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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

治三郎さんの四十九日 

2010/08/08
Sun. 03:01

早いもので治三郎さんが永眠されてから、七日つとめを続けるうちに盆月になり、棚経の合間を調整して時間を作りながら訪問を続けて気がつけばもう四十九日。

治三郎さんには、兄妹の二人の子供があってすでに成人し、結婚もして広島の方で暮らしています。
お兄さんの方は、島根で一人暮らしを続ける治三郎さんの病気がわかってから広島へ引き取り、その後近所の総合病院へ入院させ、経過が思わしくなくなって付添介護が必要になってからは働いていた仕事も退職して看病を続けて半年。
最後の最後まで親の面倒をよく看た孝行者だと思います。

その後、失業保険で食いつなぎながら自分の実家で治三郎さんの家を守り、毎日の茶燈を怠らず、地域の奉仕作業にも参加しながら、七日日には妹も一緒になって四十九日の法要まで喪に服してきました。
仏事の細かな決まりごとなど全てがはじめてのことなので、何かと至らないところも多々目立ち、その度に老住職の小言が出たりしていましたが、私としては二人の兄妹、頭が下がるほど良く努め上げたと褒めてあげたいと思っています。特にお兄さん。今時、このように割切った暮らしはなかなか出来るものではありません。とても強い勇気が必要だと思います。

この近年、やはり自らの日々の暮らしに執着があって、仏事の細かな決まりごとなどはアッサリと中抜きの「やった事」ですませてしまうことが普通になりました。
「坊主」という職業は時として普通は見る事もない人様の家庭の深部まで見えてしまう嫌な商売でもあります。
時折、その世界に慣れきった在家坊主の軽口を聞いたりすることもありますが、一方ではそのような軽口のネタにされる方にもそれなりの思い当たるふしがあるわけでどっちもどっち。

努力して苦労してがむしゃらに脇目も振らず信念を持って自信を頼りに先頭に立って役職を務め上げているような方々が、はたして立派な人生を全うしたと笑って往生出きるかどうか、残された親族がはたして手厚く末代まで供養してくれるだろうか、結構あやしいものです。
自分の姿は常に周囲から見られているものです。
アブナイアブナイ。
自我の呪縛にはまってしまうとなかなか抜け出せなくなるのが人の弱さでもあります。
自分の姿は、自分よりむしろ他人の方が正確に見ているものです。
平常心のありようの難しい所以でもあります。

般若心経の始まりに「没我(ぼつが)」の勧めをうたった一節があります。
「何ものにもとらわれない強い心を保つためにしっかり修行にはげみましょうネ」というようなかんじです。
気になる方は、お盆のお墓参りのついでに菩提寺の住職にでも聞いて下さい。

それは、彫刻のデッサンに通じるものがあります。
そのあたりのことで気になる方は、吉田に聞いて下さい。

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2010-08