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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

過疎地高齢化田舎事情 

2014/06/12
Thu. 08:27

早いもので、もう1週間が過ぎて初七日が来た。
施主家の都合で、お昼前にご自宅へおじゃました。
新亡さんは、まだ彼岸へ到達するまでの旅の途中であるから、その家のお仏壇のご先祖様にお仲間入りが出来ない。
そこで祭壇を別に用意して、四十九日まではそちらでおつとめをする・・・と、万善寺ではそのように言い継がれていて、私もその例にならってお話しをさせていただいている。
そういう具体的な理屈を用意することで、残された親族が納得して気持ちを切り替えやすいようにお付き合いするのも坊主の仕事と思っている。

この度は田舎では珍しい家族葬で終始しているから、坊主の守秘義務もなかなか田舎社会ですり合わせをすることが難しい。
それでなくても過疎化が進む中で、昔ながらに隣近所を頼って葬儀をしようとすると、「わしゃぁ〜もう歳だけぇ〜お手伝いもむずかしいけぇ〜」などと煮え切らない返事が返ってきたり、かといって、一切合切JAの葬儀チームにお願いすると、隣近所や責任役の仕事まで取り上げて全て金で解決しようとするし、なかなか葬式一つすませるのも気の張る大仕事になってしまう。

また例によって例の如く大正生まれのおかみさんからお叱りの電話がかかった。
句読点の無い長話を要約すると、○○さんの△△さんが亡くなったらしいという噂を聞いたが本当か?ということで、しかたがないからそうだと答えて、葬儀もすませたと言って、普通ならあぁ〜そうかで終わるところなのだが、おかみさんの場合はそういうわけにいかなくてそこからが延々変な理屈で長くなる。

こういう田舎独特の重箱の隅に残った食材のカケラを箸の先で擦りとって舐めとってその味が旨いとか不味いとか堅いとか柔らかいとかまぁ微細なネタで持論をぶって喜んでいるようなことを繰り返す想像の産物のうわさ話で盛り上がるようなことが日常の近所付き合いを円滑なものにするという社会性がいまだに鮮度を保って生々しく存在している様子に接することが憂鬱になる。
どう良いように解釈しようと思っても、あまりにもネガティブ過ぎる話題を楽しんで喜んでいるようにしか思えなくて気が滅入る。

田舎暮らしをしていると、それだけ自分の周辺には話題が乏しいということなのかもしれないが、私など、かえって世間の厄介なしがらみの中で知らなくても良いようなことまで色々耳に入ってイヤな思いをするよりは、付き合いをセーブして知らないですませておいた方が気楽で良いと思っている。
「過疎地高齢化限界集落だ!」と大騒ぎしているわりには、そのど真ん中にいると、なんとも濃厚なコミュニケーションが結構活発だったりもしていて面白いものだ。

人の考えは色々だから平穏に暮すということはむずかしい。

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2014-06