工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ジローキーもどき 

2011/01/31
Mon. 09:24

このところご無沙汰のジローキーさんですが、きっとムービーやスチルのカメラを一式かかえて何処か取材旅行に出かけているのでしょう。

吉田は久々に1週間近くの旅で日常生活が乱れっぱなし・・・
車中泊が2日、ホテル缶詰泊が1日、それに娘を訪ねたりして、久々に雪の島根に帰ってまいりました。

そんな旅のひとコマ・・・

アテやシゴトやヨウジがない訳ではないのに
見上げると抜けるように澄みきった青空なのに
街はにぎやかで真っすぐに歩けないほどの雑踏なのに

何か居場所の無い落ち着かなさと虚しさを感じてしまった数日間でした。

ジローキーさんのような眼力と撮影の技は持ち合わせておりませんが、何げなく漂う淋しげな笑い顔が吉田の現状に通じるようで、思わずシャッターを押してしまった次第です。


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ところかわれば 

2011/01/30
Sun. 01:13

だいたい1ヶ月に1回、定期的に病院通いをしている老住職ですが、今回は雪の関係や急な法要も入ったりしたりして通院の変更が重なり、やっとこの度雪の降りしきる中国山地から積雪ゼロの出雲の平野部に下ってきたところです。

雪の無い出雲の町を長靴で歩くのもちょっと場違いな様子ですが、雪の下で暮らす者にとっては予測不能の状況でもあります。
「ほんに雪がひとつもないのぉ~」
溜息交じりの老住職のつぶやきがポンコツ君の助手席から聞こえてきました。

白い世界の美しさに感動することも多々あるのですが、雪に閉ざされた暮らしも長引きすぎると気持ちの張りも薄らいで、重く沈んでしまうようです。
少し落ち着いたら雪の無い温泉にでもつれ出してあげようと思っています。

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かくの如し 

2011/01/29
Sat. 01:09

万善寺の蔵屋根は、私が少年時代はソギ葺きでした。
瓦を乗せるほど私財がなかったということです。
そもそも、土蔵の用途から云うと瓦が乗って然るべきですが、それが出来ないほど厳しい暮らしだったのでしょう。

もっと以前のことは分りませんが、明治政府の排仏毀釈政策で大きな打撃を受けてから以降の仏教建て直しが乱れてしまったことが万善寺の現状に起因しているようです。

それはさておき、現在はその土蔵屋根もトタン葺きに変わっています。
とても粘っこい雪の層がしぶとくそのトタンに張り付いていて、絶妙な気温の技もあって緊張感のある造形ブツを造りだしていました。

タダの軒先に出来た氷柱ですが、計り知れないほどの様々な因が集積されているものでもあります。
万善寺に土蔵があるということ・・土蔵屋根がソギ葺きからトタン葺きなったということ・・雪が降り積もったということ・・その雪がしぶとく屋根に張り付いていたということ・・気象の関係で氷柱ができたということ・・たまたまその情景を私が目にしたということ・・丁度その時視覚的感覚が脳細胞を刺激したということ・・記録しようという意思が働いたこと・・

宇宙の存在、事象かくの如く在り・・・発見の感動を持ち合わせていた自分に感謝した次第です。


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おかみさんのこと 

2011/01/28
Fri. 07:46

万善寺のおかみさんは出不精ですがヒキコモリではありません。
どちらかというとアウトドア派ですが行動半径はせいぜい数百メートル程度です。
人嫌いではありませんが自分からご近所さんへおじゃますることは皆無です。
健康オタクのわりにはよく油料理をつくります。
腰が曲ってくの字になっていますが膝は固まっていて真っすぐに伸びています。
思うように身体が動かなくなってから常に口が動くようになって私を見るとしゃべり続けます。

そんなおかみさんの冬の楽しみは、どうやら雪かきのようです。
参道の道空けが最近のおかみさんの日課になっているようです。

私にとってはおかみさんの日常生活の全てが心配の種ですが、おかみさんにとっては私に心を配ることが生きがいにもなっているようです。

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七日つとめ 

2011/01/27
Thu. 06:01

大雪の間隙をぬって滞りなく終了した故好夫さんの葬儀でしたが、早いもので初七日のおつとめが巡ってきました。

俗名好夫さんのご自宅は万善寺と吉田家の間の方にあるので、何時もの道筋から少し外れて方向を変えれば、吉田家から直行出来ることになります。
そんな訳で、改良衣などを寺から持ち出して石見銀山万善寺出張所を用意することにしました。
これで少しは諸々の節約になるのではないかと思います。

アートギャラリーの一角がにわかに様変わりし、着物に染みついた香のかおりが広がり、吉田家の日常に少しだけ万善寺が入り込んだような気になってしまいます。

さて、その亡くなった好夫さんですが・・・
生前はとてもつつましく物腰の柔らかな方で、檀家の旦那衆から一歩下がり、法会の席も同席を避け、時には日を改めて参詣されるなど、自らの分をわきまえる大正の気骨を持ち合わせた方でした。
妻帯後もしばらくは借り家住まいで、山と真木と炭を相手に中国山地を転々と移動し、子供が出来てから現在の地に定住された山師の生き残りでもありました。
1年中山とつきあい、炭を造り真っ黒になって働いていらっしゃったわけです。

この度の喪主は彼のご長男になりますが、今のところ万善寺とのおつきあいはゼロに近い状態です。
果たして生前の好夫さん同様にお参りしていただけるかどうか未知数ではありますが、私なりに丁寧なおつきあいをさせていただき、仏事の仕組みやほとけの心などをお伝えしていこうと思っています。

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春の小物展 

2011/01/26
Wed. 07:14

べつに怠けたりサボったりしている訳ではありませんが、この度の冬は雪と寺の老住職夫婦に振り回されて工場に落ち着く機会を逸してしまっています。
それでなくてもゆるくあまく、なりゆきとノリで日々の暮らしをやり過ごしているような自分ですが、さすがにここまで外的状況に振り回され続けるとストレスも溜まりがちで、人間の未熟さを反省する心の安定もグラつきがちになってしまいます。

そんな時は、ひたすら無心になって鉄と向き合い、ひらめきにすがり鉄床を相手に金鎚を振り降ろします。
軟弱な私は、寒さ対策でアセチレンなどを使ったりもして秘かに仕事の延長でぬくもったりもしますが、そんな作業を半日も続けていると、知らない間に鉄や道具の感触に集中しています。

工房むうあ春の小物展に向けて、少しずつですが気持ちがクラフトに向きはじめているところです。

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植え替え 

2011/01/25
Tue. 08:15

私が造る抽象の彫刻にはだいたい幾つかのテーマが決まっています。

世間的には「抽象は理解しがたくて難しい」と認識されているような気もしますが、自分としては「抽象」はむしろ幅広い解釈が出来るぶん鑑賞者の主観が優先できるので、自分の直感やひらめきや好き嫌いの領域を自由に楽しみ感覚的に許容や拒否が出来るとても親しみやすい飽きのこない面白い領域だと思っています。

そのような感覚の中でひたすらイメージの風景や情景をかたちに置き換える作業を続けています。

石見銀山の町並みに面した吉田家の玄関口付近にも、そのような思いで造った小さな彫刻が幾つか設置してあります。
設置の条件や形の工夫は自分なりにあれこれ考えながら決めていきますが、それから後はでき上がった彫刻がどのように色々な働きをしてくれるかを観るのも楽しみの一つになります。
ワイフが季節ごとに植え替えをしてくれる様々な気遣いは、私が造った彫刻の造形の幅をより広げてくれているような気がします。

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あたりまえ 

2011/01/24
Mon. 08:03

私の行動範囲では、毎日のように何処かでハラハラと雪が舞い落ちています。
久々に山陰の冬を感じています。

3月に広島の方である小展示のための小品の貸出し搬送を終って、車検のドック入りをしていたポンコツ君を引き取って・・・などと落着きもなくドタバタして帰宅するとすでに夕方。
荷台の焚付けを降ろしたりして一息つくと玄関口に一輪の椿。

10日前のつぼみが試験管の中で開花しました。
自然の絡み合いはなんて絶妙なのだろうと改めて感動してしまいました。
陽の光、夜の暗やみ、水の温み、枝葉の勢い・・・
生きる力と生かす力のバランス・・・
とてもささやかで何げない変化が、とても大きな感動を伝えてくれていることに気がつきます。
それは、自分の心の許容の小ささを改めて教えてもらったようで、自分の未熟さを反省させてもらったしだいです。

毎日の暮らしの中で、出来てあたりまえのことがどれだけ出来ていないか、気がついて当然のことをどれだけ見過ごしているか、やらなければならないことをどれだけ避けてまわっているか・・・

実のつくあてのない一輪の切り花にいろいろ教えてもらった日暮れでした。

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チキュウボシ ハ ヘイワかな? 

2011/01/23
Sun. 08:22

引っ越しで島根に帰ってくるはずだった吉田家長女のなっちゃんが、結局諸々の都合で東京に留まることが決まってすでに半年になろうとしています。
先に帰っていた家財荷物だけを東京まで送り返したのはついこの前のような気がしていたのですが、月日の過ぎるのは早いものです。

荷物の整理をしていたら「鉄コン筋クリート」があって、なっちゃんに内緒で家族で回し読みをしました。
キーポン・・・「難しくてよく分からんからつまらん」といって最初の数ページで挫折。
ワイフ・・・・「けっこう過激ョ!」
オヤジ・・・・「深い!」と思わずニンマリ・・・

その本はどうやら、秘かになっちゃんのバイブルの一冊になっているようです。

その後、雪深い島根の娯楽に「鉄コン筋クリート」DVDをレンタル。
家族3人で炬燵に入って映画鑑賞。
あのキーポンが、今度はえらく気に入って連続3・4回は観続け、少しずつですがその内容の奥深さに気付きはじめているようです。

私としましては・・・
限りなく透明な「クロ」と限りなく不透明な「シロ」が限りないカオスの「グレー」の世界でたくましく純粋に成長していく物語だと認識しております。

なっちゃんもいつの間にか大人になっていたようです。

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冬の空 

2011/01/22
Sat. 01:54

ひとまず厳しい寒波が過ぎたということですが、青空を横目で見ながら時折舞い落ちる雪もあったりして、なかなかスッキリしない山陰特有の天気が続いています。
今年はいつもより気温が低いようで、雪がぱらつくと周辺の風景がすぐに白くなります。
地球規模で異常気象がくり返されているようで、これから先が心配になります。

チョット坊主関連の世間話で聞き込んだのですが、山間部のほとんどのお百姓さんは昨年のうちにハウスのビニールを取り払ったのだそうです。
冬の初めに降った雪が湿り気のある重たい雪だったそうで、いつもだと春先の桃の節句あたりによく降る雪に近かったのだそうです。
何げなく小耳に挟んだお百姓さんの世間話ですが、今思うとなかなか的確な気象予想だったのではないでしょうか。
私など、日頃の暮らしの中で明日の天気のことを気にすることなど無いに等しい状態ですが、彼等は1シーズンの気象を気にして暮らしていらっしゃる訳で、年季の入り方が違うなと感心しました。

機会があったら、今年の夏の予想など聞いてみましょう。
ドキリとするようなお話しでも出た時には皆様にもお報せいたします。

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渋滞 

2011/01/21
Fri. 01:09

屋根の雪降ろしで日頃使わない筋肉を無理したようで、忘れた頃にやって来た腰痛や筋肉痛をダマシながら溜まったデスクワークしていたら寺から電話。
何となく嫌な予感がしつつ出てみると、山のテッペンあたりに一軒だけ離れてある檀家さんのおじいさんが亡くなったとのこと。
またまたポンコツ君の出番になりました。
時期が時期なので、とても雪深いところでビクビクしながらかけつけると、何とアスファルトが見えるまでにきれいにかき取られた雪が道の両脇に積み上げられていました。
積雪が20センチを超えると電話1本で役場から除雪車が派遣されるのだそうです。
万善寺あたりの除雪待遇と比較してしまって、不覚にも心がグラリと乱れてしまいました。

そんな訳で、当家まで難なくたどり着いて、もろもろ状況が解ってまたまたビックリ。
容体の急変で松江まで救急搬送されたその病院で亡くなったとのこと。
結局、2日間にわたって松江まで往復することになりました。

1日目の枕経が終って帰宅したのが夜。
次の日は出棺ということで剃髪のおつとめもあるので早朝暗いうちから出発。
久々に朝の通勤ラッシュにぶつかって苦労しました。
その後、仮通夜が終ってから帰宅がまた夜中。

時代が進んで島根のような田舎でも高速道が出来たり、総合の救急病院が出来たりして、一見暮らしが便利になったふうにも見えますが、昔ながらの隣近所の仏事に慣れた老住職夫婦など、枕経や入棺、火葬の為に片道2時間以上かけて坊主が移動することが当たり前のようになりはじめている今時の状況は、とても理解の範囲を超えてしまっているようです。
在家の方でも、仏事の省略が当たり前のようになってきたこの頃ですが、万善寺は老住職夫婦の考えもあるので、残されたご遺族の方々と出来るだけ丁寧な仏事のおつきあいをさせていただくことにしています。
私の方もだんだんポンコツ君状態になりはじめていますが、体力の続くかぎり現住職と変わりないおつとめをさせていただこうと思っています。

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雪の島根県事情ーエピローグ 

2011/01/20
Thu. 08:31

この冬三度目の寒波はひとまず峠を越えたようです。
島根県の万善寺あたりは、例年だと2月に入ってから雪の量が増えるのですが、この度はどうやらそうも云っていられないようです。
一方で、これだけ多量の雪が降ると、夏の水不足を心配する必要がなくなって一安心でもあります。

近年、第1次産業の弱体化のおかげで人の暮らしはずいぶんと窮屈になって、天候や職業を越えたところで絶え間なくまんべんなく忙しくなってきたような気がします。
自然を相手に、自然を畏敬し共生するつつましい暮らしには、何処かに精神のゆとりやうるおいを内在していたように感じます。
朝になれば目覚め、その日が晴れればその時の仕事をし、雨が降ればその時の仕事をし、暑さ寒さもそれなりに付きあって調整し、日々思い、悩み、考え、行動し、心配して諸々の暮らしをやりくりしながらシンプルに生き続けることはもう出来なくなっているのでしょうか?

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寒波の峠を越えた万善寺参道から雲間の西日を望む

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アイスバーンを心配してワイフを職場まで送り届けた帰り、雪のない大田市街から北の日本海方面を望む

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雪の島根県事情ー後編 

2011/01/19
Wed. 08:18

I町は、市町村合併で2つの町が合併し町名が変わりました。
合併するまでもそれぞれの町が豪雪地帯で、ひどい時は国道の除雪作業が1日続くこともあるくらいでした。
そんな2つの町が合併して行政職員が減少し、地域の高齢化が一気に加速すると、この度のようなプチ災害でも町内末端まで手が行き届かなくなって、住民の不満と不安は増すばかり。
結局町からの除雪支援を待っていると通勤も難しくなるので、万善寺前の道も、除雪は地域の皆さんで重機を出しあって何とかやりくりしています。
そんな状態の中、やっとこさ地蔵さんのある参道下まで到着すると、まずは駐車場の確保から雪かき作業が始まります。

IMG_1005_20110119082023.jpg雪で埋まったお地蔵さん前の参道

人が一人歩けるだけのスペースを確保しながら参道の雪を空けながら境内まで上ると、屋根からの雪ずりで軽く2メートルを越える雪があふれかえった状態です。

IMG_1010.jpg参道道空けひとまず終了

老住職夫婦が若い頃は、本堂屋根の雪ずりでせっかく空けた境内の道も埋まってしまうので、そのまま踏み固めてひとやま上り下りしながら庫裡の方へ出入りしていたものですが、最近は年をとって膝の曲げ伸ばしも不自由な状態なので少しでも平らな道を確保することになります。
私が不在の時の道空けは、おかみさんの仕事ですが、さすがにこの度はそんな除雪作業も限界寸前といったところです。

IMG_1008.jpg IMG_1006_20110119082023.jpg屋根の雪がずり落ちるともっと悲惨な状態に・・

屋根の雪降ろしは、午前中が限界です。
いくら寒い冬でも、午後になると気温上昇で雪ずりの危険が高まります。
本堂や庫裡の表側は比較的日当たりがよいので、雪降ろしまでの心配は少ないのですが、裏庭の方はそういう訳にはいきません。
3時間の雪降ろし作業で台所屋根を終了。

IMG_1007_20110119082022.jpg雪の重みで屋根のアチコチから悲鳴が・・

午後になってザラメ状の雪が動き始めたので屋根は危険と判断し、老住職と隣町のスーパーまで食料の買い出しへ・・
朝のうちの渋滞も一段落し、国道の除雪作業は比較的順調に進んでいます。

IMG_1011.jpg IMG_1017.jpgお日さまの顔がチラホラ見えはじめ、峠は越えた様子

買い物をすませて帰ってみると本堂屋根が雪ずり。
勢いアマって参道まで雪が飛び出していました。
応急の切り通しを造ってこの度の雪対策はひとまず終了にしました。
もうキリがありません。

IMG_1021.jpg雪国の暮らしは危険がいっぱいで気が抜けません

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雪の島根県事情ー前編 

2011/01/18
Tue. 22:59

石見銀山吉田家前は圧雪と少々の凍結程度でしたが、石見銀山街道尾道線に添って走る牧草地真ん中の農道が最初の難所。
このあたりはO市と隣のM町行政区との境目辺りで、除雪作業も地元農家の皆さんで重機を提供しあって自力で行われることがほとんどで、なかなかすぐには除雪の進まない地域でもあります。
すでに愛車のポンコツ君は4Hシフト走行で、韓国製の冬タイヤも調子よく、グイグイと勢いよく走ってくれます。

IMG_0973.jpg銀山街道「箱茂(はこも)の松」国境あたり

すでに除雪車出動中。朝の通勤時間だったりしますが、車の渋滞もなくスムーズに流れています。
さすが雪に慣れた土地っ子です。
雪の量も思ったほど多くはありません。

IMG_0975.jpgM町の中心地市街に入るあたり

土地の名前が「熊見(くまみ)」・・・きっと熊がよく出没するのでしょう。
石見銀山ゆかりの名代官井戸平左衛門さんも、この街道を使って尾道や笠岡の方まで移動していらっしゃったようで、色々な逸話が残っているそうです。

IMG_0980.jpg熊見あたり

この先から左にそれると、私の大好きな千原温泉まで約4kmで到着します。
さすがにこれだけの雪が降ると、温泉も開店休業でしょう。
ポンコツ君が4Lでがんばっても温泉までたどり着けるか微妙です。

IMG_0981.jpg千原別れ

万善寺は国道54号線沿いにあります。
このあたりから国道にぶつかるまで急な上り坂が延々とつづき、第2の難所になります。
石見銀山の銀も牛や馬に背負わせてこんな場所を運んでいたそうです。

IMG_0984.jpg九日市集落あたり

行政区がM町からI町に変わる最後の急坂です。
石見銀山街道に添って走る街道は、広島方面への抜け道の一つでもありますから、広島ナンバーをはじめ県外の車もよく利用する道です。
雪が降ると雪道に慣れない県外車がこのあたりでよく立ち往生しています。

IMG_0990.jpg酒谷国境あたり

急な上り坂が終ると赤名高原のなだらかな丘陵地帯にはいります。
このまま真っすぐ走ってチョット右にそれると赤名湿原が広がります。
県下では珍しい八丁蜻蛉の生息地で、地元の造り酒屋では地元名産の大和芋を原料にした芋焼酎「八丁蜻蛉」を作ったりしています。
なかなかサラッとスッキリした臭みのない味わいの美味しい焼酎です。
・・・チョット話題がそれましたが、降雪量は増えました。

IMG_0993.jpgここから先がI町

国道54号線に入り、しばらく北進すると私が小中学校へ通っていた小さな町があります。
中学校の方は私が学生時代に統廃合で廃校になって、校舎も残っていません。
木造校舎、石炭ストーブ、先生の宿直室、体育館ステージ裏の音楽室、ヴィーナスの石膏デッサンをした美術室、玄関から見上げる大きな踊り場のあった幅広の階段、シャーロックホームズやアルセーヌルパンを読破した小さな図書室などなど、思いでがいっぱいです。

IMG_1003.jpg三日市中心部

さてさて、三日市から2kmほど坂道になる国道を上ると万善寺に到着です。

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雪の島根県事情ープロローグ 

2011/01/18
Tue. 08:35

近年の島根県では珍しく久々に3日続く降雪となって、万善寺の老夫婦の事も心配なので、キーポンを学校へ送ってからスコップ・脚立など雪かきに必要な道具を積み込んで石見銀山を出発。
途中、3つの行政区をまたぎ、行政サービス状況をつぶさに見ながら、約1時間かけて万善寺までたどり着きました。

万善寺は、中国山脈のてっぺんの方で、このまま5分も走ると広島県との県境になります。
夏は高原の気候で比較的涼しいところですが、冬はまともにスキーも出来ないくらいの県内有数の豪雪地帯で、毎年何かの雪被害が起きているような所でもあります。

これからしばらくは今回の豪雪顛末記。
さて、皆さんはどのように感じられることでしょう?

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雪雲の境界 

2011/01/17
Mon. 08:33

石見銀山の降雪も3日目になります。
雪の量はそれほどでもありませんが、珍しく銀山の谷間の狭い空を雪雲がせわしなく移動していて、夏の夕立や通り雨のような感じで時折雪が勢いよく降り落ちてきます。

そんな中、バッテリーを新調した愛車のポンコツ君は、4Hシフトで元気よく走ってくれています。
さすがに寺の坂は4Lシフトにしても降り積もった雪の量に勝てなくてギブアップですが、島根県山間部の降雪量がそれほど多いということです。
雪に閉ざされた老住職夫婦の日常の暮らしもだんだん厳しくなって、屋根に降り積もった重たい雪も心配なので、工場の仕事はひとまず休んでこれから万善寺へ行ってみます。
なかなか落ち着かない1月もすでに半月過ぎてしまいました。
今年にはいってから、一日が過ぎるのがとても早く感じます。

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IMG_0961.jpg街道には除雪車出動

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綿雪 

2011/01/16
Sun. 09:02

年末並の寒波到来のようですが、石見銀山はその影響もなく、パウダースノーにもならないぼたん雪にもならない、適度な綿雪が舞い降ったくらいですんだみたいです。

見方を変えると、この位の雪の加減が冬の雪景色を美しいと感じられる境界線のような気もして、朝から素足に長靴はいて吉田家周囲のアチコチの写真を撮り溜めました。

寺の方はなかなかノンビリとそういう訳にもいかないようで、早速おかみさんから参道の雪かき終了の電話が入り、ひとしきりその顛末を聞かせてもらいました。
老体にムチ打って元気というか頑固というか根性というか、なかなか心配の種が尽きません。
少し落ち着いたあたりに時間差で雪かき隊の出動を検討しているところです。

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IMG_0920.jpg石見銀山大森町の雪景色

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寒椿 

2011/01/15
Sat. 08:41

毎週末から日曜日にかけては終日部活のキーポンを学校まで送り届けます。
平日は会社の通勤時間と重なって、ちょっとした混雑が続く街道も、土日は走る車もまばらでとても世界遺産の観光地とは思えない冬の朝です。

天候の落着きのおかげで久々に吉田家での暮らしが続いているこの頃ですが、そんないつもと変わりない朝のドタバタの中で、ふと玄関入り口に目を留めると、壁仕様の試験管花器に寒椿が一輪。

ワイフのささやかな気配りに感謝し、仕事の活力をいただいた次第です。
・・・と、感動しつつ、チラッと最近タレ気味のオケツを叩かれているような気になってしまったのはどうしてなのでしょう?

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ヤレバデキル・コ・スミノフ 

2011/01/14
Fri. 08:11

工場での仕事も佳境にはいってアセチレンのガス漏れを気にしながら溶接などしていたら電話が鳴りはじめたので出てみると、「ヤレバデキル・コ・スミノフ」からでした。

彼女は、褒められて伸びるタイプの子で、諸々の学業で調子が良くて好成績だったりする時だけ、面倒くさがらずにオヤジやワイフまで報告してくれます。
その時のパスワードが「ヤレバデキル・コ・スミノフ」
ロシアの方ではありません。
ようするに東京暮らしの我が家の次女ノッチがご機嫌な時に自ら使用する別名であります。

この度は〆切り間近の提出期限に焦って、ほぼ一夜漬けで完成させた課題が思いの他好成績だったようで、自力で買ったiPhoneから画像を送ってくれました。
タイトルは「対比するもの」

今年の大卒就職率はかなり厳しいようで、一方、大学センター試験の時期にもさしかかり、ノッチもそのあたりをかすったりしていなくもないわけですが、本人はいたってマイペースでノリ切っているようです。
聞く所によると、各種面接試験における日本人学生のボキャブラリーとコンセプトの希薄さは、計り知れないものがあるようです。
一瞬の機転と判断力に応用力・・つまり、アドリブが利かないと云うことらしいのです。

そんな今時学生事情の背景の中、ノッチの方はほぼ一晩で思いついて何とか完成をさせてしまうあたり、なかなかの強者だと感心したところです。
今回のタイトルから彼女はいったいどういうひらめきを感じ何を表現したのでしょう?

さて、皆さんは何に見えますか?

一見で解らない方は、画像を縮小するか、目を細めるか、あれこれ工夫してみて下さい。
それでも解らなくて不眠症になってしまいそうな方は、ご面倒でしょうがコメント欄にご記入を・・・

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-- 続きを読む --

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ストーン・ブリッジ 

2011/01/13
Thu. 08:11

タイヤはブリヂストン。
駒の足の自治会倉庫はブリッジストーン。

という事で、雪の消え間をねらって自治会の倉庫がわりに使わしてもらっている土蔵の入口に石の橋をはめ込みました。
この土蔵は個人住宅の一部なのですが、家長のご好意で長い間使わせてもらっているものです。
ここ数年は、老朽化が激しくて雨漏りもして床も抜けて根太が腐ったりして、このままにしておくと修理も難しくなるだろうと、改修を思いたった訳です。
町並みの保存地区でもあるし世界遺産の指定区内でもあるので、修繕も自分たちで勝手に行う訳にはいきませんから、何かと色々な手続きをクリアーして、やっと年末に改修着工し、この度工事完了と行政審査が入ってパスすれば引き渡し完了となるところまでこぎつけました。
自治会長ワイフの大仕事が一つ終ることになります。

これを機会に、前々から気になっていた木戸入口の割れ落ちた踏み石を掛け替えることにしました。
石見銀山でよく使われている石は福光石という柔らかい緑色をした石です。
昔は需要も多くて石切も盛んに行われていましたが、石のねばりの関係でノコ刃がすぐにダメになるので最近は加工する石材屋さんも激減しています。
そんなこともあって、ここだけの話ですが、この度も新調すると費用もかかったりするので、近所で溝ブタ代わりに使われていた古い福光石をチョイと拝借して流用させてもらいました。

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IMG_0896.jpgこれが福光石。粉砕してミルにかけると陶芸の釉薬にもなります。

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たまには 

2011/01/12
Wed. 08:15

毎日雪ばかり見ていると心が真っ白になってしまいそうなので、たまには海でも見ようと・・・

なんてのんびりした思いつきの余裕くらいあっても良さそうな気もしますが、最近の吉田はそのような軽いノリからはしばらく遠ざかっているような気がしないでもない今日この頃であります。

年末辺りからジワジワと油が値上がりしはじめ、山間部も海辺も日本海側は燃料代が生活費を圧迫しています。
その上、この度の大雪で一部集落は夜中の数時間にわたって停電がつづき、電気毛布や電気炬燵や電気アンカが機能しなくなって大変だったようです。
万善寺の方は停電もなく、本堂の電気も大丈夫で、まだ暗いうちからの朝課つとめにも支障はありませんでしたが、近年急速に広まっているエコ志向と家庭の電化は、このような時にまだまだ充分な対応が出来ていないようでもあります。

幸い、吉田家の方は、ガスや灯油の燃料も電気と併用しながら使っている上に暖房の主燃料は頂き物の薪ですから、イザと言う時にも何とかやりくり出来そうな気がします。などと、正に他人事のように思っていたら、この間キーポンがシャワー中に急にお湯が出なくなって大変だったようです。
ようするに灯油の燃料切れが原因だったのですが、そんなこともあったりして、少しでも安いガソリンスタンドをめざして、冬の日本海を横目で見ながら9号線を走ることになったしだいです。

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木の葉地蔵 

2011/01/11
Tue. 07:43

このところ万善寺話題が続いていますが、雪が落ち着くまで今しばらくお付き合い下さい。
という事で、木の葉地蔵さんのお話し。

すでにご存知のように、だいたい禅寺には六地蔵さんがお祀りしてあるのが通例で、小さいながらも室町からつづく万善寺も曹洞宗の末寺ですから、参道の入口に安座されてあります。

昭和の後半、私がまだ学生で寺を離れていた頃、その六地蔵さんの周囲に木の葉型の光背を背負ったお地蔵さんがあちこちから集まってきました。
時代も分からないくらい古くから安座の地蔵さんもいらっしゃいますが、ノミの彫り跡もクッキリとわかる位の近年のお地蔵さんは、個人の祈願成就の寄進や、願掛寄進などで納められたものもあります。
その他に、道路や田畑の拡張工事に伴った安置替えで行き場所に困った上、現在の場所に安座されたものもあります。
万善寺のある辺りの土地は、かなり古くから人の暮らしが営まれていたところで、古墳をはじめ銅鏡などの出土品もあったりします。
その上、戦国の古戦場だったりもしましたから、時代の流れで道筋が代わったり、材木の切り出し林道が出来たりするとそこかしこから石の仏さんが出土したりするわけです。
それらのお地蔵さんや大小の仏さんが集まって、現在のような状態になりました。

六地蔵さん脇の道も、私が少年時代は丸太で土止めをした階段の参道で、住職がバイクを使うようになってからコンクリートのスロープ付き階段になり、私が車に乗るようになってからアスファルトが敷かれ、本堂下に駐車場も出来ました。
ほんの4・50年の間にずいぶんと風景が変わりました。
目鼻立ちのよく残る昭和のお地蔵さんも、風化してお姿がかすかに見て取れる頃までになると周辺の風景や暮らしはどのように変化しているのでしょう。
きっとその頃には万善寺も無くなって、イノシシやタヌキの遊び場になっているかも知れませんね。




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老住職 

2011/01/10
Mon. 08:01

年末から年始にかけて万善寺で暮らすことが増えてきました。
住職夫婦の高齢化が一つの要因でもある訳ですが、この度はそれに寒波が加わったことになります。

寺の作務は盆正月に限らず1年中続いていても、一般的にはなかなかその実態が把握されていないことが多いでしょう。
大きなお寺はお参りも多く檀家も多いので、住職が一人で維持運営していくことが出来ません。
そこで、役僧を必要人数配置して日々の作務をこなすことになります。
役僧は得度した上に諸々の僧侶資格があれば面接や縁故を通して採用され、自宅から寺へ通勤したり、寺内に与えられた一室に寄宿したりしながら役務に努め給与が支給されます。
簡単に言えば会社や企業と同じようなものだといえるでしょう。
総本山や、僧堂・講堂伽藍のあるお寺は社会で言えば大企業で、そこに勤める役僧は一流企業の社員のようなものです。

一方、万善寺は一般社会で言うと個人経営の田舎町の商店主のような感じ。
何から何まで自分で身の回りの用事をすませ、年末には1年の経理を納め、寺の内外の施設設備を維持しながら暮らしていくことになります。
収入は法事などの仏事でまかないます。その仏事が多ければ収入も増えて暮らしも楽になるといった具合です。

万善寺老住職はそのような暮らしの中で私を育て、大きくしてくれました。
結果、現在のワガママガケップチナンチャッテ坊主ができ上がった訳です。
果たして子育ては成功したのでしょうか失敗したのでしょうか?

最近は、よく周辺の方々から老住職によく似てきたと言われることが増えました。
内心、自分としてはあまり喜ばしく感じていないのですが、頑固なところとか世渡りの不器用なあたりは似ているのかも知れません。
その上現住職も私も、万善寺中興の祖になれないことだけは間違いないでしょう。

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寒波 

2011/01/09
Sun. 08:36

この近年、石見銀山の辺りは冬でもそれほど多くの雪が積もることはありません。
この冬の中国地方は寒波が2度に渡って到来し、そろそろ3回目がやって来る様子です。

私が経験した豪雪は、地面から3m位が最高で、小学生の時でした。
その時のことを思うと、この度の寒波はそれほどたいしたものでもありませんが、一つ違うのはジジババの高齢化です。
参道の雪かき一つとっても、40年前と同じように身体が動くわけでないのは彼等も心得ているはずなのですが、気持ちの切り替えが上手くいかなくて、結局老体を酷使することになります。
彼等の精神力の強さには感心させられますが苦労もさせられます。

そんな訳で、このところ石見銀山の吉田家はワイフにまかせっきり。
まともに仕事も出来ない状態でいますから、私の懐は路面の凍結など可愛いくらいの今までにない厳しい寒波が到来しています。

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守護札 

2011/01/08
Sat. 08:09

万善寺では、毎年檀家さんや自治会の皆さんに暮からお正月にかけて祈祷法要を納めた守護札をお配りさせていただいています。

この度は、老住職の体調がすぐれなかったので、私が代行で祈念法要をさせて頂きました。
・・・・・したがって・・・・ご利益の程は未知数でありますが、心を込めておつとめさせてもらいました。

私が寺を離れて一人暮らしをはじめる前は、そのお札も版木に墨を塗り1枚1枚刷り上げたものに朱印を捺し、家族で手造りしてお配りしていました。
その後私も手伝えなくなって、時代と共に家内制作の手間の簡素化をはかり、最近は幾つかひな形が用意された中から選んで印刷したものに代わりました。

ご祈祷の中味は変わることがありませんが、手造りの味わいは無くなっていったような気がします。
このところ老住職夫婦のお世話もあったりして寺に務める時間がしだいに増えています。
老住職のお伴で色々な作務を続ける合間をみて、また木版のお札を復活させてみようかとも思っています。

ちなみに、このようなお札を頂いた時は、仏壇や引き出しにしまい込んだりしないで、大黒柱や玄関の内側の毎日見えるところに張っておきましょう。

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20歳のノッチ 

2011/01/07
Fri. 08:42

久々の帰省だったノッチが東京の暮らしに帰っていきました。

そのノッチも20歳。
お母さんから引き継がれた晴れ着を着る節目の1日はノッチにとってどんな1日になったのでしょう。
楽しい思い出になったかどうか分かりませんが、何時までも記憶に留めておいてもらいたいものです。

ちなみに、我が家の老犬はすでに18歳。
ノッチがこの老犬の散歩をするのも最後になるかもしれません。

華やいだ吉田家の数日間でしたが、思い返すとどこかしら寂しさも感じたりしていたのは、やっぱり私も年をとったからなのでしょうかねぇ。

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駒の足新年会 

2011/01/06
Thu. 07:30

お正月の三ケ日が明けて仕事始めの日の夕方から、石見銀山駒の足自治会恒例の新年会が始まります。

駒の足は、元気な女性方が多くて、出席者のほぼ半数に達します。
現在の会長はワイフが努めていて、やはり諸々のお祭りごとの主権は卑弥呼の昔から女性の力が強いほうが八方丸く納まるような気もします。
会場準備の関係で何となく上座に男衆が集まりますが、どちらかといえば小さくなって静かにおとなしくささやかに盛り上がっていたりします。

高齢化の進む石見銀山ですが、一方でその町の暮らしを慕って集まるiターンや、都会暮らしに見切りをつけて帰ってくるUターン組も含め、ジワジワと世代交代も進みつつあります。
見方を変えると、石見銀山駒の足の暮らし形態にみられるような年の差や性別を越えて適材適所に配役された自治の取り組みが日本の未来の指針になっているのかも知れません。

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手紙 

2011/01/05
Wed. 03:23

今年の正月は、久々に時間差でノッチが帰省して、吉田家の家族も少しだけ色々な暮らしの埋め合わせが出来たかなと思っています。

子供も大きくなるとしだいに自分の人生観や目標も定まってきて、一方で迷いや悩みなども増えてきて、そんなことが色々集まって何となく性格も固まって、しっかりした自分の考えや意見を持ってくれるようになるんだなぁと思ったりもします。

仕事の関係で一人帰省が出来なかった長女のなっちゃんからの手紙をノッチがあずかって帰ってきました。
親からみると子供同士でそれぞれが連絡をとりあってくれていることが分かるだけでも安心できます。

開いてみるとお金と手紙が入っていてビックリ。
一人暮らしをしていると突然お金が必要になったりすることもちょくちょくあったりして、オヤジとしてもそんな時は何とかして助けてやらなければいけなかったりして、今まで何度かそんな親娘のやりとりがあったのですが、ここにきて立場が逆転。
年明け早々娘から励ましの支援を頂くことになりました。
本当にありがたいことだと、我が娘ながら頭の下がる思いです。

今までもそうでしたが、これから先もこれといってたいしたことも出来そうにないオヤジですが、いくら何でもこの頂いたお金だけは手を付ける気になれません。手紙と一緒に大切に保管しておこうと思います。
なっちゃんどうもありがとう!

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助っ人ノッチ 

2011/01/04
Tue. 01:32

急きょ結成雪かき隊の強力な働きによって無事万善寺年始会も終り、ポンコツ君の脱出にも成功し、ホッとしたところを見計らったように、東京からわざわざ出動の次女ノッチが登場。
カチンカチンに固まった圧雪をパワフルにかき捨てて参道を広げてくれました。

ちょっとポイントのズレた出動でしたが、収穫といえばノッチの両手のマメと、寺のジジババの喜びでした。

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IMG_0647.jpg IMG_0645.jpg IMG_0643.jpg へっぴり腰の連写

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万善寺参道雪かき隊 

2011/01/03
Mon. 09:44

万善寺朝課諷経3日目も終了し、チョイ寝をむさぼろうとキーポンアンカに抱きついたらそのまま爆睡。
さすがに50を過ぎるとあちこちに疲れがたまりますなぁ・・

そんな訳で、久々の豪雪になった万善寺付近ですが、檀家さんの年始詣りもあるので即席参道雪かき隊を結成しました。約4時間の雪かき作業も何とか格好がつき、これで少々のドカ雪が降ってもお参りには対応できるでしょう。

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2011-01