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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

とみ山フィールドアートワーク野外彫刻 

2018/11/07
Wed. 23:30

文化の日をメインにスタートした総合美術展「とみ山フィールドアートワーク」の前期が終わった。
約2週間後には富山町文化祭があって、その時に後期がスタートして野外彫刻はそれから1年間は動かないまま展示が続く。

今年は、春先から吉田の体調不良が続いて野外彫刻周辺の事前の草刈りメンテナンスがうまく出来なかった。それで、文化祭までには草刈りを済ませておこうと前期の会場受付が終わってから日を改めて富山町へ向かった。
吉田の彫刻は2箇所に2点ほど設置してあるが、その一つは2mを超えるセイタカアワダチソウが群生する耕作放棄地にある。彫刻の方も2mちょっとの高さがあるので、その気になって注意してみれば作品の頭のほうがセイタカアワダチソウの黄色い花の向こうへチラリと見える。前期の開催中、その彫刻のある一帯を横目で見ながら通過していたが、自分としては鉄の錆色が忘れ去られた廃墟のごとく物悲しい感じに見えて、それはそれでそういう風景があってもいいかなと思ったものだから、草刈りもわざと一番最後へ残しておいた。
隣の一角は周藤さんがもう少し先に彫刻を入れ替えることになっていて、今は彼の彫刻が撤去されて無くなっているから、今のうちに展示設置がしやすいようにキレイに刈り込んでおいた。
他の野外彫刻展示場所はいまのところ彫刻を動かす予定がないから富山町内の道路からキレイに見渡せるように丁寧に刈った。秋のこの時期にきちんと刈り込んでおくと春になって新芽の萌黄色と彫刻との色彩のコントラストがきれいに見えて気持ちがいい。

いずれにしても、自分が責任を持って彫刻の維持管理できることが大事だから、自分の行動の限界もあるし、野外彫刻を展示できる環境を見つけ出すにもそれなりに苦労する。富山町は棚田の広がる高原の町で風景も良いし、耕作放棄地や休耕田もアチコチにあるから、地権者の方には丁寧に彫刻のことをお話して納得をいただいて設置させてもらっている。
そろそろ、今の場所が手狭になってきたので、今後のことを考える時期になってきたと思っていたら、まちづくりセンターの方から、行政の来年度事業計画の説明を受けて現在の美術展メイン会場である旧富山小学校へ工事が入って、各教室は行政関係の資材倉庫になる予定だと知らされた。行政管理の方も教育委員会社会教育課の手を離れて別のところへ移ることになったそうだ。
旧富山小学校は耐震構造に脆弱なところがあって、民間への払い下げなど永久使用の適応が難しいらしい。結局耐震工事の負担支出が今の財政では難しいという事情があるようだ。それで、物置倉庫くらいにしか使えないということなのだろうが、その物置にするにしても元々小学校として設計されているから1階と2階を人力で荷物の上げ下ろしするしかないことになるわけで、効率がすこぶる悪い。教室個展や小品彫刻の搬入出で苦労している実態を行政が見聞していたらそういう案も出てこなかったかも知れない。結局は、2階の教室に溜め込んだモノもほぼ永久にその場から動くこともなく古びていくことになるのだろう。断捨離とはかけ離れた机上の発想に思えた。

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とみ山フィールドアートワーク教室個展 

2018/11/06
Tue. 23:56

教室個展には絵画の竹田茂氏と彫刻の周藤豊治氏も参加してくれた。
彼らは島根県出身の作家で、昔から親しく付き合ってくれている。
竹田さんは今年で3年目の個展となる。
周藤さんはとみ山フィールドアートワークへ野外彫刻を出品してくれているが、教室個展は今回がはじめてになる。

ふたりとも作家暦でいうと美術界では中堅のベテランといっていいだろう。公募団体展やグループ展の出品歴も長いし、各地の大賞展へも積極的に出品を繰り返している。
そういう、実力者の個展はイベントの質をレベルの高いところでキープできるので主催者としては安心できるし助かる。反面、美術にあまり親しむ機会がなかったり審美眼を鍛える機会の少ない一般の鑑賞者にとってはハードルの高い展覧会になってしまうところがある。
しかし、私としてはそういう一般鑑賞者に対して日常の暮らしに刺激を与える素材としての美術的ストレスを提示することも大事なことだと思っている。
美術のような俗に云う文化活動は、その成果が具体的なわかりやすいカタチとして実在させることが難しいし、だれにでも簡単に手掛ける素材でもなく、それなりに専門の知識や技術の裏付けがないとどうにもならないところがある。「よくわからない」とか「むずかしい」とか「センスがない」とか、そういうネガティブな感想や反応が結局「興味がない」という自分中心の価値判断で片付けられて「趣味の世界」として一括りにされてしまう。美術活動そのものに生産性を期待することは難しいから、どうしても需要と供給の活性を目指す一般の経済社会構造からは縁遠くなってしまいがちだ。彼ら個展作家も私もそういうことは承知の上で制作を今に継続していることになる。
では、作家性の現実はいったい日常の暮らしの中でどのあたりに位置づけられているのだろう・・・それは大袈裟に言うと、生活の手段とは一線を画する「生きる証」ようなものだと思う。
漫然とした日常の積み重ねに幸せを感じることも大事な生き方であると思うが、一方で常に自分のオリジナルを追求することに飽きない生き方もその人にとって唯一無二の生き様の証として、それを貫くことの喜びを感じることも日常の幸せを紡ぐことになっているはずだ。

周藤さんの彫刻は、数年前から一気にオリジナルの造形感が芽生えてき始めたと感じる。今後の展開が楽しみであることと同時に、今までの彫刻を冷静に振り返る機会を造ることも大事なことだと考えて個展の依頼をした。
竹田さんの絵画は、何年も前から少々迷走を始めたふうに感じていた。彼の表現の悩みがそのまま素直に絵画に表出していた。このまま悶々と悩み続けることは自己表現の開放に支障をきたす・・・そういうふうに感じて個展を誘った。その時時の自分の悩みを吐き続けることが次の表現の解放につながると思ったからだ。
二人の作家は、今の私にとってとても大切なかけがえのない表現者の同士だと思っている。彼らの次の展開が私の表現を刺激してくれる。
教室個展は、シンプルだがとても内容の充実した良い展示になった。

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萩焼内村幹雄作陶展 

2018/11/05
Mon. 23:48

とみ山フィールドアートワークのメイン会場は廃校になった旧富山小学校の教室棟。

一階には保健室と1・2年教室とランチルームがあって、休憩を兼ねた多目的用の8畳和室がある。
今は、この1階を1年一回の富山町文化祭で使っている他、1年3回ほど行われる町内有志とまちづくりセンター共催の富山カフェのメイン会場になっている。
他にも、不定期でいくつかの会合で使用されているようだが、ほとんど1年中未使用のまま過ぎている状態だ。

二階は3つの教室と図書館があって、学年集会が出来るほどの視聴覚やパソコンルームを兼ねた多目的ホールがあって、それに、郷土資料を集めた展示ルームがある。
島根県彫刻振興委員会が主催の美術イベントと展覧会はこの2階を使って行われる。
3つの教室は作家の個展会場になり、多目的ホールは小品彫刻展の会場になる。
使用条件としては、やはり一階のほうが何かと便利に使えるのだが、そういうことは誰も同じように考えるから、かえって使い勝手が悪くなるので、はじめからそのあたりを割り切って二階に絞った展示にしている。

今年は、その教室個展の一部屋を萩焼の内村幹雄さんが使ってくれた。
彼は、三越や高島屋、阪急など有名デパートで展示会をするほどの実力者で、萩市の地元でも幾つかの重職を担う名士でもある。
数年前から、維新の往還街道を活性させようと街道沿いの各地域に声をかけて、行政の枠を超えた連携組織を立ち上げつつガイドマップの作成に着手している。
とにかく、日々エネルギッシュに活動を続けているので、島根のだれも知らないような田舎町の美術イベントへ参加してくれる事自体、異例のことだといっていいだろう。

展示のときは、私が小品彫刻の会場を整えている隣の部屋で一人セッセと作業を続けてくれた。
廃校の教室にはもったいないレベルの器がずらりと並ぶ様子はどこかしら圧倒されるものがある。
穴窯で焼成した器も幾つかあって、それはすぐにわかる。
萬善寺の床の間に欲しい花瓶があった。
吉田家のテーブルサイズにピッタリの鉢は穴窯の味わいがしっとりと醸し出されてたまらない。
大ぶりのオシャレなカップは新作だと思う。
他にも、気に入った器ばかりが揃って目移りしてしまう。
とにかく、大事な商品だから取扱は十分に気を配って管理しなければいけない。会期が終わったら、直接交渉で目をつけたというか唾を付けたというか、それらの器をゲットしようと決めた。
「値札はつけないので、よろしく!」
展示が終わった時、内村さんから念押しされた。教室個展は販売いたしません・・・

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現代彫刻小品展とみ山会場 

2018/11/03
Sat. 23:11

作業のバックミュージックを何にしようか決めかねて、迷い始めた。
過去の記憶を手繰ってトム・スコットとかウイントン・マルサリスとかをしばらく聴いていたがそれも少々飽きてきた。

彫刻の展示や後片付けから梱包はだいたい一人でコツコツとゆっくり時間を掛けることが多い。
たまには運良く助っ人がたくさん集まることもあるが、なにせ壊れ物を扱うデリケートな作業だから一人のほうがマイペースに落ち着ける。そういう時に欠かせないのがバックミュージックだ。
おおよその作業時間を割り出して、その間エンドレスに垂れ流しに出来るだけのマイアルバムのようなものを即席に作っておけば、そのアルバムが一巡すると「だいたい1時間だ!」とか、「あぁ〜〜、もう3時間過ぎたかぁ〜〜・・」とか、おおよそのことがわかって都合が良い。予測した時間より早く終われば嬉しいし、遅れると休憩を挟んだりして気持ちを切り替える。
それで、富山でのイベントは、小品彫刻の展示にだいたい4時間ほどを予定してそのくらいで一巡するアルバムを用意しようと決めた。寝る前にMacMusicからめぼしいものを拾い出していたら、アッという間に時間が過ぎて朝には少々寝不足気味になっていたりする。
今回は、ひとまず、ジャズ系からキース・ジャレットを選んだ。
彼は、昔から好きなミュージシャンでじっくり集中して聞くのもいいが耳のお供程度に聞き流すことも出来て都合が良い。特に気に入っているのは、楽曲の振り幅が広いところだ。クラシックもながら視聴しているとそれなりに良いところもあるが、たとえばモーツァルトとかを指定してマイアルバムをつくり始めたら、演奏を誰にしようかとかどのアルバムにしようかとかそういう初期段階で迷い始めてキリが無くなるし途中で面倒になって適当に時間だけを調整したような中途半端な状態で出来上がったものを延々と数時間垂れ流して聴き続けていると、そのうち飽きてきて作業の集中力が無くなってしまう。その点キース・ジャレットは、とても都合よく精査されたアルバムになっているからその時の気分で仕分けがしやすくて助かる。それで今回は、クラシックを所々にちりばめたスタンダード中心のマイアルバムをつくっておいた。それをiPhoneからブルトゥースでスピーカーへ飛ばして聞き流しながら小品彫刻の展示をした。
隣の部屋では内村さんが陶芸作品の展示をしていたが、彼はだいたい2時間ほどで終わってしまった。
「こっちは、もう少し時間がかかるので三瓶の温泉にでも行って時間を潰しておいてもらえませんか?夕方に石見銀山で合流ということで・・・」
それじゃぁ〜・・となって、お昼前に別れた後、小品彫刻の展示を続けてキース・ジャレットが一巡する間際にキャプションの配置が終わった。

展示の様子はいつもとあまり変わらないように感じるが、具象彫刻が年々増えている気もした。六本木の展覧会でも似たように感じていたところだった。日本の美術界の流行は全体として具象化傾向にあるのかも知れない。

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とみ山フィールドアートワーク 

2018/11/02
Fri. 23:32

旧富山小学校の彫刻小品展会場へ搬入しておいた彫刻と展示台は、その後、ノリちゃんが梱包を開けて展示台もおおよそ配置を整えてくれていたから、今回はいつもより早く展示作業が終了しそうだ。

もう、今回で4回目を迎える「とみ山彫刻フィールドアートワーク」は、そろそろ総合美術展の方へシフトし始めてきた。それでも「彫刻」に特化していることに変わりがないものの、改めて思うと「わざわざ(彫刻)という単語を使わなくてもいいかな?」とも思うようになって、自分の気持が少し変化した。
それで今回から、さり気なくイベントタイトルから「彫刻」を削除した。
たぶん、ほとんどそれに気づく人はいないと思う・・・

今年は教室個展で彫刻家の周藤豊治氏。絵画作家の竹田茂氏。萩焼作陶家の内村幹雄氏。それに、スピンオフ企画として写真家の藤井保氏の個展会場でギャラリートーク。そして、富山町で巡回展示のいつもの小品彫刻展。野外彫刻。
なかなかボリュームのあるイベントとエキシビジョンになった。
例年のように文化の日を目指して前後の4〜5日が主な会期になる。その後、富山町の文化祭が行われるので、その日も会場をオープンして、その後撤収して全日程をすべて終了する。

彫刻個展の周藤さんが一抱えの個展用彫刻を軽トラへ積んで持ってきたので、二人で抱えて階段を持ち上げた。
サイズでいうと中品程度だが、教室へ3点ほど搬入したら少し窮屈に感じるほどになった。
彼はこの数年間で彫刻がグイグイとレベルアップして今後の展開が面白くなってきた。こういう時期は、今回の個展のように一度過去作品を系統立てて見つめ直すと自分の現状を客観的に把握することが出来て次の展開が見えてくることもあるので、ちょうどいい頃合いだと教室個展に誘ったのは半年ほど前のことだっただろうか?本人も、私の気持ちを汲み取って個展を快諾してくれて今回の展示になった。
今はまだ、自分の制作や作品のことで頭がいっぱいで彫刻界全体の現状とか自分の立ち位置とかを客観的に把握して広く俯瞰して行動できる状態ではないと思うが、そろそろ彫刻家としての方向性を多角的に判断して、自分と制作との距離に若干の間をとるような工夫をしても良さそうな気がする。

内村幹雄さんは、お昼前に作品を持ってきてくれて自分でセッティングをしてくれた。彼は東京大阪などの有名デパートで展示会をするような萩焼作家だからそのあたりのことは手慣れたものだ。夜は石見銀山で久しぶりに1杯やることになっている。
写真家の藤井保さんも、石見銀山で写真個展が開催中で、彼のギャラリートークのこともあるし夕食がてら少し打ち合わせもすることになっている。
久しぶりに楽しい一晩になりそうだ。
いよいよ、新生「とみ山フィールドアートワーク」がスタートする。

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行雲流水ー旧ガラス工芸館 

2018/09/16
Sun. 23:48

気がつけば小品彫刻展も最終日!
今回は準備中から今までに一二を争うほどの色々なことがあった。

少し余裕を持って会場へ到着してオープンの準備をしていたら、早速来客があった。
ソコソコ良い天気だし連休ということもあって人の動きが活性しているのかもしれない。

奥出雲の展覧会場は、元々地元出身でガラス工芸の修行をしていたガラス作家が、バブル時代の箱物行政に招へいされてスタートしたガラス製品の博物館を兼ねた制作工房だった。当時は土間にガラスの焼成炉があって、そのガラス作家が制作したガラス製品を展示しながらガラス工芸館の運営をしていて、受付事務などで地元からの雇用もあって賑わっていたようだ。
私は、まだ奥出雲との縁もそれほど深くなくて、どちらかというと、鉄の彫刻を造っている関係でたたら製鉄絡みの付き合いが始まったばかりの頃だった。そのたたら製鉄関連の施設や木工の施設も次々と建造されて、島根県の山間部ではダントツに活気のある地域に思えた。
それからしばらくして岡山に本部のあるデザイン専門学校の奥出雲進出が決まって、ガラス工芸館のすぐ近くにカッコイイ校舎が出来た。その校舎には登り窯も造られて、1年に数回ほど学生や地元有志の制作作品を焼成していた。
そのデザイン専門学校が出来てしばらく経ってから奥出雲との縁が深まりはじめた。

奥出雲は、そばの産地でもあって、地域全体では10軒近くの蕎麦屋が点在している。
そば好きの私にとっては、そば関連の情報が入る度にイソイソと出かけて、アチコチで美味いそばを食べ歩いた。
彫刻展の方も、いずれは奥出雲の何処かで開催できると良いと思っていて、蕎麦の会に参加しながら地道に情報収集を続けていた。そうしたら、なんと、当時デザイン専門学校の校長先生だった石彫の彫刻家が「学校の隣の施設が空いてるよ」と教えてくれて、それが昔賑わっていたガラス工芸館だった。

ガラス工芸館で制作活動を続けていた工芸作家はその後病気になって、それが完治しないまま亡くなった。
ガラスの焼成炉を可動させることの出来る作家をしばらく探していたようだが、結局それもうまくいかなくて閉館が決まった。
今は、なにかのイベントで使用することがあっても、1年間で1ヶ月も利用されることがないまま年々老朽化が進む状態だ。元々行政の建てた施設だから管理も行政でされているのだが、今の行政は施設の利活用にまで積極的な検討をすることも考えていないらしい。

広島の福山からのお客さんは、ずいぶん久しぶりに観光と温泉巡りで山越えして来たということだった。まだガラス工芸館が機能していた頃のことを微かに覚えていて懐かしがっていた。
昨年奥出雲へUターンされたご婦人は、娘さんが当時のガラス工芸館で受付をされていて懐かしがっていた。
そういうこともあって、展覧会開催の意味もある気がしている。

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行雲流水〜コーヒータイム 

2018/09/10
Mon. 23:12

さぁ!これから1週間、奥出雲の小品彫刻展が続く・・・

初日は、選挙と大雨で開店休業状態だったが、これからはそういうわけにもいかないからのんびりもしていられない。
移動の途中で、行政窓口が開く時間帯を狙って文化協会へ電話を入れた。町内へ告知放送をしてもらうためだ。
なかなか繋がらなかったが、やっといつもの担当さんと会話ができたのは、もう会場の鍵を開けたあとだった。
坊主や彫刻とフリーで毎日を過ごしていると、曜日の感覚が無くなって、土日祝日に休みになってしまう関係諸機関との調整がなかなかうまくいかない。これは、相手の問題というより自分の責任で生じた不具合だから、そういう失敗は「ごめんなさい・・」と謝るしか無い。

オープンの準備を済ませて、例のごとくコンビニコーヒーでくつろいでいたら、島根から出品の作家が出張のついでに訪ねてきてくれた。
彫刻の梱包材代わりに同封してくれてあったクッキーを開けて、寺から持参した澤井珈琲の豆をミルで挽いた。その間に、彼は丁寧に時間をかけて会場の彫刻を見てくれた。

10年近く同じコンセプトの展覧会を続けていると、主催者は毎回過去の失敗を修正しながらそれなりに新鮮な気持ちで展覧会を運営しているつもりでも、何処かに慣れのようなものが絡みついて大事なポイントを気付かないままスルーしてしまったりする。今年は展覧会の主催事務としてそういうことが頻繁にあって、出品作家諸氏には迷惑をかけた。
一方、出品作家もこの10年で制作活動に変化が生じた諸氏が散見された。
彫刻の向上や力量の好転は大歓迎だが、反対に制作の惰性が見えたり意欲がしぼんだりする作家もあって、主催として展覧会の質をキープする難しさを感じた。
奥出雲の会場は、この10年で一番狭い。
落ち着いた作りで雰囲気もあるし、照明も派手派手しくなくて適度な自然光も入って彫刻の量感がバランスよく伝わる。具象抽象の表現の違いはあるが、どちらもそれなりに作家のテーマとか素材の表情が彫刻の魅力になって目に優しい。
残念なのは、会場が少し狭いこと。
展示台の箱を50個も並べたらそれだけで会場がものすごく窮屈に見えて、展示された彫刻が落ち着かない。それで、今年は10個ほど展示台を減らしてみたのだが、結局展示効果はそれほど変わらなかった。

コーヒーを飲みながら彫刻の話をしていたら、時間がすぐに過ぎてお昼近くなった。
彫刻を制作していると云っても、ほとんどみんな他に生活を支える仕事を持っていて日常はそちらで忙しいから、少し無理をしてでも何かの機会をつくって色々なタイプの彫刻家と会話をするようにしていかないと自分の彫刻が前に進まない。
この展覧会も、彫刻出品で参加するのであれば制作の領域を少しでも広げてもらえるような情報交換の場になるといいと思う。

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行雲流水ーサイズに関する一考察 

2018/09/08
Sat. 23:48

行雲流水が始まって、気がつけばもう週末・・・
銀くんの走行距離は1000km近くになって、石見銀山から東京のワイフの実家へ到着するくらいは走った。
毎日朝夕の往復が続くから、最近は無理してすっ飛ばすことをやめた。
何をどうしても絶対に1時間は過ぎるし、それでも1時間半ほどあればだいたい会場か自宅か寺かどこかへ到着している。
運転中は聞き逃して数年間に溜まってしまったPodcastのラヂヲを一つずつ再生して過去の様子を振り返りながら自分の記憶を取り戻している。

寺と奥出雲の移動は、docomoも圏外になるほどの山の中や谷の底に続くアップダウンのワインディング・ロードばかりで、コンビニは奥出雲に入ってからファミリーマートとポプラがあるだけ。
セブンイレブンやローソンは今の所進出していない。
移動中はバックミュージックとドリンク(主にコーヒー)が欠かせないボクとしては、この山道ルートが結構ストレスになってしまう。そこで、思いついたのが奥出雲のファミマでLサイズのコーヒーを道中の往復分で2つ買ってしまうこと。そうすれば、次の朝に冷めたコーヒーをチビチビやりながら過酷な山道をほとんどストレス無く走破できる。
まぁ、そんな感じで彫刻展の会場までアレコレ工夫しながら移動している。

コンビニコーヒーでは、ファミマが一番好きだ。理由はLサイズで180円と若干お得であるということと、濃くて苦めのコーヒーであるということ。
セブンイレブンはだいたい濃い目でボク好みであることは良いのだが、店によって味のばらつきが気になるし、一杯の量が少ないからチョットもったいない気がする。
ローソンは癖のない飲みやすい味で「店員さんがカウンターから手渡ししてくれるところがいいわ♡」とワイフはローソン派!
「カップ手渡しされると、どうも検尿思い出してイヤなの!」
セブンイレブンやファミマでコーヒーを注文する度にワイフはブツブツ小言を言っている。その気持もわからないわけでもないが、ブルーカラープロレタリアートのボクはまったく気にならない。

コンビニコーヒーで、ここまで語ってしまう自分もどうかと思いつつ、一方でコンビニコーヒー愛を愛おしく思ったりしている今日このごろ・・ファミマのコーヒー販売路線改革の情報が舞い込んだ。コーヒーメーカーの刷新を図って、現在の販売システムを変更することが決まったようだ。それで最大の痛手はLサイズが消えるらしい!・・ということ。
iPhoneもこの秋からの新製品はより大きくなるという言う噂だし、スマートフォン世間ではビッグサイズ化が加速しているのにコンビニコーヒーはその逆で縮小化つつある。
そろそろ10年近くになる小品彫刻展は、「小さい彫刻」の良さを引き出すための展覧会になりつつある。大きな彫刻とは違った小さいなりの彫刻表現密度も、現代の彫刻家にとってとても大事な造形技量の一つでもある。

ちなみに、ボク的にはコーヒーはLサイズ派、iPhoneはSサイズ派であります!!

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お駄賃は豆腐と野菜 

2018/09/06
Thu. 23:50

「洗濯物干すから少し待ってて」
出掛けにそう云っていたから展示台を詰め込んだ2tを銀山川脇の駐車場へ止めてワイフを待った。
台風は夜の間に日本海へ抜けた。
関西を中心にかなり甚大な被害だったようだ。
吉田家も雷が直撃してチューナーからの変換器が壊れた。
隣の家はブレーカーが落ちた。
ワイフが朝になってウォーキング散歩をしながら幾つかの情報を収集したようで、結局、雷の被害はGPSで狙ったように2軒だけだったようだ。

国道を東進して出雲から斐伊川土手へ右折して、あとはひたすら南下すると奥出雲。
出雲から大きく東へ向けて流れを変える斐伊川は宍道湖に開けていて、出雲地方から奥出雲一帯が八岐の大蛇伝説の発祥地になる。
台風絡みの大雨で斐伊川がかなり増水している。
島根へ帰ったすぐの頃はまだ新婚間もなくて、毎日のようにワイフと斐伊川土手を往復していたから懐かしい。

展覧会の会場へ着いたら地元で手伝ってくれているOさんが合流してくれて、とても助かった。
一人の作業だと夕方までかかるだろうと覚悟していたが、手伝いが二人増えただけでずいぶん助かった。
「ねぇ〜、あの美味しいお豆腐と、途中の道の駅で野菜ね♡!」
ワイフは彫刻展の手伝いを兼ねて帰りに買い物の計画を決めていたようで、お駄賃をせがまれた。
奥出雲のこだわり豆腐は普通の2倍ほど高いが、確かに美味い。
地物の野菜類は新鮮で安い。
いずれ、自分の腹におさまる食材でもあるから、彼女の手間賃としては妥当だろう・・

本社出張で帰省中のなっちゃんは、仕事が終わってからミーティングを兼ねた夕食会で夜が遅くなるそうだ。
2tを返して銀くんに乗り換えて業務用スーパー経由で食材の補充をして吉田家へ帰宅したのはもう夕方だった。
気がつくと、ずいぶん日が短くなっている。
いつも繰り返している慣れた作業だが、それでもどこかしら緊張しているようで、ネコチャンズを見ると、忘れていた疲れがドッと出て身体が一気に重くなった。
夕食の途中から眠くなって、早々と寝た。明日はお檀家さんの法事で朝が早い。
ワイフはなっちゃんの帰宅を待っていたようだが、テレビが見えないから退屈だっただろう。
夜中にのどが渇いて目が覚めた。水を飲もうか迷っていたらクロがうるさく鳴きながら夜間徘徊をはじめた。リビングの電気をつけたらなっちゃんが簡易ベッドで寝ていた。

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始動!奥出雲小品彫刻展 

2018/05/27
Sun. 23:10

奥出雲町から万善寺のある飯南町辺り一帯の中国山地は、昔、たたら製鉄を中心にした工業地帯であった。
中国山地は風化が進んだ山で、その関係もあって日本海へ注ぐいくつかの大きな川とその支流から渓流に至るまで、豊富な地下水の湧き水で洗われた良質の砂鉄が採れる。
砂鉄の集まる場所に鉄の精錬所が出来、その精錬所を中心にたたら製鉄で欠かせない木炭を作る炭窯が出来る。
そして、その炭の材料になる木材の植林が進み、中国山地全体がたたら製鉄の原材料を提供する工業地帯となって、製鉄の技術者や関連産業の工人職人が集まる。
吉田家が暮らす石見銀山の町も、銀の鉱山を中心に銀精錬や周辺産業が発達して工業地帯になった。
奥出雲町も石見銀山もそういう工業地帯で働く人々の食をまかなうために、周辺一帯では稲作を中心とした農業が発展した。
万善寺のある飯南町も、往時は小規模なたたら製鉄やその関連施設が点在していたし、植林による林業や稲作の農業が盛んだった。

小品彫刻展が動き始めた。
奥出雲町が日本遺産の指定を受けた年に、小品彫刻展をそれまでの浜田市から移動して開催した。船通山や吾妻山の裾野に開ける広々とした棚田では、全国的な有名ブランド「仁多米」が作られ、ちょうど今頃が田植えの最盛期になっている。現在、日本で唯一現役で稼働中のたたら製鉄所が奥出雲町にあって、1年1回の製鉄シーズンになると関係者や見学者が各地から訪れる。奥出雲町の精錬所では玉鋼が作られていて、これは日本・・イヤ、世界の玉鋼となって、各地の刀剣刀匠へ出荷される。木炭製造のために植林が進んだ関係で、銘木を原材料とした木工も地場産業として定着していて、雲州そろばんの製造産地としても有名だ。

そういう、地域の特性もあって、こぢんまりした行政区であるが歴史と伝統に裏付けされた文化レベルは島根県下でも高い方だ。
絵画と違って彫刻は、地域産出の素材と向き合う機会や、地域の特性と協働できる機会も豊富と判断して、小品彫刻展の奥出雲町開催に踏み切った。
まだスタートから2・3年のことだから彫刻が地域活性の触媒となるまでにはいかないが、まずは、この彫刻展を通して彫刻家の造形や素材交流の場になれば良いと思っている。

彫刻展開催当初から奥出雲町で積極的に協力を頂いている尾方さんと打ち合わせに出かけた。話はトントンと進みそこでの草案をもとに、これから開催要項を作成して教育委員会を始めとした関係各所へ協力依頼をしつつ、彫刻作家へ出品依頼を兼ねたお知らせ案内を発送することになる。
奥出雲町はそば処でもあるから、打ち合わせのあと昼飯はそばに決めていた。例のごとく仕事が休みだったワイフをそばをネタに誘った。ワイフは尾方さんと打ち合わせの裏番組で奥出雲の地物を仕入れていた。そのいくつかは夕食の懐石盛りになるはずだ。

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銀座で一杯 

2018/03/27
Tue. 23:02

キーポンの部屋へ鍵をかけて、最寄り駅まで7〜8分歩いて、電車に乗って、1回乗り換えて、有楽町駅から10分位歩くと、彫刻のグループ展会場へ到着する。帰りは、キーポンの部屋までだいたいその逆をたどっているが、時には新宿で夕食をしたり、最寄り駅で軽くいっぱい飲んだりすることもある。
展覧会が日曜日からはじまって、毎日そういう生活をしているが、とにかく、東京の人は早く歩く。田舎オヤジはなかなかそういうペースについていけなくて、今朝、駅まであるきはじめてしばらくしたら、右足の小指が靴ずれで痛くなってきた。もう1年以上履き続けている靴なのに、今になってどうも収まりが悪くなってしまった。1日会場の受付をしていると、夕方には足がむくんでいる。靴ずれはそのせいもあるかもしれない。

上野の都立美術館で東京二紀や独立の春展をやっていて、せっかくだからそちらへも回ろうと思っていたのだが、受付のタイミングがうまくあわなくて今日になってしまった。
朝に画廊を開けてすぐに彫刻出品のメンバーが来てくれたので、2時間ほどヒマをもらって痛い足を引きずりながら上野まで行ってきた。
このところの陽気で満開の盛りは過ぎた様子だが、まだ十分にきれいな上野の桜を横目で見ながら美術館へ急いだ。ずいぶん昔、8年間ほど通い慣れた上野公園も、あの頃の面影を探すのが難しいほど様変わりした。知らない別の町の似たような雰囲気の公園を見ている感じだ。

展覧会の絵画や彫刻はどれも力作ぞろいで見応えがあった。
作家の個展形式の部屋が5つくらいあって、美術館の高い天井も開放感があるし作品の統一された部屋の雰囲気が良かった。
広島出身の彫刻家が、結婚して東京に住んでいて、東京二紀の展覧会へ出品している。とても真面目で丁寧な彫刻で、自分にはああ云う制作の仕事をすることは「絶対にできない!」といつも思っている。
今回も、テラコッタの首像を始めとして幾つか出品していた。昼間は銀座の画廊から5分位のところで仕事をしていて、DMを送っておいたら2日続けて職場の昼休みを使って差し入れをしてくれた。
短時間だけど、彫刻の感想を話した。メシの糧を稼ぎながら時間を調整して彫刻を造り続けることそのものが、ナカナカ普通にできることではない。自分もそれでこの年齢まで乗り切っているからひとごとに思えなくて気になって、言わなくても良い余計なことまで言ってしまった。
継続して彫刻を造るだけでオオゴトなのに、その先のことまでオセッカイがすぎると、それこそ本人には大きな迷惑だ。
頂いた差し入れをほうばりながら反省した。

週が変わって今日になってはじめてキーポンの勤務が早く上がる。彼女はまだ銀座の画廊を見ていないから、LINEで地図を送っておいた。
夕方になって合流して、会場のクローズを見届けて、その広島出身の彫刻家と銀座の何処かで余計なことは言わないで楽しく一杯飲もうと思う。

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島大卒業制作展 

2018/03/03
Sat. 21:19

一週間がアッという間に過ぎてしまう。
1〜2月はどうしようもないほど光熱水費が無駄になったから口座引き落としの支払いがうまくいったか気になってしょうがないので、昨日は昼過ぎから金融機関を一巡した。
松江と広島を結ぶ国道54号線に点在する小さな町の金融機関は、今では郵便局だけ残った。地方銀行は何年も前から早々と撤退してATMの数も少ないし、JA銀行は行政区域の統廃合前から農協独自の裁量で店舗数を縮小した。
先代住職は農協の口座をメインに利用していて、お檀家さんもほとんどが農業従事者だからそれが今でも便利に引き継がれている。住職を引き継いだ方の私は全く農協と縁がないから何のメリットもなくて不便極まりない。なんとかして早く農協と縁を切りたいと思っているのだが、飯南高原一帯が農村地帯だし隣近所の付き合いもあって、自治会の集金とか会計とかが絡んで簡単に抜け出せそうにない。
決して田舎暮らしを否定するわけでもないし、むしろ慌ただしく落ち着かない市街地の暮らしを思うと、少々の不便も気にならないほどマイペースにのんびりとできて、そういうゆったりとした田舎なりの時の流れが気に入っている。それでも、現代社会の日常は田舎も街場も変わりなく同じシステムが導入されてコトが進んでいくから、金融機関の利便性ひとつとっても不便極まりない。私など今のうちは老体を鞭打ってダマシダマシ動いているが、そのうち近い将来それも難しくなるだろうし、田舎で暮らす高齢者にとっては生活の基盤が崩壊する事態がすぐ近くまで迫っている。
金融機関のことで大げさに思うかもしれないが、今の自分にとってはとても重要なことだと感じている。

国道に沿って幾つかの用事を片付けながら北上して松江の県立美術館へ向かった。
ちょうど島大の卒業制作展の会期中で、石見銀山の近所の大田市出身のK君が木彫の作品を展示していて、それがお目当てだった。
近年の少子化も影響しているのだろうが、今年の卒業生は6人だった。そのうち彫刻の専攻が2人で、もう一人は粘土の焼締めというかテラコッタというか、比較的工芸よりの作品だった。
K君の木彫は、制作の方向性がシンプルにダイレクトに伝わって好感が持てた。
若いうちは、色々考えるし悩むし迷うし、なかなか自分の思いが素直に形になってくれないところもある。彼の場合は、自分が今何をしたいのか、今の自分に何が出来るのか、そのあたりの気持ちのブレが少ない説得力のある彫刻に仕上がっていた。
造形の厳しさとか緊張感とか構成力とか、そういうものはこれから少しずつ場数を踏んで確かめていけば良いことで、誰でも最初からなんでもわかって出来上がるものでもない。願わくば、卒業制作を彫刻の着地点に思わないで、今後のさらなる展開をにらんだ出発点と意識してもらいたい。
一般社会での制作環境は、素材とか技法とか道具や機材など、学生が研究室で制作しているレベルとは全く違ってくる。彫刻制作は一人で一部屋にこもって何とかなるものでもない。周囲の様々な協力や理解がないと出来るものではない。彼の就職先は、私の鉄工場からそれほど遠くないし、島根県中央部の工業地帯にも近い。彼は、どちらかといえば人懐っこいところもあるし、うまくいけば良い彫刻の芽が育つかもしれない。

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本池文乃インスタレーション 

2017/12/05
Tue. 21:08

石見銀山の町並みに雪が舞っていた。
今年は11月に既にチラリとぱらついていたから初雪とは云えないが、これだけ冷え込んだ朝は今までになかったから、本格的な冬に入ったと認識していいだろう。
ワイフの勤務先と万善寺の方向が一緒だったから、珍しく二人一緒に自宅を出発した。
ワイフは途中から三瓶山へ上っていく。
私はいつものように三瓶山を迂回して銀山街道を飯南高原へ向かう。
海抜は450mくらいだと思うから、石見銀山よりは確実に雪が多いはずだと覚悟していたが、路面が白くなるほどでもなく4WDも使う必要も無くて助かった。それでも、寺の境内には屋根からの雪吊りが溜まっている。

12月の3日は富山でクリスマスイベントを兼ねた「富山カフェ」があった。
私は大牟田へ彫刻の搬送があったから、当日のワークショップはノリちゃんにお願いしておいた。その様子を写真などに撮ってこまめにメール送信で報告してくれた。ムサ苦しいオヤジが愛想もないワークショップをするのと比べ物にならないほど大盛況だったようだ。写真の様子を見ていて、いっそのこと、教室展示を12月まで引っ張っても良かったかなと気付いた。とみ山彫刻フィールドアートワークも3年目を向かえて、少しずつ地域に定着しつつあるように思うが、やはり大事な情報が抜け落ちていることも多くて、ネットワークの甘さを感じる。

その教室展示も年々内容が充実して、少しずつ美術芸術のレベルが上がっているふうに思う。個展をお願いする時も、富山のような地域立地条件が活かせるように工夫するなら、単発で毎年作家が入れ替わるより、地元密着型の展覧会を組み立てて、作家の定着や個展の継続があったほうが良いようにも思う。
第一線で活躍する造形のプロが提案する堅牢な個展も良いが、作品の方向性を模索しつつ研究と検証を繰り返す若い作家の継続的な個展があっていい。

昨年から2回連続個展になる本池さんのインスタレーションも、そういう意味で造形の方向性を探る実験的展示になっているようだ。一つの教室を一人の作家が継続して使用できる環境の利点が活かせる提案を提供することも大事なことだと思っている。
インスタレーションは、一年1回、二年でたった2回だけの発表で、その真価を左右できるものでもない。たくさんのドローイングと、シミュレーションを繰り返し、それを実在に置き換え、具体的な実践を繰り返すことで、少しずつ表現の方向性が見えてきて空間構成がかたちになっていくところに造形の広がりや深みが出て作品の完成度が高まる。
彼女はまだ自分のセンスを自分の自由に操作表現できないでいるジレンマを持っているふうに感じる。素材の選択肢とか構成表現の工夫とか、そのあたりのボキャブラリーが熟れるまでには、まだもう少し時間が必要な気がする。今のところ彼女のベースに平面への指向性を強く感じる。空間構成はある意味で立体的造形要素を機能させることも大事なことであるし、構造上の工法や展示上の安全性とか、絵画的要素の枠を越えたところで無視できない制作上のさまざまな問題を一つずつクリアーしながら作品のレベルアップを目指して欲しい。次の展開が楽しみな作家の一人だ。

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井形さんの教室個展 

2017/11/24
Fri. 10:00

珍しく一日中晴れてくれた。
雲は多かったが、久しぶりに青空を見る気がした。
ちょうど、富山の彫刻展会場から展示台を搬出して倉庫へ移動することにしていたので、恵みの晴れになった。

朝から会場の復元をしていたらユキちゃんが手伝いに来てくれた。それからしばらくして周藤さんも来てくれた。
2階の会場と1階を何度も往復しているうちに、調子の悪い膝がシクシクと痛くなりはじめた頃だったので、2人の応援はとても助かった。
1日かかると思っていた搬出作業は、2人のおかげでお昼過ぎに終了した。工場近くのレストランでお昼ごはんを食べて、そのまま別れるのも味気ない気もするし、ささやかな中間の打ち上げをしようということになった。その会場はノリちゃんの旦那のお店。
夕方から飲みはじめて夜になって気がつけば午前0時が近づいていた。周藤さんと一緒だとどこかしら気持ちが華やいでツイツイ飲みすぎてしまう。どうやって自宅へたどり着いたのか記憶がなくて、気がつけば朝になっていた。

井形さんの彫刻は12月に入ってから搬出することにしていて、それまでに梱包を済ませることになる。
10年位前に福岡の彼女の自宅を訪ねたことがあるから、こんどの彫刻返送移動が楽しみだ。
彼女はタケちゃんと大学が一緒で会期中には学生時代の話で盛り上がっていた。
彫刻の方は、二紀会の彫刻部に出品を続けていて、長い間揺れていたテーマが数年前に落ち着いて固まって、それからすぐ会員になった。
福岡には木彫の馬場さんとか新庄さんとか、スケールの大きな彫刻を造る作家がいるし、宮崎では石彫の田中等さんが精力的に地元地域に根付いた彫刻イベントを仕立てているし、他にも九州には元気の良い彫刻家がたくさんいてとても刺激になる。
井形さんも最近彫刻の展開が面白くなっていたから、富山小学校の教室個展で今のシリーズを一気に集めると「素敵だろうなぁ〜」と思うようになって誘ったら、少し間があってから承諾してくれた。
彼女はとみ山彫刻フィールドアートワークが始まってから島根へ移動して会期中会場当番を手伝ってくれた。やはり、出品の作家が会場にいるだけで場が締まる。
聞くところによると、彼女の彫刻家人生で個展をするのは初めてだったらしい。
ちゃんとした美術館の展示室でもない廃校の小学校の教室が初個展の会場になってしまったわけだが、はたしてそれでよかったのかどうか?・・・私自身は、とても良い見ごたえのある個展になった気がする。これを機会に、もっと精力的に発表活動を展開して欲しい。

若干二日酔い気味でこたつに潜り込んでキーボードをプチプチ叩いていたら、クロがノシノシと私の上へ乗ってきた。珍しいこともあるものだが、それにしても重くて息苦しい。
結局晴れたのは1日だけで、今朝は一気に冷え込んで雪が舞っている。

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竹田茂教室個展 

2017/11/22
Wed. 23:32

石見銀山の町並みは、昨夜の雨でしっとり濡れていた。
このところ、連日雨が続いていて、晴れたかと思うとほんの数時間後には雲が広がってそのうち小雨が降り始める。
山陰の晩秋から初冬はだいたいこんな感じを繰り返しながら少しずつ本格的な冬になっていく。

富山の彫刻イベントが終わってから、会場の後片付けや復元整理などの仕事があるので、朝から富山小学校へこもることにした。
工場へ寄って搬出作業に必要なモノを結界君へ積み込んで日本海沿いの国道を走っていたら途中からまた雨になった。結界君のリヤデッキには濡れてほしくないものを積み込んでいたが仕方がない。早朝の通勤時間は田舎道でも車が混み合っている。焦ってもしょうがないから車列の流れに身を任せるしかない。こういう時に限って信号の運が悪くて、ことごとく赤に引っかかってしまう。iPhoneからカーステレオのAUX端子へ繋いで気の晴れるような何かを探した。マイリー・サイラスが珍しくカントリーがかった新しいアルバムを出していて、耳に心地良からそれにした。彼女のことは世間では音楽活動以外のところで何かと話題になることが多い。とても良い音楽センスを持っていると思うし、リバイバルのカバーも吉田のようなオヤジ世代の心をくすぐるのが上手い。

竹田茂氏とは古い付き合いで、周藤さんより長い。
昔から「タケちゃん!」とよんでいて、それぞれの子供が小さかった頃はよく一緒にキャンプをしていた。
制作の方は絵画中心で発表を続けているが、たとえば現代彫刻小品展のような島根県内での展覧会には抽象や具象の彫刻を造って出品してくれる。もともとは、確かインダストリアルデザインを勉強していたと思うから、立体のことも詳しいし、そういう方面への興味もあるのだと思う。絵画作品でもレリーフを強く意識した立体感の強い仕事を長く続けているから、どこかしら立体的造形感のようなものが捨てがたいままでいるのだろう。
富山の企画が始まった時に、教室個展にタケちゃんを誘ってみるのもいいなぁと思っていたが、もともとが小学校の教室で便利よく使われていたわけだから平面の展示には不向きな環境でもあって、個展のことを言い出しにくいまま別の若い平面作家で試してみることにして1年が過ぎた。彼なりに、今までの制作の方向性を振り返ってみるのもいい時期だし、次の方向性を試すにも適当な会場だろうと思って個展の話をふったら、さり気なくパクリと食いついてきてくれた・・・というわけで、今回連続2回目の「竹田茂教室個展」になった。

やはり、タケちゃんは絵を描くことがスキなんだなぁと、改めてそう思った。半立体の絵画にこだわりすぎるのもどうかと思って観るようになった。最近では、平面とか立体とかそういうシンプルなククリで造形の認識を区別できることが難しくなっている。自己表現の多様化が進んでいるということだろうから、そういう世間では自分の方向性を整理してあまり複雑にしないほうが良いと私は思っている。もちろん、彼くらいのベテランになるとなかなか捨てがたい彼なりのコダワリもあるのだろうけどね・・・

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とみ山彫刻フィールドアートワーク前夜 

2017/11/07
Tue. 15:19

六本木での彫刻搬出は、ドライバーさんの動きが良くてとても助かった。
それでも終了は夕方5時少し前になった。
気がつけば、石川の小尾さん夫婦と山陰のチャーター便だけが野外搬出口に残っていて、来年の再会を約束しながら小尾さんたちとハグして別れた。

数時間の労働の間に調子の悪い膝が少しずつ痛みはじめて、移動の地下鉄の階段がつらかった。
新宿バスタから出発の高速バスには十分間に合う。
近くのマクドナルドへ寄って、夕食代わりのセットとコーヒーのMサイズを余分に買って待ち合わせの時間調整でラップトップを開いた。
1時間ほどの余裕があったからブログを1つ書いた。
周囲のざわめきが適度な意識の壁になって、キーボードに集中することが出来た。
島根に帰ったあと、とみ山彫刻フィールドアートワークの準備から終了まで、脆弱なインターネット環境の暮らしが続く。iPhoneがあれば、メールやデータの確認くらいは出来るから、パソコン絡みの事務機器は持って歩かないことにした。昨年まではプリンターまで行く先々へ運んでデスクワークをしていたが、会場配布の目録やチラシなどの枚数も過去のデータでだいたい予測できるし、出来るだけシンプルに会期中の毎日を乗り切ることにした。
ブログを書いたあと、そういうスケジュールの最新版をつくったりして切りの良いところでラップトップを閉じた。

少し早いと思ったが、バスタの指定場所へ移動して高速バスの到着を待っていると、予定の時間が来てもバスがやってこない。今までにそういうことなど無かったから少し心配になった。それから30分ほど過ぎたくらいに交通渋滞に巻き込まれたとアナウンスがあった。夕方の混雑する時間帯だから仕方がないとあきらめて、旅のお供で鞄に忍ばせておいた文庫本を取り出した。
短編のタイトル1つ分読んだ頃にまたアナウンスがあった。回送の途中で起きた交通事故に巻き込まれて身動きができないでいたが、別のルートへ迂回出来ることになってそちらへ動きはじめたということだった。結局バスタの指定場所へ高速バスが到着したのは出発予定時間から1時間半を過ぎた頃だった。
出雲の駅前に着いた時は、定刻より1時間ほど過ぎた頃だった。高速道を一晩走っている間に時間の遅れを30分ほど稼いだことになる。さすがプロの根性と感心しながらドライバーさんへ礼を言って別れた。

石見銀山の自宅に帰るとワイフは仕事で留守にしていた。旅の服を着替えたかったが、あとのこともあるし、必要なモノの出し入れで結界君と自宅を数回往復して、そのまま万善寺へ向かった。
寺にあるポットやカセットコンロや小さな冷蔵庫など、会期中富山で必要な備品を整理して結界君へ積み込んだところで体力がつきた・・・というわけで、10月29日夜車中泊、30日夜車中泊で、31日夜は万善寺の庫裏でダウンしたのでありました・・・

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ヒョロリくんの彫刻ー「かたち2」 

2017/09/23
Sat. 21:00

最近の島根県は・・・というより、石見銀山とか飯南高原とか奥出雲とか、私がウロウロと行動しているあたりは、雲の多い日が続いている。
今朝も、うろこ雲の向こうに朝日が出ていた。
うろこ雲が広がると近いうちに雨になると云う。少年時代の自由研究で夏休みの1ヶ月間ほど雲の観測をした時も、かなりの確率で次の日が雨になった。
万善寺の営繕でお世話になっていた近所のおじさんは、若い頃山に入って林業に従事していて、山の天気のことをとても良く知っていた。そのおじさんが、ある時うろこ雲と雨の関係を話してくれたことがあって、それを聞いた時は「ほんとうかなぁ〜〜?」と、どうも眉唾っぽくて子供ながらにすぐには信じがたかったから、それで逆に忘れないでよく覚えていた・・・そんなことを思い出しながら結界君を運転して早朝の万善寺へ着いた。

土蔵の前のユキちゃんの彫刻は、昨日とほとんど変化していなかった。
少し心配になったが、時には作業の手が止まることもたまにはあるし、ひとまずは見て見ぬふりですませておくことにした。
ユキちゃんが卒業した島根大学の教育学部には彫刻の研究室があって、木彫が専門の藤田英樹氏が学生の指導にあたっている。
彼は国展の審査もしているから、彫刻に興味を持って制作を続ける学生は卒業すると国展へ彫刻を出品して若いうちから受賞したりしている。田舎から大きな彫刻を公募団体展の本展へ出品するとなると、搬入搬出など、様々に経費がかかって出費も増える。よほどの財力とヤル気がないと毎年制作を継続して展覧会へ出品を続けることができない。まぁ、かなりの覚悟が必要だ。あらかじめ藤田さんのようなルートが出来上がっていると、そういう制作に付随する幾つかの実務や経費が削減できるから、若い作家には都合がいい。

ユキちゃんと仲の良いヒョロリテツヤは島大附属中学校で美術の先生をしているらしい。
彼も藤田さんを慕って国展へ彫刻を出品しているようだ。こういう若い彫刻家が元気の良い彫刻を制作してくれると展覧会も華やいで賑わいが増す。
現代彫刻小品展も大作を制作するための手がかりとして有効に利用してもらえたら良い。
今のヒョロリテツヤは、ねじれるかたちに興味があるようなことを云っていた。
制作の目標がなにも無くて定まらないままでは彫刻としてかたちにすることが出来ない。
まずは何かの手がかりを用意しなければいけないわけだが、彼のように気になる形とか現象を追いかけるところから彫刻に結びついていくのもいい。
研究室が木彫だから、卒業の若い作家はみんな木彫の制作になっているが、もう少し緩やかに広い目で彫刻を見ることが出来るようになれば、素材の枠を超えていろいろ自由な彫刻がつくられるようになるはずだ。自分の好きな形とか目指すテーマとか形態が、もっとも素直に表現できる素材に出会うことが出来たら制作の楽しみも膨らんでくると思うし、あまり若いうちから変に強いコダワリを持たないでおいたほうが良いと思っている。
私など、初期の彫刻は自分の身の回りにあるいろんな材料を手当たり次第使いまわしていた。そうすることで、そのうち素材の好き嫌いや向き不向きが解ってきて、少しずつ自分の彫刻と素材の関係が親密になってきて、今は鉄が大好きだから鉄の彫刻ばかりつくるようになった。まぁ、それも、ナントカの一つ覚えで発展性のないことだけどね・・・

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ノリちゃんの彫刻ー「ノビルーざわざわ」 

2017/09/22
Fri. 11:17

いつもより30分ほど早く展覧会場へ着いた。
いつものようにコンビニで買物をした。
街道脇に設置された温度計は16℃だった。
だいたいこんなもんなのだろうが、いつもより肌寒く感じる。
数日前から交通安全の桃太郎旗が林立するようになった。
今までにあちこちでそれなりの寄付をしてきたから、そろそろ信号機の1基くらい更新できたかもしれないし、もう十分だろうと思っていて、結界君と相談しながらできるだけ法定速度を守るようにしている。

会場受付の準備をして、本日の内職の店をひろげ、バックミュージックにビル・エバンスを流した。
「朝からビル・エバンスねぇ〜・・」
なんとなく場違いな感じもしたが、「ビル・エバンスは夜でなければいけない!」という決まり事があるわけでもないし、ウイスキーのオン・ザ・ロックでも、コンビニコーヒーでも、それなりに心地よい時が過ぎればそれでいい。

彫刻の写真撮影もおおよそ終わって、残りわずかになった頃、ノリちゃんが会場へ来てくれた。
特にスケジュールを伝えておいたわけでもないが、自主的に自分の時間をやりくりして気にかけてくれる。
搬入の時は、お葬式の坊主家業と重なってスケジュールの修正をしたりいつもの棟梁へ泣きついたりして苦労したが、個人搬入のノリちゃんがそのまま展示台の移動も手伝ってくれて、随分助かった。
そもそも、坊主という職業は予定があってないようなもので、相手の都合に合わせることが出来て当然だったりするから、スケジュールを事前にガチガチに固めすぎてしまうと、かえって周りが迷惑することにもなりかねないし、自分で出来ることは出来るだけ自分の都合で乗り切るようにしている。
写真も、このままのペースだとあと1日くらいかかるだろうと覚悟していたが、ノリちゃんのおかげてずいぶん早く終わらせることが出来た。

ノリちゃんは、現代彫刻小品展が始まったときから、欠かさず作品を制作して出品してくれている。
秋の彫刻展は子育てなどでしばらく不出品を続けていたが、この小品展へ出品するようになってからまた大作を制作するようになって、最近はコンスタントに毎年連続出品できるまでになっている。彼女はまだ10代の頃から知っていて、もともとセンスのある娘だった。その時々のひらめきや思いつきが楽にかたちになってくれるようなところがあるのは良いが、今の彼女の彫刻に、もう少し頑強な造形力の裏付けが備わると、もっともっと伸びていく程の素質を持っているはずだ。だいたいなんでも出来て器用貧乏なところもあるから、それで忙しくしすぎて彫刻制作が甘くなることもあって少々残念だ。
もう少し制作時間をタップリとって完成度をより高めて欲しい。

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グッチャンの彫刻「life」 

2017/09/21
Thu. 15:20

様子が見えてうれしいですが、更新しすぎです(笑汗)気休めですが無理なさらぬように…。
・・・・・東京のグッチャンからブログ宛のメールが届いた。

結界君の燃料が見る見る減っていくのを確認しながら山越えの近道を毎日奥出雲まで移動して、途中のコンビニで朝食と昼食とコーヒーを調達して現代彫刻小品展の展覧会場へ向かう。
会場受付をしながら彫刻の写真撮影をしたりしている。
今年から助成金がカットになったので支出を控えなければいけないし、自分でできることはできるだけ他人(ひと)に頼らないようにしている。
奥出雲での展覧会は、町内に回覧配布する800枚のチラシと、告知放送と、地元ケーブルテレビの情報で広報宣伝している。もっと大々的に宣伝すればそれなりの効果も期待できるのだろうが、今の吉田に出来ることは限界があるから、地域の皆様の「くちこみネットワーク」に期待することにしている。会場を訪れた皆さんには、口々に「来てよかった!」とか、「面白かった!」とか、好意的な感想を残していただいているので、展覧会の企画内容そのものは決して質の悪いものでないと思っている。あとは、展覧会の認知度を上げることに工夫をする必要があるということだが、やはり一人で広報活動のすべてをまかなうことに限界があるからそれなりの協力とそのための経費計上が大事になる。小品彫刻の方は県内の巡回をすることにしているし、それらの結果を総合して集計すると、それなりの成果が期待できると予測している。
とにかく、展覧会の継続がいちばん大事な島根県の彫刻振興につながると思っていて、実際、少しずつだが確実に県内から若い作家の彫刻出品も増えている。

まぁ、そんな感じで全国から集った彫刻に囲まれて、あまり無理をしないようにノンビリと会場事務を続けている。
だから、自分としては展覧会業務に脇目も振らずガツガツと汗を流してばかりいるわけでもない。
延々と彫刻の撮影を続けていても疲れるばかりで集中力も切れて、作家の大事な彫刻を壊してしまったりするとそれこそおおごとだから、時々休憩して文庫本を流し読みしたり、音楽を聴いたり、居眠りをしたり、こうしてブログを書いて暇つぶしをしたりしているわけで、無理をしているわけでもなんでもないのですよ・・グッチャン・・・
むしろ、ダラダラとだらしなく文字を並べている程度のブログを飽きもしないで丁寧に読み続けている方が大変なことなのではないかと、こちらの方が恐縮して気を使ってしまうほどなのです・・

そのグッチャンの今年の彫刻は、これまでのアカデミックな具象と違って今の興味や感動が正直にシンプルに伝わってくるようなところがあっていいと思った。
彫刻は大きければ良いというものでもないし、素材や形態へ真摯に向き合ってコツコツと丁寧にその時の感動をかたちに置き換え続けることが大事なことだと思う。
君の気遣い・・・とっても嬉しかったよ!

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ユキちゃんの彫刻「剪定」 

2017/09/21
Thu. 11:36

「風呂は夜派?朝派?」
「私は夜ですね。家族はほとんど朝かなぁ〜・・夕方に熱いお湯入れても結局その夜にだれも入らなかったりして、次の朝にシャワーですませたりして・・・そういうの無駄だと思うんですけど・・・」
「オレも夜派だなぁ・・それも、外から帰ってすぐ!夕食の前に風呂に入って一日の汚れた身体をキレイにしてそれから落ち着いて一杯!ってやつが最高だなぁ〜」

最近、万善寺で寄宿暮らしのユキちゃんと共同生活が続いている。
春の連休の頃からすると、奇妙な二人暮らしも随分こなれてきた。
やはり、どこかしら緊張している様子がうかがえるし、彫刻見習いの立場とはいえ、異性のことだから自分もそれなりに気を使う。
まぁ、最初の出会いなどだいたいそういうものなのだろうが、あれからユキちゃんも数ヶ月の間に3つの展覧会へ彫刻を造って出品しているうちに、少しずつお互いの壁が低くなって来たように思う。
そもそも、「彫刻」が媒体になってお互いの価値観がその1点に集約されていることが揺るがないわけだから、惰性の馴れ合いで共同生活を送っているわけではない。
お互いにお互いを気遣って思いやりながら持ちつ持たれつのゆるやかな関係が続けられたら、少々の性格の違いや価値観の相違など大した問題ではない。

前々からなんとなく思っていたことだが、ユキちゃんは自分の家族のことになると饒舌になる。
私もこうしてブログの中で、かなりの確率で家族ネタを垂れ流す。
他人のことや、よくわからない社会情勢や、もちろん彫刻家諸氏の丹精込めた彫刻の批評など偉そうに語る柄でもないし、ソコソコ自己責任で語れるコトというとそれほどたくさんのネタがあるわけでもなく、毎日の備忘録的扱いを崩さない限り、やはり身近な日々時々のコトを正直に伝えるほうがストレスもない。
そこで最近は、現代彫刻小品展のコトが中心になって毎日が過ぎているから、必然的に万善寺暮らしが増えるし、展覧会絡みでユキちゃんに甘えることも増えて、公私共に親密度が増すことになって、結局気がつくとユキちゃんが吉田家家族の延長的存在になりつつあったりして、そうなると、このブログの登場回数も増えてくるということになるわけだ。

このところ、奥出雲の帰りが遅くなるものだから、頃合いを見計らって風呂を用意してくれている。ユキちゃんの気配りに感謝しつつ先程の風呂の話題になった。
その風呂のコトが呼び水になって彼女自ら家族の話題がタップリ詰まった抽斗を開けた。
プライベートのことなので内容は一括割愛するが、とにかくその話っぷりが実に上手い!
いつもは寡黙で♭がかってモゾモゾとした聴き取りにくい小声の彼女が、家族ネタになるといっきに声のトーンも♯がかって起承転結表情豊かに語り始めるものだから、もう完全に笑いのツボにはまって、そのうち後頭部から側頭部の耳の後ろあたりがズキズキと痛み始めたりして耐えられなくなってきた。
彼女にはそういう一面も隠されている。

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2019-03