工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

三原谷の川の風まつり2012実行委員会 

2012/07/31
Tue. 09:49

しだいに吉田家にもオリンピックの影響が忍び寄ってきました。

私個人は、彫刻展の報告書作成や、三原谷のこと、それに寺の盆準備と、次々に色々なことが重なって、気の抜けない日々を送っていて、ふと気がつくと夜も12時を回っていたりします。
そのような時間帯なのに、我が家のアチコチが明るかったりするので、一瞬まだ宵の口と勘違いしたりしますが、気がつけば、ワイフもキーポンも、それぞれ自分の用事などしながら垂れ流しのテレビでオリンピックを見たりしています。

そんな訳で、このところ夜更かしが日常になりつつあります。

三原谷で一晩お世話になった時は、真夜中の2時半にノッチから電話。
彼女の暮らす町の町内会のお祭りで屋台販売などして盛り上がっていたようで、その延長で電話をしてきたようです。
結局、私の携帯の電池切れまで夜中に大話しこいて、そのまま目が冴えてしまいました。

それから昨夜、またまた真夜中に電話があって、またまた盛り上がっています。
何事かと思ったら、こんどは友達とビアガーデンで飲んでたということ。
「そうやって不摂生をしていたら卒業制作も失敗するぞ!」などと小言を言っていたら、彼女にとってはそんなの序の口のようで、ここ数日、オリンピックで徹夜してるとか。
今のオヤジがそんな事してたら、すぐにぶっ倒れてしまいます。

アレコレ色々ありますが、ひとまず三原谷の第2弾。

三原谷は谷の幅が石見銀山の4~5倍くらいあるだろう、比較的広くて奥深い谷で、その自治会も2ケタになるようですが、それでもわりあい石見銀山と近い感じの暮らしが見えてきます。
その谷のほぼ中央に、今は廃校になった旧大森小学校が木造のまま残っていて、地域に暮らす皆さんが、その学校あとを活用してお祭りのイベントを始めてから5年以上になるようです。

元々は、三原谷の自治会の一つ、「須の谷」に実家のある都会の雑貨店(よく分からんが・・)のオーナーさんが、友達や身内や知り合いやおとくいさんなどを集めて小さなお祭りを始めた事がきっかけになったようで、それが数年の間に少しずつ谷じゅうに広がって、実行委員会も立ち上がり、助成金の獲得などもされ、自治会長さんの協力も得られ、だんだん企画が充実して、期間中の来場客も増え、行政にもそのような活動が受け入れられるようになり、そのうち行政協力も得られるようになって、今に至っているということのようです。

オーナーさんの方から吉田にその三原谷での田んぼアートの話が舞い込んできたいきさつは、長くなるので割愛しますが、とにかく、縁があって昨年から本格的にアートイベント部門の方で参加させてもらっている訳です。
まだまだおつき合いも浅いので、あれもこれも心得て、三原谷のみなさんの歯車の一つになれるまでにはいきませんが、実行委員のコアなメンバーのノリの良さとホットさにはジジイに近い吉田のオヤジ心をくすぐるものがあって、石見銀山からの片道4時間半の移動時間もワクワクしながら乗り切ることが出来ています。

今回のアートイベントは、幾つか提案させてもらった企画を修正しながら、現在4つの企画を練り直しているところです。
これから10月のイベント参加に向けて、順次彫刻の作家へ声掛けをしながら煮詰めていくことになります。
何とかキッチリ成功させて、三原谷のお父さんたちと美味い酒で盛り上がりたいものです。

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暑い熱い三原谷 

2012/07/30
Mon. 09:04

三原谷での準備会議に出席してきました。
いくつか提案させていただいていたアートイベントの調整を兼ねて出席させていただいたのですが、大計から細部に至るまで、とても順序立てられて不足のない話し合いが進められていることに驚かされます。

少し前の現代彫刻小品展や石彫ワークショップの「なりゆきやったごと打ち合わせ」とはえらい違いです。
いつも、20人前後の関係者が集まってこのような会議をされているから、遺漏のないイベントが10年も続けられるのだろうし、その実績の評価も周知されて、集客も上向きになるのだろうと、そんなふうに感心して帰路についたところです。

今回の収穫は、何といっても、地元竹野町で採石されていた青井石を提供していただいて石彫ワークショップすることが出来そうになったこと。
机上のイメージはいくらでも膨らますことが出来ますが、それを実現させるには、多くの協力がないと難しくなります。
そのあたりを心配していたのですが、三原谷のフットワークの軽いオヤジたちのノリで、こうして青井石の手配まで踏み込んでいただけたのが、大きな前進でしたし、また改めて気も引き締まったところです。

日曜日の朝早くに、その青井石採石場のすぐ側にある東石材店までオヤジたち4人で下見にお邪魔しました。
歩いて数歩の所には、「ワンワンビーチ」があって、犬も一緒に泳げる海水浴場がありました。
東石材店の「あずま」さんは、その楽しそうに泳ぐ犬たちを横目で見ながら、日曜日の朝から大汗かいて作業中。
「もうすぐお盆やから・・」ということで、今は日曜日もないほど大忙しの様子でした。

そういえば、島根も同じでもうすぐお盆。
万善寺は、まだ棚経のご案内もしていません!
・・・ヤバイ!

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暑い夏 

2012/07/29
Sun. 05:32

久しぶりの三原谷です。
昨年に続く三原谷のイベント参加になって、その打ち合わせで石見銀山をお昼過ぎに出発しました。
途中、なんともいえないほどの暑さで快晴。
いやぁ〜、島根も鳥取も兵庫も、きっちりと夏ですなぁ〜〜。
日本海は見ているだけだと涼しそうですが、砂浜は火傷しそうです。

ポンコツ君のくたびれたエアコンも、かろうじて保ってくれています。
この調子で一夏乗り切ってほしいものです。

オヤジの方は、この一夏どうなる事やら・・・
膝と腰に、最近は足首まで不具合が出てきました。
だましだまし、乗り切るしかありません。

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ねむの木 

2012/07/28
Sat. 07:22

私が今の工場を借りて、道具を搬入して仕事を始めた頃は、そのすぐ横にあるねむの木もそれほど大きく枝を広げていなくて、梅雨の終わり頃になると花を咲かせて、大風が吹くたびに、あの独特の細かい葉がびっしりと鉄板へ張り付いたりして、その木がそこにあって良かったり悪かったりいろいろですが、それでも花の咲く頃はそれなりに工場の仕事の安らぎになって、「あぁ〜これからまた暑くなってくるなぁ〜」と、季節を感じさせてくれたりもしつつ、毎年を繰り返していましたが、このところ、昼過ぎからいやに早く日が陰るなぁとふと気がつくと、知らない間にそのねむの木もずいぶん大きくなっていて、けっこう広範囲に日陰を作ってくれたりしていたことに気がつきました。

工場の隣のそのねむの木は、比較的早くから花を咲かせますが、最近、石見銀山から寺への往復の道中にあちこちで見かけるねむの木は、今が満開の時期で、山の濃緑に薄ピンクが良く映えて、とても奇麗です。

ずいぶんと昔のお話になりますが、私がランドセルを背負って片道2kmを町の小学校まで登下校していた頃は、寺の参道も急な場所は栗や真木の木で土止めの階段を造って、人一人がやっと上り下り出来るほどの狭い坂道でした。
その頃に、参道の一番の難所だったところの斜面に1本だけ生えていたのがねむの木でした。
斜面の上は田んぼのあぜ道になっていて、ギリギリまで稲が植えられていたので、ねむの木が田んぼに日陰を造ってそこだけ稲の育ちが悪いからと、年に何度も広がった枝木を伐採されていました。
そんな関係で、不幸にもそのねむの木は、枝振りもバランスが狂ったまま、なかなか大きく育つ事が出来ないで、かろうじて参道の方へ伸びた枝にだけ花を咲かせる事が出来ているといった状態でした。一方、そのおかげで難所のあたりへいい感じに日陰を作ってくれていたので、私にとっては、そのねむの木の下が、ちょっとした休憩場所にもなっていました。
そのうち、私も大きくなって、中学校へは自転車通学になって、そうなると土止め階段の参道もなかなか使いにくくなって、まだ若かった東堂さんも自転車からバイクに乗り換えたこともあって、結局、その坂道の参道を拡張することになって、ついでにねむの木も伐採されて、今では痕跡も残っていないほど地形が変わりました。

この2日間、そのねむの木のあった参道からお地蔵さんのあたり、駐車場の周辺と延々炎天下、草刈り機を振り回していました。
どうも親指の内側あたりが痛いのに気がついてよく見ると、軟弱なマメが出来ています。1日中金槌をふるっていてもマメ一つ出来ないのに。

寺のお盆は、営繕作務がはじまったばかりです。
今が盛りのねむの木が、百日紅に変わる頃には万善寺の盂蘭盆会も最盛期となります。

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心乱れる 

2012/07/27
Fri. 10:56

本当に1週間がアッという間に過ぎてしまいます。

7月も終盤に近づき、今日を逃がすと吉田家の日常生活に支障をきたすことになるので、金融機関が開くのを待って、滞納の支払いを済ませたりしながらウロウロしていたら、既にお昼が近づいています。

彫刻家と坊主をやりくりしながら日常のスケジュールを組み立てていると、知らない間に曜日の感覚が消えて、日にちだけで行動してしまっています。
○月○日は、△×展の搬入日だ!・・とか、
○月○日は、×□さんの命日だ!・・とか、
そんなことばかりの予定で動いていると、1週間の平日の指定時間以内でないと用事が出来ないような暮らしぶりが自分の日常で特別なものになっていて、結局、世間で重要な取り決めごとが何処かへ消え去ってしまっています。

〆切のある大切なものだからと、何時でも対応できるように書類をバッグにしまって、出かける時は万全の状態にしているつもりで、実は一方で安心し切っていて、結局思い出したら日曜日だったり、時間を過ぎていたりして、ズルズルと〆切が過ぎて、そのうち督促状が届いて慌ててしまうことになるわけです。

彫刻小品展やワークショップの期間中は、準備から含めると、昼も夜も関係ないような暮らしぶりだったので、ひとまずそれらの一山が過ぎてからは、夕方には仕事を切り上げて、夜も早めに寝ることにして・・と、意識してそのように仕向けたりしています。
そして、これから1ヶ月は万善寺での引きこもり暮らしになるので、世間と隔絶された毎日が続くことでしょう。

キーポンを学校まで送っての帰り、今日も草刈りで通勤の万善寺の方角には、朝から巨大な積乱雲が盛り上がっています。
そろそろ夕立が癖になってもおかしくない季節になりました。

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サポーター 

2012/07/26
Thu. 09:02

ひとまず、ワークショップの報告書だけおおむね終了したので、本日は夕方まで寺の作務に励みたいと思います。

このところ・・といっても既に1年近くになりますが、膝と腰の痛みが回復の兆しもなく慢性化して、少し無理をするとその後数日は絶不調が続きます。
これからお盆の棚経がやってくるので、8月の終わりの頃は私の身体がどのようになっているのか予測がつきません。

100円ショップで膝やくるぶしのサポーターを見つけたので、東堂さんのぶんも一緒に買って使うようになってから、少し膝の動きが楽になったような気がします。
そんなこんなで、ダマシダマシ暮していたら、ワイフが10倍以上もする高級品を奮発してくれました。
さっそくシャワーで汗を流してから装着して、一晩吉田家をうろうろしていましたが、やはり、高いだけのことはあってフィット感が全然違います。

オヤジもそろそろ60に近いジジイオヤジになると、身体のあちこちが軋みはじめて、次第に先が見えてきました。
これからは、残りの人生、このような不具合とどうやって上手につきあっていくかが課題です。
身体をいたわり頭を鍛える術を模索しているところです。
もっとも、頭の方は、鍛えても鍛え足らないほど脳みそが醗酵しすぎているので、既に後の祭りのような気もしますが・・・

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竜頭が滝 

2012/07/25
Wed. 08:46

毎度変わらず、キーポンを送ってきたところです。

夏休みというのに、吉田家の日常は何の変化もなく、一見すると毎日が同じように繰り返されています。

・・・と思っていましたが、本日の朝は一味違っていました。
時間の観念がアバウトなキーポンがのらりくらりしている間に、出発が8時を回ってしまいました。
石見銀山から、高校のある大田市までは信号もない約11kmで普通だと10分少々。
大田市に入って高校までが約3kmで普通に5分程度。
だいたい、15分もあれば学校でキーポンを降ろしたり乗せたりすることが出来るのですが、何と、本日は、大田市に入るとことごとく信号が赤。
市内の一巡で10個以上の赤信号に捕まって、それを脱けるのに15分もかかってしまいました。
たった出発が5分遅れただけで、この状態です。
田舎とはいえ、現代社会の市街地におけるラビリンスの不条理を実感したところです。

さて昨日は、朝も早くから、ワークショップ・彫刻展の報告業務に1日を費やし、県内走行250kmを走破したところです。
ポンコツ君のくたびれたエアコンは、フルパワーでも申し訳程度の冷房効果しか得られなくて、結局、窓を全開して焼けたアスファルトの熱気を入れ込んだほうが涼しく感じる程です。

途中、「←竜頭が滝3km」のサインにつられて、思わず左へハンドルを切ってしまいました。
地元では、知る人ぞしる名所になっていて、知り合いの音楽家が、この竜頭か滝を題材に和太鼓の作曲をして、海外公演などしているほどです。
その、竜頭が滝には、名馬にまつわる伝説が残されていて、その名馬の名前が「池月」。
どちらかといえば、私には「銘酒池月」の方が詳しかったりするのですが、その銘酒と名馬は同じ「池月」であったことがこの度判明し、世間は狭いなぁ・・と改めて感じたところです。

滝の方は、男滝へ行くには歩いて1kmほど山道を渓流に沿って登ることになるし、用事の途中だったりするので割愛。
しばし、往時の伝説に思いを馳せ、銘酒の喉ごしを思い出しつつ、女滝の方だけで涼んで現実の世間へ帰ってきたところです。

「池月」が気になる方は、平家物語でも読んでください。そこに登場しているそうです。
「竜頭が滝」が気になる方は、インターネットで検索でもしてください。男滝のほうは結構検索に引っかかるでしょう。
「銘酒池月」は・・・酒好きの人にでも聞いてみてください。

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大森小学校掲示板 

2012/07/24
Tue. 07:25

週も変わって、今週から寺のお盆準備に入ろうと思っているので、何とかして今のデスクワークを早めに切り上げなければいけません。
朝もキーポンの送りをワイフにお願いして書斎に篭っていたら、そのような時に限って訪問客が続いたりして、なかなか思うようにはかどりません。

お昼前に大森小学校の校長先生の訪問があって、1学期の学校行事をまとめたお知らせ通信を受け取ったところです。

石見銀山の町内には、吉田家にあるような大森小学校の掲示板が各所に設置されていて、町民をはじめ、石見銀山へやってきた観光さんも、ことあるごとに足を止めて、その掲示板に見入っている様子を再々見かけます。

その掲示板は、キーポンがまだ小学校へ通っていた頃に、当時の保護者や先生、地域の学校評価委員の皆さんなどが集まって話し合って設置することにしたものです。
全国的な少子化は、石見銀山でも変わりなく進行していて、それでなくても高齢者の多い町内で、小学校が廃校になったりして、子供たちの姿を見かけることがなくなったりすると、暮らしの励みもなくなってしまうからと、まだ石見銀山が世界遺産登録の前から何年にもわたって町民あげて大森小学校存続の活動を続けてきたその一環でもありました。

一時期は、教育委員会の強力な統合や廃校の指導が入って、町内の住民も、町民集会などを定期的に開いたりして、対抗の姿勢を強めたりしながら、騒然としていた時もありましたが、そのうち次第にピークも過ぎて、現在は水面下での調整が深く静かに進行しているだろう状況をキープしているところです。

吉田家の4人の子供たちは、すべて大森小学校を卒業していますが、長男の頃は、少ないといってもまだ1学年が二ケタだったりして、サッカーの試合が出来るほどにぎやかでした。
それが、キーポンが入学の時は1年生2人。複式学級が当たり前になるほど、児童数が激減していました。
いろいろ、それぞれの立場で考えや思いも様々でしょうが、私としては、大田市行政区域に1校だけ残った最後の木造校舎の大森小学校には、いつまでも元気な子供たちの声が絶えないでいてほしいと願っています。
同級生2人だけで卒業したキーポンも、何の問題もなく少しずつ世間が広がって、友達もたくさん出来ています。

小学校の時から同級生が80人を超えていてもなお、友達の少ないシャイなオヤジとはえらい違いです。
数字の数合わせだけで、学校が増えたり減ったりしてしまうのもどうかと思ったりします。

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ブラボー! 

2012/07/23
Mon. 09:38

キーポンの高校の演奏会を聴きに、久しぶりに川本まで行ってきました。

川本は、30分も走らないで島根県境を越えるほど広島県に近い、島根県中央山間部の町です。
町のほぼ中央を江の川が流れていて、広島県に端を発したその川は、たぶん中国地方1番の長い川だったと思います。

縁があって4年間ほどその川本でお世話になっていたことがあります。
川本には合同庁舎があって、島根県の出先機関が集まっていて、その関係でしょうか、住宅や生鮮食料品等が比較的高額に設定されていて、日常の暮らしには結構家計を圧迫しているようなところもありました。
江の川の関係で、人の出入りが激しかったり、交通の要衝だったり、鮎漁の中心地だったりと、ひと頃はそのようなこともあってずいぶんと栄えていたこともあったようです。
町に住む方々は、とても人情味があって人懐っこかったりするところもありました。
私の場合は、東堂さんがまだ結婚をしないで20代の若かった頃、本山を出て山口の僧堂から初めて住職として晋山した寺が川本の近くだったという縁もあって、何となく忘れがたく捨てがたい町にもなっています。

ワークショップと展覧会の報告書類を作成中の合間を調整して会場まで到着したのが、演奏のはじまる数分前。
焦って大汗かいて会場へ入ると、ホールはほぼ満席に近い状態で、吹奏楽への関心が高い事に驚かされます。

演奏が終了すると、会場のあちこちから、男の太い声で「ブラボー!」の声援があったりして、なかなかの盛り上がりでした。
何故にこのようなクラシックの演奏会では、「ブラボー」の感嘆詞が発せられるか分かりませんが、我が子の演奏が吹奏楽の一助になってくれているようで、なんとなく心地よかったりもしました。
もっとも、一方で足を引っ張っている可能性もある訳ですから、手放しで喜ぶことも出来ませんが・・・

中学校に入った時は、総勢7人の吹奏楽部員でしたから、その時の事を思うとずいぶん大所帯になりました。
友達も、たくさん増えたみたいだし、勉強はつまらなそうですが、部活は楽しそうです。
一度しかない人生ですから、悔いの残らない毎日を過ごしてもらいたいものです。

さて、キーポンは何処にいるでしょう?

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吹奏楽のつどい 

2012/07/22
Sun. 08:51

例のごとく、キーポンを学校まで送って帰ってきたところです。
今日は、吹奏楽の音楽祭があって、キーポンもそこで演奏します。
今回の音楽祭は、吹奏楽の島根県大会に向けて、練習の成果を出しあって現状を客観的に確認しあうためのものでもあります。

島根県は、音楽教育がすこぶる盛んで、他にも合唱やマーチング、邦楽など、小学校から大学一般まで、とても熱心に練習を重ね、しばしば全国大会まで出場するほどの実績を誇っています。
吉田家の4人の子供たちも、中学校から吹奏楽で鍛えられ、その最後がキーポンで現在進行形という状態です。

何を隠そう私自身も、中学校の3年間は、吹奏楽と美術部を掛け持ちしていて、金管のト音記号とヘ音記号をいったりきたりしながら、山に入って粘土を採取してテラコッタを焼いたり、美術の先生が自宅から持ち込んだアグリッパのデッサンをしたりしていたのです。
そんなこともあって、まんざら現在の吹奏楽活動と縁がない訳ではありませんが、それにしても、当時を思い出すと、比べ物にならないほど本格的な練習内容と演奏会になっていて、そのレベルの違いは相当なものです。
もっとも、路線バスの運行時間を過ぎてまで連日練習を続け、土日祭日関係なく練習があり、大会前には合宿があったり、何処かの偉い先生が講習にやってきたりと、そこまでのめり込んでしまえば、周辺からそれなりの結果を期待されて当然のことになるわけで、大人も子供も上の大会目指して一生懸命になってしまうのは仕方ないことなのかも知れません。

昔のことを思い出してそれとこれと比較してどうこう言っても何の意味もないことでしょうが、ごくごく当たり前に、自分の過去の通過点として思い直してみると、最も多感な時期に、学校の先生とのゆる〜い信頼関係のなかで、音楽や美術を楽しみながら成長できたことが、こころの何処かでぬくもりになって、何かしらのよりどころになって、何となくそんな感じがず〜っといまだに残っていて、今の自分の活動に活かされているのかも知れないと思ったりします。

さて、吉田家の子供たちをはじめとして、今の中高生たちの現在は、これから先どのような思い出に変わっていくのでしょうか?

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ただいま停滞中 

2012/07/21
Sat. 09:12

土曜日だというのに、キーポンはいつもより早く登校。
キーポンの夏休みは、吹奏楽の大会尽くし。
今日は、朝から何処かのホールを借り切ってホール練習。
生徒も大変だが、顧問の先生も大変。
他人事ながら、自分の家庭は大丈夫なのかと心配になってしまう・・・

空一面に広がったうす雲のおかげで、最近の暑さがいつになく緩んでしのぎやすくなっている早朝の用事を済ませて帰宅してみると、自宅前の植栽が水を欲しがってぐったりしています。
そういえば、前代未聞の大雨が降ったあと、ここしばらく日照りが続いていたことを思い出しました。

展覧会の期間中、ワークショップで叩き続けた福光石の石彫をそれぞれの参加者まで送り届けて、現在、報告の事務処理で書斎へ篭りっぱなし。
といっても、東堂さんの通院やら、キーポンの送迎やらでチョコチョコ仕事の中断を余儀なくされているところです。

そしてまた今日21日は、世間では弘法大師さんの月縁日。
とりあえず、曹洞宗の坊主である私が、真言宗の「弘法さんの縁日だからひとつお経をあげてくれ」と、なんともアバウトなお願いを頼まれているところです。
その後、東堂さん家系の親戚のおばあさんの49日法要に参列して、帰宅はたぶん夕方になるでしょう。

昨夜も、キーポンを迎えに行って帰宅したのが21時。
それから、夜食に近い夕食をとって、やっとデスクワークを始めたと思ったら、なっちゃんから電話。
彼女は、電車で一駅を歩いて帰宅の途中で、なんと30分も彼女のウォーキングと愚痴のお話につきあったりして、なかなか用事が遅々としてはかどらない状態が続いています。

そのなっちゃんとノッチはこのところ数日間同居していたようです。
なっちゃんのパソコンでレポートを3つくらい書き上げたようですが、さてさて、どれほど勉強がはかどったことか・・
なにわともあれ、一時期は疎遠だった姉妹の距離が、年とともに近づいているようではあります。

そんなこんなで、急がなければいけないはずの展覧会の後始末がどんどん後回しになってしまっている今日この頃です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2人とも顔面男顏

写真

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東堂さんのこと 

2012/07/20
Fri. 07:40

昨日は、東堂さんの通院検査の結果を聞きに半日ほどつきあってきました。

彫刻展のことやワークショップのことで、このところの数ヶ月は寺への通勤坊主も途絶えがちでした。
おかみさんのちょっとした騒ぎもあったりしたので、気持ちを引き締めて坊主家業に切り替えつつあるところです。

肝心の東堂さんの方はというと、今年の春先あたりから少しずつ元気がなくなって、ゴロゴロと寝ている時間が少しずつ増えて、その関係か、食も少しずつ細くなって、身体が一回り小さくなったような気がしています。
7月の末が東堂さんの誕生日なので、今のうちから何かしてあげようかと思っているところです。

予約の時間に少し早く病院へ到着して順番を待っていると、予定より1時間以上遅れて呼び出しがかかりました。
主治医の先生は、緊急手術が長引いていて、結局、違う先生から検査結果の報告を受けて善後策を検討したところです。

何となく小さくなったなぁと感じていた東堂さんでしたが、案の定、もう2〜3年も停滞していた病気の進行が再開していて、主治医の先生と事前に相談したところ、あとは薬投与の内科治療で乗り切るしかない・・という判断でした。
本人は、どうも薬を飲むのを面倒がってなかなか家族の言うことを聞いてくれないまま、結局今に至っていましたが、もうそろそろ、その我が侭も通用しなくなってきたようです。

これから、しだいに東堂老師夫婦のお世話が本格化してくるでしょう。
在家坊主の座禅修行の変わりになればと、彫刻の制作に集中の毎日がどこまで続けられるか微妙な状況です。

何れにしても、是も定めで避けて通ることは出来ないことだからと自分に言い聞かせつつ、少しショックだったのでしょうか、無口になった東堂さんを寺まで送ったところです。
気晴らしになればと回り道をしてみると、熱帯低気圧に変わった台風の関係でしょうか、日本海の波打ち際一面に漂流のゴミが流れ着いていました。
スカァーっと晴れ渡った日本海を見せたかったのですが、なかなか上手くいかないものです。

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プチ湯治 

2012/07/19
Thu. 04:16

ワークショップや展覧会が終わっても、その後の事務処理やこまごました用事が続いていて、なかなか落ち着かないまま毎日が過ぎていきます。

梅雨が明けてから気温も上昇しはじめ、暑い日々が続いているかと思うと、湿度が急上昇して急に雨が降りはじめたりして、気が抜けません。

本当に久しぶりに湯治場の温泉まで行ってきました。
お客さんを案内して入口までは何度も通っているので、温泉旅館のおねえさんとは既に顔見知り。
駐車場には県外ナンバーの車がびっしりとつまっていて、ひょっとしたらいっぱいで入浴できないかも知れないなとガッカリしつつ聞いてみると、「3時までに上がってもらえたら大丈夫ですよ」ということで、OKがでました。

体温よりチョットだけ高い38℃のお湯が久々に心地よくてうっとり。
お客さんがいるはずなのにやけに静か。
渓流の音と蝉の声。
こんこんと湧き出る源泉の湧き口から涼しい風が流れ込む。

まさに秘湯という感じで、温泉の効能が身体にしみ込んだ気にもなって、久々にとろけるような時間を過ごすことが出来ました。

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梅雨明け 

2012/07/18
Wed. 09:48

島根県は梅雨明けになったようです。

朝からやけに暑いなぁと思いつつ、ワークショップで叩き続けた石をポンコツ君へ積み込んで、搬出運搬などして1日が過ぎました。

石見銀山から1時間半ほど山道を走破して、その石を送り届けてきました。
そこは、もう30年ほど前に島根県へワイフをつれてUターンして最初に4年間暮していた場所。
周辺の様子や、道の具合など、かなり違っていて、やはり30年の月日の流れを痛感したところです。

あの頃を思い出しながら、記憶を頼りにたどり着くと、新婚の私たちがネコのタマ君と暮して、長男のじゅん君が生まれて、育児をしていた家は既になくなって荒れ地になっていました。
かろうじて、その1段下の2軒続きの住宅だったところに土建屋さんのプレハブ現場事務所が建っていて昔の面影を残していました。
そこからの眺めは、なんとなく頭の隅に残っている記憶のカケラと照合することが出来ました。

秋になるとギンナンがたくさん落ちていた坂道もそのままでしたが、そのギンナンの木は思っていたより小振りで、記憶のズレを感じたりもしました。それは、今が夏で銀杏の葉が紅葉していないからかも知れません。

石を下ろしてから、しばらくそのあたりを散策したあと、斐伊川土手の道を選んで石見銀山まで帰ってきました。

空は、抜けるような青。
蝉もしだいにうるさくなってきました。

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夫婦ギンナン
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斐伊川土手

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明日の我が身 

2012/07/17
Tue. 07:34

最近の吉田家は、チンピラ猫の話題がつきません。

動物でも人間でも、子供というのは、自然と無償の愛が育まれる事が実感できます。
私など、グッピーの子供が生まれただけでも、気がつくと何時までも飽きないで水槽を覗き込んでしまったりしています。

「育てる」ということに責任が生じ、「養っている」という気になります。
一方で、小さくて無力で、そしてわがままな存在が、自分を癒し励ましてくれていることに気がつきます。
途切れがちだった家族のつながりが、何となく修復されているようにも思えます。
いつのまにか、近所での話題のネタになったりもしています。

ひょんなことで、我が家に転がり込んできた猫がけっこう大きな存在に感じたりしているところです。
そういえば、今年の春に永眠したジジイ犬が、吉田家に転がり込んできた時も、ミニウサギにしてはデカ過ぎるほどのグレーがやってきた時も、似たようなものでした。

人より寿命の短い小動物の一生と付き合っていると、自分の現状を比較的冷静に把握する事もしていて、寺の東堂さんの頻尿や夜間徘徊など、シェパじいさんとそっくり。おかみさんのヨチヨチ歩きも、シェパじいさんとそっくり。
明日の我が身も想像出来て、ある意味冷静でいられたりもします。

ノッチから、さり気ない嫉妬メール(かな?)が届きました。
「おとうさんだって、ちゃんと覚えているからね。お仏壇もお盆までには造ろうと思っているからね。だから、落ち着いて就活に励んでね!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
グレー(でかいミニウサギ)だって伸びて寝るもん!!

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たーたん(シェパ君のこと・・ノッチはそう呼んでいた)が僕を忘れないでって泣いてるよ!!

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ネコの話題 

2012/07/16
Mon. 07:32

このところキーポンが勉強もしないでいやにゴロゴロしているなぁと、ぼんやり思っていたら、何と3連休じゃありませんか。

その連休前の13日の金曜日の夕方に、パソコン絡みの急ぎの仕事が入って、昼夜関係なく2日と半日間、延々と書斎に篭ってデスクワークをしていたところです。

久々に私が吉田家に引きこもっているものだから、ついついチンピラ猫も一緒になって一つ部屋の滞在時間が長くなって、狭い四畳半の上下左右斜めと隅から隅まで、彼なりに様々なチェックが入って、遊びたい放題やりたい放題、引っかき回されています。

そのネコにつられてか、3連休中のワイフも狭い四畳半の滞在時間が増えて、近くの図書館で借りてきた何冊かの猫の本を読みあさっています。
あれだけ猫嫌いを公言していたワイフが、すっかり猫好きに変身してしまっています。

腰と肩の痛さに耐えながら、トラックパッドをツンツンつついている間に、母娘が二人仲良くチンピラ猫のシャンプーをしていました。
すっかりサラサラになってすっきりしたネコ君が、いやに静かになったなぁと思っていたら、とんでもないところでだらしなく伸びきっていました。
写真でも撮って、一人暮らしの娘たちに贈ってやりましょうかねぇ。

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お盆の準備 

2012/07/15
Sun. 09:10

外仕事のついでに、ず〜っと気になっていた草刈りをおおむね済ませました。
工場の前の斜面と、吉田家の裏庭。
あとは、無人の隣の空き地を残すだけ。

こうして、吉田家周辺を片づけたら、今度は万善寺周辺の草刈りがはじまります。
草刈りも、草刈り機で済ますことだから昔に比べたらずいぶんと楽になったと思うでしょうが、実はそうでもありません。

古い話ですが、私が(これでも一応あった)少年時代は、寺の周辺農家のほとんどが黒毛和牛か乳牛を飼っていて、春先の早い時期から、晩秋の枯れ草まで、雑草が延びるまもなく近所の農家が争って草刈りをしていたものです。
ようするに、それだけ万善寺の立地場所が田畑に囲まれているということになるわけですが、そのような場所に暮していると、寺の作務に「草刈り」のウエイトはそれほど重いわけではなくて、どちらかというと、狭い境内の「草取り」程度で済まされていたわけです。
隣のおじいさんなど、朝夕の涼しい時間帯に、90°に曲がった腰を上手に使って、手際よく草を刈っては束ね、それを集めて背負子で担ぎ、田のあぜを近道して母屋続きの納屋を兼ねた牛小屋まで運ぶ作業を繰り返していました。
万善寺周辺も、そのおじいさんの草刈りテリトリーになっていて、本堂で朝の茶灯などしていると、庭先まできて、「何時もお世話さまでございます。草を刈らせてもらいますけぇ、よろしゅうお願いしますけぇねぇ」と、シーズンになると1週間に2〜3日は外から声をかけていました。

ようするに、それだけあの当時は雑草もそれなりに需要があって、家畜の大切な餌になっていたわけです。
たった半世紀たらず前の話ですが、その間にここまで世間事情が変わってきたということです。
はたして、それで良かったのかどうか・・・

通勤坊主の移動途中にある開拓村では、この春に殺菌消毒のゲートが設置されました。
その集落へ続く道へ入るには、そのゲートを潜って消毒をしないと出入りできなくなりました。
何が便利で不便なのか、なかなか判断に苦しむところであります。

この間の豪雨の時に停電があって、吉田家も仕事中のパソコンがダウンしたりして若干途方にくれました。
万善寺だと、住まいの其処此処にロウソクが常備されているので、灯に困ることはありませんが、今の暮らしに染まり慣れてしまっていると、ロウソク1本で大騒ぎになります。

そろそろ、お盆の粗品を考えなければいけません。
水墨手描きの達磨大師さん団扇か、手持ち燭台あたりにしようと思っているところです。

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梅雨前線 

2012/07/14
Sat. 07:30

なんか、アッという間に週末ですね。

現代彫刻小品展が終わって、その事後処理の最中です。
金融機関を回って、ワークショップでお世話になった石材屋さんなどの業者さんへ支払いを済ませたりしていたら、既に夕方。

東堂さんの通院以来、おかみさんの調子が良くなかったので、朝から半日ほどお付き合いしてきたところです。
これから旧盆に入るので、そろそろ寺の周辺の整備に入らなければいけないのですが、このところ活発化した梅雨前線のおかげでそれもままならず、どうも落ち着かないまま、おかみさんの機嫌をとりながら、雨の中を寺の用事でうろうろしていました。

夕方からの約束があって、それに間に合うように石見銀山へ移動の最中も、絶え間なく梅雨の雨が降り続いています。
気持ちの切り替えにもなるかなと、街道を少し横道にそれて江の川沿いを走ってみました。
案の定、結構増水していて、少し上流のダムからは放水の最中でした。
道路脇のすぐ真下は濁流。
それをボーッと眺めていると、フラッと引き込まれてしまいそうになります。

夕方の打ち合わせも終わって、キーポンの部活終了を待つ間、九州の豪雨災害の様子をチェックしていたら、もうずいぶん前の旅でお世話になった熊本や阿蘇や杖立の方まで大きな被害を受けている様子。
杖立というと、ほんの1ヶ月前に若くして亡くなった畑中純さんの「まんだら屋の良太」を思い出します。
オヤジの二人旅では、わざわざ杖立温泉で一泊したほどです。
その温泉街を流れる川が氾濫したところを想像したりすると、胸が痛みます。

自然の災害はじっと絶えて通りすぎるのを待つしかありません。
この間の石見銀山側溝の氾濫などチッポケなものです。

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わがままもの 

2012/07/13
Fri. 07:28

やっと最後の彫刻発送を終了し、ホッとするまもなく、東堂さんの通院お供。
朝からやけに湿っぽくて不快指数の高い石見銀山から、万善寺まで行くと、高原の爽やかな風がとても心地良い。

・・と、そんな感じのところへ、私の到着を待ちかねたようにおかみさんの刺激的な小言が炸裂します。
東堂さんは、毎日繰り返されているおかみさんの厳しい叱咤に、とてもよく絶えていると感心します。
軟弱ものの私など、心の柱がポキポキ折れてなかなか立ち直ることが出来ません。
病院までの道中で、東堂さんを労うと「毎日のことだけぇ、もう慣れてるけぇ、またか思うて聞き流しとるがの」と苦笑しています。
本当に頭が下がります。

昔から勝ち気で負けず嫌いのおかみさんでしたから、年をとるにつれてそれに磨きがかかってわがままで頑固になっていったことになるわけですが、ワイフ曰く、「そのように今まで何もしないで見逃しておいた方が悪いのよ!」と一喝されてしまいました。

比べると失礼な話ですが、おなじわがままでも、我が家のチンピラ猫の方はなんともかわいく、手に負えます。
先ほども、ワイフの朝仕事の忙しさを無視しておかみさんから小言の電話。
状況の悪化が心配なので、これからおかみさんの相手で寺まで行ってこようと思います。

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側溝の花 

2012/07/12
Thu. 07:22

石見銀山は島根県の大田市にあるのですが、昨夜、その大田市から万善寺のあたりまで大雨洪水警報やら注意報が発令されていたらしい。

島根の辺りだけかも知れませんが、本格的な夏に入る前には、このように大雨が降ることが多くて、側溝の用水路を便利に使っている石見銀山の町並み住民は、大量の雨量をまかない切れないであふれかえる用水路の始末に大忙しとなります。

このようなことが、シーズンに1〜2回くらいあると、一方で用水路に流れ込む山からの谷水に混ざって、枯れた草木や腐った古竹などのじゃまな山のゴミが流されてきれいに掃除されたりもするので、それはそれで自然の摂理に叶っているのかなぁと思わないでもありません。

石見銀山が世界遺産に登録されそうなことが分かった頃から、町内の美化工事が急ピッチで進められ、登録を挟んで完成した現在の用水路には、観光さんの便宜を図って各所へ溝蓋が設置されました。
この、溝蓋が今回のような大雨になると、とたんに厄介者になります。
昔は、山のゴミが側溝へ流れ込んでも、難所の要所要所でゴミをすくい上げることが出来ていたのですが、溝蓋のおかげでそれが難しくなってしまったのです。

住民の暮らしの歴史に基づいた基本調査もそこそこに、机上の会議で図面に置き換えられた名ばかりの改良工事で、住民が苦労している・・という実態が、石見銀山世界遺産登録5周年事業で盛り上がる裏事情で浮かび上がっています。

一晩降り続いた大雨もあがり、増水も峠を越えた側溝には、どこかから流れ着いた小さな花の株が激流に耐えながら張り付いていました。

根性あるなぁ・・

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今日の一言 

2012/07/11
Wed. 09:12

本日は朝から小雨模様。

ジャングルのように茂った裏庭も気になりますが、次第に風も強まって、好天の兆しも見えないので、ひとまず書類整理のデスクワークをしようと書斎に篭っているところです。

近くにはネコがいて、ひとの顔色を伺っては何やら悪さをしながら時折いやらし気な泣き声を発しています。

彫刻の発送作業にともなって、時折作品到着のメールが舞い込んでいます。
富山の長谷川さんは、浜田の美術館へ会期中にご夫婦できてくれました。
〜〜〜〜〜〜〜
作品2点、着払いで確認しました。
何の破損もありません。安心してください。
作品を確認するまでは多少不安でしたが。仮に作品に瑕疵があっても文句は言えないな、とも。
 
近年、不景気と価格破壊。これもデジタルの急激な普及でしょうか。デジタルが社会変化の強力なベクトルとなっているようです。それも一方的にアクセルが掛かっています。
そんな中、美術運送も従来の発想は効かなくなりました。
 
彫刻人口減の要因は少子化もありましょうが、それ以上にデジタル進行(信仰)のように思えます。
ここ数年はスマホなどの普及でライフスタイルそのものも変わること必至です。
 
こんな時代下、アナログの彫刻に攻勢をかけようとされる吉田さんを応援しないわけにはいきません。
出品だけですが。
〜〜〜〜〜〜〜〜
このようなメールが返ってくると、気持ちが引き締まります。

ワークショップで、ほぼ丸1日、脇目も振らないで集中して石を叩き続けていた子供たちの後ろ姿が思い出されます。
身体を動かして汗を流す心地よさは、スポーツだけでないということが分かってもらえたような気がします。

60に近いオヤジになって、構えて勉強することも遠のいて久しいこの頃ですが、時々思いついたようにペラペラとページをめくっているのが、「菜根譚」。

〜鳥語虫声 総是伝心之訣〜

鳥の鳴声や虫の音に混じって聞こえる鎚音からも、言葉にならない人の心の機微が伝わってくるように思えます。

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夏間近 

2012/07/10
Tue. 09:05

梅雨前線が停滞していたおかげで、ズルズルと延びていた展覧会の後片づけに、やっと先が見えてきたところです。

石見銀山のこのところ2日間はとても良い天気で、彫刻の梱包作業に良い汗を流しています。
だいたい、このような展覧会で一番気を使うのが返送の梱包作業。
これをきちんとしておかないと、せっかく作家の皆さんから大切な彫刻をお借りしているのに、自分の手元に帰ってきた作品が壊れていたりすると、全てが水の泡・・になってしまいます。

東京の展覧会でもうずいぶんと長い間、個人搬入搬出を続けているのは、そのような思いをしたくないからです。
彫刻も、形あるものですから壊れるということは珍しいことではありません。
素材や工法、彫刻の形など、壊れやすいものやそうでないもの、様々です。
経験の多少でもかなり違いがあります。

作家が心を込めて作った彫刻を預かっているからには、それなりの責任と保証を用意する必要があると思っています。
今回のこのような彫刻展は、開催者としてその期間中の緊張感はかなりのものなのです。
幸いにも、会期中大きなトラブルもなく、梱包作業も広い会場を自由に使わせてもらって、ワイフをはじめ、助っ人も手伝ってくれて、とてもスムーズにはかどって、順次発送を済ませつつあります。

これから、書類整理の事務処理が待っていますが、ひと山は越えたところです。
キーポンをピアノ教室へ送ったついでに、日本海まで足を伸ばしました。
ゆっくりと落ち着いて海を見たのは、本当にとても久しぶりのことです。
海風にあたりながら、夕日にはまだ間がある横からの長い日差しの中で、読みかけの文庫本を開くと、アッという間に時間が過ぎます。
気がつくと、ピアノ教室はとっくに終わっていて、焦って迎えに行ったら、キーポンはiPodをつつきながら道端に立って待っていました。

少しずつ、何時もの吉田家の日常が戻りつつあります。

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吉田家のネコ 

2012/07/09
Mon. 07:36

現代彫刻小品展の話題で、すっかりご無沙汰の吉田家ネタでございますが、溜まり積もったどうでも良いつまらん出来事を一つ・・・

その後のチンピラ猫は、次第にバージョンアップして学習能力も増し、小利口になってきつつあります。
最近では、悪知恵も働くようになって、人を見てネコをかぶったりしています。実に都合の良いヤツです。

私は徹底的にスパルタですから、ヤツも闘争本能丸出しで飛びかかってきます。
キーボードなどつついていると、背中をよじ登ったりしてきますから、私の背中は穴だらけです。

ワイフのふくらはぎが美味しく感じるのか、こちらの方も思いっきりパクついて、朝から台所の方でけたたましい悲鳴が聞こえます。

キーポンが部活を終わって帰宅すると、脱兎のごとく飛びついて彼女の指をしゃぶります。
その時は、何をされても陶酔状態でおとなしいものです。

とにかく人の顔色を上手に見分けています。

ちなみに、「ネコ」は、いまだにその日の気分によって、いろいろな名前がつきます。
どんな名前でも、それなりに無視したり、反応したり、都合よく乗り切っています。

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ある日の吉田家 

2012/07/08
Sun. 08:04

梅雨前線で各地では記録的な豪雨の被害を受けたりして、安心して夜も眠れない日々を送っていらっしゃる方々も多いことでしょう。

一方、吉田オヤジの場合は、梅雨前線の御陰で展覧会の後片付けが中断し、思わぬ休息日が出来ました。
ほとんどが屋外労働になる後片付けは、屋根のないポンコツ君にとって雨は致命的。
こんな時はジタバタしないで、おとなしく天井の漏水騒ぎで大変だった吉田家に隠ってデスクワークに励んだほうが得策と、朝から気持ちを切り替えて、プチプチとキーボードをたたきながらメール送信したところです。

家にいると、それはそれなりにこまごまとした用事もあったりして、半日くらいアッという間に過ぎてしまいます。
珍しく久々にワイフの休みも重なったりして、お昼ご飯を作ってもらったりして、のんびりとした休日になりました。

少し落ち着いて展覧会の日々を振り返ってみると、彫刻を出品していただいた作家の皆さんをはじめとして、どれだけ沢山の皆さんにお手伝いをしていただいた事か、計り知れないものを実感します。
吉田の我がままに付き合っていただいて、文句も言わないで振り回された方々も沢山いらっしゃったかと思うと、その方々のフラッシュバックが止めどなく続いて、冷や汗が出ます。

これから、報告書の作成が1ヶ月ほど続きます。
まだまだ、多方面にお手伝いをお願いしなければいけません。
もうしばらくの間、コアなメンバーの皆さんにはお付き合いいただくことになります。
どうか、今しばらくはお気楽オヤジを見捨てないでやって下さいませ。

早期梅雨明けを祈念して、吉田家お気楽娘の日常の一コマをご紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
スイカバーを18個並べると○になるという伝説をきいて昼休みに実戦してみた22歳女たち9人。

写真

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石見銀山集中豪雨 

2012/07/07
Sat. 07:38

展覧会の後片づけをしながら、借りていた彫刻の発送作業をしたりしていると、お昼前からしだいに厚い雲が石見銀山の谷へ落ちて来はじめ、同時にすごい湿気で不快指数も急上昇。
頭に巻いた手ぬぐいも汗でビッショリ。
作業着が身体に巻き付いて半端無く動きづらい。

そんな状況の中、雨が降る前に少しでも多くの彫刻を発送しておこうと、郵便局まで往復していると、お昼を過ぎたあたりからポツポツと雨が降ってきました。

30kg越えの彫刻2点は、郵便局で取り扱い出来ないので、それを何時もの小荷物配送の運送会社へ持ち込んだところで、本格的な雨模様となりました。

石見銀山は世界遺産なのですが、生活するには結構不便なところです。
近くにコンビニもなく、もちろんスーパーもなく、銀行は ATMの設置されていない簡易窓口だけ。
そんなわけで、彫刻家がよく利用するクロネコまでは、荷物を満載して20分は走らないと到着しない・・といった状態です。

出来たら、来年以降も現代彫刻小品展に小品の彫刻を出品していただける作家は、30kg以下のものにしていただけると助かります。

予定していた発送作業も、3分の2位しか完了できないまま、夕方になって雨も激しさを増してくるし、無理はやめようとワイフと相談して帰宅。

夜の9時を過ぎたあたりから雷雨を伴った強烈な集中豪雨が始まり、吉田家は大屋根の雨を消化し切れない雨どいが決壊し、エアコン室外機設置も兼ねたステンレス製の大きな雨受け場の許容もいっぱいになって、天井裏に溜まった雨水が氾濫。
狭いリビングから土間にかけて水浸しになってしまいました。

長男は何時ものごとく留守にしていて、結局親子3人でタオルや洗面器やバケツやステンレスボールやアルマイトのバットなど、水を溜めるものは何でもかき集めてあちこち大騒ぎ。

強烈に降り続いた雨もひとまず小康状態となって、天井からの水漏れが無くなったのは午前0時を過ぎた頃でした。
そろそろ六十に近い五十郎オヤジ以下、家族3人グッタリつかれた一夜となりました。

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東京夜景 

2012/07/06
Fri. 07:35

展覧会一色に染まっていたこの1ヶ月でしたが、その間、我が家の人々にはそれぞれそれなりに色々な出来事がありました。

長男は益々オヤジとの会話が減っていき、長女は深夜のテレビドラマと真夜中の電話にはまって、次女は就活もそこそこに東京ぶらり旅に磨きがかかり、三女は1学期の期末試験をぬるーく乗り切り、ワイフはわがままオヤジの無茶振りに振り回され、それらの一つ一つが語れば長い感動のストーリーになって、「歳々年々人不同」といったところです。

吉田家一つとっても、これだけ人それぞれの営みが絡み合って毎日が過ぎているのですから、世情の不安が堪えないのも当然のことでしょう。

現代彫刻小品展であちこち動き回っている間に、いつの間にか紫陽花が満開になり、雨に濡れた草木の緑が輝きを増し、しばらく草刈りをしない間にクズのツルが吉田家の裏口まで迫っています。
最近目立ち始めた天候不順も、1年を大きく見渡すと、おおむねいつもと変わりない四季が繰り返されています。

そんなわけで、吉田家の不同の一コマをノッチのメールから転記しておきます。
一月に1度、写真好きの男友達とタンデムでツーリングしているそうです。
石見銀山の風景を見慣れていると、世界が違いますね。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
東京湾を見つめる孤独な22歳女。
右側は首都高!!
左側は船!!

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現代彫刻小品展石見銀山のその後 

2012/07/05
Thu. 06:33

展覧会も終わり、1日かけた搬出作業も鬼塚さんのお手伝いのおかげで何とか先が見えて、あとは彫刻の返送を残すのみとなりました。

今日は、1日檀家さんの法事で石見銀山を留守にするので、結局、発送作業は1日ずれ込んでしまいます。
会期中は、メタクチャ天気に恵まれたいたので、これから残った用事を吉田だけで行うことになりますから、(べつに雨男というわけでもないけど)ちょっと天気を心配しています。

展覧会終了のお知らせをメール保持作家の皆様へ送信しておいたら、いくつか返事が返って来ました。
あたたかいねぎらいと励ましのお言葉に、鼻水が垂れました。

鬼塚さん石見銀山最後の夜は、町内のオシャレなお店でささやかな送別の祝杯をあげました。
連日の重労働にもかかわらず、全く疲れを知らない鬼塚さんに完敗です。
ヨレヨレの吉田は、塔婆も書かないといけなかったりして、あとは、町内メンバーにお任せで早々と退散。
結局、鬼塚さんは、1週間以上石見銀山に滞在となりました。
これから、鳥取の岩美町まで足を伸ばすそうです。

出品作家の皆さんから帰ってきたいくつかのメールを転記しておきます。

〜〜〜〜〜〜
すっかりお世話になりました。
またの機会にご感想などお聞かせいただけたら幸いです。
地域にお住まいの、方々にもご協力もいただいてのこととは思いますが、本当に御苦労様でした。
満寿美さんにも、くれぐれもよろしくお伝えください。
〜〜〜〜〜〜
鬼塚さんにもお会いしたかったのですが、またの機会となりました。
サイトで拝見させていただきましたが、すばらしい企画と展覧会です。
吉田さんをはじめとして中心となって取り組まれた皆様に、感謝です。
できれば次回も参加させていただきたいと思っています。
~~~~~~
石を叩く音が梅雨空に響いた様子を想像しました。
~~~~~~
大変お世話になりました。
何のお手伝いもできなくてすみませんでした。
今後ともよろしくお願いいたします。

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現代彫刻小品展石見銀山終了 

2012/07/04
Wed. 07:19

展覧会最終日の朝は、前夜から降り続いていた雨も上がって、滑り込みセーフのお客さんも期待できそうな1日が始まりました。

石見銀山での展覧会は、気持ち悪いほど天候に恵まれた11日間でありました。

浜田の時は、春の嵐に遭遇して結構大変な思いをしました。
きっと、石見銀山には、晴れ男か晴れ女がいて、私を助けてくれたのでしょう。

そんなわけで最終日は、近所の陶芸家やら、市役所職員のお偉いさんやら、出品作家のお母さんやら、毎年楽しみにして欠かさず見に来てくれるおじさんやら、開館時間ギリギリまで来場があって、トータル526名の入場者数となりました。
確か、昨年が512人だったと思うので、会場が変わったことの影響はほとんどなかったといっても良いでしょう。

宮崎の鬼塚さんは、最終日まで残って受付の当番や後片づけを手伝って下さいました。まったく頭が下がります。
いつまでも変わらない精力的な彫刻制作と発表活動は、とかく怠け心が優先してしまう自堕落な吉田にとって、とても良い刺激になりました。

これから、会場の復元をしつつ、作品の発送作業や展示台の移動をして、昨年11月から続いた現代彫刻小品展の実務を全て終了することになります。あとは、報告書の作成などの事務処理を残すのみ。
7月中には、出品作家の元へ、報告が届くようにしたいと思っています。

関係の皆様には、とてもお世話になりました。
ワイフも最後まで陰で支えてくれて本当に助かりました。
島根の彫刻家も少しずつ出品者が増えてきて、今後が楽しみになってきました。

この様子だと、来年も展覧会を続けることになりそうです。
いろいろ、皆さんお忙しいでしょうが、今のうちから小品の彫刻など造って、要項が届くのを待っていてください。

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現代彫刻小品展石見銀山ー10日目 

2012/07/03
Tue. 07:38

何処かで、1日ズレてしまったみたいですが・・・、とにかく11日間の展覧会も本日が最終日となりました。

会期中は、平日でもほぼ毎日のように20人を超える来場者があって、現在493人になりました。
夜人口400人の石見銀山で、展覧会では、その数を越したことになります。

会期日数が若干違うものの、おおむねこの3年間500人の来場を得ているということは、島根の片田舎で宣伝もほとんどメディアの告知程度ですましてしまっている彫刻展としては、そこそこ健闘の数字を出していると分析しています。

若干の仏事で受付をワイフやノリちゃんや周藤さんに代わってもらったりしてしのいできました。
その最終日も、手間替え仏事の大般若会で抜け出してしまうという結果になってしまいました。
ツメの甘さは何時もの吉田のノリでもあって、それを熟知のワイフなど、文句も言わないでシブシブと穴埋めしてくれたりしています。

浜田の世界こども美術館と違うのは、会場での滞在時間の長さ。
ゆっくり、じっくりおおむね1時間近く鑑賞していただいて、質問などもいただいたりして、それに答えたりしているとまた次の来場があって・・・という感じで、土曜や日曜などほぼ1日中立ちっぱなしだったりします。
大森小学校の子供たちも、ワークショップを含め何度も会場へやってきて、彫刻で遊んだりしてくれました。
町内の反応も好評で、ほぼ島根県の端から端まで遠路駆けつけていただきました。

これから後片づけが待っています。
天候の状態にもよりますが、2日間くらいかかって、おおよそ目処が立つと思います。
あと少しです。軋む身体にむち打って乗り切りたいと思っています。

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現代彫刻小品展石見銀山ー9日目 

2012/07/02
Mon. 06:46

ワークショップ2日目は、時折吹きつける激しい風雨の肌寒い朝となりました。

それでも、参加2日目の子供たちはとても元気。
ハンマーをふるう後ろ姿が、ビックリするほどかっこよく決まっていて、道具の使い方のコツを既に掴んでしまったようです。

鬼塚さんも子供たちの飲み込みの早さに感心しきり。
このままスクスク育てば、立派な彫刻家になるのではないかと期待も膨らみますが、そこは現実の厳しさで、なかなか上手くはいかないだろうと、日常の常識に引き戻されます。

展覧会の受付をしていると、車のエンジン音や、銀山川の流れや、テントを叩く雨音に混じって、石見銀山の谷に響く鎚の音がとても新鮮に聞こえます。
ひょっとしたら、2・300年前の石見銀山では、至る所でこのような鎚打つ音が絶え間なく聞こえていたのかも知れません。

結局、お昼前には心配していた天候の崩れもほぼ快方に向かい、時折日差しも戻ってきて、その頃から市内の若いお姉さんも加わって、なかなかの盛況ぶりでした。

一夜明けた本日は、ワークショップの後片づけが待っています。
受付と手分けしながら、1日かけてのんびりと、会場前庭を復元することになります。
これから展覧会後始末のひと山を向かえることになります。
次につなげるためにも、遺漏の無いように緊張の数日が続きます。

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2012-07