FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

何が大事 

2013/12/23
Mon. 08:48

吉田家トイレ文庫のオヤジの愛読書が何処かに消えて探していたら、ワイフが暇つぶしに持ち出していました。
その本は、古本屋で棚の肥やしになっていた105円まで落ちたもので、パラパラめくっていると綴じ目から本当にパラパラとページが離脱して、ひとたび取り落としてしまったりすると、2ページにまたがるところなど、復元が大変なことになって、何時までもトイレから出られなくなってしまうのではないかと、ビクビクしながらそぉ〜っとページをめくったりしている、なんとも始末の悪い文庫本ですが、私にとっては大切な本。
幸い、ワイフはその本を鞄へ入れて出かけたあと、出先で取り出す事も無くそのまま自宅へ持ち帰った様子。
出先でバラバラになっていなくてホッとしたところです。
ものの価値の上下は、値段ばかりでは無いという事がこうした時によく分かります。

雪の合間を見つけて、一気にドタバタと墓石点眼のおつとめをしてきました。
東堂さんがまだ若かった頃は、師匠直伝の作法を丁寧に守っていたおつとめも、私が引き継ぐ頃には随分と簡素に省略されていたりして、万善寺に残っている、飛散して前後の辻褄も曖昧な状態の書き写しのメモなどを引っ張りだして、一種の復元に近い作務をしつつ、直接東堂さんから昔の記憶を聞き取ったりして、まあまあ、原型に近い状態のおつとめをさせて頂いたりしています。
一方で、その作法の意味を問いかけても、「しらん」とか「わからん」とか「わすれた」とかで終わってしまう事が多くて、そんな事ばかり繰り返していると、なんで今更自分ごときが住職を引き継がなければいけないのかわからなくなってしまいます。
結局は、東堂さんが一方的に自分の血を分けた息子を弟子にして跡継ぎにしたかったという、それだけのことで、私の人生が決まってしまったようなところもあるようです。

今年最後の連休は、色々な行事が重なって、その上に天気任せのおつとめが入ったりすると、時間の調整がどんどん難しくなって、移動距離も長いし、なかなかスリリングな1日になりました。
それでも、坊主としては「こんちもさいなら」(サッと来てサッと帰ること)でお檀家さんとつき合う訳にもいかないので、時間を気にしつつ、甘いコーヒーをいただいて、渋いお茶をいただいて、世間話などして、それなりに時を稼いで、さりげなく頃合いを見ておいとまするのです。

話しの流れが33回忌のことになって、またまたややこしいことになったと思いつつ、墓石の新造という大事業に取り組まれた訳ですから、そのような会話が出てくることも当然のこと。
仏に仕えている我が身にとっては、とても大事な領域の事でもあるので、適当にごまかす訳にもいかないし、出来るだけわかりやすく解説をしたりしたところです。
隣近所のおつき合いや、彫刻仲間や仕事の付き合い、それに坊主付き合いに、家族の付き合いと、人間の付き合いも難しくてなかなか思うようにいかないのに、仏界のお話などマトモに出来るものかと、なかなかのジレンマを感じつつ、次の目的へ結界君を走らせたのでありました。

IMG_0361.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2013-12