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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

炬燵 

2015/01/16
Fri. 10:19

炬燵があるとどうも長居をしてしまう。
寒い時期の赤来高原は、だいたい何処へ行っても炬燵が部屋の真ん中に用意してある。
島根県くらいの寒さだと冬のシーズンはだいたい炬燵一つで用が足りる。寺のロフト暮らしも、吹雪の時は気がつくと窓の隙間から雪が吹込んでいたりすることもあるが、私一人の時は炬燵一つで暖房をまかなっている。

1月に入ってからお檀家さんの葬儀が一つあった。故人の遺言だったとかで万善寺の本堂が葬祭場にになって、通夜の夜も本葬の一日も、雪が降ろうが風が吹こうが本堂の窓を開け放しておつとめをした。参列の皆さんはさぞかし寒かったことだろう。
昔ならアチコチに手あぶりが置かれたりしていただろうが、今はそれがストーブにかわった。多少の寒さはしのげるかも知れないが、それでも眼界がある。人の生き死には時を選ぶことがないから、その時の事情に身を任せるしかない。そう思うとかえって寒さが気にならなくなって「そんなもんだ」で済ませてしまう。あとで喪主さんが、「良い葬儀をだしてもろうぉ〜て、故人も喜んどることでしょう」と、うそかほんとか、礼の挨拶でそんなことを言っていらっしゃった。

そんなことから年明け早々七日務めが始まって、お経を読んで焼香が終わって「お茶でも一杯」ということになって炬燵に潜り込んでしまうと、それからがどうしても長居をしてしまって、昨日もそのパターンを崩すことができなかった。寺の山号の謂われやこの度の戒名のことなどいろいろ質問を受けてそれに一言二言返していたら、どんどん話が発展してしまった。

吉田家の子供たちも炬燵好きで、末娘のキーポンなど、1年中その炬燵が勉強机になっていて冬の寒い間は寝る時も布団がわりに炬燵に潜り込んでしまう。ずいぶん前には、なっちゃんとノッチの要望でわざわざオヤジオリジナルの炬燵をつくったりして、今は常夏の国に暮すノッチのお下がりがキーポンのところへ移動している。東京生まれのワイフも、島根暮しが長くなって時々オヤジの炬燵デスクに潜り込んで昼寝をむさぼったりしている。

どこかしら炬燵には人を引きつける魅力を持っていて、日本独特の文化になっているのかも知れない・・などと思ってしまうのはおおげさなことなのだろうか?
今朝の石見銀山は久々に晴れて冬の水分をタップリ含んだ木々からは気化の靄が立ち上っている。
せっかくのいい天気に何時までも炬燵でゴロゴロしているのももったいないから、久々に工場へ行ってみようと思っている。

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