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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

雨上がりの石見銀山 

2012/11/18
Sun. 07:06

貴重な雨上がりの1日、久々に石見銀山の町内を散策しました。

もう、この町へ移り暮して20年が過ぎます。
20年前の石見銀山は、世界遺産の話などカケラも出てこなくて、閑散としたゴーストタウンでした。

その頃からくらべると、「これが同じ町か?」と思うほど徹底的に人の手が入って、かくいう我が家もその1軒。
当時は、町内の有志が運動を起こして獲得した、重要伝統的建造物群保存地区(やたら長い)の指定がされてしばらくの頃で、「さて、これからこの町をどのように維持していこうか?」と、模索していた時期でもありました。
そのような状態ですから、まだ行政も本格的に動いて何をするわけでもなく、とにかく、地元有志が時折集まって、善後策を話しあう程度の動きがあったほどのことでした。
それでも、行政職員の一部で熱く燃えているメンバーがいて、彼らのネットワークを活かしながら、ささやかな補助金を元手に「視察」と称した観光旅行などをしつつ、地道に石見銀山の保存活用の方向性を具体化しはじめてもいました。

町並みには、住む人もいない空き家が点在し、次第に傾き、ある日突然倒壊が始まって手がつけられなくなってしまう・・という、維持限界の家が結構あって、吉田が住む前の家も、玄関先から天井を見上げると、屋根裏を通り越して空がチラチラ見えたりするような状態でした。
石見銀山の場合、10年落ちの中古車価格で購入出来るほどのあばら屋も、保存地区の網がかかって、修繕費用はかさむ一方。
結局気がつくとツー・バイ・フォーで新築したほうが安くついたりするようなことが常識になって、高齢化年金暮らしの集合体のような町は、そのような財力も気力もないまま元気なく停滞していたところへ、県知事の鶴の一声の石見銀山世界遺産登録発言。

そうやって保存修復が延々10年以上続いて、今年が世界遺産登録5周年を迎えたわけであります。
気がつけば、町並みからは電柱が消え、サッシが減り、瓦は来待の赤瓦に代わり、酸性雨で5年ともたない銅ぶきの雨どいが常識になり、観光ガイドさんとベロタクシーとレンタサイクルで、町並みをチラ見しながら足早に通過する観光さんたち・・・
そんな気ぜわしくにぎやかな町に変わっていました。

はたして、それで良かったのか・・・
観光さんたちに遠慮しながら暮している地元住民に、暮らしの安らぎはあるのか・・・
過ぎたことをむし返してもしょうがないし、先を見て生きるしかありません。
なかなか判断に苦しむところであります。

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2012-11