工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

現代彫刻小品展業者搬入〆切り日 

2012/03/31
Sat. 07:08

倍増した出品点数のこともあってか、業者搬入〆切り日の夕方になってもまだ未到着の彫刻がかなりあります。
さて、これからが正念場。
本日は、終日未到着の彫刻通知などの事務で忙しくなりそうです。

あれこれ考えていたらなかなか眠れなくなって夜更かししてしまったので、今朝は今ひとつ体調がすぐれないなぁと布団からなかなか抜け出せないでいたら、何処か遠くの方からピチャピチャ雨音が聞こえてきます。
「女心と春の空」・・・って感じですかねぇ。
もっとも最近の吉田が振り回されているのは「春の空」ばかりだなぁ・・・

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つかの間の春 

2012/03/30
Fri. 07:00

小さなつぼみがなかなか大きくならないまま寒い日々をしのいでいた日向ミズキが、この2日間の春日和で一気に開花しました。
工場の近くの潮川には菜の花が満開で、小川の岸辺に黄色の絨毯を敷き詰めたようです。

やっと春が来たかな?・・・と思っていたら、これから週末にかけての島根県はまたまた冬に逆戻りの様子。
きっと寺の辺りは雪がちらつく事になるでしょう。

石見銀山は、周囲を山に囲まれてその真ん中の谷を流れる銀山川に沿って形成された谷底の町並みが約1kmほど続いて、その端からさらに2kmほど上流に上ると銀山の坑道が点在し始めて、そのうちの一つが観光用に公開する坑道になります。
このような地形の石見銀山の春の朝は、若干曇っている位がかえって暖かく感じたりして、もう何十年もこの土地で暮らしていると、からだが石見銀山の環境に慣れきってしまっています。

今の家に移り暮らして間もない頃、ワイフが裏口の軒先へ植えたのが日向ミズキ。
彫刻の野外展が宮崎の日向で毎年開催されていて、その頃は数年続けて毎年のように彫刻と一緒に日向へ出かけていたものです。
まだ子供たちも小さくて、長男が小学生の高学年くらいでした。
そのうちキーポンが生まれたので家族で日向まで旅行する機会もなくなりました。

日向にはそんな吉田家の思い出があって、ワイフがさりげなくその思い出を裏庭に残してくれたわけです。

2日間の晴天が終わって曇り空の朝、目覚めるとワイフが一足早く起きていて、セッセと現代彫刻小品展出品作品を制作中。
鉄のダイニングテーブルが、今朝は彫刻の作業台になっていました。
本日が現代彫刻小品展業者搬入の〆切り日。
これから、未到着の彫刻作家へ手紙を書いたりFAX送信したり慌ただしくなります。
さて、あと1週間で作品が全部揃うでしょうか?・・・チョット心配・・・

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ご本尊完成 

2012/03/29
Thu. 08:30

吉田家長男のじゅん君が小学校1年生の時に友達とつれて帰ってきた野良の子犬が我が家に居着いてから、いつの間にか人間を追い越して吉田家最長老になって19年と10ヶ月の長寿を全うして永眠してから、早いもので四十九日を迎えました。

その長老犬を看取ってからそれなりの時間をつくってコツコツ造り始めたのが、ペットや動物たちの守護仏と云われる馬頭観音さん。

狭い吉田家でお守りするには出来るだけコンパクトにまとめておかないと厄介なことになって信心も負担になったりする可能性があるので、制作者のつたない彫刻技術を考慮してデザインしたのが「SD馬頭観音」・・つまり、スーパー・デフォルメ馬頭観音さん。

シェパ爺の四十九日を目前にして、その馬頭観音さんがひとまず完成しました。
当初の予定から大幅に遅れてしまいましたが、これから彫刻小品展の最終事務処理と平行して仏壇作成に入り、その後、若干落ち着いたところで観音さんの開眼のおつとめをして、ご本尊さんとして安置します。

おっと、その前にこの度の展覧会の彫刻を完成させなければいけません。ヤバイ!

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クッキングノッチ 

2012/03/28
Wed. 08:22

ただいま帰省中のノッチは、もうとっくに就活突入のはずなのですが、のんびりと「食っちゃぁ~寝!」の毎日を過ごしています。
世間の年度末の慌ただしさが嘘のようです。

ワイフは自治会長最後の会議で出席のため、夕食を手早く作らなければいけないからと、そんなのんびりノッチの助けを借りて夕方から餃子作り。
工場から帰ってみると鉄のダイニングテーブルがクッキングテーブルに変わっていました。

そこで、ノッチの手作り餃子ですが・・・
なかなか見た目も美しく、手際も良くて、彼女の器用な一面を見たような気がします。

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大田三中スプリングコンサート 

2012/03/27
Tue. 08:52

キーポンが通っていた(と過去形からはじまる)大田三中は、小規模校ながら吹奏楽の実力校で、この近年吹奏楽大会小編成の部では、全国の同等諸学校や関係業界のメディアなどでとても注目されている中学校です。

もっとも、生徒一人一人の実力は似たり寄ったりで、全員メチャクチャ音楽センスがあって何でも完璧に演奏できるようなレベルの高いテクニックを持ち合わせているわけでもなく、そこらへんにいる普通の女子中学生で、むしろ我が家のキーポンを見れば分かるように、まだまだ大人になりきれない甘えん坊の集まりといってもいいくらいのメンバーなのです。

大会の演奏前も、おおむね特に緊張するわけでもなくステージ直前まで何時ものようにワイワイやっているような田舎の中学生が、なぜここまで注目を集めるまでの素晴らしい感動の演奏をするのかというと、それは、転勤の中で引き継がれた音楽の先生方の連携と、学校を越えた吹奏楽交流と、それに何より小回りのきくフットワークの軽さで生徒一人に対する学校の手厚い指導体制。
これは、小規模校でしか対応できない教育の成果と云っても良いと思います。

キーポンが1年生で入部した時は、1年生から3年生まで部員全員7人。
キーポンが3年生になってからは、全員で13人。

楽器を運ぶのもこれだけの人数ではとても不可能なので、結局保護者さんの力を借りることになります。
ようするに、親子で盛り上げた家族ぐるみの部活動になっているわけで、こどもの活動を通して親も仲良くなって、小さなイザコザや性格の不一致など何処かへ飛んでいってしまいます。
子供にとっては、このような気軽な親や先生との付き合いを横目でみながら部活を続けているわけです。
そして、そのような中学校の活動を地域の皆さんはそれとなくさり気なく見続けていて、色々な場面で応援を頂いたりします。

思い返せばこの3年間は、結構マメに吹奏楽の活動と付き合っていたように思います。
私にとっては良い思い出になったと思っています。
ワイフは私以上にのめり込んで部活動を支えてきたことと思います。
そして、一番苦労して乗り切ったのは2年生の後半から1年間部長を務めたキーポンだったでしょう。

どうやら、高校も合格したようで、吹奏楽部に入部もするようです。
大会の出場や入賞も大きな目標の一つにはなりますが、これからの高校生活3年間は、気楽に部活を楽しんでもらいたいと思っています。

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梱包材料 

2012/03/26
Mon. 08:53

本当に3月末は絶え間なくアレコレと用事がやってきて、その上、天候不順で雪や雨が断続的に降り続いたりして、打ち止めが印刷をお願いしていたお姉さんが1週間のおやすみになったりして、なかなか鍛えられる毎日を送っています。

娘たちが帰省して、そのうち一人はとんぼ返りして、末娘のキーポンはスプリングコンサートで中学校吹奏楽の卒業を迎え、ただいま高校までの浪人中に入ったところ。
次女のノッチは、おかあさんのお手伝いをしながら1週間ばかり吉田家に居候暮らし。
寝場所を弾き飛ばされたキーポンは、またまたおとうさんとお母さんの真ん中に返り咲いています。

毎日ドタバタ暮らしの吉田家に、彫刻の宅急便がさみだれで届いていて、作品の状況確認で荷物を解梱包していたら、昨年に引続いて珍しい梱包材料が出てきました。
こういうこともあるので、届いた荷物はほったらかしにできません。
お気遣いありがとうございます。
梱包材料も有効利用させて頂きます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こんにちは。吉田家は和やかにお過ごしでしょうか?
へなちょこ作品を先ほど送りました。明日、届きます。今回は海の乾きものをクッションにしました。海老はお好み焼きにもいいけど、わたしは小松菜+豆腐と炒めが好きです。若布はふくれるので少しずつもどしてください。気持ちばかりで、ぺこり。

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出雲縁結び空港 

2012/03/25
Sun. 08:26

「おとうさん、何処行くん?」

じゅん君から珍しく電話が入ったのは、とんぼ返りに近いなっちゃんを空港まで送っている途中の事。
始発に間に合わせるために4時起きで自宅を出発し、国道へ出てすぐの時間なのに、彼はいったい何処で何をしているのでしょう?

そんな事があったりしながら日本海を左に見て朝日に向かってポンコツ君を走らせていると、時折の突風や断続的なみぞれも降ったりして、飛行機が飛ぶのか心配になってきましたが、なっちゃんとノッチの二人は全くひとごとのように普通に浮かれていました。
空港についてみると、朝日が雲間からのぞいていて、風も微風。
東西に長い島根県を実感します。

いつの間にか「出雲空港」が「出雲縁結び空港」に改名していました。
それだけ私が飛行機に縁がないという事でしょうが、それにしても長々と呼びにくい名前になりました。
出発ロビーにはマスコットキャラクターが鎮座していました。
石見銀山は世界遺産登録5周年を迎えて一部ではそれなりに盛り上がっているようですが、空港のロビーは縁結び一色。
石見銀山の観光ポスターや横断幕は、トイレに行く人しか見ないだろう目立たない片隅で細々と掲示され、その前には巨大なテレビが鎮座。
出雲の国では出雲大社の縁結びが観光のメインになっているのでしょう。
島根県の玄関空港でも、あらためて東西に長い島根県を実感しました。

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娘たちの帰省 

2012/03/24
Sat. 06:40

おおよそ1年ぶりに二人の娘が揃って帰省しました。

夜行の高速バスへ乗って早朝に出雲市着。

出雲市まで迎えにきてくれというので、前の晩からそのことが頭にあってなかなか寝付けないままゴソゴソしていたら朝の5時半頃に「今、津山」のメールが入って益々眠れなくなって、あれこれとゴソゴソとしていたら、「今、米子過ぎた」とメールが入って、結局、朝寝をむさぼる機会を逸したまま石見銀山の自宅を出発することになりました。

前回に逢ったのが、確か去年の秋頃の事。
展覧会で東京へ出かけた時に逢ったような覚えが・・・
・・・まっ、そんな感じでお互いにそれほど干渉する事もなく気楽な親子付き合いをしています。
要するに、二人の娘はキッチリ自活してくれているわけで、ふがいないオヤジとしては誠に助かっているわけであります。
そのような事情ですから、せめて出雲くらいまでは迎えにいってやらないとかわいそうな気にもなってしまいます。

自宅までの帰り、久々に日本海を見た二人が大はしゃぎするので、国道脇の観光スポットへ寄ってしばし休憩。
相変わらずの曇り空が続いているこのところの島根県ですが、その日の日本海は比較的波も穏やかで、雲が垂れているわりには島根半島の先の方まで見渡せてまあまあの絶景でした。


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オヤジカウチ 

2012/03/23
Fri. 05:51

石見銀山も飯南町の万善寺の方も、なかなか春らしい気配を感じられないまま、それでも時折ぬる~い風が舞い込んできたりして、そのような不安定の天候に振り回されて暮らしていると、気をつけているようでも何かしら体調を崩しそうになってしまいます。

この時期に寝込んでしまうとアチコチに迷惑がかかって大変なことになるので、不調ながらも何とか踏ん張って持ちこたえている状態です。

真冬ほど寒いわけでもなく、かといって何かしら暖房がないと肌寒かったりするとても中途半端な日常で朝晩のストーブのやりくりも難しかったりします。

薪の調整をしながらチョロチョロと暑くもなく寒くもない程度の微妙な快適温度をキープしつつ夕食後のひと時をくつろいでいると、ストーブとオヤジのぬくもりを求めて末娘のキーポンがすり寄ってきます。
まったく、4月から高校生になるというのに先が思いやられます。

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イトヨリ 

2012/03/22
Thu. 08:35

あと少しで3月も終わり、ワイフの自治会長任期も終了し、彼女の肩の荷も若干軽くなって慢性の肩こりも少しは好転するといいなあと思っているところです。

ワイフは、町内をはじめとして、職場のおつき合いや地域のおつき合いがとても上手で、田舎生まれの私など足元にも及ばないほどの人望を集めています。
生まれも育ちも江戸っ子なのに、今では何処に出してもおかしくないほどの「田舎の肝っ玉母さん」になっています。

そのようなワイフの御陰で、「イトヨリ」を食べる事が出来ました。
とても上品な味で美味しい高級魚を丸ごと一匹頂いて、家族3人揃って箸でつつきながら一気に完食。

いただいたのは、お隣さんの奥さん。
釣りの好きな知人から釣った魚をいっぱいもらったので、そのお裾分けだったそうです。
長く暮らしていると、こんな高級なお裾分けもあったりしますから、田舎暮らしがやめられません。
おつき合いの上手なワイフに感謝です。

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老師の彼岸 

2012/03/21
Wed. 07:46

万善寺彼岸中日は、時折雪の舞う寒い朝となりました。

近年は、お檀家さんも高齢の影響か事付け参りが多くなって、法要のおつとめに参列の方々がずいぶんと少なくなりました。
世代交代もなかなか上手くいっていないようで、「信心」の難しさを感じます。
立場上、私が法要を仕切ることになるので、老師の出番がどんどん減ってきます。
末寺の細やかな日常の暮らしぶりも、世代交代の不具合の調整が難しくて内を見たり外を見たりなかなか気が安まりません。

老師はお参りの少ない法要が終了すると、改良衣を着たままうつろな瞳でしばし放心状態。
本堂の後片付けを済ませて庫裡へ引き上げたら、ベッドの中へ潜り込んでいました。

仕方のないことですが見過ごす事も出来ないので、余所行きの小奇麗な服を着るように促して、ワイフと3人で近所の例の薬膳料理のお店へお茶を飲みに出かけました。
老師はワッフルセットのコーヒーに砂糖とミルクをタップリ入れて、「美味い美味い」とシロップのかかったワッフルをぱくついて、みるみる元気を取り戻しました。

ちなみに・・・
昨年のお参り参列は九人様。
今年のお参り参列は十人様。

アットホームな雰囲気の中、粗品の文鎮のお話しに併せて「啐啄同時」の好機を逃さない家族家庭の日常一体の暮らしを話題にさせてもらいました。

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春彼岸会 

2012/03/20
Tue. 07:16

数日前から準備を進めていた春のお彼岸法要も、前日半日をかけた位牌堂の大掃除で大詰めを迎えました。

東堂老師は、特に騒ぎ立てることもしないで平穏な一日を迎えるだろうと思っていたら、急なお寺参りがあって見事にパニック。
庫裡と本堂を行ったり来たりと落ち着かない様子になったので、急きょお参りのお客様へお彼岸のおつとめをお願いしてやっと若干落ち着いてもらいました。
久々に長めのお経をおつとめして、本人は大満足の様子でした。
そんなこともあって、本堂の荘厳や掃除がなかなか進まなくて結局夕方までかかってしまいました。

夜には、PTAの新旧役員引き継ぎ会があって抜けられないので、大急ぎで石見銀山の自宅へ帰宅。
オヤジ自らバリカン片手ににわかバーバー。
洗面所に飛び散った1mm足らずの髪の毛掃除もそこそこに中学校まで駆けつけたら、役員の皆さんの欠席がやたら多くて気が抜けました。
年度末は何処も何かと忙しいようです。

そんなドタバタの1日はなかなか終わらなく、結局粗品が完成したのは午前0時をとっくに過ぎていました。

さて、これから眠い目をこすりながら万善寺へ通勤坊主。
いってきまぁ~す!

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鉄地銅鍛造象眼錫鍍金仕上文鎮 

2012/03/19
Mon. 06:45

いよいよ春のお彼岸中日法要を迎えます。

少しずつ準備を進めていた万善寺も、結局例年通りおかみさんの仕切りがはじまって、微調整のはずが大幅変更になり始めています。
今年の3月下旬は、休日や平日が入り乱れて、卒業式や終業式や合格発表や離退任式や新旧PTA引き継ぎ会議や送別会や、それに小品彫刻展の準備業務が加わったりして、私の軟弱な歩くハードディスクもオーバーヒート気味です。
それにこの度のおかみさん介入でますます先行きの見通しが不透明になりつつあって、なかなか鍛えられる日々を過ごしています。

これからアチコチで餞別も必要になるし、万善寺のお彼岸法要「ようこそお参り」の粗品準備もあるし、何かと物入りのことも重なるので、1日工場にこもってクラフトを造り貯めしました。

鉄は、長年風雨にさらしながら、こまめにねかしたり立てたりひっくり返したりしてマチエールを工夫したものを使用。
銅の鍛造象眼は石見銀山の丁銀(銀素材の小判のようなもの)造りと同じ技法を模したもので、でかいハンマーで思いっきり叩いていると、気持ちがスカァーとして体内の湿気が吹き飛んでいきます。
鍍金はようするにメッキのことで、本来なら「銀」を使用すべきでしょうが、銀は経年変化で酸化すると結局黒く燻されてしまうので、いつまでも銀色に輝く「錫」を素材に使いました。

用途は「文鎮」・・呼び方を変えると「Paperweight」・・
春一番への対応は厳しいものの、春の微風くらいはそれなりに凌げる程度の重さは、軽くて軟弱な制作者の性格がそのまま形態に置き換えられた一品となっております。

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結局未完成 

2012/03/18
Sun. 08:54

春のお彼岸週間に入って、気がつけば中日間近。

万善寺の案内状を遠方の郵送だけ済ませてから、町内の近場は配って歩こうと東堂老師に声をかけて、久々に檀家さんのお宅をぐるっと一周してきました。

どうも私のポンコツ君は、曲がりくねった細い田舎道の走行には不向きなので、ワイフにお願いして彼女のライフを借りたところです。
御陰様で、約2時間少々の短時間で個別配布を済ませることが出来ました。
それだけ、檀家さんが少ないということでもありますが・・・

このところ東堂老師のアルツ症状は、端で見ていると何となく小康状態のようですが、冬の間に外出の機会が減ったせいかどうも食欲が減退して元気がなかったので、思い切って気晴らしもかねて付き合ってもらった次第です。
途中、知り合いのご夫婦がオープンした薬膳料理と喫茶のお店で休憩。
甘い物好きの老師はケーキセットのコーヒーに砂糖をタップリ入れて「美味い美味い」を連発して、若干元気を取り戻したようでもありました。

「○○さんおったか?」とか、「××さん元気だったか?」とか、雪が少ないとか多いとか助手席で宛名を書いた封筒を渡しながら色々尋ねていましたが、だいたいお留守。
田舎の山間の町でも、都会並にお昼のあいだは外仕事で外出中がほとんどのようです。
老師が若かった昭和の初めの頃は、どのお宅も親子三代同居暮らしで、ジジババが孫の面倒を見ながら家守をしていたようです。
今は鴨居の額縁写真に納まった数代前のご当主の話などを、昨日会って来た如く鮮明に助手席でひとしきり語っておりました。
昔のことは本当に良く覚えています。

そのような日々を過ごしている間に、シェパ爺の三十五日がいつの間にかやってきて過ぎました。
結局、目標の期日までに馬頭観音さんの完成に至りませんでした。
私のように使い古しの目で夜の細かい仕事はとても出来そうもないので、どんどん仕事が遅れます。
何れにしても、妥協は最小限に抑えたいとは思っています。

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あたたまるぅ 

2012/03/17
Sat. 08:24

3月も半ばを過ぎたというのになかなか春めいてこなくて、寒い日が続いています。

この冬シーズンは、1年半前にいただいた欅の枝木(といっても太い丸太)をもらって、2ヶ月かけて運搬して片付けて、1年かけて輪切りして割り出して乾燥させた薪をストーブの暖房燃料で使わせてもらいました。
ポンコツ君2回分程度のあとひと山だけ残っているので、これから春が過ぎるまでは欅の薪で暖まれるでしょう。

これから下草が伸びるまでに、友人の山へ入り込んで薪の材料を調達することになります。
次のシーズンは、松食い虫の被害で立ち枯れした松を山から運び出すことからはじまります。
その友人宅は、おじいさんが一人で昼の間家守をしていて、私が訪問すると待ってましたと話しかけてきます。
そのような状況ですから、なかなか作業がはかどりませんが、それでも1日に2往復ぐらいすると1週間分の燃料が集まるので、彫刻の仕事の合間やお昼の休み時間や、夕方の暮れる前などにチョコチョコ寄り道をして地道に松の枯れ木を積み込んで帰ります。

最近は、油代が日に日に値上がりしているので、ストーブの燃料調達のために値上がりしたトラックの燃料を使っているようなところもあって、どうも釈然としないところもありますが、1年間をならしてみると、吉田家の月々の光熱水費はほとんど変化無く推移しているので、薪のために流した汗もなかなか無駄ではないなと思っています。

その自作薪ストーブも、だいたい3年に一度メンテナンスをしながら使い続けて、早いもので10年は経つでしょう。
そろそろ、次のシーズンあたりには更新しようかとも考えているところです。

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キーポン卒業式 

2012/03/16
Fri. 10:41

吉田家の甘えん坊末娘のキーポンがやっと中学校を卒業することになりました。

9時30分に卒業式が始まって、約2時間。
一人一人の答辞を聞いてみると、同級生11人で入学し、それぞれそれなりに色々あったけど、仲良く楽しい思い出深い中学生活を送ったようです。

担任の先生も、キーポンが入学した年に大規模校から転入して、そのまま3年間持ち上がって卒業生を送り出すことになりました。
1クラス11人の多感な時期の生徒達と付き合うことは、人数が少ないだけにかえって気が抜けなくて大変なことだったと思います。

一方キーポンの方は、3年間の中学生活のほとんどを、石見銀山からお父さん(つまり私)の送迎付きで乗り切り、後半は吹奏楽部の部長や生徒会の副会長をポーカーフェイスで勤め上げました。

お母さん(私のワイフ)は、美術の講師で公私ともにキーポンと付き合って、厳しくて甘い美術教育の指導と通信簿「美術5」をプレゼント。

以上で、吉田家の義務教育PTAお役目は新旧引き継ぎの会をもって完結することとなります。

彫刻を造ることも悩み多い日々が日常ですが、アドリブばかりの子育てもなかなか先が読めなくて苦労です。・・が楽しいものです。
昼食会を兼ねた謝恩会もあって、無事に全ての行事を終了して帰宅すると、何か急に疲労感が噴出してグッタリ。
午後から夕方にかけて、気持ちを切り替えて展示台の移動をしたり、大工さんの機嫌を伺ったり色々しましたが、どうも集中できないので早々帰宅すると、よっぽど疲れていたのでしょうワイフは布団に潜り込んでグッスリお昼寝。

いつも以上に大騒ぎで元気だったのはキーポンだけでした。

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鉄のテーブル 

2012/03/15
Thu. 06:57

小品彫刻展の準備作業がアレコレ続いて、クロス屋さんの跡取りお兄さんと打ち合わせが終わってから久々に夕方まで世間話しで盛り上がり、今度、昔話でもしながら一杯飲もうと約束をして分かれた後、キーポンが待ってましたとテーブルを占領して何やらお菓子づくりがはじまりました。

狭い吉田家のことで、テーブルはストーブの側に食卓を兼ねた1つがあるだけなので、家族それぞれ何をするにもだいたいをそのテーブルでまかなっています。

そのテーブルは、現在の家を改修して引っ越した時に自分で手造りした天板が鉄板のもの。

お客さんの接客にはもちろん、ワイフが在宅の時は彼女の書斎になり、家族が留守の日中は私の書斎がそのテーブルに広がり、キーポンが学校から帰ってくると食事のテーブルになり、夕食が終わるとまたワイフのデスクワークスペースになり・・と、朝から夜まで何かしら便利に使われているテーブルでもあります。
出来上がったばかりの熱い料理を、土鍋やフライパンのままドンと置いても何の心配もいらないし、何かがこぼれてもシミになったりすることもないし、時々小さな彫刻の作業台になってもびくともしないし、とても重宝しています。

そしてこのたびは、夕食までのしばしの間、そのテーブルがキーポンのお菓子づくりで便利に使われ、美味しいクッキーが出来上がりました。

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石見銀山霜の朝 

2012/03/14
Wed. 08:48

このところ毎朝のように雪が降っていた石見銀山ですが、やっと峠を越えたようで、今朝は霜で真っ白。
もっとも、雪が霜に変わったくらいのことですが・・・

久々に朝の日差しが差し込む書斎(まだ仮設のままですが)でメール確認などしてのんびりしていたら、キーポン登校の時間が迫っていて、あわてて駐車場へ出てみると、フロントガラスに霜の結晶が張り付いてキラキラ輝いています。
そのまま車を走らせることも出来ないので、かろうじて最小限の視界を確保した後、キーポンとあわせて4つの目で安全を確認しながら中学校へ到着。

こんな走りが出来るのも田舎だからこそ。
助手席のキーポンは、このような状況に朝から大ハシャギでシャッターを連写していました。

今日はこれから保険のお姉さんと展覧会の動産保険契約です。
増生産の展示台も10台出来ているとのこと。
クロスの化粧張りも来週から作業予定。
そんな感じで、準備の方は地道にジワジワ進んでいます。

問題なのは、吉田本人の彫刻制作。こちらの方は遅々として進んでいません。少々焦っております。

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冬が来た 

2012/03/13
Tue. 08:39

3月も半ばだというのに、石見銀山は3日間断続的に雪が降っています。

もっとも、早春の雪で降りながら消えていますから、それほど日常の暮らしに困っているわけでもありませんが、それにしても、身体が少しずつ暖かさに慣れてきはじめていた頃なので、ジジイに近いオヤジとしては冬に逆戻りしたような天気についていけなくて、ちょっと体調が崩れ始めています。

先日、年回法事の帰りに寺へ寄って老師夫婦の様子をうかがってきました。
東堂老師の方は、出歩くことが好きな方なので、何かと用事を作ってはタクシーを足代わりに頼んで買い物に出かけている様子。
おかみさんの方は、例のごとく半径200メートル圏内はしょっちゅう出歩いていますが、そのテリトリーを超える外までは頑固に出ようとしません。
境内にはまだまだ雪が残っていて孤立状態の万善寺です。

私の方は、そんな老師夫婦を少しだけ気遣いながら、セッセと彫刻展の準備を進めています。

1)増生産中の展示台は、明日あたりに完成の予定・・
  ですが、例のごとく島根オリジナル田舎時間石見銀山バージョンがあるので遅れるかも知れません。
2)広報活動は、3日続きの雪模様で停滞中
3)キャプション原稿をはじめとして、自前印刷の原稿つくりを始めるところ
4)保険のお姉さんと世間話をしつつ、動産保険の契約手続きをシビアに完了させる
5)そろそろ、自分の彫刻を造り始めようと計画中・・・これが一番大切なのに・・・

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赤名高原雪景色 

2012/03/12
Mon. 08:26

3月に入って久々の年回法要があって、早朝から石見銀山を出発したところです。

旧暦で云うと2月の19日にあたっていて、島根県の県境近くの中国山地では、まだまだ雪深い日常の暮らしが続いている頃でもあります。
石見銀山の自宅を出た時はいつもと変わらない3月の朝でしたが、3分も走らないうちにシャーベット状の雪が路面を覆っていて、それから檀家さんのご自宅へ直行する間にどんどん雪かさが増し、4WDへシフトチェンジしてひたすら走り続けるも、ノロノロ走行の山越え県外ナンバーや、立ち往生の乗用車などの障害にあってなかなかたどり着けない状態でした。

気楽に改良衣と雪駄履きの軽装で自宅を出てしまっていたので、長靴などの雪支度も全く出来ていなくて、法要後の墓参つとめは割愛省略とさせてもらいました。
塔婆開眼のおつとめをしたあと、雪が溶けるまでのしばらくは床の間に安座となります。

今年は、旧暦の初午祭が2月の内に巡っていたりして何かあるかもしれないと思っていましたが、震災から1周忌をむかえる3月11日の島根県山間部赤名高原辺りはまさかの季節外れの積雪となりました。

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3.11 

2012/03/11
Sun. 07:46

昨年の今日は何をしていたのかと宗門手帳をめくってみたら・・・

寺の方は初午祭の荘厳やらおふだ造りやらで老師夫婦のお手伝いをしつつ、檀信徒の皆さん宛のお知らせチラシと手紙を作成中。
石見銀山の方は6月開催に向けて現代彫刻小品展に出品協力していただきたい作家宛の書類をセッセと作っている真っ最中。
工場の方は、燃料代節約のコークスを使ったりして小物造り。

そのような日常の中で、午後15時前にあの大震災が発生しました。
島根県の方は、震源地から遠く離れているからあれだけ大きな震災もほとんど影響がないだろうと、関東在住の知人の安否ばかり心配していたように覚えています。

その後、私の周辺は震災の影響が少しずつ迫ってきて、東京暮らしの娘たちが一時避難で帰省し、彫刻展の方は出品作家の被害などが重なったりして結局仕切り直しとなり、日常の暮らしにほとんど変化がなかったのは万善寺くらいのものでした。

あらためて1年を振り返ってみると、島根の片田舎の日常の暮らしを続けているばかりなのに、心の何処かに世紀の大災害の記憶が染み付いていることに気付きます。

長女のなっちゃんからメールが届きました。
震災後1年間、マンションの玄関オートロックが解放され続けていたものを、1年経ったので解放期間を解除するというお知らせ。
管理の大家さんも、まだまだ混乱は続いているようです。

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震災の日から解除されたままだったオートロックが綺麗に1年で再開するらしい。
けど、こんな外から見える場所に思いっきり貼ってバレバレじゃんね!
しかも暗証番号の場所まで書いちゃってるし(・・;)
ポストのあるとこなんか誰でも入れるし(・・;)
馬鹿すぎて呆れるわ。

なずみ3.11

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触ってほしい 

2012/03/10
Sat. 08:59

宮崎在住の彫刻家から、今回の彫刻点出品作品が到着しました。
そのうち1点は「触れる彫刻(ふれるちょうこく)」部門。

展覧会で展示中の彫刻はなかなか触ることが出来なくて、制作者本人でも会場で自分の彫刻にチョット触っていたら監視のお姉様に注意されたりして、気まずい思いをすることもあったりします。
もっとも、それは私が彫刻家と云うよりそこら辺りの変なオヤジに見えていたのかも知れませんが・・

彫刻というのは、只視覚的に感じるだけではなくて、実は触覚で感じる面白さも多分に秘めていると思っています。
私など、制作の初期はひたすら金槌で鉄板を叩くだけの作業が続くので、そのような時は、特にこまめにベタベタと表面を触りながら形のふくらみを確かめたりします。
かえって、そんな時の方が形の狂いや弱さが指先から伝わってきたりして妥協の戒めにもなったりしています。

彫刻家の皆様にお願いして、触っても良い彫刻を出品してもらうことになってから、御陰様で「触れる彫刻」が20点近く集まりました。
写真の大理石もその一つです。
お近くの方は、実際に自分の指先で彫刻の素材や形のつながりや動きなどを感じてほしいと思います。
是非会場にお越し下さい。

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A5チラシ見本

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古本のすすめ 

2012/03/09
Fri. 06:46

キーポンの受験も一段落して、吉田家は3人しかいないのに、なかなかにぎやかで騒がしい夜が増えました。

ワイフとキーポンはテレビが好きで、彼女たちがいるとだいたい寝るまでスイッチが入りっぱなし。
時代がデジタル化してテレビもケーブルや地デジ対応に変わったりして、そのあたりの更新投資に乗り遅れた感じの吉田家には、ひと昔前の14型ポータブルテレビが1台あるのみ。
あとは、使わなくなったビデオデッキが1台、アナログのアンプと年代物のスピーカーなど、まだまだ昭和が色濃く漂っています。

一方私の方は、テレビ番組の希薄な内容がなかなか趣味に合わなくて、自分からスイッチを入れることは数えるしかありません。
一身上の都合でフリーになってから、新聞は見ない、テレビは見ない、ラジオは電波が入らない・・・といった暮らしが続いています。
そのわりに世間の情報も過不足なく入り込んでくるのは、やはりテレビ好きの彼女たちが見ている番組からの情報が漏れ聞こえてきたりすることも影響していると思います。

そんな暮らしぶりですが、だからといって趣味が無いわけではなくて、どちらかというと、逆に趣味にはまっていると云った方が良いばかりのオヤジなのであります。
デスクワーク中は、もっぱらインターネットラジオの垂れ流しで好きな音楽に包まれ、夕食後のくつろぎタイムはこれもインターネット経由の映画鑑賞。布団に入って寝る前の読書。それに、例の個室に籠っての読書、時々坊主の戒を破って風呂で暖まりながら読書。ひどい時は、音楽を聴きながら読書。

つまり最近のオヤジには、しばらくぶりに「読書」が復活の兆しを見せているわけです。

学生の頃は1週間に1度は神保町を訪問していて、端から端まで約1kmの古本屋さんを戸別訪問していたものです。
それに、ほぼ毎日のように出入りしていたのが、新宿中央口から右回りに南口に向かって甲州街道のチョット手前にある「鈴木書店」。
マメに2~3ヶ月通い続けていると、だいたいお目当ての本が古本で安く手に入っていたので重宝していました。

古本が良いなぁと思うのは、自分の前に読んでいた人の痕跡が残っていることです。
書き込みがしてあったり、線が引いてあったり、ページの角が折ってあったり、時には手書きのメモが挟んであったり、チューインガムの袋がしおり代わりになっていたり、センベイの粉がつぶれていたり・・と、自分が読みたかった好きな作家の本を、何となく同じように好きで読んでいたのだろうもう一人の知らない誰かのことが伝わってきて、勝手に親近感を感じたりしてニヤついてしまう。

この間も、例の個室で安西水丸を完読して余韻に浸りつつページをめくっていたら、最後の索引のページのアチコチに○がしてあって、その本を持っていた誰かが、どの映画を見ていたのか全部分かって、とても楽しめたりしました。
2度美味しい思いをしたその本は手放すことが出来なくなってしまいました。

古本にはそんなバックヤードを垣間見ることがあって、何となくはまってしまうのです。

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四・七日 

2012/03/08
Thu. 08:55

早いもので我が家の長老犬が永眠して4回目のなのか日になりました。

墓守の家族は、時々思い出したようにお墓参りをしたり、祈念の植栽をしたりとそれなりに喪に服している様子です。

私の方は、相変わらず彫刻展の事務処理をしながらも、心に決めた目標を実現すべく陽の高い間に出来るだけ作業を進めておこうと気持ちをこまめに切り替えながら1日をやりくりしています。
ここにきて、やっと頭の中のモヤモヤが晴れて一気にイメージが形になって見えてきはじめました。
目指すは三十五日目のなのか日完成!・・の馬頭観音さんを刻んでいるところです。

長い間共に暮らしていたペットや家畜の動物たちの供養には色々とさまざまと言い伝えや風習があるようですが、守り本尊さんとなると、おおむね落ち着く先が馬頭観音さんということで、現在、セッセとシェパ爺の本尊さんを彫り続けている訳です。
三十五日に完成したら、今度は四十九日の当日開眼を目指して仏壇を造り始めようと思っています。

それと平行して、彫刻展の小品を2点制作しなければいけないし、まさか馬頭観音さんを出品彫刻に当てる訳にいかないので、今になってこんなこと思いつかなければ良かったと、実は結構焦ったりしています。

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歯抜けオヤジ 

2012/03/07
Wed. 09:19

もうずいぶんと長い間痛みが続いていた原因は、神経をとった治療済みの虫歯が割れていたことでした。

そのことが分かったのが昨年のこと。
その後、なかなか歯医者さんへ通院する機会を作れなくて、反対側の歯を使って食事をしたりしながらだまし続けていたら、今度はそちら側の歯が調子悪くなって、このままだと何も食べられなくて痩せ細ってしまうかもしれないと心配になって、意を決して今年に入ってから通院再開。
治療して調べてもらったら、何とこどもの時の虫歯にかぶせた銀の金属摩耗。
そろそろ半世紀も使い倒していた訳ですから銀のかぶせが薄くちびて破れてしまうのも仕方のないことでしょう。
ひとまず、片方の歯はかぶせを作り替えて使えるようになって、ドクターが一言。
「こちら側の歯はもうダメですねぇ~、割れてますから。あとは抜くしかないでしょう」

それからしぶとく噛み締める痛みをこらえながら使い続けていたのですが、彫刻展の印刷物も発送が終ってチョット時間が出来たので、思い切って抜くことに決めていつもの歯医者さんで抜歯しました。

そのドクターは、私が30歳を過ぎたあたりからお世話になっている方で、とても丁寧に治療してもらえるし、何より治療中の独り言で状況の全てが分かって、その上治療後には親切な解説がついてくるので、歯に関する未来の予測が出来てしまうという、とても正直者の名医なのです。
もっとも、最初に治療してもらった時ははっきりいってつぶやきの独り言に少々ビビりましたけど・・
「この歯は難しいなぁ・・」
「どうしようかぁ?・・やっぱり抜くしかないかなぁ・・」
「神経とってもなぁ~、もって2年くらいだろうなぁ・・」
こんな調子で、耳元でぶつぶつささやかれると、小心者のチキンオヤジとしてはやはりビビってしまう訳です。
結局、最初の治療の歯はキッチリ2年後にダメになって、今はすでに存在しません。

「麻酔かけますからねぇ~、チョット痛いですよぉ~、我慢できなかったら左手上げて下さいねぇ~」
それでなくても一般ピープルより本数の少ないスキッパが、抜歯されてもっと少なくなったら口を開けなくても好きな蕎麦が食べられるかもしれないなどと、どうでも良いことをボーッと思っていたら、しばらく独り言が続いた後見せられたのが写真の歯。
「どうですかぁ~、割れてるところが見えますでしょぉ~」

眼鏡のない状態では全く確認できませんでしたが、ありがたく頂いた身体の一部を持ち帰って虫眼鏡で見たら見事に割れていました。
それにしても、あごに隠れた部分がこんなに長いものだったとは想定外でした。
このくらいめり込んでいないと、生涯使い続けることが出来ないのでしょうね。驚きの発見でした。

キーポンに見せると、
「歯はズーッと伸び続けてるんだよ!だから毎日噛んでてもちびないんだよ」
と教えてくれました。
はたして、本当のことなのでしょうか?

さて・・・これから保険のお姉さんと彫刻展の動産保険最終調整です。
時間待ちでのんびりとワープロ打ってたら長文になってしまいました。
読破お疲れさんです。

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寺のこと 

2012/03/06
Tue. 08:26

久々に寺の話題をひとつ・・

このところ仏事が暇なのを良いことにして彫刻展のことに掛りっきりになっているので、寺暮らしの老師夫婦の様子がチョット心配になります。
展覧会の用事の節目や夕食前など思いついて電話を入れると、老師の方は「何かあったのか?」と自分の忘れっぽさを自覚してかえって大騒ぎになります。
おかみさんの方は、何ヶ月も前からの出来事を物語のように繰り返し始めて、なかなか電話を切るタイミングを掴めません。

そのような老師夫婦とお付き合いしながら時々の万善寺仏事をつとめています。
先日終わった初午祭の荘厳も、今まで通り老師夫婦がそれぞれのつとめを取り仕切って、準備万端整えました。
私としては、年に1度のお祭りなので棚の装いや仏具の更新もあってよい頃だと思うのですが、寺を守る2人にとっては長い間使い続けた愛着のある仏具や日頃から見慣れた荘厳を、丁寧に慈しむように守り続けることが、寺の維持に繋がっているのだと思っているのでしょう。

何かと気になることもあるので、少し口を挟んだ時もありましたが、結局いつの間にか元の様子に戻っていたりして、そのようなことが度々になると、「もうどうでも良いや」という気になって今では見て見ぬ振りをすることにしています。

毎日のように使い倒された大般若転読経本をはじめ、ここまで年期が入ってくるとかえって愛着がわいて手放せなくなっているのかも知れません。
これから、3月のお彼岸の案内発送の作務がはじまります。
万善寺のそこここの目に見える様子は出来るだけ見ないようにして、セッセと事務処理をつとめさせていただくことにしています。

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大田三中吹奏楽春の巡業 

2012/03/05
Mon. 08:11

このところ・・というよりこの近年、好成績で全国の小編成吹奏楽を牽引している感のある大田三中吹奏楽部が、また動き始めました。

昨年のアンサンブルコンテストで優秀な成績を収めてから、新曲の練習に切り替えていた部活も、この度久々に地域のお祭りのオープニング演奏でお呼びがかかったことで、そのの成果を試す良い機会を得ることが出来ました。

我が家のキーポンは、すでに部活を引退して一線を退いているのですが、何せ少人数の部活なので、卒業ぎりぎりまでいつものメンバーと一緒に仲良く部活動を続け、結局お彼岸のあたりに行われるスプリングコンサートまでクラリネットを吹き続けることになります。
たぶん、この様子だと高校生になってからも吹奏楽を続けることになるでしょうから、結局吉田家の子供たちは全員吹奏楽部で活動をすることになって、誰かしら何かしら楽器を演奏できることになって、気がつけば音楽一家になっていました。
オヤジとしては決して嫌な訳でもなんでもなくて、最近はキーポンのピアノがささやかな癒しにもなったりして結構なことではありますが、一方で、彫刻の道具を我が子に引き継ぐことの出来なかったことに寂しさを感じたりしています。

当日は冬に逆戻りしたようなあいにくの寒い天気で、冷たい雨が降る中での演奏になりました。
それでもメンバーは元気良く演奏を続け、久々にキーポンのクラリネットを聞くことも出来たし、その後の浜田行きも道中とてもリラックスできて気持ち良く用事をすませることが出来ました。

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充電オヤジ 

2012/03/04
Sun. 08:32

相変わらずのいい加減な印刷原稿を、いつも優しく付き合って頂いている印刷屋さんへ入稿し、あとはオペレーターさんのプロの腕へお任せとなったので、その間に彫刻展の次の事務処理へ進もうと、パソコンのアチコチへ散らばったデータを片付けてバックアップをとり始めたのが失敗でした。

1万円チョットの安い外付けハードディスクを接続してバックアップの設定をして画面のつまみをドラッグしてポチッとONにしたら、その後現れた横長のバーが一ピクリとも動かないまま時間がひたすら過ぎていくだけ・・
途中で中止して余計不具合が出たりしたらそれこそ取り返しがつかないので、バックアップ終了までひたすら待つことになりました。
何時もは、夜寝る前にこの作業を行っているのに、今回は何となくボーッとしていました。

自分の失敗で自分がイライラしてストーブ横に間借りしている書斎スペースをウロウロしていると、ワイフが、
「しばらく休みなさいって云うことよ」
とサラリといってくれたので、それもそうかとチョット気が楽になって、「それじゃぁ久々に温泉に行こう!」と決まって、バックアップ状態をそのままに、例の「池田ラジウム鉱泉」へ2人で出かけました。

玄関先には珍しく履物がいっぱいあって、お泊まりのお客さんがいらっしゃる様子。
ひょっとして入浴は無理かなと思ったのですが、そのまま待ち時間もなくて家族風呂へ入ることが出来ました。
「鉱泉」ですから沸かし湯になっているのですが、浴室の外に源泉をそのまま溜めただけの露天浴槽があって、表面には何やらいわくありげな効能タップリと思われる湯膜が鱗状に張っています。

身体に良いのか悪いのかよく分かりませんが、とにかく世界一と噂される別格含有量のラジウムをタップリ吸収して充電できたような気がします。

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ひな祭り 

2012/03/03
Sat. 08:17

まだ現代彫刻小品展のポスターデザインで苦戦している頃、東京のなっちゃんから写真メールが届きました。
見ると職場横の空き地に降り積もった雪景色。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
やばいよ!
1時間雪かきしたら腰いたいわ(´・_・`)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
朝起きたら新宿の方はシャーベット状の雪が降っているといっていたので、そんなもんかと軽く考えていたら、彼女の働いている高尾はそういう訳にいかなかった様子。

裏日本で育っている彼女は、少々の雪でへこたれることはないでしょう!
と、正にひとごとのように軽く受け流していたら、後から電話が入って、
「家に帰れないかもしれないのぉ~」
・・・そうなんです!なっちゃんは平気でも、都市交通網が麻痺するのです。それを忘れていました。

その後、関東のあたりは寒い日が続いているようで、「寒の戻り」になっているようです。

気かつくと私が上京したのは40年も前のことになります。
まだ受験生だったわけですが、丁度3月の3日あたりが受験の真っ最中で、デッサンや立体構成などの実技試験があって、会場まで大荷物をかかえて私鉄と国鉄(古い!)を乗り継いだりしていました。
あの頃の関東の東京辺りは季節の巡り合わせなのか、おおむね2月の終りから3月のはじめにかけて冬のなごり雪が降ることになっているようでした。
表日本の受験生たちは暮らしに長靴など必要ないですから、シャーベット状の雪に悩まされて、期間限定の禁句を大声で連発しながら会場まで急いでいる風景を思い出します。

裏日本の山間の末寺に生まれた私は、18歳ですでに年期の入った田舎者ですから、引っ越しの荷物の中にはちゃんと黒い折り畳みの傘と長靴も入っていて、全く慌てる必要もなく受験を乗り越えました。
もっとも、デッサン力の方は詰めが甘くてやたらとアチコチで躓いてしまいましたが・・・

吉田の場合、桃の節句のひな祭りには青春の甘くもないスッパイばかりの思い出がいっぱい詰まっているのです。

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彫刻到着 

2012/03/02
Fri. 08:24

週末にはまた天気が悪くなるというので、ひとまず100枚程チラシを印刷してラミネート加工したポスターと一緒に美術館まで持っていきました。

最近の島根県は石見銀山のあたりも万善寺のあたりも、どうも週末になると天気が悪くなって、何かそのような癖がついてしまっているような気がしないでもありません。

そんな中、早々と出品彫刻が届いていて、印刷原稿の作成も一段落したので、慎重に開梱包しました。
見ると、とってもかわいい小さな靴が出てきて、何か彼女の長年の思い出がいっぱい詰まった感じがして、しばし手に取って眺め続けてしまいました。

残念ながら、「触れる彫刻」での出品ではないので、「触れる」ということは吉田の役得です。
これがあるから、展覧会の企画がやめられない訳です。
大きな彫刻もいいですが、このような小品の類に入る小さな彫刻だから味わえる良さもたっぷりあるのです。

その作家さんは重田恵美子さんといいます。

一見すると、とても彫刻家とは見えないオシャレで素敵なお姉様です。
私とは暮らす世界が違っていて、普通だったら出会うこともありえないようなそんな女性とお話しが出来るのも、彫刻を続けている役得なのです。
・・といいつつ、結構長い付き合いなので語ればキリがなくなって、情報公開の守秘義務に抵触しそうなので彼女のお話しはこのあたりでひとまず終了。

あとは会場へお越しいただいて、じっくりと彫刻鑑賞して下さいませ。

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2012-03