工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ヒョロリくんの彫刻ー「かたち2」 

2017/09/23
Sat. 21:00

最近の島根県は・・・というより、石見銀山とか飯南高原とか奥出雲とか、私がウロウロと行動しているあたりは、雲の多い日が続いている。
今朝も、うろこ雲の向こうに朝日が出ていた。
うろこ雲が広がると近いうちに雨になると云う。少年時代の自由研究で夏休みの1ヶ月間ほど雲の観測をした時も、かなりの確率で次の日が雨になった。
万善寺の営繕でお世話になっていた近所のおじさんは、若い頃山に入って林業に従事していて、山の天気のことをとても良く知っていた。そのおじさんが、ある時うろこ雲と雨の関係を話してくれたことがあって、それを聞いた時は「ほんとうかなぁ〜〜?」と、どうも眉唾っぽくて子供ながらにすぐには信じがたかったから、それで逆に忘れないでよく覚えていた・・・そんなことを思い出しながら結界君を運転して早朝の万善寺へ着いた。

土蔵の前のユキちゃんの彫刻は、昨日とほとんど変化していなかった。
少し心配になったが、時には作業の手が止まることもたまにはあるし、ひとまずは見て見ぬふりですませておくことにした。
ユキちゃんが卒業した島根大学の教育学部には彫刻の研究室があって、木彫が専門の藤田英樹氏が学生の指導にあたっている。
彼は国展の審査もしているから、彫刻に興味を持って制作を続ける学生は卒業すると国展へ彫刻を出品して若いうちから受賞したりしている。田舎から大きな彫刻を公募団体展の本展へ出品するとなると、搬入搬出など、様々に経費がかかって出費も増える。よほどの財力とヤル気がないと毎年制作を継続して展覧会へ出品を続けることができない。まぁ、かなりの覚悟が必要だ。あらかじめ藤田さんのようなルートが出来上がっていると、そういう制作に付随する幾つかの実務や経費が削減できるから、若い作家には都合がいい。

ユキちゃんと仲の良いヒョロリテツヤは島大附属中学校で美術の先生をしているらしい。
彼も藤田さんを慕って国展へ彫刻を出品しているようだ。こういう若い彫刻家が元気の良い彫刻を制作してくれると展覧会も華やいで賑わいが増す。
現代彫刻小品展も大作を制作するための手がかりとして有効に利用してもらえたら良い。
今のヒョロリテツヤは、ねじれるかたちに興味があるようなことを云っていた。
制作の目標がなにも無くて定まらないままでは彫刻としてかたちにすることが出来ない。
まずは何かの手がかりを用意しなければいけないわけだが、彼のように気になる形とか現象を追いかけるところから彫刻に結びついていくのもいい。
研究室が木彫だから、卒業の若い作家はみんな木彫の制作になっているが、もう少し緩やかに広い目で彫刻を見ることが出来るようになれば、素材の枠を超えていろいろ自由な彫刻がつくられるようになるはずだ。自分の好きな形とか目指すテーマとか形態が、もっとも素直に表現できる素材に出会うことが出来たら制作の楽しみも膨らんでくると思うし、あまり若いうちから変に強いコダワリを持たないでおいたほうが良いと思っている。
私など、初期の彫刻は自分の身の回りにあるいろんな材料を手当たり次第使いまわしていた。そうすることで、そのうち素材の好き嫌いや向き不向きが解ってきて、少しずつ自分の彫刻と素材の関係が親密になってきて、今は鉄が大好きだから鉄の彫刻ばかりつくるようになった。まぁ、それも、ナントカの一つ覚えで発展性のないことだけどね・・・

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ノリちゃんの彫刻ー「ノビルーざわざわ」 

2017/09/22
Fri. 11:17

いつもより30分ほど早く展覧会場へ着いた。
いつものようにコンビニで買物をした。
街道脇に設置された温度計は16℃だった。
だいたいこんなもんなのだろうが、いつもより肌寒く感じる。
数日前から交通安全の桃太郎旗が林立するようになった。
今までにあちこちでそれなりの寄付をしてきたから、そろそろ信号機の1基くらい更新できたかもしれないし、もう十分だろうと思っていて、結界君と相談しながらできるだけ法定速度を守るようにしている。

会場受付の準備をして、本日の内職の店をひろげ、バックミュージックにビル・エバンスを流した。
「朝からビル・エバンスねぇ〜・・」
なんとなく場違いな感じもしたが、「ビル・エバンスは夜でなければいけない!」という決まり事があるわけでもないし、ウイスキーのオン・ザ・ロックでも、コンビニコーヒーでも、それなりに心地よい時が過ぎればそれでいい。

彫刻の写真撮影もおおよそ終わって、残りわずかになった頃、ノリちゃんが会場へ来てくれた。
特にスケジュールを伝えておいたわけでもないが、自主的に自分の時間をやりくりして気にかけてくれる。
搬入の時は、お葬式の坊主家業と重なってスケジュールの修正をしたりいつもの棟梁へ泣きついたりして苦労したが、個人搬入のノリちゃんがそのまま展示台の移動も手伝ってくれて、随分助かった。
そもそも、坊主という職業は予定があってないようなもので、相手の都合に合わせることが出来て当然だったりするから、スケジュールを事前にガチガチに固めすぎてしまうと、かえって周りが迷惑することにもなりかねないし、自分で出来ることは出来るだけ自分の都合で乗り切るようにしている。
写真も、このままのペースだとあと1日くらいかかるだろうと覚悟していたが、ノリちゃんのおかげてずいぶん早く終わらせることが出来た。

ノリちゃんは、現代彫刻小品展が始まったときから、欠かさず作品を制作して出品してくれている。
秋の彫刻展は子育てなどでしばらく不出品を続けていたが、この小品展へ出品するようになってからまた大作を制作するようになって、最近はコンスタントに毎年連続出品できるまでになっている。彼女はまだ10代の頃から知っていて、もともとセンスのある娘だった。その時々のひらめきや思いつきが楽にかたちになってくれるようなところがあるのは良いが、今の彼女の彫刻に、もう少し頑強な造形力の裏付けが備わると、もっともっと伸びていく程の素質を持っているはずだ。だいたいなんでも出来て器用貧乏なところもあるから、それで忙しくしすぎて彫刻制作が甘くなることもあって少々残念だ。
もう少し制作時間をタップリとって完成度をより高めて欲しい。

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グッチャンの彫刻「life」 

2017/09/21
Thu. 15:20

様子が見えてうれしいですが、更新しすぎです(笑汗)気休めですが無理なさらぬように…。
・・・・・東京のグッチャンからブログ宛のメールが届いた。

結界君の燃料が見る見る減っていくのを確認しながら山越えの近道を毎日奥出雲まで移動して、途中のコンビニで朝食と昼食とコーヒーを調達して現代彫刻小品展の展覧会場へ向かう。
会場受付をしながら彫刻の写真撮影をしたりしている。
今年から助成金がカットになったので支出を控えなければいけないし、自分でできることはできるだけ他人(ひと)に頼らないようにしている。
奥出雲での展覧会は、町内に回覧配布する800枚のチラシと、告知放送と、地元ケーブルテレビの情報で広報宣伝している。もっと大々的に宣伝すればそれなりの効果も期待できるのだろうが、今の吉田に出来ることは限界があるから、地域の皆様の「くちこみネットワーク」に期待することにしている。会場を訪れた皆さんには、口々に「来てよかった!」とか、「面白かった!」とか、好意的な感想を残していただいているので、展覧会の企画内容そのものは決して質の悪いものでないと思っている。あとは、展覧会の認知度を上げることに工夫をする必要があるということだが、やはり一人で広報活動のすべてをまかなうことに限界があるからそれなりの協力とそのための経費計上が大事になる。小品彫刻の方は県内の巡回をすることにしているし、それらの結果を総合して集計すると、それなりの成果が期待できると予測している。
とにかく、展覧会の継続がいちばん大事な島根県の彫刻振興につながると思っていて、実際、少しずつだが確実に県内から若い作家の彫刻出品も増えている。

まぁ、そんな感じで全国から集った彫刻に囲まれて、あまり無理をしないようにノンビリと会場事務を続けている。
だから、自分としては展覧会業務に脇目も振らずガツガツと汗を流してばかりいるわけでもない。
延々と彫刻の撮影を続けていても疲れるばかりで集中力も切れて、作家の大事な彫刻を壊してしまったりするとそれこそおおごとだから、時々休憩して文庫本を流し読みしたり、音楽を聴いたり、居眠りをしたり、こうしてブログを書いて暇つぶしをしたりしているわけで、無理をしているわけでもなんでもないのですよ・・グッチャン・・・
むしろ、ダラダラとだらしなく文字を並べている程度のブログを飽きもしないで丁寧に読み続けている方が大変なことなのではないかと、こちらの方が恐縮して気を使ってしまうほどなのです・・

そのグッチャンの今年の彫刻は、これまでのアカデミックな具象と違って今の興味や感動が正直にシンプルに伝わってくるようなところがあっていいと思った。
彫刻は大きければ良いというものでもないし、素材や形態へ真摯に向き合ってコツコツと丁寧にその時の感動をかたちに置き換え続けることが大事なことだと思う。
君の気遣い・・・とっても嬉しかったよ!

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ユキちゃんの彫刻「剪定」 

2017/09/21
Thu. 11:36

「風呂は夜派?朝派?」
「私は夜ですね。家族はほとんど朝かなぁ〜・・夕方に熱いお湯入れても結局その夜にだれも入らなかったりして、次の朝にシャワーですませたりして・・・そういうの無駄だと思うんですけど・・・」
「オレも夜派だなぁ・・それも、外から帰ってすぐ!夕食の前に風呂に入って一日の汚れた身体をキレイにしてそれから落ち着いて一杯!ってやつが最高だなぁ〜」

最近、万善寺で寄宿暮らしのユキちゃんと共同生活が続いている。
春の連休の頃からすると、奇妙な二人暮らしも随分こなれてきた。
やはり、どこかしら緊張している様子がうかがえるし、彫刻見習いの立場とはいえ、異性のことだから自分もそれなりに気を使う。
まぁ、最初の出会いなどだいたいそういうものなのだろうが、あれからユキちゃんも数ヶ月の間に3つの展覧会へ彫刻を造って出品しているうちに、少しずつお互いの壁が低くなって来たように思う。
そもそも、「彫刻」が媒体になってお互いの価値観がその1点に集約されていることが揺るがないわけだから、惰性の馴れ合いで共同生活を送っているわけではない。
お互いにお互いを気遣って思いやりながら持ちつ持たれつのゆるやかな関係が続けられたら、少々の性格の違いや価値観の相違など大した問題ではない。

前々からなんとなく思っていたことだが、ユキちゃんは自分の家族のことになると饒舌になる。
私もこうしてブログの中で、かなりの確率で家族ネタを垂れ流す。
他人のことや、よくわからない社会情勢や、もちろん彫刻家諸氏の丹精込めた彫刻の批評など偉そうに語る柄でもないし、ソコソコ自己責任で語れるコトというとそれほどたくさんのネタがあるわけでもなく、毎日の備忘録的扱いを崩さない限り、やはり身近な日々時々のコトを正直に伝えるほうがストレスもない。
そこで最近は、現代彫刻小品展のコトが中心になって毎日が過ぎているから、必然的に万善寺暮らしが増えるし、展覧会絡みでユキちゃんに甘えることも増えて、公私共に親密度が増すことになって、結局気がつくとユキちゃんが吉田家家族の延長的存在になりつつあったりして、そうなると、このブログの登場回数も増えてくるということになるわけだ。

このところ、奥出雲の帰りが遅くなるものだから、頃合いを見計らって風呂を用意してくれている。ユキちゃんの気配りに感謝しつつ先程の風呂の話題になった。
その風呂のコトが呼び水になって彼女自ら家族の話題がタップリ詰まった抽斗を開けた。
プライベートのことなので内容は一括割愛するが、とにかくその話っぷりが実に上手い!
いつもは寡黙で♭がかってモゾモゾとした聴き取りにくい小声の彼女が、家族ネタになるといっきに声のトーンも♯がかって起承転結表情豊かに語り始めるものだから、もう完全に笑いのツボにはまって、そのうち後頭部から側頭部の耳の後ろあたりがズキズキと痛み始めたりして耐えられなくなってきた。
彼女にはそういう一面も隠されている。

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ヨレヨレオヤジのの1週間ーその2 

2017/09/20
Wed. 11:26

万善寺から奥出雲の現代彫刻小品展会場までは、近道だと1時間もかからないが、国道から主要県道を経由した平易な道だと1時間半ほどかかる。
この2つの選択肢を毎朝毎夕の往復で悩む。

このところ、本気になって寝たことがない。
眠くなると自分の近所にあるシュラフへ潜り込んだり、気がつけばデスクワークのリクライニング椅子で仮眠していたり、小さなソファーへ丸まって寝ていたり、とても不健康な睡眠をとっていて、朝起きると、節々が固まって悲鳴を上げてナカナカ思うように動かない。
大作の彫刻を造っているユキちゃんが寄宿してくれているから、いつの間にか眠ってしまった私へ知らない間に夏布団を掛けてくれていたりして、かろうじて風邪をひかないですんでいる。

小品彫刻展のスタートは台風とぶつかった。
吉田はかなりの確率で雨男だし、自然を相手にどうこうできるわけでもないから、なるようにしかならないと、その時々の状況に身を委ねている。
今回は、オープニングで四国在住の彫刻家松永さんを呼んでいたのだが、台風の直撃進路に当っていてそういうところから移動するのも難しいだろうと予測していたら、当日早朝に電話が入って、「まだ、風とかたいしたことないんだけど、JRが運休決めて移動手段が無いのよ・・」と、弱りきっていたから、「こういう時のことなので無理されないでください」と伝えて、すぐに宿泊予約のキャンセルをしたりして、少しざわついた。
結局、オープニングトークとワークショップは台風の影響で割愛となったが、ささやかなオープニングパーティーは奥出雲からの参加もチラホラあるし、若い20代の出品者も遠方から駆けつけてくれて、打ち止めは周藤さんも加わって大いに盛り上がった・・・と思う。主催の吉田としてはなかなか楽しかったし、満足したが、さて、参加してくれた皆さんはどうだったのだろう?

その夜は、展覧会場の床に梱包材の毛布などを敷いて一人用のテントを張ってシュラフで寝た。
ユキちゃんとヒョロリテツヤはそれぞれテーブルをベット代わりにしてそれぞれのシュラフへ潜り込んで寝たようだ。
最近の若い皆さんは、「シャワーがないとダメ!」だとか、「枕が変わると眠れないの!」とか、いろいろ堅苦しくて難しい日常を過ごしているようだが、吉田はそういうことで気にすることもないし、浜田の彫刻展のように車中泊をしないですむし、奥出雲の展覧会会場は素晴らしい環境だと思っている。

寝ている間に台風は東へ去って船通山のあたりへ雲を残しつつも、展覧会2日目は朝から青空が広がった。ユキちゃんが1日会場の受付をしてくれるし、奥出雲のアクティブオヤジが会場当番をしてくれることになってとても助かった。
ボクは、安心して徳島野外彫刻展の作品搬入へ出発できます!

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夜の奥出雲 

2017/09/13
Wed. 23:25

現代彫刻小品展の開催に向けて着々と準備が進んでいる・・・と言いたいが・・・
なにかとってもヤバそうな状況に突入しつつある・・・

彫刻の方は、大した混乱もなく展覧会場の奥出雲町へ続々と届いてきた。
朝から慎重に彫刻の破損などを確かめながら受取当番をしながら荷物を解いていると、中から手紙とか梱包材代わりの差し入れの品とか色々出てきて、思わずにやけてしまう。
毎年のように、こういう彫刻家の心のこもった気配りに接した時、「あぁ〜、やっててよかったなぁ〜〜」と心底そう思う。
今年から補助金の対象から外れたし、いろいろな公的事情で開催期間がナカナカ決まらなかった上、私の私的事情や坊主絡みの年中行事の大幅な変更があったりと、いろんな条件が複雑に絡み合ってしまって、一時は展覧会開催が不可能のように感じた時もあった。
それでも、こうしてなんとか会場の調整もできて彫刻やありがたい梱包材も集まってくると、やはりやめないでよかったと実感している。

気がつくと日にちが変わって深夜の2時を回っていた。
奥出雲は、飯南高原ほどではないが、夜になるとやはりいっきに冷え込む。
例のごとく結界くんには必要最小限のアウトドアグッズと梱包材代わりの古毛布などを常備しているからだいたいのことは安心できるが、今年は、「多分こんな感じで外泊も増えるだろうなぁ」と予想できていたので、先週になって一人用のテントを新調しておいた。
シュラフとテントがあれば日本国中何処に居ても大体のことはしのげる。それに、展覧会場そのものは、シャワーとガス施設がないだけでソレ以外のものはすべて揃っているから自宅の延長のようなものだ。

疲れたら何時でもシュラフに潜り込んで寝ることが出来るように準備してから、会場に残ってデスクワークをしていたら、鳥取で制作をしているアヤノちゃんから着信が入った。
もうかなり遅い時間だったから、制作のことで行き詰まったのかと心配になって電話したら、まだ学校で仕事中だという・・・もう、ビックリ!!
そういえば、展覧会場になるガラス工芸館の隣りにある中学校も夜の10時を過ぎてまだ光光と明かりがついて、駐車場にはファミリー仕様の車がビッシリ並んでいる。
島根県といい鳥取県といい、山陰の教育界は公然とブラックを黙認している。
「まだ、がっこうなんですぅ〜・・、チョット相談したいことがあるんですけど、これから出かけても、ものすごく遅くなるしぃ〜・・、どうしようかと思ってぇ〜・・」
ボクへのその相談というのは、「学校教育について・・」なんて全く関係なくて、展覧会に向けての大作の制作のこと。
だいたいに、公僕時代のボクなど、ひどい時はお昼のティータイムを過ぎた頃から勤務先の敷地内で堂々と制作の店を広げ、平気で職場の電源を使い騒音ノイズなどお構いなしてディスクグラインダーをガンガン使っていたりしたから、公私混同も甚だしいほどの5時からオヤジ・・と云うより3時から彫刻家を乗り切っていた。
夜の10時を過ぎて制作に気持ちを切り替えることなど無理でしょう!・・それでもなんとか制作にしがみつこうとしている様子が愛おしく思える。若い作家が育つはずがない!

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雨の美術館 

2017/07/25
Tue. 23:47

猛烈な豪雨の山陰道を結界くんはフラフラしながら健気に走り続けて、ほぼ予定の時間通りに松江へ着いた。まだ午前中だと云うのに、空は厚い雲に覆われてどんよりと暗い。国道は渋滞していていつもと様子が違う。対向車はほとんどがライトを付けて走っていた。

山陰二記の展覧会があって、その搬入で松江の美術館までワイフとワイフの彫刻を乗せて移動した。ワイフはそのまま松江から東京へ移動する。7月の押し迫った最後の日曜日になっちゃんの結婚式があるので、先発隊を務めることになった。
島根と東京の距離で、電話やLINEやSNSなどを駆使して色々連絡をとりあいながら準備を進めていたが、関係者のみんながそれぞれ自分の仕事をしながらその合間に思いついたり思い出したりする断片的なスケジュールや用件を伝えあうくらいのことしか出来ていないから、具体的な全体像が実に曖昧なまま当日を迎えることになるだろう。
いずれにしても、終わりよければ全て良し!・・・といったあたりに物事が収束してくれれば良いことなので、今は、時々の流れに我が身を委ねている状態だ。

展覧会へ向けて杉の丸太から掘り出していたユキちゃん(彫刻見習い)の半抽象の彫刻が、搬入当日の朝になってやっと最後の仕上げに入った。
ユキちゃんは同じ猛烈な豪雨の中を搬入時間から少し遅れて美術館へやってきた。飯南高原の方もかなり強烈に降ったようで、移動の道中が大変だったようだ。
いずれにしても、無事に彫刻の搬入も出来たし、ひとまず安心。
私としては、まだまだ完成度のレベルアップが可能な気もしていて、制作過程の造形の組み立てに工夫の余地が残されていると思うが、本人は、かなりしつこく時間をかけてかたちに寄り添っているようにも見えたし、まぁ、彫刻の大小は抜きにしてユキちゃんの粘り強さと集中力と持続力と執着心と直向きさが十二分に内包された立派な木彫に仕上がったと感じる。
なんでもかんでも、大きければ良いというものでもないし、作家の許容の範囲で表現の段階を確実に抑えながら次に繋げることが制作の継続にもなるし、作家歴の積み重ねには、そのことがとても大事なことでもある。
ひらめきや思いつきやセンスにすがったり頼ったりして出来上がる作品は、結局鑑賞の持続につながらないし、一瞬の感動に頼りすぎる危険性もある。
見れば見るほど味わいが伝わってくるような造形の奥深いところを目指して欲しい。

美術館の会場に山陰彫刻界の重鎮古市義二さんの顔を見た。倉吉在住で、昨年の鳥取県中部地震では制作工房が倒壊する被害を受けたそうだ。それでも、めげずに工房の復興を目指し、瓦礫の中からめぼしい材料を引き出して彫刻に置き換えるエネルギーには頭が下がる。90歳を越えてなお、益々やる気満々のご尊顔に接し、気持ちが高揚した。
江津市出身の絵画の重鎮佐々木信平さんは、残念なことに先頃他界された。静岡の制作アトリエで最後まで制作に没頭されていたようだ。
すぐ近くで、こういう立派な造形作家の後ろ姿を見ながら、自分の彫刻の励みにしていられることはとてもありがたいことだし、幸せ者だ。
古市氏の益々のご多幸と、佐々木氏のご冥福を祈りつつ美術館をあとにした。

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緩い付き合い 

2017/07/10
Mon. 23:52

ひとまず万善寺の用事を切り上げて制作に入ることにしようと、石見銀山暮らしを再開させた。味気ないひとりメシもつくらないでいいし、癒やしのネコチャンズを何時でも抱きしめられるし、ワイフも近くにいて旨いメシが食べられる。
まぁ、自己虫オヤジの身勝手なことで、周囲の迷惑も気が付かないわけでもないが、そのあたりは見て見ぬふりを通している。

しばらく病院の定期通院から遠ざかっているし、大森小学校の恒例ワークショップも近づいているし、金策と支払いという1ヶ月に1度の高いハードルをクリアーしなければいけないし、すぐに「工場へこもって制作三昧」というわけにいかないところがむなしい。

だいたい7月の終盤は山陰二紀展があるのでワイフはそれに出品する彫刻を造る。
私は時期的に制作の余裕がないから出品しない・・と、それも理由の一つだが、ほかにも幾つかのまたまた「自己虫オヤジの身勝手な」考えがあって出品しないことにして、もう10年は過ぎたのではないだろうか・・・
そもそもこのグループ展のスタート時点では、公募団体二紀会の下部組織でも支部でも何でもない普通に美術がスキな同好の士が集まって制作発表をし、加えて作家の身内や親戚縁者や近い友人、職場の友など、地元地域に根付いた美術愛好家とその周囲の制作研鑽と鑑賞交流会的意味合いが強かったと記憶している。
制作者が、上下の隔てなくお互いにお互いを認め励まし感想や意見を出し合って次の制作や発表への手がかり足がかりに出来るような発表会的グループ展であった。

山陰地方の美術芸術は、比較的閉鎖的で派閥志向の強い環境にあって、それは今でもそう大きく変わっていないと思う。俗に云う、「中央」であるところの存在に対してそれぞれの派閥がお互いを牽制しながら研究会的展覧会を開催運営するという、公募美術団体の地方支部展として地域に根づいている。
私は、どうもそういうタイプの組織的活動が苦手で、「まずは、◯◯ありき!」という、事前に仕立てられたレールへ乗ることが出来ない方なのだが、唯一二紀会の彫刻部は、そういうワガママ者の我儘な行動の殆どを黙認してくれて泳がせてくれた緩さと懐の深さを持っているように感じたから、島根にUターンした直後から現在まで強いシガラミもなく自由に制作を続けさせてもらっている。
その二紀会が社団法人の改変をすることになってからあとが、どうもシックリいかなくなって、気がつけば、他の既成の美術団体同様、本部と支部の組織構造が出来上がって、同好の士が集まったグループ展のようなゆるくて楽しい展覧会にならなくなっていた。1年の中で数ヶ月にも渡って心血注ぎ悶々と制作を続けた記念すべき作品が、一人の講師の一日数分の講評で大きくどうこう変わるわけもない。
制作の背景にはそれぞれ違った制作者の環境や感性や感動があってそれがその時々の技量で具体的な表現としてに昇華しているわけで、センスと技量が適度なバランスを維持しながら向上するところに制作者のブレのないスタイルが出来上がる。
表現の伸びしろはひとそれぞれでとてもデリケートなものだ。
当たらず触らず付かず離れず・・例えばそういう、緩い付き合いの継続も大事だと思う。

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2017 現代彫刻小品展 in 奥出雲 

2017/06/30
Fri. 23:57

この2〜3日は梅雨らしい日が続いて洗濯物の乾きが悪くて困ってしまう。パンツの替えもチョット考えないと、ノーパンツで過ごさなければいけなくなってしまいそうな状態だ。かといって何日も下着を替えないで過ごすのも気持ち悪いし、なかなか厄介なことだ。
毎日の天気を相手に気をもむのもバカらしいことで、俗な自分をさらしてしまって、それでまた気が滅入ったりしてガッカリする。

さて、ひとまず滑り込みセーフで6月のうちに彫刻展の要項草案が出来た。
これから共催や後援や講師依頼など細かいところを煮詰めていくことになる。
今年は、春先に俊江さんの葬儀が入ったりしてスタートがかなりもたついてしまったが、やっと少しずつ色々な遅れを取り戻しつつある。これから1週間のうちに関係者宛書類発想ができるよう、あと一踏ん張り!・・・ってところだ。
だれか、ボランティア講師を立候補してくれないかなぁ〜〜〜・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
              2017 現代彫刻小品展 in 奥出雲 (後援依頼)

 時下、皆様には益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。
 さて、この度、標記展覧会を開催することになりました。多くの皆様にご鑑賞いただき、島根県内彫刻家をはじめ、全国で活躍する彫刻家の制作のはげみにしたいと思っております。非営利文化活動にご協力下さいますようお願い申し上げます。

                         記

名称     2017 現代彫刻小品展 in 奥出雲
主催     島根県現代彫刻振興委員会
共催     未定          
後援     奥出雲町/奥出雲町教育委員会他を予定
趣旨     広く彫刻制作を愛する作家と作品が島根に集い、彫刻とふれあう機会を拡充させ、彫刻を通
       して島根県の文化的活用を実践的に推進する。

会期     2017年 9月17日(日)~9月24日(日)(入場無料)
            9:30~17:00(休館日無し)但:最終日クローズは16:00予定
        搬入展示 9/16  搬出会場復元 9/25 (彫刻・備品搬入出は前後1週間を予定)
       1)現代彫刻小品展示
         内容:全国から集めた触れる彫刻を含む様々な素材の小品彫刻を展示公開する。    
       2)ギャラリー・トーク~触って感じる彫刻~
         内容:触ることの出来る彫刻を中心に、彫刻素材の材質や重さ、技法の違いなど、彫刻
            の仕組みを分かりやすく解説する。
       3)ワークショップ~ガラス絵の制作~(但:材料代・消耗品は受益者負担となる予定)
         内容:期間中会場へ彫刻の素材別にブースを用意して、講師彫刻家が制作指導し完成品
            は各制作者が持ち帰る。
参加者    1)小品彫刻展(触れる彫刻含む)島根県内外を問わず、作品を制作する彫刻作家 
        ※作家推薦を歓迎します。
       2)オープニング・ギャラリー・トーク 9月17日(日)予定
         対象:会場来場者    
       3)ワークショップ  9月17日(日)・18日(日)講師:未定
            素材別講師:やまにあプロジェクト予定
         対象:会場来場者
※但し、講師、内容などを予告無く変更する場合があります。ご了承下さい。

会場     会場 旧横田ガラス工芸館ホール  〒699-1832 島根県仁多郡奥出雲町横田1377-4 
連絡先     島根県現代彫刻振興委員会
      〒694-0305 島根県大田市大森町ハ176-1  吉田正純  
      Mobile:090-1688-7543 Tel/Fax: 0854-89-0365
      Eメール:tetujin29@gmail.com
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モンカーダこじま芸術祭ーその2 

2017/02/27
Mon. 18:30

モンカーダこじま芸術祭がはじまった。
倉敷児島の旧野崎家住宅前、こんじんまりした公園スペースでは野外展示がされている。
展示作家は、岡山県在住の石彫作家小林照尚氏。同じく岡山県在住の草月流師範西本秋翆氏。島根県から内田紀子氏と、私吉田正純。

小林照尚氏の最近の石彫は、岡山産出の万成石をほぼ方形にザックリと加工して、それを幾つかのパーツに割ったあと、内部をくり抜いて磨き上げ、再度組み合わせて方形の原型に戻すという工法を繰り返しながら一見シンプルな彫刻に仕上げている。
形態の内面と外面の対比を構成表現させることで、見るものの感情や周辺の空間や、それらをとりまく視覚的感覚的情感を石の内部に引き込むように工夫されている。
造形としてのカラッポを用意することで空虚感を演出しつつ、一方でその内部空間に周辺を吸い込ませて、石の本来持っている無機的重量感に周囲から有機的質量が注入される。より凝縮された内空間をさまざまに想像させる、とてもミステリアスな彫刻であるように私は思う。

草月流師範の西本秋翆氏の真竹を使った空間構成は、竹の持つしなやかさを熟知してつくりあげる有機的な形態の連続が面白い。
彫刻界でも線材を多用した空間造形をよく見るが、面白いものでそのたぐいの彫刻は何故か女性の作家に多い気がする。
残念ながらまだ付き合いが浅いので、西本氏の竹作品をそれほど多く見ているわけではないが、草月流の造形物の中では比較的面的要素の強い形態が多いように感じる。
これは、ある意味で彫刻的な表現に近いところで造形が意識されているのかもしれない。
いずれにしても、野外での展示構成であることには変わらないから、竹の集積でつくられる人工の構造物がその周辺の空間とどのように関連されているかが造形の見どころであろう。

内田紀子氏の野外に設置された造形作品を久しぶりに見た。
彼女は、まだ10代の頃からよく知っていて、平面から立体まで、そして、具象から抽象まで、さまざまな素材を利用工夫しながら幅広い造形表現を展開している。
野外での表現は、やはり設置空間をどのように自分のつくりだす造形に取り込むか、もしくは、自分の造形をどのように周辺空間と対峙させるか、そのあたりのサジ加減が重要なことでそれが難しいと自分では思っている。
長い間みていると、彼女の場合は造形の取り組みが器用過ぎるきらいがあって、それが少し残念に感じる。
自分の工夫がもう少しじっくりと錬られたあとに何かしらの形へ置き換わるという、ある意味での「造形のタメ」のようなものが加わると良いと思う。

まぁ、自分のことを棚に上げていろいろと自分勝手に言いたいことを言わせてもらったが、このような発表の場が提供されて共有できているから言えることだけどね。

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モンカーダこじま芸術祭 

2017/02/25
Sat. 22:06

岡山倉敷児島での芸術イベントがはじまった。
吉田は、昨年に声がかかって今年で2回目の参加になる。

例のごとく落ち着かないまま午前中が過ぎ、私の野暮用もあったりして予定より30分遅れて石見銀山を出発した。
児島の旧野崎家住宅でオープニングイベントがあるのだが、それに間に合いそうにないまま、結界君を走らせた。

搬入の時にザックリと会場の様子を確認しておいたのだが、その後幾つかの作品が展示されて、良くも悪くもそれなりの芸術イベントらしい雰囲気ができあがっていた。
公共の場所を使った彫刻展示は、いつどんなことが起きるか全くわからないから、かなり神経を使う。
自分の彫刻は、もう30年以上野外の全天候に絶えられるように造り続けているから、だいたいどういう状況にも対応できると思うが、彫刻家の考えは人それぞれだから、彫刻家集団の一人として作品展示をすると、それなりに緊張する。
他人に丸投げして全てを任すまでの度胸もないチキンオヤジとしては、やはり、期間中の不具合が無いように自分の目で確かめておかないと気がすまないし責任持てなかったりして、児島へ向かったわけだ。

野外彫刻でいつも思うことだが、石とか木とか金属とか素材の種類は別にして、作家の住み暮らす地域と彫刻の形状は、やはりどこかしら環境と形態がお互い引き合う何かがないと、野外彫刻としての普遍性とか恒久性が失われる気がしている。
彫刻家の主観を環境の束縛でまげることになる気がしないでもないが、そもそもの彫刻美術の起源を意識すると、やはりお互いの関連は彫刻制作の大前提に起因する大事な要素の一つに位置しているはずだ。
技法テクニックがどうとか、造形の緊張感や完成度がどうとか、それ以前に、まずは彫刻の存在と環境の共有が確保できていることが大事なことだ・・・と、私は勝手にそういうふうに解釈して制作を繰り返し続けている。
たとえば、私が住み暮らす島根県の石見銀山と飯南高原をくらべても、あれだけ狭い世界で全く自然の環境が違っていて、一つの彫刻がどちらの環境でも同じように機能することがない。

もうかれこれ5年ほど前になるが、だいたいの予測をもとに、銀山街道と出雲街道の分岐点を起点にして、野外彫刻設置のデータ収集を目的とした実験を始めた。
近年はたて続けに暖冬と猛暑が続いて、平均的なデータを記録できていない気もするが、それでもこの数年の経年変化をまとめてみると、自分の造形イメージを補正するための要素の幾つかは収集できた気がする。
予想的中で成功したこともあれば、見事に失敗したこともあったし、何より、期待も予測もしていなかった新しい発見があった。
現在、その発見のデータを元にして次の何かへ繋げられないか模索中である。

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島根県高等学校美術展 

2016/12/12
Mon. 23:57

吉田のマニアックなブログをお楽しみの(??)皆様・・・長らく(・・でもないか??)お待たせしました!
本日より、満を持して再開いたします!・・・って、大げさなことですが、とにかく、このだらしない備忘録も、それなりに休んでしまうと、とろけた脳みそに記憶された時々の出来事が絶え間なく次々に消え去ってしまって、昨日のことを思い出そうにも相当苦労してしまうこともシバシバで、慢性の物忘れ症状が活性化してしまって、そのうち各所に迷惑をかけそうになりはじめて・・・そういう自覚がかろうじて残っているものだから、少しでも痴呆症状を食い止めようとささやかな期待を込めつつ、久しぶりにプチプチとラップトップのキーボードを叩き始めたところであります。

富山の事後処理(報告書作成)がもたついている間に、万善寺の仏事が絶え間なく入ってきて、昼やら夜やら、石見銀山やら飯南高原やら、島根県やら広島県やら、とにかく11月末から先週いっぱいはどうしようもなくせわしなく動き回っていた。気がつくと、結界君の燃料給油が2日ごとにやってきたりして、ジワジワと値上がりしている油代が吉田の家計を圧迫している。島根の過疎地の小さな山寺でも、さすがに1週間に一つずつお葬式が入ったりすると、何処かのブラック企業並みのかなりのオーバーワークになってしまう。私の老体もこの2週間で蓄積した疲労が回復しないままデスクワークに取り掛かってみたものの、どうもうまく気持ちを切り替えることが出来ないものだから、思い切って全ての用事を打ち切って四畳半へこもることにしたのが土曜日の午後からのことだった。

葬儀の一連の仏事が一段落して石見銀山の自宅へ帰ってから、久しぶりに深煎り焙煎のコーヒー豆を挽いた。セラミック製のギヤに砕かれる豆の音。手元から漂う香ばしい香り・・やっと人心地ついてメモ帳を開いたら「高美展」の文字がある。そういえばちょうど始まったばかりだ。週明けは七日努めが続くから行くのは今しかない。さっそく、ワイフと調整して土曜日の朝から益田へ向かった。
いつもは、松江の県立美術館が会場になっているが、今年の島根県高等学校美術展は益田市で開催される。
山陰道が少しずつ西に伸びていて、この数年の間に益田が随分近くなった。せっかくだから途中の浜田市で寄り道をして日本海の魚をチェックしようと提案したらワイフの目がキラリと光った。二人で満腹になるほど大きくて活きの良いカレイを買った。昼ごはん用にバカ安のにぎり寿司も2パック買った。葬式の斎膳に魚が出ることも期待できないし、ボクの胃袋は仏事の反動で魚を欲しがっていたのだ!

高校生諸君の美術作品はとても新鮮だった。ひところに比べると工芸部門の激減が気になった。絵画部門は油絵が小ぶりになった気がした。デザイン部門はたくさんのイラストに混じって手の込んだ細密描写が増えていた。今の高校生のブームなのかもしれないと思ったが、それはそれなりに彼らの粘り強さも伝わって好感が持てた。立体や彫刻は、技術レベルがどうこう云うより、高校生らしい遊び心があって楽しめた。なんでも上手いだけが全てではない、高校生にはたった3年間のその時でしか表現できない何かを真っ直ぐに追いかけてほしいと思う。大人の古臭い分別はいらない。

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カニ食うかい? 

2016/11/26
Sat. 14:24

彫刻家の皆様・・・           島根県現代彫刻振興委員会 代表 吉田正純

島根県の富山町は、少しずつ冷え込んできましたが、まだまだ例年に比べると暖かい日が続いています。

2016年の島根県現代彫刻振興委員会の事業は、この富山町で全ての美術イベントを終了することが出来ました。
7月の浜田市世界こども美術館での現代彫刻小品展
8月の奥出雲町旧ガラス工芸館での現代彫刻小品展
それに、11月の大田市富山町でのとみやま彫刻フィールドアートワーク

2010年に石見銀山でスタートした現代彫刻小品展は、2014年の5回展で終了し、2012年に浜田市でスタートした現代彫刻小品展は、2016年の5回展を迎えて一区切りついたところです。
2015年からのとみやま彫刻フィールドアートワークは、2回目を迎え来場が一気に昨年の3倍となりました。もっとも、10人の3倍の30人と、100人の3倍の300人では、あまりにケタの開きがあって比べ物になりませんが・・・人口約400人ののどかな里山が広がる農村地帯としては、なかなかの集客になったのではないかと思っています。
これから、年末年始の坊主家業のかたわら、これらの事業報告を図録にまとめることになります。

彫刻の出品参加でご協力を頂いた作家の皆様に、心より感謝いたします。
今後当分の間、奥出雲町での彫刻展と富山町での美術イベントに集中しようと思っています。奥出雲町は、たたら製鉄と仁多米ブランドと雲州そろばんの産地であり、そば処でもあります。また、富山町は「空に近い町とみやま」として、棚田の広がる里山の風景が彫刻の借景で絶景です。

吉田の体力や気力がある間は、彫刻が島根県に根付く美術活動継続に務める所存です。
皆様のご協力をお願いします。

告知:とみやま彫刻慰労会「カニ食うかい?!」を開催いたします。
お近くの彫刻家は前向きに参加をご検討ください!
内容:カニ(紅ズワイガニ)猪肉・手造り燻製他
   酒・食材・料理なんでも持ち込み大歓迎!
期日:12月16日(金)
時間:17:00開宴〜エンドレス
会費:1000円、但しハンドルキーパーとお子様は無料
会場:富山町旧富山小学校一階ランチルーム
申し込み〆切:12月12日(月)
問い合わせ・申込先 吉田正純 090−1688−7543 tetujin29@gmail.com

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旧富山小学校多目的スペース 

2016/11/15
Tue. 21:39

幼稚園実習中のキーポンが、ほぼ徹夜をした。
もう少しで20歳の誕生日を迎えるくらいの年齢だから、徹夜くらいのことで特に心配しているわけでもないが、昔の自分の頃のことを思い出すと、勉強で徹夜をするのは、せいぜい高校の定期試験で一夜漬けするときくらいのものだった。
真夜中に寝ている私の隣でゴソゴソし続けるものだから、そのたびに目が覚めて大きな迷惑だ。そういえば、ノッチもまだ学生の頃、課題制作や卒業制作で徹夜をしていたようだ。記憶をたぐると、吉田家の娘達はそれなりによく勉強をしているということなのかもしれない。ワイフだって、いまだに毎回彫刻の制作になるとよく徹夜をしている。彼女ほどのベテランでもそうなってしまうということは、どちらかと言えば吉田家の女性方は計画性に弱くて要領が悪いというだけのことなのかもしれない。

平日の方がシフトの関係で休みやすいからといって、もう2ヶ月くらい前から法事の日程を問い合わせていた施主さんとの最後の会話が富山のイベントの真っ最中だったので、具体的に詳しい会話に至ることもなくその日だけは開けておくと約束してそのまま過ぎた。なんの連絡もないまま約束の日の前日になったので一応抑えの電話をしてみたら、法事の有無もハッキリしないままどうしようか悩み始めた様子なので、「それじゃぁ、10時始まりということで・・・」と、強引に予定を決めて電話を切った。

どうも、私の周りには優柔不断で成り行きに準ずるキライの諸氏が多くて会話の落とし所の判断が難しくて苦労することが多い。他人のことでどうこう言えるほどの立場でもないが、暇は暇なりにソコソコ大事な用事が無いわけでもないので、自分を中心に据えたスケジュールは結構マメにチェックして調整をしているつもりだ。それでも、相手の事情やその時の予期せぬ事情が入り込んだりすることもあるから、それも含んだアバウトで緩やかなスケジュールを組み立てているところもある。
これから一眠り居て徳島の彫刻を受け取りに出かける。深夜に島根を出発すれば朝には徳島入り出来るはずだ。それで、1日を四国で過ごして夜になってから島根へ帰るように予定を立てた。

週末には、富山の教室展示を開放することになっていて、日曜日には富山町の文化祭があって、町内の皆さんに教室展を見てもらえる最後のチャンスになる。
それが落ち着いたら個展作家と調整して搬出の作業に入る。約50点ほどの小品彫刻の梱包もあるし、11月はまだまだ落ち着かない毎日が続きそうだ。自分で言うのもどうかと思うが、小品彫刻の展示だけでも一見の価値は十分にあるし、吸収できるポイントは限りがない。それだけ、島根の彫刻文化の領域が広がりに欠けているということだ。
アマチュアの趣味が高じたレベルも含めて、島根県内で活動している多くの造形作家たちは、もっと自分の造形に対して謙虚であるべきだ。もっと素直に、良いものは良いとして個々の表現を受け入れるほどの許容がないと自分の表現領域も広がり深まることがない。
「井の中の蛙大海を知らず」とは、日本の格言であるが、それが中国になると「海」が「空」に言い変わるそうだ。同じ意味でも、所変われば表現が違う。
待っているだけでは自分の世間は広くならないと思うな。

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教室個展〜竹田茂〜 

2016/11/14
Mon. 18:47

午前中に幾つかのデスクワークをして、お昼前からSNSにとりかかって、そうこうしているあいだにワイフが午後からの仕事へ出かけていった。
吉田家の中は、だいたい常識的な11月の小寒い空気が漂っていたが、昼間からストーブを焚くほどのことでもない。

午後のティータイムが始まったのだろう、上隣の改築中の町家が静かになった。大工工事に入って4~5ヶ月にもなるだろうか・・・?石見銀山の町並みは、世界遺産のど真ん中でもあって、約1km続く町家の増改築に結構厳しい規制が入る。日頃から町の住民は窮屈な思いをしながら暮らしているが、慣れてしまえば、「まぁ、そんなもんだろう」程度に、日常の不便と上手に付き合いながら暮らしているところもある。もっとも、すぐ隣で大工工事が入るとなるといつもより暮らしにくくもなって、狭い町並みでの駐車場の問題や、工事重機の出入りや廃材の始末など、かなりのストレスになったりする。吉田家も、上隣の工事重機が家の裏を通ることになって、昔からあった隣の庭石もいつの間にかそのまま吉田家の裏庭へ積み上げられて放置されていた。特に裏庭を整備するような計画もないし、そのままそんなもんだと片付けてしまえばそれで良いことだが、とても人力では動かすことの出来ない庭石の山を見た時は、今後もあの庭石の御陰で草刈り刃のチップが欠け飛んで行くのかと思うと若干憂鬱になった。

石見銀山の町並みへ出ると、小雨が降っていた。それでもどこかしら生ぬるく温かい。富山へ移動している途中から雨が激しくなった。雲が低いせいか、まだ夕方には間があるはずなのに対向車がライトを点灯している。小学校の用事を済ませてからキーポンをピックアップした。

教室個展の竹田茂氏は家族ぐるみのキャンプ仲間だった。もう30年も前のことになるだろうか・・まだ二人とも若くて子供も小さかったからとても楽しい思い出になっている。
教室個展には、できるだけ作家歴の若い人を見つけるようにしているが、それでどこかしら不安なところもあって、核になる安定したベテラン作家に協力してもらっておくと気持ちが落ち着くところもある。昨年は、彫刻の大作を集めて教室グループ展と、島根出身の絵画の大御所の作品を集めた展覧会に仕立てた。
それはそれで良かったのだが、せめて教室の個展は平面の作家に集まってもらったほうが立体と平面のバランスが良いような気がして、今年は竹田さんのお世話になった。特に改めて何も言わなくても、自分で何かしらテーマを決めて教室を仕切ってくれるだろうと思っていたが、やはりその通りで、密度の高い個展会場に仕上がった。
彼の絵画は、限りなく不定形の立体なところが特徴で、今ではそれが彼の絵画作品の特徴にもなっていて、知る人ぞ知る存在でもある。それはそれで、ある意味あらかじめ答えの用意された安心感も漂ったりするのだが、一方で、彼の制作の軌跡を大きく逸脱したような破壊や挑戦も観てみたい気がして、今回の個展にそういう期待感も意識していた。
さて、そのあたりのこととなると、これはお互い一杯やりながらじっくりと会話しないとややこしいことになりそうなところもある。いずれにしても今回の発見は、彼の展示の工夫にも増して醸し出す色彩の組み立てがとても魅力的に感じた。今のモデルに古き良き自分の少年時代の文化を感じた。

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教室個展〜本池文乃〜 

2016/11/14
Mon. 11:42

飯南高原は、さわやかな秋空が広がった。
11月に入って、農繁期も少し落ち着いて、そろそろ年末も近づいて慌ただしくなる少し手前のチョットだけ気持ちが緩やかになった頃になると、万善寺の檀家さんが一気に法事を始める。
だいたいが、寺の仕事で年間のスケジュールが決まることなど片手でもあれば十分なほどの数しか無くて、あとはお檀家さんの都合でその日その日を調整していくしかない。
まぁ、そんなわけで土曜日から日曜日にかけて3つの法事を済ませた。
さすがに日曜日の夕方に石見銀山へたどり着いた頃は、もうグッタリとして何もする気になれない。坊主はジッとして動かないのが仕事のようなものだから、この2日間で完全に身体が固まってしまって、立つも座るもそのチョットした動きで身体のアチコチに痛みが走る。やたらとウンウン唸っていると、キーポンが珍しく背中を押してくれた。背骨がボキボキ鳴ってヨダレが出そうになった。それから、腰のあたりには常備薬のサロンパスをペタペタと貼ってくれた。持つべきものは優しくて可愛い娘に限る!

土曜日と日曜日は富山の小学校教室展を観ることが出来るようになっている。前記のような事情で受付が出来なくなった。それで急きょ、教室個展の竹田茂氏と内田紀子氏がそれぞれ1日ずつ受付代行してくれた。来場は2日で7人。昨年はゼロの日もあったから人口400人静かな山間の町も、この彫刻イベントで少しほど認知され始めたのかもしれない。
そもそも、児童数が減ったからという理由で廃校になったような小学校のことだから、一般的にそういう地域は、世間に忘れられてしまっているといってもいいくらいのところだ。そういう、誰も来ないような場所でわざわざ彫刻のイベントを企てるというところからして物好きなものだと思われても仕方がないことだ。一方富山には、そういう彫刻に縁がなくて現代美術のカオスにハマることのない限りなくピュアな世界が広がっている訳でもあって、私には、そちらのほうが狭苦しいギャラリーや堅苦しい美術館がひしめく都会の文化街に比べたらずっと魅力的に見えてしまうのだ。

本池文乃氏は、鳥取の出身で、島大の新井研究室を経由して、現在は鳥取の確か中学校で子供達に美術を教えているはずだ。山陰のグループ展で彼女の絵画をはじめて見て、何かしら面白い方向性のようなものを感じて個展の声をかけたら、しばらく悩んだ末にOKの回答を得た。回答までの停滞した時間は、新井氏をはじめとした研究室やその周辺の友人諸氏に個展の相談を繰り返していたのかもしれない。
結果的には、今回の教室個展で今までにない表現の方向性が出たような気がして、面白い会場が出来上がったと私は感じた。この表現が今後どのように展開していくのか楽しみでもある・・・ということは、今回の個展は、まず造形作家の第一歩というあたりか・・
わからないなりに、ジタバタと何かを組み立てていれば、そのうち何かがひらめいて形になっている・・といったあたりがまずは大事なことだ。汗もかかないで机上の理論を組み立てて崩してばかりいても結果は見えない。まずは行動するということが大事なことで、それで掴んだ方向性もあれば、それで失敗した表現もあるはずだ。
これから彼女には造形表現の分からないことがたくさんつきまとってくるだろう。その悩み事の開放が次の表現の厚みに変わればいいことだ。

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教室個展〜坂野歩〜 

2016/11/12
Sat. 17:03

坂野歩さんは、島根県の川本町出身で、現在京都に住んでいる。
私と同じ鉄の彫刻家でもある周藤さんが川本の高校へ勤務していた時の生徒さんだったはずだから、まだけっこう若い。それでも随分前のことになるから、どのような経緯で私と親しくなったかというあたりのことはあまりよく覚えていない。受験勉強の時に彼女のデッサンを見ていたような気がする。付き合いというとその程度のことだが、なんとなく人懐っこいところもあるし、時々思い出したように連絡もしてくれるし、それなりに気になる娘で、付かず離れずの付き合いが続いている。

彼女が沖縄の芸大で勉強していた頃は泡盛を持って帰ってくれたこともある。その沖縄で日本画の技法を習得して、その縁もあってか、あの世界的に有名な島根の足立美術館へ就職した。
彼女が勤務している間に一度は美術館へ行こうと思っていたのに、それが叶わないままサッサと京都へ移住してしまった。
時々届く個展の案内を見て、制作を続けていることはわかっていたから、富山町の企画のことを少しほど説明して教室個展に誘ってみると、しばらくしてOKの返事がきた。生活の拠点が京都だし、展覧会をはじめる前に会場の下見をすることも難しいから、メールのやりとりで教室の様子を伝えるくらいしかできなかった。

富山のことは、基本的に彫刻主体の企画であるから、教室個展はできるだけ平面の作家を選んで声をかけるようにしている。そのあたりの隠された狙いはあるが、それを語ってどうなることでもないので割愛しておく。結局は、美術文化に縁遠い島根の片田舎で、ソコソコなレベルの現代美術を幅広く体験できるというあたりに旨味があるのだよ!・・・と、自分では意識しているところである。

坂野歩さんは、会期の前半2日間ほど会場当番をして京都へ帰っていった。
最終日に、島大の新井氏が訪ねてくれた。
彼は、確か私とほぼ同じくらいの年齢のはずで、島大教育学部で絵画の研究室を持っている。学生さんの面倒見もいいし、大学を離れても縁を絶やさない付き合いが出来ていて吉田的にはもちろん作品も含めて彼の人柄を特別な美術家として意識している。その彼が、坂野個展の作品技法にいい感じで食いついていた。
日本画の技法というより、画材のテクスチャーが彼にとって新鮮に感じたのかもしれない。
坂野さんの絵画は、俗に言う日本画独特の世界観を意識させないところに不思議な面白さがあってそれが魅力にもなっている。彼女の制作テーマの何処かに私的な情感を強く含んでいるからかもしれない。
暮らしの生業は学芸員であるようだから、それはそれでかなり大変な仕事であるだろう。限られた時間で作品制作を継続することはなかなか難しいことだろう。
なんでもかんでも大作がいいというわけでもないし、手頃なサイズの小品でも自分の世界観を表現することは出来るはずだ・・・が、大は小を兼ねることは出来るものの、小が大を兼ねることはなかなか難しいものでもある。
坂野さんには、これからも生涯作品制作の道を捨てないでもらいたいと思っている。

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教室個展〜内田紀子〜 

2016/11/11
Fri. 14:08

旧富山小学校1階の片付けがやっと終わった。
午前中で終わらせようと働き通したが、お昼を回ってしまった。

こうして小学校の校舎に通い続けていると、これだけの施設や設備がまったく機能しないまま毎年が過ぎていることのもったいなさを痛感する。教育委員会や行政の考えだと、色々な建築上の問題を改善する見込みがつかないから、通年の貸出ができないのだそうだ。想定外の災害などで被害が出た時の責任が持てないということのようだ。お役所仕事というのはこういうタテマエ上の堅苦しいところでスジを通しておくことの方が大事なのだろう。

当初の予定では、1階にあるノリちゃんの教室個展は、富山町の文化祭までに撤収することになっていた。それが、まちづくりセンターの調整もあって、せっかくの展示だから文化祭のお客様にも観ていただこうと言うことになって当日まで据え置くことが決まった。それで小品彫刻の第1展示会場の教室とワークショップで使ったランチルームを復元するだけですんだ。
ほんの1週間前にはあれだけたくさんの人で溢れていた場所に、今は自分一人しか居ない。なんとなく寒々しく感じるのは気候のせいだけでもなさそうだ。

ノリちゃんの個展は、小学校の下駄箱や掲示板や黒板などを上手に使って空間との調和がとても丁寧に工夫されている。
どちらかといえば、この数年間は彫刻というか立体というか、そういう傾向の作品が多かった。もともと彼女は幅広い美術的センスを持っていて、なんでもそれなりに器用にできるタイプの作家だ。こういう人は、制作の方向が定まるとあまり迷うこと無く一気に勢いで乗り切ってしまうようなふうに思う。今回も、個展会場になる教室の床に素材のあれこれを広げて夜な夜な制作に励んでいたようだ。そういうことが出来るのも、比較的自由に使いまわすことのできる展示空間があるからだと思う。これが、何処かの公共の美術館だったり街のギャラリーだったりすると、厳しい条件が重なったりして自分の表現が素直に思うように組み立てられないかもしれない。廃校になった小学校の教室がノリちゃんのような作家の個展で生き返ったような気がした。

最近のノリちゃんは子育ても一段落して、学生の頃に専攻していた造形の方向性のしがらみも凡そこなれて、ある意味で素直に自分の表現を開放できるようになってきたような気がしていた。
立体とか平面とか、そういう狭い世界にこだわらないで、自分がその時にやりたいことを素直に表現できればそれが一番いいと思う。今は、そういう制作と発表の場数をこなして表現の領域を広げる時期なのかもしれない。そしてもう少し美術環境が充足した展示空間を自力で探すことも大事なことだと思う。
ノリちゃんには、造形作家として表現の厚みを持ってほしいと思う。
自分の作品を理屈で語ることもそれなりに大事なことだと思うが、彼女のような器用な作家はもっと恒久性のある造形の工夫もするべきだ。

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とみやま彫刻フィールドアートワークのお知らせ 

2016/10/08
Sat. 22:21

石見銀山は冷たい雨が激しく降っている・・・って、ほんとうに冷たいかどうかわからないけどね??
何せ、現在私は半袖Tシャツ一枚にパンツ一丁というスタイルで、キーボードをプチプチ叩いているのです。
まったく、すでに10月も1週間を過ぎたというのにいまだに扇風機を回しているのだ。

午前中は、キリスト教高校へ雪駄スタイルで出かけた。
美術の授業らしきことをしているのだが、生徒たちは喜んでいるのかつまらないのか、どうもよくわからない。10月から後期に入って履修も変わるらしいが、ひとまず前期に選択していた男子2名がそのまま引き続いて残っていたから、吉田の人気も全く無いわけではなさそうだ。
日当は◯◯◯円ほど出る。だから一ヶ月に二日ほどは少し贅沢な昼ご飯をすることにしていて、今日はワイフもいないしとみやま彫刻フィールドアートワークのデスクワークも残っているから、思い切って国道沿いの食堂へ入ってカツ丼を注文した。9月に入って彫刻の制作で工場通いが続いて、三度の食事も変則的になって食べたり食べなかったりしていたら、胃袋が少しずつ小さくなってしまったようで、どんぶり一杯のご飯を食べると動くのが辛くなるほど満腹になった。身体にとっていいことなのかどうなのか良く分からないが、全く痩せる気配もなくて体重も減らないから、食が細っても栄養だけはそれなりに吸収できているようだ。

先ほど、遅れに遅れていた広報ポスターやチラシの原稿がやっとカタチになった。
いつもの印刷屋さんへメール添付にして原稿を送っておいた。来週になったらオペレーターのお兄さんが吉田のいい加減な原稿をせっせと手直ししてきちんとした印刷原稿に置き換えてくれるはずだ。
これからシャワーして一眠りして、ワイフの車で東京へ向かう。
高速料金と車の燃料代とボクとワイフの燃料代で、結局高速バス料金の2倍以上の出費になるが、ワイフの実家へのお土産や、その他もろもろと、あまり気にすることもなく荷物をいっぱい積めるし時間の拘束も無いから、それはそれで気楽な旅になりそうだ。
旅のお供の音楽は、最近のクラウド事情でずいぶんストレスが無くなった。問題は活字媒体の方だが、今のところ、群さんのエッセイと半村さんの小説の2冊くらいをカバンへ入れておこうと思っている。
毎年この時期は旅の空がほとんどで、一月の半分も島根県にいない。自宅でのんびりゴロゴロしているよりはずっと神経も疲れるし、肉体疲労もたまるから、体調の管理は慎重にしないといけない。歳もそれなりにとってきたしこれからの数日は無理をしないようにゆっくりと行動しよう。
日曜日の夜にはワイフの実家に到着するはずだ。それから六本木の彫刻展示があって、彫刻部の懇親会もある。周藤さんが会員になって初めての年だから、懇親会を欠席するわけにもいかないだろう。
ワイフには、絵画と合同のオープニングで仕事が割り当てられているようだ。
私は気楽なもんだから、ノッチでも誘って夜の居酒屋へ繰り出そうと思っている。

2016とみやまチラシ (1)
2016とみやまチラシ裏

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始動!とみやま彫刻フィールドアートワーク 

2016/10/03
Mon. 22:33

とみやま彫刻フィールドアートワークが動き始めた。
今年のメインは昨年に引き続いての「ものつくり教室」と、新企画、竹オブジェ公開制作。
竹オブジェは、岡山県在住草月流師範の西本氏にお願いして、会期中に会場になる旧富山小学校周辺野外の一角で公開制作をしていただく。作品に使用する竹のこととか、作品の設置場所のこととか、協力スタッフのこととか、そういう色々な幾つかの条件を話し合うために、事前打ち合わせを兼ねて富山町まで来てもらった。

10時現地集合の予定通り、だいたいそのくらいに到着するとの連絡が入ったので、石見銀山の自宅を出発した。
「今、○○のあたりです♡」
しばらく結界君を走らせていたら電話が入った。まったくトンチンカンな場所だったから、「さては、道を迷ったな・・・」と思ったが、そのまま聞き流した。
狭い日本の狭い島根県の片田舎程度のことだから、せいぜい1時間も待てばそのうち到着するだろうと思っていたが、30分位遅刻して到着した。よく出来たほうだと思う。

富山町のセンター長さんや、自治会連合会の会長さんなどと書類上の説明や打ち合わせをして町内の現場視察に入った。
富山町は、大田市の中でも比較的高地にある。そのほぼ中央に要害山と呼ばれているおむすびのような山が突き出している。その山は昔山城があった。石見銀山の銀を我が物にしようと豪族や大将が戦を繰り返していた戦乱の激戦地でもあった。今は水田と畜産が主な産業になっていて、支えているのはリタイヤした高齢者の皆さん。
富山町も、島根県の他の地域とだいたい似たような農村地帯であるわけだが、少し違うのは、比較的整備された棚田が多く残っていて、実際に稲作で機能していること。春の田植えの時期から秋の刈り入れまで、富山の谷に広がる水田の風景が実に美しい。
私は、かれこれ5〜6年くらい前にこの富山町の棚田を見る機会があって、それでひと目で惚れてしまった。それから、毎年事あるごとにコツコツと通い続けて、やっと昨年から彫刻のイベントを具体的に動かすことが出来るようになって、今年で2年目を向かえる。
人口約500人のいつもは静かなこの地域で彫刻のイベントを開催することで、その期間だけはほんのすこしほど人が動き賑わいが広がる。

現在、野外彫刻は3人の彫刻家の4点の彫刻が町内各所に置かれてある。小品の彫刻は野外彫刻を置かせていただいている地権者のお宅に一つずつ差し上げた。宿泊や会期中の事務所でお世話になったお寺にはワークショップで制作した石のお地蔵さんを安座させてもらった。
ひょっとしたら押し売りのような大迷惑の行為になっているかもしれないが、今のところ強烈なバッシングも無いし、どちらかといえばそれなりにさり気なく受け入れられているのではないのだろうかと都合よく前向きに解釈させてもらっている。

ついでだから、西本氏御一行には帰りに石見銀山を経由して、若干の観光と、「モッタイナイス展」を観てもらった。自分としては、濃密な1日になったと思っている。

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2017-10