工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

おくればせながら・・・ 

2017/01/07
Sat. 22:20

みなさま・・・おくればせながら・・・
明けましておめでとうございます!
本年も変わりませず、どうかよろしくお願いいたします!

昨年末から苦戦していた年賀状が宛名書きも終わってやっと完成いたしました。
これから、ワイフにバトンタッチで、最終チェックをいただき、来週早々に発送させていただきます。

年頭の挨拶程度のことだが、やはり1年の区切りでもあり、気持ちの切り替えにもなるし、惰性になってはいけないと思っている。今後も、体力と精神力の続く限り年賀状は作成し続けるつもりだ。
この近年は、喪中はがきが増えてきた。私の年齢のこともあるだろう。自分の親の世代が高齢になって、死期が近づいてきたということも考えられる。実際、私の父であり師匠でもあった憲正さんも2年前に老衰で遷化した。憲正さんと同い年の隣の家のおばあさんも昨年末に老衰で亡くなられた。万善寺のお檀家さんも2軒ほど亡くなられたが、これも概ね老衰の大往生であった。
お葬式のご家族も、招待を受ける菩提寺も、人生を全うされて往生された方のお葬式は、どこかしら気持ちがおだやかでいられる。あの一休宗純大和尚さまの名言に「親死に、子死に、孫死に」がある。一休さん的にはこれこそ何よりも目出度いことなのだと云うわけだ。確かにそのように思う。年寄りから順番にこの世からおさらばして消えてなくなることが一番ノーマルな自然の循環である。これが何処かで逆転したりすると、気持ちの整理がつかなくていつまでもどこかしら心のしこりになって悔やまれる。年末にかけて届いた喪中はがきを読み返しながらそんなことを思っていた。
吉田家もひとまず末娘が成人してくれたし、あとは、なんとかして上手に彼らより先に死ななければいけないことになって、これから先の自分の目標が一つ増えた。

万善寺の寺務所にしている庫裏と本堂をつなぐ3畳の廊下部屋は、私が小学校の頃、高校生のお姉さんの下宿部屋になっていた。
当時は、自家用車も稀な時代で、国道はまだ改良工事前の砂利道だったから、唯一の公共交通機関である国鉄の定期バスも学生の通学に合わせて運行することもなかった。だから、遠方の高校生は寮に入るか町内の何処かに下宿するかどちらかしか選択肢がなかった。憲正さんが長い間民生委員をしていたこともあったのだろう、時々下宿を頼まれることがあった。当時の3畳は今よりももっと立て付けが悪くて、雨戸は板戸で隙間だらけだった。そういう部屋で彼女は寒い冬をコタツ一つで3年間よく辛抱したと思う。

寺務所のデスクワークが毎日のように深夜まで続くから、今はそのままそこにシュラフの2枚重ねで寝ている。
今朝は、寒くて目が覚めた。
かなり冷え込んでいるから、夜のうちに雪でも降ったかと外を見たら、保賀の谷一面が霜で覆われている。雪ではなくて放射冷却で冷え込んだようだ。明日から雨になってそれから雪に変わるようだ。今までの好天のツケが回ってドカ雪になりそうで怖い。

2017年賀状 (1)
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万善寺の早朝 

2015/08/17
Mon. 23:37

ヤモリって逆さになって頭が下を向いていてそのままズゥ〜ッとジッとしていて、頭に身体中の体液が下がってきてクラクラしたりしないのかなぁ〜・・・
さっき寝る前のトイレに行って、オシッコしながらそんなことを思っていた。

最近、急に秋らしくなって早朝が寒くなってきた。万善寺のロフト暮らしだと夏用の掛け布団がないと寒くて目が覚める。
保賀在住のカラスの夫婦が6時前に朝の挨拶で鳴きはじめる。習慣とは面白いもので、一羽が万善寺の庫裏の屋根で鳴き始めて、もう一羽が保賀川を渡った向こうの山からそれに応える。お互いの鳴声を上手に真似しながら鳴き合ってしばらくそれが続く。
「おはよう!」
「おはよう!!」
「涼しくなったねぇ〜」
「そうねぇ〜、チョット前まであんなに暑かったのにねぇ〜」
「そうねぇ~、チョット前までけっこう暑かったなぁ~」
「そろそろSさんちのスイートコーンいい感じよ♡」
「そりゃぁいいなぁ〜♡」
「そのあたり、もうひと回りしてくるわね」
「ボクもあっちの方を見てくるよ」
「じゃぁ、またね♡!」
「じゃぁ、またね♡♡愛してるよ♡!」
・・・って感じを朝の6時過ぎまでひとしきりやっていると、パジェロミニが参道を登って境内へ乗り上げてくる。フロントドアを開けると、強烈な大音量の音楽が流れてくる。
そうやって、毎朝ほぼ同じ時間につがいのカラスとパジェロミニが大騒ぎするから、だいたいそれで目が覚める。
ちなみに、パジェロミニの方は、新聞配達のオヤジ。
私は100%新聞を見ないから、おかみさんが玄関先のポストを覗きわすれた日は一日中その新聞はピクリとも動かない。仕方がないから夕方になって玄関の施錠の時にその新聞を引きあげる。最近は、特にそうする日が増えた。おかみさんが一週間も新聞に気が付かなくなったら、配達をやめてもらおうと思う。
どうせ6時過ぎに起こされるのなら、パジェロミニの大音量より、夫婦のカラスの会話の方がまだ良い。

明日はいよいよ万善寺の施食会と大般若会と久々に再開の塔婆回向。
今日は半日雨で境内の営繕が出来なかったから、午前中に残った仕事を片づける。
染めた手ぬぐいに手づくりの熨斗を巻いて、一筆したためて粗品の準備をした。
「お参り20人もいないでしょぉ〜」
夜になってやってきたワイフに聞いたら、「25人はいってたと思うよ!」と断言していた。もう少し、粗品を増やしておいた方が良さそうだ。
いつものように、きっとカラスが起こしてくれるだろうから一つ二つくらい、仕事が増えても大丈夫さ!

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四苦八苦 

2014/01/01
Wed. 06:30

2014年になりました。
山寺の和尚さんは、除夜の鐘をついて・・と、数年前までそうだったんですが、このところ、高齢化のすすむ東堂さん夫婦が、老体にむち打って百八つの煩悩を必死で払い落とそうと頑張ってくれています。
ときおり、ワイフがなにやら願いを込めて神妙な面持ちで鐘をついています。

私はこれでも坊主の端くれですから、1年の終わりの数分間まで煩悩に悩まされることもないし、1年のはじまりには、世界の平和や仏法興隆を願ってキッチリと念を込めつつ新年のおつとめをするので、除夜の鐘の方は万善寺の家族に任せることにしています。

108というと、三世に渡るさまざまな煩悩のことを謂うとか、色々意味付けられているようですが、私が子供の頃は、正月早々から子供に勉強でもさせようと誰かが思いついたのか・・4989の数字をあてて、「4×9+8×9=??」などと教えられたりしたものです。
漢字で書くと「四苦八苦」というやつですね。
誰が思いついたのか、なかなかよく考えられて説得力がある(この計算式が)とあとになって感心したものです。
今ふりかえると、ずいぶんと長い間、この計算式の説を信じていたような気がします。

こうして、毎年のように年末から新年にかけてどっぷりと坊主家業に浸かって、純和風の暮らしがしばらく続きます。
今年の元日も早々から早起きをして3時にはおつとめをはじめたところです。
まずは、顔を洗い、その年はじめて汲んだ井戸水を湧かし、その湯を使ってお茶を入れ、白湯と一緒に本尊さんや両開祖さんなどへお供えをします。
お経と回向と三拝と焼香をひたすら繰り返し、だいたい2時間ほどのおつとめがおわって朝の5時くらい。
それから少し仮眠していると、ワイフが「しょぉちゃぁ〜ん、あさごはんですよぉ〜」と声をかけてきて目覚める・・といった3が日が毎年の恒例になっています。
そうそう・・それに、私の場合は密かにその時々のテーマ曲を選定しています。
今年の目覚めの曲は、Bill Evansの「Beautiful Love」
もう何年もつき合っている右の耳の耳鳴りをバックに、なかなかいい感じで、あの定番のフレーズがとろけた私の脳みそをくすぐってくれます。

毎年変わりなくこのようなお正月です。
そして私は、ことしで60歳になりました。
やっとジジイの仲間入りです。

ジジイがジジババの面倒を見ることになります。
ジジイになりましたが孫はまだいません。
ジジイになっても、ワイフは「しょぉちゃぁ~ん」と呼んでくれています。

とにかくジジイですが今年もひとつよろしくおねがいいたします!

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世間は秋の文化祭 

2013/11/18
Mon. 08:07

いつものように登校のキーポンを乗せて5kmも走ると、路面は乾いて雨の降った様子もない・・・
石見銀山は結構な暴風雨で、穴蔵のような吉田家一階の書斎にいても気がつくほど。

ワイフは朝早くから婦人会の仕込みに出かけて、これは石見銀山秋の文化祭のため。
その石見銀山から5分ほどの工場へ行こうと途中まで出かけたらそのあたりでこれも地域の文化祭。
そういえば、秋の文化祭シーズンで、何処へ行ってもどの町でもテントが立ち並んで、自動車があふれ、もちろん地域の人々でごったがえし、なかなかにぎやかなお祭りに遭遇します。
車のすれ違いも難しいようなので、気持ちを切り替えて日本海の石を探そうと海まで出かけたら、長々と続く悪天候のせいか、竹や木枝のゴミの山。
9月にみた状況とほとんど変わらないどころか、むしろそれより悲惨な状態です。
それでもと思って、昼飯のスパゲティー弁当を食べて、ゴミの溜まった砂浜を歩いていると、雨がポツリポツリ・・・
明るかった日本海の空がしだいに暗くなってイヤな感じ・・
デッキバンのカーゴスペースには濡れるとまずい電動工具などが載せてあって、ヤバいなぁと思っていたら本格的に降り始めて、急きょ退散。
コンテナのそこに雨水が溜まりつつも、何とか工具だけは雨内に入れてドタバタしたあと、どうも落ち着いて仕事にならないなと、結局自宅に帰って書斎へ閉じこもったのでした。

あぁ〜1日何をやっていたんだろう・・

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一輪車 

2013/10/08
Tue. 07:51

人口400人あたりで推移している世界遺産の町石見銀山には、この近年全校20人あたりで安定している現役木造校舎の大森小学校があります。
秋晴れの日曜日に開催された町民体育大会では、小学校児童全員で1輪車の演技発表がありました。
なんと、1輪車ですよ!
小学校の1年生も1輪車に乗るんですよ!
もう、オヤジはビックリ!

・・・その1輪車の演技学習がはじまったのがまだキーポンが大森小学校に通っていた頃。
従って、彼女も実は1輪車に乗っていたはずなのですが・・・
当時は、演技をするところまで出来ていたかどうか・・
何となくそんな感じだったので、感動もありましたが、まぁそれはそれなり・・・

この数年は、町民体育大会も雨で流れていて、久しぶりに小学生の子供たちの演技披露になったので、感動も増したのだと思います。
本編動画の方は、そのうちFBで見られるようにしようと思っています。
いずれにしても、極少人数の学校だからここまで全校で一つになって何かの目標を目指せるのだろうなぁと思った次第です。

さて、本日はこれから東堂老師の通院お伴。
また何処かでお昼ご飯を食べることになるでしょう。
本人は、その気楽さでナンチャラマーカーの数値と戦っているのでしょうが・・
月が代わって週が代わって、飯南町訪問看護ステーションからメールが入っていました。
「突然のメールで失礼いたします。実は、吉田様の6~9月分の利用料が引き落とし不能となっております」
どうも事務的な事がちぐはぐで上手くいきません。
ちゃんと引き落とされているはずなのに・・・4ヶ月分も溜まってからそんな事言われてもねぇ・・
公私ともに緊張の続く万善寺であります。

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秋の町民体育大会 

2013/10/07
Mon. 08:46

抜けるような青空はまさに秋。
じりじり焼き付ける太陽はまさに夏。
日陰に入ると秋の涼風。
グランドは陽の照り返しで汗が吹き出る。

数年ぶりで全種目の競技を終わらせることが出来た大森町体育大会は、連日の彫刻制作で若干疲れ気味の体力をどんどん奪っていきます。
高齢化と人口減少に悩む大森町ですが、若者の激走や子供たちの全力疾走を観ていると、まだまだ捨てたものではないと再確認したところであります。

午前中の競技では最下位を争っていた我が駒の足自治会も、お昼以降の激しい追い込みで、終わってしまえば総合2位。綱引き1位。自治会対抗リレー1位。
なかなかの好成績でありました。

リレーの第一走者は吉田家のプリンセスキーポン。
くじ運も良く、他を圧倒の力走で首位キープのまま第二走者へバトンを渡して、見事に大役を務めました。
このところメッキリ力の衰えた握力を自らの体重で補い、駒の足自治会唯一の十八番競技綱引きの連勝記録更新の源道力となったワイフ。
それに比べオヤジと云うと・・・

まぁ、いろいろありましたが、慰労会もおおいに盛り上がって、石見銀山年中行事の一つが無事に終了しました。

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2013ー秋の連休 

2013/09/16
Mon. 07:16

坊主の斎膳を膳料ですませて、あとはゆっくり仏事を切り替えて、久々に再会の身内で飲み食い・・の簡略されたパターンが増えた年回法事をつとめあげ、急いで石見銀山へ帰宅。
五月雨や長梅雨のような霧ほどの細かい雨が降り続く中、工場へ行ってみると地べたへ広げた裁断の鉄板パーツに少しずつサビがふき始めています。
こんな感じの雨が続くと、結構いい感じで自然のサビになってくれるので大歓迎なのですが、それは彫刻の形になってから後のこと。
まだこれから延々と溶接に溶断とグラインダーがけをしなければ彫刻になってくれないので、それまではしばらくの間ぬけるような秋空が続いてほしいのです。
天気と相談の私の彫刻制作は、いつもそんな感じでダラダラと緊張感のないまま続いています。

結局新しいパーツづくりは断念して、薪の整理に切り替え。
デッキバンのカーゴスペースに小枝を放り込んで自宅まで運搬。
何時もの薪置き場へ移動などしていたら、ほぼ1年ぶりに再会の明石のおねえさんご一行に遭遇。
連休を使って石見銀山の観光やら食のイベントへ参加の目的でやってきたのだそうです。
玄関先でしばらく立ち話になって、おおいに盛り上がって、暗くなり始めた頃にやっと薪運び終了。
そんなことをしている間にも、結構顔見知りが何組か吉田家の前を通り過ぎていきました。
さすが秋の連休です。
いつもは静かな石見銀山も、完全に観光地の顔になって華やいでいます。

さて、そんなことばかりの1日も夜になって雨が本格的に降り始めて、いっこうに進展しない彫刻の制作ですが、このまま何もしないで済ますわけにもいかないので、気持ちを切り替えて九州のK君のレリーフ彫刻の自立台を完成させることにしました。
それだと、雨が降っても夜になっても、まあまあ細かい仕事が続くので何とかなりそうな気がします。
延べ日数であと1週間程度の制作期間しか残っていません。
その間に、万善寺恒例のお彼岸や地蔵法要が控えています。
そろそろ夜なべしてお札を造ったり、お知らせを印刷したり・・そんな寺の作務も待っています。
いつものことですが、9月はそんな感じでドタバタと過ぎていきます。

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豪雨一過 

2013/08/26
Mon. 06:49

2日間続いた雨も上がり、石見銀山や万善寺周辺は一気に秋空に変わりました。
猛暑が続いて、「10日ほどは刈入れが早ようなりそうで、調整が難しいですわぁ〜」と、営農組合の責任者のオヤジさんの携帯が鳴りっぱなし。
この度の局地的豪雨は、それこそ「局地的」なポイントが若干ズレていたので、私の生活圏内で豪雨被害というと、重くたわわに実った稲の穂が雨風にさらされて軒並み倒れてしまったこと。
刈入れを急がないと、倒れた稲の穂から芽が出てしまって商品にならなくなってしまうという、二次被害になってしまいそう。
天気を相手の仕事は、なかなか先が読みにくくて難しいものがあります。
人の生き死にでおつき合いしている坊主家業もあなた任せのスケジュールで行動することがほとんどですから、何処かしら似たような感じで、お百姓さんたちの憂いがひとごとに思えないこともあったりします。

夏の手間替え法要の最終日をお務めしてきました。
寺から20分、石見銀山から40分の江の川沿いにある曹洞宗古刹金洞寺のあたりは、前日までの豪雨の関係で街道の各所から大量の水が噴出しています。
これらの水が集まったアチコチの支流の濁流が一気に江の川へ合流してくるので、ものすごいほどの水量にふくれあがります。
町並みを一望に見渡す山腹に位置する寺からは、川の水面が堤防近くまで競り上がって見渡せます。
時間を若干繰り上げて施食会の法要開始。
何時もは残暑の厳しさに汗ぐっしょりですが、この度はとても爽やかな秋風に助けられました。

改良衣に着替えて自宅を出がけにワイフが声をかけてくれました。
「今日の夕食は焼き肉だからね。楽しみにしてらっしゃい!」
ほぼ1ヶ月におよぶお盆務めもこれでひとまず一段落です。

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いってきました 

2013/07/07
Sun. 06:49

2年ぶりになりますかねぇ・・
万善寺の隣町赤名(あかな)で半夏祭りがあったので久々に家族揃って行ってきました。
私がまだ小さい頃は、毎年七夕さんの日に行われていたのですが、最近は七夕前後の土曜日に開催されているようです。

当然と云えば当たり前のことですが、まだ梅雨の時期なので雨がよく降ります。
今年も朝から強烈などしゃ降りで、ちょうど石塔点眼と年回法事がそれにぶつかってもう大変。
大粒の雨が容赦なく叩き付ける道中の路面は、激流の川のごとき状態。
側溝の溝蓋から溢れ出た雨水が噴水になって土砂を巻き上げています。
やっとの思いで檀家さん宅まで到着して年回法事を済ませ、引続いて石塔点眼。
あれこれ準備しているうちにアラ不思議!
それまでのどしゃ降りが嘘のように雲が動き空が明るくなって何時もの梅雨空。
ヘナヘナ坊主の気合いのこもったお経の御陰か、墓参の頃は小雨になって、お斎の頃は雨も上がって小康状態。
「なんか不思議ですねぇ・・この様子だと今夜の半夏は花火が上げられそうですねぇ・・」
「さぁどうだか・・少々の雨でも上げてもらわにゃぁこまりますがね。毎年毎年実行委員会に寄付しとりますけぇねぇ。まあ、この時期は行く先々で寄付ばかりですわぁ・・」
「へぇ〜、そうなんですかぁ〜」
「赤名の半夏はそれでもええほうですわ!隣の町へ事務所出したら、もうその年から寄付もらいに来ましたけぇねぇ。商売の付き合いもたいへんですがぁ。あっちは、花火上げる前にうちの事務所の名前読み上げますけぇ。向こうはお礼のつもりでしょうが、ありゃぁあれで結構プレッシャーですがぁ。丁寧によう聞いとる人もおってねぇ(ことしゃぁ名前呼ばれんかったんじゃないの?なんかあったん?)なんちゅうて、わざわざ余計な心配されたりして、ああまで云われると寄付せんわけにゃぁいけんじゃないですか・・」

・・なるほど、ごもっともです。
そのてん、私などノーてんきに、生ビール片手につまみ食べながら花火見物。
何時もは日常の暮らしもままならない暇な坊主も、少しは役得がないといけませんなぁ・・・
冷やし中華のAMEMIYAのステージも楽しめたし、2年ぶりの半夏の夜を満喫しました。

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五穀豊穰 

2013/03/16
Sat. 08:25

痛風の片足を気遣って、それでも寝てばかりいられないからゴソゴソ動いていたら、そのうち膝が痛くなり、反対の足首が痛くなり、反対の膝が痛くなり、あちこちの筋が絶え間なく鈍い痛みを発しはじめたので、これはヤバイと出来るだけ動かないようにして座り仕事に切り替えたら、腰が悲鳴を上げはじめ・・・といった流れで、どんどん全身が悪くなっていくのを、身をもって学習しているところです。

そうこういっても、年に1度の万善寺年中行事を外す訳にもいかないので、夜なべをしながら必要な印刷物を用意したりして、ひとまず落ち着いたのが深夜。
万善寺法要の裏番組で1泊2日の出張演奏会に出かけるキーポンも、珍しく夜遅くまで着替えなどをかばんに詰め込んだりしてマメに動いていましたが、気がつくとiPodを握ったまま爆睡状態。
本日からオヤジは寺暮らしに入るし、ワイフが一人でお留守番。
ワイフにとって、こんなことは1年に1度あるかないかの珍しい一人の夜。
夕食時が過ぎる頃・・背中の肩甲骨の辺りからムクムクと大きなたくましい羽が生えてきそうな気がします。

豊川さんのご本尊は「「吒枳尼真天」(だきにしんてん)」さま。
このだきにさんは、毎年初午の日に天の国から九尾の白きつねに乗っかって地上に降りていらっしゃるそうです。
私たちはそれをお迎えして、おもてなしをして、1年間の五穀豊穰をお願いすることになる訳です。
万善寺の豊川さんは、豊川稲荷の分社ですから、そのご真言が「オン シラバッタ ニリ ウン ソワカ」
さて、いよいよ明日は初午さん。さあ皆さんも、一緒にご唱和下さい・・・

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節分 

2013/02/04
Mon. 09:30

みなさん、鬼退治は成功しましたか?
吉田家は・・・まぁ、それなりに・・といったところです。
というのも、キーポンのアンサンブル中国大会を聴きにいっている間に、玄関先へ貼りだしておいた「立春大吉」が何処かへ消えてしまったからです。
留守の間に魔物が入り込んだかも知れません。
そんなこともあって、いつもより大声出して、マメをいっぱいまいてやろう!・・とはりきっていたら、ワイフから豆撒きあとの掃除が大変だから自粛しろと言われて意欲後退・・
それでも、恵方巻きを食べ、やたらでかいイワシも食べ、適当に年をごまかしたマメも食べ、それなりの節分行事を終了しました。

なっちゃんも、東京の空の下で、バイトちゃんやパートさん達と豆撒きしたみたいです。
店長自らそんなことしてて、お店大丈夫なのかなぁ・・・
鬼と一緒にお客様を追いだしたりしたら大変だろうに・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お面作って豆まきしたー♡

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お盆の入り 

2012/08/14
Tue. 07:52

待ちに待った雨が、やっとまとまって降ってくれました。

昨日の事です。
棚行をあと5軒ですますまでになったお昼前。
夕立のような雨がドッと降って来て、スクーターバイクに改良衣の私は、ずぶぬれ。
そのままお仏壇のお参りも出来ないので、いったん万善寺へUターン。
パンツまで着替えて車に乗り換えて仕切り直し・・
・・と、大騒ぎになりましたが、結局はそれも一時の事で、夕方には雨も上がってお墓の掃除が出来るまでになりました。

もう1ヶ月近くも雨を吸わないで焼けた大地の熱のおかげで、降った雨が一気に気化してサウナのような蒸し暑さ。
それが夜まで続いて、久々に寝苦しい一夜となりました。

朝には雨も上がっていて、今日1日の棚行は、スクーターバイクのお務めが出来そうです。
お盆のはじまりは、地域によって多少のズレがあるようですが、万善寺の場合は、昔から今日がお盆の入り。
立秋も過ぎ、何となく秋風も感じられ、久々のまとまった雨も降ったし、少し過ごしやすいお盆になりそうです。
そして、今日と明日が棚行のピークを迎えます。

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大森小学校にぎやか食事会 

2011/12/23
Fri. 09:04

先日、石見銀山にある大田市唯一の木造校舎大森小学校で、毎年恒例の収穫食事会がありました。

大森小学校は毎年近所のお百姓さんのご好意で貸していただいている田んぼで米を作っていて、地域の有志の皆さんと一緒に田植えから稲刈りまで行っています。
自分達が刈り取った新米を使って、地域の婦人会考案の「掘り子結び」をみんなで作って食べます。
他にも、学校で育てている梅を収穫して「梅ジュース」を作ったり、育てたサツマイモを焼いたりと、結構1年中農作業にあせを流して収穫を楽しんでいます。
今年は、それに学校のお隣の畑を借りて蕎麦造りが加わりました。
校長先生の指導の元に、石臼で手引きした蕎麦粉を練って作った本格的な手打ちそばはとても美味しくて、おかわりまでしてしまいました。

まだ小学校の児童数が多かった頃は、子供達だけでランチルーム兼用の図書室がいっぱいになっていたのですが、そのうちだんだん児童減少が加速して、卒業式の無いここ数年が続いています。
そんな状況が続くなかで、しだいに地域の方々へ食事会のご招待が届くようになって、最近はそれが恒例になってきました。
こうやって、小学校から地域の方々がご招待を受け、お父さんお母さんも一緒になってにぎやかに食事をする機会を作っていただいている小学校に感謝です。

丁度その日は、寺の七日努めと重なってしまって、もろもろ仏事が終ってから大急ぎでかけつけました。
すべり込みセーフかアウトか微妙なところですが、腹いっぱい食べられて満足満足。
皆さんオツカレさんでした。

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IMG_2054.jpg子供達の汗や涙や鼻水で絶妙な出汁かげんの手打ちそば

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花見 

2011/04/11
Mon. 06:41

今年も恒例の駒の足花見会が行われました。

駐在所前のガレージを貸しきって、駐在所ヨコの天狗巣病のはいった桜の花見になったわけですが、実は、多分、ヒョッとして、きっと、それも最後になるかもしれません。
理由は、駐在所の解体移転と、銀山川にかかる大森座橋の新設工事と、桜の天狗巣病のためです。
ここまで幾つかの条件が重なると、さすがに桜の木の下で町内のみんなが集まって仕出しの弁当をつつきながら談笑するような3拍子揃ったつどいの会は出来難くなるでしょう。

小さな赤ちゃんから、孫を抱えたジジババまで町内のみんなが一箇所に集まる機会など、島根の片田舎でもこの近年激減して珍しい部類に属するようになった感があります。

自治会長のワイフも、先々のことを心配しつつ、それでも張り切って最後まで宴席を仕切っておりました。
オツカレさん!

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IMG_1880.jpgひとまず中〆の記念撮影

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駒の足新年会 

2011/01/06
Thu. 07:30

お正月の三ケ日が明けて仕事始めの日の夕方から、石見銀山駒の足自治会恒例の新年会が始まります。

駒の足は、元気な女性方が多くて、出席者のほぼ半数に達します。
現在の会長はワイフが努めていて、やはり諸々のお祭りごとの主権は卑弥呼の昔から女性の力が強いほうが八方丸く納まるような気もします。
会場準備の関係で何となく上座に男衆が集まりますが、どちらかといえば小さくなって静かにおとなしくささやかに盛り上がっていたりします。

高齢化の進む石見銀山ですが、一方でその町の暮らしを慕って集まるiターンや、都会暮らしに見切りをつけて帰ってくるUターン組も含め、ジワジワと世代交代も進みつつあります。
見方を変えると、石見銀山駒の足の暮らし形態にみられるような年の差や性別を越えて適材適所に配役された自治の取り組みが日本の未来の指針になっているのかも知れません。

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城上神社秋の例祭 

2010/10/20
Wed. 06:57

毎年秋になると城上神社の例祭があって、大森町(石見銀山)の町並み北端にある城上神社(きがみじんじゃ)から銀山町の入口にある高砂さんまで神輿の練り歩きが行われます。
城上神社は銀山の繁栄を願って大内氏や毛利氏が遷座建立を繰り返しながら現在地に安座されたもので、戦国の頃にはとても重要な役割を果たしていたと思われます。

私は大森町住民の中でも新参者なので、このような例祭が続いている謂われはよく分かりませんが、この神輿行列に子供神輿が加わって練り歩くことが習わしになっていて、吉田家の子供達も全員、幼稚園から小学校を卒業するまで毎年子供神輿を担がせてもらいました。

氏子さんが中心になって、各自治会から持ち回りで決められた配役を務める人手が加わり、約1kmの大森町を行列します。
長男が小学校1年生の時からこの例祭を観させてもらっていますが、日にちで決まっている祭事なので、その日は学校や幼稚園も早めに終って、職員の皆さんも一緒になって、それこそ町をあげてのお祭りになります。

最近は神輿の担ぎ手も高齢が進み、高砂さんの階段を担ぎ上げるほどの体力が続かなくなりました。
神事も結局階段下に仮設された神棚で行われるようになりました。
氏子の旦那衆も、早めはやめに代譲りをして次に引き渡せば神事のお務めの意義も若年層に伝わりやすいと思うのですが、やはり心情的になかなか踏ん切りがつかないもののようです。

一見華やかに見えるこのような祭事も、近年、高齢がネックになって恒例が難しくなってきました。
せっかく学校全面協力の子供神輿も続いているのですから、例祭の謂われなどをきちんと子供達に伝えていけるような工夫があっても良いような気がします。

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天領さんその3 

2010/07/12
Mon. 08:43

湿度たっぷり不快指数絶好調artgalleryの店番をしながら、額に汗してデスクワークに励んだおかげで、各種事務処理が少し進んだような気がしますが、気のせいかも知れません。

自治会長のワイフは、エアコン除湿フル可動の爽やかな部屋で天領さん提灯の仕上げ作業。
文字は吉田家並びの竹下ブリキ店奥様の達筆。

やはり、最後の仕上げは駒の足ご婦人方の力がないと締まりません。

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天領さん情報その2 

2010/07/07
Wed. 07:25

お祭り情報が頻繁ですが、吉田がお祭り男という訳ではありません。
・・・ということがどういうことかよくわかりませんが・・・

とにかく、自治会長のワイフから依頼の天領さん提灯を作り足すことになってすでに1週間近くなります。
仕事は伸ばしてもいずれは終らせなければいけませんから、2日間ほどartgalleryを閉めてにわか大工にはげみました。
材料も道具もまともなものは何もなくて、タダひたすら時間だけが過ぎていく忍耐の作業でした。
建具屋さん制作の立派な見本には遠く及びませんが、それでも数年はもってくれるでしょう。
無事に納品も終ってホッと一息・・というところですが、納品先が自宅なので複雑です。
あとは障子紙を貼って「天領」の文字を書けば完成です。

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赤名半夏まつり 

2010/07/05
Mon. 04:24

むかしのはなし・・・

世間の7月7日は七夕さんで、隣町では赤名半夏まつり
万善寺の住職は赤名の反対の隣町にある禅寺の大般若会。
真ん中の町の少年の正ちゃんはもちろん半夏まつり。
・・・が、恒例でした。

釈迦に説法だとは思いますが、「半夏」は(はんげ)と読みます。
その半夏は仏語でもあって、禅宗坊主の間では、夏の集中合宿講義のような修行期間の中日にあたります。
とはいってもこの時期、世間ではお盆の季節でもある訳で、吉田のような胡散臭い在家坊主はアレコレ理由をつけて上手に避けてまわったりしているので、修行は出来ませんが檀家の皆さんにご迷惑をかけるようなことは特にありません。
そんな訳で住職は手間代え大般若会のお勤め。少年の正ちゃんはおかあさんからもらったお小遣いを握りしめ、その半夏へバスや自転車でいっていました。

このあいだのはなし・・・

世間の七夕さんは変化なく続いているようですが、同宗の大般若会は、本堂立て替えの落慶供養に併せて5月に移動し、赤名の半夏まつりは7月第1週の土日に移動し、今年から土曜の夜だけの開催に変わりました。

オヤジになった私は、久しぶりに末娘とワイフを口説きおとして家族3人水入らず。
小雨降る梅雨の半夏の一夜を楽しませてもらいました。
オヤジは生ビール。ワイフは花火とジャンクフード。末娘はくまだまさしと箸巻きを堪能し、満足満足・・

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小学生や中学生は門限無し。若者いっぱい。
酔っ払いのにいちゃんもいるけど、お巡りさん見て見ぬふりのどかな田舎の夜祭りでした。

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特設ステージは元国鉄バスの赤名駅車庫でくまだまさしは撮影禁止!

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龍昌寺跡 

2010/07/04
Sun. 08:47

石見銀山の銀山地区にある龍昌寺は、曹洞宗の禅寺で大森歴代代官さんの墓所があったりして、江戸の頃は銀山の繁栄祈願の祈祷法要がくり返し行われたと資料に残されているほど歴史的資料価値の高い寺ですが、現在は境内跡全体が杉や桧の植林地になって、竹もはびこったりして、見る影もありません。

吉田家のある駒の足自治会は毎年恒例の史跡掃除で、その龍昌寺跡の草刈りを受け持っています。
小雨の中強行した草刈りが終って、先程帰宅しました。

毎年少しずつ裏山の土砂がくずれ落ちていて、本堂や僧堂、庫裡の跡地に続く墓地への階段が少しずつなくなっていきます。
生前は数々の偉業を為した歴代代官の墓石も、守り手もなく放置されたまま山野の土に帰りつつあります。

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IMG_8068.jpg朝ご飯代わりのパンと飲物が配られ、けが人もなく無事終了

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2017-08