライベートのことなので内容は一括割愛するが、とにかくその話っぷりが実に上手い!
いつもは寡黙で♭がかってモゾモゾとした聴き取りにくい小声の彼女が、家族ネタになるといっきに声のトーンも♯がかって起承転結表情豊かに語り始めるものだから、もう完全に笑いのツボにはまって、そのうち後頭部から側頭部の耳の後ろあたりがズキズキと痛み始めたりして耐えられなくなってきた。
彼女にはそういう一面も隠されている。

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ヨレヨレオヤジのの1週間ーその2 

2017/09/20
Wed. 11:26

万善寺から奥出雲の現代彫刻小品展会場までは、近道だと1時間もかからないが、国道から主要県道を経由した平易な道だと1時間半ほどかかる。
この2つの選択肢を毎朝毎夕の往復で悩む。

このところ、本気になって寝たことがない。
眠くなると自分の近所にあるシュラフへ潜り込んだり、気がつけばデスクワークのリクライニング椅子で仮眠していたり、小さなソファーへ丸まって寝ていたり、とても不健康な睡眠をとっていて、朝起きると、節々が固まって悲鳴を上げてナカナカ思うように動かない。
大作の彫刻を造っているユキちゃんが寄宿してくれているから、いつの間にか眠ってしまった私へ知らない間に夏布団を掛けてくれていたりして、かろうじて風邪をひかないですんでいる。

小品彫刻展のスタートは台風とぶつかった。
吉田はかなりの確率で雨男だし、自然を相手にどうこうできるわけでもないから、なるようにしかならないと、その時々の状況に身を委ねている。
今回は、オープニングで四国在住の彫刻家松永さんを呼んでいたのだが、台風の直撃進路に当っていてそういうところから移動するのも難しいだろうと予測していたら、当日早朝に電話が入って、「まだ、風とかたいしたことないんだけど、JRが運休決めて移動手段が無いのよ・・」と、弱りきっていたから、「こういう時のことなので無理されないでください」と伝えて、すぐに宿泊予約のキャンセルをしたりして、少しざわついた。
結局、オープニングトークとワークショップは台風の影響で割愛となったが、ささやかなオープニングパーティーは奥出雲からの参加もチラホラあるし、若い20代の出品者も遠方から駆けつけてくれて、打ち止めは周藤さんも加わって大いに盛り上がった・・・と思う。主催の吉田としてはなかなか楽しかったし、満足したが、さて、参加してくれた皆さんはどうだったのだろう?

その夜は、展覧会場の床に梱包材の毛布などを敷いて一人用のテントを張ってシュラフで寝た。
ユキちゃんとヒョロリテツヤはそれぞれテーブルをベット代わりにしてそれぞれのシュラフへ潜り込んで寝たようだ。
最近の若い皆さんは、「シャワーがないとダメ!」だとか、「枕が変わると眠れないの!」とか、いろいろ堅苦しくて難しい日常を過ごしているようだが、吉田はそういうことで気にすることもないし、浜田の彫刻展のように車中泊をしないですむし、奥出雲の展覧会会場は素晴らしい環境だと思っている。

寝ている間に台風は東へ去って船通山のあたりへ雲を残しつつも、展覧会2日目は朝から青空が広がった。ユキちゃんが1日会場の受付をしてくれるし、奥出雲のアクティブオヤジが会場当番をしてくれることになってとても助かった。
ボクは、安心して徳島野外彫刻展の作品搬入へ出発できます!

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夜の奥出雲 

2017/09/13
Wed. 23:25

現代彫刻小品展の開催に向けて着々と準備が進んでいる・・・と言いたいが・・・
なにかとってもヤバそうな状況に突入しつつある・・・

彫刻の方は、大した混乱もなく展覧会場の奥出雲町へ続々と届いてきた。
朝から慎重に彫刻の破損などを確かめながら受取当番をしながら荷物を解いていると、中から手紙とか梱包材代わりの差し入れの品とか色々出てきて、思わずにやけてしまう。
毎年のように、こういう彫刻家の心のこもった気配りに接した時、「あぁ〜、やっててよかったなぁ〜〜」と心底そう思う。
今年から補助金の対象から外れたし、いろいろな公的事情で開催期間がナカナカ決まらなかった上、私の私的事情や坊主絡みの年中行事の大幅な変更があったりと、いろんな条件が複雑に絡み合ってしまって、一時は展覧会開催が不可能のように感じた時もあった。
それでも、こうしてなんとか会場の調整もできて彫刻やありがたい梱包材も集まってくると、やはりやめないでよかったと実感している。

気がつくと日にちが変わって深夜の2時を回っていた。
奥出雲は、飯南高原ほどではないが、夜になるとやはりいっきに冷え込む。
例のごとく結界くんには必要最小限のアウトドアグッズと梱包材代わりの古毛布などを常備しているからだいたいのことは安心できるが、今年は、「多分こんな感じで外泊も増えるだろうなぁ」と予想できていたので、先週になって一人用のテントを新調しておいた。
シュラフとテントがあれば日本国中何処に居ても大体のことはしのげる。それに、展覧会場そのものは、シャワーとガス施設がないだけでソレ以外のものはすべて揃っているから自宅の延長のようなものだ。

疲れたら何時でもシュラフに潜り込んで寝ることが出来るように準備してから、会場に残ってデスクワークをしていたら、鳥取で制作をしているアヤノちゃんから着信が入った。
もうかなり遅い時間だったから、制作のことで行き詰まったのかと心配になって電話したら、まだ学校で仕事中だという・・・もう、ビックリ!!
そういえば、展覧会場になるガラス工芸館の隣りにある中学校も夜の10時を過ぎてまだ光光と明かりがついて、駐車場にはファミリー仕様の車がビッシリ並んでいる。
島根県といい鳥取県といい、山陰の教育界は公然とブラックを黙認している。
「まだ、がっこうなんですぅ〜・・、チョット相談したいことがあるんですけど、これから出かけても、ものすごく遅くなるしぃ〜・・、どうしようかと思ってぇ〜・・」
ボクへのその相談というのは、「学校教育について・・」なんて全く関係なくて、展覧会に向けての大作の制作のこと。
だいたいに、公僕時代のボクなど、ひどい時はお昼のティータイムを過ぎた頃から勤務先の敷地内で堂々と制作の店を広げ、平気で職場の電源を使い騒音ノイズなどお構いなしてディスクグラインダーをガンガン使っていたりしたから、公私混同も甚だしいほどの5時からオヤジ・・と云うより3時から彫刻家を乗り切っていた。
夜の10時を過ぎて制作に気持ちを切り替えることなど無理でしょう!・・それでもなんとか制作にしがみつこうとしている様子が愛おしく思える。若い作家が育つはずがない!

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雨の美術館 

2017/07/25
Tue. 23:47

猛烈な豪雨の山陰道を結界くんはフラフラしながら健気に走り続けて、ほぼ予定の時間通りに松江へ着いた。まだ午前中だと云うのに、空は厚い雲に覆われてどんよりと暗い。国道は渋滞していていつもと様子が違う。対向車はほとんどがライトを付けて走っていた。

山陰二記の展覧会があって、その搬入で松江の美術館までワイフとワイフの彫刻を乗せて移動した。ワイフはそのまま松江から東京へ移動する。7月の押し迫った最後の日曜日になっちゃんの結婚式があるので、先発隊を務めることになった。
島根と東京の距離で、電話やLINEやSNSなどを駆使して色々連絡をとりあいながら準備を進めていたが、関係者のみんながそれぞれ自分の仕事をしながらその合間に思いついたり思い出したりする断片的なスケジュールや用件を伝えあうくらいのことしか出来ていないから、具体的な全体像が実に曖昧なまま当日を迎えることになるだろう。
いずれにしても、終わりよければ全て良し!・・・といったあたりに物事が収束してくれれば良いことなので、今は、時々の流れに我が身を委ねている状態だ。

展覧会へ向けて杉の丸太から掘り出していたユキちゃん(彫刻見習い)の半抽象の彫刻が、搬入当日の朝になってやっと最後の仕上げに入った。
ユキちゃんは同じ猛烈な豪雨の中を搬入時間から少し遅れて美術館へやってきた。飯南高原の方もかなり強烈に降ったようで、移動の道中が大変だったようだ。
いずれにしても、無事に彫刻の搬入も出来たし、ひとまず安心。
私としては、まだまだ完成度のレベルアップが可能な気もしていて、制作過程の造形の組み立てに工夫の余地が残されていると思うが、本人は、かなりしつこく時間をかけてかたちに寄り添っているようにも見えたし、まぁ、彫刻の大小は抜きにしてユキちゃんの粘り強さと集中力と持続力と執着心と直向きさが十二分に内包された立派な木彫に仕上がったと感じる。
なんでもかんでも、大きければ良いというものでもないし、作家の許容の範囲で表現の段階を確実に抑えながら次に繋げることが制作の継続にもなるし、作家歴の積み重ねには、そのことがとても大事なことでもある。
ひらめきや思いつきやセンスにすがったり頼ったりして出来上がる作品は、結局鑑賞の持続につながらないし、一瞬の感動に頼りすぎる危険性もある。
見れば見るほど味わいが伝わってくるような造形の奥深いところを目指して欲しい。

美術館の会場に山陰彫刻界の重鎮古市義二さんの顔を見た。倉吉在住で、昨年の鳥取県中部地震では制作工房が倒壊する被害を受けたそうだ。それでも、めげずに工房の復興を目指し、瓦礫の中からめぼしい材料を引き出して彫刻に置き換えるエネルギーには頭が下がる。90歳を越えてなお、益々やる気満々のご尊顔に接し、気持ちが高揚した。
江津市出身の絵画の重鎮佐々木信平さんは、残念なことに先頃他界された。静岡の制作アトリエで最後まで制作に没頭されていたようだ。
すぐ近くで、こういう立派な造形作家の後ろ姿を見ながら、自分の彫刻の励みにしていられることはとてもありがたいことだし、幸せ者だ。
古市氏の益々のご多幸と、佐々木氏のご冥福を祈りつつ美術館をあとにした。

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緩い付き合い 

2017/07/10
Mon. 23:52

ひとまず万善寺の用事を切り上げて制作に入ることにしようと、石見銀山暮らしを再開させた。味気ないひとりメシもつくらないでいいし、癒やしのネコチャンズを何時でも抱きしめられるし、ワイフも近くにいて旨いメシが食べられる。
まぁ、自己虫オヤジの身勝手なことで、周囲の迷惑も気が付かないわけでもないが、そのあたりは見て見ぬふりを通している。

しばらく病院の定期通院から遠ざかっているし、大森小学校の恒例ワークショップも近づいているし、金策と支払いという1ヶ月に1度の高いハードルをクリアーしなければいけないし、すぐに「工場へこもって制作三昧」というわけにいかないところがむなしい。

だいたい7月の終盤は山陰二紀展があるのでワイフはそれに出品する彫刻を造る。
私は時期的に制作の余裕がないから出品しない・・と、それも理由の一つだが、ほかにも幾つかのまたまた「自己虫オヤジの身勝手な」考えがあって出品しないことにして、もう10年は過ぎたのではないだろうか・・・
そもそもこのグループ展のスタート時点では、公募団体二紀会の下部組織でも支部でも何でもない普通に美術がスキな同好の士が集まって制作発表をし、加えて作家の身内や親戚縁者や近い友人、職場の友など、地元地域に根付いた美術愛好家とその周囲の制作研鑽と鑑賞交流会的意味合いが強かったと記憶している。
制作者が、上下の隔てなくお互いにお互いを認め励まし感想や意見を出し合って次の制作や発表への手がかり足がかりに出来るような発表会的グループ展であった。

山陰地方の美術芸術は、比較的閉鎖的で派閥志向の強い環境にあって、それは今でもそう大きく変わっていないと思う。俗に云う、「中央」であるところの存在に対してそれぞれの派閥がお互いを牽制しながら研究会的展覧会を開催運営するという、公募美術団体の地方支部展として地域に根づいている。
私は、どうもそういうタイプの組織的活動が苦手で、「まずは、◯◯ありき!」という、事前に仕立てられたレールへ乗ることが出来ない方なのだが、唯一二紀会の彫刻部は、そういうワガママ者の我儘な行動の殆どを黙認してくれて泳がせてくれた緩さと懐の深さを持っているように感じたから、島根にUターンした直後から現在まで強いシガラミもなく自由に制作を続けさせてもらっている。
その二紀会が社団法人の改変をすることになってからあとが、どうもシックリいかなくなって、気がつけば、他の既成の美術団体同様、本部と支部の組織構造が出来上がって、同好の士が集まったグループ展のようなゆるくて楽しい展覧会にならなくなっていた。1年の中で数ヶ月にも渡って心血注ぎ悶々と制作を続けた記念すべき作品が、一人の講師の一日数分の講評で大きくどうこう変わるわけもない。
制作の背景にはそれぞれ違った制作者の環境や感性や感動があってそれがその時々の技量で具体的な表現としてに昇華しているわけで、センスと技量が適度なバランスを維持しながら向上するところに制作者のブレのないスタイルが出来上がる。
表現の伸びしろはひとそれぞれでとてもデリケートなものだ。
当たらず触らず付かず離れず・・例えばそういう、緩い付き合いの継続も大事だと思う。

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2017 現代彫刻小品展 in 奥出雲 

2017/06/30
Fri. 23:57

この2〜3日は梅雨らしい日が続いて洗濯物の乾きが悪くて困ってしまう。パンツの替えもチョット考えないと、ノーパンツで過ごさなければいけなくなってしまいそうな状態だ。かといって何日も下着を替えないで過ごすのも気持ち悪いし、なかなか厄介なことだ。
毎日の天気を相手に気をもむのもバカらしいことで、俗な自分をさらしてしまって、それでまた気が滅入ったりしてガッカリする。

さて、ひとまず滑り込みセーフで6月のうちに彫刻展の要項草案が出来た。
これから共催や後援や講師依頼など細かいところを煮詰めていくことになる。
今年は、春先に俊江さんの葬儀が入ったりしてスタートがかなりもたついてしまったが、やっと少しずつ色々な遅れを取り戻しつつある。これから1週間のうちに関係者宛書類発想ができるよう、あと一踏ん張り!・・・ってところだ。
だれか、ボランティア講師を立候補してくれないかなぁ〜〜〜・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
              2017 現代彫刻小品展 in 奥出雲 (後援依頼)

 時下、皆様には益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。
 さて、この度、標記展覧会を開催することになりました。多くの皆様にご鑑賞いただき、島根県内彫刻家をはじめ、全国で活躍する彫刻家の制作のはげみにしたいと思っております。非営利文化活動にご協力下さいますようお願い申し上げます。

                         記

名称     2017 現代彫刻小品展 in 奥出雲
主催     島根県現代彫刻振興委員会
共催     未定          
後援     奥出雲町/奥出雲町教育委員会他を予定
趣旨     広く彫刻制作を愛する作家と作品が島根に集い、彫刻とふれあう機会を拡充させ、彫刻を通
       して島根県の文化的活用を実践的に推進する。

会期     2017年 9月17日(日)~9月24日(日)(入場無料)
            9:30~17:00(休館日無し)但:最終日クローズは16:00予定
        搬入展示 9/16  搬出会場復元 9/25 (彫刻・備品搬入出は前後1週間を予定)
       1)現代彫刻小品展示
         内容:全国から集めた触れる彫刻を含む様々な素材の小品彫刻を展示公開する。    
       2)ギャラリー・トーク~触って感じる彫刻~
         内容:触ることの出来る彫刻を中心に、彫刻素材の材質や重さ、技法の違いなど、彫刻
            の仕組みを分かりやすく解説する。
       3)ワークショップ~ガラス絵の制作~(但:材料代・消耗品は受益者負担となる予定)
         内容:期間中会場へ彫刻の素材別にブースを用意して、講師彫刻家が制作指導し完成品
            は各制作者が持ち帰る。
参加者    1)小品彫刻展(触れる彫刻含む)島根県内外を問わず、作品を制作する彫刻作家 
        ※作家推薦を歓迎します。
       2)オープニング・ギャラリー・トーク 9月17日(日)予定
         対象:会場来場者    
       3)ワークショップ  9月17日(日)・18日(日)講師:未定
            素材別講師:やまにあプロジェクト予定
         対象:会場来場者
※但し、講師、内容などを予告無く変更する場合があります。ご了承下さい。

会場     会場 旧横田ガラス工芸館ホール  〒699-1832 島根県仁多郡奥出雲町横田1377-4 
連絡先     島根県現代彫刻振興委員会
      〒694-0305 島根県大田市大森町ハ176-1  吉田正純  
      Mobile:090-1688-7543 Tel/Fax: 0854-89-0365
      Eメール:tetujin29@gmail.com
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モンカーダこじま芸術祭ーその2 

2017/02/27
Mon. 18:30

モンカーダこじま芸術祭がはじまった。
倉敷児島の旧野崎家住宅前、こんじんまりした公園スペースでは野外展示がされている。
展示作家は、岡山県在住の石彫作家小林照尚氏。同じく岡山県在住の草月流師範西本秋翆氏。島根県から内田紀子氏と、私吉田正純。

小林照尚氏の最近の石彫は、岡山産出の万成石をほぼ方形にザックリと加工して、それを幾つかのパーツに割ったあと、内部をくり抜いて磨き上げ、再度組み合わせて方形の原型に戻すという工法を繰り返しながら一見シンプルな彫刻に仕上げている。
形態の内面と外面の対比を構成表現させることで、見るものの感情や周辺の空間や、それらをとりまく視覚的感覚的情感を石の内部に引き込むように工夫されている。
造形としてのカラッポを用意することで空虚感を演出しつつ、一方でその内部空間に周辺を吸い込ませて、石の本来持っている無機的重量感に周囲から有機的質量が注入される。より凝縮された内空間をさまざまに想像させる、とてもミステリアスな彫刻であるように私は思う。

草月流師範の西本秋翆氏の真竹を使った空間構成は、竹の持つしなやかさを熟知してつくりあげる有機的な形態の連続が面白い。
彫刻界でも線材を多用した空間造形をよく見るが、面白いものでそのたぐいの彫刻は何故か女性の作家に多い気がする。
残念ながらまだ付き合いが浅いので、西本氏の竹作品をそれほど多く見ているわけではないが、草月流の造形物の中では比較的面的要素の強い形態が多いように感じる。
これは、ある意味で彫刻的な表現に近いところで造形が意識されているのかもしれない。
いずれにしても、野外での展示構成であることには変わらないから、竹の集積でつくられる人工の構造物がその周辺の空間とどのように関連されているかが造形の見どころであろう。

内田紀子氏の野外に設置された造形作品を久しぶりに見た。
彼女は、まだ10代の頃からよく知っていて、平面から立体まで、そして、具象から抽象まで、さまざまな素材を利用工夫しながら幅広い造形表現を展開している。
野外での表現は、やはり設置空間をどのように自分のつくりだす造形に取り込むか、もしくは、自分の造形をどのように周辺空間と対峙させるか、そのあたりのサジ加減が重要なことでそれが難しいと自分では思っている。
長い間みていると、彼女の場合は造形の取り組みが器用過ぎるきらいがあって、それが少し残念に感じる。
自分の工夫がもう少しじっくりと錬られたあとに何かしらの形へ置き換わるという、ある意味での「造形のタメ」のようなものが加わると良いと思う。

まぁ、自分のことを棚に上げていろいろと自分勝手に言いたいことを言わせてもらったが、このような発表の場が提供されて共有できているから言えることだけどね。

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モンカーダこじま芸術祭 

2017/02/25
Sat. 22:06

岡山倉敷児島での芸術イベントがはじまった。
吉田は、昨年に声がかかって今年で2回目の参加になる。

例のごとく落ち着かないまま午前中が過ぎ、私の野暮用もあったりして予定より30分遅れて石見銀山を出発した。
児島の旧野崎家住宅でオープニングイベントがあるのだが、それに間に合いそうにないまま、結界君を走らせた。

搬入の時にザックリと会場の様子を確認しておいたのだが、その後幾つかの作品が展示されて、良くも悪くもそれなりの芸術イベントらしい雰囲気ができあがっていた。
公共の場所を使った彫刻展示は、いつどんなことが起きるか全くわからないから、かなり神経を使う。
自分の彫刻は、もう30年以上野外の全天候に絶えられるように造り続けているから、だいたいどういう状況にも対応できると思うが、彫刻家の考えは人それぞれだから、彫刻家集団の一人として作品展示をすると、それなりに緊張する。
他人に丸投げして全てを任すまでの度胸もないチキンオヤジとしては、やはり、期間中の不具合が無いように自分の目で確かめておかないと気がすまないし責任持てなかったりして、児島へ向かったわけだ。

野外彫刻でいつも思うことだが、石とか木とか金属とか素材の種類は別にして、作家の住み暮らす地域と彫刻の形状は、やはりどこかしら環境と形態がお互い引き合う何かがないと、野外彫刻としての普遍性とか恒久性が失われる気がしている。
彫刻家の主観を環境の束縛でまげることになる気がしないでもないが、そもそもの彫刻美術の起源を意識すると、やはりお互いの関連は彫刻制作の大前提に起因する大事な要素の一つに位置しているはずだ。
技法テクニックがどうとか、造形の緊張感や完成度がどうとか、それ以前に、まずは彫刻の存在と環境の共有が確保できていることが大事なことだ・・・と、私は勝手にそういうふうに解釈して制作を繰り返し続けている。
たとえば、私が住み暮らす島根県の石見銀山と飯南高原をくらべても、あれだけ狭い世界で全く自然の環境が違っていて、一つの彫刻がどちらの環境でも同じように機能することがない。

もうかれこれ5年ほど前になるが、だいたいの予測をもとに、銀山街道と出雲街道の分岐点を起点にして、野外彫刻設置のデータ収集を目的とした実験を始めた。
近年はたて続けに暖冬と猛暑が続いて、平均的なデータを記録できていない気もするが、それでもこの数年の経年変化をまとめてみると、自分の造形イメージを補正するための要素の幾つかは収集できた気がする。
予想的中で成功したこともあれば、見事に失敗したこともあったし、何より、期待も予測もしていなかった新しい発見があった。
現在、その発見のデータを元にして次の何かへ繋げられないか模索中である。

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島根県高等学校美術展 

2016/12/12
Mon. 23:57

吉田のマニアックなブログをお楽しみの(??)皆様・・・長らく(・・でもないか??)お待たせしました!
本日より、満を持して再開いたします!・・・って、大げさなことですが、とにかく、このだらしない備忘録も、それなりに休んでしまうと、とろけた脳みそに記憶された時々の出来事が絶え間なく次々に消え去ってしまって、昨日のことを思い出そうにも相当苦労してしまうこともシバシバで、慢性の物忘れ症状が活性化してしまって、そのうち各所に迷惑をかけそうになりはじめて・・・そういう自覚がかろうじて残っているものだから、少しでも痴呆症状を食い止めようとささやかな期待を込めつつ、久しぶりにプチプチとラップトップのキーボードを叩き始めたところであります。

富山の事後処理(報告書作成)がもたついている間に、万善寺の仏事が絶え間なく入ってきて、昼やら夜やら、石見銀山やら飯南高原やら、島根県やら広島県やら、とにかく11月末から先週いっぱいはどうしようもなくせわしなく動き回っていた。気がつくと、結界君の燃料給油が2日ごとにやってきたりして、ジワジワと値上がりしている油代が吉田の家計を圧迫している。島根の過疎地の小さな山寺でも、さすがに1週間に一つずつお葬式が入ったりすると、何処かのブラック企業並みのかなりのオーバーワークになってしまう。私の老体もこの2週間で蓄積した疲労が回復しないままデスクワークに取り掛かってみたものの、どうもうまく気持ちを切り替えることが出来ないものだから、思い切って全ての用事を打ち切って四畳半へこもることにしたのが土曜日の午後からのことだった。

葬儀の一連の仏事が一段落して石見銀山の自宅へ帰ってから、久しぶりに深煎り焙煎のコーヒー豆を挽いた。セラミック製のギヤに砕かれる豆の音。手元から漂う香ばしい香り・・やっと人心地ついてメモ帳を開いたら「高美展」の文字がある。そういえばちょうど始まったばかりだ。週明けは七日努めが続くから行くのは今しかない。さっそく、ワイフと調整して土曜日の朝から益田へ向かった。
いつもは、松江の県立美術館が会場になっているが、今年の島根県高等学校美術展は益田市で開催される。
山陰道が少しずつ西に伸びていて、この数年の間に益田が随分近くなった。せっかくだから途中の浜田市で寄り道をして日本海の魚をチェックしようと提案したらワイフの目がキラリと光った。二人で満腹になるほど大きくて活きの良いカレイを買った。昼ごはん用にバカ安のにぎり寿司も2パック買った。葬式の斎膳に魚が出ることも期待できないし、ボクの胃袋は仏事の反動で魚を欲しがっていたのだ!

高校生諸君の美術作品はとても新鮮だった。ひところに比べると工芸部門の激減が気になった。絵画部門は油絵が小ぶりになった気がした。デザイン部門はたくさんのイラストに混じって手の込んだ細密描写が増えていた。今の高校生のブームなのかもしれないと思ったが、それはそれなりに彼らの粘り強さも伝わって好感が持てた。立体や彫刻は、技術レベルがどうこう云うより、高校生らしい遊び心があって楽しめた。なんでも上手いだけが全てではない、高校生にはたった3年間のその時でしか表現できない何かを真っ直ぐに追いかけてほしいと思う。大人の古臭い分別はいらない。

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カニ食うかい? 

2016/11/26
Sat. 14:24

彫刻家の皆様・・・           島根県現代彫刻振興委員会 代表 吉田正純

島根県の富山町は、少しずつ冷え込んできましたが、まだまだ例年に比べると暖かい日が続いています。

2016年の島根県現代彫刻振興委員会の事業は、この富山町で全ての美術イベントを終了することが出来ました。
7月の浜田市世界こども美術館での現代彫刻小品展
8月の奥出雲町旧ガラス工芸館での現代彫刻小品展
それに、11月の大田市富山町でのとみやま彫刻フィールドアートワーク

2010年に石見銀山でスタートした現代彫刻小品展は、2014年の5回展で終了し、2012年に浜田市でスタートした現代彫刻小品展は、2016年の5回展を迎えて一区切りついたところです。
2015年からのとみやま彫刻フィールドアートワークは、2回目を迎え来場が一気に昨年の3倍となりました。もっとも、10人の3倍の30人と、100人の3倍の300人では、あまりにケタの開きがあって比べ物になりませんが・・・人口約400人ののどかな里山が広がる農村地帯としては、なかなかの集客になったのではないかと思っています。
これから、年末年始の坊主家業のかたわら、これらの事業報告を図録にまとめることになります。

彫刻の出品参加でご協力を頂いた作家の皆様に、心より感謝いたします。
今後当分の間、奥出雲町での彫刻展と富山町での美術イベントに集中しようと思っています。奥出雲町は、たたら製鉄と仁多米ブランドと雲州そろばんの産地であり、そば処でもあります。また、富山町は「空に近い町とみやま」として、棚田の広がる里山の風景が彫刻の借景で絶景です。

吉田の体力や気力がある間は、彫刻が島根県に根付く美術活動継続に務める所存です。
皆様のご協力をお願いします。

告知:とみやま彫刻慰労会「カニ食うかい?!」を開催いたします。
お近くの彫刻家は前向きに参加をご検討ください!
内容:カニ(紅ズワイガニ)猪肉・手造り燻製他
   酒・食材・料理なんでも持ち込み大歓迎!
期日:12月16日(金)
時間:17:00開宴〜エンドレス
会費:1000円、但しハンドルキーパーとお子様は無料
会場:富山町旧富山小学校一階ランチルーム
申し込み〆切:12月12日(月)
問い合わせ・申込先 吉田正純 090−1688−7543 tetujin29@gmail.com

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旧富山小学校多目的スペース 

2016/11/15
Tue. 21:39

幼稚園実習中のキーポンが、ほぼ徹夜をした。
もう少しで20歳の誕生日を迎えるくらいの年齢だから、徹夜くらいのことで特に心配しているわけでもないが、昔の自分の頃のことを思い出すと、勉強で徹夜をするのは、せいぜい高校の定期試験で一夜漬けするときくらいのものだった。
真夜中に寝ている私の隣でゴソゴソし続けるものだから、そのたびに目が覚めて大きな迷惑だ。そういえば、ノッチもまだ学生の頃、課題制作や卒業制作で徹夜をしていたようだ。記憶をたぐると、吉田家の娘達はそれなりによく勉強をしているということなのかもしれない。ワイフだって、いまだに毎回彫刻の制作になるとよく徹夜をしている。彼女ほどのベテランでもそうなってしまうということは、どちらかと言えば吉田家の女性方は計画性に弱くて要領が悪いというだけのことなのかもしれない。

平日の方がシフトの関係で休みやすいからといって、もう2ヶ月くらい前から法事の日程を問い合わせていた施主さんとの最後の会話が富山のイベントの真っ最中だったので、具体的に詳しい会話に至ることもなくその日だけは開けておくと約束してそのまま過ぎた。なんの連絡もないまま約束の日の前日になったので一応抑えの電話をしてみたら、法事の有無もハッキリしないままどうしようか悩み始めた様子なので、「それじゃぁ、10時始まりということで・・・」と、強引に予定を決めて電話を切った。

どうも、私の周りには優柔不断で成り行きに準ずるキライの諸氏が多くて会話の落とし所の判断が難しくて苦労することが多い。他人のことでどうこう言えるほどの立場でもないが、暇は暇なりにソコソコ大事な用事が無いわけでもないので、自分を中心に据えたスケジュールは結構マメにチェックして調整をしているつもりだ。それでも、相手の事情やその時の予期せぬ事情が入り込んだりすることもあるから、それも含んだアバウトで緩やかなスケジュールを組み立てているところもある。
これから一眠り居て徳島の彫刻を受け取りに出かける。深夜に島根を出発すれば朝には徳島入り出来るはずだ。それで、1日を四国で過ごして夜になってから島根へ帰るように予定を立てた。

週末には、富山の教室展示を開放することになっていて、日曜日には富山町の文化祭があって、町内の皆さんに教室展を見てもらえる最後のチャンスになる。
それが落ち着いたら個展作家と調整して搬出の作業に入る。約50点ほどの小品彫刻の梱包もあるし、11月はまだまだ落ち着かない毎日が続きそうだ。自分で言うのもどうかと思うが、小品彫刻の展示だけでも一見の価値は十分にあるし、吸収できるポイントは限りがない。それだけ、島根の彫刻文化の領域が広がりに欠けているということだ。
アマチュアの趣味が高じたレベルも含めて、島根県内で活動している多くの造形作家たちは、もっと自分の造形に対して謙虚であるべきだ。もっと素直に、良いものは良いとして個々の表現を受け入れるほどの許容がないと自分の表現領域も広がり深まることがない。
「井の中の蛙大海を知らず」とは、日本の格言であるが、それが中国になると「海」が「空」に言い変わるそうだ。同じ意味でも、所変われば表現が違う。
待っているだけでは自分の世間は広くならないと思うな。

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2018-04