工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

百日紅のこと 

2017/06/23
Fri. 23:04

島根県は梅雨に入ってからほとんど雨が降らない。
田植えの終わった田んぼは、そろそろ水が足らなくなりつつあるようだ。
幸い、保賀の谷は適度に水量があるのでよっぽどのことでもない限り水不足で悩むことはない。
それでも、兼業農家は土日あたりに集中して田仕事へ入るから、それで水の流れが一気に変わることもある。
お百姓さんもなかなか気の抜けない毎日が続いているわけだ。

この2・3日急に暑くなってきた。
相変わらず万善寺の通勤坊主をしているが、幾つかの寺の用事と、庫裏の修繕業者さんが入ったのとで、それが一段落するまで寺に常駐することにした。
寺の夜はこの時期でもかなり冷えて寒いし、台所で使う井戸水はやたらと冷たい。
それだけのことだが、それだけのことがとても贅沢に思えてくる。

決して広くない境内の端に百日紅がある。
50年ほど前は、幹が大きく2つに分かれて適度な日陰を作ってくれていた。
私が寺を出て一人暮らしを始めてからあとになって、その幹の1本が枯れた。
夏休みでお盆の棚経の手伝いへ帰省した時はすでに枯れた幹が切り払われて、なんとなくバランスが崩れた変な感じになっていた。
子供の頃はその百日紅の下が絶好の遊び場になっていたから、そのことが思い出されて残念でガッカリした。
残った方の幹から横に広がって伸びた枝はまだかろうじて健在で時が来るとそれなりにタップリと花を咲かせていた。私がまだ小さい頃、近所のおじさんがその枝にロープを結んでブランコを作ってくれた。小学校に入ってもまだぶら下がっていて、学校から帰るとランドセルのまましばらくブランコで遊んだ。
そういう思い出深い百日紅が数年前から急に弱ってきて、全く花を咲かせないまま秋になってしまった年があった。気がつくと、その百日紅周辺にあるサツキなどの低木もあまり元気がない。オノレバエのヤマユリが毎年同じ場所で芽を出していたはずなのにそれも見当たらない。その年の気候のせいだとも思ったが、今年のような空梅雨でもなかったし、それほど自然条件が厳しいとも思えないまま、そういう状況を心配しながら棚経に出かける毎日が続いていた或る日、俊江さんがジョロでセッセと水やりをしていた・・・と思っていたら、それが液体の枯葉剤だった。百日紅の根本もその枯葉剤で濡れている。
元気がなくなった原因がそれでハッキリした。
やめてくれと頼んだが、雑草にしか効かない薬だから大丈夫だと譲らなかった。
そういう、曰く付きの枯葉剤の瓶を先日片付けの最中に見つけた。
俊江さんは、死ぬ3年ほど前から足腰が弱って境内の整備をしなくなった御蔭で、弱りきって瀕死の状態だった百日紅が少しずつ元気になってきて、根本から若い脇芽も出てグイグイ伸び始めた。この調子だと、今年の夏は花を咲かせてくれるかもしれない。
ちょうどその頃、万善寺では施食会と大般若経転読会がある。
さて、あの瓶はどうやって処分すれば良いんだろう・・・

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野生の目 

2017/06/21
Wed. 23:53

予報では、今年の梅雨始まって以来の激しい雨になるようなことを言っていたので、一日の万善寺仕事を早めに切り上げた。
結界君を駐車場に止める音を聞きつけて、あわよくば脱走できるかもしれないと期待しながら土間の角へ身を隠すクロを気にしながら慎重に玄関障子を開ける。
いつもだったら何処かでクロの気配を感じるのだが、それがない。
「さては、二階で爆睡してるな!?」
そうも思ったが、ずる賢いヤツの脱走戦略かもしれないと、気を抜かないまま荷物を運び入れた。
「ただいまぁ〜」
「あぁ〜、おかえりなさぁ〜い!クロが脱走してるからね」
・・・それか・・・!
気配を感じない理由がわかった。
そういえば、裏玄関のドアが少しほど開けてある。そうしておけばそのうち何事も無かったように無表情のクロがソコから入り込んで一件落着となる。

帰宅してまだ腰掛けてもいない私の足元をすり抜けていつものご飯場所に直行したクロがガツガツ飯を食べ始めた。裏庭の何処かで私の帰りを確認していたのかもしれない。
ワイフ曰く、近所の奥さんと玄関先で立ち話をしているスキに脱走を成功させたらしい。
彼女は猫を外に出すことを極度に嫌がっているわりに、失敗が多い。
クロは完全にワイフの行動を読み切っているふうで、彼女のスキを探すのが実に上手い。クロはこの5年間で幾度となく野外を経験しているから、それなりの危険も分かっているだろうし、外でつまみ食いをするような猫に育てていないから自由にさせてやっても良い気がするのだが、ワイフはそれがイヤらしい。

万善寺でひとりメシをつくる時は、余った食材とか萎れきったお供えの果物とかを刻んで野生の連中へおすそ分けしておく。そうすると、長くて一晩の間にほぼ綺麗になくなって容器が空になっている。私一人の暮らしだからおすそ分けの量も微々たるものだが、野生の彼らは私の動きを何処かで目ざとく確認しているようだ。
スズメたちの方は、少しずつ私の様子に慣れてきたようで、以前に比べると随分警戒の距離が近くなった。
だいたいは、そろそろこの時期になると境内のいつもの場所で日光浴をしているマムシを見かけるのだが今年はまだ見ない。

前住職夫婦は、万善寺周辺の野生をことごとく目の敵にして暮らしていた。そういうこともあってか、当時の寺の周辺は野生の仕業でひどく荒れていた。お墓のお供えも墓地の各所へ散乱していたし、花入れの青葉もすぐに引き抜かれてしまって散々な状態だった。
昨年の憲正さん墓石建立から今年の永代供養墓と俊江さんの墓石建立まで、このところお墓参りが続いているが、雑木の春枯れの落ち葉が一面に散らばっているくらいで乱れたふうでもない。吉田家のクロもそうだけど、野生は正直で嘘をつかない。
万善寺住職吉田正純は、幾つもの野生の目で見つめられているようだ。

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気が抜けた 

2017/06/19
Mon. 23:50

2・3日前から気持ちが緩んだ。
まず、身体が動こうとしなくなった。
そして、身体を動かそうという気持ちが何処かへ飛んでいったままになった。
こういう状態を、「気が抜けた」というのだろう。
いつもだったら、「ヤバイ!」と感じて、焦って、少しでも早く気持ちの切り替えをして次につなげようとジタバタするのだが、どうもそういう気になれないまま、そろそろ3日目が過ぎた。
その間に、幾つかの出来事があった・・・といっても、別にどぉ〜ってことのない些細な事なのだが、抜け殻のような自分にとっては適度な刺激になって、マッタリとした時間がいい具合に過ぎている。

万善寺で過ごす時間が増えてから、誰にも文句を言われることが無くなったまま「トイレ読書」が続いていて、薄いエッセーや薄い短編集を持ち込んでチビチビ読み進めている。その一冊を3日前に読み終わって、次の一冊と入れ替えた。
万善寺のトイレは、窓の外に人目を気にすることのない荒れ地や裏庭が続いているから、半分野外にいるような開放感があって、吉田家以上に長居をしてしまう。
そのせいか、読書しながらウンコをしている(・・というより、ウンコをしてからそのままの姿勢で読書をしている・・)ときにかぎって、「方丈さぁ〜ん、こんにちわぁ〜」とか、「ごめんくださいませぇ〜〜」とか、近所のおじさんや業者さんの訪問が多い。あわてて本を閉じて「はぁ〜〜い、いまトイレですぅ〜〜、ちょっとまっててくださいねぇ〜、すぐでますぅ〜〜」などと、叫びながらトイレットペーパーをグルグル回したりする。そういうことが何回か続いて、次の予定が少しずつ決まった。

古い瞬間湯沸かし器を廃棄することにして業者さんに相談していたら見積もりが出た。「梅雨に入ってしまったから雨次第ですけど・・」の条件付きで、「ひとまず、今週末に伺いますので・・」と、日程が決まった。
「トラックの修理が終わったら仕事入るけぇ〜ね〜」ということで、棟梁から三畳と六畳のフローリング改修日程の知らせが入った。
そして・・「永代供養墓も良うなりましたけぇ、チョット一杯やりましょぉ〜やぁ〜」
万善寺の墓地で石屋さんの工事が入っているのを聞きつけて、「これは良い都合だ!」と我が所の墓地整理を思いついた近所のオヤジさんが二個一の建立祝をしようと誘ってきた。なにか、ヒトのフンドシを勝手に借りていった気がしないでもないが、まぁ、それも大事な近所付き合いだし、「そりゃぁ〜良いですねぇ、やりましょう!」ということにしておいて、今週末に予定を入れた。
お地蔵さまを万善寺の庭先で彫っていた彫刻家のタマゴが、松江の県立美術館のお地蔵展へ出品するので、ワイフと調整してそれを見に行く日も決めた。奥出雲町で今年も開催予定の彫刻展打ち合わせや相談をすることにして、それも今週末に決まりそうだし、「気が抜けた・・」といっても、結局2・3日だけのことで終わってしまいそうだ。

俊江さんの納骨も終わった早朝の墓地へ登った。
微風に揺れる雑木林の心地よい葉音がシャワーのように降っていた。

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我儘住職の抵抗 

2017/06/16
Fri. 23:12

禅嶽憲正大和尚の祥月命日をご縁日にした3回忌の法要に、俊江さんの大練忌と卒哭忌を併せて吉田家家族親族が集まって法事を厳修した。

当日に向けて準備を始めたのは、4月1日の俊江さん葬儀が終わってすぐの頃だった。
それから約2ヶ月半は、幾つかの仏事で随喜しながらひたすら坊主家業に集中し、また、万善寺内外の片付けや修繕、整備が続いた。
石材屋さんと相談しながら墓地の改修や整備も進め、永代供養墓建立もほぼ完成が見えてきた。

私も、限りなくジジイに近いオヤジであるから、そろそろ、1日の肉体の疲労が蓄積されて次の日に持ち越され、身体の痛みで一晩の睡眠もまともに取れない状態が続いた。
そんなこんなでいろいろあったが、一方で、島根県上空は連日好天に恵まれ、私の行く先々でそういう幸運に何度も助けられた。

導師様はじめ、ご随喜方丈さま4ヵ寺、憲正さんと俊江さんのご親族7名、それに吉田家4名で総勢15名の参集となった。
憲正さんの親族は兄弟姉妹が多くて、何かの折に集まると8畳二間がビッシリ埋まって、それでも足らないくらいになる。
俊江さんの親族も元は多かったが、比較的短命が多くて今は半減した。
私は6人家族で、子供たちは長男のじゅん君が島根県内へ残っているだけ。今時のことで、気軽に慶弔事で仕事を休むわけにもいかないから、この度は、東京暮らしの三姉妹を代表して長女のなっちゃんがじゅん君と一緒に参列してくれた。

寺の仏事は、在家の仏事とは少しずつ様子が違う。
一般には、寺の仏事を準備段階から寺族と檀家が協力して仕切ることが多い。
浄土真宗では、内室さんを「坊守さん」と称して、ご院家さんとほぼ同格の扱いになっていたりするが、曹洞宗では坊主夫婦で寺を維持管理しているわりに、内室の奥さんは「寺族」で一括りにまとめられる程度の扱いになっている。建前上は寺族代表とか寺族婦人部とか、そういう役付で扱われているようだが、組織的な実態は曖昧な状態だ。元々が禅宗坊主の男社会で組織だっていたものだから、そういう名残が今に続くのも当然なことだ。
私は、万善寺住職として、ワイフや子供たちを寺族扱いしないようにしている。
ワイフの方は、坊主の吉田正純に惚れたのではなくて彫刻家の吉田正純に惚れて(だと思うけど・・)結婚したわけだし、4人の子供たちは坊主の子供としてこの世に生を受けたわけでもなく、普通に我々夫婦の子として生まれてきたわけで、彼らの人生は彼らの意思で選ぶ権利がある。
吉田正純の場合は、生まれたときから寺の息子として生まれ育てられた経緯があるから、自分で自分の意思を操作できる状態が存在しないまま今に至っている。個人では色々思うところもあるが、それはそれとして自分に託された宿命であると飲み込んで受け入れている。この度の法事も、檀家衆にすがること無く、家族にもできるだけ迷惑をかけないように取り仕切ったつもりでいる。まぁ、我儘住職のささやかな主観的抵抗である。

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富山野外彫刻環境整備 

2017/06/11
Sun. 23:55

時々必要になった時お世話になっている銘木屋さんから、杉と松の板を仕入れた。
杉は、幅が40cm以上はほしかったので、4mのものを苦労して取りだしてもらった。

「最近、松は人気がないんですよ・・」
その材木屋さんは地物の木材を仕入れていて、それなりに信用もできて安心なのだ。
松も今どき地物の良いものはなかなか手に入らないから貴重で高価だと思っていたら、建築関係の世界では全く人気がなくて使われることもほとんど無くなったのだそうだ。
「細工が面倒で時間がかかって仕事が遅れるし、良いことがない」・・・のだそうだ。
万善寺のような島根県の山の中の雪の多いところのある小さな寺は、まずは見た目より雪害対策を優先して、屋根や柱などいたるところに松を使っている。
少々ねじれようが曲がっていようが松脂が滴ろうが気にしない。
庫裏は大正時代に改築か増築かされたらしいが、居間の鴨居の一部からはいまだに松脂がにじみ出ている。
棚経で訪問する家も、何軒か似たような苦労をしていて、「暖かくなるとこれだから・・」困っているんだと、松脂の滴る鴨居の真下に新聞紙が敷いてあったりする。
そういう、少々大工泣かせだったり施主泣かせだったりがあっても、やはり地物の肥松をふんだんに使った純和風の住宅は、今どきの2×4の壁だらけの積み木のような味気ない住宅とはくらべものにならないほどの風格や趣がある。

「カナダ産のヒバを近所の温泉施設へ治めることがありましてね・・」
何処で何に使うのかと聞いたら、「露天風呂の一部へ架ける橋を造る」ということで、いくらヒバが腐らなくて丈夫だといっても、それは少々無理があるのでは・・と思いつつ、云われたように希望通りのヒバを納品したのだが、出来上がってみると、それから数年のあいだにアッという間に腐って使えなくなってしまったそうで、「そもそも、カナダの寒いところで育った木を日本の温暖な島根の、それも湿気の多い温泉の一部に使うという発想そのものに無理があるんですよ」というわけだが、それも「商売でお金になれば」と割り切るしかなかったそうだ。
こういう業者泣かせの話が聞けるのも、たまには楽しいものだと、他人の不幸を身勝手に喜んでいたりする。彫刻を造りながら色々な業者さんとお付き合いさせてもらいつつ、一方で坊主家業の先々で漏れ聞く愚痴話もあったりして、そういう業界がらみのマニアックな話題は実に面白く、また良い勉強にもなる。

毎年、雪が降らないことのない山陰地方で暮す私にとっては、野外彫刻と雪の関係はとても重要な制作上の工夫に繋がっている。
富山へ野外彫刻を置かせてもらっている幾つかの借地を3日間かけて草刈り整備を終わらせた。今年は、春先から私事で寺暮らしが続いていたから、草刈りも回数が減って気になっていたが、知らない間に地権者さんがキレイに草刈りをしてくれていたりして助かった。
たかが草刈りだが、されど草刈りでもある。
彫刻が縁で、草刈りをしようという気持ちになってもらえていることがありがたい。
近年めっきり疎遠になりつつある自然との距離が少し縮まった気がする。

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人間の都合 

2017/06/10
Sat. 23:14

幾つかの用事を済ませて休憩しながらメールチェックをしていたら、境内の端にある蔵の方でスズメたちが一斉に鳴き始めた。
最初、その鳴き声がスズメなのか気づかないほど何時もと違って断続的に一定の間を置きながら合唱しているふうに聞こえた。
どうも、何時もの長閑な雰囲気が伝わらないし、むしろ合唱の規則性にどこかしらただならぬ緊張感も伝わってくるので、玄関に回って鳴き声のする方向を見てみると、やたらにひょろ長い口縄が今は物置代わりに使っている昔の外トイレのドアにしがみついてウネウネと動いていた。
そのすぐ下の踏み台に人間が食べる時期を失ってしまった古々米を入れた器があって、チョットしたスズメたちの食堂になっている。
口縄は、そこに集まるスズメたちの匂いを敏感に感じ取ったのかもしれない。
それにしても、10羽以上のスズメが、一定の距離を置いて一斉にその口縄の方向を向いて緊張しながら鋭く鳴き続ける様子はなかなかの迫力である。
彼らの危機に対する防衛の手段なのだろうが、自然に生存することの厳しさを見た気がした。
珍しい光景だから、手元にあったiPhoneカメラを使った。
スズメは、一見人懐っこい鳥のように見えるが、実はなかなか警戒心の強い臆病な鳥で、人間との距離がすぐに縮むことがない。
農村地帯では、トコトン害鳥扱いされてさんざん人間にいじめられてきたから、いつのまにかそういう情報が彼らのDNAに蓄積されて子々孫々まで引き継がれてきたのかもしれない。人間の日常に入り込んで、上手に人間を使いながら子育てをして、用が済むとサッサと何処かへ飛んでいってしまうツバメのような図々しい度胸はない。
人間の暮らしの都合だけで、相手を選んで、勝手に可愛くも憎くもなる。
自分が気づかないうちに自分の感情に都合よく刷り込まれた人間の身勝手な傲慢さに気づく。
一匹の口縄から1mも離れていないところで、大騒ぎして警戒を伝達するスズメたちを見ていると、人間に対しての警戒心がどれだけ強いかよく分かる。

今年の万善寺参道脇の田んぼは、小豆を栽培するようだ。
先日大きな農耕機が入って豆の種を撒いて、その後獣よけの電熱線が張られた。
そろそろ小さな双葉が規則的に一直線に並んでのぞいている。
その小豆畑へ獣の足跡がジグザグに続いている。
「あの足跡はなんですか?」
「あれは、たぶん猪でしょうね。芽が出て少し立つと今度はウサギですよ。あの柔らかいのが旨いんでしょうね」
「それで電熱線ですか?」
「この間隔じゃ、ウサギまでは・・・」
草刈りの合間に作業中のお兄さんと少し話した。
本来なら、水を張って稲を育てる水田の転作が水を嫌う小豆というのもおかしなことだ。稲が小豆に変わってウサギが害獣になりつつある。これも人間の身勝手な都合だね。

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仏心(ほとけごころ) 

2017/06/08
Thu. 23:51

「シャギー聴くと〜夏だなぁ〜!・・って感じだよね」
iTunesのウエブラジオを垂れ流していたら、約1年ぶりに帰省したノッチがそう言った。
私の方は、「夏になるとビーチ・ボーイズかチューブだよね」という感覚でいたから、(そんなもんかなぁ〜・・)と思いながら、それ以来、何気なく仕事のバックミュージックで聴くようになった。
知り合いに「ボクはレゲエ派だから・・」などと言いつつ、ジャズから演歌までこだわらないでなんでも聴いているようなレゲエオヤジがいるが、彼の気持ちもわかる気がしてきた。
梅雨に入って湿っぽくなった万善寺の庫裏で、そのシャギーを大音量にして聴きながら掃除や片付けをしていると、流れる汗が爽快に感じたりするから不思議だ。

朝のうちは、雲が厚く下がって梅雨らしい空模様だったが、その雲もしだいに上がって、そのうち青空がのぞくまでになった。
田植えの終わった田んぼの畦の草刈りがアチコチではじまっている。
雨が降ると一気に伸びるし、晴れが続くと一気に硬くなるし、夏の草は始末が悪い。
手間があれば・・というより、ヒマがあれば、ひたすら境内の周りを草刈りしながらグルグル回っていれば、酷くはびこる前に楽に刈り込むことが出来るのだが、いくら坊主家業が暇だと云っても、夏の間中そればかり続けるわけにもいかない。
こうして、少しでも身体に無理がきいて動くうちは、見苦しくならない程度に草刈機を振り回し続けるしか無いと諦めている。

万善寺の境内や参道のアチコチに、フランスギクが根付いていて、毎年5月に入ったくらいからに満開になる。
せっかく花を咲かせるから、せめてその間は刈り払わないでおいてやろうと仏心でいるが、こうして梅雨の雨に打たれ始めると、ヒョロリと伸びた長い茎がアチコチ四方へドット倒れ込んで、途端に見苦しくなる。
その刈り込みを兼ねてひと汗流して、シャワーでも浴びようと作業を片付けていたら、木彫の新人が制作中の石の彫刻を持ってやってきた。

彼女は4月の終わり頃から時々こうして彫刻の制作をしにやってくるようになった。
職場からだと1時間近くかかるようだが、今のところ気楽に制作出来る適当な場所が見つからなくて、かといって彫刻制作をやめるわけにもいかないし、昨年来の付き合いもあって相談に乗ってやっていたら、万善寺の蔵の軒先とコンセントを貸してやるから、「それで良ければ彫刻彫りながら慎重に時間をかけて都合の良い場所探したら良いよ」と、ついつい仏心を出してしまった。
いつまでも、延々と甘やかすつもりもないが、本人にやる気があって彫刻にしがみつく根性があれば、そのうちそれが造形の強さにつながるかもしれないと、期待が無いわけでもない。
もう少し先が見えるまでは、こういう状態で付き合ってやろうと、今はそう思うようになってきた。

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チョット驚き! 

2017/06/07
Wed. 23:58

夜のうちから雨音がはじまった。本格的な梅雨に入ったようだ。
この雨だと寺へ行ってもそれほど仕事もできないだろうと気持ちを切り替えて、こんどの法事の引き物を物色することにした。
一般在家的に云うと、私が施主として仕切る法事は、憲正さんと俊江さんの年回だけだから、せめて身体の自由がきくうちはその二人分の年回法事を遺漏なく務めようと思う。

法事はお先祖様の供養でもあるが、一方で、家族も含め故人に縁深い親族が一同に集まれる数少ない縁日行事でもある。
引き物の用意も、それがその時の年回の記憶に残る記念の品としていつまでも参列者の手元において置けるようなモノが一番いい。
時々その品の経緯を思い出したり話題にしたりすることは、故人の供養につながる・・・そういう気持ちを大事にしながら色々と思い巡らすのだが、結局、最近流行りのギフトカタログあたりに落ち着いてしまうことが不甲斐ない・・・というしだいで、そのカタログに今年の新茶を添えることにした。

島根県の出雲圏は茶処で、まずはお互いお茶のオモテナシからはじまる。
それは、家族も客も同じことで、何かというと必ずお茶の仕度からコトがはじまる。
出雲圏は臨済禅を中心とした禅宗の地帯でもあるから、まずは、「喫茶去!」と云うわけだ。
それに、松江城主の松平不昧公が不昧流を創始するなどして、そういうこともお茶文化の流行に拍車がかかって、今に至ったという感じだ。
もっとも、私も含めて、現代というか現在の島根県民出雲圏住民は、過去に隆盛したお茶文化の継承がほぼ絶えた気もする。お盆の棚経でも、今はお茶の出ることが激減している。それだけ、世代交代が進んでオモテナシの意識も変化したのだろう。
いずれにしても、このたびは寺の仏事法事でもあるし、そのあたりは引き物に到るまで正道を抑えることも大事なことだ。

最近は、お斎の膳にお酒が出せなくなったから、お持ち帰りの小瓶を探しに酒屋めぐりをした。こういう時に銘柄がどぉ〜のこぉ〜のうるさいことを云っても話題のネタが法事から逸れてしまう。ひとまず、人数分揃えて、ついでに「ボクの麦とホップでも・・」と、そちらのコーナーへフラフラ流れてみると・・・ありました!「魅惑のホップセッション」
一瞬、法事のコトが何処かへ飛び去ってしまった!・・・が、気を取り直して、冷静に1ケース買い占め、次は仏具屋さんへ移動。

梅雨の入りに思わぬボクへのプレゼントになって、ウキウキしながらツマミなどを少々買い込んだりして帰宅したのでありました。
味の方は・・・これが、チョット驚き!ボクには何も言えません・・・サッポロ好きの皆様・・まずは、近所の酒屋さんへ急ぎましょう・・
ちなみに、私はサッポロの回し者でもなんでもありません。

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そろそろ梅雨入り 

2017/06/06
Tue. 23:12

山口県のあたりまで梅雨入りしたらしいので、島根県もそろそろだろと思いつつ、万善寺の外仕事を進めた。
一人でコツコツ精を出す程度のことだから、見た目に大きくはかどるわけでもないが、昨日まで境内を邪魔してた松の枯れ枝が今日は無くなっていた・・くらいの変化はしている。

いよいよ、憲正さんの3回忌法事が近づいて、準備が本格的になってきた。
6月に入ってすぐに法事出席の取りまとめをお願いしていたのだが、その返事が集まった。
親族家族あわせて11人。それに、ご導師以下方丈様方が4人。併せて15人となった。
祥月命日を優先した平日の縁日法事で二桁の親族が出席だから、みなさん、よく都合をつけて頂いたことだ。これも、憲正さんの人徳と感謝している。

世間事情で仕方がないことだろうが、万善寺の今時の年回法事は祥月命日と全く連動しなくなった。その関係もあってか、施主さんご自身でも、ご先祖様の祥月命日を覚えていらっしゃることが激減した。
昔は、お盆の棚経で回って歩くと、行く先々でその家のお仏壇前にご先祖様の御位牌を月の順番に並べてお奉りして佛飯のお供えなどがしてあった。そのように手厚くお奉りしてあると、坊主としては回向が長くなるので何かとグッタリするが、一方で施主さんのご先祖様に対する供養おもてなしの気持ちが伝わって気持ちがシャンと引き締まる。
近年はのお仏壇は、お経を読む気も失せるほど見るも無残な状態でであるところが増えた。そういう現状を横目で見ながら坊主家業を続けなければいけなところに、なにかしらのジレンマを感じるのである。

最初の子育てが終わったらしく、ツバメがつがいで飛び回るようになった。
彼らの本能なのだろうか、縁側の窓も全開してあるのにだいたいほとんど玄関から家の中へ飛び込んでくる。
ひとしきり庫裏を飛び回ったあと本堂へ飛んでいった。
つがいで仲良く半鐘の支えで羽を休めている。
これから二回目の子育てが始まるのだろう。

石材屋さんへ永代供養墓の文字を提出して、夕方いつもより早めに寺を出た。
石見銀山を過ぎて大田市のスーパーへ寄った。
その時間帯は、食材やお惣菜が二割引きから半額になる。

自然石に刻む文字は、色々と考えた末に、「両忘」「道心」「玄妙」とした。
この3つを、それぞれ、「永代供養」「有縁無縁供養」「三界萬霊」にした。
数日間、久しぶりに集中して昔の仏教絡みの本を読み返した。
一つの文字に託された深い意味や味わいに触れることは大事なことだと再確認できた。
石見銀山の町並みへ梅雨の湿りが低く降りてきた。

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野生の境界 

2017/06/03
Sat. 23:52

石見銀山から飯南高原から雲南、出雲と、そのあたりをウロウロする毎日が続いていたが、ほぼ1ヶ月ぶりに江津方面の仕事があって、波の穏やかな快晴の日本海へ出た。
私は、生まれも育ちも山の人間だから、海を見る機会が極端に少なかった。
今、家族と暮らしている石見銀山からは、結界くんで10分も走れば日本海を見ることが出来るし、彫刻の素材探しに重宝している石の海岸も近い。
彫刻の仕事でつまづいたり、気持ちが晴れないことが続いたりした時は、なんとなく日本海を見たくなる。
今日のように快晴で穏やかでもいいし、悪天候で波が高くてもいいし、日本海に沈む夕日が特に見えなくてもいいし、とにかく、海と馴染みが少ないまま大人になった私としては、日本海になにかしらどこかしら気持ちのザワメクものがあって、無性にそういう刺激を求めたくなることが時々やってくる。

前日の夜が夜更かしだったから、結界くんを運転している間中眠くてしょうがなかった。
国道から旧国道へ左折して西へ走っていたら、突然「ドン!」と大きな衝撃があって結界くんがグラッと揺れた。
ボォ〜っとしてハンドルを握っていたから、突然のことで一瞬何が起こったのか頭がまっ白になった。
バックミラーに、なにやら黒い物体が横切った。
「ギャワッ!グブグブ!グフャ!」
何とも言えない叫び声を上げながら旧国道脇の林へ逃げ込むところが目に入った。
あの野太い鳴き声は、クマに違いない。
ゴロッとズングリした体型も猪とは違う。

もう、10年は前のことになるが、盆の棚経で神門川の支流脇の街道を走っていたら、川向うの桜並木の道を、競歩くらいの速さでツキノワグマが私と同じ方向へ向けて移動していた。あのクマは黒ぐろして立派なオトナだった。
今回の動物は、黒というより黒に近いグレーに見えた。これは光の反射の具合だったかもしれない。10年前のツキノワグマの半分くらいと小さかったが、あの何とも無骨な競歩の感じは近い。
結界くんの衝撃があまりにもすごかったから、横腹の何処かが凹んでいるかもしれないと心配になった。駐車場へ到着してすぐに確認したがこれといった凹みは見当たらない。
しかし、どうしてワザワザ走行中の結界くん目指して飛び込んできたのだろう?
「このあたりで、クマの目撃情報はありますか?」
「今年は、そういう話は聞きませんが・・・去年だったかなぁ・・ローソンの近くにいたという連絡が入ったことはありましたね」
「あれは、多分、クマだったと思うのですが・・・小さかったから子供かもしれません」

暑いから、窓を開けて走っていると、モヤァ〜っと、獣の匂いが流れ込んでくることがある。だいたいそういう時は猿の集団が周囲をうろついている。
島根県は少しずつ人間と野生の境界が近づいている。

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クロのシッコ 

2017/05/30
Tue. 23:20

ワイフも私も立て続けに吉田家を留守にすることが増えた。
石見銀山の町並みに鳥の鳴き声がそろそろ聞こえ始めるくらいの早朝に自宅を出発して、1日中アレコレと用事をして帰宅するとすでに夜の10時になっていたりする。
そのせいかもしれないが、クロのストレスが溜まったのだろう、気がつくとワイフや私の布団のど真ん中でオシッコをしたり、人間の通り道のど真ん中で未消化のネコ飯をタップリと吐いていた。

ネコシッコプンプンの布団を、ワイフは吉田家の、そして私は万善寺の、それぞれ風呂へ持っていって踏み洗いする。
ワイフの布団は羽毛で軽くてすぐに乾いたが、私が使っていた綿の敷き布団は水に濡れて重たいのなんの・・・
浴槽にお湯を張って、洗剤を入れて、おったりたたんだりひっくりかえしたり・・・とにかく、強烈な重労働になった。
期限付きの済まさなければいけない用事や法事などが重なったうえに、布団の踏み洗いまで加わって、もう踏んだり蹴ったり散々。
唯一の救いは好天が続いていること。

3日間連続で朝から夕方まで裏表ひっくり返しながら結界くんの屋根や万善寺の参道のど真ん中へ広げた敷布団は、4日目にしてようやくなんとなく乾いた。それでもどこかしら湿っぽいから今は西日の良く当たる庫裏の縁側へ広げて敷いて、時々外仕事の休憩で寝っ転がったりしている。
クロのシッコのシミや匂いはとれたが、漂白のしていない綿から出たシミが布の生地に染み付いてそのまま乾いてしまった。
干した布団の、どこかしら埃っぽい乾燥の匂いを久しぶりに嗅いだ気がする。
若い鶯がずいぶん上手に鳴けるようになってきた。
スズメに混ざってセキレイの尖った鳴き声も聞こえてくる。
遠くでは例の保賀の谷のカラスが鳴き合っている。

眠気がやって来てウツラウツラしながら何気なく布団のシミを見ていたら、そのカタチが鉄の彫刻に重なってきた。
結局は偶然のことだから、それがそのまま煮詰まって、彫刻の造形へ昇華するようなこともないだろうが、何かのひらめきとか造形のキッカケくらいにはなる。
ひと昔前なら、ガバッと飛び起きて何枚もメモしただろうくらいの発見だったが、今はむしろかなり冷静に造形の工程を意識しながらボンヤリと取捨選択していたりする。

クロのシッコが、鉄の彫刻へ繋がってくるなど思いもしないことだ。
彫刻の制作も長く続けていると、やはりその蓄積の何かが自分の脳味噌を刺激する素材と認識して反応してくれたのだろう。
こういう、何気ない日常の繰り返しに、鉄の彫刻のことが組み込まれて噛み合っているということがわかって、なんとなく嬉しかったなぁ・・・

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遥か彼方の日々是好日 

2017/05/29
Mon. 23:41

今年に入ってから、絶え間なく寺院の慶弔事が続いている。
それでなくても財政難資金難で喘いでいる万善寺は、先住職の頃から貯蓄していた運営資金をこの半年間ですべて吐き出すことになった挙句、吉田家の自己資金での補填も底をつき、ついに金融機関のお世話になるまでに至ってしまった。

法類東堂さんの遷化で密葬本葬の随喜などなど・・・
万善寺のおかみさんで私の母親である俊江さんの葬儀から墓石建立・・・
間に大般若会随喜を挟んで、法類新命さんの晋山式・・・
そして・・
晋山式が終わって万善寺へ帰宅途中に、隣町のお寺の奥さん死去の連絡が入って急遽駆けつけたのが昨日のこと・・
ひとまず、枕経を読ませてもらって、あわただしく前後の打ち合わせを済ませ、あらためて仮通夜へ出かけた。
ご主人でご住職はあいにくの体調不良で入院中。
奥さんの枕経のあと、病院へ引き返すことになった。

とにかく、自分の周囲のすべてがあわただしく過ぎる。
こういう時に、自分の都合を押し付けるわけにもいかないし、周りの都合でドタバタと動き回っていたら、完全に膝が固まってしまって、鈍い痛みの絶えることが無い状態にまで症状が悪化してしまった。
そんな中、これから本通夜から葬儀告別式と続き、その足で別のお寺の年中行事の御縁日になっている大般若会へ随喜する。
この前代未聞の慶弔事や縁日仏事の連続で、さすがのノンビリジダラク坊主も心身の疲労蓄積が解消できないままアッという間に1日が過ぎてしまっている。

唯一の救いは、このところ続いている安定した天候。
いまのところ、慶弔事のすべてが好天に恵まれている。
先日の晋山式も、この時期としては珍しく澄み渡った青空であった。
最近の万善寺方丈は、寺院の慶弔随喜で記録係の配役が定着してきたようだ。
このたびの晋山式では撮影枚数約1000枚!
朝の7時から昼の3時過ぎまで、ほぼ立ち通しで2機のデジタルカメラと2枚のSDカードを使い分けた。これで、一昔前の一眼レフとフィルムだったら、どれだけの経費がかかっているだろう・・などと、想像してみたが私の脳みその容量では計算不能。

ぐったり疲れて帰宅すると、クロが玄関まで迎えにきてくれた。
子供たちもすべて独立し、夫婦の二人暮らしが始まったこの2ヶ月が、あまりにも早くに過ぎ去ってしまった。
日々是好日の真意は、その境地をくみとる以前で力尽き、世間の俗に飲み込まれてしまった感もある。
この状態であと半年まともに暮らしていけるだろうか?・・現実は実に厳しい・・・

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オヤジの居場所 

2017/05/28
Sun. 23:35

寒くて眼が覚めた。
早朝4時。
AppleWatchによると飯南高原は9℃。
前日は、一日中空気がヒンヤリして、結構ハードに動いても汗をかかなかった。
春というより初夏に近づいて、そろそろ衣替えも近い今の時期に、気候はまるで初秋を思わせる。
もう二度寝もできそうにないので、雪駄を引っ掛けて庭へ出た。
放射冷却で冷え切った空気に緩みきった坊主頭がギュッと締まって1mmにも満たない髪の毛が総立ちになるのがわかる。
夫婦のカラスが鳴き合いながら朝の飛行をしている。
雲ひとつない空は宇宙へ突き抜けるように青が強い。
西の竹林がざわめいて立った風が庭に立つ自分へ近づいてくる。
周囲の冷えた空気がかき混ぜられてブルッと震えた。
ずいぶん昔にもこういう似たような朝があったことを思い出した。

ポットへ井戸水を入れて沸騰するまでの間にステンレスドリップに豆を用意する。
沸騰したお湯を火から外して少し冷ましてからゆっくりと豆を蒸らす。
香ばしい珈琲の湯気が立ち昇る。
少し前の片付けの時に、食器類の中から塩窯で焼成した湯呑みが見つかった。
かれこれ20年は前になるだろう、まだ両親が元気だった頃に父親の誕生日か何かでプレゼントしたモノだったはずだ。
ほとんど使わないまま、いつの間にか仕舞い込まれてそのまま忘れられたのだろう、その湯呑みで珈琲を飲んだ。
胃の辺りから暖かさが身体全体に広がると、床の冷たさが裸足の足裏から登ってくる。

万善寺の朝は、だいたいこんな感じで始まる。
吉田家の朝は、ネコチャンズのメシの催促で起こされる。
さて、どちらの朝が気持ちいいのだろう?
どちらも、それなりにそれぞれの良さがある。

YouTubeでAvriel KaplanのPTX脱退を知った。
ソロのアルバムを発表して、ツアーに入るそうだ。
iTunesでチェックしたら、EPから2曲だけ聴くことが出来た。
彼らしい、とても優しいフォーク系の曲に仕上がっていた。
万善寺の早朝に聴くにはピッタリで良い感じだが、猫に起こされながら聴く曲では無いなと思った。

一日の用事を終わらせて、石見銀山の吉田家へたどり着いたのは、夜の9時近かった。
すでにネコチャンズが私の寝場所を横取りして爆睡中。
仕方がないから、片付けておいたシュラフを出して床で寝ることにした・・・

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ボクの誕生日 

2017/05/21
Sun. 21:37

改良衣に雪駄の完全なる坊主スタイルでいるところへ「先生!」と声をかけられた。
自分のことではないだろうと気にかけないでいたら、また「先生!」と呼ばれたので、それで自分かもしれないと自覚した。
法事の席でもない公共の場で坊主スタイルのまま行動することもよくあるから、そういう時の出会いは、だいたい「方丈さん!」とか、「万善寺さん!」とか呼ばれる。だから、そのスタイルの私に向かって「先生!」と声をかけてくる人はそうめったにいない。

声の主は、寺の近くの小さな町に住んでいる人で、それこそ、私がまだ先生と呼ばれる仕事をしている頃に地域の文化祭を盛り上げようと頑張っていらした方だった。
石見銀山がまだ世界遺産登録の話など全く無かった頃に、銀山の谷のアチコチへ自由勝手に彫刻を置いてゲリラ的個展をしていた事があって、それが珍しかったのか、地方新聞の取材で記事になったこともあったものだから、それがきっかけになって「せっかくなので、地元出身で活躍されていらっしゃる先生に是非本物の彫刻を展示してほしいのです!」と、その方から熱心な文化祭への出品依頼を受けて、特に断る理由もないし、せっかくだからワイフの彫刻も一緒に展示することになった。
結果として、我々の彫刻は前衛が過ぎたようで、その時一回だけの文化祭展示で、その後の継続は無かった。それでもあの時文化祭へ誘っていただいた縁で、その後、地域の公共施設と小学校と高校へ私の彫刻を設置する機会を得た。
そういう経緯もあるから、いまだにあの時の関係諸氏にとって、私は「先生」として存在しているのだろう。

たぶん、吉田家次女のノッチより少し年下だと思うが、大学を卒業して学校の講師をしながら彫刻を造り始めた娘がいる。
初めて合った時はまだ彼女が学生の頃で、教育学部美術の彫刻研究室で木彫を勉強していた。現代彫刻小品展のワークショップ講師にその研究室の先生をお願いした関係で、学生だった彼女も助手でついて来た時が最初の出会いになる。
昨年に現代彫刻小品展会場で再開して彫刻の話をした時、「小さい木彫でも造ってみたらどうだい?」と誘ってみた。それが、彼女にとって良かったのかどうか、すぐに抽象の木彫を造り始め、それからお互いに少しほど彫刻へ踏み込んだ付合いが始まった。
4月になって彫刻の相談があって、小さなマケットを造ってきた。
「もしもし、吉田さんですかぁ〜、◯◯ですぅ。今、お時間よろしいでしょうか?」
体調でも悪いのかと心配するほど弱々しい声で電話が入る。チョット意識してもう少し♯がかって声質を上げると良いと思うんだけど・・そのあたりのデリケートな線の細さが若干気になっている。
制作の場所が見つからないと云うので、万善寺の庭先を使えと提案したら、私の誕生日の日から制作に通うようになった。ある意味、忘れられない記念日になった。
さて、彼女の彫刻制作は本物になっていくのだろうか??

キーポンから、初給料のあとサンダルが届いて、今、大事に履いている。
今日、長女のなっちゃんから少し遅れた誕生日プレゼントが届いた。大事に使います!!

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肉体労働 

2017/05/18
Thu. 23:47

本日色々あって(でもないけど・・・)石見銀山吉田家帰宅22:30也!
それから、晩飯食って今であります。
クロは例のごとくオヤジの周囲をフギャフギャ鳴きながらグルグルと遠巻きに徘徊し、シロは何処かへ潜り込んだまま。

「お客さん、太腿の後ろが固まってますね。腰の痛みは此処から来てるかも知れませんね。背中も硬いですし・・・」
「そぉ〜ですかぁ〜・・、このところ肉体労働が続いているもので・・」
数カ月ぶりに出雲のもみ屋さんまで行ってきた。
1時間コース3000円チョットで、まぁまぁひとまずは少しほど楽になる。

ワイフが吉田家裏玄関の脇へ何気なく植えたハートカズラが20年の間にどんどん大きくなって、現在本体の茎が私の腕ほどの太さにまで成長して、吉田家の構造物を締め上げている。
裏庭側の1面はほとんど全面に広がり、北と南側の側面へ回り込み始め、先端は石見銀山町並みに面する大屋根の軒下まで届いている。
前回大量伐採した時は、まだ憲正さんが生きていたはずだ。
あの頃は、暮らしの慌ただしさにも若干の余裕があって、彫刻の制作も比較的余裕があったし、時間を工夫してクラフトや内装のインテリアなどを造って生活費の足しにしすることも出来ていた。
ちょうど今頃の梅雨前に壁や柱に張り付いたハートカズラを伐採しながら屋根へ登って見ると、雨樋の内外へ上手に張り付いて、それを足がかりに吉田家全体へ茎の先端が広がりつつあった。まだ、剪定バサミ一つと私の右手の握力でなんとか成長の進行をカットすることが出来ていて、屋根での作業も工場から早めに帰って作業着のまま日が暮れて手元が見えなくなるまでの半日足らずですべて終了したくらいだったと思う。
あの頃から、万善寺のことが一気に増えて自分の生活の大事なところをどんどん切り崩しながら二重生活を続けることになって今に至っている。

自宅内外の営繕作業に取り掛かるまとまった時間が作れないで、悶々と暮らしていたが、俊江さんが死んでからあと、万善寺の片付けが見過ごせなくなって、そのことにかかりっきりになってしまったおかげで自分の気持に踏ん切りがついた。
とにかく、何もしないでそのままにすることも出来ないことだし、何時か誰かが片付けないといけないわけだから、この際、きっちりと割り切って万善寺のことと吉田家自宅のことが一段落するまで、その仕事に集中しようと決めた。

今は、稼ぎの仕事も無いまま、一ヶ月に2〜3回の法事収入と過去からの若干の蓄えと私の年金でなんとかしのいでいる。
それでも、1日の肉体労働で流した汗は気持ちがいいし、それなりの達成感もある。
翌日の作業の段取りを考えながら飲む一杯の酒が旨い。
さて、今日はどれを飲もうかな??

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野生の距離感 

2017/05/17
Wed. 23:56

一人で石見銀山の吉田家と万善寺の2箇所を往復しながら営繕作業をしていると、1箇所に使う仕事量が半分になってなかなか思うようにはかどらない。
なんとか効率のいい方法はないかと模索して幾つかのパターンを使い分けて工夫しながら毎日過ごしている。

昨日は1日中吉田家の裏庭で過ごしたから、今日は1日中万善寺で過ごしてみた。
朝から曇り空で肌寒い。
万善寺でいる時は、夜の魑魅魍魎三界萬霊、昼の保賀の谷の鳥たち、それぞれに私からのささやかなオスソワケをしはじめて、そろそろ10日が過ぎた。
彼らもしだいに私の存在へ気づきつつ、それでもまだかなり慎重に警戒しつつ、オスソワケとの距離を縮めている。
まだまだ、気楽に彼らとの距離を縮められるほどでもないから、それなりに気を使う。

結界くんを運転しながら寺の1日のスケジュールをおおよそ決めておいた。
境内地の北側が手付かずて残っている。それをなんとかすることにして、つなぎの作業服に着替えた。
本堂の北側は、少し厄介な場所が多いのでじっくり時間をかけることにして、まずは庫裏の北から西側へ向かって草刈り機を振り回した。
俊江さんの厳しい監督で、長い間自分の思うように庭木を刈り込むことが出来ないでいたが、その間に裏の山がどんどん迫っていて、そのままにしておくと近い将来裏庭の境界が山に飲み込まれてしまいそうな状態だったので、昨年の今頃、思い切って徹底的に庭木を刈り込んだ。そのお陰もあって、比較的短時間で先の様子が見え始めたので、そのまま少しずつ西側へ移動して、荒れ地になった俊江さんの畑を刈り込むことにした。
その頃になって、雲がしだいに厚く広がり始めてなんとなく湿っぽくなってきた。
飯南高原の天気は1日中曇りで夕方からは晴れるようなことだったはずなのに、それも怪しくなってきて、ついに昼の2時を過ぎたあたりから雨になった。山の天気は変わりやすいから仕方のないことだが、刈り残しがあと少しになったところで本格的な降りになったので断念して庫裏へ引き上げた。
それから洗濯や風呂掃除などをして、夕方まだ陽のあるうちに石見銀山の吉田家へ到着。
結界くんを走らせていると、途中から道が乾いていた。

玄関土間でクロが脱走しようと鳴きながら待ち構えている。いつものことなので慎重に対応して彼をやり過ごした。
だいたいに猫のオスはプライドの高い奴が多いが、クロはその上ワガママでもある。それでも、猫らしく嘘のつけない正直なところもあるから、可愛らしい。
早いもので、吉田家のネコチャンズも今年で5歳になる。クロは4月1日に誕生日を迎え、シロはこんど6月14日で誕生日を迎える。
珍しくクロがやたらと甘えてすり寄ってくるので「可愛いヤツじゃ!」と抱き上げてやったらあまり喜んでくれない。気がつくとご飯が無かった。結局、メシの催促だった。
まったく、アイツには寺の鳥たちのような慎ましさや遠慮がない・・・

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キーポンの小包 

2017/05/12
Fri. 22:58

ポストへゆうパックの不在票が入っていた。
裏庭の整備中で宅配便に気づかなかったらしい。
玄関前でモタモタしていたら今度はいつもの郵便配達のお兄さんが下から上がってきた。

現代彫刻小品展のお世話を始めてからそろそろ10年になる。
郵便局が宅配業もするようになって、とても助かっている。
だいたいどこでも展覧会場のすぐ近くに郵便局があるから、彫刻の搬出や持ち込み発送の作業がし易い。
クロネコヤマトの集配所は、吉田家から結界くんで15分ほどかかる。
彫刻発送でよく利用している日の丸西濃は結界くんで20分はかかる。
佐川急便は近くに集配所がない。
そういう島根の田舎事情で、郵便局は鉄の工場のすぐ近くにもあるし、富山は彫刻イベント会場の旧富山小学校の真ん前が郵便局だし・・まぁ、とにかく、便利に使わせてもらっている。
石見銀山の郵便局は「石見銀山大森郵便局」が正式名称で、嘘か誠か全国で最も長い名前の郵便局だと、どこかで聞いた気がする。
石見銀山は人口400人に満たないほどの小さな町だから、郵便局職員さんの転勤や移動があっても、すぐに顔見知りになってしまう。
今回のお兄さんも、不在票を持ってウロウロいしている私に気がついて、すぐに配達担当の職員さんへ連絡してくれた。お陰様でそれからすぐに荷物を受け取ることが出来た。

一人暮らしをはじめてもう2ヶ月近くになるキーポンから届いた宅配便を開けると、ボク用のサンダルと、随分時期の過ぎたワイフ宛の誕生日カードに添えて彼女用の衣類一式と、力作の日めくりカレンダーや吉田家ファミリー自作アルバムが入っていた。
帰省すると、だいたい1日中オヤジの四畳半でゴロゴロと自堕落に過ごしていた姿しか記憶にないが、そういうキーポンの隠された一面を見た気がする。
いろいろと、楽しい仕掛けもあってアチコチ動くなかなか完成度の高いプレゼントは、吉田家の家宝になりそうだ。
「へぇ〜、こんなふうに出来上がったんだぁ〜、キーちゃんなかなかやるじゃない♡!」
ワイフは、吉田家の四畳半でコツコツ制作に励むキーポンの様子を時々見かけていたらしい。・・・ボクは全然知らなかったけどね・・・
やっぱり、「母娘の親密度は父娘の関係と違ってくるのだろう・・」と、一抹の寂しさを感じつつ、早速サンダルを下ろして便利に履かせてもらっている。

このところ、島根県の私周辺は連日雨が降り続いている。草刈りも断続的に継続しているが、遅々としてはかどらない。俊江さんの畑も、半分ほど再生したところで中断したまま、次第に1年前の荒れ地へ戻りつつある。
彫刻のことも、倉敷児島の芸術祭へ参加した以来中断中。
俊江さんの納骨や憲正さんの3回忌や石塔の建立や、そんなこんなの慌ただしい日々がまだもう少し続きそうだ。

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春の雨 

2017/05/11
Thu. 23:01

午前中は吉田家営繕の続きで裏庭から銀山川の石垣まで草刈り機を振り回した。
この数年間、寺の色々なことが続いて吉田家の色々なことができなくなっている間に葛がはびこって厄介なことになってしまった。
草刈り機を使っているとすぐに葛が巻き付いて、しょっちゅうスイッチを切らなければいけない。
満タンに給油した混合油を使い切るまで葛と格闘して、ひとまず吉田家の草刈りを終わらせた。エンジン音が消えて静かになって、仙ノ山の向こう側で断続的に鳴っている遠雷に気づいた。

夕方からは宗門護持会があるので、昼前に石見銀山を出発して銀山街道から飯南高原の万善寺へ移動した。
街道の周辺では田んぼのしろかきが進んで水路から水が引き込まれてきた。
早稲の田植えが終わっているところもある。

俊江さんの食べ残しの古々米を保賀の谷の鳥たちにおすそ分けしておいたが、1日でかなり少なくなっている。引き込みの電線にスズメたちが並んでいる。

洗濯して干しておいた改良衣が乾いていたので、糸のほつれた数カ所を修繕した。
坊主はなんでも一人でこなさなければいけない。そういえば、憲正さんも俊江さんが畑仕事で留守のときなどは、太くてゴツゴツした指で不器用に針を使っていた。
頭にバリカンをあて、三枚刃で無精髭を剃ってさっぱりした。

仙ノ山の向こう側で鳴っていた雷が飯南高原の方まで移動してきたようで、しきりにゴロゴロとうるさかったが、寺を出発する頃になって急に静かになって、一気に厚い雲が万善寺の上空へ近づいてきた。護持会の会場へ移動している途中でついに本格的に雨が振り始めたが、会場に近づくと道も乾いて雨の気配もない。
数時間の間に島根県の中央部を西から東へ、北から南へ、そして南から北へこまめに移動していると天気の境目がよく分かる。

会議が終わってから石材店へ寄った。
永代供養塔と有縁無縁供養塔と三界萬霊塔の3柱を建立する自然石の洗浄が進んだと連絡が入ったので、様子を見ておくことにした。
今年に入って早々に打ち合わせした時の図面からは大きく変更になって、石材店のご主人も困惑気味だ。日頃は万善寺の住職顔で会話しているが、墓石といえども何かしらの造形物になると、どうしても彫刻家の顔になってしまうところもある。
当初は、永代供養塔をメインにして、あとの2つは添え物くらいに考えていたが、供養の気持ちに上下大小の差があるのもおかしなことだ。あくまで信心は主観的なものだから、私は私なりの気持ちをカタチにしてみるのも、それはそれでかまわないだろうと、思うようになって、それからはコロコロと考えが変わって今に至っている。
次の予定を打ち合わせて石材店を出る頃になって、また雨がポツリと落ち始めた。

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おすそわけ 

2017/05/10
Wed. 23:53

通勤坊主が石見銀山へ帰宅して、荷物を下ろすなどウロウロして、少し落ち着いてリビングに入ったら、珍しくワイフがニコニコして「今日のクロちゃんとシロちゃん、ラブラブでとても仲良しだったのぉ〜〜♡!」と報告しながらiPhoneの写真を見せてくれた。
クロがシロを後ろから抱っこしているというか抱きついているというか・・・
私の前での吉田家ネコチャンズは、こういうシーンをほとんど見せない。
ワイフもボクも、だいたい同じように留守がちだから、猫との親愛関係にそれほど大きな差は無いと思うのだが・・ワイフ曰く、「ご飯をあげたりトイレのお掃除しているのは私だからねぇ〜〜♡」などと、さり気なく自分の優位をほのめかしてくる。
そんなことを言い始めたらキリがないことで、彼らにとっては腹が減った時に「誰へメシの催促したらもらえる確率が高いか?」くらいで、たまたま自分の近くにいるメシ係へ擦り寄って甘え泣きしながら催促している程度のことだ・・と、私は思う。
まぁ、シロクロのネコチャンズくらいで、そこまでトンガって言い訳を見つけなくても良いことだけどね。

例のごとく、明るいうちは万善寺の営繕を続けている。
法事で頂いたお供え物をそろそろ須弥壇や位牌堂から下ろして、そのお下がりをいつもお世話になっている近所のお宅へ持っていった。
私一人の寺暮らしでは、ウッカリしているとお供えの消費期限が過ぎてしまいそうになったりすることもよくあることで、だからといって朝昼晩食事代わりに饅頭やクッキーばかり食べているわけにもいかないし、その上お寺参りでお茶を振舞うことなど皆無だし、仏様やご先祖様や先住大和尚の皆々様へお供えを続けても具体的に美味しく食べていただけるわけでもないし、気持ちの問題だからと消費期限を過ぎてお供え続けるのもかえって粗末なことだしするので、私が住職を引き継いでからは、さりげなく憲正さんや俊江さんの目を盗んで適当なお供えを本堂や庫裏のお仏壇から持ち出していた。
今は、やっと自分の自由に事を進めることが出来るようになったので、近所や知り合いなどアチコチへおすそわけして歩いている。
こういうことを続けていれば、少しは「寺と地域の繋がりが近くなるかもしれない」などと若干の打算もあったりするが、すぐに効果が現れるわけでも無さそうだし、ようするに、諸々のモノが粗末にならなければそれで良いことだ。

俊江さんの片付けモノが何時までたっても終わらないでいる。彼女が生前一人暮らしで食べ続けていた古々米に等しいほどの米が残っていて、それが出てきた。
私はほとんど米を食べないで飲むほうが多い人だから、その米をどうやって消費するかしばし悩んだ末、万善寺周辺で暮らす魑魅魍魎三界萬霊の皆様へおすそわけすることにした。
最近は、ひと晩開けるとお供え物がさり気なく少なくなってくるようになった。
夜のうちに夜社会の皆々様に食していただいているようだ。
その残り物は、朝早くから夜明けと同時に保賀の谷の鳥たちが食べに来てくれている。
この近年は見かけることの少なくなったスズメたちも、2羽3羽とやって来てくれている。
気楽な万善寺の一人暮らしに少しばかり楽しみが増えた気もする。

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復活石見銀山吉田家暮らし 

2017/05/08
Mon. 23:52

万善寺の本堂東から参道下の六地蔵さんまで草刈り機を振るった。
まだ、本堂北から庫裏の西まで手付かずのままだが、石見銀山の吉田家も寺以上に手付かずが続いているから、ひとまず万善寺を切り上げることにした。

飯南高原は、夕方近くになって急に雲が低く降りてきた。
一瞬雨がポツリと来たが、それでもかろうじて踏みとどまってくれた。
結界くんへ草刈り機などを積み込んでまだ日のあるうちに吉田家前の駐車場へ着いた。
つなぎに長靴スタイルなので、そのまま駐車場周りの草刈りをした。
夕方の石見銀山の町並みにエンジン音がうるさく響き渡る。
天気予報によると明日の石見銀山は雨の確率が高い。
昼からの空の様子を見ると確かにそんな気がする。
春のこの時期の草は、一雨ごとに一気に伸びる。
明日は濡れる覚悟で裏庭の草刈りを済ませようと思っているものの、さて、どうなるか?

何時になく夕方から静かだったクロが、夕食が終わることになっても何処かへ入り込んで姿を見せない。珍しいことだと思いつつ、2階のキーポンの部屋だった仮の書斎へ上がると、私愛用の枕の横で丸くなっていた。この時間から寝られると、また夜中になってフギャフギャ鳴きながらウロウロ吉田家中を歩き回ってうるさくてしょうがないから、無理やり叩き起こしてやった。
いつもはワイフにベッタリのシロが、珍しく2階へ上がってきた。

小さい頃、野良猫暮らしで苦労しているシロは、吉田家の家猫になっても未だに人間にビクつきながらスキを見てつまみ食いする。
吉田家で同居することになってすぐの頃は、そういう悪癖を矯正しようとかなり厳しく躾した。それでも、ワイフの方はシロの可愛さに怯んでしまって今ひとつ厳しく叱りつけることが出来ない。
結局、シロは「あの坊主頭のオヤジは私をイジメる極悪人なの!」と記憶して、私を避けて常に一定の距離を置くようになって、四六時中ワイフへベタベタと甘えて過ごすようになった。
時々気が向くのか、過去の記憶が一瞬喪失するのか、ワイフと見間違えるのか(それはないな・・)、メスの色気を撒き散らしながら「私を抱いて抱いて♡」とオヤジへ擦り寄ってくることがある。さすがにワイフの腕枕で眠りこけるほどまでにはいかないものの、それなりに都合よく上手に甘えてこられるとまんざら悪い気もしないし、なかなか可愛い。
クロは「たまには俺も抱いてくれよ!」と自分から擦り寄ってくることはまず無いことがわかっているので、とにかくオヤジの都合で無理やり抱き上げて無理やり抱きしめる。そういう時のクロは、よっぽど虫の居所が悪くない限り、「また自己虫オヤジのワガママかよ!・・しょぉ〜がねぇ〜なぁ〜チョットだけだぜ!」的面倒臭そうな目つきで睨み返しつつ、しばらくはじっと我慢してくれている。

今のところ雨の気配がない。明日からしばらく石見銀山吉田家暮らしに戻ろうと思う。

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2017-06