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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

小欲知足 

2014/08/11
Mon. 04:55

変な時間に目が覚めて、そのまま眠れなくなって、手元の文庫本などめくっていたら、どんどん目が冴えて仕方ないから、プチプチキーボードをたたきはじめて、気がついたら朝になっていた・・ヤレヤレ・・・

万善寺老僧でも90歳近くなっていまだに閑居もままならない日常で四苦八苦しているから、その子で弟子の私など「閑居」という言葉など全く非現実的な空想の世界を漂っているだけにすぎない。

世間はお盆に近づいているが、坊主家業ではすでに盆月に入っていて、毎日が改良衣の暮らしを続けている。
隣町の禅寺で施食会があった。
施食棚中央に三界万霊位を荘厳して200枚ほどの塔婆回向をご住職が一人で行う。
それだけで軽く30分立ちっ放し。
80歳をすぎてなかなかの体力と感心。
1枚1000円として・・・などと俗に流されて指折り暗算。
参詣の檀家さんでビッシリの本堂は床がたわむほどになって蒸しかえっている。
ことごとく万善寺とはえらい違いだ。
これから先近い将来、末寺の統廃合を考えるとなると、このお寺に吸収合併される選択肢が無難かなぁ・・。
30分の間、ぼんやりとそんなことを思い続けていた。

島根県も万善寺のある赤来高原は広島県との県境に近いから8月のはじめはどうしても原爆の話題が避けて通れない。
寺のおかみさんも毎年のように原爆の落ちた音を自宅の庭で聞いたと娘時代の話を必ず持ち出してくる。
物心ついてからでも、半世紀の間延々と聞き続けているから新鮮味もないし感慨も皆無だが、事実の重さとしては十分に受け止めていられると思っている。

だいたいが私的にそれなりに我がままに政治とは一番遠いあたりに暮し続けていて世のマツリゴトに無感動にすぎているのだが、それにしても今年の平和記念式典のコピペスピーチにはあきれて心乱れた。
一国の長ともなると、あのくらいの強心臓でないと勤まらないんだなと改めて感心した。
集団的自衛権の拡大解釈に至っては羊群平民程度に見下された国民を愚弄するほどの暴君と化している。

人類の歴史は戦争と殺し合いの歴史といってもいいほど都合よく善悪の使い分けを駆使して絶え間なく同じ間違いを延々と繰り返している。
坊主的にいうと、これが人のもつ「業(ごう)」というやつだろう。
どんなに聖人君子でも、結局はこの業の呪縛から抜け出せないまま老化して退化する。
物欲の強さに求心力を頼る一握りの人が損得で徒党を組めば、その大小問わず同じ穴のムジナの縄張り争い程度のことだが、それにしても浅ましく欲深いことだ。
その程度のことで振り回されてしまわなければいけないところがなんともやりきれない。

ナンチャッテ在家坊主ごときでも、道元さまのお言葉のひとつ「小欲知足」くらいは見聞きしている。
お釈迦様の八正道に通じることと思っているが、この実践も仏教の真義のひとつなのかとも思う。
小欲であり足るを知る生き方は、一方で今の世の中に背を向けることの勇気を求められているのかもしれない。
若いうちは欲も意欲に繋がるし新鮮だ。
自分の計り知れない可能性を追求することも必要だ。
そうはいっても、いつまで若いわけでもない。
歳相応に分をわきまえることを見失わないようにしたいと思う。

写真 2


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2014-08