工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

鉄の手仕事 

2010/10/31
Sun. 08:22

そろそろ11月になろうとしています。
1年が過ぎるのは本当に早く感じます。
ついこの前、夏用に涼しげな小物を造っていましたが、売れ残りの在庫を残したまま温かそうな小物を造りはじめる時期になりました。
そんな訳で、壁面用の間接照明を色々試作したりしています。
前回の冬には10機くらい造りました。今回もそのくらいは造ろうと思っています。

「壁に怪しげに広がる様々な影が飽きさせない魅力になっているのだ!」と、作者は一人で勝手にそう思いながら造っています。
壁にとり付けてスイッチを入れる時が一番ドキドキワクワクします。

欠点は、明るいところに展示しなければならないことです。
回りが明るいとドキドキもワクワクもなんにもしません。
だから昼間に見ても感動が伝わりません。

どうしても壁に広がる怪しげな影を見てみたい方は、夜になってから吉田家6畳artgalleryへ来てみて下さい。

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まってましたジローキー 

2010/10/30
Sat. 09:36

そろそろ届くんじゃないかなぁ~と心待ちにしていたジローキー氏から届きました。
丁度彫刻の搬出でドタバタしている最中のことでした。

別に恨みがある訳でもありませんが・・・
この前の中国オリンピック前から私の彫刻材料の「鉄」が品薄になり、少しずつ値が上がり、気がつくと卸値がひと頃の3倍にもなったりして、メーカーの生産調整が追い討ちをかけ、商いがトン単位に跳ね上がり、弱小彫刻家には手も足も出せない状態に陥り、アチコチの業者さんを頼って1枚2枚の余り物に運送費を上乗せして仕入れたりしながら何とかしのいでいたら、そのうち溶接の消耗品まで品不足になってきて、一箱単位の売り買いが常識になり、これまた遠くは大阪の方からの在庫品取り寄せでひとまず乗り切り、そんなことを続けている間にオリンピックも終り、これでやっと相場も安定すると期待していたら、今度は例のリーマンショック。
そんな訳で、最近は年々鉄板も薄くなって、ひと頃の半分の厚みの鉄板で何げなく重たげに見える工夫をしながら細々と制作を続けている今日この頃の私にとって、この度のジローキー氏の写真はあまりにも衝撃が強すぎてしばらく立ち直れそうにありません。


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そんな状態で・・・・~「ジローキーの世界その7」~

タイトル:「てつあくび」
撮  影:匿名ジローキー
勝手寸評:
大胆に直線で切り取られた矩形の緊張感を、柔らかい曲線で切り抜いた黒面と緩やかにカーブを描きながら遠ざかる白帯がより強調させる。このような画面構成を狙った撮影の巧みさに脱帽。

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助っ人真ちゃん 

2010/10/29
Fri. 05:14

真ちゃんは飲み助のトラッカーです。
島根地場産業の石州瓦を日本全国へ配送しています。
と同時に、瓦職人でもあります。
だから、トラックに乗っていない時は屋根に上っています。
そんな真ちゃんは、運送会社の三代目で、最近ではオヤジさんから会社の仕切りを任されてトラックの配送などの段取をしたりしています。

吉田は、真ちゃんが小学校の時から知っていて、散々悪さをしていた高校時代もよぉ~く知っていて、その後広島の修行時代にチョットブランクがあって、大型トラックの免許を取得した頃からお付き合いが再会して、結婚して子供が出来ると幼稚園の保護者会やら小学校のPTAやらで付き合いが深まって、気がつくと酒瓶を持ってお互いの家を行き来する飲み友達になっていました。

この近年、自分でユニックを動かすのもだんだん面倒になってきたなぁと思いはじめた頃にちょうど真ちゃんのことを思いだして、
「チョットオレの彫刻運んでくれない?」
と頼んでみたら、「いいっすョ」と軽くOKしてくれたのが真ちゃんの運のつき。

この度も、瓦搬送の帰りに展覧会帰りの彫刻を工場までサクッと運んでくれました。
色々条件にもよりますが、チョットそこまでの近場お礼は「黒霧島」。

これから、たっぷりと時間をかけて彫刻の面白さや素晴らしさを教えてあげようと思っています。
ちなみに、真ちゃんの長男君は、この間の現代彫刻小品展で古市氏の木彫を上手にスケッチしてくれました。


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IMG_9249.jpg真ちゃんの息子が描いてくれた彫刻のスケッチ

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彫刻搬入出プロジェクト始末記 

2010/10/28
Thu. 09:24

最近の島根県は、秋を通り越していっきに冬になってしまったような天気が続いています。

そんな中9月末から続いていた六本木での美術展覧会も、この度の搬出作業をもってひとまず実務終了となりました。これからまた約1ヶ月をかけて作家への作品返却や会計処理などを行い、今年の彫刻展と作品制作全日程が完了します。

ワイフは生まれも育ちも東京ですが、その彼女と結婚して島根へ帰省したのはもう30年近く前のことになります。
今彫刻を出品させていただいている公募の展覧会も、帰省して2年目から出品をはじめたので出品歴25年くらいになります。
ワイフの方はまだ学生だった頃から彫刻を造り続けているので出品歴も私より長くて、彫刻作家としては先輩に当たります。
4人の子育てをはじめとして色々なことがありましたが、とにかく制作だけは続けていこうと話し合って今に至っています。

彫刻制作のことは自分のライフワークのようなものですから継続するのは当然のことですが、発表となると諸経費の捻出、スケジュール調整、制作環境の整備、展覧会の規約・会費などなど色々な規制や障害が加わって、なかなか続けていくことが難しいのが実状です。

そのあたりの負担をできるだけ軽減しようと作家仲間に呼びかけて実現したのが搬入出プロジェクトの始まりでした。
レンタルトラックで運転を交代しながら搬入出あわせて都合2回の東京往復からスタートし、その後チャータートラックでの作品移動に切り替えて現在に至っています。

作家も10年経てば10歳年をとる訳で、みんなが一緒になって時間も体力もなくなっていきます。残るは強い精神力と持続力と経済力くらいですが、それも少しずつくずれはじめ、制作のテーマも枯渇しはじめて惰性に変わりはじめるとそろそろ先が見えてきはじめます。

今年のプロジェクトは、いつものメンバー以外に、山口や九州まで声を掛けて共同搬入出を行いました。
おかげさまで作家年齢も若干若返り、久々に緊張感が戻ってきたようにも思います。
何より、彫刻の制作だけでなく実務で汗を流してくれる仲間が現れはじめたことが収穫だったと思います。

自分の役割を自分で抱えることは、一見大変そうに思えるでしょうが実はそれが一番楽なことでもあります。
かえって自分のノウハウの蓄積を次に伝えることが難しくて苦労します。
人に言われた仕事をこなすだけでは自分のノウハウに磨きをかけることにはなりませんし、次に伝える手段も曖昧になってしまいます。
彫刻の面白さはそのあたりにあるのではないかと思っています。
共同でひとつの目標に向かうことに喜びを感じることが期待できるから、一人で地道にコツコツと制作活動に集中していくことが出来ているような気もします。

この度は、そんなことを思いながら終始した展覧会でした。

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ストーブ登場 

2010/10/27
Wed. 08:30

ついこの前まで暖かい日が続いていた石見銀山も、ここにきて急に冷え込みが厳しくなってきました。
冷え性の末娘は寒さ対策で真冬のような格好をして歩き回っています。

時折豪雨が屋根をたたいて眠れない夜を過ごした次の朝早くから、ワイフが何やらゴソゴソ動き回っているなぁと思っていましたが、ついに、我が家の薪ストーブにもシーズン初の火がつきました。
耐熱グローブも新調されて、冬対策は準備万端・・といったところです。

展覧会に出品していた彫刻も現在移動中で、昼前から受取りに出かけます。
これからの工場は、冬の小物制作と薪ストーブ作りにシフトします。
小春日和の暖かい日には6畳ギャラリーを開け、木枯らしの強い悪天候の日は工場を開ける暮らしが春まで続きます。
もちろん、お寺の年末の行事などもこなしながらの話しです。

今年の冬は例年より厳しいという噂なのでポンコツ君のこともチョット心配ですが、冬タイヤも新調したことだしなんとかひと冬乗り切ってもらいたいものです。

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石見銀山吉田家あたり 

2010/10/26
Tue. 09:43

毎月の最終週は大森町自治会協議会があって、ワイフは駒の足自治会長兼自治会協議会副会長兼議長で、夜の9時過ぎまで会議に出席します。
その後、各自治会の常会や回覧板を経て大森町住民の一人一人が町内や行政の現状を知ることになります。

大森町の行政母体は大田市になりますが、石見銀山世界遺産のこともあるので、大田市には「石見銀山課」という大森町特区の課が設けられていて、世界遺産にからむ諸々の現状に行政窓口として対応し、自治会協議会と協働で町内の諸問題に対処できるような組織作りがされている・・・・はずなのですが・・・・

昨夜も会議が終って帰宅した無口なワイフは、遅れた夕食を一人で食べながらしきりと溜息をついていました。

世界遺産登録前や登録後の1年間位は、毎日のように市役所職員を町内のあちこちで見かけていたのですが、最近は協議会欠席の日があったりしているようです。
電柱の地中化も終り、特にこれといって急を要する問題も見当たらないということなのでしょう。

一方、住民の方は、毎日世界遺産のど真ん中で生活している訳ですから、それなりのコマゴマした諸問題に絶え間がない暮らしを強いられていることも事実です。
大森町に限ってみても町内住民の暮らしに不公平感が現れていることも事実です。
行政からみると細かな取るに足らないことかも知れませんが、そこに暮らし続けている人々にとっては生活にかかわるとても大切な出来事だったりもするわけで、そのあたりのことになると、住民からの苦情の窓口が自治会長さんだったりする訳です。

このところの私は、自分の身の回りの出来事に終始の感があったように思います。
今度の常会は住民の一人として出席しようと思います。
「自治会長さんファイト!」

行政職の信条は「心者末裔之根」だと思います。
もっとも、最近は「行政」と「財政」の立場がひっくり返っているようですからそういう期待も難しいのでしょうね。

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備考:「心者末裔之根(シンハマツエイノネ)」
「人の心というものは、草木でいうと根っこのようなものだナ。無駄に水を吸いすぎて根腐れした木は枯れるしかないのだよ・・・」
小心者の吉田にはこんな厳しいことを云う勇気はありません。
今も昔も中国の方はなかなか過激な発言が多いようで・・・
もっとも、昔の中国の賢者は正論をついていらっしゃるような気もしますが・・

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ストーブの季節 

2010/10/25
Mon. 08:23

もうそろそろ11月になろうとしているのに石見銀山のあたりはまだ気温20度を越える日が続いていていまだに蚊が飛んでいます。
一方、彫刻の展覧会の会期はひとまず終了となり、搬出作業に入ります。
例年、搬入や搬出の作業日にかぎって雨がよく降りますが、そちらの方は今年も例年並に雨模様のようです。

先日、近所の武家屋敷を改修した宿泊研修施設にメンテナンスをすませた薪ストーブを搬入してきました。
200年以上前の古民家なので、バリアフリーなど無縁の家ですから、搬入作業は力技に頼るしかありません。
幾つかのパーツに別れるよう制作していますが、自力搬入の限界を感じています。
それでも今年は何とか一人ですませることが出来たので、一安心というところです。

昨年に作ったものですが、1シーズンの使用状況を見て改良を重ねながら、少しずつ時間をかけて使いやすいものに仕立てていきます。
今年は3ヶ所の改良をしてみました。これから試し焚きをする予定です。
いつものことですが、かなりドキドキします。
現場合わせの特注品は気苦労が絶えません。

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植え替え 

2010/10/24
Sun. 09:47

ワイフはお酒を飲まないのですが、飲み助の私を気遣って時々思いだしたように缶の発泡酒などを買ってきてくれたりするとても優しい一面もあります。
その彼女が今回サントリーを買ってきてくれました。

吉田家ギャラリーは石見銀山大森町の町並みに面しているので、軒先の装いもそれなりに観光さんに楽しんでもらおうと色々さりげなく工夫していて、ワイフは、お花係のような仕事をしてくれています。
春から秋にかけては、庭先の野草をチョイとあしらう程度でそれなりにこ洒落た演出が出きるのですが、今の時期から冬になってくるとそれがなかなか難しくなります。

という事でワイフが見つけてきたのがサントリーという訳です。
石見銀山の冬を上手に乗り切ってくれるかどうか心配ですが、ひとまず植え付けが完了しました。

サントリーも色々なことをやってますね。
ちなみにビールの場合、吉田はサントリー派ではなくてサッポロ派です。

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異変の秋 

2010/10/23
Sat. 07:25

このところ週末となると万善寺への移動が続いていて、6畳ギャラリーのopenもままならない状態が続いています。
気候も良くなり、町並みをそぞろ歩く観光さん達の表情もどこか穏やかで、旅先の土産話のネタを探しながらゆっくりとのんびりと夕方暮れる頃まで滞在も増えているように思います。

ギャラリーが開いていたらそんな観光さん達との会話も弾むような気がして、坊主頭の後ろ髪を引かれる思いで通勤坊主を続けています。
寺への道中は、石見銀山から尾道まで続く銀山街道の古道に沿った国道を走ります。
その街道の谷では、夏の頃から目立ちはじめた立ち木の枯れ病が、秋になると急激に進行しています。
国道沿いの杉植林にも飛び火するまでになって手が付けられない状態です。

枯れた立ち木はもろくなっているので、そのままにしておくと大風で倒れたりして2次被害の元になります。
このまま冬になって大雪でも降ると被害はもっと進むでしょう。
万善寺の裏木戸前の紅葉の古木も、ついに秋の紅葉前に枯れてしまったようです。
今のうちに枝打ちをしておかないと、軒屋根を壊す恐れが出てきました。

この間、寺の周囲の草刈りをすませましたが、ビックリするほど寺の近くの茂みまで山の動物達が下りてきてねぐらをつくっていました。
天井裏には久々にムササビが帰ってきて住み着きはじめました。

自然の変化は正直なものです。
何かいつもと違う秋が深まりつつあるような気がします。


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キーポンのお弁当 

2010/10/22
Fri. 08:53

吉田家末娘のキーポンは只今中学2年生。

学校の若い栄養教諭の先生の提案で子供達が自分でお弁当をつくることになりました。
このような取り組みはすでに全国的なものになっているそうです。

私から云うのもどうかと思いますが、ワイフの料理は旨いです。
チョット好き嫌いがある関係で、私のリクエストが無視されることも時々ありますが、おおむね希望が叶います。

そのようなワイフの手ほどきもあって、前の晩から下ごしらえなどを行って、当日は朝早くからお弁当つくりが始まりました。
ご飯もお米を研ぐところからはじめて、野菜の炒め物や卵焼き、大学芋、生姜焼と手際よく作り分け、ご飯が炊き上がる頃にはおかずもほとんど出来あがり、登校時間に遅れることもなく、余裕タップリで見た目も美しく盛付けられたお弁当が完成しました。

私など高校に入ってすぐの合宿研修のプログラムに入っていた飯ごう炊飯が人生はじめてのご飯焚きでした。
きっとワイフも似たようなものでしょう。

中学校の頃からお料理が作れるようになっていると、本人にとってはとてもいいことだと思います。
一方、最近の中学生は忙しくなってるなぁとも思います。
ということは、その中学生の親も一緒に忙しくなっているということになり・・・
そういえば今年の夏休みなど、キーポンが朝から家でゴロゴロしていたのは2・3日しかなかったなぁと思いだし・・・
学校のことでそれほど忙しくしているから、当然家のお手伝いも出来なくなってしまう訳で、だからたまにはお弁当作りでもしないとご飯の焚き方も知らないまま大人になってしまう可能性もない訳ではないな・・

などと、末娘のお弁当のおこぼれをいただきながら際限なくもの思いにふける今日この頃であります。
最近の暮らしは複雑すぎて、ボォ~ッとしていると道を踏み外してしまいそうです。

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豊作 

2010/10/21
Thu. 07:43

このところ万善寺住職の代行で招待法事(隣町の同宗から依頼を受ける仏事)に出かけることが増えてきました。
80歳を越える老住職は、膝の軟骨がすり減って三拝も辛くなるほど膝が曲らなくなってしまっているので、立居振舞いが乱れてしまい、かえって迷惑をかけてしまうことになるからと私にそのような仏事を振ってくるようになったのです。

最近は、お葬式でも三佛(坊主3人)の招待がずいぶんと減ってきました。
宗派によって違いますが、私のお務めする宗派は三通の鳴物の関係で坊主が最低3人必要になってくるのですが、それをそのまま順当に行う仏事が少なくなったことになります。
それでも、坊主一人では難しい法事の時などに隣の寺から鐘つき坊主の助っ人を呼んできてお務めを行うことになるわけです。

そんな訳で、このところ鐘つき坊主が増えました。
先日も終日そんなお務めをして寺に帰ってみると、老住職夫婦が仲良く二人であずきの鞘剥きをしていました。
秋の日差しの中で背中を丸めてひた向きにそれぞれの役目を続ける彼らの後ろ姿を久々に見たような気がします。

今年のあずきは、野ネズミに食べられながらもかなりの豊作だったようです。
これから向こう1年間の盆正月の仏事や祭事などの寺行事で使っていくことになります。

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城上神社秋の例祭 

2010/10/20
Wed. 06:57

毎年秋になると城上神社の例祭があって、大森町(石見銀山)の町並み北端にある城上神社(きがみじんじゃ)から銀山町の入口にある高砂さんまで神輿の練り歩きが行われます。
城上神社は銀山の繁栄を願って大内氏や毛利氏が遷座建立を繰り返しながら現在地に安座されたもので、戦国の頃にはとても重要な役割を果たしていたと思われます。

私は大森町住民の中でも新参者なので、このような例祭が続いている謂われはよく分かりませんが、この神輿行列に子供神輿が加わって練り歩くことが習わしになっていて、吉田家の子供達も全員、幼稚園から小学校を卒業するまで毎年子供神輿を担がせてもらいました。

氏子さんが中心になって、各自治会から持ち回りで決められた配役を務める人手が加わり、約1kmの大森町を行列します。
長男が小学校1年生の時からこの例祭を観させてもらっていますが、日にちで決まっている祭事なので、その日は学校や幼稚園も早めに終って、職員の皆さんも一緒になって、それこそ町をあげてのお祭りになります。

最近は神輿の担ぎ手も高齢が進み、高砂さんの階段を担ぎ上げるほどの体力が続かなくなりました。
神事も結局階段下に仮設された神棚で行われるようになりました。
氏子の旦那衆も、早めはやめに代譲りをして次に引き渡せば神事のお務めの意義も若年層に伝わりやすいと思うのですが、やはり心情的になかなか踏ん切りがつかないもののようです。

一見華やかに見えるこのような祭事も、近年、高齢がネックになって恒例が難しくなってきました。
せっかく学校全面協力の子供神輿も続いているのですから、例祭の謂われなどをきちんと子供達に伝えていけるような工夫があっても良いような気がします。

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くよし 

2010/10/19
Tue. 09:15

たぶん方言かも知れませんが・・
私の周辺では、草を燃やしたり枯れ葉を集めて焚き火をしたりすることを「くよし」といいます。

秋も深まってくるとアチコチでその「くよし」の光景を見ることが増えてきます。
昭和の農地整理が一段落した後は、JAの戦略で稲刈り機からコンバインが秋の農作業の主流になり、稲ハデの風景が激減した変わりに「くよし」の光景が激増しました。

くよしは一方で地球温暖化の一因だということで、特にお百姓さんを対象に行政指導が入ったと聞いたのは4・5年前だと思います。
監視の厳しい区域ではシーズンになるとヘリコプターを飛ばして現場を確認し、係員が地上から急行し、現行犯の罰金徴収になるような取り締まりを行っているそうです。
いまのところ取り締まりの対象は農業従事者に限られているようですが、ヒョッとしたら近い将来、「落ち葉を集めて焼き芋・・」なんていう秋の楽しみも取り締まりの対象になったりするかも知れません。

焼き芋の取り締まりが始まる前に黒煙を吐きながらけなげに頑張っている私のポンコツ君が没収されるかも知れませんが・・・。

あれもダメこれもダメとだんだん世の中が窮屈になっているような気がしてなりません。
トップダウンは上の方々にとっては都合の良い自己実現の満足感を味わえているかも知れませんが、結局は自分で自分の首を絞めたりすることにもなったりしていることに気がつかない方々も結構いっぱいいらっしゃるのではないでしょうか。

私は、細々と彫刻を造り続けていますが、その美術界もこのところ明るい話題が激減したように思います。
六本木に国立美術館が完成してから、彫刻展示上の規制がやたらと細分化されて厳しくなったように思います。
表現の斬新の芽を摘むどころか、根こそぎ抜き取られてしまっているような気もします。

文化は抑圧の堆肥を肥しに花開きます。
今の吉田は、せっせと肥え太っている時期だと自分に言い聞かせていますが、そのせいでしょうか?あれほどの猛暑にも耐え、秋になってメタボ体形が完成しつつあります。

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丹波のくろまめ 

2010/10/18
Mon. 00:14

現在、吉田家の長女は東京の方で働いています。
学校を卒業してから2年間、ついこの春までは丹波の篠山の方で働いていました。
高校の時から下宿生活をはじめて、そのままずぅ~っと一人暮らしを続けています。
その関係でしょうか、あちこちに幅広く友達がいるようです。

彼女のその友達のH氏から丹波のくろまめと新米が届きました。
丹波の農作物はとても大きくて美味しいものが多くて、時期になると長女を通してお願いして送ってもらっています。

H氏は私より年上のオヤジです。
長女は大人との付き合いが上手で、小さい時から近所のジジババに何かとかわいがられているような珍しい娘で、行く先々ですぐにオヤジの心を掴んでしまう、とても危険な娘でもあります。
今のところ、「私の彼ョ!」とそれなりのオヤジを紹介されたことはありませんが、時間の問題かもしれません。

いずれにしても、娘のおかげで旨いものにありつくことができている私は幸せ者です。
いつもは夕食が終わるとさっさと寝てしまうワイフですが、その夜は、プチプチと茎から豆さやを切り離すハサミの音が夜中の12時を過ぎるまで続き、次の朝目覚めると旨そうなくろまめが、ザルいっぱいにゆで上がっていました。

ワイフの愛情を感じながらザルに手を伸ばしかけたところで、
「朝からつまみ食いはダメ!」
・・・いまだに厳しくエサのしつけをされている我家の老犬の心境がわかるような気がした一瞬でした。

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温泉坊主 

2010/10/17
Sun. 08:34

世間では土日の休日や祝祭日がお休みだったりしますが、吉田には特にこれといって定まった休日もなく、その時の事情で公私の用事を片付けながら日々暮らしております。

そんな吉田がこのあいだ久々にハイウエイバスの往復移動をしたわけですが、どうもその疲れがたまってしまったようで足は浮腫むし頚椎は固まるしでロボットオヤジのような動きになってしかたがないので、思いきって半日ほど休みをとって例の温泉まで行ってきました。

ぬるーいオヤジはぬる~いお風呂が大好きなので、島根の中央部にあるあちこちのぬるーい温泉に1時間くらいのんびりと浸かっていることが何よりの極楽です。

島根の方もやっと秋らしくなってきた今日この頃。
久々に温泉にも入れたし、爽やかな秋空の元、気持ちを切り替えて鉄と向き合う一日の始まりです。

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IMG_9948.jpg4つある家族風呂の、このたびは一番手前の一部屋を拝借

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きーぽん走る 

2010/10/16
Sat. 07:25

吉田家末娘のきーぽんは中学校の吹奏楽部員です。
このところ彫刻制作などでドタバタしていた私が知らない間に中学校の部会や保護者会があって、結果、吹奏楽部の部長になったそうです。

一人しかいなかった3年生の引退にあわせての部長引き継ぎで自ら手を上げたそうです。
状況としては、それまでの1年間が副部長であった訳ですから、本人も覚悟の選択だったようです。
日頃から何かと逃げ回ってばかりいるチキンオヤジの子供にしては「アッパレである!」と抱きしめてやろうと思っていたのですが、オヤジの行動を読まれて逃げられました。

そのきーぽんが、中学校の駅伝選手で三瓶山の草原を走りました。
他の中学校は陸上部があったり、事前に同じコースをテストランしたりして準備万端。
そんな中でほとんどぶっつけ本番状態のきーぽんは、受け持ちの2kmをよく最後まで走り抜いたと思います。
次の選手にたすきをつないだところで「よくやった!」と抱きしめてやろうと思っていたのですが、またまた逃げられました。

逃げ足の速いところとシャイなところは、どうやらオヤジに似たようです。

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IMG_9917.jpg   三瓶山西の原の草原は色々なイベントでよく使われます

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石見銀山 秋の夜 

2010/10/15
Fri. 22:23

チョット留守にしていた石見銀山へ帰った丁度その日にささやかなライブがあって、早速チケットの手配をしようと電話をしてみたらすでに満員御礼状態。
そこを何とかオヤジの顔で・・・ということで現場引替えの了承をもらって会場の喫茶店へ出かけました。

だいたい私と同年代のオヤジにオネエサンが約50人くらいの満席で、1960~70年代のフォークソングで大盛り上がり。
予定の曲にアンコールが10曲くらい増えて、3時間のロングライブになりました。
終盤はみんなの大合唱で、久々ににぎやかな石見銀山の夜でした。

関連情報はこちら→http://tetujin29.blog31.fc2.com/blog-entry-248.html

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IMG_9968.jpgプロ顔負けの美声で3時間を熱唱した「クラフトさら」のご主人

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早朝 

2010/10/15
Fri. 09:03

久しぶりに島根県に帰ってまいりました。

彫刻の展覧会が始まって陳列展示などの作業があったのですが、1年ぶりの彫刻仲間との再会も楽しみなので万障調整して出かけてきたところです。
このところの数年間はハイウエイバスを利用していますが、今回の久々の利用は睡眠不足に悩まされて、寄る年波を痛感した旅になりました。
もっとも、会場で懐かしい顔の数々を発見すると眠気も吹き飛んで作業に集中することができました。
まだ、もうしばらく体力の方はもちそうです!・・・といいつつ、七日務めの方は老住職に頼み込んで勘弁させてもらいました。
留守の間のもろもろをワイフから聞きとったので、これからスケジュールの練り直しをしつつ、気持ちを徐々に切り替えていこうと思っています。

朝霞の山向こうから昇る朝日がきれいでした。

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老犬と金木犀 

2010/10/14
Thu. 01:54

我が家の老犬はほとんど一日中寝ていますが、チョット寝返りでもすると部屋中に犬の加齢臭が立ちこめます。
彼の周囲には消臭剤が常に置かれていますが役に立ちません。

末娘のきーぽんはオヤジの向こうを張って妙に鼻が敏感で、イヌ並の鼻を持っていますから、老犬の寝返りを感知します。
一方でオヤジの加齢臭や酒臭い口臭をとがめつつ食後のひと時を私の側から離れなくて仕事が遅れます。

一計を案じたワイフが、きーぽんの好きな匂い立つ金木犀を持って帰りました。
早速老犬の横に設置。

さて、臭いと匂いの対決は如何に・・・!?

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カボチャ頭の氾濫 

2010/10/13
Wed. 00:40

万善寺のおかみさんが何かに取り憑かれてしまったようです。
何とかして下さい!

畑仕事もそっちのけのおかげで、収穫時期の豆が野ネズミに食べられてしまったようです。
プレゼントされた運の悪い方々もいらっしゃるようです。
苦労話は30分以上続きます。
口を挟むスキもありません。

比較素材はこちらから

http://tetujin29.blog31.fc2.com/blog-entry-256.html

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公汰くんデビュー 

2010/10/12
Tue. 01:24

公汰くんは、ついこの間誕生した元気な男の子ですが、吉田の孫ではありません。
というか、孫のようなものだと思っています。
でも、そんなことを本当のジジババにいったら口をきいてもらえなくなるでしょう。
そのくらい、本物のジジババは喜んでいます。
公汰くんは幸せ者です。

公汰くんのお母さんは、吉田家長男のお姉さんのような存在で、彼女が小学生の頃から何をするにもだいたい一緒に行動していて、今でもなかなか他人とは思えません。
彼女のおとうさんおかあさんは、公汰くんのジジババになりますが、とても忙しい夫婦で出張も多かったりするので、だんだんその間の面倒をみているうちに自然と吉田家の子供のようになってしまった感じです。

彼女は結婚して今は東京で暮らしていて、公汰くんもそこで出産しました。だからまだだっこしていません。
機会があったらたずねっていって彼女に「よくやった!」といってやりたいと思っています。そして、公汰くんもだっこしてこようと思っています。

ちなみに、吉田家の子供達は公汰くんのお母さんの云うことをとても良く聞きます。
オヤジとしてはとても複雑です。

いずれにしても石見銀山の15年前は、子供が子供を育てたり、町が子供を育てたりしているような地域のコミュニティーが存在していたことだけは確かです。
15年というとチョット前の話です。
今からでも遅くはありません。吉田の住む石見銀山へ子連れでいらっしゃい。町のみんなで育ててみましょう。
とってもglobalな子に育つと思いますよ。

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ホトケのジローキー 

2010/10/11
Mon. 05:29

何げなくボーッとしながらデスクワークをしていたら回りが少しずつ騒がしくなってきて、どうやら雨が本格的になってきたらしいと何げなく思っていたら電話が鳴って出てみると万善寺住職。
このところ、自分の記憶力に自信がなくなってきて急激に気弱になって甘えはじめてきた住職からのお助けコールでした。

松子さんが亡くなって四七日になりますが、バイクで移動の住職には雨が応えます。
自分のスケジュールが狂ってしまうことを知りつつ、断る訳にもいかないので七日務めをバトンタッチ。
次の朝、去年から履き続けのスタッドレスのスリップを気にしながらポンコツ君をかばいつつ万善寺へ出かけました。

数週間ぶりに見る松子さんの祭壇は、生き生きとした花が供えられ、ローソクや線香も絶やされず、仏飯の五つ組も用意され、七日塔婆もたてられて清々しく整えられてありました。
さすがに諸々の仏事に厳しい老住職の教えが行き届いた立派な祭壇でした。
松子さんが体調を崩して入院されてから2年間の棚経務めでみる仏壇は、守り手不在の荒れ放題だったことを思いだします。

日常の暮らしに仏事がさりげなく溶け込んでいた時代は、島根の田舎の方でも過去の世界になって忘れられてしまったようです。
この度亡くなった松子さんにチクリと少年吉田のおこないをとがめられたことを良くおぼえています。
「仏具で遊ばない触らない」、「脱いだ靴は揃える」、「お風呂で騒がない」、「正座の時はキョロキョロしない」などと、寺育ちの子供はそれなりに寺バージョンで怒られることが多かったのですが、ナント松子さんに
「寺のお子なんだからお地蔵さんに手を合わせるんですよ」

松子さんは昔から万善寺の地蔵供養の常連さんでした。年をとってからよけいにお地蔵さん詣りが頻繁になりました。
学校の行き帰りに毎日通過するお地蔵さん前で、お参りの松子さんにチクリととがめられたのです。
このことは老住職も知らないと思います。
子供の吉田少年にとってはいまだに覚えているほどの結構な衝撃でした。
それ以来、かかさず手を合わせたり頭をさげることを忘れません。
面白いことに、吉田少年のそのような行為は近所の子に波及し、しばらく後には、お地蔵さんに手を合わせることが子供達の常識になっていました。

松子さんは今、左から4番目のお地蔵さんに守られながら三途の川を渡っていらっしゃいます。
迷うことなく彼岸の岸へたどり着かれることでしょう。

などと思い出を噛みしめながら帰宅してメールチェックをしていたら、いつの間にか届いていたジローキーからの送信。
写真を見てビックリ!・・・「そりゃないぜ!」と、思わず周囲を見回してしまいました。

014k.jpg

という事で・・・・~「ジローキーの世界その6」~

タイトル:「ショージュンの心」
撮  影:匿名ジローキー
勝手寸評:
五戒どころか十重禁戒の煩悩呪縛に締めつけられながらもがき苦しみつつ、一方で目元辺りに慈悲と悲哀の心をちらつかせて偉そうにあれこれ宣う坊主もどきの実体的本性を見抜く手腕に脱帽。被写体の主観を活写した力技を評価して、この度は五戒付きの星五つ!

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霞雨 

2010/10/10
Sun. 02:00

このところぐずついた天気が続いていて、寺の畑仕事がはかどらないとおかみさんに会うとその話しが出てきます。
それでも、天気情報をこまめにチェックしながら上手に豆やカボチャや芋の収穫をしたり種まきをしたりして忙しく暮らしています。

私の方は、次の仕事にとりかかってストーブの修繕やらエントツの更新やら、これも空の様子を見ながらやりくりしていますが、おかみさんのように上手くいきません。

こういう日はポンコツ君の調子も思わしくなく、はきつぶしのスタッドレスがやたらとスリップします。
墨絵のように美しい山間の霞雨も怨めしく思われてしまいます。
車検を通さなければいけないのでもう夏前から冬タイヤの中古を探してもらっていますがいまだに見つかりません。
行きつけの車屋さんで聞いたら、どうやら製産していないようだとの解答。
時代はどうも生産者中心に動いているようで個人の都合などどうでもいいようです。

現在のポンコツ君は3代目になります。
ずぅーっと長崎暮らしで、この前の冬にはじめて雪を見た車です。
スタッドレスはポンコツ2号のお下がりで、一冬をしのぎました。
はじめての平成生まれの車なので、なんとかタイヤだけでも新調してやろうと思って、なじみの車屋のおにいさんに泣きついたら、2・3日して電話が入りました。
どうやら韓国製あたりが手に入りそうです。
これで我が家のポンコツ3号も年越しができそうです。

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大森小学校 

2010/10/09
Sat. 00:42

大森小学校・幼稚園を守り育てる会が発足して早いもので3年になります。
ポスターを一年に一回ずつ更新しながら小学校存続に向けての活動を地道に続けています。

どういう訳か、私が事務局になっていて、当初は色々な学校統合の説明会や研究集会などに出席したりしていましたが、最近は行政からの説明会などもなりを潜め、子供達の人数が減っていってどうにもならなくなるまで静観の状態に入っているようです。

私が学生で東京にいた頃、わが母校の中学校が廃校になって競売にかけられましたが買い手が付かず、結局取り壊されて更地になりました。
帰る場所が無くなった訳です。
大人の思い出だけで学校が継続出来るものでないことはよく分かります。
一方で、地域から学校がなくなるだけで人口減の加速が勢いづくことも現実です。
私の中学時代の友人の一人は、通っていた分校が閉校になってから20kmの山道を毎日自転車で本校まで通い続けました。
当時は彼のような中学生が他にも学年の半数くらいいて、みんな当たり前のように学校生活を送っていましたが、その彼もあとになって聞くと、やはり辛かったといいます。あのような暮らしには戻りたくないといって他県に移りました。
卒業後の定期的な同窓会出席は年と共に減っていき、今では当時の生家もなくなって、帰省の口実も見つからないまま疎遠になった者もたくさんいます。

暮らしの便利さと心の豊かさはめざす先が違うところにあるような気がしています。
多くの人々の心は常に時代の中心に向いているのでしょうね。
たまには自分の足元をゆっくりと丁寧に時間をかけて見つめてほしいと思います。

鮭や鰻の遡上じゃないですが、人間だって生まれた場所に帰って子育てをするのも選択肢の一つだと思うのですがどうでしょう?

守り育てるポスター

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二期作もどき 

2010/10/08
Fri. 08:20

田んぼ一面に広がる刈り取り前の稲は今年の豊作を予感させます・・・・なんてネ!

実は、早場米の刈り取り後の株から育った「己生え」の稲です。
きちんと小粒の実も付き、本気になって収穫すれば田んぼ一つで40~50キロ程度の米がかるく収穫できるのではないでしょうか?
最近の品種改良で、稲刈りの時期がどんどん早まり、早いところでは八月のお盆を過ぎると刈り取ってしまう田んぼをあちこちで見かけることが多くなりました。
ほんの数年前までこのような光景を見ることはなかったように思います。

今年のお米はお百姓さんの予測通り不作でした。
夏の気温が高すぎたことと、雨の降る時期がズレてしまったことが原因のようです。
豆も似たような状態のようです。

このような不作になると収穫量に応じて国からの補助が出るそうです。
だから、不作でも年収はそれほど変わらないようになっているのだそうです。
そのようなシステムになったのは、米どころから出馬の議員さん達の力なのだそうです。
お百姓さんの一票が実った結果だそうです。

見せかけの二期作は品種改良の研究の成果だそうです。
秋の台風にあうと米の品質が下がるそうで、それを避けるための改良だそうです。

「~だそう」話しばかりですが、大地と本気で付き合っているお百姓さんの知力と底力を感じます。
お百姓さんの「一票」が、お米「一俵」に結実しているわけです。

近年、二期作もどきの田んぼを横目で見ながら二紀展出品の彫刻を運んでいます。
彫刻家もそれなりに考えて一票を投じているつもりですが、なかなか暮らしの保証に結び付きませんなぁ・・
「不昧因果」の境地をみるにはまだまだずぅ~と先になりそうです。

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備考:「不昧因果(ふまいいんが)」
「いくつになってもどんな時でも、自分の行為は自分で責任を持たなきゃいけないのだよ。いつまでも人に頼ってばかりいちゃいけないよ」

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石見銀山本谷入口あたり 

2010/10/07
Thu. 09:40

吉田家の末娘がフラリと帰宅した長男君に部屋を追い出されてオヤジの書斎へ転がり込んでから急に朝夕の冷え込みが強まり、そのまま惰性で書斎に居座り続け、気がつくとついに自分専用の抱きつき枕まで持ち込んで、夕食後の書斎がジワジワと寝室に変わりつつある今日この頃・・・

朝の目覚めが遅くなって通学のバスに乗り遅れた末娘を中学校まで送っていきました。
中学校への車道をそのまま真っすぐ進むと石見銀山本谷にぶつかります。
本谷は、主に江戸期に坑道開発された間歩が点在している谷ですが、一方で「金生坑(きんせいこう)」と名のつく間歩もあって、石見銀山発見当初から銀の採掘が続いていた歴史を偲ばせる谷でもあります。

山の斜面には、所々岩盤がむき出しになっていて、そのあたりにも多くの間歩の穴が点在しています。
中学校から見るとかなり山の高い所のように見えますが、実際に登るとほぼ水平に横からの迂回路が付けられていて、そのような人の営みの跡を見ると往時の隆盛の規模がよく分かります。

遺跡調査用の砂利道の脇には、各所の間歩や谷へ続く古道が見え隠れし、所々に平地が点在しています。
聞くところによるとその平地は住居や製錬所跡であったり、寺院の遺構であったりするとのことです。
江戸期の石見銀山には、100前後の寺院が建立されたとか、200ヶ寺があったとか様々に伝えられていますが、ようするに多くの寺院が必要とされていたという証にもなっていることになります。

私がつくる彫刻には何処かしら万霊への念が見え隠れしているわけですが、このような地所に踏み込むと益々三界万霊の空気感が強まったりします。

今年の夏は、100歳人口がおおいに話題になりましたが、老人の孤独死や無縁葬儀なども関連して話題のネタになっていました。
老住職との役務引き継ぎなどを少しずつ行いながら、何度か在家当主ともお話しさせていただきましたが、三界万霊どころか、自らのご先祖様との関係も希薄になってしまっている実際をつぶさに見させてもらったような気もします。
今さら云うまでもない話しですが、自分の生(せい)ある姿は、父母の2人から生じているわけで、その父母はまたそれぞれの父母から生じ、たった孫子三代の世でも最低6人の親族が生じる当然の事実がそこにあるわけです。これが5代6代さかのぼると、かるく100人ものご先祖さんが存在することになる。

今の私一人は、三界の万霊に見守られて暮らさせていただいていることを忘れないようにしたいものです。

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秋の旨いもの情報 

2010/10/06
Wed. 08:02

大森町内の仲良し飲み仲間などが声をかけ合って、時々出かけているのが三瓶山の温泉町にある「きつ川」。
町内運動会も終ったし、吉田家の彫刻搬入も一段落したし、嫁さんの長期出張で久々に羽が伸びているオヤジも何人かいるし・・という事で久々に集まることになりました。

さすがに三瓶の山の上の方は夜になると冷え込みが厳しくなっていましたが、厚切りの肉が焼き上がる頃には身体も温もり、2010年新米のご飯もあったりして、とっても楽しいジンギスカンパーティーになりました。

満足満足!また明日から頑張れるぞ!・・・という感じです。

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ある日の吉田家 

2010/10/05
Tue. 10:26

その日は、珍しくワイフが朝のうちゆっくりしていて、こちらもつられてなんとなくスローペース。
コーヒーなどをチビチビ飲みながら毎朝恒例のメールチェックでもしようかなと思っていたらケータイが鳴りはじめ、出てみると友人のH氏。
展覧会の入選情報の電話でした。

今年の彫刻制作は、終ってみると何かと節目になったような年であったようにも思え、どうもすんなりと気持ちの切り替えがつかないまま、目先の用事につき合っていた日々でしたが、これでなんとなくもう一山乗り切ったような気にもなって、少しだけ気が楽になったところです。

そんなこんなで、もろもろ溜まりはじめた事務処理を片付けはじめていたら、関連の事務用品の補充が必要になっていて、結局100円shopへ走ってみると、よりによってそんな時に限って品切れ。しかたないから近所のホームセンターへ寄ってみたら「何で?」と思うくらいの値段。

心のざわめきを抑えつつ国道を走っていると長男から電話。
出て見るとどうやら道ですれ違ったらしい。
彼はただいま論文のデータ収集中でわざわざその回収に帰ってきたらしい。

それでなくても落ち着かない吉田家への長男帰省は、また一波乱は避けられないだろうと覚悟を決めて平常心を装っていると、案の定夕方くらいから何やら家族のスケジュールが乱れはじめ、ワイフは定例の会議で出かけ、末娘はピアノ教室だということで送迎のお伴となり、長男は末娘の部屋を占拠してひきこもり、犬は散歩をせがんで鳴きはじめ・・・

やっとの思いで夕食が始まって終る頃にワイフが帰宅し、長男がたいらげたおかずのことでまた一波乱あり、その後何事もなかったようにそれぞれの部屋へ落ち着いたと思ったら、もたもたしていた末娘が自分の部屋を追い出されてオヤジの四畳半書斎へ避難。

一日なぁ~んにも先に進むことなく過ぎてしまって、こんな時は何をしてもしょうがないだろうとあきらめて就寝したのが結局夜中の12時過ぎ。

何となく熟睡できないなーと思っていたら、末娘の膝蹴りやかかと落し。
次の朝、ボーっとして目覚めるとワイフの変わらない朝仕事が始まっていて、何時にない大荷物を運んでやったりゴミを出したりしてやっと一段落。
コーヒーカップ持参でメールチェックに入ろうと思ったら電話が鳴って出て見るとワイフ。
何事かと思ったら、車の燃料切れのお助けコール。
早速、緊急出動して勤め先まで送って帰ってきたらこの時間。

仕事をはじめようとデジカメのチェックをしたら、末娘の激写を発見。いつの間に撮っていたのでしょう。
被写体の彼が、良く云えばマイペースな吉田家長男であります。いったいダレに似たのでしょうね。

まっ、そんな吉田家のドタバタも、オヤジがいるから何事も事無く乗りきれているわけでもありますし・・・と、自らをなぐさめる今日この頃であります。

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大森町の運動会 

2010/10/04
Mon. 08:04

大森町はだんだん住民人口が減っていて、約400人くらいになりました。
吉田家が町内へ引っ越してきた20年くらい前には500人を超えていました。
町内の人口減少は、町民運動会開催にも影響が出始め、日程や競技のみなおしが毎年のようにくり返されながら現在に至っています。

そんな状況の中、変わらないで続いているのが幼稚園、小学校の運動会と同時に町民運動会を行っていることです。
今年の運動会は、残念ながら午前中から雨が降りはじめ、途中から小学校体育館へ場所を移動して子供達の競技を中心に行われましたが、先生や保護者や町民の有志が子供達と一緒になって楽しい体育館運動会になりました。

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紅葉 

2010/10/03
Sun. 08:02

まだ私が中学生だった頃、美術の時間に色々教えて下さった先生は彫刻が専門で、職員室の自分の机に回転台や心棒を持ち込んで、授業のない時や放課後の空き時間には首像を制作していらっしゃるような方でした。

今思うとその先生は、とにかく美術関係のことを何でも良く知っていて、デザインの授業での色彩学はとても良い勉強になったと今でも思っています。
そのデザインの授業の時のこと。
「色には補色の関係というものがあって、その関係にある2つの色を上手に使うとお互いに自分を主張しながら引き立て合うからとても良く目立つし、絵の中でとても重要な役割を担うことになるんだ」
そして、
「君たちの友達関係や、クラスの仲間でも、補色の関係を意識しながら付き合っていくと、真反対の性格や、意見の違いや、大嫌いなヤツがいても、かえってそんな関係の方が重要になってくるんだから、よくよく考えて付き合っていくとお互いが相手を引き立て合ってとっても良い関係になるんだ」
と続けて、
「秋の紅葉を見ると補色の関係がよく分かる種類の木や草が色々あるからよく見ておぼえておくんだぞ。春先に葉の芽吹く頃から、秋になって葉が落ちるまでの間に、1枚の葉っぱでも様々に色が変化していることがよく分かる。まっ、自分の一生を見ているようなもんだと思っときなさい・・」

田舎の中学生を相手に、デザインの授業の中でそんな含蓄のある授業をしてくれた先生に出会えたおかげで、今の吉田がいるようなものです。

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2010-10