工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

携帯不携帯 

2014/08/31
Sun. 08:00

なっちゃんを出雲までおくるはずが、イロイロモタモタで結局山陰道を使って松江までおくる事になった。
高速道路の料金改正で値上がりするし、中東情勢の悪化で燃料も値上がりするし、移動距離の長い田舎暮らしのオヤジにとっては、何かと厳しい毎日を過ごしている。
一年前の夏は3000円もあれば満タンになっていたが、一年後の今は6000円で小銭のおつりが返ってくる程度。
軽の貨物車結界君でこうだから、時々レンタルする2tトラックのことを思うとめまいがする。

キーポンの迎えもあるから大急ぎで学校の駐車場まで帰ってきた。
約束の時間に10分ぐらい遅刻したものの、松江からの移動だからそのくらいの誤差は仕方ないだろうと思いつつ、待てど暮せどキーポンが現れない。
結局1時間待たされた。
その上、友達と用事があるからもう少し時間をつぶしてくれというので、そのまま1時間待った。
それでも連絡無し。
日陰もないところで延々待ち続けるのもさすがにバカらしくなってひとまず帰宅した。
これだったら、高速道片道ですんだのに・・・
夕方近くになって連絡がはいって結局キーポンの我がままでキッチリ2往復の無駄をすることになってしまった。
今どきのことだから、電話1本で無駄なく用が足りるのに・・・

ワイフもそうだが、オヤジ以外の吉田家諸氏はおおむね「携帯を不携帯」している。
持っているだけで、本来の機能が機能しない。
ずいぶん昔でまだ学生のころ・・・アルバイト先で、シフトの流れで電話対応が外せない時間帯を任されることが度々あって、「ベルが鳴ったら3回以内で受話器をとること!」とその時の主任に厳しくしつけられたことがあった。
まだ、自分の周辺に携帯電話など影も形もない頃のことだから、その指令はけっこう過酷なものだった。
休憩室が2階にあって、倉庫が駐車場の隣にあって、固定電話が1階の事務所にあって、それらが狭い踊り場つきの階段と、何箇所かに開き戸と引き戸のドアがある狭い通路で繋がっている。
運悪く、電話から一番遠いところにいたりすると3回以内で受話器をとるなど不可能なこと。
「お客様の用事でかかってくる電話なんだから、ダラダラと待たせちゃいけないんだよ。そういう小さい積み重ねが信用に繋がるんだから・・」
日頃無愛想にしている主任が、電話応対の時だけは満面の笑みでどこから声を出しているのか不思議なほどに豹変する。
時々現れる社長とその奥さんは、どうみてもダラダラといいかげんにだらしなくしか見えなかったから、その会社はたぶんあの主任さんでもってるんだろうなぁと思っていたところもあったが、よくわからない。

一時期集中してそういうふうにしつけられてきたから、自分の周辺で無頓着に無礼な電話の応対を見聞きすると、今さらながら気になってしょうがないところがある。
これが家族の間でのことだったら、おたがいおおよそ性格も知っているし、だいたい狭い常識の範囲内で納得して見逃してしまっている。
それでも結局自分の主観的解釈と行動で、対人関係に多少の不具合を生じてしまっていることもないわけではない。
たかが電話程度のことでも、面倒がらない少しばかりの気配りで、けっこう気持ちもやわらいだりすると思うんだけどなぁ・・・
これも、人それぞれの癖のようなものだから、ちゃんと自分で納得できる理由でもないと、なかなかすぐには気がつかないことなんだろうねぇ・・

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悶々オヤジ 

2014/08/30
Sat. 08:30

ワイフの誕生日の吉田家の夜は、とても静かに過ぎていった。
キーポンを学校まで迎えに行ってレトルトの吉野家牛丼を用意して、私は豆腐1チョウへその辺の色々なものをブッカケて、お供えにもらったおさがりのアサヒスーパードライを飲みながら二人で夕食をすませた。

昼の間、石見銀山での現代彫刻小品展がらみのポスターや書類などを作成していたが、どうもいまひとつピンとこない。
長雨で町内の気に入った写真撮影が出来ていないことでノリが悪いということはよくわかっている。
地球を相手にジタバタしてもしょうがないとあきらめているものの、やはり頭の何処かに「石見銀山の町並みとスカッと晴れ渡った秋空にポッカリ浮かぶ白い雲」的イメージがしつこく張り付いていてそれをなかなか払拭できないでいるものだから困っている。
いっそのことPhotoshopでごまかそうか・・・とも思ったりして、余計にラビリンスにはまる。

朝晩がめっきり秋らしくなって寝苦しさもなくなって気持ちよく寝ていたら、同級生と飲み歩いて午前様なっちゃんに起こされた。
「ねえねえ、明日出雲まで送ってくれない??」
いやにしおらしくお願いしてくる。
「JRだと2時間も暇つぶししないとけないから・・」
ということで、結局月末の貴重な半日と貴重な燃料を無駄に使うことになってしまった。

久々になっちゃんがいるし、いつもは早々と寝てしまうワイフも帰宅が真夜中になったり、このところ脱走できないでいるクロが家中アチコチ移動しながらしつこく鳴いていて、ひと晩中色々とざわついていた。
ちゃんと眠れていたのかどうか・・・なんとなく夢を見ていたような気もしながらワイフの朝の仕度の音がそれに重なって少しずつ覚醒した。

そろそろパンツ一丁が寒くなってきた。
あぁ〜〜、なんともおちつかんなぁ〜〜・・・

どうもシャンとしないから、久しぶりに朝シャワーでもしてみよぉ〜〜っと!

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超豪華 

2014/08/29
Fri. 10:13

空腹を感じないのであさめし前にキーポンを送ったりしてから遅めの朝食をすませて、ワイフが仕事に出かけてから一日分のコーヒーをつくって、電話やメールなどで幾つかの用事をすませて少し落ち着いたらもう朝のティータイムになっていた。

昨夜のこと・・・
なっちゃんが友達の結婚式で帰省するから、出雲空港まで迎えに行った。
東京を最終便で出発して1時間半で出雲空港に着く。
搭乗ゲートを潜る前になっちゃんから電話があった。
到着時間の最終確認をして飛行機が羽田を離陸した頃に石見銀山の自宅を出発した。
結界君を出雲空港の一時パーキングへ駐車したら轟音とともに羽田からの最終便が着陸した。
「ちょうどエンジンの真横だったからうるさくて全然寝れんかったわぁ〜」
手荷物だけの身軽ななっちゃんが結界君の助手席へ乗り込んでそんな愚痴をいう。
・・・その1時間半、あたしゃずぅ〜〜っと運転してたんだけど・・・
「時は金なり!」の不条理がやるせなく脳裏をかすめた。

遅い夕食が始まったのは9時30分をまわっていた。
ワイフの手料理はいつもにもまして超豪華。
お母さんの愛情がヒシヒシと伝わってくる。
まずは、ホワイトベルグで乾杯して、なっちゃんに食べたいだけ食べさせて、あとはいつもの家族3人で分け合った。
のどぐろや子持ちカレーの煮付け。
マイカの刺し身にアジのたたきと骨せんべぇ。
野菜各種・・・
最後に残ったアジのたたきをホカホカのご飯にのせて丼にして私がたいらげた。
いつもだったらそろそろ寝ようかと思う時間まで夕食が伸びていた上に、〆のどんぶりがズシリとこたえた。

空港まで1時間半、運転しながら少し本気で彫刻のことを考えていた。
毎年10月には六本木で展覧会があるから、そろそろ今頃から彫刻制作の準備に入る。
今年は、その10月に石見銀山で現代彫刻小品展を開催することが決まっているから、いつものように彫刻の制作のことだけを考えているわけにはいかない。
よっぽど遺漏なくスケジュールを調整しておかないと大変なことになることがわかっている。
自分の都合でまわりに迷惑をかけるわけにはいかない。
公私を含めてこれから2ヶ月は自分にとっての重要な節目になる。

寺のジジババのこともこれから年々楽になることはない。
キーポンの進学のこともある。
どう考えても今後何年間は、私事を優先の暮らしが避けられないだろう。
出来る時に出来る事をひとつずつ片づけるしかない。
深刻になってもどうなるわけでもないから、気楽に乗り切るしかない。
何かと人生人それぞれ色々ですなぁ・・・

本日8月29日はワイフの○○回目の誕生日。
これから、金融機関をひと回りして、ゴミ処理場へ回って、その足でいつものお花屋さんへ回るつもりでいる。
夜は、先日のグループ展の打ち上げがあるとかで留守らしいから、昼間のうちに薔薇の花束でもプレゼントしておこう。

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晩夏石見銀山 

2014/08/28
Thu. 06:55

ワイフが米をとぐ音で目覚めた。
キーポンの学園祭が終わるまで、こういう変則的な朝が続くのだろう。

島根県下の高校事情だけのことなのかもしれないが、私の高校生時代からすでに学園祭のシーズンはこういう朝が早く夜が遅い日常が常識になって定着していた。
むしろ今よりもっと原始的で過酷な上下関係の序列統制のもとで高校生なりの縦社会が暗黙のうちに一気に形成されて、下級生はビビリつつ、上級生は意味もなくやたら威張りちらしながら体育祭や文化祭を最終日まで乗り切り、期間中の大量のゴミをグラウンドに集めてトンド祭りのごとく御炊き上げ焼却し、その燃え上がる炎に歓喜し、友情の絆を深めほのかな恋慕を募らせ、怒濤のフォークダンスへつきすすみ、グランドフィナーレを迎える・・・という、高校生活の中で壱弐を争うおもいでづくり一大イベントになっていた。

その頃の事を思うと、今の高校生はずいぶんとクールになったような気もするが、それでもそれなりに大多数の高校生達はワイワイと楽しそうに盛り上がっている。
3年生になったキーポンも変にねじれてまがることもなくその盛り上がり集団の一員になっているようだから、オヤジとしてはひと安心・・・という気持ちでいる。
まぁ、自分の人生は1回しかないし、泣いても笑ってもその日一日は2度と繰り返し巡ってくることも無いわけで、あとになって後悔しない毎日を過ごしてもらいたいと思っているから、少々のことは無理をしてでも聞いてやらないとね・・・

悪天候の影響で・・などと天気のせいにしたりしつつ、彫刻展の準備が遅々として進まないまま、そろそろ8月も終わろうとしている。
石見銀山の展覧会場は、ちゃんとした美術館のようにギャラリーとしての諸条件を整備完備していないから、展示される彫刻の力量を十分に引き出せるだけの場の力を持っていない。
それを承知で彫刻を出品してもらっている作家諸氏に対しては、そういうこともあって恩義を感じる。
彫刻の一点一点が醸し出す品位を損なわないように気を配りながら会場を準備することになるので、関係各所への渉外広報や展示台のメンテナンスなど遺漏のないように業務を進めなければいけない。
そもそも、怠け者でいいかげんで飽きっぽい軟弱有閑オヤジのことだから、そのあたりの働きがやたらと鈍る。

なっちゃんが何処かから引っ張ってきた格言が頭をよぎった。
緩みっ放しの気持ちを引き締めてこれから1ヶ月・・・彫刻制作と同時進行で展覧会の準備が佳境に入る。

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読書癖 

2014/08/27
Wed. 09:48

学園祭の準備でいつもより1時間も早く登校するキーポンを学校まで送ってきた。
吉田家の中でダントツで寝起きの悪いキーポンが朝っぱらからプリプリしているし、ワイフもずいぶん早起きして険悪な雰囲気のまま弁当など作ったりしているから、なんとも形容のしがたい重たい空気が吉田家をつつんでいる。
それでなくても延々と降り続く梅雨に戻ったような長雨で家中がジメジメしているし、本当に朝から気が滅入る。
島根の赤来高原か石見銀山だけかもしれないが、8月の日照時間がここまで少ないことは記憶に無いほど希なことに思う。
先日の草刈りも、いつもだったら今頃は天日に干されてカラカラに乾いた雑草を集めて焼却しているはずなのに、今回は乾く間も無く腐ってしまってそのまま堆肥になってしまいそうだ。

石見銀山で開催する現代彫刻小品展のチラシやポスターをつくり始めているのだが、毎日雨続きでまともな写真データがそろわない。
10月の開催なので紅葉には早いものの、石見銀山の谷間とスカッとした秋の青空にポッカリ浮かんだ雲をスッキリと見せられたら良いなぁとなんとなくイメージしていたのだが、もうそろそろ引き延ばしも限界に近いし、さしあたってダミーなど使いながら文字の配置だけでも決めておこうとデスクトップにしがみついている。
ワークショップのことで講師のお願いにアチコチ電話をしたりメールしたりして一区切りつけたらもう朝のティータイムになっていた。

めずらしくワイフが在宅していてコーヒーをつくってくれていた。
それをズリズリすすりながらブログのキーボードをたたきはじめた。
なりゆきの惰性のような感じで毎日書き続けているから特別ドラマチックな内容などあるわけもないのだが、それにしても他愛ないままにネタがつきないものだ。

単身赴任して万善寺のロフト暮らしの間は、Wi-Fi環境も脆弱だったりしたからメールチェックぐらいしか出来ないまま毎日を過ごしていた。
気晴らしのインターネット配信海外ドラマも観れないので、昔読みあさっていた文庫本を引っ張り出した。
経年変化で黄ばんで色あせて老化してコシのなくなくなったページをめくっていると、忘れていたストーリーが少しずつ思い出されて、久々の読書へはまった。

石見銀山に帰ってからもなんとなく読書癖を引っ張って、一日の節目にAmazonやiBookをのぞいたりしていたら、もう何ヶ月もまともに本屋さんへ行っていないことを思い出した。
それで先日家族で出雲のゆめタウンへ行った時は、脇目もふらず今井書店を目指した。
本当に久しぶりの本屋さんには、新装や新刊の文庫本や単行本がいっぱい並んでいて飽きることが無かった。
古本の単行本を買って読んでいた「蜩ノ記」が文庫本になっていた。
最後の方でちょっと出典のバレる説教臭いところがあったが、久々に読みながら泣いた。
小泉堯史さんの監督で映画化もされたらしい。
小泉さんだから、きっと丁寧で濃密な映画になっているだろう。

夫婦割引適応の年齢にもなったし、ワイフを口説いて劇場へ行こうかと思いつつ、ワイフの隣でポロポロ泣いてしまうとわかっているからそれもどうかと思うし・・チョット悩むなぁ・・・

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大人の分別 

2014/08/26
Tue. 09:36

広島から島根一帯で降り続く雨で増水の江の川岸を久しぶりに走った。
その先で、そんなに親しいわけでもないが付き合いが無いわけでもなく知らないわけでもないという、実に説明の難しい関係が約20年続いている知人と一年ぶりに再会した。
このなんとも曖昧な関係はどちらかが職を辞するか動けなくなるか、または死ぬかするまで続いていくだろう。

私はどちらかというと他人の家庭事情や近所事情に興味を感じない方だし、人見知りでシャイ(・・と自分では分析している)だから、世間の常識的な会話についていけないところが多々ある。
「ところでおたくお子さん何人いるんだっけ?」
もうずいぶん昔からの知合いなのに今頃になってそんな質問がきたりするくらいだから、私の人付き合いがどれだけ浅いものかかよくわかるでしょ。
だいたい、子供が何人いるだとか、どこにいるのだとか、なにしているのかとか、他人の家庭事情など聞いても、それでどうなるわけでもないし、ひと晩寝たら忘れてしまう程度のどうでもいい情報を根掘り葉掘り聞かれることが鬱陶しい。
たぶんそのようなことを一般の常識でいうと世間話しといっているのかもしれない。

「4人いますけど、まぁほとんど手が離れているから、それぞれ自由にやってますよ」
いちいち長男がいてとか、末娘がどうしたとか答えるのも面倒なので、会話が深みにハマらないうちに適当に逃がして打ち切ったら、「へぇ〜、そんなにいたの?今どき子だくさんのほうじゃない?」などと次の一手に出られて少々焦った。
そんなに他人の家庭事情に興味があるんだったら、セッセとウエブ検索でもしてこの限りなく透明に近いオヤジのブログを探し出してください。

ノッチが日本を脱出して2週間がすぎた。
時々、他愛もない吉田家familyのLINEに絡んでいるから、それなりに元気で働いているのだろう。
吹奏楽団一般の部のメンバーで中国大会に参加したじゅん君は、深夜に帰宅して早朝に出かけた。
「オムライスの残りがあるぞ」
「あぁ〜、それ食べるわ・・」
オヤジとの会話は、その程度だったが、ワイフとはそれなりにしゃべっていたようだ。
じゅん君のおかげで、キーポンが久しぶりに自分のベッドに移ってくれて気楽になったと思っていたら、それも2・3日続いただけで、またオヤジの隣でゴロゴロし始めた。
社会人として堅実にキャリアをつんでいるなっちゃんは、最近メキメキと分別をわきまえた大人に成長している・・・と、オヤジは思っている。
彼女の就職が決まった時にプレゼントしたバイブル「菜根譚」の効能がジワジワ効きはじめているのかもしれない。
せいぜい、枕代わりになっているか本棚の肥やしになっているか程度のことだろうが、それでも無いよりはマシというところか・・
そんなわけで、なっちゃんのつぶやきの一部を無断転記します!
立派な娘をもってオヤジは果報者じゃ!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
"人の短所は長所を支えてる。だから短所を無くせば長所も消えてしまう"
"性格を変えるのではなく、長所を磨き短所を補う技術を身につけるのが分別のある大人だ。"

これって、なっちゃん語録??
オリジナルだったらたいしたものだ!

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観光地石見銀山町並み暮らし 

2014/08/25
Mon. 09:05

石見銀山の吉田家を3週間ばかり留守にして、久々に帰宅してからまだ一週間と過ぎていない。
私がいない間ワイフがひとりで吉田家のアレコレを守ってくれていた。
キーポンはオヤジの四畳半を占領してゴロゴロしていたらしい。
家庭学習の形跡はほとんど見られないものの、ネコチャンズの様子は時々写真に撮って送ってくれていた。
そのほとんどがオヤジの大事な机のデスクワークスペースでくつろぐクロ。
シロは夏の最中に温室のような縁側の特設ベッドで寝ている。
そんな様子を見ると、オヤジが留守にしている間も彼等なりにくつろいで羽を伸ばしている様子がうかがえる。

世界遺産石見銀山のど真ん中にいると、普通では思いつかないところで窮屈に不便に暮しているんだなぁと、こういう時に改めて気がつく。
私は夏の間単身赴任の寺暮らしをしていて、夏の吉田家事情は無知のまますぎているからそれでもまだ気楽な方だと思う。
観光地の住人としては不謹慎な話だが、自宅前の町並みが観光さんたちで一気に賑わう様子をみるとそれだけで気が滅入る。
狭い道を横に広がってそぞろ歩く人々。
フラフラと危なげにレンタサイクルを操る人々。
それに・・・
吉田家前のオヤジ力作彫刻を意味もなくガンガン叩く人々。
「こりゃぁ〜鉱山で使っとった道具だぁネ!」
なんの根拠もないストーリーを勝手につくって偉そうに持論をぶちあげる人々。
「なんするもんなん?わけわからへんわぁ?」
ハイハイ・・わからんで結構です。
よくいえば風通しのいい・・
悪くいえば隙間だらけの・・
文化文政築260年吉田家昔仏間現在書斎Wi-Fiとエアコン完備プラス原則マイ冷蔵庫andマイ掃除機付き四畳半でデスクワーク等していると、そんな観光シーズン限定観光さんたちの会話が漏れ聞こえ、ナイーブなチキンオヤジはいつになく心乱れてしまうのです。

8月末には、地元主催の天領さん祭り。
地元の若くて元気な連中が張切って準備の真っ最中。
あと2・3日したら、吉田家長女のなっちゃんが友達の結婚式出席で久々に一瞬だけ通過帰省。
そんな状況のなか、浜田での彫刻展をまとめて整理しつつ、石見銀山での彫刻展準備にとりかかったところ。
今頃になって、坊主暮らしの疲れが身体のアチコチを痛めつけている。
今年新作の彫刻は、なんとなく脳みその片隅でかたちになりはじめた。
まだまだ続く落ち着かない日々で、それでもすくいといえば・・そんなところかな・・・

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夏の海 

2014/08/24
Sun. 09:10

ほんの2〜3日前に、「寺のことはしばらく忘れるぞ!」と心に決めたばかりなのに、結局は盆月のことで何かと色々な用事が入ってなかなかキッパリと割り切るまでには至らない。

本堂の荘厳を片づけることがあったから、少しばかり吉田家の用事と事務仕事を片づけて万善寺へ向かった。
運良くというか、運悪くというかなかなか微妙だが、丁度寺のジジババの昼食時に到着した。
「ビールでも飲むか?!」
色々不具合があるものの歳相応に元気な老僧が誘ってくる。
これから仕事だからとビールはことわったが昼食まではことわり切れなかった。

ワイフが寺のまかないで手伝いにきてくれた時、モロヘイヤとオクラを刻んでかつお節を混ぜ込んだ冷ややっこの薬味を作ってくれた。
冷ややっこの定番ではないが夏のシーズンにピッタリはまって、私個人としては美味しいと思うし、その薬味だけで豆腐一丁まるごと食べてそれが三食出てもなんの文句もない。
だいたいに私はそばとどっこいくらい豆腐が好きだから、寺暮らしの間もほぼ毎日のように豆腐料理を自分でつくって食べていた。
夏の定番はやはり冷ややっこだと思うが、夏の湯豆腐もすてがたい。
豆腐ステーキもなかなかボリュームがあっていい。
豆腐の卵とじはごはんにかけて丼にするのもいい。
まぁそんな感じで、ワイフが手伝いに来るまではジジババの横で毎日飽きることなくひとり豆腐を食べ続けた。
そして、例の薬味の冷ややっこになる。
ジジババにはあまり評判がよろしくなかったようだが、質素な寺暮らしに染まりつつあった私には久々のヒットだった。

世間ではお袋の味がどうとかよくいわれたりしているが、私には「ワイフの味」がしっくり馴染む。
15歳の時から長い間一人暮らしが続いていたせいもあって、お袋の味にこれといった執着がない。
むしろ田舎者にとってはバイト先で教わった都会的なドレッシングや生姜焼きのタレの味の方が衝撃だった。
バイト先は新宿三越の裏にあって、そのすぐ近所に吉野家があった。
すき焼きというと親鳥の肉ばかりだったから、生まれてはじめてご飯が隠れて見えないほどのあれだけ大量の牛肉をたべた。
貧乏学生にとっては贅沢この上もなく、あまりの衝撃で胃腸がビックリしてそのすぐあとに腹が下った。
そんな昔を思い出しながら荘厳を片づけた。

夕方になってキーポンをピアノ教室まで送った。
帰りに海へ行こうというので、久々に日本海を見に行った。
気がつかない間にずいぶん日が短くなっていた。
イカ釣りの灯が水平線に点在していた。
キーポンは夕暮れの浜辺でしばらく波とたわむれていた。
いつもの駐車場で家族連れがバーベキューを楽しんでいた。
久々の潮の香りだった。
高校生キーポンの最後の夏が終わったんだなと思った。

「バイトは飲食業がいいぞ」
「食べ物に困らないからでしょ」
「まかないもつくし、社会勉強もできるし」

キーポンは、もう半年もしないで一人暮らしがはじまる。

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猫社会 

2014/08/23
Sat. 06:00

石見銀山は久しぶりに晴れたので久しぶりに草刈りをした。
前回は確か7月の石見銀山史跡掃除より少し前あたりに刈った記憶があるので、もうハッキリ言ってジャングル状態だった。
地形の記憶を頼りに見えない地面を探りながら慎重に草刈り機を使ったが、アチコチにころがる石ころや古い敷石や基礎石にあたって新調の刃のチップがどんどん飛んでいった。

つい昨日には、このジャングルのような裏庭で脱走したクロと始めてみる小太りライトグレーのトラ猫がにらみ合って唸り合って威嚇と牽制を繰り返していた。
前回の脱走時に札付きどら猫のシャープな喧嘩作法で負傷した団子シッポが完治していないまま今回のにらみ合いと追っかけ合いがあったので、さすがのクロもドッと疲れてしまったようだ。
いつもは、吉田家の家猫として安全が確保された非武装地でノンビリごろ寝をむさぼっているから、こうして日々どら猫達の熾烈な頂上戦争が繰り返されている治安の悪い裏庭ジャングルに一歩踏み出すと、緊張で一気にアドレナリンが噴出したはずだ。
今日は一日飯も食べないで吉田家の薄暗がりでジッとしていた。

一緒に暮していると、猫というヤツは本当に面白いほど頑固に自分の世界を持っていて、上手に媚を使い分けながら人間と同居しているなぁと感心する。
性格も猫それぞれで、画一的でないところもまた面白い。
ひょっとして、人間の方が上手に彼等に操られてしまっているように思えなくもない。
見方を変えるとズル賢いところがある。
このズル賢さがあって、ある意味で人間社会の日常のすぐ隣で展開される猫社会の秩序を支えていることになっているのかもしれない。
自分が生き長らえるための野生の本能の賢さを秘めながら、適当に都合よく人間と同居することで適度に平和で快適な暮らしを確保しているように見える。

どちらかといえば猫派で猫好きの私は、学生の頃から現在まで4匹の猫と同居し3匹の小猫と途中まで暮した。
ついでにいうと、犬は3匹でウサギが2匹。グッピーは数知れず・・・などなど・・・
そんな状態で、死に目に会えたというか、最後まで看取ったというか、とにかく墓を造ってやったのは犬とウサギだけで、猫は一匹もいない。
それほど猫は自分の生涯をクールに自分で見極めて全うしているんだなと思う。

猫の生きざまを観察研究することで、人間社会のありようを精選精査出来るような気がしないでもない。
まず、第一に見習わなければいけないことは、戦いはあっても死闘しないこと。
お互いのテリトリーを確保するための通過儀礼的な潔い戦いは、有る意味で平和の確保に通じている。
そして、自分の立ち位置を自覚してわきまえているということ。
上下関係でもなく左右関係でもなく、お互いの個性を尊重して、適度な距離感を持ちながら共同生活が出来ていて、相手の私生活へむやみに踏み込まない。
それに何より、適度な色気があるということ。
オスにはオスなりの、メスにはメスなりの、ちょっとした仕草から醸し出されるさりげない色気に感心する。

チマチマと欲張って狭い根性にしがみついて日々あくせくと暮す人間の皆さんは、猫くんや猫ちゃんたちの暮しぶりをもっともっとリサーチした方がいいんじゃないかなぁ?

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夏休み 

2014/08/22
Fri. 08:15

キーポンは本日から2学期だそうで、久々に朝早く登校した。
たぶん始業式の校歌演奏かなにかの準備でもあるのだろう。

今どきの学校は何か複雑でよくわからないことばかりだ。
私が学校へ通っていた頃は1ヶ月以上きっちりと夏休みがあった。
8月もあと一週間以上残っているのに・・・なんて思ってしまうのはいけないことなのだろうか?
高校生にもなって理屈ではものの分別もだいたい気がついていて、それなりに自己責任にゆだねるくらいの歳相応だと思うのだが、どうも世間は大人の事情を優先して大人の都合を強制しすぎているような気がしてならない。
学校の勉強が世間でどれだけ役に立っているのか、追跡調査でもしてみるといい。

私などそのいい例で、学校時代は卒業するまで追試と仮進級を繰り返していた。
今は漢字も書けないし、英語もしゃべれないし、難しい計算も出来ないし、それほど立派な人間になっているわけではないが、それでも彫刻家とも方丈さんともよばれて、それなりの実績も積み上げているつもりだ。
野球ばかりしていた野球少年が郵便局長にまでなって今は嘱託かなんかでいまだに職にしがみついていたり、大学で中国語を専攻していたはずなのに自動車ディーラーの社長に納まっていたりしている同級生もいる。
比較的真面目にガリガリ勉強していた連中は校長先生になったり、ドクターになったりしているが、そういう連中も今のように夏休みを削って授業や補習ばかりしていたわけでもない。
みんなが歳相応にもう少し気楽にもう少し自分のペースで乗り切れないのかなぁと思う。

久々の石見銀山の夜は、夏休みの宿題があったのだろう、珍しく遅くまでキーポンがなにやら書いていた。
ワイフはグループ展があるとかで彫刻を手直ししたり搬入作業したりした疲れで早々と寝た。
クロはスキを見て何度目かの脱走に成功した。
時折吉田家裏の雑草の中で猫同士のうなり声が聞こえる。
シロは心配そうに落ち着かないでウロウロしている。
私はというと・・・
夏の間に溜まって失礼していたメールの返信などをすませて、久々に海外ドラマにハマって夜更かしした。
深夜になって猛烈などしゃ降りが断続的に繰り返していた。
寝不足気味で目覚めると、クロがいつの間にか帰っていた。

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鉄人の 

2014/08/21
Thu. 10:09

久しぶりに石見銀山の我が家へ帰宅した。
万善寺では本当に色々なことがあった。
毎年ほぼ変ることのない行事が続くばかりなのに、どうして毎年予測不能の出来事がおきてしまうのか不思議でならない。
仕事も坊主家業だけで1日過ぎるし、この時期の来客も毎年同じだし、お参りの顔ぶれもそれほど変るわけでもない。
石見銀山の暮らしにくらべたら、ずいぶんシンプルに暮しているはずなのだが・・・

そんなわけで、せっかくの坊主日曜を決め込んでいたら、寺のジジババのドタバタで結局あわただしく1日が過ぎてしまった。
だからと云うわけでもないが、いつまでも寺暮らしを続けていてもキリがないので、坊主から彫刻家に気持ちを切り替えることにした。
とにかくお香臭い話題ばかりが続いていたこのブログも、ひとまずこのあたりで打ち切りにしようと思う。

さて、結界君にいっぱいの荷物を積んで石見銀山へ帰着したのが夕方の5時を過ぎていた。
パラパラと雨も降っていたので、荷降ろしが厄介だったがそれもなんとか片づけた。
猫のクロが出迎えてくれた。
猫のシロは見当たらない。
「おかえりなさぁ〜い・・」
どこからかワイフの気だるそうな声が聞こえた。
赤来高原にくらべたらずいぶん蒸し暑い。
汗がべた付いて気持ちが悪いから、さっそくシャワーをあびた。
いつもの雑然とした風呂場に洗面所がいやに懐かしくてなごむ。
サッパリしたところでワイフがキーポンを迎えに出かけるからと準備していた。
それじゃぁ一緒に行こうということになって、久々のリーバイスに足を通した。
キーポンにあうのも久しぶりのことで、なんとなく気持ちが浮かれる。
ひと区切りもついた感じだし、せっかくだから久しぶりに家族3人水入らずで外食をすることに決めた。
何十年ぶりかで角をボトルキープした。
たぶん、学生だった頃以来だと思う。
つぎに来る口実も出来た。
キーポンの書いた「鉄人の」を見て、少しずつ彫刻家の吉田に気持ちが切り替わりはじめてきたことを実感した。

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坊主日曜 

2014/08/20
Wed. 09:50

久々の・・というより、8月に入ってはじめての坊主日曜にするつもりで朝からロフトでゴロゴロしている。
万善寺はインターネット環境がないから、メールの回覧も、もちろんブログの更新も、なかなか苦労してホネがおれる。

毎年のように8月と正月の万善寺が少しばかり忙しい時になると老僧夫婦の精神状態が日に日に不安定になる。
昔はそれほどでもなかったが、最近は年々激しくひどくなって収拾がつかなくなる。
これが老化だということが手に取るように感じる。
世間では80歳過ぎたジジババが介護に疲れたとかいって殺し合いをするなどという現実をよく見聞きするが、それもうなずけるほどの現状が目の前で展開されている。

月初めには日常の暮らしに若干余裕がある感じで、歳より同士独り言をいいあっている程度。
それが月半ばあたりから少しずつ常軌を逸する行為が目立ちはじめ、最近はイライラをモノにぶつけたり、ビックリするほどの汚い言葉でお互いを罵ったりしはじめる。
もちろん、その輪の中に運悪く私がいたりすると、矛先がこちらに向けられたりしてよけいにややこしくなる。
私もこうみえて(??)結構いい歳をしたジジイだから、この先しだいに老僧夫婦のように過激になっていくのだろうなと思いつつ、今のところは、彼等の足腰のおよばない急な階段の先にあるロフトへ逃げ込んで引きこもったりしてその場をやり過ごしている。

もう90歳近い二人だから、誰がどう考えてもこの先10年と生きられるわけでもないのに、余生を静かに過ごそうと自分を律する気持ちなど完全に消えうせてしまっている。
今さらになって、聞きわけよく息子の忠告に耳を傾けることなど出来るわけもなく、このまま自分の意地や理屈や我を通して益々気難しくなっていくのだろう。
そういう二人と接しつつ、一方で寝たきり介護で苦労しているわけでもない自分の現状のありがたさを感じてもいる。

前から思っていることだが、私は孟子性善説を念頭に周囲を見て自分の位置を見ているところがある。
その説が良いかどうかとか、正しいかどうかとか、そういうことはそれぞれ個人の解釈の問題だから特に押し売りするわけでもないが、とにかく吉田オヤジはそういうふうに思い考えつつ周囲とつきあっているような気がする。
寺の老夫婦にしても、結局は現代社会の激変の中で時々の常識を修正できないまま老化してしまったのだろう。
彼等にとっての正しい行いが、長い歳月の中で世間の方向と少しずつズレてしまっただけのことだと思う。
彼等を見ていると、上手に生き抜くことは難しいことだと思うし、上手に死ぬことはもっと難しいと感じる。
さてさて・・自分はどうなることやら・・・

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坊主事情 

2014/08/19
Tue. 08:08

万善寺夏の一大イベントが終わった。
さすがに疲れたのだろう、久々に朝まで目覚めることもなく爆睡した。
オヤジの健康のバローメーターになっている朝の便通も快便で調子いい。
・・・とそこまではいい感じだったのだが、なんと腰の激痛でおしりに手が回らない。
生まれつき他人(ひと)より腕が短いから、腕相撲は強いがこういう時にこまる。
「あぁ〜〜、ウォシュレットがほしい・・・」
つくずくそう思った。

万善寺周辺の手間替え組寺の中で、私がこの歳で一番若い。
他の寺は、世代交代が順調で副住職の維那(いのう)でことが進むが、万善寺にはそのような人材もなく、何から何まで私が一人でやりくりしているものだから、私が導師をつとめると組寺の誰かが維那をつとめなければいけないことになって、毎年のように一波乱ある。
たしかに、もっともだと思う。
もう何十年もそれぞれの寺で導師ばかりつとめている偉い偉いご住職が、万善寺ばかりは鐘つき回向をすることになるわけだから、全体の流れを思い出すだけでも至難の業になる。

もともとは、今の万善寺老僧が最年長だということもあって、組寺の法要の段取りを一手に仕切っていた時代があったことから端を発して今に至っている。
本当は誰が何をやっても同じにできることが一番なのだが、そこは坊主といえども一人の人間であり、それぞれに性格もあるから、ハデなことが好きな坊さんもいれば、話し好きな坊さんもいたり、万善寺の老僧のように仕切りが好きな坊さんもいるわけで、私など、その老僧のもとで何かとアレコレ言いつけられながらこの歳までやってきたから、結局は周囲の坊さんも万善寺はそんなもんだというまま何時までもたっても万善寺ばかりは私が鐘つき坊主をつとめるものだと思ったりされているわけで、ややこしいことになるのです。

まぁ、世間ではなかなか分かりにくい職業事情というわけで、本年も万善寺法要が波乱のままひとまずは終了しました。
さて、来年は老僧もどうなっているかわからないし、せめて維那だけでも何処かの若いご住職(副住職でも良いけど・・)を手間替え抜きでお願いしようかと思っている。

お参りのほうは、だいたい予想通り20人弱でおさまって、塔婆書きも10枚以下ですんで楽といえば楽にすんだ。
もっとも、老僧の住職時代は夏の布施収入で正月まで暮していたから、そのことを思うと比べ物にならないほどの収入減になっている。
これも現住職の人気の無さを物語っているわけで、やはりいつまでたってもお檀家役員さんが住職より年長であるということが、ことのつまずきの元であるとも云えるだろう。
まぁ、普通に考えれば、「青二才の若造にアレコレえらそぉ〜なこといわれたかねぇ〜よ!」と思ってしまうオヤジのプライドもあるわけで、どうせそうなら、「ワシがなんとかせにゃぁ〜どぉ〜にもならんな・・」くらいに思っていただくほどの奇特な総代さんでも出てくればいいのだけど・・そのあたりは皆さん見て見ぬふりだったりもするし、仏教帰依とか信心とか無縁の日常でなかなか難しい立場でもある。

いずれにしても、自分が出来ることを粛々と続けられたらそれでいいかなと思っている。
どうせ、せいぜい長くてあと20年程度のことだし・・・元気な檀家さんより先にくたばってアホウになって、その時になって困ってもしらねぇ〜よっ!

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万善寺事情 

2014/08/18
Mon. 09:34

断続的に降り続いた雨が夕方近くにあがった。
万善寺の庭は、雨水をタップリ吸い込んで雪駄が沈む。

庭掃除も出来ないまま、塔婆を書いていた。
お薬師さんが7枚に施食会が3枚。
先日の同宗施食会の200枚とえらい違い。
10枚分の墨をするだけで結構疲れた。
軟弱坊主には200枚の塔婆書きなど絶対出来ないなと痛感した。

夜になってお薬師さんのお堂までおつとめに出かけた。
毎年17日の夜に決まっていて、あまり前後の事情を考慮することもなくまだ元気でバリバリ働いていた老僧が決めたことがいまだにそのまま残って続いている。

次の日・・つまり本日は、万善寺盆月の一大イベントがあるのに、どうしてこんなことになってしまったかよくわからないまま私がそれを引き継いでいる。
ひと通りのおつとめが終わって、お下がりをいただいて万善寺へ帰ったのが夜の10時近かった。
ノンアルコールの炭酸で腹がいっぱいになっているし、夜も遅いからそのまま寝ようと思ったら、「刺し身がある」とか、「ご飯を食べろ」とか、「お茶を飲もう」とか、とにかくおかみさんがからんできた。

毎年のことだが、だいたいこの時期になると万善寺で内乱がおきる。
思い出せるだけでもすでに私が中学校の時代から続いている。
たった3人しかいない寺の家族が、夏の1ヶ月の間にバラバラになってしまうのだ。
1年中この状態が続いたら間違いなく家庭崩壊するだろう。
結局、誰かが我慢して、誰かが非難して、誰かが大将になって「ざまあみろ!」と納得しないとことが沈静しない。
最小の生活共同体コミュニティーでこのありさまだから、地球レベルとなると治安情勢も悪化したりしてアチコチでイザコザが絶えなくなってしまうのもわかるような気がする。

そもそもことの起こりは何なのかと原因をチェックしたらおおよそ似たような察しもついてしまうほど些細なすれ違いや思い違いや考え違い程度のことなのだが、それを一歩引いて客観的に冷静になってまとめあげるほどの術がないところに浅知恵小人の弱さがある。
身内のつきあいとなると、「一歩引く」ことに気合いの入った決断を求められるし、なかなかそこまで冷静でいられない。
結局は、誰かが死ぬかボケきるかして現在の均衡が崩れないと、こういう不具合は解消しないのだなと思う。

早朝から、さみだれにお参りが続いている。
平日は休めないという理由なのだが、それも何やらおかしいことだ。
信心は個人のもので家族の代表が受けてすませるものでもない。
そのあたりからしてすでに真の信仰心はカケラも無いなとバレてしまう。
坊主の布教の怠慢だと反省ばかりで自己嫌悪になる。
この時期の軟弱坊主は心の支えも粉砕してヨレヨレになっているのです。

そんな状況を知ってかどうか・・・久しぶりにキーポンが吉田家事情の写真を送ってくれた。
大切なオヤジのデスクがクロの寝床になっている。
いつもだったら叱り飛ばして閉め出してしまうほどのことだが、なにかしらその気にもなれないで、だらしないクロの寝姿にニヤケてしまった。
久々にキーポンがいい仕事をしてくれた。
先ほどワイフから電話も入った。
彼女は本日1日、万善寺奥様業をつとめてくれる。
円満な吉田家ファミリーに感謝です。

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ものは考えよう 

2014/08/17
Sun. 07:03

雨のやみ間の朝のうちに墓参りをすませて草刈りをしていたら、草刈り機の主軸内にある動力変換のギヤが壊れて、ノコ歯が空回りして草が刈れなくなった。
あと少しで区切りの良いところまで終わるのに、それが出来なくなった。
そのままにも出来ないから、修理に走った。
丁寧に見てもらってザックリとした見積もりを出してもらったら、部品代だけで軽く1万円を越える。
それに工賃を加えたら、新品の同等機種が買える値段になってしまったので、かなり悩んだ末、更新に踏み切った。
それでもと思って、棚行の盆例やお車代をかき集めて財布を膨らませて出かけたが、自分でもあきれるほどのものすごい予感と的中率で、1000円札の束と硬貨の小銭が全て無くなった。

もうすぐ万善寺の施食会だというのに雨が降り止まない。
時々遠雷も聞こえてくるし、そんなこんなで庭掃除などの外の営繕も遅々として進まない。
そんな中、新調の草刈り機を積んで石見銀山の吉田家へ久々に帰宅した。
ワイフとキーポンはあいにく留守で逢うことが出来なかったが、猫のシロがかいがいしく出迎えてくれた。
ダッコされるのがヘタクソなわりにダッコされたがって甘えてくる。
私のことをまだ覚えてくれていたようで、ゴロゴロ咽を鳴らしてすり寄ってきた。
同じゴロゴロでも猫のゴロゴロのほうがずっといい。

予期せぬトラブル続きでお観音さんの功徳の支えも期待できなかったかとガッカリ意気消沈して石見銀山へ帰宅したから、シロの甘え鳴きには心から癒された。
作業着を脱いでシャワーをあびて、久々の書斎でデスクワークにとりかかった。
マイ冷蔵庫をあけると、7月の末に冷やしてそのままになっていたホワイトベルグがあったので、チーズを探し出して、食べかけの菓子パンをかじりながら昼食の変わりにした。

少し落ち着いた頃に、どこからともなくクロの鳴声がした。
書斎へ入り込んだのかとふり返って見たが姿がみえない。
土間をうろついているのかと思ってそのままにしていたら、また近くで鳴いた。
なんと、デスクトップの机の下で寝ていた。
すぐ近くで人間を無視して寝ていたわけだ。
どうしようもない自己虫猫だと思ってムッときたが、それもクロらしい仕草だと思い直した。

ものは考えようで、ひとの気持ちなどどうにでも変る。
棚行2日分の流した汗がアッという間に新しい草刈り機に変ったことも、軽く5年以上使い倒して寿命になって、自然の流れで更新の時期を迎えていたのかもしれないし、十分に元はとれている。
作業中の指のケガも、焦りは禁物と身をもって教えてもらっていたのかもしれない。
お観音さんの功徳のおかげでこの程度ですんで、おまけにホワイトベルグも美味しくいただけた。
クロの態度に平常心の重さを教えてもらったような気もする。
寺への帰り際に、新調草刈り機試運転もかねて、駐車場の草刈りをしておいた。
少しばかり気持ちも晴れた。

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老化の山里 

2014/08/16
Sat. 03:21

遠雷と時々思い出したように激しく降り続く雨音で目が覚めた。
例の如く、どうでもいいような考え事が堂々巡りになってしまって結局目が冴えた。
しばらくゴロゴロしていたが眠気も去ったし、どこからかロフトへ潜り込んだ甲虫がブンブン飛び回ったりし始めたのであきらめてラップトップのスイッチを入れた。

このところ万善寺単身赴任が続いていて毎日似たようなことが繰り返されているから、これといって新鮮味のないブログ記事が延々と続いている。
そのわりにオヤジのつまらん愚痴ネタへアクセス件数はいつもの2倍近くなっているから、お盆休みのみなさんがよっぽどヒマをもてあましていらっしゃるのだろうと勝手に想像している。

小学校の頃は万善寺前住職で現老僧の自転車の荷台に二人乗りして棚行を務めていた。
中学校に入って、その自転車をお下がりでもらって、前住職は50ccのバイクに乗るようになった。
当時は、島根の田舎の山寺の坊主がバイクに乗るなど画期的なことだった。
やがて時が過ぎ、今では私がバイクに乗って棚行を務めている。
・・・ところが・・・
今年は、それが出来ないで今までになく棚行に苦労した。
今も降り続いている長雨のせいだ。
結局、8月のはじめに棚行がスタートして終わるまで、1日くらいだっただろうか、雨が降らなかったのは・・
そんなわけで結界君が大活躍したわけだが、それも限界がある。
田舎の畦道ほどの道の先にあるお宅へ訪問などしようとすると、やはりバイクのフットワークには勝てない。
車の乗り降りも腰に負担で、疲労がたまるばかりになっている。

まぁ、なにわともあれ、ひとまずお盆務めのひと山は越えた。
これから、観音さんや薬師さんなどの夜の務めと万善寺の施食会に大般若会が控えている。
今年も、雨降り以外はおおむね似たような夏の行事が続いているが、やはり気になるのはお檀家さんの高齢化。
1年の間に世代交代があって棚行の先が施錠されてお仏壇へたどり着くことが出来ないお宅も増えた。
昨年までお盆帰省であいていた家がそれこそ荒れ放題の空き家になっていた。
1年ぶりの再会を楽しみにお茶飲み話をされていたお年寄りの姿が何人か消えた。
湿っぽい話と愚痴話は増えた。
それに・・・
犬小屋で鳴いていた黒の秋田犬がいなくなっていた。
おばあさんにかわって留守番のマルチーズがお仏壇の前の私にすり寄ってきた。
一匹だけだった乳牛模様の猫に、似たような小猫が3匹ばかり増えていた。
長生きのいつもの黒猫がずいぶんと老けていた。

万善寺の老夫婦を見ていても、色々な日常のなかでずいぶん老けたなぁと思うが、赤来高原の山里も確実に老化している。

写真

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坊主の愚痴 

2014/08/15
Fri. 08:45

万善寺のある集落の地名は「保賀(ほが)」という。
戸籍番地では下来島になっている。
一方、吉田家のある石見銀山は自治会名を「駒の足」という。
戸籍番地はカタカナのイロハで区分けされて、「ハ○○」となる。
何かと事情もあっただろうが、その裏事情の一つに、同和問題や差別被差別を払拭するために昔の地名を解体して記号番号に区分けする手段が島根県の各所に浸透して今に至っている。

田舎坊主は宗派関係なくお盆の棚行をお務めする。
この棚行には意味も謂れもあるが、それを言いはじめたら長くなるから割愛するとして、まぁ、とにかく一軒の家に多いところで4ヶ寺の棚行があったりする。
だから時々棚行の先で真宗さんと遭遇することがある。
だいたいがニアミスで回避するのだが、それが避けられない時もたまにある。
だから、私は真宗西本願寺さんのお経本を頭陀袋にしのばせている。
・・・ということは曹洞宗の坊主が、棚行で真宗門徒さんを訪問していることになる。
今どきに考えるとおかしな話に思われるかもしれないが、島根県赤来高原の坊主事情はそういう形でゆるやかな拘束の元に宗派を越えて交流がはかられている。
元を正せば神仏宗派なんもかんも行き着く先はだいたい同じところへ落ち着くわけだから、わざわざ意地や立場を通して堅苦しいことにならないでもいいだろう。

毎年のことだが、今年も棚行の先々でそのような昔の話題にシブシブ立ち入ることも多々あった。
逆に世間話の名のもとに、吉田家のプライベート事情へズカズカと立ち入られることもよくある。
疎遠なようで情報筒抜けの田舎暮らしではそこらへんのさじ加減がなかなか難しい付き合いになるから、田舎行政が補助金や助成金に飛びつくIターンやUターン事業の受け入れがうまくいかないところでもある。
なかなか残念なことだが、地域に根付く永年の風習のようなものは行政の統廃合で地名を変える程度のオマツリごとでなんとかなるようなものでもない。
やはり、新旧歩み寄って「こんなもんだ・・」というあたりからつつましくでしゃばらないでお付き合いを続けるしかないことだと思う。

このごろになって、坊主はどうもそのあたりでシャンとしなければいけないのかな・・と思うようになった。
万善寺近所の真宗さんの各寺院は、見事に住職交代が進んで世代が変った。
自分がボォ〜っとしていたら、一気に万善寺が年寄りになってしまった。
棚行の出合い頭でお互いに名乗りあわないとどこの坊主かわからないままに別れることになったりする。
お盆のUターンで里帰りも、どっちがアタマでどっちがシッポか分からないまま我が物顔に大騒ぎするお客様面の孫や曾孫に家主が振り回される。
たった2〜3日のことで身内の采配も難しいほど、先祖伝来の家土地を守る家主が老化しているし、若い坊さんは融通が利かないし、そんなドタバタでお盆も棚行もどうでも良くなる。
三日も持たないお盆Uターンのド田舎に、1年2年IターンUターン暮らしなど夢のような話で、そんなに甘いもんじゃないですよ・・・
いくら住処をあてがっても、気に入らなければすぐに出て行きますよ。
吉田家のネコチャンズなど、三食昼寝つきでも常に脱走を画策しているんだから。
まぁ、奴らはそのうち帰ってくるだけかわいいけどね・・・

棚行も終盤をむかえた軟弱在家坊主の愚痴でありました。

写真 1

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一杯の晩酌 

2014/08/14
Thu. 07:54

万善寺へ単身赴任して半月がすぎた。
ジジババが気に入るかどうかは別にして、ほぼ毎日夕食を一品つくっている。
昨夜は、ヘルシーにうどんとそばをゆでて夏野菜を添えた。

健康オタクのおかみさんは、塩や醤油や砂糖や油や・・とにかく身体への影響や効能の独り言を添えて、その割に揚物や煮物に偏ったおかずをよく作る。
もう長いことそういうおかみさんのおかずを食べ続けている老僧は、その中でもさりげなく好き嫌いをチョイスして食べわけているものの、なにかしら限界があって出されたものにまったく箸をつけないこともよくある。

ちょうど3年前の夏は、彼の体調が崩れて、ひと夏持たないかもしれないと真剣に考えたことがあった。
ものを食べなくなって見る見る痩せて足に力も入らなくなってフラフラになった。
診察をしてもらっても、別にこれといって病気の進行もないし、老化による体力の衰えと栄養失調くらいの診断しか出てこないし、結局、夏の2ヶ月のあいだ毎日栄養剤の点滴で通院し、秋風が吹く頃になってようやく少しずつ物を口に入れるようになった。

やはり、固形物を口に入れるということがとても大事なことのようで、体力の維持にはそれが最も効果的であるということがよくわかった。
私は、一杯の晩酌が欲しくなくなったら体調が悪い証拠だと素人診断している。
老僧も似たようなもので、今のところ毎日二人で晩酌を欠かさない。
日頃の暮しぶりから、毎年確実に老化していることは十分判断されることだが、それでも老人なりに体調がいいようだ。

坊主をしていると、ドクターでもないのに日常の付き合いの中でひとの寿命を客観的に計ったりしているところもある。
ちょっとした所作の乱れや、会話の不具合で老化を敏感に感じたりしてしまう。
濃密な付き合いの家族のあいだでは、そういうことも日常のことで気にならないこともあるだろうが、たまにしか会話のない付き合いになると、かえってダイレクトにその時の不調がわかってしまうこともある。
今年も、今まで棚行の先で何軒か新亡のお写真に遭遇することがあった。
昨年まで元気に会話があったひとが故人になっている。
ご家族のお話では、「そういえば、あのとき・・」と、あとになって故人の遺言らしき会話を思い出されることもあったらしい。
日頃のあわただしさの中で、簡単に見過ごしてしまう些細な心身の変化もたくさんあっているのだろう。

自分の欲や立場や財産は墓場まで持っていけるわけでもないし、後悔や心残りに悶々と死ぬより、さっぱりと潔く死ぬことがいいと思う。
適当なところで執着を離れ、きれいさっぱり次代後輩に譲り託すくらいの余裕がほしいものだ。
せいぜい、元気で生きているうちからこういう練習を続けておきたいものだね。

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無用の用 

2014/08/13
Wed. 03:49

猛暑や長雨、台風襲来と色々ある島根県だが、そんな中、吹奏楽の島根県大会も終了し、キーポンの暑い夏が終わった・・と思っていたら、そうでもないようだ。

〜〜〜〜〜
13日も1日部活です。
14日も1時まで部活です。
15日は休みです。←(お盆だし、当然でしょう!!)
16日は模試です。
17日も模試です。
18日から補習開始です。
夏休みなんてありません。
〜〜〜〜〜〜
よしだfamilyのLINEに書込んでいた。
どう考えても学校がやり過ぎに思えてならない。
ここまで絶え間なく学校へ拘束されていたら、かえってやる気も失せてしまう気がするな・・オヤジだったら・・

そんなことを思いつつ、午後の昼寝(寺暮らしではこれが習慣になっていて、昼休み中にドタバタすると老僧夫婦の機嫌を損ねる)を早めに切り上げて本堂の荘厳にとりかかった。
一人で須弥壇の模様替えや五色幕の飾り付けなどをする。

万善寺の本堂はほぼ正方形に出来ていて周辺の寺院の中では小ささで1・2を争っている。
小振りの本尊さまは、たぶん木心乾漆の珍しく十一面千手千眼観世音菩薩さま座像。
この観音さまの由来から、観音堂のような寄棟造りになったのかもしれない本堂が珍しい。

そういう外観からも想像できるように、仏具荘厳などの収納スペースがほとんどない。
壁際や縁側まで、至る所に前後上下積み重ねて片づけたつもりにしている。
実に乱雑混沌としていて落ち着きのない本堂になっているのだが、老僧夫婦の60年間の蓄積だから無闇に手を付けることがはばかられて今に至っている。
最近は、宗務所からやたらとでかいポスターなどがサイサイ送られてくるから、それを老僧が見つけたりすると、ところ構わずすぐにアチコチペタペタ貼り出したりして余計に収拾がつかない。

そもそも、本堂は必要最小限のものが整然と荘厳されてあるから、ご本尊さまの威光に輝きが増す。
何もない空間があるから、僧侶の読経や鳴り物が広がり染渡り抜ける。
その何もない空っぽなところに大きく奥深い意味があることだ。
学校も教室も同じだと思う。
詰め込みすぎると身動きがつかない。
人間も同じだと思う。
詰め込みすぎると何かにつけて余裕がなくなる。
学問しようなどという意欲も失せる。
・・・みなさん、そう思いません??

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雨上がり 

2014/08/12
Tue. 05:55

日に日にお盆が近づいている。
島根県でも赤来高原のあたりは8月の旧盆がほとんどで、組寺の施食会も8月に集中する。
お盆の棚行は寺それぞれで、ほぼ1ヶ月続く寺もあれば3日ですませる寺もある。
万善寺はもう半世紀以上前から棚行日が決まっていて、いまだにそれをほぼ踏襲している。

そうやって決まった日に棚行をつとめながら、その合間に寺の営繕や荘厳や墓掃除などの作務をつとめる。
特に忙しいというわけでもないが、気ぜわしい感じが続いて、それに老僧夫婦のこともあるから、どうしてもお盆前のこの時期になるとイライラが溜まってストレスの解消が難しくなる。

老僧の方は自分が現役を引退したと自覚できているから、かなり我慢をして私の挙動に見て見ぬふりをしてくれているので比較的気楽に毎日を乗り切ってくれて助かっている。
おかみさんの方はなかなかそういうわけにはいかなくて、盆行事のことごとくに采配を行使しようとする。
昔と同じようなことが通用しないことはわかっていると思うのだが、それを受け入れる術を思いつかないところもあって、時代の対応に不具合が生じる。
二人とも人生のほとんどをそれぞれの立場と役割を分担して助け合って在家坊主の暮らしに染まって生きているから仕方のないことだ。
現役を引退した老僧には後継者の私がいるからなんとか気持ちも切り替えられるが、おかみさんには後継者がいないから引退がうまくいっていない。
そのあたりの身内の不具合が寺族のストレスになってしまっている。

台風の長雨が続いて外仕事が出来ないでいたが、久しぶりに雨も上がったので草刈りと墓掃除をした。
どちらも長い間棚行の裏番組でおかみさんの仕事になっていたから、それを私が横取りしたかたちになって、彼女にとってはいろいろ気に入らないことをすぐに口に出す。
いちいち聞いているのもキリがないから、すべて流してやりたいようにできるようにチャッチャとことをすませている。

3時間で墓掃除を終了した。
なにごとも目に見えて変化していくことがすがすがしく気持ちがいい。
鬱蒼とした雑木林に佇む墓地には、長雨でタップリ水を含んだ落ち葉が絨毯の如く広がっている。
今年は久々に朴の落ち葉を見た。
今まで気付かなかったことだが、墓地の近所に朴の木が育っているようだ。
椎の実も落ち葉に助けられてアチコチで根付いていた。
今年は当たり年だったようで小さな山梨の実が転がっている。
その気になって収穫したら結構な量になっていたろう。
墓地の霊気もあってか、やっかいな下草がはびこることもない。
掃除で溜まった落ち葉は腐葉土に変ってやがて山に帰ることになる。
椎の幼木はどれほどが生き残って成長するだろう。
雨続きで心身ともに湿っぽい毎日が続いていたが、久々にいい汗をかいた。

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小欲知足 

2014/08/11
Mon. 04:55

変な時間に目が覚めて、そのまま眠れなくなって、手元の文庫本などめくっていたら、どんどん目が冴えて仕方ないから、プチプチキーボードをたたきはじめて、気がついたら朝になっていた・・ヤレヤレ・・・

万善寺老僧でも90歳近くなっていまだに閑居もままならない日常で四苦八苦しているから、その子で弟子の私など「閑居」という言葉など全く非現実的な空想の世界を漂っているだけにすぎない。

世間はお盆に近づいているが、坊主家業ではすでに盆月に入っていて、毎日が改良衣の暮らしを続けている。
隣町の禅寺で施食会があった。
施食棚中央に三界万霊位を荘厳して200枚ほどの塔婆回向をご住職が一人で行う。
それだけで軽く30分立ちっ放し。
80歳をすぎてなかなかの体力と感心。
1枚1000円として・・・などと俗に流されて指折り暗算。
参詣の檀家さんでビッシリの本堂は床がたわむほどになって蒸しかえっている。
ことごとく万善寺とはえらい違いだ。
これから先近い将来、末寺の統廃合を考えるとなると、このお寺に吸収合併される選択肢が無難かなぁ・・。
30分の間、ぼんやりとそんなことを思い続けていた。

島根県も万善寺のある赤来高原は広島県との県境に近いから8月のはじめはどうしても原爆の話題が避けて通れない。
寺のおかみさんも毎年のように原爆の落ちた音を自宅の庭で聞いたと娘時代の話を必ず持ち出してくる。
物心ついてからでも、半世紀の間延々と聞き続けているから新鮮味もないし感慨も皆無だが、事実の重さとしては十分に受け止めていられると思っている。

だいたいが私的にそれなりに我がままに政治とは一番遠いあたりに暮し続けていて世のマツリゴトに無感動にすぎているのだが、それにしても今年の平和記念式典のコピペスピーチにはあきれて心乱れた。
一国の長ともなると、あのくらいの強心臓でないと勤まらないんだなと改めて感心した。
集団的自衛権の拡大解釈に至っては羊群平民程度に見下された国民を愚弄するほどの暴君と化している。

人類の歴史は戦争と殺し合いの歴史といってもいいほど都合よく善悪の使い分けを駆使して絶え間なく同じ間違いを延々と繰り返している。
坊主的にいうと、これが人のもつ「業(ごう)」というやつだろう。
どんなに聖人君子でも、結局はこの業の呪縛から抜け出せないまま老化して退化する。
物欲の強さに求心力を頼る一握りの人が損得で徒党を組めば、その大小問わず同じ穴のムジナの縄張り争い程度のことだが、それにしても浅ましく欲深いことだ。
その程度のことで振り回されてしまわなければいけないところがなんともやりきれない。

ナンチャッテ在家坊主ごときでも、道元さまのお言葉のひとつ「小欲知足」くらいは見聞きしている。
お釈迦様の八正道に通じることと思っているが、この実践も仏教の真義のひとつなのかとも思う。
小欲であり足るを知る生き方は、一方で今の世の中に背を向けることの勇気を求められているのかもしれない。
若いうちは欲も意欲に繋がるし新鮮だ。
自分の計り知れない可能性を追求することも必要だ。
そうはいっても、いつまで若いわけでもない。
歳相応に分をわきまえることを見失わないようにしたいと思う。

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吉田家LINE構築計画 

2014/08/10
Sun. 07:40

只今10日早朝。石見銀山は台風の影響もなく雨も風もまったくいつもと変わりない・・というよりとても静かな朝になっている。
それでも、松江の方は結構強い風も吹いているようだ。
東西に長い島根県の事情がこういう時によくわかる。

台風がこなければ、キーポンの学校は昨日から会場の近くで一泊して、早朝からホール練習して、それから吹奏楽の島根県大会で演奏することになっていた。
結局順延になって気の抜けた感じの1夜になった彼女は、午前0時過ぎまでオヤジの隣で大騒ぎしながらアメリカドラマを見ていた。

昨日は、いつも通り万善寺を出発していつも通り棚行をすませた・・・と云いたいところだが、赤来高原の方は朝から梅雨のような雨が降り続いていて、結局改良衣にクロックスに素足というなんともへんてこなスタイルで1日を過ごした。
今年になって出雲の市街地に引っ越しをしたお檀家さんがあって、その1年目ということもあるし、お仏壇の新調入佛のこともあるしで、いつもの棚行をすませたその足で出雲まで走った。
坊主家業も福祉事業やボランティアじゃないから、こういう収入に繋がらない赤字業務は事業縮小すべきだと普通に思っているが、イザとなると根っからの温厚で優しい性格のオヤジはどうしても情に流されてしまう。
お経をすませてお茶を一杯いただいて、それから石見銀山へ向かった。
途中、例のへんてこスタイル改良衣のままスーパーで買い物をした。

なんとも発展性のないオヤジの1日が粛々と過ぎている間に、吉田家次女のノッチは日本を出国した。
2014年8月9日から10日にかけて彼女の記念すべき人生の節目になった。
こういう時のためにと、しばらく前にキーポン指導の元で吉田家LINE構築計画が実行に移されて、更に家族透明度が増した。
対外的にはオヤジのブログがその一役を担っているから、時々お立ち寄りの熱心な吉田家愛好家(というより暇人)の皆様には、手に取るように吉田家事情がチェックできていると思われる。
別に隠すほどのことでもないし、特に悪い事をしているわけでもないから、多少の見解の相違でムッとくるようなことがあってもせいぜいしれたものだと思っている。
そんなわけで、ホットな吉田家の近況をどうぞ・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ノッチ
そうとうアタフタして日本を出国しました。
いま飛行機の乗り換えで韓国です。そのまま金浦空港で乗り換えだとおもってたら、まさかの違う空港発でビクビクしながら高速バスに乗って仁川空港まで来ました。
早くも大冒険中です。

なっちゃん
最近毎日が一瞬で過ぎちゃうのが何か寂しい(´∵`)もっと1日を大切にしてもっと周りの人達を大切にしよう❁‼︎と改めて思った1日でした。

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吉田家限定節句縁日 

2014/08/09
Sat. 08:28

嵐の前のようでいやに静かだ。
雨も風もやんで国道を走る車の走行音とカラスの鳴声が万善寺のある保賀の谷に響いている。

このところ棚行が雨続きで新調の雪駄がどんどん汚れる。
汚れた足でお仏壇の前まで歩くわけにもいかないから、おじゃまの先々でもたつく。
足袋をはくと余計に床や畳を汚しかねないから、素足で失礼させてもらっている。
このような様子を老僧が見たら、とたんに機嫌が悪くなるだろう。
もう半世紀も棚行をしているが、だいたいが夕立程度でこんなに朝から1日中雨が続くことはなかった。

ナンチャッテ坊主オヤジがドタバタしているあいだに、吉田家の家族にもそれぞれそれなりに幾つかのドラマがあった。
まずは久しぶり登場のじゅん君。
夏の甲子園も雨続きで予定が狂っているようだが、島根県の吹奏楽県大会も台風で順延になったりして親も子も、関係の先生達もドタバタが続いている。
そんな中、じゅん君が指揮をする中学校吹奏楽部が金賞になったらしい。
今年の4月から産休先生で吹奏楽を引き継いで4ヶ月。
自分の試験勉強もしないまま校務と部活で明け暮れていたようだが、ひとまずは大任をはたしたことになるだろう。
自分の将来のこともあるし、オヤジとしてはもっとクールな現状認識が重要だとも思うけど、じゅん君もまぁそれなりにいい歳した大人でもあるし、自分の考えもあるのだろう。

キーポンは、じゅん君のすぐあとに吹奏楽大編成の部で演奏する予定だったが、台風のおかげで順延になって会場も変更になった。
さて、これがどのような結果になるか・・・吉とでるか凶とでるか・・・
当の本人は数日前から体調絶不調で、これから病院へいってみるらしい。

オヤジをあてに出来ないワイフは、じゅん君のことやキーポンのお世話で東西に長い島根県を東奔西走している。
日頃遠距離は運転しない人だから、結構な緊張感でなかなかに疲れていることだろう。

東京のなっちゃんとノッチは、彼女達の人生ではじめての共同生活を数日間続けていた。
それも今日でひとまず打ち切られる。
吉田家でなっちゃんだけがまともな堅実社会人になっていて、名ばかりだがボーナスもある。
そのなっちゃんが一週間足らずの共同生活で、ノッチを手厚くサポートしてくれていたようだ。
今も、羽田で実況中継してくれている。
やはり荷物が重量オーバーで追徴金を取られるようだ・・・かわいそうだが笑える。

そしてノッチは、本日台風に向かって日本を脱出する。
行く先はシンガポール共和国。
指定された7kgの重量をクリアー失敗!
少し前のライン情報だととにかく羽田で搭乗手続きに入っているようだ。
オヤジが出来ないことを、ノッチがひとつずつ片づけてくれている。
このことは、寺の老夫婦には絶対にオフレコでなければいけない。
彼等が知ったらパニックになるだろう。

2014年8月9日は吉田家にとって・・というよりオヤジにとって忘れられない節句縁日になった。

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無学のすすめ 

2014/08/08
Fri. 08:04

久々に雨が上がったので少しだけでもと思って夕方から草刈りをした。
今年は草刈りの回数も減ってしまったから、寺の周囲の至る所がイノシシの遊び場になっている。
近づくと獣の匂いがプンプン漂ってくる。
こうしてイノシシが暴れているとマムシが現れない。
世の中というか自然の循環というか、色々な場面で色々な駆け引きがあって、なかなか面白いものだ。

時間が前後して、昼過ぎには隣町にある同宗の寺で施食会があった。
参詣の皆さんも暑い中、寺の急な階段をヨチヨチと登っていらっしゃった。
役員の皆さんもかいがいしく立ち働き、信心の深さを感じた。
こういうことを比べてもしょうがないが、万善寺のお檀家さんに見せてあげたいと思った。
坊主の出来の違いがこういう時にバレてしまう。

ナンチャッテ坊主は、寺内の身内の仕切りもまともにできなくてドタバタしている。
いつの頃からかどのあたりからこんなに収拾のつき難い尖った暮しぶりが続いてしまったのか、今さらになって反省ばかりの寺暮らしが続いている。
老僧は新聞を読むこともテレビを見ることもしなくなった。
おかみさんは晴れたら畑仕事。時々庭の草取り。寝る前のテレビ。
このような暮らしがもうかなり長く続いている。

通院の待ち時間に暇つぶしと思って老僧へ禅語の文庫本を渡したら、10秒も持たないで返されてしまった。
社会福祉から届いたおかみさん宛の研修参加の書類を本人へ渡したら、「そんなもん出る気はないけぇ〜ねぇ〜!」となぜか凄い剣幕になって書類を突き返された。
現在の社会情勢に無知無学であるということは、一方でそれなりに面倒な悩み事をしないですむし、それが気楽でいいのかもしれない。
90歳になって向学心も消えうせて、本能で生きはじめてきた老夫婦を見ると、日常のストレスは絶え間がないものの、それはそれで二人仲良く歳を重ねて最小限の介護に救われながら頑固に生きているわけで、そう云う暮らしもなかなか捨てたものでもないかな?と思ったりしてしまう。

久々に石見銀山の吉田家へ帰宅した時、久々に猫と戯れた。
本人(猫)たちは迷惑なことだろうが、それでもしばらくは我慢してオヤジの我がままにつきあってくれた。
無表情ながらにかわいいものだ。
その無表情がなかなかに泣かせるところでもある。
特に、クロの感情の平静さは頭が下がることもシバシバで、在家坊主の浅知恵を見抜かれてしまったようでヒヤリとした。

イノシシやら猫やら、色々教わるところも多い昨今となっている。

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贅行もまた良し 

2014/08/07
Thu. 10:12

いくつか用事があって久しぶりに石見銀山の吉田家で一晩過ごした。

赤来高原の万善寺を出発する頃は久々に雨も上がって蒸し暑さだけが残っていた。
万善寺営繕の草刈りも長雨で手付かずのままだったので、本当はこういう時に少しでも片づけてしまいたかったのだが、なかなか自然を相手に自分の思うようにはいかないものだ。

おかみさんの小言になかなか閑居もできないまま盆月になって、日頃から朝晩の本堂献茶湯を日課にしている老僧のおつとめもしだいに熱が入って丁寧になってきた。
老僧と前後して私が本堂務めなど始めるとかえって彼の日課を乱すことになりかねないので、静観を常にして合間を見て風通しなどをしたりしているが、この降り続く長雨のおかげでそれもままならない。

日頃、老夫婦の二人暮らしに慣れているから、親子とは云え私のような異分子が入り込むと色々不具合が生じて暮らしが乱れる。
いい歳をした大人ジジババのたった三人だけの暮らしなのに、不思議なほど日常の平静が乱れる。
三人三様、それぞれ思うこと考えることが違って、そのズレが広がるいっぽうになる。

一人ひとりにとっては意味のある正しい行いだと思っていても、他人にとってはそれが邪魔に感じたり余計に思ったりすることがよくある。
こういうことは、隣近所の遠近はあっても社会生活の至る所に横行しているから、他人の付き合いには「そんなもんだよ・・」的バリアを張り巡らしておたがいの干渉を最小に食い止める努力があるから、深刻な事態になるまえに回避できる術を心得て暮している。
ところが、家族となるとそこまでクールにつきあえない現実がある。
これがなかなか厄介なことだ。

石見銀山の吉田家も、現在3人家族で暮している。
こちらの方はキーポンがそれなりにいい具合にオヤジとワイフの間を泳いで都合よく反抗期を使い分けて我がままを通している。
彼女なりの処世を心得ているところがある。

案の定、久々の四畳半オヤジの書斎は留守を良いことにキーポングッズであふれていた。
聞くところによると、ネコチャンズまで自由に狭い書斎へ出入りしてアチコチでゴロゴロくつろいでいるらしい。
吹奏楽の島根県大会があと2~3日に迫っているキーポンは、昨夜もホール練習で10時過ぎに帰宅した。

テーブルには制作途中の縁起グッズが散乱している。
現在の彼女の頭には、課題曲や自由曲の音符がビッシリ詰め込まれているのだろう。
書斎を乗っ取られたオヤジにとっては無駄な行為にしかみえないキーポンの痕跡も、現在の彼女にとってはそれなりに十分意味のある重要な行為なのだろう。

親子の歳の差はいつまでも縮まることがない。
親はいつまでも親で、子はいつまでも子であるわけだが・・・
家族の付き合いは、なかなかシンプルに自分の都合のいいままであることもできないもんですなぁ・・

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8月の長雨 

2014/08/06
Wed. 07:09

万善寺ロフトで眠れない1夜を過ごした。
このところ、赤来高原から島根県中国山地の山間部は連日雨が降り続いている。
棚行や坊主の手間替え法要も雨続きで、雪駄と足袋がどんどん汚れるし、洗濯をしても乾かないし、坊主には坊主なりの心配苦労が絶えない。

心配というと万善寺裏山の地盤のこと。
この半世紀の間に都合3回は地崩れしていて、その度に境内の地形が変わって、少しずつ山が庫裏に迫ってきている。
万善寺の境内地には、東西に渡って3箇所ほどの地下水脈が南北に走っている。
本堂を正面に、左はおかみさんがせっせと耕している畑地の西端。
その畑も昔は田んぼで稲を作っていた。
その頃は水田用の水が大事なこともあって、斜面からしみ出る地下水脈と用水路の併用で高台にある水田の水量を維持していた。
マサ土を透ったきれいな水だったから天然のワサビも育っていた。
中央の水脈は、本堂東端割れ梵鐘の真下を走っている。
農耕地を駐車場に切り替えた工事の時に湧き出ていた地下水があまりにもキレイだったので、水質検査をしてもらって井戸を新設した。
年間通して枯れることがないほどの水量が確保されている。
一番東端の水脈は、駐車場のもっと東にある隣の農耕地と隣接する境界のあたりにある。
この水脈も西端とおなじで、斜面からしみ出た水が水田の用水に程よい役割を続けていたが、その水田を耕作放棄してからは厄介な湿地になってしまった。

ようするに結構な水量の地下水脈の恩恵を受けて水に困ることがないまま万善寺とその一帯に続く農耕地の歴史が今に至っているわけだが、一方でこうした長雨が続くと、いつもはありがたい水がいきおい心配のタネに変ってしまう。

おかみさんの発案で本堂裏山の松と雑木の林を伐採してから、とたんに中央の地下水脈が増量した。
それの影響か、裏山を支える石垣が少しずつ膨らんできて、崩壊の危険が増してきた。
本堂の東側が少しずつ沈んできて縦柱の基礎石沈下が加速している。
伐採のことをひと言檀家さんに相談してもらえれば、もっと良い案もあったかもしれない。
いまさらアレコレむし返してもどうしょうもないことだが、自然の営みは正直だと思う。

降り続く雨の保水力も限界になったところで、今どきのゲリラ豪雨などが一気にやってきたらチッポケな山寺などひとたまりもないだろう。
ロフトの天窓の向こうに降り続く雨音を聞きながらそんなことを思っていたから眠れなくなってしまった。
雪駄や足袋が汚れる程度のことの苦労など別にどうでもイイヤ・・と気にならなくなったところで白々と夜が明けてきた。

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理想と現実 

2014/08/05
Tue. 07:50

棚行がはじまった。
万善寺は私が住職を引き継いでからあとの近年、宗派関係なく日頃からお世話になっていたりお付き合いさせてもらっていたりしてご縁のあるお宅を中心にだいたい100軒くらい棚行させていただいている。
少年時代は自転車に乗って20km先のお宅まで棚行したりしていたが、最近は結界君が活躍してくれて距離も時間もずいぶんに近くなった。
まぁ、かわりに燃料代がバカにならないけどね・・

前住の老僧がバイクで少年の私が自転車で、二人で200軒以上棚行していた頃もあった。
今では軒数も半減しているが、結局私が一人で全て引き受けているから坊主の仕事量はこの半世紀変わることがない。
自分も年ごとに確実に1歳ずつ老化しているから、そろそろ夏の坊主イベントも身体にこたえるようになってきた。
老僧の時代は不便ながらもそれなりに手厚いおもてなしも豊富だったから、行く先々で世間話に花が咲いたりして、棚行も1日がかりだったりすることも多かった。
今では、代替わり共稼ぎで留守だったり、介護施設の入所で留守だったり、絶縁で留守だったり、転居で留守だったり・・・で、山寺を中心にどんどん高齢化と過疎化が進行している。
坊主にあるまじき下世話な話だが、棚行の心ばかりの盆礼も、消費税の圧迫や年金暮らしの困窮で毎年下方修正せざるを得ない事情もある。
支出は増える一方で収入は減る一方・・・これが田舎の山寺の実態なのだ!

台風の影響が残っているのだろうか・・近年には珍しく8月に入って雨が降り続いている。
昨日も傘を使うのが微妙なほどの雨が終日降り続いていて、棚行坊主としてはとても厄介なことになった。
背に腹は代えられないから、雪駄をクロックスに、白衣をひとえものに、足は足袋なしの素足スタイルに切り替えた。
なんとも形容のしがたい坊主スタイルになってしまった。

午後から石見銀山の方でちょっとした用事があったから、そんな格好のまま赤来高原から移動した。
石見銀山の町並みは道が乾いていて蒸し暑い。
着替えるのも面倒なのでそのまま用事をすませ、ついでにワイフの愛妻昼食をありがたくいただいた。
案の定オヤジの書類がしいたげられて書斎がキーポン部屋に変わっていた。
ネコチャンズとしばらくぶりに対面した。
シロは色気のシナをつくって甘えながら抱っこを要求してきたが、クロは相変わらず無表情で奇妙なスタイルの坊主オヤジをほとんど無視していたから、無理やり抱っこしてやった。
しばらく吉田家でくつろいでその足で燃料を補充してスーパーで食料を調達して夕方近くに万善寺へ帰った。
おかみさんのなんとも味気ない老人料理に老僧が閉口している様子なので、鳥の肉料理を造ってあげた。
私の寺暮らしが始まってから、老僧の晩酌が連日になった。
健康オタクのおかみさんは血圧がどうとかコレステロールがどうとか、相変わらず小言をおかずに残り物を片づけて犬猫並の粗食に満足している。

坊主暮らしに染まりつつある私は、100円前後の豆腐一丁に刻みネギ生姜と少々の醤油が夕食の定番になっている。
これにお中元で届いたアサヒスーパードライがあれば十分。
欲を言えば、おかみさんの小言と大音量のテレビのかわりに、ビバルディーあたりがさりげなく流れてきたりすると最高なんだけど・・・冷ややっこにはあわないかなぁ・・

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吉田家の一日 

2014/08/04
Mon. 06:52

例年より一週間近く遅れて万善寺暮らしがスタートした。
現代彫刻小品展の期間中は会場へ缶詰めだったから幾つかの用事が停滞して、そのしわ寄せがしばらく続いた。
結局色々なことが中途半端のまま片づく見通しもないし、いつまでもキリがないので早起きをして荷造りを始めた。

寺で必要な書類やデスクトップ等はだいたい書斎にあるから、それらを空き箱や手提袋へ詰め替えて一箇所にまとめる。
年に何回かこういうことが繰り返されるから、まぁ、長期旅行に出かける時のようなもので、おおよその段取りはいつも似たようなものだし、特に改まった荷造りはしない。
かえって、バラバラに荷造りした方が結界君へ積み込みやすいし、何より寺の唯一の個室ロフトへ運びあげることが少し楽になる。
この階段の上り下りが年々つらくなる。
足腰が弱ったことがこういう時によくわかる。
そんなことを思いながら、今年もプチ引っ越しをすませた。

それにしても、最近オヤジの寝床占領が再開したキーポンのおかげで今年は荷造りに苦労した。
いつもは四畳半の真ん中に荷物を広げて仕分けするのに、それが出来ない。
自分の居場所がキーポンに乗っ取られることだけはなんとか避けたいと思っているが、こうしてしばらく留守にしなければならない事情もあるし、これから彼女は本格的な受験勉強に入るだろうし、もうすでに彼女の勉強道具がオヤジの書斎のアチコチに散乱しはじめているし、たった3人だけの家族なのにまたオヤジの家庭内ジプシー暮らしが始まりそうな気もする。

荷造りというと、ノッチもちょうど同時間帯に自分のアパートで荷造りをしていたようだ。
そちらの方は、仕事の関係で長期にわたって日本を留守にすることになったからオヤジの引っ越し程度ではすまない。
「やっと荷物トランク2つに入れたけど目茶苦茶重いの!!完全に重量オーバーなんだけど・・」
寺のロフトへ落ち着いたその日の夜に電話があった。
なかなか苦労しているようだが、自分で決めたことだからそれはそれでしょうがない。
そうそう、長男じゅん君の参加している楽団は吹奏楽一般の部で島根県代表になったらしい。
吉田家仕切り人姉御なっちゃんは、1杯の生ビールを飲むためにバイト君たちと高尾山へ登山したらしい。
ワイフは万善寺粗品のラッピングをしてくれた・・・ようだ。

2014年8月3日・・・吉田家のメンバーに少しばかりの動きがあった。

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風に非 

2014/08/03
Sun. 05:44

島根県はしばらく前に台風がやってきて、それからあと猛暑が続いた。
7月の台風が少ないなぁと思っていたら、8月早々やってきた。
風雨を心配したが、今のところそれほどでもない。

猛暑の中現代彫刻小品展を開催して、終わったあと事後処理の事務を急いだが結局時間切れで万善寺のお盆務めが始まった。
石見銀山のあたりは7月のうちにお盆をすませる。
万善寺のある赤来高原のあたりは8月がお盆になる。
これから約1ヶ月、毎日改良衣で棚行し、手間替えの施食会で組寺をまわる。

万善寺の施食会は大般若会と一緒に8月18日に行われる。
昔は17日の夕方に寺の狭い境内で盆踊りをして、その後観音様の供養法要に塔婆回向と説教をした。
引き続いて18日は大般若会があって、それが万善寺お盆の一大イベントになっていた。
宗派を問わず近隣から信心の参詣があって、まだ少年だった私は大勢の参詣客で賑わうお盆の夜の熱気に圧倒され興奮してなかなか眠れない夜を過ごしていたことを覚えている。
今の東堂さんやおかみさんにとって、お盆の最中気配りの絶えない忙しい日々が続いていただろうが、それはそれで活気もあって張合いもあっただろう。
その頃は、隣近所からまかないのお手伝いさんを5〜6人お願いして、帳場や塔婆書きもお願いして、賑やかで盛大な法要が営まれていた。

今は当時の面影も皆無で、とても静かなお盆が続く。
寺の営繕も寺務もほとんど私一人ですませてしまう。
少年の頃からお手伝いしていた棚行は、軒数も半減して手伝いもないまま一人ですませる。
たった半世紀の間に、時代の流れは大きく変わって仏教が昭和の歴史に取り残された感じだ。

こどもの頃から仏教漬けで暮していて、若い頃に一人暮らしをしていた時も盆正月は万善寺の作務や寺務のお手伝いをしていたから、この歳になるまで仏事と絶縁の暮らしをしたことがない。
頭で覚えたり勉強したりすることもなかった仏教だが、ものの考えや行動のアチコチになんとなく世俗とは違う坊主家業の特異性が染みついていて、それが普通に自分の心に溶け込んでいたりする。
改めて思うとどことなく奇妙な感じも受けるが、彫刻の制作やテーマかたちなどには確実にそのあたりの感覚が作用していることに気付く。
これも、持って生まれた縁だからいたしかたないところでもある。
こんなもんだと思って死ぬまでこんな感じの暮らしを続けるしかないことだろう。

台風の風雨を聞きながら昨夜遅くまでお盆参りの檀信徒の皆様用に万善寺粗品を造り続けた。
あとはワイフが体裁を装ってくれる。
せいぜい多くて20~30人分程度の数だからできることだ。
今年の粗品にはアクリル絵の具で「非風非幡」と書かせてもらった。
いつまで続くかわからない粗品造りも、気持ちが萎えるまでは続けていこうと思っている。

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田中さんの彫刻 

2014/08/02
Sat. 09:17

石見銀山の吉田家から先日終わった浜田こども美術館の現代彫刻小品展へ移動するのは、日本海に沿って東西に延びる国道9号線を使うルートが一般的で、最近はそれに自動車専用の山陰道が少しずつ完成していて、その区間のチョイスに若干迷うが結局そのまま惰性で9号線を走ることが多い。
万善寺から浜田へのルートも幾つかあるが、私はノーマルな江の川沿いを日本海まで延びる街道を走ることにしている。

いずれにしても、浜田までの道中の通過点になる江津市に根付け彫刻の作家が在住する。
根付けというと、江戸時代を中心にして大流行した実用を兼ねた手乗り彫刻で、当時は象牙などの高価な輸入材料を使ったりして精巧な造り物に仕上がっている。
今では根付け専門の彫刻家が日本各所に点在していて、少数ながら世界にも彫刻家が広がっている。
江戸の頃は島根県の江津市を中心に私が暮す大田市あたりに根付け彫刻の産地があった。
その筋で有名な彫刻師を多数輩出し、「石見根付け(いわみねつけ)」ブランドの嗜好品として広く知れ渡っていた。
その後明治維新を境に、欧米の文化が日本の日常の暮らしに入って根付けの利用価値がなくなって、制作も減って作家も減った。
一方、根付けの方は骨董品とか日本文化嗜好で外国の好事家を中心に珍重収集され、その価値も日本より世界の方で高まっている。

江津に暮す田中さんは、みずから独学で根付け彫刻を勉強し、ほとんど退化していた地元の根付け彫刻を復活させたほどの人で、私にとっては島根の彫刻振興に欠かせない人だと思っている。
現代彫刻小品展をはじめたときから、何とかしてその田中さんに彫刻を出品してもらえないかと各所に相談したり問い合わせたりもしたがなかなか良縁がないまま数年過ぎた。
辛抱のかいあって、一昨年に直接お話しする機会を得て、昨年から彫刻を出品してもらえるまでになった。
今年は出品をいただいた上に、福光石の彫刻へ挑戦もしていただいた。
2日間で二体のカッパを制作された。
石彫は初体験だということだったが、なかなかの出来栄えになっていた。

だいたい彫刻家に限らず、美術家を自負する人は気難しいことが多くてプライドの高い人が多いから、よっぽどのことがないと仲良くお付き合いをすることが難しい。
特に私などのように鉄を使ってわけのわからない抽象彫刻(自分ではちゃんと筋道通ってますよ!)を造ったりしていると、なんとなく見て見ぬふりのスルーされることがほとんどだったりするから、こうして田中さんに彫刻展とお付き合いしてもらえることが何よりもありがたい。
テーマのことや技法造形のこと、時代性の斬新さなど、気にすればキリがないこともあるが、島根の片田舎の彫刻展はそんなことは些細でどうでも良いことで、まずは現代に息づく彫刻と彫刻家の活気を感じてもらうだけで十分だと思っている。

石見銀山で次回開催の展覧会で5年目が終わる。
さて、6年目があるかどうかわからないが、彫刻の発表や展覧会もどんどん複雑になっている昨今、制作者も鑑賞者もみんな一緒になってもっとシンプルに彫刻の面白さと付き合えないものかと思って始めた彫刻展だから、こうして田中さんとお付き合いもできるようになったし、吉田としては当初の構想の実現が見えてきはじめたようにも思っている。

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2014-08