工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

盆が来た 

2017/08/13
Sun. 23:04

久しぶりに雨の降らない1日だった。
久しぶりに・・・本当に久しぶりに・・・ワイフとじゅん君が万善寺へ来てくれた。

棚経と雨のおかげで境内地や参道などの外仕事が停滞して、その間に草が伸びる一方で、万善寺が里山の自然に飲み込まれつつあった。
施食会当日まで自分に残されている作務の日はあと2日しかない。
それで全てを済ませるのは「まず、不可能だろうなぁ〜・・・」と、ボンヤリ思いながら、一人暮らしの夜を過ごしていた。
一番つらいのが、隣町の現職住職の本葬・・・
これが万善寺施食会の前日で、大夜がその前日。この2日間は朝から拘束されるから万善寺の作務はまったく出来ないことになる。あれはあれでこれはこれでそれはそれだから、あれやこれやをまとめてひとつに済ませることは不可能なこと。寺院の付き合いには時々こういうことがあるからとにかく始末が悪い。
今は、ナニを残してドレを割愛するか、そういうことを考え始めている。
お参りのお檀家さんの目があるから、見た目の外面だけでも体裁を整えておかないといけない。申し訳ないことだが、今年のお盆のお墓参りは1週間ほど遅延させてもらおうと密かに考えていたところだ。
・・・そこへ、ワイフとじゅん君が来てくれたというわけ。

私が棚経をしている間に、じゅん君がお墓の掃除をしてくれたようだ。
これでもう1日万善寺を手伝ってくれたら、ひとまず、私の代行でお墓参りをしておいてもらおうと思う。
ワイフの方は、施食会に向けてマイペースに台所や庫裏の片付けをしてくれていた。
食器を始めとして、色々なものが彼女の都合でアチコチ移動していたから、当分の間自分の行動形態が狂って少し苦労するだろうが、彼女なりに自分の良いように工夫した結果であろうから、そのことでアレコレ気をもむのはやめることにする・・と云うよりむしろ、そのような余裕が今の私にはない。
夫婦とか親子とか、そういう家族の中のことであっても、ひとそれぞれに自分の考えがあって、その連携で緩やかな拘束が機能しているから、過不足のない中道の暮らしが出来ているのだ。そういう力関係の引き合いのバランスが良くないと、どこかしら重心のポイントが偏って、家族形態に歪みができて暮らしにくくなる。

万善寺の一人暮らしが続く中で、自分本位で自分に都合のいい暮らしが少し長く続きすぎていたようだ。たまにこうして家族が集ることで暮らしのズレを修復したり、修正したり出来ることが大事なことだと気付いた。
ほぼ1ヶ月の間に草が伸び放題で荒れ地寸前までになっていた境内が、少しきれいになってお寺らしい佇まいが再現されつつある。
母親がセッセと散布していた枯葉剤で瀕死状態だった百日紅に今年も花が咲いた。枯れる寸前にまでなっていた老木だから、花を咲かせることも想像を絶するほどのエネルギーを使っていることだろう。曇り空を背景に咲くピンクの花に少し元気をもらった気がする。

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30年の蓄積 

2017/05/23
Tue. 23:56

石見銀山の吉田家を出発する頃は、朝から日差しが強くてまた1日暑くなりそうだった。
近年、気候は穏やかでまだ肌寒く感じる春先なのに、日射しだけはやたらと強くて、結界くんの窓から入り込む日射しで太腿や右の腕が焼けるように熱くて我慢できなくなることがある。歳のせいなのかそれとも地球環境の変化なのか、よくわからないまま、タオルをドアの窓へぶら下げたり、いつも積み込んでいる着替え用の服を膝へ掛けたりして窮屈に運転している。

通勤坊主が万善寺へ到着すると、境内のスズメたちが一斉に飛び上がった。
古々米の威力はなかなかのもので、前日のオスソワケがすでに残りあとわずか・・・
食べ残しを見ると、オスソワケにありついているのはスズメたちだけでは無さそうだ。

万善寺の上空に雲が広がっているせいかそれほど暑くない。
時折水田のカエルたちが一斉に鳴き始める。
上空をつがいのカラスが鳴きながら飛んでいる。
田植えが終わって農耕機のノイズが消えてからの保賀の谷は長閑だ。

午前中は寺の庫裏や本堂の周囲を中心に小規模な営繕を進めて、お昼になって暑くなる頃は室内各所の片付けをする予定にしていたが、どうも空の具合が怪しいし、時折鳴き始めるカエルたちのことも気にかかってきて、雨が心配になってきた。
草刈りは少し涼しくなった夕方から始めようと思っていたのだが、前回の大がかりな草刈りもあと少しの所で雨に振られてしまったし、またそうなるのも嫌だし、急遽予定変更で草刈機を振り回すことにした。
コンスタントに、1ヶ月1回、1日約3時間、3日間あれば草刈り作業もそれほど苦にならないし、適度な運動にもなる。

今のところ4月5月と、延々草刈りが続いているが、これは、約30年分の俊江さんへの気遣いの影響が残っているからだ。この、30年の蓄積を少しずつ解消して、もとのシンプルな万善寺に戻すにはまだ2〜3年は必要だろう。焦ってもしょうがないから、少しずつのんびりと寺の作務を続けながら暮らすしか無い。
俊江さんは、とにかくじっとしていられない人だった。晴れれば畑を耕し、雨が降れば縫い物をしたりジグソーパズルに没頭したりして毎日を過ごした。
時折私が寺のことでアレコレ動いたり、それこそ草刈りを始めたりすると、知らないうちに私の後ろへついて回っていて一つ一つ自分の指示を出し始める。
昔からそういう人だったが、30年ほど前から少しずつ身体が動かなくなって、その後口出しの数がどんどん増えた。自分の思うように体が動かないことのイライラが私へ向けられたのかもしれない。

今の私は、30年前の俊江さんとほぼ同じくらいの年齢になった。
ようするに、自分の身体が思うように動いてくれなくなったということ。
1日の身体の疲れがとれないまま、また、次の1日が巡ってきている。

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作務の日々 

2017/05/22
Mon. 23:27

午前中は用事で出雲へ出た。
石見銀山からだと太陽に向かって走ることになって、やたらと暑かった。
いろいろと用事を済ませて、比較的大きな業務用のスーパーへ寄った。
ワイフが、カートいっぱいに買い物をして、ダンボールの空き箱2つにもなった。
帰宅すると、珍しくクロがモタモタと土間を歩いてくる。朝からそのまま寝続けていた様子だ。
買い物などの荷物を結界くんから下ろして、そのまま万善寺へ走った。
飯南高原の田植えはほぼ終了した感じだ。
前日の夕方に補充しておいたおすそわけの古々米が殆どなくなっている。
境内のアチコチで鳴いているスズメたちの数が増えている気がする。
つなぎの作業着へ着替えて、草刈り機に混合油を補充して刈り残しの続きから営繕作業を始めた。
今週から月末にかけて近所のお寺の大般若会が続く。膝を痛めていて正座ができないから、安静に休んでおいたほうが良いと思うがそうもいかないし、なかなかつらい。

万善寺は禅宗の曹洞宗の末寺になる。
禅宗というと、一般には座禅の仏教だと認識されていると思うが、実は、一日中座禅してお経を読んでいるわけでもなく、どちらかといえば色々な作務で忙しく動き回っていることのほうが多い。
宗派によって幾つか違った寺のタイプがあるが、ざっくりと大きく分けると、檀家さんとの葬式仏事関係で寺の経営を維持する檀家寺と、決まった檀家を持たないで年中行事の加持祈祷や参拝お参りの客収入で寺を維持する祈祷寺になる。明治新政府の廃仏毀釈による宗教改革前には寺領からの収入で寺の経営を維持することもあって、特に檀家数に頼らないでも、小作からのソコソコの上納収入があれば、修行僧の食い扶持くらいなんとかなっていた。朝夕に座禅して昼は寺の経営に働くという、会社的な組織が出来上がっていたわけだ。
もともと万善寺は琴引山の頂上にある神仏混合の聖域にあった。
祈りの聖域で暮らす僧侶はだいたいが自給自足の暮らしをしながら修行に励むことになるから、開山当初は加持祈祷に重きを置いたタイプの寺であったと想像できる。
開山の施主は、飯南高原一帯に点在する幾つかの豪族の一つであると記録されている。
その豪族の発願によって、当時銀山街道沿いにある谷の一つへ大きな僧堂(全寮制の坊主の学校のようなもの)を構えていた曹洞宗のお寺から、今で言う学校の教頭先生クラスの立派な方丈さんを開祖に迎えて建立されたのが万善寺の元になる寺だった。
万善寺という寺の寺名は、発願の施主さんが晩年「万善寺殿」と呼ばれていたことに由来し、龍雲山という山号は、万善寺何代目かの大方丈様に雲龍という道号の方があって、その方丈様以降より曹洞宗龍雲山万善寺という寺名が完成したようだ。
寺の墓地には歴代住職墓石の他に二十余基の亡僧墓があるから、過去には、寺に暮らし寺で働きながら修行していた僧侶がそのまま寺で入寂されたという様子が伺える。

今、その墓地へ上がる参道の周辺で草刈り機を振り回している。

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萌黄 

2015/04/25
Sat. 20:41

このところ島根県・・というより赤来高原は比較的良い天気が続いている。
連休も近いのに今のうちから天気が良過ぎると、その反動が連休あたりに来そうで何か落ち着かない。
今年の連休は、萩と大田で小さな彫刻展やワークショップをすることになっているから、やっぱり雨が降るよりは晴れていてほしい。
日々是好日の坊主家業にあるまじき煩悩に浸りきった我が心身を反省しつつも、天気のことが気になってしまうあたり修業の未熟さを痛感するばかりだ。

老僧夫婦の介護暮らしは何とも無駄に時間を食いつぶしてしまっている。
別に何をする訳でもないのだが、息子がすぐ側にいるだけで気持ちが落ち着くようだ。
老僧は身体の機能が少しずつ故障しはじめ、幾つかの臓器が動かなくなっている。
おかみさんは内蔵より筋骨系の不具合が進んで、思うように身動きできないままイライラが高じてヒステリーが激しく過激だ。
そういう二人に自分の顔や身体を見せておくだけで若干落ち着いてくれる。

こんな毎日をおくっていると自分の方が病気になりそうだと思っていたら、今日は朝から背中が痛んで、手足の痺れがとれなくて、耳鳴りがいつになくひどくて、なかなか思うように身体を動かすことが出来なくなってしまった。
やっと夕方になって少し気持ちが晴れたので草刈り機を使った。
春の草はまだまだ柔らかいから、刃がちびたなまくらだとかえって草が刈りにくい。春の花もアチコチ咲いているがそればかり気にすると草刈りにならないから、躊躇無くなぎ倒してしまう。水仙などの球根系はかえってその方が栄養の蓄積になって次の年には立派に育って立派な花が咲く。
少しぐらいは人の手が入った方が草木にとっても都合がいい。自然は勝手に育って勝手に季節が移り変わるものでもない。人の暮しと適度に共存できて育つところもある。
石見銀山から万善寺のあたりにかけて、ちょうど今頃は春の息吹が最盛期になっている。
緑の萌黄が目に眩しい。生命の活力が息苦しくなるほどみなぎっている。

手足の痺れをだましだまし、老僧夫婦に付き合いながらヒマを見てはこれから先まだ1週間ほどは春の草木と格闘の日々が続くことになるだろう。
草刈りのついでに自生の蕗を刈り倒した。老僧夫婦へのささやかなプレゼントができた。

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雨上がり 

2014/08/12
Tue. 05:55

日に日にお盆が近づいている。
島根県でも赤来高原のあたりは8月の旧盆がほとんどで、組寺の施食会も8月に集中する。
お盆の棚行は寺それぞれで、ほぼ1ヶ月続く寺もあれば3日ですませる寺もある。
万善寺はもう半世紀以上前から棚行日が決まっていて、いまだにそれをほぼ踏襲している。

そうやって決まった日に棚行をつとめながら、その合間に寺の営繕や荘厳や墓掃除などの作務をつとめる。
特に忙しいというわけでもないが、気ぜわしい感じが続いて、それに老僧夫婦のこともあるから、どうしてもお盆前のこの時期になるとイライラが溜まってストレスの解消が難しくなる。

老僧の方は自分が現役を引退したと自覚できているから、かなり我慢をして私の挙動に見て見ぬふりをしてくれているので比較的気楽に毎日を乗り切ってくれて助かっている。
おかみさんの方はなかなかそういうわけにはいかなくて、盆行事のことごとくに采配を行使しようとする。
昔と同じようなことが通用しないことはわかっていると思うのだが、それを受け入れる術を思いつかないところもあって、時代の対応に不具合が生じる。
二人とも人生のほとんどをそれぞれの立場と役割を分担して助け合って在家坊主の暮らしに染まって生きているから仕方のないことだ。
現役を引退した老僧には後継者の私がいるからなんとか気持ちも切り替えられるが、おかみさんには後継者がいないから引退がうまくいっていない。
そのあたりの身内の不具合が寺族のストレスになってしまっている。

台風の長雨が続いて外仕事が出来ないでいたが、久しぶりに雨も上がったので草刈りと墓掃除をした。
どちらも長い間棚行の裏番組でおかみさんの仕事になっていたから、それを私が横取りしたかたちになって、彼女にとってはいろいろ気に入らないことをすぐに口に出す。
いちいち聞いているのもキリがないから、すべて流してやりたいようにできるようにチャッチャとことをすませている。

3時間で墓掃除を終了した。
なにごとも目に見えて変化していくことがすがすがしく気持ちがいい。
鬱蒼とした雑木林に佇む墓地には、長雨でタップリ水を含んだ落ち葉が絨毯の如く広がっている。
今年は久々に朴の落ち葉を見た。
今まで気付かなかったことだが、墓地の近所に朴の木が育っているようだ。
椎の実も落ち葉に助けられてアチコチで根付いていた。
今年は当たり年だったようで小さな山梨の実が転がっている。
その気になって収穫したら結構な量になっていたろう。
墓地の霊気もあってか、やっかいな下草がはびこることもない。
掃除で溜まった落ち葉は腐葉土に変ってやがて山に帰ることになる。
椎の幼木はどれほどが生き残って成長するだろう。
雨続きで心身ともに湿っぽい毎日が続いていたが、久々にいい汗をかいた。

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作務 

2014/07/16
Wed. 07:51

2日続けて万善寺の営繕草刈りをした。
そもそも、禅宗の僧侶は作務も修行の重要な要素として、1日をセッセと働いて汗を流すことも多い。
「あの坊さんは何もしないで座禅ばかりしている」
なんて云われるお坊さんがいたら、その人は真の禅僧とはいえないことになる・・というか・・そう教わってきた。

そんなわけで、私も物心ついた頃から遊びの延長のように寺の様々な作務をしてきた。
もう半世紀も前のことだから当然さきの住職夫婦で現在の東堂さん夫婦も働き盛りの若い頃で、毎日脇目もふらないで夜が明ける頃から日が暮れる頃までセッセと作務に励んでいた。
あの頃は田んぼも作っていて、田植えから稲刈りまで集落のお百姓さんと手間替えをしながら農作業をしていた。
禅宗に欠かせないお茶の栽培もしていて、時期になると家族で茶摘みをしたり茶モミをしたりしていた。
大豆も作って味噌も自家製で作っていた。
春は菜の花から菜種油をしぼってもいた。
秋は渋柿を収穫して夜なべで皮むきして干し柿にした。
年間を通して野菜はほぼ自給していた。
農作業の合間には山へ入って真木を切り出して炭焼きの手伝いもしていた。
法要でいうと・・・
夏はお盆で冬はお正月に節分。
春や秋はお彼岸に初午さんに地蔵祭り。
・・・などなど、まだ若かった住職夫婦は1年中絶え間なく立ち働いていた。

そのうち、私が学業で寺を離れて、別居暮らしをしている間に住職夫婦の周辺事情がどんどん変化して、檀家さんとの付き合いも代替わりが上手くいかなかったりして、世間社会の変化に取り残されるようになって、暮らしの色々なことが複雑になって、禅の教えをかたくになに守ったのか、解釈を間違えたのかして寺の経営がつまづきはじめた頃に住職の大病と入退院が続き、それが落ち着いたらおかみさんの大手術があったりして、頭で思う理想と身体が動かない現実のねじれが修繕できないまま、作務と布施の教えが上手く機能しなくなって、いつの間にか寺務のほとんどを古き良き時代の思い出と半世紀以上の在職プライドに頼るばかりになっていた。

波風を立てないで、気がつかないままに通り過ぎる歳月を期待することはなかなか難しい。
何もしないでいるわけにもいかないし、何かしはじめると人目について波風が立つ。
「今は昔と違うんだよ」とか、「昔と同じようにはいかにんだよ」とか、色々お話をすることもはばかられるほど、老僧夫婦の時代があるところでピタリとストップしている。

いつものことだが、寺の作務や寺務をしていると、何もないことがいちばん・・・であることの難しさを身をもって感じてる。
まだ若かったおかみさんが嬉々としてセッセと耕して植栽した休耕田は、今はこれでもかというほど手のつけようもない荒地になって、イノシシの遊び場になっている。
梅雨の蒸しかえる空気に獣の匂いが強烈に漂ってくる。
ギリギリまで草刈りを入れるが限界がある。
2年ほど前に「荒れるばかりだから木を切り倒して更地にしようよ」と提案したらものすごい大騒ぎになった。
役場で土地の様子を確認したら農地のままになっていた。
先日もおかみさんが小言のついでに2年前の私の一言を蒸し返してきた。

修行の一つと確信して作務に励むが、後に残るのはなかなかの徒労感。
まだまだナンチャッテ坊主の域を脱することができませんなぁ・・・

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作務 

2013/08/13
Tue. 07:27

迫り来るお盆前、滑り込みセーフで万善寺歴代住職墓地の掃除終了。
このところ猛暑が続いて、日中に外でウロウロしていると坊主頭がジリジリ焼けるように熱くなってきます。
出来るだけ朝夕の涼しい時間帯で営繕の外仕事をしようと計画しますが、なかなか思うようにはかどらないまま、もう少しでお盆になろうとしています。

万善寺老夫婦のイライラがピークを迎えるのもこのお盆時期の事になります。
アチコチに首を突っ込んだり、片足踏み込んだりしながら、おおむね気楽に幾つかの用事を平行して片づけている私にとっては、寺の盆行事だけの仏事でほぼこの1ヶ月を使いきる彼らのシンプルな暮らしぶりが、とてもいつも以上に忙しくてかなわないとまで思えないのですが・・・
もっとも、年々年をとって身体が動かなくなって、昨年出来ていたことが今年は出来無くなって、1日で片づいていた仕事も2・3日かかるようになってくると、気持ちに焦りも出てくるし、頭の思いと身体の動きのズレが広がって、自分のモタモタさ加減にイライラがつのる・・・なんてことは、十分に予測も出来る訳で・・・かくいう私自身が、そのような身体の老化を意識する年齢にもなっていたりして、他人事ならず理解できるのですが、万善寺老夫婦は、なかなかその現実を素直に受け入れることをしたくないようなのです。

私も彼等の子供ですから、いずれそのうち似たような暮らしぶりになるのかなぁと、ぼんやりそんなことを思いつつ、鬱蒼と茂った椎木林の一角にある墓掃除をしていたわけです。
土地というと畑も田んぼも一握りで、それこそ植林や雑木の山ばかりしか所有の無い名実ともに山寺万善寺の墓地は、雪が降ると墓への道も途絶えるほど不便で遠いところにあって、昨年の落ち葉を片づける間も無く春のお彼岸を迎え、境内地の草刈りに追われているといつの間にかお盆になっていた・・というよな状態です。

そのような墓掃除も、あたり一面に漂う怪しげな獣臭のお陰で、なかなか厳しいものがあります。
「墓掃除をしていた坊主がイノシシや熊に襲われた・・」なんてことになるとまともにお盆も迎えられなくなってしまいますからね。

1日目は草刈り機のエンジン音で獣達を遠ざけ、2日目はiPod大音量のEaglesで獣達をビビらせ、ダマシダマシの墓掃除。

How long・・how long・・・
Woman will you weep・・・
How long・・how long・・・
Rock yourself to sleep 〜〜〜

今年は、いつに無く椎の実が墓地のアチコチで芽吹き、元気そうな青葉を足下に広げています。
丁度、自然の環境が彼等の発芽にピッタリだったのでしょう。
さて、秋のお彼岸にはどこまで成長しているか・・・
墓掃除の楽しみがひとつ増えたような気がします。

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よなべ 

2013/03/17
Sun. 08:14

久しぶりの寺の朝は、キッチリ冷え込んでいます。
外は、放射冷却で一面朝霜で真っ白。
いつもだったら残雪がまだあちこちで見られ、北側の斜面だけ見ると、とても春間近とは思えないような世界が広がっていますが、今年ばかりは雪のカケラもありません。

明るいあいだに本堂の掃除を終わって、老夫婦が知らず知らず取り散らかした仏具や線香ロウソクを整頓して、豊川さんの五色旗を濡れ縁(万善寺に回廊などない)にセットし、夕食後の寺の一夜は、例のごとくおふだの手づくり木版。
和紙を大きさにちぎり、1年間のうちに乾燥しきった版木に水気を戻し、墨汁を棒墨で地道にすりつぶし、一枚一枚バレンで刷り上げていくと、足の痛みのツケが回った腰がキリキリ悲鳴をあげます。
休みながら同じ動作を繰り返して、 久々のチェット・ベーカー聞きながら刷り上ったのが午前0時過ぎ。
あとは、本日の念を入れたおつとめと薫香、それに大般若の風を吹き込んでおふだが完成します。

このおふだは、お参りの皆さんにだけ手渡しするものですから枚数も30枚ほどで1年の用が足ります。
老僧の時代は、仏具販売から出来合の印刷ふだを一箱買い込んで使っていましたが、近年では高齢化にともなって初午さんのお参りもつねに1ケタからせいぜい10人程度。
ひところの隆盛は完全に過去のものになっています。
2・3年前に、黄ばんで古ぼけた大量買いのおふだをさりげなく処分し、今のような夜なべのおふだ刷りに切り替えたところです。
その程度のことが田舎の過疎地の末寺には分相応のような気がします。
さて、気持ちを引き締めて、まずは今日の仕事始め・・庭掃除でもとりかかりましょうかねぇ・・

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熱心な見学者 

2013/01/24
Thu. 04:57

まったくもってどうもこうも・・・

手乗り彫刻の試作を造りはじめて、かれこれ1週間。
その間、吉田家で缶詰め状態のデスクワークが続いています。

昨年までは、同じデスクワークでも、彫刻絡みの場合は万力などの道具や工具が揃っている工場の自作鉄テーブルで仕事をしていたのですが、今年は、暖房燃料の高騰で灯油代もバカにならないので、チョコチョコ工場を往復しながらその時の彫刻に必要なものを自宅の自作鉄テーブルまで移動して、作業を続けているところです。

おかげさまで、暖房の方は薪ストーブでまかなえますから、燃料代は薪造りで流した自分の汗程度。
もっとも、汗で流れた水分補給で「麦とホップ」をがぶ飲みしたりすると、元も子もないことですが・・・まぁ、そのあたりを自粛しながら色々切り詰めて制作に励んでいる訳です。

石彫で使っていた例のおじいちゃん自作の彫刻刀をセッセと研いでいると、例のネコチャンズが、興味津々でのぞき込んできます。
その、研ぎ上げた彫刻刀で木版の版木を修正していると、ネコチャンズの手が刃先のあたりへ伸びてきます。
和紙をちぎり切っていると、わざわざ水を入れた小鉢に手足を突っ込んできます。
墨を研いでいると、鼻先をこすりつけるようにして墨の匂いを嗅ぎにきます。
バレンを使っていると、その動きを二匹の四つの目が追いかけて、頭を振り子のように動かしてきます。

とにかく、デスクワークの一つ一つを、ことごとく熱心に見学して、チョッカイを出してきます。
なかなか鬱陶しいものでもありますが、おかげさまで、終始飽きることなく、緊張しながら仕事を続けることが出来ます。
結果、このたびは目出度くキーポンを迎えに行く時間までに、予定の100枚を刷り上げて、仕事を終了させることが出来ました。
メデタシメデタシ・・・なのかなぁ・・?

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平成の木版 

2013/01/22
Tue. 07:08

万善寺では、1月の主な行事も今週でほぼ終了します。
1月は、全てのご縁日が初になるので、その日は何時ものおつとめにご縁日の仏様のご真言陀羅尼を添えて、若干丁寧におつとめをさせてもらっています。

後学のために・・・
○お薬師様・・8日
○観音様・・18日
○お大師様・・21日
○お地蔵様・・24日

このご縁日は毎月やってくるので、昔々の庶民のみなさんは、この日を仕事のお休みにして、それぞれの仏様がお奉りしてある最寄りのお寺へ行楽がてらのお参りに出かけたりしていた訳です。
こうしてみてみると、実に都合よくそれぞれのご縁日が1ヶ月の間にちりばめられていて、今も昔も、せいぜい1ヶ月に4日ぐらいはゆっくり休んだくらいが良さそうだという気になってしまいます。
万善寺の場合は、観音様がご本尊ですから、毎月18日にはご縁日のお参りがあっても良いことになりますが、平成の世では、なかなかそのようなお参りもないのが実情です。

この、ご縁日の他にも節句のお祭りなどが入るので、「坊主の仕事は、お葬式と年回法事だけでは無いのだよ!」ということがお分かりでしょう。
そんな訳で、2月の行事は節分と立春、それにお釈迦様の涅槃会があります。
東堂さんが外回りに出かけられなくなりはじめてからは、このような寺内諸行事は、出来るだけ自力でおつとめをしてもらおうと、密かに企んでいます。

出来たら、ご近所のお参りもあったりすると、はりきって張り合いも出てくるので、昨年あたりからは、色々事前にお知らせなど配ったりして、お参りを促したりしているところです。
まぁ、そうすぐには結果が出るものでもないでしょうから気楽に考えているところですが、今年は、しばらく途絶えていた「立春大吉」のお札配りを復活させようと思って、この前から版木造りにせいを出していました。
2月に入ったら、ご近所さんや地域の檀家さんをご案内がてらぐるっと一周してこようと思っています。

坊主ながらに、高度経済成長期を駆け抜けた東堂さん夫婦は、何につけ印刷物の均一さとキレイさに傾倒のきらいがあるようですが、私の方は、100枚足らずのお札のことですから、坊主の手間と心のこもったアナログ作業が良いだろうと思っていて、このところ、本堂の収納引き戸の奥でネズミにかじられながら放置されている昔の刷り物などを探しだしては復刻版で再利用しているところです。
残念ながら、「立春大吉」は印刷物しかなかったので、一念発起!
この度の版木造りになった訳です。

その立春大吉ですが、謂れが気になる方は何かのメディアでチェックしてください。
禅寺では、立春の前日、つまり節分の日に祈祷法要をして庫裏の玄関へ貼りだす習慣があります。

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冬支度? 

2011/04/15
Fri. 08:05

もう半年も前のことになりますが、長い間闘病生活を続けていらした檀家さんのご主人が亡くなって、お葬式から百ヶ日まで一人残された奥さんと仏事のお付き合いをしていた時に、その家の脇にある大きくて立派な欅の大木を切り倒すという話が出てきて、これは何としてでもおすそ分けを頂かないと欅がかわいそうだと思って奥さんにお願いすると、何ともあっけなく快諾を頂き、やっとこの春になって寺への往復に寄り道をしながら例のポンコツ君に少しずつ積み込んでいるところです。
まだまだあと5~6回は往復しないと全部撤去移動できそうにありませんが、それを完了できた暁には、目出度く2年分くらい先までストーブの燃料が確保できそうです。

最近は、山の木もなかなか高く売れなくて、わざわざ林道を仕立てて目指す巨木までたどり着こうなどと云う業者さんもほとんどいなくなったそうです。
その欅も、元の藁屋根の母屋を取り壊して新築した家の屋根や雨どいに落ち葉が溜まって掃除も大変だし、結局維持費もかさむということが分ってから、それじゃあいっそのこと切り倒してお金に替えた方が良いということになって伐採を思いつかれたそうです。
ところが、業者さんも切り倒してみないとその木が高値で売れるか分らないところがあるようで、倒したあとに値踏みして売れるところだけを持って行って、あとは現場で腐らせるのだそうです。

実は結局、奥さんも廃材の始末に困っていたとのこと。
一昔前などは、枝木ひとつも大事にしておくどさんやお風呂の焚付けにしたりしていたものですが、時代が便利になるといらないものや捨てるものがどんどん増えていっているような気がします。
周囲には畑と田んぼと山しかないような田舎でもそのような暮らしぶりですから、自然の循環も知らない間に少しずつ何かしら狂いが生じはじめているのかも知れません。

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山の恵 

2011/04/05
Tue. 07:44

万善寺の庫裡から西へ200mばかり離れたところに老住職夫婦が10年ほど前まで耕し続けていた畑があります。
今は畑までの距離を歩くことが難しくなって、もっぱら筍や蕨、蕗などの旬のものを収穫する程度のひら地になっていて、それも整備されないまま次第に自然の山へ帰りつつあります。

冬季の豪雪がなかなか解けないまま4月に入っても手付かずのまま放置し続けていたそのひら地へ行くまでの小道を、これも降り積もる雪に絶えられなくて倒れた山桜の枝木が壁のようにふさいでしまっています。

山から雪が溶けはじめると、このような状態は寺の周辺だけでなく地域一帯あらゆるところで見られるようになってきました。
いつもだと近所の町の林業会社へ連絡したら、すぐに職人さんがやってきて片づけてくれるのですが、今年は需要と供給のバランスが崩れていつになるのか予測不能状態のようなので、結局、私がコツコツ切り刻みながら片づけることにしました。

ストーブ燃料の薪は、だいたい2年先まで用意してチビチビ乾燥させて確保できているのですが、今年はいつもより使用頻度が多くなっていただけに、「山の恵」と気持ちを切り替えて、この間から伐採作業にとりかかっています。

なかなかじっとできないおかみさんが私の作業のすぐ近くまでやってきてあれこれ動き回るので作業がはかどりません。
自然を相手の人の営みのチッポケさを感じながら汗を流しています。

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島根グルッと200km 

2011/03/01
Tue. 01:04

万善寺老僧の定期的通院はだいたい1ヶ月に一度くらいありますが、前回は寺の辺りが豪雪だったため、私の道中を気遣ってタクシーと町営バスと路線バスを乗り継いで自力で出雲の病院まで出かけたという話をおかみさんから聞きました。
つまり、老僧が今年になってから一回だけ私に内緒で行動したということです。

黙ってくれていれば知らなかったことなので心も傷みませんが、あとになってあれこれ大変だった道中記を聞かされてしまうと、かえって私が1日老僧につき合ってあげることの方が気が楽でもあったりする訳で、老夫婦の気遣いには若干チグハグなところがあって困ったものです。

そんなこともあったりしたので、色々と老夫婦の会話に気を配っていると案の定、この度の通院も秘かに計画が実行に移されようとしていることが発覚して、際どいところでくいとめることが出来ました。
通常は、100km程度の走行距離で老僧の通院付添が完了しますが、今回は仏具や線香などの消耗品購入と各種書類の申請業務を上手に抱き合わせ、坊主家業の外交事務を一気に済ませてしまうことにしました。

このところ遠出が続いて疲れ気味で、黒い排気ガスが絶えないポンコツ君にがんばってもらわなければいけないので給油をしに行く途中、何時も通り続けている道端にドラえもんとアンパンマンの木彫?を発見しました。
あれだけ何度も行き来していて初めて気がついたことになります。
木彫の二体はあまりにも黒ずんで薄汚れていて動体視力の低下した私の目では運転しながらの確認が無理だったので、ジュースを買うフリをして幅寄せをしてからじっくりと鑑賞させてもらいました。
細部にまで気を使ったノミの具合などなかなかの一木造りの力作で、彫刻文化の大衆化を垣間見たような気にもなったりして思わずニヤついてしまいました。

辺境の地島根県ですが、一日で200kmも走行するとアレコレ色々な発見があったりします。

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1ℓの汗 

2010/07/22
Thu. 02:21

どうやら梅雨が終ったようで、このところ絶好の草刈り日和にしては少々暑すぎますが、この時期を逃してしまうとどんどん草の芯が丈夫になって草刈刃のチップがすぐに丸くなってしまうので、何としてでも今のうちに一刈りすませておかなければいけません。

ということで、この間からチビチビ万善寺の周囲を刈り続けていますがなかなか終りません。
老住職は朝の涼しいうちから低木の剪定を始め、おかみさんも曲った腰をもっと折り曲げて庭草を取っています。
そんな姿を横目で見ながら見て見ぬふりをするわけにもいかないので、モタモタと作業着に着替えて草刈り機に油をついでやっと作業開始です。

老住職夫婦は、80歳を越えていますが、ほぼ毎日外仕事を探して動き回っています。悪天候で外に出られない日はごそごそと家内の用事を見つけ出して何かしら働いています。
まさに「一日不作、一日不食」を態度で教えてくれています。
チョット残念なのは、老住職の忘れ癖とおかみさんのとめどないおしゃべり。
これがなかったら平和で穏やかな一日が過ごせるのですが、なかなか思うようにはいかないものです。

いずれにしても、老住職夫婦の健康の判断はこの毎日の作務(さむ)にあるといっても良いでしょう。
当たらず障らず手を出しすぎず、程々の距離を置いて二人のフォローをするのはなかなか骨の折れることですが、これも自分に与えられた仕事のひとつなのだと一人納得しながら、一方で適度な現実逃避の理由を作ったりしているもう一人の自分がいることも事実。
まだまだ五蘊(ごうん)の自我の呪縛に締め上げられている自分なのであります。

最近の田舎坊主で電動草刈り機を使えない坊主はまずいないでしょう。
電動草刈り機を使っている彫刻家はどのくらいいるのでしょう?
吉田正純、吉田満寿美、周藤豊治、松本健志、伊藤真美・・・本多正直あたりも使ってそうだなぁ。
女流彫刻家でチェンソー使っている人は結構いると思うけど、電動草刈り機が使えるのは吉田満寿美くらいだったりして。もしそうだったら希少価値です。大事に育てなければいけません。出来たら何処かのボーズ頭の彫刻家より上手になってもらいたいものです。

そんなささやかな邪念をはぐくみながら2ℓの油が無くなるまで草刈りは続き、流した汗の補充に1ℓの美味い井戸水を飲んで、ひとまずこの度の作務を終了しました。

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IMG_8351.jpg駐車場の隅にある井戸は水質も良くて美味いのです

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万善寺 

2010/06/13
Sun. 08:01

このところ万善寺の作務が続いています。
「作務(さむ)」とは、寺の仕事のことです。
坊主の間では、この作務も修行の一つと考えられています。

この時期の万善寺の作務は、もっぱら草刈りと畑仕事。
中でも厄介なのが、はびこった竹林の整備。

見渡す限りの緑の森に、咲きほこる花々、おたまじゃくしに飛び交うツバメ、庭先で鳴く鴬、鶺鴒などなど、世の中は新しい命がひしめき合っています。
・・ということは、一方で弱肉強食の世界が淡々とくり返されているという現実。

作務の没頭の中で見聞きする眼前の営みは、「はかなさ」を具体的にわかりやすく私たちに教えてくれています。

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隣の庭 

2010/05/08
Sat. 07:46

吉田家の両隣は空き家です。
一方は近所の分家で、何かあってもすぐに対応できるのでとりあえず問題ありません。
もう一方は名義人が関東に在住で、何かと苦労します。
管理者がいないので、庭の草刈りや伸びた枝木の伐採などをすることになります。
春から秋にかけては目が離せません。

愛用のメガネを無くしたのもその作業の最中です。
くよしの煙が臭いと末娘に叱られるのも隣の庭のヨモギです。
この間は、廃屋の蔵の棟瓦がシキビの苗木のすぐ隣に落下しました。
とにかく何かと手がかかります。

救いといえば・・
2日ごとのワラビ狩りと我が家の老犬の散歩が手軽にできることくらいでしょうか。

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2010/05/07
Fri. 19:33

寺のおかみさん(my mammy)の趣味は畑仕事。
春は、苗物の植え付けがあるので天気の良い日は毎日畑に出ます。
80を過ぎて腰も曲り、畑への坂道は四つ足で這いずって上り下りしています。
以前は4ヶ所に別れていた畑も、年と共にに一つずつ減っていって今では2ヶ所になりました。
捨てた畑の1つは山に帰り、1つは竹林になりつつあります。
かろうじて今の季節はワラビと蕗と筍の収穫で畑の原型を保っています。

その元畑から、旬の収穫をしました。
1時間足らずで大小併せて約20本の筍。

おかみさんとワイフは大喜びで、早速筍料理に腕をふるっていました。
一方、私は手のり彫刻のモチーフにしようとデッサンとスケッチを繰り返し、気がつくと夕方でした。

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IMG_7534.jpg根っ子までついた筍をゲットするのは至難の業です

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200km走破 

2010/05/07
Fri. 06:51

老住職夫婦は不死身です。
住職の方は今までに5・6回は手術を経験しているでしょう。
一番最近の手術は8時間を越える長時間のほとんどを癒着切除に使ったようです。
おかみさんの方は心筋梗塞の大手術を克服し、いまだに畑仕事を続けています。

そんなわけで(どんなわけだ?)、老住職の何回目かの精密検査のお伴で中国山地のてっぺんの方から萌黄の春を満喫しながら宍道湖畔の松江まで行ってきました。
最新の医療機器のはしごで病院内をあちこち移動し、道に迷って看護士さんのお世話になりながらの検診は、肉体的にも精神的にもかなりの重労働だったようです。
ここだけの話ですが、おかげさまで私の方は昼のうちから駐車場で爆睡。久々のお昼寝タイムを満喫させてもらいました。

IMG_7517.jpgこれだけ豊富な緑にはこの時期しか出会えません

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2017-08