工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

隠岐 

2015/02/28
Sat. 07:04

久々に日本海を見た。
このところ春めいた日が続いていたが、午後になると久しぶりに北風が強くなりはじめて気温が急激に下がった。
みぞれまじりの雨が海からの強風にあおられて結界君を叩く。
年度末になると公共事業の補修工事がアチコチで一気に増える。
日本海に沿って東西に走る国道9号線も信号待ちの車列が長蛇に続く。
旗振りのガードマンも北風に吹き飛ばされそうになっている。

この1年間松江の近くで働いていたじゅん君が、今度の4月から1年間ほど隠岐で働くことが決まったようだ。
アベノミクスとは縁のない島根の方で期限付きとはいえ仕事をさせてもらうことが決まっただけでもありがたいことだ。
そのじゅん君が小さい頃は、毎年夏になると隠岐の浦郷でキャンプをしていた。
かれこれ4〜5年はそういうことが毎年続いていただろうか・・・
まだ末娘のキーポンが生まれていなかったと思う。
じゅん君があの頃を覚えているかどうかわからないが、隠岐はとても良いところだからそのまま住み着いてくれてもいいくらいに思っている。

その隠岐というと、1週間ほど前に起こった痛ましい事件が思い出されてならない。
いろいろ家庭の事情があったのだろうが、何の曇りもなく純朴に育った少年が一気に大都会の暮しへ生活の環境を順応させるということはかなりのストレスと試練があったことだろう。
オギャーと生まれ落ちた無垢の子も、環境の違いで言葉も考えも習慣も何もかも全く違って育っていく。
自然の容赦ない天候災害はその時を耐え忍べばいずれは過ぎて平穏に戻る。
人の我欲差別の迫害の連鎖は終り尽きることがない。
たった十数年の人生で一生を終わらなければならなかった少年の無念さは計り知れないものがあっただろう。
過去に戻ることはできないから、過ぎたことはひらすら反省するしかないことだが、同じ間違いをくり返さないことの手本として万民の記憶に留めておいてほしいものだ。

この荒れた海の彼方には、吉田家がキャンプに訪れ、あの少年が生まれ育ち、じゅん君が1年間お世話になる隠岐がある。

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共同生活 

2015/02/27
Fri. 09:08

2012年の2月に推定19年10ヶ月で永眠した石見銀山雑種犬シェパ爺のあと、同年推定4月1日誕生日の石見銀山雑種猫クロ君がやってきて、その後推定6月14日誕生日の多技雑種猫シロちゃんが吉田家のメンバーに加わって今に至っている。

これまでの私の人生で、3匹の犬と7匹の猫と、2羽のウサギと、2羽の文鳥と、数羽のセキセイインコと、数羽のカナリアと、数匹の川魚と、数えきれないほどのグッピーなどと同居してきた。
どれもそれなりに思い出深いから、いまだにその気になれば幾つかの場面を記憶の引き出しから取り出すことができる。
なかでも自分で忘れ難いのが、猫のタマ・ジュニア・スペシャルー2と犬のシェパだろう。
彼等と一緒だった頃は、まだデジカメがヒットする前の頃だったから、写真データはネガフィルムに記録してアルバムに保管するくらいしかできなかった。
シェパが爺さんになって散歩も私の後をついてくるくらいになってからやっとデジカメが吉田家に導入されて、それから後はパソコンやCD-ROMにデータ保存できるようになった。
そして現在は、ネコチャンズをワイフがiPadでパチリ!キーポンがiPhoneでパチリ!私がG12でパチリ!
実に日進月歩で今に至っている。

吉田家に同居するようになった彼等にとって、それが幸せなことなのかどうかは判断に苦しむ。
一般的にはペット(愛玩動物)であるのだろうが、さて、そういう主従関係が機能しているのか曖昧に感じることもある。
犬の場合はわがままな性格もそれなりに改良改善してつきあうこともできるが、猫の場合はなかなかしたたかで上手につき合うことが難しい。
かえってそれが日常の暮しの刺激になっていたりもして、毎日が退屈しないでいられるのかもしれない。
まぁ、彼等にとってのわがまま的行為は、人間のそれとどっこいで、我慢の代償と割り切っているような気がしないでもない。
きっと、それぞれにお互い様ということで共同生活をしているくらいに思っているのだろう。

そんなわけで、現在同居中のクロ君とシロちゃんは毎日のオヤジの自己満足に粛々としてつきあってくれている我慢強いネコチャンズなのであります。

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春めく 

2015/02/26
Thu. 17:58

少し前までは寒い寒いと思いつつ朝晩セッセとストーブを焚いていたが、このところいやに春めいてきて重ね着の調節で1日を過ごせるほどになってきた。
だいたいが小さい時から寒さには強い方(といっても、重ね着で調整できるからなのだが)だから、秋から春のシーズンは苦もなく過ごせるし、かえって鍋や熱燗が美味くてワクワクすることも多かったりする。
それに、部屋が極端に暖かいと首から上がカッカと火照ってボォ〜ッとしてしまう体質で、学校の教室でストーブの前の席になったりすると、自分でも分かるほどゆでダコ状態の真っ赤な顔になって目に幕がかかった感じでフラフラになってしまうことがしょっちゅうだった。
そういう体質は今でも変らないままだから、吉田家の家族は一般の家庭よりずいぶん寒い冬を過ごしているのだろうと思う。

2月もそろそろ終わりになった。
この3ヶ月間は、私がものごころついてから後、万善寺始まって以来の葬式坊主で忙しい日々を過ごしてきた。
だから予定していた彫刻の制作もどんどんずれ込んで今に至っていて、久々に朝から工場で過ごした。
ストーブ用の薪は工場の方で保管しているから、仕事をしながらそのことが気になってしょうがなかった。
山の整備で切り倒された雑木をタダでもらって薪のストックをしている。
それに念のため毎年製材落ちを2束仕入れるようにしている。
仕事の合間にこれらを刻んで結界君へ積み込んでおくと、だいたい1シーズンは薪不足で困ることもなく過ぎる。
普通だとそのくり返しでシーズンが終わるのだが、この度はほぼ毎日が寺の用事で過ぎていたから少々焦った。
それでも今年は、製材落ちを一束まるまる残していつもより早めに世間が暖かくなってきたから助かっている。
観音さまの御陰だと思うようにしているところだ。

昔、私がまだ少年だった頃の赤来高原では冬の暖房に囲炉裏が欠かせなかったから、1日1晩の暖房は丸太をつぎ足しながら維持していた。
吉田家の場合そのシステムを継承していて、家を留守にする前に大きな丸太を1〜2本ストーブへ投げ込んでおいたら、夕方に帰宅しても部屋がぼんやりと暖かい。
四六時中薪に火がついていることは一見危険に感じるかも知れないが、灯油や電気の消費量にくらべたらタダ同然で安全な暖房の贅沢をしていることだと思っている。
それに、ネコチャンズにも優しい。
人間が留守中の彼等はストーブのそばを離れない。

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ライフワーク 

2015/02/25
Wed. 10:08

しばらく前のことになるが、島根の大田市在住の若いイラストレーターが地元で個展をした。
私は、彼女が高校の時から知っている。
高校時代は油絵も描いていて、デッサン力もそれなりにある上に、独特の個性的で想像力豊かな絵をたくさん描いていた。
そういうこともあって、大学は芸術系に進学して、就職もクリエイティブなセンスを問われる会社へ決まって躓くこともなく社会人になって、それからしばらくして若い起業家として独立して地元でデザイン事務所をつくって、昨年からは母校の吹奏楽定期演奏会の販促物も手がけている。
吉田家長男のじゅん君より学年が下だったと思うから、いまだにフラフラと仕事も決まらないままその日暮らしをしている彼とは一味違う・・・といっても、生きる世界が違うからそれだけのことで比べられることでもないけどね。

絵を描くのも彫刻をつくるのも、結局は本人の気持ちの持ちようで、ライフワークとして作品の制作を続けるかどうかは自分で決めていくことだと思っている。
だから、いままで吉田の周辺をかすめて過ぎ去っていった数人の方々も、それなりの事情があって吉田的な表現活動を自分の選択肢の一つに持ってこなかっただけのことだ・・と考えている。

私は秘かにその彼女のセンスを楽しみにしていたところがある。
何とか時間のやりくりをつけてコツコツと絵を描き続けていたらそれなりの評価をもらえるほどの絵描きになるような気がしていた。
そこで、その彼女の個展のことだが、これが残念ながら感動することができなかった。
彼女が1年間の準備期間をもらって取り組んだ個展であることを知っていただけに、期待のほうが大きすぎたのかも知れない。
デザイン事務所の方は順調に回転しているようでとても忙しい様子だが、やはり、どこかしら仕事の片手間で個展作品の制作をしてきたように思える。
イラストレーターとしての彼女の作家性には何かしらの限界点を感じた。
一方で起業家としての実力を試されている時期でもあるだろうから、今が踏ん張り時でもある。
イラストの作風や個性はそのうち一巡すると鮮度が下がる。
それを営業の販路拡大で補わなければいけない。
商業美術の厳しいところだ。
自分の好きなことが自分の生活のための仕事になってしまうことほど辛くて厳しいことはない。
若い時だからできることもいっぱいあるから、それなりに腹をくくって仕事と向き合ってほしいと期待している。

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修証義総序 

2015/02/24
Tue. 16:25

隣町の同宗からお手伝いを頼まれて通夜とお葬式をお務めした。
導師は今年で85歳になるも、かくしゃくとして住職を務めていらっしゃる。
副導師はそのご住職の息子さんで副住職と、それに万善寺の私。
坊主が3人揃うと鳴り物も釣り合いが取れて荘厳さが増す。
故人にとっては生涯に一度限りの自分の葬式だから、略式で済まされるよりはすっきりと気持ちよく往生できることだろう。

「みんなワシより先に死んでしもぉ〜て、もう、何人も見送ったけぇ〜のぉ。生きてるもんより、寺の裏で眠っとるもんが増えてしもぉ〜たがぁ〜・・」
この度の故人はご住職の同級生だったそうだ。
その同級生さん、亡くなる直前まで元気だったのだそうだ。
その日の朝、どうも調子が悪いからと自分で病院へ行く仕度などをしている最中に容体が急変して救急車騒ぎになったのだそうだ。
近くの病院では手に負えないので出雲市の総合病院まで搬送されたそうだが、時すでに遅しで帰らぬ人となった。
ご親族にとっては突然のことで、何事もかなり慌ててしまったそうだ。

ご住職は、子供の頃からの遊び友達のこともあって、何かと思い出されることも多かったのだろう、引導香語はいつになく熱の入ったものだった。
「もう、こんだけ生きりゃぁ〜いつ死んでもええようなもんだが。自分が死ぬことぁ〜なぁ〜んもこわぁ〜なぁ〜が、なかなか死ねんもんだけぇ〜」
組内のお手伝いのお茶方さん相手のお茶飲み話がひとしきり続いた。
先の始末も遺漏なく、副住職さんの晋山式も日程が決まりつつあるようだ。

修証義の第1章「総序」には、ざっくりいうと、「この世のさまざまに生きるものにあって、人間として生を受けたことは難しく希少な縁である。いただいた生であるから、粗末にしないで大切に精一杯生きようとしなければいけない」というようなことが書いてある。
おいぼれて自分の正体もわからいまま無駄に生き長らえることが良いのかどうなのか・・なかなか答えが見つからない難しいことだ。

そうそう、いつごろから決まっていたのか知らないが、2月22日は「猫の日」だったそうだ。
吉田家のネコチャンズもお祝いしてあげようということで、ワイフが美味しそうな猫メシを買ってきたようだが、彼等のお口に合わなかったらしい。
猫は、人に死に際を見せないと云われているが、それはたまたまそうなっているだけのことらしい。
自分が調子悪くなったら、身の安全なところへ潜り込んでひたすら完治を待つのだが、結局完治しないまま憔悴して死んでしまうことも多々あって、人に発見されないまま朽ちていくだけのことなのらしい。
人間もこんな感じで死んでいく人が増えたら、それこそ葬式坊主の用が無くなってしまうね。

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深夜食堂 

2015/02/23
Mon. 10:03

青梅街道からJRのガードを潜って靖国通りに入ると左側が歌舞伎町。
そのまま進んで伊勢丹の向かいに新宿末広亭があって、そのあたりを要町と云っていた。
その先は新宿二丁目になって、新宿通りへ曲がるとその先に新宿御苑が広がる。

「深夜食堂」のオープニングタイトルバックには、ガードを潜ってすぐ左にすずや本店も映っている。
私が東京暮らしの頃にはドン・キホーテはまだなかった。
「懐かしいなぁ〜、あの歩道を渡って、ガードを潜って、西武新宿線まで歩いて・・すずやの角から真っ直ぐ行くとコマがあって・・・」
30分のドラマを観る度にそんなことをつぶやいていたら、
「島根の田舎モノが、何を懐かしがってるのよ」
ワイフにピシャリと言い切られてしまった。

ハイ、確かに私は島根の田舎者でありますが、10年間ほど東京暮らしをしていたのであります!
とにかく、自分の人生で忘れ難い濃厚な10年間だった。
深夜食堂を観る度にあの頃のことが思い出されて涙ぐんでしまう・・・とは、少々おおげさかも知れないが、とにかく、数えきれないほどのドラマがあった。

18歳の春に上京して1ヶ月7500円のアパートで暮しはじめ、その年の5月から新宿三越の裏通りにある3階建ての喫茶店でバイトを始めた。
美術系の予備校が新宿通り沿いの新宿御苑の前の方にあって、その近くの喫茶店で昼食のまかない付き1時間半バイトもした。
とにかく、1本100円のデッサン用鉛筆を買うのも難しいほどの貧乏暮らしをしていたから、飲食業で働くことのありがたさを痛感した。
おかげで、プロの仕事を見様見まねで覚えさせてもらって、その後の暮しにずいぶん役立った。

いろいろ縁あって、ワイフと島根に帰って結婚して、新婚時代に教えた料理の幾つかはその時に覚えたもので、今でも、気が向くとつくってくれる。
包丁の研ぎ方を教わったのもその頃のこと。
ちなみに、ワイフの実家は西武新宿線沿線で、青梅街道と五日市街道に挟まれた住宅地にある。

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日曜日の坊主 

2015/02/22
Sun. 15:55

法事をすませて帰宅したら家の中が煙臭い。
部屋へ入ったらますます煙臭いまま、ほの暖かい。
ストーブの煙突に外からの風が逆流したらしい。
燃え残りの薪がくすぶっていたから、それを火種にして小割りを投げ込んで大衣をたたみにキーポンの部屋へ上がった。
吉田家で衣がたためるほどの床スペースを確保できるのは彼女の部屋だけだ。
四畳半で窮屈に暮しているオヤジとは待遇に大きな差がある。

突然頭陀袋の中で携帯が鳴りはじめた。
「今日はお世話になりまして・・・あのぉ〜、おたずねですが、明日明後日はお時間どうでしょうか?」
法事で随喜をいただいた隣町のお寺からお葬式の電話だった。
「昨年末からお葬式が続きましたなぁ〜」
「やっとおちついたようですねぇ〜」
つい今朝方そんな坊主会話をしていたばかりだった。
「ハイハイ!お手伝いさせていただきます。それでお通夜は何時からで?・・・」
坊主の都合で人の生き死にを決める訳にもいかない・・と思いつつ、一方で限りなく葬式坊主に偏ってしまった現実から抜け出せないでいる。
簡単な事務連絡を終わって、たたんだ大衣を頭陀袋へ収めて、リビングへ降りたら煙突の煙に上昇気流ができて薪が勢い良く燃えていた。

母娘はそろって出かけている。
食べそびれたお昼をどうしようか迷いつつソファーに埋もれていたら、内気な人見知りのシロが珍しくオヤジに甘えて這い上がってきた。
ストーブがなくてもいいくらいに部屋がなまぬるく暖かい。
Tシャツの重ね着で十分しのげる。
そろそろ春が近づいているのかも知れない。
たまたま塔婆の裏書きには「春来草自生」と書いた。
春が来たから新芽が芽吹くのか、新芽が芽吹きはじめたから春が来るのか・・・
今の世の中、ひとの都合で無理が過ぎているような気がする。
自然の道理も通じなくなってしまったら、地球も終わりだね。

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親の事情坊主の事情 

2015/02/21
Sat. 13:40

正月といえばチャイニーズニューイヤーで世界が盛り上がっているようだが、吉田家には寺の年始で忙しくしている時以来にじゅん君が帰ってきた。
といっても、用事のついでに夜遅くなってから寝に帰った程度のことで、朝シャワーを浴びてそのまま出ていった。
ワイフは民生委員の用事で早くから出かけているし、私は法事で出かけるしで、まともな会話もない。
親子なんて結局はこうしてみんなそれぞれ独立して自分の生活をつくっていくんだな。
それでも、子供の方はいつまでたっても都合よく親に甘えているところがある。
じゅん君にしてもいい歳をしていまだに完全独立できないでいるのだが、たぶん本人はそんなことも気がつかないでいるはずだ。

あいかわらず私のシュラフへ潜り込んでそのまま寝てしまったキーポンが朝寝をむさぼっている間に塔婆などの法事グッズを用意して改良衣に着替えていたら、どうも身体の節々が痛い。
案の定前日の肉体労働が身体にこたえたようだ。
結界君を運転中も腰が痛くてジッとしてシートに座りつづけるのがつらい。
お経の間中も結構きつかった。
施主さんは私と同級生なのだが、脇目もふらないで働き通しの人で仏事にはあまり詳しくない。
坊主的には結構節目の大切な法事だったのだが、それが彼にはうまく通じていなかったようだった。
新調のお位牌を点眼したりしてひと通り法事の法式を通したが、さて、どこまで内容を解ってもらえたか・・・少しは気づいてほしいな。

通勤坊主のひと仕事を終わって帰宅したら、それを待っていたように宅急便が届いた。
最近では、ほとんど節目の無いヒノキの塔婆を手に入れることが難しくなった。
近所の仏具屋さんへ頼んでも洋材でつくったかたちばかりの塔婆しかないので、数年前から奈良県の製材所へ直接50枚単位で注文して受注生産してもらっている。
自分では布施の銭勘定で働いているような俗坊主ではないと思いたいが、やはり一方で在家坊主の日常の暮しもあってなかなか辛い。
塔婆1枚も、通勤坊主の車代も全て布施にひとくくりされてしまう。

そんなわけで、親の事情も坊主の事情もなかなか厳しいものがありまして、働けど働けど足が出てしまっている今日この頃であります。

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モカ 

2015/02/20
Fri. 10:18

在籍していた吹奏楽の定期演奏会が近いということで、最近のキーポンはそのお手伝いが忙しい。
現役部員は練習で忙しいし、まだ進路が決まっていない3年生もいるから、人手が足らないようだ。

学校までの道が久しぶりに乾いていた。
このところぐずついた毎日が続いていたから、薄日の差す朝の風景が懐かしい。
帰宅すると、お出かけ前の朝のにぎわいがウソのように静かだ。
クロが特等席で寝ている。
ワイフはすでに仕事で出かけていた。
ストーブに薪を足してくれていたから部屋が暖かい。
急いでいたのだろう、卓上ポットのコーヒーは空のままだった。
コーヒーメーカーの準備をして豆を探したら、使いかけのモカの小袋が出てきた。
最近断続的に続いているデスクワークのおかげでコーヒーの量が増えたと思っていた。
「そぉ〜か、豆がうまいから飲む量が増えていたんだ!」

ボコボコと抽出終了の音が聞こえはじめた。
朝の様子だと多分終日雨は降らないだろう。
ちょうどティータイムに近いし、出来立てのコーヒーを飲みながら仕事の段取りを決めて出かける準備をしよう。
作業着を着て靴下を履くのはしばらくぶりだ。
身体中の筋肉がタダの贅肉に変ってしまっている気がする。
なんとなく気持ちのいい汗を流すことが出来そうだ。

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Chinese New Year ! 

2015/02/19
Thu. 16:11

新年快楽
きょうはチャイニーズニューイヤー。
チャイナタウンすーぱー盛り上がってる。
人生初チャイニーズニューイヤーを満喫中。
海外にいるって実感した。
〜〜〜〜
ノッチが書込んだSNSを見てから石見銀山の町並みへ出た。
路面にも結界君にもうっすらとザラメ状の雪が積もっている。
「この程度なら雪駄で大丈夫だろう・・」と、長靴に履き替えないまま出発した。

やっぱり、改良衣に絡子(らくす・・ラスクではありません!)スタイルで長靴というのは、坊主の美意識が許さない!
それに、袖口から長袖のシャツがのぞいているのも不細工だ!
・・・などと、勝手に見た目を気にしつつ改良衣で過ごしているが、そんなことお檀家さんのだぁ〜れも気にしてないだろうけどね。

他愛もないことを思い巡らしながら銀山街道を上っていると途中から吹雪になった。
今までの経験上この状態はヤバイと思ったから4WDに切り替えた。
バカでかい工事用車両が前方をふさいでいて、結局予定の時間より15分ほど遅れて到着。
般若心経や観音経を読んで七日務めを終わらせた。
「本当に早いモノですねぇ〜」
お茶を出しながら独り言のように故人の娘さんがおっしゃった。
「もう、おとうさんがいなくなったと思うと家の中が寂しくて・・」

しばらくお茶飲み話をして、法事の事務連絡をして外へ出たら、まだ雪が降り続いていた。
華やいだノッチの写真と島根の山間部の雪景色とのギャップが気持ちの中でなかなか埋められないまま銀山街道を走っていたら、いつのまにか雪が止んで雲間から少しばかり青空がのぞいている。
この3〜4日、石見銀山は今どき珍しいほど大雨が降り続いていて、寒さも緩んだ感じだ。

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久しぶり 

2015/02/18
Wed. 08:52

久しぶりにキーポンが登校するというので久しぶりに学校まで送ってきた。
帰宅したらワイフが出かけるところで、夫婦の会話というほどでもない幾つかの事務連絡を交わした。
「コーヒー出来てるからね」
「ありがとう!」
「このあいだの粗煮の骨取っておいたからお昼はそれでおじやでも作って」
「ありがとう!」
「あたしへの電話かかってくるかも知れないから今日は出てね」
「わかった、いってらっしゃい!」
・・・私のお昼の下ごしらえまでしてくれていた。
そのくらいのことなど、いくらでも自分で出来るのにありがたいことだ。
気がつけば、通勤坊主をしないですむのは久しぶりのことだ。

本当は、昨日も書斎にこもってデスクワークを進める筈だった。
それが、おかみさんからの1本の電話で出来なくなった。
自分の通院の都合で東堂さんのお守り役を言いつけられた。
その東堂さん、少しばかりボケているとはいえ寺の留守番くらいはいくらでも出来るのに、おかみさんの心配も念入りすぎる。
あれこれ言ってもどうせ聞いてくれないことがわかっているから、結局私服のフリースタイルで通勤坊主に切り替えた。

しばらく途絶えていたノッチとのLINE会話が久しぶりに再開した。
中国語圏は旧正月で賑わうシーズンが始まったようだ。
ノッチの周辺も街中が浮かれて仕事にもならないようだから、即席の中国語を駆使してお年玉をゲットしようと企んでいるらしい。

明日からまた通勤坊主が再開するし、せっかくの石見銀山の1日を無駄にしなようにしよう!

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自分の可能性 

2015/02/17
Tue. 07:49

幸か不幸か、吉田家の子供たちは親の職業を引き継ぐような受験勉強をしなかったし、そういう職業を目指そうともしなかった。
まったく縁がないという訳でもなかったから、時々若干専門的な会話があったような気もするが、お互い真剣に悩むほどのことでもなかった。
親としては、学費の心配をすることに専念しておけば、あとは自力で何とかしてくれるだろうと子供に過度な期待をしないですんだ。
こういう子育てがはたして良かったのかどうか、今のところ答えらしきものも結果らしきものも出ていない。
最後の一人が、これから学生生活に入って社会人になるまでにはまだ間があるし、なんと長男に至ってはアラサーど真ん中でいまだに決まった職業もないまま目先の現実にフラフラ振り回されている。
もっとも、親である私自身が似たような経歴で今に至っているから他人のことでとやかく言える立場でもない。

島根大学の卒業制作展の情報はワイフから流れてきた。
新聞を拾い読みしていたら展覧会の記事を見つけたのだそうだ。
ほぼ毎年そんな感じで、何かしら何処かしら展覧会情報が入って、急きょスケジュールを調整してあわただしく出かけている。
ようするに、島根県に在住して彫刻を造っている自分自身が、それほど県内の美術関連諸団体や諸機関と縁遠いところで制作活動をしているということだ。
いっぽう、そういう立場でいると、かえって教育機関や組織団体の中でモノを考え各種活動をしているみなさんの現実が、比較的シンプルにざっくりと見渡されてしまうところもある。
たぶん、当事者の皆さんはほとんど気付かないまま教学共々それぞれの世界を構築していらっしゃるのだろう。
学生さんたちの卒業制作展を観てまずはそのような感想を持った。
とても多くの助けや協力があって展覧会が出来上がったのだろう。

それにしても、近年の地方大学の教育学部のそのまた一部の学生さんが美術を勉強されて造形の水準を保った作品の制作をして、一方で教育の実習もくり返して研究論文も書いてたった4年で卒業されるということは、何と忙しいことだろうと感心してしまう。
私にはとても出来そうにない。
さて、今の自分はどうかというと・・・
コツコツと地道に彫刻を造りつづけること。
家業の坊主を引き継いで、ジジババと付き合いながら、我が子の学費の算段をする。
何も世間のタメになるようなことをしていない。
それが改めて具体的にわかっただけでも展覧会に出かけてよかった。

できれば、それぞれの表現活動は続けてもらいたいね。
せっかく何年もかかって完成させた表現の第一歩なのだから、もうしばらくは自分の可能性を磨いてほしいね。

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まるで日曜日 

2015/02/16
Mon. 08:52

日曜日のような朝を満喫している。
さっきまで炬燵に潜り込んでいたキーポンが「別れの曲」をたどたどしく弾いている。
そのデスク兼用の炬燵の中ではシロが私の足にツメを立てている。
肉球の暖まったクロはストーブの近くに移動してまったりしている。
錦織の優勝で満足のワイフはiPadで「深夜食堂」にはまりながらリンゴケーキを焼いている。
そして私は・・・
ワイフが買ってくれた恒例の文芸春秋3月号をパラパラめくって、芥川賞の賞評を読みはじめたところだ。

最近続いていた早朝通勤坊主が少し落ち着いたものの、これから午後のおつとめが1つ残っている。
結局はいつもとかわりなく結界君で銀山街道を往復することになるが、それでも久々に出来た午前中の余裕がうれしい。

上半期の芥川賞は、彫刻の制作と重なって余裕のないまま過ぎてしまうからはじめから捨てているところがある。
今の時期は申告や事業報告のデスクワークが続いてそれなりに落ち着かないまま過ぎてしまうのだが、それでも秋よりは自宅で過ごすことが多いから、出来るだけ下半期だけでも文学表現の現状を見逃さないようにしようと務めている。
グラミー賞やアカデミー賞などもそんな感じで、知らないで済まさないように心がけている。

表現の多様には個人の価値観や主観の違いで賛否色々あるだろうが、それでも少なくても一定の評価の結果があるわけだから、それはそれでその時代を反映した表現活動の証明に繋がっていると思っている。
自分も、毎年細々と彫刻を造りながら自己表現の活動を継続している訳だから、せめて時代のシミくらいの痕跡は残しておきたいなと思っている。
どうせ、業界でもケシ粒以下のことだろうけどね。

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濃密な1日 

2015/02/15
Sun. 21:09

blogを楽しみにしている皆様、本日はたいへんながらくお待たせしました!
・・・って、だれもそんなこと思ってないか・・

別に何か特別なことがあった訳でもなく、何事もなく1日が過ぎただけのことだが・・
それでも吉田的にはけっこう濃密な1日だったな!

このところ土日祭日関係なく恒例になりつつある早朝からの通勤坊主は、本日も法事があったので、バナナ1本くわえて頭陀袋を左右の肩に袈裟掛けして吉田家を飛出した。
石見銀山の町並みへ結界君を乗り出そうとしたら近所の棟梁とすれ違った。
日曜なのに何処へ行くんだろうとポカンとしていたら、棟梁の方も私の坊主スタイルを見て目と口が真ん丸になっていた。
そんな感じで始まった1日だったが、今日の法事は浄土真宗の門徒さんからの招待だったので、仏説阿弥陀経の経本を頭陀袋へしのばせておいた。
菩提寺の御院家さんはまだ若いがとても丁寧な方で、お経の節回しも正確にキチンとしていらっしゃる。
般若心経もまともに読めないいいかげんなナンチャッテ坊主が即席の節回しで音程を外したりするものだから、さぞかしイライラと落ち着かない法事になってしまったことだろう。

施主家の丁寧なおもてなしで斎膳もいただいて散会後、大急ぎで帰宅した訳は、島根大学の卒業制作展を見に行きたかったからだ。
さすがに坊主スタイルで美術館の会場へ出かけるのも気がねだから、自宅経由で身体をリセットした。

学生さんの作品は、1年に1度しか見る機会もないし、彼等が卒業してそのまま作家になって制作を続けることも希なことだから、こういう貴重な機会は出来るだけ逃さないようにしたいと思っている。
夕方になって松江の美術館へ到着。
今年の会場は、とてもスッキリとまとまっていて気持ちの良い雰囲気だった。
絵画専攻2人、彫刻専攻2人、工芸専攻2人、それにデザインが1人。
みなさん、それぞれに瑞々しく力作だった。
自分もそろそろ彫刻を造りはじめようと思っていたところで、良い刺激になった。

帰りに、彫刻仲間のところへ寄った。
彼はマケットを作っていて、見せてくれた。
実物原寸大のドローイングも見せてもらった。
作家歴はかれこれ20年くらいにはなっているはずだから、ひとまずは連作の通過点としてきちんと抑えられているし、大きく踏み外すようなヘマもないから、造りたいように自由に彫刻を楽しめばいいと思う。
しばらく庭先で立ち話をして、搬入の打ち合わせをして別れた。
私の方は、まだもうしばらく通勤坊主が続く。
銀山街道を往復しながら、頭の中でドローイングをくり返している。
やっと最近になって少しずつ形がかたまってきた・・・ってところかな。

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バレンタインだからね♡ 

2015/02/14
Sat. 14:19

石見銀山を朝に出発する時は何とも気付かなかった。
23回忌と33回忌の年回法事を2度1でお務めして、膳料をもらって帰宅したらちょうどお昼時で、好物のそばが出た。
「今日はバレンタインだからね♡!」
ワイフの一言でやっと気付いた。

そういえば2〜3日前から母娘がチョコレートを砕いたりホイップクリームのパックを用意したりしてなにやら楽しそうにあ〜だこ〜だやっていた。
それに、キーポンが手づくりチョコを1〜2個ほど口に放り込んでくれた。
最近は坊主家業で余裕がない毎日だったからバレンタインのことをすっかり忘れていた。

ついに来週からキーポンが自由登校になった。
あとは卒業式までぶらぶらとだらしない毎日を過ごすのだろう。
夕食が終わったらサッサとオヤジの四畳半へ入り込んでしまった。
こうしてキーポンが我侭放題に吉田家で過ごすのもどうせあと1ヶ月あまりのことだから、クドクドうるさいことも言わないまま見逃すことに決めた。
ストーブの薪が燃え尽きるまでリビングで過ごしてから、とっくにオヤジのシュラフにくるまって爆睡状態のキーポンのとなりへ潜り込んだ。
猫のクロがいつも寝ている場所を完全にキーポンが占領している。

身辺整理で仕分けされたゴミの山から父娘で三瓶山の北の原とアスレチックに行った時の写真を見つけた。
捨てられるのも忍びないから別にしておいたら、ワイフが保管してくれていた。
子供はすぐに大きくなるものだ・・・と、わかっていても何か複雑だ。
あの頃はかわいかったなぁ〜・・・今でもかわいいはずなんだろうけど、かわいさが違うな。

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底冷えの朝 

2015/02/13
Fri. 10:06

初午さんも過ぎたし、そろそろ暖かくなっても良い筈なのに、寒いな!
久々にまったりとした石見銀山の朝を過ごしているが、寺にいるときと変らないほどの底冷えを感じてストーブのそばを離れることが出来ないでいる。

毎朝のあわただしい時間がすぎて、少し落ち着いたところでコーヒーを飲みながらキーボードを叩きはじめることがだいたいの日課になっている。
最近になって通勤坊主の割合が急増して、Wi-Fi環境のよくない万善寺で過ごすことが増えてしまってからこの日課が乱れはじめている。
毎日決まったスケジュールで動くことが無いので、何かしら1日のルールのようなものをつくっておかないと、自堕落きわまりないオヤジはますます調子に乗って都合よく自堕落を正当化してしまうから、この小一時間のティータイムはちょうどいい具合の気持ちの切り替えになっていた。

この1ヶ月ばかり1日の暮しが乱れに乱れはじめてしまって収拾がつかないままになっているような気がして、過去blogを読み返していたら、まぁ毎日ネタがつきないモノだと我ながら感心してしまった。
ついでにblogつながりを色々チェックしたりSNSも一緒にしてアチコチ飛び回っていたら、けっこうマメに連日更新していらっしゃる方も多くて親近感が湧く。

「黒髪の白拍子」なるblogを見つけた。
これがなかなかハマった。
見事に毎日連日更新されている。
週末の手書きなど、グッと距離が縮まってしまう。
日常の些細な出来事がさりげなくメモられているのがいい。
どうやら、吉田家のように猫や熱帯魚も同居しているようだ。
そこでまたググッと接近する。
朝っぱらからオヤジ心がくすぐられて乱れて妄想が膨らむ。
思わず「読者になる」をポチッとしてしまいそうだ・・・

さて、そのblogの主はいったいダレでしょう??
気になる方は、勝手に自分で検索してください!

こうやって次々と何十万人もの人があやしいクモの糸にからめ捕られているんだろうね・・恐い恐い・・

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東堂老師登場 

2015/02/12
Thu. 15:44

初午祭無事終了!
真ん中の坊主頭は私ではありません!
万善寺東堂老師で私のパパであります!

立春大吉のおふだと初午祭のご案内を持って、暴風雪の赤来高原を2日間かけて60軒弱まわった結果、何と8人ものお参りを頂きました!
法要が終わっておふだやお供えの御下がりをお配りして、少しばかりお話をしてささやかなお茶会になったところで、東堂老師の登場。

寝ることが仕事のように1日中横になっていて、三度の食事と二度のお茶と朝夕のおつとめの時だけ起き出す毎日を暮しているから、こうして久々のお参りで賑やかになるととたんに上機嫌にはしゃいでしまう。
まるで子供のようなはしゃぎようでしまつにおえないところもあるが、それだけ元気で体調がいいということでもあるし、見て見ぬふりでつきあうことにしている。

お茶の口取りには、大学芋と特製マカロニサラダとほうれん草のおひたしをワイフが作ってくれた。
あとは、例の如くおかみさんが前日からアレコレ手の込んだ料理に腕をふるっていた。
地域の話題に花が咲いた。
何と昨年末から3ヶ月の間に赤来高原一帯で約100人が亡くなったということだ。
老衰の大往生有り、長患いの病死有り、若くて事故死有り、容体の急変急死有りとさまざまだが、その中の約3%は万善寺がお葬式をつとめた。
どおりであわただしかった訳だ。
いまだに落ち着かないまま七日務めや四十九日の法事に初月忌、百か日とキリがないまま仏事が続いている。

久々にまだ日があるうちに石見銀山の自宅へ帰宅できた。
久々にキーポンのジャマも入らないままワイフとゆっくりくつろいだ。
「深夜食堂」と「孤独のグルメ」を二人で見た。

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初午祭 

2015/02/11
Wed. 13:40

朝からいまひとつパッとしない曖昧な空模様が、昼過ぎになって少し回復して日差しも感じられるようになった。
初午祭の準備もそろそろ終わって、ノンビリ昼食を食べていたらアッという間に時間がすぎて、余裕もなく忙しくなってきた。

気持ちの整理をしながらこうしてキーボードを叩いていると、寺の行事の引き継ぎも相手が親子の身内だということで、お互いなかなか素直に引き下がれないようなところもあって、無駄にドタバタ苦労しているなぁと他人事のように思ったりしている。
結局は、一つことのくり返しを延々60年も続けていた老僧夫婦のシステムを私が横取りしているようなことになってしまったのが不具合の元なのだろう。
それでも、今の世の中、たった1時間足らずの法要のために、一週間も前からコツコツ準備などしていたら、それこそ他のことが何も出来なくなってしまうし、昔のように40人以上のお参りを相手にして準備をする必要もないし、何事もその時々の状況に応じて対応できていればそれでいいことだと思うのだが、長年の習慣もあってそのあたりの割り切りがなかなか出来ないまま、いろいろ気に入らないことが目に付くようだ。
今朝も、早々からあの時はああだったとか、あれはこうしたとか、それはどうしたとか、何かと口やかましく色々聞かされた。
別に、寺の法要行事を毎年くり返しているだけのことだから、お参りの有るとか無いとかそれは二の次だと思うのだが、少なくともおかみさんにそういう考えは浮かんでこないようだ。
上手に歳をとるということは難しいことだ。

物心ついて十代の反抗期がやってくるまでは、ひたすら学び教わる日々・・これは出来たかな。
自我が育ちやる気が出て何かに打ち込める年代は、行動し教え学ぶ日々・・これもなんとなく満足できるな。
家族も出来てそれなりに落ち着いてきはじめたら、次に伝え心身を磨く日々・・これは只今実践中。
そろそろ思い残すこともなくなったら、身の回りを整理しはじめる・・これはまだどうなることやら・・わからん。

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断捨離 

2015/02/10
Tue. 09:59

本人の満足度はわからないが、ひとまず受験生だったキーポンの落ち着きさきが決まった。
自分の将来のことだから、オヤジがどぉ〜のこぉ〜のいうこともない。ただひたすら踏ん張って彼女の学費を確保するだけのことだ。
まだ、もうしばらく厳しい現実と向き合いながら暮すことになるから、許せるなら、ジジババの寿命も少しばかり先へ延ばしてもらいたいものだが、こればかりは私の勝手な思いでどうなることでもない。

いずれにしても、何かが吹っ切れたのだろうキーポンが断捨離のまねごとを始めた。特に中学校から高校までの勉強関連で溜まったあらゆるものをゴミに代えている。シュレッダーは連続して使いすぎて不具合を起こしはじめた。
だいたい2日くらい費やしていただろうか、ひとまず落ち着いたところでは、巨大なビニール袋が2つと、教科書類の山が土間に積み上げられた。
教科書や参考書など、私から見るともったいないとしか思えないほど使ってなさそうなものばかりだ。これだけの本にどれだけ投資したのだろうと思うと眠れなくなりそうだ。
吉田家でいうと4人分がこうして消費された訳だ。さて、どれだけ知識と教養が彼等の身に付いたのだろう。
ほとんどの日本国民はいまだに不景気のまま厳しく苦しい生活を強いられているようで私も例外ではないが、それでもなんとかしてここまで教育にお金をかけている訳だから地球社会では幸せなほうだ。

オヤジの断捨離は今のところまだ当分出来そうにない。
それでもある日突然始められる訳でもないので、個人の事情でまわりに迷惑がかからない程度のものから少しずつとりかかりはじめた。「断」と「捨」は比較的楽にできるが、「離」になると迷いが生じる。まだまだ生臭い欲が見え隠れしている。
ワイフはどうだろう?・・・今のところ彼女にはその気がなさそうだ。
寺のジジババに至っては、大正昭和の日本人をそのまま今に引き継いでいるから平気でモノを捨てる私は極悪人にされている。
頑固に磨きのかかった彼等には「断」だけは出来ているようだが、「捨」と「離」は、自分が誰だか分からないほどボケきってしまうまで出来ないことだろうね。

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特製ベイマックスカレーライスその2 

2015/02/09
Mon. 16:41

改良衣に着替えて雪駄を履いて玄関を出たら一面雪景色。
「ひょぇ〜〜〜!」
思わず奇声を発してしまった。

前回の失敗があるので、結界君には長靴を積み込んでおいた。
ワイフの愛情タップリ新調厚手ゴム手袋と雪かきグッズも入れておいた。
ひとまずはこれで大丈夫だろうとキーポンを学校まで送っていたら、ウインドウォッシャー液が無くなっていた。
毎度のことながら、いつも何か不具合が出てしまってドキドキが耐えない。
燃料もギリギリセーフだと判断して、そのまま通勤坊主で赤来高原へ向かった。
途中から街道は圧雪で真っ白。
吹雪も激しくて視界が悪い。
国道から脇道へ入ると思った以上の降雪量。
2月に入って今の時期は雪も良く降るから仕方がないことだと思っていても、やはりこんな吹雪の中を長靴に改良衣でウロウロするのがやるせなくなってしまう。
初午さんのお知らせを配って歩く予定にしていたが、結局半分ばかり巡回したところで断念した。
当日まであと1日あるし、こういう時は無理をしない方が良い。
〜〜〜〜〜〜〜
米マックスカレーやってみた♫#
なかなか中途半端な#クオリティ#
7種類の具#
カレーで野菜を取る#のが1番手っ取り早い#カボチャ入れたの#正解☆*゚#
米マックス#ベイマックス
〜〜〜〜〜〜〜〜
今度はなっちゃんが特製ベイマックスカレーをつくっていた。
味の出来は判断不能。
見た目の出来は・・・キーポンかなぁ?
吉田家で秘かに流行しているのかなぁ?

そういえば、キーポンのベイマックスデート・・・
映画は面白かったらしい。
履き慣れないヒールで足にマメが出来たらしい。
「楽しかったか?」と聞いたら、その程度の返事しか返ってこなかった。
なかなか微妙な反応で、オヤジの反応も微妙なところだ・・

「初午さんにはいい天気になりますよぉ〜に!」
気がつかないまま坊主の神頼みをしていたので、急いで途中から観音さま頼みに切り替えました。

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まずは喫茶去 

2015/02/08
Sun. 10:51

ワイフが、二日続けておめかしして朝からお出かけのキーポンを最寄りの駅まで送りがてら買い物にでかけた。
早速ストーブの薪をつついて火の調節をして、朝食の終わったテーブルへ継続中のデスクワーク一式を広げて、iPodの中からバックミュージックを決めてボリュームの調整をして、薪のはじける音を聞きながら静かな朝を楽しみつつキーボードをつついていたら、急に頭上が雨音で騒がしくなってきた。
まぁそれもアリかとノイズを気にしないまま仕事を続けていると、バックミュージックが耳に入らなくなるほどの激しい雨に変ってトタン屋根をたたきはじめた。
小1時間ほども仕事に集中していただろうか?
おかげで集中の糸が切れてしまったからそのままティータイムに切り替えた。

石見銀山と赤来高原の往復で走っている銀山街道の中ほどにある鴨山窯のご主人は武蔵野美術大学で絵画を専攻したあと陶芸家に転身した。学生運動が盛んだった頃に知合った奥さんは漫画家。島根の田舎でもこういう面白い文化人がいてくれるから退屈しないで毎日を過ごすことが出来ている。
私自身も10年ほど前までは1年に4回くらい窯焚きをするほど下手の横好きで陶芸を続けていた時がある。その時につくっていたマグカップも気がつくとそれぞれ何処かに消えて無くなってしまっていたから、最近は銀山街道の道中に鴨山窯さんご夫婦の迷惑を無視してより道をくり返しながら気に入ったコーヒーカップを買いためるようになった。

子供の頃は茶どころ出雲の寺育ちの禅宗小坊主でもあるから「まずは喫茶去」という暮しがあたりまえだったので、一生に飲む抹茶煎茶番茶ほうじ茶はその時に全てクリアーした感じだ。だから、一人暮らしをはじめて紅茶好きになり、こぶ茶好きになり、喫茶店でバイトするようになってからコーヒー好きになって今に至っている。
こうして、ほぼ1日中デスクワークが続く時期になると特にコーヒーの量が増えて、それが高じて最近では歳を重ねて象牙色に渋味が増した自前の歯がどんどんコーヒー色に染まりはじめている。

先日、久々に輸入食品雑貨の店でMJBの1kg缶を買った。
まだ使いかけのコーヒーが残っているから、なかなかワイフの許可が出なくて缶のフタを開けられないでいる。
学生の頃はMJBが高級品だった。
空になった空き缶はそのままデッサン用の鉛筆入れになったり、油彩用の筆入れになったりして重宝した。
今でも工場へ行くと大昔のMJB缶が塗装の刷毛入れで現役のまま使われている。

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特製ベイマックスカレーライス 

2015/02/07
Sat. 08:29

何日も前から母娘が土曜日のデートのことで盛り上がっていた。
そして本日、娘は朝からおめかしをして母はイソイソと最寄りの駅までお見送り。
相手は高校三年生の同級生。

吉田家の子供たちで浮いた話が皆無なのはノッチだけだ(と思っているのはオヤジだけかも知れない)が、まぁ、だいたいどの子も卒業前のこの時期になると何かと浮いた話で家庭の話題をにぎわせていたから、末娘のキーポンに至っては「またか・・」という程度で特にこれといって感慨にひたることもない。
年頃の娘が何を考えているかは理解できる気もしないが、年頃の男が何を目指して何を考えて何をしたいかということぐらいは自分もそのような経験をしているからだいたいわかる。
男がセッセとアレコレちょっかいを出す時はだいたいほとんどそれなりの下心があるから、デートのような少し改まった付き合いの時は最初からその辺りを警戒しておかなければいけない・・・と、キーポンにはそれとなくさりげなく伝えているつもりだ。
どこまでオヤジの真意が伝わっているかわからないが、彼女の言葉の端々からは、しつこくちょっかいを出す彼氏の状況をなんとなく察しているような雰囲気も漂ってくるので、いまのところ今後の展開におおごとは心配することもないと思っている。
それに彼女の場合は、オヤジを男とも思わないような過激なスキンシップを連日のようにくり返していて有る意味で男慣れしているところもあるから、イザとなれば彼氏の方が逆にたじろぐ場面も十分に想像できる。

まぁ、なにわともあれ、キーポンも前の夜からマメにスケジュールチェックをしていたし、それなりに楽しんでいるようではある。ちょうど「ベイマックス」を上映していて、どうやらそれが第一候補のようだ。
「私、もう一つの映画が観たいんだけど、直前に入口で別れちゃおうかな」
自らベイマックスカレーライスなるものをつくって盛り上がっているわりに、ウソかホントか今さらそんなことを口走っているキーポンは、ひょっとしてドSかも知れない。なんとなく彼氏に同情してしまいそうだ。
ウブでシャイでチキンなオヤジには、いくつになっても女心はつかみどころがありませんなぁ〜

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坊主頭 

2015/02/06
Fri. 07:58

坊主家業が続くとそれにあわせて頭にバリカンをあてる回数も増える。
年が変ってから一週間に1度はバリカンを使っているような気がする。

山陰の冬は雪も降るしそれなりに湿度もあると思うが、それでもなぜか肌がかさついてうるおいが無くなる。
バリカンを使ったあとの頭は頭皮がカサカサにかさついてフケなのか皮なのかわからないほどひどい状態になって悩んでいたが、ある時、ふと思いついてメンソレータムのうるおいさらっとジェルをすり込んでみるとシットリ感がなかなかいい。
ヒアルロン酸効果が頭皮に効いているのかも知れないと思って、それから髪を切るたびに頭のさきから足のさきまでメンソレータムを塗り込んでいる。
こういう時に坊主頭の利点を実感する。
風呂も全身ボディーソープだけで用が足せるし、髪が濡れてもすぐ乾くし、寝癖もないから朝の貴重な時間に鏡の前で頭と格闘することもないし、一度坊主頭の気楽さを経験するとなかなか帰俗して髪を伸ばす気になれなくなってしまう。

島根や広島は浄土真宗の坊さんが多いから、在家坊主をしていると色々な場面でお付き合いも多い。
彼等のほとんどが禅宗のように坊主頭ではないから普通に洋服を着ていると一般人と変わりがない。
それはそれで、俗世間との境界が曖昧になって苦労もあるだろうなぁと、余計な心配をしたりする。

この近年、長髪をバッサリ刈り上げてやたら過激になったMiley Cyrusもやっと見慣れてきたなと思いつつYou Tubuをチェックしていたら、アコースティックでカバーを歌う、まだ髪が長くてやたらと色っぽい彼女を発見した。
メラニーの「Look What They've Done To My Song」
ドリー・バートンの「Jolene」
ニーナ・シモンの「Lilac Wine」
とても懐かしい曲ばかりだ。
そういえば、あの時代はまだ私も長髪で、無精がそのままヒゲ面になって長い髪を輪ゴムでポニーテールにして顔を洗ってたっけ。

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観音さまの御陰 

2015/02/05
Thu. 16:52

改良衣に雪駄を履いてまずはアッシーオヤジで石見銀山出発

キーポンを学校まで送って通勤坊主になって一路赤来高原へ

途中銀山街道へ合流したら雪が降り始めるもわだちを頼りに結界君快調に走行

しだいに雪深くなった辺りで結界君2WDでスピン!!!

華麗なるハンドルさばきとクラッチ操作でクラッシュ回避するもチキンオヤジの心臓バクバク(観音様の御陰に感謝して思わず合掌)

観音さまへお礼の般若心経をくちずさみつつ出雲街道へ左折

何食わぬ顔で浄土真宗の随喜坊主で正信偈に南無阿弥陀仏で1軒目のおつとめ終了

素足に雪駄で雪をかき分け七日務めで修証義に南無釈迦牟尼佛に短めの御話と長めのティータイムで2軒目お勤め終了して足袋を脱いで雪駄を履いて外へ出たらホワイトアウト寸前

結界君の4WDを慎重に確認して出雲街道へ合流するもすれ違う対向車無し

そのまま慎重に走って銀山街道へ右折

江の川沿いまで下るといつのまにか雪が雨に

無事に石見銀山へ到着して帰宅してホッとするもネコチャンズに無視されてお出迎え無し

何処かから話し声が聞こえるので探り当てるとキーポンが四畳半の炬燵に潜り込んでドラマ鑑賞中(あいつにも無視された)

火の気の残ったストーブを焚き付けてやっと一息

冬の赤来高原をあなどってしまっていた。やはりシーズン中は結界君に長靴常備と4WDが鉄則ですね・・・反省・・

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恒例行事 

2015/02/04
Wed. 07:47

毎年恒例の豆撒きをした。
1年を通して、夜になってから堂々と大声を出せる数少ない機会だから、昼のうちから体調を整えて発声練習で般若心経をくちずさむなどして万全な体勢で豆撒きに供えていた。
そうしたら、キーポンが突然シャイなお嬢に変身してオヤジの足をすくい、その上「私の部屋には豆まかないで!」なんて言ってくるものだから、一気に意気消沈した。
ワイフに救いを求めたら、「チョット待ってよ、まだ太巻きつくってないんだから、それが先」ということになって、「そうそう、その前に生協の荷物とってくるね!」などとソソクサ出かけてしまうし、もう完全にやる気を無くしてしまった。
ガッカリしていたらワイフが察してシブシブつきあってくれた。
土間から裏庭から玄関から石見銀山の町並みへ、ひと通り一巡したが、今年はいまひとつ消化不良に終わった。
ネコチャンズが即席の鬼になって逃げ回っていた。
恵方巻きと称する太巻きはうまかった。
来年は夫婦二人で豆撒きになる筈だ。

豆撒きが終わると立春になる。
刷り終わった立春大吉のおふだに香を潜らせて万善寺周辺の保賀地内を配って歩く。
今年は初午さんが早いから、そのお知らせも一緒に配ろうと思う。
豆撒きで追い払った鬼が、来年の豆撒きまで家のうちに入り込んで悪さをしないように、鬼退治のおふだを立春の日に玄関の外へ貼り出す。
そのおふだが「立春大吉」というわけだ。

神仏の神聖な祈祷祈念行事が、長い年月をかけて民衆の心に根付き、一年で最も寒くなるこの時期に春の芽吹きと豊穰を心待ちにする願いが託された行事でもある。
最近は、豆撒きも見た目の形骸化したスタイルだけが進化して薄っぺらなイベントに成り下がっている気がしないでもない。
ことの起源を踏み外さないよう真摯な気持ちでそれぞれの節気を迎えてもらいたいものだ。

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定年のない仕事 

2015/02/03
Tue. 09:24

このところ坊主家業が集中していて、彫刻のことに頭が切り替わらないでいる。
展覧会の〆切や、その他にも幾つか制作の仕事があるのだが、まとまった制作の時間がつくれないまま2月になってしまった。
今年は、初午さんが2月に巡ってきたりして仏事で落ち着かない日が続く。

そんなある日の早朝、四国の松永さんから珍しくとても元気そうな声で電話が入った。
お互いに久しぶりの挨拶を交わしたあと、松永さんから本題を聞いた。
「もしよかったら徳島の野外彫刻展に参加しませんか?」というお誘いだった。
まともな彫刻も出来ないまま島根の田舎で細々と制作を続けている程度の私を誘っていただけるなどとても光栄なことで、こういうことはめったにあることでもないから、ありがたく出品の意思を伝えさせていただいた。

徳島では秋の展覧会のために、すでにその準備が始まっているようだ。
島根でももう5年ほど前からささやかな彫刻展を続けているが、徳島の方はすでに50回を越えるほどの実績を重ねた展覧会だからケタが違うどころかラベルが違うほどの大きな差がある。
その歴史と伝統のある野外彫刻展に誘っていただける訳だ。
これから今年開催の準備委員会で吉田を推薦してみて、出品許可を審議することになるそうだ。
それにあわせて色々資料も用意することになるかも知れないし、良い機会でもあるので、たいした実績もないままの略歴などを早めにまとめておこうと思う。

彫刻制作にしても坊主家業にしても定年のない仕事だから、自分の気の緩みや意欲の衰退を自覚したらそれで終わりだ。
さいわい、今のところそれなりに向学心もあるし目標もあるしやる気もあるから、あとは体力と相談しながらコツコツと無理なく地道にマイペースで妥協のない仕事を続けていくことが出来ればいい。
作家年齢も若年の頃は、脇目もふらずひたすら乱作していた気もする。ある時期は「質より量」を求めることもそれなりに大切なことだが、いつまでもそのままでいると知らない間に世間へ迎合しながら制作してしまったりする。そろそろ、じっくり腰を据えて「量より質」を大切にしながら自分の納得できる彫刻を制作し続けることがだいじだな。
おもしろいもので、そんなふうに考えはじめたら、般若心経の真意解釈もそれなりに少しばかり納得できるようになった気もする。
まぁ、こればかりは2500年の歴史があるから、自分で勝手に偉そうにそう思い込んでいるだけだろうけどね。

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自由行動 

2015/02/02
Mon. 10:41

最初に気がついたのは私だった。
吉田家のネコチャンズがいない。

ワイフに聞いたら「何処かにいるでしょ」
キーポンに聞いたら「しらなぁ〜い」
だから気のせいかも知れないということにしてしばらく気にしないまま夜を過ごした。
寝る時になって、それでもと思って吉田家のこころあたりを見て回ったがそこにはいない。
ワイフが自分の寝室に行ったから、彼等もついていったのだろうと思うことにした。
キーポンは例の如くデスクワーク用の炬燵に潜り込んで寝てしまっている。
なかなか寝つけないでいるとワイフがゴソゴソ起き出す気配を感じた。
ミシミシと床のフローリングが軋む。
このまま寝ることも難しそうだから意を決して潜り込んでいたシュラフを出た。
隙間だらけの吉田家だから石見銀山の町並みから流れ込む冬の外気が土間を通って四畳半へ入ってくる。
商売柄冬の薄着には慣れているものの、さすがにたるみきった背中を寒気が走る。
居間へ出入りする引き戸を開けたらクロが靴箱の定位置に座っていた。
抱き上げると冷たい。
土間がいやに明るい。
「あれ??」
玄関の障子と板戸が開いていて、町並みのほの暗い街灯の明かりが土間へ差し込んでいる。
腕の中でズシリと重いクロがチラリとその方を振り向いてそのついでに何とも無表情な視線を私に向けた。
クロをだいたまま玄関の戸板を締めて障子を締めた。
「玄関開いてたんだけど・・」
「うそぉ〜、わたし締めたわよチャンと!」
シロはいつのいまにかガツガツカリカリ夜食を食べている。

夕方にワイフの用事で近所の奥さんが玄関を開けた。
きっと、その時にクロが脱走したのだと思う。
その後、カギのかかっていない板戸を開けて障子を開けてクロが帰宅。
その後、ネコチャンズは吉田家を自由に出入りしながら夜の石見銀山を堪能したようだ。

なにわともあれ、ウツラウツラしはじめたところでクロが私の上へ乗ってきた。
場所は例のおちんちんの辺り。
シュラフの中で芋虫の如く身体をよじってクロの位置をずらす。
「朝起きたらクロが隣で寝てるしぃ〜、ビックリしたぁ〜」
キーポンは夜中の猫騒動をまったく気付かないまま爆睡していたらしい。

2月早々、これだから・・・
結界君にはうっすらと雪が積もっていた。

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トンネルの照明に関する一考察 

2015/02/01
Sun. 10:09

あと少しでワイフとの二人暮らしが始まる。
ネコチャンズとグッピー軍団がいるから、それほど寂しさを感じることもない日常になるだろうが、それでも吉田家の平均年齢がグンと上がってしまうから、今後は情報収集を面倒がらないで精神年齢を鍛え続けて、せめて気持ちばかりでも新鮮に若くいつづけたいものだと思っている。

予行練習という訳でもないが、久々にワイフの用事につきあって半日ほど夫婦水入らずでドライブをした。
このところ冬の日本海らしく海の荒れる日が続いていたので、鮮魚や珍味はあまり期待していなかったが、まぁそれなりに近所のスーパーよりはまともだろうという程度の魚をゲットすることは出来た。
ワイフは早速宅急便の手配をして、帰りの助手席でプチプチと礼状代わりのメールを書込んでいた。

七日務めで往復している道筋には幾つかのトンネルがある。
その幾つかあるトンネルの一つを通夜の時に潜った。
短いトンネルに眩しいほどの明りがついていて、遠くからでもハッキリと見分けられるほどだった。
同じトンネルを七日務めで昼の明るい時に潜った。
明りが消えて真っ暗だったから結界君のライトをつけた。
こういう、昼夜逆転したトンネルに良く遭遇する。
特にこれといった会話もないままのドライブもどうかと思って、
「トンネルって、普通昼間に明るくないと意味ないと思うんだけど・・・夜は何処も真っ暗なんだから別に電気ついてなくてもいいんじゃない?」
ワイフにそんな感想と質問をしたら、「私はそうは思わない」とキッパリ片づけられた。
「あんたがおかしいと思うんだったら、ちゃんとしたところへ直接言えばいいじゃない」
「・・・・・」
それで、会話終了!
オヤジの硬直した脳みそを駆使して資源の有効活用と無駄遣いについての一考察をひねり出しているのに、もう少し発展的な会話にならないものかとガッカリした。
まぁ、熟年の部類に入る夫婦の会話なんてこんなものなんでしょうね。
ノーコメントで無視されるよりマシかも知れないね。

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2015-02