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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ごめんね~ジローキー 

2010/12/20
Mon. 08:04

写真をいただいたのは、もうかなり前になりますが、結局掲載のタイミングがつかめなくて今になってしまいました。
♪ごめんね~・・ジローキーィ~~♪
決して忘れていた訳ではありません。
・・・と云う訳で、お詫びのしるしに私のお蔵入り原稿の「生蔵出し」を添えておきます。
くれぐれも悪酔いしないでください。

ちなみに、お蔵入りの原因は「内容の難解さ」のようですが、ようするに私の「表現力の稚拙さが要因で不特定多数の方々への説得力がない」と云うことのようであります。
もっとジローキー氏のようにダイレクトに激写された変化球的表現力を身につけなければイケませんなぁ~。

以下、お蔵入り原稿の一部ですが、詳細や経緯は突っ込まないで下さい。
年末のことですからアレコレとお忙しい方々は文章を素通りしてジローキー氏の激写をご堪能下さい。

智者見於未萌(チシャケンオミホウ)~「智者は未萌(みほう)において見る」は、約2000年以上前の言説「戦国策」の中の一説。
物事、事象の変化には予兆がある。
智者ともなると人が考えていることや行動のパターンをだいたい読み取ることが出来る。正確な状況判断が出来るか出来ないかで対応も違ってくる。対応の違いが成功や失敗の要因となる。
「見於未萌」の智者であっても、適切な判断や対応が出来ないと成功には至らない。ましてや、無学怠慢で本心のない曖昧な愚者であれば、その場をしのぐ程度の対応にも無駄な動きが増えて見えない結果に怯(ひる)み、皆の信頼を得ることは出来ない。
「見於未萌」の智者には、客観性の蓄積と主観的な決断力とのバランスが問われることになる。
客観性の蓄積とは、過去の様々なデータを収集し分析することと、周囲の意識や環境など、社会全般の変化に敏感になることである。
主観的決断力とは、収集分析した各種データの具体的運用を果たすための自信を身につけることであり、それを適切に実行するための能力を養い鍛えることである。
多くの隆盛衰退を繰り返し、国の主権が移動しつつ1000年以上続いた強国でもやがて滅亡の日が来る。
人の日々の営みなど、地球史の中では芥子粒にも満たない塵や埃のようなものである。
ここで言う真の智者とは、必ずしも一個人をさして示している訳ではなく、有る意味での組織力をいっている。
智者は智慧を磨き、流水の如く思考し行動し局面に対することで真の智者となる。

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タイトル:「いと愛しき契り」
撮  影:匿名ジローキー
勝手寸評:
大胆な構成、緊張感のパース、的確な質感表現・・・・。作家のフットワークの軽さとしなやかさがよく伝わる。鉄という素材の特性を熟知し、踏み込み、そこに有機的な感情まで表出させる撮影手腕に感動させていただいた。今後のテーマの膨らみを期待したい。

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