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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

秋の夜 

2010/09/24
Fri. 08:20

私が彫刻を造ろうと思いはじめたのは、結構年をとってからで、30歳になろうとする頃からでした。
だから、正味25年くらいしの彫刻歴しかありません。
ちなみに、ワイフは30年の彫刻歴があるので、つまり彼女に彫刻の世界へ引き込まれたことになります。
が、それを恨んでいるわけではありません。
むしろ今となってはありがたいと感謝しているくらいです。

彫刻を造ろうと思いはじめてからが勉強ですから、その期間が5年間くらいありました。修行期間といっても良いかも知れません。
その5年が過ぎる頃に、一区切りのつもりではじめての彫刻個展を思いついて1年くらい準備しながら適当な個展会場を探していたのですが、それが石見銀山だったわけです。
今から20年前の石見銀山は、まだ街道の整備も始まったばかりで、とても5分10分の時間で移動できるような場所ではありませんでした。
対面通行の1車線ですれ違いはどちらかの車が待避しないと通行できないほどの狭い道が1本あるだけでした。

そんな不便で夜になるとゴーストタウンのようになってしまう町に一軒の衣料雑貨の店があったのです。昔の商家を改修した店で、今流行の古民家再生の先駆けのような存在でした。

粘り強く気長に交渉を続け、12月の約1ヶ月を彫刻展会場として借り受けることに成功してから1年後、めでたく吉田正純の第1回目の個展開催に至ったわけです。
お店のスタッフ、石見銀山の男衆、吉田の友人など多くの人手を借りて始まった個展のテーマが「尊者」。
吉田少年の原風景をかたちに置き換えることがテーマであったわけです。

ということで、その「原風景」が、一同に集合しのが下の写真です。

老住職が万善寺の夜の法要として続けていた観音供養を行事精選を理由に取りやめた変わりに始まった地域の出張法要を私が引き継ぐようになってしばらく経ちますが、その出張先の地域住民有志で御堂が建立されました。
毎年、地域各所に点在する観音さんや馬頭さん七面さん弘法さん地蔵さんなどの民衆信仰仏を一ヶ所に持ち寄って供養法要を行っていたのですが、住民の高齢化もあってなかなか重たい石の仏さんを運ぶのも大変だし、このような行事を絶やすことは地域の歴史が絶えることにもなると、一念発起して実現した御堂です。
たった2畳の掘っ建てに近い質素なものですが、その御堂が農道の端に出来たことで、お参りの人や香華燈燭のお供え物が絶えなくなったということです。

坊主の立場からいうとここまでさまざまな仏さん達が集合すると仏さんごとに違うお唱えの真言もやたらと長くなって、大変なのであります。
しかし、一番喜んでいらっしゃるのは当の仏さん方でしょう。
お供え物は増えるし、拝んでもらえる機会は増えるし、そしてなにより、雨風がしのげるのが一番で、これで風化の心配もずっと少なくなりました。

地域の旦那衆の男気をヒシヒシと感じさせていただきながら、念入りにおつとめをさせていただきました。

ちなみに、万善寺の夜間法要でただ1つ残っているのが地蔵供養です。
その地蔵さんの真言が私が覚えた最初のお経です。
「オン カアカア カビサンマアエイ ソワカ」と唱えます。
さぁ皆さんもご一緒にどうぞ・・・・

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2010-09