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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ドッチもどっち 

2013/12/04
Wed. 09:46

本日よりキーポンは日常の高校生活に戻って、部活も再開して、当然の如く20時過ぎの帰宅となって、家族揃って夕食が終わるのも21時くらいになるという、吉田家の日常が戻ってきます。
いや、戻ってくるはず・・・なんだけど・・・

最近、ワイフの精神状態がすこぶる不安定で、同居の身としては、これでも結構気を使いながら暮らしています。
理由はわかっていて、私が口を出すわけにも手を出すわけにもいかないことなので、ひたすら静観し続けるしかしょうがないことなのです。
まぁ、彼女もそれなりの大人なので、外に出てまで自分のイライラを吐き出していることも無いだろうと思うし、家の中だけのことなら、家族がじっと耐えておけば何とかなると思うので、ひとまずは、あたらずさわらずそぉ〜っとしておくことが一番と思っています。

今日は、これから33回忌の法事に出かけます。
30年以上前に亡くなったおばあさんも、現在のご主人にとっては、もう記憶も定かでない昔のことのように思われていらっしゃるようで、それも家族親族それぞれの親密度の問題だろうと、常識的に解釈しているところです。
「年末でなかなか朝からまとまった時間が作れないもので・・」ということになって、お墓参は日暮れになりそうな感じです。
それでも、仏事の大切さは先代から引き継いでいらっしゃるようで、坊主としては、それなりに気も使ってもらって、もてなされているような気がしないでもありません。

年末になったせいなのでしょうか、この前頃からアチコチのメディアでしきりに1年の総決算が話題になっていて、例の「おもてなし」もかなり連打されていて、日頃から世間の情報に疎い私でも耳につくぐらい、日常の暮らしに浸透しています。

さて、この「おもてなし」ですが、どうも私にはこの響きが好きになれません。
むしろ、空々しく寒々しく感じてしまうほどの軽さすら感じてしまいます。
自分の満足感を引き出して確認する手段であったり、また、その行為が自分の優位を表現する手段であったり、どうも何かそのような感じが見え隠れして、人の心の浅ましさを感じてしまうのです。
そのように思ってしまうのも、結局は常日頃からねじ曲がったオヤジのそれこそ浅ましい根性のせいかもしれませんから、ドッチもどっち・・・ってところでしょうけど・・

まがりなりにも、小さな山寺の和尚さんなどしていると、数少ない法事の行く先々でこのような待遇の相違に遭遇してしまうのです。
気にしないでおけばそれですむことだとも思うのですが、やはり、「とても素敵なご法事だったなぁ・・」と、あとで心がホクホクするような場面に遭遇する機会が減ったような気もします。

冠婚葬祭の慶弔ごとが重なった時にどちらを優先するか、一般には悩みどころでもありましょう。
坊主的にいうまでもなく、もちろん弔を優先することが世の常となるわけですが、それも最近は崩れっぱなしで、先日など、「丁度結婚式と百か日が重なってしまいましてなぁ・・、もう前々から会場も押さえてあることだし・・」と頼まれたりすると、葬儀が重なったわけでもないし、坊主もダメだとは言えないわけです。

むかしむかし・・、偉い和尚さんが「この世で一番目出度いお言葉をいただきたいもので・・」と、立派なお大臣さんにお願いされて、その和尚さん曰く、「親死に子死に孫死に」とお答になられたそうです。
「何と不謹慎な縁起でもない!」とお大臣さんご立腹されたそうですが、よくよく考えると、確かに潔く生き潔く死ぬことがどれだけ難しくて苦労なのかがわかってくると、その言葉のありがたさに気付かれたということです。上手に歳を重ねて親から順番に死んでいくことが、当たり前なのに難しい・・
和尚さんも偉いが、お大臣さんもやはり立派な方であったようです。
分相応に磨きをかけることを怠けてはいけませんね。

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