工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

彫刻スイッチ 

2014/09/30
Tue. 05:43

延々と続いた溶接のせいで、それでなくてもシミだらけでジジイ顔のオヤジの顔はすでに3回目の皮が剥けて惨憺たる状態になっている。
目と鼻の先で強烈なスパークの紫外線が飛び散っているから仕方のないことだ。
本当はそういうことを避けるために溶接用のゴーグルやメンがあるのだが、いちいち脱着をくり返していたらいつまでたっても仕事がはかどらないし、鬱陶しいだけのことなのでどうしても紫外線に素顔をさらすことになる。
防じんマスクもそのあたりのホームセンターにあるものでは、ガスの微粒子を防ぐまでには至らないから、花粉対策用の使い捨てマスクと2つ重ねて使っている。
まぁ、いずれにしてもこんな状態で彫刻の仕事をしていると身体にいいわけがない。
それを自覚しながら、自分の身体をだましだまし酷使している。

今回の彫刻は、溶接の総距離がやたらと長かった。
今までの3倍くらいはあっただろう。
多分そのせいもあってのことだろうが、オヤジの乏しい眉毛とまつ毛の抜け毛が激しい。
いつのまにか日焼けした皮と一緒に抜け落ちているようだ。
いまさらこの歳で眉毛が無くなっても若干人相が悪くなる程度だが、まつ毛の抜け毛は非常に困る。
気のせいか、グラインダーの切削粉がやたら頻繁に目に飛び込むようになった。
反対にビックリするほど鼻毛は伸びるのが早い。
気がつくと小鼻の横の方までカールして反り返った鼻毛が伸びている。
人間の身体は、意外と環境の変化に敏感に対応できているのかもしれない。

顔の変化はやたらいろいろ目に付くが、体力や精神力となるとなかなか見た目で実感することが難しい。
それでも体力は確かに年々落ちていると思う。
若い頃は平気で運んでいた鉄床や万力が、最近は重く感じるようになった。
腰にこたえることが一番つらい。
人生の3分の1はこうやって重たいものと付き合って身体を酷使しているから当然のことだろう。
こういう肉体の衰えは、だましだまし上手に付き合っていくしかない。
問題は精神力・・つまりやる気。
これがだんだん倦怠する。
つくりたいと思う彫刻の形は不自由なく浮かんでくるしまだまだワクワク感もあって、いまのところ枯渇に悩むこともないでいられている。
ところが実材に入ったあとの集中力が続かない。
それでなかなかこまっていたが、最近になって原因は肉体の衰えだと気づきはじめた。
まずは腰の痛み。そして視力と腕力の減退・・・これにつきる。
仕事をしながらその対応をいろいろ工夫して、まずはこまめに休憩をとるようにした。
長距離ドライブと似たようなものだ。
ポットのコーヒーと1冊の文庫本。
若干ペースダウンになるがこれでずいぶん気持ちが整理できて作業の失敗も激減した。
そして何より効果的なのが、作業の一部を次の日に残しておくことと掃除。
これを毎日くり返すことで、工場での毎日の仕事スイッチが一気にONになる。
ひとそれぞれだと思うが、吉田の場合は調子がいい。

ひとまず六本木の彫刻は先が見えた。
これから1ヶ月かけて石見銀山の彫刻展を開催して、11月になったら幾つかのクラフトをこなしながらもう一つデカイ彫刻を造ろうと思う。
それが出来たらなんとか年が越せる気がする・・・

IMG_2849.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

搬入開始 

2014/09/29
Mon. 08:59

彫刻の制作が一段落したので、展覧会(といっても石見銀山・・)の準備を再開した。
自分も制作しながら展覧会の事務をするということは、とにかく上手に気持ちを切り替えることをしていかないと混乱するし、進退の差も広がるし、何かと難しいことだ。

六本木の展覧会など、島根の田舎者は自分の好きな彫刻を好きなようにつくって若干の手間をかけて搬入出する程度のことだが、六本木を中心に首都圏一帯の関東に在住される彫刻家の皆さんはそういうわけにもいかない。
生活の仕事もあるだろうし、それをやりくりしながら制作を続け、展覧会の運営で多数のミーティングや業務をこなし、そういうことが年間通して延々と続き、その上に展覧会の会期が近づくと全国から集まる彫刻の受け入れ作業や事務も増える。
自分の生涯人生を彫刻展に捧げているようなものだ。

そう思うと、島根の片田舎で小品彫刻の展覧会をすることなど、関東の彫刻家の皆さんとは比べようのないほど気楽なものだ。
面白いもので、最初から島根の田舎での作家活動しか経験したことのない彫刻家の皆さんはそんな関東の作家の苦労を知ることもなく、気がつかないうちにけっこう我がままに制作や発表をしていることもある。
自分の彫刻の陳腐さを棚に上げて、ついてくる評価への不満ばかりがつのってしまう発展性の望めない田舎の大将が横行する。
名声や受賞ばかりを気にして、楽な発表へ流される作家も多い。
全国を相手に勝負をかけることを最初から放棄している諸氏もいらっしゃるようだ。

そんな田舎環境で吉田の周辺を見渡すと、たった片手ほどの一握りの彫刻家であるが、彼等は寝食忘れてほんとうに一生懸命に心を込めて制作に努めている。
そういう姿勢があるから結果も出るし、全国と対等に付き合えて成果につながる。
今日はこれから地元島根で搬入作業をする。
共同搬入本番の彫刻積込は明日でそのための準備で1日気が抜けない。

10月中旬から六本木と島根の二箇所でそれぞれの彫刻展がはじまる。
これから約1ヶ月続く彫刻の秋本番がスタートした。

IMG_2868.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

 

2014/09/28
Sun. 06:46

いろいろ考えることがあって眠れない夜が続いている。
それが少しずつ癖になって日中の倦怠感に繋がる。
あまり良いことではないがしかたがない。
悩んでもしょうがないことだとわかっているのにふとしたことで頭に思い浮かぶとなかなか消し去ることが出来ないまま目が冴える。

1年の中でバラバラの幾つかの仕事が一気に集まって収集が尽き難いほどの過密で濃密な日々が続くこの1ヶ月が毎年同じように巡ってくるのに毎年同じように過ぎることが無くて、予測し難いまま眼前の事実をひとつずつ片づけるしかないことになってしまう。
そもそも、自分のペースでものごとを片づけることが出来ないところが問題だ。

まぁ、そんな感じで少々疲れ気味のオヤジなのであります。
六本木での彫刻展にむけて制作真っ最中の作家が、自分の周囲に片手ほどはいるかなぁ・・
みんなそれなりに苦労して毎日を乗り切っているのでしょう・・・
もう30年も前になるけど、あの頃は吉田夫婦の2人だけでセッセと彫刻をつくって梱包して搬入して陳列作業をして搬出して、そんな彫刻一色に染まった2ヶ月くらいがアッという間に過ぎていた。
彫刻以外の仕事がシンプルだったし、寺の方もまだ副住職で気楽なものだったから、とにかく彫刻のことばかり考えていれば良かった。
最近になって、あの頃がとても懐かしく思い出される。

数年前に東堂さんの病気で今のような大変な思いをしたことがあった。
今年もその時のことがくり返されつつある。
もう90歳近くにもなるし、年々弱っていくことは仕方のないことだが、こうして一番忙しい時に限って仕組んだように東堂さんの体調不良が加わって右往左往する。
この度の不具合を乗り切ったとしても、さてあと1年元気でいられるかどうか・・・
もう十分に自分の人生をのり気って、思い残すこともなく、あとは静かに大往生をむかえることだけだと思うのだが、なかなかうまく気持ちを切り替えることが出来ないまま、まだまだこの世に未練が残っているようでもある。
いちばん大変な思いで世話をしているのは、東堂さんと同じように歳取ったおかみさんだが、これもまた結局は人の世話にならないとどうしようもないところがあって、それらのことごとくが私のところへ回ってくる。
これも運命とあきらめるしかないことだ。
それでももうしばらく・・・せめてあと5日ほどは辛抱して欲しいと思う。
欲を言えば、11月になるまで身体をだましだまし辛抱しておいて欲しいな。

今の私には、寺の年寄りと付き合えるほどの余裕はありません。

IMG_2793.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

彫刻搬入間近 

2014/09/27
Sat. 07:12

吉田家の一部屋にワイフの彫刻制作工房がある。
だいたい8畳くらいの広さがあるが、制作スペースは2畳くらいしかない。
この近年の彼女の彫刻制作工程には乾燥時間が最低半日くらい必要なので、比較的のんびりと時間を調整しながら作業を進めているように見える。
反面、彫刻の乾燥に併せた生活になるので、徹夜の制作になったりすることが多い。
私より若干若いとはいえ普通に限りなくおばあさんに近づいたおばさんだから、体力や体調のことも考えると、無理をして欲しくないなぁと心配になる。
そのうえ、今年はクロが病気になって調子が悪くなった頃から彼の生活パターンが夜行性に変ってしまったものだから、ワイフの深夜制作とシンクロして夜が空ける前からウロウロニャァ〜ニャァ〜にぎやかでしょうがない。

いっぽう私の彫刻制作は、金槌と鉄床と溶接や溶断やグラインダーの切削研磨ばかりでとにかくうるさい作業がひたすら続くから、工場を中心にしてとなり近所の迷惑のことも気遣うと、よほどのことがないかぎり夕方の日が暮れるころにはその日の仕事を終わらせることにしている。
周知の如く、いつもはニートオヤジで時間の融通も自由だから、特にこれていって制作に追われて焦ることもないはずなのだが、1年に数えるほどの大作になると色々気も使うし、せっかくだから出来るだけ妥協の無い納得できる彫刻にしようと思うから、どうしてもギリギリまでメモ帳のデッサンを描きちらし、工場の鉄板にチョークのドローイングをくり返している。
実材に入ったら前日の作業終了にあわせて次回1日の制作工程を決めながら少しずつ彫刻の完成を目指す。
あらかじめ準備万端こまめに制作スケジュールを決めてあっても、結局はいろいろな不都合が生じてなんの役にもたたないことは経験でわかっているから、そういう無駄なことはしないようにして、その時々の流れに逆らわないこまめな短期的予定をつなぎながら制作を続けている。

地元搬入が3日後に迫っていて、ワイフはどうか分からないが、私の方はけっこうそれなりに焦っている。
目先の予定としては本日の半日で実材の制作が終了するはずになっている。
その後彫刻の組立を確認したり展示の構成を決めたり作品の撮影編集などを終わらせる。
ワイフの搬入も手伝うことになる。
もう長いこと彫刻をつくり続けているから特に気持ちの集中が絶えることも無いが、いっぽうで変な惰性と慣れのようなものもあったりして、それが時々つまずきのもとになったりすることもある。
最後まで気を抜かないで緊張しておかなければいけない。
布団のぬくもりにつつまれてクロの甘ったるい鳴声を聞きながら、今は自分にとってとても大切な時なんだなぁと、なんとなく改めてそんなふうに思った。

IMG_2796_20140927071134f72.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

目出度い葬儀 

2014/09/26
Fri. 08:10

1年のほとんどの寺務が通勤坊主で、盆と正月は単身赴任ですませている、なんとも曖昧な在家坊主を続けながら彫刻を造っている。
自分でも無駄が多いなと思いながら、改善の糸口もみつからないまま一日が過ぎ半年がすぎまた一年が巡ってくる。

石見銀山の暮らしで久々に自治会の葬儀をお手伝いした。
行年96歳という大往生のおばあさんを町内組内で見送ったわけだが、自分にとっては公私を含め、この近年・・・というより、かつてないほどの賑やかな葬儀になった。
筆を持ちなれているからということで、ほとんど暗黙に決まっている記帳役を1日務めた。
葬儀の朝から帳場の列が絶え間ない。
のし封筒の表書きを延々と帳面に写し取る。
遠近の親族だけでもあふれるほどの人数。
90歳を過ぎてこれだけ多くの参列があるということは、生前の故人の人柄とか世間の付き合いの広さが偲ばれる。
こういう賑やかで目出度い葬儀は久々のこと。
お手伝いをしていても清々しくて気持ちがいい。
残された身内のお考えだったのか、人の一生を締めくくる最後のイベントだから、損得関係なく八方手配を尽くされた気遣いが潔い。
喪主をお孫さんへゆずられたのも、世代交代の粋なはからいに感じる。
せちがらい今の世の中で、こういう葬儀も珍しいことだと思ってしまう自分がいた。

万善寺のお檀家さんでここまでの葬儀を仕切れる人物はいないだろうな。
東堂さん夫婦のこともあるし、なんとなく漫然とそろそろ心安い近所の方丈さんへ相談でもしてみようと思っていたが、早めに行動へ移した方がいいかもしれない。
高齢化と過疎が進む田舎では、地域集落のみんなで葬儀のお手伝いをするということもなかなか難しくなってきた。
それでも今のうちになんとか工夫すれば地域の風習として伝承できる。
そういう気もする。
今の時代は、何でもかんでも簡単に銭勘定ですますことになれすぎていると思いませんか?

「利益」と書いて、仏事では「りやく」と読む。
お釈迦様の教えから自他共に功徳を得ることで幸せな心もちになれる・・そういう精神でいられるということに清らかさがある。

IMG_0091_20140926080929885.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

銀山街道の夜 

2014/09/25
Thu. 08:06

お地蔵さんの法要で数珠くりをした。
台風の接近で断続的に雨が降っていつもより風も強い。
こんな悪天候だと普通ならめんどくさくなって特に高齢者だと家にとじこもってしまうだろうとお参りに期待していなかったが、それでも大人9人、子供2人と昨年より若干増えた。
今年の案内は、秋恒例稲刈りのお昼の休み時をねらって訪問したことが良かったのかもしれない。
それにしても、お檀家さんのお参りは5人と少ない。
万善寺の布教営業活動もまだまだ実績につながりません・・・

現役引退の老僧がいつに無く激しくぶっ飛んだ。
久々の本堂仏事参加で嬉しかったのだろう。
お経本も持たないで勝手に覚えている場所をとばしながらリピートしていた。
二つ三つのお経が入り乱れて一つになっていた。
数珠くりになるとデカイ声で指示が飛んでお参りの若いおくさんが本堂中をドタバタ動き回っていた。
少し前まで風邪気味で伏せっていたわりにはいやに元気だ。
修行と信心のパワーは凄い。
ワイフがつくってくれたお茶口の幾つかは子供の口に合ったようで、飛ぶように無くなっていた。
お年寄りは、おかみさんの煮しめをパクついていた。
おつとめの間、時折激しい雨音が聞こえていたが、ほぼ1時間の数珠くりが終わった頃は小降りになっていた。
大地蔵菩薩さまの功徳の御陰かな?

石見銀山吉田家の町内会組内のおばあさんが96歳で大往生された。
ワイフがお通夜に参列した。
葬儀は私が変ってお手伝いする。
浄土宗の葬儀で曹洞宗の坊主が帳場を務める・・・なかなかありそうで無いことだ。
こういうことも地域の行事や仏事の裏表が分かって良い経験になる。

そういう事情もあっていつもだったら万善寺ロフトでひと晩明かすが、今回は夜のうちに石見銀山へトンボ帰りすることにした。
国道から銀山街道へ入って自宅前の駐車場まで、すれ違った車はトラック1台と乗用車3台。
45分の道のりでたったそれだけ・・・雨も降るし、風も強いくて見通しも悪いし・・・
最初はイタチ(テンかもしれない?)が横切った。
数匹の猿がガードレールに座っていた。
白黒模様の小猫が中央ラインの上でこちらを見ていた。
轢きそうになった。
ウリボーが二匹トンネルに入る前の道を横切った。
よく見ると、反対車線の土手にデカイイノシシがいた。
久々の雨にわき出したカエルが夜の道で跳ねている。
ハンドルへ小さな衝撃が伝わる。
アチコチで轢きつぶしたはずだ。

昔々、今から二千年以上前のこと。
お釈迦様とお弟子さんの修行の旅で、雨期の頃になると一箇所に留まって90日間の修行に入られたとか・・・それが夏安居のはじまりとされている。
虫や小さな動物の無駄な殺生を避けるためであったらしい。
なんと心根の行き届いたことか・・・
夜中に耳元でうるさく飛び回る一匹の蚊にイライラして蚊取り線香丸ごと使ってその燻し煙にむせながら寝ているようなナンチャッテ在家坊主には、死ぬまで出来ないことでしょうね。

IMG_0080.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

縁日 

2014/09/24
Wed. 07:39

1年が過ぎるのは早い・・・と、この時期になるとそう思う。
まぁ、1年に何回かはそんなふうに思うことがあって、その中でも1・2を争うくらい強くそう思う。
彫刻の制作と、万善寺の年中行事と、宗門定例総会(何故かこの時期)とが毎年必ずやってきて、身動きできないほどの窮屈な毎日を過ごすことになる。

毎月24日はお地蔵さんの縁日。
1年に12回巡ってくる縁日の中で、万善寺では9月の24日を一月遅れの地蔵盆にして数珠くりの供養法要をすることになっている。
秋のお彼岸中日もこの時期だから仏事節句や縁日がいっしょになって巡ってくる。
だいたい禅寺には六地蔵さんが安座されていて、万善寺も同様のこと。
だから古くからお地蔵さんの縁日法要が続いている。
賑やかな秋の夜の法要になんとなく子供心にウキウキ興奮してなかなか寝つけない一夜であったことを覚えている。
お釈迦さんのお誕生の話や、かさ地蔵さんの話や、賽の河原の話などの幻燈機上映会があって、子供たちもそれを楽しみにしていた。
本堂の漆喰の壁に映し出される薄暗い絵をドキドキしながら見入っていた記憶がある。
語りは現東堂さんがしていた。
お参りも多くて、大きな数珠の輪に何十人もの大人子供がしがみついていた。
まだテレビもなくてラジオを聴きながらご飯を食べていた時代の話です。

さて、今年の地蔵法要の朝は近づく台風の影響で雨になっている。
風はまだ強くない。
ワイフがセッセとお茶会のくちとりを作ってくれている。
この近年お参りはせいぜい多くて10人程度。
先日も準備をしていたらおかみさんにお参りも少ないからもうやめてしまえといわれた。
前住職の代からことごとく仏事に口を出し続けているおかみさんは、寺の布教や行く末よりも現実の損得で考えを決めてしまうようなところがある。
学生で島根を離れている間に幾つかの仏事がなくなっていた。

大げさな話だが、地球環境といっしょで一度無くなったものの再生には計り知れないほどの苦労がある。
細々とでも続けていればそのうち流行りがぐるっとひと回りしてくるかもしれない。
とくに仏事は一人ひとりの信心の問題だから、お参りが最後の一人になっても続ける必要があるし、お参りゼロでも巡ってくるご縁日にはお経の一声を欠かしてはいけないと思う。

IMG_2790.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

撥遣(はっけん) 

2014/09/23
Tue. 07:09

彫刻制作の仕事をひと休みして、撥遣のおつとめに出かけてきた。
「撥遣」とは(はっけん)と読んで俗に言う「御霊抜き」のこと。
寺ごとに微妙な作法の違いがあって、代々師匠から引き継いだ秘法になっていることが多い。

万善寺もいつの頃からか引き継がれた作法らしきものがあったようで、老僧が引退する前には何度かその話を聞かされてきたが、すでに若干のボケも入ったりしてからのことだったので、なかなか正確に引き継ぐことまでには至っていない。
撥遣に必要なお経は経本に載っているが回向まではなかなか見つからなくて、老僧の書いた筆文字を解読したりしてワープロで打ち変えたものをファイルするなど、なかなか引き継ぎに苦労している。
本当は、本堂の須弥壇へ向かって口移しに練習できればいいと思うが、東堂さんと一緒に本堂へ行くと、途端に現役導師に変って自分の世界に入り込んでしまう。
よく言えば彼にとってはマイペースに自身の修行世界に入っているのだろうが、教わろうとしている私にとってはなかなかツボの押さえ所が掴めなくてダラダラと流されてしまう。
そのうち、興味津々のおかみさんがヨチヨチと這ってきたりしてもう収拾がつかなくなる。
だいたいがそんなふうに過ぎてしまうし、とにかく東堂さんが生きているうちに出来るだけ多くの情報を収集しておこうと思うから、このところドライブにつれだして、世間話の間にさりげなく作法を聞き取ったりしている。

さて、その撥遣のこと。
独身一人暮らし家長の死亡で絶えてしまった家の取り壊しが決まって、そのまえに仏壇や仏具を親族に引き取ってもらうことになったわけだが、残された身内親族の間で仏事関係の一連の引き継ぎが躓いてしまった。
結局は京都住まいの末の弟が引き取るのがスジだろうということになって、彼の仕事の都合で日程が決まって、私が呼び出されることになった。
その彼は、私より10歳近く年上で、小さい頃には時々絵を教えてもらったりして遊んでもらうほどの仲だった。
その後、彼は好きな絵の道へ進学しようと京都へ出て勉強して今は美術系の予備校や趣味の絵画教室を経営して先生をしている。

島根の田舎からそうやって美術系へ進む連中など一握りのことだから、噂話のネタになったりして、けっこう知る人ぞ知る人(ややこしい・・)になっている。
そういう一風変った人生を歩いている人のことだから、仏事に関しての持論もあって彼なりの宗教への解釈も加わってなかなか難しい状況を背景に、撥遣をお務めすることになった。
こういう時は、とことん具体的に目に見える形でひとつひとつの所作に意味を込めてyes・noをはっきりと示しながら粛々と仏事を進めていくことがいいと思っているから、そういう態度でおつとめした。

まともに真っ直ぐに修行を重ねて裏表のない清らかに暮す坊主であれば、こういう撥遣の心身負荷もさらりと逃がせるが、私のような軟弱ヨレヨレ坊主はなかなかそういうわけにもいかない。
おおよそ半日がかりのおつとめにグッタリ疲れて、肩の重さもいつになくズシリとこたえる。
彫刻制作の過酷な労働も軽く感じるほど心身ともにとにかく疲れた。
帰宅して遅めの昼食のあと、少しの休憩のつもりがいつの間にか爆睡になっていて、気がつくと夕方だった。
その夜、石見銀山の自宅近所のご高齢のおばあさんが闘病の末亡くなったと知らせが入った。
万善寺地蔵縁日の夜が通夜になるだろう・・・

IMG_0083.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

退屈 

2014/09/22
Mon. 05:32

このところどうもラップトップの調子が悪い。
というより、なにかしらウエブ関係のアプリに不具合が多い。
こうしてダラダラと日々ブログを書いていても、なにかしら何処かでつまづくことが増えた。
iOSを8に変えたことも影響しているのかもしれない。
iCloudが便利に使えるようになってから、知らない間にそれに頼りすぎていたのかもしれない。
まぁ、とにかく理系とはまったく縁がないままこの歳になって、いまさらシステムや使用環境の不具合を解明しようなどと思うこともないが、こういうことが再々起こると画面をひらくたびにどこかしらドキドキしてしまって身体に悪い。

少し前の何事もなく快調に使用していた時に、「吉田家の身内のことチョットしゃべりすぎてるんじゃない」と、ワイフに注意された。
そんなに毎日たくさんの訪問が続くわけでもないし、自分の備忘録も兼ねていることだから、特に気にもしないで続けていて、それがイザという時けっこう重宝する。
そろそろ彫刻の制作も佳境に入って、搬入移動のことも考えないといけない頃になったし、寺関係では秋のお彼岸の中日もすぐで、万善寺恒例の地蔵法要もある。
この時期のように幾つかの行事や用事が重なったりしてしまう時は、1年前の今日とか2年前の今日とかすぐにチェックできてとても都合がいい。
そもそも、これといってドラマチックでもないオヤジの毎日に隅々最後まで付き合ってくれている物好き(失礼!大切な読者です!)がどれだけいるかと云うところだ。
飽きもしないで長文を読んで付き合ってもらっているのは、せいぜいなっちゃんやノッチと、彫刻でお世話になっている親しい友人のHさん程度のことで、ありがたいと思いつつそのくらいのことならオヤジとその周辺の私生活を別に窮屈に取捨選択で隠し立てする必要もないと思っている。
通りすがりに吉田へ引っかかった方々や、時々の業務報告や、各種行事のお知らせに反応される方々もあったりするので、そういうところで退屈のないように、写真を数枚添えておくことが管理者のささやかなお礼というかお返しというか、まぁそんなふうな日々をくり返しているわけであります。

せっかくここまで読み進めてこられた方々に感謝を込めて・・・たまにはオヤジのマメ知識をご披露。
先ほど前文で使用した「退屈」とは・・・実は仏教に起因した言葉だということらしい。
仏教の修行において、その厳しさや苦しさに耐えかねて「退き屈する(しりぞきくっする)」ことになってしまう修行者に向けた叱咤激励の言葉であるということです。
何事も目標に向かって努力することはエネルギーを使う。
スタミナ切れでリタイヤしたり挫折することを「退屈した」と言ったのでしょうね。

IMG_2778_20140922053201c22.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

坊主の秋 

2014/09/21
Sun. 05:30

溶接焼けで真っ赤な顔がまだ落ち着かないまま改良衣に着替えて出かけた。
早朝の石見銀山の町並みは、観光さんもいないしお店のオープンもまだだし、とても静かだ。
セキレイが鳴いている。
朝の風がヒンヤリしている。
結界君の窓は昨夜の冷気が露になっている。
もうすっかり秋になった気がする。
エアコンのクーラーも使わないですむようになった。

銀山街道をひたすら上って中国山地の赤来高原へ着くと、稲の実った田んぼのアチコチでコンバインが動いている。
最近のお百姓さんはほとんど100%に近いほど兼業農家ばかりだから、週末から土日にかけて一気にお百姓仕事を片づけることになる。
高齢化の進む集落のほとんどは営農組織を作って委託農業になった。
ひと頃は農作物の年収で楽に暮せていたが、今では補助金と年金に頼ってその中から委託料も支払うことになって、なかなか厳しい暮らしになったそうだ。
「それでも、毎日新鮮な野菜が食べられて、病院と薬代が払えるけぇ、まぁそれで良しとせにゃいけんですがぁ」
米を作りながらメロンをやめ、大和芋をやめ、今は腰に負担のかからないハウスピオーネに変えてJAに出荷しているお百姓さんがそういっていた。

「こんにちわぁ〜、おかげんどぉ〜ですかぁ〜」
「お地蔵さんの数珠くりのご案内置いときますけぇねぇ〜」
「ほぉ〜、今頃が剪定の時期ですかぁ〜」
ひと月遅れの地蔵盆法要の案内を持って、万善寺を中心に近場の集落の家々を戸別訪問した。
例の如くで、ほとんどのお宅が秋の稲刈り真っ最中。
お留守番のお年寄りに声をかけたり、お昼休みでくつろぐおじいさんと世間話をしたりしながら2時間くらいでぐるっと一周した。
途中、寺務の用事があって久々に総代さんへ会った。
東堂さんと同じ歳なのにかくしゃくとして頭もしっかりしている。
お金の絡むデリケートな話をさせてもらった。
なかなか渋い顔つきで笑顔が苦い。

それから東堂さん夫婦の様子を見に寺へ寄ったら、その東堂さんがベットで寝ていた。
昨夜から体調が悪くなったらしい。
せっかくだから休日診療へ誘ったが、それも面倒なほど気弱になっていた。
もう90歳近いし、いつどうなるかもわからないから、そろそろ先のことも心配しておかなければいけないなと思った。

お昼のティータイム近くになって帰宅した。
石見銀山の町並みは観光さんであふれて自宅前の駐車場へたどり着くまでひと苦労した。
赤名高原で出会った人たちの10倍はいただろう・・・いや、もっとだな、きっと!

IMG_2703.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

真っ赤な坊主 

2014/09/20
Sat. 04:56

約2ヶ月ぶりにかかりつけの病院へ行った。
東堂さんの通院お付き合いはしょっちゅうなのに、自分のことになるとなかなか通院の手はずが後回しになってしまう。
結局は病院嫌いの我がままということなんだけど・・・

自他共に認める歩く成人病オヤジだから、診察といってもだいたいがドクターとの世間話で終わってしまう。

「そのお顔は溶接ですか?」
「よくご存知で・・酒で赤くなってるわけじゃないですから・・」

薬も切れたし、週末だし、来週から忙しくなるし、今しかないと決めて、鉄の粉にまみれた作業着のまま診察室に入るのもはばかられるので早めに仕事を切り上げて、シャワーで汗と鉄粉を流して、おまけに頭へバリカンまであててさっぱりとして、いつものカジュアルな格好に着替えて出かけたのに、開口一番溶接焼けで真っ赤になった顔を指摘されてしまった。
ひとしきり溶接の仕組みや機械のことなどの質問攻めにあって、適当にザックリとこたえながら血圧を測ってもらったりして、コレステロールと成人病の講義を1〜2分聞き、とにかく「もう少し痩せる努力をしましょうね」ということで診察終了。

もうかれこれ半年ほど前にもらっていたサッポロ黒ラベルを偶然見つけ出して冷蔵庫にいれておいたのを夕食の時に飲んだ。
いつもだったら美味いと思って飲む黒ラベルだが、さすがに半年の品質劣化は避けられない。
なんとも曖昧な久々のビールを飲みながら、ワイフの愛情タップリ野菜タップリ手づくり夕食をいただいた。
最近調子が悪いクロも、心配顔だったシロも少し落ち着いた。
昨夜から続いていたノッチとのLINEメールに返事もあって少しばかり安心もした。
相変わらず勉強をする気配のない受験生キーポンは、めずらしく早々と自分の部屋に引き上げてくれたし、久々に静かな夜になった。

山寺の和尚さんは週末に仏事がよく入る。
寺務のこともあるし、週末の半日は坊主仕事で赤来高原で過ごすことになる。
石見銀山街道はススキの穂がひらきはじめた。
高原の秋は早くにやってくる。
時間があったら東堂さんへ一升瓶を買っておこうと思う。
そろそろ、酒が美味く感じる頃になった。
酒が美味しく飲めるということは調子がいいと云うことだね・・万善寺親子の場合・・・

IMG_2775.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

顔が火照る 

2014/09/19
Fri. 07:13

彫刻の展覧会が近いので、このところ毎日工場へ通っている。
仕事をしているとまだまだ汗が吹き出るほどの残暑が続いているが、それでも日陰に入ると秋風の涼しさも感じて気持ちがいい。

私の彫刻制作はとてもシンプルで、金槌とアンビル鉄床、それに溶接機と溶断機があれば工業規格の鉄板が鉄の彫刻に変ってくれる。
毎日の工程を考えながら、おおよそ制作日数を割り出して、それに間に合うように材料を注文する。
今年は夏の雨が9月に入るまで続いて、青空工房の制作がまともに出来るか本気で心配した。
もうずいぶん前にも似たようなことがあって、その時は9月に入ってから長雨が続いたので、急きょブルーシートで雨よけの屋根を作った。
それでも濡れた鉄板を溶断していると指先がビリビリ感電してかなり苦労した。
そういうこともあって、最近はできるだけ外仕事を減らすように彫刻のパーツを増やすことにしている。
小さなパーツだと電動工具や溶接機などのある6畳くらいの部屋で制作が出来る。
部屋中に粉塵が舞ってあまり良い環境とはいえないが、雨に濡れて感電しながら作業するよりはマシだ。

この近年は、そんなわけでだいたい5つ以上のパーツを組み合わせて1つの彫刻に仕立てている。
パーツが増えると、溶接総距離が増える。
だから今はひたすら溶接してグラインダーをかけることを延々とくり返している。
そしてなにより、溶接時間が増えると紫外線焼けがひどくなる。
俗に云う土方焼けというやつだが、その「土方」という言葉もまったく聞かなくなったから、今風に云うと「土木作業員焼け」とでも言い換えなきゃいけないのだろうか・・・まぁ、それはともかく、すでに紫外線にさらされた顔のアチコチから喉くびのあたり、それに耳の穴までひと皮むけて、現在ふた皮目がむけはじめている。
こんなことばかりしているから、歳の割には顔中シミだらけになっている。
あまりにも見苦しいから、坊主家業のおりにはそろそろワイフのファンデーションでも借りようかと思ったりするが、それもめんどくさい。

これからも溶接焼けの真っ赤な顔をして1週間ばかり工場通いが続く。
結界君の窓を開けると、刈入れした稲藁の匂いまじりの風が火照った顔に気持ち良い。
顔のすぐ横を秋のトンボが並走している。
うす雲が空に広がって日本海は凪いでいた。
赤潮にでもなったのだろうか海が何となく赤い。
もうしばらくは雨が降らないでほしいのだが、さてどうなることやら・・

IMG_2746.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

なっちゃん語録 

2014/09/18
Thu. 08:59

将来家族が出来たらお金の大切さをきちんと教育しよう。
そしてお金が無くてもお金が無い無いと子供に言うのはやめよう。
吉田家はそこの教育を確実に失敗してる。
倹約家の親から金にだらし無い子供は育たない。

久々に名言なっちゃん語録が飛出した。
どうせ何処かから摘むか引っ張るかしてきたんだろうと本人に聞いてみたら、正真正銘自分のオリジナルだという。
そう言われてもなかなかすぐには納得できないで釈然としないままひとまず信じておくことにした。

先日、石見銀山の町に暮すきっかけを作ってくれた友人と久々にじっくり話す機会があった。
ひと頃はほとんど毎日のように熱く語り合っていたこともあった。
最近はお互い自分のめざす先が違ってきたのだろう、1年にせいぜい5日ほども親しく会話するかどうかの付き合いになっている。
それでも、時々吉田はどうしたと気にかけてくれているし、自分の方も各所で漏れ聞く彼の今が気になっているし、少しセーブしたクールな付き合いを続けさせてもらっている。
「おまえに金もうけは絶対に出来ない」
何かの会話の流れで、そんなふうに断言された。

自分でもずいぶん前からそのことは気がついている。
ワイフと結婚して子供もできて犬やネコやウサギやグッピーや、時々ねずみまで同居する家族が出来て、それなりに生活の保障もしないといけない立場だから、金もうけは出来ていないかもしれないが、なんだかんだ言って厳しいなりに今のところなんとか人並みの暮らしは維持できていると思っている。
別に贅沢をしようとも思わないが、家族一人ひとりにとって必要だと思うことには必要なだけの資金を工面してなんとか今まで乗り切っているつもりだ。

お金などあればあったで結局気がつけば無駄にひとつ上の暮らしを求めていたりしているし、家族のみんなをとりまとめて窮屈な収支予算を押し売りしても摩擦が増えるばかりでゆとりもなくなる。
なにかしら世間に示せるような仕事を自分が堂々とこなしていれば、それが信用になるしお金もなんとかついてくる。
友人の彼に言わせると、この歳になってそんなふうに思っていることそのものに考えの甘さがあるんだと指摘されるだろうが、家族も含めて周辺から有閑オヤジへの不満が絶えることはないし、そういうことは死ぬまで続くだろう。

若い時にしか出来ないこともあれば、歳をとったから出来る事もある。
なっちゃんも、幸か不幸かそういうオヤジとオフクロに育てられてしまったわけなんだよ。
「親のフリ見て我がフリ直せ」・・・君の学習の効果に期待しとります。

IMG_2765.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

クロ退院 

2014/09/17
Wed. 09:06

1日事務でつぶしてしまった。
こういう日は何かむなしい。
といっても、事務がイヤだからというわけでもない・・がどちらかといえば避けて通りたいと潜在で思っているからだろう。

万善寺関係の返信などが必要な書類が幾つか集まって、それを片づけるためには事務局を通すことになるから、午前中いっぱいそれでつぶした。
今の世の中、平日の昼間にヒマをしているのは田舎の山寺の和尚さんくらいのものだろうから事務局の檀家さんが留守でも仕方のないことで、結局最後は夜になって長々と電話で話を詰めていくしかないことになって、なかなか意思の疎通がはかれない。

午後からは後援の伺いなどの各種提出書類を作って市役所へ回って、最終校正から帰った印刷原稿を整理していつもお世話になっている業者さんへ持っていったらもう夕方になっていた。
原稿のミスも見つかったりしたが、別に吉田としては気にしないでスルー出来る程度のこと。
それでも、さすがにプロの目にはどうも許せないところがあるようで渋い顔をされたような気もして(といっても、ただのかってな思い込みだけかも・・)結局夕食までのひと時書斎にこもって麦とホップをチビチビすすりながら印刷原稿の手直しをした。

知らない間にiTunesへ入っていたU2のアルバム無料配信プレゼントを垂れ流しにききながらそのような一連のことをして、一区切り付いたところでウエブニュースなどチェックしていたら面白い記事を見つけた。
そのU2がiCloudから削除できないと苦情が殺到しているという、何とももったいない問題が発生してしまったようで、Appleはすぐに対抗処置をとったらしい。
たしかに、U2が趣味に合わない人は世界で山のようにいるだろうけど、iCloudに入っているだけのことだから、自分の都合で無視も出来るだろうに・・と思ってしまうが、潔癖症のマニアックな諸氏にはそれが気に入らないとか気になるとかするのだろう。
プロの世界は厳しいものだと思いつつ、自分の所属する彫刻の世界も似たようなところがあるなぁと改めて感じた。
世界のU2とは比べ物にならないけどね・・

落ち着かないあわただしい時間が過ぎている間にクロが退院して帰ってきた。
「あと半日遅かったらダメだったかもしれなかったって」
ドクターの説明を聞いて帰ってきたワイフが報告をしてくれた。
たった3〜4日の間に背骨が浮き出るほど痩せていた。
それでも、退院の処置をしている間中かなり大騒ぎをして暴れたらしい。
まぁそこまでの元気があれば、ひとまずは快復に向かっていると思ってもいいだろう。
ひと昔前なら、猫のために点滴などしてもらおうとも考えつかなかったことだろう。
少なくても私はそう思う。
人間も同じで、どれだけの人が毎日の点滴で死を免れて生き長らえていることか・・
心情的には長生きして欲しいとか、病気が治って欲しいとか、健康でいて欲しいとか、分からないわけでもないが、それもつまりは拭い切れない我欲のかたまりのようなものにもみえる。
なかなかキッパリ我欲をすてて割り切れないところに人間の弱さがあるよね。

IMG_2756.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

有閑オヤジのhappy 

2014/09/16
Tue. 09:09

9月の3連休がアッという間に終わった。
石見銀山は初秋の観光シーズンで大量移動の観光客であふれ、クロの入院騒ぎでドタバタし、打ち止めはじゅん君の資料作りに借り出され、そうこうしていたら、予定の3分の1しか彫刻の制作が進んでいなかった。

いつものことだが、普通に定職にも就かないで坊主と彫刻家と吉田家のオヤジを行ったり来たりしながら暮しているわりには、予測不能の毎日がめまぐるしくくり返されている。
「あなた家のこと何もしないんだから!」
ワイフの虫の居所が少しばかり悪くなると、イライラに乗じて常日ごろ心の淵の方で思い続けている不満が一気に噴き出してくる。
世間一般の定職のあるオヤジは、それこそ「仕事があるから」の既成事実を盾に家のことから視線をそらせている確信犯が多いかもしれないが、自他共に認める有閑ニートオヤジとしては、そのあたりの小賢しい言い訳で逃げを打つようなサモシイ根性は持ち合わせていないつもりだ。
それでもやはり世間は他人の心の中までも見通すことが出来なくて、「あいつはいい歳して何もしないでプラプラしている」としか見ていないようなところもあって、当事者としては悲しい。

その、有閑ニートオヤジにとっては、久々に心乱れる連休最終日の1日だった。
一夜明けた今にして思えば、なんのこともない取り越し苦労だったわけだが、事の始まりはノッチの発信した一通の悲惨なつぶやきだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
毎日全身筋肉痛。
4年くらい前から履いてるジーパンが緩くなった♪
今日は社長と面談です。バチバチに干されて来ます。
助けを求めて家族に電話したのに誰も出てくれませんでしたw
来月日本に帰ってたら笑って迎え入れてね♡wwww」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
Wi-Fi環境のない工場で仕事をして帰宅すると、ノッチがそんなことを書込んでいた。
どうやらそれと前後して電話もしていたようだ。
すぐに返信したが応答無し。
野次馬なっちゃんからは「どうしたの?ノッチ」っていやにウキウキの電話が入るし・・
そのあたりから気配りオヤジの心配がはじまった。
そうこうするウチにじゅん君が久々に帰宅して、仕事で使う資料作りに付き合わされた。
iCloudを使ったらものの10分で用がすむのに、彼はそのiCloudなるものをまったく理解していない。
結局、なんだかんだで2時間近くかけて20分少々のDVDを1枚つくった。
それに、ビデオカメラや再生コードなど一式抱えて帰っていったが、さて?いつになったらあのカメラたちが吉田家に戻ってくるのか・・・

そのじゅん君の用事でドタバタしている時に、ノッチから連絡が入った。
「おまえ、もう帰国するのか?会社クビになったのか?何かミスでもしたのか?」
「クビの確率は2%くらい覚悟してたけど大丈夫ダヨ!」
・・・それをきいて張りつめていたオヤジの気が抜けた。
あとは、ゆるみっ放しのいつものオヤジに戻って、とりとめもない久々の親娘会話に浸った。
「最近の私のお勧め送っておくね!」で、終了。
それからしばらくしてメールがきた・・・父さんへ・・最近ハマってるPharrell Williamsだよ!・・・
1曲目がなかなかhappyでいい。
2曲目はすでにPodcastでチェック済みだった。
その夜・・・寝静まった吉田家の四畳半書斎で、YouTubeの「Pharrell Williamsーhappyをリピートした。

IMG_2754.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

消費社会 

2014/09/15
Mon. 07:29

このところ愛用のNokiaが調子悪くて困っている。
おかしいなぁと思いはじめたのは確か4月か5月の頃だったと思うが、その時は充電池の接点を掃除したりしてひとまずは切り抜けたように思っていた。
夏前のある日、気づいたら液晶の画面にパウダー状のほこりがパァ〜ッと飛び散っていた。
キーボードの隙間の方から入り込んで溜まっていたほこりが、一気に液晶画面へ入り込んだ感じだ。
電話をかけたりショートメールをしたりする時に、そのほこりがジャマでとにかく使いづらい。
秋になって残暑も厳しくなって晴れの日が続く中、野外で電話を使おうとすると、ほこりの乱反射で文字の解読判別が困難を極める。
いかにしても使いづらくてしょうがないから、意を決して閉店間際のDoCoMoショップへ駆け込んだ。

分解掃除をしてくれといったら、それは出来ないと云われた。
「普通、どう考えても買ったお店にもっていけば使っているもののメンテナンスくらいしてくれるでしょ・・・」
接客の小太りお姉さんに食い下がったら、「少々お待ちください・・」と、カウンターの奥へ入り込んでなかなか出てこない。
「この機種は、すでに6年間お客様が使用していらっしゃるようでして、申し訳ありませんが、機種の保証期間も過ぎていますし、修理となりますと料金もかかりますからどうされますか?」
やっと出てきたらそのように説明された。
その後、いろいろと善後策を問い合わせたが、結局集中管理オペレーター直通の電話番号を教えられて、「あとはお客様で直接お話しください」で終わった。

代理店の悲哀ですなぁ・・・
店員も客もどこかしら売り手市場の一方通行で踊らされているような気がしつつ、知らされた電話番号をプッシュした。
色々話したが、「結局6年も使ってるのだからもう買い替え時だよ!」と、そんなふうに云われているように思えた。

まったく、消費社会の弊害だとつくづくそう思う。
iPhone6も予約開始になったし、オヤジもこの歳にしてプッシュからタップに切り替えることになるのかなぁ〜
どうせ電話なんだから電話できるだけで十分なのに、そんな携帯電話は最近作ってないようだ。
癪に障るから、徹底的に壊れるまでNokiaを使い倒そうと思う反面、大切なデータが取り出せなくなったらどうしようと不安だし・・・清貧を支えに社会の底辺で蠢いているオヤジにはとても厳しい選択肢になっている。

IMG_2744.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

クロ緊急入院する 

2014/09/14
Sun. 07:30

クロの誕生日は2012年4月1日になっている。

取り柄といえば、だれにでもやさしいことで基本的にNO!と云えないところのある吉田家長男じゅん君が本領を発揮して、石見銀山の側溝に落ちてはい上がれなくなって鳴いていたヨチヨチ歩きの小猫を連れて帰ってきたのは5月の連休が終わった頃だった。
丁度、その年の2月に持病の心臓病を抱えながら19年と10ヶ月生き長らえた長老犬のシェパ爺が大往生したあとだったので、家族みんながなんとなく暗黙の了解をしてしまった感じでなし崩しに吉田家の新参者で迎えられた。

しばらくして、現代彫刻小品展の仕事でお世話になっている猫好きの知人がその用事でやってきた時に、いろいろ小猫のチェックをしてもらって、やっとオスだろうということがわかったくらい小さかった。
元は捨て猫だったから、誕生日は勝手に推定して分かりやすく忘れないように決めた。
それまで猫嫌いを公言していたワイフが、離乳食を作ったりして情も移って少しずつ猫好きになっていった。

まぁそんな感じでクロが居着き、その後野良猫だった小猫のシロが加わって今に至っている。
どうでもいいことだけど、そのあたりの猫事情をもっとチェックしたいなぁと思ったら、このダラダラ続くブログの過去記事を手繰ったら何処かに見つけ出すことが出来るでしょう・・・お暇な方はご自由にどうぞ・・

そのクロがけっこう重病で緊急入院になった。
薄情なようだが、オヤジとしてはこれも動物の宿命でクロにはクロの寿命もあるから、つらい苦しみにジッと耐えて、納得して一生を終わるのもいいだろうくらいに思いつつ、彼の体調の変化に気づいてやれなかったことを反省しながら付き添ってやるしかないだろうくらいに気持ちの整理もしはじめていたところだった。
心配で夜も眠れなかったワイフが、かいがいしく病院へ連れて行ったり、薬をもらったりして世話をしてくれたおかげで、クロも調子が悪いなりに症状の快復と小康状態をくり返しながら暮していたものの、やはりしだいに体調が悪化していたようだ。

病気の症状が、驚くほど東堂さんによく似ていて、まるで3年前の彼を見ているような思いだった。
あの時の東堂さんは、食欲も減退し、見る見る痩せて、歩くのもやっとな状態にまで衰弱した。
結局主たる原因ははっきりしないものの、膀胱炎の悪化と排尿不善の尿毒症に各種臓器不全が加わってしまった。
その後、抗生剤や点滴をくり返して快復し、今はその頃が嘘のように元気になって日々ブツブツ小言を言い合いながらおかみさんとそれなりに仲良く暮している。

クロの入院で、吉田家に取り残されたシロが落ち着かなく寂しくしていて、いつになくベタベタと甘えてくる。
猫のそういう姿をみるのは、私にとってとても珍しいことだ。
シロがとても心配しているように見える。
最近、クロの方から少しずつシロに距離を置くようになっていたし、すでにその頃から体調不良を自覚しはじめていたのかもしれない。

いずれにしてもこういう小動物と暮していると、生老病死という自然の摂理を客観的に体験できていて、適度な距離を置きながら生きることの厳しさや苦しさやはかなさにきづかされる。
一方で、保険のきかない医療費を思うと夜も眠れなくなって心神喪失気味のオヤジもいたりする。
現実は厳しいものですなぁ・・

IMG_4514.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

クロのシッコ 

2014/09/13
Sat. 08:22

受験生キーポンが模試を受けに登校した。
数日前からクロの調子が悪い。
だからワイフがキーポンを学校まで送ってクロを病院まで連れて行った。
だから留守番オヤジが洗濯物を干した。

このところ急に秋風が吹きはじめて朝夕が涼しくなった。
半袖のTシャツがそろそろ肌寒く感じる。
昼間は残暑が厳しくてツナギが汗でぐっしょり濡れる。
工場の周辺では稲刈りが盛んで、そろそろ収穫も終わりに近づいている。
調子の悪いクロを除けば、特に変ったこともなく平穏な毎日がくり返されているように感じる。

そのクロは、オシッコが出なくなっている。
人間もそうだが、出るものが出ないつらさは何にも変えがたい。
東堂さんは前立腺の肥大が慢性化して、膀胱の筋肉収縮機能がリタイヤした。
もうかれこれ3年以上前にその症状が悪化して、現在は人工膀胱のお世話になっている。
歳相応にボケているから、時々思い出したように癇癪を起こす。
かいがいしく介護を続けるおかみさんもつられて癇癪を起こす。
近所でも似たような高齢者がヨチヨチと暮していて、回覧板の申し送り程度の限りになく乏しい付き合いから、どうでも良いような他人の噂話に一喜一憂してヒマをつぶしている。

なんともつらそうなクロの行動を見ていると、寺暮らしの老夫婦を思い出す。
そろそろ敬老のプレゼントでも考えようと思うが、たぶんワイフが気を利かせてくれるだろうと、そういう期待もある。
七日務めの先で老人のお話に加わった。
少し若い高齢(??)のおばあさんは、後期高齢者医療の制度が気に入らないと不満顔だった。
お彼岸も近いからお墓参りの話から墓守の話題で不安顔だった。
もう何年も前から東堂さん通院と薬のお付き合いで、彼の年金を食いつぶしている。
こればかりはどうしようもないが、クロの通院となると見る見る現金が飛んでいく。
さて、東堂さんの半年分くらいがもう消えてしまっただろうか・・・

なんだかんだ言っても、人間は手厚く保護されていることがわかる。
それでも、アージャコージャ文句がたえない。
クロも口があるが、いくらつらくてもニャーと鳴いて訴える程度のこと。
痛みを我慢できなくてフギャー!と癇癪をおこすこともあるが、噛みつく時は加減できている。
自分の苦しみがきちんと受け止められているんだなぁと感心する。

ワイフは心配で夜も眠れなかったらしい。
クロの快方を祈りつつ、大衣をたたんだりして、坊主仕事の準備を始めた。
これから観音さんの供養をして、七日務めにまわって、ついでに寺のジジババの様子を見に行く。
無駄に欲深いだけの人間でいられるということが本当に幸せなことなのだろうか・・・
せめて坊主くらいは欲に縛られないでいたいと思うし、そのような修行につとめないといけないんだけど・・・とにかく難しいなぁ・・

IMG_2742.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

U2購読済み 

2014/09/12
Fri. 09:54

個人的には特に忙しくしているわけでもないと思うし、日本社会世間は寝る間もめく食う間も惜しんで自分とは比べ物にならないほど日夜仕事にせいを出していらっしゃる諸氏があふれるばかりにいらっしゃることだろうと思いつつ、それでも幾つかの別々の用事が一気に集まってくると、どうも気ぜわしくてなかなか集中できないでイライラしてしまう小人の狭浅いい根性を恨んでしまう。

このところ夜なべの用事が続いているのに、部活も引退して受験生になったばかりのキーポンが四畳半のオヤジの書斎に入り浸って、ひどい時はそのまま勉強もしないで爆睡したりしている。
ひとの都合も気にならない自己虫は今に始まったことでもないが、それにしても彼女の性格の基盤はDNAの継承で客観的に思い当たるフシがないわけでもないし、なかなか余所の子を叱るような訳にもいかなくて、余計イライラが増す。

学習の効果で、キーポンがよだれをタレてiPhoneを握りしめて寝ている時は、そのまま自分もひとまず寝てしまうことにした。
年齢のこともあって、都合よく真夜中の良い時間にオシッコしたくなるし、そこで目覚めてしまえばあとはこっちのモンさ!
眼球の筋肉が眠りから目覚めるまで洋式便器に腰掛けてマイオリジナルトイレブックスタンドへ常設の文庫本を開く。
短めのエッセイなど流し読みしていると、涙まじりの鬱陶しい残像がひとつにまとまってそのうち焦点が定まる。
そこから深夜のデスクワークが早朝まで続く。
メールの確認。
ウエブニュースのチェック。
iTunesの巡回。
購読中のPodcastのダウンロードなどしながら仕事中の書類を幾つか開く。
さめたコーヒーを飲みながらしばらく思考をまとめて次の工程へ進む。

いつもだったら、こんな何となくゆるーい感じで仕事を始めるのだが、昨夜(といっても本日深夜)は違った。
iTunesを開いたらU2のアルバムが知らない間に購入済みになっている。
何かよくわからないが、期間限定先行配信ということらしい。
つい先日はAppleWatchの超高密度な3Dコマーシャルが配信されているし、毎年のことだが、9月のこの時期のAppleは目が離せない。

オヤジの嗜好が筒抜けになっているようで、若干ビビりつつ深夜にU2を聴いてしまった。
それでも爆睡中のキーポンは無反応。
刺激の乏しい石見銀山の毎日を過ごしているはずなのにいつもいつも、色々なことがあります。
お昼には、工場でU2ガンガン大音量をバックにチマチマと溶接に励むことにしよう!
でも思うんだけど・・・
U2の嫌いな人や興味のない人はどうするんだろう?
キーポンのiPhoneも購読済みになってたようだし・・
ようするに、個人事情関係なく勝手に配信されちゃってるわけでしょ?
世間の無線電波ウエブ事情は複雑すぎてオヤジには理解不能じゃ・・

IMG_2737.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2014現代彫刻小品展in石見銀山開催間近 

2014/09/11
Thu. 08:02

日中の残暑で体力がどんどん奪われる。
ふき出す汗がシャツを通り越してツナギを濡らす。
濡れたツナギがやたらと重くて動きが鈍くなる。
絶えず流れ出る汗が目に入ってしみる。
鉄板入りの長靴が重いのは当然。
長靴の時だけは履く靴下も汗で濡れている。
足の指がふやける。

溶断した鉄板を持ち上げるのもやっとで、ずいぶんと体力が落ちたことを実感する。
それにしても、どうして腹まわりだけは汗をかかないんだろう。
腰のコルセットをしていても汗が出ない。
それが私の体質なのだろうが・・・

数日前のこと。
夜寝ていたら、左の膝が急に痛み出した。
工場と倉庫で階段の往復を続けていたからその疲労が出たのだろう。
気になって眠れなくなりそうなので、消炎鎮痛剤を飲んだ。
そして昨夜のこと。
右の足首のくるぶしに違和感があって、それが寝ている間にチリチリ痛みはじめた。
これも原因は鉄板入りの長靴で動き回ったからだろう。
そこでまた消炎鎮痛剤を飲んだ。

身体のダメージが回復しないまま慢性化する。
歳をとったと思う。
だいたいに、若返ることがないことは常識でわかるから、歳とともに肉体のアチコチに不具合が出ることも当然のことで、年々老化する身体と出来るだけ無理をしないように上手に付き合うしかないなと思う。
2〜3日前に、宗門の和田善明老師が山陰中央新報で正にそのとおりな話題を寄稿していらっしゃった。
ここまで明確に端的に淀みなく伝えていただくと、こころが落ち着く。

「暑い暑い」を100回云っても涼しくなるわけでもないし・・ねぇ・・
「痛い痛い」を1000回云っても治るわけでもないし・・ねぇ・・

「金がない金がない」と10000回云っても知らない間に金が貯まっているわけでもないし・・

そんなわけで、汗臭いツナギに鉄板入りの長靴はいて彫刻制作の合間をぬって現代彫刻小品展石見銀山の開催に向けて後援依頼に走り、時々消炎鎮痛剤のお世話になりつつ、賛助金をお願いに頭を下げる日々が続いております。

2014石見銀山A3

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

鼻毛 

2014/09/10
Wed. 09:08

いつものようにワイフにたたき起こされて2度寝から目覚めた。
石見銀山は秋風も吹きはじめて朝夕の冷え込みも本格的になってきたが、日中はまだまだ暑い。

こまごまとした書斎での用事を片づけてこれから工場へ出かける・・・という時にワイフから電話が入った。
「今日灯油安いからね。それにガソリン164円だって。番号は○○○・・・」
割引ナンバーを入力すると数円安くなるお知らせがメールで入ったらしい。
近所のセルフサービスのスタンドで給油すると、時々そういう特典がつく。
・・・ということは、この金欠病オヤジに灯油を買っておけということになる。
これで大きく迂回して工場行きになると同時に、荷台へ積んである薪の荷降ろし作業が加わった。
さて、午前中に仕事始めが出来るだろうか・・・

薪というと、そろそろ冬支度に入る頃だから、仕事終わりに30分ほど乾燥させておいた薪を刻んで結界君へ積み込む。
積載量が250kgの荷台はこういう時に重宝して、なかなか貨物車を手放すことが出来ない。
貨物車はサスペンションが丈夫にできている関係で、空荷のときはバウンドが激しい。
こうして薪を積み込んでみるとそれがよくわかる。
ビックリするほど乗り心地が良くなる。
「乗用車みたいだね」
「薪積んだからなぁ」
なかなか一般には出てこない親娘の会話が学校帰りにさり気なく交わされた。

昼間の汗をシャワーで流していたら鏡の自分と目が合った。
髭が伸びたなぁと思った。
しばらく仏事がないから頭も伸びている。
そろそろバリカンでもあてようかと思いつつ石鹸でそのまま頭も洗ったりして、体を拭いて改めて洗面所の鏡で自分を見た。
どうも口髭でない髭が鼻の下にあるような気がしてのぞき込んだら、鼻毛が伸びていた。
粉塵渦巻く工場で仕事を始めると、一日で使い捨て防じんマスクがダメになる。
作業の流れによっては小鼻の脇が谷間に沿って真っ黒になっていることもある。
そういう時期は鼻毛の延びも早い。
人間の体は良くできているなぁと改めて感心しつつ鼻毛を切ったら真っ黒な鼻くそがくっついて出てきた。
きれいな仕事とは云えないなと思うが、やめたいとも思わない。
これも人生だからと大げさに納得しつつ、鼻毛を切った。

「方丈さん、白いものも混ざってきてなかなか立派な鼻毛になりましたなぁ〜」
「○○さん、これ口髭!鼻毛とは違うのヨ!わかってね・・・顎にあるのは顎髭・・」
お盆の時に、90近くなってかくしゃくの知合いのおじいさんから感心されたことを思い出した。
・・・あれって、やっぱり本当は鼻毛のこと褒められたんだろうか??・・イヤ、そんなはずはない!

IMG_2731.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

寝不足 

2014/09/09
Tue. 08:45

錦織効果で寝不足のみなさんも多いことでしょうね・・きっと。
彼のおかげで島根県は急に注目されるようになりました。
たまにはこういうこともないとね・・・

年齢も鍛え方もヤルこともスケールもなんもかんもまったく接点のない吉田ではあるが、このところ、連日・・というより連夜、真夜中にゴソゴソ起き出してデスクワークにせいを出している。
その時間帯はWOWOWにかじりついている方々も多かったことだろう。

WOWOWというともうずいぶん昔、島根県に帰って10年くらいした頃に一度契約をしたことがある。
当時はBSもパラボラもまだまだ一般家庭へ復旧することもなく、電気量販店でも嗜好的製品だったような気がする。
チャップリンの黄金狂時代をテレビで観て泣いていたほど少年時代から映画好きで、それが大人になって落ち着くどころが、どんどんバージョンアップして、松江から東京へ上京した頃は、映画館と上映映画の多さに我を見失って、毎日のように予備校帰りはどこかしらの映画館へ入り浸っていた。
そのうち、案の定資金が尽きて、部屋代や生活費までつぎ込んで身動きできなくなって昼飯の金もないから、チョコチョコ顔を出していた喫茶店のマスターを拝み倒してアルバイトに使ってもらうことになった。
まかない飯の味はそれで覚えたわけだが、当時はどこでバイトしても飯代はバイト代から引かれることが常識だったから、一箇所で1ヶ月働いただけでは部屋代(最初のアパートは1ヶ月7500円だった)と生活費になる程度だったので、ピーク時は3箇所のバイトを掛け持ちしたりしていたこともあった。
そこまでしてテアトル新宿2本立て250円とか、ミラノ名画座2本立て250円とか、池袋文芸250円とか下北沢オデオン座とか・・・まぁ至る所の映画館をはしごしていた。
無料のチラシを集めて本編を思い出しながら一服する時の幸せだったこと・・・
そうこうするうちに、類は友を呼んで数人の映画愛好仲間が集まるようになった。
今思うと、私の青春絶頂期はたぶんその頃だった。
明日のことで思い悩むこともなかった。
今がよければそれで十分に満足だった。
映画でいうと、アメリカで広がったニューシネマ絶頂期の頃。
日本では仁義なき戦いが大ヒットしていた頃。
まぁ、そんな映画ばかり観ていたから自分の暮らしや考えもそちら方面に染まってくるのも仕方のないことだった。
一方、その映画狂いのおかげで、知らない間にデッサンや構成や色彩や空間や美術芸術の要素のほとんどを映画のフレームから教わっていたように思う。
それで、当時の先生とは意見や考えの食い違いとかが多くてけっこう偉そうにいきがっていた。
ほとんどの学生はきちんと美術書や技法の専門書で勉強しているわけだから、私など無知も良いとこで、知ってるつもり以下のレベルだったわけで、恥ずかしげもなくなかなか常軌を逸脱していたわけだ。
青春の苦い思い出の1ページってところでしょうか・・・

錦織フィーバーはアッという間に終わってしまったようだ。
WOWOWとユニクロが一人勝ちというところか。
島根も松江もサラッと忘れられるんでしょうね。

でも、準優勝だからね!やったね!

コンサート

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

彫刻の秋 

2014/09/08
Mon. 11:40

毎度毎度朝飯前というわけにもいかないから、早めの朝食をすませて朝のうちにひと仕事片づけた。
9月に入ってやっと晴れの日が続くことも増えて、外仕事がしやすくなって少し安心していたら、一天にわかにかき曇り警報が発令されるほどのゲリラ豪雨になったりして、どうもあわただしく落ち着かない。

軽トラにピッタリおさまるくらいの彫刻を運搬することがあって、先週末にその荷造り準備をしていたら、例の如くゲリラ豪雨がやってきて、運搬を断念することになった。
結局、土日がはさまれてしまって、週代わりを迎えた。
「そろそろ中秋の名月あたりじゃないの?」
ワイフが朝食の時にそんなことを云っていた。
今朝はその名月が見れそうな天気なので、これさいわいに懇意の棟梁の軽トラを借りて荷造りを終わった彫刻をいつもの運送業者さんまで運んだ。

9月末には東京まで彫刻の共同搬入がある。
このところ年々経費負担が増え続け、彫刻作家もなかなか厳しい現実と向き合ってギリギリのところで辛抱しながら制作を継続している。
「今年はチョット経費の値上げをさせてもらわないとダメそうですねぇ」
いつもの運送屋さんに渋い顔をされた。
高速料金の改定と燃料代の高騰で、一極集中の事業にしわ寄せがくる。
運送業者さんも、島根から東京までの直通運搬をしてくれるところがどんどん減っている。
今はなんとか経費の値上げですんでいる彫刻展の共同搬入も、業者さんに運搬拒否をされてしまったら、もうその時点で彫刻の発表が継続できなくなる。
小荷物でおさまるくらいの彫刻にスケールダウンするか、発表を断念するか、そのくらいの選択肢しか残らない。
作家によっては制作のテーマもさまざまだから、それなりに工夫して個人対応も出来るだろうが、私は・・というより、吉田夫婦の彫刻はそう簡単に作風を変えることも難しいから、結局は発表を断念するしかないだろうと、曖昧にそんなふうに思っている。
それも時代のながれなのかもしれない。

都市部市街地と田舎の格差がどんどん広がっていると感じる。
世界的に見ると狭い日本で、ここまで諸機能が一箇所に集まったままに過ぎてしまうと、物流のバランスも崩れてしまう。
私など、これからどんどん老化していくばかりだから、肉体的にも精神的にも、そして経済的にも厳しくなって動き難くなっていくし、実材とリアルに触れ合う機会も無くなってしまうと彫刻の鮮度を保つことが難しくなる。
地元密着型の彫刻家で再起をかけてみるのもいいかもしれない。
毎年のようにこの時期になるとそんなことを思いながら制作に励んでいる。

IMG_0076.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

喜多直毅&黒田京子デュオコンサート 

2014/09/07
Sun. 18:25

なっなっ何と!
ブログのウエブアップに失敗していました!

オヤジもそろそろボケはじめてきたかもしれない・・・
朝から延々と展覧会やコンサートのポスターなどをつくっていて、どうもうまくまとまらないから気持ちを切り替えようとマイブログを覗いたら、朝方更新したはずのページが出てこない。
まさか削除してしまったのかと思って、目茶苦茶焦って管理画面をチェックしてみたら何故か下書き保存になっていた。

そんなわけで、本日の更新が今になったしだいです。
いつも覗いてくださっているオヤジファンの皆様にはずいぶんご心配されたことでしょう・・と、勝手にそう思って勝手に反省しているところでございます。

まずは、今回の失敗を加筆させていただきました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ヒョンな事から、知合いのピアニスト黒田さんのデュオコンサートを石見銀山で開催することになって、急ピッチでその準備をしている。

ピアノをレンタルするまでの予算もないし、石見銀山にはまともなピアノのあるこころあたりが2箇所しか思い浮かばなくて、会場を決めるのにけっこう時間をつぶしてしまった。
結局大田市に唯一残る現役木造校舎の大森小学校の体育館にあるグランドピアノを使わせてもらうことになって校長先生と相談しているうちに、小学校は夏休み、私はお盆と、8月がアッというまに過ぎてしまった。

学校の施設を使うことなので、教育委員会へのお伺いなどもあるし、遅々としてことが先に進まないところもあるが、ひとまずザックリとした開催要項が出来上がって、F.B.のコマーシャルも始まった。
せっかくのことだから、このブログでもたまには宣伝させてもらおうと勝手に決めて掲載させていただきます。
興味の有る方は、ご一報下さい!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
石見銀山(島根県)
日時:2014年11月29日(土)開場19:00 開演19:30
場所:大田市立大森小学校体育館 (防寒対策をお忘れなく!)
   〒694-0305 島根県大田市大森町ニ−32
料金:前売のみ2,000円、高校生以下無料(但:小学生低学年以下は演奏に支障のないよう、保護者同伴をお願いします)
    ※有料・無料ともにご来場時には予約整理番号が必要です。
    1)電話SNS予約:着信履歴を削除しないで保管ください。
    2)メール予約:受信ページをプリントアウトしてご持参ください。
    3)その他:整理番号でお名前えを確認させていただきます。
予約・問い合わせ:creative × nature〜やまにあプロジェクト〜石見銀山事務所
                  喜多直毅&黒田京子デュオ問い合わせ直通 090-9062-0373 (担当:吉田) 
   前売り券発売:9月12日(金)〜
     ○やまにあプロジェクト石見銀山事務所 〒694-0305 島根県大田市大森町ハ176−Ⅰ   090-9062-0373
     ○群言堂(ぐんけんどう)石見銀山本店 〒694-0305 島根県大田市大森町ハ183 0854-89-0077(10:00~18:00)
   1)電話SNS予約:090-9062-0373  
    (代表者の住所・氏名・予約枚数をご記入ください。整理番号を返信させていただきます)
   2)メール予約:tetujin29@gmail.com 
    (代表者の住所・氏名・予約枚数をご記入ください。整理番号を返信させていただきます)
   3)ウエブ予約フォーム:現在工事中(9月中旬開設予定)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
IMG_2728.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

シロの近況 

2014/09/06
Sat. 08:33

好天に恵まれて、順延になっていた高校の体育祭が運良く開催された。
キーポンの緑組(??)は総合優勝したらしい。
迎えに行ったら、特にはしゃいだ様子もなくクールに平常心だった。

優勝を逃したクラスは市内の焼き肉屋へくり出して盛大に打ち上げをしているとか・・
無駄な心配をしないですむだけ親としては助かっているが・・・
私の高校時代は昔話で軽く語ることも出来難いほどもっと混沌としていたなぁ・・・
今にして思うと、先生方の懐の深さと心の広さにずいぶんと救われていたような気がする。

帰宅して夕食が終わったら、早速汗臭い制服のまま四畳半に入り込んできた。
足がダルイといいながらふくらはぎマッサージを使い倒していた。
結局落ち着いて夜なべのデスクワークも出来ないまま夜が更けて、彼女はそのままオヤジの隣で寝てしまっていまだに起き出す気配もない。
吹奏楽も引退して、これからは常識的な受験生の日常の日々が続く予定だが、さてどうなることやら・・・

久々の好天は私にとってもかけがえのないものだから、体育祭の裏番組で1日中作業着ユニホームでアチコチ飛び回っていた。
各事業所が休みに入る前に片づけておきたい幾つかの用事があったので、それなりに無駄なく動いていたつもりだったのに、結局積み残しが出て月曜日までストップしてしまった。
なかなか思い通りにいかないものだ。

膀胱炎になるほど世間の試練にもまれてクールな大人(大猫)になりつつあるクロが最近シロと少しずつ距離を置くようになっていて、そのせいか箱入り娘猫のシロが無表情なりに媚をまき散らしながら私へ甘えてくるようになってきた。
元来が甘えん坊のシロは、もうずいぶん前から夏冬関係なくワイフのとなりにベッタリ張り付いて寝起きしている。
オヤジとの距離はさすがにそこまで縮むことはないものの、以前に比べたらシロなりにオヤジ慣れしてきたところもある。

シロは野良猫の時期を経験している。
吉田家の一員になるまでは十分に満腹するほどメシにありつくことがなかったのだろう、当初はガリガリに痩せていて、生ゴミをあさったり買い物の食材やワイフの料理に手を付けたり、人を恐がって上手に何処かへ隠れ込んだり、まぁ絵に描いたようなタチの悪い野良猫の性格を振りまいていた。
ことあるごとに厳しく叱って、時にはやさしく遊びに付き合って、そういうことを続けている間に少しずつワイフに慣れ、キーポンに慣れ、そしてオヤジになつくようになって今に至っている。
それでも一番のお気に入りはクロのようで、彼をお兄ちゃんの如く慕ってつきまとっている。

シロの野良猫根性を軟化させる一番の功労者はクロかもしれない。
時々一緒に脱走することもあるが、クロのやさしさに助けられているところが大きい。
食べ残しのご飯をつまみ食いされても特に気にすることなく傍観するクロのおかげで、シロの手癖の悪さも比較的改善されている。
人嫌いの性格も、人懐っこいクロのおかげで少しずつ人慣れしている。
それになにより、最近は自分の方から私へダッコをせがむようになってきた。
オヤジとしては、それが何より嬉しくて癒されているのです。

IMG_2721.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

クロの近況 

2014/09/05
Fri. 08:49

石見銀山の暮らしに戻ってしばらくした頃に、猫のクロが石見銀山を徘徊するまるまる太ったグレーのトラ猫と何度目かの接近遭遇して、しばらくの間威嚇して唸りあげていた。

デブの野良猫の方は石見銀山全体を縄張りにしているほどのボス猫のようで、町内のアチコチで目撃されている。
もっとも、あの太り具合からして野良猫といえるかどうかははなはだ疑問だが・・・
とにかく、吉田クロはチキンオヤジに似てビビリのチキン猫だから、威嚇の鳴声がいつにもまして甲高く裏返っている。
それでも何回か脱走して武者修行している間に少しずつ喧嘩なれしているようで、顔や耳の方へも引っ掻き傷を作って帰るようになった。

クロは人間でいうとノッチと同じくらいの年齢で、もう立派な若者になっている。
血の気が多くてトラブルばかりの年頃は過ぎているが、まだまだ血気盛んで相手のレベル関係なしに見境なく勝ち目のない喧嘩をしかけて、結局敗戦の痛手を背負って心身ともにグッタリ疲れて帰ってくる・・
そんな緊張の毎日のせいか、数日前から吉田家の至る所にマーキングをするようになって、気がつくとオシッコポーズで座る回数が増えてきた。
どうもオシッコが出難くなっているようだしそれが続くと弱って死んでしまうから、ワイフにお願いして病院へ連れて行ってもらった。
診察の結果は膀胱炎。
「最近、何かストレスになるようなことがありませんでしたか??」
ドクターに質問されて、「そういえばしばらく前に野良猫とバトルして・・」などと近況を伝えたら、やはりそのような緊張の場面がくり返されたことのストレスが原因だろうということになった。

手のひらサイズの頃から色々しつけながら育てているから、ヤツが何を考えているかだいたい想像がつく。
さびしがり屋の甘えん坊だが、男のプライドもあるので私にはなかなか寄りつかない。
そのくせワイフにはベタベタと甘えて媚を売っているようだ。
さすがに男だからそれなりに力が強くて、家中の引き戸を開けてしまう。
猫知恵もあって割と小利口にたちまわる。
常に脱走のスキをうかがっていて成功率も高い。
歳相応にシロとの関係もさりげなく微妙に距離を置いてお兄ちゃんっぽくえらそうに振る舞っている。

何かと手がかかってやっかいな問題児だが、そういうヤツでもいなくなればやはりどこかしら寂しい気もする。
これから毎年4歳くらい歳をとることになるから、さて、オヤジとどちらが長生きすることになるか・・・なかなか微妙なところだ。

IMG_2668.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

雨と水 

2014/09/04
Thu. 08:21

基本的にというか原則的にというか雨は嫌いじゃない。
だから長雨だからといって精神にダメージを受けているわけではないが、肉体にはけっこうダメージを受けている。

思い返せば、そもそもの始まりは月変わりして8月になったあたり。
その頃から、今まで自分の人生で記憶にないほど延々と雨が降り続いている。
その現象は寺の周辺に限らず、石見銀山も似たようなものだった。
暮らしの各所には湿気がこもり、寝具はカビの臭いにむせて風邪でもないのに鼻水がとまらない。
夏の間着ることもない洋服もかび臭くなり、使うことのない靴やベルトはカビがパウダー状にはびこり、プリントアウトした保存書類はシットリと水気を含んで湿っぽい。
久々に起動したエアコンからは、飽和状態の水分が水滴どころか雨垂れ状になって滴り落ちて、洗面器には部屋中の湿気がどんどん集まって溜まった。

とにかくなんとも暮し難い雨の日が長く続くとさすがにイヤになる。
広島では未曾有の集中豪雨で大きな災害になった。
江の川もいつになく水位が上昇した。
稲穂が実る頃になって田の水が引かない。
ワイフは洗濯物が乾かないと愚痴をこぼしている。
坊主頭に雪駄履きの私は、頭も足も雨水で皮膚がふやける。
面白いもので、雨水が頭の地肌にしみ込むとなぜかムズムズと痒くなる。
酸性かアルカリか知らないが、どうも水道水や井戸水とは成分が違っているようだ。
いつもは乾燥肌で水気のない踵がこの夏はイヤにツルツルで、老化した角質の層も雨に溶けて流されているようだ。
高校の体育祭も雨に流されて順延になった。
3年生のキーポンにとっては思い出づくりの大きなイベントが水に流されてしまうかもしれない。

このような状態が続いているということは、たぶん異常気象といえるのかもしれない。
それでも、気がつくと朝晩は少しずつ涼しくなって季節は確実に秋に変りつつある。

水急不流月・・・
水自竹辺流出冷・・・
橋流水不流・・・
万波不離水・・・
浅水無魚・・・
水是水・・・
・・・

いろいろあるが、水で気づく心はいつも清くありたいものだ。

IMG_2656.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

歳相応 

2014/09/03
Wed. 07:55

東堂さんの物覚えが少しずつ悪くなりはじめて、日常の生活にはそれほど困らないが、万善寺の寺務は少しおぼつかないといった状態になってかれこれ10年近くになるだろう。

当初はイライラしたおかみさんが耐え切れなくなって汚い言葉で罵りはじめたものだから、そのまま安らかに歳を重ねてもらうことが難しいと考えて総合病院へ連れて行った。
総合受付で問い合わせたら神経内科がいいだろうということになって、紹介なしの初診受付から受診がスタートした。
当時は、1ヶ月に2回通院しながら検査と診察をくり返して、適当な薬を処方してもらって、それを数ヶ月くり返したあと、半年に1回の通院になってそれを数年間くり返して、結局、痴呆なのかアルツハイマーなのかなんなのかよく断定できないまま、普通に歳相応にぼけている程度だろうということになって、それでも薬を飲み続けた方が良いだろうし、その程度なら近所の病院でも差し障りないからと紹介状をもらって転院してから現在に至っている。

まだ80歳になったばかりの頃だったから、不具合はあるもののそれなりに頭がシャンとしていて、検査項目の読み書き計算はけっこう出来ていた様子だった。
「ひとをバカにして、小学生みたいなことさせやがる!!」と、過激に苛立っていた。
米寿を迎えた今でも当時とそれほど変らないで物忘れ症状は進行していないと思っているが、住職の交代もあったりして仏事への気持ちの張りが緩んだことで、刺激のない毎日を過ごすことが増えてきた。

今の私が神経内科で受診検査を受けたら、東堂さん程度では済まされないほど立派な痴呆症と認定されることだろう。
それほど、読み書き計算が出来なくなっている・・というより、しなくなった。
ワープロがあれば知らない漢字でも簡単に読み書きできるし、辞書機能で意味も掴める。
表計算のソフトがあれば、納税申告や会計報告程度の用は数字の入力だけで出来てしまう。
パソコンの使い方を忘れないでいれば、少々ぼけていても日常の暮らし程度だったらなんとかしのげるような気がしてしまう。
先日も、戒名を考えることがあって漢字の辞書機能を駆使したところだ。
参列の皆さんに、戒名で使った漢字の意味なども丁寧に説明した。

東堂さんにつき会って診察を受けていると、ドクターはパソコンのモニター画面に表示される血液検査の結果数値を見て症状をチェックする程度。
あとは助手の看護士さんがプチプチキーボードをたたいてデータ入力。
今どきのドクターは患者さんに向き合って顔色を伺うこともなくなってしまった。

さて、ドクターと私と、どちらがパソコンを使いこなしているのだろう・・・
使うアプリが違うからなんとも比べ難いところではあるが、そのドクターに認知症検査されるのだけはイヤだな。
「イロイロ検査させてもらいましたが、オタクは残念ながら痴呆が入っていますね!」
などといわれても、素直に「あぁ〜そぁ〜ですか・・」と納得できないな、きっと・・

IMG_2567.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

生死事大 

2014/09/02
Tue. 07:27

彫刻制作の準備で久々に工場の整備をして青空工房になるあたりの草刈りをしていたら電話が鳴った。
いそいでエンジンを切って電話に出えると、
「お昼過ぎに息子が亡くなりまして・・」
年老いたおばあさんからそう伝えられた。
夏の棚行の時に入院中で具合が良くないから長くはもたないだろうと話を聞いていたので覚悟はしていたが、あまりに突然だった。
人の生死はあらかじめ決められているものでもないから仕方のないことなのだが、それにしても突然のことだった。

大急ぎで工場を片づけて諸々の準備をして、頭にバリカンをあててシャワーで汗を流して改良衣に着替えた。
ご自宅へ向かっている途中で「いましがた家に帰りましたけぇ」と、また電話が入った。
坊主への対応に手落ちがない。
仏具の配置に若干の不具合があったものの、身内親族だけでひと通りの事は出来ていた。
経机の位置などを少し動かして枕経のおつとめをした。
そのあと簡単な打ち合わせをした。
残されたお母さんは夫にも息子にも先立たれてどことなく寂しそうな様子だった。

もうずいぶん前のことになるが、それでも私が島根へ帰ったあとの頃にお父さんが亡くなった。
その時は、今の老僧と二人でお葬式を務めた。
そしてこの度は家族葬になって、それが故人の遺言だということだった。
喪主さんと打ち合わせをしていたら遅れて到着の葬儀屋さんが話に加わった。
町内や自治会への手配も、すべて喪主さんで終わらせたとのこと。
もうずいぶん前から覚悟が出来ていたのだろう。
葬儀屋さんも感心されるほど手配に遺漏がない。
坊主としては家の事情に深く立ち入ることも出来ないし、現状を把握して粛々とつとめあげるしかない。

開蓮忌塔婆の裏書きには中国禅六祖慧能禅師のお言葉とされているらしい一節を書かせてもらった。
「生死事大 無常迅速」
生きるも死ぬも大きな痛み苦しみをともなう。
それをのりこえる事はとても重大で大変なことだが、避けてとおることは出来ない。
心身ともに気持ちの整理もつかないでモタモタしている間に時は容赦なく過ぎ去っていく。
・・・ナンチャッテ坊主なりにそんなふうに読み解いているが、まんざら大間違いではないだろうが正しいわけでもないかもしれない。

一般に、最近の坊さんは葬式と法事が仕事だと思われることも多い。
実際、私などそれもまともに出来なかったりして、年回法事をスルーされる事も多々ある。
家族葬というと、先代住職の頃はまずあり得なかった。
今の東堂さんが「葬儀はこうせにゃならん!」とピシャリ言い切って有無が言えないところもあった。
住職交代以降、なしくずしに葬儀形態が変っていったのは、まんざら時代の流れだけでもなく、坊主の力量も影響してのことだろう・・・とクールに分析しつつ、「まぁ、それでいいか・・」と、気楽に思ってしまう自分がいる。
そもそも、人間の生き死にが儀式のように様式化されることが良いと思っていないという坊主にあるまじき自分がいたりする。
生きるも死ぬも自分の一生で一回だけのこと。
せっかく生まれたのならそのことに感謝して必死に生き抜くことが人の使命だと思う。
生き残った人と坊主の都合で葬儀の様式が決まってしまうというのもどうかと思うな。

この度の葬儀の故人は自分の誕生日まで必死に生抜き、その翌日往生された。
その少し前には私がマイワイフの誕生日を祝ったばかりだった。
その時プレゼントした薔薇は、花屋さんがくれた活性剤のおかげでいまだに元気で咲き続けている。
誕生日も命日も1年に1回のこと。
せめて、その日くらいは家族の気持ちが一つになっていて欲しいと思うな・・・

IMG_2645.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

島根よいとこ 

2014/09/01
Mon. 07:27

キーポンが使ったあとのラップトップは、アチコチがベタベタして油だらけになっている。
トラックパットは指先が張り付いて滑りが悪いし、モニター画面は指の跡がジャマしてワープロの文字がにじんでしまうし、もうイヤになる。
指先の油も干上がって文庫本のページをめくるのも苦労するオヤジにとっては、油の切れた指先が唯一ストレス無く気持ちよく使えるトラックパットなのに・・・

若いということはこういうことだな・・・と、変に納得しつつ使い難くなったラップトップでプチプチブログを書いている。

さて、なっちゃんの久々の帰省でおおいに振り回されたオヤジであったが、彼女の方はなかなか充実した数日になったようだ。
毎年1回は一緒に東京で酒を飲んでいるからそれほど疎遠とは思っていないが、本人いわく2年ぶりに島根へ帰ったのだそうだ。
国外暮らしのノッチはこれから当分の間日本へ帰ることもないだろうから、なっちゃん以上に生身の本人を見る機会が減った。
じゅん君に至っては、キーポンの次に石見銀山の近くで暮しているのに、家族の中では最も会話が少ない。
だいたい男というものはそんなものだから気にもしないが、オヤジとしては心配しないでいるわけでもないので、そのあたりの事情を少しは理解して欲しいものだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
約2年ぶりの島根帰省最高に幸せだったー\( ˆoˆ )/
中学の友達にも会えて中学の先生にも会えて♡
メインイベントのみおの結婚もお祝い出来て♡
高校卒業振りに会えた子達もいて♡
帰る度に思うけど島根はいい人ばっかでいい所ばっかで美味しいもんばっか!
たっぷり癒してもらったからまた明日から東京で頑張ります‼︎☆*゚
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

出雲発のJRに乗り遅れて松江まで急ぐ結界君の助手席でしきりにiPhoneのシャッターを切っていたが、なかなかいい写真が出来ていた。
これが本人のカメラワークならたいしたものだと思いつつ、最近のiPhoneはなかなか味のある写真を撮ってくれるんだなぁと感心した。
特に拡散して困ることもないと思って無断借用させてもらった。

10614373_562074140585458_2684654923007730386_n.jpg

1907454_562074200585452_7248899647932696040_n.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2014-09