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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

護持会研修の一日 

2014/10/03
Fri. 08:23

久しぶりのまとまった雨になった。
寝静まった石見銀山の家並みを打つ雨音が朝まで続いた。
彫刻の島根搬入が終わったので、それまで続いていたいい天気で乾燥の進んだ薪を刻んだ。
それから少しして雨が降りはじめたから、薪づくりの作業がはかどったとは言いにくいものの、ひとまずは冬の1ヶ月分をまかなうくらいの薪をストックできた。

彫刻搬入の同じ日に宗門の護持会研修会があった。
今年は赤来高原の隣町にある同宗寺院が会場になった。
教区内寺院から住職と檀信徒代表が集まってなかなか盛大な研修総会になる。
万善寺は会場のすぐ近所なのでお檀家さんも5〜6人ほど出席していただいた。
特派布教師は滋賀県の方から老師をお迎えした。
高齢のお檀家さんが多数で、法話の1時間半をジッとしていることもそうとうつらかったことだろう。
坊主は座禅の心得もあるから動かないことに慣れている方だと思うが、普通に暮す在家のお檀家さんはなかなかそういうわけにもいかない。
法話の内容はともかく、どう考えても1時間半は長すぎると感じたが、それは私だけだったかもしれない。
激動の昭和を生抜いてきた体力と精神力は高齢でも衰え知らず・・・といったところか。
末席に座した私の隣では、若い和尚さんが新品のiPhone6を延々とつついていた。
ニコチン切れの禁断症状に負けてさりげなく中座の和尚さんもチラホラ目に付いた。
会場で寺院席だけがなんとなくざわついていた。
それでも、教区長さんはセッセとメモをとっていらっしゃった。
毎年のことで慣れてしまうとそのようなものかもしれない。

半日の研修はいろいろといい勉強になったと思いつつ、結界君をすっ飛ばして石見銀山の自宅に帰った。
その日のうちに送信をすませておかなければいけない書類があって、その用事をすませていたら搬入の定時集合に遅刻した。
すでに何点かの彫刻がトラックに積み込まれていて、あとは私の彫刻を乗せるくらいまで作業が進んでいた。
その後、アレコレあって帰宅したのは夜になってしまった。

1日のうちに、種類の違う関連性の無い用事を3つ片づけるとさすがに疲れた。
寝る前に宗門教化部制作の布教リーフレットをひらいた。
タイトルは「ー布施ー」とある。
震災と原発事故の被害にあった福島県の和尚さんが寄稿していらっしゃった。
たしかこの2〜3年で同じ話を2回別々に聞く機会があったように思う。
正確に覚えているわけではないが、1回は法話で1回はDVDかテレビか映像の動画だったと思う。
そして今回は文章になっていた。

坊主の間では常識に通用する「布施」の意味が、一般通説ではかなり食い違って解釈されている。
一説には、お釈迦様とお弟子さまの説法と修行の旅の時代、着の身着のままで裸同然だったお釈迦様たちは、説法しながら立ち寄る村々、通り過ぎる道々で、少しでも衣の足しにしてくれと野良着や作業着の端を破りちぎって差し出された布の切れ端をありがたくいただき、縫い合わせて大きな一枚の布にして身体に巻き付けたものが袈裟の始まりといわれ、その無償のほどこし行為を布施というようになったといわれている。
法を施し布を施しお互いの喜捨をわかち合う。
布教布施とはそういう意味が含まれていることをありがたく正しく感じ取ることが大事だと思う。

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2014-10