工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ポンコツ君救出大作戦 

2010/12/31
Fri. 12:12

2010年もそろそろ終ろうとしている今日この頃、万善寺は年末の寒波に見舞われて諸々の予定が狂いはじめ、何事もキッチリ計画通り進めないと気が済まない老住職夫婦のイライラもピークに達して、中をとりもつ私は心労で倒れそうです。

そんな中、駐車場でほったらかされているポンコツ君も雪にうずまり、場所の確認も難しくなってきたので、参道の雪かきにあわせて救出作戦を決行しました。

結局、午前中いっぱい、都合2時間30分、休みなしで人力雪かきの結果、とりあえずエンジンがかかり、けなげに風雪を耐え忍んでくれていたことを確認することが出来ました。

そんなわけで現在の万善寺最新情報です。

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IMG_0628.jpg無事にエンジンもかかって一安心

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雪の万善寺 

2010/12/30
Thu. 12:40

愛車のポンコツ君も寒そうです。
参道の雪かきはだいたい2時間くらいかかります。
肉体労働ですが、良い汗もかくことが出来ます。
どなたか、ご希望があればいくらでも代わって差し上げますよ。

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IMG_0610.jpgほぼ中間地点まで完了

IMG_0606.jpgお地蔵さんまでたどりついて終了

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万善寺役僧 

2010/12/30
Thu. 08:46

本格的に万善寺の役僧生活が始まりました。
これから冬の間、工房むうあartgalleryはしばらく休業です。

まずは、雪の止み間をみはからって参道の雪かき。
本格的に降り積もるまでは出来るだけ駐車場まで車が上れるほどの道幅を確保することになります。
もちろん狭い境内は屋根からの雪ずりで雪山が出来ますから手のつけようがありません。

寺の暮らしは結構寒いですよぉ~~。

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年末恒例 

2010/12/29
Wed. 04:48

毎年のことなので少しは学習の効果が現れても良さそうなことなのですが、今年もまた例の如く徹夜覚悟のジタバタ仕事になってしまったのは年始の御挨拶の年賀状。

万善寺が約100枚。吉田家が300枚チョットになります。
オヤジの方は、最近何かとひきこもりがちなので少しずつ世間との溝が広がって減少気味なのに対して、キーポンとワイフは交友関係も広がって年々枚数が増えていきます。

この近年、公的機関を中心に慶弔ごとの簡素化が進んでいて、職場内での年賀状交換自粛を呼びかけていらっしゃるところも増えているようです。
世間では忘年会や新年会も廃止の傾向にあるようです。
私など、毎日朝夕顔を合わせて挨拶を交わすのは家族くらいのものなので、最初から世間の方々とは疎遠な関係が1年中続いているようなものですから、年に1度の御挨拶はとても大切で重要なコミュニケーションの方法だと思っています。1年間をふり返りながらデータベースをチェックしたり、コメントを書き込んだりすることは、自分の発見や反省にもなったりしています。

世間に継承される習慣ごとは何かしら色々な意味があって今に引き継がれているのではないでしょうか。
個人の付き合いまで管理化されたりし始めると、だんだん暮らしが窮屈になっていくような気がします。
ぼんやりとそんなことを思いながら年賀状を作成していたら結局朝になっていました。
ひとまず・・「おやすみなさいませ」・・

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寒波到来 

2010/12/28
Tue. 04:53

年内に片付けたい用事などが色々あってどうも落ち着かない日々がつづき、1日がアッというまに終ってしまういつもの年末になりましたが、近年には珍しく、この時期に寒波到来。
さすがに冬の日本海は強風にあおられて大荒れです。

吉田家の場合、年末からお正月にかけては万善寺の行事をこなすことになるので、これからしばらくは寺に缶詰。
ワイフは家内の掃除やらお正月の料理、年始の準備などで寺の裏方を手伝ってくれます。
私は本堂や庫裡の掃除に併せてお正月の飾り付けなどを年内にすませ、大晦日から年始にかけて毎回2時間以上もかかる早朝のおつとめが続きます。

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国際的飲み会 

2010/12/27
Mon. 08:22

レベッカさんはカリフォルニア在住の画家。
トーマさんはフランスと日本を拠点に国際的な演奏活動を展開するフルート奏者。
澄子さんはトーマさんの奥さんで、フランスの交響楽団のバイオリン奏者。
登美さんは石見銀山在住の生活デザイナー。
まっちゃんはミクストメディアの彫刻家。
大吉さんは脱臼建築士兼イベント仕掛け人。
キーポンはクラリネット奏者のヒヨコ。
峰山君は若き起業家で仕切り人の大番頭。
ゆきちゃんはアパレルショップのマネージャーで企画コーディネーター。
まいちゃんは和食からスイーツまで何でもござれの料理人。
吉田は鉄にしがみついているソコラヘンのガケップチ坊主の彫刻家。
・・・という事で、ナントも説明し難いメンバーですが、それなりの熱く濃く国際的に盛り上がった一夜でした。

さて、名前と顔が一致しましたか?


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キーポン大忙し 

2010/12/26
Sun. 09:20

このところ、オヤジの体温を求めて布団に潜り込むことが増えているキーポンが、少しずつ自分の生活圏をオヤジ周辺まで広げはじめ、最近は目覚まし時計まで布団に持ち込んできます。

すでに中学校は冬休みに入っていると思って久々の朝寝をむさぼろうと思っていたら、まだ暗いうちからその目覚まし時計がけたたましく鳴りはじめ、結局いつも通りに起床することになりました。
ワイフは風邪をひいて寝込んでいるし、かわいい末娘をそのままにしておくわけにもいかないので、スクランブルエッグを作ったりパンを焼いたりしながら朝食を用意したり、学校まで送り届けたりしてやっと先程一段落したところです。

この間、そのキーポンが島根県アンサンブルの大会に出場しました。あいにく私は寺の仕事と重なって会場まで聴きにいくことが出来ませんでしたが、見事に金賞を受賞したそうで、最近の成績では順位も良かったようです。
当の本人はいたってクールで、家に帰ってもそのような話しは出てきません。
パートのクラリネットの音を家で聴くこともありません。
それでも、いっこうに上手にならないピアノは何時も弾いていて、とりあえず音楽は好きなようです。

そのピアノの上に「一音入魂」のノートが置いてありました。
中は見ていませんが、吹奏楽部の日記のようです。
大会では一応それなりに良い成績も出しているようだし、冬休みに入っても土日関係なく部活練習もあるようだし、他の勉強や宿題もこのくらいせっせと取組んでくれたら助かるのですが、部活動には気合いが入っているような気もします。

そんなキーポンをみながらあれこれ冷静に考えてみると、毎日ダラダラその場しのぎの仕事で日々の暮らしをごまかしているオヤジよりずっとマジメに忙しい毎日を送っているなあと感心します。

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おばあちゃんの炬燵 

2010/12/25
Sat. 08:50

エコポイントも一段落し、国道沿いに時々出現する電化製品回収業者の空き地占領も見慣れた風景になり、地デジ話題も日常的になり、世間には見えない無線電波が飛び交い、そんな時代の流れの中で万善寺も必要に迫られてインターネット導入と無線化に踏み切り、私のデスクワーク環境が若干改善した変わりに基本使用料の引き落としが家計を圧迫しはじめ、もとをとるためにデスクワークが増え、ナンダカンダと在宅時間が延びてきて、結局更に光熱費を圧迫することになり・・・などと年末恒例の納税通知が届いてから急に吉田家の1年をふり返ることになってクリスマスの浮かれ気分も冷え切ってしまった今日この頃であります。

そんな中、万善寺恒例、暮の模様替えの最中にお寺のおかみさんの炬燵を見てビックリ。
積年の老朽化を補修しながら使い続けて、現在かろうじて原型を保っている炬燵やぐらに炬燵布団をかけて使っていました。
その炬燵は、私が一人生活を始めた頃の家財道具の一つですから、かれこれ40年位使い続けたことになります。
昭和の高度経済成長期の遺産といっても良いかも知れません。
だいたいに寺の住職夫婦は物持ちが良くて、電化製品も壊れるまで使いたおす習慣が昔から身についています。
その炬燵も例外なく使い続けていたのでしょうがあまりにも危険すぎるので、このあいだ無理矢理取り上げて工場まで持って帰りました。
やぐらの方は解体してストーブの燃料になりますが、本体の電熱器の方は廃棄するにもゴミの分別が厄介なので、また例の如く再生することにしました。

おかげさまで、やっとデスクワークの四畳半書斎に暖房が入りました。

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IMG_0537.jpg4本の足は赤いペンキで塗装。何となく目出度い感じに仕上がりました。

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プチ・コンサート 

2010/12/24
Fri. 08:45

吉田家長男のじゅんくんが、石見銀山のオシャレな衣料雑貨のお店で小さなコンサートをひらかせてもらいました。
いつもはショップの喫茶ルームになっているところを使って、演奏時間30分程度のクリスマスコンサートをしてほしいと、お店のスタッフから依頼されて実現しました。
最近の彼の日頃は、論文のまとめとアルバイトの肉体労働で昔に比べると練習量も減っているのか、あまり調子が良くなかったみたいですが、それでも軽めのクラシックとクリスマスソングを演奏させてもらって、来場のお客さんもそれなりに楽しんで頂いたようです。

ちなみに、彼のパートはクラリネット。末娘のきーぽんもクラリネット。長女のなっちゃんはホルン。次女のノッチはフルート。オヤジはお経ボーカルに打楽器木魚。ワイフは吉田家のコンダクターでみんなを仕切っています。

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大国(おおぐに) 

2010/12/23
Thu. 10:24

冬になってから「冬支度」と云っていいものかどうか・・・
今年も残すところわずかとなりました。
思い返すと結局は何かとドタバタあって、アッという間に1年が過ぎてしまったような気がします。

彫刻やクラフトの工場は石見銀山から一山越えた「大国(おおぐに)」から「冠(かむり)」方面に向かう谷の入口辺りにあります。
正面には戦国の頃の石見銀山争奪戦と銀山街道の要衝「矢滝城山」があります。
万善寺は冬らしく雪が積もっていますが、この辺りは冬でも雪の少ないところです。
そのせいでしょうか、冬には美しい連山の薄墨のグラデーションを見る機会も増えてきます。
その連山からの水を集めて日本海に注ぐ「潮川(うしおがわ)」は、「石見城山」の奇岩脇から「宮村」を通って仁万田台に農耕水を供給します。
大国から東の山に分け入ると「鬼村」。そこから北へ下ると「五十猛(いそたけ)」の「大浦海岸」などなど、古い地名が点在する神代の面影を残す里山が広がっています。

2年前から山陰道の工事がこの辺りで始まって、どんどん連山の風景が削られていきます。
暮らしが便利になる一方で、何かが失われているような気がしないでもありません。

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うまい酒 

2010/12/22
Wed. 07:01

「真澄」って知ってますか?
ワイフの「ますみ」ではりません。
近所の「ますみ」おねえさんでもありません。
長女のなっちゃん曰く、長崎のお酒だそうです。
「メチャ美味い!」のだそうです。

オヤジキラーのオバギャルなっちゃんが、今年の春まで働いていた篠山のオヤジから電話があって美味い夕食をおごってもらったようです。
トロなんか一貫1000円位の本物のにぎり寿司を初めて食べたそうです。
篠山のオヤジは下心があったかも知れませんが、それも含めて、キッチリ本物のオヤジに報告してくれたりして、何か嬉しくなってしまいました。

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記者からのメール 

2010/12/21
Tue. 07:18

クリント・イーストウッドのようなかっこいいガンマンぶりをイメージしていたあの西村記者から、私のブログ記事誤記の訂正メールが帰ってまいりました。
現実はなかなか厳しいようです。

本人のノンフィクション記事を転記させていただき、私の身勝手なイメージ展開を心よりお詫びいたします。

早く腕を上げて吉田家の庭に出没するイノシシを仕留めて、猪鍋をつつきながらうまい酒を酌み交わしたいものです。

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以下、転記です。(転記しちゃいけなかったかナ?オフレコだったかな?)

1点、大きな間違いがあります。
それは私を紹介する文章で、散弾を乱射とありますが、これまで4回狩猟に出かけ、まだ1発も撃てずじまい。
なにせ、新米はシカやイノシシの出る可能性が最も低いところに配置されますので、獲物が出てこない。
寒い山の中で毎回2時間ほど立ちん坊をしながら、獲物が出てきたときに備え、銃の構えの練習をしています。
葉っぱの落ちるカサカサという音、そして時には獲物を追う犬の声などに耳を清ましながら緊張はしているのですが、なかなか撃てない。
なんだか、ED男性の欲求不満のような気分です。
暴発しないように気をつけます。

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ごめんね~ジローキー 

2010/12/20
Mon. 08:04

写真をいただいたのは、もうかなり前になりますが、結局掲載のタイミングがつかめなくて今になってしまいました。
♪ごめんね~・・ジローキーィ~~♪
決して忘れていた訳ではありません。
・・・と云う訳で、お詫びのしるしに私のお蔵入り原稿の「生蔵出し」を添えておきます。
くれぐれも悪酔いしないでください。

ちなみに、お蔵入りの原因は「内容の難解さ」のようですが、ようするに私の「表現力の稚拙さが要因で不特定多数の方々への説得力がない」と云うことのようであります。
もっとジローキー氏のようにダイレクトに激写された変化球的表現力を身につけなければイケませんなぁ~。

以下、お蔵入り原稿の一部ですが、詳細や経緯は突っ込まないで下さい。
年末のことですからアレコレとお忙しい方々は文章を素通りしてジローキー氏の激写をご堪能下さい。

智者見於未萌(チシャケンオミホウ)~「智者は未萌(みほう)において見る」は、約2000年以上前の言説「戦国策」の中の一説。
物事、事象の変化には予兆がある。
智者ともなると人が考えていることや行動のパターンをだいたい読み取ることが出来る。正確な状況判断が出来るか出来ないかで対応も違ってくる。対応の違いが成功や失敗の要因となる。
「見於未萌」の智者であっても、適切な判断や対応が出来ないと成功には至らない。ましてや、無学怠慢で本心のない曖昧な愚者であれば、その場をしのぐ程度の対応にも無駄な動きが増えて見えない結果に怯(ひる)み、皆の信頼を得ることは出来ない。
「見於未萌」の智者には、客観性の蓄積と主観的な決断力とのバランスが問われることになる。
客観性の蓄積とは、過去の様々なデータを収集し分析することと、周囲の意識や環境など、社会全般の変化に敏感になることである。
主観的決断力とは、収集分析した各種データの具体的運用を果たすための自信を身につけることであり、それを適切に実行するための能力を養い鍛えることである。
多くの隆盛衰退を繰り返し、国の主権が移動しつつ1000年以上続いた強国でもやがて滅亡の日が来る。
人の日々の営みなど、地球史の中では芥子粒にも満たない塵や埃のようなものである。
ここで言う真の智者とは、必ずしも一個人をさして示している訳ではなく、有る意味での組織力をいっている。
智者は智慧を磨き、流水の如く思考し行動し局面に対することで真の智者となる。

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タイトル:「いと愛しき契り」
撮  影:匿名ジローキー
勝手寸評:
大胆な構成、緊張感のパース、的確な質感表現・・・・。作家のフットワークの軽さとしなやかさがよく伝わる。鉄という素材の特性を熟知し、踏み込み、そこに有機的な感情まで表出させる撮影手腕に感動させていただいた。今後のテーマの膨らみを期待したい。

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寺の朝 

2010/12/19
Sun. 09:10

この間の悪天候は結局「雪起こし」になったみたいで、これからしばらくは万善寺も本格的に雪と付き合う毎日が続きます。

その日も朝からKさん家の百カ日があったのですが、住職のおぼつかない足と、雪の中を迎えるKさん家の準備の遅れに強烈なアイスバーンのせいもあって、結局おつとめは昼を過ぎたあたりからにしようと云うことになって、午前中は突然のフリータイムになりました。

本堂のお正月準備の飾り付けもしなければいけない時期になりましたが、半日では少し時間が足らないし、寺の周囲は雪がいっぱいだし、作務も思うようにはかどらないので、こういう時はジタバタしてもはじまらないから、おとなしくジョージ・ウインストンのdecemberでも聞きながら読書タイムに切り替えました。

ちょっとまえまでは閉口気味だった境内の落ち葉掃きも、季節が変わって降り積もった庭の雪を見ながら何もしないで消えるのを待つしかないもどかしさに比べるとまだマシかなと思ったりもします。
もっとも、この先、絶え間なく雪が降り続くようになると、参道の雪かき作業が待ち受けています。こちらの方は除雪車を使いながらの大掛かりなものになりますから、それはそれでなかなかの重労働。
何れにしてもヨレヨレの万善寺老夫婦には荷の重い作務になるので私の出番になります。
田舎坊主もそれなりに忙しいのです。

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IMG_0510.jpg雪の裏庭 IMG_0327.jpg落ち葉の裏庭

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ある日のメール 

2010/12/18
Sat. 00:01

このところ冬の日本海定番のぐずついた天候が続き、その日も朝から雪がちらつく荒れ模様の中、在庫切れのコピー用紙やプリンタインクなどを仕入れるためにアチコチ出かけて帰ってからメールチェックしてみると、珍しい友人から面白いメールが届いていました。

西村さんは毎日新聞の記者ですが、趣味が多い人で自転車通勤をしたり狩猟の免許を取得して散弾銃を乱射したり、クラシックのバイオリン奏者のライブツアーにくっついてマネージャーしたり、とにかくジッとしていない人で、ちゃんと仕事をしているのか怪しいところもあったりしますが、そういう人だからでしょうか、なんとなく類が友を呼んで、結局はそれなりに仲よくなったりして機会をみては酒を酌み交わしたりして会話もつきません。

その西村さんから届いたメールは、えらく真面目で恐ろしいほど考えさせられる記事だったので、皆様に紹介させてもらいます。
お暇な時にでもじっくりと記事を読み込んで日本の将来を模索して下さい。

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「毎日新聞の全国面の大コラム欄「記者の目」に久々に書きました。~~16年前の私の特ダネを最近になって外務省が認めたのを機に書きました。日本の核武装についての話です。極めて硬派な話で恐縮ですが、読んでいただければ幸いです。・・・・」

以下記事・・・

記者の目:「核兵器製造検討」の外務省文書公表=西村浩一
 「(日本は)核兵器製造の潜在能力は常に保持する」とした69年の外務省の極秘内部文書「わが国の外交政策大綱」(以下「大綱」)が11月29日、同省から公表された。その内容は、94年の本紙戦後50年企画で、取材班の一員だった私が入手し、8月1日朝刊で報じたものだ。唯一の被爆国・日本が核兵器カードを検討していた事実。それは単に過去のことだろうか。東アジアは波高く、非核三原則の見直し論など安全保障論議がきな臭さを増す中、改めて現在の問題として考えたい。
 今回の公表は、10月3日のNHKスペシャル「“核”を求めた日本」の報道を受け、前原誠司外相が調査を指示、その結果行われた。番組で問題になったのは、69年2月に日本と西ドイツ(当時)の外務省間でもたれた会議。出席した西独関係者が最近になって日本側から核武装をにおわす発言があったと証言した。
 この内容は、「大綱」と重なるものだ。「大綱」は69年7~9月の外務省外交政策企画委員会の議論から重要課題を整理したもの。「全省的な政策指針ではない」とはいうものの、当時の愛知揆一外相も了解していたという。そこにはこう記されている。
 「核兵器についてはNPT(核拡散防止条約)に参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル(潜在能力)は常に保持するとともに、これに対する掣肘(せいちゅう)(制約)をうけないよう配慮する」
 ◇「保有」への執念 94年本紙が特報
 94年の取材当時、私は「当面」「常に保持」「掣肘をうけない」などの表現が気になった。文書は69年2月の日独会議から文書がまとめられた9月までに、日本が核武装をあきらめ、NPT加入の方向を固めた過程での政府内の議論の一端を示すが、当時の外務省内の葛藤と、核保有論者の執念が表れていると思う。
 報道当時、河野洋平副総理・外相は会見で「内部の作業文書なので内容うんぬんは適当でない」と論評を回避し、事実関係の調査すら行わなかった。文書が、当時の佐藤栄作首相が「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を提唱してから、わずか2年後のものだというのにだ。
 その意味で今回の調査は前進だ。94年の報道は「大綱」と関係者の証言が中心だったが、今回は、「大綱」以外に外交政策企画委員会の発言記録や当時の情勢分析も併せて公表され、「大綱」作成までの過程もかなり明らかになった。64年に中国が核実験を行い保有国になったことの衝撃の大きさが分かるし、75年まで非公表だった米国の「核の傘」にも言及している。
 NPT加入に当たり、メリットとデメリットがてんびんにかけられた。結局、加入により「核武装のフリーハンド」を失うものの、加入しないと米国からの平和利用のための核燃料の供給を受けられなくなる恐れがあると判断する。
 ただ、NPT第10条の「異常な事態が自国の至高の利益を危うくしているときは脱退する権利を有する」という規定に「留意」すると、わざわざ付け加えている。70年2月の対外向け資料でも「わが国の安全が危うくなった場合には脱退しうることは当然」と説明。「核兵器製造のポテンシャルは常に保持する」という文書と考え併せると、核兵器カードは残されたとも読める。公開された他の文書にも、原子力の平和利用を進めながらも核兵器に転用可能な選択肢を残すよう求める意見がある。日本が76年にNPTを批准した際、タカ派議員らの反対も根強かった。
日本の核武装に
 ◇日本の核武装に海外から懸念も
 日本はNPT批准により、核武装のフリーハンドを失ったとされている。しかし、東アジアでは今、69年当時想定された「異常事態」が次々と現実化している。「米国による中国の核武装容認」はもとより、「インドの核武装」などだ。さらに北朝鮮という想定外の事態も加わった。最近、内部告発サイト「ウィキリークス」が暴露した米外交公電は、シンガポールのリー・クアンユー顧問相(元首相)が昨年、北朝鮮の核開発に対し日本が核武装すると予測していたと伝えている。尖閣諸島問題では、核武装の再論議を説く政治家もいた。
 日本はこれからも「核」を封印し続けられるだろうか。被爆から65年がたち、あの記憶が薄れていくなかで日本をめぐる国際情勢は不安定さを増している。ともすれば核武装への説得力が高まりそうな今こそ、もう一度、核兵器を持とうなどと露ほども考えなかった非核の原点に立ち返る必要があるのではないか。「大綱」が示した日本の危うさを過去のこととせず、今の教訓としたい。(大阪編集局)

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iPhone激写 

2010/12/17
Fri. 08:54

奈緒ちゃんは吉田家の別格長女のような存在で、長男じゅん君は奈緒ちゃんの言う事をよく聞きます。
最近、デスクワークが続いていてひきこもり状態の吉田を訪ねて、その別格長女奈緒ちゃんがあの公汰君と一緒にやってきました。

しばらくの間起きてイジイジしていた公汰君ですが、子育てのベテラン吉田オヤジのダッコでアッという間にスヤスヤおねんね。
小一時間ほど公汰君のダッコを楽しみながら、久々に奈緒ちゃんと話し込みました。

そのうちワイフが帰宅して、我が家の末娘も公汰君をダッコしたりと、公汰君大忙しでした。

iPhoneのカメラは昔のコダックフィルムのようなあたたかい色調で、チョットノスタルジックな思いに浸ってしまいました。昭和のアナログオヤジにはこのくらいの緩やかさが適度な親しみがあって好きです。
奈緒ちゃん撮影のスナップを送ってくれたので転記してみました。

写真2黄純おばちゃんと一緒 写真1吉田のじぃじと一緒

今日はお邪魔しました!
我が家のようにくつろいでしまいました。実家より吉田家の方が居心地良く感じます。今でも昔と変わらず娘のように受け入れて下さる吉田家に感謝です。またおしゃべりや相談しに行きます‼

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とみやまのお話しその2 

2010/12/16
Thu. 10:02

もう1ヶ月も前からお話しをいただいていた富山へ行ってきました。
その日はひさびさに雪も降り始めたりするあいにくの悪天候で、最近バッテリーの老化で時計が遅れはじめた私のポンコツ君を気遣いながらの往復になりました。

用事の内容は、小学校統廃合の問題。
私の末娘のキーポンが通っていた大森小学校も3年ほど前に遭遇した行政指導のビッグウエーブに富山の住民の方々も遭遇していらっしゃるようで、この1年、事あるごとに色々な集会を重ねていらっしゃいます。

大森小学校の場合は、保護者の勉強会を重ねつつ、地域の代表も集まって色々話し合った結果が「単独存続」の方向に集約された後、町民集会を開いていただいて、町民への理解協力の運動を起こし、署名活動を開始するなどして現在に至っています。

大森町は車でグルッと1周約30分、人口400人、世帯数200弱の小さな集落ですから、このような重たい内容の呼びかけにも比較的協力的な住民の皆さんも多く、特に各自治会の会長さんあたりの世話役さんのフットワークが軽いので色々な意味で助かりました。
その上、過去にも小学校統合を町民の協力で回避した経験があって、その当時の働きや動きを学習することで、比較的スムーズに組織作りが出来たように思います。

なにはともあれ、このような統合の動きは、時代の流れの中で何度もくり返されて現在に至っていることですから、結局はそこで暮らす住民の皆さんの総意を尊重するしかないことだと考えています。

万善寺のある町は数年前、行政区域の合併で2つの町が集まって新体制をつくり、行政区域が拡大した上に町長さんが1人になりました。その結果、対外的には島根県屈指の赤字財政行政区として一躍有名になり、役場の皆さんの節約業務ぶりを拝見すると哀れにさえ思えてしまうほどです。
この1年足らずの間に出された葬儀が200件、新生児がその3分の1だそうです。
学校の問題より、葬祭や火葬場の問題で頭を抱えている状態です。
高齢化による第一次産業の衰退は税収の落ち込みに繋がり、財政破綻もおこしかねない状態です。
一方で、この前墓石点眼でおじゃました広島の集合墓地の辺りでは、新興住宅の開発で小学校が新設されたそうです。
人々の移動は確実に都市部への一極集中型に変化しているような気がします。

久々に色々なことを考えさせられた数日間でした。
これから半日かけてこの度の集会の報告書を作成しようと思います。
いろいろご尽力していただいた富山のNさん、ご苦労様でした。これからも何かと気苦労が続くでしょうがクールに乗りきってください。


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遠くに見えるのが富山小学校
IMG_0502.jpg地域や保護者の代表の方が集まっていらっしゃいました

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妙見堂再建修復遷座法要 

2010/12/15
Wed. 08:12

12月になって小春日和のある日、発願から約3年、再建着工から約半年を経て完成したお堂への遷座もおわり、お披露目の祈祷法要が行われました。
参列者は、関係者も含め石見銀山の住民の皆様や、本寺関係者の皆さんなど総勢100人となり、にぎやかな祭事となりました。
駒の足に鎮座の妙見さんのお話しは諸説諸々あっていまだに定かではありませんが、そもそもはとても古い頃からいらっしゃる仏様で、現代は主に日蓮宗さんが守護していらっしゃる仏さんですが、お堂となりの通説地蔵堂には、地蔵さんやら、お大師さんのお姿にも思われる石仏まで安置されていて、戦国から江戸の頃の石見銀山隆盛と衰退がかいま見れるような混沌とした民間信仰が目の当たりに再現されているようで興味深くもあります。
この度は、既に廃寺申請されている大音寺の本寺といわれる浄土宗極楽寺さんを兼務していらっしゃる仁万の方のお寺からお導師を招いての仏事になりました。
なにわともあれ、好天に恵まれ、参列もにぎわい、再建法要としては大成功と思われます。
関係の皆様、大変ご苦労様でした。

着工前の様子はこちらから・・・http://tetujin29.blog31.fc2.com/blog-entry-141.html

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古い部材に継足されて再建された工夫の跡には、大工さんの気骨がヒシヒシと感じられます

IMG_1064.jpg100年以上経過して久々に元のお堂に遷座された妙見さん・・・居心地はどうですか?

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突然の訪問者 

2010/12/14
Tue. 07:02

12月に入ったからよけいという訳ではないですが、とにかく何かとあわただしい毎日を過ごしている今日このごろ・・・突然の公汰君訪問。

年内に公汰君をだっこすることをあきらめていただけに、とても感激しました。
どうですかみなさん??可愛いでしょぉ~。
近くであらためてみるとおかあさんにそっくり。
デカイところはお父さん似。

ここだけの話ですが・・・
最近寺の関係でジジババとのお付き合いが激増していただけに、心が洗われる気持ちになれました。

はやく吉田家にも孫が授かると良いのですが・・・これだけはなかなか期待できなさそうです。

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冬ごもり 

2010/12/13
Mon. 07:50

今年は、鉄の仕事も入らなくて寺の老住職の老朽化が進んだ関係で作務が増え続け、吉田ファミリーの日常生活を圧迫しはじめ、なかなか厳しい冬を迎えつつあります。
そんな中、自宅の燃料の薪も必要量を確保する時間が足らなくて、焦りが出てきはじめました。
これから1週間は死にものぐるいで薪作りに励むつもりです。

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とみやま 

2010/12/12
Sun. 07:09

富山は(とみやま)と呼びます。あの北陸の富山ではありません。
石見銀山から日本海を左手に望みながら国道9号線を東へ進むと出雲境の峠があってそのてっぺんあたりで富山の道路標識が現れます。
指示に従って右に曲って約5分も走ると視界が一気にひらけて谷を挟んだ東側にポッコリとした要害山が見えてきます。
現在の富山は3つの集落があって、その境界がぶつかるあたりが町の中心になります。
そこに小学校や集会所などの公共施設が集まっています。
大田市の行政区域ではいちばん東の端に位置していて、隣は出雲圏に属します。
海にも近いし山にも近いし、出雲にも近くて立地条件の良いのどかな農村地帯で、昭和の風景がそのまま残るとても素敵な町です。
その町の小学校が廃校の危機に直面しています。
理由は生徒数の減少。
既に保育園は一時閉鎖され、小さな子供を持つ親は子育ての不便さに慣れはじめている状態。
その流れで小学校がなくなってもしょうがないという気持ちも自然に芽生え、意識の底に根付きはじめているような状態です。
町から学校が無くなって子供がいなくなると、子供はその町に帰ることがなくなります。
大森小学校より児童数の多い学校が廃校に向かっていることは他人事ではありません。
今度、その富山町民が集まって小学校の今後をどうするか話し合いが持たれることになりました。
既にそのような集会は何回か回数を重ね、今に至っているようです。
吉田も大森小学校の現状を報告することになってその集会に出席させていただきます。

興味があってお暇な方、一緒に富山へ行ってみませんか?

富山

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吉田オヤジを探せ! 

2010/12/11
Sat. 07:36

毎年、色々なイベントにあわせて石見銀山の町民が集まって記念撮影したものをカレンダーに仕立てて印刷し、町民の皆様に無料配布しています。

この事業はすでに10年以上続き、今では石見銀山の年中行事の一つとして定着した感があります。
当初は、町内に本社のある企業のご主人夫妻が石見銀山活性化イベントとして企画したものでしたが、その企画を消滅させるには忍びないということで町内のNPO法人があとを引き継ぎ資金集めに苦労しながら今まで継続しています。

今年も来年のカレンダーが刷り上がりました。
この「元気カレンダー」をはじめた頃は町内の人口も500人以上でしたが、現在は100人近く減少しました。その上高齢化も進み、写真の撮影当日も撮影場所まで歩くことが大変だからとの理由もあって欠席者が増え続けています。
費用の方は、そのような現状に逆行して値上がりもするしで、なかなか継続の難しい事業になりつつあります。
町外の方にはお手頃価格で販売もしていますのでお気軽にお問い合わせ下さい。

難易度10パーセント程度の簡単なものですが、「吉田オヤジを探せ」ゲームくらいの楽しみにはなると思います。
お正月の家族団欒のひと時のお楽しみに一つ如何ですか?

石見銀山元気+ls@!<2011

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冬到来 

2010/12/10
Fri. 08:21

いまだに暖房ゼロで自分のホットな体温をたよりにデスクワークをしている毎日ですが、ここにきてさすがに夜の冷え込みがキーボードやタブレットのペンを持つ指先に伝わって、作業ペースが落ちてきたなあと思ってたら、次に日は朝から強風にみぞれが雪に変わり雷も鳴る荒れ模様。

どうやら「雪起こし」の雷だったようで、ワイフのノーマルタイヤがダウンし、オヤジと愛車のポンコツくんの出番になりました。

突然の雪だったのでいたる所で車が立ち往生している中、履き古しのスタッドレスと異音交じりの4WDと華麗なるオヤジのドライブテクニックでワイフを何とか勤務先まで送り届け、また迎えに行き、アッという間に半日が過ぎ、昼からは万善寺に向かい、墓地まで300メートルの雪中行軍で墓石移転の御霊抜き供養を行い、グッタリ疲れて帰宅しました。

ワイフ制作の心温まるホットな夕食を頂き、早々と布団に潜り込んでいると、末娘のキーポンがスルリと潜り込んできてそのままオヤジの腕枕で就寝。
キーポンの重たい頭で腕の血流が止まり、少し良くなっていた肩のコリも復活し、散々な1日になりました。

・・・が、一方で不甲斐ないなりにオヤジの存在を認識できて、ささやかな幸せを感じられる1日ともなりました。

ヤレヤレ・・・・。


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掘り子むすび 

2010/12/09
Thu. 08:03

大森小学校は、毎年稲を育ててお米を作っています。
今年は例年にない猛暑で米の出来を心配していましたが、収穫をしてみるとそこそこの豊作だったようです。
この近年、その新米を使って大森町婦人会の皆さん考案の「掘り子むすび」を、保護者の方々や町内の有志の方々といっしょになって作って食べるという学校主催イベントが定着しています。

私も、教頭先生から電話をいただいて小学校まで行ってきました。
末娘が卒業してもこうやって声を掛けて下さることはとてもありがたいことだと思っています。
1年に1回の掘り子むすび作りも毎年くり返しているとだんだん上手になって、子供達の手際良さを見て新任の先生方もタジタジです。

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IMG_0488.jpgむすびの中には海のものや山のものが適度にブレンドされてにぎられています

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大森小学校学習発表会 

2010/12/08
Wed. 08:07

石見銀山世界遺産の町大森町には、大田市唯一の木造校舎になる大森小学校と無認可大森幼稚園があります。
園児・児童併せて20人チョットの小さい幼稚園と学校ですが、子供達は毎日元気で活躍しています。

この前、1年間の学習の成果を町民の皆さんに見てもらおうと、学習発表会がありました。
今年の小学校は高学年不在でしたが、町民の皆さんも立ち見が出るほどの入場があって、恒例の「石見銀山史劇」も大成功をおさめ、とても良い感動的な発表会となりました。

大森小学校の石見銀山史劇は結構有名で、2年前は東京の町田市、兵庫県の篠山市で公演し、今年は隠岐の公演も実現しました。
大森町や石見銀山を代表して各地を訪問し、世界遺産石見銀山を紹介してくれています。

子供達も、小さい時から大勢の前で堂々とセリフを言い回すほどの度胸が身につき、とても活発で元気な子に育ってくれています。
先生方の努力も大変だとは思いますが、子供達や町民の笑顔でそれも酬われていることと思います。
吉田家も長男の頃には既に大森小学校伝統の史劇に参加していました。
今後もこのような活動の歴史が末永く続いていってもらいたいと思います。

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肉体疲労 

2010/12/07
Tue. 08:27

家族風呂のようなアットホームでこぢんまりとした温泉に行ってきました。

この間の親子レクリエーションでドッジボールをしたおかげで、ワイフは痛めていた肩を悪化させ、私は試合中3度転んで足首と親指の関節を傷め、調子の悪かった膝を悪化させ、このままほぉ~っておけば、寺の仕事に迷惑をかけそうなので、50歳を過ぎたヨレヨレ夫婦が仲良く連れ立って温泉治療へ出かけることにしました。

自宅から車で20分の所にある温泉は、実は鉱泉の沸かし湯で、お風呂に入る人が自分たちでお湯が熱い時は鉱泉の蛇口をひねってお湯をぬるめ、逆にぬるい時はボイラーのスイッチを入れてあたためながら入るというシステムになっていて、まるで自宅のお風呂を使っているような気になってしまうほど落ち着けるところです。

その鉱泉は効能豊かで、あまり熱いお湯に長時間浸かっていると次の日まで続くほど湯あたりが激しいので、その日も、帰宅後早々と夕食を済ませて夜の早いうちから就寝。
結構効き目もあったようで、次の日目覚めると少しだけ身体が軽くなったような気がしました。

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IMG_0476.jpg湯面に浮いているのは湯あかではありません。温泉成分の結晶です。

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おつかれ! 

2010/12/06
Mon. 06:54

末娘のキーポンが通う中学校は全校生徒が30人チョットで、その中の10人が吹奏楽部員です。
長男の頃は吹奏楽部員だけで約30人いましたから、地域の人口減少の状態が分かると思います。

その10人の吹奏楽部員は、顧問の先生の熱心な指導と学校の理解と自分たちの頑張りと親の協力と地域の励ましのなかで、スクスクとたくましく成長し、常に立派な大会成績を残し続けています。
今年も島根県の吹奏楽大会で強豪の中学校相手に立派な演奏を披露し、見事1位の成績で中国大会に進むことが出来ました。
そんな暑い夏を過ごした後も、秋の文化祭シーズンになると毎週のように近隣の各所へ出かけては演奏活動を続け、保育園から敬老会、各種イベントへ参加させていただきながら演奏を披露してきました。

今年も残す所後わずかとなり、3年生の卒部会や部長交代、保護者会の会長交代恒例セレモニーをひらきました。
家族兄妹まで集まってみんなで鍋をつつきます。
お母さん方は数日前から食材の買い出しやプレゼントつくりなど、セッセと準備を進め、当日の会場つくりはお父さん方が取り仕切り、パーティーの進行は先生と部員達が受け持ち、小さな子供達の面倒は中学生達がみて、2時間ばかりの時間がアッという間に過ぎてしまいます。

数年前から学校統合の行政指導も入ったりしている小さな中学校ですが、その位の規模だからこのような集まりも出来ているんだと思います。
椅子に座って机に向かって勉強するだけが学校ではないと思います。
子供達が一人一役以上の働きをして助け合いながら学校生活を送ってくれていることを、このような機会にかいま見させて頂くことができてとてもありがたいと思っています。

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おひさしぶり 

2010/12/05
Sun. 08:05

このところ九州ついている吉田ですが、その九州は宮崎高鍋から彫刻家の田中等さんが石見銀山を訪ねてきてくれました。
今回の訪問は、高鍋の商店街活性化に向けての研修が主目的で、等さんのお隣がその会長さんの小澤さんです。
境港の鬼太郎ロードなどを見学したりしながら島根の出雲大社や石見銀山の視察をしてまわるという強行軍だったようです。
田中さんだけが飛び抜けて年長の若いメンバーで、体力も十分、エネルギーもフル充電の元気な30代が中心になって商店街活性化の活動をしていらっしゃるようで、高齢化の進む石見銀山にとってはうらやましいかぎりの元気さであります。
田中さんも、宮崎を拠点に彫刻や美術活動のネットワークを広げ、世界各国を飛び回り、様々な交流を重ねながら精力的に制作活動を続けていらっしゃいます。
そのスケールの大きさは、吉田も見習わなければならないとつくづくそう思います。

田中さんの日々の活動はこちらからどうぞ・・・http://hitoshit.blog.shinobi.jp/

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おるすばん 

2010/12/04
Sat. 08:11

世間では忘年会のシーズンになって、ワイフも色々な仕事の関係のお付き合いもあるので時々夕方から出かけることがあります。
そんな時の父娘は、だいたい大音響で映画鑑賞をさせてもらうのが通例です。
チョイスは娘ですが、私の意見も取り入れられて結構楽しいひと時になります。
娘も中学生になるとなかなか多感になって大変な時もありますが、色々じゃれあったりしているとそんなこともすっかり忘れられて気持ちも切り替わって元気が出てきます。

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いつもの風景 

2010/12/03
Fri. 08:56

匿名ジローキー氏から、表の顔で勝負しているお仕事のご案内が届きました。
私のナンチャッテブログをご堪能の皆様にどれだけ東京とその周辺の方々がいらっしゃるか定かではありませんが、ひとまずお知らせをさせていただきます。

(公社)映像文化製作者連盟が主催する「映文連アワード2010」

企画奨励賞(国際交流)
製作:クリエイティブハウスおくむら   Suomen Visiotalo & RaRa Project

兵庫県豊岡市竹野町とフィンランドのハメーリンナハウホの風景を1年間かけて撮影。遠く8000 ㎞離れた町で日々営まれる風景と暮らしに相通じるものを感じさせてくれる映像交感詩。

公式ホームページ http://www.eibunren.or.jp/award2010/index.html
上演スケジュール http://www.eibunren.or.jp/award2010/lineup/index.html

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2010-12