工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

彫刻搬出道中記ーその2 

2013/10/31
Thu. 07:58

10月30日は、節々の痛みで目覚めました。
深夜3:00・・・隣でキーポンがスヤスヤと寝ています。
起こさないように注意しながら、ゴソゴソと出かける準備をします。
そぉ〜です!今度は三原谷の川の風まつりの吉田正純と吉田満寿美の彫刻と絵画出品の中野麗の100号などを搬出するのです。

午後になって16:00には六本木からの彫刻達が大田のプラットホームへ到着します。
そんなわけで、1日に2カ所の彫刻を移動すると云うハードスケジュールであります。
島根県石見銀山と兵庫県竹野町の往復はおおよそ10時間を予定して、朝5:00に自宅を出発。
空の2トン箱車は、9号線を猛スピードで快走。
一気に島根県を抜けて鳥取県。
米子を抜けて快調に走っていたら、通勤ラッシュがはじまって、ハザード点滅の列。
そのうちピクリとも動かなくなって、遠くでパトカーの音。
何やらいやな予感・・・は的中し、せっかく稼いだ往路移動時間は見事に消滅。
何とか迂回してその場を切り抜け(こういう時にトラックの見晴らしの良さが功を奏す!)、定置走行で鳥取市近く・・・とそこで、またまたハザードの点滅にパトカーの赤いパラパラ・・で2度目の交通事故。
なんともはや・・どうすることも出来ません。
救いは、久々の快晴。

そんなこんなの道中でしたが、トラッカーのような彫刻家のシャープなハンドルさばきで予定の時間をキッチリ守って桑野本の旧大森小学校前庭へ到着。
実行委員の会長さんはじめ、お二人の三輪さんに積み込み作業を手伝ってもらって、コーヒーまでごちそうになって、30分で復路スタート。

彫刻など大事なものを積んでいるので、今度は慎重に運転して、昼飯をドライブ中の流動食ですませ、街道唯一の激安スタンドで燃料を補充し、一路工場の倉庫へ向かいます。
ヨレヨレオヤジの最後の腕力を振り絞ってワイフの彫刻を降ろし、麗の100号を降ろし、そのまま大田のプラットホームへ直行。
何とノリちゃんがお出迎え。
あぁ〜、ものすごい強力助っ人です。

そんなこんなで、最後に私の鉄を個展会場の近くで降ろして、トラックを片付けて、帰宅したのが19:30分。
節々は悲鳴を上げていますが、何となく脳みそはハイ!
ワイフの優しい言葉もチョットだけあって、疲れは若干とれた感じ。
流動食「野菜生活」の長い1日が終わりました。

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彫刻搬出道中記ーその1 

2013/10/30
Wed. 04:38

28日は展覧会最終日
会場に近い連中は・・
「オッ、吉田から展覧会の招待状来たぞ!何とハガキ1枚で2人入場可能・・まぁ、最終日までしばらく余裕あるし、そのうち時間でも調整してみるか・・」てな感じでのんびりしていたら、気がつくとその最終日。
ヤバイ!と思って滑り込みセーフの旧知の友人が吉田を出迎えてくれました。

この近年、パーツの多い彫刻に変わって片付けが大変になったので、それから後の共同搬入搬出は、搬出要員で六本木まで出かけることにしています。
それで、月曜日は兵庫県の出先からその足で東京まで移動したところです。

何時ものように、予測不能の事態が幾つか続き、結局、美術館の終了時間をオーバーしてトラックがプラットホームを出発したのが18:00を過ぎたあたり・・
その後ドタバタして、私は19:00に青梅街道から環八へ入って東名へ乗りました。
東名は集中工事の終盤を迎えていて、島根の田舎者にとっては(こちらのほうも)予測不能の渋滞。
とにかく毎年のように色々なことがおこります。

相棒の愛しのデッキバンの結界君には、搬出の相棒のメチャクチャ頼りになるストーさんが一緒。
そのストーさんの御陰で退屈する事も無く渋滞を乗り切ったものの、クラッチとアクセルとブレーキを小刻みに踏み替え続けたオヤジの足はもうヨレヨレ・・
膝が悲鳴を上げてトイレ休憩の歩く姿がヨチヨチ・・

結局、京都東で1号線に降りたのが朝の5時。
それから9号線をひたすら走って、石見銀山到着がお昼過ぎの13時でした。
遅めの昼食を食べて爆睡。
ワイフの「夕ご飯できたわよぉ〜」で目覚める。
それで豪華な夕食をタップリ食べてまた爆睡。
目覚めたら朝の3時。
オヤジのメタボ腹ははち切れそうに膨らんで風船腹。

これから竹野町の彫刻搬出に出かける準備をして、5時には石見銀山の自宅を出発します。
搬出第2弾のハジマリです。

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彫刻の旅 

2013/10/29
Tue. 03:31

六本木の展覧会が終了して彫刻の搬出作業がはじまります。
このところ、三原谷のイベントもあったりして延々と絶え間なく彫刻三昧。
スケジュールに余裕がないので、移動は相棒の結界君に決めたところです。
公共の交通機関を使うと時間の調整が窮屈ですが、車で移動だと自分のペースでどうにでもなるし、気楽でもあります。
カセットコンロにマイカップ。
愛用の枕にシュラフと簡単なお泊まりセット。
雨に備えてカッパに長靴。
それにいつもの必需品耳のお伴のiPod。
そういったものをあれこれ積み込んでこのところ1週間は旅の空。
あぁ〜、ワイフはどうしてるかなぁ〜とか、キーポンは部活どうかなぁ〜とか、ネコチャンズは元気かなぁ〜とか、ちょっとホームシックになったかなと思う時間もないほど、眼前の用事がたっぷり。
今年の彫刻の旅は、台風と一緒に行ったり来たり。
いつもいつも色々なことがあって、なかなか刺激的な日々を送っています。
さて、11月に入ったら九州かな?

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芸術の秋 

2013/10/28
Mon. 08:17

世間は台風が来ても関係なく芸術の秋ですなぁ〜・・・
吉田の行動が読まれているようで恐ろしいくらいたくさんの展覧会の案内状が届きます。
などといっても、島根県に暮らしているわけですからせいぜい4〜5通ですけどね。
それでも、年間を通してこの時期に集中して多いのは珍しいことで、せっかくだから出来るだけ急いでたくさんの作品を見させてもらおうと思っています。

この前の彫刻陳列の時は、案内状をいただきながら例の巨大台風とバッティングして六本木の美術館に終日釘付けでした。
結局、作品の方は全く被害も支障もなく、何の問題も無かったのですが、キャプションが風に飛ばされてアチコチでひっくり返ったりするもので、それの見張りと手直しで1日が終わってしまいました。

そんなわけで、何処まで回れるか・・・
久々に半日程度東京のアチコチを徘徊しようと思っています。

○画廊るたん(銀座)        素材・現代の様相 
○東京都美術館(上野)       第36回国画会彫刻部秋季展
○長泉院附属現代彫刻美術館(目黒) 第5回次代を担う彫刻家たち展
○ギャラリー華(南麻布)      緑の中の小さな彫刻展

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三原谷の川の風まつりワークショップ 

2013/10/27
Sun. 03:03

石彫仏師の坪内正史さんは、世界遺産石見銀山のすぐ隣の福光(ふくみつ)出身です。
現在は島根の東の端の安来の近くに住んでいて、精力的に石彫を制作していらっしゃいます。
現代彫刻小品展のワークショップでお世話になった福光石採石場の社長さんとは縁続き。
その関係もあって、このところ石彫ワークショップの一つで「石のお地蔵さん」制作の講師をお願いしています。
とても物静かな方で、何処から見ても仕草一つひとつが「職人さん」ていう感じ。
チャランポランな吉田とはえらい違いです。

今回の「三原谷の川の風まつり」でも、昨年に引続いてワークショップを担当していただくことになりました。
愛車のスバルの軽トラで全国を駆け巡っている忙しい方ですが、もう、数ヶ月も前からお願いしていたこともあってこころよく快諾。
2日間のお祭り期間中、三原谷の谷に石頭鎚の音が響き渡ります。

坪内正史


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三原谷の川の風まつり学校ギャラリー 

2013/10/26
Sat. 05:41

中野さんは「麗」と書いて「うらら」と読みます。
確か大学院を修了して、その年に石見銀山に本社のある衣料雑貨のお店へ就職。
それから石見銀山暮らしがスタートして、かれこれ6〜7年経つのではないかと思います。
仕事に少しずつ慣れて、田舎町の暮らしも上手に溶け込んで、時々飲み助のオヤジたちと大騒ぎをしたり、それなりに友達も増えて胸キュンの出会いがあったり・・などなどしているうちに、しだいに創作意欲が芽生え、日夜制作に励み、2010年に初個展・・だったかな?
その後、精力的に制作を続け現在に至る、若き絵描きであります。

そんな彼女の制作風景を近所で眺めていると、最近になって、何となく自分の世界観が出てきたように思えてきて、こういう時は、人生の大切な節目の一つになるかも知れないので、老婆親切ならぬ老オヤジ親切もどきで「個展してみない?」と誘ったら、これもマンマ(オットまたまた失言)・・じゃなくて、数日間の熟慮を経て快諾。
そしてこの度の「三原谷の川の風まつり」参加となった次第。
絵描きとしてはスタートをしたばかりくらい。
これからどんどん伸びて行くことを期待して、旧大森小学校教室ギャラリーの個展が始まりました。

うらうらが、ULALAなのに、URARAになっちゃった。
字間違いです。頭で訂正して読み替えて下さい。
ULALAちゃん間違えてごめんなさい・・

うららポスター

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三原谷の川の風まつり彫刻展示 

2013/10/25
Fri. 02:19

渡部直君は島根県出雲市出身の若い彫刻家です。
縁があって石見銀山で開催した現代彫刻小品展へ彫刻を出品してくれました。
ご両親も彼の彫刻にとても理解があって、搬入は出雲からわざわざ吉田の自宅まで持ってきていただきました。
その後、直接本人の直君も訪ねてきてくれて、面白くもなかったろうに、私の長話を聞いてくれました。
今、彼は筑波の博士課程へ在籍していて論文を書きながら木彫の制作をしているのだとか・・
せっかくお近づきになった事だし、スケジュールに余裕があるなら個展でもしてみないかと誘ったら、マンマと(オット失言)・・じゃなくて、爽やかに快諾していただき、この度の「三原谷の川の風まつり」参加が決定したわけです。
茨城からトラックに彫刻を積み込んで、兵庫県まで陸送してくれます。
さすがに若い!
陳列日の25日は、お昼過ぎに到着の予定。
道中無理をしないで安全運転でよろしく!・・・ね。

A3ポスター・渡部

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三原谷の川の風まつり搬入道中記 

2013/10/24
Thu. 04:40

早朝から竹野町三原谷へ向けて石見銀山を出発。
時折霧雨が降る9号線をひたすら東進。
助手席には子育ても一段落して制作を再会したノリちゃん。
そしていつものお伴はダウンロードしたpodcastをタップリ詰め込んだキーポンお下がりのiPod。
レンタルの2tは何と昇降機つきの香川ナンバー。
何か、昇降機の分だけレンタル料が高いのでは・・と若干心配。
ジオパーク遊覧船の港町浜坂で昼食は、お刺身とコーヒー付きの超豪華激安定食。
お昼過ぎに竹野町桑野本の旧大森小学校へ到着。
ここが「三原谷の川の風まつり」メイン会場。
早速実行委員長のお出迎えがあって、地元の強力メンバーの集合がかかって、一気に彫刻と絵画の荷下ろし。
3時間かかった積み込みも、3人の男手のおかげで30分で終了。
少しだけ打ち合わせをして帰路。
西から降り続いていた雨が本格化してきて、西進とともに雨量も増加。
途中、印刷をお願いしていたリーフレットの受け取り。
すっかり夜になって帰着。
ノリちゃんが手伝ってくれて、レンタルトラックから荷物をおろし、トラックの鍵を指定の場所へ変換して一段落。
・・・・と思ったら、何と、自分とノリちゃんの道中グッズを助手席に置き忘れたことに気付いて大慌て。
もちろん、いとしのiPodも助手席。
既に鍵は返した後だし、もう、どうしようもなく・・・
最後の最後でまたも大失敗の搬入移動終了。
やっぱり、なんだかんだ言ってもやっぱりどこか疲れ気味の14時間連続労働。

今回、搬入助手でつき合ってくれたノリちゃんは、「三原谷の川の風まつり」第2会場須野谷古民家の前庭に彫刻を展示してくれます。
台風も近づいていて、陳列の25日は朝から雨風が強そうです。
イベント会期は26日〜27日。
詳しくはこちらからご確認ください。

http://www.iimono39.jp/

須の谷

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三原谷の川の風まつり2013始動 

2013/10/23
Wed. 05:24

これから兵庫県竹野町まで彫刻をもって行きます。

夕方から3時間かけて積み込んだのですが・・・
結局、一日中工場にこもりっきりで造っていた彫刻が、搬入のレンタルトラックに入らないと云う失態をおかしてしまいました。
今年の竹野町のイベントは、茨城在住の若い彫刻家へ出品依頼した関係で、島根県からのトラックを今までの5tユニック運転手付きレンタルから2tレンタル自前運転手に変更した事が原因です。
ワイフの彫刻があそこまでデカくなるとは想定外。
8畳の作業部屋いっぱいを使って毎晩徹夜でがんばっていた結果です。
誤算と云えばそうなりますが、それはそれで良かったと思います。
ひとまず自分の彫刻は次回にゆずって、ゆっくりと時間をかけて練り直しです。

こうして30年ほども年何回かの展覧会を続けていると、本当に毎年のように色々なことが起こります。
何処かで気が緩むと、大きなミスをおかすことになります。
毎回が緊張の連続です。
それでも、なんとかやりくりして続いているのは、毎回新しい発見があるからです。

あわただしく落ち着かない中で、いろいろなところにしまいこんでいた過去のメモ描きデータを久しぶりに引っ張りだして個展に向けての再考をしているところです。
これから年末に向けて、大小あわせて20点ほどの新作を造るつもりです。
少し前まで、彫刻やクラフトについてふらふらと悩んでいましたが、最近になって気持ちが固まりつつあります。
竹野町の彫刻設置はプロローグという感じです。
痛む節々をだましながら、あと1ヶ月をなんとかして乗り切ろうとしています。

田んぼ

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髪がなびく 

2013/10/22
Tue. 05:38

最近の吉田家夫婦は、彫刻制作の毎日をおくっています。

ワイフは、昼の仕事を終わると夕食を作りながら作業部屋にこもっています。
この1週間は徹夜に近い状態が続いていて、体力も限界に近づいているところです。

私は、搬入や搬出の段取りをしたり、アートイベント参加の作家の手伝いをしたり、手配りのオリジナルリーフレットをデザインしたり、それらの合間を縫って適宜会場事務局と連絡をとりつつ、自分の彫刻を造っています。

23日は早朝から島根を出発して、昼過ぎに兵庫県竹野町旧大森小学校の教室ギャラリーまで作品搬入。
何とかして今日中に彫刻を完成させないといけません。

気がつくとすでに10日も頭にバリカンを当てていません。
めっっきり秋らしくなった島根の爽やかな秋風を受けながらデッキバン君を走らせていると、山寺の和尚さんの髪が風でなびいています。
我が家の土間ののれんを潜るときも、タワシのような髪の毛が引っかかって苦労する事もありません。
頭を洗う時、若干石鹸を余分に使っているような気がします。
朝目覚めると耳の周囲に寝癖らしき痕跡が残っていたりします。
ずいぶん長い間忘れていた感覚を若干楽しみつつ彫刻を造っています。

ワイフの野外作品が週末にやってくる台風でどうなるか心配です。
私の彫刻は六本木と比べ物にならないほど風当たりの強い三原谷の谷でピクリと動く事もないでしょう。
その台風の影響でしょうか、北風が日本海を荒らしています。
夕方からは、出品作家の作品をトラックへ積み込み作業。
さて、久々に頭へバリカンを当てられるのは何時になるでしょう・・

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笑顔でいられる 

2013/10/21
Mon. 08:48

昔を思い出してみたらさー
今の1億倍辛いこともあったけど
今の1000倍は笑ってたなと思うわー
今1日トータル30分も笑ってない気がする(**)
大人になるってつまんないなー

吉田家長女のなっちゃんがつぶやいとりました。
なかなか重たい発言と受け取りました。

一方オヤジの方は、昔・・といっても、島根に帰った30歳頃の事ですが、その頃より最近の方がずっと笑顔でいられているような気がします。
山寺の和尚さん的にいうと、無財の七施のひとつ「和顔施(わがんせ)」というやつです。

この前、東京の展覧会にあわせて上京の折り、久々に娘達と逢っておおいにはしゃぎました。
いろいろ辛い思いをしているだろうに、愚痴のひとつも出なくて久々に楽しい一夜を過ごしました。

だいたいに吉田家の連中は、私を含めて正直者なのですぐに思っている事が顔に出てしまうという癖があって、色々な場面で失敗したりする事も多かったりしますから、日常のさり気ない微笑みがあったりすると、それだけで疲れもふっとんで元気になれるところでもあります。

まだ石見銀山に住む前のこと・・
大田の市内の住宅に引っ越して間もない頃に、視聴覚のオーディオラックを手づくりして便利に使っていたのですが、その後時代は進み、今ではほとんどが無線で音源などを飛ばせるようになって、そのうち有線で網の目のように繋ぎ回していた視聴覚機器も老朽化でリタイヤが続き、気がつくとオーディオの消えたラックには親娘の書類の山が収まって今に至っています。
崩れるまで使い倒したAmazonの空き箱がラックのあちこちで微笑んだりしていると和顔施の深さに思い当たります。
笑顔でいられるという事の難しさを意識して笑顔でいられる努力しようと思ったところです。

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周して比せず 

2013/10/20
Sun. 08:38

私の属す美術団体の出品図録をめくると、最初のあたりに会の主張が記してあります。
そもそも、今の会に彫刻を出品しようと決めたのは、この主張に感銘したからです。
1984年のことでしたから、かれこれ30年ほど前のことです。

要約すると、〜皮相の類型化を排し、情実を排し、個性の発現を尊重する〜といったところ。
そのことが当時の私の心に強く響いて、ひとまずはそれに自分を託してみようと漠然と思ったことがきっかけと云っても良いでしょう。

当時、彫刻部の理事をしていらして会の彫刻の顔でもあったY氏が、長い作家歴の中で今年の展覧会不出品となりました。
ご高齢と云う事と、体調不良と云う事で、制作が思うようにいかなかったのだとの報告がありました。
他にもベテランの彫刻家が亡くなったりして、1年に1度の作品発表もどこかしら華やかさに湿り気を帯びた感じでもありました。

この30年の間に子供が育ち、家族が増え、両親の高齢化も進み、親族にも増減があったりしつつ、日常の暮らしを工夫しながら彫刻の制作は絶え間なく続けてきました。
たぶんこのままだと、これからも今の暮らしはそう大きく変化する事無く老化して行く事でしょう。

若輩の私にとっては、Y先生の温厚な微笑みが何より怖い存在でもありました。
「周して比せず」の存在には圧倒的なものがありました。
まさに会の主張を体現する人物であったと思います。

今更ながらふと気がつくと「比して周せず」の自分がいたりします。
まだまだ踏ん張らないといけません。

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彫刻三昧継続中 

2013/10/19
Sat. 07:50

どうやら、また巨大台風が近づいているようです。
今年の展覧会は、本当に鍛えられます。
一口に野外彫刻とか野外展示といっても、自然が相手ですから、口では「力作だ」とか「労作だ」とかいっても、自然の猛威と共存するには相当の覚悟が必要と痛感しています。

今は、六本木から気持ちを切り替えて竹野町の田んぼギャラリーに向けて制作を続けています。
それが終わって、六本木の彫刻も搬出して、新作をもう少し造って、11月の中旬には石見銀山の田んぼ彫刻展。
久々に彫刻三昧の年越しになりそうです。

このように展覧会が続くことはそう滅多にない事ですが、重なるときは不思議に重なってしまうようです。
東京から帰ってすぐに、色々展示条件などお話を聞かせてもらいました。
結局幾つかの企画を提案させていただくことにして、その後、コンセプトとか具体的展示条件などのやりとりがはじまったところです。
丁度良い機会だと思って、なんとなく最近思っている事をまとめてみたところです。
少しだけ転記しておきます。
お暇な方はどうぞ・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
先日は、初対面にも関わらず一方的な話しを聞いていただきありがとうございます。

〜略〜

人間も老朽化しますが、それでも気持ち一つで日々新鮮に暮らすことが出来ます。
機械や建造物は経年変化と戦いつつひたすら退化して行くだけのことで、東西問わずそのあたりの工夫をしながら歴史を積み重ねて今に至っているはずです。

器が荒ぶとそこで暮らす人の心も荒びます。
日本の場合、わびさびなどと認識を代えて上手に朽ちる事を許容して自然と共存してきました。
欧州では堅牢な構造物で自然と闘ってきました。
それが風土で、人の心はその風土に育てられます。

さて現在、物流と生産と消費の回転で人の暮らしは絶え間なく変化し、直近の過去を捨て続けています。
ものと上手に付き合い、磨き上げる事を忘れ始めています。
今現在、「新しいもの」と認識されている事でも、日々過去に過ぎて「古いもの」に劣化します。

文化は義務で育てることは出来ません。
強い信念を持って自らを常に育み、研鑽し、次代に向かって提案することの絶え間ない継続が重要です。
まずは、自分の足元をしっかり見据えて基礎を強化することです。
それが揺るぎないことが重要です。
テーマとか、主旨主張は、そのような核を内在する事でわかりやすく明確なものになっていきます。
表面の五感に頼った表現は、ともすれば難解に誤解される事もしばしばですが、その根本は実にシンプルであるべきです。

自分が気付かないまま、いつの間にか実体のない主体のない形骸に固まったFreak WorkやFalse Workになっていませんか。
〜以下略〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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台風で幕開け二紀展 

2013/10/18
Fri. 07:38

1年1度の東京での展覧会がはじまりました。
丁度巨大台風が接近中で、どうなる事かと心配しましたが、陳列の1日は風雨ともに大事には至らず、展示中の事故も無く作業も無事に終了しました。

夕方から夜にかけて雨が強まり、朝方にかけて風が強まり、東京を中心にした関東一円の公共交通機関は完全に麻痺状態。
展覧会初日は台風の直撃でスタートしました。

美術館の職員の方が、野外に設置した私の彫刻の事(むしろ美術館の破損を)をしきりに心配して、一人増え二人増え・・・そのうち無線で上司とやりとりし・・・そっちの対応の方が大変だったりして、しまいには「あの鉄板が飛んで行ったりしませんかねぇ」などと因縁付けがましい発言も飛び出したりしてビックリ!
何と云ってよいやら・・「まぁ、竜巻でも来ない限り150%大丈夫でしょうね!」と答えておきました。

ワイフの彫刻は、彫刻会場入り口の好位置に展示されて、なかなか居心地も良さそうでした。
夫婦悲喜交々波乱の幕開けとなった今年の展覧会。
職員の方との約束もあって、終日野外の彫刻を見張っていましたが、キャプションの塩ビ版が時折の突風に煽られてヒラヒラする程度。
元に戻してもすぐに飛んで行くし、キリがないので私の彫刻パーツの日本海の石を重しにして会場を後にしました。

各所に大きな被害を残した台風も去って、高速バスも定刻に出発して、予定通り島根に帰着。
「風が強くて雨戸に張った展覧会ポスター、アッという間に飛んで行ったわよ」
やっぱり日本も広いようで狭いのかなぁ・・・巨大台風の実態を知った気がします。

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ベテランワイフ 

2013/10/17
Thu. 08:38

制作の時期になると、ワイフは彫刻の作家なんだなぁと強く思います。
彫刻制作の準備の事や材料のことなど、いつもより彫刻のことでいろいろ考えている様子が伝わってきます。
もう彼女ほどのベテランになると、形の方向性はほぼ決まっているし、制作の工程も見えるし、スケジュールの組み立てもだいたい出来ているようで、日常の家事や仕事を上手に調整しながら、確実に〆切りを目指して仕事を完成させてきます。

今朝方も、彼女の仕事の音で随分早くから目覚めました。
だんだん眠れなくなって、ボォ〜っと物思いにふけったりしていると、制作に区切りをつけたワイフが朝食の支度にとりかかる家事の音が聞こえてきます。
時間になるとキーポンを起こす声が聞こえて、ネコチャンズの鳴き声が聞こえて、ワイフが彼らに話しかけながら餌を与える様子が聞こえてきます。

私など、工場に行かないと制作が出来ないから、家にいる時くらい家事の一つや二つ言いつけてくれても良いのにと思うのですが、そういう事は滅多にありません。
とにかく、自分の決めたスケジュールで一切を取り仕切ろうと考えているからなのでしょう。
そのような彼女を見ていると、数年前に亡くなった義父の清さんを思い出します。
自宅の1階に工場があって、忙しい時は残業や徹夜を当たり前のようにこなしていました。
とても無口で、仕事の愚痴を聞いた事がありません。
チョットした休みのときは、よくウツラウツラと寝ていました。
その様子が義父さんによく似てきたと思います。

かく云う私も、法事で出かけた檀家さんや、東堂さんを知っている近所の人達からおとうさんによく似てきたと、最近特にそう云われるようになりました。
おたがい、歳を重ねるとだいたいがそんな感じで、仕草や性格などが自分の親に似てくるようです。
私の場合は、親のフリ見て我がフリ直せ・・ってやつで、親を見習いすぎない方が良いようなところも多々ありますが、ワイフの場合は、そのまま清さんそっくりになっても良いような気がしています。
ときおり飛び出す強烈できつい一言が、私の柔なハートにグサリと突き刺さることもあったりしますけどね・・・
清さんはもっと優しかったような気がしますけど・・

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ブエノスアイレスの春 

2013/10/16
Wed. 08:12

エクアドル・・じゃなくて・・
プエルトリコ・・じゃなくて・・
エルサルバドル・・じゃなくて・・
ブエノスアイレス・・じゃなくて・・じゃなくて・・
そうです、ブエノスアイレスでした!

そのブエノスアイレスは、アルゼンチンの首都だそうです。
なにせ、日本の反対の方にある町なので、何処かで聞いたことのあるような名前だなぁ・・くらいにしか思っていなかったのですが、この度やっと頭に入って、オヤジのとろけた脳みそを久しぶりに刺激してくれました。

もう一つ、脳みそを刺激してくれたのが、バンドネオン奏者で作曲家のアストル・ピアソラ。
これがなかなかはまってしまいました。

3年生が学園祭を最後に引退した吹奏楽部は1・2年生のメンバーでこれから半年間部活を続けることになります。
その後半戦が先日からスタートしました。
今年のアンサンブルでは、キーポンが木管8重奏のメンバーで、先ほどのピアソラ作曲のブエノスアイレスの四季の中から「ブエノスアイレスの春」を演奏する事に決まりました。
これから練習を重ねて、まずは校内審査をクリアーするところからはじまります。

学校からの帰りの車で「ブエノスアイレスの春に決まったの」と、曲目を教えてくれた時には、そのタイトルから、最近のクラシックなのかなと想像しましたが、やはり、ピアソラさんは20世紀の作曲家でした。
早速帰宅してYouTubeで検索。
・・・オヤジはこの手の音楽大好きです。
気に入りました。
是非、校内審査をパスして何処かのホールで演奏してほしいものです。

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オヤジの秋 

2013/10/15
Tue. 06:32

先日、キーポンを学校まで送ったその流れで、知人の展覧会を観に益田まで走りました。
どうも天候不順で、途中からバケツの水を移したようなどしゃ降り。
この近年、このような降り方が随分と増えたように思います。

私の愛車も、前のポンコツ君を廃棄して今は可愛いデッキバンの結界君に代わりましたが、ことごとく使い倒して酷使している道具のような愛車に外回りの美化は全く無縁。
しかし、フロントの窓と両サイドのバックミラーだけは、長距離の前にキッチリと破水処理をしておきます。
この破水処理は小雨程度ではどうでも良いくらいであまり効果があるとも思えませんが、ひとたび集中豪雨のどしゃ降りに遭遇したりすると、ワイパーなど全く必要のないくらいなかなかの効力を発揮します。

今度の益田行きも、キッチリ働いてくれてとても助かりました。
このデッキバン君で展覧会の搬出移動をしようと思っています。
ちょうど搬出日の前日が三原谷のイベント二日目。
その足で東京の搬出時間に間に合うように移動するには車しか手段が無いので、この近年、老体にむち打って夜の高速道をトロトロと東京まで走っています。

いつまで体力が続くかわかりませんが、このような吉田の秋は、もうしばらく続きそうな気がします。
そのうち、若い相棒でも出来るといいなぁと思っていますが、そのためにはまず、若い彫刻家を見つけたり育てたりするしかありません。
世知辛い今の世の中、なかなかそう上手くはことがはこびそうにないですなぁ・・・

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展覧会のお知らせ 

2013/10/14
Mon. 07:01

坊主頭の彫刻家(坊主彫刻家ともいう)にとって六本木と云うと、この5〜6年は国立新美術館。
もう随分前の、まだアフロだったりポニーテールだったりした頃の彫刻家の卵時代は東京都立美術館。
展覧会の会場が違うほどの作家歴をこういう時に再認識します。

その国立新美術館ですが、このまま10年経っても50年経っても「新」の名前が残っていくのでしょうね。
1回目のオリンピックで出来た新幹線も、オリンピック2回目の開催がきまるまでの歴史を積み重ねつつ、いまだに新幹線。
新名神や新東名も出来て若干移動が便利になったかもしれないけど、次に出来る第3の高速道や鉄道はどんな名前になるのでしょう。

東京都立美術館は、私が学生の頃からすでに3回目の改築。
時々、小津安二郎さんの映画に出てきた昔の「都美館」を観て懐かしかったりします。
ヘンリー・ムーアの展覧会で朝もやの都美館に立つ彼の彫刻を観て感動したのは、改築後の同じく「都美館」・・・

そういえば、東京タワーが「新東京タワー」にならなくて、「東京スカイツリー」と命名されたときは島根の田舎で拍手しましたね。
まぁ、今の吉田にとって50年後の国立新美術館がどうなっているかなどどうでも良いような事ですけど・・・
未だに国立新美術館で迷ってしまうオヤジのつぶやきに託して、まずは展覧会のお知らせまで・・

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彫刻の秋 

2013/10/13
Sun. 06:32

さすがに芸術の秋。
島根県でもあちこちで展覧会が開催されています。
夕方になって工場から帰ると、また展覧会のお知らせが届いていました。
この前の彫刻展でお世話になった国画会の藤田さんからでした。
封書だったので開封してみると、何と3枚のお知らせメール。
皆さんとても精力的に発表活動をしていらっしゃいます。

私の方も、10月から11月にかけて3つの展覧会を控えていて、その一つが16日からはじまる六本木。
彫刻用の鉄板のストックも無くなって、今年は1ヶ月ほど前に久々で購入した新品の鉄板。
作業は楽なのですが、どうも味気ないと云うか・・・
やはり何年も時間をかけて自然に錆びた肌合いの方に魅力を感じてしまいます。
幸か不幸か、制作中の9月には、台風が来たり雨が降ったりで思った以上に良く錆びてくれてそれなりの表情も出たし、それはそれで助かったのですが、なにせ青空工房での制作の方はどんどんスケジュールが狂って、なかなか厳しい制作状況でもありました。

そんな少し前の過去を振り返りつつ、今日はこれから松江方面へ出発。
版画の展覧会をひとつのぞいて、石彫仏師の坪内さんと三原谷の件で打ち合わせ。
夕方前に帰宅して、急いで旅支度をして長距離バスに飛び乗って東京移動。
連休中で、石見銀山は出雲大社とセットの観光さんであふれています。
そのせいもあるでしょうが、バスのチケットを手配するのに少々てこずりました。
田舎で彫刻を続けていると、搬入や搬出に展示作業の移動もあったりして制作経費以上の諸経費がかかったりしますが、久々に全国の彫刻家と会える事を楽しみに、これからしばらくは旅の空となります。

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彫刻の日々 

2013/10/12
Sat. 08:18

坊主彫刻家なのか彫刻家坊主なのか判断の難しいところでありますが・・・
とにかく、このところの毎日は彫刻を制作しているところであります。

もう長い間調子の悪かった半自動溶接機がどんどん調子悪くなってくるので、少し時間をかけて掃除をして調整をいじったりしつつ、メンテナンスをしたところです。
おかげさまで、まあまあ思うように動くようになって、溶接作業も若干はかどるようになったかなと云う感じ。
紫外線が強いので、つなぎを着込み、坊主頭を眉のあたりまで手ぬぐいで囲い、作業用に少し大きめのメガネを付け、防塵マスクを付け、最後にキャップを目深にかぶって肌の露出を最小に留める工夫をしています。
もう気持ちは秋になっているのに、このところ夏が戻ったような暑い日が続いていて、そんなスタイルで制作を続けていると、身体の方が上手く環境について行かなくて1日の作業が終わる頃にはグッタリ。
思考もしだいに散漫になって小さなミスが増えたりするし、なかなか思うように仕事がはかどりません。
そうはいっても、ノンビリと制作の流れに身をまかせているわけにもいかないので、そろそろ今日あたりには彫刻の先が見える所まで仕事を進めたいと思っています。

ワイフの方も、三原谷のインスタレーションへ向けて自分の作業場にこもる事が増えています。
一応、アート部門の島根責任者の吉田としては出品作家の現状をつぶさに把握しつつ、善後策を調整して実行委員の皆さんに失礼の無いように連絡をとり合ったりしているのですが、同居しているのに作家の会話が上手くいかなくて、優先順位がちぐはぐになってしまっています。

作家指向で作品を優先すると、どうしても制作重視の方向に気持ちが傾いていくのでしょうが、私の方は制作の一方で、事務局から連絡や問い合わせが入ってきたりすると、そのための調整や回答のこともあったりして落ち着かない毎日が続いています。
今年は、竹野町桑野本の旧大森小学校の教室ギャラリーと、10年近く前にお世話になった須の谷の古民家会場の作品展示に力を入れている所です。
新しく出品してくれるメンバーも一気に3人が増えて、彼らとの連絡が増えたりしているので、目に見えない心配も増えています。

何れにしても、終わりが上手くいったらそれまでの煩雑な仕事は全てチャラになるし、実行委員会の皆さんや須の谷のスタッフの皆さんが喜んでもらえたらそれが一番だと思っています。
かといって、それだけが目標になったりすると本末転倒。
気がつくと人との付き合いで自分が苦しんだりするようなことになってはいけません。
「自分はこんなに頑張っているノニ・・・」なんて思い始めたら終わり。
「〜〜ノニ」ってやつがくせ者ですね。
まずは自分が楽しむ事・・・

「できることからひとつずつ・・」
「できるひとからすこしずつ・・」
「まずはみんなでいい汗かこう!」

持ちつ持たれつほど良い加減で仲良く乗り切りたいものです。

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案内状 

2013/10/11
Fri. 07:39

久しぶりに島根の地元作家から展覧会のお知らせが届きました。
ひとつは益田の寺井さん。
もう一つは松江の新井さん。
島根在住でありながら、島根の作家に友達の少ない吉田です。
なかなか作家からの展覧会案内状が届きません。

・・・と、自分では思っているのですが、ヒョッとして、島根在住の作家の皆さんはみんな東京やら大阪やらの方へ気持ちや目が向いていて、そっちの方でばかり作品発表しているのかもしれませんね。
まぁ、それはそれで、制作を続けているわけですから良いのかもしれませんが・・・
吉田は、思ったり考えたりしている事が何処か世間の中でズレているのか・・・
やはり、日頃住み暮らしている地元の皆さんに、吉田がどんな仕事をしているのか観てもらいたい気もしていて、個展に限らず、グループ展や小さな展覧会でも、出来るだけ近所の皆さんにご案内をさし上げているところです。

さて、そんなわけで、島根のほぼ中央のヘソのような所に位置する石見銀山で暮らす吉田としては、万障調整して会場まで行こうと思っています。
今度の連休は六本木の彫刻展示に出かけるし、お二人の展覧会は丁度その期間にぶつかっていて、なかなか厳しいものがあります。
自分の都合ばかりでやりくりしてもはじまらないし、作家の端くれの自分にとっての刺激にもなるし、意外な発見もあるかも知れないと、彫刻制作のスケジュールの方を組み直しました!

・・・などと、カッコイイ事を云っていますが、先日の台風以来、夏が戻ってきたような暑さが続いて、10月にもなって少々夏バテ気味。
昨日も、チョットした気のゆるみで4×8板の鉄板を運ぶ途中で手を滑らせて左足負傷。
そのこともあって少し早めに帰宅してシャワーを浴びてキズを確かめて、デスクワークに切り替えて書斎に籠っていたら、何やら頭上でゴソリと音がします。
ネコがいるのにネズミでも出たかと見上げると、見えたのがクロの4本の手足。
ネズミどころかネコでした。
オヤジの目を盗んでは吉田家のアチコチを寝床代わりにして1日中ゴロゴロ寝てばかり・・
あぁ〜〜〜、オヤジもネコになりたいィ〜〜・・・

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ネコネタ 

2013/10/10
Thu. 07:55

めっきり日が短くなって夕暮れがはじまった頃・・・
工場の仕事・・・といっても、最近は彫刻ばかりつくっていますが・・・に区切りをつけて、帰宅して駐車場から吉田家を見ると・・
玄関土間に電気。
ワイフの作業場に灯り。
8畳はあるだろうキーポンの部屋に灯り。
それに、四畳半のオヤジの書斎にも何故か灯り。

吉田家中に電気がついています。
きっと、台風で休校だったキーポンは勉強しているのだろう・・とか、
きっと、ワイフは三原谷のインスタレーションのパーツを造り始めたのだろう・・とか、
土間の電気は、日が短くなったからオヤジの為につけておいてくれたのだろう・・とか、
家庭のぬくもりを想像しつつ帰宅したのですが・・
四畳半の書斎にまで電気がついていて、「シマッタ!出かける時に消し忘れたか!」と一瞬思ったものの、そのような記憶も無く・・・
土間からソォ〜ッと障子を開けてみると、誰もいない部屋の、今は物置代わりになった勉強机のスタンドとダウンライトが点灯しています。

吉田家に暮らすネコチャンズはクロがオスでシロがメス。
そのクロは、成人?してからアチコチにマーキングをはじめて、家中オシッコ臭くなって大変な思いをしつつ、同居しています。
一方彼の御陰でマメに部屋掃除をするようにもなって、四畳半の書斎やリビングなどは、上の子供が家にいた頃から比べると、少しずつですがだんだんきれいに片付き始めています。
そのクロの最近の昼寝場所が物置代わりの勉強机の空きスペース。
なっちゃんのつくった手頃な大きさのタペスリーがあって、ひとまずはそれを敷いてやっています。
ちょうど、クロが寄りかかるあたりに二つのスイッチがあって、どうやら彼が寝返りをうちながら背中でそのスイッチをONしているようです。
まったく、オシッコはまき散らすは無駄に電気はつけるは・・・
始末の悪いネコですが、それはそれなりに可愛かったりします。
あと1〜2年もすると、キーポンが吉田家を出て、ワイフと二人暮らしがスタートです。
結婚して4年間の若かった頃の二人暮らしとはかなり状況が変わる事でしょう。
そういえば、あの頃も黒いネコが吉田家にいたなぁ・・・
名前は「タマJr.スペシャル2」でオスネコ。
タマ1号は明大前に住んでいた頃にフラリとやってきたキュートなメスネコ。

何かネコネタが延々と続きそうな様子なので、まずはひとまずこの辺で区切り。
そろそろ着替えて工場へ行きましょうかねぇ・・

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強風一過 

2013/10/09
Wed. 09:15

夜半3時頃が一番すごかった様子。
10月の巨大台風が島根県をかすめて、現在鳥取沖を東進中。
大田市の小中学校に高校は休校となりました。
その関係でしょうか?吉田家のキーポンは夜遅くまでテレビにかじりついてニヤニヤ。
お目当ての誰かがドラマに出ていた様子。
オヤジは、podcastを垂れ流しながら爆睡。
こういう時に限って、久々にグッスリ眠ったような気がします。

それにしても、昨日は疲れたなぁ〜・・・
東堂さんの通院のこと。
どうも病院と云うと、そこにいるだけで病気になってしまいそうで、ハッキリ言って嫌いです。
採血をして、結果が出るまで2時間ほど待って、診察が2分程度。
会計を済ませて薬局を回って、アチコチで待ったりすると、結局3〜4時間は病院を中心にあちこちウロウロしています。
肝心の東堂さん本人は、静かに待ち合い所の椅子に座っています。
退屈だろうと思うので、最近はiPodのクラシックをイヤフォンで聞かせてあげています。
まさか、米寿に近づいてクラシックを聴こうとは思ってもいなかったでしょうが、結構静かに聴いてくれています。

その米寿のお祝いが役場から届いたのはおかみさん。
腰は曲がって膝は伸びて、小さく縮んではいますが、口はよく動くし目はメガネ無しだし耳もやたら良く聞こえていて、気力もあって生きる気満々。

さてさて・・・
自堕落に暮らす私などは、とても米寿まではもちますまい。
81歳が半壽・・これも厳しいでしょう
77歳が喜寿・・さて歳を喜べるかどうか
70歳が古稀・・あぁ〜まだ借金が残ってるかも
60歳が還暦・・これはもう射程距離

そろそろ、先が見えてきた今日この頃・・
分相応に気楽に生きるのが夢ですが、なかなかそうは上手くいかないでしょうね。

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一輪車 

2013/10/08
Tue. 07:51

人口400人あたりで推移している世界遺産の町石見銀山には、この近年全校20人あたりで安定している現役木造校舎の大森小学校があります。
秋晴れの日曜日に開催された町民体育大会では、小学校児童全員で1輪車の演技発表がありました。
なんと、1輪車ですよ!
小学校の1年生も1輪車に乗るんですよ!
もう、オヤジはビックリ!

・・・その1輪車の演技学習がはじまったのがまだキーポンが大森小学校に通っていた頃。
従って、彼女も実は1輪車に乗っていたはずなのですが・・・
当時は、演技をするところまで出来ていたかどうか・・
何となくそんな感じだったので、感動もありましたが、まぁそれはそれなり・・・

この数年は、町民体育大会も雨で流れていて、久しぶりに小学生の子供たちの演技披露になったので、感動も増したのだと思います。
本編動画の方は、そのうちFBで見られるようにしようと思っています。
いずれにしても、極少人数の学校だからここまで全校で一つになって何かの目標を目指せるのだろうなぁと思った次第です。

さて、本日はこれから東堂老師の通院お伴。
また何処かでお昼ご飯を食べることになるでしょう。
本人は、その気楽さでナンチャラマーカーの数値と戦っているのでしょうが・・
月が代わって週が代わって、飯南町訪問看護ステーションからメールが入っていました。
「突然のメールで失礼いたします。実は、吉田様の6~9月分の利用料が引き落とし不能となっております」
どうも事務的な事がちぐはぐで上手くいきません。
ちゃんと引き落とされているはずなのに・・・4ヶ月分も溜まってからそんな事言われてもねぇ・・
公私ともに緊張の続く万善寺であります。

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秋の町民体育大会 

2013/10/07
Mon. 08:46

抜けるような青空はまさに秋。
じりじり焼き付ける太陽はまさに夏。
日陰に入ると秋の涼風。
グランドは陽の照り返しで汗が吹き出る。

数年ぶりで全種目の競技を終わらせることが出来た大森町体育大会は、連日の彫刻制作で若干疲れ気味の体力をどんどん奪っていきます。
高齢化と人口減少に悩む大森町ですが、若者の激走や子供たちの全力疾走を観ていると、まだまだ捨てたものではないと再確認したところであります。

午前中の競技では最下位を争っていた我が駒の足自治会も、お昼以降の激しい追い込みで、終わってしまえば総合2位。綱引き1位。自治会対抗リレー1位。
なかなかの好成績でありました。

リレーの第一走者は吉田家のプリンセスキーポン。
くじ運も良く、他を圧倒の力走で首位キープのまま第二走者へバトンを渡して、見事に大役を務めました。
このところメッキリ力の衰えた握力を自らの体重で補い、駒の足自治会唯一の十八番競技綱引きの連勝記録更新の源道力となったワイフ。
それに比べオヤジと云うと・・・

まぁ、いろいろありましたが、慰労会もおおいに盛り上がって、石見銀山年中行事の一つが無事に終了しました。

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イマシメ 

2013/10/06
Sun. 08:32

一夜明け、1日中降っていた雨も上がって運動会日和。
さぁ、今日は石見銀山9つの自治会と大森小学校と大森幼稚園が一緒になって、秋の町民運動会当日。
ワイフは、6時前から起きだしてお弁当を作っています。

試験が終わって4日間ほどで仕立てたバッハなどの吹奏楽演奏が終わって、夕方からはピアノ教室と、盛りだくさんの1日をこなしたキーポンは、夕食が終わって気がつくと例の如く四畳半のオヤジの書斎へころがりこんで、デスクワークのお伴で使っているシュラフやクッションを寝床代わりに爆睡。
お隣さんほどの近所に暮らす絵描きおねえさんと、夜中遅くまで三原谷のアートイベントの件で色々打ち合わせをしているのに、オヤジの隣で寝返りも打たないし目も覚めないまま結局朝まで眠り続けて今に至っています。

このところ、休日の度に色々な行事が続いて、彫刻制作が遅々として進みません。
自堕落で軟弱なオヤジは、このままだとアレコレ口実をつくっては楽な方へ流れてしまいそうなので、そのイマシメも込めてデスクトップに彫刻のゴミを貼付けてみました。

何をもって「美的」とするか・・
同じ素材でも、見方を変えると印象が違って受け取られることがよく分かります。
その日の気持ちの変化や、日常の暮らしに生ずる心のゆらぎが、ときどきの感覚を刺激していることがダイレクトに伝わります。
ものの見方や接し方の大切さを思い出したような気がします。
対象を「記号」と認識して見逃している事があまりに多い事でしょう。
五感に触れるものに「無感動」になっている自分がいるように思います。

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彫刻坊主 

2013/10/05
Sat. 08:32

天気予報だと午前中は曇りだったはずなのに、キーポンを学校まで送ろうと自宅を出たら石見銀山の町並みはすでに雨で濡れています。
このところ青空工房の彫刻制作が続いていて、何とか今日も午前中には大きなパーツを切り出して、雨が降る頃には6畳の工場で細かい仕事でもしようと計画していたら、それもどうやら難しくなってきました。

私の造る大きな部類の彫刻は、ほとんどが野外設置とか野外展示をを条件にしています。
「こだわり」と云えば重たく感じるかもしれませんが、残念ながら日頃から勉強不足の彫刻家にそんな高尚で奥深い主張などありません。
強いていえば、最初から青空の下で制作を始めている彫刻には、それなりのスケール感と周辺との協調関係のようなものが出来上がっているということ。
そのような環境で見慣れた彫刻には、やはり室内の照明やら閉鎖的な空間の構造やら色々なものが見た目の障害になってしまうことがわかっているからです。

この歳になると、何となく積年の感覚の蓄積が彫刻の癖になっているようなところもあって、周辺を山で囲まれた小さな空とか、適度なゆるやかさで入り組んだ坂の多い地形とか、それなりに点在する人家や建造物の密度の具合とか、そのようなものが彫刻の借景になって、さり気なく絡み合っていたりするところに、発見があったり、形の意外性が見えたりして、それが何となく心地よかったりもするわけです。

六本木の彫刻を送り出してから、気持ちを切り替えて次の彫刻に取掛かり始めました。
今日のように雨の降る日もあって、制作の進行にあわせるように少しずつ秋が深まっていきます。
ワイフが用意してくれた昼食をとりながら、そろそろと桜やねむの木の枯れ葉が鉄板のパーツに舞落ちてきたりするところをボンヤリ眺めたりしています。
別に深く悩む事でもなく、思いついたままにどんどん形にしていけばいいようなものかもしれませんが、どうもすんなりそのようにはいかなくて、仕事がつまづいたりする事もしょっちゅうです。
どこかしら、自分では、「これじゃぁいけない」とか、「もっと良い形があるはずだ」とか、そのようなことを思うから仕事の手が止まっているのでしょう。
まぁ、それも制作のうちということで、アセらないイソがない・・

秋のぬけるような青空のもと・・柔らかい日差しを受けながら造りかけの彫刻の脇にボォ〜〜っとたたずむオヤジを見かけたら、「あぁ〜、和尚さんが瞑想していらっしゃる・・」と都合良く解釈して、見逃してやって下さい。

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女流彫刻家の痕跡 

2013/10/04
Fri. 09:02

女流彫刻家のワイフは、1週間のほとんどを石見銀山周辺の幾つかの小さな中学校で美術を教えながら、料理や洗濯などの家事をこなし、なんとか委員とかなんとか会議とか、平日、休日、昼、夜関係なく働き動きまわって、その合間をぬって彫刻を造り続けているという、スーパー肝っ玉おかあさん彫刻家であります。
そのワイフが、9月に入ってから大田市で1、2のマンモス校(といっても、島根県のことですから知れてますけど・・)に通勤するようになりました。美術の先生の産休代用教員を今年度いっぱい引き受ける事になったのです。
このたびの展覧会に向けた彫刻制作は、彼女にとって例年になく辛くて大変な苦労だっただろうと、勝手に想像しています。
泣き言や愚痴はいっさい聞こえてこないまま、それなりに力作で完成度の高い彫刻を造るなど、同業として頭の下がる思いです。
つき合って結婚してこどもが出来て、もう30年以上の付き合いになりますが、その間、1回も休む事なく彫刻を制作して展覧会出品を続ける事の苦労は並大抵のものではありません。
欲や打算や戦略で凝り固まった脳みその、ほんの端っこの方でチョイとひねり出して技で仕立てた軽々しい彫刻とは訳が違います。
そんな反面教師が同居していたりすると、さぞかし本人はイライラしていることでしょう。
だから、食卓が彼女の彫刻作業台になって朝食が少しばかり遅れてしまっても、制作中のキズの一つや二つ増えたりしても何とも思いません。
かえってそのキズが「女流彫刻家吉田満寿美ー2013年の彫刻ー」として、歴史に残る痕跡になったりして、食卓制作者としては誇りに思ったりしているところであります。

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1年1作 

2013/10/03
Thu. 09:41

試験週間がはじまったあたりからキーポンの登校時間が少しずつ遅れはじめて、最近では自宅を出るのが8時を軽く過ぎるまでになりました。
高校に入学の当初は8時には学校へついていたくらいですから、1時間近くズレ込んできたことになります。
このままだと、冬に入って路面が凍結などしはじめたら、
「おとうさん、急いで!」
「ハイ分かりました!」
と云うわけにもいかなくなって間違いなく遅刻。
彫刻制作も一段落して、朝の時間に余裕が戻りつつあって、やっとそんな現状に気付いたところです。
それなりに都合の良い反抗期らしき状況で、どのようにさりげなく軌道修正するかが試案のしどころです。
このような、ささやかな悩みが絶え間なく繰り返される家庭の事情も、それなりの刺激になって、微妙な緊張感もあるし、そういうことが暮らしの張合いになっていたりします。
こどもがいないと分からない事でしょうけど・・

さて、これから10日もすると六本木の陳列作業があって、それから展覧会が始まります。
彫刻の仲間とほぼ1年ぶりで久々に再会します。
気がつけば、今年もあと3ヶ月を切りました。
11月には久しぶりに鉄の彫刻個展を始めようと計画しています。
寺務手帳も10月に入ってほぼ真っ白。
これから1ヶ月余りは、毎日工場通いを続けることになりそうです。
万善寺の住職交代前後から、大きな彫刻は1年に1作ペースが定着した感じになっていて、何とかこの循環を崩す必要を感じつつ日々を怠惰に暮らしているようなところを反省する時期が来たように思います。

稲刈りの時期の法要の折り、高齢化でリタイヤのお百姓さん曰く・・
「百姓もここまで機械化が進むと、ワシらにゃぁいつ何をやりゃぁいいのかサッパリ分からんようになりましたわぁ。米造るなんちゅうのは、毎年毎年が同じようなわけにゃぁいきませんけぇ〜ねぇ〜。いくら歳とっても、分からん事だらけですがねぇ。1年に何ヶ月もかけて田んぼ造って、結局死ぬまで歳の数ほども米つくっとらんのですけぇ〜ね〜」
・・・なるほどと思いました。
若い頃には、デッサンは「質より量が大事なんだ!」などと言いふらしていましたが、お米の百姓さんなど、1年に1回の収穫。
このペースが延々と続いても生涯で100回も米造りが出来ないと云う事が分かっているという確かな現実があるわけです。

1年1作ペースの彫刻造りでドォ〜のコォ〜の屁理屈云っているようじゃ話しにもならんな・・と云う事ですね。
ほんの10年ほど前までは、自分が死んでも100年、200年残るような彫刻を造る事に気持ちが向いていましたが、結局は、その彫刻が心に残るかどうかが大事なわけで、形ばかりが延々と残っても、それが彫刻とも言えないような粗大ゴミになってしまったらどうしようもなく意味がないわけです。
まぁ、そんなことを思いながら眼前の事実と向き合おうと思っています。

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搬入作業顛末記 

2013/10/02
Wed. 09:02

彫刻の島根搬入から一夜明けた朝。
何時ものように・・・・吉田家の朝のザワメキで目覚め、ワイフは仕事で、キーポンは登校して、ネコチャンズは朝寝。
私は・・・
身体中がきしみをあげて、思うように動きません。
一番のダメージは腰。
布団から起きだして、トイレに行くまでの距離が思うように歩けません。
「腰が曲がる・・とはこういう状態が延々と続くと云う事だろうな・・」
何となく寺の年老いたおかみさんを思い出していました。

その搬入作業顛末記

早朝に岩国から帰って仮眠した後、彫刻の写真撮影が残っていたので工場へ直行。
秋とは思えないほど強い日差しがジリジリと睡眠不足の後頭部や背中を焼きます。
実は、吉田の彫刻の全貌をはじめて見たのはこの時。
何といいましょうか・・・永年の研鑽の積み重ねとでもいいましょうか・・・緻密な制作計画の勝利とでもいいましょうか・・・そんな事は全くなくて、強いていうと、運を天に任せた吉田に、天の仏様がニコッと微笑んでくれただけの事・・・で、なかなかいい具合に組み立ったのでありました。
写真に納めてその彫刻を解体して、トラックの積み込みに備えた後、自宅へ帰宅。
デスクトップをプチプチつついて写真印刷終了。
その頃に、仕事が終わったワイフが帰宅。
彼女の彫刻を自宅前の石見銀山町並みへ図々しく設置。
顔見知りのガイドのおじさんや、観光さんに制作意図などを問われたワイフが作品解説などしている隣で写真撮影。
そして・・彼女のカーゴに彫刻が入らない。
結局周藤さんの軽トラを待とうと云うことになって、私は一足先に搬入場所のプラットホームへ移動。
「どうですか?状況は?・・今、搬入場所ですが・・・」
その周藤さんからタイミング良く電話が入ってその後の行動計画を打ち合わせて、彼の大活躍で予定の搬入時間を1時間超過して全作品が揃って、チャータートラックへ積み込みがはじまったのがすでに17時30分。
それから色々あって、あたりは暗くなって19時。
最後まで積み込みにつき合ってくれた所長さんにみんなでお礼して、トラックに運転手さんに彫刻を託して、5人の彫刻家が「お疲れさん」の挨拶をして解散。

その後、大活躍の周藤さんの慰労も兼ねて夜の闇に輝くネオンを求めて移動。
まずは、1杯の生ビール!
気がつくと昼食を食べていない・・・
「そぉ〜いえば、私も食べてませんねぇ・・」と周藤さん。
長いようで短かった彫刻島根搬入の1日が終わりました。
今後、大阪のプラットホームを経由して六本木搬入が続きます。
・・・松本さん、あとは任せましたよ!

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2013-10