工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

平常心だったかなぁ? 

2013/12/31
Tue. 08:16

2013年も本日限りとなりました。
この1年間、吉田にとっては色々なことがありました・・って、いつものことだけど・・

なかでも、老化や高齢化のことで、我が身の今後を考えさせられる1年でありました。
自分の意思で生き続けること・・
自分の意思で死ぬこと・・
家族の立場・・
社会の立場・・
医療の対応・・
介護のこと・・
保健・諸経費・時間・付き合い・・・

それらに対して、つねに平常心であること・・
これがなかなか難しいことだと痛感した1年でありました。

「平常心」というと、私の場合、立場上というか何というか坊主的にやはり解釈してしまうようになっていて、一般的に辞書に載っているような意味とは結構違うものであったりします。

対象にたいして自然であること・・
事象にたいして自然であること・・
つまり、自分の心の動きを正直にありのままに受けとめることと認識しています。

人であることの正直さをどこまで全う出来たかという反省があるわけです。
本当に自分に正直であっただろうかと反省するわけです。

この数年の間に・・
かるく15年は生きたはずのウサギのグレーがワイフに抱かれて静かに息を引き取り、19年生きた老犬のシェパ君が大往生して、その後手のひらサイズの黒猫がやってきて、それからたくましく野良暮らしを続けていた白っぽい猫が加わって、それに、8年間は生きていたはずの水槽の川魚がいつの間にか消滅していて、隣の水槽のグッピーはひたすら世代交代を続けながら絶えることなく繁殖を続け、気がつくとお掃除エビが巨大になってまだ生きていたり・・

こうして人間以外の生き物と暮らしていると、嘘をつかないというより、嘘をつけない彼らの正直ぶりに教えられることがずいぶんあるなあと思うわけです。
人として嘘をつかないと云うことがどれだけ難しいことかと云うことを痛感するわけです。
人として自然でいられると云うことがどれだけ難しいことかわかってしまうのです。

ひょっとして、現代の人の暮らしにとって、嘘をつくと云うことが世間の付き合いに欠かせない手段の一つになっているのかもしれません。
知らない間にそのような社会になっていて、なんとなくぼんやりと「それでいいのか」と思っている自分がいて、でもやはり気がつかないまま嘘で嘘を固めていたりして、どうもそのようなことが不自然だなと居心地が悪かったり暮らしにくかったりする・・

節度ある規律の中で社会が安定すると云うことは大事なことですが、そこには多少の便宜上の嘘も必要なのかもしれません。
人間の賢さはそのあたりにあって、それが嘘のつけない動物と違うところなのかもしれません。
人間として生きると云うことはむずかしいことですなぁ〜〜・・

2014年版のお札も摺り上がって、今夜から万善寺の本堂で年末年始のおつとめがはじまります。

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雪の万善寺 

2013/12/30
Mon. 08:07

万善寺下の町道は除雪もあまり出来ていなくて、相棒の結界君も必死。
参道脇のお地蔵さんも雪に埋まっています。

ひとまず、結界君の避難場所を確保しなければいけないので、リヤデッキに積んだネコ車と雪かきスコップを降ろして、除雪された雪の山を側溝へ捨てることからスタートです。
その後、200mほどの参道から庫裡の玄関までネコ車に荷物を積んで往復すること3回。
気温は低いのに、汗をかきます。
結局、積み込んでいた灯油のポリタンクを運びあげるまでの気力と体力が萎えて、それはひとまず断念。

万善寺唯一の避難場所で、書斎で、寝室にもなるロフト(純日本風和風屋根裏部屋)へ、荷物を運びあげて、部屋の片付けをして、電気コタツへスイッチを入れた頃には既に夕闇が迫っていました。
おかみさんがとにかく話したがって、夕食がいつもより1時間くらい早くなって、調子が良さそうな東堂さんは、大きな湯のみに日本酒を自分で注いでレンジでチン。
とても病人とは思えない飲みっぷりで2杯目も自ら動いてチン。
ワイフが差し入れてくれた夕食のおかずを中心にチビチビつまんでいると、おかみさんはからの茶碗を前に、箸も手に取らないまま延々話し続けています。
だいたい3〜4回ぐらい話しが回転したあたりで夕食終了。
結局、私が夕ご飯を食べている間、彼女の茶碗は空のままでした。

さすがに、暖房と云えばコタツだけのロフトは冷え込みが厳しくて、大急ぎで布団(といても持参のシュラフだけど)に潜り込んで、頭と手だけ出してデスクトップとにらめっこしていたら、そのうちいつの間にか目が閉じていて、夢と現実が次々と打ち寄せる心地よさに耐えられないまま撃沈。
気がついたら朝。

何と1年も終わりになろうとしているこの時期に、11時間も眠り続けたのでありました。
目覚めは・・・スッキリなのかなぁ?

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いってきまぁ〜す 

2013/12/29
Sun. 10:52

只今12月29日午前10時45分。
万善寺での年越しに向けて私の荷物梱包を終了。
これから一休みして、お昼ご飯を食べて、相棒の結界君へ積み込んで、雪深い万善寺へ向けて出発です。

結局昨夜は一睡もしないでたまった事務処理をだいたい片付けました。
お正月の3が日のおつとめで祈念薫香する守護札の木版刷りも1日で終わらせることが出来ました。
万善寺の少ないお檀家さんの御陰だと、こういう時にありがたく感じます。
これが100も200もあったら、最初から復刻版の手摺りなど思いつくこともありません。

おかみさんからは、いつ帰るのかとか、早く帰れとか、電池を買ってこいとか、トイレットペーパーがなくなったとか、雪がものすごいとか、何が主題なのか要領を得ないまま、ひとつずつ電話がかかってきて、余計に寺への出発が遅れてしまうのに気付いていない様子です。
これでも、何年も前から山寺の和尚さんを引き継いでいる訳ですから、そろそろそのことに気がついてもよさそうなのに、子供が60歳になっても子供のまま成長しないと思っているようです。
子の親離れが出来ないのも厳しいことですが、おかみさんの場合、親の子離れはもうこれから一生できそうにありません。

さて、しばらく石見銀山とお別れです。
お留守番のネコチャンズともしばらく逢えません。
このところ、毎晩のようにデスクワークをしていた私の側に寄り添って寝ていたクロちゃんが、なにやらいつもと違う様子を感じ取ってしきりに玄関あたりをうろついています。

東堂さんが極端な動物嫌いで、ネコチャンズの寺暮らしはあり得ません。
そういえば、19歳と10ヶ月で大往生したシェパ君も、盆正月の寺暮らしはなかなかストレスが溜まって大変な思いをしていました。
クロの興味深い視線を感じつつ、そんなことを思い出しながら、荷造りをしたところです。
それじゃぁ、いってきまぁ〜す。

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重たい雪 

2013/12/28
Sat. 08:49

昨日から降り始めた雪が本格的になって、一晩明けた石見銀山は湿った重たい雪に一面覆われています。
何年か前にも、このような重たい雪が年内にドッサリ降って、その時は寺の庫裡の大屋根の垂木が雪の重みで半分くらい折れてしまいました。
このたびも、寺の様子が心配ですが、12月に入ってからの東堂さんの一件で、予定の仕事に随分と遅れが出てしまって、いまだに自宅の書斎へこもっている状態です。

今日は1日かけてお札の木版刷りを終わらせるつもりです。
寺の年賀状を優先していたら、吉田家の年賀状が手つかずで残ってしまいました。
これも何とか片付けないといけないし、なかなか先が思いやられます。
そうこうしているうちに、プリンタのインクが無くなってしまいました。
ここにきて焦ってもしょうがないし、コツコツ続ければ終わらない事もないし、気持ちを切り替えてこの年末を乗り切るつもりです。

2013年もそろそろ終わろうとしている今になって、日本国は豪雪の気配も感じられ、それに加えてかどうか・・どことなく不穏な空気が漂ってきはじめているし、なかなか予断を許さない年越しになりそうです。

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吉田家の限りなく透明な日常 

2013/12/27
Fri. 10:25

ずっと忙しくしていた(今でもそうだけど・・)ワイフは、最近になって自宅にいる事が少し増えています。
一方で、自宅を事務所変わりにしている私が四畳半の書斎に閉じこもって、1日中何やら分けのわからない(自分ではキッチリスジが通っているんだけど・・)事ばかりしているのを見ていると、どうもその様子が気になってしかたがないようです。

チョット古い話になりますが、昨年の初夏に東堂さんの具合が思わしくなくなって、ひと夏の間、彼を中心に色々と大変だったことがあって、それまで何年か続いていたtodo中心のメモソフトが見事に機能しなくなって、かといって、宗門の業務手帳だけでは私のアレコレ種類の違うスケジュールを把握しにくいし、色々考えたあげく、別にF.B.を立ち上げて、一方でこのブログを日記代わりの備忘録にしてしまおうと決めた訳です。

ブログをしたためている時間など、せいぜい20~30分程度の事で、自分には気持ちの切り替えとか、1日の出来事の整理にしているようなものです。
その程度のものなのに、やはり習慣のようになっていると、それが1日の始まりや終わりの気持ちの整理になっていたりする事もよくあるので、結局は限りなく透明に近い吉田家の日常を公開することになってしまっているという、なんともややこしいことになった次第です。

そんな訳で、昨日の出来事を少々・・・
1日の用事を切り上げて帰宅すると、ワイフが「Aさん、やらかしてしまったわねぇ。アメリカにも嫌われたりして。何やってるんでしょうねぇ」などと、テレビネタに食いついています。
あぁ〜、そぉ〜いえば何処かでそのAさんのニュースを見ていた覚えがあるなぁ・・と、思い出そうとしたのに、なかなか思い出せません。
夕食までの短時間、風呂に入って色々思考するも無理。
結局、そのまま夜のひと時アレコレのあと、そのまま寝てしまって、本日を迎えました。

一晩寝ても、何故かどうしても気にかかっているので、そんな事も珍しいし、それこそ「どうして気になるのだろう?」と、キーポンを送りがてら、昨日の1日をじっくり整理し直してみたところ・・・「わかりました!」
仕事の合間に病院によって、そこで見ていたのです。Aさんのニュースを。
・・・さて、それではなぜそのAさんのニュースが気になっていたかと云う事ですが・・
それは、しばらく前の助成金申請の事務仕事のはじまった頃から、書斎に閉じこもって、私なりに現在日本の事情と、治世者の見識と、民族の感性の問題をずぅ〜〜っと考え続けていたからなのです。

ボーズの端くれでもある私は、一方で彫刻制作を中心に造形表現と向き合いつつ、それらを両立することもしないままカオスの日常を続けています。
その中で、いくつかの気になることの一つが政治の迷走です。
領土の問題でアレコレ摩擦の増えたアジア隣国に対して、日本はどう対峙すべきか・・・
わたしは、それを大げさな国際問題にする事そのものが間違っていると思うのです。
そもそも、仏教伝来二千年近い歴史の中で、仏教の思想を色濃く受け継いで現在に至る日本人のDNAは、儒教や道教を信仰して、それが国の文化にもなっている民族の志向性とはまったく違うところではぐぐまれてきていると思うのです。
人の死生観まで全く違う国民に対して、日本人的対応を全うし、正しく伝える事が大事だと思うのです。

さて、ニュースを賑わしたAさんの宗教は何なのでしょう?
「自分の親や親族の供養をこれだけキチンとチャンとさせて頂いていますよ」
と国民の皆さんに見せてあげることの方が先だと思うのですが・・・
少なくとも日本のメディアは、そちらに食いつくべきだと思うのですが・・・

政治家は、公私の分け目無く透明でなくてはいけないのではなかったのでしょうか?
うさんくさい私でさえ、だらしない吉田家の限りなく透明な日常を公開しているのに・・

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大森小学校収穫祭 

2013/12/26
Thu. 08:49

何日ぶりかで少しばかり冬の青空が見えて、それだけのことなのに、なんとなく気持ちがウキウキして外に出る事が苦にならなくなります。
これから春が来るまで当分の間、こんな感じの毎日が続くのだろうなぁ・・と思いつつ、大森小学校の終業式へ出かけてきました。

世界遺産石見銀山のほぼ中心と云っても良い場所にある大森小学校は、現在児童数20人。
今年の4月に新学期が始まった時は、親の転出で児童数も減っていたのですが、その後逆に転入があって、色々めまぐるしく入れ替わりが続きながら、結局1年が終わる頃には元の20人をキープ出来るほどになりました。

この、全校児童20人とその保護者の皆さんに先生方が、アットホームでゆるやかな連携を保ちながら小学校を守り育てていらっしゃる訳です。
そのようなところへ、私など首を突っ込んで良いものなのかどうか・・はなはだ疑問である訳ですが、何故か年に何回かこのような小学校の節目の行事に声をかけていただいていて、イソイソと出かけてしまいます。

今度の校長先生は、野菜を育てる事に力を入れていて・・というより、ほとんどそれが趣味だったりすると私は勝手に解釈していますが・・1年を通して、子供たちや保護者の皆さんはもちろん、町内のお年寄りや有志の皆さんまで巻き込んで小学校農園を精力的に開拓していらっしゃいます。
ジャガイモにサツマイモはもちろん、キュウリやナスなどの夏野菜。
蕎麦に大根などなど、それはそれはものすごい収穫量です。
極めつけは、最近流行のグリーンカーテンまで野菜で作ってしまうほどです。

近年、2学期の終業式は、そのようなこともあって収穫祭を兼ねた・・というより、収穫祭に終業式がくっついた・・と云う感じの楽しい1日になっています。
何年か前の収穫祭に、大人の人手が足らなくて校長先生自ら大汗かいてそば打ちなどしていらっしゃったのをたまたま手伝うことがあって、それ以来、私はそばうち要員になっているようで、招待状が届くのも、ひょっとしたらそのあたりの下心があったりするのかもしれないと勘ぐったりしつつ、それはそれで嬉しかったりもします。

そんな訳で、今年も痛い腰をだましつつキッチリと延べ棒をふるってきました。
収穫祭の献立は・・・小学校の石臼で摺りおろしたお蕎麦、ふろふき大根、ポテトサラダ、大根の自家製お漬け物、薬味のネギやゆずまでほぼ80%が大森小学校産大森小学校消。
大森小学校版の地産地消というやつです。

こんな小学校は、滅多にないでしょう。
勉強ばかり一生懸命になって偉い人になる事もいいかもしれませんが、10人が10人とも社会のお手本になる立派な人物になる事も夢のようなお話で、そりよりむしろ心身共に健康で、痛みのわかる心優しい平凡な人物を育てる事も大切なような気がします。
大森小学校を卒業した4人の我が子も含め、みんなそれなりに立派に育ってくれています。
現在20人の子供たちのお母さんたちの中にも大森小学校卒業生がチラホラいらっしゃいます。
ひと昔前は当たり前のような光景が、今では珍しくなってしまった・・・そんな時代になったんだなぁ・・・

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2013ークリスマスイブ 

2013/12/25
Wed. 10:26

慌ただしい毎日の中で、気がつけば冬至も過ぎていました。
12月24日は、クリスマスイブでしたね。

吉田家の可愛い甘やかし放題の末娘には、昨年まで家族が寝静まった丑三つ時になるとサンタさんが何処からともなくやってきてプレゼントを置いていってくれたりしましたが、今年はお母さんサンタのプレゼントだけになって、ちょっとガッカリしていたようです。
それでも、誰に似たのか気の強いところもあって、私の前ではいつもと変わりなく平静を装っていました。

その24日は、私が少年の頃も家族でささやかにクリスマスの一夜を楽しんでいました。
今はすっかり高齢者の仲間入りをした東堂さんもまだ若くて、腰の辺りまで雪の積もったお寺の裏山へ入り込んで、柊の枝木を切ってきたりしてくれたことを覚えています。
これも高齢者の仲間に入っているおかみさんも、当日朝からセッセとケーキ等を手づくりして、夕食の時は赤玉ワインで乾杯をしたりもしました。
作り付けの食器棚の上には、韋駄天さんがお祀りしてあって、しめ縄もぶら下がっていたり、夕食前には、まだ若かった老僧が早めのお風呂で身を清めて本堂のおつとめをすませた後、庫裡のお仏壇では家族みんなでお参りをするなど、今思うと何とも形容のしがたい奇妙な仏式のクリスマスイブになっていました。

そしてそれからだいたい50年後・・・
12月24日の朝・・・石見銀山の谷は厚い冬の雲に覆われて今にも雨が落ちてきそうな案配。
前日1日使って手直しをした書類に再度目を通して、若干修正等加えて、自宅を出発したのは9時を少し回ったところ。
今年の24日は、東堂さんの手術後の経過観察通院日なのでした。
万善寺まで結界君を走らせると、参道は雪で登れません。
長い時間をかけて、ゆっくりと東堂さんを町道まで歩かせました。
寺を出る事も久しぶりのことで、クリスマスイブでもあるので??途中参道脇のお地蔵さんに般若心経や陀羅尼のおつとめをしてもらったりして、結界君をスタートさせたのが10時30分でした。
小1時間の移動をして病院へ到着すると、クリスマスイブだというのに??患者さんであふれかえっています。
3連休後の病院はすごいことになっています。
そういうこともあって、東堂さんが呼ばれたのは午後の1時を回っていました。
ドクターも大変です。たぶん、まだお昼ご飯を食べ損ねているはずです。
術後のエコー検査などをして、
「経過は良好のようですね。元の病院へ紹介状を書きますからもう少しお待ち下さい」
ということで、結局、病院が終わったのが14時を過ぎていました。
案の定、「腹減った。昼飯も食べんで待たされたけぇ、腹減った」とはじまって、「何が食べたい?」と聞いたらやっぱり「肉」
東堂さんは薄切り和風ステーキランチで、私は日替わりランチ。
途中石見銀山へ寄って、改良衣に着替えて仏具一式もって、東堂さんをお寺まで送って、その足でお檀家さんへ直行で16時。
毎年12月24日の恒例になっている1年納めの先亡精霊供養をおつとめして、石見銀山へ帰宅したのが19時少し前。
改良衣を脱いだり、大衣をたたみ直したりしていたら、「ごはんよぉ〜」とワイフから声がかかって、やっと何とか落ち着いて吉田家クリスマスイブの始まりとなりました。

鳥のモモ、スパゲティー、豚の角煮とローストビーフ。
それに、ブルーベリーいっぱいのパウンドケーキ。
そして、サングリア。
全てワイフの手造り!

それなりに、記憶に残る2013年のクリスマスイブとなりました。

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出来の善し悪し 

2013/12/24
Tue. 08:27

2010年からスタートさせた現代彫刻小品展ですが、内容は年々充実しているものの、資金の調達が難航して、今後の開催が危ぶまれています。
昨年末から助成金の申請先を代えたのですが、色々と内容の指摘を受け、そのあたりの改定を繰り返す事になってしまいました。
県内の彫刻家が中心になって、それぞれ役員を務めている訳ですが、個人個人も自分の毎日で忙しさが増すし、このたびのように連休も重なった短期間でメンバーが1カ所へ集まる事等不可能で、結局私の独断でことを進めてしまうという、不本意な申請になりつつあります。
そのような訳で、このたびは助成金の獲得もおぼつかない状態で展覧会事業がスタートしています。
近頃は、インターネットショッピングを利用したりすると、色々なものが短期間で手に入る時代になっていますが、そのような時に、アチコチの業者さんへお願いして1年も先の事業予算根拠の見積もりをお願いする事の労力の空しさが、私の心を暗く沈ませてしまいます。
それぞれ、当事者は自分の仕事を全うする事が全てでしょうから仕方のないことかも知れませんが、一方で目的を達成するための作業を共同する事で、同じ仕事に同じ汗を流す事になって、達成感も共有出来るのではないかとも思えるのです。
これがこのまま延々とお互いの境界が越えられないまま、見えない壁の両側で腹の探り合いをするなど、本当に下等で発展性のないむなしい付き合いにしかならないような気もして、そのような付き合いを続ける事がどれだけ自分のためになるのだろうかと、今更ながらに悩んでしまって、意欲をなくします。

この歳になって今更どうすることも出来ない自分を省みつつ、やはり人は頭との付き合いが大事だと云う事がわかるようになってきました。
何事も、蛇でもマムシでもまずは頭を捕まえる事。
もっぱら彫刻ばかりつくって、手元の事ばかり見続けていた自分の見識のなさを痛感します。
来年早々から久しぶりの彫刻展を開催出来ることになりました。
今の事務的な事は、なかなか終わりを見る事が出来ないまましばらくこんな感じで続いていくでしょうが、今回の展覧会は色々な意味で節目になる事も確かです。
本来の自分を再度見つめ直す良い機会であるとも思っています。
申請中の現代彫刻小品展も、慌ただしいままに年を重ね、気がつくと開いていた片手を握るくらいの年月が過ぎています。
そろそろ、気持ちを切り替える良い機会なのかも知れません。

そうこう思いながら作ったポスターです。
出来の善し悪しや好き嫌いは別ということで・・今回はチョット様子を変えて、チラシのようなポスターにしてみました。
そのかわり・・と云う訳でもありませんが、一方でポスターのようなチラシをデザインしてみました。
こちらの仕事は、それはそれで色々悩みましたが、ひとまずは自分の思い通りになったような気がします。

個展ポスター1

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何が大事 

2013/12/23
Mon. 08:48

吉田家トイレ文庫のオヤジの愛読書が何処かに消えて探していたら、ワイフが暇つぶしに持ち出していました。
その本は、古本屋で棚の肥やしになっていた105円まで落ちたもので、パラパラめくっていると綴じ目から本当にパラパラとページが離脱して、ひとたび取り落としてしまったりすると、2ページにまたがるところなど、復元が大変なことになって、何時までもトイレから出られなくなってしまうのではないかと、ビクビクしながらそぉ〜っとページをめくったりしている、なんとも始末の悪い文庫本ですが、私にとっては大切な本。
幸い、ワイフはその本を鞄へ入れて出かけたあと、出先で取り出す事も無くそのまま自宅へ持ち帰った様子。
出先でバラバラになっていなくてホッとしたところです。
ものの価値の上下は、値段ばかりでは無いという事がこうした時によく分かります。

雪の合間を見つけて、一気にドタバタと墓石点眼のおつとめをしてきました。
東堂さんがまだ若かった頃は、師匠直伝の作法を丁寧に守っていたおつとめも、私が引き継ぐ頃には随分と簡素に省略されていたりして、万善寺に残っている、飛散して前後の辻褄も曖昧な状態の書き写しのメモなどを引っ張りだして、一種の復元に近い作務をしつつ、直接東堂さんから昔の記憶を聞き取ったりして、まあまあ、原型に近い状態のおつとめをさせて頂いたりしています。
一方で、その作法の意味を問いかけても、「しらん」とか「わからん」とか「わすれた」とかで終わってしまう事が多くて、そんな事ばかり繰り返していると、なんで今更自分ごときが住職を引き継がなければいけないのかわからなくなってしまいます。
結局は、東堂さんが一方的に自分の血を分けた息子を弟子にして跡継ぎにしたかったという、それだけのことで、私の人生が決まってしまったようなところもあるようです。

今年最後の連休は、色々な行事が重なって、その上に天気任せのおつとめが入ったりすると、時間の調整がどんどん難しくなって、移動距離も長いし、なかなかスリリングな1日になりました。
それでも、坊主としては「こんちもさいなら」(サッと来てサッと帰ること)でお檀家さんとつき合う訳にもいかないので、時間を気にしつつ、甘いコーヒーをいただいて、渋いお茶をいただいて、世間話などして、それなりに時を稼いで、さりげなく頃合いを見ておいとまするのです。

話しの流れが33回忌のことになって、またまたややこしいことになったと思いつつ、墓石の新造という大事業に取り組まれた訳ですから、そのような会話が出てくることも当然のこと。
仏に仕えている我が身にとっては、とても大事な領域の事でもあるので、適当にごまかす訳にもいかないし、出来るだけわかりやすく解説をしたりしたところです。
隣近所のおつき合いや、彫刻仲間や仕事の付き合い、それに坊主付き合いに、家族の付き合いと、人間の付き合いも難しくてなかなか思うようにいかないのに、仏界のお話などマトモに出来るものかと、なかなかのジレンマを感じつつ、次の目的へ結界君を走らせたのでありました。

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坊主研修 

2013/12/22
Sun. 08:24

教区の研修へ行ってきました。
私にとっては、1年に1回の坊主研修になります。

大きな僧堂や両本山で安居(あんごと読んで坊主の修行の事)されていらっしゃる立派な僧侶ばかりに混じって、不勉強で成行きのその場をしのいでばかりの私など、門前払いで追い出されてしまいそうなものですが、教区の皆さんには優しく受け入れていただいて、末席を汚しつつ、色々お勉強させてもらっています。

会場は、教区のほぼ中央にある立派なお寺で、奥様共々の熱心な布教活動がそのまま熱心な信仰に繋がって、熱心なご信者の熱心なご奉仕の布施活動で維持されて、隅々まで行き届いた心配に心が洗われるほどです。
そのお寺のある町は、あの元総理大臣である竹下登氏生誕の地でもあり、揺るぎない自民党支持がいまでも続くところでもあります。
島根県全体が全国でも有数の自民党支持県でもある所以の一環は、そのあたりに起因しているのかも知れません。

少し前から続く悪天候はその日も変わりなく、あれこれ用事を片付けて、大急ぎで研修の準備などして結界君に乗り込んで、途中、断続的な吹雪に遭遇しながら予定の時間を若干遅刻して駐車場へ到着。
彫刻の制作やつなぎ着用時以外は、1年中ほぼ素足で暮らしているので慣れているとはいえ、雪の積もった参道を雪駄に素足で歩くと、さすがに指の感覚が無くなって、研修の間どうやって立っているのか説明不能という感じでした。
素足に草鞋の雪国の托鉢など、想像もできないほどの厳しいものでしょう。
軟弱な私にはとても務まりそうにありません。

こうして坊主研修に出かけるたびに、曹洞宗の修行は(といっても、他の宗派は知らないので・・)見事に体育系のノリだと、つくづくそう思います。
特に、超がつくほどの文科系にどっぷりと頭の先まで浸かりきっている私など、法堂(はっとう)での一時乱れぬ所作を見るにつけ、頭ではその大切さをわかりつつ、一方で一つ一つの所作の裏に隠された根本の意味を、それぞれ何処まで理解して身体の動きに繋がっているのか、どうもそのあたりに曖昧なものを感じてしまったりもするのです。
やっぱり、彫刻などつくっていると、特に私の場合は、かたちと向き合っている自分は最初から最後まで自分以外に誰も共動することがないような制作の体制を敷いてしまうので、余計に系統だった一連の動きに対しての協調性から遠いところでいたりすることが長く続いて、それが自分の習慣になってしまったりしていて、そしてその上に、そろそろ頭も硬直し始めるジジイ年齢にも達し始めると、本当に色々な場面で緊張する事が辛くなっています。

ひとつお寺の住職ともなると、一方では一国一城の主とも言える存在で、やはり、永年修行を積み重ねた成果を実践に置き換えて、現在に至るまでの知識や教養に裏付けされた経営に打ち込まれていらっしゃる事でしょう。
このたびの研修でも、そのような寺寺の実践事例が紹介されました。

万善寺など、東堂さんが60年に渡って築いた万善寺形体を、出来るだけ乱さないように繋げ続けているだけのことですが、それでも各所で色々な不具合もあったりして、引き継ぐだけのたったそれだけの事が難しかったり苦労だったりすることもしばしばです。
私の代はせいぜい長くて20年も保たないでしょう。
あまり混ぜくり回して大騒動にならないように気をつけつつ、静かにさり気なく消え去ってしまうように考えているところです。

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トブコトカナラズタカシ 

2013/12/21
Sat. 08:25

島根は冬シーズンの本格的な雪が降っています。
たぶんこの寒さは全国的でしょうから、あまり大騒ぎするほどの事でもないかも知れませんが、とにかくこの土日は寺の用事で結界君を駆使して雪の中を何往復かすることが決まっています。

キーポンは、アンサンブルの大会があって、毎日遅くまで練習しています。
今度の日曜日がその大会当日。
この勢いだと会場のあたりは結構雪が積もっているかも知れません。

ワイフは、やっと非常勤の仕事が一段落して、久々に自宅でのんびり出来るのかと思っていたら、クリスマスのことやら、餅つきの事やら、こんどは地域の用事が目白押しで、今も先ほど既にお出かけ。

気のせいかもしれませんが、このところ年々余裕無く忙しさが増している感じです。
私の方は、提出書類の手直しが入って、連夜のようにほぼ徹夜が続いています。
優先順位の厳しいところから片づけないと、とろけた脳みそのオーバーワークで収拾がつかなくなりつつあります。
今も、昨夜からの徹夜明けで、そのままキーボードをプチプチ叩いています。
一段落したら、バリカンをあてて朝シャワー。
衣の準備などして、お昼前には自宅を出発の予定です。

万善寺のお年始粗品のカレンダーの印刷原稿がやっと完成しました。
いつもの印刷屋さんに泣きついて、仕事納めギリギリで滑り込みセーフ。
構想半年、制作一晩。
ギリギリまで色々悩んだ結果がこれです。
こういう仕事の組み立てしか出来ないところが、作家らしいところでもあると、自らを励ましつつ一方で叱咤。
永年彫刻制作で培った、ギリギリまで引きずるこのノリは、どうしようもない癖にもなっているようです。

自分へのイマシメも込めて、・・・伏久者飛必高・・・

「フスコトヒサシキハ、トブコトカナラズタカシ」
人生楽あれば苦有り、
逆境に悲観して無駄にドタバタするよりも、
むしろジッと耐えて研鑽し、
やがて来る好機を逃さず掴みとるほどに冷静でありたいものです。

ちなみに・・・「伏」の字に「てん」が消えています。
寝不足でフォトショップの操作ミス。
チャンと手直ししたものが印刷されますのでご心配無く・・・

A3-10~12印刷見本

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チラシ完成!の予定 

2013/12/20
Fri. 11:18

家族の迷惑かえりみず、朝の慌ただしい時は避けるとして、オヤジのトイレ読書は既に習慣になっています。

術後の経過も問題なく、予定より1日早く退院した東堂さんを、私の仕事の都合で一晩ほど石見銀山の自宅へあずかって、昨日寺へ送り届けてきました。
といっても、まずはいつもの病院へ報告がてらの通院からスタート。
石見銀山から、ダイレクトに寺へ帰れると思っていた東堂さんは、若干気落ちして、病院の玄関先へ結界君を横付けしてもしばらく放心状態。
とにかく、助手席からおろして受付をすませて診察を待つことにしました。

病院が変わるたびに、体重やら血圧やら血液検査やらお薬手帳の確認やらが続いて、診察が終わって支払いが済んで薬局で薬をもらって全て完了したのがお昼過ぎでした。
年末のこの時期に、平日の昼間中ひたすら粛々と通院のお伴をする自分の心境は、なかなか複雑なものがあります。

例の如く約200kmほどを走破して冷えきった自宅に帰ると、それまで気がつかなかった疲労がドッとやってきて、ズシリと身体の重みを感じつつ、まずはトイレへ直行。
洋式トイレの便座のぬくもりが心地よくて、しばらく落ち着いて書架の文庫本をパラパラめくっていると、ゴシックの太文字で強調された厳しい1行が目に飛び込んできました。
「不敬何以別乎」(敬せずんば、何をもって別たんや・・)
論語の一節です。
ここでは、親を「敬」することの解釈を問われて、孔子がこのように答えています。
「別」というのは、親に対する「何か」のことを言っていて、孔子は馬とか犬を例えにしています。
親の面倒を見ると云うことは、「敬う」という気持ちが無ければ、犬の世話をしているのとドッコイだ!・・と云う訳です。

私が彫刻を造りはじめた頃のことですから、もう30年ほど前になりますが、抽象を作り続けているベテランの彫刻家から言われたことがあります。
「自分の彫刻の出来不出来を、他の者や仕事のせいにしてもダメだよ!」
以来、言い訳がましいことは心して言わないようにしてきたつもりですが、やはり心の何処かで自分の思い通りにならないことへの不満が溜まってしまって、時々にそれが色々と態度や行動に出てしまっているのだろうと思ってしまいます。

なかなか厳しい年末を迎えていますが、この状況で出来る事と出来ない事をきちんと選択して、一つずつ優先順位を整理するしか無いと踏ん切りをつけました。
東堂さんの事や、万善寺の行事はまた別の事です。
そっちはそれで大切なことですから、きちんと向き合って、出来るだけの事をしようと思っています。
吉田正純は、一人しかいませんからね。
そんな訳で、本日個展のチラシが出来上がってくる予定です。

A4印刷仕上り見本

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忘れんぞ! 

2013/12/19
Thu. 08:32

年内になんとか一区切り付けようと、四畳半の書斎に籠って、必死で印刷物の原稿を作成中です。
東堂さんがらみで落ち着かない日々を送りつつ、なかなか集中出来ないまま、昼のうちに体力を使い切ったりして、どうも深夜の仕事に調子が出ません。
いつものことでみんなが寝静まったあとの仕事は、それなりに集中出来るだろうと軽く考えていたら、それも上手くいかないで、なかなかデザインの踏ん切りがつきません。
それに、最近どうも調子が悪くて誤作動を起こしはじめたトラックパットの具合がどんどん悪くなってペースが乱れる一方。
何とかやりくりしてだましだまし仕事をしていたら、部活から帰ってきたキーポンがドタドタ書斎に入り込んで、私のイライラはピーク。
ほんの1週間前にデスクトップのスイッチを入れると、ほとんど完成していた印刷原稿のデータが消えてしまっていて、そのダメージを引きずっている時だけに、久々にオヤジの忍耐の糸がプツンと切れる寸前。
「どぉ〜も調子が悪いのよ最近」
「それって、板がチョットねじれてない?」
「まさか・・」
なんと、もう何年も愛用のトラックパットがねじれています。
そういえばこのところ、カタカタかたついて使いにくいなと思っていたところ。
一見丈夫そうに出来ているのに、結構華奢に出来ているようです。
「きっと、ネコの仕業だよ!」
で一件落着。
確かに、あのデブネコたちの跳び箱の踏み台代わりに使われたりすると、ひとたまりもないわなぁ・・
原因がわかっただけでも気が晴れて、キーポンの御陰で堪忍の糸を切らなくてすみました。その上、気持ちも整理出来て、少し気が晴れた感じ。
年末の厳しい時期での出費は痛いものの、仕方のないこととあきらめて、同等の小品をカートへ入れました。
無事に退院した東堂さんを寺まで送ったりしている間に、トラックパットの2台目が我が家へ届いていることでしょう。

ネコチャンズめ、この恨みは忘れんぞ!

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クリクリプチプチ 

2013/12/18
Wed. 04:37

ほぼ徹夜の夜が明けようとしています。

東堂さんの手術が終わって、それなりに順調に回復しているようで、キーポンを学校まで送った帰りに病院へ寄って見ると、既に朝食を終わったところでした。
ドクターの回診まで待って、退院の日が予定より1日早まったことを確認して帰宅。
ワイフはもう既に仕事へ出かけていて、自宅にはネコチャンズがお留守番。
ネコのためなのかどうか、部屋中に電灯がついていて、ひとけの無いのに華やいでみえたりします。

さて、ひとまず東堂さんも落ち着いたことだし、溜まったデスクワークを片付けないといけません。
久々に書斎へ落ち着いて、少々贅沢にエアコンの暖房をつけて、podcastをつけて、コーヒーを入れて、気合い十分。
ワイフが作りおきしてくれたおにぎりと昆布茶で昼食をとりながら、ひたすら休み無くトラックぱっとクリクリ、キーボードプチプチ。

遅れていたひと仕事を世間の業務時間ギリギリに片付けてデータをメール送信していると、珍しくワイフが早くに帰宅。
ほぼ入れ違いで病院へ出かけて、東堂さんの夕食につき合ってキーポンをお迎えに学校へ・・
遅めの夕食が終わって2〜3時間仮眠して、それから少し前までクリクリプチプチ。
データを送信して、冷えたコーヒーを飲みながらこうして1日の出来事を記録しています。

私の隣には、見た目は忠犬のごとく、実態はシュラフのぬくもりを求めて爆睡のクロ。
これから、東堂さんの退院時間ギリギリまでもうひと仕事片付くかどうか・・
とにかく、乗り切るしかありません。
退院の東堂さんを寺まで送る時間がもったいないので、今夜の東堂さんは石見銀山泊の予定です。

この1週間は工場へも行っていないし、自宅の家事も出来ていないし、障子の張り替えも残っているし、ネコも使い物にならないし、切実にクローンがほしくなります。

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東堂さん手術備忘録 

2013/12/17
Tue. 08:38

秋の定期通院の検査で手術した方がいいだろうと云うことになって、それから病院を転々として、年内には難しいかもしれないと思っていたところ、色々な都合を調整して家族の事情など全く入り込む余地無しと云った感じで一気に決まったことでした。
子は親の面倒見ることが当然と、子の事情など通用しないまま1日が過ぎました。
以下は、その備忘録。
常日頃から吉田のつまらないひとりごとにおつき合いいただいている奇特な皆様には本当にどうでもいいつまらない内容なので、本日のブログはトットとスルーして下さいませ。

東堂さんをつれて病院へ到着したのが10:00。
幾つか受付を回って手続きをして入院になったのが11:00。
前の夜から絶食で、下剤まで飲まされて「腹減った!」を繰り返す東堂さん。
手術前の色々な説明を聞くも、わかったのかどうなのか・・なんとなくひとごとみたい。
私が昼食に出かけている間に点滴や色々な器具を装着されていて入れ歯を外したりしたのが12:30。
寒いだとか、退屈だとか、テレビを見せろとか、若干我がままが出るも、これも平常心で落ち着いているのだと良いように解釈して待つこと20分少々。
「はい、それじゃぁ、今から手術になりますからね」
付き添って手術室前まで移動。
入れ歯の無い、急に本来の年齢相当の顔になった東堂さんを見送って待機室へ入ったのが13:00。
暑がりの私には地獄のような灼熱の待機室で、服を脱ぎ、アチコチ移動し、また服を脱ぎ、結局Tシャツ1枚になって、暇つぶしの文庫本に気持ちを集中。
持参のコーヒーとお茶を交互にチビチビ飲みながら文庫本へ集中。
途中、何度か用事の電話が入って、幾つかの会話で乗り切って文庫本へ集中。
何回目かの電話がワイフで、まだ手術中と答え、「ひとまず病院へよってみて」ということになって、しばらくしてワイフ到着もまだ手術中で、既に16:30。
ワイフが去ってしばらくしてドクターが摘出物と一緒に待機室へ登場。
「結構固い石で、普通はもっと小さくしてから取り出すのですが掘削に時間がかかるので・・」と、見せてもらったのが、まぁデカイこと!
もう何十年もの間、少しずつ大きくなってきていたのでしょう。
そうやって、ドクターからお話があって、麻酔で意識朦朧の東堂さんが手術室から出てきたのが17:30。
病室へ移動して、こんどは「喉が渇いた」だの「水がほしい」だの、また我がままが出始めて、術後の体調も良好と勝手に素人判断。
「キーポンを迎えに行くまでだからね」と付き添って時間つぶしに文庫本へ集中。
看護師さんへ任せて退出したのが19:00。
自宅に帰って夕食が20:00。

あと少しで、「スプートニクの恋人」を読み終わります。
こんな時に、暇つぶしに選んで、はたして正解だったかどうか・・・
「血は流されなくてはならない」の引用が、いつまでも忘れられないフレーズで記憶に残る1日でありました。

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いろいろあります 

2013/12/16
Mon. 05:48

東堂さんが薪ストーブの部屋(リビング)で寝ています。
昨日万善寺から石見銀山へつれてきました。
本日朝から近所の病院へ入院です。
普通だと簡単な手術なのですが、高齢なので病院はいやに慎重です。
任意保険がないので、金額が心配です。
吉田家が年越しできるか微妙です。
本人は久々の外泊でリラックスして楽しんでいる感じです。

・・・そういう訳で、本日は終日東堂さんの付添です。

ノッチが久々に帰省して、吉田家が華やぎました。
ワイフの穏やかな笑い顔を久しぶりに見た気がします。
さて、ノッチはというと・・・

〜〜〜〜〜〜
実家に帰ってきておるぜやー♡!!
ものすっごく寒いよー!雪降っとるー!!!
#出雲大社#島根#帰省#

久しぶりの島根はとってもとっても楽しくて充実してました♡
わたしが友達を家につれてくることなんてたぶん小学生以来だったから、両親がハイパー気合い入ってて至れり尽くせりでした

母さんはいままでにないくらいの優しい母さんでした♡
〜〜〜〜〜〜
だって・・・
まぁ、よろこんでくれていたようで・・ひとまずは良かったのかな。

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ノッチの帰省 

2013/12/15
Sun. 04:36

久しぶりに友達を連れて帰省したノッチと、久しぶりに親娘で飲み会をして、大騒ぎをして爆睡!

オヤジの掛け布団代わりに使っている2枚重ねのシュラフが気に入ったのか、このところ連日のようにその上へ上がり込んで昼となく夜となくダラダラ眠り込んでいる重しのようなネコのクロのおかげで、真夜中になると金縛りにあったように身動きが取れないままうなされて目覚めていたのが、久々の大騒ぎもあって、久々に安らかな眠りをむさぼったのでありました。

おかげさまで、朝も夜の内から爽やかに目覚め、デスクワークを一気に先へ進めることが出来ました。
キーポンはワイフの運転でとっくに部活で登校。
ワイフはその足で土曜の朝のお買い物。
ノッチたちは10時を回っても目覚める気配も無くひたすら眠り続けて、結局、朝食か昼食か曖昧な食事でワイフに起こされる始末。
まぁ、久しぶりの実家でもあるし、そのあたりのだらしなさは黙認することにしました。

晴れたり曇ったりめまぐるしく移り変わる石見銀山の空模様の中、念入りにお化粧が終わった二人は、お散歩がてらの石見銀山観光。
買い物から帰ってきたワイフの車を借りて、仁摩のサンドミュージアムや鳴き砂の名所琴ヶ浜方面とお決まり観光コースをめぐって夕方近くに帰宅。

事務仕事をひとまず切り上げたオヤジは、ストーブの番をしながらピザ生地作り。
適当に砂糖やら塩やら卵黄やら強力粉にぶっ込んでコネコネ・・
一次発酵が終わって適当にブツブツ小分けして丸めてから改良衣に着替えてお通夜へ出発。

道中、雪を心配するも、何の問題も無く隣町のお寺へ到着して、鐘つき坊主の役目を果たして帰宅すると、帰省2夜目の娘たちは、既にオヤジ手造りジャンクフードピザを自分たちで焼いてたらふく食べて満足気。

久々のお経で喉がカラカラのオヤジは、早速プシュッ!プシュッ!プシュッ!・・・
飲み会2日目のスタートです。
写真のキティーちゃんピザは、ノッチ作キーポンへの愛情タップリ?ピザだそうです。
オヤジがお経読んでいる裏番組で随分と楽しんでいたようすが伺えます。

ノッチも色々あるけど、何より何より・・
これから夜が開けたら、二人は例の如く念入りに顔を作って、早朝出発で東京まで帰っていきます。
私は、引導などを準備してお葬式へ出発です。
今夜はプチ手術の東堂さんをつれて帰宅。
吉田家の慌ただしさはもうしばらく続きそうです。

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1日が短い 

2013/12/14
Sat. 08:08

夜行の長距離バスで島根に帰ってきたノッチを迎えに、石見銀山の自宅を出発したのが9時をチョットすぎた頃。
ものすごい強風で、相棒の結界君がフラフラして、国道を走っているとそのまま日本海へ飛ばされてしまうのではないかと、チキンオヤジは少しばかりビビりながら運転していたら、珍しく隣町にあるお寺のご住職から電話が入ってきました。

何事かとすぐに車を止めて出てみると、お葬式の電話。
「暮れの忙しい時だけぇ、いつもの方丈さんへお願いしにくうて、そいで聞いてみるんだがのぉ」と、お葬式を手伝ってほしいというお話でした。
万善寺のお檀家数くらいだと、よっぽどのことが無いとみんなが忙しい12月に法事が入ることもないことをよくご存知です。
お檀家数も、万善寺の2倍くらいあるようなお寺さんは、暮れになってもお正月の松の内でも、結構突然のお葬式が入ったりして、なかなか落ち着かない様子です。
個人的には色々と押し迫ったスケジュールが無いわけではないのですが、仏事のおつき合いも大切なことだし、せっかく声をかけていただいたので、即答で引き受けさせてもらいました。

この2〜3日の島根県は、見事に急激に寒くなって、何処へ行っても雪がパラついています。
ひとまず電話で時間の打ち合わせなどして、その足で久々に友達と帰省したノッチたちを乗せて、強風と雪の島根県をぐるっと一周、ガイドして回ってきたところです。
またまた、走行距離300kmを越えて、燃料もギリギリセーフで帰宅。
新品だったスタッドレスも結構チビてしまったような気もします。

途中の昼食は島根県名物の一つ、出雲そば。
もう、20年はご無沙汰していたと思う、松江のそば屋さんへ観光がてら久々にお邪魔しました。
そば好きオヤジは釜揚げそばと鴨そばをぺろりとたいらげ、そば湯もお願いして久しぶりのそばづくし。
フトコロがあったかい訳でもないけど、そこは可愛い娘のこともあるので、踏ん張っておごったりしたところです。
それから、八重垣神社に出雲大社と、旅行ガイドブック定番コースを巡ってきました。
自宅を出るとき、どうせ結界君と一緒の車中移動だからと、普通に薄着のままだったもので、さすがに外の寒さがこたえました。
それでも、それなりに、娘たちはよろこんでくれたようでなにより。

今夜はお通夜が入ったので、計画していた夕食の準備だけは昼のうちにしておこうと思います。
それでなくても短い冬の1日が、アッという間に終わってしまいそうです。

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雷神さんが怒った 

2013/12/13
Fri. 06:52

石見銀山は、今年(といっても、あと少ししかないけど・・)2回目になる冬の悪天候になっています。
昨日から雨に混じって雪が降りはじめ、みぞれになったり晴れたりしながら、しだいに気温が下がりはじめ、キーポンを迎えに行く頃は、寒さには強い方の私もさすがに耐えられないほどの底冷えがやってきました。
夜半には雷も鳴りはじめ、激しい雨が吉田家のトタン屋根をたたき、結局その音で目覚め、真夜中のデスクワークをはじめて今に至っています。

今日は、ノッチ(吉田家の次女)が久々に帰省します。
東関東の大震災の時に、一時避難で帰省して依頼です。
彼女は、15歳で石見銀山を離れ、東京暮らしをスタートさせました。
自力で留学の勉強をして、英語もろくにしゃべれないまま、約1年間ほどケンタッキーのルイビルで暮らしたこともあります。
現在は、定職にもつかないでその日暮らしを続けながら、シンガポールや韓国など、それに、日本国内各地と、あちこち旅行を楽しんでいます。
今回の帰省も、旅行好きの友達と二人旅。
お目当ては出雲大社。
別に結婚を焦るでも無い様子なのに、縁結びの神頼みだけはしておいたほうが良いと思っているのでしょうか・・
そういえば、長女のなっちゃんが久々に帰宅した時も出雲大社へ連れて行けと大騒ぎしていたような・・・

そんな訳で、年末の慌ただしい時に、親の都合も考えない気楽な二人旅に振り回されそうです。
そうはいっても、久しぶりに帰ってくる我が子のことでもあるので、それなりにウキウキと嬉しさもあって、あぁ〜だこぉ〜だと色々気になることもあるのに、本人は親の都合も知らないままのマイペース。
何か情報はないかと、彼女の周辺を探っていたら・・
〜〜〜〜〜〜〜
「2年ぶりに実家に帰るんだけど、親がはりきりすぎてて……ww いつ着くの?!なにするの?!なに食べたい?!一緒にくる友達は蟹食べれる?!うちの車揺れが激しいから友達に伝えといてね!って連絡が激しい(*_*)」
〜〜〜〜〜〜〜
だって・・・
そんなこと言ってるから、風神さんや雷神さんが怒ったんだぞ!

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いろちがい 

2013/12/12
Thu. 06:29

「あんた、だらしない!」とか、「もっと着るもの考えなさいよ!」とか、「ちょっと、それおかしいよ!」とか、ワイフが散々に云うのです。
私の服装センスが気に入らないみたいです。
汚れたものを着ている訳でもないし、自分では、それなりに気を使ってるつもりなんだけどね・・・
もっとも、自分の定番スタイルといえば、彫刻のユニフォームと言ってもいい「ひまわり」のツナギに長靴と、坊主のユニフォームである改良衣に雪駄。
あとは、寝る時のパジャマ代わりのトレーナーかTシャツ程度。
日常の暮らしはこの程度で十分というかなんというか・・・
そういえば、それ以外の用事で外出する時にリーバイスの501をはき続けていることも、ユニフォームといえるかも知れないけど・・
実をいうと、ユニフォーム以外は、パンツやシャツまでオヤジの着る物のほとんど90%はワイフが自分で見立てて買っているのですよ。

ことあるごとに頻繁にワイフから指摘されたり、自宅を出る間際になって咎められたりするもので、もう何十年もご無沙汰していた衣料品のお買い物を思い立ちました。
といっても、わざわざお店まで出かけてショッピングという気にもなれないし、引きこもりオヤジは、寝る前にAmazonをちょっと一回りする程度のことです。

それも習慣になってくると、それなりに気も紛れるし、結構楽しかったりします。
愛用の501も豊富に揃っているし、キーボードポチポチとトラックパットクルクルでお買い物なんて、一度覚えたらその気楽さにハマってしまいます。

父娘のコミュニケーションも良い具合で、それに何より安い買い物が魅力ですね。
キーポンがさり気なく書き込みをしていました。

~~~~~~~
お父さんと色違いー!!笑
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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つめたい雨 

2013/12/11
Wed. 08:01

なんか・・今年の冬って、天気悪すぎません??
それって、島根県だけ?
もしくは、石見銀山のあたりだけ?
などと、天候やら地域やら地球やら(これはデカすぎるか・・)のせいにしていたら・・
よくよく考えると、どうやら自分の都合が天気にあっていないだけのようです。

そこで、これからは気持ちを切り替えて、工場の中で出来る小さい鉄仕事をすることにします。
そうすれば、天気も、昼も夜も関係ないし・・・

昨夜、玄関の板戸をたたく音がして出てみると、夏の終わりまで石見銀山の町並みへ店を出していて、秋になって店じまいした蕎麦屋さんでした。
その店長のてくちゃんは、吉田家長男のじゅん君と高校時代の同級生で、まだ若いのにとても働き者で、これまた同級生の嫁さんは既に子供も生まれて、私としては密かにうらやましかったりもします。
現在の吉田家にはじゅん君もいないし、わざわざ夜になって二人で訪問は何事だろうと思ったら、店じまいの挨拶回りでした。
粗品をいただいたりして、丁寧なことです。

私は、蕎麦には目がない方で、もちろん旨いにこしたことはないけど、何処かの駅蕎麦でも、立ち食い蕎麦でも、何でも美味しくいただけるタイプです。
そんなもんだから、自宅でデスクワークの時には時々お店にお邪魔したりして、結構重宝していたのです。
このたびの店じまいは、そんな私にとっては結構なダメージでした。
そんなわけで、石見銀山から、また1軒お店が撤退しました。

石見銀山は去年から今年にかけて、出雲大社の遷宮に便乗して観光さんの流入が半端無く増えました。
6〜7年前の世界遺産登録の年以来の人出になっています。
実は吉田も、世界遺産景気に便乗してやろうと、自宅の一部を改装してギャラリーにしていたことがあります。
自分がつくった小さな彫刻や鉄製のクラフトなどを並べて、それなりにお客さんものぞいてくれて、そこそこ収入も伸びてきつつあったのです。
ところが、その頃になって寺の東堂さんの具合が悪くなりはじめて、通院の毎日が続くようになって、結局オープンして1年半で店じまいしました。
クラフトの方は、業者さんの少しばかりの制作依頼がその後もしばらく続いて何とか暇を見つけては作り続けていましたが、それも不景気の風に吹き飛ばされていつの間にか途絶えてしまいました。
これではいけない!自分がダメになる!と思いついたのが彫刻の展覧会でした。
展覧会の事務仕事は、東堂さんの通院などにつき合いながらでも何とか先に進められるし、上手に日程調整すれば、展覧会の期間中を中心に、数週間拘束されるだけですむので何とかなるだろうと思ったからです。
御陰様で、予算の獲得も出来るようになって、来年も予算がつけば5年間続くまでになりました。
今年は、ワークショップに次の展開が広がりつつあって、これも色々工夫して面白い企画になりそうな気がします。
冷静に考えれば、寺の寺務も続くし、今後東堂さんやおかみさんをみとることも避けられないし、ヒョッとしたらその前に自分がつぶれるかもしれないし、まだまだ厳しい未来がまっています。

それはそれとして、先のことで思い悩んでも無駄なことだし、今出来る事を確実にこなしていくことが一番だと思っています。
いずれは、石見銀山の町に、吉田ショップが再オープン出来ることを当面の目標にしているところです。

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鍛えられます 

2013/12/10
Tue. 08:10

鍛えられます・・・
この歳で、鍛えられます・・・
この歳だから、鍛えられます・・・

東堂老師の手術前検査に1日つき合って、グッタリ疲れて帰宅すると、吉田正純 鉄の彫刻展 の案内状で使わせていただこうと少し前に頼んでおいた文章がメールで着信していました。
依頼の主は、栃木県在住の彫刻家日原公大氏。

彼のまさかの「リキ・ラリアート」(古い!)にノックダウンです。
以下原文特別公開です。今後皆様の手元に届く案内状にご期待を・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜
吉田正純の造形
 一般的に鍛金と言われて即座に何の事かイメージが出来る人はそう多くは居ないのではないだろうか?
鉄や銅などの素材を直接ハンマーで叩きのばし,時として火の助けを借り、鍛えて形作る方法である。この画期的な方法により、人間は多くの必要な道具を手に入れることが出来る様になり人間の文化に多大な進歩をもたらした。
吉田の彫刻は鍛金という古来より伝わる技法を使い、鉄で抽象的な形を作る。鉄は固いが石のような脆さはない。粘り強く,叩けば叩く程、伸びて行き密度を増す。更に火を伴えば液状になり自在にその姿を変える。柔らかく大きく膨らんだ鉄の表面は、重いハンマーとバーナーに炙られて伸びたり縮んだりしながら終着点を探している。
一見、単純な作業でシンプルに出来上がっているかに見える鍛金彫刻は、実は叩き方の方向や強弱により様々な形に変化する微妙な技術を内包している。1年やそこらで習得できる代物ではない。
天空にさりげなく延び続け、風に飛ばされないように,はたまた地面を力強く這う鉄彫刻に吉田は何を托そうとしているのか?
木彫、石彫は、素材の表面を鑿で削り成形するが、鍛金の特殊性は、絶えず内側から外側に向かっての根力が直接形を作り上げる。造形の基本と成る確固たる美意識を持ち、その美意識が正しいか否かを、何度も叩き、伸ばし、膨らませて試行を重ねている。
この制作方法こそが吉田の哲学を表現する唯一の道なのである。

日原公大 (宇都宮大学名誉教授・一般社団法人二紀会副理事長・彫刻家)

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小さいことは良いことだ! 

2013/12/09
Mon. 04:30

2014年の現代彫刻小品展を石見銀山で開催しようと計画を立てて、その予算獲得の要望書を作成しました。
この彫刻の展覧会は2010年からはじまったので、もし、来年の予算を獲得出来れば5年目を迎えることになります。

展覧会場は石見銀山の町並みほぼ中央にあるまちづくりセンターのホールを貸してもらうつもりです。
つい先日も、小学校幼稚園合同の学習発表会があったばかりです。

そのホールには、小品の彫刻だとだいたい100点くらい展示することができます。
建物の前庭では彫刻のワークショップをすることも出来て、公共施設のわりには、比較的自由に彫刻展のようなイベントを開催することが出来ます。
もっとも、まちづくりセンターの役割からいうと、本来は町民のための公共施設ですから、このたびのように、一つの団体が10日以上も施設を借り切ってイベントを行ったりすることはあまり好ましくないという事情もあったりして、小心者の吉田としては、内心気持ちが引けたりもしています。
一方では、吉田も家族で石見銀山地内に住み暮らす町民であって、暗黙のうちにそのあたりの事情を考慮してもらっていることも確かです。
今更ながらに、町民の皆様の暖かい思いやりのある大人の対応に感謝するばかりです。

世間は、領有権やら防空圏やら、どうも過激で不穏な動きが活発化しているようですが、お互い自分の利益優先の凡人の浅知恵というか、こどもの口喧嘩というか、そんなことが大人社会や国同士のイザコザに繋がっているかと思うと、時代が一気に100年ばかり昔へタイムスリップしているような気もします。
そのうち、売り言葉に買い言葉で堪忍袋の紐が切れてしまった何処かの国の偉い人が、その場の勢いで不覚にも何かのボタンをポチッと押してしまったら、地球は木っ端微塵ですよ。

経済も社会も国も、大きくなることばかり必死になっているようですが、石見銀山の人口はわずか400人足らず。行政区域唯一の木造校舎大森小学校は全校児童20人。天下の無認可私設大森幼稚園は年少さんから年長さんまで4人。
隅から隅まで見たくないところまで見えてしまうようなこの程度のコミュニティー社会が、これから先の近未来社会形成のありようを示唆しているようにも思えます。

2010年からはじまった現代彫刻小品展も、毎年ほぼ500人の来場者があって、町民人口を超えています。
2013年は一気に700人弱まで来場者が増えたところです。
数字だけで善し悪し成功失敗を判断するなど、低レベルの話しですが、それでも目に見える結果ですから、それはそれで真摯に受け止めることも大切です。
これまでの彫刻展は、「質より量」的方向性で眼前の事実と向き合ってきましたが、そろそろ「量より質」的方向性に変わり時なのかも知れません。

本日は、東堂さんの手術前の麻酔検査日。
1日通院のお伴をして、その後要望書の提出をしようと思います。

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朝のティータイム 

2013/12/08
Sun. 10:24

例の如く、ティータイム・・ということで・・

本日のキーポンはとても忙しいのであります。
まずは何時ものように部活練習。
その訳は↓
〜〜〜〜〜〜
アンサンブルコンテストの校内予選があった!!
結果は本選に選ばれた!!
これからは本選に選ばれなかったチームの分までがんばる!!
応援ありがとうございました!!
〜〜〜〜〜〜
それに、ピアノ教室の発表会。
・・・オヤジとしては、そこまで音楽漬けの毎日を送っているのなら、もう少し積極的に自分の将来を考えても良かろうに・・と思ったりしますが、本人はそんな先のことまで考えることもしないで、毎日欲もなく暮らしています。
それはそれで自分の人生なので、ふりかえって反省するのも肯定するのも、自分の責任と云うことで良いのです!(・・と、オヤジは思っています・・)

吉田家唯一の社会人なっちゃんは、密かにボーナスを当てにしているようですが、オヤジの情報筋によると、日本経済の実態は冷え込んだままで、なっちゃんの働く中小企業まではアベノミクスの風が吹いていないようです。
ものの本には、「人心を引きつけ人道を説くには、まずは暮らしが豊かになることが肝心」などとあって、なんとなくわかる気がしないでもありません。
ところが一方で、「得」と「徳」を混同したり、間違って思い込んだりしてしまうような薄学諸氏が「豊」になっても、それはそれで社会のねじれを招きかねない訳で、なかなかやっかいのような気もする訳です。

しばらく前に案内を頂いていた知人の個展会期終了が迫ってきたので、朝も早くから石見銀山を出発して、ピアノ発表会前のキーポンを引っ張り回して、久々の家族3人で広島まで出かけてきました。
私は彼の展示作品の90%を既に知っていたので、さして感動も無くクールに鑑賞させてもらいました。
彼の絵画は、もう30年も前から延々と見続けていて、成長や変化の時間軸が比較的客観的に把握されています。
はじめの頃は年に何回か会う機会もあって、色々と制作や造形の方向性などのことを話したりしていたものですが、最近はお互い歳をとって会話もほとんど無いまま今に至っています。

作品の傾向としては、古典画法を駆使したシュールリアリズム的傾向にある純粋具象絵画と云った感じでしょうか・・
私の方は、抽象彫刻路線をうろついているので、彼の造形世界観からは遠いところで制作しているように思われていると思います。
しかし、私の彫刻制作や彫刻表現を通して認識する抽象性は、自分の周辺環境に点在するかぎりなく具体的なさまざまなものから触発される造形の集積と考えているので、表現の展開の方向性としては、もっともっと触発され抵抗する存在として認識されても良いような気もするのです。
鍛錬を重ねることで、技法や表現の豊かさは深まるかもしれませんが、それに満足するというか、欲が無くなるというか、どうもそうなってしまうとテーマの虚弱さがチラチラ見え隠れしてしまうという、なんとも救いようの無いジレンマを感じてしまうのです。

完成度を追求する上でその完成度を超える存在ははたして何か・・
未完成を完成させる・・・最近の吉田の彫刻は、そんなところで出来上がっています。
もう、随分前のこと・・・私がまだ彫刻を始めた頃に、彫刻の大先輩が酒の席で言ってくれた助言が今更ながら思い出されます。
「彫刻というものはね、立体だから絵みたいに端っこがないんだよ。かたちがどう回り込むか、どう回り込ませるか、それが大事なんだよ」
その先輩は具象の作家でした。
「それからねぇ、チョットだけ、かたちの弱いところをつくっておくんだよ。あまり完成度が過ぎると、観る人が疲れるからね」
なかなか、深い!
「あとね、忘れちゃいけないのは、色気だね・・」

この頃になって、少しばかりわかってきたような気がします・・と思ってることが、やっぱり気のせいだったりして・・・
むぅぅぅぅ〜〜〜、彫刻は奥深い!

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吉田正純鉄の彫刻展情報 

2013/12/07
Sat. 07:26

12月に入って、世間は年賀状の作成で忙しそうです。
吉田家も、毎年500枚近くの年賀状作成を続けています。
皆さんにはどうでも良い内訳は・・・万善寺80枚、吉田正純220枚、吉田満寿美100枚、共通70枚、キーポン30枚(計算あってるかな??)・・・って感じです。

先日から、石見銀山の同じ自治会で暮す女流画家のulalaちゃんが年賀状作成でオヤジの書斎をチョクチョク訪問しています。
普通に絵描きですから、年賀状くらい自分で描けるだろうと思ってしまいますが、それはその通りでまったく何の問題もありません。
問題なのは、その自分で描いた年賀状をパソコンやアプリケーションソフトを使って自前の印刷までしようとすること。
そこで、彼女が目をつけたのがこの私・・吉田オヤジであった訳です。
彼女は、ナンジュウマンエンもする高価なクリエイトソフトなど持っていない吉田が、インターネットの波を華麗に?泳いで、アチコチに浮遊している無料アプリや、お手軽ナンチャッテソフトや、せいぜい2~3000円の高機能激安アプリなどを釣り上げて、それらを駆使して結構ハードなデスクワークをこなしているということを知っているからです。

何回かにわけて、幾つかの裏技でも何でもない普通のデザイナーワークを直伝し、ついこの昨夜、見事に彼女がらみの2枚の年賀状原稿作成が完了したところです。

一方、私の方はなかなかすぐれない島根県の天候をかいくぐって、やっと夕日を使った野外彫刻の撮影を終わり、そのデータを展覧会の案内状に置き換える作業へ入ったところです。
本当は、もっとシャキッとした斜めの光が欲しいところですが、最近の石見銀山はカラリと晴れた日が少なくて、まぁ、そろそろ妥協するしかないかなとも思っているところです。
彫刻の制作もそうだし、広報活動も、そして年賀状作成も・・・
色々やりくりしながら目先にぶら下がりつつ遅々として進まない仕事と向き合っている毎日です。

そんな状態ですが、なんとなく展覧会の骨子が出来つつあります。
まずはその第1弾お知らせ・・
お暇な方は以下をごらん下さい。
ちなみに・・・吉田満寿美というのはワイフであります。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1)個展タイトル: まだ未定ですが・・・
     「吉田正純 鉄の彫刻展 Landscape situation ~ one day ~~ある日の情景~」
2)会期:第1期1/3~31 野外彫刻展示(最終まで継続しつつ、点数順次追加)
     第2期2/1~28 野外彫刻展示、群言堂本店2階 彫刻小品展示
     第3期3/1~16 野外彫刻展示(吉田満寿美と野外2人展)、石見銀山町内ろうそくの家彫刻展示
     第4期3/16~4/6 石見銀山町内ろうそくの家彫刻展示
3)内容 第1期・・二紀本展作品を中心に新作を含む野外彫刻
     第2期・・野外彫刻新作追加、及び、室内用新作小品彫刻
     第3期・・吉田満寿美と彫刻2人展(タイトル未定)
     第4期・・石見銀山町内ろうそくの家で室内用彫刻展示(タイトル未定)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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これも好日 

2013/12/06
Fri. 09:07

とてもシンプルな暮らしをしていると思ってるんだけど、毎日色々なことがありますなぁ・・
かえって、「なにもしない」とか、逆に「これしかしない」とか、心に決めて暮すことの方が難しいような・・・

いつもは遅刻を心配するまでに登校時間が遅くなっていたキーポンが、珍しく1時間早く自宅を出ることになって、オヤジの朝も、ちょっとだけ余裕が出た気がします。
ワイフの代わりにならないまでも、せめて見た目だけでもと、さしさわりの無い程度の家事が一区切りついたので、朝一でワイフの入れてくれたコーヒーを飲みつつ、podcastを垂れ流しはじめたところです。

ネコチャンズは、あいかわらずいつものようにそれぞれマイペースで遊びに興じてドタバタしております。

週明けには東堂さんの手術入院の事前検査があって1日がつぶれることが分かっているので、平日の用事をやりくりしつつあるところですが、私の場合彫刻家でいる時は天候に左右される外仕事が多いので、なかなか思うようにスケジュールを組み立てることが出来ません。

昨日は、延び延びになっていた報告書を発送した流れの彫刻の合間に、近所の大工の棟梁へお願いして半日ほど軽トラを都合してもらって、製材落ちを運びました。
おかげさまで、この2回の製材落ち運搬でおおよそ今シーズンの暖房代が見えてきました。
〆て4000円也!
あとは、檀家さんの山からわけてもらったナラの枝木(といっても立派に太い!)と、台風で海岸に打ち上げられたスギの間伐材に、もうかれこれ3年前になるだろう、これも檀家さんからいただいたケヤキの枝木(これも立派な丸太!)をセッセと刻みながらストーブへ投げ込めば、狭い吉田家のこと・・それなりに適度に暖まって、そのうち春が来る・・と予測しています。
もっとも、今年の西日本は冬が寒いという噂もあるし、島根県のアチコチでカメムシ大量発生の話題で盛り上がっているし、それなりに、気を引き締めて冬を乗り切るつもりです。

これも好日と、久しぶりの晴れ間を狙って、朝飯抜きで外仕事をしていたら、気がつくと昼飯食べそびれ、そのまま夕日を狙って写真撮影などして、結局帰宅したのが17:00をまわって、昼の短い世間はすでに夕闇。
一杯やろうと、つまみでも・・・と思って、イソイソ仕度していたら「これからキーちゃんのピアノだからね。あなたよろしく!」
・・仕事で疲れきって帰宅のワイフから声がかかって、ささやかなオヤジの楽しみが見事に粉砕。

それでなくても冬至に向かって日が短くなる一方で、1日がアッという間に過ぎてしまっている今日この頃です。

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正に一生 

2013/12/05
Thu. 10:00

いやぁぁ〜〜、慌ただしい朝がやっと落ちました・・
・・・と思ったら、すでに朝のティータイムの時間じゃないですか!
それじゃぁ〜ということで、コーヒーなど用意して、これからしばらくの間、日課の日記でもしたためることにしましょう・・

私の場合、おおむねこうやって次の日の朝に前日の出来事を整理しつつ、反省などして、その日1日の心の平静を保つようにしていたりするわけです。

・・・私が思いついて何か計画を立てたり、実行に移そうとしたりすると、だいたいそれを狙っていたかの如く寺の老夫婦をめぐって何か不都合が勃発し、出鼻をくじかれることがよくあります。
このような事態は、今にはじまったことではなく、まだ私が学生暮らしをしていた20代にさかのぼったりします。
たぶん、本気になって色々思い出そうと思ったら、まだ小さい少年時代の頃からそのような出来事があったのかもしれません。

たいした才能も無いのに、それなりに地道な苦労をして大学に合格して、卒業も何とか出来るだろうとわかって、そろそろ就職のことも考えはじめていたら、今の老僧の深刻な病気が見つかって、これは、早めに近くまで帰っておいた方がいいだろうと、就職の先を島根県にしぼったのでした。
それが私の大きな転機。
結局、老僧は何度かの手術を切り抜けて見事に再生してその後現在まで30年生き続けているわけですから、別にあの時無理をして島根に帰っていなくても良かったのかなぁと思ったりもしますが、それも後の祭り・・
ダラダラとだらしなく暮らしていた自分が、島根に帰るという現実に遭遇して、今のワイフと結婚しようと決めたのも、ヒョッとしたら老僧がきっかけになっていたのかも知れないと、そう思ったりもしています。

私が島根に帰ってからも、たびたび生死の境を行き来した老僧とおかみさんですが、その度にしぶとく生還して今に至っています。
そんなこんなで月日は流れ・・今年は久しぶりに個展をしようと、コツコツ計画を実行に移そうとしていたら、またまた老僧のプチ手術が決定。
いちばんイヤで大変な思いをするのは本人だと言うことは十分承知なのですが、やはり、粛々とそれにつき合って向き合っていく立場の私としては、目標がブレはじめて心の平静が揺らぎつつあることも事実です。

自分の生涯は正に一生。
二度と繰り返すことの出来ない生涯で、どのような道を選んで走るのか、なかなか自分の思うようにはいかないものです。
最近、島根県から外に出ることも無いのに1日200kmだとか300kmだとか、相棒のデッキバン結界君と一緒に行動していると、ふとした拍子にそのような所へ思考が行き着いていて、堂々巡りばかりしていることに気付きます。
前の車のはねた泥水を結界君全身にかぶって避けることも出来ないまま何kmもそのあとについて濡れた路面を走っていると、同じ時間の同じこの時に、別のところではからりと晴れた青空のもと、舗装の行き届いた平坦な道を痛快にマイペースで走っている誰かもいるのだろうと思うと、自分の限界がいやにハッキリと見えてきたりして、それはそれでかえって踏ん切りもついて気楽になります。

今年もあとわずか・・・吉田の人生も折り返しにさしかかりました。
さて、これから先いただいた人生をどのように過ごしていくことになるのでしょう・・・

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ドッチもどっち 

2013/12/04
Wed. 09:46

本日よりキーポンは日常の高校生活に戻って、部活も再開して、当然の如く20時過ぎの帰宅となって、家族揃って夕食が終わるのも21時くらいになるという、吉田家の日常が戻ってきます。
いや、戻ってくるはず・・・なんだけど・・・

最近、ワイフの精神状態がすこぶる不安定で、同居の身としては、これでも結構気を使いながら暮らしています。
理由はわかっていて、私が口を出すわけにも手を出すわけにもいかないことなので、ひたすら静観し続けるしかしょうがないことなのです。
まぁ、彼女もそれなりの大人なので、外に出てまで自分のイライラを吐き出していることも無いだろうと思うし、家の中だけのことなら、家族がじっと耐えておけば何とかなると思うので、ひとまずは、あたらずさわらずそぉ〜っとしておくことが一番と思っています。

今日は、これから33回忌の法事に出かけます。
30年以上前に亡くなったおばあさんも、現在のご主人にとっては、もう記憶も定かでない昔のことのように思われていらっしゃるようで、それも家族親族それぞれの親密度の問題だろうと、常識的に解釈しているところです。
「年末でなかなか朝からまとまった時間が作れないもので・・」ということになって、お墓参は日暮れになりそうな感じです。
それでも、仏事の大切さは先代から引き継いでいらっしゃるようで、坊主としては、それなりに気も使ってもらって、もてなされているような気がしないでもありません。

年末になったせいなのでしょうか、この前頃からアチコチのメディアでしきりに1年の総決算が話題になっていて、例の「おもてなし」もかなり連打されていて、日頃から世間の情報に疎い私でも耳につくぐらい、日常の暮らしに浸透しています。

さて、この「おもてなし」ですが、どうも私にはこの響きが好きになれません。
むしろ、空々しく寒々しく感じてしまうほどの軽さすら感じてしまいます。
自分の満足感を引き出して確認する手段であったり、また、その行為が自分の優位を表現する手段であったり、どうも何かそのような感じが見え隠れして、人の心の浅ましさを感じてしまうのです。
そのように思ってしまうのも、結局は常日頃からねじ曲がったオヤジのそれこそ浅ましい根性のせいかもしれませんから、ドッチもどっち・・・ってところでしょうけど・・

まがりなりにも、小さな山寺の和尚さんなどしていると、数少ない法事の行く先々でこのような待遇の相違に遭遇してしまうのです。
気にしないでおけばそれですむことだとも思うのですが、やはり、「とても素敵なご法事だったなぁ・・」と、あとで心がホクホクするような場面に遭遇する機会が減ったような気もします。

冠婚葬祭の慶弔ごとが重なった時にどちらを優先するか、一般には悩みどころでもありましょう。
坊主的にいうまでもなく、もちろん弔を優先することが世の常となるわけですが、それも最近は崩れっぱなしで、先日など、「丁度結婚式と百か日が重なってしまいましてなぁ・・、もう前々から会場も押さえてあることだし・・」と頼まれたりすると、葬儀が重なったわけでもないし、坊主もダメだとは言えないわけです。

むかしむかし・・、偉い和尚さんが「この世で一番目出度いお言葉をいただきたいもので・・」と、立派なお大臣さんにお願いされて、その和尚さん曰く、「親死に子死に孫死に」とお答になられたそうです。
「何と不謹慎な縁起でもない!」とお大臣さんご立腹されたそうですが、よくよく考えると、確かに潔く生き潔く死ぬことがどれだけ難しくて苦労なのかがわかってくると、その言葉のありがたさに気付かれたということです。上手に歳を重ねて親から順番に死んでいくことが、当たり前なのに難しい・・
和尚さんも偉いが、お大臣さんもやはり立派な方であったようです。
分相応に磨きをかけることを怠けてはいけませんね。

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形而上的或壱日 

2013/12/03
Tue. 09:47

定期試験最終日を迎える本日のキーポンは、もう遅刻するんじゃないかと思うほど登校時間が遅くなって、お付き合いのオヤジはビクビク・・
途中、助手席では、マゼランがどうとかポルトガルがどうしたとか、征服したとか何とか・・もう、頭にも入らないだろう試験勉強らしきことで、ブツブツ云っておりました。

昨日は、東堂老師の何回目かの検査通院で1日を大田市の病院で過ごしました。
その間、1冊の本を読み上げ、他に何もすることが無くなって、痛む腰をダマシながら待合室のベンチで暇を潰していました。

とにかく、彫刻にしても坊主にしても何をするにも自分自身しか頼ることの出来ない厳しさを痛切に感じる今日この頃です。
あれをすればこれができない・・
これをすればあれができない・・
こんなことの繰り返しです。
日曜日のとみやま出前ワークショップのように、自分の他にスタッフが4人もいてくれると、とっても楽な気持ちになって、心の余裕も出てきて、安心感もあったりして、特別自分が何をしている訳でもないのに、どこかしらウキウキして充実感も感じたりしているような気がします。

日頃から、ほとんど自分一人でやりくりすることに慣れてしまっているようで、はたして、それが本当に良いことなのか悪いことなのか分からなくなったまま、いつのまにかそれが当たり前の習慣になっていたりします。

もっとも、回りの方からもあまり当てにされることも無い訳でそれはそれで気楽だったりする訳ですが、ことが身内の年寄りになると、一から十まで子供に頼りっ放しで、歳をとるということはこう云うことかなと、気付かされたりもします。
最近では、犬猫の寿命もひと頃の2倍近くまで伸びているのだとか。
人間と犬猫を一緒にする訳でもないのですが、吉田家の長老犬が19年と10ヶ月生きた時のことを思い出すと、現在の東堂老師の様子とあまりにもピタリと重なりすぎて恐いほどです。

東堂老師も、このままいけば、たぶん眠るが如く、あまり苦しむこともなく、現世に思い残すこともなく、それなりに心静かに逝ってくれるのではないかなと思っています。
きっと、そのようになってくれるよう、私がやりくりしないといけないのでしょう。

もっとも、そのようなこともあって、自分がやりたいことも出来なかったりするんですが・・
今さら、どぉーのこぉーのいってもはじまらないことでもあるし、これも、自分がいただいた人生なのでしょう。

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大盛況 

2013/12/02
Mon. 07:16

「とみやまカフェ」出前ワークショップの朝は雨ではじまりました。
相棒のデッキバン結界君へストーブだの灯油だの看板だの色々積み込むのに、雨のおかげでモタモタ手間取ってしまって、石見銀山を出発したのが9時を過ぎてしまいました。
途中、大田の市街へ入る頃から道が乾きはじめ、9号線は普通に乾いていて、富山へ右折したら、日陰に若干湿り気が残っている程度。
どうも、最近の吉田オヤジは雨男に変身しているようで、吉田周辺に限って雨が降っているような気がします。
若干遅刻して会場の旧富山小学校幼稚園へ到着すると気持ちの良い秋空が一帯に広がって、絶好の「とみやまカフェ」日和。
早速、会場準備をして、例の如く、「まずは掃除から!」ということで、掃き掃除やふき掃除などしてお客さんを待ちます。

途中、私は中抜けをして改良衣に着替えて、墓地の撥遣へ出かけます。
木魚など一式準備して、雪駄を履いて長靴を持って・・・というのも、万善寺のあたりは、この度の寒気団で一面雪景色。
辺境の地!島根県も、その広さをこういう時に身体で体験します。
施主さん宅で大衣に着替えて、袈裟代わりの絡子(らくす)に数珠に印金・木魚を持って長靴はいて・・・何とも形容のしがたい坊主スタイルに変身したら、一天にわかにかき曇り、またも雨。
結局、大衣に長靴スタイルでビニール傘までさして、施主さんの墓地墓石へおつとめ。

出前ワークショップのことも気になるので、着替えをすませて早々とおいとまして、雪景色の赤名高原から結界君をすっ飛ばして快晴の富山へ直行。
改良衣スタイルでストーブなど片づけて、会場の旧富山小学校ランチルームに鍵をかけて、お世話になったまちづくりセンターのYさんや富山の皆さんにお礼を言って・・あわただしい1日が終了したのでありました。

結局、赤字覚悟の100円均一実質4時間出前ワークショップは大盛況??だったようで、お客さんも絶え間なく続き、大人子供合わせて延べ人数約40人。
スタッフの皆さんまことにご苦労様でした。

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2013-12