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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

目出度い葬儀 

2014/09/26
Fri. 08:10

1年のほとんどの寺務が通勤坊主で、盆と正月は単身赴任ですませている、なんとも曖昧な在家坊主を続けながら彫刻を造っている。
自分でも無駄が多いなと思いながら、改善の糸口もみつからないまま一日が過ぎ半年がすぎまた一年が巡ってくる。

石見銀山の暮らしで久々に自治会の葬儀をお手伝いした。
行年96歳という大往生のおばあさんを町内組内で見送ったわけだが、自分にとっては公私を含め、この近年・・・というより、かつてないほどの賑やかな葬儀になった。
筆を持ちなれているからということで、ほとんど暗黙に決まっている記帳役を1日務めた。
葬儀の朝から帳場の列が絶え間ない。
のし封筒の表書きを延々と帳面に写し取る。
遠近の親族だけでもあふれるほどの人数。
90歳を過ぎてこれだけ多くの参列があるということは、生前の故人の人柄とか世間の付き合いの広さが偲ばれる。
こういう賑やかで目出度い葬儀は久々のこと。
お手伝いをしていても清々しくて気持ちがいい。
残された身内のお考えだったのか、人の一生を締めくくる最後のイベントだから、損得関係なく八方手配を尽くされた気遣いが潔い。
喪主をお孫さんへゆずられたのも、世代交代の粋なはからいに感じる。
せちがらい今の世の中で、こういう葬儀も珍しいことだと思ってしまう自分がいた。

万善寺のお檀家さんでここまでの葬儀を仕切れる人物はいないだろうな。
東堂さん夫婦のこともあるし、なんとなく漫然とそろそろ心安い近所の方丈さんへ相談でもしてみようと思っていたが、早めに行動へ移した方がいいかもしれない。
高齢化と過疎が進む田舎では、地域集落のみんなで葬儀のお手伝いをするということもなかなか難しくなってきた。
それでも今のうちになんとか工夫すれば地域の風習として伝承できる。
そういう気もする。
今の時代は、何でもかんでも簡単に銭勘定ですますことになれすぎていると思いませんか?

「利益」と書いて、仏事では「りやく」と読む。
お釈迦様の教えから自他共に功徳を得ることで幸せな心もちになれる・・そういう精神でいられるということに清らかさがある。

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