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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

虹のグルグル〜その後 

2014/05/20
Tue. 08:31

理科系というと、彫刻の鉄板にサビをつける化学薬品を少しばかりいじる程度で、遠隔操作の片山被告やなんとか細胞の小保方さんみたいにその筋のことに全然強くないので、理屈を全く理解しないまま画面に出てくる指示に従ってトラックパットをクルクルトントンしている程度だから大事な時間を半日つぶしてしまうようなことになってしまう。

自分ではけっこう慎重な方だと思っているのだが、ねっからの大ざっぱでいいかげんな性格はこの歳になっても変わらないらしい。
そんなわけでたまたま世間が暑いだけだったのかもしれないが、久々に冷や汗もののかなりあせった1日になった。
もう、歳も歳だし最近は無理をしないで早寝をしようときめていたのに、結局昨夜は気がつくと日にちが変わっていた。

2・3日あとには、公民館分館長の用事でグランドゴルフの監督業務をしなければいけないし、なんとかそれまでには全ての印刷原稿を入稿して心置無く采配を振るいたいと思っているが、その前に生まれてはじめての正に初体験(ひさびさに心ときめくこの響き・・)でルールも全く知らない競技のリサーチをする必要もある。

またも朝からぼんやりとそんなことを思っていたら、「あぁ〜、そうだ!」と気がついた。
なんと私は、理科系どころか体育系も苦手だったのだ。
体育系で唯一できたことは短距離走だけ。
あとは何をしても身体が脳みその指令を無視して無駄に動くばかりで、苦悩の幼少時代を過ごしていたことを思い出した。

改めて自分のことを整理してみると、今で言う「一芸」というか、「○○の一つ覚え」というか、そればかりにすがってなんとかこの歳まで生きてこられたのだなぁとしみじみ実感してしまった。
好きこそものの上手・・というやつで、物心ついた頃からコツコツ絵を描いたり、時々今の東堂さんが買ってきてくれた少年画報や冒険王の月間マンガを模写していた。
中学校に入ったらたまたま学芸大で彫刻を専攻していた美術の先生が僻地勤務というルールで転勤してきて、みっちりと彫刻のことやデッサンのことを教わった。
今思うと運が良かったと思う。
技術室の準備室が美術部の部室のようになっていて、そこにはアグリッパの石膏像が鎮座していた。
デッサン用の木炭もそこで見たのが最初だった。
独学のデッサンともいえないような似せ絵を癖っぽく描いていたのを矯正してもらったりして、目からうろこが落ちるように発見の連続だった。
山の粘土層のこともその時教えてもらったし、先生の宿直にあわせて焼却炉を代用した窯でテラコッタの焼成もした。

こうして彫刻を造り続けているのもあの時の美術の先生にであったからだと、自信を持って宣言できる。

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2014-05