工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

年の瀬の朝 

2011/12/31
Sat. 10:11

地べたの見える年の瀬は久しぶり・・・
今年は珍しく穏やかな大晦日と正月を迎えられそうです。

万善寺の方は、島根県でも比較的雪が多い豪雪地帯です。
それでもひと頃に比べるとこの近年は積雪量も少なくなって、比較的過ごしやすい冬が多かったのですが、昨年一昨年と最近は年内の12月からドカ雪が降ったりして、ひと頃の大雪を忘れかけていた地域の皆さんは大慌てで冬支度にテコ入れをしたりしています。

何れにしても、地形の特性上冬の雪は避けて通れないところで暮らしている訳ですから、結局は雪と上手につきあって暮らしていくことになります。この時期に雪の無い時と同じような暮らしの便利さを望んでも仕様のない話しである訳ですが、寺暮らしの老師夫婦にとっては、年々冬の暮らしが厳しく老体にのし掛かってきます。
その反動がしだいに口数の多さになって出てくるようになって、傷のついたレコードの如く同じ話しのリピートがしばらく続きます。

延々と御付き合いしていたらそれこそ日が暮れてしまいそうなので、適当なところで切り上げて役僧のデスクワークに入ります。
年末の大仕事の一つが来年1年の年回の繰り出し。
檀家さんが100件を越えるくらいのお寺では、12月どころか11月のうちからそろそろ過去帳とにらめっこしながら年回のチェックが始まるようですが、万善寺のようなチッポケな寺では、ほぼ1日もあれば十分の仕事。
この度も、A4で2枚程度のデータベースで終了。
それでも一番古い年回で正徳3年の300回忌が1軒ありました。

今の自分がこの世に存在するのもご先祖様の出会いや暮らしがあったからのこと。
おおよそ100回忌を越えるくらいの年回は親族再会の祝い事にもなります。
年回法要の資金積み立てで今のうちからワンコイン貯金などを計画して年回命日を祝ってもらいたいものです。

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痴呆の雄叫び 

2011/12/30
Fri. 09:20

久しぶりの寺暮らし初日は、早朝からお正月用の餅つき。
もち米を蒸して初餅を造るに併せて般若心経で御祈念し、本堂や庫裡の各所へ御供えする数を用意します。

今のところは、餅好き東堂老師の御陰で難なくあれだけ多量のお供え餅を消費出来ますが、老師が餅を食べられなくなったらどうしようと、今のうちから悩みの種でもある餅つき。
不謹慎な話しですが、般若心経をよみながら餅の消費の祈念をしたりしてしまっています。

民衆信仰もあって「にくの日」つまり、「苦の二乗」に当たる29日は縁起の仏事を避けようということで、毎年万善寺では30日が餅つきに当日になります。
私の年末寺暮らしもその日を境に始まる訳で、二重生活をしている状態ですから、石見銀山の吉田家の年末行事のほうは、なりゆきでワイフの肩へ一気にのし掛かってきます。
本当に申し訳ないと思いながらも、こればかりはどうしようもなく、ひたすら頼り続けるしか無い状態です。

そんな状況の吉田家の年末は、いつもにも増して悩みの種が一つ増えました。
少し前にオムツデビューを果たした高齢犬シェパ君です。

このところ、毎晩のように正確なリズム間隔で2声「ワン!ワン!」と大声で鳴き続けて同居人の睡眠をジャマします。
ナイーブで高血圧の私は、とても彼の泣き声を子守歌に眠り続けられる状況ではなく、結局彼が寝つくまで何時間でも御伴することになります。
この間、ワイフがそのような吉田家事情をお医者さんに話したら、「それは痴呆症状の一つの現れですね」と診断が下って、睡眠薬を試すことになりました。
まさに、私が万善寺暮らしの前夜、その実験の当夜を迎え、丁度徹夜の年賀状書きのこともあって私が睡眠薬効果実験の高齢犬と一晩付きあうことになりました。

睡眠薬は、見事に効き過ぎるぐらいで結局彼はオムツをしたまま朝まで爆睡。
途中、息をしているか心配で何度か様子を見たりしながら、それでも無事に一晩を乗り切りました。
朝になってオムツを外したその場で大量のオシッコのおまけ付まであって、我が家の最長老はなかなか順調にそれなりの元気さを取り戻しています。

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ノッチの実態 

2011/12/29
Thu. 06:42

年末のドタバタで知らず知らずに目が血走っているのに気がついて、1杯の珈琲で気を静めながら一つ一つ用事を片づけていたら、またも知らず知らずに飲み過ぎた珈琲で胃の具合がおかしくなって、是はいかんと牛乳をがぶ飲みしながら年賀状を書いていたら、ますます腹の調子が悪くなって、慌てて書斎代わりの個室に駆け込んで、チョット落ち着いたところで目の前の文庫本の安西水丸に手が伸びて、気晴らしでもとチラリ読みはじめたら止まらなくなって、どうもキーポンの集中力の無さはオヤジ譲りかも知れないとふと思いはじめて我に返って、あわててデスクトップの前に座り直すと、久々になっちゃんからメールが届いていました。

久しぶりの休日でノッチの家へ遊びに行ったらしいのですが、結局は延々と部屋の大掃除が続いて、せっかくの休みは何処かへ消えてしまったようです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

のっちの部屋を大掃除して、買い物にも行かず、宅配ピザ食って今から帰ります!

○○○のこびりつきから、排水溝のヘドロまでかきだして、素手でカビキラーをやった挙げ句、手荒れ再発しました。
・・・・・

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それにしても、うら若き娘の部屋とは思えません。
何時までもこんなことだと当分嫁に行けそうも無いなとガッカリ。
もっとも、その前にそれなりの彼氏を見つけないことには話しが先に進まない訳ですが・・・
年の瀬に向けて、ますます気が重くなって、結局完全徹夜でこの時間。

これから一眠りして荷物まとめて寺移動です。

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師走の海 

2011/12/28
Wed. 08:16

今年も残すところ後わずか。

そんなある日、老師のお付き合いで通院の帰り、私の可愛い可愛いポンコツ君を当て逃げされてしまいました。
すれ違いのやっとな細くて、その上その日は雪が積もって、轍が3本の道で回避の停車をしていたら、ものすごい勢いで走ってきた軽自動車がすれ違いざまミラーをぶつけて走り去ったのです。

後続の車もあったりして追跡も出来ない泣くに泣けない状態で、ミラーがぶら下がったまま老師を送り届けてから修理に知恵を使った末、結局いつもの工場へ直行するのが早いだろうと決めて、アレコレ分解してチェックしてもらうも、アチコチのプラスチックパーツが割れていてどうしようもないということになって、それじゃあ「もう一度自分で直してみるから」と工場に移動してリューターで削ってみたりドリルで穴をあけたりして応急の修理をした後、接着剤の硬化を待つ間、年末の大掃除などをして気がつくと既に夕方・・・とても虚しい1日が終ろうとしています。

先の見えない寺の将来に、吉田家の家族を引っ張り出さないようにアレコレ工夫しながら仏事を切り盛りして1年が終ろうとしている今、どう考えてもこの無駄になってしまった1日が今後のスケジュールに影響することは避けられない状態。
とろけた脳味噌で今後数日のスケジュールを絞り出すために、ひとまず日本海を見ながら気持ちを落ち着けることにしました。
これからしばらくは山に隠る事になるので、2011年の見納めともなるだろうと、そんなことも思いながら、冬にしては比較的風も穏やかな波の動きを見ていると、年末用事のスケジュール整理をすることなど何処かに飛んでしまって、脳味噌休息。

いずれにしても、「なるようになるしかならない」ということは解ったような気がします。

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フライング ビス 

2011/12/27
Tue. 08:43

東堂老師の定期通院にお伴していたら東京のTさんから電話が入ってきました。

少し前に、注文を頂いていた把手を送付したばかりなのでどうしたのかなと思いつつ出てみると、
「あのぉ~、ビスが6本見当たらないんですけドォ~」

・・・おかしいなぁ~??
確かに20本入れておいたはずなんだけどなぁ~。

ヒョッとして梱包のドサクサで取り落としてしまったのかも知れないとその場は失礼をお詫びして、その後老師送迎の役僧任務を終了してから急いで工場にかけつけて先ずはビス探し。
見つからなければ再度塗装して送ろうと押え手段を用意してから狭い工場のアチコチ掃除しながら探したら、

・・・見つかりました!
私の梱包ミスでした。
その状況に何とも間の抜けた愛らしさがあって、思わずカメラをとりに走って記念撮影。
年も押し迫った最後の最後まで詰めの甘いオヤジなのでありました。

Tさんごめんなさい。これからあらためて送ります。
取り付けが終ったら、どんな感じになったか写真でも撮って見せて下さい。

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IMG_2096.jpg仕上げの最終調整を終わった把手たち

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寒気到来 

2011/12/26
Mon. 05:19

情報ではかなりの積雪になるようなことを言っていたので、輸入の名ばかりスタッドレスを心配してわざわざ2倍近い遠回りをして49日大練忌の仏事をお手伝いしてきました。

隣町の同宗の檀家さんからお招きを頂いておつとめさせていただいたのも、東堂老師が長い間マメに地域の組寺とお付き合いしてくれていたからだと感謝です。
最近は、3と7のつく年回法要も檀家さんの世代交代や意識変化などでお招きの機会がずいぶんと減ってきました。
そのような状態の坊主稼業、寒気が到来しようが雪が降ろうが、仏事ご招待を頂いただけでもありがたいことで何としてでも何処へでも馳参じます。

山間部の雪の1日を終って石見銀山へ帰ってみると、雪が降った痕跡だけが残る程度の曇り空。
ひとまず、島根県到来の寒波はそれほど厳しいものではなかったようです。

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吉田家のクリスマス 

2011/12/25
Sun. 01:30

このところせわしない日々が続いていて、今朝もキーポンが何時までたっても起きてこないから学校はどうしたんだと気をもんでいると、気がつけば世間は年末の3連休。
そういえば、石見銀山の町並みもいやに観光さんでにぎわっていたりして、なんだかんだあったけどおおむね平和な1年が終わろうとしている様子が見えてきます。

私の方は、工場の掃除や片付けをしながらちびちび鉄のクラフト小物などを造ったり、彫刻の小品のラフスケッチなどしたりしていると1日がアッという間に終わっていて、帰宅前の電源を落とした真っ暗な工場で鉄のアレコレにつまづいたりして痛い思いをしています。
出来たら年内に彫刻をもう1点造ろうと企んでいますが、この調子だとそれも難しそうです。

そんな状況の中、吉田家では今年も家族3人水入らずのクリスマスイブを迎えることが出来ました。
お決まりのおとうさんおかあさんサンタからのプレゼントをもらって大騒ぎのキーポンも、反抗期をひとまず何処かにしまいこんで機嫌もすこぶる良くてウキウキの夕食になりました。
ワイフの力作をとても美味しくいただくことも出来ました。
色々ありがとう、おつかれさんです。

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雪のクリスマス 

2011/12/24
Sat. 08:04

石見銀山ホワイトクリスマス・・・と言いたいところですが・・・

我が家の屋根を見上げると、雪が降るには降っていましたが、解け出したアイスのようなシャーベット状の雪がわずかに軒先のあたりへ張り付いていました。

さて、これから本格的な冬に突入の様子。
昨年はアッという間に降り積もった雪がそのまま根雪になって、久々に大変な思いをした冬でした。
今年はどんな冬になるのでしょう。

そんなことをボンヤリを思いながら我が家のクリスマスをチェックすると、
長男のじゅん君は、クリスマス目指してイソイソと彼女の元へ遠距離移動。
長女のなっちゃんは、浮いた話しもなくて仕事一筋。
次女のノッチはシェパ爺のオムツに大受けし、
末娘のキーポンは、サンタさんを一目見ようと夜も寝ないで朝寝をむさぼり、
ワイフはセッセと早朝からケーキ作り。
そして私は、夜通し鳴き続ける老犬に悩まされて睡眠不足。

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IMG_2114.jpg今夜のサンタさんはお忙しいことでしょう・・・

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大森小学校にぎやか食事会 

2011/12/23
Fri. 09:04

先日、石見銀山にある大田市唯一の木造校舎大森小学校で、毎年恒例の収穫食事会がありました。

大森小学校は毎年近所のお百姓さんのご好意で貸していただいている田んぼで米を作っていて、地域の有志の皆さんと一緒に田植えから稲刈りまで行っています。
自分達が刈り取った新米を使って、地域の婦人会考案の「掘り子結び」をみんなで作って食べます。
他にも、学校で育てている梅を収穫して「梅ジュース」を作ったり、育てたサツマイモを焼いたりと、結構1年中農作業にあせを流して収穫を楽しんでいます。
今年は、それに学校のお隣の畑を借りて蕎麦造りが加わりました。
校長先生の指導の元に、石臼で手引きした蕎麦粉を練って作った本格的な手打ちそばはとても美味しくて、おかわりまでしてしまいました。

まだ小学校の児童数が多かった頃は、子供達だけでランチルーム兼用の図書室がいっぱいになっていたのですが、そのうちだんだん児童減少が加速して、卒業式の無いここ数年が続いています。
そんな状況が続くなかで、しだいに地域の方々へ食事会のご招待が届くようになって、最近はそれが恒例になってきました。
こうやって、小学校から地域の方々がご招待を受け、お父さんお母さんも一緒になってにぎやかに食事をする機会を作っていただいている小学校に感謝です。

丁度その日は、寺の七日努めと重なってしまって、もろもろ仏事が終ってから大急ぎでかけつけました。
すべり込みセーフかアウトか微妙なところですが、腹いっぱい食べられて満足満足。
皆さんオツカレさんでした。

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IMG_2054.jpg子供達の汗や涙や鼻水で絶妙な出汁かげんの手打ちそば

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さりげないクリスマス 

2011/12/22
Thu. 07:57

いつものようにキーポンを中学校まで送って帰ると、吉田家の家前がさりげなくクリスマスバージョンになっていました。
ワイフの気配りでしょう。

このシーズン、島根県内をアチコチ移動していると電飾で飾られた家や町並みをよく見かけます。
この間、日が暮れて工場から帰りに郵便局が電飾で飾られているのを見つけました。
何となくウキウキしてしまいます。
一応私は坊主ですが、あんまりかたっくるしいことは避けて通っている方なので、世界の宗教行事大歓迎のNo problem!

これからワイフとキーポンへのプレゼント何にしようか相談です。
サンタさんのプレゼントとバッティングしないように気をつけないといけません。
そのあたりのチョイスが難しいですねぇ。

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おむつデビュー 

2011/12/21
Wed. 08:08

情報通のワイフが、ペット用のおむつを探してきました。

いやぁ~、日進月歩ですなぁ・・

今年の春先から遠出の旅行や外泊の時や重要な仏事の時はおむつをしておくようにしている東堂老師ですが、吉田家の最長老犬も、ついにおむつデビューをはたしました。

さすが、4人の子供を大きく育て上げたワイフです。
おむつの装着も手際良くチャッチャとすませ、思ったより嫌がらないで、なかなかかわいらしいスタイルになりました。

それにしても、一昔前までは想像もつかない光景です。
ペットの世界にも高齢化の波が押寄せているようです。
そのうち、ペット介護保険制度も検討されたりするかも・・

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オヤジの朝 

2011/12/20
Tue. 09:31

このところ、万善寺にいても石見銀山にいても、比較的良い天気が続いていて、そんな時は何となく家に引きこもってデスクワークをしているのがもったいない気がして、かえって落ち着かなくて思うように仕事がはかどらなかったりもしています。

たまたま平日の一日、ワイフの仕事がない日があって、これもたまたま私のデスクワークの巡り合わせで良い天気なのに終日引きこもりが重なって、久々に二人して一緒の時間を過ごすことがありました。
もっとも、ワイフの方は夜になってから自治会長の会議で出かけたりして毎日忙しく暮らしていることには変わりなく、そのようにこまめに働いてもらっているお陰で吉田家の家族が生き長らえていられる訳でもあります。

そして本日、家事と仕事を両立して日々のやりくりをしているワイフから、久々に朝の家事をお願いされました。
ここ数日、老犬の状態が昼夜逆転して、家族が寝ている一晩中鳴き続けたりして、犬の次に年寄りの私はなかなか熟睡出来ないまま朝を向えています。
20分くらいの真夜中の散歩タイムが連夜になると、かえって目が冴えてしまって、犬につられて夜型人間になりつつあるところだったので、朝の家事は私にとって気持ちや体調を切りかえる良い機会になりました。

「掃除洗濯家事親爺」で一つずつ片づけていると、次から次にアチコチ気になることが増えてきて、絶え間なく止めどなく延々と続きそうな状況にはまって、それに夜間徘徊している老犬のオシッコ掃除などが加わって収集のつかない状態になりはじめて気がつくと既に朝のティータイム。

結局全てが中途半端のまま何となく「やったごと」でオヤジの家事に切りを付けました。
ワイフの忙しさを身体で感じました。
本当によくやってくれていると思います。

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ちょっと寄り道 

2011/12/19
Mon. 05:50

Mさんご夫婦は、万善寺の檀家さんではないのですが、いろいろとご縁があっておつき合いさせてもらっています。
そして私は浄土真宗の坊主ではないのですが、いつも「ご院家さん」と親しく声をかけてもらっています。

田舎のことなので、そのような分け隔てのない仏事のつながりがアチコチあって、万善寺の東堂老師から住職を引き継いだあと、浄土真宗のご院家さんといっしょに阿弥陀経やら正信偈などをお唱えしたりもして、お互い仲良く異業種交流ならぬ異宗教交流などをしたりしています。

あれは、まだ汗ばむ日が続いていた秋口のこと。
七日のつとめや寺の作務のことで頻繁に石見銀山と万善寺を往復していた時、国道の脇へ小さなA型看板を見つけました。
あまりに小さくて時速50kmでも何が書いてあるか確認出来ないほどだったので、なかなかその実態を把握出来ないまま時が経ち、やっとこの間隣町の同宗副住職さんから、
「あれは、道の駅のレストランを切り盛りしていたMさんご夫婦が独立されたお店ですよ。結構オシャレで田舎では珍しいんでご近所のお年寄りにも好評らしいですよ」
と情報が入ってやっと納得。

早速仕事の合間に改良衣に絡子(らくす)掛けの場違いな格好のまま立寄ってみました。
「どうせ定年まであと少しだし、このまま年取るのもいやだし、今だったらやりたいことでまだ踏ん張れるかなと思って」一気に冬になる前のオープンをめざして新築開店したのだそうです。

おすすめは薬膳料理のコース。
コーヒーもなかなか美味。
予約をもらえば各種宴会やパーティーも受けているのだとか。

あれから既に数回、お店近くの仏事の後に焼香銭の小銭をにぎりしめて通っています。

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IMG_1907.jpg小高い丘に建つおしゃれなレストラン

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オヤジの個室 

2011/12/18
Sun. 06:56

書斎をキーポンにゆずってから早いもので一週間近く経ちました。
その間に中学校の三者面談があったりして、吉田家は次第に受験環境が固まりつつあります。

今回の書斎開放も、彼女のための子供部屋がないわけではにのですが、長男のじゅん君が同居するようになって環境が急激に劣悪化してしまったのです。
結果、まずキーポンが弾かれ、次にオヤジが弾かれたという訳です。

現在のオヤジのデスクは居間の出入り口になりました。
キーボードをたたいていると、後ろや横を吉田家の家族が通過します。
生き返った老犬までベタベタと擦寄ってきたりします。
そんなこんなで事務仕事になかなか集中出来ない時があったりすることが若干増えたような気もします。
そのような時は、気持ちの切りかえに個室へ逃げ込んだりします。
ひと頃は、独学のパソコンの逆引き本を持ち込んで勉強したりもしていました。
新書本の時もありましたが最近は短編小説を持ち込んでいます。
このところのマイブームが藤沢周平。
ついつい引き込まれて思わず長居をしてしまいます。
度が過ぎると今度はその個室からも追い出されてしまいそうなので、とても慎重にさりげなく隠ってます。

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日本海冬景色 

2011/12/17
Sat. 10:26

気がつけば10時過ぎ・・・
久々に朝寝坊してしまいました。
なんとなく朝かなぁ~と思いつつ、隣でスヤスヤねむるキーポンがいるので、まだ登校時間前だろうと安心して付きあっていたら、何と土曜日ではありませんか。

そういえば、昨日2学期最後の三者面談があって、キーポンの高校進学の最終調整やら成績や学校生活の報告やらで久々に担任の先生とお話ができて、あとは「セッセと受験勉強に取り組むだけです」と、当然のお話しを頂いてきたばかり。
忘れていましたが、もう、しばらくは吹奏楽の部活もなくて久々の土日休日になっていたわけです。

それにしても、昨日の島根あたりの日本海は久々に荒れ模様で、車で走っていると海岸の砂が横殴りに飛んできてフロントガラスをバチバチたたきます。
年末の支払いを今週中に済ませておかないと、来年になって口も利いてくれなくなってしまいそうな業者さん巡りでその日本海側の9号線を行ったり来たりしたところです。
ひとまず重たい借財は何とか回避して、少し気が楽になって、工場に戻って溶接機などの掃除をしたりして年末の片づけをしながら、一方で作りかけの鉄仕事で溶接などしていたら、何とキーポンの面接時間が迫っていて大慌て。

心身共に荒れ狂う日本海の如き大慌ての1日が過ぎて、何となく疲れて眠りこけていたら、久々に老犬がらみの大騒ぎがあって、それから目が冴えて結局寝ついたのが4時半過ぎ。
そんなわけで、今日は朝からボーッとした1日が始まってます。
こんな時はケガに気をつけなければいけません。
いつもより早めに帰宅してデスクワークに切りかえようと思ったりもしているところです。

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広島展覧会情報 

2011/12/16
Fri. 08:50

この数年間、広島の方へ巡回の美術展へ小品の彫刻を出品しています。

私の乏しい美術界の情報知識ですから、あまり正確で客観的なものではありませんが、日本でも中国地方は美術家というと洋画にしても日本画にしても絵画作家がとても多くて、彫刻を制作している作家が少ない地域だと思っています。
その中でも、瀬戸内あたりの岡山県や香川・愛媛など良質の石材が産出される地域には私の暮らす島根県とは比べ物にならないほど多くの彫刻家が集まって精力的に制作活動を展開していて羨しいかぎりです。

近代日本を代表する彫刻家の一人ともいえる平櫛田中さんは、岡山県の井原で生まれ広島で育ち大阪で彫刻の勉強をし、100歳越えるまで制作活動を続けた木彫の巨匠です。
中国地方はその平櫛さんをはじめとして、多くの著名な彫刻家が育っている地域でもあるわけなのですが、残念ながら実際には彫刻文化の地域浸透は微弱なもので、島根の片田舎で細々と制作を続けている彫刻家のハシクレも自らの非力さを痛感したりして反省の日々を過ごしています。

そのようなこともあって、彫刻愛好家も含めてすこしは彫刻人口が上向きになればいいなという細やかな願いも込めて、最近はあまり発表のより好みをしないでお声がかかれば鉄の彫刻と一緒にアチコチ出かけるようにしています。
広島の展覧会もその一つで、まだ年明け早々1月のあわただしい時期でもありますが、八方やりくりして小さな彫刻を持っていこうと決めました。
今のところ、万善寺の仏事と重なることがなければ最終日には会場へ出かけようと思っています。

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チキン犬 

2011/12/15
Thu. 08:52

このところ続いている七日つとめの曜日に合わせて、老師夫婦を近所の診療所までつれていきました。

診療日当日になって朝から着替えなどでウキウキしている寺のおかみさんを見ると、毎月の診療予約のやりとりで次の1ヶ月の生きる目標が決まって安心出来るのだろうと思ったりもして、地域の医療サービスのありがたさを痛感します。

年末になって診療所の通院にお伴しようと決めたのは、介護申請の手続きの相談というより下話をしようと思ったからです。
老化の進行は人それぞれでしょうが、老師夫婦もだんだんそのような話しをしなければならなくなった年齢に達しているということなのかも知れません。
当事者はもちろんのことですが、周囲の人間もなかなか簡単に割り切れないむずかしい心理状況で、なんとなくその日1日をゆらゆらと揺れながら過ごしてしまったような気がします。

一方、石見銀山の吉田家もそのような介護の手間がかかる年寄が何度も生死の境を経験しながらもひとまず健在で、こちらのほうは、我慢出来ないシッコとウンコの始末で朝晩面倒な思いをしています。
ひと頃は、自分の不始末をすまなそうに耳や尻尾を下げて反省の様子を見せたりしていましたが、最近は堂々としたもので、ワイフや私がセッセと水を流したり雑巾掛けをしたり掃き掃除をしたりしていても、知らんフリで眠りこけたりしています。

つまり、あの老犬が三途の川を渡ることが怖くてビビって大騒ぎをしてこの世に戻ってくる訳です。
犬なのにチキンなのです。

この調子だとクリスマスにサンタさんがシェパ爺好物の犬缶を届けてくれるかも知れません。

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書斎開放 

2011/12/14
Wed. 03:28

年末から寺暮らしが始まるので、このところ昼は造って夜はデスクワークの暮らしが続いています。

現代彫刻小品展も来年の開催日程や会場がほぼ決まり、この間その作品出品依頼第1弾の発送をすませました。
その後、サボっている訳ではないのに遅々として事務処理が進まないのでどうしたものかと状況を反省してみると、どうも昼の疲れが足を引っ張っている様子。
キータッチの打ち間違いが連続するともう目が泳ぎはじめている証拠です。

最近は、そんなヨレヨレオヤジといっしょに狭い書斎の炬燵勉強が日常化してきたキーポンですが、まだまだ受験勉強に気持ちが乗らないですぐに集中の糸が切れてしまいます。
二人して時々気晴らしの大騒ぎをしながら書斎に引きこもっているとワイフの逆鱗に触れて家庭内が険悪な雰囲気になってきたので、色々考えたあげくの苦肉の策。

当分の間、オヤジの書斎をキーポンに明け渡すことにしました。
半日かかって移動した先は、ほんの2mばかり離れた我が家のリビング。
薪ストーブの暖房をたよりにチビチビ仕事を片づけていたらすでに丑三つ時。

狭い吉田家をアチコチ放浪しているジプシーオヤジが今度書斎に戻れるのは何時になるのでしょうか?

2012作家依頼書

IMG_1931.jpgしばらくは炬燵デスクともお別れです

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ワイフの休息 

2011/12/13
Tue. 08:38

ワイフはどちらかというと日頃からあまり多くを語らない無口な方で、そのせいもあるのか、家事も人にたよらないで自分の頭の中で組み立てたスケジュールをコツコツと一人で片づけていくことがほとんどです。

自分で言うのもどうかと思いますが、実は私もどちらかというとワイフと似たようなところがあって、勝手に一人で納得しては、これといった家族の会話もないまま独断で行動したりしてヒンシュクをかったりしています。
自分の性格を反省しつつ、家事に関しては出切るだけワイフの迷惑にならないように一応気を使ったりしているつもりです。

そんな吉田家の年末ですが、なかなか思うように1年のあれこれが片づかないで困ってしまいます。
何時もこの時期になると感じてしまうことですが、表面的にはまた昨年と似たような暮らしぶりになってしまいました。
ところが実は、私の中ではとても大きな変化があるのです。
万善寺の副住職から「副」がとれたということ。
これまで気楽にお付き合いしていた様々な仏事のことも、今年に入ってから寺の運営業務や維持管理、檀信徒さんや教区寺院とのお付き合いなどが一気に降りかかって、諸々の役僧業務が私のとろけた脳味噌からこぼれ落ちそうになっています。老師夫婦のお世話も次第に増えてきました。

そのような巡り合わせなのでしょうから今さらどうなる訳でもないのですが、一方でワイフへの負担も増えてるなぁと痛感します。
そのワイフが忙しい毎日の合間を上手に使って、最近よくシホンケーキを作ってくれます。
日頃の様々なストレスを口に出さない彼女にとっては、ひょっとしたら台所に立つことや料理をすることが何かのはけ口になっているのかも知れません。後ろ姿にはやはり溜まった疲労や悩みが見え隠れしたりもしています。
私の方はこれからしばらくは、寺の年末行事で石見銀山が留守がちになるでしょう。
彼女にはもう一踏ん張りしてもらわないといけません。

そんなわけで、彼女の休息には気休め程度でしょうが久々に台所に立ちました。
「シイタケはイヤだ」などとワガママもののキーポンの向こうを張って、米粒のように刻んだ椎茸をタップリ入れたオムライスを作ってやりました。
「ニンジンが固い」とか「この黒い粒は何だ」とか「味が薄い」とか文句ばかりいっていましたが、それでも満腹したようです。
ワイフの方は「・・・」といった状況でした。

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IMG_1961.jpgキーポンのリクエストで作ったオヤジのオムライス(鳥肉無し・椎茸入り)

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地域参観日 

2011/12/12
Mon. 08:55

キーポンの通う中学校で「地域参観日」がありました。
大森小学校に通っている時も確か地域の皆さんへの学校公開日があったと思うので、ヒョッとしたらそのような取組みは島根県全域の義務教育で行われているのかも知れません。

長男の頃から続いている地域の学校との付き合いも、キーポンが卒業すると絶えてしまいます。
吉田家の4人の子供が小学校や中学校へ通っていることで、地域の大人の付き合いもかなり広がって、車ですれ違ったり、町で出合ったり、時には仕事でお世話になったりと、ひとみしりでシャイな私でも笑顔で挨拶を交わすまでになったたくさんの知人や友人や飲み友達が出来たりしました。

石見銀山に住み着いてほぼ20年になりますが、それまでの吉田家は家を変わるたびに子供が一人ずつ産まれるといった浮き草根無し草の暮らしが当たり前のように続いていて、親しくお付き合いをさせていただいていた方々も、転居と同時に疎遠になったりしていたものです。

この度の地域参観日は人権週間の期間中に行われ、学校全体で学習する人権集会を見学させてもらいました。
案内のプリントには論語の一節が引用されたりしていて、私が小学校の頃に図工を教えてもらっていた、何かと言うと「しいわぁ~く・・」と始まる教頭先生を思いだしたりしました。

「君子は周して比せず、小人は比して周せず」

全校生徒39人の小さな中学校へ通う現代の子供達にとって、少しだけその気になれば結構その言葉が日常の学校生活の中で実践出来る・・いや、むしろ既に様々な場面で実践出来ていると感じてしまったのは私だけではないと思います。
中学校での友人関係に関する様々な諸問題をアンケートにまとめ、分科会までひらいて全体集会で意見発表する中学生達とそれを支える先生方に感心し感動した半日になりました。

甘えん坊でワガママで自堕落な吉田家でのキーポンが、少しだけ年相応なしっかり者に見えたのは幻ではないような気もしてきました。


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IMG_1929.jpg校長先生のお話しも心にしみました

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皆既月食 

2011/12/11
Sun. 08:44

やっぱり島根県は裏日本ですなぁ~。

この間から続いている雨交じりの曇り空は時々雪が舞ったりして、軽い冬型の天候。
工場で下ばかり見ながら仕事をしていると、次第にその体勢で身体のアチコチが固まっていたりするので、思いだしたように外へ出て身体を動かしながら空を見上げても、小雨がぱらつくどんよりとした曇り空が見えるだけ。

雨に濡れてどんどん湿ってくる薪を心配しながら仕事をした後、1日が暮れて帰宅すると、しばらくぶりに東京暮らしのお姉ちゃん達から相次いでメールや電話が入ってきました。

ノッチの方は、あの皆既月食撮影に見事成功。
「今、月食見えてるから早く外へ出てみんさい!」
と電話口で大騒ぎするので、どうせ島根県は曇り空で月も見えてないだろうにとあきらめつつ、それでももしかして晴れてるかもしれないと細やかな期待をしながら、子機と一緒に石見銀山の町並みへ出て見ると・・・
「あぁ~、見えた見えた!月が半分欠けてるぞぉ~」
隣近所の迷惑もしばし忘れて夜の石見銀山でキーポンと一緒になって子機の向こうのノッチとしばし大騒ぎ。

ものすごい確率です。
その後、ワイフは結局月が何処にあるのかも分らず仕舞い。
石見銀山の皆既月食はほんの一瞬のチャンスだったようです。

なっちゃんからはスッキリ晴れた東京の青空スナップが届くし、狭そうに感じる日本も、こうしてみるとなかなか広いものですなぁ。

ノッチ撮影:皆既月食
image_20111211084550.jpeg私が撮ったやつ!!!!

image 2これも撮ったやつ!!!!

なっちゃん撮影:東京の青空
2011112611500000.jpgお久しぶりです♪

最近旧友巡りをしてるみたいですが
そろそろ天に召されるんですか?

健康診断はきちんと行きましょう(T-T)
孫が産まれるまでは生きててくださいね☆

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冬の虫 

2011/12/10
Sat. 07:18

このところ急激な天候不順で、一気に冬が来た感じの島根県です。

寺の老師夫婦の暮らしはというと、雨の日は雨なりに、晴れの日は晴れなりに、雪の日は雪なりに、その時々出来ることを探しながらの一日が始まって終わる、とてもシンプルな生活に慣れていて、平成の世になってもそのような暮らしぶりは大きく変わるどころか、よりマニアックに強化されつつあるようにも感じられたりします。

一方、世間の常識的な日常にどっぷりと浸かって暮らしている私の方は、チョット目には定職というと坊主家業くらいの気楽な暮らしぶりに見えるかもしれませんが、そこはそれなりにあれこれ多方面に気を配りながら結構せわしなく家の内外の用事を片付けたりしています。

この間、老師の通院に付き合っている最中に、行きつけの製材所のお姉さんから電話が入ってきました。
「2メートルの製材落ちが溜まったんだけど要りませんかぁ・・」
その製材所には吉田家のじゅん君よりちょっと若い知り合いのお兄さんがいて、私の面倒な個人的お願いをちょくちょく引き受けてくれたりするのでとても助かっています。
秋口に「松の小割りが集まったら教えてネ・・」って声をかけておいたのを覚えていてくれて、それからセッセと製材落ちをためていてくれたのです。
冬のストーブ燃焼効率を上げるためにとても重宝していて、いつもの真木の薪にその小割りを2~3本足してやると一気に火力が強まります。

そんな訳で、空の様子を見ながら工場の内と外を、鉄と松の製材落ちを行ったり来たりしながらアレコレ作業をしていたら、強烈で耐えきれないほどの激痛が革手袋の左手に走って一人で大騒ぎ。
最初グラインダーの鉄棘が刺さったのかと探しても見当たらず、激痛はどんどん激しくなって、そのうち小さなポッチが2つ浮き上がって来ました。

どうやら、木の中で冬眠をむさぼっていた夏の虫を怒らせてしまったようです。
その後、どんどん膨らんで赤らんで水ぶくれも出来て、ハンドルは握りにくいし指先に力が入らないし、さんざんな状態です。
虫は冬でも生きています。侮ってはいけません。

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石見銀山雪景色 

2011/12/09
Fri. 08:26

雨風の音でなかなか眠れない夜が明けて駐車場まででると、車のフロントにうっすらとシャーベット状の雪。
何時も通りキーポンを中学校まで送っていくと、通学路の正面に見える石見銀山の仙丿山が雪で真っ白。

夜の間、世間がうるさかったのは寒気の流れ込みのせいだと分りました。

例年だと、石見銀山あたりも12月に入ってすぐに1回グッと冷え込んで雪が降ったりするものですが、今年は比較的暖かい日が続いていてストーブのお世話にならないですむ朝が多かっただけに、「やっと冬が来たかぁ」という感じです。
それでも、キーポンを送り届けて銀山の町並みまで帰ってくると雪が雨に変わっていました。まだまだ冬も序の口といったところです。

これから雨の中を冬タイヤに交換です。
韓国産の輸入タイヤは、たった1年のシーズンでかなり溝が浅くなりました。
日本の有名メーカーの3分の1の値段でしたが、性能もそんな感じで比例しているようです。
同じタイヤで1ヶ月後の車検が通るか心配です。
昨シーズンは絶え間なく降り続く大雪で、寺の辺りも石見銀山も日常の暮らしが乱れて大変でしたが、これからの冬はどのようなシーズンになるのでしょう。

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じゅん君を探せ! 

2011/12/08
Thu. 08:23

吉田家で同居しているはずなのに、なかなか出合うことのないじゅん君です。

そんな状況なものですから会話もほとんどなくて毎日何をしているのか、これからどうしようと考えているのかよく分からないまま年も押し迫って今年も終ろうとしています。

そんなある日、キーポンの通う中学校の音楽の先生を通してコンサートのポスターやチケットが届きました。
よく見るとそこにじゅん君がいます。
このところずいぶんと長い間彼のクラリネットの音を聴いていませんが、どうやら久々に演奏するようです。

もっとも演奏会の当日は、まだ万善寺の正月年始も続く松の内で、昼の演奏会に出かけられるかは微妙な状態です。
冬の最中でもあるし、好天を祈りつつ、自宅前のいつもの場所にワイフが張り出したポスターを眺めたところです。

チケットの方はまだタップリあるようなので、興味のある方はワンコインをにぎりしめてご一報を下さい。
どんな遠くまででも、オヤジが心を込めてチケットをお届けします。

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経過観察 

2011/12/07
Wed. 00:03

東堂老師がアルツ初期と診断されて早いもので半年が経ちました。

その、半年後の検診があって結果を聞きに病院まで出かけると、駐車場も満車状態のにぎわい。
たまたまその日に遭遇したのか、時間帯の問題なのか、とにかく病院が通院の人々であふれかえっていました。

老師は患者さんのことを「お客さん」といっていて、「今日はお客さんが多いのぉ。見てもらうまで時間がかかるでぇ~」といっていましたが、案の定待ち時間2時間。
診察時間はそれでも結構長くて20分は色々とお話や書き物をして過ぎました。

その検査結果は、数値上で半年前より若干好転。
私の素人診断だと見た目は変わらないと思いますが、それが要するにこの病気の場合は良いのだそうです。
病状が進行すると表情に変化が現れて、少しずつ顔つきが変わってくるのだそうです。
結局経過観察ということで半年後の検査スケジュールを決めて診察終了になったのですが、なんとなく明るい気分になって、老師の方もそうだったのでしょう、遅めの昼食も「うまいうまい」となかなかの上機嫌と食欲でした。

寺までの帰り、いつもと違ったコースを辿って、完成後の試験湛水にあまり思わしくない結果が続いている志津見ダムを見学したりして寺まで帰りました。
サインには色々なことが書いてあっても、内容が専門的であまりよく分かりませんでした。
なかなか思うように水が溜まらない状態が続くのは、ダム底の何処かから水が漏れ出ているのだろうと噂が広がっていますがそれも本当かどうかよく分かりません。

何れにしても、ダムの御陰で地域の雇用が増えたことにはなっているようです。
ダムのない頃は狭い狭い曲がりくねった山道しかなかった志津見のあたりも、立派な道路が出来て住民の暮らしは結構便利になったと思います。
もっとも、ダムのあたりは年々人口減と高齢化が進んでもいるようで、今後どれだけの人がダムの恩恵に預かれるかは未知数です。
結局今のところ、東堂老師と似たり寄ったりの経過観察という状態なのでしょうか?
・・・老師はともかく、ダムに興味のある方はこちらの方へでも訪ねてみて下さい。

http://www.cgr.mlit.go.jp/hiikawa/

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おおもりっこ発表会 

2011/12/06
Tue. 06:39

石見銀山は、島根県のヘソのような場所に位置していて、そのまた石見銀山のヘソのようなところに全校生徒18人の小さな木造校舎の大森小学校があります。

世界遺産の町でもある石見銀山は行政上では「大森町」と呼ばれていて、時代が江戸になってすぐから「天領」として幕府直轄の支配を受けていた関係で、日本が明治になって、幕府が解体して時代が近代になって、西洋の政治が流れ込んで、しばらくの間「大森県」の時代があって、その関係で裁判所をはじめとした国の出先機関が狭い石見銀山の谷にひしめいていたこともありました。

ややこしい話ですが、そんな過去の歴史のこともあったりして、お年寄りの皆さんは「大森銀山」と読んだりしてもっとややこしくなったりしているのが実情です。
人口400人足らずのそんな小さな町で、学校統合の急流にしぶとく踏みとどまって存続を維持しているのが「大森小学校」なのです。

先頃、その大森小学校の子供たちと職員の皆さんが、日頃の学習の成果を町内の皆様へ披露してくれました。
「おおもりっこ発表会」は、もうずいぶんと長く続いている小学校の年中行事で、町内の皆さんもその日を楽しみにして毎年会場に足を運んで子供たちの色々な発表を楽しんでいます。
私のその一人。
自分の子供が小学校へ通っている頃から特に忙しい用事がないかぎり、ほぼ毎年子供たちの元気な姿と成長の様子を見させてもらっています。

昔、発表会でステージに上がっていたかわいい子供が、立派に大人になって今では自分の子供がそのステージに上がっている・・などといった光景も見られたりして、時代の流れを感じたりもします。
今年度は6年生がいないので卒業式がなくて少し寂しい気もします。
でも、毎朝元気に吉田家の前を登下校している子供たちの姿を見ると、自分も一日がんばろうとやる気が出ます。
ここだけの話ですが、やっぱり毎日ジジババばかり見て暮らすよりはいいものです。
これからも子供たちの元気な声が聞こえる町が続いてほしいものです。

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ゆるやかな時間 

2011/12/05
Mon. 08:42

萩から日本海を左に見ながら東へ小1時間も走ると島根県の益田市に到着。

数年前までは美術館での展覧会に彫刻を展示したりしてお世話になっていましたが、このところ彫刻と一緒に益田まで行くこともなくなって、縁遠くなっていました。
そのようなところへ、西の方からたどり着いたのはお昼過ぎ。

益田には美術関係の知人もいますが、何といっても私にとって人生の師匠のような大切な友人がいるので、素通りすることは出来ません。

そもそも、私がしぶとく今のポンコツ君に乗り続けているのも、そのご主人から譲り受けたトヨタのハイラックスとの出会いがあったからです。
私のように公私入り乱れて便利に使い倒す仕事車には、乗用車のようなトラックの使い勝手がとても良くて、その後現在まで乗り換えの車は全てそのタイプになっていて、気がつくとすでに3代目になっています。

そのご主人の若い頃は京都暮らしで、その時代に庭の仕事を覚えて、それが島根の益田に帰省してからの生活の糧になっていて、自分たちの暮らす家も全て自分たちで手づくりしたものです。

こじんまりとしたリビングは、吹き抜けになっていて、その窓際にはシーズンになると薪ストーブが鎮座します。
もう、何十年もその様子は変わらないで続いていて、時々訪問するとその都度若干家具の配置が変わっていたりする程度で、今回の突然のアポ無し訪問も、柱に取り付けた手挽きのミルで挽きつぶしたコーヒーと、奥様手づくりのクッキーが何時ものように変わりなく出て来ました。
変わったことといえば、一人娘さんが立派に社会人になって京都暮らしをしているということと、年々大きく育つ庭木の森くらい。

お互いにみんなで一緒に同じだけ年を重ねているはずなのに、しばらくぶりに逢ってみると時間の空白がアッという間になくなってしまいます。
その日一日を大切にしてシンプルに慎ましく暮らすスローライフのお二人に、ドタバタとアチコチ落ち着きなく動き回り、周辺の些細な出来事にアタフタしながら暮らしているばかりのチキンオヤジは、頭が下がる思いです。

まさに「日々是好日」
お二人の暮らしを訪問するたびに何か一つずつ勉強を重ねて帰ることが出来ます。
私にとってはかけがえのない大切な友人のご一家です。

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IMG_1746.jpg奥さんから美味しい手づくりのクッキーとコーヒーでおもてなし頂きました

IMG_1747.jpg吉田家の薪ストーブの原点です

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萩の空 

2011/12/04
Sun. 07:39

しばらくご無沙汰・・・といっても、かれこれ10年近くなるのではないかと思えるほど長い間、萩に行くことがありませんでした。

それは何故かと今になって色々考えてみてもこれといって思い当たる節もなく、強いていえば、ようするに日々の暮らしのなかで「萩まで行かなければいけないんだ!」という強い思いが忙殺されてしまっていたということでしょう。

萩には、私にとってかけがえのない友人がいます。
萩焼の作陶家内村幹雄氏です。
ひと頃は、彼の穴窯で焼成の勉強をさせてもらったりもしました。
お互いに子供の年齢が近いことや、島根から萩までの距離が日帰りの小旅行に最適だったりもして、家族ぐるみのおつき合いをさせてもらっていました。
そして何より、思っていることや造形の嗜好がとても似通っていることがお互いを引きつける大きな要因になっていて、そのことで私の心が内村さんに引きつけられていることは間違いないことです。
吉田家にはそんなおつき合いの中で少しずつ収集した彼の器が大小いっぱいあって、美味い酒が飲めるのも、何とも味わい深い手の跡の残る彼の萩焼の御陰が多分に影響していることは確かです。

九州からの帰りに何時もは素通りしているジャンクションを左にそれて日本海へ北上する道に乗ったら、ビックリするほどキレイに整備された自動車道が出来たりしていて、予定の時間を大幅に短縮して萩の内村さんの工房まで到着しました。

工房の窓ガラスの向こうに見えた彼の大きな後ろ姿は昔のままで、自分のことを覚えていてくれるかドキドキしながらコンコンと窓ガラスを叩いて訪問を知らせると、ふり返った彼の顔がとっても驚いた笑顔に変わったので、しばらくぶりの時間の溝が一気に埋まりました。

忙しそうな仕事の手を休めてお昼前まで私につきあってくれて、色々お互いの積もった話をして、吉田家の内村コレクションを若干補充して別れました。
今度は何時あえるか分りません。とても貴重な時間になりました。
萩の空はうろこ雲。海は風もなくてとても穏やかでした。

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のんびり走破600km 

2011/12/03
Sat. 08:16

少しだけ仮眠していると、今回の旅の相棒ストウさんから「あと1時間くらいで到着しまぁ~す」と電話が入って、それから夜中にゴソゴソと準備開始。

今回は、九州在住の彫刻家の作品を返却するもので、おおよそ片道300kmほどの旅になります。
ここ数年、毎年のように九州まで往復していて、その時の相棒はだいたいがストウさんに定着し始めています。

ちなみに、これまでの旅は、筑後の木彫家Sさん家を訪問したり、宇部の野外彫刻公園を見に行ったり、世界遺産で日本三景の一つの宮島を観ながらコーヒータイムを堪能したりと、気軽なオヤジの二人旅が続いています。

そして今回は、ワイフの愛情たっぷり巻き寿司弁当を抱きしめて石見銀山を出発。
島根県から九州の福岡まで深夜の高速道を一気に走り抜けたポンコツ君は、アチコチからガタピシ異音を発しながらもなかなか快調で、早朝7時前には現地到着。
どんよりと曇った島根県の空を見ながら、荷物の雨よけ梱包をきっちりしておいたのが全く無駄になって、九州はとっても良い天気でした。裏日本の実態を体感した朝でもありました。

早速、ワイフの巻き寿司朝食をぱくつき、腹ごしらえもパーフェクト。
彫刻家のKさんとは久々の再会で、しばし時の経つことも忘れてくつろがせてもらったあと、九州を出発。
今回の目的地、山口の萩を目指して、昼に近い朝日に向かってポンコツ君を走らせたのでありました。

以下、次回へ続く・・・

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オヤジ走る 

2011/12/02
Fri. 00:43

12月早々、世間の「師走」の向こうを張って東堂老師と「親爺走」の1日を過ごしてきました。
例の如く走行距離180km越え。
12月は、あと2回もこのような病院通いが決まっています。

まともに稼ぎの仕事も出来なくて、このままでは安心して年越しが出来るか不安になってしまいます。
そんな感じのまま、何となく疲れ気味で暗くなってから帰宅したら、ワイフがセッセと巻鮨を作ってくれていました。
茶わん蒸しまで付いて、メチャクチャ豪華です。

実は、今回の「親爺走」はまだ序の口。
夕食後に若干仮眠して、丑三つ時をみはからって九州へ向けて彫刻運搬の旅に出発するのです。

巻鮨は車中の朝食代わり。
暖かいコーヒーも出来て準備万端です。

これから約1日かけて島根県から山口県、福岡県とポンコツ君を酷使して走り続けます。
何時もの事ですが、我ながら良く続くと思います。
別段ドライブが好きでもないのに、何故か移動距離だけにやたらと時間を使うことが多過ぎです。
まっ、世間に一人二人位はそんな役回りの人間もいなくてはいけないのでしょう。
いまさら、あれこれ自分を比較の対象に据えてみても仕様のないことですから、そのあたりは黙認してスルーする事にしています。
時間があったら、山口辺りで寄り道でもしてみようかとも考えつつ、ひとまず仮眠するとしましょう・・と思ったら既に日が変わってる。夜はアッという間にふけますなぁ。

まっちゃん、美味しい車中食どうもありがとうネ。
家族が寝ている間に出発します。

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IMG_1715.jpgワイフ作の具だくさん巻鮨

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2011-12