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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

石の上にも・・ 

2014/04/18
Fri. 09:56

ワイフに聞いたら夕方から雨になるというので、濡れる前に裏庭の里山整備の廃材を処理しようと暗くなるまで働いた。
隣の空き地で薪をしたら、ほんの数日前に剪定したばかりの枝木が面白いほど良く燃えた。
燃え上がった炎が時々塀の高さを越えるまでになった事もあって少しあせったが、さいわい風もないし薪のことは比較的慣れているので大事になる事はなかった。

少しサッパリした木々のせいもあって、なんとなく風通しが良くなった気がする。
シャワーで汗を流してキーポンを迎えに町並みへ出たら、むせ返るほどの雨の匂いがしている。
春のこの時期には珍しいほど雨の降らない日が続いていたので、恵みの雨といっても良いかも知れない。
学校のいつもの場所へ着いたらすでにキーポンが待っていて、結界君へ乗り込むなり「臭い!」というから何事かと思ったら、彼女も私と同じように雨の匂いをかぎとっていたようだ。
カラカラに乾燥した大地にはどの程度の潤いだったか知らないが、今朝目覚めて町並みへ出てみると道はほとんど乾いていた。

新聞を読まない私に、ワイフが「iさん出てるよ!」といって切り抜きを渡してくれた。
「われら文化部」という特集欄の写真の端っこの方で彼がにっこり笑っていた。
iさんは、彼が高校生の時から知っていて、現在は高校の美術の先生をしている。
あの頃は、難しい顔をして黒いデッサンを描いて、彩度の弱い明度の強い油絵を描いていた。
個人の趣味の問題だからどうこう言うこともないが、十代の彼を見ていると、正に絵に描いたような悩み多き高校生という感じで、日夜何かにつけ悶々としながら暮しているのだろうなぁと思ったものだ。
気楽にその日暮らしをしていた私とはえらい違いだった。
その後、持って生まれた才能と根性と苦学の末に高校の先生になって島根県へ帰ってきた。
それから数十年。
新聞に載った現在の高校に赴任してからもう10年にはなるだろう。
最近の社会情勢の中で、めまぐるしく展開される転勤移動のルールも、幸か不幸か彼の場合はあまり通用していないようだ。

石の上にも三年とか、桃栗三年柿八年とか、面壁九年とか(・・これはかんけいないかな?)まぁ一人前になるにはそのくらいかかるよといった、なかなか実践的でダイレクトな言い伝えも残っているが、現代社会ではこのような年数は弊害ばかりで一利もないとみなされているらしく、私の周辺は目まぐるしく人事異動が繰り返されている。

学校の現場や行政職と私のような彫刻制作を一緒にする事も出来ない事はわかっているが、それにしても、ひとつの事業や授業を組み立てて何かしらの成果を引き出すまでにはそれなりの時間と年月が必要になるものだと思う。
現代彫刻小品展の開催も5年目を迎える。
先週から今週にかけて助成金の採択通知が届いた。
事業の始動が遅れて心配なところもあるが、業界世間の都合もあるし仕方のない事だろう。
これからしばらく苦手な書き物が続く。
無料配信のラジオでも垂れ流しながら乗り切ろうと思っている。

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2014-04