工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

高校生彫刻講習会 

2013/01/31
Thu. 09:30

久々に若い人々とお話しをしたような気がします。
キーポンと同年代の子供たち(というと叱られるかな?)が60人も集まると、チキンオヤジとしては、どのように対応してよいやら訳が分からなくなってビビってしまいます。
気がつかない間に、坊主家業でジジババ相手の暮しに染まってしまったようです。

世間では彫刻家と称して、小難しいことばかり考えて、良く分けの分からない彫刻ばかり造っていますが、そのような彫刻家の端くれへ、高校生の彫刻講習講師のおはなしが舞い込んで、久々にジジババから逃避出来るとイソイソ出かけたものの、現実はなかなか厳しいもので、現場に立つと、時代のギャップに直面してロレツが回らなくなって、緊張の連続でした。

さすがに若い力は柔軟で、私の支離滅裂なだらしない話を上手にスルーしてくれて、皆さん小さな手乗り彫刻をセッセと集中して造ってくれて、オヤジもビックリの面白い作品がたくさん完成しました。

一仕事終わって帰宅したらグッタリ疲れてバタンキュー。
今日からは、その講習会も後半戦。
気持ちを引き締めて仕切り直ししてきます。

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庭の彫刻 

2013/01/30
Wed. 06:55

今の自宅に転居して、かれこれ20年になるでしょうか?
当初は、銀山川まで続いていた裏の畑をワイフがセッセと改造して、今では様々な木々の茂った里山風の裏庭に変わりました。
銀山川の対岸は、バス通りになっていて、観光さんたちの自家用車や、地域の生活車が行き来します。
その銀山川の川岸のスモモの木が、手入れもしないのにスクスクと伸びて、大きく枝を広げています。
ちょうど、その枝先が切れたあたりに置きっ放しの私の彫刻は、石見銀山にあるお店の二階を借りた彫刻個展の時に制作したもの。
あの頃は、今に比べると制作の方向性をかなり窮屈に思考していた時期で、このままだと彫刻がどんどん小難しくなって理屈っぽくなりすぎるような気がして、その迷宮にはまりこまないうちに、さっさと思考の器を空っぽにしてしまおうと踏ん切った個展にもなっていました。
あの時思い切って造形のストックを吐きだしたことで、ずいぶんとその後の展開が自由になったなぁと思っています。
あれからずいぶん時も経つし、もうそろそろ脳みその何処かに蓄積されて醗酵しはじめた不純物を処理する時期がきているのかも知れません。

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えりまきシロ 

2013/01/29
Tue. 02:00

この前から吉田家のシロちゃんが「えりまきシロ」になっています。
10日後に抜糸が終わるまでズゥ〜ッとこの状態。
チョット痛々しい気もしますが、なかなかのお笑いネタにもなって、家族の注目を集めています。
もう、生後半年を過ぎているのになかなか大きくならないで心配していましたが、これで元気になるともう少し大きくなって体重も増えるかも知れません。
やっぱり、女の子はちょっとプックリしていたくらいの方が愛嬌があってかわいらしいですものね。
・・・といって、それがオヤジの単なる好みだったりして・・

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雪事情 

2013/01/28
Mon. 06:53

どちらかというと、冬とか雪は好きなほうです。
朝目覚めて、部屋の空気がヒンヤリしていると、「ヒョッとして昨夜は雪だったかな?」と期待したりしている自分に気がつきます。
島根の方でも、このところ大雪に注意を呼びかけているようですが、石見銀山は、そこまで大騒ぎすることもないほどの雪景色。
万善寺の方も、大屋根からの雪ずりの山も申し訳程度。
この程度の雪だと、まだ、裸足に雪駄でうろついていたりして、ワイフにだらしないと叱られています。
やはり予想のとおり、大寒から一気に冷え込んできたし、立春あたりにもうひと山あるかどうか・・

雪が降った次の朝は、デジカメもってイソイソと出かけることもしばしばです。
降り積もった雪のお陰で、明暗のコントラストや切り取ったフレームの面積比がとてもキレイなので、私の写真ライブラリーには、雪景色がかなりたくさん集まっています。

何れにしても、近年に珍しく今年の冬は、雪の少ない過ごしやすい日々が続いています。

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坊主の話 

2013/01/27
Sun. 09:47

石見銀山にも、久々に申し訳程度の雪が降りました。
そんな中、いつもより若干早くキーポンを学校まで送って、帰ってきたところです。

土日も返上で練習を続けていた部活ですが、その発表会が本日午後から始まります。
ポンコツ君での道中は、歌劇カルメンが高らかと破れたスピーカーから鳴り響き、キーポンはハミングしながら聴き入っていました。
朝から何時もの吉田家とはひとあじ違った空気が漂っています。

昨日の私は、久々の49日法要を、冷や汗かきつつ一見涼しげな顔で乗り切り、寺の雑用を片づけ、しゃべる元気も出ないほどいつになくドッと疲れてそのままキーポンを迎えに行ったりして、彫刻の試作も小休止のあわただしい1日となりました。

斎膳の席では、お決まりの時事問題などが話題になって、日頃からメディアを遠ざけている私はしどろもどろ。
アルジェリアや体罰や早期退職の話題をさり気なくお釈迦様の方向へワープさせたり、ついでに、在家坊主のマメ知識などを小出しにしたりして乗り切ったところです。

「えぇ〜、このあたりのお寺は真宗さんが多いですから、みなさんはどちらかというとお寺さんを(ごいんげさん)とおっしゃることがほとんどと思いますが、うちのような曹洞宗では(おしょうさん)と言ったりしています。この和尚さんを、密教などでは同じ和尚と書いて(わじょう)とか(かしょう)とか呼んだりしていますが、我々どうしでは、偉い和尚さんを(大和尚)と呼んで、開山忌の時などは、歴代大和尚さんの戒名を読み上げたりしているんですよ」
「へぇ〜〜〜」
「この、(おしょうさん)は、お寺の住職さんの敬称のようなものでして、住職とは名ばかりのチンピラのような私などは、もっぱら(ぼうず)とか(おぼうさん)程度に呼ばれたほうが気楽で良かったりしますね」
「ほぉ〜〜〜」
「昔々は、お寺の別宅出張所というか出先機関のような小さい掘っ立て小屋程度の建物があって、それを(坊)とか(庵)とか言っていたんですが、その別宅をお守りしている人を(坊主)とか(庵主」とか言っていた訳ですね。ようするに、住職に及ばない立場とか住職をリタイヤした連中を総称して(ぼうず)といっているようなものですわぁ・・」
「はぁ〜〜〜」
「もっとも、私などはうちの娘や、近所の子供たちからは(ハゲ)とよく言われてますが、短くても、髪はキッチリ生えているので、まだ禿げてはいませんね。まぁ、そんな訳で、(ぼうず)と(ハゲ)は、また意味が全然違うんですなぁ・・。どうもややこしい話になって申し訳ありませんでした」
「いやぁ〜〜〜」
「はっはっはっはっ・・、まぁ、皆さんはどうか心ゆくまで故人を偲びながら昔話でも続けて頂くとして、坊主はこのあたりで中座させていただくこととしましょう・・」

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まずは目出度し 

2013/01/26
Sat. 06:27

あっ!無事に卒業制作の単位もらえました!卒業できます!いぇーい♡
けど2月中旬くらいまでやらんといけん事が山積みなので、それまで付き合い悪いと思いますがこれからも暖かく見守ってください(;_;)

ノッチから関係者(親しくお付き合いさせてもらっている方々・・オヤジもその一人に入れてもらっている)宛に報告がありました。
まずもって、メデタシメデタシ!
このまま全ての単位を修得出来て、無事に卒業することが出来たら、4月からは晴れて社会人1年生がスタートです。

かれこれ3ヶ月近く、さみだれに送ってくる卒業制作の途中経過を見ながら、色々相談したり助言したりしていたのですが、今になってみると、こんなオヤジでも何かしら頼りにしてくれているようなところもあって、ノッチからのメールや電話をドキドキウキウキしながら待っていたように思います。

最後に届いたのは、今は亡き吉田家最長老だったシェパ爺。
とても良く描けていると思います。
こういう切り口をみると、一見遊び狂ってチャランポランな暮らしをしているようなノッチの、実は真面目で堅実な一面がにじみ出ていて、その真っ直ぐな制作の姿勢に好感が持てます。

モデルになったシェパ爺も、2月10日で1周期を向かえます。
ノッチが無事に卒業制作の審査会を乗り越えることが出来たのも、シェパ爺の助けがあったからかも知れません。
そのシェパ爺は、ノッチがまだ幼稚園に行くか行かないかの頃に、小学生のじゅん君達が保護した野良犬でした。
縁あって、吉田家の番犬から彼の人生(犬生というのだろうか?)が始まって19年と10ヶ月。
その大往生は私が看取りました。
その時、何か吉田一家の行く末に、ひとつの大きな節目を感じたことを覚えています。
そしてほぼ1年後、シェパ爺とも縁の深いノッチが人生の節目を乗り切ろうとしています。
これも何かの縁でしょうか?

http://tetujin29.blog31.fc2.com/blog-entry-776.html

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雪のない毎日 

2013/01/25
Fri. 11:04

天気予報では雪が降るようなことをいっていますが、石見銀山は朝方に申し訳程度の粉雪がパラついたくらい。
今年の冬は拍子抜けしたように過ごしやすい日々が続いています。

週末は、49日の法事が入っていて、今日はこれからその準備。
彫刻の試作はひとまず中断して、塔婆を書いたり、法衣を用意したり、法式の段取りをつくったり・・・
万善寺にとっては、1年に1回のお葬式だったので、そこまで期間が開くと覚えていた段取りもあやふやになって、結局はじめから作り直したほうが早かったりします。

・・そんな感じで、今週も1週間があわただしく過ぎていきます。
朝方の用事があったので、久しぶりにワイフのカーゴでキーポンを送ってきたところです。
こうして雪の無い毎日を過ごしていると、送迎の道筋に所々残る落葉の林が秋に逆戻りしたように錯覚してして見えて、不思議な気持ちになります。

東京暮らしの娘達の様子を聞くと、あちらの方は久々に大雪が降ったりして、雪に慣れない人たちの暮らしは結構大変な様子です。
個人的見解で、根拠の無い話ですが、東京で雪が降る年は、島根県は比較的過ごしやすい冬になっているようです。

私の10年の東京暮らしの間にも2〜3回は、雪で大騒ぎになっていたなぁと思い出したりします。
昔は、3月3日のお雛さまの日から国立の入学試験があって、だいたい東京ではその頃にシーズン最後のおさめ雪が降ることが多くて、受験生達の中には、大騒ぎして平常心が狂って日頃の実力を十分に発揮出来ないまま、浪人暮らしに入る・・・といった可哀想な連中が私の周辺にも結構いたものです。
私の場合は、日頃の実力通り、何の動揺もなく平常心で浪人暮らしに溶け込んでいったわけですが、当初の浪人暮らしの予定が繰り上がって1年早く滑り込み合格したのは、多分、その年のおさめ雪で滑って転んだ誰かの身代わりだったのだろうなぁ・・と、漠然とそのような結論で納得したりしていました。

東京のような大都会だと、日本全国から人々が集まってきているし、諸々最先端の暮らしが常に提供されている訳ですから、少々の雪くらいどうでもないだろうと思っていましたが、かえって、田舎のように何もなくて不便なくらいの方が、日頃から暮らしの応用力が身についてしぶとかったりするのかも知れません。
そんなことを思いながら、燃料代を節約して、ストーブに薪をくべながらヌクヌクしているところです。

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熱心な見学者 

2013/01/24
Thu. 04:57

まったくもってどうもこうも・・・

手乗り彫刻の試作を造りはじめて、かれこれ1週間。
その間、吉田家で缶詰め状態のデスクワークが続いています。

昨年までは、同じデスクワークでも、彫刻絡みの場合は万力などの道具や工具が揃っている工場の自作鉄テーブルで仕事をしていたのですが、今年は、暖房燃料の高騰で灯油代もバカにならないので、チョコチョコ工場を往復しながらその時の彫刻に必要なものを自宅の自作鉄テーブルまで移動して、作業を続けているところです。

おかげさまで、暖房の方は薪ストーブでまかなえますから、燃料代は薪造りで流した自分の汗程度。
もっとも、汗で流れた水分補給で「麦とホップ」をがぶ飲みしたりすると、元も子もないことですが・・・まぁ、そのあたりを自粛しながら色々切り詰めて制作に励んでいる訳です。

石彫で使っていた例のおじいちゃん自作の彫刻刀をセッセと研いでいると、例のネコチャンズが、興味津々でのぞき込んできます。
その、研ぎ上げた彫刻刀で木版の版木を修正していると、ネコチャンズの手が刃先のあたりへ伸びてきます。
和紙をちぎり切っていると、わざわざ水を入れた小鉢に手足を突っ込んできます。
墨を研いでいると、鼻先をこすりつけるようにして墨の匂いを嗅ぎにきます。
バレンを使っていると、その動きを二匹の四つの目が追いかけて、頭を振り子のように動かしてきます。

とにかく、デスクワークの一つ一つを、ことごとく熱心に見学して、チョッカイを出してきます。
なかなか鬱陶しいものでもありますが、おかげさまで、終始飽きることなく、緊張しながら仕事を続けることが出来ます。
結果、このたびは目出度くキーポンを迎えに行く時間までに、予定の100枚を刷り上げて、仕事を終了させることが出来ました。
メデタシメデタシ・・・なのかなぁ・・?

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彫刻刀 

2013/01/23
Wed. 08:57

数日前から風邪をこじらせて部活を休ませてもらっているキーポンですが、それでも学校だけは休みたくないと、自宅学習もしないまま、毎朝遅刻ギリギリで出かけています。
このような時は、車の運転もイライラもので、いつも以上に前を走る車のトロトロさかげんがイラついたりして、精神衛生上よろしいことではありません。
お下がりのiPodの音源をガンガンに響かせながら走っていると、助手席のキーポンが自分の好きな山下君だか誰だかの楽曲に差し替えたりするものだから、余計イライラして平常心が揺らぎます。

そのような毎朝を続けていて、また今日も続くのかと思っていたら、
「今日は、私が送っていくから・・」
と、何時に無く優しげにワイフの方からいってくれたので、久しぶりにのんびりとした朝を向かえています。

この際だからと、毎日のドタバタで溜まってしまった日記をつけはじめたら、どうもすんなりと過去をふり返ることが出来ません。
思い出したところから穴埋めをしていると、どうしても記憶が真っ白になって抜け落ちるところがあって、脳みそが固まっているのか緩んでいるのか、とにかく、60歳近くなって記憶障害が次第に深刻になりはじめているようです。
やはり、日記はその日のうちに記載しておかないと話にならないことを実感します。

1月に入ってからの彫刻は、もっぱらデスクワークが続いています。
久々に引っ張り出した彫刻刀は、今は無きワイフのおとうさん手づくりのもので、とても丈夫で使いやすいので重宝しています。
山がちびて使えなくなった金工用のヤスリを加工して彫刻刀に作り替えたものですから、焼き入れなどしなくても、そのままで十分固いし、少々のことで刃先がなまることがありません、
小さくて柔らかい石を削ったり彫ったりする時は、だいたいその彫刻刀で粗っぽく用をすませています。
版木など作るのに木を彫ったりすると、さすがに刃先の鈍りが影響するので、木彫の前は、納得のいくまでセッセと砥石をかけたりしながら使っています。

今日もこれから木版を刷り終わってから、改めて彫刻刀を研ぎ上げようと思っています。
その手づくりの彫刻刀は、ワイフと結婚してすぐの頃にもらったものですから、かれこれ30年は使わせてもらっていることになります。
ここまで使っていると、もう、一生ものの宝物です。
おじいちゃんの思い出と一緒に大切に使わせてもらおうと思っています。

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平成の木版 

2013/01/22
Tue. 07:08

万善寺では、1月の主な行事も今週でほぼ終了します。
1月は、全てのご縁日が初になるので、その日は何時ものおつとめにご縁日の仏様のご真言陀羅尼を添えて、若干丁寧におつとめをさせてもらっています。

後学のために・・・
○お薬師様・・8日
○観音様・・18日
○お大師様・・21日
○お地蔵様・・24日

このご縁日は毎月やってくるので、昔々の庶民のみなさんは、この日を仕事のお休みにして、それぞれの仏様がお奉りしてある最寄りのお寺へ行楽がてらのお参りに出かけたりしていた訳です。
こうしてみてみると、実に都合よくそれぞれのご縁日が1ヶ月の間にちりばめられていて、今も昔も、せいぜい1ヶ月に4日ぐらいはゆっくり休んだくらいが良さそうだという気になってしまいます。
万善寺の場合は、観音様がご本尊ですから、毎月18日にはご縁日のお参りがあっても良いことになりますが、平成の世では、なかなかそのようなお参りもないのが実情です。

この、ご縁日の他にも節句のお祭りなどが入るので、「坊主の仕事は、お葬式と年回法事だけでは無いのだよ!」ということがお分かりでしょう。
そんな訳で、2月の行事は節分と立春、それにお釈迦様の涅槃会があります。
東堂さんが外回りに出かけられなくなりはじめてからは、このような寺内諸行事は、出来るだけ自力でおつとめをしてもらおうと、密かに企んでいます。

出来たら、ご近所のお参りもあったりすると、はりきって張り合いも出てくるので、昨年あたりからは、色々事前にお知らせなど配ったりして、お参りを促したりしているところです。
まぁ、そうすぐには結果が出るものでもないでしょうから気楽に考えているところですが、今年は、しばらく途絶えていた「立春大吉」のお札配りを復活させようと思って、この前から版木造りにせいを出していました。
2月に入ったら、ご近所さんや地域の檀家さんをご案内がてらぐるっと一周してこようと思っています。

坊主ながらに、高度経済成長期を駆け抜けた東堂さん夫婦は、何につけ印刷物の均一さとキレイさに傾倒のきらいがあるようですが、私の方は、100枚足らずのお札のことですから、坊主の手間と心のこもったアナログ作業が良いだろうと思っていて、このところ、本堂の収納引き戸の奥でネズミにかじられながら放置されている昔の刷り物などを探しだしては復刻版で再利用しているところです。
残念ながら、「立春大吉」は印刷物しかなかったので、一念発起!
この度の版木造りになった訳です。

その立春大吉ですが、謂れが気になる方は何かのメディアでチェックしてください。
禅寺では、立春の前日、つまり節分の日に祈祷法要をして庫裏の玄関へ貼りだす習慣があります。

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ペットの役割 

2013/01/21
Mon. 07:57

万善寺の檀家さんでも1・2を争う雪深いところで暮していらっしゃるお宅へ、年回の法事も兼ねてお邪魔してきました。

家を守るお母さんは、女手一つで息子さんを育て、年寄り二人を見送り、少し楽になったかなというころから、足腰の具合が悪くなり、ダマシダマシ田仕事などして働いていたら、結局、手術をしなければいけないところまで悪化し、昨年に腰、今年に入ってこれから足と、病院暮らし。
おじいさんおばあさんの祥月命日が、いずれも冬の雪深い寒い時で、坊主の方も向かえる方も一苦労。
そんな思いもあって、遠慮しながらの問い合わせがあったので、まぁ、ポンコツながらそれなりに馬力もあるトラックだから大丈夫と、坊主の方からお宅までお邪魔することで話がまとまったところです。

お母さんは、法事が終わったら、家の始末をして、入院の準備。
息子さんは、犬1匹とオス猫を養いながらしばらく一人暮らしになります。

棚行など含めて、年に、4・5回は訪問していますが、その度に元気にほえる犬に出迎えられ、猫に警戒されながらおつとめなどしています。
その、犬猫も、私が覚えているだけで既に3代目くらい。
すぐ隣のお宅は、数年前から空き家になり、次のお宅までは1kmほどの距離があり、腰を悪くしてからは、家を出ることもほとんど出来なくなったとのこと。
息子さんがお仕事で出かけている昼の間、2匹の犬猫がお母さんの話し相手になってくれているのだそうです。

おつとめが終わってから、そんなお話を伺ったりしていると、無性に吉田家のネコチャンズのことが思い出されたりして、すっ飛んで帰宅。
抱かれることを嫌うクロちゃんも、最近では、迷惑そうにしながらも仕方なしに抱かれてくれるようになりました。

そろそろ、立春も近づいてきます。
「立春大吉」のお札を刷って、入院前のお母さんを訪問でもしようと考えているところです。
玄関先に張り出されたお札が、入院中でお留守のお宅を犬猫といっしょに守ってくれることでしょう。

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ナンチャッテ仏師 

2013/01/20
Sun. 07:24

ひとまず寺暮らしを切り上げて、石見銀山へ落ち着いてから、1月末の彫刻絡みのお仕事の準備をしているところです。

このところ、彫刻というと、2010年から石見銀山で始めた現代彫刻小品展にかかりっきりといった感じで、ワークショップを同時開催するようになってから、資金繰りのことやら、講師依頼のことやら、素材調達のことやら、色々と付加的用事に忙殺され、ほぼ、1年中そのこと中心で物事が進んでいる感じです。

気がつくと、1月も既に終盤をむかえ、その現代彫刻小品展開催要項を発送しなければいけない時期にもなっています。
1日がすぐに終わってしまって、どんどん次の日にずれ込んでしまう毎日の中で彫刻を造っていると、やはりどうしてもそちらのほうに気持ちが入り込んで、大事な仕事が頭の隅っこへ移動して、結局後回しになってしまっています。

このところ1週間ばかり、手乗り彫刻のサンプルを造っていて、こんなことをコツコツ繰り返していると、やっぱり自分はクリエイティブな仕事が好きなんだなぁと実感します。
彫刻の良いところは、失敗しても成功しても、制作が進むにつれて刻々と変化するフォルムが常に自分の目で確かめられているというところでしょうか。

彫刻を造っていると、自分のもつ技術や感覚や表現の好き嫌や癖などが、正直にフォルムを通して見えてくるところが面白いと思っていて、ひとまず制作に入ると、そのうま味にはまりこんでしまいます。
熱く揺らぐ感情と、冷静に現状を把握する思考が交錯しながらさざ波のごとく絶え間なく脳みそを刺激して指先へ伝わっていく感じがとても心地よいのです。

ひと頃は、結構小難しくあーだこーだ考えていた彫刻の理屈も、結局は、好きか嫌いか、面白いか面白くないか、その程度の心の動きで制作を続けていられることの方がいいのだと思うようになってきました。
そんなわけで、楽しみながら完成した曹洞宗法衣リアルデフォルメバージョンお地蔵さん。
構想半年、制作期間半年、制作時間正味10時間程度・・・
いやぁ〜、われながらずいぶんな大作の手乗り彫刻となりました。

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アバウト暮らし 

2013/01/19
Sat. 08:59

気がつけば既に土曜日。
1週間はなんて早く過ぎていくのだろう・・・

面白いもので、寺暮らしが続くと、曜日の感覚が消え、石見銀山の暮らしになるといつの間にかその感覚が戻って、1週間を曜日で使い分けるようになっています。
そんなことを感じつつ、江戸の歳時記をチェックしていると、日本の暮しは日にちで色々なことが決まっているんだなぁと、改めて実感します。

1年の節句や、ご縁日など、ことごとく曜日に関係なく、日にちで決まってきますから、一度そんなもんだと思ってしまうと、それはそれで結構合理的だったりして、都合よかったりします。

もっとも、現代世間の行事はなかなかそのような訳にはいかなくて、最近では第○週の土曜日がどうとかこうとか、都合の良いように物事が決まったりして、シンプルに出来ている吉田の脳みその処理能力を越えてしまいます。
このような社会の事情は、次第に田舎の末寺へもせまってきて、土日になると法事が重なったりして困ってしまいます。
せいぜい、50軒足らずの檀家さんの年回法事が、こうして一つところに集中してしまうと、何か、とっても忙しく働いているように錯覚してしまいがちですが、それは全くの単なる錯覚。

このところ、坊主家業優先で暮していると、自分のスケジュールを組み立てることの難しさを痛感します。
もう少しアバウトに乗り切る術を考える必要がありそうです・・・

この前の日曜日に、23回忌の年回祥月命日だからと、略儀の法事をすませたところです。
「丁度、23年前の日曜日におとおさんが亡くなったんですよぉ〜。こんな曜日も重なる祥月命日の巡り合わせなんか、そうめったにくるもんじゃないですけぇ・・簡単でえぇですけぇお経を上げてもらいとぉて・・」

ご主人が亡くなって23年間・・・残された奥さんや息子さんなど、家族の皆さんにも色々なことがありましたが、二人のお孫さんも立派に育ち、今では高校生と中学生。
おばあちゃんのいうことを良く聞いて、手足になって法事の支度を手伝っていました。

坊主の抹香臭い話も、神妙に聞いていただき、清々しいご法事になりました。
よく分からん坊主家業にも、たまにはこのような救いがないとねぇ・・

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彫刻家の一日 

2013/01/18
Fri. 07:35

石見銀山へ引き上げて俗にいう彫刻家暮らしに切り替えてから、デスクワークが続いています。

週末からは、万善寺の用事が続くので、今のうちに彫刻を出来るだけ先へ進めていこうと思っています。

そうやって、ストーブの番をしながらこもっていると、ネコチャンズが図々しくジャマをします。

夕方近くになって、周りが薄暗くなるまで、ひたすら手乗り彫刻と格闘していると、じゅん君がバイトから帰って、ドタバタと次のバイトの準備を始めます。

そのうちワイフが帰ってきます。
「こんな暗いところで何してるの?」
「・・・・」

にぎやかになった吉田家で、ネコチャンズは益々図々しく制作のジャマをします。
そのあたりになると、キーポンの迎えのことも気になりはじめるし、完全に集中力が切れます。

そろそろ、お迎えの時間。
朝以来、二度目の外出・・・申し訳程度の雪が積もっています。

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そろそろ大寒 

2013/01/17
Thu. 09:32

石見銀山は、降り続く雨が、どうやら雪に変わりそうな様子。

キーポンを学校まで送ってみると、高校周辺にシャーベット状の雪が残っています。
帰りがけには、スリップで対抗車線のノリ面へ乗り上げたワンボックスが、通り掛かりのドライバー達に救助されているところへ遭遇。
石見銀山町内までもどると、屋根に雪をタップリ積んだ軽自動車がすれ違います。

20日は大寒なので、そろそろひと荒れするかも知れないと思っていましたが、どうやらその予想も、当たらずといって遠からず・・・といったところでしょうか。

私の方は、石見銀山へ帰るとすぐに、ストーブ燃料の薪を補充したので、若干余裕。
寺で造りかけていた手乗り彫刻を再開し、一気に完成間近まで進んだところ。
仕事から帰ってきたワイフが、しきりに「おじょぉ〜ず」を連発。
自分のメインテーマからはチョット横道にそれたあたりの軽さで仕事をしているところへ、そのような言葉を投げ掛けられると、褒められているのか、けなされているのか、どうも解釈が難しくて、どう返事をして良いのか困ってしまいます。
それでも、1月になってはじめて頂いた彫刻の仕事ですから、準備も万全にしておきたいし、気持ちを引き締めて、丁寧に造り込んでいこうと思っています。

2013年の石見銀山暮らしが、ゆっくりスタートしはじめた感じです。

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久しぶりの主夫 

2013/01/16
Wed. 09:27

久しぶりの石見銀山です。
大森小学校の登校に「おはよぉ〜〜、いってらっしゃぁ〜〜い」と声をかけ、
キーポンを学校まで送って・・・

その間にワイフが仕事へ出かけ・・

ネコチャンズのウンチやシッコを掃除して、
ストーブに薪をくべて、
朝のメールチェックをして、
留守の間に溜まっていた手紙やDMなど整理して・・・

その間にじゅん君が目覚めて、ドタバタ朝シャワーからバイトへ出かけ・・

それから、iTunesを垂れ流ししながらの朝食は、
ワイフが出かける前に作ってくれた、みそ汁と目玉焼き。
歯を磨いて、顔を洗って、成人病の薬を幾つか飲んで・・・

それから・・少し落ち着いて、コーヒーを飲みながらデジカメに溜まった写真の整理。
その中の1枚・・・
そろそろ1歳になろうとしているクロちゃんが、いまだにキーポンの指を見つけてしゃぶってます。
それを見て、一人でしばしにやつきます。

いやぁ〜〜、久しぶりに石見銀山の朝をむかえました。
いやぁ〜、久しぶりに主夫やってます。

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石見銀山暮らし復活 

2013/01/15
Tue. 07:41

1週間が本当に早く感じる1月です。
つい少し前に改良衣に長靴という、何ともサマにならない坊主姿でお邪魔した七日務めですが、その5・7日当日がやってきました。

東京の方では、今年初めての大雪??になったとかで、結構大騒ぎの成人式になったようですが、島根の万善寺あたりも、とんど祭りの最中、水をタップリ含んだ、だらしない重たいだけの雪が断続的に降ったりして、雪解けの風景が、一晩1日で一面真っ白の冬景色に逆戻りしました。

東京暮らしのなっちゃんは、久々の雪に大はしゃぎだった様子。
インフルエンザが直ったばかりの病み上がりなのに、早くも完全復活しているようで、オヤジもチョット安心しました。

延々続く寺暮らしでは、年末最後のスーパーで、東堂さんが目の色を変えて、手当たり次第に買って帰った牛や豚の肉を解凍し、和風洋風つくり分けながら、オヤジ手料理の夕食でジジババ一緒に熱燗を一杯。
おおむね体調の回復した様子の東堂さんにひと安心。

そうこうしていると、キーポンから写真メールが届きました。
オヤジのいない留守を謳歌しているのか・・解釈が微妙でありますが・・
オシャレで上手そうな手づくりパン。
それに・・・
ピアノの発表会の慰労が大阪王将。
何のご褒美なのか意味不明のケンタッキー。
まったく、「このヤロー!」な暮らしぶりが漏れ聞こえてきます。

ジャンクフード大好きのオコチャマオヤジは、キーポン撮影の美味しそうな写真を見ながら指をくわえるしかありません。
そんなこともあって、疎外感でウツになりそうだし、東堂さんも落ち着いているし、ひとまず、寺暮らしを切り上げることにしました。
しばらくは、石見銀山暮らしが続く予定です!・・が・・、どうなることやら・・

写真

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なっちゃん事情 

2013/01/14
Mon. 06:26

なっちゃんの2013年は、試練の年明けとなったようです。

思えば、私もワイフと一緒になるまで13年間一人暮らしを続け、そのあいだ当然のごとく色々なことが起こって、その一つ一つをほぼ自力で乗り切ってきました。
気がつくと、15の春に自分の意思と、当時は若干余裕のあったオヤジの働きで吉田家から独り立ちした彼女も、すでに10年目をむかえた一人暮らしのベテランになりつつあります。
その10年間で、高校を何とか卒業し、自分で見つけた進学をクリアーし、都合よく誘われた派遣職に滑り込み、それなりの実績を積み重ね、仕事の先に併せて転居を繰り返し、今ではまがりなりの雇われ店長。
オヤジも頭が下がるほどの堅実な人生を歩いているように思われます。

その彼女も、年末年始の遊び過ぎのツケがまわって、見事にインフルエンザ感染。
6日間の出勤停止で、自宅に缶詰め状態。
さてさて、その実態は如何に・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○9度2分なう(**)インフルだったらどーしよ(**)本当私今年入っていい事なさ過ぎる。
○インフルだった。1人暮らしのインフルは死ぬ覚悟だね♡
○薬効かねー。もっと強い薬くれー
○なっちゃん死にかけた(**)今はまだましになったよ♡やっぱ今年は波風立てずにおとなしくする
○6日間出勤停止だってー。そんな休んで何すればいいんだ。仕事溜まるしどーしよ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※そこで、ワイフからがんばれメール

なっちゃん、熱はどうですか!? 恋愛運をよくする数字は13 15 17 32だそうです。特に32がいいらしいよ。例えばその数字を書いた紙を持っているとか…。 ちなみに金運は18なんだって。ラジオで言っていました。お大事に!!

おかん…私の体調と全く関係ないやないか…
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○鼻から脳みそ止まらない。動いてなさ過ぎて寝れない。明日からこっそりジム行こ♡
○「1人暮しだから心配です」って店の色んな人が心配してメールくれる(**)♡有難い。けど10年1人でおるとこんくらいなんとも無い。自立し過ぎた…
○孤独なんかぢゃない!ただ家に1人でいるってだけ!ただ彼氏いないってだけ!ただそれだけ!友達も家族もいるぢゃないかー!(**)
○監禁生活が今日で終わってしまうー(**)始めどしよかと思ったけど人って慣れるものね。
○東京に来て3年。初めてお弁当を作ってみた♡小さいことからコツコツと。

なます
自作なます
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
以上、なっちゃん闘病顛末記でありました。

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春めく 

2013/01/13
Sun. 08:27

やりかけの仕事をまとめて荷物にして、さしあたって必要な身の回りのものを揃えて、夕方近くになってから石見銀山の自宅を出発して寺へ移動。
キーポンはピアノの発表会に向けて最後の練習日にもなるし、本当は付き合ってやりたいのですが、寺のことも無視出来ません。

さいわいこのところの好天に恵まれて、雪解けも進み、移動中の緊張は和らぎました。
谷間の川沿いの道を上り続けて赤名高原の国道へ出ると、急にあたり一面が夕日に照らされてオレンジ色に染まっています。
日本海に沈む夕日もきれいですが、こうして残雪がオレンジ色に輝いているのもなかなか見ごたえがあります。

寺へ到着して、狭い境内をふさいだ雪ずりの山を、ポンコツ君の馬力で無理やりかき分けて、久々に庫裏の縁側へ横付けして荷物を下ろしたあと、夕焼けに染まる参道や、雪の残ったあぜ道を、しばし散歩。

昨年の今ごろは、まだ吉田家長老のジジイ犬も生きていて、ヨタヨタとこのあたりを散歩していたなぁと思い出したりして勝手に感傷にふけりつつ、一方で、このまま東堂さん夫婦の日常生活のひねくれた現実に引きずり込まれようとするタイミングを出来るだけ引き伸ばそうと、無駄な努力をしたりしている自分に気がつきます。

雪の下からのぞく枯れ草の乾いた香りと、湿り気を帯びた腐葉土の香りと、季節を間違えて緩みはじめた若芽の青臭い萌えの香りが混ざって、風に乗って漂ってきます。
何とも春めいた1月中旬の1日が終わろうとしています。

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初夕日 

2013/01/12
Sat. 07:37

自分の周辺だけかも知れませんが・・・
今年の島根は、雪もほとんど降らなくて、おおむね過ごしやすい日々が続いています。
だからといって、気を許してしまうと、大雪になった時にグッタリと疲れてしまうので、それなりに緊張の日々であったりもします。

そうこうしているうちに、そろそろ大寒がやってきます。
普通だと、この頃からもうひと荒れあって、立春を迎える頃にもうひと山あって、それが過ぎると少しずつ空気がぬるんできて、春めいて来る予定です。
ところがこの数年間は、その常識も少しずつ狂いはじめて、4月になってもやたら寒い日が続いたりして、老化が進行している私の身体には、結構厳しいものがあったりします。

この1週間ほど、キーポンの送り迎えをしながら、万善寺への通勤坊主に生活を切り替えていますが、書類と一緒の移動の気疲ればかりで、思ったようにはかどらない仕事に、余計疲労感が増してきます。
今度の3連休を区切りにして、ひとまず石見銀山の暮らしに切り替えようと、心に決めているところです。

彫刻絡みで1月末に一仕事頂いて、その打ち合わせがてら、寺の消耗品を買い出しに行ってきました。
本堂で使う線香も、ホームセンターにあるような安いものではどうも体裁が悪いので、1束数千円ほどの、それなりのものを用意していますが、私の知らない間に、東堂さんが気前よくパッパと使っていくので、気が気ではありません。
日常の本堂務めは、出来るだけ東堂さん夫婦にゆだねるように気を付けていて、延々60余年続いていいる毎日の用事を彼らから奪ってしまわないほうが良いように思っているのですが、それもいささか限界を感じているところです。

まぁ、いずれにしても久々に気晴らしも兼ねた長距離をぐるっと一回りして、9号線を西へ向かっていると、この時期には珍しいほどの良い天気で、時間的に海に沈む夕日が見れそうだったので、ひそかに決めている夕日スポットへ急ぎました。
冬の太陽は、昼を過ぎると、どんどん斜めに傾いて、陸の方へ沈んでしまうので、私の行動圏内では、島根県の沿岸でも海に沈む夕日を普通に見ることが出来にくくなります。
この度も、ギリギリセーフで間に合ったところ。

色々複雑な心境ではありますが、今年はじめての、初日の出ならぬ初夕日となった、記念すべき1日となりました。

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火の用心 

2013/01/11
Fri. 09:30

「あれぇ〜、火の用心が新しくなってるぅ〜」
何時ものように、部活帰りのキーポンを学校でひろって石見銀山まで帰ってくると、すっかり日も落ちて、暗い町並みの暗い街灯の下にある消防の看板が更新されているのを、彼女が目ざとく見つけました。

安全運転のオヤジは、脇目もふらず前と後ろばかり見ていますから、全然気がつきませんでしたが、その後数日間、ずぅ〜っと気になっていて、明るいうちに見ておこうと思っていたのに、昼の間は寺に缶詰めですからそれもならず、キーポンを学校へ送り届けたあと、やっと本日確認することが出来ました。

まぁ、たかが看板ですから、そんなに気にする必要もないのですが、なんとなく今は無き昔の古ぼけてくすんだ看板が好きで、石見銀山の町並みを取材を兼ねた散歩の途中では、結構マメにチェックしていたポイントの一つだったのです。

特に、看板の好き嫌いとは関係のない話ですが・・・

石見銀山は寛政12年に、俗にいう「寛政の大火」があって、その時の風向きの関係で、町並みの大半を消失した苦い歴史があります。
それが元で、現在の町並みは、ほとんどが築200年チョットの古民家なのに、吉田家は、その大火の火元の風上にあった関係で、それより100年近く古い建築で、20年ほど前の改築の時も、市役所の教育委員会関係職員や保存修復の専門家などの調査がかなりしつこく続けられました。
専門家曰く、大火以降の建築物は、瓦屋根にすることを義務づけられたとか。
ソギ葺きが主流だった当時の民家を、火災予防のための瓦葺きに代えるくらいですから、当時の石見銀山がどれほど大切に守られていたかが偲ばれます。

そんな歴史のこともあってか、町内の消防団の皆さんは、ことあるごとに、とても熱心に防災の呼びかけをして回っていらっしゃいます。
町民みんなで町を守ることの大切さを、身をもって示していただいているようで頭が下がります。
きっと、この度の看板更新も、その現れの一つだったのでしょう。
そのような大儀の活動に、水を差すような発言は慎まなければいけません!・・・と思いつつ、やっぱり以前が気になって、写真資料の中から見つけ出した昔の看板を懐かしがったりしたところです。

IMG_6755.jpg新品の看板

IMG_0927.jpg昔の看板

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おさがり 

2013/01/10
Thu. 07:31

三学期がスタートして、課題テストやら小テストやら、テストずくめの毎日を送っているキーポンに、高価な現物支給のお年玉が届きました。

部活と勉強の両立はなかなか難しいことなのに、ノラリクラリと乗り切りながら、土壇場でやっと本気になって、運を掴むのも実力のうちと、そこそこ「勉強したのだ!」と都合の良い言い訳などを繰り返しつつ出した結果が、自分でもビックリするほどの、それなりに納得の圏内。

吹奏楽の成績は、夏から秋にかけて中国大会進出2回。
定期テストの成績は、入学からしぶとく微妙な角度ながら登り曲線。

別に教育オヤジでもなく、どちらかというと、本人の自由意思にゆだねっ放しの家庭学習の横で、勉強のジャマをしてはワイフに叱られるほどのオヤジのチョッカイに耐えつつ、劣悪な環境で勉強してきたわりには、よくやった高校1年生であったと分析したところでもあります。

ドッグレースの疑似ウサギのごとく、ことあるごとに、チョット美味しそうな餌を目の前にぶら下げて、食いついてくるのをうかがいながら、少しずつハードルを上げたりして、適度に勉強の意欲を釣り上げていたのですが、オヤジがチョット油断したスキに、見事に美味しいところを食べられたのでありました。

そんな訳で、オヤジのマック同様、割れ欠けたガラスをクラフトテープで補習しながら使い倒していたiPodを更新させられるはめになりました。
もっとも、傷物とはいえ、まだまだ十分使える立派な現役iPodは、横滑りでオヤジがゲットしたし、貧困な吉田家にあっては、それなりにおたがいが満足出来るお年玉になったのではないかと思っています。

じゅん君には、年末のある日、オヤジからやさしい一声のプレゼントをして、久しぶりに遠距離の彼女と水入らずの数日を過ごさせてやったし・・・
そろそろ松の内も終わる今ごろになって、このところ片親状態で踏ん張ってくれているワイフに、どうやってさりげなくお礼しようか、あとは、そのあたりの悩みどころが残っているだけとなりました・・・が、これがいちばん難しくてやっかいです。

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釈迦の教え 

2013/01/09
Wed. 07:22

昨年末から七日務めが続いていて、昨日も定刻にお邪魔して、おつとめも含めて約2時間ほど、お茶を頂きながら色々なお話をしてきたところです。

私の七日務めのお話の定番は、般若心経の解釈。
49日まで7回ほど、短時間のお話をさせてもらっていて、二百余字のお経のほぼ半分どころまで、漢字を一字一字追いかけながら、その字に含まれる大切な意味などをお話しさせていただいています。

般若心経は、お釈迦様のお話のエキスのようなお経ですが、宗門開祖の道元さんのお話は全5章の和文のお経になっていて、この2つのお経を読み合わせていくと、それぞれの偉い大和尚さんが、仏法をどのように解釈してどのように解説していらっしゃったかが、一般檀信徒の皆さんへも比較的わかりやすい言葉で伝わっていきます。

常識の概念で、仏教というと、冠婚葬祭の慶弔ごとを取り仕切る程度の認識しかないと思われますが、実は、葬祭ごとの坊主の役割は、仏教の長い歴史の中であてがわれてきた単なる役割の一つにすぎません。
そのあたりの認識のズレがなかなか修正出来ないまま、現代日本の宗教離れや、やたら儀式ばった高額の葬祭事業の蔓延を助長している現状を見るに、曖昧として分かりにくい、目的の定まらない日本の宗教事業の実情を改善しない限り、シンプルに釈迦の教えを正しく伝え学びあう関係は成立しないだろうなぁと思ったりします。

もっとも、坊主の本分は修行にある訳ですから、布教活動は二の次と言われればそれまでですが、私のような末寺のナンチャッテ職業在家坊主は、それで生活しなければいけませんから、なかなか修行三昧で暮すことも出来ないのです。

七日務めが終わって、寺のロフト書斎を片づけて、キーポンの迎えなどの用事を目指して移動の道中、そんなことをぼんやりと思ったりしたところです。

しばらく前に送ってくれたキーポンの部活新年会の様子。
なかなかチームワークもよろしいようで、みんなそれなりに楽しみながら学校生活を送りつつスクスクと成長しているようです。
これくらい若い頃の成長期に、精神を正しく鍛えることが出来たら、とても立派な人間に育っていくような気もするのですが・・
そんなことも含めて、先生方は学校教育の其所此処で日夜努力していらっしゃるのでしょうねぇ・・

来週は、早いもので5・7日の35日。
八正道のおはなしでもさせていただこうと考えているところです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
釈迦の説法 「八正道」

正見ーしょうけんー
  修行によって得られる釈迦の智慧
正思惟ーしょうしゆいー
  俗世間で重視されたり、望み求めたりすることの否定(正業に通ず)
正語ーしょうごー
  嘘や暴言、無駄話や悪口を言わない
正業ーしょうごうー
  殺生、盗み、淫行、深酒など、道徳に反する行為をしない
正命ーしょうみょうー
  社会に貢献出来る仕事を営み、規則正しい生活を行う
正精進ーしょうしょうじんー
  過去現在未来において、不善を排除し、善を増幅させる
正念ーしょうねんー
  自分の現状を正しく認識する
正定ーしょうじょうー
  集中力を高め正しくすること・・先の「正見」が得られる
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
エグザイル

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久々の再会 

2013/01/08
Tue. 07:58

1月はアッと言う間に1日が過ぎていきます。

寺周辺の年始回りが一段落したので、久々に石見銀山へ帰って、自宅周辺のお世話になった方々へ挨拶回りをしてきました。

粗品は、あいもかわらず、お正月に祈念した家内安全の大般若札と、万善寺オリジナルカレンダー。
カレンダーの方は、万善寺の年間行事などわかってもありがた迷惑でしょうが、おふだの方は結構喜ばれて、ちょっとした話題のネタになったりします。
由緒正しい古寺名刹などをお参りすると、結構な値段でおふだを売っていたりしますから、それをタダで頂けるなど、粗品としては上等なものなのかも知れません。

石見銀山では、神社の氏子さんが各自治会を回って、お札を配りながら寄進募金をしていらっしゃったりして、それはそれで、熱心なことだと感心したりします。
万善寺も、檀家さん総出で何かそのようなことで汗を流していただけたりすると、また経営も少しばかり楽になるのになぁ・・などと、ふと、不届きな夢を見たりしてしまいます。

結局、先々でお茶など頂きながらお話してたせいで、予定の半分も消化出来ないまま時間切れで万善寺へそのまま移動。
久々に本物のネコチャンズにもあえたし、癒しにもなって、キーポンの送ってくれる写真もいいけど、やはり本物はずっと実感があって良いものです。

そのキーポンは、3学期も始まり、勉強も再開。これから朝晩の送り迎えも再開します。
このまま寺暮らしを続けると、ワイフに負担を強いることになるので、しばらくの間、夕方から次の朝までは石見銀山で寝泊まりしようと考えています。

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吉田家猫事情 

2013/01/07
Mon. 06:59

自分より弱いもの、自分より無知なもの、自分を頼るもの、自分に従うもの、自分に慕ってくるもの・・
ことごとく自分が優位に立てるものが、自分の近くにいるだけで、人は自然に優しい気持ちになれるものだということが、ペットのいない暮らしをしているとよく分かります。

寺暮らしも、はやいのので1週間を過ぎ、10日になろうとしています。
このままあと10日は寺を本拠地にして、七日つとめや1月の年回法事などを務めながら彫刻小品展の事務をしたり、時間を見つけて小さな彫刻制作に入ることになります。
東堂老師夫婦の暮らしぶりは、なかなか一般の家庭のようなわけにはいかなくて、それこそ寺暮らし独特の、何とも形容しがたい習慣が定着していて、二人にとっては、そのような習慣が宗教活動の中でどういう意味を持っているのかということなど聞かれても、すぐには答えることの出来ないほど、日常の暮らしに同化されてしまっています。

そのようにして寺を守り続けている彼らにとって、猫という動物は、害獣以外の何者でもなく、決してペットとして受け入れることのない対象でもあります。
その理由をあげればキリがありませんが、彼ら曰く、上も下もなく、何処でも歩き回って食べ物をあさる猫は、わざわざ餌まで与えて飼ってやるようなものでもないと思っているからです。
まぁ、たぬきやイノシシやカラスといった連中とどっこいの生き物と見なされている訳です。

そんな訳で、かわいいかわいい、吉田家のネコチャンズは、年寄り二人が寺に居続ける限り、彼らの目に触れることは無いということになります。
今度の正月も、ネコチャンズの世話がけっこう大変で、その重大な任務を密かに遂行してくれたのは、吉田家長男のじゅん君でありました。

その間、やはり吉田家では猫絡みの色々なことがあって、ペットを飼うことのむずかしさを再認識しました。
何処まで許せるかが、ネコチャンズと人間の共同生活の駆け引きのようなものになるのでしょうね。
彼らにとって、一番恐い人間は何といっても私。一番優しい人間がワイフ。キーポンはどっこい。じゅん君は通りすがりの人くらいの認識なのでしょう。

私がいない無法地帯の吉田家で、いたずら盛りの彼らは、なかなか活発に色々とやらかしているようです。
ダメなものはダメだと厳しく叱ることも、愛情のひとつ。
ネコチャンズも、上手に叱ってやることが出来れば、それだけお利口さんになってくれるはずです。

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ピカピカ 

2013/01/06
Sun. 09:35

すでに部活が始まっているキーポンから、写真メールが続々と届いてきます。
万善寺で缶詰め状態にある私は、嬉しくもありうらやましくもあり・・
降り積もる雪のように真っ白な清い平常心を保ち続けることに苦労します。

彼女は、吹奏楽でクラリネットを吹いていますが、吉田家長男のじゅん君も同じクラリネットを中学校の1年生から吹きはじめて、今のキーポンと同じような学校生活を送っていました。
キーポンと違ったところは、マイクラリネットを持っていること。
勉強そっちのけで、とにかくあまりにもクラリネットにのめり込んで、学校といわず自宅といわずピーヒャラ練習ばかり熱心にしているので、その後ろ姿がいじらしくなって、高校の入学祝いにクラリネットを奮発してやったのです。

今は、その頃の熱も冷めて、あれだけアチコチ持ち歩いていた楽器ケースも、ほこりをかぶって定位置に放置状態。
キーポンも、お兄ちゃんのように自分のクラリネットがほしいのでしょうが、そのような気配はまったく見せないで、学校支給のクラリネットを吹き続けています。

私が寺暮らしに入ってしばらくしてから、ピカピカに磨かれたクラリネットの写真が届きました。
1年間お世話になった楽器なので、そのお礼を込めてきれいに掃除したのだとか・・
聞くところによると、ついでだからとお兄ちゃんの黄ばんだ楽器もピカピカに磨き上げたのだそうです。

甘えん坊の末娘で育ったキーポンですが、気がつかない間に色々世間に鍛えられて成長してくれているようです。
学校では、進路希望も調査されているようだし、自分の将来もそろそろ考えなければいけない時期になって、何とか彼女の好きなことが活かせるような選択肢を用意してあげたいと思ってはいますが、まず、その前に自分の仕事を安定させることが最優先。
60近くなってフラフラしてその日暮らしの状態では、それこそ、子供に見捨てられてしまわれそうです。

写真

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新春初登場 

2013/01/05
Sat. 08:44

坊主正月も、何だかよく分からないうちに1日が過ぎ、夜になり、眠くなって、気がつくと朝。
何だか曖昧なまま終わってしまいました。
それでも、嬉しかったのは、わざわざ石見銀山の友人が、娘さんの家族と連れ立ってお参りしてくれたこと。
私より一つ年上なので、今年が還暦のはず。

彼とはもう30年近くの飲み友達で、私の彫刻の数少ない理解者の一人でもあります。
最近は、二人ともそれぞれ自分のことで首が回らなくなって、酒を酌み交わすことも1年に一度あるかどうかといった状態。
すぐ近所の、同じ町内に暮しながらこの有様ですから、やはり、同好の士というか、同じ穴のムジナというか、自分の周辺事情を精査してみると、日本全国にちらばって、ばらばらにそれぞれ勝手に暮しているようでも、電話やメールや手紙や、時には1日一晩かけて会いにいったりきたりと、彫刻を作っている仲間というのは、固く繋っているのだなぁと改めて思ったりします。
もっとも、彼には彼の方で、自分のシンパが全国に散らばっていて、そのネットワークの広さは、彫刻家の繋がりのような脆弱なものではないので、はじめから私などと比べてもしょうのない話なのですが・・・

年末から正月のあわただしさの中で、気持ちが高ぶってイライラが蔓延していた万善寺も、ここにきて、少しずつ日常の静かな暮らしに戻りつつあります。
一般的にみると東堂老師夫婦は高齢者の仲間入りをしている年齢で、世間的にいえば夫婦欠けることなく長生きをして幸せ者と見えるでしょう。
最近、思うに、果たして本当にそうなのか・・
自分の周辺や、檀家さんの家庭事情など見渡して見ると、世代交代に失敗して、身内のいざこざが絶えなかったり、連絡の糸が切れて一気に疎遠になったり、日々の暮の忙殺で年寄りを施設に預けてそれきりになったり・・
万善寺の状況も似たり寄ったりで、坊主家業にどっぷり浸かる盆正月になると、日本の抱える高齢者問題が、急に自分の周辺で身近な現実味を帯びてきます。

私の義父が亡くなった当初は、残された義母の行く末を心配して気にかけていたものですが、そのうち自ら自分の楽しみを見つけて、最近ではマイペースに溌剌と一人暮らしを乗り切っています。
それでも一人で過ごす盆正月のことを思うと、計り知れないほどの寂しさもあるでしょう。
さいわい、吉田家の場合は、お気楽な娘達が二人もおばあちゃんの近くで暮しているので、1年の節目節目には彼女達のお世話になって、様子を見てもらったりしています。
そんな訳で、本邦初公開!ワイフのお母さん登場です。
結構、お茶目でしょ!

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坊主正月 

2013/01/04
Fri. 10:27

世間の公的諸機関関係の皆様は、今日あたりが仕事始めになるのでしょうか?
このところ1週間ばかりは、曜日の暮らしをしていないので、何とも頭がボケております。

正月3日は寺周辺の集落を中心に年始回りをします。
長い間副住職でのんびりしていた頃から、このような務めは私の役割だったので、今までと別に大きく変わる訳でもありませんが、それでも、年々老化硬直する東堂老師夫婦の昔ながらの考えと、年々成長して自立する我が子達の板挟みで、60歳の大台に首根っこを捕まれたオヤジの仕事は増える一方。
あと2回の猶予しかないキーポンを助手に、雪の赤名高原を約6時間かけてぐるっと一周してきたところです。

一晩寝て本日は坊主正月。
・・・と思っていたら、ふり返ってみると昔は3日の日が坊主正月だったような?・・
前記のような訳で、気がつけばいつの間にか本日4日が坊主正月となっていました。
さて今日は、ワイフとキーポンが久々に石見銀山へ帰宅するし、大荷物を運んでやったりしたら、あとは寝正月と決め込むつもりです。

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むすめ達のお正月 

2013/01/03
Thu. 02:51

いやぁ〜〜〜、やっと正月三が日の祝献朝課が先ほど終了しました。
この三日間で、三拝何回やったろう?
やわなナンチャッテ住職は、膝がガクガクで、それをかばって腰もガタガタで、修行の厳しさを身をもって学習させてもらった感じです。

昨日の万善寺年始会は、ついにお参りも20名を下回り、新参者の新米住職の実力を露呈してしまったかたちです。
まぁ、大衆の仏教離れというか、宗教離れというか、これも時代の流行であるのかも知れません。
チョット前の選挙とどっこいかな・・などと不謹慎な納得をしたりしているところです。
現実問題、坊主は政治家さんのように国民の血税から給料がもらえる訳でもなく、自分の努力で保険料や国民年金やポンコツ君の燃料代や制作費(これは余計かなぁ??)や生活費やキーポンの学費などを捻出するしかなく、この状態では寺を維持することもむずかしい状態なので、何とか早急に善後策を練って、今年1年を乗り切るしかないと思っているところです。

新年早々、そんなことを考えながら、雑念だらけの3日間になってしまいました。
そんなオヤジをなぐさめてくれるかのように、ノーテンキなお正月を過ごしたらしい、東京暮らしのなっちゃんとノッチが面白い写真を送ってくれました。
まわりの一般人を尻目に、このぐらい堂々と素の自分でいられる二人の度胸に励まされたチキンオヤジなのでありました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
明けましておめでとさんです♡
おみくじ凶だったけど、こっから上がるしかないと信じてる♡!!
2013年もよろしくです(•ө•) —

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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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ホワイト・ニュー・イヤー 

2013/01/02
Wed. 03:01

1月1日は、一面銀世界。
丁度、檀家さんの中陰七日つとめの日に当たっていたので、朝課つとめの目ぼけ眼をこすりながら、駐車場で雪に埋もれたポンコツ君の救出をすることから1日がスタートしました。

出かける頃には、さいわい雪も止んで青空が見えていて、とても晴れ晴れとした爽快な気分。
わだちもまだない新雪の雪道の往復移動も難なくこなし、お昼前には寺まで帰ってきました。

万善寺の正月2日は、檀家さんの新年会が恒例になっていて、私は、本堂の荘厳をはじめ、お参りと法要の準備でまるまる1日をつぶしました。
祈祷札は、昨年同様明治の版木の復刻版で刷り上げた手づくり。
途中から、ワイフとキーポンも手伝ってくれて、家内工業のノリ。
高校の社会科でそのあたりの勉強をしたらしいキーポンが、結構な博識ぶりを披露しながら、なんとなく良い感じの家族共同作業になって、おふだの出来も上々。

つい先ほど、2日目の祝献朝課も終わったし、これから少し仮眠して、残った年始会準備にとりかかろうと思います。
ひとまず、お休みなさいませ・・・

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2013-01