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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

動静両忘 

2019/03/07
Thu. 10:05

気づけばすでに3月に入って1週間!
毎日がアッという間に過ぎてしまっている今日このごろ・・・
このところ、春めいて穏やかな日が続いていましたが、本日は朝から冷たい雨が降っています・・・
デスクワークに使っている吉田家ロフトのマイルームにある炬燵の中ではシロがマッタリと丸まっていて、ときどき足がぶつかると挨拶がわりにザラザラの舌でペロリとボクの足の裏を舐めてくる。

このブログも、約1ヶ月の間休みが続いている。
ネタがないわけでもなく、むしろ次々と想定外の出来事が押し寄せて、それらのことがうまく回らないまま山積してオーバーフロー気味の状態になっている。
昨年に愛用のラップトップが壊れてから、急にワープロ仕事が停滞しはじめた。
最初の頃は面倒臭いと思いつつ吉田家と万善寺にあるデスクトップをこまめに使いわけていたが、それだと、とにかく何をするにも1日の一定時間はその前で過ごさなければいけなくて非常に非効率で時間のムダも出て使い勝手が悪い。
日々溜まり続けるネタの数々は、そのうち宗門手帳の味気ない箇条書きの覚書メモに変わってきて、最近はそういう時代に逆行したアナログ環境に慣れてきた。
やはり使い勝手や仕事の回転率を総合するとラップトップを使い倒している方が良い。アナログ環境ではいくら脳みそをフル回転させても忘却の彼方に過ぎ去った漢字を引き戻すこともできないし、簡単な足し算ひとつとっても脳みその回転がすこぶる悪くてドタバタとiPhoneを引っ張り出して電卓を起動したりと、自分の思考力の退化に憮然と落ち込む。
そういえば、初代のiBookから数えるとすでに30年近くAppleラップトップのお世話になっているわけで、知らぬ間に自分の道具の一つであり相棒のような存在になっていた。
ちょうど1年前の今頃、もうひとりの相棒だった結界くんが前代未聞の異常大寒波でダウンして、想定外の出費にお先真っ暗で息も絶え絶えだったところを、旧知のカーディーラー同級生くんが奔走してくれて今の銀くんへ更新したばかり。それだけでほぼ1年分の収入が消えて酸欠状態だったところへ半年後にラップトップのクラッシュが追い打ちをかけた。とにかく、先立つものがなくてどうしょうもないからこのままなんとかこの難局を乗り切るしかないのだが、人生が一巡して間もない今の頃になかなかの試練だ。

個展の彫刻展もあと数週間で終了となる。期間としては長かったが、自分ではとても短く感じた。たぶん、会期中にもコツコツ絶え間なく制作を続け、彫刻のことを考え続けていたからだと思う。昔のように、ギラギラとした好戦的我欲がずいぶんと消沈した。日々更新する造形表現で、そういう我欲の消沈が良いのかどうかわからないが、一方で、表現の淘汰が進んで迷いの無駄が減ったような気がしないでもない。
最終章のお知らせ代わりに簡単なDMを造った。
やはり、それなりにクリエイティブな作業はデスクトップに限る。
菜根譚では、「動静両忘」の前に「人我一視」の四文字がある。「両忘」は禅語でよく使われる。
今の自分の彫刻表現の目標でもある。

動静両忘 (1)

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順番が狂った 

2019/02/11
Mon. 23:08

「ねぇ〜、今日は帰ってくるの?」
通勤坊主で出かけようとしていたら、珍しくワイフが聞いてきた。
「何もなければ、明るいうちに帰れると思うけど・・・」
「ねぇ〜、今日は帰ってきてよ・・」
寺の用事は予定がたてにくくて、急に電話がかかったり呼び出されたりすることがあるから、そういう時は状況に応じてそのまま寺泊になることもある。普通は「どぉ〜ぞ、わざわざ帰らなくていいわよ!また予定が変わったら連絡してね」程度のクールな肯定的反応が返ってくるばかりだが、今朝はいつもと様子が違う。
特に何かの記念日でもないと思うし、なっちゃんの誕生日もまだだし、何かの予定も無かったはずだし、どうもシックリと当てはまる素材が見当たらない。
「えっ?今夜何かあったっけ??」
「べつになにもないけど、できたら帰ってきてよ・・」
「わかった、とにかく、確実に帰ることにするから・・・それで、何で??」
「のどぐろ、そろそろ食べないと限界だから・・」
・・・なぁぁ〜〜んだ・・・
のどぐろには失礼だが、のどぐろの「賞味期限が迫っているから・・」という理由があったようだ。確かに、このところ連日何かしら何処かから貰い物が続いていて、昨日も急きょカキフライにありつくことになったし、ワイフの手料理の予定がどんどん狂ってそのたびにのどぐろが後に後に回されていたのだろう。私がいなくても一人で平らげれば済むことなのに、ワイフはわざわざ「ボクを待っていてくれたんだなぁ〜〜・・」と思わずニヤケた。
彼女と知り合って40年が過ぎた今でも、基本的に二人それなりに仲良く暮らすことができている。その日暮らしの貧乏一家だが、まぁ、それなりに幸せなことだ。
もう、若い頃のように好きだ嫌いだなどと何かにつけて男女の仲で心ときめくようなこともなくなったかわりに、どこかしら吉田家オリジナルの生活共同体的連帯感のようなものが出来上がって、お互いが適度な距離を保ちながらそれぞれの個人を尊重しつつ過不足なく支えあっているふうな具合だ。

「もしもし、万善寺さんですかいねぇ〜、息子が死んだんですがぁ〜・・・まだ家へ帰るのは先のようでハッキリしとりませんで、それで一応お知らせだけでもしておこう思いまして・・・」
「えっ??息子さんですか??」
それは、突然の電話だった・・・
お檀家さんのお父さんからで、電話の声は落ち着いているように聞こえたが、やはりどこかしら平常でない様子がうかがえる。何度か確認を取り付けたことを総合すると、どうやら死因がはっきりしなくて、その検死がされるらしい。坊主がジタバタしても始まらない。親子の順番が狂ったが、コレばかりはどうしようもないことだ。

夕食はのどぐろが煮付けになっていた。刺激的な1日になったが、のどぐろの美味さは十二分に堪能できた。
結局坊主は葬式請負人の役を全うするしかないことなのだろう。それで喪主家の気持ちが少しでも安らぐなら、それはソレで何かしらの意味があるのだろう。

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山盛りカキフライ 

2019/02/10
Sun. 23:59

三回忌の法事は孫まで揃ってとても賑やかだった。
関東暮らしのお子様家族は冬の悪天候で飛行機が飛ぶかどうか危ぶまれたが、山陰は思ったほど寒波が厳しくなくて、無事に帰省できたということだ。
亡くなったご主人は私と同じ歳だった。
残された奥さんとは職場で知り合って結婚された。
奥さんのご親族も参集されてお孫さんまで入れると総勢20人は越えていたと思う。
息子さんを先に亡くされたおばあさんにとってはひ孫さんまで法事に駆けつけてもらえて、さぞかし嬉しかったことだろうが、一方で息子さんに先立たれた悲しみも思い出されて複雑な気持ちの法事になったことだろう。
お墓参りを済ませてお斎が終わったのは午後の2時近かった。
いつもならとっくに万善寺へ帰ってのんびりしている頃だが、ご親族の年齢も比較的若くて華やいだご法事になったものだから、知らず知らず長居をしてしまった。

最近は、一周忌の法事でも遠方の親族は「仕事が休めないもので・・・」などと理由があって不参加が普通になりはじめている。
核家族が当たり前の時代で、施主家の家族だけの法事となると、関係者1人か2人だけ参列!・・・なんてのもあったりする。確か「お孫さんも同居のはずだけど?・・・」と思って伺うと「あいつは今日はちょっと用事で・・・」などと言われて、そういうお宅では、もう仏教とか宗教とかのたぐいは日常の暮らしから完全に縁が切れて、祥月命日のコトなど、年中行事の数にも入らなくなってしまっているようだ。
ホボホボお葬式と法事の儀式だけで生活している在家職業坊主のボクなど、お布施収入も減少する一方でこの先どうやって暮せばいいのかお先真っ暗状態だ。

賑やかな法事のあと、いつもと変わらない万善寺の静かな日常へ引き戻されたからか、いつになく気持ちが沈んだ。
そういえば、しばらくワイフとまともな会話もしていないし、施主家から法事の引き物も頂いたから、かるくお供えをしたあと、それを抱えてまだ陽があるうちに石見銀山へ帰った。
駐車場へ銀くんを停めたところで、個展会場のオーナーさんと出会って声をかけられた。
「正チャンには身体に障るかも知れないけど、たくさん頂いたから少し手伝ってくれない?」
手渡されたのはビニール袋にタップリと入ったむき身の牡蠣!
「こんなに頂いて良いんですか?うち二人しかいませんし・・・」
「いいのよ〜ぉ、うちだって町内別居で家族みんなバラバラなんだから・・こんなにたくさん、とても一人で食べきれないから、どぉ〜ぞどぉ〜ぞ」
「すみませんねぇ〜、それじゃぁ〜有り難く・・」
玄関先で立ち話をしていたら土間の奥でクロが鳴いた。珍しくお出迎えをしてくれたようだ。
結局、今の吉田家も子どもたちは独り立ちしてワイフと二人暮らしの核家族状態。
夕食は贅沢に山盛りのカキフライ!・・・美味すぎて痛風を刺激してしまいそうだ・・・

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残骸 

2019/02/08
Fri. 23:52

気になっていた寒気団は、それほどオオゴトにならないまま過ぎていくようだが、それでも丁度一番厳しさが増す頃にあわせて3回忌の法事が入っているので、その法事が過ぎるまでは万善寺を離れないようにしておくことにした。
節分立春が過ぎるまでの冬の万善寺はそれなりに慌ただしくもあって、今は少し落ち着いたところだがその流れの諸々の用事もないわけではない。
庫裏の各部屋は特に使うこともなくて汚れることもないから毎日こまめに掃除をすることもない。それでも、強風の後は天井裏の積年のホコリが舞い降りて気がつくと畳がざらついていたりする。
彫刻の展示台を部屋のコーナーへ設置して、時々入れ替えながら展示しているから、掃除のついでにその模様替えをすることにした。1月末に終わった小品彫刻展の作品はすでにそれぞれの作家へ返却したが、吉田正純とか吉田満壽美とか他にも数点預かっている彫刻もあるので、それらを定期的に入れ替えれば気持ちも更新してしばらくは新鮮でいられる。

庫裏の6畳ひと部屋は、寺で一人暮らしの私がのんびりとくつろげるように、炬燵やソファーや按摩機を配置して、100インチのスクリーンを壁一面に張って何時でも映画を見ることができるようにしてある。
その部屋は、冬の来客の客間にも使っているのでそれなりにこまめに掃除をしている。
普段は炬燵を撤去して敷物の下まで掃除をすることもないのだが、せっかくのことなのでたまには徹底的に掃除をしておくことにした。
炬燵板をとって、こたつ布団を縁側の物干しへ掛けて、炬燵櫓を片付けたら、炬燵敷きの中程あたりへ木の実の食べかけが転がっていた。上手に外皮を剥がして、中の実だけ食べている。
秋が終わった頃から、本堂と言わず庫裏と言わず、なにかを移動したりすると万善寺の彼方此方から木の実が転がり出てくる。どうせ野ネズミの仕業だろうが、今までその木の実を捨てないで集めておいたら、飯茶碗1杯位たまった。彼らの越冬中の食料になっているのだろうか?・・その様子がどこかしら健気に見えていじらしくなる。
寺に吉田家のネコチャンズでもいたら、彼らは毎日嬉々としてネズミたちを追いかけて大騒動するだろう。
「三毛猫はようネズミをつかまえてくれますけぇ〜ねぇ〜」
今はもう亡くなった隣のおばあさんは家で猫を飼っていた。
「雌猫は家について遠くへ行きませんけぇ〜・・よぉ〜働いてくれますがぁ〜・・」
お茶飲み話によくネコの話題が出ていた。その家では、おじいさんが元気な頃は和牛を2〜3頭飼っていたからネズミも多かったのだろうが、まんざらネズミ退治だけでネコを飼っていただけでも無かったと思う。おばあさんの猫好きはネンキが入っていた。

炬燵敷きの木の実の残骸は掃除機で吸い込んでキレイにして、それから縁側へ炬燵敷きを広げて、天日干しにしておくことにしたのだが、さて、いつになったら冬型の気圧配置が緩んで縁側へ日差しが戻ってくるのだろうか・・・しばらくのあいだ炬燵のない暮らしが続きそうだ。

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オヤジ三昧 

2019/02/07
Thu. 23:42

冬の間の寺の食料は、基本的に「餅!」
ヒドい時(餅さんゴメンナサイ!)は、朝昼晩三度のメシを餅で済ませることもある。
そんな食生活を続けていると、3月の桃の節句が近づく頃にはだいたい3kgは太ってしまう。
身体に良いことではないと思いつつ、一方でお正月のために暮れから準備した大量の餅を消費しないでそのままにしてしまうと、3月の終わり頃には寺の一人暮らしのくせに業務用の冷凍庫を準備しないといけないほどになってしまう。
実は今も、一昨年に冷凍しておいた餅と格闘しているところだ・・・
それで、主食の方は余り余るほど充足しているのだが、オカズのほうが無くなってしまって、冷蔵庫を開けても何も残っていない。
久しぶりに本格的な冬型の気圧配置が戻ってくるようだし、寺暮らしの行動が難しくなる前に近所のスーパーで日持ちのする野菜などを仕入れておくことにした。
万善寺を起点に南北へ少し走るとJAのスーパーがある。若干高いが一人分の食料程度のことだからあまり気にならない。
豆乳やトマトジュースは日持ちするから欠かせない。
きのこ類はすぐに使うぶんだけ残して、あとは適当に刻んで小分けして冷凍庫行き。
ネギとワケギも使うぶんだけ残して、刻んでから冷凍庫行き。
冷凍の枝豆やカット野菜も仕入れておいた。
まぁ、こんな感じで吉田家だとワイフに任せてノラリクラリと逃げを打っている台所仕事をこまめに繰り返している次第です。
それで、晩飯はきのこタップリの中華風スープを造った。もちろん、主食は餅!

昨年末から始まっている吉田正純鉄の彫刻展もあと2ヶ月ばかりで終了する。
予定としては2月のうちに数点の彫刻を加えて、3月のうちに一気に10点くらい追加展示するつもりだ。
例年だと石見銀山では桃の節句あたりにシーズン最後の寒波がやってきて、開花した梅に雪が積もったりする。その春の淡雪が溶けた頃から少しずつ寒さが緩んで一気に春めいてくる。ソレに合わせて入り込みの観光客が増えて町並みが賑わい始める。私の個展も、3月最後のそういう時期にあわせて展示替えの移動をしていこうという計画だ。
冬の間は、主に本当にマニアックに彫刻を見ている同業の作家とか、オヤジの吉田と個人的知り合いだったりする少数の友人が訪ねてきてくれる。季節が春めいて地球上の生物へ活気が戻ってくるあたりからは、不特定多数の見学者が増えてくる。
だいたいが一般大衆によくわからない抽象のかたちばかり造っているから、個展に関しては若干わかりやすくて想像が広がるような楽しみの要素を少しほど加えたりしているつもりだが、それを理解してもらっているかどうかはわからない。
吉田の個展は、とにかくワガママ放題でやりたいことをやりたいようにやらせていただいている。
ワイフには「アンタ、少しくらいは暮らしの足しになるような売れる彫刻も造ってもらわないと困るわよ!」と渋い顔をされる。重々承知のことなのだが、どうしても気持ちの方向がソレとは真反対へ向いてしまう。だって、その方が造っていて面白いんだもの・・・

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2月のみぞれ 

2019/02/06
Wed. 23:46

体調もすぐれないし薬も残り少なくなってきたしするので、病院を回って寺へ行くことにした。
このところ、島根県はインフルエンザが流行していて、学校では学級閉鎖もあったりしているからあまり病院へ行きたくないのだが仕方がない。日頃から人付き合いの殆ど無い暮らしをしているから、よっぽどのことがないと出先で感染することはないと思うが、何時何処で何があるかわからないからコレばかりは運を天に任せて観音様にすがるしかないことだ。

いつものかかりつけの開業医へ行くと、思ったより患者さんが少なくて助かった。
病院の方は死活問題でもあろうが、私の方は混雑の少ないヒマな病院は大好きだ。
いつもの優しいドクターと世間話をしながらひととおりの診察を受けていつものように2ヶ月分の薬を出してもらうことにして薬局を回って寺へ向かった。

今年に入ってかなり強い寒気団が南下しているようだ。それでも、昨年のことを思えば楽なもので万善寺も屋根からの雪吊りの山を避ければ、なんとか境内まで銀くんを乗り上げることが出来ている。曇り空ではあるが、今の所大きく天候が崩れることも無さそうだ。
玄関を開けて荷物を搬入して、勝手口の方へ外から回ってスズメたちへ古古米を補充してからひとけのない冷え切った庫裏へ入った。
台所のダイニングテーブルが寺の寺務机になっているから、まずは部屋を温めるのにガスストーブを点火し、エアコンをONして、灯油ストーブをつけた。そのくらいしないとすぐに部屋が温まらない。湯沸かしポットへ井戸水を満タンにして、コーヒーを入れる準備をしてから、デスクトップを起動させた。
以前は四六時中パソコンを何かしらのことでつついていたが、最近はそれも激減した。日常の情報はiPadで収集できるし、メールのやりとりも簡単なことはショートメールで済ませてしまう。展覧会の報告事務が無くなっただけでもずいぶん楽になった。不便というと、ブログの更新が停滞してしまうことくらいか・・・

お湯が湧いたのでネルドリップを用意した。
寺でひとりの時は、なっちゃんがボクの誕生日プレゼントで買ってくれたネルドリップを使うことが多い。1日3回位はソレを使い、あとはクノールのカップスープだったりお供えで頂いた煎茶のお下がりだったり、とにかく温かい飲み物を欠かさないようにしながらデスクワークをしている。
台所のトタン屋根が急にうるさくなった。みぞれ混じりの雨が降っている。
保賀の谷に散らばっていた寒雀の集団が、ドッと古古米に集まってきたのが台所の窓越しによく見える。冬の羽毛のせいか、それとも古古米の支給のせいか、まるまると太って実に美味そうだ。
昔、焼鳥屋でバイトしている時に中国産の冷凍雀をさばいて串に刺していたことを思い出した。くちばしと両足を切り落として腹割した雀を串に刺す。夕方に店が開く頃には解凍されていて、塩焼きにすると少し苦みばしって実に美味かった・・・スズメと目があって一気に飛び立っていった。
彼らには私の顔が悪魔に見えたのかも知れない・・・南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏・・・

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哀愁の一輪車操業 

2019/01/27
Sun. 23:07

ワイフが休みだというので「温泉にでも行くか?」と誘ってみたら、パクリと食いついた。

ワイフの1月から3月は1年の中でも比較的暇な期間で、どうでもいいような(本人が知ったらめちゃくちゃ叱られるだろう・・)宛て職の年度末会議が頻繁になるくらいのことだ・・・ということは、収入につながる仕事がないということで家計がとても苦しくなる。そのうえ、年度末であったり申告の時期であったりして、膨れ上がった借金をチャラにしておかないといけないこともあるから、一輪車操業のボクとしては首が思うように回らなくなって心身ともにとても疲れるのだ。
だからというわけでもないだろうが、最近頚椎の圧迫が原因なのだろう肩から腕への痛みや指先のシビレがひどくて、鉄の仕事でクランプを握る握力が無くなったり、膝の関節から急に力が抜けたりして一気に老化が加速している。

たまには温泉にでもゆっくり浸かって身体の内から全身を温めてみれば現状が少しは改善するかも知れないとささやかな期待を胸に、午前中から少し遠くの温泉へ出かけた。
昼過ぎというより夕方近くになって帰宅すると、なんとなく1日の疲れがどっと出て何をする気にもなれない。ひょっとしたら温泉の湯あたり症状が原因かも知れない。ワイフも似たようなもので、二人で思い思いにゴロリと横になったらそれから夕方暗くなるまで眠りこけてしまった。
ネコチャンズのドタバタで目が覚めた。
ワイフはまだ寝ている・・・
1日中仕事らしいことを何もしないでいたのに、夕食が恋しくなる。
特に空腹を感じるわけでもないが何か食べないわけにはいかないから台所をのぞいてみると、シンクが洗い物で溢れていた。

それなりに一人暮らしが長かったから、家事のアレコレは特に苦痛を感じることもないのだが、その一人暮らしのせいで、自分の家事の癖のようなものが身に染み付いてしまっていて、たとえば食器の洗い物のこともそのひとつ。
男の生活の知恵で、アルバイトはとにかく「メシを食わなければいけない!」とマカナイに困らない飲食業や水商売をメインに渡り歩いていた。そのおかげもあって、食器洗いの工夫をその道のプロフェッショナルから厳しく教わった。その時は、食器を洗うくらいのことでそこまでシステマティックに神経質にならなくてもいいだろうと思っていたが、アルバイト先が喫茶店とかスナックからはじまってバーやクラブや焼き鳥屋まで何処へ行ってどの仕事をしても、なぜかだいたい似たり寄ったりの洗い物ルールのようなものがあって、言われたようにコツコツとその流れを押さえ続けていたら「お前なかなかできるな!」などとボスにおだてられたりして時給が若干上がったりした。
なにごとも、それなりの効率のコツというものがあるということだ。
それで、ポイントは、ザックリいうと最小限の使用食器を回転させるということ。流しに食器が溜まるとそれだけ洗い物が増えて時間も労力も光熱水費の必要経費も無駄が増える。一輪車操業はこぐのをヤメたらコケるしか無いのだ!ブツブツ・・・

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タンスの木の実 

2019/01/24
Thu. 23:43

通勤坊主の暮らしが普通になってきたから、それにあわせて彫刻の「棲み分けを考えても良いなぁ〜」と思うようになった。
どういうことかというと、道具や電動工具や彫刻材料とかその周辺のさまざまに関係する消耗品や備品を仕分けて、制作の基地を分散するということ。
鉄の彫刻とソレに関連する道具関係は今までの工場をベースに整備する。
木彫や石彫関係のモノは寺の方へ移動しておく。
梱包材や彫刻の展示台は工場の倉庫と寺の土蔵へ分割して管理する。
・・・そんな感じで、ザックリと仕分け内容を決めてからそろそろ1年になる。
通勤坊主の往復を利用して少しずつ関連の品々を運搬しつつ、制作のスケジュールが具体的に決まると、仕事がおおよそ形になるまでそれぞれの場所へ居続ける。時間のロスや光熱費などの必要経費も若干削減できて無駄な出費が軽減できたように思う。

ワイフはもう長い間吉田家の一番良い部屋を制作工房に占領していて動こうとしない。それで、ギリギリのスケジュールを組み立てても制作のシステムにブレが少ないからだいたい予測どおりに仕事がはかどって無駄が無い。
私も理想を言えば、やはりワイフのように制作工房は一箇所に絞っておきたい。そのほうが制作に対するモチベーションも安定して集中がいい。それはわかっているのだが、現実に坊主家業と彫刻家を使い分けながら暮らしているうちはそうもいかない。だいたいがヒマに暮らしてはいても、それなりにさり気なくささやかな悩みもあるわけです。

2月の下旬に個展の模様替えを考えていて、その時に新作を10点ばかり増やしつつ、今の彫刻配置を移動しようと決めている。その新作に七宝のパーツを組み込むことにしていて、試作も兼ねて制作した彫刻が3点ほど出来た。おおよそ当初のイメージ通りに出来上がったので、工法も含めて全体の迷いが消えた。
七宝は、関連の道具や材料などをすべて寺の方へ移動してあったから、パーツが完成するまで寺に居続けた。庫裏の一部を即席の制作工房にした程度のことだから、どこかしらやりにくいところもあって制作のストレスが解消できているわけではないが、それでも朝から晩まで一つ事に集中することが出来て疲労感も心地良い。

寺ではだいたいシャワーで済ませることが多いのだが、たまにはゆっくりと風呂へ入るのもいいだろうと、その準備をしながら着替えやバスタオルなど庫裏のアチコチに分散しているタンスや衣料ケースの物色をしていたら、冬用衣類の間から木の実がコロリと転がり落ちた。それほどたくさんの衣装持ちでもないし、いつもセッセと洗濯を繰り返しながら同じものを着続けているからタンスにしまいこんだ冬物は洗濯のローテーションにない。たまたま洗濯の回転が若干狂ったので着替えを物色したわけだが、ソレをしなければ、たぶん木の実は「次の冬シーズンまでそのままかもしれない・・」と思ったものの「さて、あの木の実を冬物の隙間へ持ち込んだのは何者だ?!」と気がついた。私が留守の間に万善寺へ居着いたヤツがいる。冬の間の食料で確保していたのだろう。どうせ近所の野ネズミの仕業だろうが、どこかしら微笑ましくもある。せっかくなので見つかった木の実は1箇所に拾い集めておいた。

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追記:11月12日「周藤さんの彫刻
   彫刻家周藤豊治のファン微増!
   吉田正純の彫刻・・・「アレ、何ですか?」
             「アレはボクが造った彫刻です!周藤豊治の彫刻ではありません・・・トホホ・・」

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ドッチがいい? 

2019/01/22
Tue. 23:51

1月は行って、2月は逃げて、3月は去って・・・アッという間に4月になる。
3月には上野で展覧会もあるから、その準備もそろそろ具体的に進める時期になった。

年度末の申告があるから書類の整理がてら寺にこもった。
1年分のコトを1日で片付けることも難しいから、まだまだ何日もこういう事務的なコトを続けなければいけない。ワイフはほとんど源泉徴収票で申告を乗り切る事ができるから私のような二重生活の自由業からするとずいぶん楽に申告が終わる。これも、毎年のことだからある程度の慣れも出てくるが、昨年は予期しない出費が重なったのでどんな集計結果が出るか心配だ。
まぁ、今更どうなることでもないけどね・・・それなりに、その日暮らしで飯が食えていたわけだから、それはそれでなんとかなっていたということで、有り難いことです。

このところ冬とは思えないほどうららかで過ごしやすい日が続いている。
こんな刺激やストレスのない天候が毎日続くと、もともと自堕落に怠け者のボクとしては精神の緊張感が退化してとろけそうになってしまう。それで、天気もいいし気持ちの切り替えも兼ねて、何年も前から気になっている畑の荒れ地を刈り込むことにした。
もともとは、田んぼの耕作をヤメて畑に切り替えたとき、その頃はまだ若くてバリバリ元気に農作業で働いていた母親が、その勢いを借りて大根を育てるようなウネを作ってセッセとサツキやらツバキやらアジサイやら色々な鑑賞木の苗木や挿し木を整然と植えたことからはじまる。とにかく、植物というものはしゃべらないし動かないし静かなものだが、それでそのままほったらかしにすると気が付かない間にどんどん成長して際限なく繁茂してしまう。だから、毎年維持管理を欠かさず継続しないと収集がつかないことになって、鑑賞に耐えられなくなる。母親は、そういう先々のことにまで責任を持たなければいけないということを予測できないまま目先の夢と理想を追いかけてしまったわけで、その結果が今の荒れ地になったわけだ。
ツルヤカズラの巻き付いた木の枝を払うだけでもかなりの重労働で、2時間も続けるとぐったり疲れる。1m四方を刈り込んだ枝木やツルやカズラを積み上げると、たったソレだけで自分の背の高さくらいまでになった。その山を見て力尽きた。

コーヒーを啜っていると、寒雀の集団がドッと古古米にやってきて賑やかになった。
そういえば、吉田家のクロが毎日飽きもせず裏庭を眺めている定位置のすぐ先にも石見銀山の雀たちがよく遊びに来ている。脱走を成功させたときに、何度か雀をくわえて帰ってきたことがあった。そのたびにワイフは狂ったように奇声を発して大騒ぎをしながら私へ救いを求める。クロとしてはワイフへのお土産のつもりなのだと思うが、それを彼女は素直に喜んで受け入れることができない。そのクロもそろそろ人間でいうと40歳位になって、メタボが気になるようになった。ボクとしては、たまには運動がてら脱走を黙認してやっても良い気もするのだが、ワイフがそれを絶対に許さない。

さて、植物と動物・・・上手に育てて上手に付き合うには、ドッチがいいのだろう??
結局ドッチもほったらかしにできないから似たようなモノなのだろうが、ボクはどちらかといえば動物が良いな。植物の物言わない不気味さがどうも苦手だ・・・

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クロとBazzi 

2019/01/21
Mon. 23:50

突然クロがものすごい勢いで飛び跳ねた。
それからしばらくのあいだ頭を小刻みに振ってあたりをキョロキョロ見ていた。
私はクロの隣で寝ていたのだが、それで目が覚めた。
正確に言うと、私が寝ていると吉田家の夜回りを終わったクロが隣にやってきて丸くなるということ。
だから、彼は私が気づかないままいつの間にか隣で寝ているわけ。
クロが突然飛び跳ねた時はものすごい衝撃だった。しばらく、自分の心臓のドキドキがおさまらなかった。
背中を擦ってやっていたら、ペロペロと身繕いをはじめた。気持を落ち着かせようとしているのかも知れない。
いったい、何があったのだろう?
電気をつけて部屋の様子を見たが、特に気になることもない。
「ネコって、夢見るのかなぁ〜・・」

最近になって、気づいたことがある。
昔は、夢を見ても朝になって目覚めた時は内容を全く覚えていないことばかりだった。
夢の中でなにかしていたりとか、なにかとても大事ななにかを見ていたりとか話していたりとか、そういうことまでは思い出すのだが、具体的に「なにか」がナニであったのかを思い出すことが出来ないまま、知らない間に夢を見ていたということそのものを忘れてしまっている・・・ということばかりだった。
それが、いつのまにか目覚めてしばらく経ってからでも夢の内容をかなり鮮明に覚えているということが増えてきた。
内容はその時々で色々。自分が若かったときのこととか、自分が見たこともない知らない場所にいたりとか、時にはわけのわからない彫刻を造っていたりすることもある。

ちょうど1年前は自分の人生で記憶に無いほどの大寒波がやってきて、飯南高原の万善寺は陸の孤島状態でえらいことになっていた。
とにかく、朝夕の参道の雪かきがたいへんで、たぶんそのときの労働が元になってしまったのかも知れない指先のシビレが直らないまま、今に至っている。夜に寝ていても、ふとした拍子に指先のシビレた感覚が気になってそれからしばらくのあいだ眠れない状態が続く。そういう、浅い眠りが増えたことで、夢の内容を記憶できるようになってきたのかも知れない。いずれにしても、確実に1年1年自分の老化が進んでいるということなのだろう。これから先は、自分の身体をできるだけいたわりながら無理をしないように暮らすようになっていくのだろう。

そんなわけで、夜中に起きていることが増えた。
目が冴えて眠れなくなってしまった時は、音楽を聴くようにしている。
かすかに何処かから音楽が聞こえてくるぐらいにボリュームを絞って聞き流している。
最近良く聞いているのはBazzi。アルバム1枚が40分ぐらいだから最後まで聴かない間にいつのまにか眠っている。

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あの頃のボク 

2019/01/19
Sat. 23:46

駅の北口へ出ると正面に映画館があってそのすぐ右から北へ向かって商店街が続いている。
少しほど下り坂になっている商店街の道はインターロッキングになっていて次の四つ角まで続いてそこで終わる。
家並みの隙間から差し込む西日に照らされた塵が絶え間なく舞っている。
四つ角を右に回ると背中に西日が当たってなんとなく暖かい。環状線の大通りへ突き当たったら通り沿いに左へ曲がってバス停を2つ歩いた少し先から斜め左の路地へ曲がる。
その路地の先はT字になっていて、突き当りに酒屋がある。
8畳くらいの狭い酒屋は向かって右側の壁に沿って業務用の冷蔵庫が据えてあって、中にはビールとか冷酒と一緒にジュースやコーラなどが冷やしてある。冷蔵庫の左隣には冷凍庫があってアイスクリームとか氷の袋が入っている。通りに面したガラスのショーケースはがラス板で上下二段に仕切られていて、上の段にはおつまみの袋が種類ごとにまとめて並べてあるが下の段はほとんど何もなくて右の端へダンボールの小箱が寄せてある。おおよそ真ん中あたりに奥まで続く通路のようなスペースがあって、左側にあるスチールの骨組みと薄い合板を組み合わせた移動式の棚には、ワンカップの瓶や缶詰やソーセージや菓子パンなどがビッシリと並べてある。
スチール棚の奥の壁沿いには作り付けの棚があって、洋酒や日本酒が並べてある。
通路になっているスペースの突き当りの左側に小さなカウンターがあって、レジスターが載せてある。
カウンターの後ろは狭い廊下でその向こうに座敷がある。
カウンターの右側の板壁にはアサヒビールとかキリンビールなどのポスターが張ってある。どれもかなり古くなって煤けて黒ずんでいる。
その前には細長い木製のテーブル。椅子はない。テーブルの長辺は通路スペースと冷蔵庫に冷凍庫、短辺に板壁とガラスケース。テーブルを中心に人が一人周囲をグルリと回ることができるほどのスペースがある。テーブルの上に孟宗竹の節一つを底に使って輪切りにした箸立てがあって袋入りの割り箸がビッシリ詰まっている。テーブルの下には四角のポリ容器が2つほど置いてある。
そのテーブルに向かって3人の男が立呑をしている。一人はワンカップの酒。あとの二人は缶ビール。テーブルにはつまみの袋が2つ3つ空いていて、ワンカップの男はなにかの缶詰を割り箸でつついている。缶ビールの二人は知り合いのようで、テーブルを挟んで向かい合ってなにか小声で話しているが、ワンカップの男は一人で飲みながら時々店のおかみさんと話している。
酒屋の右側に細い路地があって、少し先にペンキで黒く塗った鉄製の階段が見える。
何気なく酒屋を覗いたらカウンターのおかみさんと目があったので軽く会釈した。それから路地に入って階段を上がると真正面から家並みの隙間をすり抜けた西日がもろに目に入って周囲が黄色く光った。子供の声がして小学校のチャイムが鳴った・・・
耳元で「ニャァ〜!」と猫が鳴いた。鳴き声に聞き覚えがある・・・クロの声だ。西日が眩しくて目が開けられない。「チリン!」今度は鈴の音がした。「アレッ??なんでクロがいるんだ??」・・無理して目を開けると天窓から朝日が差し込んでいる。眩しい・・・クロがまたニャァ〜と隣で鳴いた。
夢だった。とても懐かしい夢だった。酒屋は大家さんであの頃のボクは長髪で髭面だった。

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パシリ坊主 

2019/01/18
Fri. 23:27

庫裏玄関の脇にあるブリキの安っぽいポストがぐにゃっと平行四辺形にねじれ曲がるくらい無理やり紙の手提げ袋が詰め込んであった。
それをまた無理やり引っ張り出すと、ポストが微妙に傾いたのでそれを元に直そうと無理やりねじったがどうも直らない。
たぶん裏の止め金具かネジのようなものがズレたまま何処かに引っかかってしまっているのだろう、そのままでもポストの機能に大きな障害があるわけでもないから、ひとまずそのままにしておくことにした。

紙袋は、町内上組分の回覧板だった。
1ヶ月に1回ほど、行政や各種団体の定期通信がまとまって配布されてくる。
「上組班長」という役職の使いっパシリをしていて、またその用事が回ってきた。
1年で隣へ1軒ずつ役職が交代しながらエンドレスで回ってくるから、上組の場合順当に行けば5年後に次の班長が巡ってくることになる・・・が、万善寺住職の吉田は、すでに3回目の班長を務めていて、ソレにプラス公民館長1年、会計1年を務めている・・・ということは、毎年何かの役が回って来ていることになる。
その、役員交代を兼ねた常会が3月下旬に保賀の集会所で開催される。ちょうど、その時期に毎年東京で彫刻のグループ展が重なるから、基本的に常会は欠席することになる。結局は誰かがナニカの役職を引き受けないと町内の自治が回らないから、よっぽどのことでもないと「NO!」と言えない。それで、はじめのうちは欠席裁判のようにコトが決まって「万善寺さんは○○職が回ってくる番でしたけぇ〜・・」などと、常会の決議事項を後日知らされて、それで次年度の1年が回り始める。
「これって、ちょっときついなぁ〜・・・」と無い知恵をし絞って、「上組の皆さんの同意がいただければ、しばらく班長を固定していただいて構わないんですが・・・そうしていただくと、こちらとしても助かることもあったりして・・・」
役員交代と事業報告の常会の時に提案してみると、若干アレコレあったが比較的すんなりと「まぁ、そういうことでしたら・・」よろしくということになった。

少年時代は、保賀の谷で全戸30軒の世帯があって、家族を数えると人口はかるく大型バス1台分をはるかに超えて、年の節目の行楽事業や神事催事は子供大人ジジババまでみんな集まって大賑わいだった。
今の常会の当て職は、その頃から延々と引き継がれた決まり事がベースになっていて、誰もそれに異論や対案を示さない。昨年に絶縁の家が1軒増えたから、今年度は戸数が20軒を切った。高齢者の独居も4軒ほどある。それに常時空き家もあるから常会も欠席世帯が増えていてこういう状態で当て職を回転させるとなると、もう自治会の円滑な運営に支障をきたすことが目に見えているから、さり気なく何気なく目立たないように上組班長の輪番を解体した次第。
このまま、もうしばらく同じように回覧板や集金のパシリを務めたら、そのうちソレが普通になって、誰も気にしないまま時が過ぎ、気づけば上組どころか町内全戸の「パシリ坊主」に昇格する日が近いかも知れない。
たった20軒くらいのことだから、保賀の役職の統廃合で分担を軽減することが今の密かな企みであるわけです・・・

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コリコリオヤジ 

2019/01/16
Wed. 23:38

しばらく前まで冬にしては暖かい日が続いていた。
2〜3日前は3月中旬の陽気になったりして、少し動き回ると汗ばむほどだった。
暖かいことは良いことなのだが、着るものや寝具の調整がうまくいかなくて「ちょっと寒いなぁ〜」と夜中に目覚めると布団がゴッソリはねのけられて身体中が冷え切っていたりする。昨夜は、ワイフが一晩中コツコツと咳をしていた。今はネコも人間も男同士女同士で別々に寝ていて家庭内別居状態でいるから、睡眠中も自分のコトは自分で責任を持ってもらわないと困る。先週の土曜日は、坊主家業ではない新年最初の出稼ぎ仕事がインフルエンザの流行でキャンセルになった。人混みへ出ればインフルエンザ感染のリスクも増すし、こういう場合は自宅と寺の往復ぐらいに用事を絞っておきたい。

年始の慌ただしさは落ち着いたものの、毎日何かしらの用事があってゆっくりと休養することのないまま半月が過ぎた。
「明日は決まった用事もないから1日休むことにするから・・」
夕食の時にワイフへそう宣言して寝る準備をしていたら保賀の役員さんから電話が入った。年末に回覧した書類に間違いがあったのでその修正版を再度回覧し直してほしいということだった。電話でのことでよくわからないが、文言や期日の間違い程度のことなら電話の言い次伝言で済むことだろうにと思ったが、一応「上組班長!」の肩書があるものの実態は「ただの使い走り」としては「イヤだ!」と断るわけにもいかず、せっかく楽しみにしていた「ボクの休日」が見事に消えて無くなった。
石見銀山の朝は、久しぶりの雪がハラリと舞い落ちていたから飯南高原は本格的な雪になっているだろうと、覚悟しながら通勤坊主で移動した。
確かに雪は降っていたが難なく銀くんを境内まで上げることが出来た。
用事はすぐに終わって、ついでに洗い物の家事を済ませてから、もみ屋さんへ予約の電話をしてみると「ハイ、その時間でしたら大丈夫ですよ。空いてます!」ということだったので、即予約した。昨年末から何度も予約してフラレてばかりだったから半日の予定が決まって気持ちが少し華やいだ。
雪の舞う国道を出雲へ向けて走らせていると、神戸川の支流から本流へ合流したあたりから道が乾いていた。車で1時間も移動していないのにここまで天候に差がある。不便な山里の冬に比べると雪のない日常は何かにつけて過ごしやすいことだろう・・・

「身体全体硬いですねぇ〜」
1時間の全身マッサージが終わって肩をモミながらそう言われた。「また、近い内に来てください。お待ちしてます!・・お水タップリ飲んでおいてくださいね!」
あれだけ身体が硬直していたら、もみほぐしはあまり日を空けないでしばらく集中して続けたほうが良いということだった。まぁ、営業もかなりタップリ入っているだろうが、それでも1時間ジックリ揉んでもらうだけで身体が少しは軽くなる。
支払いを済ませて外に出ると出雲の上空はすっかり晴れて良い天気だった。飯南高原の方角を見ると、厚い雲が中国山地の稜線を隠している。きっと万善寺は雪だろう・・・
島根県中央部をぐるっと一周して帰宅すると、ワイフは夜の会議で出かけるところだった。買い置きのパンと牛乳で簡単に夕食を済ませつつ、デスクトップをつついて1年前の写真を見ると、今日の万善寺とは全く様子が違っていた。
どう考えても今年は暖冬だ!

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dele 

2019/01/10
Thu. 23:53

このところ、自分でも呆れるほど不摂生をしている。
在家坊主の住職業のだいたい70%くらいを一人でこなしていると、万善寺のような極小規模の山寺業務でもけっこうヤルことがいっぱいあって、年末から年始にかけての集中した時期に鮮度をある程度保ちながら作務や寺務をこなすとなると、かなりの体力と精神力を消耗する。
加齢による体力の減退は、そのまま集中力や持続力の減退に連動する。そういうことを自覚しつつ、一方でヤラないですますわけにいかないから身体をダマシダマシ無理をする。その無理のしわ寄せがアチコチに蓄積されて慢性化する・・・
そういうコトが続いて、今は右の首筋から肩にかけての痛みが激しく、その影響もあってなのだろう指先がシビレて何をするにも感覚が鈍っている。またそれの影響なのか、気づかないままアカギレがヒドくなってしまう。最近は箸を持つにも指先のシビレとアカギレの相乗効果でモノがまともにつかめない。それでも、必要量の業務をこなさなければいけないから、ひと通りの仕事が終わるまでモタモタと且つ延々と効率の悪い時間を消費してしまう。それが悪循環になってきたことが自覚できたので、寺業務を一式まとめて吉田家へ帰った。
ワイフが近くにいてくれると、三度の食事が保証してもらえるだけでずいぶんと助かる。コーヒーやお茶も、「ほしいなぁ〜・・」と思ったらすでにちゃんとポットに用意できている。なにもない時は普通にアタリマエのことで気にしないことでも、こうして日常の家事負担が少しでも軽減できることを身をもって感じると、ワイフの存在の有り難さを痛感する。

今年は寺業務に加えて私の彫刻個展があって、それの中間広報を二個一で絡めることにしたものだから余計にヤルことが増えた。
いろいろと最善の策を考えながらそれぞれの仕事を組み立てていると、どうしても実動ギリギリまでアレコレと考えていることのほうが多くなってしまう。データベースに頼りながら日夜デスクトップと自前のプリンターをフル稼働させて2日目が過ぎた。
郵便局の営業時間ギリギリに発送物を持ち込んで寺務と個展事務を一区切り付けた。
今週中にはすべての発送業務を終わらせて週末には万善寺へ通勤坊主が再開する。保賀のとんど祭りが連休最終日にあるからそれの準備を兼ねた本堂の荘厳復元をする。いまのところ雪の影響が回避できているだけでもかなり気持ちが楽でいられる。

「dele」がHuluへ下りてきていた。放送中はリアルタイムでインターネット配信のテレビを観ていた。久しぶりに1週間が待ち遠しく感じたテレビドラマだった。クドクドとした説明とか、無駄なお笑いとか、そういう軽い要素を極力排除したドラマになっていて、それがよかった。プリンターがセッセと動いている間とか、発送業務の単純作業が連続しているときとかにデスクトップのモニターをテレビに切り替えて、deleを観返しした。
まだワイフと結婚する前、つかこうへい事務所の公演を高田馬場東芸劇場で観ていた。あの長台詞に飛び散るつばと汗にはつかこうへい独特の演劇世界があった。
演劇とは違うけど、deleにつくり手と役者と観客の間に漂う一体感のようなものを久しぶりに感じた気がする。ボク的には#3が良かったな・・・

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寂静 

2019/01/08
Tue. 23:31

最近は早起きに慣れてしまった。
ひどい時は、朝の・・というより、深夜の3時過ぎに目が覚めたりする。
昔は、いくら寝ても眠り足らないでいつまでも際限なくメシも食べないでシッコもしないで眠り続けていたこともシバシバあったのに・・・

今朝も、いつもどおり??・・3時過ぎに目覚めてそれから眠れなくなったから、即席のDIYで仕切った壁の向こうの台所へ移動してダイニングテーブルに寺務の仕事を広げた。
そして念のために6時45分でタイマーをセットした。

今から半年ぐらい前のことだっただろうか・・・いつも無口で自分の意志を多く語らないワイフが珍しく強硬に人間ドックの受診を迫ってきた。
改まった人間ドックはもう10年以上遠ざかっているから私の健康を心配してのことなのだが、年金暮らしも本格化して定期的な収入というとソレしか無いまでに精選された現状で私がある日バタリと逝ってしまったら、残された吉田家の維持管理がオオゴトになってしまうというある意味具体的でリアルな現実が彼女の目の前にチラツキ始めたのだろう。
そろそろ、抵抗も無駄だろうと思って「自分でないと出来ないことしかヤラないからね」と念押しをして受診することを承諾した。
2〜3日前からウンコを採取して、前夜は絶食で、人間ドックの決まりごとを遂行しつつ、一方で、1日の時間の消失分をなんとかしなければいけないこともあって、早朝の寺務仕事に至ったという次第。

7時に寺の駐車場へ下りる時は、参道に流れ下った雪解け水がバリバリに凍っていて、何度も滑って転びそうになった。銀くんも全身真っ白に霜をかぶって凍りついていたからしばらく暖気運転をして霜が溶けてから受診の病院へ向けて出発した。
1時間位走って指定時間の30分前に到着したら受付が1番だった。
待時間用に読みかけの文庫本とiPhoneとイヤホンを用意して暇つぶしの準備を整えた。
それから、午前中いっぱい使って通常の患者さんで溢れかえった院内をアチコチ移動しながらすべての検査を終わらせた。
最後に簡単なその日の検査の結果を問診して、急を要する治療の受診予約の手続きをしてすべてが終わったのはお昼を過ぎて1時近かった。
身長がこの10年間で4cm縮んでいた。じゅん君の背が伸びたふうに思っていたのだが自分の背が縮んでいただけのことだった。
胃カメラを飲む前に測った血圧がなかなか下がらなくて待ち時間のほうが長くなった。夜中の3時過ぎから起き出してウロウロした後、絶食で血圧の薬も飲まないで睡眠不足のまま1時間も車を運転したりしているわけだから仕方がない。
「あなた!十二指腸に潰瘍がありますよ!!ほっておいたら腸に穴が空きますよ!」ベテランの胃カメラ技師ドクターがイヤに大きな声で脅してきた。
問診の内科医ドクターは物静かな人だった。「腎機能が低下していて、これは良くないですね」と直ぐに受診予約を入れてくれた。猫の腎臓病は死病につながることが多いようだ。吉田家のクロも若干そのきらいがある。
ボクもそろそろ先がみえてきたなぁ〜・・・

カレンダー校正

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それぞれの正月 

2019/01/03
Thu. 23:14

正月3日は元日から続く年始の朝課法要最終になる。
この三ヶ日はだいたい1時間半から2時間をかけて本堂から庫裏の各所に安座される仏様方を巡って国家平安とか家内安全などの祈念をする。
先代住職は、まだ元気に身体が動く間、僧堂の修行時代から引き継いだ朝課システムを頑なに守り続けていたから、弟子の私もそれに習って鐘つきなど導師さまの侍者をしていたが、住職交代から後は少しずつ自分のペースに切り替えて今に至っている。
3日めの朝は、ワイフたちも石見銀山へ帰ってオヤジの一人暮らしが戻ったから、少しゆっくりと法要の準備をしたので、朝課が全て終わって大衣を脱いだ頃にはすっかり冬の夜が明けていた。

万善寺では昔から3日が保賀の集落の年始回りに決まっていた。
少年時代は住職のお供をして年始に歩き、やがて一人で年始回りをするようになり、結婚してからはワイフと回り、子供が出来て少し大きくなった頃からは子供たちと一緒に回り、その子供たちも自分の意志が固まり始めると長男から順番に一人ずつ減って、今はまた昔のように一人で集落をグルリと一周している。
最近は正月2日の年始参りされなかったお檀家さんへも早いうちに年始の品を持って回ることにしている。今年は青空の見えるうららかな日和になったので、保賀地内を回る流れで飯南高原をグルリと一廻りしておこうと決めた。
お昼前に寺を出発すれば、だいたい3時間ほどで終わるだろうと予定を立てて準備していたら電話が鳴った。
家族がいて賑やかだった頃は正月早々から長電話をしていたこともあったが、オヤジの一人暮らしが普通になった今では正月に電話が鳴ることも無くなって静かなものだ。
新年早々の電話はあまり良いことでないかも知れないとドキドキしながら出てみると、お檀家さんから1月に祥月命日のご先祖様にお経を読んでもらいたいと法事の依頼だった。仕事始めが普通に諸官庁へ準ずるようになって、いつまでも正月気分でノンビリとしていられなくなった昨今、そのお檀家さんもお休みをとれるのは今しかないし、ちょうど雪も降らなくて良い天気だし「万善寺さんのご都合が許されるようでしたらと急に思いつきまして・・簡単なことで構いませんから今日お経を読んでいただくと助かるんですが・・・」
自分の都合ばかりで申し訳無さそうな口ぶりだったので「ちょうど年始回りをするので、そのついでで良ければ・・・」ということになって、急きょ正月3日の法事が決まった。

急なことで塔婆も用意できないままの略式法事になったが、それでも喜んでもらえて帰りにはおせち料理のおすそ分けも頂いた。ワイフ手造りおせちとあわせて、たまの吟醸酒一杯で豪華な夕食になって、ひと心地してからSNSをチェックしたら、3姉妹が東京のおばあちゃん家へ集合してくれていて、久しぶりに孫たちに囲まれて嬉しそうだった。いつもは一人暮らしのおばあちゃん手造りのおせち料理はビックリするほど大量で豪華だ。たぶん、それぞれの孫たちへ少しずつ持ち帰らせるための気遣いもあるのだろう。
寺の正月は一般在家の団らんとは縁遠いところで過ぎていくが、一般社会でも正月営業で働く人々も限りない。
平成元号最後の万善寺の正月三ヶ日は珍しいほど穏やかに過ぎた。

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年越し準備 

2018/12/27
Thu. 11:18

じゅん君には高校時代からの仲のいい同級生が数人いて、帰省すると連日飽きもせず誰かと何処かで逢っているようだ。
みんな、それなりにヤンチャな連中で何かと騒ぎのネタをふりまいていたこともあって、そういう類友の結束力が今に至っているのだろう。
オヤジの私の方は濃厚な友人付き合いから縁遠くて、どちらかというと鬱陶しかったり面倒だったりする方へシフトしているようなところがあるから、じゅん君の行動はどうもよくわからないところがある。それでも、生涯を通して気の許せる友人がいるということは良いことであるとは思う。

煙突掃除が終わってから大田市の蕎麦屋さんで昼食にした。
その蕎麦屋は、じゅん君が仲良くしている友達がお母さんと二人で営業している。
彼は、出雲蕎麦の老舗で数年間ほど本格的な修行をした。1日の営業分だけそば打ちをして、それが無くなると店じまいになる。変則四つ角にある店で駐車場も無いからなかなか気楽に入りにくいところもあるが、一度味を占めるとその上品な旨さのとりこになる。
その店での私は、だいたい釜揚げそばとざるそばを食べて、最後にそばがきを注文する。
ワイフやじゅん君はその時々で違うが、今回は山かけそばの温かいのを頼んでいた。

それほど寒い1日でもなかったが、煙突がきれいになったこともあって、じゅん君がガンガンストーブを焚いた。ひと頃は部屋中が熱くなって半袖で十分なほどになった。
デスクトップや周辺機器を2階へ移動したから夕食後は自室で過ごすことが増えた。住所録を整理していたら富山町のKさんから電話が入った。11月のイベントが終わってすぐにお願いしていたことがあって、その状況結果の連絡だった。それで、翌日1日の行動予定が決まった。

「ねぇ、久しぶりに温泉行かない?」
そばを食べた帰りにワイフが誘ってきた。確かにもう2年は遠ざかっている気がする。夫婦して温泉は好きな方なのだが、とにかく最近なかなかそういう時間がとれなかった。せっかくワイフがその気になってくれたことだし、自分の都合だけで断るのもどうかと思うし、富山の方は何とか工夫できるだろうとワイフの誘いに乗った。
温泉が久しぶりだったからだろうか、どこかしら湯当たりしたように全身がだるくて身体が思うように動かなくて苦労したが、それでも午後から寺へ移動して本堂の荘厳を正月仕様に整え、萬善寺の要所へしめ縄を飾って床の間の軸を替えて正月準備をした。あとは年末ギリギリに鏡餅をお供えしたり来年1年有効の御札を手刷りすれば年末のおおよその萬善寺寺務が終わる。
夕方近くになって給油へ回って、それから富山へ移動した。ちょうど帰宅ラッシュにぶつかってしまって、富山へ着いた時は夜になってしまった。Kさんがらみの用事を済ませて帰宅したら、じゅん君は例の仲の良い連中とささやかな忘年会で出かけていた。
「今夜は湯豆腐ね♡!」
それを聞くと飲まずにはいられない・・・蔵出しの純米酒をコップ1杯ほど冷で頂いた。昆布としいたけの出汁がきいた湯豆腐は久しぶりに絶品だった。

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クリスマスの煙突掃除 

2018/12/26
Wed. 23:09

吉田家にサンタさんが来てくれなくなって2年目になるかなぁ〜・・・
どうして来なくなったかいろいろ考えてみた結果、一つほど思い当たるフシがあった。
「そうか!そういえばストーブシーズンに入ってから煙突掃除してないなぁ〜」
そういうわけで、クリスマスは朝から煙突掃除をすることになった。
今年はじゅん君も手伝ってくれることになったので、ジックリと徹底的に掃除ができる。

改築してから20年は過ぎたトタン屋根は煙突からの煤煙をかぶってかなり錆びてきた。
屋根に上るたびに手の届く範囲は使いかけのラッカースプレーを吹き付けて応急処置を繰り返しているが、それもそろそろ限界に近い。
彫刻の制作資金で500円貯金を続けているものを、これから1年分は二手に分けてトタン屋根の修繕費に当てようと、屋根の上で決めた。加えて、今のうちにストーブを更新することも決めた。
自分の体力を考えるとこれから先10年もつかどうか微妙だし、それだけ生きていられるかどうか怪しいものだ。そろそろ後々のことをホンキで考えて周辺の環境を見渡して身辺整理をはじめたほうが良さそうだ・・・

屋根から裏庭の庭木越しにチラチラと田んぼの彫刻が見え隠れしている。
当初の計画だと、11月の終わりに設置した後、12月早々には雪が降って彫刻の雪景色を撮影したものを第2段の展覧会お知らせとして発送する予定だった。それが、待てど暮らせど気温が下がる気配もなく、チョット天気が悪くなるとシトシトと梅雨のような雨がしばらく降る程度で、北風が吹くこともなく気がつけば雲が切れて青空が覗いている。
ずいぶん昔にこんな感じの12月があったような気がする。年内に雪が降らなかったこともあったような気がする。そういうシーズンは年が明けて3月になってもまだ時々雪が降ったり、ひどい時は4月の入学式に桜吹雪きどころか雪が降り積もったこともあった。今年も、なんとなくそういう状況に似ている。

吉田家の薪ストーブは増築箇所の壁に穴を開けて縦横のステンレス煙突をクランク状に曲げて外へ出している。煙の匕ッパリ具合を調整するには、縦の煙突を横の3倍位に伸ばしておくと横煙突へ灰が溜まりにくくて都合がいい。燃料になる薪の種類によるが、ここ数年焚き続けている間伐の杉材はタールが多いから煙突内部にこびりついて煙道の表面積が増えてそれに灰が絡みついてくる。煙道で巻き上がった火の粉を含んだ灰が着火剤になってタールに火が着くことがあって、それが火災の元になる。まだ萬善寺の風呂を薪で沸かしていた頃、煙突の煙道が細くなってバックファイアーをおこしたことを見たことがある。つい数週間前にはお檀家さんが1軒お風呂が火元で全焼された。
薪ストーブは一時期新築住宅の流行になったことがある。銀山街道沿いにも数軒ほど煙突のある家を見かけるが、年中薪のストックが積み上げられてシーズンを通して煙突から煙が上っているところはなかなか少ない。
「あなたがいなくなったら薪ストーブも終わりね。ワタシじゃ薪つくり無理だから・・」
吉田家もワイフが思い出したように時々そう言ってくる。
それにしてもクリスマス当日に煙突掃除をしたのは、はじめてのことだ・・・

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イブの朝 

2018/12/25
Tue. 22:46

仏教の坊主としてはクリスマスだから特になにかすることもないし、いつもと変わらない1日が始まって終わる。
独り立ちしてそれぞれの生活を始めた4人の子供達がいなくなってからイブの夜に家族が集って豪華なワイフの手づくり料理を堪能することもなくなって静かなものだ。それでも今年は珍しくじゅん君が帰省しているから夕食も少し豪華になった。

イブの朝・・かなり激しい雨音で目が醒めた。
朝といってもまだ真夜中に近い頃から続く雨の音が気になって眠れなくなった。
確か金曜日から4回目のリバイバルでガガが主演した「スター誕生」が封切りされたはずだ。
お檀家さんのお仏壇一式とお位牌さんの開眼仏事を終わって、やっと一息ついた。
吉田家のメンテナンス一式や万善寺の年末年始のこともあるから、のんびりと映画を見る余裕があるわけでもないが、何かしら気持ちの区切りを用意しておくのも大事なことだし、年内の仕事が落ち着いたワイフを「映画に誘って見よう・・」と、眠れないまま決めた。
私にとっての「スター誕生」は、なんといってもバーバラ・ストライサンドに尽きる。良くも悪くも彼女の歌唱力がすごかったことを覚えている。クリス・クリストファーソンのカントリー・ロックミュージシャンも俗っぽくて映画のストーリーによくあっていたと思う。それにしても、バーバラ・ストライサンドは声もきれいだし歌が上手いことに感心した。あれはきっとあの鼻の大きさと密接に関係があるはずだとあの当時は本気でそう思っていた。確か彼女の歌はグラミーかアカデミーでなにかの賞をとっていたと思うが、よく覚えていない。映画が終わる頃には鼻の大きさが気にならなくなっていたから不思議だ。

最新作のスター誕生は、レディ・ガガ主演で前評判も良さそうだし封切り間もないし「結構混んでいるかも・・」と、気になって朝一番の上映時間をチェックして出かけた。チケットの自動券売機前にはそれなりの人だかりができていた。少し並んで発券の操作をしたら、吉田夫婦が「スター誕生」チケット購入第1番と2番だった。あれだけの人だかりは「いったいなんなのだ!」と、状況の判断に苦しんだが、ハリー・ポッター系列の映画に人気が集まっているということにすぐあとで気づいた。吉田家の二人は世間の嗜好と少しばかりズレを生じていたようだ。
それで、最新版スター誕生は、ガガのアリーがびっくりするほど自然で良かった。歌も歌声もバーバラ・ストライサンドとはまた違って新鮮で素敵で良かった。ブラッドリー・クーパーのつぶれた喉から縛りだすようなザラッとした低音にシビレた。ストーリーの方は・・・あまり喋りすぎるとマズイかな??・・とにかく、なかなか今風でよかった。ハリウッドの常道で既成の概念から逸脱しないシンプルなストーリー展開が、安心して楽しめるエンターテイメントに仕上がっていた。
映画が終わって、お昼前にロビーへ出ると入場を待つ人だかりがすごいことになっていた。初回上映のチョイスは「大成功!」だったと思うが、吉田夫婦の他に年配の男性が2人と、若い女性の二人連れと、都合6人でほぼ貸切状態!・・・って、どうだかなぁ〜?
ちょっとずれた映画好きにとっては田舎のT-JOYシネマもなかなかいいですなぁ〜

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デスクトップフル稼働 

2018/12/22
Sat. 08:06

Cloudへ移動しておいた書きかけのBlog原稿を引き出してチェックしてみると、2〜3行で終わったり半分ほどで終わっていたりする中途半端なページが大量に貯まっていた。
ラップトップの有り難さをあらためて噛み締めている・・・
過ぎたことは仕方がないから、半分ほどは諦めが着いているものの「まだなんとかなるかも知れない・・」と、少し時間の余裕ができてからささやかな望みをAppleの修理へ託してみようと思っているところだ。

松永さんが徳島から吉田の個展と彫刻小品展の会場視察を兼ねて石見銀山へ来てくれたのは今から1週間前のこと。
2泊3日ほど島根県で滞在してくれたのだが、萬善寺の用事で3日めの見送りが出来ないまま中途半端に別れた後、年末の駆け込み法事が続いて彫刻制作どころではなくなった。
連日通勤坊主をして寺の用事を片付けて庫裏玄関へ帰ってみるとポストにゆうパックの不在連絡票がこれもまた連日のように投げ込んである。
田舎の山寺は昔ながらに施主家での法事が主流だから、朝のうちから寺を留守にして帰宅するのはだいたいお昼を過ぎて2時か3時位になる。玄関先で改良衣のまますぐに折り返しの電話をかけると聞き覚えのある宅配担当さんの声が返ってくる。二度手間が申し訳ないとも思うが、仕事の約束事を丁寧に守り続けることも事業の信用を保つ大事なことだから、自分勝手な仏心の対案でむやみに担当さんの業務へ踏み込まないようにしている。

夕方になって再配達が届くまで数時間の間が空くから、その間に積み残しの過去ブログをアレコレ記憶の糸を類って思い出しながらまとめることにしたものの、寺に居れば居たで何かと寺の用事が目について気になったりして、ツイツイそちらを優先してしまう。
これといって改めて記録に残しておくほどのたいした出来事が続くわけでもないのだが、それでも毎日何かしら少し違ったその日だけの出来事が過ぎていく。やはり何かしら1日の出来事を再確認して自堕落な自分の戒めにしておくことも必要なことだと改めて思う。

「年内にお位牌さんをなんとかしたいと思っとりますんですが・・・」
今年は、本格的な雪になっていないせいか、12月に入ってから今までにないほど急な仏事依頼がいろいろと舞い込んでくる。お檀家さんも年々1歳ずつ歳を重ねて高齢化が進んで、そうなると一つ一つの思いつきに余裕が無くなるふうになるのかもしれない。それほど差し迫ったことでもないだろうという気もするが、それはそれ、私が勝手にそう思ってしまっているだけのことなので、とにかく自分の都合を飲み込んでお檀家さんのその時の気持ちを最優先でお付き合いをさせていただいている。まぁ、萬善寺の場合はそういうことが普通にできる程度の檀家数だからネ・・・
「チョット急な書き物が出来たから今夜はお寺で泊まります・・」
ワイフにそう伝えてから硯を出して墨を摺り始めた。そのお位牌さんは箱位牌とか繰り出し位牌とか俗にそう云う。
ついでというわけでもないが、萬善寺カレンダーの制作に入った。もう何年も前から続けていてデータベースが残っているから楽にできる。こういう時はデスクトップがフル稼働する。そのまたついでに、積み残しのBlogも少しだけ記事が埋まった。

カレンダー1月

更新追記:11/10「土曜日の朝」
徳島の野外彫刻を撤収するはずだったんだけど、周藤さんが代行してくれました・・・感謝!

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2019-03