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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

夜風 

2013/08/20
Tue. 08:10

あぁ〜〜、なんというウマそぉな・・・・
キーポンから久々に写真が届いたと思ったら、なんのこともない、夏休みの宿題か何かの資料で使うのだそうで・・・
単なるお母さんとの事務連絡だったようです。
吉田家は、近くても遠くても結構家族間でデジタルITメディアが活用されています。

あぁ〜〜〜〜・・・
それにしても、まっちゃん(ワイフのこと)の手料理が懐かしぃ〜〜・・
もちろん!しばらく逢っていないワイフやキーポンにも逢いたいのでありますが・・
なにぶん寺のことがアレコレあって・・・

まぁ、そんな残暑厳しい毎日を送っています。

昨夜は、恒例の七面さん供養へ出かけてきました。
万善寺から比較的近い赤名高原の里山に広がる集落地域の年中行事になっていて、この近年(といっても、すでに40〜50年続いていますが・・)万善寺がその供養の導師を務めています。
奉納札を確かめると、おおよそ明治年間にその集落一帯を収めていた旦那さんが、小作農家の身体安全や家内安全などを祈念して、身延山から七面さんを勧進したのが始まりの様子。その後その旦那さんの家系も衰退してからは、七面さんを地域のみんなでお守りすることに決めて、そのあたり一帯に転々と野ざらしになっていた観音さんや馬頭さんやお地蔵さんやお不動さんなどを集め、家々が持ち回りで世話役を務めて現在に至る・・といった略史。
私が老師の代行でお邪魔するようになってからでも、かれこれ10年にはなろうとしていますが、聞く所によると、その間に何度も供養廃止の危機があったとか。
ようするに、代替わりで当初のいきさつを語り継がれないまま役目だけが回ってくることが面倒になってきたという実態があったからのようです。
結局、組織再編と共通理解の話し合いを元にして、お堂建設を拠所にコアなメンバーが集まって地域の行事継続と決まった次第。

今では、立派なお堂の一畳ばかりのスペースでお務めをさせていただき、その後お供えのお下がりをみんなで頂戴し、エンドレスの宴・・・となっていきます。
「なんかのぉ〜、わしゃぁ〜最近思うんだがのぉ〜、このところ、どんどん昔に戻っとるような気がしてしょうがないんよぉ〜」
「そりぁ〜、どがぁ〜してぇ〜」
「まぁ、百姓のやりかたゆうもんは高齢化で変わってきたかもしれんがのぉ〜、ひと頃みたいに農薬いっぱい使うて虫も寄りつかんような農業じゃぁいけんゆうて、だんだん手間暇かけて生産が減ってしまうようなやり方に変わってきとるような気がするんよ。そがぁ〜なことやっとるとのぉ〜、なんもかんもいっぱいできりゃぁええゆうもんと考えがちがってくるがの。すこしでもええけぇ、良いもん作ろうやゆう気になってくるがの。七面さんのお祭りを続けようやゆうことんなったんもおんなじよぉ~な気がするんよ」
「はぁ〜、そがぁ〜かもしれんのぉ〜。そがぁいやぁ〜、なんでも新種のブドウが1房2万円いくらで一畑(地方デバート)に競り落とされたらしいでぇ〜。まぁ、似たような出来のがハウス1つで50房もできてみいやぁ〜。働いたかいもあるちゅうもんだがの。まっ、ワシにゃぁ無理だがの・・」

・・・いやぁ〜、なかなかためになるお話ばかり、延々と続く情報交換。
夜風の涼しい七面さんご供養の一夜でありました。

写真

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2013-08