工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

15のキーポン 

2011/11/30
Wed. 07:20

11月も終わりそうなある日。
吉田家のかわいい末娘小悪魔キーポンが中学生最後の誕生日を迎えました。

ワイフは数日前から構想を練り、当日はお昼過ぎからほぼ半日をかけて手作りの特別メニューに取組み、その匂いをかぎつけた長男のじゅん君までちゃっかりと何週間ぶりかで夕食を食べたりすることになったりして、つつましいながらもゴージャスな誕生日となりました。

・麺生地から手作りのカルボナーラ・・・麺好きキーポンの好物
・これも生地からこねて作ったピザ・・・チーズ嫌いのキーポンもピザならパクつく
・ふっくらと膨らんだ手作りシホンケーキ・・・これだけで満腹になりそうだけどキーポンは別腹
・チョット太めのフライドポテト・・・キーポン曰く、マクドナルドが一番美味いとか・・さてママの味は?
・果物多過ぎのサングリア・・・キーポンは炭酸のゲップが止まらない・・それとも満腹ゲップ
・柔らかくて上出来の手作りゴマパン・・・キーポンはそれにチョコレートをたっぷりつけて食べます

いやぁ~~、満腹満腹・・まっちゃんおつかれさん。ごちそうさまでした。

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あれなぁに 

2011/11/29
Tue. 06:42

遠くの山をよく見ると、何やら白い割り箸か爪楊枝状のものが無数に突き刺さっているのが見えます。

これはこの間、友人の個展を観に行ったとき見つけた風景。
全て松食い虫の被害でで立ち枯れた松の木が手つかずの状態で放置されたものです。

島根県は、中国山地から島根半島まで軒並み松食い虫の被害が蔓延していて、手の付けようもありません。
出雲平野特有の防風林風景を作る「築地松」も、この数年で急激に減少しています。
何とかしないといけないことはわかっているのでしょうが・・「手の付けようがない」というのが自治体や関係機関の本音のようで、寺の周辺の山でも大風の後など生活道路へ倒木が出たりして、撤去に手間取って仕事に遅刻してしまったなどという愚痴話も聞いたりします。
これから冬に入って雪でも積もったりすると、そのような被害も拡大するでしょう。

一方吉田はというと、アチコチでそのような困った話を聞きつけては、枯れ木や倒木ををもらいに出かけたりしています。
吉田家の冬の暖房燃料はそうやって何とか確保されています。

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パワフル三中吹奏楽部 

2011/11/28
Mon. 08:30

総勢40名以上出席の、恒例三中吹奏楽部鍋会が賑やかに開催されました。

新旧の部長も交代し、年間の吹奏楽部大会参加や各行事も一段落し、あと主なところではアンサンブルコンテストやスプリングコンサートを残すのみになったおおよそこの時期に、毎年親子どもども関係者が集まって慰労も兼ねた鍋の会をひらいています。

今年は、会場に石見銀山の旧地役人の家を改築した一般非公開の武家屋敷を貸していただくことが出来ました。
保護者の皆さんがお昼過ぎから集まって準備を始め、夕方6時過ぎからたっぷりの手造り料理が所狭しと並んだ鍋会がスタート。
子供達の大会参加をふり返った立派な映像DVDも秘かに制作されていたりして、鑑賞上映会も行われました。

ここ数年、10人前後の部員で活動を続けつつも、小編成の部では大会成績1位金賞を獲得し続けている、吹奏楽の世界では知る人ゾ知る最強の中学生でもある訳ですが、かれらの実力もさることながら、日々の部活動を影で支えている保護者の皆さんの結束力があるからこそ、大会での好成績に繋がっているといっても良いでしょう。

吉田家の末娘で甘えっ子のキーポンも、中学校ではクールに部長職を務めあげ勇退となりました。
楽しいことや苦しいことなど、色々な思い出がいっぱい出来たことでしょう。
これからあと3ヶ月・・気持ちを切りかえて受験勉強に取組んでくれることを期待しています。

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IMG_3913.jpg前保護者会長の乾杯で鍋会の始まりです

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三瓶の牛 

2011/11/27
Sun. 09:27

寺の用事で久々に三瓶山の山越えをしてきました。

いつもは、三瓶山を遠景に見ながら、江の川支流の川沿いを迂回して、神戸川の源流あたりから万善寺へ向うルートを辿っていますが、法要の場所によっては直接三瓶山へ上り下りするルートの方が近かったりもします。

結局は、何れにしても寺の用事となると山の中の事になって、行って帰る時間の方が長くなることがほとんどと言うことになります。

そんな訳で、久々に片道40分の三瓶山を横切っていたら、これも久々に放牧の黒毛和牛を見ることが出来ました。
昔は、寺の近所でも簡単に見れるほどアチコチの農家が競い合って飼育していた黒毛和牛も、今では完全に根絶えて、わずかばかりの乳牛が飼育されているほどになりました。

この間・・といっても早いもので1ヶ月前になりますが、彫刻展でお世話になっていた三原谷から少し足を伸ばすと神戸牛の産地丹後の黒毛和牛生産地があります。
まるまると肥え太って四本足で立っているのがやっとの状態に見える丹後の牛とはえらい違いで、三瓶の方は適度にスリムでなかなかシャープな体形の牛達がのどかに草を食むすがたを見て、ブランドの違いを再確認出来たように思います。

どちらかというと、私は三瓶の牛体形が好きです。
背中の背骨から肩甲骨や尾骶骨のあたりにかけての稜線に悲哀が漂っていて、彫刻的な美しさを感じたりもします。
そういえば、もう20年以上も前になりますか、その頃の彫刻のモチーフによく牛のフォルムを使わせてもらっていたこともありました。
チキンの吉田はどちらかというと鳥肉に親しむ機会が多いですが、そんな関係でしょうか牛は肉より見る方が良いですね。

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ナンチャッテ受験生 

2011/11/26
Sat. 06:59

確か、吉田家末娘のキーポンは、高校受験の受験生・・・のはず。

今さら吉田家の子供達を比べてもしようがない話しですが、今にして思えば、この時期一番勉強していたのはノッチだったでしょうか?
それは、彼女には大きな目標があったからだと思います。
その目標を達成させるために、まずクリアーしなければいけない問題が学力だった訳です。
色々ありましたが結局彼女は、日夜勉強に励んで自分の希望をほぼ70%程度は達成するまでになりました。
気の強い頑固者の性格に助けられたところもあったように思います。

もっとも、吉田家の子供達は、どの子もそれなりに気が強くできていて、軟弱者の内弁慶チキンオヤジとはえらい違いです。

さて、現在のキーポンはというと、勉強机難民の暮らしをしています。

もともと、お下がりでもらったお姉さま方の部屋が存在するのですが、その隣に春先から長男のじゅん君が住み着いて環境が一気に劣悪化してしまって、それ以来秋になって肌寒くなるまで、彼女の勉強場所は食後の食卓だったり、居間の座机だったり、そしてお父さん手づくりの小さな座イス件プチテーブルを持って狭い吉田家のアチコチを移動しながら、その日空いた場所で勉強の真似事をしていました。

そのうち気がつくと、寒くなってから多目的に状況に応じて使い分けているおとうさんの書斎のデスクワークスペースを占領するようになりました。
私がチョット目を離して定位置を離れたりすると、いつの間にかその場所へ彼女の勉強道具が散乱しています。

結局、家族が寝静まってから書斎に散乱したキーポンの勉強道具を片づけてやっとおとうさんのデスクワークが始まることになります。
キーポンにはじき飛ばされて書斎難民になった最近のチキンオヤジは、寝不足です。

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島根県走破188km 

2011/11/25
Fri. 08:21

石見銀山から万善寺へ何時もの通勤坊主で始まった朝は、急に冷え込んで寺へ到着した頃はこの冬初めての初雪がパラツキました。

いつもは、そのまま法要や七日のつとめに入るのですが、この度は東堂老師の定期通院のお伴。
老師本人は年相応にいたって元気で、見た目は病気をかかえて苦労しているなど想像できないほどです。
もっとも、脳味噌機能の衰退はなかなか見た目で判断できないので、家族としてはそのあたりで若干の気苦労が絶えない毎日を送っている訳です。
もう一つの悩み事は、悪性腫瘍マーカーの数値が高いこと。
これは薬の飲み分けで日々対応しているのですが、本人は常飲の自覚が希薄で、チョット見のがすと飲んだフリをして何処かへ仕舞い込んだりしてしまいます。

人は、年をとると次第に童心に帰るといいますが、老師夫婦の暮らしにお付き合いしていると、時々子供のママゴト遊びをしているようにも見えてきたりします。
そんな二人の仲に入ってその日も寺を出発するまでに一波乱あって、病院までの車中も気まずい沈黙が続いたりしました。

何時も通りと変わりない検査結果をもらっての帰路は、少なくなった寺の備品や消耗品の購入に仏具屋さんまで足を伸ばして、老師の機嫌も若干好転。大きなスーパーで久々に思う存分大量の買物をして、帰りの車中はお菓子パンをかじったりしながら機嫌もなおって、寺へ着いた頃はアレコレ作った話しも交えて1日の様子をセッセとおかみさんに話すまでになりました。

その日の朝の寺の気温は摂氏3度。病院でのお昼は摂氏15度。島根県東部をグルッとひと回りして夕暮れの石見銀山近くの温度計を見ると9度。走行計は188kmとチョット。
環境の変化に身体も心も付いていけなくて体調不良に陥りそうです。

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蝋燭の夜 

2011/11/24
Thu. 08:37

石見銀山の自宅の近所に、現代の必需品を全く常設していない小さな民家があります。
電気も水道も何もない家には、囲炉裏とテーブルと蝋燭があるだけ。

石見銀山がまだまだ閑散としていて、町内には空き家も沢山残っていた頃、その空き家の一つだった家を改築して今のようなかたちにしたあと、ほぼ、毎晩のように町内外の友人が集まって囲炉裏パーティーをしていたものでした。

それから20年近く経った今では、町内の空き家もずいぶんと改善され、その何もない家の周辺も夜人口が数家族増えたりして、夜中まで大騒ぎをする事もはばかられるようになったことと、何より、何時も集まっていたメンバーが揃って20年近く年をとってしまったことが要因となって、最近では、その家に蝋燭が灯ることもほとんど無くなっています。

この間、その家の家主から夜のお客さんを迎えるための蝋燭の準備を頼まれて、久々にほの暗い灯の中で小一時間ほど過ごしてきました。
秋も過ぎ、冬の気配が迫る頃になって、夜の星が急に輝きをましてこぼれ落ちそうに石見銀山の町並みへ迫ってきて、用水路を流れる水音がやたらと元気よく聞こえてきます。

最近では、それこそ1日中電気やガス灯油燃料に色々お世話になりっぱなしの暮らしに慣れてしまって、節約の間もなく消費をくり返す日々があたりまえになっています。
目に見えて短く燃え尽きる蝋燭を見ていると、灯のありがたさを再発見した一夜でした。

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ひょっとして紅葉 

2011/11/23
Wed. 01:14

清々しく透通った初冬の空に白く沸き立つ雲。
石見銀山上空は確実に秋深く冬間近といった感じ。
一方、例の如くキーポンを中学校まで送った朝、石見銀山の仙丿山本谷あたりを見上げると、何となく曖昧に色付いている感じ。
あれって、きっと紅葉なのでしょうが、あまりにも地味。

今年の石見銀山は紅葉に付きものの霜が見られません。
生温~い日が続くと、紅葉も生温~くなるようです。

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絶えない犬ネタ 

2011/11/22
Tue. 07:27

このところ、音信不通が続いていたノッチから真夜中にメールの着信があったので、
「一人暮らしの日々でお父さんが久々に恋しくなったのかな?・・」
と勝手に想像してニヤニヤしながら受信ボックスを開いてみたら、我が家のジジイ犬のネタばかり。

ふくらんでいた期待が一気にしぼんでしまいました。
甦った犬を嫉妬しても始まりませんが、一瞬冷たい風が私の心を吹き抜けたような気もして、夜の冷え込みが身にしみました。

家族どころか、近所の皆さんにまで色々心配してもらっているシェパ爺は果報者です。

ちなみに、何故かノッチはシェパ爺のことを「たーたん」と呼んでいて、ジジイ犬もそう呼ばれるとふり返ったりします。
自分のことを可愛がってくれるノッチの声を覚えていて聴き分けているのでしょうか、都合の良いヤツです。

image-2.jpegウインクたーたん♡

image_20111122073015.jpegさむいたーたん♡

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イケメンたーたん2011年度3月末

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弁当の日 

2011/11/21
Mon. 07:16

キーポンが通う三中では、「お弁当の日」というのがあって、その前の日当たりから吉田家では急速に母と娘が仲良く接近し、オヤジの私は指をくわえて若干淋しい思いをしてしまいます。

学校からの指令は、
1.自分で作って片づけをする。・・・なるべく保護者に手伝ってもらわない。
2.できるだけ手づくりする。

夜になって帰宅すると、ピーマンの肉詰めの作業中。
朝はまだ暗いうちから起きて、卵焼きの制作。
弁当詰めまでちゃんと一人でこなして、かわいらしい弁当が完成しました。

見た目はなかなかの出来ですが、さて、味の方はどうでしょう?
キーポンを学校へ送ってからゆっくりと味見させてもらいましょうかねぇ・・

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IMG_1634.jpgなかなかの箸さばき

IMG_1638.jpg大量のピーマン肉詰め

IMG_1641.jpg見た目は美味そう

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復活の犬 

2011/11/20
Sun. 06:40

我が家の老犬は慢性の心臓病をかかえていて、この間はその発作が多発したとき急患で連絡したら、お医者さんからも
「まだ生きているんですかぁ」
とビックリされ、
「犬ちゃんを連れて来られても、高齢犬で病名も分っていてこれ以上の処置のしようがないので、とりあえず薬を変えてみるだけでもしてみましょうか」
ということになって、多額の出費に目が飛びだしそうになりつつ、それでも礼を言って米粒や麦粒のような薬をもらって飲ませ続けていたら、どうやらそれなりに効果があったようで、フラフラしながらも立ち上がって歩きはじめるようになって、散歩を催促するようになって、メシもチビチビ食べるようになって、何より多発していた発作が治まって、ひとまず普段の犬の生活に戻りました。

このようなシェパ爺の様子を日々書き綴っていたら、なっちゃんから若くて凛々しい頃の古き良き写真が届きました。
こんな頃もありましたねぇ。

老込んでいく犬の姿に自分の将来が重なって見えます。
私もこれからどんどん年をとって、自力で日常を生き続ける事もだんだん難しくなっていくのでしょうねぇ。

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2011111803090000.jpgマダマダ若い頃のシェパ君・・・こんな時もありましたなぁ~

あたしの待ち受け♪
きーちゃんのよりかわいいもん(*^^*)

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あやしい週末 

2011/11/19
Sat. 08:28

久々に松江まで行ってきました。

午前中は、新亡さんの49日当日で仲の良かった旧知の皆さんが集まってささやかに法要をおつとめしたあと、宗門の研修会参加でそのまま松江まで直行しました。
近年の法要は、親族の都合で週末や日曜祭日など、みんなが集まりやすい日に当てることがほとんどになりましたから、当日に当てた法要が珍しくなりました。

島根の方だけなのでしょうか、最近は農作業も一段落して秋祭りの時期に入っています。
この度の新亡さんは、祭りの時に欠かせない囃子方の笛がとても上手で、各地にお弟子さんやファンがたくさんいて、器用に煤竹を加工して笛の自作までして皆さんに配っていたほどの名手でもありました。
そのような方ですから、葬儀も神式で良いような気もしましたが、やはり親族や先祖さんのこともあってそのような訳にはいかなかった様子。
聞くところによると、生涯独身を通して最後は孤独に亡くなったとの事。
親族や関係各所の色々複雑な事情もあって、結局、身寄の無い新亡さんのお付き合いやお守りを万善寺がすることになりました。
今後の年回のこともあるし、引き受ける方もなかなか難しい選択を迫られた訳で、東堂老師などはみごとに一刀両断で先々の不透明な事情は避けろとも言っていたりして、この40日あまり、八方納まる適所を見つけ出すのに何かと気苦労も絶えない状態でした。

そんないきさつがあってのこの度の49日法要になったわけです。
小さなかわいらしい墓石や大工さん手づくりの欅の白木位牌さんも完成し、開眼のお経もあげて、結局はとてもこころ温まる和やかで爽やかでつつましい手づくりの仏事になりました。

島根の週末は荒れ模様のようです。
その前兆でしょうか、日本海の遠くの空は前線に添って壁のように高く立ち上がった雲の様子が不気味でした。
なかなか行き場所の定まらなかった新亡さんの迷いの先にあの雲の壁があるような気もして、ひと時こころ騒いだりもしましたが、その雲も何れは晴れる時が来る。

いろいろボンヤリとそんなことを思いながらポンコツ君を走らせていたら、道に迷うは遅刻はするは、季節外れの生暖かい風のせいもあって背中のあたりが冷や汗でぐっしょり。
煩悩の糸にからまってなかなか抜け出せないでいるオヤジ坊主なのであります。

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こんなのできました 

2011/11/18
Fri. 07:51

保育士のお姉さま相手に、お手軽ものつくりのお話をしてきました。

世間は少子化といわれつつも、まだまだ保育園や幼稚園には小さな可愛い子供達がいっぱい。
自分の子供の反抗期と戦いながら、何時も笑顔で小悪魔園児たちの相手をしていらっしゃる姿には頭が下がります。

そんな保育士の皆さんから相談を受けて、軽く引き受けてしまったのが運のつき。
説教もまともにしゃべれない私が、このような勉強会のお話だけでなく、教材まで考えなければいけないことになって、通勤坊主の往復の車中で、あぁ~でもないこぉ~でもないと、とろけた脳味噌をかき混ぜながらひねり出した今回のテーマが「ワリバシタワー」

参加の皆さん方、最初はキャンプファイヤーか護摩供養か・・
そんな感じの構造物ばかり造っていらっしゃいましたが、そのうち少しずつイメージが広がって、なかなか面白いタワーが出来はじめました。

残念ながら会場の都合の時間切れで完成するまでには至りませんでしたが、みなさん、子供のように嬉々としてワリバシと格闘していらっしゃいました。
小悪魔園児達との1日を終ってからの勉強会でしたが、おつかれさんでした。

・・・という訳で、早速その日のうちにメールが届きました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こんばんは。大田市保育研究会、5歳児グループの○○です。
今夜はありがとうございました。
もっと頭が柔らかくなるように、いろいろな物を捉えていきたいと思います。

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IMG_1608.jpgこんなのもできました

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甦る老犬 

2011/11/17
Thu. 08:38

あれだけヨレヨレフラフラしていた吉田家の老犬が、プチ復活。

土間のアチコチをウロウロしながら寝場所を移動していたのが、いつの間にかリビングのフローリング定位置に返り咲きました。
1週間ほど前に発作を多発してから土間暮らしが続いていただけに、驚きです。

彼の定位置は、吉田家の人間達やお客様の出入り口にもなっていて、そのど真ん中で1日中ゴロゴロと寝ていられるとジャマでしょうがなかったのですが、こうして久々に何時もの場所で寝ている様子を見ると、ジジイ犬の体調のバローメータになっているようでもあって、何となくジャマさ加減を容認したりしてしまっています。

この度は昼夜問わずの看病の成果があったように思います。
マダマダ楽観は出来ませんが、ひとまずしばらくは普通の暮らしに戻れそうです。

只今19年と約半年間、しぶとく生き続けています。
何れにしてもゾンビのようなヤツです。

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朝の雲 

2011/11/16
Wed. 08:05

昨日あたりから吉田家の長老犬は、小康状態。

フラフラしながら、散歩のフルコースを完歩したりしています。
なかなかにしぶといヤツです。

痙攣の痛みで泣き叫ぶことも激減しました。
お陰で私は睡眠をむさぼることが出来ます。

今朝は、夜のうちにソソウしたオシッコが1回のみ。
あとは、私達が寝ている間に、細長い土間を行ったり来たりウロウロしながら、一晩生き長らえました。

今日は通勤坊主で1日留守にするので、シェパ爺の発作が心配です。
何事もなく帰宅を待っていてくれることを願いつつ山越えの道を走っていたら、空一面に広がるうろこ雲。

さて、このまま曇るか、それともスッキリ晴れるか、判断の難しい状態。
老犬の心配が頭の片隅に張り付いた今の心境のような空模様です。

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パッチワークマフラー 

2011/11/15
Tue. 08:04

吉田家老犬の介護をワイフに代わってもらって久々に工場へ行ったのは、ポンコツ君の破れてちぎれたマフラーを修理するため。

あれは、三原谷のイベントがまだ終っていない頃、冬支度の薪を積んで走っていたら急にポンコツ君の腹の辺りから異音がしはじめたので、何時もの工場へよってみると、マフラーの中ほどで溶接が取れて半分ぶら下がった状態。

色々用事があってすぐに修理できない時期だったので、しばらく整備不良車のまま走っていて、この度やっとそのパッチワークが終ったところです。

あいにくと耐火塗料がすぐになくて、そのまま足場パイプの亜鉛メッキがむき出し状態ですが、何とか、穴を塞いだりパーツを入れ替えたりしてそれなりに修理できました。

もう少しで1年車検の時期です。
排ガス規制のこともあるし、頭の痛いことですが、我が家にとってはかけがえのない存在のポンコツ君です。
何とかして、ノリ切ってもらわなければいけません。
もっとも、その前に費用の捻出をしないと話しになりませんが・・・

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犬の力 

2011/11/14
Mon. 08:48

週末から日曜にかけて夜の仕事が入って帰宅が遅くなったせいもあって、その上、例の老犬シェパ爺が深夜の発作で大騒ぎすることもあって、眠れない日々が続いています。

朝方になってやっと記憶が遠くなって、しばし爆睡していたようでも、キーポンの登校前のドタバタが遠くの方からなんとなく聞こえてきて、頭の片隅で「もう起きる時間だよ」ともう一人の自分が呼びかけます。

ウツラウツラと覚醒して、固まった節々の軋みが解けはじめ、数時間前からの記憶が順番に整理されはじめて、やっとの思いで起き上がると、すでに家族の朝食は終了。

老夫婦をかかえる身としては、近い将来の介護の実態を予行練習しているような気がします。
この世に生きるもの全てが避ける事の出来ない事実である「生老病死」が急に現実味を帯びて身近に感じています。

このところ、少しだけ受験生であるということを自覚したキーポンが、睡魔と戦いながら私のすぐ隣で勉強をする時間が若干長くなりました。
チョコチョコと休憩と証してiPodtouchをいじっていますが、その仕舞い忘れたtouchを片づけようとしたら、いつの間にか画面がワンピースからシェパ爺に変わっていました。
老犬の発作遭遇を上手に回避しながら静観しているようにみえるキーポンでも、やはり気になっている様子。

毎日色々ありますが、ひとまず発作が多発するようになってから5日目の朝を向えたのでありました。
吉田家長老シェパ爺は、家族の心配を支えに生き長らえております。

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なにげない朝 

2011/11/13
Sun. 07:23

石見銀山はいつもと変わらない朝を向えました。

最近は、時期としては紅葉の見頃のはずですが、今年はその気配もなく、広葉樹の雑木はのきなみちぢれ枯れてそのまま枝木にしがみついています。
本当に変な気候になってしまいました。
島根県をアチコチ移動していてもほとんど変わらない状況なので、かなり広範囲でこのような異常気象になっているのだろうと勝手に想像しています。

そんなわけで、世間は異常なりにいつもの朝が明けましたが、吉田家は、一晩に何度も起きる老犬の発作に跳び起きる一夜が明けて、すでにフラフラです。
発作がおさまると真夜中のプチ散歩をします。
何故か、外に出るととても喜んでヨチヨチフラフラしながら歩きます。
オヤジの方も、寝不足と高血圧でフラフラヨチヨチつきあっています。

さてさて、このような状態、何時まで続くのでしょう・・

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しぶとい老犬 

2011/11/12
Sat. 09:48

この2~3日の私は寝不足です。
・・というより、吉田家全員が寝不足です。
一番の寝不足は我が家の老犬「シェパ」爺。

それまでは、1日24時間のほとんどを寝て暮らしていたのに、このところ、数時間ごとに起きる発作と筋肉硬直の痙攣で激痛が走るらしく、おぼつかない四つ足でフラフラしながらヨレヨレと立っています。

やっと寝転がって寝はじめたかと思うと、またまた発作が起きてギャンギャン大騒ぎをします。

そのような状態の彼は、すでに19歳と数ヶ月。
自他共に認める高齢犬です。

元は血統書付の石見銀山犬・・つまり、捨て犬であったわけですが、ひょんなことから吉田家が飼い始めることになって、そのままズルズルと現在に至っています。

無芸小食で手間のほとんどかからないお手軽さが、吉田家の気質にあったのかも知れませんが、それでも若い頃は知らない人の訪問には身体に似合わない大きな声でワンワン吠えかかって、番犬のまね事ぐらいはしてくれていました。
今ではそれもすっかり過去の話になって、私が帰宅しても気付かないでそのまま寝続けていたりします。

この間、彫刻と一緒に旅をしていて、長男が一人で留守番をしていた時、強烈な発作が起きたらしく、慌てて病院へ連れて行ったら、寄る年波で手の付けようもない老犬にお医者さんも困り顔の様子だったとか。

いずれにしても、これから数日が彼にとってのこの世の見納めになるでしょう。
もともと捨て犬の野良犬暮らしをしていたせいか、最近は散歩の帰りに玄関から中へ入ることをやたらにいやがります。
「このままワシをほっといておくれ・・。もうそんなに長くないんだから自由にさせておくれ・・」
といっているようです。
今のうちに、アチコチ連れ出して、外の空気をいっぱい吸わせてやろうと思います。

そんな訳で、現在の吉田オヤジは、仕事もしないで自宅待機して、シェパ爺の介護に励んでいます。
こんなオヤジでも、一応家族からアテにされているのかなと前向きに思いつつ、一方こんな状態で、吉田家が生活していけるかどうか若干心配です。
もっとも、オヤジの稼ぎなど、最初からアテにされていないのかも知れませんが・・

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三原谷始末記最終回 

2011/11/11
Fri. 01:04

終わりよければ全て良し・・・ということで、
三原谷のイベント参加は、2日にまたがった搬出作業のしめくくりで、旧大森小学校玄関入口の両側に2点の彫刻を置いて帰ることになりました。

これで、兵庫県豊岡市竹野町にある、今は廃校になって様々なイベントや研修場として再出発した旧大森小学校と、島根県大田市大森町にある、大田市唯一の現役木造校舎大森小学校の、2つの大森小学校へ吉田の彫刻を置かせてもらうことが出来ました。

これも何かの縁だと、本人はとても喜んでいます。

関係の皆様のご厚情にあつく感謝いたします。
これから、何かと用事を作っては三原谷までチョコチョコおじゃまする口実が出来ました。
どうもありがとうございます。

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三原谷始末記その6 

2011/11/10
Thu. 07:02

彫刻家吉田の2011年行事は、三原谷の田んぼへの彫刻設置でだいたい一段落したかな・・という感じ。
設置から搬出まで全ての業務が終了してまだ10日くらいのことですが、ずいぶんと前のことのように思います。

三原谷では、確か5年以上は疎遠になっていただろうギャラリー風気の富森さんとも久々にお会いできたし、夜も遅くまで色々積もった話しをする事も出来ました。

島根へ帰ってから11月に入って、めずらしく万善寺の仏事が連日になって、その三原谷の報告事務処理が停滞してしまっています。
石見銀山や万善寺のあたりでは、あれだけ暑かった世間の秋もやっと平年並に落ち着いて、朝夕の肌寒さが実感できるようになりました。
チョット前まで半袖で過ごしていたのですが、さすがにそれも難しくなってきました。

この間、浜田のこども美術館の館長さんからメールが届いて、次回の小品彫刻展の日程が決まってきました。
これからは、その要項作成事務が忙しくなりそうです。

こうして毎日をチェックしてみると、暇にノンビリとのらり暮らしているわりには、結構マメに色々な用事を片づけているのだなあと他人事のように感心したりもします。

毎年、これから年末にかけて一年の溜まった疲れが行き場を失って絶不調の期間に突入します。
年々厳しくなって制御も難しくなっていますが、何とかしてノリ切るしかありません。
そんなわけで、今日はこれから一日、久々に工場へこもろうと思います。

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三原谷番外編 

2011/11/09
Wed. 07:06

三原谷のイベント「三原谷の川の風まつり」の時に、その第2会場になっていた「ギャラリー風来」の特設会場で見つけて、ワイフがとっても気に入って、今は彼女のおやすみグッズで手放せなくなってしまったそば殻100%の手造りまくら。

この間、久々に石見銀山の自宅でお昼くらいまでユックリできて、本当に、とっても久しぶりに朝ご飯の残りに自分で一手間かけたお昼ご飯を自宅で食べて、丁度ワイフも仕事で留守にしているし、そのそば殻まくらをチョットだけ拝借して寝心地を確認させてもらいました。

少年時代、まだまだ若かった万善寺老師夫婦の真ん中に入り込んで川の字で寝ていた頃に使っていたまくらを思いだしました。
その頃、なかなか寝つけないで布団の中でゴソゴソしていた私に、そば殻まくらをあてがって、
「そば殻の擦れる音を聴いてみなさい、すぐ眠たくなってくるから・・」
と優しく教えてくれたおかみさんを思いだします。

当時から、寺の方は稲作が盛んな農村地帯で、私が高校になって寺を出てからもしばらくの間老師夫婦が二人で小さな寺の田んぼを作っていました。
そのような環境ですから、まくらの材料はほとんどが籾殻。
日常使用ではその籾殻100%のまくらを手づくりしていましたが時々そば殻が手に入ることがあって、そのような時には、籾殻に30%くらい混ぜ込んだまくらを作り置きしたりもしていました。

籾殻は、ジャマなゴミが入り込むこともほとんどないので、古布で作ったまくら袋にザックリと入れ込んだらすぐ出来上がりますが、そば殻の方は、余分なゴミや蕎麦粉を取り除くのに何度も煮たり洗ったり乾燥したりして結構手間がかかったりもします。

籾殻まくらはいつまでたってもゴソゴソ擦れる音がかえって耳について寝つけなくなってしまったりもしますが、そば殻まくらの適度な音の感触は、なかなか味わい深かったりもします。

そば殻の音を聴きながらそんな昔のことを思いだしているうちにいつの間にか爆睡。
ヨダレがこぼれ落ちる寸前で覚醒。
かろうじて、ワイフのまくらを汚さないですみました。

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雨上がりの石見銀山 

2011/11/08
Tue. 08:35

久しぶりに石見銀山の朝を向えています。
大森小学校への集団登校を見送って、子供達の元気なおはようの挨拶を聞くと、今日も一日がんばろうという気になります。

石見銀山が世界遺産に登録されて、早いもので来年で5年を迎えます。
その石見銀山では週に2日ほど、燃えるゴミを出す日が決まっていますが、石見銀山観光のピークを過ぎたあたりから、逆に朝早くから観光さんのそぞろ歩きなど見かけることも多くなって、約1キロの町並みにゴミ袋の列が続く風景も観光さん達にとっては興ざめだろうと、大森町内の意見をくみ取った自治会協議会が行政と交渉した結果、町並みの中でコアな石見銀山観光スポットはゴミ収集を9時頃までに完了する事が決まりました。

一時期は裏山をねぐらにしているつがいの烏がそのゴミをねらったりしていましたが、最近では人間の方も知恵を出し合ってゴミ被害も少なくなってずいぶんと町並みがキレイになってきました。
その上、石見銀山に暮らす住民の各家々で軒先の掃除や手入れにそれぞれの意匠を凝らすなどして、町民の美的レベルもそれなりに向上しているように思います。
もっとも、「昼だけ町民」の商売業者さんも結構町内に点在しているので、その方々の美意識は若干観光シフトしすぎる傾向もあって、そのあたりの認識のズレが自治会長さんがたの悩みの種になってもいるようです。

その狭い狭い町並みを流れる雨上がりの用水路の側壁にしがみつくように咲いている花を見つけました。
例の如く軒先の履き掃除をしているワイフに聞いて見ると、どうやら日々草とかいう夏の花の名残のようだとのこと。
上流の何処かから流れ着いて根を下ろしたようです。

いつもだとこの時期は紅葉の観光シーズンで、冬支度も佳境に入っている頃だというのに、まだ夏の花が咲いています。

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万善寺の長い一日 

2011/11/07
Mon. 02:50

檀家さんの都合で、急きょ万善寺本堂で法事をすることが決まって、寺には位牌堂もあることだし、私としては全く問題がないので何の気なしに「あぁ~いいですよ」と引き受けてしまったら、60年間の長期にわたって運営を続けている東堂老師夫婦が久々に制御不能の動きをし始めて、前の日から収拾のつかない状態。

軽い気持ちで請け合った私の段取りなど全く無視でスケジュール調整の入る余地などなく暴走が始まりました。
万善寺は、船頭が3人になって沈没寸前。

昔ながらの経営を死守するおかみさんと、諸々の事前打合せを片っ端から忘れ去ってしまうアルツ老師の予測不能の行動と、仏事のお付き合いをとても大事にお考えの施主さんの間に入った私は、トンズラする分けにもいかなくて窮地に立たされてしまいました。

とにかく、色々あって一山越えた斎の膳で久々に思いっきり飲んだアルツ老師がハジケ飛んで、やっとの思いで連れて帰ると、久々のお参りを仕切ったおかみさんが機関銃の如きおしゃべりで一日をたたみかけ、私はもうフラフラ。

万善寺唯一の避難所兼書斎兼寝室に落ち着いて、久々のメールチェックをしていたら、これも久々にノッチから怪しげな写真が届いていました。

オヤジは大変な思いをしているのに、とってもお気楽なメールでした。
おかげさまで、複雑な心境ながら、それまで硬直していた私の顔面筋肉も若干緩みかけて引きつりぎみの微笑みが戻ってきました。
「ノッチ、どうもありがとう。少しは元気になったワァ。」
それにしても、iPhoneのカメラ機能での夜間撮影は無理があるね。

・・・・という事で、メール転記です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
スカイツリーどでかかった!!
でかすぎた!!
雨の日の夜に行ったけぇ見にくいけど…
がんばって!!
とりあえずでかかった!!
いやー、でかすぎた!!

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久々ジローキー 

2011/11/06
Sun. 07:07

おぼえてますかぁ~。

この間、三原谷のイベントで本当に本当にしばらくぶりにジローキー氏本人と会うことが出来ました。

そのジローキー氏とは、三原谷のイベントが「三原谷の川の風まつり」というタイトルになってバージョンアップする前の、まだ友達ネットワークで内輪のささやかな手づくりイベントを三原谷にある七つの自治会のひとつの谷で「ギャラリー風来」さんが主催していたお祭りだった時に、その会場でかなりつっこんだお話ができてから急速に地理的距離が縮まったように思います。

まっ、いづれにしても出会ったそもそものきっかけは、話せば長くなるのでカットすることにして、そのジローキー氏が表の顔・・つまり本業のカメラマンの腕を旧大森小学校の一室で披露していたわけです。
なかなかおもしろい展覧会場構成になっていて、とても楽しめましたが、中でも私の目を引いたのがこれ。

ハンガーにぶら下がったハンガーの写真が昔の小学校現役時代の名残の家庭科室のブリキのチリトリと微妙な距離をおいて並んでいる。

ジローキー氏の秘かなたくらみが見え隠れしました。
彼は、そのような人で、そのような写真家です。

ちなみに、世間では彼のことを「藤原次郎」と呼んでいます。
今では巷で有名になって「映像画家」になっています。
彼に興味のある方はこちらからどうぞ・・・

とわの映フォトログ「神と人の手仕事」2

何故か私のブログタイトルと微妙にかぶっていますが、残念ながら、私の方が後発で何の気なしに思いついたものを何の気なしに使ったら、後になって微妙なかぶりに気がついて、チョットまずいかなと思いつつ、一方でまぁいいかとさりげなく流してしまって、どうせ坊主だから三日くらいしか続かないだろうと簡単に考えていたら、いつの間にか日記のように続いている次第。

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チョットひとやすみ 

2011/11/05
Sat. 00:32

海坊主でもタコ坊主でもありません。
ただの坊主です。
・・・もっとも、その時の坊主は若干ゆでダコになっていたかも知れません。

そんな訳で、久々にラジウム鉱泉へ行ってきました。
前回はじゅん君と一緒だったのでそれ以来になります。

世間はとっくに秋になっているはずなのに、島根の石見銀山あたりはいぜんとして暖かいというよりは暑い日が続いていて、私など昼の間は未だに半袖で暮らしています。
万善寺の方も似たようなもので、最近続いている七日つとめも、衣替えした改良衣のおかげでおつとめのお経を読んでいるとジットリと汗ばんできます。

これから週末に入って、しばらく途絶えていた年回の法要が続きます。
それにあわせて、日頃の通勤坊主も寺暮らしに切り替わって、朝夕のおつとめが日常になります。
ワイフやキーポンとも少しの間会話が無くなってしまうので、温泉にでも浸かりながら疎遠になりがちな石見銀山暮らしの日常の埋め合わせをしておきました。

町内の空き缶回収やゴミ拾いのこと。
井戸神社で秋の例大祭があったこと。
大森町文化祭の開催内容のこと。
その文化祭出品の作品展示のこと。
キーポン達吹奏楽の各地文化祭招待演奏のこと。
ワイフの用事や仕事のあれこれのこと。
そのワイフが自治会長の駒の足自治会で音頭を取る妙見堂法要のこと。

・・・などなど、色々情報交換をしていると、田舎とは言え世界遺産の町でもある石見銀山の行事の多さに驚かされます。

聞くところによると、人口減少の加速する島根県が毎月実施している「島根県人口移動調査」の9月結果では大田市の人口が8人も増加していたとか・・
暗い話題が続いているなかで、地域限定ではありますが、久々に明るい情報が流れてきました。

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あつい一日 

2011/11/04
Fri. 03:52

少しは秋らしくなって見事な紅葉を期待しているのですが、なかなか島根の気候は思うようにうまくいってくれません。
奄美大島の方では季節外れの記録的集中豪雨になったとか。
タイの方も大変のようだし、地球の自然環境は確実に平常が狂ってきているように思います。

そんな中、末娘のキーポンが中学生最後の部活でソロコンサートの大会に出場してきました。

長男のじゅん君は、中学校でクラリネットを吹きはじめてからアッという間にその魅力に取り憑かれて、結局は高校大学と吹奏楽の世界にドップリと浸かることになって、未だに定職にも就かないでその日暮らし。
年に何回かある吹奏楽の大会や年末年始のコンサート等に照準を当てて好き放題に練習しながら気ままな日常を続けています。

オヤジとしては、そんなじゅん君に同類の匂いを感じつつ、一方であまりにもお気楽で自己中の彼の暮らしぶりにキーポンが影響を受けてしまわないかと心配のたねが尽きません。
この度のソロコンサート出場は、高校受験前の受験生でもあるキーポンにとって、正念場の一つといっても良いくらいで、場合によっては内申書を飾る成果の一つになるかどうかの大切な大会だったと思います。

10年ほど前のじゅん君が、キーポンの現在と重ったりして心の平静も穏やかならずといった感じでしたが、結果は見事銀賞。
中学校の文化祭のクラス発表合唱のピアノ伴奏もあったりして、手指の腱鞘炎を誘発したりして、なかなか集中した練習時間も取れまいまま挑んだ大会でしたがそれなりによくがんばったのではないかと、私の方は勝手に満足しています。

帰りの道中、石見銀山近くの街道沿いの温度計は26度。
開け放した車の窓から入る11月の風が気持ちよく感じた一日でした。

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彫刻搬出 

2011/11/03
Thu. 00:58

11月に入って少し落ち着いてからふり返って見ると、吉田家の今年の10月は、彫刻に始まり彫刻で終る、正に彫刻一色に染まった1ヶ月になりました。

三原谷のイベントで川向こうの田んぼへ彫刻展示をすませた後、そのまま六本木新美術館で開催中の展覧会へかけつけて、出品中の彫刻の撤収作業に入りました。

家族で石見銀山の自宅を出発して1週間近く彫刻に絡みながら旅を続けていることになります。

長男や長女がまだ小さかった頃は、このような彫刻絡みの家族旅行を年に数回くり返しながら西日本を中心にアチコチ移動していたものですが、子供達が大きくなって受験やら部活やらが忙しくなってくる頃から次第にその機会も少なくなって、気がつくとワイフや子供達を島根に残したままの一人旅が普通になっていました。
吉田家末娘のキーポンにとっては、今回のようなオヤジやワイフの事情にこのまま付きあわないでいると、益々島根から離れて家族で旅をする機会が遠のいてしまいそうなので、オヤジとしては今のキーポンが高校受験の大切な時期であることを百も承知で学校を休ませる事にてしまいました。

西の三原谷あたりで降っていた雨が少しずつ東へ移動していることもあって、六本木での彫刻搬出の当日はその雨模様を心配していましたが、吉田の日頃の行いのお陰で秋雨に遭遇することもなく、その上、キーポンもテキパキと要領良くマメに働いてくれて順調な撤収作業となりました。

展覧会場では、わがままな吉田に嫌な顔もしないで親切に付きあってくれる数少ない彫刻仲間のHさんやその奥さんとも会えたし、数年ぶりに久々のSさんも変わらない元気なお顔を拝見できて、島根からの片道1000kmを越える長旅の疲れなど一気に吹き飛んでしまいました。

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IMG_1400.jpg会場からの作品移動も無事終了して、あとはトラック積み込みを残すのみ

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三原谷始末記その5 

2011/11/02
Wed. 05:06

久々に大騒ぎをした次の朝は、何食わぬ顔で変身の蕎麦職人三輪さんと、もう一人の三輪さんが近くの山の清水で作ったコーヒーが、アルコール洗浄された胃袋に心地よくスルスルと入っていきます。

そんな訳で、三原谷の地域には、「三輪さん」がとても多いのです。
名字で呼ぶとみんながふり返ります。
だから、実行委員を始めとして、三原谷に住む方々は爺さんになっても婆さんになっても、子供の頃のように「なまえ」で呼び合っています。

そんなやりとりを聞いていたら、吉田家も石見銀山の皆さんも似た様なものだと気がつきました。
我々市井に暮らす一般ピープルの底力はそんなお付き合いから始まっているのかも知れません。

やたら「先生」が飛びかって、「せんせー」のひと言でみんながふり返ってしまう世界もある訳ですから、世の中なかなか複雑ではあります。

そんなことをボンヤリと考えながら東へ向って三原谷をあとにしてしばらく車を宮津方面へ走らせて、日本三景の一つ丹後天橋立へチョット観光。
何より、観光船の往来に橋が回転する光景が感動ものでした。
それが見れただけでも天橋立へ来たかいがありました。
これで、日本三景の2つを制覇しました。
残るは宮城の松島。何とかクリアーしたいものです。誰か彫刻と一緒に呼んでくれないかなぁ。

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IMG_1364_20111029100741.jpg交流会の次の朝、島根から稲ハデ設置でイベント参加の皆さんも酔いざましのひと休み

IMG_1373.jpg一方、教室展示の作家諸氏は委員長の小山さんや蕎麦職人変身の三輪さんと朝から一杯

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三原谷始末記その4 

2011/11/01
Tue. 06:55

黄色いシャツが今回田んぼを提供してくれた三輪さん。
豪快な酒豪で吉田もタジタジ。

彫刻を設置したあとの交流会は、イベントの主催者や地域の関係者、参加のクラフトショップの皆さんなどが集まって、とても楽しいひと時でした。
このあと、二次会に続いて三次会まで始まって、色々な意味で三原谷の奥深さを感じつつ、フラフラになってワイフとキーポンの元へ帰着したのでありました。

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IMG_1203_20111029095658.jpg珍しく一杯飲んで上機嫌の女流彫刻家吉田満寿美

IMG_1221.jpg各地から集まった作家やクラフトマンの皆さん

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2011-11