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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

通勤坊主 

2010/11/12
Fri. 08:03

万善寺の住職は今でも年相応に元気ですが、なかなか思うように身体や頭が動かなくなって、このところ急激に住職の代行が増えました。と同時に、寺の維持の方もそういうことで私の仕事にまわってきて、境内に忍び寄る裏山の境界を押し戻すだけでも一苦労です。
毎日の畑仕事を楽しみにしているおかみさんも、身体が動かなくなってきた反動でやたらと口が動いて、私の顔がみえる間中しゃべり続けています。
そんな感じなので、最近は通勤坊主が定着してきたような状況です。

私が寺へ移動する時は、江の川へ流れ込む支流に沿って続く細い道を走ります。
その道は水害の土砂でふさがれたり削られたりして、毎年修繕工事が絶えません。
一方この道は、島根県と広島県をつなぐ街道になっていて、その昔は石見銀山の銀を尾道まで運ぶ時の街道として使われた重要な道でもあります。

もう10年くらい前からその街道に工事が入っていて、以前から比べると寺への移動時間も30分は短縮しました。
岩山の谷底を流れる小さな川に沿って川岸を削り広げた程度の道から、トンネルと橋でつなぐ最短の道に変わりつつあります。
新しい道が通行できるようになると、現在毎週のように眺めている風景も見る機会が激減するでしょう。
新道のおかげで、小さな集落や鄙びた温泉宿も時代の流れに取り残されてしまうでしょう。
場合によっては、そこで暮らす意味が見つからなくなってしまうかも知れません。
公共事業が土地の歴史や人の出会いを捨てているような気にもなります。
少しの不便さが人の繋がりを深めたり人の優しさを育てたりすることもあると思います。
希少なものや貴重なものの価値は世間が便利になることで下がり続けそのうち見捨てられてしまうでしょう。

町から小学校が消えたらビックリするほど急激に高齢化や家族の離散が進み、その後間もなくして、気がつくと限界集落にまでなってしまっていたという兵庫の山間集落へ彫刻を野外展示したことがあります。

先日の坊主会話の事。
村の中心にある寺の住職が、高齢と檀家減少を理由に寺を廃業して出家を返上後、町に住む息子の家へ転がり込んで、その後の村から盆正月をはじめとした仏事が絶え、残された老人は介護施設へ入居し、仏壇には先祖の位牌がそのまま残された空き家が急造し、今ではゴーストタウンになって、農業放棄地になった田畑はイノシシが歩き回り、惨憺たる状態になってしまったという、ウソのような本当の話が出てきました。

地球史の中でザックリと見渡すと、このような人間の営みなどコレッポッチの塵がつもっている程度のとるにたらない変化でしょうから、一つ一つに善悪や是非を問いかけてもしょうのないことでしょうが、ささやかで良いですから矛盾のない社会を築いてほしいものですね。

高架橋にタップリと使われている耐候性鋼鈑を見上げてヨダレを流しながらそんなことを思ったりする、矛盾だらけの吉田でありました。



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2010-11