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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

いい転機 

2014/11/20
Thu. 09:04

七日務めが金曜日に重なって、そのうえ来週の金曜日はコンサートの準備も重なることになってしまった。
50軒足らずの山寺の檀家さんなのにここまであちらもこちらも重なったりすることなど皆無に近いことだから少々苦労している。
寺の方は自分一人でなんとかなるが、コンサートの方は八方お願いすることばかりなのでどうなることやら・・・

先日の葬儀は坊主三人が招待された。
万善寺ではめったに無い久々のことだった。
老僧が健在だった頃は、私の事情も無視されて世話人さんと勝手に決められたまま鐘つき坊主を務めることも多かったが、最近はそういうこともなくなって久しい。
坊主が兼業で何かの定職に就いていると、平日休日関係なく、必ず1日は葬儀にお付き合いして兼職を休むことになるから、職場へ多少の迷惑をかけてしまう。
昔は学校の先生に坊主が多かったりして、自習になることが結構多かった。
平成の時代になると公務員の就業がしだいに厳しくなって、先生が坊主だったりすると若い保護者から兼業を指摘されることも多くなった。
「先生が坊主のアルバイトをしている」などといったふうに思われてしまったりするともうどうしようもない。
なかなか厳しい世の中になったもので、正義感の強い真面目な小心者の私など痛くもない腹を探られて悶々としながら暮すほどの強く図々しい精神力もないまま、とっとと定職を辞して坊主と彫刻家に絞ってフリーターニートオヤジになった。

生きる気力も職の研鑽も萎え、過去の知識経験にすがりつくばかりでぬけがらのごとき状態に気づかないまま、まわりの迷惑を無視しつつ我が身かわいさでしぶとく職にしがみつくのもどうかと思う。
頭も身体も精神も老化は避けられないことだから、それはそれでそれなりに出来ることを探せばいいことだ。
さまざまな不安や不満と向き合いながら懸命に生きていたまだ若かった頃の自分を思い出して、次の世代に託すことくらいの余裕を持ちたいものだ。

近年の彫刻は、行き先や設置場所をおおよそ決めて、その交渉をしながら制作するようにつとめている。
少し前まではそのようなことを考える余裕のないままひたすら造りたいものを造りたいように造って発表して、それで終わっていた。
気がつくと自分のまわりの迷惑かえりみず、アチコチに昔の彫刻が投げっ放しになっている。
自分にとっては大切なものでも、他人はそう理解してくれない。
ジャマだと言われたりゴミだと言われたり、なかなか厳しい現実がある。

11月に入って倉庫の整理を始めたら、なかなか制作に手が回らない。
これからせいぜい20年も制作を続けることが出来るかどうか・・・
過去の遺物の粗大ごみになって、産業廃棄物や再生ゴミで処理されておわりにならないように・・・最近はそのことばかり考えながら制作を続けている。

いずれにしても長い人生、時々に巡ってくる節目をどう乗り切るかが鍵になる。
オヤジだけではない、吉田家の子供たちも、それぞれがそれぞれに転機を向かえているようだ。

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責任と目標という言葉が大嫌いで、姉ちゃんから"お前は社会不適合者だ"と散々言われ、ひたすらニート生活を謳歌していた私が、ご飯食べる間も寝る間も削って仕事をしている奇跡。
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2014-11