工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

九州奴駄馬多紀行エピローグ 

2010/11/30
Tue. 18:05

九州ドタバタ珍道中も無事終了したと思うでしょ・・・

ところがドッコイ!
それで終らないから珍道中なのです。
吉田をあなどってはいけません。
・・・という事で、次の日1日隠りきってしばらく島根を留守にしていた埋め合わせを無理矢理すませ、燃料を注ごうとフタを開けてビックリ!
中国自動車道を燃料キャップ無しで突っ走っていたようです。

「あのフタは何処へいったのでしょう??」

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九州奴駄馬多紀行その5 

2010/11/30
Tue. 08:27

「めかり」は、高速道を本州から関門海峡を渡って九州側の最初の休憩地で、狭い駐車場には観光さん達の車がひしめいていて、にぎわいのあるサービスエリアです、
一般道の関門トンネルはかなり前から工事中のようで、車で移動する場合はどうしても高速道に乗る事になるようですが、通り過ぎるだけの私にはそのあたりの詳しい事情はわかりません。
島根のSさんは、大学生の頃「青春18切符」を使って九州1周の旅をしたそうです。
その時、丁度この「めかり」の下辺りの安いビジネスホテルを利用したそうで、しきりに懐かしがっていました。
私の方も九州には色々な思いでがあります。
彫刻運搬でお世話になった彫刻家をはじめとして、他にもTさんやOさんなど、九州で精力的に制作活動を続けていらっしゃる彫刻家もまだまだたくさんいらっしゃいます。
彼らのことも久々に思い出させていただいた楽しい九州の旅もそろそろ終りに近づきました。何事もなければ日の沈む頃石見銀山に到着するでしょう。

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九州奴駄馬多紀行その4 

2010/11/29
Mon. 07:27

千代福は久留米の造り酒屋でしたが、廃業に併せてそのまま解体したり放置するには忍びないという事で、Sさんが福岡や現代美術の作家に呼びかけて酒蔵をアートギャラリーとして再利用することになりました。
家賃や使用料を払いながら現代美術の作品展や、ワークショップ、出資作家の制作工房、各種イベントの会場や文化事業などを様々に展開しているとても素敵なスペースになっています。
前々から話には聞いていましたが、実際にこの目で見るとスケールの大きさと解放感に引き込まれるような魅力的な空間に感じました。
石見銀山のような山間の狭い谷間にしがみつくように寄せ集まった閉塞感とはえらい違いです。
何でもデカイことが全てではないですが、彫刻の制作や展示や発表は、やはり果てしなく広がる空や大地の向こうを張って、ゆったりと堂々としていたいものだと改めて思いました。
何処かの狭い美術館の狭い会場でデカイ彫刻がひしめき合って展示されてあっても、いまひとつその本当の素晴らしさが伝わってこないのは何故なのか・・・チョットだけ分かったような気がしました。

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九州奴駄馬多紀行その3 

2010/11/28
Sun. 07:36

皆様ご存知のように、あの青木繁さんは久留米の出身です。
ちなみに坂本繁二郎さんは学校の同級生で、そんな関係があるとやっぱりお互い競い合うから自分の力量が伸びていくんでしょうね。
さしずめ、吉田の場合はワイフの存在が大切になっていると確信していますが、はたしてワイフの方はどう思っているのでしょうか?
久留米にはあのタイヤの石橋さんの美術館もあるし、とっても文化レベルや意識の高い所だと思います。

さて、その青木さんのことですが、Sさんから面白い話があったので、さわりを少々・・・

Sさんが展覧会の関係で自宅と会場を往復していた時のこと。
その道中に 解体修復保存が決まった青木さんの旧居があって、その様子を横目で見ながら移動していると、修復保存とは名ばかりのずさんな工事の様子が目に留まり、これは捨て置けないとSさんの正義感が目覚め、開催中の展覧会業務をそっちのけで毎日のように解体現場へたちよって廃棄されていく家屋の部材回収を始めたのでした。
そして現在、その部材の幾つかは、自分の彫刻ギャラリーの一部に使用され、修復保存の実態は克明に筆記記録され、機会を見つけては地道に青木さんの個人研究を進め、それらを語り継ぐ活動を続けています。

実に偉いと感心します。私のようなヘナチョコ坊主とはえらい違いです。
私はそんなSさんが大好きです。
もちろん、豪快な木彫も好きです。
また機会をつくって遊びに行こうと思います。

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IMG_0368_20101125182551.jpg回収した部材はギャラリー入口の柱になりました

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でかいぞ公汰君 

2010/11/27
Sat. 06:28

吉田家長女がだっこしているのは公汰君です。
公汰君は、なおちゃんのはじめての子供で、残念ながら長女の子供ではありません。
オヤジとしては、早く孫の顔が見たいと思っているのですが、我が家の娘どもはマイペースでなかなかオヤジの気持ちをくみ取ってもらえないのが吉田家の実状です。
そういう訳で、公汰君は吉田家が親しくお付き合いしているご近所さんのお孫さんです。
お母さんのなおちゃんは東京に住んでいて、この間長女の勤め先を訪ねてくれたそうです。
・・・それにしてもデカイ!
公汰くんのお父さんは細いけど背が高いし、お母さんのなおちゃんも結構背が高かったりしますから、きっと公汰君もこのままスクスク大きくなっていくことでしょう。

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九州奴駄馬多紀行その2 

2010/11/26
Fri. 06:35

大牟田から久留米に北上する道筋に、私の好きな彫刻家Sさんが住んでいます。
九州のSさんは木彫の作家ですが、島根のSさんは鉄で彫刻を造っています。
九州のSさんも昔はステンレスなどを使ってオシャレな彫刻を造ったりしていて、ワイフの向こうを張ったりしていました。とてもよく似た彫刻なので二人の関係をよく知らない人が見ると、一人の作家の2点の彫刻に見えたかも知れません。
ややこしい話しですが、島根のSさんが、Iさん家で九州のSさんに会いたいと言い始め、私も久々に会いたくなって、ちょうど島根へ帰る途中でもあるし、上手く連絡がついたらよってみようということになって、チョット寄り道してみました。

Sさんは思った通り、近所では結構有名で、道を尋ねるとすぐに教えてもらうことが出来ました。迷うことなく、一発で目的地到着。

Sさんの住居はほとんど自らの手づくりで、とっても味わい深い趣のあるギャラリーや、使い勝手を熟考した制作工房があって、Sさんの話しも面白いし、思わず長居をしてしまいました。

九州奴駄馬多紀行第2弾ひとまずこれまで・・・

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IMG_0363_20101125182552.jpg工房の工夫を披露する彫刻家Sさん

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九州奴駄馬多紀行その1 

2010/11/26
Fri. 05:22

どうもシャンとしない山陰の空模様とにらめっこしながら九州の彫刻家の作品3点をポンコツ君に積み込んで石見銀山を出発したのがお昼過ぎ。
今回の旅は彫刻運搬が主業務で、島根の彫刻家Sさんが助っ人してくれて、オヤジ2人のドタバタ珍道中となりました。

最初の目的地は「直方(のうがた)」
直方というと、どうしても「しんすけしゃん!」を思いだしてしょうがないのです。
五木寛之の「青春の門」は直方のお隣の飯塚の辺りのお話しです。
その直方やら飯塚の辺りからは、私の青春時代ベタベタにつるんでいた美術受験生の仲間が上京していて、デッサンや着彩などの受験勉強する時以外は銭湯へ行く時も寝る時も何をする時もほとんど一緒に行動していました。
彼らの影響もあって、青春の門を読破し、その勢いはサルトルの「自由への道」へ引き継がれ、島根の田舎者にとっては、とにかく刺激的な日々が続いていた時代でした。

そんなこともあって、直方に居住する彫刻家K君を訪ねることは私にとっての楽しみの一つにもなっているのです。K君を訪ねたのは今回で3回目ですが、そのほとんどは彫刻運搬の仕事が優先になっていて、交わす会話も2こと3ことのドタバタで終ってばかりですが、それでも、とても有意義で充実した旅になっています。

その直方には、夜の7時過ぎに到着。彫刻受け渡しが終るとその足で太宰府に向かい、到着したのが9時頃。夜の太宰府はなかなかの大きな町の印象で、新興の住宅が密集し、福岡のベッドタウンのような印象を受けました。鉄を使った彫刻を造るN君へ受け渡し、奥さんに旨いコーヒーをいただき、高速の入口まで道案内までしていただき、人間アナログナビゲーターのSさんを頼りながら大牟田へ移動。

深夜11時近くにやっとお手軽なお宿「まゆみ」ちゃんの3階のお部屋へ入ることが出来ました。その後は例の如く夜の町へ流れ・・・・
「まゆみ」ちゃんへ別れを告げて出発したのが翌朝10時前。目指すIさん家へ到着したのが10時30分頃。Iさんやご両親の歓待を受け、何となくのんびりしてしまって長居をしてしまいました。

・・・・九州奴駄馬多紀行はまだまだつづく・・・

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IMG_0358_20101125182554.jpg彫刻家iさん家の玄関先には日本国旗

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竹箒 

2010/11/25
Thu. 04:59

春の筍のシーズンに切り倒しておいた竹の枝が、ひと夏で葉も落ち程よく乾燥したところで、向こう1年間寺の庭掃きで使用する竹箒の制作に入ります。

この竹箒造りは主におかみさんの仕事でしたが、指の力も衰え、針金の巻きも不自由になってからしばらくの間荷造り紐で代用などしながらしのいでいたものを、ついに見かねてこの度、私が無理やり取り上げました。
自らの衰えを認めたくないおかみさんにとっては、私のでしゃばりがことごとく気に入らないようで、箒造りの間中日なたの濡れ縁に座ってあれやこれやコマゴマと口出しが続きました。

束の太さや枝の裏表など、おかみさんなりの工夫は尊重しつつ、年老いた老夫婦でも使いやすいように軽く華奢に束ねたりしながら、ひとまず大中小の一式を作り置きしました。

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IMG_0346.jpg大中小の手造り竹箒完成

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紅葉の絨毯 

2010/11/24
Wed. 07:48

この間の風と雨で万善寺裏山の楓もいっきに落葉。
庫裡ぎりぎりまで迫ってせり出した裏山との間にあるささやかな裏庭は、実にみごとに紅葉が敷き詰められ、足の踏み場もない状態。
そのままほっておく訳にもいかないので、しばらくは庭掃除の作務が続きます。

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IMG_0341.jpg掃き集めるとこんな感じ

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ついにiPhone 

2010/11/23
Tue. 01:11

風の便りで次女のノッチが携帯電話をiPhoneに切り替えたと聞いていたのですが、この間の引っ越し祝いでオヤジへの初お披露目となりました。
何のバイトをしているのか定かではありませんが、とにかく夜も寝ないでコツコツお金を貯めて念願の購入に至ったようです。
我が娘に先を越されてしまったようで、オヤジとしては複雑な心境です。
オヤジだってそれなりに昼となく夜となく働いているんだけどなぁ・・・
この差はいったいどこから来るのでしょう?
一方で、自力で頑張っていてくれることに不甲斐ないオヤジとしては感謝していることも確かです。
吉田家の子供たちはみんなそれなりにたくましく育ってくれているようです。

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晩秋 

2010/11/22
Mon. 01:35

ついこの前まで眩しいほどの紅葉が美しかった万善寺の裏山も、引っ越し騒ぎで留守にしている間にすっかり様変わりして見る影もない状態になっていました。
時の移ろいの早さに取り残されてしまいそうです。

始まりはこんな感じ・・http://tetujin29.blog31.fc2.com/blog-date-20101105.html

絶景の頃・・http://tetujin29.blog31.fc2.com/blog-entry-300.html

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バイブル 

2010/11/21
Sun. 01:04

まだ吉田家の長女が関西で仕事をしていた時、おとうさんから愛を込めてプレゼントした一冊の本があります。
その本は「菜」の一字が目に飛び込んできて思わず衝動的に買ってしまったものです。

この度の引っ越しで荷物を整理していたら段ボール箱から出てきたのでパラパラめくってみると、今の彼女にピッタリのあれこれが書いてあって、オヤジのチョイスもなかなかのものだとニンマリしてしまいました。

長女の名前には「菜」の字を使いました。春先に生まれたので春の花から一字をいただいたわけですが、最近の彼女はおばさんギャルに研きがかかりすぎて名前負けのきらいがあって、オヤジとしては少々心配なところでもあります。

せっかくプレゼントした本なのだから、本棚の肥やしにしないで寝る前に一読でもして、謙虚で慎ましやかで素敵なレディーになってほしいと願っています。

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近況報告 

2010/11/20
Sat. 01:13

みなさぁ~ん、オヤジはとりあえずそれなりに元気でやってますよぉ~~。

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長女の引っ越し祝で次女もやってきて、親子3人で飲みました。
ボトルの札は長女の力作。
どうですか?似てますか?

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中央フリーウエイ 

2010/11/19
Fri. 07:40

このところスッキリしないぐずついた日が続いていますが、その間隙をぬって久々に中央フリーウエイを走りました。
吉田の場合、高速道は夜の移動が多いので道路標識と耳のお伴がドライブの楽しみになっていますが、この度は久々に日中走行になったので、秋の日本を見ながらドライブできました。

目的は長女の引っ越し。
長女は現在八王子の方で暮らしていますが、諸々の事情で部屋の荷物を一度島根に引きあげて布団だけ残した間借り暮らしを2ヶ月間していました。
その内だんだん寒くなるし、夏物の衣類も世間に目立ちはじめ、オヤジ手作りの炬燵も恋しくなるようになってから本格的な新居探しが始まってこの度諸々の契約が終了した所でお引っ越しとなった訳です。
仕事の関係のドタバタだったので業者さんにお願いしてもよい話なのですが、持っていった荷物を持って帰らなければいけないこともあったりして、連休をとることも難しかったりして、結局オヤジが指名されたしだいです。

そんなことで、オヤジは働かされました。
往復20時間プラス荷物の積み込み積み下ろし。加えてお部屋の片付け、引っ越し祝のささやかな飲み会までお付き合いして帰ってきました。
部屋に入り切らなかった荷物と段ボールの空き箱や末娘へのお下がりなどを仕分けて、やっと一段落した所です。
どこかのだれかの仕分け作業に比べたら吉田家のささやかな仕分けの方はすんなりと納まる所へ納まり、末娘も大喜びで、段ボール箱もそれなりに使い道があったりして八方丸く納まってヤレヤレです。

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IMG_0264.jpg新居で早速お洗濯

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祈祷太鼓 

2010/11/18
Thu. 04:57

老住職は、約60年間万善寺を守り続けています。
つまり、筋金入りです。
私のような見た目坊主とは訳が違います。

ということで、寺の朝は、お茶燈から始まります。
本尊さんや位牌堂や開祖さんなどへお茶や蝋燭線香をお供えし、朝のお勤めをすることが日課になっています。
若い頃は毎日のように朝夕の祈祷太鼓が聞こえていましたが、最近は朝のお勤めで聞こえるほどになりました。
私は、まだ上手に打てませんので、そういう時の老住職は急に耳が遠くなったりします。

最近まで、時々加持祈祷の依頼が入ったりして、太鼓の音がよく聞こえていましたが、このところそれも激減しました。高齢化は万善寺の日暮らしにも少しずつ影響がおよび、なかなか厳しいものであります。
鐘太鼓は100年以上前から続いているものです。
バチや経机は消耗品なので、本尊さんや位牌堂からのお下がりが回ってきます。
古びてはいますが使い込んだ味わいがにじみ出て独特の雰囲気を醸し出します。

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おかみさんの畑 

2010/11/17
Wed. 01:15

久々に秋晴れとなって気持ちの良い日になったと思っていたら、どうもすっきりしなくてホコリっぽい一日となり、気がつくと車のボンネットが黄砂で白くなっていました。
この前よりはましなものの、なんとなくノドがいがらっぽいのはまんざら風邪のせいだけではなさそうです。

そんな中、寺のおかみさんは朝からお茶も飲まずに畑をはいずり回ってタマネギの苗を植え付けました。
来年の1年分をまかなうことになりますが、何時まで続くことでしょう。

最近の老住職は畑に出ることをしません。
膝の軟骨がすり減ったことも関係しますが、畑の耕し方がおかみさんの気に入らないからです。
少し前までは二人で仲良く畑仕事をしていましたが、そのうちおかみさんの身体が動きにくくなってきて、それぞれのペースが狂い始め、やがておかみさんの労働時間が老住職におされ始めるようになってから、急におかみさんの小言が増えるようになりました。
ようするに、自分の仕事を取り上げられたような気持ちになってしまうのでしょう。
畑の耕し方や、肥料の加え方、苗の植え付けの仕方、種の蒔き方、収穫のし方などなど、ことごとくおかみさんの気に入らないことが増えてきて、老住職の方は、「畑仕事でおかみさんに叱られるくらいなら最初から畑に出ない」と心に決めてしまったようです。

今度は、おかみさん曰く、「畑仕事も手伝ってくれない。気楽なものだ」という話になって、なかなか会話の成立しない老夫婦のやりとりを聞かされる毎日であります。
仕事をしてもしなくても、結局は小言になってしまい叱られてしまう二人は、なんだかんだ言っても仲の良い夫婦なのかもしれませんが本人達がどう思っているかは分かりません。

人生は複雑ですなぁ~~と、思いつつ、一晩会っていないワイフを懐しく感じてしまう今日この頃です。
吉田家も似たようなものですが・・

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喜捨箱 

2010/11/16
Tue. 04:40

このところ1週間の半分は万善寺で暮らしています。
・・ということで、万善寺あれこれをさりげなく紹介しましょう。

「喜捨箱」(きしゃばこ)
「喜捨」というのは読んだ通り喜んで捨てることをいいます。
お宮さんだと賽銭箱とある方が多いと思いますが、寺でも賽銭箱を用意してあるところが多々あります。
万善寺の場合は、喜捨箱になっています。

私の小さい頃は、お参りのお客さんや檀家信人の皆さんがこの箱へよくいろいろなものを投げ込んでいらっしゃいました。
作法は・・・音を立てないこと。他の喜捨に触れないこと・・・と聞きます。
小銭の場合はどうしてもチャリン!と音がします。小さな動作でやさしく静かに落としましょう、お札の場合はヒラリと舞い落ちるように落としましょうということです。
お米や豆は半紙に包んで落としましょう。口に入るものをお金に触れたりさせないためです。
というように、いろいろなものが入っていて、年末の大掃除の時に中を取り出し、御払いのお経を上げていただきます。

この間、寺で法要があったとき、参列の小さな子供が自分で大切に集めていたカードを投げ込んでしまいました。
お経の間中大騒ぎでモクギョも乱れてドタバタのおつとめになってしまいました。
ひととおり仏事が終わった後に箱を上手に回して中を取り出してお返ししました。
ちなみにカードの他は小銭が少々と積年のホコリがたっぷり。
老住職も最近は喜捨箱を空けることもなくなったといいます。

一頃は喜捨箱や賽銭箱を持っていく不届きモノもちょくちょく見かけたものですが、最近はそういう話題も消えてなくなり、平和なものです。
はしくれ坊主としては、喜んで良いのやら悲しんだ方が良いのやら・・・

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きーぽんてんてこまい 

2010/11/15
Mon. 07:56

我家の末娘きーぽんが吹奏楽の部長になったのはついこの前のことです。
3年生が文化祭まで部長を務め、その後の引き継ぎの話し合いで決まったようです。
11月になって、毎週のように日曜日はどこかのイベントに出かけて演奏活動をしています。
私もこのところ毎週のように寺の招待仕事が入っていて、彼女の演奏を聴きに行くことが出来なかったのですが、久々に時間の調整が出来たので聴きにいってきました。
今回は、表彰イベントの盛り上げ役ということで、スーパーのイベントホールを会場に、テープカットがあったり、司会のお姉さんの進行で授賞式があったりした後の登場になりました。
演奏の曲数は4・5曲でしたが、吹奏楽の大会で演奏するようなクラシックではなくて、ノリの軽いJポップ中心の選曲になっていました。
あちこちの会場を渡り歩いているせいか、とても落ち着いていて、余裕の笑顔や振り付けなどもあったりして、オヤジ真っ青でした。
中学生位の時から人前に出て演奏活動をしたりしていると、結構度胸がついて来ると思います。
小心者の私など、いまだに引導の時など背中に突き刺さる参列者の視線にドキドキさせられて、思わず声がひっくり返ってしまったりします。
たった10人の吹奏楽メンバーですが、一人一役を堂々と乗り切って、立派な仕事をしていると感心させられました。

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古い友人 

2010/11/14
Sun. 10:54

宝塚に住む友人が訪ねてきてくれました。
学生の頃のお付き合いだったので、かれこれ25年以上は会っていなかったのにそれほどのブランクを感じることもなく楽しいひと時を過ごさせてもらいました。

この度の彼らの旅行は、結婚25周年の銀婚旅行だったようです。
旦那のこまやかな心遣いに感心させられます。
一方、吉田家はというと気がつくと2・3年前に銀婚が過ぎてしまっていて、ワイフに何もしてやれないどころか融通のきかないオヤジの我がままばかりで苦労をかけてしまっている不甲斐ない自分に気づき、反省させられたしだいです。

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黄砂の海 

2010/11/13
Sat. 07:56

最近お騒がせのあちらの方から黄砂がやって来ました。
この辺りのこの時期の黄砂は珍しいでしょう。
朝のうちから視界がすこぶる悪く、気分まで滅入ってしまいそうです。

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IMG_0242.jpg黄砂と雲と太陽

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通勤坊主 

2010/11/12
Fri. 08:03

万善寺の住職は今でも年相応に元気ですが、なかなか思うように身体や頭が動かなくなって、このところ急激に住職の代行が増えました。と同時に、寺の維持の方もそういうことで私の仕事にまわってきて、境内に忍び寄る裏山の境界を押し戻すだけでも一苦労です。
毎日の畑仕事を楽しみにしているおかみさんも、身体が動かなくなってきた反動でやたらと口が動いて、私の顔がみえる間中しゃべり続けています。
そんな感じなので、最近は通勤坊主が定着してきたような状況です。

私が寺へ移動する時は、江の川へ流れ込む支流に沿って続く細い道を走ります。
その道は水害の土砂でふさがれたり削られたりして、毎年修繕工事が絶えません。
一方この道は、島根県と広島県をつなぐ街道になっていて、その昔は石見銀山の銀を尾道まで運ぶ時の街道として使われた重要な道でもあります。

もう10年くらい前からその街道に工事が入っていて、以前から比べると寺への移動時間も30分は短縮しました。
岩山の谷底を流れる小さな川に沿って川岸を削り広げた程度の道から、トンネルと橋でつなぐ最短の道に変わりつつあります。
新しい道が通行できるようになると、現在毎週のように眺めている風景も見る機会が激減するでしょう。
新道のおかげで、小さな集落や鄙びた温泉宿も時代の流れに取り残されてしまうでしょう。
場合によっては、そこで暮らす意味が見つからなくなってしまうかも知れません。
公共事業が土地の歴史や人の出会いを捨てているような気にもなります。
少しの不便さが人の繋がりを深めたり人の優しさを育てたりすることもあると思います。
希少なものや貴重なものの価値は世間が便利になることで下がり続けそのうち見捨てられてしまうでしょう。

町から小学校が消えたらビックリするほど急激に高齢化や家族の離散が進み、その後間もなくして、気がつくと限界集落にまでなってしまっていたという兵庫の山間集落へ彫刻を野外展示したことがあります。

先日の坊主会話の事。
村の中心にある寺の住職が、高齢と檀家減少を理由に寺を廃業して出家を返上後、町に住む息子の家へ転がり込んで、その後の村から盆正月をはじめとした仏事が絶え、残された老人は介護施設へ入居し、仏壇には先祖の位牌がそのまま残された空き家が急造し、今ではゴーストタウンになって、農業放棄地になった田畑はイノシシが歩き回り、惨憺たる状態になってしまったという、ウソのような本当の話が出てきました。

地球史の中でザックリと見渡すと、このような人間の営みなどコレッポッチの塵がつもっている程度のとるにたらない変化でしょうから、一つ一つに善悪や是非を問いかけてもしょうのないことでしょうが、ささやかで良いですから矛盾のない社会を築いてほしいものですね。

高架橋にタップリと使われている耐候性鋼鈑を見上げてヨダレを流しながらそんなことを思ったりする、矛盾だらけの吉田でありました。



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秋深し 

2010/11/11
Thu. 01:30

ほんのこの間、「紅葉はじまったなぁ~」などとのんびり寺の空を見上げていたら、あっという間に見事に色づいていました。

今年は猛暑だったので、高齢化の進む万善寺周辺の地域は結構秋ごろから仏事で大変だろうなあと思っていましたが、当たらなくても良い予想が当たり始めています。
この度は、隣のお寺のお手伝いで100歳のおばあさんに引導を渡すことになりました。
これから無い知恵を絞ってその引導を考えます。
何れにしても100歳は天寿を全うしたといっても良いでしょう。
ある意味では目出度い話でもあります。
このような時の引導は湿っぽくなってはいけません。

久々の風邪で絶不調ですが、鼻水を飛ばさないように細心の注意をはらって鐘つき坊主を勤めさせていただく覚悟だけは出来ているところです。

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不覚にも 

2010/11/10
Wed. 08:28

ほとんど風邪をひかない吉田が、不覚にもひいてしまいました。
かれこれ2年ぶりくらいかも知れません。
最初は鼻風邪くらいで熱もないので自力で何とかなるだろうと、車で5分くらいのところにある温泉に行って温まってきましたがその後、毎日のようにはずせない用事が続いて、休めないままドタバタしてたらこじらしてしまいました。
寄る年波を感じた次第です。
これから病院へいってきます。

ちなみにその温泉はご近所さんの場合、入浴料300円とお手頃です。

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ブルーノート 

2010/11/09
Tue. 00:22

友人のSさんから写真が届きました。
先頃の彫刻展で東京に行った時、見つけて記念撮影したものです。
とっても大きな木製開き戸の扉が入口になっていてカッコよかったなぁ・・・
ショーウインドウのポスターも洒落てたなぁ・・・
地面に埋込まれた真鍮のプレートも渋かったなぁ・・・

Sさん、きっといつか、あの大きな扉を開けて入ってjazzたっぷり聴こうね。

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アフリカの夜 

2010/11/08
Mon. 14:29

東京外国語大学の学生さんたちが石見銀山にやってきました。
アフリカの森林資源保全活動に関するシンポジウムの一環で、交流会を持ちながら東京・京都・石見銀山と会場を移動し、地域の資源や保全状況を現場で体験するという、面白い企画でした。
昼間は、研究会や発表会などが続く過密スケジュールでしたが、夜の会にはあの類君もギター弾きの助っ人で再登場。
やっぱり若いってことはいいなぁ~。
オヤジも調子に乗って久々に騒ぎまくってしまいました。

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IMG_0203.jpg学生さんの研究発表

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京鹿子 

2010/11/07
Sun. 08:37

「今頃咲いたのョ」
と、ワイフが試験管に活けてくれたのは「京鹿子(きょうかのこ)」。
あの(鹿子絞染め)はこの花から命名されているそうです。
ワイフ曰く、だいたい鹿子の花は5・6月くらいに咲くそうで、そういえばその頃の吉田家玄関にも活けてもらっていたなぁと何げなく思いだしました。

現在11月。吉田家の庭には、春や初夏の花が狂い咲いています。
南の方から北の方まで、最近の日本は何やら何かどうも狂いはじめているような・・・
そのうち何処かで誰かが踊りはじめるかも知れません。

今年の冬は、サムくなるのかアツくなるのか予断を許さない状態のようなので、少しはやいと思いましたが先日の小春日和にポンコツ君のタイヤをちびたスタッドレスに履き替えておきました。
これでとりあえず、突然の気候変化には対応できるでしょう。


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頑張れポンコツ君 

2010/11/06
Sat. 01:16

そろそろ春先から乾燥させていた薪の出番になってきはじめて、我が家の働き者ポンコツ君3号も、最近フル可動で薪運びをしてくれています。

朝のデスクワークをすませてから工場へ移動し、昼食に帰る時にチョイと薪をひと積み。1日の仕事を終らせて帰宅の時にまたチョイとひと積み・・をくり返す日々が続いています。

今年の冬シーズンは贅沢にもケヤキを焚かせていただきます。
あとは、松くい虫の松と建築廃材を適度にブレンドさせ、焚付けにはチップの新聞紙薪を使います。

こんな吉田の暮らしを面倒だとか大変だろうとか物好きなヤツだとか色々感じていらっしゃる方々も多いと思いますが、吉田本人は結構楽しんでいます。日頃のあれやこれやを忘れて無心になれる貴重なひと時でもあります。

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やっと紅葉 

2010/11/05
Fri. 08:19

この所ぐずついていた天気も何げなく回復し、久々に気持ちの良い青空を見たような気がします。

寺の裏山の楓も紅葉が始まり、空を見上げるのが楽しみになりました。
一方、看脚下・・・足元の落ち葉を掃き続ける作務がひとつ加わります。

冴え渡る秋空を見、足元に積もる楓の落ち葉を見・・・
自然の営みの奥深さを教えてもらいながら生かさせていただいているところでございます。

・・・というわけで、やっぱり心の軟弱な吉田としては見た目の美しい方をとりたくなる訳で、秋空に映える紅葉の方を早速パソコンの壁紙に使わしてもらいました。
皆さんも、たまにはお仕事の目先を変えて見られたらどうですか?

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晋山式 

2010/11/04
Thu. 01:35

仏事や寺の諸行事でお付き合いのある臨済禅寺で「晋山式」が行われ、万善寺住職の名代として出席してきました。
禅宗には3派あって、万善寺は曹洞宗です。田舎の寺は、地域密着型の在家坊主や兼業坊主がほとんどですから葬式を始めとした仏事などでは宗派の枠を越えていろいろなお付き合いをしています。

この度は、隣町の臨済禅寺の若和尚が住職昇進となり、現住職が引退となる式に出席した訳です。
「晋山式(しんざんしき)」は、そのような時に行う寺院の特別行事の一つになります。

朝の9時過ぎから始まった式は、休憩を挟んで昼の12時30分位に終わり、その後の祝賀会が終わったのが14時30分。ほとんど1日費やした盛大な式典となりました。
さすがにこれだけの長時間を正装で勤めるには、老住職も辛いだろうと感じました。
私のようななんちゃって坊主は、このような正式の行事式典など避けて通っているようなところもあって式次第の作法などぶっつけ本番のド素人のようなものです。
そういうこともあって、内心結構勉強させてもらいました。

その世界で職務を全うすることの満足感や充実感は当の本人でないと味わえないものだなぁと分かったような気がします。
偉くなろうという気持ちは坊主の世界でも当然持ち合わせていらっしゃり、それは檀家さん方の菩提寺ひいきでもあり、見栄や外分が見た目の形になって現れ、結局坊主や寺の地位や格式になって、それを支える在家の熱意が示されることになるという仕組みになっているようです。

なんか、これらの様子を見渡してみると政界や財界、学界や美術界など、どの業界も似たような世界だなと思ってしまうのは私だけなのでしょうか?

ちなみに、この度の晋山式挙行のお寺から見ると檀家数も3分の1以下の万善寺は招待を頂いただけでありがたい話でありますが、出費の方は分け隔てなく当たり前に計上される訳で、なかなかお付き合いも大変なのであります。
しかし、万善寺老住職にもちゃんとした見栄や外分が備わっているので堂々とそれなりのお付き合いをさせていただいている訳です。なかなか偉いと感心します。何かと口実をつけて逃げ回ってしまうチキン坊主の私には出来そうにありません。まだまだそのあたりの修業がたりません。

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作ってみた 

2010/11/03
Wed. 08:00

吉田家6畳アートギャラリーもだんだん寒くなって店番をするには何かの暖房も欲しいな・・・と感じる今日この頃です。
ということで、長女に提供して取り換えた電気炬燵のまだ使える電熱器だけが余分に1機余ったので、それを使って炬燵デスクを作ってみました。
全て工場にあった余り物をつなぎ合わせて加工したので、サイズも微妙なズレがあってついだりはったりしながらやっと完成しました。
イスは、近所の雑貨屋さんの商品試作の余り物にちょっと手を加えて代用。座布団で高さ調整をしながら使うことになります。

家族の評判はイマイチだったので、気兼ねなく自分のものにすることが出来ました。
もっともひとまずギャラリーの暖房は確保できましたが、一方・・・
商品が売れなければ電気代の無駄遣いで終わってしまうことになる訳で、使用に関しては一抹の不安が脳裏をかすめてしまうのでありました。
「冬の石見銀山は観光さん激減するからなぁ~~・・・」

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ガードゲージはボコボコですが、十分使用に耐えられます。モッタイナイもったいない・・

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2010-11