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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

501 

2014/11/13
Thu. 04:53

Huluで「舟を編む」を観た。
少し前に「まほろ駅前~~」を観てから三浦しおんづいている。
テレビ東京の30分ドラマ「まほろ~~番外地」も一気に観た。
テレビ東京というと「孤独のグルメ」も面白い・・が、話がそれた・・・といっても、そんなに確たる信念を持って毎日のお題を決めているわけでもないけど・・

いずれにしても、小説も含めて最近三浦しおんとの距離が近づいている。
ご本人には失礼なことだが、趣味読書の素人ごときにえらそうな感想も言える立場でないことを知りつつ言ってしまうと、どこといって特にドラマチックに盛り上がるストーリーでもない気がするし何が面白いんだろうとよくわからないまま、それでもダラダラと最後まで読んだり観たりしてしまう、そんな不思議なところがあって、結局はそのあたりが魅力にもなっているのだろうと思っている。

その「舟を編む」にデニムとジーンズの話題が出てくる。
私の世代は・・と勝手にザックリくくってしまうと・・ジーパンとかジーンズと普通にそうよんでいたが、最近ではデニムといっているらしい。
ジーンズごとき(失礼)をファッションの1ジャンルとして認識していないところもあるオヤジのノリでは、そのような作業用の丈夫なズボン(又はパンツ)をどのように呼ぼうがどうでも良いことだと思いつつ、一方では自分の生涯におけるジーンズの立場は白衣改良衣に雪駄の坊主スタイルと同等以上の定番になっていて切っても切れない関係が成立している。

世間では「万善寺のおぼっちゃん」と呼ばれていたまだ私が幼少の頃は、ズボンというと折り目のスジのついたナイロン配合の少年用スラックスしか履かせてもらえなかった。
あとは小学校へ通学する時の学生ズボン。
そとで遊ぶ時は、山も川も田んぼも畑も、学生ズボンのお古に履き替えて使い回していた。
そんな環境の中で、小学校のある町場の少年たちが私服で普通に履いていたのがジーパンだった。
そのジーパンは、まだ白黒のテレビで観ていたジェームス・ディーンやスティーブ・マックイーンなどのアメリカの俳優さんがカッコよく履いている姿とダブって、お寺のおぼっちゃんの憧れと嫉妬の的だった。

実は、何を隠そう・・といって別に隠すほどのことでもないが・・私がはじめてジーパンを履いたのは高校生になって一人暮らしを始めてからだった。
松江の天神町にあったお店で買ったエドウィンが最初だった。
貯めたお小遣いを握りしめてその店に入って、定員さんにサイズを測ってもらって裾あげもしてもらったジーパンは結構高かった。
似合っているのかどうかもわからないまま、学校から帰るとだいたいそのジーパンに履き替えて過ごした。
高校を卒業して東京へ出る時もそのジーパンを履いていた。
そうやって4〜5年目にバイトで貯めたお金を握りしめて、アメ横のたしか田中商店だったか中田商店だったかで2本目のエドウィンを買った。
その時に米軍のアーミージャケットデッドストックを一緒に買った。
ポケットの裏生地が、花柄の女性用の生地で縫ってあって、なんとなく金髪のキレイなオネエサンを想像したりして胸がときめいた。
その年の冬にそんなスタイルで帰省したら、おかみさんのひんしゅくをかった。

今はリーバイスに変った。
どうしてそうなったかというと、それを思い出すだけでも涙が出るほどつらい出来事があった。
機会があったらそのことはまたいずれ詳しくお話します。

というわけで、20代の後半からリーバイスの501を履き続けている。
すでに5〜6本履きつぶした。
まだ定職についていた頃には、転勤の餞別に黒の501をプレゼントしてもらったこともある。
WとLのサイズがノッチと一緒だったから、彼女のお下がりをもらったこともあって、今も洗濯替えでそれをしぶとく履いている。
確か誕生日だったかにあわせてワイフも2回くらい買ってくれた。
そうやって更新をくり返しながら今に至るが、最近まともなリーバイスが1本だけになってしまってどうも都合が悪くなったものだから、思い切って久々に黒の501を通販で買った。
この30年以上サイズが変らないので、あとは生産国をチェックすれば通販でもほとんど外れることはない。
昨日ノンウォッシュが届いたから、しばらく部屋着で履きならした後洗濯しようと思う。
・・・さて、これから死ぬまで何本の501を履くのだろうか?

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