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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

隠岐 

2015/02/28
Sat. 07:04

久々に日本海を見た。
このところ春めいた日が続いていたが、午後になると久しぶりに北風が強くなりはじめて気温が急激に下がった。
みぞれまじりの雨が海からの強風にあおられて結界君を叩く。
年度末になると公共事業の補修工事がアチコチで一気に増える。
日本海に沿って東西に走る国道9号線も信号待ちの車列が長蛇に続く。
旗振りのガードマンも北風に吹き飛ばされそうになっている。

この1年間松江の近くで働いていたじゅん君が、今度の4月から1年間ほど隠岐で働くことが決まったようだ。
アベノミクスとは縁のない島根の方で期限付きとはいえ仕事をさせてもらうことが決まっただけでもありがたいことだ。
そのじゅん君が小さい頃は、毎年夏になると隠岐の浦郷でキャンプをしていた。
かれこれ4〜5年はそういうことが毎年続いていただろうか・・・
まだ末娘のキーポンが生まれていなかったと思う。
じゅん君があの頃を覚えているかどうかわからないが、隠岐はとても良いところだからそのまま住み着いてくれてもいいくらいに思っている。

その隠岐というと、1週間ほど前に起こった痛ましい事件が思い出されてならない。
いろいろ家庭の事情があったのだろうが、何の曇りもなく純朴に育った少年が一気に大都会の暮しへ生活の環境を順応させるということはかなりのストレスと試練があったことだろう。
オギャーと生まれ落ちた無垢の子も、環境の違いで言葉も考えも習慣も何もかも全く違って育っていく。
自然の容赦ない天候災害はその時を耐え忍べばいずれは過ぎて平穏に戻る。
人の我欲差別の迫害の連鎖は終り尽きることがない。
たった十数年の人生で一生を終わらなければならなかった少年の無念さは計り知れないものがあっただろう。
過去に戻ることはできないから、過ぎたことはひらすら反省するしかないことだが、同じ間違いをくり返さないことの手本として万民の記憶に留めておいてほしいものだ。

この荒れた海の彼方には、吉田家がキャンプに訪れ、あの少年が生まれ育ち、じゅん君が1年間お世話になる隠岐がある。

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