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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

坊主研修 

2013/12/22
Sun. 08:24

教区の研修へ行ってきました。
私にとっては、1年に1回の坊主研修になります。

大きな僧堂や両本山で安居(あんごと読んで坊主の修行の事)されていらっしゃる立派な僧侶ばかりに混じって、不勉強で成行きのその場をしのいでばかりの私など、門前払いで追い出されてしまいそうなものですが、教区の皆さんには優しく受け入れていただいて、末席を汚しつつ、色々お勉強させてもらっています。

会場は、教区のほぼ中央にある立派なお寺で、奥様共々の熱心な布教活動がそのまま熱心な信仰に繋がって、熱心なご信者の熱心なご奉仕の布施活動で維持されて、隅々まで行き届いた心配に心が洗われるほどです。
そのお寺のある町は、あの元総理大臣である竹下登氏生誕の地でもあり、揺るぎない自民党支持がいまでも続くところでもあります。
島根県全体が全国でも有数の自民党支持県でもある所以の一環は、そのあたりに起因しているのかも知れません。

少し前から続く悪天候はその日も変わりなく、あれこれ用事を片付けて、大急ぎで研修の準備などして結界君に乗り込んで、途中、断続的な吹雪に遭遇しながら予定の時間を若干遅刻して駐車場へ到着。
彫刻の制作やつなぎ着用時以外は、1年中ほぼ素足で暮らしているので慣れているとはいえ、雪の積もった参道を雪駄に素足で歩くと、さすがに指の感覚が無くなって、研修の間どうやって立っているのか説明不能という感じでした。
素足に草鞋の雪国の托鉢など、想像もできないほどの厳しいものでしょう。
軟弱な私にはとても務まりそうにありません。

こうして坊主研修に出かけるたびに、曹洞宗の修行は(といっても、他の宗派は知らないので・・)見事に体育系のノリだと、つくづくそう思います。
特に、超がつくほどの文科系にどっぷりと頭の先まで浸かりきっている私など、法堂(はっとう)での一時乱れぬ所作を見るにつけ、頭ではその大切さをわかりつつ、一方で一つ一つの所作の裏に隠された根本の意味を、それぞれ何処まで理解して身体の動きに繋がっているのか、どうもそのあたりに曖昧なものを感じてしまったりもするのです。
やっぱり、彫刻などつくっていると、特に私の場合は、かたちと向き合っている自分は最初から最後まで自分以外に誰も共動することがないような制作の体制を敷いてしまうので、余計に系統だった一連の動きに対しての協調性から遠いところでいたりすることが長く続いて、それが自分の習慣になってしまったりしていて、そしてその上に、そろそろ頭も硬直し始めるジジイ年齢にも達し始めると、本当に色々な場面で緊張する事が辛くなっています。

ひとつお寺の住職ともなると、一方では一国一城の主とも言える存在で、やはり、永年修行を積み重ねた成果を実践に置き換えて、現在に至るまでの知識や教養に裏付けされた経営に打ち込まれていらっしゃる事でしょう。
このたびの研修でも、そのような寺寺の実践事例が紹介されました。

万善寺など、東堂さんが60年に渡って築いた万善寺形体を、出来るだけ乱さないように繋げ続けているだけのことですが、それでも各所で色々な不具合もあったりして、引き継ぐだけのたったそれだけの事が難しかったり苦労だったりすることもしばしばです。
私の代はせいぜい長くて20年も保たないでしょう。
あまり混ぜくり回して大騒動にならないように気をつけつつ、静かにさり気なく消え去ってしまうように考えているところです。

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2013-12