工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

現代彫刻小品展IN石見銀山情報その14 

2010/08/31
Tue. 09:06

この度、現代彫刻小品展の会場でお世話になっている「カフェのぼせモン」さんは、大田市を中心に色々な業種を多角的に精力的に経営していらっしゃる若い事業主さんが集まって作ったお店のひとつです。
石見銀山がまだ世界遺産登録になる前は、梅の加工工場として使っていたところです。

石見銀山と梅は昔から深い関係にあって、数年前までは地元の観光協会が主催した「梅まつり」が毎年梅の咲く頃ひらかれていたほどです。
坑道の間歩からまだ人力で銀が採掘されていた時代、坑夫達の呼吸器障害を予防するための防塵マスクに塩漬けされた梅が使われていたということが文献資料などからわかっています。
その「梅」をなんとか地域振興の素材として利用できないかと色々考えられて、結果、梅製品の加工場が町内の中心地に出来上りました。

梅を原料にした加工製品は全国何処でも見られますし、田舎の方では各家庭で梅干し作りなどをしていますから、田舎のど真ん中のような石見銀山で製造から販売促進に繋げるまでの企業労力は大変なものだったと思います。
結果的には製造中止から事業撤退に至り、現在の「カフェのぼせモン」さんがあとを引き継いだかたちとなって建物が再利用されることになりました。

前々から石見銀山で彫刻の展覧会を開きたいとアチコチお話しをさせてもらっていたのですが、そのうち世間は世界遺産で盛り上がり、観光と住民の暮らしの両立確保などの難しい問題に、環境問題や自然保護などが加わり、様々な保全活動や地域活用などの協議がはじまり、町内外の住民や企業、行政など関係諸氏の話し合いや調整会議が毎日のようにくり返され、とてもとても吉田の彫刻展話しが入り込むスキがあるわけもなく、しかたがないので町の様子がひとまず落ち着くまで待つことになって、結局、開催にこぎつけたのが今になりました。

町のお年寄のみなさんには、昔ながらの「梅の加工場」の方が馴染深いようで、「カフェのぼせモン」というと、
「そんな遠くの方までは歩いて行けんがねぇ」とか、「そりゃどこらへんにあるんかね?」とか、逆に質問をされたりもしています。
当初の入場者目標は大森町住居件数230軒。
次の入場者目標は夜の大森町住民数400人。
その次の目標は、昼の大森町住民数600人。
その次は・・・・
さて、どこまで延びるか入場者・・・といった感じです。
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机上の花 

2010/08/30
Mon. 08:42

現代彫刻小品展もはじまり、接客の合間を縫ってあちこちの協力していただいた方々への事務処理をはじめつつ、ホームページ資料の整理にとりかかりはじめ、彫刻の写真撮影をしたり、こまごました用事を片づけていたら、調子の悪い足が悲鳴を上げはじめ、これはまずいとベンチで小休憩をしているとまた知り合いがやってきてひとしきり立ち話。
そんな具合の一日が終って、犬のトイレ散歩、夏野菜の収穫、洗濯物の取り込み、とドタバタやっていたらワイフが帰宅。
朝の4時前からキーポンの中国大会シフトで動き続けてグッタリ。
会話の糸口もつかめないまま停滞していた町内の用事を済ませに入れ違いで外出。
このところ何かとすれ違いの多い吉田家でありますが、そんな時に限って色々なことが重なるもの。
長女のなっちゃんが、幼稚園からの同級生が結婚するというので休暇をもらって久々の帰省。
長男のじゅんくんは、吹奏楽の論文作成の資料集めで中国大会目当ての帰省。
それぞれがバラバラのスケジュールで吉田家のアチコチを動き回り、足の踏み場もない状態。
たぶんそれも今日中には一段落し、2~3日したら少しずつ元のくらしが復元できるでしょうが、ここまで色々続くとさすがに気苦労でこころが荒みます。

吉田家の熱い夏がやっとひとやま越えたかな・・とチラリと感じつつ寝る前のデスクワークをしていると、シャワーから上ったキーポンが私の背中を背もたれがわりにひとしきりくつろいでテレビ鑑賞が始まりました。
ワイフの疲れ具合といい、キーポンの甘え具合といい、どうも大会結果が思わしくなかったようです。

万善寺とはケタ違いのそれなりに立派な同宗の寺の坊主玄関鴨居に「看脚下」の大きな額が古びたまま掛けられて有ります。
見るたびに、「足元の話をそんな見上げるようなところに掛けておいてもダレも気がつかないだろう・・」と思ってしまうのですが、それでも、知った人が見るとそれなりに納得できる名言であることぐらいは気がつくはず。

結果は求めるものではなくてついてくるものです。期待が大きすぎるのも目標が低すぎるのもそれなりの結果がちゃんと用意されているはずです。やるだけのことをやればそれなりの結果につながるものだと思います。
ダレよりも本人がいちばんよく心得ているはず。
自分の仕事量に合わせてそれぞれが自分の「看脚下」に思いを駆せることで次の光明も見えてくるでしょう。
長い人生、目先のことでうろたえてあくせくしても無駄につかれるだけ。暇を共有して楽しむくらいの余裕がほしいものです。

・・・ということで、このところのドタバタ続きですっかりと自分の足元を見逃してしまっている間に、一輪の可憐な花がけなげにも咲いていました。

暑いひと夏、隣の水漏れの花器が適度な水分補給を続けて助けてくれていたようです。
出来損ないの花器が一輪の花を助け、たまたま根付いて芽を出してしまった種が花を咲かせてそれに答える。
そんなささやかな気配りが出来なきゃいけないなぁ~と、早朝から勉強させていただきました。

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備考:「看脚下」
「こころの定置を照らせ」とか「こころの灯心を見つめよ」といった感じ。
「まわりが真っ暗になっても足元を照らす小さな灯がひとつあればそれでなんとかなる。その小さな灯を絶やさないで灯し続けることが難しいけど大切なのだよ」といった感じでしょうかねぇ。

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現代彫刻小品展IN石見銀山情報その13 

2010/08/29
Sun. 04:01

暑い日が続いていて、なんと聞くところによると島根県益田市の気温が全国放送のニュースに登場するという快挙を達成したようです。

石見銀山の大森町日中は36度とそれなりの暑さ。
銀山坑道の「間歩(まぶ)」の中は14度と肌寒いくらい。
そんなわけで、観光さんは間歩の涼しさを求めて片道2kmの坂道を大汗かいて登っていらっしゃいます。
間歩の中で風邪をひかないように気をつけて下さいね。

現代彫刻小品展の会場は、業務用扇風機3台の威力で暑い空気をかき回し、耐えられる程度の暑さ。
そんな中、おかげさまで彫刻展目当てのお客様方は午前中の涼しいところでご来場いただき、現在のところ正の字チェックでは100人弱の状態です。

会場受付係の吉田は、調子の悪い足を引きずりながらお客様の対応が延々と続き、結局ベンチでくつろぐことが出来たのはお昼を過ぎてからになってしまいました。
観光の流れでフラリと寄り道したお客様がたまたま出品作家をご存知だったりしてビックリ!
とても熱心にじっくりと1点1点をなめまわすように鑑賞していかれた方もいらっしゃいます。
まずまずの滑り出しというところではないでしょうか。

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これから中学校の奉仕作業です。
私は汗を流してから会場受付に出発。
母娘は、松江で吹奏楽中国大会。
吉田家の熱い夏はいましばらく続きそうです。

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現代彫刻小品展IN石見銀山情報その12 

2010/08/28
Sat. 08:44

みなさん、ついにはじまりました。
オープニングでは作家が10人位集まって作品解説。
大森小学校の校長先生や、自治会長さんや、町内のご老人ご夫婦や、フランスの交響楽団の首席奏者ご夫婦など、いっぱい集まってくれました。

彫刻家30人、彫刻作品48点が最終的に集まりました。
ご近所さんは、お気軽にお立寄り下さい。
吉田が会場でお待ちしております。

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現代彫刻小品展IN石見銀山情報その11 

2010/08/27
Fri. 03:12


さてさて・・・どうにかこうにかおおよその展示作業が見えてきました。
初日の開始時間までの1時間で勝負!・・・というところです。

浜田からは館長さんがかけつててくれました。もちろん彫刻と一緒に・・・
いつまでたっても創ることへの情熱と意欲を失わない姿勢は学ばなければいけないと感じます。

九州からは夜行バスで彫刻と一緒に駆けつけてくれました。
近所からは出勤前に駆け込み搬入をしてくれたり、日時指定できっちり彫刻を送り届けていただいたり、出雲時間を厳守して作品を集配しながら駆けつけてくれたりと、鼻水が出るほどの感謝の波が押しよせてきました。

彼らの労に報いるためにも是非とも展覧会を成功させねばなりません。
せめて、ブログ訪問者の皆様はダレよりも早く駆けつけていただきたいと、ささやかな期待を胸に秘めながら眠りにつきたいと思います。

おまけですが、長男のじゅん君が珍しくフラッと帰省して、展示台倒れどめの土のう作りを手伝ってくれました。
やはり、男は若いうちは頭より身体です。
珍しくとても良い働きをしてくれて、とてもビックリしています。
・・・が、何か魂胆があるに決まっています。
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稲刈り 

2010/08/26
Thu. 02:48

春先は寒い日が続いて、今年の米は難しいかも知れないとあちこちでささやかれていましたが、結局は予想に反してそこそこの豊作になるようです。
現代彫刻小品展の展示作業で工場と会場を往復している間に、稲ハデが出来上がり、稲干しが始まり、夕方には田の半分まで農作業が終了。
何処かの誰かがヨロヨロモタモタと要領悪くやりくりしているのとは大違いのスピードでした。

筋金入りのお百姓さん曰く、
「今年の豊作は見た目の問題で、案外美味い米が出来ないかもしれんでぇ~」だそうです。
原因は、
1)暑さと水の関係・・・平地の水田は水の供給が不十分
2)昼夜の温度差・・・・昼の気温が高すぎて夜の気温が下がり難い
このような状況が長く続くと、米の実入りが良くても、炊き上がりがふっくらとした透明感のある米粒にならないで、もち米のように白くにごってしまうのだそうです。それだけではなくて、精米の時米がハジケ割れて粉っぽくなるのだそうです。
そのような米は結局お金にならないので、豊作になった分だけ労働に無駄が出るのだそうです。

米作りのプロの目は見る先が違うと痛感したしだいです。

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山がアブナイ 

2010/08/25
Wed. 08:09

しばらく前から気になっていましたが、夏に入ってから急に増えてきたように思います。
みなさんの周辺はいかがでしょうか?

真木は、椎茸を作る原木にもなるようですが、その木をめざしてムシが入り込んできています。
特に巨木を中心に被害が拡大しています。

椎茸の菌糸はある程度年数が経った大きな木でないと育たないようで、幼木を倒しても栽培には繋がらないそうです。
工場の近所のお百姓さんは、自然のことを良く知っていて、色々と面白い話を聞かせてくれます。
昔は秋に山に入って木を切り倒したそうですが、最近は気温の関係で入る時期が1ヶ月くらい狂ってきているそうです。
彼は、人工的に椎茸菌を植え付けるようなことはしないで、適当な長さに切りそろえたものを井げたに組み上げてそのままにしておくのだそうです。
ある程度成長した椎茸の木は、だいたい椎茸菌が入り込んでいるから、それがだんだん活動を始めて自然に椎茸が出来るのだそうです。
正に自然栽培のほったらかし栽培です。

木を切り倒す時は、山の形状や周辺の木とウインチを巧みに利用して、他の木に出来るだけ傷を付けないように切り倒すのだそうです。ワイヤで吊られた木にチェンソーを入れて木が切り離されると、吊り上げられた木の切り口から大量の水が逆流してくるのだそうです。
その水は、何とも言えなく美味しいそうです。

想像できますか?
天然のミネラル水を切り倒した木から直接飲む豪快さ・・・

今は、山に入る人がほとんどいなくなって山がかなり荒れているそうです。
小さなムシの襲撃に耐えきれなくて立ち枯れする山の巨木たちを見ると、そんな話しを思いだします。

石見銀山の広島側入り口にあるトンネルは、代官所の長屋門がデザインされています。
その真上の真木も被害に遭って枯れました。
私のような無力のコレッポッチ人間には何も出来ませんが、ひと昔前は、山のことを良く知っていた人達が集団で山を育てていたから、このような害虫の被害に遭うこともなかったそうです。
「このあたりは自然が残っていてきれいねぇ~」なんて云う声を観光さん達から良く聞きますが、
「実は、この辺り一帯の山は昔、人工の植林地だったんですよ」と答えます。
人の手が入って、整理された木々が適材適所に育っていた時代もあったんですよね。

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私の周辺では、クヌギやシイ、クリなどの雑木を真木と総称して読んでいるところが多いようです。
枯れている木は、どれもかなりの巨木ですが、ムシの入った木は、立ち枯れて腐っても、新芽が吹いて再生することは無いそうです。
ほとんどの古木は、自然に寿命が尽きると、枯れ朽ちたところから「芽」ではなくて「根」の元が地面に向かって伸びていくのだそうです。
この話しはどういうわけか、近所の大工さんから聞きました。
お百姓さんといい大工さんといい私の周辺には物知りの方々がいっぱいいらっしゃいます。

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現代彫刻小品展IN石見銀山情報その10 

2010/08/24
Tue. 10:03

この頃の吉田は体調がすこぶる悪く、身体の内外の障害でロボットのような動きをしています。
寝込むわけにもいかないので、ダマシダマシ仕事をしているわけですが、それに輪をかけるように一人では手に負えない期限付き用事が舞い込んで、そのほとんどをキャンセルするも、限界があってギリギリの暮らしをしています。

そのようなドタバタの中、展覧会の2週間期限付き看板が出来ました。あとの請求が恐ろしいほどの大工さんの力作です。

石見銀山は、世界遺産登録にあわせて「大森町住民憲章」なるものを自治会協議会が中心になって作りました。
あくまでも、住民が暮らしやすい町を維持するために幾つかのルールも併せて検討されました。
その一つが「看板」です。
道案内のサインやお店の看板、店頭の店作りまで事業主さんと話し合いながら決められました。
ひと頃は必死の営業におされて、なかなかルールが浸透しない時期もありましたがそれも一過性のもので、世界遺産ブームが下火になると、自然に過激業者さんの姿も消えていきました。

そんなわけで、あの当時にこのようなデザインのポスターや看板を掲示することは信じられない話しでした。
小心者の吉田は今でもドキドキです。
関係の方々の見て見ぬふりを期待しつつ、何とか会期終了までこのままの状態をキープしたいと思っています。

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右手の2階家は空き家です。改築の手が入らないまま雨漏りが激しくなっています。
現在の吉田家も入居前はこのような状態かさらに傷んでいたかも知れません。

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彫刻展の展示台を一手に引き受けていただいた大工さんのおうちにも、ちゃんとポスターが張ってあります。

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猛暑お見舞い 

2010/08/23
Mon. 02:23

このところ現代彫刻小品展の事務処理で電話番号や郵便番号や所番地や作品点数や通帳や請求書の金額や血圧計のデジタルや何やかやと数字ばっかり見ていたら老眼鏡の度数が0.5度上ってしまいました。
世間の気温は0.5度では納まらないくらい上昇を続け、石見銀山入り口の温度計もついに37度を確認。
仕事部屋の四畳半も扇風機2台では暑い空気をかき混ぜてるだけでなんの冷却効果もなく、首筋から胸骨の辺りをツツゥと汗が流れ落ちる。胃の辺りからある時は右脇腹へ、ある時は左脇腹へ、時々ヘソをめがけて流れる汗の軌跡を感じながら仕事をしていると、人間も自己相似性を形成しているんだなぁと納得してしまいます。
そんなことを思いながら、加熱したパソコンを休ませる短時間、ゴロリと横になって目を閉じると、マタマタ汗の流れが変わってオヤジ体形が想像できてしまう。その流れは必ずしも秩序的な予測の範囲でおきる現象とは言い難く、滑らかであり複雑でもあり、見た目の相似形が実はかなり歪みねじれた非対称の複雑なものであることに気付き、しらないあいだに既成の概念に捕らわれてしまっている自分の存在に震える・・・とその辺りまで思考を廻らしたら少しだけ涼しくなったような気になって、遠くの方から誰かのイビキが聞こえているなぁと何となく意識していたらそれはうたた寝中の自分でした。
まっ、ようするに仕事がはかどっていないということであります。

今さら焦ってもしょうがないと思う反面、やはり仕事の遅れは不安のタネになってこころ乱れる。
こんな時はジローキーからの猛暑お見舞いでタネをネタに変えてみよう!
と思いつき、早速使わせていただくことにしました。
ジローキーさん、どうもありがとうございます。

~「ジローキーの世界その3」~

タイトル:「夏河馬」
撮  影:匿名ジローキー
勝手寸評:
水を流す前に見下ろし健康状態を確認して安堵する心境を斬新な構図で表現する。直線のゆらぎがその緊張感を強調し画面に深みと奥行きを与え、感情の視覚化に成功した労作である。

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どうですか、みなさん。少しは涼しくなりましたか?

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現代彫刻小品展の追い込みで、このところ昼の間は石見銀山、夕方から万善寺、弘法さんや観音さんや地蔵さんや七面さんや・・・もろもろの祈祷法要や地域の先祖供養でアチコチ出かけたあと、また石見銀山へとんぼ返りしてキーポン弁当の下ごしらえや洗濯などを済ませて、マタマタ彫刻展のデスクワーク・・・といった毎日が続いています。

石見銀山は、夕立もこないで久しく雨が降りません。
さすがに夏野菜も干からびてきてやたら皮の硬いトマトやキュウリなどを収穫しています。
贅沢キーポンは野菜達の表情を目ざとく見破ってなかなか手を付けようとしません。
クレーマーオヤジとしては、ひとまず自分の不摂生を棚に上げておいて、愛しい我が子の健康を気遣い、バランスの良い食生活を提供しなければならないという重要なミッションを達成すべく日夜努力をしているわけです。

そんなわけで、ふぞろいのトマト達や曲ったキュウリはお昼の弁当に納まります。

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小分けしたご飯はあと2日分くらい冷蔵庫に確保してあります。
レンジでチンをごまかす手段は様々ですが、この度は韓国ノリをあしらってみました。
オヤジのおすすめは弁当箱の中央につつましく配置された大人の味「親鳥の酒浸し焙り焼き」・・つまり、酒のつまみの横流し。なかなか噛みごたえがあって顎が鍛えられます。
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マカロニカルボナーラはいまいち受けが悪かったですが、ブタキムチは気に入ってもらえたようです。
オヤジは礼によって冷ややっこに夏野菜で一杯。

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夏の空 

2010/08/21
Sat. 09:34

お盆も過ぎて少し涼しくなりましたね・・というのはウソ!
・・早速、道元様の教え「不妄語戒(ふもうごかい)」に背いてしまいました。

このところ、お盆行事の最後のひとやま兼、秋のお彼岸のプロローグがはじまりつつあります。
万善寺は琴引山にあった寺町から現在の場所に移動したもののようです。
詳しい資料が散逸していて、そのスジの方々の話しを整理するとどうやらそのようなことになります。
寺町の時代は早くは平安・室町から主に戦国の毛利・尼子と栄え、江戸から明治期に焼失や衰退宗派替えなどがくり返され、今に至っているようです。

仏教僧侶の妻帯が許されるのは日本だけのようです。万善寺のような曹洞宗寺院の場合、宗門からの表立った許可が下ったのは大正期の頃のような話しですが私はそこまで勉強できていません。現在でも表面上は世襲を認めず師弟継承になっているので、寺名は変わらないけど坊主の名字が変わるようなことがよくあるようです。
そんな関係で代替わりが頻繁に続き、室町期の開祖さんから数えて私が住職になれば23代位になるはずです。
なれるかどうか分かりませんが、この辺りが日本独特の「在家坊主」といわれる所以でしょう。

さて、そんな訳で、万善寺周辺の地域が昔の古戦場だったことや農業地帯であることなどから、様々な仏教崇拝が残されているところです。
弘法さん・観音さん・地蔵さん・七面さん・馬頭さんなどをお祀りして無病息災・身体安全などを祈願したり、道具代わりの消耗品だった牛馬の供養をしていただくところからはじまって、それにお盆恒例の先祖供養の塔婆回向が加わって、全盛期はそれぞれの地域でお盆の恒例行事になったりして今に至っています。
時代と共に地域のお年寄や家長の考えも変わり、規模も縮小傾向にありますが、それでも毎年お声がかかって色々な地域に出かけます。

だいたいそのような法要は夕方から夜にかけてのおつとめが多いので、その日もギリギリまで現代彫刻展小品展の用事をして万善寺へ走りました。
途中、バケツをひっくり返したようなものすごい雨が降ってきて、ポンコツ君のワイパーモーターが壊れないかと心配するくらいでしたが、琴引山の辺りはまだそれでも明るいし、青空も見えているからそのうち止むだろうと思いつつ走っていると急に乾燥した路面に変わり、それまでの雨がウソのように何事もなく晴れていて、もちろん万善寺は一滴の雨も降っていませんでした。
たった半径2~3km程度の集中豪雨だったようです。
これじゃぁ突然の川の増水も気がつきませんよね。

IMG_8706.jpg正面の山が琴引山

IMG_8719.jpg万善寺上空は入道雲もなく良い天気・・・というより暑い

備考:「不妄語戒」(ふもうごかい)
曹洞宗開祖道元禅師の教えの一つで、「簡単に嘘をついたり人をだましたりしてはいけませんよ」のような意味

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現代彫刻小品展IN石見銀山情報その9 

2010/08/20
Fri. 23:28

展示台制作が最後の追い込みにはいっています。
今回の展覧会は、できるだけ地元地域の皆さんの手間をお借りしようと思っています。
田舎世間の一般の方々はこういう仕事でもしないかぎり親近感を持って間近で彫刻と触れ合えるような機会はなかなかないと思います。
本音を言えば吉田の彫刻など、こういうお付き合いをしないと誰も見てくれない訳でして、展覧会は私の彫刻を観てもらうための手段なのでもあります。

町屋大工さんの鬼村さんは、石見銀山が世間遺産になるずっと前から伝統的建築物の増改築や保存活動に取組んでいらっしゃいます。作家の出品が増えるたびに嫌な顔一つ見せないで展示台を増産してもらっています。

内装職人の岡君は、彼が高校の頃からの付き合いで腐れ縁というやつですが、2代目の立場に甘えることなくコツコツと良く働いてくれます。結婚もして子供もいて、良きパパを演じつつ和太鼓にはまったりもして、それなりに田舎暮らしを楽しんでいるようです。

出品点数で40点を超えるまでになりました。彼らには、真っ先に展示された彫刻を見ていただきたいと思っています。ついでに私の彫刻も観てもらえるとありがたいと思います。
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クレーマーオヤジの奮闘記(夏バージョン) 

2010/08/20
Fri. 11:16

色々あってまたまたクレーマー週間がスタートしました。
掃除洗濯家事オヤジの暮らしがしばらく続きます。

7月から引きずっている足の不具合をいたわりつつ、吉田家作務に励んでいると、気がつけば既にお昼間近。
いつまでたっても仕事量が減る訳ではないので、ひとまずティータイムを決意したところです。

中国大会とサマーコンサートが控えている末娘は、連日の部活で朝からいつものように学校。
休み中は給食がないので弁当。
アレコレ作って弁当に詰めた残りが私の昼食になります。

友人の彫刻家がこの度の彫刻展に参加してくれて、テラコッタの彫刻と一緒に梨を送ってくれました。
これからしばらくの間、朝食やお昼のデザートで楽しむことができそうです。
美味しいうちにお寺やご近所さんへもおすそ分けしようと思っています。

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ひと休みしてメールチェックをしているとその友人から訃報が届いていました。
お父さんが永眠されたそうです。
彼には当初、この度の展覧会のギャラリートークをお願いしていたのですが、それも難しくなりました。
というより、なかなか気の休まらない家庭の事情を抱えるなかで捻出していただいた時間と労力に頭が下がる思いです。

他にも、梱包時に作品破損があって出品を断念されたり、自らの入院治療に入る前の貴重な時間を作品発送作業にさいて下さったり、ご家族の手術が重なったり、ご自身の個展会期が重なったりと、さまざまなご事情のあるなかでの展覧会開催協力に対し、感謝の気持ちでいっぱいです。何にも代えることのできないおおきな布施を頂いた思いです。

会期初日まであとわずかですが、クレーマー暮らしに流されることなく、気を引き締めて眼前の事実を一つ一つ乗り切るつもりです。

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施食会 

2010/08/19
Thu. 02:03

万善寺夏の大イベントが終了しました。
老住職はこの日に向けてずいぶん前から本堂の飾り付けや施食棚の移動などセッセと働き続け、当日が終るとヨレヨレ状態でグッタリするほどの気の入れようです。
今年は珍しく吉田家のじゅんくんがフラッと3日間くらい寺へ舞い戻って、老住職と一緒に本堂の飾り付けなどを手伝ってくれました。おかげで私は棚経の合間の肉体労働が軽減できて大助かりでした。

昨年までは、近隣の寺院が6人集まって万善寺の住職と私が加わり坊主8人体制で施食会(せじきえ)を行ってきましたが、今年は1寺院が高齢のため欠座となり、坊主の世界も高齢化の波がおしよせて来始めたことを痛感しました。
万善寺の老住職が現在近隣寺院の最高齢になります。今回欠座の住職は同い年だったので、老住職も複雑な思いであったことでしょう。

万善寺の次に若い明窓院さんは、近所の町医者でお布施代わりの点滴をうってひと夏を乗り切りますが、80歳を過ぎてミッションの4WDを乗り回しています。
「この頃は車のカギを何処へ置いたかすぐ忘れてやれんわぁ~。カギがないと帰れんデェ~」と法衣を着替えながら大騒ぎ。
限りなく80歳に近いかろうじて70代の浄土寺さんは、
「ワシなんか頭にのせたメガネを必死で探すことなんかしょっちゅうヤ」と追い討ちをかけ、
似たような年の金洞寺さんは、
「ひとりでお経よんどったら般若心経がいつまでたっても終らんがのぉ~」とつぶやき、
それでもそれなりに若い観音寺さんは、
「チョット用事があって・・」と一足先に失礼したあと駐車場で隣の車に接触。結局一番最後になって苦笑い。
一番元気な長栄寺さんは、早々と息子の副住職へ代替わりの手続きをすませ、この秋の大々的な法要が終ると隠居老僧が確定。あとは社教のお仕事が待っていてこちらは悠々自適。

田舎の在家坊主の現状はこんなもんです。
餓鬼に食を布施するどころか、自分の食いぶちも確保できるかあやしいものです。

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彫刻ゾクゾク到着 

2010/08/18
Wed. 07:58

なんて美しいのでしょう・・・
いつもは開包してもらう立場が多い吉田ですが、この度はその逆。
汗を流しつつも慎重に、ワクワクしながら開包作業を進めています。

彫刻の荷造は作家の性格がよく見えます。
「・・らしいなぁ~」とニヤッとしてしまいます。
・・というより、すごいと思いませんか?
彫刻に向ける愛情がヒシヒシと伝わってきます。

一部をご紹介しましょう。
手作りの木箱に入っているもの、市販ケースを上手に流用したもの、箱を解体しないと取り出せないほどシッカリと彫刻を固定したもの、パーツを精密機械を取り扱うように一つ一つ梱包したもの、逆に少し動くぐらい緩やかに梱包したもの・・・皆さん、クッションや梱包材などをとても上手に使っていらっしゃいます。

プロの彫刻家魂を感じます。
心を込めて作った彫刻を心を込めて梱包し、受けとった人の気持ちを考えるまでの余裕と優しさと気配り。
良い仕事はこういうところで判断できるような気がします。
学ばなければいけません。

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現代彫刻小品展IN石見銀山情報その8 

2010/08/17
Tue. 09:10

おまたせしました!・・・といってもどれだけの方がお待ちしていらっしゃるか定かではありませんが・・・
標題の展覧会開催もカウントダウンに突入しました。

今週前半で報道関係の広報を発送し、届いた頃に押さえの電話でもしようかなぁと思っています。
吉田家のウグイス嬢は、これから1週間用事で留守にしますので、ウグイスオヤジで対応するしかないかなと思っていますが、掴み損ねてしまいそうでチョット心配。

ウエブディスクにも掲載しておきましたので関係者はご確認下さい。

「お知らせデータ8.17」フォルダ

趣意書

当初、展示台規格を統一して制作に入りましたが、その後島根を中心にワガママモンが出没しはじめ、急きょ一回り大きい規格を追加制作しています。
45センチ正方形で高さは変わらず・・・ですが、全部で16個追加用意が出来ると思います。
これ以上ワガママモンが増えないように期待しつつお知らせいたしまス。

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お盆特集(お仏壇) 

2010/08/16
Mon. 09:42

毎日のようにというより、この時期は1日で50本前後の線香に火をつけて歩いている訳で、鼻の良い私は線香の香りで窒息しそうな勢いです。

線香臭くなくても日頃から私に寄りつこうとしないワイフは何時にもまして遠ざかり、甘えお嬢の反抗期末娘は「臭い!」の一言でオヤジとの会話が激減し、このままでは吉田家家庭崩壊に陥りそうな雲行きです。

最近の事情で、日々マニアックな世界にハマリつつある吉田のブログに寄り道していらっしゃる方々も、どうせマニアックな話題なら、もうそろそろ線香臭い話しから彫刻の世界に戻ってほしいと思っていらっしゃることでしょう。

という事で、この度は彫刻ネタを用意いたしました。
といっても話題は結局、お厨子に安置の観音さま。

石見銀山工房むうあartgalleryは現在、吉田一家が居住する自宅の一部屋を開放したものですが、その隣の部屋で現在私の書斎件仕事部屋になっている四畳半に先住の仏壇がありました。
その仏壇には、供養されることもなくそのままになっているその家の先祖さんと思われるお位牌が林立し、中央にはフタの閉じられたお厨子が埃をかぶって安置されてありました。

入居のお世話をしていただいた町内の方を通して、今は転出された元の持ち主やその家のいきさつなどを聞きとってやっと宗派がわかってお位牌の引き取りに手を尽くしましたが複雑な諸々の事情でそれも叶わず、結局近所の同宗のお寺へお位牌と供養料を添えて預かっていただくことになりました。
残されたお厨子は、本来なら私がお守りすることになるのですが、かえって万善寺の位牌堂に安置されたほうが良いだろうということでところ替えのお引っ越しとなって今に至っています。

みるところ、とても精巧で品も良く立派なつくりで老住職も一目で気に入ったようです。
その後20年近く経過し、今では朝夕のおつとめに欠かせない存在になりました。

棚経で家々を歩いていると、様々なお仏壇に出会います。
仏具の配置など、厳しいことを云えばいろいろありますが、ようは日々の心の持ちようが大切。
香華燈燭の心がけだけでも欠かさない暮らしが出来るとよいと思いますが、なかなかそれも難しそうです。

最近、電気の蝋燭に造花の花、電熱器の香炉まである電化製品仏壇に変わってきたお宅が増えてきました。
線香をつけようにも火の元がありません。そろそろ着火マンを棚経グッズのひとつに加えなければならなくなってきたようです。

ここで仏壇一口メモ

1)お華・・・仏壇にお供えのお華はお釈迦様の「慈悲のこころ」
2)蝋燭・・・仏壇にお供えのご燈燭はお釈迦様の「智慧のこころ」

を、私たち生きている者たちがいただいていることなのです・・・合掌・・

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お盆特集(意識界) 

2010/08/15
Sun. 06:48

そろそろ棚経も終盤にはいり、朝早くから帰省の車列の波を潜って最後の追い込みをかけています。

例年は帰省の家族でにぎやかなお宅が多かったりするのですが、何故か今年はとても静かなお盆になっています。
世間のお盆が土日と重なったせいかもしれません。

万善寺のある地域の棚経は、宗派や檀家の区別なくおじゃましているお宅が多くあります。
いつものことですが、今年も初盆を迎えるお宅が増えました。
昨年は元気でお話しさせていただいたお方が、今年は鴨居の額に納まっていらっしゃる・・・
それほど深いお付き合いをさせていただいている訳ではありませんが何か淋しさを感じてしまいます。

さてさて、棚経も毎年のこととなるとこんなたよりない「いっとき坊主」でも訪問を楽しみ待って下さるご老人がいらっしゃらないわけではない。
なかなか日常の会話の中で聞いたり話したりすることが難しい仏事や仏道の悩みごとなどを、1年に一度一つずつお話ししたりされたりの関係が続いている訳です。

私は説教坊主ではないので、法話のようなお話しは出来ません。
だいたい、その時の相手の雰囲気を察して探りを入れたりするタイプです。
「今日は忙しそうだなぁ」と感じればサッサと失礼して去っていきます。
「今日は求められてるなぁ」と思えばお茶の用意を待ちながらチョット探りを入れたりします。
「今年の仏壇は乱れてるなぁ」と見えればそのあたりの様子をうかがったりします。

具体的にそこに存在する世界のお話は皆さん良く理解されて納得されます。
日々の暮らしの中で工夫していただいているかどうかは別ですが・・・
「眼耳鼻舌身」の五意識のことです。
ざっくり云うと一般的に「五感」というやつだと思っていただいて結構だと思います。
この辺りのところであまり主観が強すぎると付き合いの摩擦に繋がります。
毎日の暮らしのお茶飲み話で少しずつお互いの主観を調整しあっていくことがお付き合いの基本です。
最近は、それがとっても少なくなったような気がします。

六番目にあるのが「意識」で、あの般若心経では「意識界」とあります。
その「意識」とは「心」とか「気持ち」とか、そんな領域でくくられるものだと思っていただくと分かりやすいと思います。
世間で云うところの「心身」の「心」の部分だと云っても良いでしょう。

この「意識界」のありようで、人の暮らしはどのようにでも変わり、人のつき合いも人の見方も全く変わってきます。「人」とは自分のことでもあり他人のことでもあります。
自分で自分のことを十二分に知り尽くしているエライ方はなかなかいらっしゃらないと思います。
吉田など、どちらかというとその辺りを避けて暮らしたりしているほうですから、よくワイフに「自己中だ!」と叱られます。自分では「自己満だ!」と云われないだけましだと思ったりしています。

「心」のお話しなど、自分で聞かされるのも避けて通っているくらいですから棚経の出先でお話しするようなことはまずありませんが、無い訳でもありません。
そのようなお方が何人かいらっしゃって、私がおじゃますると目がキラッと輝きます。
私は背筋に寒いものを感じて、できるだけゆっくりお経を読みながら時間稼ぎをしたりしますが、悪あがきです。
せめてもの救いは檀家さんでないこと。
年に一度くらいのお付き合いが妥当です。それでないと私の心がもちません。



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summer of 2010!  

2010/08/14
Sat. 02:40

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ボーズの吉田は、夏の寺の用事にいつも老住職が使っているバイクをよく使っています。
理由は・・
1)夏の田舎ボーズの定番
2)涼しい
3)お手軽
4)燃料の節約
5)玄関先へ横付けできる
・・・といったところです。

万善寺の檀家さんは何故か車も入らないような奥深いところで生活していらっしゃるつつましい方が多くて、このところ続いている棚経もそのようなお宅へおじゃまするにはバイクが都合良いのです。

Mさん家は、琴引山(ことびきさん)の山腹の谷奥の棚田の最上部脇にあります。
数年前に亡くなったおじいさんがまだ元気だった頃、林業と農業の仕事を両立するための拠点としてその家を譲り受けられました。
その後、役場と根気よく交渉を続け、途中で途切れていた林道を家の前まで延長させることに成功し、ずいぶんと生活が楽になりました。
そのおじいさんの連れ合いのおばあさんが亡くなった時は冬でした。
老住職は雪道を半日かけて歩き続け、お通夜からお葬式にかけてその家から一番近い同じ集落の隣家で一泊し、また半日かけて次の夕方寺へ帰宅しました。

今でも万善寺周辺の田舎は集落のみんなが集まってお葬式のお手伝いをします。男衆は帳場や墓守りなどを手分けします。女衆は食事の世話を一手にまかないます。

Tさん家は棚田の畦道を500mくらい歩いた先にあります。老住職と同年で80歳を超えて片方の目が見えなくなってからバイクの免許証を役場へ預けましたが、なんとなく手放すことが出来なくて今でも乗らないバイクの税金を納めているそうです。
老住職が棚経をしている頃は、巧みにバイクを操りながらアップダウン激しい500mの畦道を走り、玄関先へ横付けしていました。
その頃は、吉田少年も自転車を巧みに操って畦道を走ったりしていましたが、何故かTさんの家には老住職が出向いていました。棚経のついでに昼間から一杯飲むのが年に一度の二人の楽しみだったようです。

今年は珍しく台風が接近したりしてバイクに乗る機会があまりありません。
こういう時に愛車のポンコツ君が活躍してくれます。
流石に畦道を走ることは出来ませんが、かなり際どい道もそれなりにクリアーしてくれるので助かっています。
そして・・
けなげに汚れたポンコツ君の姿を見ると私の耳奥にはブライアン・アダムスのハスキーボイスが響きます。

1.jpgアルバムso far so good

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お盆特集(座禅) 

2010/08/13
Fri. 08:39

足の具合が悪いのでこのところの棚経には「座具(ざぐ)」とか「座蒲(ざぶ)」とか云われる敷物が手放せなくなりました。

この敷物は、座禅の行をする時に使う僧侶の道具の一つでもあります。
万善寺は曹洞宗なので、修行の第一歩は座禅から始まります。
「起きて半畳寝て一畳」の世界です。

この度日本を歓喜の渦に巻き込んだサッカーの岡田監督は、曹洞宗本山の一つ「総持寺」の寺戚でしばらくの間座禅や作務をしながら心の平静を保つ暮らしを続けていたとか・・。

人にもよると思いますが、「座禅」と云う行為は、それが暮らしの習慣の一つになるまで続ける事ができるようになると心身にさまざまな効果や変化が表われてくるようです。
私の場合、なかなかジッとすることが出来なくて落着きの無い人間ですから、座禅は苦手です。
そういう人間は作務などをセッセと行って汗を流した方が良いと都合よく思っています。
「彫刻の制作もその一つだ!」などと勝手な言訳も用意したりしています。
・・・が、
この度の足の悪化は、「座禅を怠けるではない!」とどこかのエライ誰かに叱られているのではないかと思ったり思わなかったり・・・

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布施 

2010/08/12
Thu. 02:21

万善寺の場合、盆のおつとめは大きく分けて寺の法要である施餓鬼会(盂蘭盆会)と檀家を含む在家を訪問しての先祖供養である棚経の2つを平行して行います。

施餓鬼会は近隣の同宗坊主が手間替えで各寺院の施餓鬼会法要を務める関係で日にちが決められています。
棚経の方は、初盆のお宅や月命日のお声掛けを頂いたお宅の事情で日にちが変わったりすることがよくありますが、基本的にはそれぞれの集落を一括しておつとめすることが習わしになっているので、一日ごとに近隣の集落を隣から隣へグルグルまわっていくことになります。
何れにしてもお盆の3日間では全てを終了することが出来ないので8月の盆月に全体を均してこれらの法要を行っている訳です。

私が、住職のお手伝いでこの8月のおつとめをはじめたのは小学生の頃ですから、学校の夏休みにつきものの一般的子供らしい思い出はほとんど持ち合わせておりません。

施餓鬼会の法要に併せてお寺へお参りするお宅はその時に、自宅の棚経で済ますお宅はその時にそれぞれお布施を用意されます。
在家で用意されるお布施は「財施(ざいせ)」といって、金品や産物を施す行為をさします。これは、古くは僧侶の修業の研鑽奨励に対する支援の意味も含まれます。
僧侶も人間ですから何か食べないと生きていけませんし修業も出来ないから、そのお助けをして差し上げましょうということです。
僧侶の修行の一つである「托鉢」も広く解釈すれば在家旦那衆の施しを受けるための行為になるわけですが、一方で僧侶の立場から云うと畑仕事などと同じ日常の暮らしの一部であるといっても良いでしょう。

実際、一般の方々がどのような思いでお布施を用意されているかは分かりませんが、このような習わしの中で吉田少年も棚経つとめをしながらお布施をありがたくいただいておりました。
毎年のことですので、家々の習わしがあって吉田少年がおじゃますると通常のお布施の他にお小遣いの封筒も用意されていたり、お菓子の詰め合わせの紙袋も用意されていたり、もちろん朝採れの野菜やお米一合など、様々なお布施をいただいていました。自転車に乗るようになってからは、ひと回りが終って寺へ帰る頃は荷物カゴがいっぱいになって上りの坂道が地獄に感じました。

吉田少年も中学校になり高校になってそれなりの反抗期になったりするとしだいにそれらのプラスアルファーはなりを潜め、いつの間にか普通の僧侶待遇になって今に至っています。
流石に最近は封筒に硬貨が入っていることは無くなりましたが、つい先頃まではよくあったことです。
夏野菜のお布施は今でもよくいただきます。年や地域、おじゃまのお宅によって出来不出来が違っていて、こればかりは予測不能です。スイカ丸ごと1個などいただくと笑顔が引きつったりします。メロンが豊作だったりすると本堂の高杯にメロンがあふれ、仏壇を中心にどことなく甘い香りが漂います。

最近は、「お百姓さんの家庭菜園」というのが流行っているようで、この間も、「うちで育てた無農薬野菜だから!」とか、「有機農法で作った野菜は一味違うデェ~」とかいって立派な夏野菜を頂きました。
どうやら農協へ出荷する農薬野菜と区別して育てていらっしゃるようです。
そんな話を聞きながらありがたく頂く野菜はとても美味しく感じます。
・・・が、「農薬野菜はお百姓さんも食べていないということなのォ~?」と視線が泳いでしまいます。

棚経は坊主の修行でもあります。いろいろなことを学ばせていただいております。

ちなみに、「布施(ふせ)」にはあと三つの意味がありますがその一つを「法施(ほうせ)」といいます。
これが、僧侶から一般に施される「仏の教え」になる訳です。だから、僧侶はセッセと寝食を惜しんで修行にはげんで仏の教えを学びとるために苦労している訳です。

「これっぽっちの布施でまともな法事ができるかぁ?」とうそぶく坊主がアチコチに存在するようですが、世間にはつり合いというものがあります。それはそれなりに妥当な金額なのではないのでしょうか?よくは知りませんが・・・
私のようなこれっぽっち坊主には、無農薬や有機農法の夏野菜でも充分すぎるくらいです。合掌・・・


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現代彫刻小品展IN石見銀山情報その7 

2010/08/11
Wed. 07:25

性格はいたってマジメなのですが仕事となるとどうもだらしなく、この年になって取り返しのつけようもなく、何ともしがたい日々を送りつつ、現代彫刻小品展の開催に向けての広報活動を続けております。
といっても昼のうちは万善寺を中心に半径5km圏内をアチコチ移動の毎日で、実質はワイフの弛まぬ努力と行動におすがりしているわけでございます。

弱小組織メンバーの地道な活動が、何れは花開き実を結ぶことを期待しながら関係の皆様に中間報告をさせて頂きます。

1)出品作家  総数29名  男性20名、女性9名
2)出品点数  現在40点
3)作品素材  木(6)、石(5)、テラコッタ・陶(6)、FRP/石膏(7)、金属(9)、ミクスト(5)他
4)広報活動  ポスターB1-3.B3-20、チラシA4-400.A5-200、ハガキー400
5)展示台   35×35×80ー24台、45×45×80ー16台、合計40台制作中
6)その他   キーポン中学校のサマーコンサートも同時広報活動中

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ジローキーの世界その2 

2010/08/10
Tue. 04:29

このところの棚経続きで、足首と足の甲が慢性炎症をおこして正座が出来なくなりました。
今まで、結構酷使してもそこまで悪くなることはありませんでしたが、やはり年と共に身体のアチコチの何かが減少したり変形したりしているのでしょう。

そんな訳で、このままでは歩くことも難しくなるだろうと決心し、病院と100円shopに走りました。
鎮痛剤とシップをタップリもらい、210円を奮発して杖を買い、当面はこれらの使い分けで凌いでいくことにします。

2本の足が思うように動かなくなってから普通に歩くことのできるありがたさを実感し、それでも膝は自由に動くからまだマシだと少し気をとりなおし、真ん中の足が上らなくなくなったらどうしようと焦り、寝つくまでのひと時をモンモンと過ごした次の朝、どの足も何となく元気が出まいまま目覚めてあれこれ用事を済ませてからメールチェックをすると、久々の匿名ジローキー氏からタイムリーな写真が届いていて元気復活。

まだまだ、「眼」と「色」のあたりでうろついている我が身を憂いつつ、一方でホッとした気の安らぎを感じてしまうある日の朝なのでした。

タイトル:「天租音主 Amazonis」
撮  影:匿名ジローキー
勝手寸評:
一瞬にして見る目を釘付けにする確かな表現力と造形力を感じる。率直でブレのない構成は被写体の魅力を十二分に引きだした快作といえる。次の展開に期待したい。

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備考:「眼」と「色」
何れも、あの般若心経一節にあり、「無」の一字で否定されているもの。

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青い空 

2010/08/10
Tue. 01:42

いつものように通勤坊主。
眠気覚ましのコーヒーをポットに入れて愛車のポンコツ君をすっ飛ばして早朝から万善寺へ出勤。
車を降りて空を見上げると雲一つない快晴。
「今日も暑くなるだろうなぁ・・」と思いながらボーッと空を見ていると朝の三日月。
「これは珍しい」と早速カメラを持ちだしてパチリ!

このところ、現代彫刻小品展の仕事がまるまる余分に増えているので、生活のスケジュールを調整すると空き時間はどうしても深夜になってしまいます。
夜の涼しさを求めてオヤジの仕事部屋の四畳半で寝はじめたキーポンに足蹴りされて仮眠から目覚めるとだいたい深夜のちょうど良い時間。
仕事前の覚醒タイムにちょこちょこパソコンのデスクトップの模様替えをしたり、溜まったデータの整理をしたりしてデスクワークに入ります。
早速、例の三日月をデスクトップの壁紙にして、ブルースカイをしばらく眺めてから仕事に入り、夜明けの蝉が鳴きはじめるころ就寝。

・・・とそこまでは、いつものパターンだったのですが・・・
寝起きのメールチェックでパソコンのスイッチを入れてしばらく起動音を聴きながら待っていると、何やら突然画面がブルー一色になって変化がない。
操作ミスなどを疑いながらもうしばらく待っても変わらず。
仕方がないから強制再起動をしてみてもまたブルー。
だんだん焦って朝から冷や汗が出はじめ、溜まったパソコン仕事が脳内を駆け巡り、パニック寸前。
「ここで落ち着かなければ坊主の恥だ!」と一瞬冷静を取り戻して善後策を考えながらブルーを見ていると、何やら白い物がポツリと見える。
・・・三日月でした。

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云うまでもなく、三日月は壁紙失格で、すぐに差し替えお蔵入り。
皆さん、写真はコピーしてどのようにお使い頂いてもかまいませんが、パソコンの壁紙仕様には不向きです。

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日本海の夕日 

2010/08/09
Mon. 01:05

棚経を大急ぎですませ、彫刻の搬出に行ってきました。

ユニックはいつもの「町を造る大工さん」倉橋工務店。
もう、何度借りたことでしょう。
最近の不景気は倉橋工務店も直撃しているようで、車庫のダンプが定位置のまま動きなし。
私の鉄の仕事も激減して、このところ工場は閉鎖状態というより、木工所に変わりつつあります。

世間の情勢は浮き沈みの繰り返し。
変わらないのは日本海に沈む夕日の美しさくらいでしょうか?
雨の日も晴の日も夏も冬も見るたびに違う日本海なのに、それら全てに感動があります。

・・・なんて感傷にふけりながら気持ちよく日本海の風を受けていたらノッチから電話。
「スティービー・ワンダー聞こえるゥ?」
ガチャガチャうるさい電話口から途切れ途切れに聞こえるあの歌声は・・・確かに聞き覚えのある声。
またまた何処かのライブに出かけているようです。

一瞬脳裏をかすめる嫉妬・・・まだまだ修行が足らん・・・と自らを戒めるも、今までの爽やかな汐風が、とたんに肌にべとつく生温い海風に変わったのは何故?

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治三郎さんの四十九日 

2010/08/08
Sun. 03:01

早いもので治三郎さんが永眠されてから、七日つとめを続けるうちに盆月になり、棚経の合間を調整して時間を作りながら訪問を続けて気がつけばもう四十九日。

治三郎さんには、兄妹の二人の子供があってすでに成人し、結婚もして広島の方で暮らしています。
お兄さんの方は、島根で一人暮らしを続ける治三郎さんの病気がわかってから広島へ引き取り、その後近所の総合病院へ入院させ、経過が思わしくなくなって付添介護が必要になってからは働いていた仕事も退職して看病を続けて半年。
最後の最後まで親の面倒をよく看た孝行者だと思います。

その後、失業保険で食いつなぎながら自分の実家で治三郎さんの家を守り、毎日の茶燈を怠らず、地域の奉仕作業にも参加しながら、七日日には妹も一緒になって四十九日の法要まで喪に服してきました。
仏事の細かな決まりごとなど全てがはじめてのことなので、何かと至らないところも多々目立ち、その度に老住職の小言が出たりしていましたが、私としては二人の兄妹、頭が下がるほど良く努め上げたと褒めてあげたいと思っています。特にお兄さん。今時、このように割切った暮らしはなかなか出来るものではありません。とても強い勇気が必要だと思います。

この近年、やはり自らの日々の暮らしに執着があって、仏事の細かな決まりごとなどはアッサリと中抜きの「やった事」ですませてしまうことが普通になりました。
「坊主」という職業は時として普通は見る事もない人様の家庭の深部まで見えてしまう嫌な商売でもあります。
時折、その世界に慣れきった在家坊主の軽口を聞いたりすることもありますが、一方ではそのような軽口のネタにされる方にもそれなりの思い当たるふしがあるわけでどっちもどっち。

努力して苦労してがむしゃらに脇目も振らず信念を持って自信を頼りに先頭に立って役職を務め上げているような方々が、はたして立派な人生を全うしたと笑って往生出きるかどうか、残された親族がはたして手厚く末代まで供養してくれるだろうか、結構あやしいものです。
自分の姿は常に周囲から見られているものです。
アブナイアブナイ。
自我の呪縛にはまってしまうとなかなか抜け出せなくなるのが人の弱さでもあります。
自分の姿は、自分よりむしろ他人の方が正確に見ているものです。
平常心のありようの難しい所以でもあります。

般若心経の始まりに「没我(ぼつが)」の勧めをうたった一節があります。
「何ものにもとらわれない強い心を保つためにしっかり修行にはげみましょうネ」というようなかんじです。
気になる方は、お盆のお墓参りのついでに菩提寺の住職にでも聞いて下さい。

それは、彫刻のデッサンに通じるものがあります。
そのあたりのことで気になる方は、吉田に聞いて下さい。

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第31回山陰二紀展開催報告 

2010/08/07
Sat. 02:38

島根県立美術館で開催中の山陰二紀展事務局の某氏から経過のお知らせメールが届きました。

このところやたらと多い迷惑メールに悩まされていて、日に一度はメールを開いておかないと、受信メールが山のように溜まって、スパムフォルダがパンク状態になります。
時々、誤って重要なメールも一緒に削除したりして大騒ぎになったりします。
この度もやらかしてしまいました。
・・・と云うことで、内容がアナログハードディスクで断層化されてしまっているので、このブログに立寄っていただいた関係者の方は適当に雰囲気でやり過ごして下さい。

↓記事
「このところのフェーン現象のせいで期待していた美術館入場の出足が鈍り、例年のこの時期のデータと比較しても会場への来場者数が激減しているとのこと。今後、週末に向けてどこまで回復できるか予測が難しく、予断を許さない状況である」
・・・といった内容に、現在までの入場者数が列記してありました。
確か、合計すると2・300人位の数字だったと思われます。

吉田としては、今時の地域都市でこの数字は妥当なところだと思われます。「松江」の地域事情は分かりませんが。

地方美術館の宿命でしょうが、貸スペースで開催する美術展といっても、年間を通してみると結局アマチュアの趣味の展覧会や、市民・県民や学校の文化祭や研究発表会などの色合いが濃いものがほとんどで、そのような美術展の入場はほとんどが関係者身内の延べ人数だったりするわけで、現在開催中の山陰二紀展も個々の作家の組織的ブレーンの動員に期待しないと数字の伸びは望めないと思います。
単に動員の増大を望むのであれば、不特定多数の大衆が望んでいるものは何か?期待しているものは何か?・・といった辺りから糸口をつかんで数字の拡充に繋げることを真剣に考える必要があると思います。

そんな訳で、この度の山陰二紀展開催の目的が何なのかということを整理してみましょう。
展覧会最終日に講評会が行われるようですが、まずは、講評を受ける関係者の満足度と制作に対する方向性の再確認や見極めに一定の評価が得られれば、十分当初の目的は達成できているはずです。
作家は、数字で悩むより制作で悩む方が良い。

講評会の成功を祈り、滞りなく展覧会が終会出来ますことを期待しながら、今日も一日盆つとめにはげむ吉田であります。

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棚経 

2010/08/06
Fri. 00:33

毎日良い天気が続いています。
世間では暑い暑いの声が蝉時雨のように飛び交っていますが、私がこのところ訪問する棚経の各お宅では、おおむねこの猛暑を好意的に受け止めていらっしゃいます。
お百姓さんにとっては、春先の悪天候でさんざん悩まされたあとの猛暑が天の恵みになっているようです。

昼間の棚経つとめは身体にこたえるので、できるだけ朝の涼しいうちにすませたいと思ってしまうのはしかたないこと。
朝の7時にはもう家を出発して、幾つかの山と谷を越え、目的地にたどり着いたのが8時30分。
そのあたりの集落は、中国山地のほぼてっぺんの辺りで、山を越えると広島県になります。
その日棚経をつとめるのは集落の中の7軒。
行って帰るだけで半日仕事です。

私が小学生の頃は、いまの老住職が運転する自転車の荷台に乗ってそこまで通っていました。
住職がバイクの免許をとってからは、自転車をこぐのが私に代わりました。
その頃の棚経は、一集落でだいたい20軒位は普通だったので、住職と手分けして小坊主なりに鐘や木魚を鳴らしてのおつとめは夏休みの日課のようなものでした。
住職は機動力を発揮してお昼過ぎには棚経終了。
少年の私は大汗かいて舗装もない山道のアップダウンを自転車こいで4時過ぎに寺へ帰宅。
今では考えられないほどの過酷な毎日を過ごしていました。

家々では、だいたいお年寄りが孫の守りをしながら一年ぶりの坊主の訪問を心待ちにしていて、お経もまだ終らないうちから湯茶の準備をしたり、冷やしソーメンや、スイカなどの果物をそろえたり、ジュースやカルピスと、とても手厚いおもてなしを受けたものです。
「出されたものを残すのは失礼だ」とおしえられた吉田少年は、遠慮しながらも、お年寄の一年分のお話しを聞きながら、その家の孫の突き刺さるような視線を感じながら、残さずたいらげて次の家へ向かう・・といった毎日が続き、そろそろお盆の三ケ日を迎えるぞ・・という頃には、完全に胃腸障害でダウン寸前のヨレヨレ状態。
だいたい棚経つとめの終盤は、「肝心の時に役に立たん!」と叱られながら、本人は絶不調で胃腸がひっくり返り、上から下からの大騒ぎをしながら青い顔をして、這うようにして棚経をつとめあげたものです。

そして今では家が無くなったり無住で荒れ果てたりして檀家さんの顔も思いだすことも出来なくなり、残った7軒も、思い出は仏壇のお位牌と鴨居の写真に納まってしまいました。

これから、8月いっぱい「棚経(たなぎょう)」の毎日が続きます。
最近は仕事でお留守のお宅もいっぱいあって、誰もいない家の仏壇に向かって一人でお経をあげることも増えました。田舎とはいえ時代の変化を身をもって感じる一ヶ月になります。

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スティーブ・アップルトン 

2010/08/05
Thu. 00:54

見た目神妙な面持ちで、実は大汗かいて棚経つとめをしていると、吉田家次女のノッチから携帯メールが届きました。
少し落ち着いてから思いだして開いてみると念入りにバケたノッチがスティーブ・アップルトンと肩くんだ画像。

色々移り気な彼女の現在のターゲットが彼です。
年に何回か来日してライブハウスに出演しているようで、いつもは自堕落に暮らすノッチがこういうことになると労苦を惜しまないでマメにチェックしながら追っかけをしています。
その写真も「出待ち」をねらってゲットしたもののようです。

あとになって、興奮状態のノッチから状況報告の自慢電話が入りました。
周囲の状況も無視して叫びまくっていました。
まっ、何れにしても、まずはオヤジに報告してくるあたり、可愛いところがあります。
私も彼の曲は良いと思います。
だから、この程度のお付き合いなら許してあげましょう。

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ノッチとは音楽の趣味がよく合うと思っているのは私だけかも知れませんが、年に何回か合う機会があるとだいたいオヤジのレコード店(最近はCDショップかな?)めぐりにつきあってくれます。
ビートルズやエリック・クラプトン、クイーン、レッド・ツェッペリン、ブルース・スプリングスティーン、ブライアン・アダムス、ヴァン・ヘイレン、U2、ボン・ジョビあたりまでは圏内のようです。

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山陰二紀展はじまる 

2010/08/04
Wed. 02:09

いよいよ、松江の島根県立美術館県民ギャラリーの一室で山陰二紀展がはじまります。

今年は、30年目にしてはじめて島根県庁所在地松江で展覧会を開催することになりました。
ここまでの道のりは長かったのか短かったのか一言では説明も難しいので、歴史考察は直接会場へお出かけになって係の作家に聞いて下さい。

私は、ワイフと一緒にかなり早い頃から展覧会に出品させていただいています。
一年に一回の七夕さんのようなノリで、久々に会う彫刻家や画家の皆さんと美的で高尚な会話を交わすのが楽しみでした。
そんな美術仲間も、みんなで一緒に仲良く一つずつ年を重ねて30年。
最近は、みんなそれなりに作風も体形も風格が出てきて、ついでに生活の疲れも出てきて、交わす会話も息が続かず途切れがち・・・という感じです。
一方、制作の作品の方はそれなりに元気があって若々しく見ごたえのある粒ぞろい。
どれをとってもジジババ臭さはかけらも感じられません。

ここで、盆月特集仏道のうんちくをひとつ・・・~「自然」~

ひとつことを30年も続けていると、たいていの人はそれなりの結果が見えてきているものです。
それは、自分で造りだした自分だけのスタイル。
がむしゃらに取組めばそれなりに、適当に取組めばそれなりに、結果がついてきます。
そのような個々人に蓄えられた生きざまの生じる状況を「自然(じねん)」といいます。

誰の責任でもない、誰のおかげでもない、自分のライフスタイルの中から自然ににじみ出た生きざまが、たとえば絵や彫刻の表現になっている訳です。
よく、作家の力作の前で「ナニ考えてるのかさっぱり意味がわからん??」といった感想を聞きます。
そんなの当然です。制作者でも分かっていない人がいっぱいいると思いますよ。だから制作を続けているのです。

ちなみに私の場合、先程のような質問を投げかけられた時は、
「そんなこといちいち言葉で説明できたら彫刻造ってません!」と答えておきます。

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・・・ということで、会場風景をさりげなくあしらっておきました。
遠方の方は小さい写真をクリックして、会場に立寄った気分を味わって下さい。
ご近所さんは、小さい写真は無視して、すぐに会場へ行きましょう。
ちなみに、美術館はアレコレうるさいので生花などの目に見える生ものの差し入れはご遠慮下さい。
クッキーやケーキなど、直接目に触れなければOKです。
などと、催促している訳ではありませんので誤解なさらないようにお願いします。

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2010-08