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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ある日のメール 

2010/12/18
Sat. 00:01

このところ冬の日本海定番のぐずついた天候が続き、その日も朝から雪がちらつく荒れ模様の中、在庫切れのコピー用紙やプリンタインクなどを仕入れるためにアチコチ出かけて帰ってからメールチェックしてみると、珍しい友人から面白いメールが届いていました。

西村さんは毎日新聞の記者ですが、趣味が多い人で自転車通勤をしたり狩猟の免許を取得して散弾銃を乱射したり、クラシックのバイオリン奏者のライブツアーにくっついてマネージャーしたり、とにかくジッとしていない人で、ちゃんと仕事をしているのか怪しいところもあったりしますが、そういう人だからでしょうか、なんとなく類が友を呼んで、結局はそれなりに仲よくなったりして機会をみては酒を酌み交わしたりして会話もつきません。

その西村さんから届いたメールは、えらく真面目で恐ろしいほど考えさせられる記事だったので、皆様に紹介させてもらいます。
お暇な時にでもじっくりと記事を読み込んで日本の将来を模索して下さい。

IMG_0503.jpg


「毎日新聞の全国面の大コラム欄「記者の目」に久々に書きました。~~16年前の私の特ダネを最近になって外務省が認めたのを機に書きました。日本の核武装についての話です。極めて硬派な話で恐縮ですが、読んでいただければ幸いです。・・・・」

以下記事・・・

記者の目:「核兵器製造検討」の外務省文書公表=西村浩一
 「(日本は)核兵器製造の潜在能力は常に保持する」とした69年の外務省の極秘内部文書「わが国の外交政策大綱」(以下「大綱」)が11月29日、同省から公表された。その内容は、94年の本紙戦後50年企画で、取材班の一員だった私が入手し、8月1日朝刊で報じたものだ。唯一の被爆国・日本が核兵器カードを検討していた事実。それは単に過去のことだろうか。東アジアは波高く、非核三原則の見直し論など安全保障論議がきな臭さを増す中、改めて現在の問題として考えたい。
 今回の公表は、10月3日のNHKスペシャル「“核”を求めた日本」の報道を受け、前原誠司外相が調査を指示、その結果行われた。番組で問題になったのは、69年2月に日本と西ドイツ(当時)の外務省間でもたれた会議。出席した西独関係者が最近になって日本側から核武装をにおわす発言があったと証言した。
 この内容は、「大綱」と重なるものだ。「大綱」は69年7~9月の外務省外交政策企画委員会の議論から重要課題を整理したもの。「全省的な政策指針ではない」とはいうものの、当時の愛知揆一外相も了解していたという。そこにはこう記されている。
 「核兵器についてはNPT(核拡散防止条約)に参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル(潜在能力)は常に保持するとともに、これに対する掣肘(せいちゅう)(制約)をうけないよう配慮する」
 ◇「保有」への執念 94年本紙が特報
 94年の取材当時、私は「当面」「常に保持」「掣肘をうけない」などの表現が気になった。文書は69年2月の日独会議から文書がまとめられた9月までに、日本が核武装をあきらめ、NPT加入の方向を固めた過程での政府内の議論の一端を示すが、当時の外務省内の葛藤と、核保有論者の執念が表れていると思う。
 報道当時、河野洋平副総理・外相は会見で「内部の作業文書なので内容うんぬんは適当でない」と論評を回避し、事実関係の調査すら行わなかった。文書が、当時の佐藤栄作首相が「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を提唱してから、わずか2年後のものだというのにだ。
 その意味で今回の調査は前進だ。94年の報道は「大綱」と関係者の証言が中心だったが、今回は、「大綱」以外に外交政策企画委員会の発言記録や当時の情勢分析も併せて公表され、「大綱」作成までの過程もかなり明らかになった。64年に中国が核実験を行い保有国になったことの衝撃の大きさが分かるし、75年まで非公表だった米国の「核の傘」にも言及している。
 NPT加入に当たり、メリットとデメリットがてんびんにかけられた。結局、加入により「核武装のフリーハンド」を失うものの、加入しないと米国からの平和利用のための核燃料の供給を受けられなくなる恐れがあると判断する。
 ただ、NPT第10条の「異常な事態が自国の至高の利益を危うくしているときは脱退する権利を有する」という規定に「留意」すると、わざわざ付け加えている。70年2月の対外向け資料でも「わが国の安全が危うくなった場合には脱退しうることは当然」と説明。「核兵器製造のポテンシャルは常に保持する」という文書と考え併せると、核兵器カードは残されたとも読める。公開された他の文書にも、原子力の平和利用を進めながらも核兵器に転用可能な選択肢を残すよう求める意見がある。日本が76年にNPTを批准した際、タカ派議員らの反対も根強かった。
日本の核武装に
 ◇日本の核武装に海外から懸念も
 日本はNPT批准により、核武装のフリーハンドを失ったとされている。しかし、東アジアでは今、69年当時想定された「異常事態」が次々と現実化している。「米国による中国の核武装容認」はもとより、「インドの核武装」などだ。さらに北朝鮮という想定外の事態も加わった。最近、内部告発サイト「ウィキリークス」が暴露した米外交公電は、シンガポールのリー・クアンユー顧問相(元首相)が昨年、北朝鮮の核開発に対し日本が核武装すると予測していたと伝えている。尖閣諸島問題では、核武装の再論議を説く政治家もいた。
 日本はこれからも「核」を封印し続けられるだろうか。被爆から65年がたち、あの記憶が薄れていくなかで日本をめぐる国際情勢は不安定さを増している。ともすれば核武装への説得力が高まりそうな今こそ、もう一度、核兵器を持とうなどと露ほども考えなかった非核の原点に立ち返る必要があるのではないか。「大綱」が示した日本の危うさを過去のこととせず、今の教訓としたい。(大阪編集局)

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