工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

さぁ夏だ!は少し早いか・・ 

2014/05/31
Sat. 09:45

「日本のいちばん長い日」にくらべたら(そもそも比べるところから無謀)オヤジのくしゃみで何処かへ飛んでいってしまうケシ粒ほどの微細でどうでもいいようなことだけど、とにかく「吉田のいちばん長い五月」が終わろうとしている。

色々あった・・・とひとことで片づけられる程度のことだが、久々にデスクワークが長々と続いた。
収穫は、1200円のPhotoshop並機能満載アプリ。
それまではほとんど無料アプリを探しあさって使い続けていたが、それを見つけて1週間くらい迷った末、購入を決断した。
たかが1200円でえらいおおげさなことだけど、自分にその機能が使えるかどうか自信がないし、それだけあれば石見銀山から万善寺まで1往復は出来るし・・などと思案するほどの重要な決断だったのです。
結果、なかなか良い具合にシンプルでオシャレなアプリで、自分にもまあまあ使うことが出来た。
その成果が今回の現代彫刻小品展チラシ裏面・・・といえばおおげさだが、浜田でのワークショップには小さな子供や親子参加が多いので、やわらかめの手づくり感あるチラシにしたほうがいいと思って、それなりに考えた。
ちなみに、印刷は白黒。
手配りのカラーコピーのこともあって、原稿には色が付いています。

彫刻展だけのことだろうが、3年間の経験上浜田市民のみなさんは、美術文化に彫刻が含まれることをあまり意識していらっしゃらないようで、なかなかお知らせダイレクトメールのデータベースがまとまらない。
浜田世界こども美術館の特徴なのか、彫刻展の集客にはドーナツ現象のきらいがあって、広島、益田、江津、松江・・・あたりからのお客さんが多い。
いっぽうワークショップの方はやはり地元地域からの参加が多いので、今回はそのあたりのところでなんとかリピート集客できないか考えてみた。
さて、どのような結果が出るかわからないが、ワークショップの面白さや楽しさが浜田にとって新参者の彫刻と既成の美術文化との距離を縮められると良いなぁと思っている。

浜田チラシ裏

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月末の朝 

2014/05/30
Fri. 08:56

夕方になっていつも印刷でお世話になっているAさんが仕事のついでだったからといって訪ねてきてくれた。
私はデザイナーでもないし、印刷の専門的なことなど素人でわからないから、とてもいいかげんな原稿を渡していつも迷惑をかけている。
現代彫刻小品展のポスターやチラシも、予算に余裕があれば知合いの若いデザイナーにお願いも出来るのだがなかなかそういうわけにもいかなくて、それなりに苦労している。

結局5月いっぱい吉田家の書斎にとじこもって無職を通しながらいろいろな書き物に明け暮れた。
考えようによっては文字を書くのも表現活動のひとつともいえるからそれはそれで何もしないよりは有意義なことだと思う。
それにしても、彫刻を造っている時のような悩みの種とは種違いでなかなか思うようにことが進まない。
ひどい時はパタリとキーボードの指先が停まって延々とコーヒーをチビチビやりながら次の一文字を絞り出しているようなこともしょっちゅうある。
今こうして気楽に適当にブログを書いていることと同じようなわけにはいかない。
そのあたりが自分の能力の限界だとわかってしまうあたりがなんとなく虚しい。

そうして悶々としていると、正に狙ったように寺のおかみさんから一方的な小言の電話が入ってくる。
大正生まれでもう90歳になるから仕方がないことだが、現代社会の混沌とした世間から隔離されてるというか自ら逃避しているというか、とにかく刻々と変化を続ける社会の事情や暮らしのルールを無視して日常の不具合を切々と訴えてくる。
こちらから口をはさむスキをつくることもなく延々としゃべり続けて同じことをリピートして、気持ちが収まったところで電話を切る。
私も、5月は寺の営繕や作務をこなすゆとりがなかったから仕方がないので何も云えない。
ひとまずあと半日ほどこの状態でなんとか今の仕事を片づければ、あとは少しゆっくりして寺の草刈りでもしようと思っている。

キーポンは吹奏楽の合宿で夜遅くまで大荷物を準備していた。
日常の暮らしを一式まるまる宿泊先へ持ち込む勢いだ。
学校まで送る途中にはコンビニへ寄れとせがまれた。
2日分のおやつを仕入れるのが狙いだ。
このエネルギーと集中力と気配りをもっと別のところで使えないかと、オヤジとしては無駄なおせっかいに気をもんでしまう。
珍しく夜遅くになってシャワーをあびはじめたから、ついでにそれに付き合って夜更かしした。

例の如く早朝から外の空気を吸いたいとせがむクロに付き添って朝食前のひとときを玄関先で過ごした。
あさの冷たい空気が心地よかった。
巣立ちしたセキレイが賑やかに飛び交っている。
今年はツバメが少ないように感じる。
この1年間は彼等にとって過酷だったのかもしれない。

また暑くなりそうだ。

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朝の石見銀山 

2014/05/29
Thu. 07:44

暑い1日が去り・・といっても今日も暑くなるかもしれないけど・・
ひとまず、今の石見銀山はとても清々しい快晴の朝を向かえています。

この時間の町並みは、20年ほど前に移り住んだ頃の雰囲気が漂っていて、本当はあの頃とほとんど変わっていないんだなぁと改めて気づかされる。
それにしても、石見銀山が世界遺産に登録される前後はすごかった。
大型観光バスが長蛇の列で、町並みにはマイカーが氾濫し、路線バスは増便して1日中ひっきりなしに狭い石見銀山の谷を往復していた。
ベルトコンベアーで出来上がった製品が押し出されるように観光客がゾロゾロと狭い町並みを道いっぱいに広がっていた。
町民は日常の暮らしが出来なくなって、独居老人の引きこもり現象が加速した。
町並みに面している吉田家も、玄関からの出入りが難しくなって裏口から裏庭を通って銀山川を渡って新道へ出るようなことをしていた。

今は世界遺産ブームも落ち着いて観光客の入り数も半減して住民の暮しも少し落ち着いた。
雨後の筍のように町内の空き家を借りたり改造したりして出店した町外の商売業者も、冬シーズンの閑古鳥にねを上げて2~3年は辛抱したがそのうち蜘蛛の子を散らすように去っていった。
行政も町並みの改修工事が間に合わなくて、当分の間生活道の通行止めが続いた。

色々あったけど、世界遺産登録になって5年が過ぎ10年が近づく頃になってやっと平穏な日常が戻ったような気がする。
さて、住民としてはそれでいいかどうか悲喜こもごも色々あるようだ。
それに最近は、今までに経験したことのないようなゲリラ豪雨や、数十年に1度あるかどうかの豪雪などの自然災害も増えてきて、そちらの方も気が抜けない。
吉田家裏を流れる銀山川も危険水位ギリギリを何度か繰り返しているし、川に面したのり面の石垣もその度に削り取られて、数にすると片手くらいになるだろうか?大きな石が川に転がり落ちてそのままになっている。

そんな状態の石見銀山で始めた現代彫刻小品展も、気がつけば早いもので5年目を迎えた。
今まで7月に行っていた展覧会が、今年は10月に変わった。
最近借りている会場が、秋口まで数ヶ月にわたって石見神楽のイベントでおさえられたからだ。
こればかりは早い者勝ちだから仕方がないので、色々思案した揚げ句に、いっそのこと気候のいい10月にずらすことにした。
ちょうど稲刈りも終わったくらいの時期だし、紅葉には少し早いがそれなりに気楽に出かけやすいかもしれないと都合よく思っている。
心配なのは、お手伝いをしてもらえるかどうかということと、秋の長雨に台風。
これを乗り切ればなんとかなるだろう・・・
もっとも、その前に彫刻が集まるかどうか?それが一番心配だったりするんだけど・・・

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ネコはきらいだ! 

2014/05/28
Wed. 09:28

いつものようにネコにおこされて・・・と思うでしょう(ってどうでも良いことだけど・・)
今朝はキーポンにおこされた・・というより、遅い夕ご飯が終わってから四畳半の書斎で遅れた仕事を片づけていたらシュラフに潜り込んできた。
そういえば、夕方からしだいに冷え込んで夜になると肌寒く感じるまでになっていたから、どこか温かいところを探していたのだろう。
もう高校3年生だというのに勉強もしないで、携帯ゲームをプチプチやっているものだから集中力が切れて仕事にならない。
しかたがないからそのままキーポンのとなりで横になったら気がつかない間に寝てしまっていた。
明け方になっていやに腕が痺れるなぁと気がついて動かそうと思っても動かない。
結局、キーポンが私の腕を枕変わりにして朝まで寝てしまっていた。
勉強をしてないということがわかっているので爆睡しているキーポンを無理やり起こした。
窮屈な一夜になって今朝は身体のアチコチがギシギシする。

まったく絵に描いたような末っ子の一人っ子に育ってしまった・・というより、育ててしまった。
それでも、特にひどい反抗期もないし、年相応に彼氏もいるみたいだし、学業だって学期末には欠点をしのいで乗り切っているし、部活も楽しくやっているようだし、いろいろ総合するとそれなりにまともに育っているのかなぁと思ってしまうところが甘やかしているということなのかもしれないが、それはそれでいいと思うようにしている。

そうそう・・そのキーポンのおかげで(とすぐ人のせいにする・・)ネコちゃんに捕まってしまった。
昔は「いつものアソコにネコが潜んでるぞ!」と耳打ちしてくれた仲間もいたが、最近は世間付き合いも狭まって途絶えているし、わざわざネコチャン情報を流してくれる奇特な連中もいないから見事に捕まった。
月末の物入り時に出費が増えてオヤジの懐は火の車になってしまった。
上納金というか反則金というか罰金というか、どのような取り扱いかわからないが、とにかくこうやって善良な市民から巻上げられた金は何処でどのように消費されているのだろうと悩んでしまう。
こういう、罪の意識を感じないで金を払うということに釈然としないものがある。
ゆすりたかりから金を巻上げられているような被害者のようでどうも気分が悪い。

せいぜいこれから20年くらい車を運転していられるかどうかのことだから、その間に運悪く2~3回捕まっても免許証の更新も同じ程度で終わるだろうから、その位だったらかえって講習会を受講した方が良いような気もする。
75歳を過ぎて、あの枯葉マーク?紅葉マーク?シルバーマーク?・・・よくわからない高齢者マークを貼る歳になったら毎年のように受講することになるし、その頃になったらスピード違反も、スピードの出さなさ過ぎで捕まる恐れもある・・って、そんな違反あるのだろうか?
毎日のように高齢者の迷惑運転で悩まされている自分も明日は我が身のことだから複雑な思いではあるが、一方でまだまだそれなりに誰にも迷惑をかけないで元気で結界君をすっ飛ばしていられるわけだから、それはそれで良いことだ。

巷の噂では、75歳まで年金受給を引き上げるなどと血迷ったことを考えている有識者もいるようだが、今の日本の現状をもっと多角的立体的に見なければいけませんねぇ・・
そういう方々はもっと勉強してもらわないとね。

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久々の松江 

2014/05/27
Tue. 07:55

都合よくいつもより30分ほど早くキーポンを起こすことが出来て、そのおかげで早出のワイフが学校まで送ってくれることになったから、今朝はとてもゆっくり出来ている。
だいたいこの時間帯は家にいないからネコチャンズが何をして過ごしているかよくわからなかったが、結局は早朝に早起きをしてワイフに朝ご飯を催促して、満腹になってしばらく追いかけっこなどして戯れて、落ち着いたところでそれぞれ自分の好きな場所で寝はじめている。
何とも優雅でノンビリした暮らしをしていてうらやましくなる。

予定通り島根大学の彫刻研究室へ行ってきた。
教育学部の玄関を入ると、楠の良い香りが漂ってきて気持ちが良い。
先生の藤田さんはまだ若くて勢いもあるし、これからが楽しみな人だと思っている。
いつまでも島根大学に腰を据えて落ち着いてほしいと思っているが、本人の考えもあるしこればかりは何ともいえない。
現代彫刻小品展のワークショップで昨年からお手伝いをしてもらいはじめた。
とても丁寧に内容を組み立ててもらって心強い。
学生さんもこういう人についていけて幸せだと思う。

地方の総合大学は、だいたい一つの専攻教科に先生が一人ということが多いから、学生さんも自分の決めた専攻の先生を好きになれなかったり性格が合わなかったりすると、学校生活が一気に苦痛になってしまう。
受験の時には、研究室の先生が良いか悪いかで学校を選んだりしていないから、入学してはじめて「こんなはずじゃなかった・・」とガッカリすることもよくあることだと思う。
私はどうも苦手な先生が何人かいた。
昨年の学生さんは展覧会に自分の力作を出品してくれた。
今年はどうだろうと思いつつさりげなく聞いてみたら、なんとも曖昧な返事が返ってきた。
まぁ、そんな感じで世間話もまじえながらひと通りの打ち合わせをしておいとました。

松江へ出かけるのも久々だった。
宍道湖を見るのも久々だった。
途中まで結構激しいどしゃ降りが続いていたのに松江の辺りは晴れていて、やはり島根県は東西に長い県だと改めて思った。
このところ書斎に引きこもることが続いていたから、なんとなく気持ちも華やいだ。
特に変わったこともない1日だったが良い気分転換になった。

たまにはこんな日もなくっちゃね・・

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吉田家の癒し 

2014/05/26
Mon. 04:26

いつもは夜行性猫のクロの鳴声で起こされるのに、今朝は珍しく雨の音で目が覚めた。
しばらく日照りが続いていたので、お百姓さんにとっては恵みの雨になっただろう・・と思うが、さて、そこまで降ってくれるかどうか・・

週も変わって今週で5月も終わりになるし、現代彫刻小品展の準備を急がないといけない。
島根大学の彫刻研究室に石見銀山でのワークショップをお願いしようと思っていて、その内容説明と、うまくいけば現代彫刻小品展でどんなワークショップができるか具体的なおはなしが出来ると良いなぁと思っている。
大学は松江にあるから、せっかく久々に松江へ行くし、近所に住む彫刻家に声をかけたら、いくらか反応が返ってきて少し安心した。
展覧会に彫刻を出品してもらう島根在住の作家は、ほとんど99%(残りの1%はニートオヤジのボクです)が昼間のお勤めを持っている。
だから彫刻の制作は仕事の合間や休日を上手に使って両立しながら暮している。
そのような現状を知らないわけではないので、展覧会の準備のあれこれで余分に無駄なエネルギーを消費してもらいたくないし、苦労して捻出した制作時間は全て彫刻制作に集中してもらいたいと思っている。

ほとんど一人で準備業務をしていると、それはそれで都合がよかったりすることもあるが、相談する相手がいないので、一度悩んでしまうとそのつまずきを延々引っ張ってなかなか立ち直れない。
乏しい予算の配分も考えながら運営をやりくりしないといけないので、どうしてもそのあたりで悩んでしまう。

2・3日前にもコルトレーンをバックに講師の宿泊予約でウンウンうなっていると、宅急便のお兄さんが大きなAmazonの箱を持ってきた。
「ここのところへサインで良いですから・・」
「あれれ?最近何にも頼んでいないはずなのに??」と思いつつ玄関土間で大きいわりには軽い箱を受け取ってみると、ワイフの名前だった。
「あっ、もうきたの?」
早速箱を開けるのを覗いていたら
「猫のストレス解消でツメ研ぎ買ったの。生協で見ると結構高いのがかなり安くなってたから・・」

もう長い間猫嫌いを宣言していたワイフが、この2年間で激変して最近はネコチャンズにメロメロ。
外に出せと催促して、当てつけにアチコチでマーキングシッコをするクロ。
ワイフの目を盗んでつまみ食いをするシロ。
新調のツメ研ぎより先に空き箱と戯れるクロ。
見事にツメ研ぎニューバージョンの魅力にハマるシロ。
ネコ版「鉄コン筋クリート」のクロ・シロもなかなかそれなりに個性豊に自由に生きていて、色々な意味で吉田家の癒しに貢献している。
遅々として進まない仕事に悶々としていたオヤジも良い具合に気が紛れて少し気楽になれた。

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時計 

2014/05/25
Sun. 09:48

久々に余裕で部活のキーポンを送ってきた。
ほんの10分早く石見銀山を出発するだけでこうも違う。

キーポンが朝の小1時間占拠する洗面所には、もう長い間壊れて動かなくなっていた壁時計があった。
ず〜っと電池が無くなっているのだろうくらいに思っていたら、本当に壊れて動かなくなっていた。
「100円ショップにあったから・・・」
キーポンの登校時間が遅れるのはそのせいかもしれないとワイフにいってみると、早速かわいらしい壁時計を買ってきた。
昔むかし・・まだ学生の頃にクラフトで造っていた壁時計のキットは100円の30倍位はしていたと思う。
性能はどうか分からないが、ほんの30年の間に日常の暮らしがこんなに変わってしまうものかとビックリする。
「俺がこどもの時はなぁ〜・・」などと小言をいってもピンとこないのは当たり前だと、こういう時に気がつく。

時計というと、今の吉田家にいったいいくつくらいの時計が眠っているのだろう?
覚えているだけでも、もう使わなくなってしまった時計を2つばかり工場へ持っていって、あの粉塵渦巻く過酷な条件の中でまだ立派にだいたい正確に電池の寿命が尽きるまで動き続けている。

今でもよく覚えているが、私が高校へ入学した時、おかみさんの実父のおじいちゃんが入学祝いだといってシチズンの自動巻き腕時計を買ってくれた。
はじめての腕時計をもらって何か急に大人になったようでとても嬉しかった。
夜寝る時も外さないで1日のほとんどの日課をその時計一つでまかなっていた。
高校を卒業して東京へ出てから3年して、大学の入学歓迎会で先輩達からしこたま飲まされて、自分より早くダウンして転げ回って吐きまくっていたK君の介抱をしていた時に無くしてしまった。
その時のことは鮮明に覚えている。
ヨレヨレのK君を連れて大学から上野・新宿を経由して祖師ケ谷大蔵の駅で下車して四畳半のアパートまで帰る時の何処で無くしたかまではわからなくて、交番へ行ったり駅の案内へ聞いたり学校の事務に問い合わせたりしたがついに見つからなかった。

おじいちゃんの思いでの時計だったのでとてもガッカリしてしばらく立ち直れないまま時計無しの暮らしを続けていた。
それも、慣れてしまえばそれほど苦にならなくなって、アパートを中心に、近所で定時に聞こえてくるノイズの中から、それなりに時計変わりになるものを幾つか決めておいたり、FMの放送を時計変わりにしたりしてそのまま数年間を過ごした。
絶え間なくアルバイトもしていたが、隣でデッサンしているヤツの時計を覗いたりして、何の苦もなく乗り切っていた。

そうこうするウチに、待ち合わせをするくらいの彼女も出来たりして、そうなるとどうも自分の自由で気ままに行動することが難しくなりはじめたなぁと思うようになった。
たまたまその年のお盆の棚行で島根の寺へ帰省して坊主バイトをしていた時に、「実は・・・」ということで、もう何年もしてから腕時計を無くしたということを両親に打ち明けた。
今の東堂さんが元気でバリバリ働いていた頃で、「寺の手伝いをしてもらったから」とお金の変わりに腕時計を買ってくれた。
それが文字盤がメタリックグリーンでクリスタルカットのガラスをはめ込んだ何ともいえないゴツイもので、わざわざそのデザインを選んだオヤジのセンスを疑いつつもありがたく頂戴した。
その後、何年もその腕時計で暮していたから、多分ワイフは現物を見て覚えているかもしれない。

今は、曜日ではなくて日にちの暮らしをしているし、それこそ自分の周囲に時間情報が氾濫しているから、鬱陶しい腕時計とは無縁になった。
そういうふうに思うと、この半世紀の間に生活の必需品の幾つかは趣向とか嗜好グッズになったものもたくさんあるなぁと改めて思う。
自分にとって無くてはいけないものと無くても良いものをちゃんと精査していかないと、自分の周囲が無駄なものであふれ返ってしまうような気がしないでもない。
いやいや、すでにそうなってしまっているんだろうなぁ・・・
自分の造る彫刻もそうならないようにしないといけないなぁ・・

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週末の朝 

2014/05/24
Sat. 09:32

1週間が早く感じる。
吉田家の書斎にこもりはじめてもう少しで1ヶ月になる。
今は、ワークショップの講師のことや、広報関係のチラシのことなどで缶詰めになっている。
来週になったら早々から島根や広島を坊主や彫刻の用事で東奔西走して、久々に外回りをする。
彫刻家の皆さんに発送した展覧会の出品依頼も、さすがに今年は出だしが鈍い。
やはり、告知の2ヶ月遅れが影響しているような気がする。

先ほどまでのひと用事片づけて朝のティータイムにはいった。
ここでだいたい1時間近くノンビリとして気持ちを入れ替えることにしているが、なんとなく気がつかないまま、区切りのつかないまま、コーヒー片手にダラダラと書き物の続きをしていることが増えてきた。
夜は夜で、キーポンの帰りを待って9時前くらいから家族そろって夕食になって、その後1時間ほどはそれぞれフリータイムでくつろいでいるから、そんな時に書斎にこもってもなかなか集中できないしサッサと寝るようにしている。
だから最近は、午前3時くらいに起き出して2時間ばかりデスクトップに向かったりしている。
そのうちクロが起き出して、早朝のウロウロが始まり、その続きにワイフが起き出してテレビのスイッチを入れる。
私の方はそれが合図になってシュラフに潜り込んでひと眠りする。
それだけ区切りのつけようがない仕事をダラダラ続けていることになる。

そんなわけで「アンタいつまで寝てるのよ!」と、ワイフに怒られながら起きることが増えた。
別に言い訳をしてもしょうがないから、なにもいわないでゴソゴソ起き出して朝食など食べようとすると、「アンタ何もしないでいいわねぇ〜」と、また追い討ちをかけられる。
朝の忙しいことはわかっているが、だからといって30分早くから起き出してウロウロしていても同じように「アンタ何もしないでいいわねぇ~」といわれてしまうからどうしようもない。
それぞれがそれぞれに自分の用事をすませているわけだし、そんなもんだと割り切っておかないと、変なところで変なように気を使ってでしゃばったりしてそれこそ収拾がつかなくなる。
特に朝の短時間で一気に色々なことを片づけなければいけない時などはお互い気も立っているし無駄にいざこざが増えるばかりだから出来るだけ目立たないように静かにその時々の成り行きに身をゆだねておいた方が波風が大きくならないですむ。
・・・とまぁ、自分なりに都合よく考えているわけです・・

週末の本日も似たような朝にひとときが過ぎて静かになった。
静かになると例の耳鳴りがうるさくなるから、それはそれで厄介なことだ。
こういうことが続くから工場に出かけてうるさくグラインダーなど使いながら彫刻を造っていた方がましだということになる。
結局は、自分でまいた種は自分で刈り取るしかない。
そう思って、今は耳鳴り封じにチャールズ・ミンガスのライブを流しつつ粛々とデスクワークに励んでいるところです。

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デビュー 

2014/05/23
Fri. 10:31

グランドゴルフデビューをはたした。
公民館分館長の職にある身としては、自治会の代表として選手団を応援することも大切だから、1年1回の地区対抗グランドゴルフ大会に急きょ駆けつけることにした。
待ち合わせ場所の自治会館へ到着すると、今年の体育部長から「急な欠席がありまして、監督兼選手ということで・・」と軽く当然のように無茶ブリされてしまった。
それで、グランドゴルフデビューとなったわけです。

夜間照明のついた会場の町営球場いっぱいにポールと旗が立っていて、全部で8コースを2回まわった。
グループ競技だから自分だけノンビリと時間を無駄に使うことも出来ないし、結構距離もあったりして、歩いたり走ったりなかなか忙しい競技だった。
なにぶんはじめてのことなのでコツも掴めないままビリヤード球のような丸い球をコツコツ叩きながら燭台のようなポールの足下のワッカへ球を入れる。
フレームを潜らせるのが難しくて最後の最後で失敗を重ねてしまってメンバーの足を引っ張ってばかりいた。

競技時間約2時間半で終了した時は、腰は痛いわ、ふくらはぎは痙攣するわ、健康スポーツどころではない。
「これだから身体を動かすことはイヤなんだ」と心で思いつつ顔は笑っておいた。
帰りの車では足の甲まで痙攣が広がって、会館へ着いて慰労会の分館長挨拶の時は肩から腕のあたりまで痙攣しはじめて、もう大変だった。
それでも金麦の喉ごしは最高で、疲労が一気に回復したように感じた。

本当は寺に帰ってゆっくりと布団で寝りたかったが、例の如くギリギリまで石見銀山の自宅の書斎にこもっていたので、夜遅くなるとの連絡も入れなかったし、なにより老夫婦の日常の暮らしのルールを乱すことも忍びないので、おとなしく車中泊をした。
そんなことはよくあることなので、かわいい結界君には梱包材変わりの布団やモーフも積んであるし、い草の枕や座布団も常備してあるし、冬用のシュラフも小さくたたんでコンテナに入れてあるから、結構快適に眠れる。
窓から空を見上げると降ってくるほどの星空が広がっていて、石見銀山の谷底から見る狭い空とはまた違った趣がある。

まだ日の出前から周囲がしだいに明るくなりはじめ、つばめやすずめやせきれいなどが一斉に鳴きはじめ、カラスまで騒ぎはじめて自然に起こされた感じで目覚めた。
もう空にあるはずの星々は見えなくなっていて、赤名高原の山並みが濃いブルーグレーのシルエットになっている。
朝の早い近所のお百姓さんが活動する前に寺のお地蔵さん横に停めておいた結界君を出発させて石見銀山へ帰宅した。
ワイフが気を利かせてくれたのだろう、鍵のかかっていない玄関引き戸を少し開けたら猫のクロが覗いていた。
お出迎えというより・・・あぶないあぶない・・・気を許したスキに脱走するところだった。

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ティータイム 

2014/05/22
Thu. 10:02

あなたはSiaを知ってますか?
たしか2010年に始めた現代彫刻小品展の準備をしている頃に「Soon We'll Be Found」という曲を聴いて、何かそのシンプルさが耳について離れなかった記憶がある。
Siaという彼女の名前もあの時の曲のタイトルもずっとあとになってわかった。

ほんの1週間くらい前だったか、例の如くなにげなく垂れ流しのインターネットラジヲを聞いていたら、またまた耳に入って離れなくなったフレーズがあってそれが気になって仕方がないものだから、コーヒータイムに気持ちを切り替えて検索をはじめたら、何とも気が抜けるくらい早くに見つかって、そのタイトルが「Chandelier」・・面白いもので、縁は異なものというか、それが何と、あのSiaの曲だった。
現代彫刻小品展をスタートさせて5年目にまた彼女が絡んできた。
とても偶然とは思えないほどのことで、その時は右耳の耳鳴りがいちだんと激しくとろけた私の脳みそを刺激した。

だいたい何を思って、どう考えて、なんのために、ライフワークのように彫刻を造っている坊主がいるかということを、時々ほんの少し真面目に考えることがある。
そうしたからといって、別に確かな答えが出るわけもないが、ひとまずはその時の到達点というか結論というかそのようなものを探ろうと努力だけはしているつもりだ。
今は自分にとって、彫刻を造るということは、やはりそれでしか出来ない正直な自分を表現する手段のひとつだと思うようになってきた。
まぁ、カッコよく言うと「坊主の墨跡」のようなものだと思うようにしている。
これが名僧高僧なら一つ一つの墨跡になかなかの値がついて、それだけで暮せるようになることもまんざら夢の話でもないが、私のようなコレッポッチ坊主は、「今回の彫刻はなかなか出来が良い!」などと自己満足しても、それが飛ぶように売れて暮らしが潤うことなどまず無い。
だから、そういう意味でのライフワークではなくて、もっと根幹的なライフワークとして彫刻を造っている。
そうすることで形而上学的に思惟し瞑想するにつながると思っているようなところもあるのです。

昭和の時代、ひと昔前は人生50年と言われていた。
平成の時代は、高齢化社会で人生80年も普通になりつつある。
だからと言うわけでもないが、私はこの歳になるまでは「どう生きるか」と真剣に考えて後悔しない毎日をおくることに努めて「彫刻を造ること」を具体的な生きざまに置換えてきた。
これからは、いただいた人生と思って「どう死ぬか」と考えて後悔しない毎日をおくるように努めて「彫刻を造ること」を具体的な生きざまに置換えていこうと思っている。

Chandelierの歌詞の1部です・・・

1,2,3 1,2,3 drink・・
1,2,3 1,2,3 drink・・
1,2,3 1,2,3 drink・・

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妄想の朝 

2014/05/21
Wed. 10:49

現代彫刻小品展の準備も暖気が進んで次第に単気筒1馬力のエンジンが快調に動き始めてきた。
このところ良い天気が続いているのに、毎日書斎にとじこもってデスクワークばかりしているから、そろそろ身体が外の空気を求めてうずきはじめている。
あと少しの辛抱でひと山乗り切れると思うから、ここはグッと我慢してトラックパットと付き合っている。

この展覧会も、2010年からはじめてもう5年目になる。
昨年までは前年に会場を予約して、年賀状がわりに出品の依頼やお知らせなどをして、2月くらいから本格的に事務をスタートさせて・・・というスケジュールで、結構ノンビリ半年間を過ごしていたが、今年は準備資金獲得の諸々の事情で本格的なスタート時期が4月にずれ込んた。
2ヶ月の遅れは相当なものだと気づいたが時すでに遅し。
無謀な計画だと今さらながら思うこともあって、けっこう精神的なダメージが強い。
それでもここまで継続できたことだし、展覧会に出品協力して頂いている彫刻家の皆さんの好意が励みにもなっているし、それにやめることは簡単だし、そんなようなことを思うと、もう一踏ん張りしてみようという気持ちになってくる。

あぁ〜、それにしても身体がうずくなぁ〜・・
今日は一区切りついたら温泉にでも行こうかなぁ〜・・
ポップコーン食べながらホームシアターも良いなぁ〜・・
久々に仕事抜きで結界君とドライブというのも魅力だなぁ〜・・

などとニヤニヤしながら妄想を楽しんで、「ヨシッ!温泉にしよう!」と決めて、早速しばらく遠ざかっていた秘湯へ電話したら「ただいま臨時休業させていただいております・・」なんてメッセージが返ってきてガッカリ・・
このダメージはなかなか立ち直れない。
「朝っぱらから電話するもんじゃなかった・・」
後悔も時すでに遅しで、一気に鬱に落ち込んでしまった。

そんなわけで、只今デスクワークの意欲も衰えて、チビチビとコーヒーをすすりながら無駄に朝のティータイムを引き伸ばしているところであります。

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虹のグルグル〜その後 

2014/05/20
Tue. 08:31

理科系というと、彫刻の鉄板にサビをつける化学薬品を少しばかりいじる程度で、遠隔操作の片山被告やなんとか細胞の小保方さんみたいにその筋のことに全然強くないので、理屈を全く理解しないまま画面に出てくる指示に従ってトラックパットをクルクルトントンしている程度だから大事な時間を半日つぶしてしまうようなことになってしまう。

自分ではけっこう慎重な方だと思っているのだが、ねっからの大ざっぱでいいかげんな性格はこの歳になっても変わらないらしい。
そんなわけでたまたま世間が暑いだけだったのかもしれないが、久々に冷や汗もののかなりあせった1日になった。
もう、歳も歳だし最近は無理をしないで早寝をしようときめていたのに、結局昨夜は気がつくと日にちが変わっていた。

2・3日あとには、公民館分館長の用事でグランドゴルフの監督業務をしなければいけないし、なんとかそれまでには全ての印刷原稿を入稿して心置無く采配を振るいたいと思っているが、その前に生まれてはじめての正に初体験(ひさびさに心ときめくこの響き・・)でルールも全く知らない競技のリサーチをする必要もある。

またも朝からぼんやりとそんなことを思っていたら、「あぁ〜、そうだ!」と気がついた。
なんと私は、理科系どころか体育系も苦手だったのだ。
体育系で唯一できたことは短距離走だけ。
あとは何をしても身体が脳みその指令を無視して無駄に動くばかりで、苦悩の幼少時代を過ごしていたことを思い出した。

改めて自分のことを整理してみると、今で言う「一芸」というか、「○○の一つ覚え」というか、そればかりにすがってなんとかこの歳まで生きてこられたのだなぁとしみじみ実感してしまった。
好きこそものの上手・・というやつで、物心ついた頃からコツコツ絵を描いたり、時々今の東堂さんが買ってきてくれた少年画報や冒険王の月間マンガを模写していた。
中学校に入ったらたまたま学芸大で彫刻を専攻していた美術の先生が僻地勤務というルールで転勤してきて、みっちりと彫刻のことやデッサンのことを教わった。
今思うと運が良かったと思う。
技術室の準備室が美術部の部室のようになっていて、そこにはアグリッパの石膏像が鎮座していた。
デッサン用の木炭もそこで見たのが最初だった。
独学のデッサンともいえないような似せ絵を癖っぽく描いていたのを矯正してもらったりして、目からうろこが落ちるように発見の連続だった。
山の粘土層のこともその時教えてもらったし、先生の宿直にあわせて焼却炉を代用した窯でテラコッタの焼成もした。

こうして彫刻を造り続けているのもあの時の美術の先生にであったからだと、自信を持って宣言できる。

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虹のグルグル 

2014/05/19
Mon. 12:13

その後皆様如何お過ごしでしょうか?・・なんて、突然のことですが、吉田はなんの変化もなく今日の1日を過ごしています・・
というわけでもなくて、もうお昼になっている。

そもそもの失敗は、目覚めてまだ意識がもうろうとしつつ写真データを移行しはじめたことだった。
軽く2万枚近く溜まったフォルダをそのまま移行クリックしてしまって、延々と虹のグルグルが回りはじめてしまった。
こんどの現代彫刻小品展が浜田で開催されることになって、そのポスター原稿を作成中だったのだが、その作業スピードが急速に遅くなってしまって、カーソルをあっちへ動かしてもこっちへ持っていっても虹のグルグルが動きっぱなしになってしまった。

それでもしぶとく辛抱して、やっと先ほどポスター原稿を用意できた。
早速ファンドへお伺いを立てて承諾をもらったので、これからポスターの印刷にとりかかる。
同時にチラシの作成に入ることになるが、これは写真データの移行が終わってからすることにした。
法事でお経を読む時も正座のまま身体が固まって身動きつかなくなって苦労するが、デスクワークはそれ以上に肉体を酷使してしまう。
延々と似たような姿勢でいると、自分の身体ではないように思えるほどアチコチが固まってくる。
まぁ、そんなこんなであいかわらず書斎にこもってデスクワークが続いている。

2014浜田ポスターA3

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飲み助 

2014/05/18
Sun. 08:42

どうせ総会ならこういう方がいいな。
久しぶりに色々しゃべった気がする。
といっても、たいして内容のない話題ばかりだけど、その程度の方が吉田にはちょうど良いような気もする。
ひとまずワークショップの報告も出来たし、次回ワークショップのことも考えていることを少しばかり話すことも出来たし、世間のかたっ苦しい事業報告と事業計画のようなまね事ぐらいにはなっていたと思う。

この近年影を潜めた総会あとの懇親会も、昔はそれを目当てに出席することが多かった。
先日の坊主総会では、そのことで古株と若手できれいに意見が分かれて、時代の流れが坊主の世界にも押し寄せていることがよく分かった。
知らんフリをしていたら意見を回されてしまったので、しかたがないから、「1部2部にわけて出欠をとったらどいうですか?」と答えたら、若手から「そぉ〜だそぉ〜だ」と声があがった。
私の周辺では、何処かの温泉に1泊してゆっくり一晩飲み明かすというような昔ながらの懇親会はもうずいぶん前からなくなっている。

「あなたが招集をかけるといつもすぐ飲むことになるから、それってどうかと思うよ!」
酒を飲まないワイフにいつもそんなふうに叱られている。
自分としては、1年を平均してみるとそうでもないような気がするが、見方を変えるとそうであるらしい。
解釈の問題だからなかなか難しくてややこしい。

まぁそんな感じでワークショップ仲間のほぼ半分が集まって、近所の仕出屋さんのオードブルと、ノリちゃんのお好み焼きとワイフのこころずくしやお茶も交えて、男組二人がおおいに飲んだ。
最近は、法事のあとの斎膳で酒が出ることがほとんど無くなったが、少し前の法事の斎膳が終わってお持ち帰りの紙袋をのぞいたら、運良くアサヒビールスーパードライが入っていたので、昨夜は本当に久しぶりに・・多分今年に入ってはじめて・・本物のビールを飲んだ。
それに、ワインを2本飲んだ。
それに、ワイフ用のサングリアも少し飲んだ。

みんなはどうだったか知らないが、オヤジとしてはこういうことはめったにないから久々に楽しかった。
朝も爽快に目覚めてメール確認していたら次女のノッチが久々に写真をウエブアップしていた。
友達とみんなでバーベキューパーティーをしたらしい。
最近は都内でもそんなことが出来るキャンプ場が結構あるらしい。
飲み助の親子して似たようなことしてますなぁ・・・

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総会の春 

2014/05/17
Sat. 06:12

総会の春ですなぁ〜・・・
友達も少ないし世間とあまり付き合いのないニートオヤジでも、この時期は総会がいくつか重なったりして、落ち着かない毎日を過ごしている。

東堂さんから万善寺を引きついでから、会議嫌いの私には珍しく今までの坊主総会は無欠席が続いている。
副住職時代からすると何十年も不義理をしているから、あとは歳をとるだけだし残された年数で身体がまともに動く間は休まないで出席を続けようと決めているのだが・・・
今年の総会へ出てみると、それもいつまで続くかわからないなぁと思った。
万善寺の属する教区寺院数は兼務寺も含めて20ヶ寺足らずだが、そのうち2ヶ寺が葬儀や法事にぶつかって欠席だったり遅刻だったりした。
高齢化の進む山間部過疎地に点在する寺院のあつまりでこの確率はなかなかのものだと思う。
万善寺の檀家さんは皆さん元気だから葬式が続いて忙しくなることもないが、やはり檀家数の多いお寺はこうして幾つかの用事が重なることも多いんだぁと改めて思った。
いくら過疎地とはいえ、兼務寺も幾つか持っている寺院はよけいに忙しくなるし、市街地の寺院など、1日で午前午後の2回続けて葬儀があったり、それにまた別の葬儀が重なったりして、坊主事情で日程をずらすことも多いと聞いた。
そういえば木魚のテンポの話題もあって、市街地の寺院は強烈にハイスピードなのだとか・・
山寺の坊主が手間替えで集まってノンビリと般若心経などを唱えるのとはえらい違いだそうだ。
幸か不幸か、私はそのような街場の寺院とお付き合いがないから実態を知らないが、近所の現役老僧曰く「あがぁ〜にはようにお経よまれたんじゃぁ、入れ歯が外れるわ舌は噛みそぉになるわ、やりゃぁせんがぁ〜・・わしゃぁ〜よぉ〜ついていかれんけぇ〜もぐもぐお経よんだフリするんがやっとだけぇ〜・・・」
市街地の檀家数も○のケタが違うほどの寺院だと、やはり葬儀や法事も流れ作業で素早く無駄なくこなさなければやっていけないのでしょうね、きっと。

坊主というのは商売柄皆さんよく考えよくしゃべる。
私など、坊主の中ではいたって無口な方で、場合によっては会議の始まりから終わりまで一言もしゃべらないこともある。
そういう態度をチェックされているのかどうか、最近はそれなりのタイミングで意見を振られることが増えている。
坊主の所作もまともにできないナンチャッテ坊主だから、突然の無茶ブリはとても困る。全てに一言で返したりしていると、何処かの市長のように厳しく叩かれそうだし、なかなか対処が難しい。
このたびも、何度かそういう状況があって冷や汗をかいた。

色々とあった総会も前半が終了して、後半はビデオ教材を使った研修を行った。
宗門の近年半世紀近くの取り組みを見直すような、その辺の葬式坊主にとっては目も耳も痛くなるような内容で勉強になった。
なかでも「慈悲の訓練」という言葉が心に残った。
最近は日頃の暮らしの中で「慈悲」という言葉を聞かなくなったと気がついた。
坊主はお釈迦様の代行をしているようなものだから、「全身が慈悲でみなぎっていなければいけないようなものなのに」と思った。

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潤いと安らぎ 

2014/05/16
Fri. 09:40

ノンビリ屋のキーポンのおかげで朝からイライラがおさまらない。
商売柄(でもないだろうけど・・)物心ついた頃から理由の無い遅刻をした事がない私としては、彼女の常習化した何の根拠もない朝のダラダラがどうも理解できない。

そういうことで、先ほども人影の絶えた学校の駐車場でキーポンを降ろしてきたところです・・
長男のじゅん君もそのようなところがあってかなり苦労させられた。
結局大学で単位修得にてこずったのも早朝の講座が中心だったらしい。
家族身内でDNAも繋がっているだろうになかなか性格の違いは計り知れないものがある。

遅れてはいるものの、それなりに少しずつ先へ進んでいる現代彫刻小品展の準備では、今がデスクワークの最盛期。
デスクトップの虹のグルグルと戦いながら仕事をしているとやたらに肩がこるし耳鳴りがうるさい。
文字データだけでも進めようとラップトップに頼っていたら、こんどはそちらの方も動きが鈍くなってきた。
そんな零細事務の一服の清涼剤がインターネット配信のラジオ。
中でも5本の指に入るお気に入りが「OTTAVA」

iTunesを導入してPodcastが開始されて気がついたら配信されていて、もう何年もお世話になっている数少ないクラシック専門のPodcastなのだが、それが今年の3月末で配信終了となった。
それに続いてデジタルラジオが6月で配信終了となる。
結局は、日本の社会生活の中にデジタルラジオが深く浸透する事が出来なかったのか、もしくはクラシックの愛好家に番組が受け入れられなかったのか・・・
あまりにも残念なので仕事の合間にチェックしてみたら、「放送休止のお知らせ」なるものをみつけだした。
その内容があまりにも企業業界本意の一方的な打ち切りに思えてしまう。
興味のある方は「OTTAVA」で検索を・・・

最近、どうも暮らしのアチコチでそのようなデカイ奴らの事情に振り回されることが激増していると思う。
弱小個人の社会生活など淘汰されて当然のようで、またそれを推進しているように思えてくる。
大げさな事かもしれないが、二千年以上続く日本の歴史の中で、このように弱小の淘汰は何度となく繰り返された事だろう。
また日本はそうして強靭な大国になっていったのだろう。
今はそのような方向の風が吹いている時なのかもしれないが、なにか釈然としないというか納得できにくいというか、そういうふうにも感じる。
国の大義事情としてはそれも有りなのか・・・
国民は使い捨ての駒の一つにならざるを得ないのか・・・

「路貧愁殺人(路貧は人を愁殺する)」と禅語にある。
自分一人の事なら何とか清貧に暮せるかもしれないが、何かのために自分が動かなければいけない時もないわけではない。
貧乏だとそういう時にやりたい事も出来ないということが身にしみてわかる。
「それを自覚しておくことが大事だよ」というわけだ。

どうせなら、国民一人ひとりの暮しに潤いと安らぎと仕事に対する心の張りと意欲を保証するための大国になってもらいたいと思うな。

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瞑想坊主 

2014/05/15
Thu. 09:39

医療介護法案・扶養手当改正・年金受給・消費税・それに死亡消費税・・・
もうなんで生きていなければいけないのかわからなくなってしまう。
国のために寝る間も惜しんで働き続けて、使えなくなったらサッサと死んで、どうせ溜まった金はあの世までもっていけないんだから日本国が没収する・・
パーティー券など発行してセッセと政治資金ためて政治家になったら、国民の血税で高給もらって、その上欲と見栄とプライドでかたまって、下を見ないで上ばかり見て、心も身体も肥え太って身動きできないまま延々と現職にしがみつこうとする・・

結局今の日本は清貧の誇りを見失って卑しい富欲の埃にまみれてしまった。

昔々・・・私が中学校に入ってしばらくして、美術部に入ってしばらくして、吹奏楽部の補充で入部勧誘されて掛け持ち部活がはじまってしばらくして、小学校の分校を卒業して自転車通学を始めた同級生のトランペットパートとそれなりに仲よくなって、帰りの方向が一緒だったから部活が終わって一緒に帰るようになった。
私は自転車で20分。彼は自転車で1時間。
それが3年間続いて高校入学で別れて、卒業してそれぞれの進路に分かれて、それから完全に接点もなくなって現在に至っている。
私は、寺の近所で暮しつつ現在2重生活をおくり、彼は山陽側の小都市に自宅を建てて島根から離脱した。
これはほんの一例だが、島根の田舎事情はまぁ何処もだいたい似たようなものだろう。
当時の中学校の同級生は約80人。
約半数が結婚や次男坊三男坊で県外流出。
残った半数のまた半分が県内市街地へ移住。
残りの20人くらいが地元に残って地域を支え続け、この1年の間に全て退職。
どうやら吉田はUターン残留の人数に含まれているらしいが、似たような立場の2重生活連中が何人かいて、さて、退職後に実家へ帰るかどうか・・
自分の子供のことも含めて考えると、ほぼ100%に近い状態で万善寺は私の代で同宗の法類へ譲るか廃寺申請をするかの選択肢を迫られる事になるだろう。
たった50年でこの状態だから島根の人口60万人を切るのは当然の事。

60年の人生で、物心ついてからほぼ半世紀の間に時代は大きく変わったとつくづく思う。
年金のお世話になってからの老僧夫婦も、まさかこの25年で日本の経済事情がここまで厳しくなるとは予測していなかった事だろう。
寺の老僧夫婦が元気で歳をとっている間に、生活の必要経費が受給年金の2倍から3倍まで膨れ上がっている。
その膨れ上がったところは私が自腹で何とかしのいでいるが、そろそろそれも限界に近い。
さて、極楽浄土の光明は拝めるのか・・・

いまさらながら、「あの時あぁ〜すれば良かった」と思う事も無い訳では無い。
昭和のビックウエーブに乗り損ねてたのか、躍らされたのか・・よく分からないまま今をしのぐしかない。
唯一の救いというか意地というか、彫刻の制作だけはやめたくないと思っていて、そのために身体を動かして脳みそもフル回転させようと努力している。
ひとに代わってもらうことの出来ない自分だけのことだとわかっているから、そればかりはなにがあっても譲れないな。

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富山棚田風景 

2014/05/14
Wed. 11:51

1ヶ月に1回の定期通院で東堂さんを病院まで送迎した。
血液検査の結果は良好で、痴呆の進行も良好で(??)特に何も問題がないということだった。
年相応に元気だという事だし、わざわざ「あなたは元気ですよ!」と診察されるために通院しなければいけないのかと釈然としないものもあるし、結局1ヶ月分の薬をもらうためだけに1日潰している事になる。
おかみさんはというと、自分ではシッカリしているつもりでも、90歳近い老人だということをもう少し自覚してほしいと思うが、まったくその気配もなく私をこども扱いにして愚痴をこぼしてばかりいて、それに付き合うのまた疲れる。
あぁ~、なにか虚しい・・・

試験前休日だから図書館で勉強するというキーポンを送って、ついでにアレコレ用事をして、またそのついでにこの前ワークショップでお世話になった富山まで足を伸ばした。
センター長さんが田仕事で出かけているというので、帰りを待ちながらこうしてプチプチキーボードを叩いている。
そう忙しくしているわけでもないのに現代彫刻小品展の事務的なこともあるし、なんとなく気ぜわしい。

富山の谷は田植えの時期を迎えて水のはった棚田がきれいに広がっている。
その向こうには要害山がかわいく鎮座して眺めが良い。
自分の時間が自分の意に反して削られていくことを自覚しながら暇を潰すという事はなによりも精神的に萎えて虚しいこともあるが、こうして春の風景につつまれているとそれも癒される。

なんとなくボォ〜っと暇をつぶしていたら「センター長さんがお帰りですよぉ〜」と、事務のおねえさんが教えてくれた。
さぁ、ちょっとお話してきましょうかねぇ・・・

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春色に高下なし 

2014/05/13
Tue. 09:42

例の如く朝の不機嫌でマイペースなキーポンの登校準備を待っていると、
「昨日吹奏楽の保護者会で〜吉田さんってお料理が上手なんですねぇ〜って突然いわれてビックリしたわよ」
朝の忙しい時に珍しくワイフの方から話しかけてきた。
「○●さんって云うんだけど、あんたのブログ見てるんだって」
「へぇ〜、ヤバイなぁ・・・それでどう答えておいたの?」
「どぉ〜もこぉ〜も、ありがとうございますくらいしか答えようないじゃない」
世間は狭いというかなんというか・・・
そもそも、家族にもほとんど無視されている徹底的に個人のわがままでマニアックなブログを、自分の近所の人がわざわざチェックしているわけもないだろうと勝手に思っていたら、朝っぱらからそんなことを聞いたものだから、こうしてプチプチキーボード叩いている指先が緊張でプルプル震えたりしてなかなか始末が悪い。

歳をとってきたせいか、最近(・・でもないか・・)だんだん愚痴っぽくなるし、世間の事情も深く考えないで過激な妄想や発言に走ったりする事も増えていると気づきはじめているようなところもあるし、家族の事情も垂れ流しだし、このまま突っ走ってしまうとそれでなくても少ない友達も逃げてしまう事だって十分考えられるし、実際そのような事が無いわけでもないし、なかなか困った方へネジ曲がりつつあるなぁと思っていた矢先の事だった。
どうもなんずかんず突っ走る傾向が強くなったような気もするから、ここで気持ちを引き締めてもろもろ慎重になろうと決めたところであります。

最近の島根県は晴れの日が続いていて、田植えの最盛期だからそれはそれで都合が良かったりするのかもしれないが、一方で水田の水の取り合いでもめている話もチラホラ聞こえてくる。
そこへ久しぶりに雨が降った。
ついでに暴風も加わって、結界君は突風でフラフラだった。
風は半日くらいでおさまるだろうと思っていたら、結局1日中吹き荒れて、そのわりに雨はそれほど降らなくて、その程度では農繁期のまとまった恵みの雨にはならなかったと思う。

一周忌の法事で出かけた先は施主のお父さんはお百姓さんで、兄弟はサラリーマンをリタイヤの東京暮らしで、子供夫婦は地方市街地の学校の先生で、一家身内で社会の縮図をみるようなお宅です。
世代も暮しも仕事も違って、それぞれがそれぞれの常識で暮しているような、そういうところでのお経のあとの説教とも小話とも言えないようなお話は、うまい具合にみんなの心を掴むような気の利いた話題が絞りにくくてだいたいがスベる。
あたりさわりの無い話が一番つまらないとわかりつつ季節がら用意した塔婆の裏書きをお題に、少々しゃべった。
「春色無高下 花枝自短長」
あの「碧巌録」著者圜悟(えんご)禅師さまの残された言葉であります。
ザックリいうと「平等と差別」を春の色と花の枝木にたとえて語っていらっしゃる訳ですが、住む世界が違えば考え方も違って当然の事で、それらを一切合切ひっくるめて八方丸く収めるなど最初から無理なことだということがよく分かったりする。
ようするに、「平等も差別もあって当たり前である!」ということです。
くどいようだけど、暮らしが違えば考えも違う。
厳しいようだけど、これが現実だと思う。

文句を言わない鉄を相手に彫刻などつくっていると、自分の気の緩みや不始末がそのまま形の乱れにつながって、それはそれで難しい仕事だといえるだろうが、自然を相手のお百姓さんのような厳しさはない。
失敗作は一から十まで自分の責任だと堂々といえる。
お墓参りを終わって斎膳の席のこと・・
「天気予報で雨になる言うとったもんで、芋の苗植えたらいっそ降りませんが。枯らさんように水まいたり草かけたりしましたがやれませんわねぇ・・」
たった1日の天候の読み違えが収穫に響く現実の厳しさに比べたら、私の彫刻制作などへなちょこだね。

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吉田家の母の日 

2014/05/12
Mon. 09:17

母の日は久々の年回法事があって改良衣に着替えて塔婆など持って朝から出かけた。
私にとっての母は寺のおかみさんであるから、彼女の方へはワイフが気を利かせて奇麗な花が満開の鉢を買ってくれていたのでそれを用事のついでに渡しておいた。
ワイフの方は、大きい子供たちが別居しているから色々とやさしげな感謝のメールが届いたりしていたらしいが詳しい事はわからない。
「じゅん君はどうなの?」
「なぁ〜んにもないわよ・・・」
さりげなく聞いてみたら少し寂しそうな様子だった。
なんだかんだいっても吉田家でお母さんに一番迷惑や心配をかけているのはじゅん君だと思うから、やはり男はそうゆうふうに気が利かなくて不義理をしがちだなぁと、自分をふり返って少しばかり反省した。

このところ数日ごとに何かしらチョコチョコ別の用事が重なって、そのような毎日が続くと一つの仕事が寸断されてなかなか片づかないまま無駄に時間だけが過ぎてしまって落ち着かない。
そのうえに、もう片づいただろうと思っていた仕事が相手の都合でぶり返したりして混乱してしまう。
彫刻は、始めから終わりまで自分の都合の良いように仕事を組み立てていくから、ひと仕事が終わったあとの片づけなども思いきって出来て気持ちの切り替えもしやすいところがいい。
薪を調達したりつくったりする事も自己責任で全てが完結するから彫刻の制作に似ているかも知れない。
こうして考えてみると、私は本当に一人でいることが好きなんだなぁと思ってしまう。
普通に暮しているとなかなか自分の都合で世間の付き合いを切り離す事も出来ないから、知らない間にどこかしらなにかしら認識や解釈のズレのようなものが増幅していて、それが少しずつ溜まってストレスになっているのだろうと思う。

最小のコミュニティーである家族の付き合いでも何かと気を使う事が多い。
お互いが本音の付き合いをしているようでも、なかなかそのような単純なものでもない。
世間の付き合いほどでもないが、それなりに気配りが出来ないと思わぬところで溝が深まって収拾がつかなくなったりする。
このまま順当に行けばあと1年もしないうちに末娘のキーポンが高校を卒業して、彼女の人生ではじめての一人暮らしが始まる。
そうなると、吉田家に残されるのはワイフと私。
今まではキーポンが間にいてくれたから大きな波風もなくてここまでこれたが、ネコチャンズはたいして役に立ちそうにもないし、さてどうなる事やら・・・
どちらかというと、ワイフもあまりベタベタするほうでもないから、二人暮らしもそれなりにうまくいくかもしれない。

珍しく朝から図書館で試験勉強をしていたキーポンを迎えに出かけたついでに母の日のプレゼントを用意した。
「しょうちゃんありかとぉ〜〜」
私に礼が返ってきた。
ワイフはキーポンのオカアサンのはずなのに・・・
さて、来年の母の日はどうなるのでしょう?

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プレ母の日 

2014/05/11
Sun. 08:46

春の試験週間に入ったキーポンが、部活がないのをいいことに朝からゴロゴロしている。
数日前にワイフとささやかなバトルがあって、その夜は私の布団(といってもシュラフ)へ潜り込んで朝までそのまま爆睡。
高校3年生ですよキーポンは・・・
聞くところによるとクールな付き合いの彼氏もいるようだが、まだまだ甘えん坊で困ってしまう。
兄姉たちとは年が離れて末っ子一人っ子状態で育っているからしょうがないといえばそれまでだけど、年寄りの親としては先行きが心配になってしまう。
「やっぱり子供は若いうちにつくっておいたほうがいいなぁ・・」と、つくずくそう思う。

試験週間だからというので、キーポンを自宅に残したまま、島根の西の端益田まで出かけた。
知合いが何人か出品している益田市美展がめずらしく今年は春の開催になったので観る事が出来た。
いつもはだいたい10月あたりの開催が多いので、その時期はこちらも彫刻と一緒にアチコチ移動したりしてバタバタしているからなかなか益田まで出かける時間をつくる事が難しい。
ほとんどが油彩の平面で、あとは水彩とか版画とか工芸とかデザインとか色々多彩で、それに、地元の高校生から90歳近いお年寄りまで出品があるし、遠くは千葉県の方からの出品もあるとかで見ごたえのある良い展覧会になっていた。
久しぶりに知合いの絵も見る事が出来た。
現代彫刻小品展に出品をしてくれている若い彫刻家の作品もあった。
主催の実行委員長の話だと、「高齢化と若年層の流出で展覧会も寂しくなった・・」ということだが、出品の皆さん年相応に一定の質をキープしていて、何処かの文化祭的我田引水お祭展とは一線を画しているし、審査員も招聘しているらしいし、色々な苦労が見え隠れして頭が下がる。
島根のような田舎の美術家集団は、どこかしら政治がかった思考が色濃く漂っていて、水面下での派閥争いが平成の時代になった今でも続いているようだ。
硬直化した嗜好と作風を維持するためにはそれも仕方ないのかも知れないが、表現者としてそれが良いとは限らない。
自由気ままに好きな事をやりたいようにやっている私としては、そういう窮屈さがなじめないからその良さもわからないが、当事者はやはり色々と居心地が良かったりするのだろう。

そんなことを思いながら益田から浜田まで帰って、目指すは恒例の「お魚センター」です。
この前はヒラメのアラをゲットしたが、今回はタイのアラ。
ワイフと一緒だったから、彼女がほしいものをチョイスして私が支払うという、世間一般?のお買い物風景。
その日は車2台分の燃料補充もしてコツコツためた1万円札が1〜2枚見事にヒラヒラと何処かへ飛んでいって、ポケットには重たい硬貨と消費税がらみのアルミの1円玉がドッサリ。
「ボクにとってワイフはオカアサンじゃないはずなのに・・・」
キーポンに変わって1日早い母の日をプレゼントしたのでありました。

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そぉ〜かい 

2014/05/10
Sat. 07:57

花冷えには時期が過ぎただろうに、連休が終わってからの島根の朝夕は結構冷え込んでいる。
こういう時は空が高い事が多いので、夕方暗くなってから見上げると石見銀山の谷一面にに星が輝いている。

この時期は年度変わりの総会がアチコチで開催される時期でもある。

彫刻の方は総会が東京であるから近年は欠席ばかりで不義理をしている。
作家歴も長くなると飽和状態で硬直化して老化した発展性に欠ける頑固なだけのプライドに固まった奴らも増えてくるし、まぁ、それはそれなりに長年の実績もあって説得力もあるだろうから、そういう意味では貴重な存在でもあるだろうが、一方でもうそろそろ後輩にあとをゆずって瑞々しい発想を具体的に華々しく実践してもらうほうが発展的で良いような気もしているものだから、年中島根の田舎でくすぶって燻されているようなオヤジはあまり世間の表舞台にでしゃばらないほうが平和だとも思ったりして、自然にこの時期の東京へ足が遠のいてしまっているきらいがないわけでもない。
それに何より蓄えもない自転車操業の日常で、この時期の諸々の出費に耐えなければいけないから、それが1番の現実的な問題として浮上するわけで、こればかりは無い袖は振れないし、どうにもならない事情もあったりするわけです・・・

寺の総会も3つくらい続いてこちらの方は欠席できないから、昨日も昼過ぎから出かけてきた。
だいたいが各寺院の住職と檀家総代に事務会計役員あたりがセットになって出席する護持会も近年世代交代が加速していて、今年は見渡すと若い総代さんがずいぶん増えていた。
住職は数年前から一気に若返っていて、経験年数若輩の私などは実年齢だけが一気に上がって年寄りになってしまった。
さすがに壇信徒を代表して寺をしきっていらっしゃる方々だけに、なかなかの実力者ぞろいで各所から意見発言が飛び交って結構賑やかな総会になる。
研修旅行の日程一つ決めるのもそれぞれの思惑が錯綜して収拾が難しい。
万善寺など、組織役員で住職がいちばん年少さんだから、なかなかうまくまとまらない事もあって、小さな山寺もそれなりに実は結構苦労しているのです。

これから少しして教区の坊主総会が開かれる。
それまでに幾つかの書類をまとめたりして、この時期はなんとなく気ぜわしい日々が続く。

しばらく書斎にとじこもる日々が続いているし、ちょうど益田で展覧会もあるから、今日あたりワイフとお出かけしようと思う。
気晴らし気晴らし・・・
東京のなっちゃんがチラリとつぶやいとりました・・
私がなっちゃんくらいの年頃には、刺激的な東京暮らしにどっぷり浸かっていて、島根へ帰ろうなどとこれっぽっちも考えていなかったのに、ひとそれぞれですなぁ・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なんか爽快な気持ちになって空を見てみたけど星は無いし電線だらけだし車うるさいし一気に萎えた。
島根帰りたいなー。
空が広くて手が届きそおなくらい近くて綺麗な星と風で木が揺れてるだけの音しか聞こえない世界に行きたーい!!

写真

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タイムマシン 

2014/05/09
Fri. 09:42

いつものようにキーポンを学校まで送っていたら、また例の場の読めない究極の迷惑車両がトロトロと時速30kmで走っている。
キーポンの我がままで自宅の出発時間が遅れているのだから、世間の交通事情で遅刻も仕方がないと片づけてしまえばそれで終わりだが、どうも正義感の強い!オヤジとしてはそれで済ます事が出来ない。
イライラもピークに達して知り尽くした道路事情を工夫して遅刻だけは免れた。

イライラというと、現在現代彫刻小品展のデスクワークでひたすら吉田家の書斎にとじこもっている。
さいわいインターネットFMが耳のお供になっていくぶんかは仕事も気楽にできているが、画像処理のピークに達しているこの時期は、クリックごとに虹のぐるぐるが延々回り続けたりしてなかなか処理が進まない。
安い外付けハードディスクも導入したが、やはりバックアップのデータ倉庫代わりに使う程度で、なかなかそれ以上の仕事をサクサクこなしてくれるまでには至らなかった。

私のような全身文科系の人間には、ハードな理系のシステムなどチンプンカンプンだからパソコンもスケッチブックや大学ノート代わりに使う程度で十分だと思って使っている。
それでも展覧会一つ企画して事務して印刷データなど作ったり資料の写真を収納したりしていると知らない間に積もり積もったデータの山が出来てしまっているようだ。
この前も、何時か何処かで間違って削除してしまっていたらしい貴重な印刷データの1ページ分がなかなか見つからなくて困った。
結局、昨年の10月までタイムマシンをさかのぼってその1ページを復元する事が出来た。
こういう時に、仕事が絶え間なく継続していることを実感する。
一つ一つの出来事は、少しも停滞しないで動き続けているから、通り過ぎた時間は過去に消えてしまうだろうと思っていたが、何かしらかたちになって何処かに蓄積され続けているという事に気づいた。
その時はいらなくなったものでも、何時かは必要になる事があるかも知れないし、自分にとっていらなくなったものでも、自分以外の誰かにはとても大切なものになっているかも知れない。
自分が造る彫刻も、造ったそのあとのことも責任を持っておかなければいけないと再認識した。

先日ワークショップでお世話になった富山町には、児童数減少で廃校になった真新しい小学校が残っている。
教育委員会の管轄も外れたような事も聞いていたが、そうでもないようで教室の幾つかを便利に物置代わりで使ってあった。
暖房のヒーターや、モニターなどの金目のものは無くなっていて、まだ使えそうなパソコンが1台ほど、パソコン専用の机と一緒に多目的ホールの端っこに残っていた。
真新しい図工室の隅には、真新しい電動糸鋸の機械が2機残っていた。
民具資料室なる部屋もあって、展示物が手付かずで残っていた。
旧富山小学校になってしまったあとも、まだまだ小学校時代の面影が色濃く残っている。
何人の児童が卒業していったのだろう。
過去の記憶を残しておくためにも、何かしら有効に活用できると良いなぁと思った。
小学校を造った人は、そこまで責任を持ってほしいような気がした。

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人工の荒地 

2014/05/08
Thu. 08:07

石見銀山が世界遺産に登録されて確か7年目くらいになるが、その登録の2年前くらいから観光さんの増加が始まり、まだ整備も手付かず状態だった町並みや遺跡の景観やアクセスに地元関係者(といってもほとんど行政)はてんてこまいだった。
ひどい時は、1年のうち盆正月を休む程度で、連休の間も何処かしら何かしら工事や整備が延々と続けられた。
それは世界遺産に登録されてからあとも2~3年続き、その間に少しずつ公共工事区間も少なくなったと思っていたら、こんどは町並みの古民家改修工事がアチコチで再開されて、ブルーシートや保護ネットの点在する町並み風景がしばらく続いた。
石見銀山地内住民の暮らしの事もあるわけだから、何かしら何処かで修繕をすることが絶え間なく続いて、そればかりはどうにもならないし、たった2~3時間の滞在観光で景観がどうのこうのといわれても困ってしまう。
それに、最近の夏冬問わない異常気象や悪天候の被害もあったりして、世界遺産の質を守り続ける事もなかなか苦労が多い。

私が石見銀山へ移り住んだ20年ほど前は、平行四辺形に傾いた家や半分崩れ落ちた護岸などが点在していて、正にゴーストタウンのような町だった。
今の吉田家も、建築士や大工さんに連れられて玄関を入ると、当時は穴の開いた屋根から土間に差し込むレンブラント光線に積年の塵が舞って、痩せてほうのこけたぎょろ目の大工さんに降り注ぐ光の強いコントラストがエル・グレコの宗教画を見るような、なかなか荘厳な眺めだった。

今年の連休は、富岡製糸場へ5万人が詰めかけたとか・・・
石見銀山は、当初産業遺産で世界遺産を目指していたが、ユネスコの見解と相違があって文化遺産に軌道修正した経緯がある。
地元で暮す住民にとっては産業遺産というククリの中で毎日を暮すよりは実践的に文化的色付けされた文化遺産のほうが年間を通して繰り返される色々なイベントへの恩恵にあずかれる機会も増えるし、結果的には世界遺産の方向転換が良かったような気もする。

産業遺産というと、どうしても近代の工業や鉱業あたりへ気持ちが動くだろうが、島根の田舎に住み暮す私としては、リアルタイムで目の前に存在する農林業の衰退が気になってしょうがない。
農耕民族の原点を見つめ直す時期にきていると思う。
昭和の高度経済成長を支えた人たちは、一方であまりにも農林業に無知でありすぎた。
職種が違っても汗を流して働くという事にはそれほど大きな違いはない。
人が作り出した物言わぬ人工と付き合い優位に立って楽を目指す事がどれほどのものか・・・
むしろ、自然を相手にする事のほうが知識も知恵も備わった豊富な経験を必要とするハイレベルの生産技術者だと思う。

とみやまカフェで石見銀山から30分の距離にある富山まで幾つかのルートを何度か往復した。
今はちょうど田植えの農繁期の時期で、奇麗に耕作された水田にそろそろ苗の植え付けが本格化する。
そういう時だから放置されて荒れ地になった棚田の休耕田が余計にわびしく見える。
合理化される耕作法の一方で、見捨てられた耕作地が増え続けるねじれた現状がある。

いまさら自分が百姓のまね事をしようとも思わないしそんな勇気もないが、何かしら往時の面影を残す人工の大地にもう一花咲かせる事が出来たら良いなぁとささやかにひそかに思っている。

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吉田家の1日〜5月6日版〜 

2014/05/07
Wed. 09:43

突然ですが、5月6日は春の連休最終日で私の好きな安西水丸さんの四十九日満中陰だった。
水丸さんの宗派は知らないが、私的には「これでやっと水丸さんも三途の川を渡り終えて彼岸の岸へ到着されたか・・」という感じで感慨もひとしおだった。

不謹慎な話だが、水丸さんの訃報を知ってから吉田家のトイレ書架に1冊の文庫本を用意した。
宗門では、トイレの所作も修行のうちということでいろいろと厳しい教えがあるのだが、ひとまずそれはあちら(は何処だといわれても困るが・・)のほうへ置いとくとして、一応自分流に水丸さんのありがたいお言葉を供養代わりに一日二言三言頂こうと心に決めてシネマストリートの前編?を読み返しはじめた。
どちらかというと快便の方なので、だいたいコンスタントに1日1回は朝の慌ただしい時間帯を避けつつトイレにこもって短文を読みイラストを眺める日々が続いた。
別にこれといって計画的であったわけでもないのに、巡り合わせというか奇遇というか、見事に満中陰の朝に一冊の文庫本を読み終わった。
やっぱりこれも何かの縁なのかも知れない。
ふり返って思うと、水丸さんの訃報を知ってからこの四十九日の間は、近年にないほど久々に珍しくいっぱい映画を観た。
もう20年近く使っていた手づくりのスクリーンも煤けてしまって白の字幕が黄色く見えるほどになったので思いきって新調もした。
連休のはじめには、何年ぶりかで家族三人水入らずのファミリーシアターもできた。
その時は、珍しくネコチャンズもスピーカーのすぐ横で仲良く爆睡していた。

5月6日の朝・・・
1冊の文庫本を読み終わってからワイフが母の日用に用意してくれた花の鉢を持って万善寺へ出かけた。
東堂さん夫婦を連れ出して新しくできた松江道をドライブして出先で昼食を食べて帰った。
何時も不義理をして何もしてやれないからささやかな連休の行楽のつもりにした。
ワイフはキーポンのアッシーお母さんで1日を過ごした。
キーポンは「アナと雪の女王日本語吹き替え版」を見に友達と劇場へ出かけた。

いつもとそれほど変わったわけでもない1日だったと思うが、何となく色々記憶に残る1日になったように思う。

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大盛況出前ワークショップ! 

2014/05/06
Tue. 09:11

5月5日こどもの日・・・
心配していた天気もまずまずで、やまにあプロジェクトの出前ワークショップが盛況のうちに始まって終了した。
やまにあチーム5人。来場者数約50人。ワークショップ制作者数38人。
みなさん、結構満足していただけたようでなにより。
世界に一つだけのオリジナルガラス瓶を大事そうにもって帰って行かれました・・・

詳しい報告は後日!(って何時の事になるやら・・)ということで、ひとまず富山の絶景も交えながら写真一気に大公開!

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連休のワークショップ 

2014/05/05
Mon. 07:54

ワークショップの朝は雨になった。
結界君には、寺の草刈りをしようと道具を一式積んでいたのを思い出して、まだ薄暗いうちから雨の中を荷降ろしする事になってしまった。
ワークショップ用のA型看板は下ろすわけにもいかないので積み込んだままにしておいた。

今日は石見銀山から東へ30分ほどのところで春のイベント「とみやまカフェ」がある。
年に3回開催されるが、その春版になる。
クリエイティブな連中が集まって少しずつ組織化している仮称「やまにあプロジェクト」のワークショップチームがこの手づくりのアットホームなイベント「とみやまカフェ」に参加させてもらって、今回が2回目になる。

メンバーはみんな仕事を持っていて、その半分は土日祭日がかき入れ時の忙しい連中だし、収入になるようなワークショップでもないので、私のように年中暇にしているオヤジが彫刻の布教活動だと思ってセッセと準備作業などして働いている。
このようなことを地道にコツコツ続けていればそのうち誰かが興味を持ってくれて、展覧会を観ようと思ってくれるかも知れないし、比較的本格的な彫刻のワークショップなどやったら、ついでにそちらへも参加してもらえるかも知れないし、ヒョッとしたら勢い余って自分で彫刻を造りはじめるようになってくれるかも知れないし・・・などと、身勝手な妄想をしながら連休や万善寺をそっちのけでドタバタと動いているのです。
色々自分でやりたい事もあるだろうに少しの愚痴をこぼしながらでも私の無理を聞いてくれているワイフにも結構迷惑をかけているし感謝している。
いずれにしても、メンバーがそれなりに楽しんでくれて充実した1日になってくれることを願っている。
そうでないとこのようなめんどくさい事は長続きしないと思う。

萩で暮す陶芸家の友人内村さんが色々刺激になっている。
知合った頃はお互いの作風に引かれるものがあって、頻繁に行き来しながら共同で制作を続けたりしたこともあった。
今でいうcollaborationの走りのようなものだった。
そのうちお互いに子育てが忙しくなったり、お互いの作家活動の方向が少しずつ変化したりして、しばらくの間は年賀状のやりとり程度の疎遠になっていたが、10年ほど前に発起人の内村さんから萩の地元のお祭りイベントの案内が届いたのがきっかけで、また付き合いが再開した。
といっても、春の連休の2日だけのイベントへ出かけて運が良ければ内村さんに合うことが出来て、二言三言会話する程度の事なのだが、それが最近は毎年の恒例になりつつあって自分としては楽しみになっている。
萩まで出かける時はせっかくだから誰かを誘うようにしていて、今年はワイフが付き合ってくれたし、大阪からUターンした熟女も付き合ってくれて、両手に花だった。

とみやまカフェもそんな感じで少しずつバージョンアップすると良いなぁと思いつつ、参加させてもらっている。

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吉田家の連休 

2014/05/04
Sun. 09:13

今年の連休はなんとなく連休らしくない連休というかなんというか、どうも自分にはそんな感じで始まっている。
土曜日や日曜日が連休に重なっているから、祭日なのか振り替えなのかカレンダーの赤い数字を見ただけではどうも実態が具体的に飲み込めない。
そんなふうに思いながら山陰本線と付かず離れず9号線から191号線を1日かけて萩まで往復してきた。

島根県西部の山陰道はなかなか工事が進まなくて、最近久しぶりに5kmほど無料区間が通行可能になった。
島根県では中部から西部にかけて「石見(いわみ)」と呼ぶ。
鳥取県の東の端には「岩見(いわみ)」があるから、山陰のそのあたりに詳しくない人は、だいたいこの鳥取やら島根やらの地名を混同してしまっている人が多い。
もっとも、実際にその地方の様子を見ると、どちらもむき出しの岩石が街道や鉄道の間際までせまってくるような風景が多いので、地域を見た目で見分ける事が難しいところもあるなぁと自分ではなんとなく納得してしまう。

例の如く、朝、部活のキーポンを学校まで送り届けて、その足で9号線まで出て、そのまま西走した。
連休のわりには車列も少ないし、かえって平日の朝の道が混んでいるくらいに感じる。
ノンビリと車を走らせても、4時間足らずで萩の目的地へ到着した。
遅れているとはいえ、ブツ切れに出来がっている山陰道のおかげで、この10年の間に、1時間近くは時間が短縮された。
やはり、過疎に歯止めのかからない山陰の方でも、道路事情の整備は必要なのかも知れない。

島根の西の方に益田がある。
私は年間通して松江より益田へ行く事が多いので、その度に少しずつ色々な店を開拓して昼食をとったりするから、今回もそのうちの1軒を目指して道中を楽しみにしていた。
ところが、萩でノンビリしすぎてしまって昼食の時間を大幅に過ぎてから益田入りをしてみると行く先々で「只今準備中」の札がぶら下がっている。
益田というところは凄い町だと思った。
色々考えて、二つの回答を用意してみた。
一つは、連休だろうが祭日だろうが、経営スタンスを変えない頑固な店が多いということ。
もう一つは、連休をあなどって平日並の仕込みの量で乗り切ろうとしたが、お客さんが多すぎて用意した食材がお昼で全て尽きたということ。
私としては、たぶん前者が正解だろうと思う。
結局何処にでもあるチェーン店ファミリーレストランを見つけて、どぉってことない普通の昼飯になった。
益田という町は奥深くてあなどれない。

色々あったが、昼前から天気も良くなったし、それなりに充実した連休の1日が始まって終わった。
以上、吉田家の大型連休は終了!

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現代彫刻小品展始動! 

2014/05/03
Sat. 05:06

展覧会事業運営資金の事で開催が微妙だった今年の現代彫刻小品展がやっと動き始めた。
今までからすると2ヶ月くらいスタートが遅れた。
これから彫刻家の皆さんのご協力にすがって展覧会への出品彫刻を揃える事になる。

いつも思う事だが、とにかく自己資金が欲しい。
活動費が充足すれば誰にも迷惑をかけないでやりたい事が出来る。
なにより彫刻家の皆さんに負担をかけないですむ。
自分も彫刻を造っているから、展覧会に作品を出品するためにどれだけ多額の経費を必要とするかがよくわかる。
そのあたりの、なかなか表面上分かりにくい裏事情をいかにストレス無くクリアーするかが、発表活動の継続に繋がるように思う。

30歳前に島根へ帰る前は、展覧会の出品も出来上がった作品を搬入口まで代車に積んで運んでいたから運搬経費はゼロで、制作も搬入〆切ギリギリまで続ける事が出来た。
ワイフの彫刻搬入もだいたい似たようなもので、制作場所からレンタカーや赤帽さんなどを使って1日ですます事が出来た。
それが島根に帰って制作と発表をしようと思ったらそれまでのシステムが全く通用しない。
まずは制作場所の確保が難航した。
自分の周辺の何処を探しても金属彫刻の作家など見当たらないから、色々思案して車を買った自動車屋さんの工場を日曜日だけ貸してもらって溶接をするところから彫刻制作をスタートした。
その後、その自動車屋さんの紹介で近所の鉄工所を借りる事になった。
ワイフは私と作風や素材が違うから島大の教育学部へ聴講研究生として通い始めた。
それで幾つかの障害を乗りきりながら大学の研究室を使ったりもした。
想定外だったのが搬入搬出。
それまで自分たちでその作業をしていたのだが、島根から東京まではあまりに距離が遠すぎる。
そのころはまだ宅急便の運送業界も充実していなかったから、搬入代行をしてくれる運送屋さんをアチコチ探した。
結局、運送屋さんを2業者経由してやっと搬入経路を確保したものの、その必要経費は彫刻の制作費をはるかに超えていた。
ワイフと二人でそのようなことを何年も繰り返して制作を続けつつ、諸経費を捻出しながら色々工夫して今に至っている。

2010年からスタートした島根県での現代彫刻小品展は、そのような過去の自分たちの苦労を風化させないように噛みしめつつ、全国の出品作家の皆さんには出来るだけ負担にならないような展覧会めざして今年で5年目を迎えるまでになった。
消費税も上がったりして年々暮らしが厳しくなって、自分の彫刻制作や発表もいつまで続けられるか先が見えなくなりつつある。

そんな中での今年の展覧会は、自分にとってもひとつの節目だと思って準備を進めている。
展覧会と同時開催のワークショップも、講師の快諾を得るまではかなり心配した。
おかげさまで、意中の人はだいたいゲット出来た。

児童義務教育に造詣の深い彫刻家(写真の彫刻)の居上さん。
端材の集積で独特の抽象を組み上げる木彫の白石さん。
彫刻素材を選ばない技巧派の具象作家本多さん。
彫刻制作を柱に様々な造形イベントを企画する小林さん。
それに、次代を担う若い作家や大学の研究室チーム、島根の地元で色々な楽しいワークショップを企画運営するプロジェクトグループなどなど・・・

かれらの協力を無駄にする事は出来ないので、これから内容を掘り下げて少しでも充実した事業に仕立てていこうと思っている。

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女房の鏡 

2014/05/02
Fri. 09:54

浜田の関係筋に後援依頼をもって回って帰宅したら、ネコチャンズが仲良く脱走(お散歩とも言う)していた。
確か自宅を出かける時に締めておいたはずの玄関が少しばかり開いている。
「これはあいつら上手に脱走したな」とすぐに気がついた。
消したはずの書斎に明かりがついているし、どうも朝の記憶と違うからそのあたりを確かめてみたら、ワイフがデスク代わりの炬燵に潜り込んで寝ていた。
早朝から始まっていた中学校の写生会で石見銀山の町内を動き回って疲れが出たようだ。
「ちょっと目を離した隙に脱走したの・・」
あれほどネコチャンズを外に出すなと厳しくいっているわりにはどこか詰めの甘いところがある。

ネコチャンズは、だいたいほとんどの場合ワイフのちょっとした気の緩みをすかさず察知して巧みにすり抜けて脱走(ワイフ的表現)する。
この2年の間にちゃんと人の性格を読んでみんなの弱点を上手に利用する技を習得しつつある。
私は障子の開け閉めなど鳴声一つで動かされる奴らの僕に成り下がっている。
ワイフには上手にご飯をねだる。
みごとに何も世話をしないキーポンは、自分のベッドを完全に占領されて格下に成り下がっている。

まぁ、そういうわけで、脱走したままなかなか帰宅しないネコチャンズを心配するワイフであったが、夕方になってクロが帰宅し、部活帰りのキーポンを連れて帰ってしばらくしてからワイフがシロの鳴声を聞きつけて無事連れ戻して一件落着した。

せっかく浜田に行ったからお魚センターへ寄ってみたら、卵付きヒラメのアラを売っていた。
全長60㎝くらいが600円。あと、80㎝が800円、100㎝が1000円。
要するに、頭のさきからシッポまで10㎝100円という単純さで価格が決まっていた。
私は立派な卵のついた80㎝を買った。
そのままではバカでかくてしょうがないから、それこそ10㎝位にぶつ切りをしてもらって、ついでにアナゴの開きを1本買った。
ネコチャンズがお散歩していたおかげで、ワイフの魚料理もジャマが入らなくてすんだ。
夕食はヒラメの粗煮で日本酒。
結局、途中で腹いっぱいになって完食ならず。
顔の裏表の肉だけでものすごい量だった。

4月の終わりに過ぎてしまった私の記念すべき60歳の誕生日には、ジャンクフード大好きオヤジのリクエストにこたえてチーズ入りハンバーグを造ってくれた。
最近彼氏らしき男が出来たらしいなっちゃんには、「男は料理で落とせ!」とオヤジの持論を入れ知恵している。
やっぱり、長い男女の付き合いで夫婦にでもなって子育てもあったり老後の事も考えると、三度の飯が不味かったりするとそれだけで生きる気力を無くす(・・・って、あくまでも個人の事情なので悪しからず・・・)。
そういうこともあって、ワイフのまっちゃんはどこに出しても引けを取らない女房の鏡であります。
ネコチャンズにあなどられるくらいかわいいものです。

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2014-05