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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

実りの秋 

2014/11/03
Mon. 08:31

石見銀山も赤来高原も秋の色が深まって落葉も進んでいる。
その上最近は雨も降り続いていて、いっきに山陰の冬を思わせる日々が増えた。
現代彫刻小品展の事後処理で事務などを進めていると、益田の作家から連絡が入ってこれから石見銀山へ向かうという。
彼の彫刻を手渡ししたら、あとは徳島の居上さんから寄贈していただいた彫刻だけが残る。
やっと一区切りついた感じだ。

ちょうどお昼のティータイムに益田のTさんがやってきた。
もうずいぶんお歳だからしばらく休んでコーヒーでも飲んでもらおうと思ったが、ワイフが在宅でくつろいでいるから自宅に上がってもらうことも出来なくてそのまま石見銀山の町並みへ出た。
時々断続的に激しく雨が降る変な天気の一日だったが、外へ出てみるとなんとなく生ぬるく暖かい。
3連休ということもあって観光客が町並みにあふれている。
近所のお茶屋さんへ案内したらそこも満席。
Tさんには申し訳ないと思ったが、そのまま倉庫へ走って雨の中彫刻を引き渡して少しばかり立ち話をして別れた。

この連休前から寺の用事が入って銀山街道を落ちつきなく行き来している。
今年は柿の生り年のようで、街道沿いの柿の木は色づいた柿の実がやたらと目に付く。
柿に限らず秋の実が豊作の時は山の動物が里まで下りてくる。
アチコチで熊の目撃が相次ぐ。
だいたいが柿の木の近所をうろついていたということが多い。
万善寺の谷は熊の通り道になっていて、尾根を2つばかりと谷を3つばかりの範囲を行き来している。
近所の人はその熊の一家の行動をよく知っていて、上手に接近遭遇を避けながら暮している。
途中に広島と松江を結ぶ国道があって、熊がどうしてもその国道を横切らないといけないところが一箇所ある。
目撃はその場所と彼等のねぐらにしている里山のあたりに集中する。
初月忌でおじゃましたお宅でお茶飲み話にそのような情報を聞き取った。
私もまだ子供だった頃から「あの場所は熊が出るけぇのぉ〜。用心せにゃぁいけんでぇ〜」などと、お年寄りや先輩の中学生から教えてもらったりしていた。

秋の山はとにかく美味しいものがいっぱいできるから、大人から子供まで休みになるとよく山へ入り込んでいた。
山栗の小さな実を頭陀袋いっぱい拾ったり、黄色く色づいた自然薯のツルを頼ってむかごを収穫したり、天然のヒラタケやシイタケ、それにマツタケにコウタケなどなど・・・
「お寺の山へ入らせてもらいましたけぇ〜。少しばかりですがおすそ分けですけぇ〜」
律義なお年寄りは、貴重なマツタケなどを置いていったりしていた。
今はそういうことも絶えて久しい。

熊のねぐらの隣の谷にある田んぼは転作で大和芋の畑になっている。
先日、改良衣でその大和芋畑の隣のお宅へ訪問してお経を一つあげてきた。
そこのおばあさんは自分の畑で年内に食べるだけの自然薯を人工栽培しているのだと聞いた。
家族がみんなでシーズン中に食べる程度の収穫が出来ればそれでいいと、もう何年も前から続けているということだ。
お仏壇のお供えもその自然薯をすり下ろしたものだった。
「ダシで擦ってご飯にかけると美味しいですけぇねぇ〜」
・・・たしかに・・・想像しただけでもよだれが出る。
そのお宅では、おつとめの帰りに今年豊作の柿をもらった。
その前は天然のヒラタケをもらった。

熊のねぐらのすぐ隣で、ひっそりとつつましく暮すその一家には、そろそろ忘れかけた昭和の暮らしがそのまま残っていて気持ちが安らぐ。
もう何年も前だったか、お仏壇が傷んだから修繕することになって撥遣や点眼のおつとめをしたことがある。
「ご先祖さまのお仏壇ですけぇねぇ〜。粗末にできませんけぇ〜」
おばあさんがそうおっしゃっていた。
今の世の中何でも廃棄新調の時代に、手直し修繕の手段を選択するお気持ちがかえって新鮮だった。
修繕されたお仏壇はカシューシンナーの匂いが強くてお経を読みながら咳き込むほどだった。
その年はほぼ1年間そのシンナーの匂いで大変だったらしいが、今では部屋中に香の香りが漂っている。

人の欲は際限がない。
十分なことで済ませばいいものを十二分に欲張ってまだ満足しない。
すでに90歳近いそのおばあさんは嫁入りして以来、熊の姿を見たことがないという。
山に入っても接近遭遇がないということ。
熊も人間も、お互い分相応に欲張らないで暮しているからそう出来ているのだろう。

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