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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

清さんの工場 

2013/03/12
Tue. 08:21

今は亡き義父の清さんは、生前金型成型の加工業を開業していて、バブル全盛の頃は、毎日徹夜が続くほど忙しく働いていました。
ねっからの職人さんで、事務関係や営業関係の仕事は他に任せて、もっぱら朝から夕方まで工場にこもりっきりの毎日でした。
私がワイフと知りあってからは、工場が休みの日や夜のうちなど、便利に使わせてもらったりしていたものです。

私たちが結婚して子供が生まれて時々遊びに行くと、とても喜んでくれて、羽田近くの係留場から自前のボートで沖まで出かけてハゼ釣りなど楽しんだりしました。
60歳になるとキッパリ代表職を譲って、あとは怜子さん(ワイフのお母さんで私の義母)とチョクチョク温泉旅行に出かけることを趣味にして、日本各地を旅して回っていました。
経営を譲ってからは次第に仕事も入らなくなって、従業員の退職が続いたりして職人さんの腕も落ちて工場の様子も大変なようでしたが、全く手出し口出しをしないで第二の人生を楽しんでいる様子でした。

そんな経緯もあって、私もワイフと付き合っていた頃のように工場へ出入りすることも無くなったまま歳月が経ち、結局数年前に廃業閉鎖されて今に至っています。
久々にその工場を見させてもらいましたが、縦横のフライス盤や、旋盤、ブレス器などがすべて取り払われてガランとした様子は、当時のにぎわいとほど遠いものでした。
清さんが亡くなる時はまだ工場も稼働していて、時折機械の動く音も響いたりしていました。
機械油の匂いも消え、あちこちで稼働していた重機も無くなって閑散と淀んだ工場の現状を見ることもなく旅立った清さんは、ある意味で幸せだったのかも知れません。

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2013-03