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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

人工の荒地 

2014/05/08
Thu. 08:07

石見銀山が世界遺産に登録されて確か7年目くらいになるが、その登録の2年前くらいから観光さんの増加が始まり、まだ整備も手付かず状態だった町並みや遺跡の景観やアクセスに地元関係者(といってもほとんど行政)はてんてこまいだった。
ひどい時は、1年のうち盆正月を休む程度で、連休の間も何処かしら何かしら工事や整備が延々と続けられた。
それは世界遺産に登録されてからあとも2~3年続き、その間に少しずつ公共工事区間も少なくなったと思っていたら、こんどは町並みの古民家改修工事がアチコチで再開されて、ブルーシートや保護ネットの点在する町並み風景がしばらく続いた。
石見銀山地内住民の暮らしの事もあるわけだから、何かしら何処かで修繕をすることが絶え間なく続いて、そればかりはどうにもならないし、たった2~3時間の滞在観光で景観がどうのこうのといわれても困ってしまう。
それに、最近の夏冬問わない異常気象や悪天候の被害もあったりして、世界遺産の質を守り続ける事もなかなか苦労が多い。

私が石見銀山へ移り住んだ20年ほど前は、平行四辺形に傾いた家や半分崩れ落ちた護岸などが点在していて、正にゴーストタウンのような町だった。
今の吉田家も、建築士や大工さんに連れられて玄関を入ると、当時は穴の開いた屋根から土間に差し込むレンブラント光線に積年の塵が舞って、痩せてほうのこけたぎょろ目の大工さんに降り注ぐ光の強いコントラストがエル・グレコの宗教画を見るような、なかなか荘厳な眺めだった。

今年の連休は、富岡製糸場へ5万人が詰めかけたとか・・・
石見銀山は、当初産業遺産で世界遺産を目指していたが、ユネスコの見解と相違があって文化遺産に軌道修正した経緯がある。
地元で暮す住民にとっては産業遺産というククリの中で毎日を暮すよりは実践的に文化的色付けされた文化遺産のほうが年間を通して繰り返される色々なイベントへの恩恵にあずかれる機会も増えるし、結果的には世界遺産の方向転換が良かったような気もする。

産業遺産というと、どうしても近代の工業や鉱業あたりへ気持ちが動くだろうが、島根の田舎に住み暮す私としては、リアルタイムで目の前に存在する農林業の衰退が気になってしょうがない。
農耕民族の原点を見つめ直す時期にきていると思う。
昭和の高度経済成長を支えた人たちは、一方であまりにも農林業に無知でありすぎた。
職種が違っても汗を流して働くという事にはそれほど大きな違いはない。
人が作り出した物言わぬ人工と付き合い優位に立って楽を目指す事がどれほどのものか・・・
むしろ、自然を相手にする事のほうが知識も知恵も備わった豊富な経験を必要とするハイレベルの生産技術者だと思う。

とみやまカフェで石見銀山から30分の距離にある富山まで幾つかのルートを何度か往復した。
今はちょうど田植えの農繁期の時期で、奇麗に耕作された水田にそろそろ苗の植え付けが本格化する。
そういう時だから放置されて荒れ地になった棚田の休耕田が余計にわびしく見える。
合理化される耕作法の一方で、見捨てられた耕作地が増え続けるねじれた現状がある。

いまさら自分が百姓のまね事をしようとも思わないしそんな勇気もないが、何かしら往時の面影を残す人工の大地にもう一花咲かせる事が出来たら良いなぁとささやかにひそかに思っている。

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2014-05